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Newton 2022年3月号掲載の生物学関係記事(2022.01.29)(→その他) |
いかにして新型コロナは生まれたのか?(2020.07.06) 2019 年末から世界的流行を起こしている COVID-19 の病原体,SARS-CoV-2 については, 未だに自然界における宿主が判明していません。 しかしその由来や成り立ちを理解することは COVID-19 や今後の新規感染症の防除に不可欠と考えられます。 Li et al. (2020) は SARS-CoV-2 のゲノム構造を領域ごとに比較し, ヒトへの感染に関わる遺伝子の一部が他のコロナウイルスに由来することを示しました。 重症急性呼吸器症候群(SARS)と中東呼吸器症候群(MERS)は, それぞれジャコウネコとヒトコブラクダを宿主とするコロナウイルスが原因とされていますが, SARS-CoV-2 については自然界の宿主が特定されていません。 近縁なウイルスはコウモリやマレーセンザンコウから知られており, 2013 年に雲南省のコウモリから見つかった CoV RaTG13 が特によく似ています(類似度 96.3%)。 センザンコウのウイルスの中では広東省で押収された個体から見つかった Pan_SL-CoV_GD が最も似ています(91.2%)。 著者らはこれまでに公開された SARS-CoV-2 のゲノムについて,詳細な構成を調べました。 全体で見るとコウモリのRaTG13ウイルスが近縁であることが裏付けられましたが, 近縁なウイルスとの類似度を全長で比較してみると,RaTG13 よりも他のコロナウイルスに近縁な領域が見つかりました。 すなわち SARS-CoV-2 が RaTG13(の近縁株)と他のコロナウイルスの遺伝的組換えによって生じたことが示唆されました。 特に注目されたのはスパイク糖タンパク質(S タンパク質)の組換え領域で, この領域はヒト細胞のアンジオテンシン変換酵素 2(ACE2)に結合し,ヒト細胞への侵入に関わると考えられています。 SARS-CoV-2 の ACE2 結合部位は,コウモリのものよりも Pan_SL-CoV_GD により近縁で, S タンパク質の ACE2 との接触面に着目すると,SARS-CoV-2 と Pan_SL-CoV_GD の間では 1 アミノ酸しか違いがなく, それも接触面の端だったため,タンパク質間の結合にはほぼ影響しないと推測されました。 一方で SARS-CoV-2 と RaTG13 では接触面に 5 アミノ酸の変異があり,その結果 RaTG13 はヒト細胞にまともに感染できず, センザンコウのウイルスから配列を獲得することでヒトへの感染性を得たと考えられました。 また,こうして獲得された S タンパク質の一部は,純化選択を受けていることも示されました。 すなわちこの領域はウイルスの機能上特に重要で,アミノ酸配列が変化しないように強い選択圧がかかっていました。 なお,純化選択を受けている箇所は他にも認められ,これらも感染性に関わっている可能性があります。 SARS のウイルスも複数の組換えによって生まれたことが知られていたそうで,このような現象は珍しい話ではありません。 しかし元々ヒトへの感染性の低いウイルスが,組換えによってヒトへの感染性を獲得して SARS-CoV-2 が生まれたのこと, そして感染に関わる部位の詳細が明らかになったことは面白い点と言えるでしょう。 ウイルス間の遺伝的組換えは,同じ動物の細胞に複数種のウイルスが同時に感染することで生じたと考えられます。 このような同時感染はコウモリかセンザンコウ,あるいは未知の宿主で起こったものと思われますが, SARS-CoV-2 が自然界の動物から見つかっていない以上,現状では謎としか言えません。 しかし様々な野生動物が不衛生な市場に集められたことで新型のコロナウイルスが誕生した可能性は十分にあり, 著者らがまとめるように,今後の新興感染症の防止にはヒトと野生生物の直接の接触を減らすことが肝要でしょう。 今後,野生生物の取引市場が規制されることで新興感染症の危険が減るのかどうか,注目したいところです。 Li, X. et al. Emergence of SARS-CoV-2 through recombination and strong purifying selection. Sci. Adv. 6, eabb9153 (2020). |
首で彼氏を捕まえる化石昆虫(2018.02.19)(→古生物学) |
蚊が刺さなくなる日(2018.02.16) 蚊の仲間は多くの病原体を媒介する,人類にとって最大の敵の一つです。 しかし蚊の中には動物の血を吸わなくなる進化をしたものも知られています。Bradshaw et al. (2018) は, 同一種内の吸血性と非吸血性の集団における遺伝子発現の違いを調べ,吸血の代謝的な代償について考察しました。 雌の蚊は産卵の養分を得るために吸血を行います。しかし二次的に非吸血性になった蚊も知られているため, 著者らは非吸血性の進化過程の理解を通じて蚊の吸血を制御するための手がかりを得ようと考えました。 非吸血性の進化を調べるには,近縁種間や種内で吸血性・非吸血性の多型がある蚊を調べることが望ましいはずです。 その点で Wyeomyia smithii は理想的で,完全に非吸血性の北方集団が吸血性の南方集団から, 比較的最近(両者に生殖隔離がない)進化したことが知られていました。 そこで著者らは,実験室内での選択により,または自然界で,独立に非吸血性が進化した集団間で遺伝子発現を比較しました。 著者らはまず,低い吸血性向を持つフロリダの集団に対して 7 世代にわたる吸血性または非吸血性の選択をかけ, 好吸血性と非吸血性の集団を得ました。自然界で非吸血性に進化した集団としては,メイン州の偏性非吸血性集団が用いられました。 なお,今回は吸血前の代謝の違いに着目したため,吸血行動は見ても血を取り込ませないように飼育されました。 以降,選択後の好吸血性フロリダ集団(Florida, avid biters)に対する非吸血性フロリダ集団 (Florida, disinterested nonbiters)または非吸血性のメイン集団の遺伝子発現がそれぞれ比較されました。 人為選択,自然選択のいずれによっても多数の遺伝子の発現が変化しました。 そこでさらに,人為選択による変化と自然選択による変化が比較され,非吸血性では 478 遺伝子が,吸血性では 902 遺伝子が, 選択過程を問わずより高く発現していることが分かりました。代謝との関連を見てみると,タンパク質の分解・合成は吸血性で, 視覚は非吸血性で,嗅覚は吸血性で,ピルビン酸からアセチル CoA の代謝は非吸血性で, プリン代謝は IMP 代謝に関わるものが非吸血性で,タンパク質リン酸化・ヌクレオチド生合成・核酸合成などに関わるものが吸血性で, それぞれ高発現していました。なおピルビン酸やアセチル CoA の下流(脂質代謝やクエン酸回路など) にはいずれも顕著な発現増加はなく,IMP と同様,分岐点にある代謝のみが活性化されていました。 この結果は,吸血性の蚊では獲物を見つけるために嗅覚を重視し, 血液を取り込む前から獲物の血液を分解するための経路が準備されているものと解釈されました。 一方で非吸血性の蚊では視覚が重視され,分岐点にある代謝物を蓄積することで, 必要に応じて下流の代謝経路を選択する日和見的な代謝を維持していると解釈されました。 すなわち,実際に吸血する前から代謝の準備をしておく必要があることこそ,吸血の代償であると考えられました。 実際にはピルビン酸や IMP の物質量が測定がなされていないため,非吸血性の代謝を巡る議論は根拠が薄いように思えますが, 吸血性には代謝上の代償がある点についてもっともらしく聞こえます。さらに今後の課題として, これらの代謝変化を制御する上流遺伝子の特定を挙げています。短期間の人為または自然選択により代謝変化が起こったことから, 著者らは少数の原因遺伝子が存在すると期待しているようですが,選択圧がかなり強いことを踏まえると, 多数の遺伝子が並行して選択された可能性もありそうです。また共通の制御遺伝子を持つ意義が想像できません。 答えを得るには,変異体作製などによる非吸血性進化の再現なども必要かもしれません。 Bradshaw, W. E. et al. Evolutionary transition from blood feeding to obligate nonbiting in a mosquito. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 115, 1009-1014 (2018). |
鱗粉化石が語る蛾の起源(2018.02.02)(→古生物学) |
目立たぬ雑種が髪染めた(2018.01.19) 雑種個体群が何らかの理由(たとえば地理的隔離)により独立の種へと進化する現象を hybrid speciation (交雑種分化)と呼びます。Barrera-Guzmán et al. (2018) は, 脊椎動物ではあまり知られていない交雑種分化の実例をマイコドリの仲間で発見し, 交雑種分化の過程で性選択による形態変化が起こった可能性を指摘しています。 交雑種分化は植物ではそれなりに知られていますが,動物では確認された例が少なく,鳥類では 3 例のみ知られていたそうです。 今回 4 例目となったのは,アマゾン盆地に位置するブラジル・パラ―州の一角に生息するキンボウシマイコドリ (Lepidothrix vilasboasi)という小型の鳥類です。本種はギンボウシマイコドリ(L. iris) とユキボウシマイコドリ(L. nattereri)の分布域に挟まれた狭い地域(といっても東北地方や北海道程度の面積) に分布する珍しい種で,1950年代から2002年までの間は観察すらされていませんでした。 本種をギンボウシマイコドリとユキボウシマイコドリの雑種個体と考える研究者もいるそうですが, ギンボウシマイコドリでは雄の頭頂部の羽が虹色の,ユキボウシマイコドリは白い光沢を示すのに対して, キンボウシマイコドリの雄の頭頂部は光沢が鈍く黄色いため,単なる中間型とも言い切れませんでした。 そこで著者らはキンボウシマイコドリが実際に雑種個体なのか雑種由来の独立種なのか,ゲノム解析から調べ, 併せて頭頂部の色の違いについても詳細に調べました。 ゲノム規模の一塩基多型の解析などから,キンボウシマイコドリのゲノムはギンボウシマイコドリとユキボウシマイコドリの混合で (ややギンボウシマイコドリ由来の多型が多い),ミトコンドリアゲノムはギンボウシマイコドリに由来することがわかりました。 最尤推定によると,キンボウシマイコドリは 15万〜30 万年程前にギンボウシマイコドリとユキボウシマイコドリの交雑により生まれ, 以降,母種との間で若干の遺伝的交流を行いながらも独立種として成立していたことが示唆されました。 一方,角度を変えた反射率の測定や電子顕微鏡観察によると, ギンボウシマイコドリとユキボウシマイコドリの頭頂部の色は羽の微細構造に由来する構造色であり,前者は干渉色, 後者は散乱による色だと考えられました。そしてキンボウシマイコドリの黄色い羽の微細構造には両者の特徴が入り交じっていて, さらにカロテノイドを蓄積していると見られました。そしてカロテノイド抽出を行うと,羽は光沢の鈍い灰色になりました。 ギンボウシマイコドリとユキボウシマイコドリの接触帯で見つかった推定雑種個体(おそらく第 1 ないし第 2 世代) の頭頂部の羽も光沢の鈍い灰色であり,カロテノイド蓄積は構造色を失った後に進化したものと推測されます。 マイコドリの仲間では雌が雄を選択するため,頭頂部に光沢のある目立つ雄が性選択を受けてきたと考えられます。 そして雑種個体では光沢が失われたため,代わりに色素を蓄積する方向に性選択が働いたものと推測されます。 実際には雑種個体が形成されても,雑種個体中心の個体群が両母種の個体群から隔離されなければ種分化には至らなかったはずです。 著者らは川筋の変化や氷河期と間氷期を通じた森林帯の変化が交雑個体群を隔離し,種分化に至らしめたと推測しています。 交雑によって失われた特徴(頭頂部の構造色)を別の形(色素の蓄積)で補償した点が興味深いところですが, これは交雑種分化に普遍的な現象と言うよりも,進化の多様性を示す一例と捉えておくべきでしょう。 もっとも本研究をきっかけに,似たような交雑種分化の実例が続々と見つかってくる可能性も否定できませんが。 Barrera-Guzmán, A. O., Aleixo, A., Shawkey, M. D. & Weir, J. T. Hybrid speciation leads to novel male secondary sexual ornamentation of an Amazonian bird. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 115, E218-E225 (2018). |
繊毛虫の中の新属共生藻。と,その学名(2018.01.18)(→藻類学) |
酸素が遺伝暗号表を書き換えたのか?(2018.01.16) 多くの生物は 20 種類のアミノ酸を指定する共通の遺伝暗号を使用しています。 しかし最初期の遺伝暗号はより少数のアミノ酸だけを指定していたと考えられており,その進化過程は一つの研究課題となっています。 Granold et al. (2018) はアミノ酸の量子化学的性質に着目し,最高被占軌道(HOMO)と最低空軌道(LUMO)のエネルギー差が, 遺伝暗号に取り入れられた順番と関係していると議論しています。 理論的・実験的検討から,タンパク質の折りたたみに最低限必要なアミノ酸の種類は 7〜13 種類, あるいは 3 種類とも言われているそうです。最初期の遺伝暗号は現在よりも単純であり, チロシンやトリプトファン,メチオニンなどは比較的後期に付け加わったアミノ酸と見られています。 遺伝暗号への参加順は遺伝暗号表上の配置やアミノアシル tRNA 合成酵素の構造・系統関係などに基づいて考察されてきましたが, 著者らはアミノ酸の量子化学的性質,特に HOMO-LUMO エネルギー差に着目しました。 この値は電子の授受に関係し,小さいほど容易に酸化還元反応が起こると考えられます。 著者らはマーチソン隕石に含まれるアミノ酸 62 種(非生物的に合成されやすいアミノ酸),タンパク質に使用されるアミノ酸 21 種 (セレノシステインを含む),シキミ酸経路におけるアミノ酸の下流物質 15 種について,HOMO-LUMO エネルギー差を計算しました。 その結果,隕石アミノ酸や早期に遺伝暗号に加わったと言われているアミノ酸ではエネルギー差が比較的大きいのに対して, より後期に遺伝暗号に加わったとされるアミノ酸では,概ねその順序に応じてエネルギー差が小さくなり, 最後に加わったであろうセレノシステインやその前のトリプトファンのエネルギー差は, シキミ酸経路下流物質のエネルギー差と同等の小ささでした。 シキミ酸下流の代謝物は酸化還元反応に関わるため,著者らは後期追加のアミノ酸も酸化還元の補因子として働いたと予想しました。 そして後期アミノ酸の下流の反応には分子状酸素(O2)が関わることから,チロシンやトリプトファンなどの活用は, 局所的に発生した分子状酸素への適応ではないかと予想しました。 実験からも,後期アミノ酸はペルオキシルラジカルなどのラジカルに対してより高い反応性を示していて, 酸化反応への防御に働く可能性が示唆されました。そして外界の酸化分子と反応するためには, これらの後期アミノ酸は細胞膜に局在する必要があり,従って単体の分子の形では無く, 膜タンパク質に結合する様に進化したものと考察されています。 何らかの酸化剤への適応として酸化還元反応性の高いアミノ酸がタンパク質に採用された可能性は考慮に値しますが, 分子状酸素への適応と見なすのは無理があるように思われます。シアノバクテリアによる酸素の生成は生命の起源から 10 億年ほど経ってからのことであり,それまで遺伝暗号が固定しなかったとは信じられません。 複数の原核生物で並行進化したとしても,遺伝暗号の同じ位置に,全く同じアミノ酸が採用されたとする点にも無理がありますし, 絶対嫌気性微生物の系統でも同じアミノ酸が使用されていることが説明できません。 むしろ先にタンパク質アミノ酸に採用されていたから,酸化的な環境にもある程度対応できた,という順序かもしれません。 遺伝暗号への採用順と HOMO-LUMO エネルギー差との関係にしても,隕石中のアミノ酸のエネルギー差が総じて高いことから, 合成されやすいアミノ酸ほど HOMO-LUMO エネルギー差が大きく,合成の難しいアミノ酸が後に代謝に加わった, という説明もできるように思います。もう少し深い考察・検討が必要でしょう。 Granold, M., Hajieva, P., To a, M. I., Irimie, F.-D. & Moosmann, B. Modern diversification of the amino acid repertoire driven by oxygen. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 115, 41-46 (2018). 過去の関連記事: |
最古の化石は何者か?(2018.01.13)(→古生物学) |
細菌の多様性はイルカの口の中(2018.01.04) 次世代シーケンサーを用いたメタゲノム解析により, 未培養微生物を含めた微生物多様性の全貌が明らかになりつつあります。 しかし微生物叢は環境によっても大きく異なるため,多様な環境を調べることも重要です。 Dudek et al. (2017) はイルカの口内細菌を調べ,新候補門(new candidate phyla) 2 系統を含む多様な微生物ゲノムを見出しました。 リボソーム RNA 遺伝子の増幅・解析により,海産哺乳類の口内細菌に多くの候補門が含まれることがわかっていました。 そこで著者らは以前に 9 系統の候補門が検出された 2 匹のハンドウイルカ(Tursiops truncatus)の歯肉溝試料について, 次世代シーケンサーを用いたショットガン・ゲノム解析を行いました。そして 63 Gbp 以上の配列データから, 記載された細菌門 16,細菌の候補門 8,古細菌の候補門 2,バクテリオファージ 1,新しい細菌の候補門 2 に由来する 100 以上のドラフトゲノムと様々な新知見を得ました。 特筆すべきは 2 系統の新候補門で,一つはフィブロバクター門 - クロロビウム門 - バクテロイデス門を含む上門相当の系統 (CFB superphylum)に属し,Delphibacteria 候補門と名付けられました。Delphibacteria は 16S rRNA 遺伝子の研究でも, 同じく CFB に属する Latescibacteria 候補門のメンバーとして(実際には別系統)16 個体のイルカから確認されていたものです。 もう一方は CPR(Candidate Phyla Radiation)と呼ばれる候補門のみからなる系統群に属し, Fertabacteria 候補門と名付けられました。以前の 16S rRNA 遺伝子配列の探索では, Fertabacteria の配列は 1 例のみイルカから得られていて,やはり CPR に属する Gracilibacteria 候補門にあてられていました。 こちらはプライマーの相性が悪かった上,存在量も少なかった(0.09%)ため 1 例しか検出されなかったようです。 また,これまで 16S rRNA 配列を含まないドラフトゲノムで知られていた Delongbacteria 候補門について 16S を含んだコンティグが得られ,この門を 16S でも同定できるようになりました。 ファージ由来と見られるゲノム断片も,それぞれのイルカ個体から 33 および 55 断片見つかり, 既知のファージとは大きく異なるものも含まれていたそうです。 そしてこれは予想されたことですが,PCR で増幅後に調べられた 16S 配列の検出割合とメタゲノムの結果は大きく異なっていて, 16S 増幅による偏りが大きいことが確認されました。この他,放線菌類のものと見られるペプチド合成遺伝子のクラスターや, 既知最長の Cas9 を含む多数の CRISPR-Cas9,CPR 初の type II CRISPR-Cas,CPR に感染するファージ,などが見つかりました。 著者らはさらに,多くのイルカに見つかり存在量も比較的多かった(合わせて 1〜3% 程度) Delphibacteria のゲノムを細かく調べ,代謝能力を推定しました。 Delphibacteria は解糖系からクエン酸回路を経て電子伝達系に至る好気呼吸の仕組みに加え, ピルビン酸から酢酸を経てエタノールに至る発酵系やペントースリン酸経路などが確認され, おそらくは窒素化合物を最終電子受容体とする嫌気呼吸なども存在するようです。 代謝以外では,鞭毛と走化性関連の仕組みも確認されました。 今回の研究では,イルカの口内という特殊な環境での微生物多様性に焦点があてられました。 微生物多様性や遺伝子資源の観点で注目に値するだけでなく,微生物の進化系統の理解にも貢献するはずです。 一方で,Delphibacteria や Fertabacteria がイルカやクジラの口内にしかいないとは考えづらいでしょう。 鯨類が海に戻ったのは 5000 万年前頃であり,細菌の門の起源としては新しすぎる印象を受けます(直感的には少なくとも数億年前)。 すなわち,まだ未調査の環境に彼らの親戚が存在している可能性は十分にあるはずです。 この研究を受けて,より局所的で特殊な環境のメタゲノムに注目が集まるかもしれません。 Dudek, N. K. et al. Novel microbial diversity and functional potential in the marine mammal oral microbiome. Curr. Biol. 27, 3752-3762 (2017). 解説記事: 過去の関連記事 |
そして日本にも珍渦虫(2017.12.27) 珍渦虫類は無腸類などと共に左右相称動物の姉妹群とも後口動物の姉妹群とも言われる,進化上重要な動物です。 これまでスウェーデン西部沖の海底と,太平洋東部の北米・メキシコ沖海底などから知られていましたが, Nakano et al. (2017) は日本産の新種 Xenoturbella japonica を記載し, 珍渦虫類が太平洋西部にも分布することを示しました。 珍渦虫類は,1949 年にスウェーデン西部沖の海底からタイプ種 X. bockii が記載され,扁形動物の一種とされてきました。 しかし今世紀になってから,同じく扁形動物とされていた無腸類(や皮中神経類)と珍渦虫類が近縁で, 合わせて扁形動物とは異なる珍無腸動物門を構成することが指摘されました(珍渦虫の衝撃, 珍渦虫が拓く新しい門,腸は無くても後口動物)。 さらに 2016 年には太平洋東部の深海から 4 新種(X. monstrosa,X. churro,X. profunda, X. hollandorum)が記載され(Rouse et al., 2016), 珍渦虫類の未記載種がさらに他の地域にも分布することが予想されていました。 著者らは三浦半島沖の相模湾から雌の成体(ホロタイプ)を,岩手の三陸沖から性別不明の幼体(パラタイプ)を採取しました。 本種は成体で長さ 5 cm 程度,体色は淡い橙色で,背中側に 2 本の縦方向の大きな溝が走っています。 また口(腹側)の少し後方に環状の溝があり,色と大きさ以外は,概ね他の珍渦虫類と似た形態をしています。 さらに著者らは詳細構造の調査に X 線マイクロコンピュータ断層撮影法を用いました。 その結果,頭部の先端に微小な孔(frontal pore)が開いていて,これが腹部の glandular network("腺体網") と呼ばれる構造に繋がっていることを初めて見出しました。同様の構造は X. bockii でも確認され, これまで珍渦虫類では見落とされていた構造であると考えられました。 frontal pore と glandular network の複合構造は,無腸類で知られる frontal organ という構造に相同と見られるそうで, これが確認されれば,分子系統だけでなく構造的にも両者を結びつける強い証拠になるでしょう。 ミトコンドリアゲノムなどを用いた系統解析によれば,X. japonica は既知種からは明らかに離れていて, どちらかと言えば「浅い」系統と呼ばれる X. bockii,X. hollandorum の系統に近縁に見えます。 「浅い」系統は水深 650 m 以下の海底に生息し,X. japonica も 560 m より浅い海底から得られています。 また大きさ的には,2〜3 cm 程度の「浅い」系統と,10〜20 cm 程度の「深い」系統(水深 1700〜3700 m より知られる) の間になります。著者らは無根系統樹上で X. japonica を「浅い」系統に充てていますが, 口の形態などは「深い」系統にも似ているそうで,形態的にも系統的にも「浅い」系統と「深い」の中間と言えるかもしれません。 著者らは本種が三浦半島の臨海実験所(おそらく東京大学の三崎臨海実験所)の近くで採取されたことから, 実験動物として扱いやすい可能性を示唆しています。とはいえ現状では 2 個体(しかも相模湾からは 1 個体) しか報告されていないので,続報が待たれるところです。 今回の新種はホロタイプが 2015 年,パラタイプが 2013 年に採取されていて,Rouse et al. (2016) による 4 新種の記載に先んじて見つかっていたことが分かります(ただしその 4 新種の採取は 2007〜2015 年)。 停滞していた分類研究が,2 種目の発見によって加速されることはよくあることなので,これからも珍渦虫類の新種, もしかすると新属の発見も続くかもしれません。 Nakano, H. et al. A new species of Xenoturbella from the western Pacific Ocean and the evolution of Xenoturbella. BMC Evol. Biol. 17, 245 (2017). Rouse, G. W., Wilson, N. G., Carvajal, J. I. & Vrijenhoek, R. C. New deep-sea species of Xenoturbella and the position of Xenacoelomorpha. Nature 530, 94-97 (2016). 過去の関連記事 |
単細胞と群体性の分かれ目(2017.12.22)(→藻類学) |
繰り返されたミトコンドリアゲノムの縮退(2017.12.19) ミトコンドリアのゲノムは祖先のアルファプロテオバクテリアに比べてごく少数の遺伝子しか含んでいません。 そのためより多くの遺伝子を含むミトコンドリアは,より祖先的なものであると考えられてきました。 Janouškovec et al. (2017) は真核生物の新規系統の新種 Ancoracysta twista のミトコンドリアゲノムが, 知られている中で 3 番目に多くの遺伝子を含んでいることを見出し,ミトコンドリアのゲノム進化の議論に一石を投じました。 Ancoracysta は,スクリップス海洋研究所のバーチ水族館で飼育されていた熱帯性脳サンゴの表面から分離されました。 この原生生物は前後に生えた 2 本の鞭毛でくるくる回りながら遊走し,真核生物(ボド類の Procryptobia sorokini を餌に飼育)を捕食して増殖します。微細構造としては,4 層の細胞外被と独特の放出体(extrusome)である ancoracyst を持つことが特徴です。 本種の 18S リボソーム DNA 配列はブラジルの沿岸由来の環境配列に近縁で,他に類縁配列のない新しい系統と見られました。 トランスクリプトーム解析に基づく 201 タンパク質配列の系統解析でも,真核生物内における系統的位置は定まらず, ハプト藻類,中心太陽虫類,ストラメノパイル類,アルベオラータ類,リザリア類などに近縁な独自系統と見られました。 しかし本種の最大の特徴は,47 個のタンパク質遺伝子を含んだミトコンドリアゲノムです (シトクロム c の成熟機構を 2 通り持っている点も独特)。この遺伝子数は, 真核生物の中でもジャコバ類(60〜65 遺伝子),Diphylleia rotans(51 遺伝子)に次ぐ 3 番目に多いものでした。 この 3 群は系統樹上で互いに離れているため,ミトコンドリアゲノムの進化が単純な過程ではないと予想されました。 そこで著者らは真核生物全体を通じたミトコンドリアゲノムの変化を探るため,他のミトコンドリアゲノムの見直しも行いました。 公開されているゲノムデータの再解析により,ピコゾア類 (ピコビリ藻類かピコ動物か: ゲノム時代の新門発見)と Colponema vietnamica (アルベオラータ類)のミトコンドリアゲノム(後者は不完全)を推定し, 他の系統からもミトコンドリアゲノム上で見過ごされていた遺伝子を見つけました。 これらの情報に基づいて遺伝子数の変化を再現したところ,系統ごとに異なる程度で, 概ね指数関数的に遺伝子の減少が起こっていることがわかりました。 系統ごとの減少速度の変化がどのような仕組みによるものかはわかっていませんが, ミトコンドリアから核への遺伝子の移行が起こりやすいか起こりにくいか,あるいは重要な機能が失われたかどうか, などを切っ掛けとしているものと思われます。遺伝子の減少しやすさも,遺伝子の減少自体も,ある程度確率的な現象と見られます。 従って必ずしも基部で分かれた系統がより多くの遺伝子を持つわけではなく,偶然減少しにくいゲノムの特性を維持していたものが, より多くの遺伝子を残しているものと思われます。 ミトコンドリアゲノムの進化のみならず,真核生物の初期進化を巡っては多くの謎が残されています。 Ancoracysta の発見は,今後も未知系統の発見によって進化の謎が少しずつ解けていく可能性を暗示しています。 環境配列のみがしれる系統はもちろんのこと,それすら未検出の系統もまだまだいるかもしれません (Ancoracysta の配列は過去に 1 度しか検出されていない)。 まだまだ道半ばにある原生生物の探索に,引き続き注目する必要がありそうです。 Janouškovec, J. et al. A new lineage of eukaryotes illuminates early mitochondrial genome reduction. Curr. Biol. 27, 3717-3724 (2017). 解説記事: |
翼竜から始祖鳥,そして新属恐竜になった標本(2017.12.14)(→古生物学) |
隠蔽種の判断は慎重に(2017.12.11) 形態に基づく分類と分子系統解析の結果が食い違うことは珍しい話ではありません。 同一の形態種とされていたものが互いに系統的に離れていれば,それらは隠蔽種と見なされるでしょう。 しかし種分化の機構は必ずしも単純ではなく,分子系統樹の解釈には慎重さが求められます。 Thielsch et al. (2017) はハリナガミジンコ(Daphnia longispina)で指摘されていた隠蔽種の可能性を検討し, 核ゲノムの情報では裏付けが取れないことを示しました。 ハリナガミジンコは北半球の温帯に広く分布し,国内でも湖沼に普通に見られるそうです(田中・牧田, 2017)。 ミトコンドリア遺伝子の系統解析からは少なくとも 11 の系統が,著者らが研究しているヨーロッパ産のものに限っても 7 系統が報告されていました。系統間の遺伝的距離は近縁他種の種間差と比べても遠く,それぞれが隠蔽種であると見られていました。 しかし遺伝子重複や交雑に伴う遺伝子移入,祖先多型の不完全な分配などにより異常な挙動を示す遺伝子もあることから, 単一遺伝子のみで隠蔽種を判断することは危険でもあります。 そこで著者らはヨーロッパ産の一部系統について核ゲノムのマイクロサテライトマーカーを用いて種分化の実態を調べました。 著者らはスウェーデン,リトアニア,ドイツ,ルクセンブルク,チェコ,イランの湖・貯水池から得られた ハリナガミジンコ種群(ハリナガミジンコ,カブトミジンコ D. galeata,カムリハリナガミジンコ D. cucullata を含む)の計 49 個体,3 つのミトコンドリア系統について,10 ヶ所のマイクロサテライトを調べました。 なお,それぞれの産地からは単一のミトコンドリア系統のみが得られています。 確かなハリナガミジンコ,カブトミジンコ,カムリハリナガミジンコの情報も含めた要因対応分析などの結果, 49 個体は 3 種のいちのいずれか,またはそれらの雑種であり,未記載種や隠蔽種ではないことが示唆されました (ただし個体ごとの形態同定は行われていない)。 一方でミトコンドリア遺伝子で認識された 3 系統への分け方は支持されませんでした。 すなわちミトコンドリア遺伝子で未記載の隠蔽種に見えるものも,いずれかの既知種に属すると考えられました。 ではミトコンドリア遺伝子の系統的多型はどこから来たのでしょうか。 どうあがいても推測の域は出ないわけですが,重複遺伝子,特に偽遺伝子を見ている可能性や, 太古の祖先多型が集団内に維持されている可能性については,それぞれ独立の証拠で指示された例があること, 祖先多型にしては互いの差が大きいこと,などの理由で考えにくいとしています。 一方で消去法的ではありますが,そして既知の雑種個体がほとんど第一世代である(つまり不稔の場合が多い) という問題点はあるものの,交雑による遺伝子移入の可能性を著者らは支持しています。 この場合,問題のミトコンドリア遺伝子型は,未確認の種との過去の交雑に由来するものと考えられます。 本研究では単一遺伝子のみに基づいて隠蔽種の存在を断定することの危険性を裏付けています。 そして隠蔽種の存在を示すためには,複数の遺伝子座,あるいは形態・生態・行動・分布などの追加の証拠が必要と論じています。 理想的には全ゲノム情報に基づいて集団の分かれ方を調べたいわけですが,生体試料の入手や費用などに制限がある場合には, 複数の遺伝子座が決めているであろう形態や生態,行動学的特性を調べることもある程度妥当ではあるでしょう。 Thielsch, A., Knell, A., Mohammadyari, A., Petrusek, A. & Schwenk, K. Divergent clades or cryptic species? Mitonuclear discordance in a Daphnia species complex. BMC Evol. Biol. 17, 227 (2017). 田中正明 および 牧田直子 日本産ミジンコ図鑑 (共立出版, 東京, 2017). |
新種オランウータンの記載は絶滅前に(2017.11.30) オランウータンはアフリカ以外に生息する唯一の大型類人猿で, ボルネオ島(インドネシア,マレーシア)とスマトラ島(インドネシア)にのみ分布します。 これまでオランウータン属にはボルネオ島のボルネオオランウータン(Pongo pygmaeus)とスマトラ島のスマトラオランウータン (P. abelii)の 2 種のみが認められてきましたが,Nater et al. (2017) は形態やゲノム情報などに基づき, スマトラ島の分布域南端の個体群がスマトラオランウータンから区別される新種であることを示しました。 スマトラオランウータンはスマトラ島北部にのみ分布し, その分布域は巨大なカルデラ湖であるトバ湖を挟んで南北に分断されています。 著者らは様々な手法を用いてトバ湖の南にある個体群を調べ,これらを新種 P. tapanuliensis として記載しました。 この学名は,本種が北タパヌリ県,中央タパヌリ県,南タパヌリ県の境界を跨いで分布することにちなんでいます (もっとも本文中ではトバ湖南方の集団,あるいは Batang Toru 集団などと呼ばれている)。 近縁種との形態比較は,近隣の村で殺されてしまった雄個体の骨格(ホロタイプに指定),中でも頭蓋骨に基づいています。 下顎骨を含む頭蓋骨 26 点の測定値を用いた主成分分析では, この頭蓋骨がスマトラオランウータンともボルネオオランウータンとも異なることを示唆しさしています (基本的には他種の同年代の個体に比べて小型)。また long call と呼ばれる,雄が雌を呼ぶ鳴き声(こちらは 2 個体で測定) もスマトラオランウータンより高く,ボルネオオランウータンよりも長いなど,違いがあるそうです。 外見的には比較的真っ直ぐな体格と明るめ色の体毛を持ち,この点でスマトラオランウータンに似ているものの, 体毛が縮れている点で異なります。 P. tapanuliensis 2 個体を含む 37 個体のゲノム情報(17 個体はこの研究で解読)の主成分分析によれば, トバ湖南方の個体群はやはりスマトラオランウータンともボルネオオランウータンとも大きく異なっていました。 著者らはまた非コード領域の情報に基づき,各集団の分化過程も推定しました。 オランウータンはアジア本土から陸続きだったスンダランド(スマトラ島,ボルネオ島を含む陸続きの平野部) のトバ湖南方の地域に進出し,ここからトバ湖北方の集団が約 340 万年前に, ボルネオ島の集団が約 67 万年前に分かれたことがわかりました。しかし各集団間での遺伝的交流はすぐには途絶えず, 7.3 万年前のトバ火山の大噴火(現在のトバ湖を形成した噴火)による森林破壊で生息域が減少し, 分断が進んだものとと見られました。その後も,雄を介した遺伝子流動は若干続き (雌は定住する傾向が強く,遺伝子流動にはほとんど貢献しない),1〜2 万年前までに交流が完全に途絶えたようです。 P. tapanuliensis はわずか 800 個体未満しか生存しておらず,さらに分布域の一部に水力発電の開発計画があるため, 絶滅の危険が非常に高いと考えられます。この研究では新種記載の証拠がほんの 1〜2 個体の情報に基づいていて, 記載を急いだ感は否めません。絶滅危惧種を採取するわけにはいかないこと,そもそも生きた個体と接触するのが難しいこと, などが理由と見られますが,開発の話が出ていることも発表を急いだ理由かもしれません。 現在でている証拠を見る限り,P. tapanuliensis を独立種とすることに問題はなさそうですが, 本種の形態や生態,集団の遺伝子構造などについては研究を続ける必要がありそうです。 そしてスマトラオランウータンやボルネオオランウータンの個体群調査がさらに進めば, オランウータンの種がもっと分割されることもあるかもしれません。 Nater, A. et al. Morphometric, behavioral, and genomic evidence for a new orangutan species. Curr. Biol. 27, 3487-3498 (2017). |
サーベルタイガーは大陸を駆けた(2017.11.22)(→古生物学) |
色素体の姉妹は淡水育ち(2017.02.13)(→藻類学) |
クマムシを生んだ体節ダルマ落とし(2016.02.10)(→発生学) |
お前もメタンをつくるのか!?(2015.12.21) メタンは強力な温室効果ガスとして,そして天然ガスの主成分として注目されています。 これまで,ユリアーケオタ門の古細菌のみがメタン生成を行い, 天然のメタンの大部分は彼らが合成したと考えられて来ました。 ところが Evans et al. (2015) はメタゲノム解析の結果に基づき, 正体不明だった古細菌,Bathyarchaeota 門の一部もおそらくはメタン生成菌であるとしています。 古細菌の内,純粋培養に成功しているのは 3 門のみです。しかしこれは実在する古細菌の門の半分にも満たず, 未培養古細菌の生態は多くが謎のままとされています(Lloyd, 2015)。 Bathyarchaeota 門は海洋や淡水の堆積物から配列が見つかる未培養古細菌の一群で, メタゲノム解析(培養を介さず,環境中の微生物ゲノムを直接調べる手法)により, 海洋堆積物中の AB-536-E09(E09)ゲノムの持ち主がペプチド発酵菌と推定されていました。 しかし堆積物中の硫酸塩-メタン移行帯(表層由来の硫酸と深層由来のメタンが共存し,メタンが消費されている位置; 稲垣, 2014)からも配列が見つかるため,嫌気的メタン酸化を行う可能性が疑われました。 そこで著者らはメタンを含んだ石炭層地層水のメタゲノムの解析を試みました。 解析の結果,BA1 および BA2 と呼ばれた 2 種の Bathyarchaeota 門のゲノムデータが得られました。 BA1 と BA2 は E09 よりも互いに近縁ですが,それでも互いに若干離れていました。 それぞれ推定でゲノムの 91.6% と 93.8% が解読されていて,ある程度異なる代謝を行うものと推測されました。 まず BA1 は,(一酸化炭素や)二酸化炭素を還元し,補酵素テトラヒドロメタノプテリン (H4MPT)にメチル基を付加する経路を持っていました。 H4MPT と結合したメチル基は補酵素 M に移され, メチル補酵素 M 還元酵素によってメタンとして放出されます。 また補酵素 B と共に補酵素 M を再利用する回路も持っているようです。 BA1 はまた,メタノールなどのメチル化合物から補酵素 M にメチル基を移すこともできます。 一方で BA2 もメチル補酵素 M からのメタン生成が可能と見られますが, 二酸化炭素からメチル基を生成することはできず,既知のメチル基転移酵素も持っていませんでした。 一方で未知のメチル基転移酵素を複数持っているため(これは BA1 も同様), 何らかのメチル化合物からメチル基を得ているようです。 メタン生成の最終過程では補酵素 M と補酵素 B が中心的役割を果たすとされ, メチル補酵素 M 還元酵素には確かに両補酵素との結合部位が保存されていました。 しかし BA1,BA2 共に補酵素 M と B の合成酵素をほとんど持たず,ゲノムの未解読に合成系を持っているのか, 未知の合成系があるのか,あるいは外部から取り込んでいるものと推測されます。 もしかすると,補酵素 M や補酵素 B こそが BA1 と BA2 の培養に必要なのかもしれません。 また BA1 はペプチドやアミノ酸を取り込み,分解してエネルギーを得ているようです。 同時にマルトースを取り込み解糖系でエネルギーを得ることもできるようです。 BA2 はペプチド,アミノ酸,マルトースを取り込めず,脂肪酸のβ酸化によりエネルギーを得ているようです。 最後に著者らはメタン生成の進化にも踏み込んでいます。 メチル補酵素 M 還元酵素の系統樹では,Bathyarchaeota 門の遺伝子はユリアーケオタ門と離れていました。 すなわちユリアーケオタ門からの水平移動ではなく,両者の共通祖先から引き継いだものと推測され, メタン生成の起源が古く,さらに多くの古細菌系統がメタン生成を行う可能性を示唆しています。 本研究により,地球上におけるメタンの発生や分解への理解は一層深まるでしょう。 さらに Bathyarchaeota 門の純粋培養や,新たなメタン生成系統の探索への意欲を高めるものとして, 多方面への影響が予想されます。 Evans, P. N. et al. Methane metabolism in the archaeal phylum Bathyarchaeota revealed by genome-centric metagenomics. Science 350, 434-438 (2015). Lloyd, K. Beyond known methanogens. Science 350, 384 (2015). 稲垣史生 in 深海と地球の事典 (深海と地球の事典編集委員会 編) 90-105 (丸善出版, 東京, 2014). |
微小な動物の系統と起源 II(2015.08.25) 螺旋動物(Spiralia:広義の冠輪動物)は,扁形動物,環形動物, 軟体動物など大型でよく知られた動物の系統と, 肉眼で見るのが難しい微細な動物の系統をいくつか含んだ左右相称動物の大系統群です。 前回紹介した Struck et al. (2015)(微小な動物の系統と起源 I) と同時に出版された Laumer et al. (2015) は,系統的位置不明の微顎動物や Diurodrilus, Lobatocerebrum を含む螺旋動物の多遺伝子系統解析を行い,詳細な系統関係を解明しました。 形態的特徴から所属や系統的位置を断定できない問題群は,しばしば進化を理解する上で重要な意味を持ちます。 微顎動物門や Diurodrilus,Lobatocerebrum もそんな問題群とみなされてきました。 このうち微顎動物は独立門とされていますが,Diurodrilus と Lobatocerebrum は環形動物との関係が疑われつつ,所属を巡る異論が残っていました。これらはいずれも微小な動物であり, 体制が単純であるが故に特定の動物門と関連づけることが難しかったようです。 著者らはこれらの 3 群と脱皮動物の胴甲動物門について初めて(Struck et al., 2015 とは独立に) ゲノム規模の遺伝子配列決定を進め,自由生活性の主要な螺旋動物系統を全て含んだ系統解析を行いました。 --------------顎口動物 || | -----------------------------------| -------微顎動物 |Gnathifera | -------| | | -------輪形動物(+鉤頭動物) | | | -------腹毛動物 | | -----------------------------------| |Rouphozoa ------| | -------扁形動物 | | | | | -------外肛動物 | | | -------| | | | -------| -------箒虫動物 | -------| | | | | -------| --------------腕足動物 | | | | |冠輪動物(狭義) | -------| ---------------------紐形動物 | | | | | -------| ----------------------------環形動物 | | | -----------------------------------軟体動物 | 様々な解析の妥当性を評価した結果,Diurodrilus と Lobatocerebrum は環形動物に含まれ, それぞれ独立の系統になることがわかりました。Diurodrilus はホコサキゴカイ目と, Lobatocerebrum は星口動物とそれぞれ姉妹群になりました (Diurodrilus については Struck et al., 2015 の結果と基本的に一致します)。 Protodriliformia が遊在類にまとめられた(Struck et al., 2015)ことと合わせると, 環形動物門では少なくとも 3 回微小化が起こったことになります。 次に,微顎動物門は輪形動物門の姉妹群となり,表皮の微細構造や顎の構造などからの指摘と合致しました。 また微顎動物と輪形動物は共に微小(体長 0.5 mm 以下)な動物で, 顎口動物も 0.2〜3.5 mm 程度(田近, 2000)と小型の動物であることから,これら 3 門を合わせた Gnathifera 全体が微小〜小型の動物の系統と言えます。 一方で,輪形動物(鉤頭動物含む),腹毛動物,顎口動物,扁形動物が扁平動物(Platyzoa) と呼ばれる単系統群を形成するとの説もありましたが,扁平動物は側系統群であることが示唆されました。 著者らは扁平動物仮説が,かつての系統解析における長枝誘因などに由来すると推測しています。 ただ系統解析の問題点が全て明らかになっているとは思えず, 系統解析によって単系統群と側系統群を区別することは時に困難なので, 今回の解析の方が正しいとも言い切れないでしょう。 著者らは最後に,螺旋動物の祖先が微小な動物だったのか,肉眼で見える大きさの動物だったのか考察しています。 どちらかと言えば,系統樹の最節約的な解釈から支持されるように, 螺旋動物の祖先が微小な動物だったと睨んでいるようです。この場合,体節や真体腔,浮遊型の幼生などが, 螺旋動物の中で他の左右相称動物とは独立に進化したことなるでしょう。 一方で,Gnathifera と腹毛動物の祖先で 2 回独立に小型化が起こった可能性も残ります。 この点について著者らは,カンブリア紀の豊富な化石記録の中に両者の大型祖先が見つからないことを挙げて, 消極的に反論しています。 当初ゲノム情報を用いた系統解析は,大型で知名度の高い系統群か進化的に注目を集めた系統群が中心でした。 今回の解析はそういった解析から取りこぼされた系統群を含めて, 全ての動物門を網羅することを目指した研究と言えるでしょう。 しかし寄生性である中生動物が対象から外れていて,内肛動物と有輪動物の系統的位置も解決していないため, 今後も対象種を増やして未解読の領域をより多く解読すること, そして挿入欠失など塩基置換以外の解析も行うことなどが,より完全な系統仮説の構築に求められるでしょう。 Laumer, C. E. et al. Spiralian phylogeny informs the evolution of microscopic lineages. Curr. Biol. 25, 2000-2006 (2015). Struck, T. H. et al. The evolution of annelids reveals two adaptive routes to the interstitial realm. Curr. Biol. 25, 1993-1999 (2015). 田近謙一 in バイオディバーシティ・シリーズ 5:無脊椎動物の多様性と系統(節足動物を除く) (白山義久 編) 125-127 (裳華房, 東京, 2000). |
微小な動物の系統と起源 I(2015.08.22) 多細胞動物の中には体長が 1 mm を切るような微小なものが少なからず存在します。 このような動物の多くは海底などの砂粒の隙間に生息し,通常は発生や体制が単純であることが知られています。 微小な動物が左右相称動物の祖先の姿をとどめているのか,二次的に単純化したのかは明らかではありません。 そこで Struck et al. (2015) は環形動物の微小動物に着目した多遺伝子系統解析を行い, 微小な動物の系統的起源について考察しています。 微小な環形動物は原始環虫類(archiannelids)と総称され,祖先的な環形動物門の一群とも考えられてきました。 ここではムカシゴカイ目(Protodrilida),イイジマムカシゴカイ科(Polygordiidae),Dinophilidae, Diurodrilidae,ホラアナゴカイ科(Nerillidae),Apharyngtus が原始環虫類とされています。 最近では原始環虫類は派生的な環形動物と見られていましたが,近縁群までは特定されていなかったようです。 そこで著者らは原始環虫類 6 群の代表種計 12 種についてトランスクリプトーム解析を行い, 環形動物 77 種類,最大 190,000 アミノ酸弱を用いた系統解析を行いました。 解析の結果,ムカシゴカイ目とイイジマムカシゴカイ科は互いに姉妹群となり(合わせて Protodriliformia), 合わせて他の遊在類(Errantia)の姉妹群となりました(著者らは遊在類に含めている)。 一方で Dinophilidae,Diurodrilidae,ホラアナゴカイ科,Apharyngtus は定在類(Sedentaria) の系統に属し,ホコサキゴカイ科(Orbiniidae),Parergodrilidae と単系統群(Orbiniida:ホコサキゴカイ目) を形成しました(ホコサキゴカイ目の中で原始環虫類の 4 群が単系統群となるのかはやや不明瞭)。 すなわち,原始環虫類が文字通り原始的な環形動物である可能性は否定されました。 では原始環虫類は大型の環形動物からどのように進化してきたのでしょうか? 遊在類は祖先的には大型の表在底生生物または埋在生物だったと推定されていて, また Protodriliformia は類縁種のどの発生段階とも類似性がないことから,早熟(progenesis), すなわち性成熟がより早い発生段階で起こった結果として微小な成体が進化したのではなく, 成体の大きさが進化の過程で小型化(miniaturization)することによって, 隙間棲の微小動物に進化したと考えられました。 ホコサキゴカイ目もやはり大型の祖先から派生していますが,微小種の形態は大型種の幼生と部分的に共通していて, こちらは(おそらくは複数回の)早熟によって微小化したと推測されました。 著者らによると,これまでは幼生の生息地にそのまま残る形で進化する早熟の方が, 成体にとって新しい生息地を開拓する小型化よりも仮説として好まれていたそうです。 一方 Protodriliformia の場合は,段階的な小型化により徐々に生息環境を変えていったようで, 著者らは微小化の道筋として早熟だけでなく小型化も同様に考慮すべきだと主張しています。 複雑な形態形質の進化や喪失に比べて,動物の大きさの進化は必ずしも注目を集めてこなかったように思いますが, 本研究を契機として今後は他の動物群でも見直しが進むことになるかもしれません。 Struck, T. H. et al. The evolution of annelids reveals two adaptive routes to the interstitial realm. Curr. Biol. 25, 1993-1999 (2015). |
性の起源の「いつ」と「なぜ」(2015.08.11) 減数分裂を伴う有性生殖は様々な真核生物で観察されていますが, 有性生殖の観察記録がない真核生物も少なくありません。 しかしゲノム解読が進展し,また減数分裂や細胞融合などに関わるタンパク質が同定されたことで, 観察記録のない真核生物からも有性生殖の間接証拠が見つかってきました。 Speijer et al. (2015) は有性生殖の系統分布について見直し, 有性生殖が進化した原因を考察しています。 多くの原生生物は主に無性生殖により増殖し,しばしば有性生殖が知られていません。 門や綱の規模で有性生殖が見つかっていない系統も存在し,彼らが真に有性生殖を行わない系統なのか, 有性生殖の起源や意義と合わせて議論されてきました。しかし誘導条件が分からなければ有性生殖の観察は困難で, また有性生殖の欠落は観察では立証できません。そこで著者らはゲノム情報に注目しました。 真核生物の有性生殖には減数分裂と細胞/核の融合という 2 つの現象が関係しています。 そこでよく調べられているのが減数分裂の関連遺伝子群("meiosis toolkit")だそうです。 また真核生物において,細胞融合の因子として HAP2(GCS1)タンパク質が, 細胞核融合の因子として GEX1(KAR5)タンパク質が系統を跨いで保存されていて, 真核生物の共通祖先から由来すると見られています。著者らはこれらのタンパク質をゲノム情報から探索し, 有性生殖が知られていなかったマラウィモナス類,ジャコバ類,灰色藻類にも有性生殖の存在を予想しています。 逆にいくつかの系統群からは HAP2 や GEX1 いずれの相同タンパク質も見つからず, 有性生殖を全く行わない生物の候補として挙げられています。ただし著者ら自身, 両タンパク質の有無だけで有性生殖の有無を判断することには慎重になっています。 遺伝子の有無以外の情報も考慮して,ほぼ確実に有性生殖を行わない系統もいくつか紹介されています。 輪形動物門のヒルガタワムシ目や小核を失った繊毛虫は百万年以上前に, 真正眼点藻綱の Nannochloropsis oceanica やハプト藻類の Emiliania huxleyi, キネトプラスト類の Trypanosoma brucei は最近(属内や種内で) 有性生殖を失った系統として挙げられています。 ただしヒルガタワムシのように,有性生殖を喪失したまま長期間生き延びている系統は極めて稀で, 有性生殖の重要性を示唆していると考えられています。 著者らは有性生殖の意義について,遺伝的多様性を増進すること, 弱有害遺伝子の蓄積(マラーのラチェット)を防ぐこと,進化速度の速い寄生虫に対抗すること (赤の女王仮説),の 3 点に言及しています。小核を失った繊毛虫やヒルガタワムシでは, 有性生殖以外の方法でこれらの利点を補っていると見られ, 特にヒルガタワムシで酸化ストレスへの抵抗に関わる遺伝子が増えていることに注目しています。 そして,活性酸素に誘導される DNA の相同組換え修復の機構に減数分裂が由来するとの仮説と合わせて, ミトコンドリアの獲得による細胞内活性酸素の増加が有性生殖進化の動機になったとする説を推しています。 有性生殖の利点の内,遺伝的多様性の増進と寄生虫への対抗は,原生生物で有性生殖が稀であることと矛盾します。 また,原核生物と初期真核生物の間でその重要性が極端に変化したとも考えにくいでしょう。 一方でミトコンドリアをきっかけとする説は,原核生物に複雑な有性生殖がないことを説明できそうです。 ただしゲノムの拡大や複雑化に伴って有害遺伝子の蓄積も深刻化するはずなので, こちらが有性生殖進化の原動力になった可能性も考慮に値するとは思います。 正解に迫るには基盤的な原生生物における有性生殖の観察も必要でしょう。 ゲノム情報による有性生殖の存在予想が,有性生殖の観察を後押しすることに期待したいところです。 Speijer, D., Lukeš, J. & Eliáš, M. Sex is a ubiquitous, ancient, and inherent attribute of eukaryotic tree of life. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 112, 8827-8834 (2015). |
蛇足が 4 本あった頃(2015.08.05)(→古生物学) |
ハルキゲニアの歯(2015.07.22)(→古生物学) |
ミトコンドリアの原型を求めて(2015.07.14) ミトコンドリアの特徴的な形態であるクリステ(内膜のひだ)の形成には, MICOS(mitochondrial contact site and cristae organizing system:「ミトコンドリア接触部位・クリステ形成系」) と呼ばれる複合体が関わっています。クリステはミトコンドリアの構造として知られていますが, Muñoz-Gómez et al. (2015) は MICOS のサブユニットを情報学的に探索し, アルファプロテオバクテリアにも原始的なクリステが存在する可能性を示しました。 ミトコンドリアのクリステは電子伝達系のある内膜の表面積を増やし,好気呼吸の効率を上げる構造と考えられています。 最近になって変異体の解析から,膜タンパク質の複合体である MICOS がクリステ形成に関わっていることが示され, そのサブユニット構造も明らかにされてきました。MICOS は内膜上に存在しますが,外膜上,内膜上の他のタンパク質や, MICOS 同士で相互作用し,クリステのくびれ込み部分を形作っていると考えられます。 クリステはミトコンドリアに共通の構造なので(好気呼吸能を失ったものを除く), MICOS も真核生物に広く存在するものと予想されますが,これまで MICOS の研究は動物と菌類(いずれもオピストコンタ類) に偏っていたそうです。そこで著者らはオピストコンタ類以外の MICOS を探索しました。 探索の結果,MICOS タンパク質の主要なサブユニット(ヒトでは 6 種類)の内, Mic60 と Mic10 タンパク質が真核生物の主要な大グループ全て(オピストコンタ類,アメーバ動物類,ストラメノパイル類, アルベオラータ類,リザリア類,ハプト藻類,クリプト藻類,一次植物類,エクスカバータ類)に見つかりました。 やや不確かながら,Mic19 タンパク質も真核生物に広く見つかりましたが, その他のサブユニットはオピストコンタ類に限られていました。 ちなみにクリステのない退化したミトコンドリアを持つ真核生物には,予想通り MICOS が見つかりませんでした。 Mic60 は MICOS の中でも最大のタンパク質で,中心的な役割を果たしているとされていて, Mic10 も MICOS の中核部分を構成するそうです。従って両者が真核生物に広く存在することは納得できます。 その他のサブユニットはオピストコンタ類の祖先で加わったものと考えられるでしょう (Mic19 は系統ごとに機能がことなっている?)。 確認されたサブユニット数はオピストコンタ類が最多ですが, これはオピストコンタ類の MICOS をもとに相同タンパク質を探索したためと考えられ, 他の真核生物にもそれぞれ固有のサブユニットが存在すると考えるのが自然でしょう。 著者らはさらに,原核生物も対象にして MICOS の中核サブユニットである Mic60 を探索し, 多くのアルファプロテオバクテリアにも Mic60 の相同タンパク質らしきものを見出しました。 これらの相同タンパク質には真核生物のものと同様の構造をしていると予想され,機能も似ていると期待されます。 なおアルファプロテオバクテリア綱の中ではリケッチア目など細胞内寄生性のグループには認められませんでした。 リケッチア目以外のアルファプロテオバクテリアでは,内膜が陥入して層状ないし胞状の構造を作ることが知られ, MICOS の存在を踏まえれば,これらがクリステの起源となったと推測されます。 今回の研究はあくまでも情報学的な予想であるため,今後は原核生物における実証的な研究が求められるでしょう。 原核生物における MICOS の存在が確証されれば,原核生物を用いて組換えや変異体の研究が進み, MICOS の原型が明らかになることが期待されます。またオピストコンタ類以外の MICOS の研究も進めば, 原始的な膜陥入から真核生物に知られる多様なクリステの進化が,分子レベルで明らかになるかもしれません。 Muñoz-Gómez, S. A. et al. Ancient homology of the mitochondrial contact site and cristae organizing system points to an endosymbiotic origin of mitochondrial cristae. Curr. Biol. 25, 1489-1495 (2015). |
ピコビリ藻類かピコ動物か: ゲノム時代の新門発見(2013.10.23)(→藻類学) |
維管束植物を真っ直ぐ並べる表(2011.03.09) 2009 年,APG III の形で被子植物の新しい分類体系が発表されました (被子植物の分類体系再編 I,II,III)。 この中には陸上植物全体の高次分類や,被子植物の科を直列に並べる際の並べ方についての提案も含まれていました。 しかし被子植物以外の維管束植物については科や属に至る分類体系や,その並べ方の提案は行われませんでした。 そこで Phytotaxa の 19 巻では 1 冊を使ってシダ類,裸子植物の分類体系やその配列, そして被子植物の各科の異名一覧や文献引用をまとめています (Christenhusz et al., 2011a,b,c; Reveal & Chase, 2011)。 "Linear sequence, classification, synonymy, and bibliography of vascular plants: Lycophytes, ferns, gymnosperms and angiosperms" と題されたこの巻では,題の通り分類群の配列を確立することを目指しています。 分類群の配列について共通の認識が得られれば,植物標本庫や植物園,図鑑,植物誌など様々な場面で, 進化系統的にも意味があり,統一的な表記を用いることが出来ます(Christenhusz et al., 2011a; 被子植物の分類体系再編 III も参照)。そこで一連の論文では分類群の一覧をシダ植物, 裸子植物にも拡大しました。 Christenhusz et al. (2011b) ではシダ植物の分類を提案しています。20 世紀の後半, シダ植物の分類体系は混乱していたそうです。分子系統学の進展を受けて一応の決着が見られましたが (21 世紀のシダ分類),この時の分類体系やその後継には他のシダ類(真正シダ類) とは系統が離れたヒカゲノカズラ類が含まれておらず,また科(や属)の配列に関する提案はありませんでした。 そこでここではヒカゲノカズラ類まで含めた広義のシダ類の亜綱から亜科に至る分類体系とその配列が提案されました。 なお亜綱の扱いについては被子植物の分類体系再編 II の体系を踏襲しています。 属の配列については,現時点で属間の系統関係に不明な点が多いことから正式な提案は見送られましたが, 付録として試案が提示されているため,こちらも参考になるでしょう。 Christenhusz et al. (2011c) では同様に裸子植物の分類が提案されています。 こちらも被子植物の分類体系再編 II の体系を踏襲していますが, 近年の分子系統学的研究に比べて若干保守的な傾向が認められます。例えば未だ論争の途中であるとは言え, グネツム類をマツ科の姉妹群とする有力な仮説(奇想天外は松の親戚?)については採用を留保し, マツ亜綱とは独立のグネツム亜綱として扱っています。一方でマツ亜綱(針葉樹類とほぼ同義)の内部分類については, これまで単一目(マツ目)とされることが多かったのですが(例えば Mabberley, 2008),ここではマツ目(Pinales), ナンヨウスギ目(Araucariales),ヒノキ目(Cupressales)の 3 目に分ける体系を採用しています。 なお裸子植物についてはシダ類と異なり,属までの配列が正式に提案されています。 最後に被子植物の配列ですが,これは APG III にて発表されていたため(被子植物の分類体系再編 III), 今回は原則として配列の変更などはなされていません(頻繁に改訂されては実用的な意味がない)。 代わりに APG III において示されていなかった異名一覧や文献引用が網羅されており,APG III の補遺とみなせます。 なお,今回の論文ではいずれも現生種のみが扱われています。化石分類群については系統関係が定かでないものが多く, またリンネ式の階級を単系統群と対応させることも困難であることから(側系統群と単系統群を区別することが難しい), 現生の植物の配列と合わせることは難しいようです。 化石分類群については分子系統解析も使えませんので系統関係の解明には非常に時間がかかると思われますが, 将来的には分類群を一覧することが求められるでしょう。もっとも,例えば現生生物についてはリンネ式の階級を適用し, 化石分類群については無階級の分類群を許容するなど,切り離した体系を用いることも必要かもしれません。 Christenhusz, M. J. M., Chase, M. W. & Fay, M. F. Preface to “Linear sequence, classification, synonymy, and bibliography of vascular plants: Lycophytes, ferns, gymnosperms and angiosperms.” Phytotaxa 19, 4-6 (2011a). Christenhusz, M. J. M., Zhang, X.-C. & Schneider, H. A linear sequence of extant families and genera of lycophytes and ferns. Phytotaxa 19, 7-54 (2011b). Christenhusz, M. J. M. et al. A new classification and linear sequence of extant gymnosperms. Phytotaxa 19, 55-70 (2011c). Reveal, J. L. & Chase, M. W. APG III: Bibliographical information and synonymy of Magnoliidae. Phytotaxa 19, 71-134 (2011). Mabberley, D. J. Mabberley's Plant-Book: A Portable Dictionary of Plants, their Classification and Uses, 3rd Edn. (Cambridge University Press, Cambridge, 2008). 過去の関連記事 |
パルマ目は珪藻の起源に迫る手掛かりとなるか(2011.03.03)(→藻類学) |
謎の藻類系統ラッペモナス(2011.02.24)(→藻類学) |
直泳動物はやはり冠輪動物なのか(2011.02.22) 直泳動物(Orthonectida)は無脊椎動物の寄生虫で,かつてはニハイチュウ(菱形動物:Rhombozoa) と共に中生動物にまとめられていました。中生動物は体皮細胞と生殖細胞しか持たない単純な体制の動物で, 極めて原始的な動物なのか,退化した左右相称動物なのかについて議論がありました。 Petrov et al. (2010) は 18S と 28S rRNA の 2 遺伝子を用いて菱形動物と直泳動物の系統的位置を調べ, いずれも左右相称動物の中で冠輪動物(Lophotrochozoa)に含まれる可能性を支持しています。 中生動物にはかつて様々な原始的な動物が含められましたが,現在でも中生動物と呼ばれるのは菱形動物と直泳動物の 2 群のみで,これらも独立門に分類されることが多くなっています(動物基部の確かな系統群 後編)。 菱形動物と直泳動物の系統的位置は 18S rRNA を用いて解析されてきましたが, 左右相称動物の中での系統的位置や両者が単系統群を作るかどうかについては解決していませんでした (Katayama et al., 1995; Pawlowski et al., 1996; Hanelt et al., 1996)。 形態学や発生学からは両者ともらせん型の卵割を行うことなどから前口動物,特に冠輪動物に含まれることが疑われており (Minelli, 2009),菱形動物については冠輪動物に特徴的な Hox 遺伝子も同定されています(Kobayashi et al., 1999)。 しかし直泳動物については分子系統学的な証拠がほとんど出ていませんでした。 そんな中で著者らはこれまで系統解析に用いられてきた 18S rRNA に加えて 28S rRNA の配列を解析に用いました。 主要な動物門を一通り含んだ系統解析によると,直泳動物 2 種と菱形動物 1 種は冠輪動物の中で単系統群を作りました。 冠輪動物の中での系統的位置については必ずしも解けていませんが, 菱形動物を除外した解析では直泳動物と環形動物の類縁性が弱く支持されています。 -------環形動物 || | |------中生動物(菱形動物,直泳動物) | | | |------軟体動物 | -------| |冠輪動物 | |------紐形動物 | | | | -------| |------扁形動物 | | | | | | | -------輪形動物 | ------| | | --------------脱皮動物 | ---------------------後口動物 今回の解析結果は発生・形態から予想された中生動物の冠輪動物への所属を裏付けています。 特に環形動物との類縁性については,直泳動物の繊毛やクチクラの微細構造の研究からも疑われており (Slyusarev & Kristensen, 2003),今後の展開が注目されます。 中生動物は左右相称動物の中で最も単純な体制を持っているため,退化した冠輪動物だとすれば, そのゲノム進化の過程は注目に値します。しかし中生動物,特に菱形動物では塩基置換速度が著しく速かったそうで, 2 遺伝子のみからの解析結果は決定的なものとは言えません。直泳動物についても冠輪動物の中での系統的位置は未確定であり, 今後も Hox 遺伝子の解析や EST 解析などに基づく解決が期待されます。 Petrov, N. B., Aleshin, V. V., Pegova, A. N., Ofitserov, M. V. & Slyusarev, G. S. New insight into the phylogeny of Mesozoa: Evidence from the 18S and 28S rRNA genes. Moscow Univ. Biol. Sci. Bull. 65, 167-169 (2010). Hanelt, B., Van Schyndel, D., Adema, C. M., Lewis, L. A. & Loker, E. S. The phylogenetic position of Rhopalura ophiocomae (Orthonectida) based on 18S ribosomal DNA sequence analysis. Mol. Biol. Evol. 13, 1187-1191 (1996). Katayama, T., Wada, H., Furuya, H., Satoh, N. & Yamamoto, M. Phylogenetic position of dicyemid mesozoa inferred from 18S rDNA sequences. Biol. Bull. 189, 81-90 (1995). Kobayashi, M., Furuya, H. & Holland, P. W. H. Dicyemids are higher animals. Nature 401, 762 (1999). Minelli, A. Perspectives in Animal Phylogeny and Evolution (Oxford University Press, Oxford, 2009). Pawlowski, J. et al. Origin of the Mesozoa inferred from 18S rRNA gene sequences. Mol. Biol. Evol. 13, 1128-1132 (1996). Slyusarev, G. S. & Kristensen, R. M. Fine structure of the ciliated cells and ciliary rootlets of Intoshia variabili (Orthonecta). Zoomorphology 122, 33-39 (2003). 過去の関連記事 |
腸は無くても後口動物(2011.02.15) かつて扁形動物に含まれていた無腸動物(Acoelomorpha)という一群物が近年注目を集めています。 無腸動物は原腎管や独立した肛門を欠くなど原始的な特徴を持ち, 分子系統からも左右相称動物の基部付近で分岐した可能性が指摘されていました(今日この頃の動物の樹)。 しかし Philippe et al. (2011) はゲノム規模の系統解析と幾つかの遺伝子の有無に基づき, 無腸動物が珍渦虫(Xenoturbella)と共に後口動物に含まれることを示しました。 無腸動物は無腸目(Acoela)と皮中神経目(Nemertodermatida)からなり, その単系統性や系統的位置について意見が分かれていました。 近年の研究では無腸動物が左右相称動物の基部を占める可能性や,派生的な冠輪動物である可能性 (動物系統を大量データで解析)などが挙げられています。 系統的位置が安定しない原因としては無腸動物の遺伝子進化速度が著しく速いことが考えられたため, 著者らは新たな EST データに加えて,進化速度の速い枝に働く長枝誘引(long branch attraction)に影響を受けにくい CAT モデルを用いて系統解析を行いました。 ミトコンドリアのタンパク質ほぼ全てを含んだ系統解析と,66 種 197 遺伝子 38,330 アミノ酸配列に基づく, より大規模な系統解析のいずれからも,無腸動物が左右相称動物の根元ではなく,後口動物の内部に含まれることが支持されました。 さらに無腸動物がやはり腸を持たない珍渦虫の姉妹群になることも支持され,合わせて珍無腸動物門(Xenacoelomorpha) という新門が提唱されています。珍無腸類と他の後口動物の関係についてはミトコンドリアタンパク質の系統樹では解けませんでしたが, ゲノム規模の解析からは棘皮動物と半索動物からなる単系統群(Ambulacraria)と姉妹群になる可能性が示唆されました。 -------脱皮動物----------------------------| | -------冠輪動物 | ------| ----------------------------脊索動物 | | | | -------半索動物 -------| --------------| | | -------棘皮動物 | | -------| --------------珍渦虫 | | -------| -------皮中神経目 ---?--| -------無腸目 この系統関係はこれまでの解析結果とは矛盾するわけですが,著者らはデータや解析方法(進化モデル)を色々と検討し, 過去の解析結果が長枝誘引による誤りであり,特に無腸目(皮中神経目ではなく)の著しく速い進化速度によるとしています。 一方で著者らは無腸目と珍渦虫の micro RNA(miRNA)の解析も行い,両者共に後口動物に特異的な miRNA(miR-103/107/203)を 持っていることを明らかにしました。珍渦虫についてはさらに,Ambulacraria に特異的な miRNA(miR-2012)を持つことも示し, 珍無腸類が後口動物に含まれ,Ambulacraria に近縁とする樹形を裏付けています。また珍無腸類の単系統性についても, 他の動物では知られていない 2 つの miRNA(XANov-1,XANov-2)の共有によって裏付けています。 また後口動物に固有の精子タンパク質 RSB66 も珍無腸類に見つかるそうです。 無腸類は HOX 遺伝子や miRNA をあまり持たず,また肛門や原腎管を欠き,散在神経系を持つことなどが知られており, 左右相称動物の祖先形質を残しているとも見られてきました。しかし今回の結果はこれらの原始的な形質が皆, 珍無腸類の中で退化した形質であることが明らかになりました。 このことは無腸類を祖先的な左右相称動物と想定した他の研究の解釈にも影響します (はじめに口があった)。 一方で後口動物の進化過程の解明に向けて珍渦虫が注目されていますが(珍渦虫が拓く新しい門), 1 種しか知られていなかった珍渦虫に対して多数の種を擁する無腸動物が近縁群として追加されたことにより, 比較研究やモデル生物探索にも弾みがつきそうです。左右相称動物の根元では無くなりましたが, 無腸動物の研究からは今後も目が離せません。 Philippe, H. et al. Acoelomorph flatworms are deuterostomes related to Xenoturbella. Nature 470, 255-258 (2011). 過去の関連記事 |
日本新産マユダマモと種の起源(2011.02.10)(→藻類学) |
最も陸上植物に近い藻類とは(2010.12.30)(→藻類学) |
深く静かに潜んだ緑藻類(2010.12.21)(→藻類学) |
襟鞭毛虫の発生学(2010.10.27)(→発生学) |
維管束植物の高次学名総覧(2010.09.06) 生物の正しい学名を使いこなすことは分類学の基礎を固めるために不可欠です。 しかし個々の学名の由来を毎回確認し続けるのは容易ではないため,普段は学名を整理したチェックリストなどを活用します。 そしてこの度,維管束植物の科および科より上位の学名を全面的に整理したチェックリストが出版されました(Reveal, 2010)。 生物の学名は一意に決まる不変のものと思われがちですが,実際に命名規約に則った正しい学名を使用するのは難しく, また命名規約の変更や過去の文献の見直しによっても見解が変化することがあります。 植物の科や科より上位の分類群についても 2005 年に改正されたウィーン規約で大きな変更があり,その後も新しい分類群の提案が続いています (被子植物の分類体系再編 II)。著者はこれまでも Index Nominum Supragenericorum Plantarum Vascularium を通じて科以上の分類群の学名情報を提供してきましたが,今回の論文はその印刷版になります (とは言え冊子丸ごとなので,事実上は書籍みたいなもの)。本論文では 2010 年 4 月 4 日に記載された科名までが含まれていて, それ以前の科以上の学名を調べるために重要な資料となっています。 科より上位の階級の学名には,含まれる属名に基づく「自動的にタイプ指定される学名」と属名に基づかない「特徴名」がありますが, 著者は特徴名の使用は好まず,本論文にも含めていません。残る学名については徹底的に網羅されていて,始めにアルファベット順に(pp. 9-168), 次いで階級順(階級内ではアルファベット順に;pp. 168-234),発表日順(pp. 235-312),著者と発表日順(pp. 312-377)に一覧されています。 最後に科名だけですが,現在使用されている学名(Names in Current Use: NCU)の一覧もあります(pp. 377-402)。 ページ数からもわかるように,アルファベット順の一覧に最も多くの情報が詰め込まれていて,著者,引用,正式発表の形式, タイプ属(厳密にはタイプはその属のタイプとなるが,普通はそこまで表記しない:国際植物命名規約 10.6,10.7 条。 なお著者は科より上位の分類群の学名を科としているが,これは誤り。おそらく 10.7 条を見落とし,16.1 条を拡大解釈したためと見られる), 現在所属している亜綱,NCU か否か,そして著者らの提唱してきた 4-6 文字の略号が示されています。 本論文は興味のない方にとっては単なる一覧でしかありませんが,科以上の階級の分類を再整理する場合には, 必ず確認すべき資料となるはずです。具体的には,既存の科を分割する場合に使える学名を探す場合や, 複数の科をまとめる場合にどの科名を残すのか,などの場合に極めて有用になるでしょう(もちろん上述のオンラインデータベースも)。 属名については Greuter et al. (1993) や Mabberley (2008), Index Nominum Genericorum (ING) などが参考になりますが, いずれも新しさや文献情報の完全性などに問題があるため,こちらは併用することが望ましいでしょう。 Reveal, J. L. A checklist of familial and suprafamilial names for extant vascular plants. Phytotaxa 6, 1-402 (2010). Greuter, W. NCU-3: Names in Current Use for Extant Plant Genera. Regnum Veg. 129, xxvii + 1-1464 (1993). Mabberley, D. J. Mabberley's Plant-Book: A Portable Dictionary of Plants, their Classification and Uses, 3rd Edn. (Cambridge University Press, Cambridge, 2008). 過去の関連記事 |
"メルボルン規約" に向けた提案 VII(2010.09.03) これまで紹介してきた国際植物命名規約の改正案の中で, ラテン語記載不要論では学名の正式発表におけるラテン語記載/判別文の義務規定の撤廃が提案されました。 しかし実際の提案の中では非化石藻類と化石植物に関する条文改正が含まれていなかったため, Williams & Brodie (2010) は追加の改正案を提案しています。 前述の提案ではウィーン規約の 36.1 条の改正のみが提案され,非化石藻類のラテン語発表を義務づけた 36.2 条や化石植物のラテン語または英語発表を義務づけた 36.3 条の改正は提案していませんでした。 これらを除外する理由は見あたらないことから Williams & Brodie (2010) は非化石藻類に関わる 36.2 条を改正し, 非化石藻類についても記載/判別文の言語を限定しないことを提案しています。 36.1 条が改正される場合,これは当然の帰結と言えるでしょう。もちろん化石植物のみ言語を限定する理由はないはずですので, 実際の改正に際してはまだ提案されていない 36.3 条の改正も必要になるでしょう(36.1 条の改正が可決されればですが)。 Williams, D. M. & Brodie, J. (170) Proposal to eliminate the Latin requirement for the valid publication of names of non-fossil algae. Taxon 59, 1296 (2010). 過去の関連記事 |
ペプチド合成の原始型発見か(2010.09.01)(→分子細胞学) |
"メルボルン規約" に向けた提案 VI(2010.08.30) 引き続き国際植物命名規約の改正案についてですが("メルボルン規約" に向けた提案 I, II,III,IV,V), 今回は,Silva (2010) による藻類に関する提案を含む 3 つの提案を紹介いたします。 まず最初の提案は,藍藻類の「出発点」に関する改正案です。国際植物命名規約においては 1753 年 5 月 1 日(Linnaeus の Species Plantarum, 1st Edn.)以前に発表された学名は対象としないことになっています。 このような日付は出発点(starting point)と呼ばれ,生物群によっては 1753 年よりも後に出発点を持つものも規定されています。 非化石藻類の場合,ネンジュモ科(Nostocaceae)の Homocysteae は 1892 年 1 月 1 日,同科の Heterocysteae は 1886 年 1 月 1 日, チリモ科(Desmideae)が 1848 年 1 月 1 日,サヤミドロ科(Oedogoniaceae)が 1900 年 1 月 1 日とそれぞれ例外扱いされています (その他は 1753 年)。著者はこの内,ネンジュモ科に関する例外を撤廃するよう提案しています。 著者は過去にも同じ提案を繰り返してきたそうですが,今回新たに種名リストの問題を指摘しています。 ネンジュモ科 Homocysteae と Heterocysteae の出発点となる文献には調査された種名のリストが含まれていたそうで, このリスト中の学名が出発点に出版されたことになるのかどうかが曖昧になっているとのことです。 しかも藍藻類はシアノバクテリアとして原核生物の命名規約(国際細菌命名規約)で扱う立場もあり,混乱を来しています。 実は 2004 年に同様の提案をしたことを受けて特別委員会が設立されたそうですが,現状結論が提出されていないようなので, 今回再提案したとのことです。 次の提案は藻類の門,亜門の学名語尾に関する提案です。タイプに基づく門,亜門,綱,亜綱,目,亜目の学名の語尾は, 勧告 16A と 17.1 条で規定されています。菌類以外の門,亜門の語尾はそれぞれ "-phyta","-phytina" とすることになっていますが, 著者はこれらの修正を求めています。これらの語尾は元々ギリシャ語の "phyton"(植物)に由来しており, 狭義の植物とは系統的に異なる藻類にまでこの語尾を充てるのは不適切だとのことです。代わりに著者は藻類を意味する "phykos" に基づき,門と亜門の学名語尾を "-phycota" と "-phycotina" とすることを提案しています。 しかしこれは命名規約精神に照らすと不要な変更とも思われます。国際植物命名規約の前文 1 には,「(学名)を与える目的は, その群の特徴や由来を示すのではなく,その群を引用することの手段を与え,またその群の分類学上のランク(分類階級) を示すことである」とあります。この精神に基づけば,藻類が系統的に植物と区別されるとする「由来」の問題で語尾を変更することは, 検索エンジンなどを使ってその群を「引用する」手段を阻害することになりかねず,好ましくないと思われます。 最後に著者は付則の追加を提案しています。原則的に同じ綴りを持つ学名(同名)はより早く発表されたもののみが合法名になりますが, 極めて紛らわしい(近縁な分類群で,しかも綴りが酷似している)学名も同名として扱われることになっています(第 53 条)。 このような場合には,国際植物学会議で「両者が同名である」という,拘束力を持つ判断を得ることが出来ます。 ウィーン規約では 53 条の実例 8,17,18 にそのような同名が掲載されていますが,現状ではその完全なリストはありません。 そこで著者は,新たに付則 VIII としてこれらの拘束力のある同名をリストすることを提案しています。 確かにこのようなリストがあると便利ですが,もしあまり多数でないのであればわざわざ付則にする必要なく, 当面は実例として全ての判断を掲載してもよさそうな気がします。この点については命名規約の編集上の問題であり, あまり規約の本筋に関わる問題ではないでしょう。 Silva, P. C. (165-167) Miscellaneous proposals to amend the Code. Taxon 59, 1294 (2010). 過去の関連記事 |
密度高く動物の基盤に迫る(2010.08.27) 基盤的な後生動物の系統関係を巡って多数の遺伝子を用いた系統解析が行われていますが, その中に後生動物の最初の分岐が有櫛動物であるとした研究がありました(動物系統を大量データで解析)。 これを否定する解析も出版されてきましたが(海綿もクラゲも単系統!?), 今回 Pick et al. (2010) は同じ配列データに多数の分類群を加えて再解析し, 後生動物の基部が有櫛動物ではなく海綿動物であることを示しました。 Dunn et al. (2008) は後生動物 71 分類群(または不安定な枝を除いた 58 分類群)150 遺伝子の系統解析を行い, 有櫛動物が後生動物の基部で分岐したことを示唆しました。この研究は分類群の数,遺伝子の数, 有櫛動物の系統的位置のいずれについても驚くべきものでした。しかし基盤的な後生動物の分類群数は乏しく, 例えば平板動物が含まれておらず,海綿動物にも石灰海綿や六放海綿が含まれていませんでした。 そこで Pick et al. (2010) は基盤的な後生動物のデータを大幅に追加して Dunn et al. (2008) の結果を検証しました。 今回の解析で追加されたのは海綿動物 12 種(主要な 4 系統群全てを含む),平板動物 1 種,有櫛動物 1 種,刺胞動物 5 種で, 基盤的な後生動物のかなりの系統が網羅されました。一方で著者らは遠い外群を用いることに反対の立場で, 菌類やアメービディウム類などを解析から除外し,襟鞭毛虫類のみを外群に含めました。 なお,Dunn et al. (2008) の解析で不安定とされた枝も除外されています (なので分類群は元々の 58 に新規 19,外群 3 を足した計 80)。 系統解析の結果,後生動物の最初の分岐は単系統の海綿動物であることが弱く支持され,有櫛動物が基部に来る樹形は棄却されました。 海綿動物の中では普通海綿と六放海綿が互いに近縁で,残る石灰海綿と同骨海綿の系統関係は解けませんでした。 有櫛動物,刺胞動物の単系統性はそれぞれ強く支持されましたが,平板動物も含めた 3 系統群と左右相称動物の関係は解けていません。 この結果は大筋でこれまでの系統解析と矛盾していません(動物基部の確かな系統群 前編, 後編)。さらに外群に菌類などを戻した系統解析でも今回の樹形が得られています(ただし支持率は異なる)。 一方,分類群を増やした今回の解析でも基盤的な後生動物の間の系統関係には未解決な部分が多く残されています。 著者らはこの原因として,Dunn et al. (2008) の用いた遺伝子のアミノ酸置換が飽和している可能性を検討しました。 ほぼ同じ著者らによる過去の系統解析のデータセット(海綿もクラゲも単系統!?)との比較から, Dunn et al. (2008) のデータは明らかに多重置換が進んでおり,系統解析のための情報が不足していることが示唆されます。 さて,データを改善したことで有櫛動物の位置が変化したことから,Dunn et al. (2008) の結果は不十分な分類群と不適切な遺伝子を用いたことによる誤りだったと考えられます。 著者らは系統解析に際して注意すべき問題として,多重置換,長枝誘引(long branch attraction),モデル選択, 外群選択などを挙げていて,後生動物の初期系統の解明に向けても分類群の充実と,これらの問題への慎重な検証が必要としています。 しかし既にこれまでの系統樹には主要な動物の系統群のゲノム規模の情報が反映されており, 系統解析の方法も改善の余地はそうありません。動物の初期系統関係が解決するまでに全く異なる方法論の開発も必要かもしれません。 Pick, K. S. et al. Improved phylogenomic taxon sampling noticeably affects nonbilaterian relationships. Mol. Biol. Evol. 27, 1983-1987 (2010). Dunn, C. W. et al. Broad phylogenomic sampling improves resolution of the animal tree of life. Nature 452, 745-749 (2008). 過去の関連記事 |
植物の根源に近い原生動物発見?(2010.08.23) 一次共生植物の起源を巡っては様々な議論が展開されていますが, その一因として一次共生を行った原生動物の正体が全くわかっていないことが挙げられます。 そんな中で Yabuki et al. (2010) は一次共生植物またはハプト藻,クリプト藻などの系統に近縁な新規の原生動物 Palpitomonas bilix を報告し,一次共生の起源に迫る道を拓きました。 多くの二次共生藻類では近縁な非光合成性の原生動物が知られており,そこから祖先的な原生動物の姿が類推できます。 一方で一次共生植物(灰色植物,紅色植物,緑色植物)の系統はいずれも色素体を持った生物のみからなり, 姉妹群も特定されていません。一説にはハプト藻類やクリプト藻類などを含むハクロビア系統群(Hacrobia; 新種カタブレファリス類とハプト・クリプト生物群)が一次共生植物の姉妹群とも言われていますが, これは系統解析に用いられた EF-2 の水平遺伝子移動が原因とも指摘されています (二次共生藻の起源と進化を求めて 2)。 一方で著者らは,これまでに系統的位置が調べられていない原生動物に着目し,新たな培養株の収集を通じてこの問題に迫っています。 今回著者らが報告したのは 2 本の長い(約 20 µm)鞭毛を持った小型(径 3-8 µm)の捕食栄養性の原生動物で, 新属新種の Palpitomonas bilix と名付けられました。本種はパラオ共和国(赤道付近,ミクロネシア地域の島国) の沿岸で採集され,細菌を餌にして培養されています。光学顕微鏡観察によると,2 本の鞭毛は細胞の側面から生え, 前方の鞭毛が推進力を生み出しているようです。また本種は形態的に,ヒツジやヤギの排泄物から報告された Kamera lens と言う原生動物に似ているそうです。 詳細な電子顕微鏡観察から鞭毛根の構造に一部の緑色植物と似た点も見つかりましたが, 鞭毛と基底小体の境目には緑藻類に固有の星形構造はありませんでした。一方で前方の鞭毛には一列に並んだ二部構成の小毛 (mastigoneme)が付属しており,同様に二部構成の小毛を持つクリプト藻綱と対比されます (なおクリプト藻綱の姉妹群であるゴニオモナス綱は二部構成の管状小毛を持たない;Kugrens et al., 1987)。 ただしクリプト藻類の場合は長鞭毛に 2 列,短鞭毛に 1 列の管状小毛を持つ点で Palpitomonas とは異なります。 またミトコンドリアのクリステは板状で,この点でも一次共生植物やクリプト藻類と共通しています (なお,クリプト藻類以外のハクロビア系統群は管状のクリステを持つ)。 さて肝心の分子系統解析ですが,SSU rDNA 単独の分子系統解析では系統的位置が特定されませんでした。 興味深いことにこれまで報告されていた環境配列の中にも Palpitomonas に近縁なものはなく, 全く新しい系統群だったそうです。著者らはさらに SSU rDNA,LSU rDNA,α-チューブリン,β-チューブリン, HSP90,EF-2 の 6 遺伝子を用いた系統解析も行いました。その結果,Palpitomonas は一次共生植物とハクロビア系統群の構成する単系統群に含まれることが支持されています。 しかしこの系統群内部での系統的位置については EF-2 配列の有無などの影響を受けて変化し, AU 検定によっても明確な結論が得られていません。 正確な系統的位置が決定されなかったとは言え,Palpitomonas が系統的に極めて重要な生物であることは間違いありません。 本種の系統的位置が特定されれば,鞭毛の小毛,鞭毛根の構造, ミトコンドリアのクリステ,色素体の獲得などの進化順序について大きな手がかりとなるはずです。 そのためにはさらに多数の遺伝子を用いた系統解析が不可欠です。また Palpitomonas が色素体を祖先的に持たないのか, それとも二次的に失ったのかも気になるところであり,本種が藻類由来の遺伝子をどの程度持っているのかも問題です。 これらの疑問に答えるためには Palpitomonas のゲノム解析が期待されるところです。 Yabuki, A. Inagaki, Y. & Ishida, K. Palpitomonas bilix gen. et sp. nov.: A novel deep-branching heterotroph possibly related to Archaeplastida or Hacrobia. Protist 161, 523-538 (2010). Kugrens, P., Lee, R. E. & Andersen, R. A. Ultrastructural variations in cryptomonad flagella. J. Phycol. 23, 511-518 (1987). |
"メルボルン規約" に向けた提案 V(2010.08.20) "メルボルン規約" に向けた提案 I,II, III,IV と来て,国際植物命名規約(ICBN)の改正案紹介第 5 弾です。 今回も前回と同じく菌類の命名に関わる提案で,菌類に限って学名の登録を義務づけることが提案されました (Hawksworth et al., 2010)。これは今回の改正案の中でも特に重要な提案と言えます。 現行のウィーン規約では学名を発表するために登録作業は必要ありません。 基本的には有効発表の要件を満たした出版物に正式発表の要件を満たして発表されれば, 学名として認められることになっています。そのため無名な出版物で公表された学名の周知が遅れることもあり, 最新の学名の一覧を作るのは必ずしも容易ではありません。 そこで特定のデータベースに学名の登録を義務づけることがこれまでも提案されてきました。 今回著者らは,2002 年の国際菌学会議(オスロ)で議論され,2004 年から稼働している MycoBank への事前登録を菌類の学名の正式発表の必要条件とすることを提案しました。 MycoBank は国際菌学会の運営する菌類の新学名を登録するオンライン上のシステムで,学名にまつわる文献情報,異名, 原記載文,タイプ情報などが登録できます。登録された学名はやはりオンライン上のデータベースである Index Fungorum と互換性のある固有の番号を振られ, 管理されることになります。新規に MycoBank に登録された学名情報は Index Fungorum にも自動的に転送されるため, Index Fungorum には古い学名情報と合わせてあらゆる学名の情報が蓄積されることになっています。 MycoBank は学名の登録制を見越して作られました。2005 年には発表された学名の 19% が登録されただけでしたが, この割合は年々上昇し,2007 年以降は 5 割以上の新学名が MycoBank に登録されているそうです。 また既に代表的な菌類学の専門誌では MycoBank への事前登録を論文受理の条件としており, 登録制に向けた下準備が出来ています。また 2007 年に 3 箇所の学会で行われた投票では 85% の菌学者が, MycoBank への登録を菌類の学名の正式発表の要件とすることに賛成したそうです。 著者らはこれらを背景として今回の提案をしています。具体的には,メルボルン会議の規約改正が発効する 2013 年 1 月 1 日以降,菌類として扱われる生物の新学名の正式発表の条件に, 原発表に MycoBank の番号を含めることを追加しようと提案しています。 なお著者らによると,データベースへの学名の登録に投稿原稿の提出が必要なくなった点と, 新学名の登録が著者によってしかできなくなった点で,以前の提案と異なっているそうです (2013年より前の学名をデータベースに登録するのは誰でも出来る)。 注意点としては MycoBank への登録は正式発表の必要条件ではあっても,十分条件にはならないこと, つまりこれまでの正式発表の要件は依然として満たさなければならないということです。 また有効出版の日付も登録日とは関係なく,出版物の流通日となります。 さらに今回の改正案では著者が登録作業を怠った,ないし偽った場合の扱いには言及されていません。 この場合,第 3 者が登録・論文発表を行おうとした場合や, それと最初の著者が競合した場合などに混乱が生じる恐れがあり,規約上整理する必要性を感じます。 ともあれ菌類の学名を登録制に移行させる場合,学名の管理や新学名の把握が非常に簡単になるでしょう。 一方で登録「だけ」されていない裸名が乱立する怖れもあり,命名規約の存在意義が問われる可能性もあります。 将来的に全生物の学名を単一の命名規約で扱えるようにするためには学名の登録制は不可避だと思われ (さもないと膨大な例外規定が必要になる), 他の植物の学名についても登録制を再検討するきっかけになるかもしれません (2000 年のセントルイス会議で 1 度否決されている)。 Hawksworth, D. L. et al. (117-119) Proposals to make the pre-publication deposit of key nomenclatural information in a recognized repository a requirement for valid publication of organisms treated as fungi under the Code. Taxon 59, 660-662 (2010). 過去の関連記事 |
群体性への道もう一つ(2010.08.16)(→藻類学) |
"メルボルン規約" に向けた提案 IV(2010.08.13) "メルボルン規約" に向けた提案 I,II, III に続く国際植物命名規約(ICBN)の改正案紹介の第 4 弾です。 今回は菌類を巡る 2 つの提案を紹介したいと思います(Hawksworth et al., 2009; Redhead et al., 2009)。 いずれも重要な改正案で,命名法のあり方に関わる内容です。 まず Hawksworth et al. (2009) は命名規約の名称変更と,規約改正への菌学会の関与を求めています。 現在の国際植物命名規約は「伝統的に植物として扱われる全生物」が対象となっており,類縁性とは関係なく, 系統的には動物に近縁な菌類も含まれています。また ICBN の改正は国際植物学会議における採択によってのみなされます。 しかし近年の菌類学者は国際植物学会議よりも国際菌学会議に出席する傾向が強く, ICBN を巡る議論への関与も減っているそうです。そのため菌類学者の間では菌類の命名規約を独立させる意見も出ており, 著者らは ICBN を改正することで妥協を目指しています。 提案されたのは主に 2 点で,まずは ICBN の正式名称を "International Code of Botanical Nomenclature" から "International Code of Botanical and Mycological Nomenclature"(国際植物・菌類命名規約)へと変更し, 規約中の表現も「植物」から「植物および菌類」などへと変更することを求めています。 2 点目として,常設命名法委員会のうち菌類委員会を国際植物分類学連合(IAPT)の下から国際菌学会 (International Mycological Association)の下に移管し,菌類にのみ関わる提案を, 国際菌学会の命名法部会における投票によって採択できるようにすることを求めています。 著者らは国際菌学会を代表して提案しており,これが受け入れられない場合に ICBN から独立して菌類独自の命名規約を設立することも仄めかしています。 学名の一元的な管理のために全ての生物を統一した命名規約が求められている一方で, 異なる学会が扱う生物について異なる規約を設定することにも合理的な部分があります。 ICBN には菌類のためだけの規定が多数存在しており,そのせいで複雑化している部分も否めません。 ここで著者らの提案を呑むか否かは,今後の生物命名法のあり方全体に問題を提起することになるでしょう。 命名規約の対象が特に問題になるのは,複数の命名規約の対象にまたがる生物や,歴史的に所属が変化した生物群です。 特に問題となったのが,これまで原生動物として扱われてきた微胞子虫類で, これは近年になって真菌類の一群であることが示されていました。そこで微胞子虫類は ICBN の対象になりましたが, 微胞子虫類の研究者が菌学者になったわけではありません。 彼らは結局のところ微胞子虫類を国際動物命名規約の下で扱っており,ICBN で扱うことは混乱の元でしかありません。 そこで著者らは微胞子虫類を明示的に ICBN の対象から除外することを提案しています。 ただし一度は ICBN の管轄に置かれたこともあり,微胞子虫類と同名となる植物の学名は引き続き非合法とされています。 微胞子虫類を巡る提案も極めて例外的な提案です。 これまで規約の条文には対象となる生物を明示的に除外するものはありませんでした。 確かに微胞子虫類を巡る混乱を回避するためには最も明確な方法ですが, 今後同様の問題が生じたときに個別に除外規定を作らなければならないとすれば返って厄介とも言えます。 全生物を統一した命名規約の実現が最も望ましい解決法ではありますが,これにはまだ時間がかかるでしょう。 これもどのような決着を迎えるのか注目したい提案です。 Hawksworth, D. L. et al. (016-020) Proposals to amend the Code to make clear that it covers the nomenclature of fungi, and to modify its governance with respect to names of organisms treated as fungi. Taxon 58, 658-659 (2009). Redhead, S. A., Kirk, P. M., Keeling, P. J. & Weiss, L. M. (048-051) Proposals to exclude the phylum Microsporidia from the Code. Taxon 58, 669 (2009). 過去の関連記事 |
世にも稀なる病原性藻類(2010.08.11)(→藻類学) |
"メルボルン規約" に向けた提案 III(2010.08.06) "メルボルン規約" に向けた提案 I,IIに続いて, 国際植物命名規約に対する改正案の紹介です。今回は代替名と呼ばれる特殊な学名を巡る改正案を紹介します (Alfarhan et al. (2010)。 植物の科名は原則として属名の語幹に "-aceae" を加えたもの,亜科の学名は "-oideae" を加えたもの, としてそれぞれ定められています(第18.1,19.1条)。しかし 9 科 1 亜科の学名については例外として, 伝統的に使用されてきた代替名を正式に発表された科名として使用することが認められています(第18.5,18.6,19.7)。 具体的にはキク科(Asteraceae/Compositae),アブラナ科(Brassicaceae/Cruciferae),イネ科(Poaceae/Gramineae), オトギリソウ科(Clusiaceae/Guttiferae),シソ科(Lamiaceae/Labiatae),ヤシ科(Arecaceae/Palmae), セリ科(Apiaceae/Umbelliferae),広義マメ科(Fabaceae/Leguminosae)とその中のマメ亜科 (Faboideae/Papilionoideae),あるいは広義マメ科を分割して亜科を科に格上げした場合の狭義マメ科 (Fabaceae/Papilionaceae)が代替名として認められています。ちなみに Papilionaceae は一見正しい語尾に見えますが, 語幹が属名に基づいていません。 しかし同じ科を指す学名が 2 つ以上(マメ科の場合には分類体系によって 3 つ)存在することは好ましくありません。 さらに APG III を初めとする近代的な分類体系では基本的に属名+ "-aceae" の科名が使われており, 代替名を認める必要性はかなり減少しています。そこで著者らはこの例外規定を撤廃し, 「Asteraceae ("Compositae")」のように括弧付きでのみ使えるようにすることを提案しています。 ウィーン規約には例外を規定する様々な条文があり,このことが規約を複雑にしています。 代替名についてはこれを排除することによって学名の適用に混乱が生じるとは考えにくく, 著者らの改正案は受け入れても良いように思われます。 ただし今まで正式に認められていた学名を遡って否定することはあまり好ましくありません。 代替名の場合にも本当に混乱が生じないのか慎重な検討が必要でしょう。 Alfarhan, A. H., Sivadasan, M., Thomas, J. & Samraoui, B. (110-114) Proposals to delete Articles 18.5, 18.6 and 19.7, replacing them with three Notes, and to provide consequent changes to App. IIB and to Articles 10.6, 11.1, 18.1, and 19.4. Taxon 59, 658-659 (2010). 過去の関連記事 |
"メルボルン規約" に向けた提案 II(2010.08.04) "メルボルン規約" に向けた提案 Iに引き続き, タイプの指定に関わる改正案を 3 本紹介したいと思います(Mottram & Gorelick, 2008; Pathak & Bandyopadhyay, 2008; Kumar et al. 2009)。 現行の国際植物命名規約(ウィーン規約)において新種の学名が正式に発表されるためには, 原則として学名のタイプ標本がハーバリウム(植物標本館/植物標本室)などに保存されなければなりません (第37条など)。さらにウィーン規約の第37.7条には,正式発表されるために 「タイプが保存されている 1 つのハーバリウム,コレクション,または研究機関を明記しなければならない」 とあります。ところが研究者によっては論文が受理される前に標本を寄託することを嫌って, 論文の公開後まで(時に論文の公開後も)標本の現物をハーバリウムに送らないことがあります。 そこで Mottram & Gorelick (2008) は前述の第 37.7 条に, 「2012年1月1日以後,このタイプは新分類群の有効出版の以前に,特定された通りに預けられなければならない」 という文章を追加し,タイプの寄託が厳格になされることを求めています。 一方で Pathak & Bandyopadhyay (2008) の提案では強制力のある条文ではなく, 勧告の形でホロタイプを(予め寄託していない場合には)有効出版後に速やかに寄託することを求めています。 前者の場合,タイプ寄託の日付が学名の正式発表の可否を左右することになり,幾つかの問題が生じます。 まずタイプが送付された日付は論文の出版の日付に比べて確認しづらいため,正式発表の判断が難しくなります。 またウィーン規約では,タイプの寄託が論文の出版に遅れたとしてもタイプが寄託された時点で正式発表されますが, 前者の改正案の下ではタイプが寄託されても正式出版されず,改めて論文を出版する必要が生じます。 しかもその論文は元の論文の内容を単純に再掲するだけのものとなるため,単純に無駄です。 これらの点に注目すると,より弱い勧告の形をとっている後者の改正案の方が妥当に思われます。 次に Kumar et al. (2009) ではタイプ標本の寄託を義務づけていることの問題を指摘しています。 ウィーン規約では微小な藻類または微小菌類の場合を除いて, 新種または新種内分類群のタイプは標本でなければならない,と規定されています(第37.4条)。 ところが,保全上の目的などから植物体の採集が法的に規制される場合と, 図解のみが残され現物が再発見できない絶滅植物の場合には,新分類群であることが明らかであっても標本が残せません。 著者らはこのような場合にも学名の正式発表が出来るように, これらの場合には図解をタイプとして認めることを提案しています。 確かに著者らの指摘は当を得ており, 実際に動物の場合には保全上の観点から写真を基に新種の霊長類を記載した例があります (精霊が隠していた新種の猿)。 せっかくの新種であっても法規制のために記載できないのはあんまりですし, 新種記載で種の存続を脅かすのも本末転倒ですから,この提案は基本的に実現するべきでしょう。 タイプの指定は国際植物命名規約の根幹をなす重要な概念ですが,実務上の混乱も非常に多い部分です。 命名規約の改定によってより明確で厳密なタイプの取り扱いを規定することも重要ですが, 規約が複雑になり過ぎても混乱が生じます。そこである程度は研究者の裁量に任せることも必要になるため, 研究者の側からも規約に制限されている以上に誠意と慎重さを持って学名の記載取り扱いをすることが重要です。 Mottram, R. & Gorelick, R. (001) Proposal to require prior deposition of types. Taxon 57, 314 (2008). Pathak, M. K. & Bandyopadhyay, S. (005) Proposal to add a new Recommendation 37B. Taxon 57, 315-316 (2008). Kumar, P., Rawat, G. S. & Veldkamp, J. F. (038) Proposal to broaden the scope of Art. 37.5 allowing an illustration as a type when it is “impossible” to preserve a specimen. Taxon 58, 664-665 (2009). 過去の関連記事 |
稀産クロロモナスと変わったピレノイド(2010.08.02)(→藻類学) |
"メルボルン規約" に向けた提案 I(2010.07.26) ラテン語記載不要論で紹介したように, 国際植物命名規約(ICBN)の改正が来年に迫っています。 これまでに軽微なものから抜本的なものまで 154 の条文改正案が提案されていますが, その中で Nakada (2010) は培養株をタイプとして指定する場合の望ましい手続きについて提案しました。 (本論文は筆者が執筆したものです) 微細藻類の証拠保全で紹介したように, ICBN ウィーン規約(現行)の第 8.4 条では,藻類と菌類,それも「代謝的に不活性な状態」 で保管されている場合に限って培養株を新種などのタイプとして指定することを認めています。 一方で生きた状態で維持されている培養株はタイプして指定することは認められません。 タイプを正しく指定することは新分類群の記載において義務づけられているため, 仮に誤って生きた培養株をタイプに指定した場合,新分類群が正式に記載されない可能性があります。 ところが現状ではタイプとして指定された株が代謝的に不活性な状態で保存されているのか, それとも生きた状態で維持されているのかは明記する必要がありません。 その結果,単に株名のみを引用してタイプ指定した場合, 読者はその株の保存状態を保存機関や著者に直接確認しない限り,タイプ指定の有効性や, 引いては新分類群の正式性も判断できなくなります。 そこで著者は,藻類や菌類の株をタイプとして指定する場合, その保存状態を明記するように勧告することを提案しました。 この場合,保存状態が明記されていなくても保存状態を確認する手段がなくなるわけではありませんから, 条文の形で義務化する提案はしていませんが,強制力のない勧告として提示することによって, タイプ指定をする著者の指針として役に立つと思われます。 この提案が採択されるかどうかはまだわかりませんが, タイプ指定の際にその正当性を保証・宣言するのは論文の著者の責任であることに違いはありません。 もし今後,代謝的に不活性な株をタイプ指定する場合には, 是非とも保存状態を明記するように配慮して欲しいものです。 Nakada, T. (138) A proposal on the designation of cultures of fungi and algae as types. Taxon 59, 983 (2010). |
ラテン語記載不要論(2010.07.07) 国際植物命名規約(ICBN)では,非化石植物の新分類群を命名する際に, ラテン語による記載または判別文を伴うことが義務づけられています(ウィーン規約[現行規約]第 36 条)。 しかし Figueiredo et al. (2010a) はこの規定に関して様々な問題点を指摘し, 併せて次回の規約改正においてラテン語規定を撤回する提案をしています (Figueiredo et al., 2010b)。 植物学(菌類や藻類も含む)で扱われる学名は ICBN に基づき管理されています。 ICBN は 6 年ごとに開催される国際植物学会議の場で改正されることになっており, 次回は 2011 年にオーストラリア・メルボルンで開催される予定です。 これに向けて様々な改正提案が提出されており,中には大きな変更を伴う提案もなされています。 ラテン語記載を巡る提案は中でも重要な提案の一つですが, これまでにも繰り返し提案と否決を繰り返してきた課題でもあります。 最近では 2005 年開催のウィーン会議においてもラテン語規定を撤廃する主旨の提案がなされ, 事前のメール投票で棄却されたそうです。 著者らによれば,過去の提案においてはラテン語規定の代わりに何らかの新たな規制が提案されていたため, これが改正案の採択の障害となっていたようです。例えばウィーン規約における提案では, ラテン語規定を撤廃する代わりに図の添付と新分類群である旨の明言が義務づけられていました。 特に図を義務づけることが好まれなかったと,著者らは指摘しています。 さらに著者らはこれまでに言われていたラテン語規定を擁護する見解をまとめ,個別に反論しています。 具体的には,1. 植物学の古典がラテン語で書かれており,ラテン語との接点を残す必要がある; 2. 代わりの言語を指定するのが難しい;3. マイナーな言語の記載文は読解が困難になる; 4. ラテン語は安定な言語で好ましい;5. ラテン語規定により安直な新分類群記載が防げる; 6. ラテン語なら民族を問わず平等に苦労する;7. 国際共同手段として必要,という見解を紹介しています。 反論として,ラテン語の知識が事実上不要になっていること(→1,7), 翻訳ソフトの発展により特定の言語を義務づける必要がなくなっていること(→2,3), そもそも植物学のラテン語は安定ではなく(→4),ラテン語の制限は返って植物学の発展の障害となること (→5,6)などが指摘されています。また国際動物命名規約では記載文の言語に制限がありませんが, そのことによる深刻な問題はないようなので,植物だけで必要性を訴えるのも無理があります。 そこで著者らはラテン語規定を撤廃し,代わりの言語も義務づけないことを提案しました。
この改正が通れば新種記載の速度も速まり,植物の多様性記載が進むことが期待されます。
ただし著者らは 筆者も研究上様々な言語の文献を訳す必要に迫られるのですが, ほとんどの言語の文献はウェブ上の無料翻訳プログラムで英語に訳せています (Google 翻訳など)。 これまで唯一ウェブ上で有用なプログラムが見つからなかったのがラテン語というのも,皮肉な話です。 Figueiredo, E., Moore, G. & Smith, G. F. Latin diagnosis: Time to let go. Taxon 59, 617-620 (2010a). Figueiredo, E., Moore, G. & Smith, G. F. (115-116) Proposals to eliminate the Latin requirement for the valid publication of plant names. Taxon 59, 659-660 (2010b). |
ヒラタヒゲマワリの新種(2010.05.20)(→藻類学) |
微細藻類の証拠保全(2010.05.11)(→藻類学) |
中国における新種コナミドリムシ属の記載(2010.04.30)(→藻類学) |
訃報 Armen Leonovich Takhtajan 博士死去(2010.04.27)(→その他) |
雪上藻 47 年の謎に迫る(2010.04.22)(→藻類学) |
新種ヤリミドリと進化の道筋(2010.04.20)(→藻類学) |
被子植物の分類体系再編 III(2010.04.16) 被子植物の最新分類体系である APG III は植物学者が利用するために作られたもので, 合わせて綱〜上目の分類体系も発表されました(被子植物の分類体系再編 I, II)。 さらに Haston et al. (2009) は APG III に沿って植物資料などを並べる順序を提唱しています。 植物標本庫などにおいては植物資料を順に並べて管理する必要があります。 通常は植物資料を科ごとにまとめるため,科をどのような順で並べるのかが問題となりますが, この際にある程度類縁関係を反映した並び順であれば資料の探索や活用が容易になります。 一方で大量の植物資料を頻繁に並び替えるのは重労働であり,また機関ごとに並び順が異なるのも不便なため, 標準的な分類群の並び順が求められていました。 そこで著者らは系統樹に基づき,近縁な科同士が近傍に並ぶような科の配列を提唱しました。 著者らの配列ではアンボレラ科(Amborellaceae)からセリ科(Apiaceae/Umbelliferae)までの 413 科が番号付で並べられています。なお,近縁な科が近傍に並んでいるとは言え, 近傍に並んでいる科が必ずしも互いに近縁とは限らないことには注意が必要です。 例えば 1〜4 番は順に,アンボレラ科,ヒダテラ科(Hydatellaceae),ハゴロモモ科(Cabombaceae),スイレン科 (Nymphaeaceae)ですが,アンボレラ科(アンボレラ目)は他の被子植物全ての姉妹群と見られ, 隣のヒダテラ科から見ると最も類縁性の離れた科になります。一方でヒダテラ科,ハゴロモモ科, スイレン科は互いに近縁(同じスイレン目)であり,確かに近い位置に配置されています。 分類群に付けられた番号は原則として変更しないものとされ, 例えば 145 と 146 の間に新科などを挿入したい場合には "145a" や "145.01" といった合成数(composite number) を用いることが推奨されています。もっとも,後から合成数を追加するのは個々の機関ごとの判断になるでしょうから, この場合には統一性が無くなるかもしれません。 このような配列は科学的知見としてではなく実務上重要なもので, 大勢が利用することで初めて意味が出てくるものです。とは言え植物資料が大量にあるかぎり, 何らかの配置で並べなければならないことに違いはなく,APG III に合わせて速やかに発表されたことは重要です。 日々の研究においても,何かの名前を並べる際には標準的な並べ方がないか,あるいは最適な並べ方とは何か, と言うことを考えてみるのも面白いでしょう。 Haston, E., Richardson, J. E., Stevens, P. F., Chase, M. W. & Harris, D. J. The Linear Angiosperm Phylogeny Group (LAPG) III: A linear sequence of the familie in APG III. Bot. J. Linn. Soc. 161, 128-131 (2009). |
被子植物の分類体系再編 II(2010.04.12) 被子植物の分類体系再編 I では被子植物の最新分類体系である APG III の概要を紹介しました。APG III では目〜科の分類のみを扱い, より上位の階級については対象外になっていましたが, APG III に対応するより上位のリンネ式分類体系は Chase & Reveal (2009) として同時に発表されました。 リンネ式分類体系では階級を用いて分類群の規模や系統的独立性を示すことが出来る反面, 階級の充て方に客観性が乏しく,階級も数が少ないために系統を反映しにくいことも指摘されています。 近年では Doweld (2001),Thorne & Reveal (2007),Takhtajan (2009) などが被子植物のリンネ式分類体系を発表していますが,いずれも単系統でない分類群を認めており, APG 分類体系に沿った系統分類体系は発表されていませんでした。 著者らによれば APG II で未確定だった系統関係の多くが APG III で解決したため, 今回初めてリンネ式の APG 分類体系を上位分類群に拡張できたそうです。 著者らの新しい分類体系は極めて革新的で,単系統群のみを分類群として認めています。 また全ての陸上植物をトクサ綱にまとめ,従来門〜綱とされてきた被子植物はモクレン亜綱に格下げされました。 被子植物の大部分は 16 上目に整理され,単子葉類に相当するユリ上目も他の双子葉類の上目と並列に扱われました。 基盤的な被子植物も例えばアンボレラ上目やスイレン上目として他の系統群と同等に扱われています。
特に印象的なのは,陸上植物をトクサ綱という低い階級に置いたことです。 これは近縁な藻類の分類の階級に配慮した結果のようです。著者らは緑色植物の分類として Lewis & McCourt (2004) の総説を引用しましたが,ここでは陸上植物を有胚植物綱(Embryophyceae)とし, 近縁な車軸藻綱や接合藻綱,コレオケーテ綱などと並べていました。著者らはこれに従ったわけですが, "Embryophyceae" は正式に記載されていないため,タイプに基づいた学名として今回はトクサ綱を採用しました。 陸上植物をトクサ綱とすると,被子植物を含む下位分類群は綱から目の間の階級で整理されることになります (目〜科の分類体系は APG III)。特に被子植物内部の主要な系統群の階級が問題になりますが, 一つの方法として,被子植物を分類群として認めず,7 つの亜綱(表中の真正双子葉類と, これに含まれない 6 上目に対応)に分割する案も議論されています。 しかしこの体系では 4 亜綱が各 1 目しか含まず,真正双子葉類にはさらに上目の分類が必要になるとしています。 著者らはこのような偏りのある体系は混乱を招くとして,被子植物をモクレン亜綱としてまとめ, 上目の分類を被子植物の最上位の内部分類とすることを選択しました。 しかし被子植物の目を上目のみでまとめた結果,真正双子葉類やマメ群,アオイ群,シソ群, キキョウ群といった系統群が分類体系に反映されなかった点には注意が必要です。 今回の分類体系はこれまでの分類体系と余りに異なるため,しばらくは議論の的になりそうです。 特に藻類の分類体系は未だに不安定であり,これを根拠に被子植物を亜綱にまで下げるのは乱暴です。 また今回の分類体系では前述の通りいくつかの系統群が分類群から除外されましたが, 被子植物を綱より上の階級で扱えば,綱,亜綱,上目などの分類階級を用いて表現することも可能になります。 著者らは内部分類群の数が偏ることを問題視しましたが,系統群ごとに多様性が異なるのは事実であり, 多様性の偏りを反映した分類体系こそ自然であるようにも思われます。 いずれにせよ今回の分類体系は単系統群のみを認めた被子植物の分類体系として革新的であり, 当面はこれを基準に分類体系の(特に階級の)修正がなされていくことになるでしょう。 Chase, M. W. & Reveal, J. L. A phylogenetic classification of the land plants to accompany APG III. Bot. J. Linn. Soc. 161, 122-127 (2009). Doweld, A. Prosyllabus Tracheophytorum (GEOS, Moscow, 2001). Lewis, L. A. & McCourt, R. M. Green algae and the origin of land plants. Am. J. Bot. 91, 1535-1556 (2004). Takhtajan, A. Flowering Plants, 2nd Edn. (Springer, 2009). Thorne, R. F. & Reveal, J. L. An updated classification of the class Magnoliopsida (“Angiospermae”). Bot. Rev. 73, 67-182 (2007). |
被子植物の分類体系再編 I(2010.03.18) 近年,被子植物の標準的な分類体系とされているのが,通称 APG II と呼ばれる体系です。 これは被子植物の分類学者が作る国際グループ(the Angiosperm Phylogeny Group)による体系の第 2 段でしたが, その第 3 段となる APG III が出版されました(The Angiosperm Phylogeny Group, 2009)。 前回の APG II は 2003 年に発表され(The Angiosperm Phylogeny Group, 2003), 6 年間に渡って標準的な分類体系として参照されてきました。 ただし当時は分子系統が未研究の分類群も少なくなく,その後の分子系統解析により修正が進められていました。 APG III ではこれらを反映して,目と科の分類,そして系統仮説の改訂が行われました。 著者らは単系統群のみを分類群として認める系統分類体系の確立を目指しています。 その実現に向けて,1) 公式の分類群は単系統であること,2) 既に確立した分類群は維持すること, 3) 分類群の大きさにも配慮すること,そして 4) 分類群の変更が最小限であること,を原則として APG II の修正を行いました。そして大きく分けて以下の 5 点の修正が施されました。 第 1 に,これまでの APG 分類体系で一部の科に認められていた広義と狭義の二重定義が撤廃されました。 これまでいずれの定義を採用するかは利用者に委ねられていましたが,このことが返って混乱をもたらしていました。 そこで APG III では Mabberley (2008) などの標準的な文献を参考に,主に広義の定義に統一しました。 第 2 に,これまで所属不明だった科の系統的位置がここ数年で明らかになったため, 新たな目(センリョウ目やピクラムニア目など)が認められるようになりました。 ちなみに APG II では 15 属と 3 科の植物が位置不明とされていましたが, APG III ではアポダンテス科(Apodanthaceae),シノモリウム科(Cynomoriaceae),Gumillea, Petenaea,Nicobariodendron の 2 科と 3 属のみが位置不明とされています。 第 3 に,やはり分子系統解析の進展に基づき,幾つかの属や科の配置が修正されました (例えばヒダテラ科がイネ目からスイレン目に移された;ヒダテラに脚光を)。 第 4 に,研究者の評価が変化した幾つかの科について,その範囲が変更されました。 そして最後に,APG II で提唱された科の範囲が実際の用例に即していなかった場合,修正が加えられました。 例えば広義のアブラナ科(Brassicaceae)が,アブラナ科,フウチョウソウ科(Cleomaceae),フウチョウボク科 (Capparaceae)の 3 科に分割されました。 論文中には分類体系の背景となる系統仮説も提示されています。APG II の系統仮説と大きく異なる点としては, 単子葉植物と近縁だと考えられていたモクレン群(magnoliids)とセンリョウ目/科が, 被子植物の中でより基部に位置することが認められた点,単子葉植物の内部の系統関係の解明が進んだ点, 中核真正双子葉類(core eudicots)のメギモドキ科(Berberidopsidaceae),アエクストキシコン科 (Aextoxicaceae),ビワモドキ科(Dilleniaceae),ナデシコ目,ビャクダン目などの系統的位置が特定された点, 同様にバラ群(rosids)のクロッソソマ目,フウロソウ目,フトモモ目がアオイ群(malvids)に含められた点, などが挙げられます。また APG II で第 1,第 2 真正バラ群(eurosids I,II),第 1,第 2 真正キク群 (euasterids I,II)などと番号で呼ばれていた群が,それぞれマメ群(fabids),アオイ群,シソ群(lamiids), キキョウ群(campanulids)と植物の名称に基づく群名に改められました。 -------------------------------------------------------アンボレラ目| | ----------------------------------------------------スイレン目 ------| | | | -------------------------------------------------アウストロバイレヤ目 ---| | | | -------モクレン群 ---| ---------------------------------------| | | -------センリョウ目 | | ---| -------------------------------------------単子葉植物 | | | | ----------------------------------------マツモ目 ---| | | | -------------------------------------キンポウゲ目 ---| | | | ----------------------------------アワブキ科 | | | ---| |---------------------------------ヤマモガシ目 真正双子葉類 | | | | -------------------------------ツゲ目 ---| | | |------------------------------ヤマグルマ目 | | | | ----------------------------グンネラ目 ---| | | | -------マメ群(旧第 1 真正バラ群) | | バラ群 ---| | | ---| -------アオイ群(旧第 2 真正バラ群) ---| | | 中核真正双子葉類 | ------------| ----------ブドウ目 | | | | | -------------ユキノシタ目 | | ---|------------------------ビワモドキ科 | | ----------------------ベルベリドプシス目 | | ---| -------------------ビャクダン目 | | ---| ----------------ナデシコ目 | | ---| -------------ミズキ目 | | ---| ----------ツツジ目 キク群 | | ---| -------シソ群(旧第 1 真正キク群) ---| -------キキョウ群(旧第 2 真正キク群) このように細かい点では多数の修正が施されていますが,根本的な方針そのものは APG II から引き継がれており, 直ぐにでも受け入れられることでしょう。むしろ問題なのは本論文で扱われていない,目より上位の分類体系です。 この論文と同時に公開された 2 本の論文では APG III に基づく分類体系や科の配置案が提案されていますので, 次回はそれらの論文を紹介したいと思います。 The Angiosperm Phylogeny Group. An update of the Angiosperm Phylogeny Group classification for the orders and families of flowering plants: APG III. Bot. J. Linn. Soc. 161, 105-121 (2009). Mabberley, D. J. Mabberley's Plant-Book: A Portable Dictionary of Plants, their Classification and Uses, 3rd Edn. (Cambridge University Press, Cambridge, 2008). The Angiosperm Phylogeny Group. An update of the Angiosperm Phylogeny Group classification for the orders and families of flowering plants: APG II. Bot. J. Linn. Soc. 141, 399-436 (2003). |
鞭毛の付け根が離れる進化(2010.03.11)(→藻類学) |
新種カタブレファリス類とハプト・クリプト生物群(2010.01.28)(→藻類学) |
続報:謎のキャビア寄生虫の正体(2010.01.19) 謎のキャビア寄生虫の正体ではチョウザメ類の卵に細胞内寄生する Polypodium hydriforme という動物の分子系統解析を紹介しました。ところがこの研究で用いられた 28S rDNA の配列が刺胞動物門ヒドロ虫綱の Obelia 属の配列の汚染であったことがわかったそうです (Evans et al., 2009)。 著者らによると,一部の実験に使った試薬が汚染されていたそうで,Polypodium の 28S rDNA 配列以外には問題はなかったそうです。特に 18S rDNA は 2 つの実験室で別々の試薬を用いて解析されており, 過去に発表された配列とも類似していたことから汚染の恐れはないとしています。 元の論文では 2 遺伝子の系統解析から Polypodium がヒドロ虫綱レプトテカータ目に含まれる可能性が 示唆されていましたが,これは Obelia(レプトテカータ目)の配列が原因と思われます。 18S rDNA の結果については訂正の必要はなく,粘液胞子虫類を除いた解析で Polypodium は水母亜門, 少なくとも刺胞動物には含まれていました(ただしブートストラップ値は 83%)。 一方で誤った 2 遺伝子解析とは異なり,ヒドロ虫綱からは 100% のブートストラップ値で除外されていましたので, Polypodium を独自のポリポディウム綱(Polypodiozoa)に位置づける分類も再び支持されそうです。 DNA の汚染により定説を覆すような結果が導かれ,長年これが発覚しないことは少なからず起こっています (例えば珍渦虫の衝撃)。純粋培養が困難で入手が難しい動物の場合, 特に汚染が起こりやすいようです。また注目を集める生物であれば検証も進みますが, あまり有名でない生物の場合,しかも配列の一部が誤っている場合などは発見がさらに遅れる恐れがあります (オオヒゲマワリの配列全部解析)。 実験の際に汚染に注意し,違和感のある結果が得られたときには再解析もためらわず行うと共に, データベース上の配列を利用する側も誤った配列が登録されている可能性を常に念頭に置くべきでしょう。 Evans, N. M., Lindner, A., Raikova, E. V., Collins, A. G. & Cartwright, P. Correction: Phylogenetic placement of the enigmatic parasite, Polypodium hydriforme, within the Phylum Cnidaria. BMC Evol. Biol. 9, 165 (2009). 過去の関連記事 |
緑藻類の殻の進化(2010.01.13)(→藻類学) |
命名規約の二重性問題 後編(2010.01.11) 前編では,動物規約の下で後続同名となる多数の鞭毛藻類に対して, 新置換名を提案した研究を紹介しました(命名規約の二重性問題 前編)。 しかし Nakada (2010) はこれらの後続同名と新置換名のうち ambiregnal names について, 植物規約の下で記載された学名を含めた総合的な見直しを行いました。(本論文は筆者が執筆したものです) Özdikmen (2009) が指摘した後続同名のうち,14 属と 1 科は ambiregnal names でした。 そこで著者は,提唱された新置換名の扱いを動物規約と植物規約それぞれの下で整理しました。 まず 11 属については動物規約の下で確かに新置換名が必要でしたが,先行同名となる植物は存在せず, 植物規約の下では元の学名が維持されることが確認されました。一方で Goniodoma / Yesevius, Normandia / Zugelia,および Dinema / Elifa の 3 属では状況が異なりました。 Özdikmen (2009) は渦鞭毛虫(藻)類の Goniodoma Stein, 1883 を Goniodoma Zeller, 1849 の後続同名であるとして Yesevius という新置換名を提唱しました。 しかし Goniodoma Stein のタイプ種 G. acuminatus は Loeblich, Jr & Loeblich III (1966) によって Heteraulacus Diesing, 1850 のタイプとして後から指定されました。 これによって Goniodoma Stein は Heteraulacus の異名となってしまいました。 Heteraulacus については動物規約の下でも同名にはならないことから,動物・植物いずれの規約の下でも, Goniodoma Stein や Yesevius(当然タイプ種は Y. acuminatus)は異名として扱われ, Heteraulacus だけが正しい学名となります。 しかも状況はさらに混乱していました。Goniodoma Stein に含まれた藻類の一部は,現在 Triadinium Dodge, 1981 に移されています。これは植物規約の下では正名でしたが,動物規約の下では Triadinium Fiorentini, 1890 の後続同名でした。Özdikmen (2009) は Triadinium Dodge を Goniodoma / Yesevius の異名とみなして注目していませんでしたが, Triadinium を別属とするなら動物規約の下での新置換名が必要になります。 そこで Nakada (2010) は動物規約の下での学名として Pyrrhotriadinium を提案し,問題を解決しました。 次に,Normandia Pic, 1900 の後続同名とされた Normandia Zügel, 1994(渦鞭毛虫) に対して,Özdikmen (2009) は新置換名の Zugelia を提案していました。 面白いことに,Normandia Zügel は植物規約の下でも Normandia Hooker, 1872 (双子葉植物アカネ科)に対して後続同名となり,植物規約の下でも新置換名が必要だったことがわかりました。 Zugelia は植物規約の下でも使用できるため,期せずして両方の規約の下で正しい学名となります。 最後に,Dinema Perty, 1852(ユーグレナ類)も,動物規約の下で Dinema Fairmaire, 1849 (昆虫類甲虫目)の後続同名である上に,植物規約の下で Dinema Lindley, 1831(単子葉植物ラン科) の後続同名であることが指摘されました。Özdikmen (2009) は動物規約にのみ着目して新置換名 Elifa を提案しましたが,実は藻類学者の Silva (1960) が新名 Dinematomonas を提唱していました。 この学名は動物規約の下でも新置換名の役割を果たすため,Özdikmen (2009) による Elifa の提唱は必要なかったことがわかりました。 一つの生物が命名規約ごとに異なる学名を持つという問題が解決されるためには命名規約の改正や統一が必要となり, 当面は実現しそうにありません。しかし新たな混乱をもたらさないために,これから新属を記載する分類学者は, 動物,植物を問わず同名の有無を慎重に確認しなければなりません。 その一方で,今回の研究のように同名関係を整理する地道な仕事もまだまだ必要でしょう。 Nakada, T. Nomenclatural notes on some ambiregnal generic names (comments to Özdikmen, 2009). Mun. Ent. Zool. 5, 204-208 (2010). Loeblich, Jr., A. R. & Loeblich III, A. R. Index to the genera, subgenera, and sectioons of the Pyrrhophyta. Studies in Tropical Oceanography 3, 1-94 (1966). Özdikmen, H. Substitute names for some unicellular animal taxa (Protozoa). Mun. Ent. Zool. 4, 233-256 (2009). Silva, P. C. Remarks on algal nomenclature. III. Taxon 9, 18-25 (1960). 過去の関連記事 |
命名規約の二重性問題 前編(2010.01.08) 生物の学名は国際的な命名規約に基いて管理されています。 例えば異なる生物が同じ学名を持つこと(同名)は各命名規約により禁じられており, 後からつけられた同名には代わりの学名がつけられることになっています。 例えば Krell & Shabakin (2008) や Özdikmen (2009) は原生生物に見つかった同名を整理しています。 生物の命名規約としては現在,国際植物命名規約(ICBN;以下「植物規約」),国際動物命名規約(ICZN; 以下「動物規約」),国際細菌命名規約(ICNB;以下「細菌規約」)の 3 つの命名規約が存在しています。 いずれの規約も同名を禁じていますが,植物規約と動物規約は独立で,動物と同じ学名の植物や, その逆も許されています。ここでややこしいのが動物学者と植物学者の双方が研究する生物です。 例えばミドリムシの仲間(ユーグレナ類)は原生動物の鞭毛虫とされることもあれば, 鞭毛藻類として植物扱いされることもあります。このような 2 つの命名規約にまたがって管理される学名は "ambiregnal names" と呼ばれ,しばしば命名規約上の混乱を引き起こします。 Krell & Shabalin (2008) は,カイアシ類(節足動物門甲殻類)の寄生虫である Parastasia Michajłow, 1972(ユーグレナ類)が動物規約の下では甲虫の仲間の Parastasia Westwood, 1841 の後続同名であることを指摘しました。Parastasia Michajłow を動物として扱う場合, この学名は動物規約の下で無効名となります。そこで著者らは本属を動物として扱うために, 新置換名 Michajlowastasia を提案し,本属に含まれる 17 種 1 変種の学名を組み換えました。 この結果,本属を動物として扱うならば Michajlowastasia が正しい学名となり, 植物(藻類)として扱うならば Parastasia が正しい学名ということになりました (同じ学名の植物はこれまで記載されていないため)。 Özdikmen (2009) は動物規約の下で同名となる原生動物をさらに大規模に探索しました。 この論文では 46 属と 2 亜属の原生動物が後続同名であることがわかり,その全てと, 関連する 3 科 1 亜科に対して新置換名が提案されました。 その多くは原生動物としての扱いが定着しているため特に問題はありませんが, 14 属と 1 科の学名は植物規約でも扱われる ambiregnal names でした(渦鞭毛虫類;Durotrigia → Baileyella,Edwardsiella → Novedwardsiella,Fentonia → Neofentonia, Gippslandia → Neogippslandia,Goniodoma → Yesevius,Herdmania → Dodgeia,Normandia → Zugelia,Suessia → Baserus,Suessiidae → Baseridae,Wanneria → Belowius,ディクティオカ藻類;Hannaites → Akbuluta, クリプト藻類;Hanusia → Phia,緑藻類;Lundiella → Yildizia, ユーグレナ藻類;Dinema → Elifa,Metanema → Semihia)。 このように多数の学名が訂正を必要とした原因としては,分類研究者,特に藻類学者が, 動物の学名に十分配慮せずに学名をつけたことがあるのかもしれません。 現在では学名のデータベースも充実してきており,またインターネット上で単純に検索するだけでも, 同じ学名が既に記載されているかどうか簡単に調べることができます。 特に注意を要する分類群としては,植物と動物の両規約で扱われる鞭毛藻類やアメーバ性の藻類, 二次的に光合成能を失った藻類,粘菌類など,そして植物と細菌の規約で扱われるシアノバクテリア(藍藻類) が挙げられます。これらの分類群の研究者は特に注意が必要でしょう。 さて藻類学者だけでなく,ambiregnal names を扱う動物学者もまた植物との同名関係に注意が必要です。 Özdikmen (2009) は動物学者として鞭毛藻類の学名に新置換名を提案しましたが, 彼は植物規約の下での学名には言及していません。特に 2 つの学名(Goniodoma / Yesevius, Dinema / Elifa)については新置換名が不要であることを,そして別の学名 (Normandia / Zugelia)については植物規約の下でも訂正が必要だったことを見落としていたようです。 そこで後編ではこれらの問題の詳細について紹介したいと思います。 Krell, F.-T. & Shabalin, S. Michajlowastasia nom. nov. for the parasitic euglenoid genus Parastasia Michajłow, 1972 (Euglenozoa: Eugleoidina: Astasiidae). Syst. Parasitol. 71, 49-52 (2008). Özdikmen, H. Substitute names for some unicellular animal taxa (Protozoa). Mun. Ent. Zool. 4, 233-256 (2009). 過去の関連記事 |
灰色藻・ハプト藻の本当の居場所(2010.01.06)(→藻類学) |
クラミドモナスの種の境界(2009.12.25)(→藻類学) |
謎の粘菌の分子系統 II(2009.11.20) 所属不明の粘菌とされていた Semimorula の分子系統について最近紹介しましたが (謎の粘菌の分子系統 I),細胞が凝集して子実体を形成する細胞性粘菌の 1 種, Fonticula alba の分子系統もまた最近になって明らかにされました(Brown et al., 2009)。 そして Fonticula は既知のいずれの細胞性粘菌とも異なる後方鞭毛類の仲間であることが示されました。 細胞性粘菌にはこれまで大きく 2 つの系統群が認められてきました。一つがタマホコリカビ類(dictyostelids)で, もう一方がアクラシス類(acrasids)です。タマホコリカビ類がアメーバ動物類の一群であるのに対して, アクラシス類はエクスカヴァータ類のヘテロロボセア類(Heterolobosea)に含まれます。 Fonticula alba は 1979 年に記載されて以降,発見例のない極めて稀な細胞性粘菌で, アメーバ細胞が糸状擬足を持つ点でタマホコリカビ類に似ていますが, 移動体を作らない点やミトコンドリアクリステが盤状である点,子実体の形態がアクラシス類と似ているため (タマホコリカビ類は管状のミトコンドリアクリステを持つ)その所属が定かではありませんでした。 そこで著者らは原記載時の培養株の分子系統解析を初めて行い,その系統的位置を調べました。 SSU rRNA の塩基配列とアクチン,β-チューブリン,EF1α,Hsp70c の系統解析から, F. alba は糸状擬足を持つアメーバの Nuclearia と近縁であることが強い支持率で示されました。 両者の近縁性は糸状擬足とミトコンドリアの盤状クリステの存在によって既に指摘されており(Cavalier-Smith, 1993), 同一の亜綱(Cristidiscoidia;Cavalier-Smith, 1993),綱(Cristidiscoidea;Cavalier-Smith, 1998), 亜門(Cristidiscoidia;Cavalier-Smith, 2009)などにまとめられてきました。 また 4 種 6 配列の Nuclearia の SSU rRNA 配列を含んだ系統解析からは,F. alba が Nuclearia から派生したのではなく,その姉妹群となることが示されました。 このクリスティディスコイデア綱は真菌類の姉妹群となり,後方鞭毛類に含まれました。 F. alba の EF1α が後方鞭毛類に固有とされる 12 アミノ酸の挿入配列を持っていることからも, 本種の後方鞭毛類への所属は裏付けられています。F. alba の系統的位置は AU 検定によっても検証されましたが, 後方鞭毛類の中での位置は完全には解けませんでした。しかし事後確率やブートストラップ値などからは, クリスティディスコイデア綱の単系統性や,この綱の真菌類との姉妹群関係が強く支持されているため, 著者らはこの系統関係が正しいと考え,真菌類とクリスティディスコイデア綱を合わせて Nucletmycea 系統群と呼ぶことを提案しています。 -------Fonticula alba-------| -------| -------Nuclearia | | ------| --------------真菌類 | ---------------------Holozoa(後生動物,近縁な襟鞭毛動物類など) 著者らはこれらの結果を受けて,Fonticula alba が後方鞭毛類の中で独自の多細胞化を実現した生物として, 特に注目しています。後方鞭毛類の中では胚発生による後生動物の多細胞化,菌糸形成による真菌類の多細胞化, そして群体形成による襟鞭毛虫類の多細胞化が知られていましたが,細胞が凝集して子実体形成する多細胞化は, F. alba が最初の例になるそうです(これを多細胞と呼べるか疑問はあるとしても)。 一方で子実体形成を行うアメーバ類,すなわち粘菌類としても変形菌類,タマホコリカビ類, アクラシス類に続く第 4 の例として注目されます。全く異なるアメーバの系統で子実体形成が繰り返し進化したことは, 子実体形成に大きな利益があることを示唆しています。この利点は未だ十分に議論されたとは思えませんが, F. alba の研究が手がかりを与えてくれるかもしれません。 Brown, M. W., Spiegel, F. W. & Silberman, J. D. Phylogeny of the “forgotten” cellular slime mold, Fonticula alba, reveals a key evolutionary branch within Opisthokonta. Mol. Biol. Evol. 26, 2699-2709 (2009). Cavalier-Smith, T. Kingdom Protozoa and its 18 phyla. Microbiol. Rev. 57, 953-994 (1993). Cavalier-Smith, T. in Evolutionary Relationships among Protozoa (eds. Coombs, G. H., Vickerman, K., Sleigh, M. A. & Warren, A.) 375-407 (Chapman & Hall, London, 1998). Cavalier-Smith, T. Megaphylogeny, cell body plans, adaptive zones: Causes and timing of eukaryote basal radiations. J. Eukaryot. Microbiol. 56, 26-33 (2009). 過去の関連記事 |
全生物の分類(2009.11.17) 生物の分類体系とは,各生物群を扱った研究,あるいは大系統の研究を集約した成果となるべきものです。 様々な生物群で形態に基づく伝統的な分類体系が分子系統に基づく体系へと刷新されていく中で, これをまとめ上げた生物全体の分類体系もまた刷新が進められています。 Shipunov (2009) は近年の分子系統分類体系を独自の視点で整理し,全生物の界から綱までの分類体系を提唱しています。 現在でも用いられている界〜種のような階層的な分類体系はリンネによる「自然の体系(Systema Naturae)」 の初版によって確立されました(Linnaeus, 1735)。そして著者はこれまで現代版の「自然の体系」をまとめ, ウェブ上で公開してきました(Systema Naturae)。このサイトでは著者の分類体系が更新され続けていますが, 2009 年 4 月に公開された 5.8020 版が今回の論文として出版されました。 著者の体系では現生の細胞生物全てが対象となっており,可能な限り最新の情報を取り入れて構築されています。 この体系では最上位の分類階級として界(kingdom)が採用されており,モネラ界(Monera),植物界(Vegetabilia), 原生生物界(Protista),動物界(Animalia)の 4 界に分類されています。一方でドメイン(domain) を最上位とする分類も代替的な分類として示されています。この場合,モネラ界は真正細菌ドメイン(Bacteria) と古細菌ドメイン(Archaea)の 2 ドメインに対応し,原生生物界のうち植物界に近縁なものと植物界を合わせた系統群, すなわちバイコンタ類は "汎植物ドメイン"(Panplantae)に,動物界に近縁な原生生物界と動物界を合わせた系統群, すなわちユニコンタ類(アメーバ動物類も含む)は "汎動物ドメイン"(Pananimalia)に分類されるそうです。
全体的な傾向としては,この体系は他の多くの分類体系と同様に形態分類と分子系統の折衷的な体系となっています。 やや特徴的な点としては全ての分類群を記号的に扱おうとしていることが挙げられます。 著者は全ての分類群を「designator(上付)+タイプ属名」だけで表記する方法も提案し,これを併記しています。 Designator とは,個体を 0,種を 1,属を 2,科を 3,などとして最上位の界を 7 とする数字で, 二次的な階級には少数値を与えています(例えば上科は 3.2,亜科は 2.8,下科は 2.5 など)。 この記法ではモネラ界はタイプ属とされた Bacillus を基に "7Bacillus" と表記されます。 ただ直感的にはわかりにくく,この記法が定着するかどうかは疑問です。 またタイプ属が必ずしも命名規約に従っていないことも問題です。 今回の分類体系には際だって独自の部分はなく,その割に定番の分類体系や命名規約などを無視している点も多いため, 実用性には疑問もあります。特に著者がそれぞれの分類体系を採用し,あるいは改変した根拠が詳細に議論されていないため, 単純に著者の体系に従うわけに行かないという問題点も指摘できるでしょう (膨大な参照文献は前述のウェブサイトに挙げられている)。 一方で新たな系統仮説や分類体系が日々提唱され続けている中ではウェブ上で即応できる分類体系を維持することも重要です (というか本サイトでも分類表を更新し続けている)。著者の分類体系を受け入れるかどうかはともかくとして, 生物の分類体系を俯瞰する便利な資料として注目には値するでしょう。 Shipunov, A. B. Systema Naturae or the outline of living world classification. Protistology 6, 3-13 (2009). Linnaeus, C. Systema Naturae sive Regna Tria Naturae Systematice Proposita per Classes, Ordines, Genera, & Species (Haak, Leyden, 1735). 過去の関連記事 |
謎の粘菌の分子系統 I(2009.11.12) アメーバ細胞で運動し,子実体を作る生物を粘菌と総称しますが, この中には系統的に様々な生物が含まれます。しかしその分子系統学的研究は遅れており, 中には所属が謎に包まれた粘菌も存在しました。Fiore-Donno et al. (2009) はそんな謎の粘菌 Semimorula の分子系統を初めて解析し,この粘菌が変形菌(真正粘菌)の中のハリホコリ目に属することを示しました。 Semimorula liquescens は Haskins et al. (1983) によってエゾミソハギ(Lythrum salicaria) やアキノキリンソウ属(Solidago)の一種の果実序から分離され, 変形菌か原生粘菌に近縁な新属として記載されました。S. liquescens は原変形体と呼ばれる微小な変形体を作り, ここから柄のない半球状の子実体を生じます。子実体は 0.05mm と非常に小型で,通常 20-30 個の胞子を含みます。 胞子は走査電子顕微鏡で見ても平滑で,発芽の時に胞子壁が割れたり穿孔せず,溶解することが最大の特徴です。 本種は非常に小型なため報告例はほとんどありませんが,最初に報告されたアメリカ, ワシントン州のカークランドとシアトルからは繰り返し分離されているそうで,培養株も確立されています。 そこで著者らは培養株より SSU rRNA と EF-1α の配列を決定し,系統解析を行いました。
分子系統解析の結果,S. liquescens は明らかに変形菌類に属しました。 S. liquescens の生活史や微細構造も変形菌類であることを支持しているそうですが, 胞子の発芽時に胞子壁が溶解する種は変形菌としては初めてになります。 変形菌類にはこれまで 5-6 目が知られていましたが,その中で S. liquescens はハリホコリ目(Echinosteliales) に属していました。ハリホコリ目にはこれまで 3 属が含まれていましたが, いずれも微小な原変形体と子実体を作る点で S. liquescens と共通しています。 その一方で他のハリホコリ目は子実体が柄を持っている点や胞子の表面に修飾構造(いぼ状構造) を持っている点で S. liquescens と異なっています。 今回の解析ではハリホコリ目からはハリホコリ属(Echinostelium)の 3 種(タイプ種のハリホコリ E. minutum,E. coelocephalum,カワハリホコリ E. arboreum)のみが含められ,ハリホコリと E. coelocephalum が互いに姉妹群となりました。S. liquescens はこれらと近縁となり, カワハリホコリは他のハリホコリ属とは分かれました。カワハリホコリはハリホコリ属の中では例外的に子嚢壁が残存性で (子実体が成熟しても子嚢壁に包まれる),将来はハリホコリ属から分けられるかもしれません。 さて,S. liquescens はハリホコリ目としては初めて柄のない種類となりました。 これは本種が子実体の柄を形成する能力を喪失した種であることを示唆しており, 子実体の形態形成を考える好例となるかも知れません。 Semimorula は変形菌か原生粘菌か謎の生物として記載されました。しかし培養株は維持されており, 最近まで分子系統が調べられていなかったことが不思議でもあります。様々な生物において興味深い生物の分子系統が, 容易に調べられるにもかかわらず放置されていることは少なくなく,今回の研究のようなまめな研究が望まれています。 Fiore-Donno, A. M., Haskins, E. F., Pawlowski, J. & Cavalier-Smith, T. Semimorula liquescens is a modified echinostelid myxomycete (Mycetozoa). Mycologia 101, 773-776 (2009). Haskins, E. F., McGuinness, M. D. & Berry, C. S. Semimorula: New genus with myxomycete and protostelid affinities. Mycologia 75, 153-158 (1983). |
海綿単系統への異論(2009.11.05) 海綿動物が単系統であるか側系統であるかは議論が続いている重要な問題です。 海綿もクラゲも単系統!?では海綿動物が単系統になるとの説を紹介しましたが, Sperling et al. (2009) は異なる遺伝子情報を用いて海綿動物が側系統になるとの異説を推しています。 水溝系を用いて餌を取り込む海綿動物独自の捕食様式が海綿動物の共有派生形質なのか あるいは後生動物の祖先形質なのかは,海綿動物が単系統か側系統かによって解釈が変わってきます。 海綿もクラゲも単系統!?で紹介した研究では,全ての基盤的な後生動物について EST 情報などを含めた 128 遺伝子の系統解析を行いました。一方で今回の著者らは特に核コードのハウスキーピング遺伝子のアミノ酸配列に着目し, 7 遺伝子の系統解析を行いました。また著者らは 29 種類の海綿動物を複数遺伝子で初めて解析した点を強調しています (Sperling et al., 2007 から種数を拡大したもの;動物基部の確かな系統群 前編)。 なお,海綿動物の主要な 4 系統は全て 2 種以上含んでいますが,有櫛動物は解析に含まれていません。 著者らは様々なアミノ酸置換モデルの下でベイズ法による系統解析を進めました。 その結果,刺胞動物か平板動物が左右相称動物の姉妹群となり,同骨海綿類がこれに近縁となりました。 石灰海綿や普通海綿,六放海綿類の関係は必ずしも全ての解析で一致していませんが, 海綿動物が単系統になることはありませんでした。 -------左右相称動物| -------|------刺胞動物 | | ---?--| -------平板動物 | | | --------------同骨海綿 | ------|--------------------石灰海綿 | |--------------------普通海綿 | ---------------------六放海綿 問題は海綿動物の系統関係に関わる統計的支持率,特に同骨海綿類と平板動物,刺胞動物, 左右相称動物が単系統となる支持率ですが,これは必ずしも強くは支持されていません。 特に全ての種,全ての座位を含めた解析では極めて弱い支持率から高い支持率まで統計値が定まっていません。 しかし不安定な系統的位置を示す六放海綿類や石灰海綿類などを除外した場合には, 同骨海綿類の位置はモデルにかかわらず高い支持率で前述の位置に特定されました。 同骨海綿類と海綿動物以外の後生動物は真の上皮組織や精子の先体構造を共有していることが知られており, 今回の系統解析の結果は形態的にもおかしくはありません(ただし海綿動物が単系統となってもおかしくはない; 動物基部の確かな系統群 前編を参照)。 しかし最大の問題は,海綿もクラゲも単系統!?で紹介した系統樹が, より大規模なデータセットに基づいて海綿動物の単系統性を支持していることです。 著者らは今回の研究の方が海綿動物の種数が多い点を強調していますが,今回の研究の優位性を主張するには弱い気がします。 依然として大規模な挿入欠失のような強い証拠がない以上,海綿動物の単系統性も側系統性も互いに一定の説得力を持ちますし, さらなる研究が求められていることは間違いありません。 著者らは海綿動物の系統的評価以外にも,後生動物の初期進化を巡って様々な議論を提示しています。 ここでは特に同骨海綿類の位置に着目しましたが,多遺伝子の系統解析に使われる海綿動物の種数が増えるにつれて, 海綿動物の内部進化についても,また海綿動物以外の後生動物の初期進化についても知見が集まってくるでしょう。 Sperling, E. A., Peterson, K. J. & Pisani, D. Phylogenetic-signal dissection of nuclear housekeeping genes supports the paraphyly of sponges and the monophyly of Eumetazoa. Mol. Biol. Evol. 26, 2261-2274 (2009). Sperling, E. A., Pisani, D. & Peterson, K. J. in The Rise and Fall of the Ediacaran Biota (eds. Vickers-Rich, P. & Komarower, P.) 355-368 (The Geological Society, London, 2007). 過去の関連記事 |
余計なチロシンは要らない(2009.10.30) 後生動物においてはチロシンのリン酸化が重要なシグナル因子として活用されています。 Tan et al. (2009) はチロシンのリン酸かが発達した結果,複雑な体制を持った後生動物では, チロシンがタンパク質の構成アミノ酸として相対的に少なくなっていることを見出しました。 タンパク質中のチロシン残基をリン酸化するチロシンキナーゼは細胞内または細胞間のシグナル伝達などに関与し, 複雑な体制を持った動物ほど多くのチロシンキナーゼを持つとされています。 ではリン酸化を受ける側のチロシン残基はどうなのかを著者らは調べました。 その結果,体制が複雑な(細胞種の多い)後生動物ほどむしろタンパク質中のチロシン残基が少ないことが示されました。 同時にチロシンキナーゼドメインが少ない動物ほどチロシン残基が多いことも示されています。 さらに著者らは標準的なチロシンキナーゼを持たない出芽酵母(>Saccharomyces cerevisiae) とヒトのタンパク質を比較し,より多くのタンパク質で酵母の方がチロシン残基を多く含むことを示しました。 この傾向はヒトにおいてチロシン残基がリン酸化を受けないタンパク質について,一層顕著でした。 著者らの見解では,仮に本来リン酸化を受けないタンパク質が誤ってリン酸化を受けた場合に, 誤ったシグナルが伝達される可能性があり,これを防ぐために不要なチロシン残基が除去されたと考えられています。 著者らはチロシン残基の減少がチロシンキナーゼの数よりもむしろリン酸化チロシンと結合する (つまりリン酸化の情報を受容する)タンパク質ドメインの数と負の相関関係にあることも示しており, この説明を補強しています。 チロシンが単純に「高価な」(合成にエネルギーを要する)ために忌避されたという可能性も議論されていますが, 同様に生合成にコストのかかるトリプトファンでは複雑な後生動物でも含有量が減ることはなく, フェニルアラニンでもチロシンほど顕著な傾向は見られなかったため,著者らはこの可能性に否定的です。 やや本筋からは外れる議論ですが,著者らはさらに幾つかの興味深い観察を示しています。 一つは単細胞生物の襟鞭毛虫類(Monosiga brevicollis)において, 後生動物とは独立にチロシンキナーゼの多様化が起こっており,この場合でもチロシン残基の減少が認められたことです。 すなわち,チロシン残基の割合の変化を多細胞化という巨視的な進化と対比するよりも, タンパク質の多様化という細胞内の現象として解釈するべきなのかもしれません。 次にチロシンキナーゼではなくセリン/スレオニンキナーゼついても比較をしたそうですが, スレオニン残基の数はキナーゼの数と負の相関関係にありましたが,セリン残基の数は影響されませんでした。 これはチロシン残基についての議論が単純過ぎる可能性を示唆しているように見えます。 本研究からは生物の細胞が新しい情報処理系を導入する進化過程が見えてくるようで, 単なる分子進化の研究以上に示唆に富んだ研究と評価できます。 またこの研究の中核はゲノム情報の解析であり,インフォマティクスの鏡とも言えるかもしれません。 Tan, C. S. H. et al. Positive selection of tyrosine loss in metazoan evolution. Science 325, 1686-1688 (2009). Collins, M. O. Evolving cell signals. Science 325, 1635-1636 (2009). |
オオヒゲマワリの仲間はパンゲアで生まれた?(2009.09.30)(→藻類学) |
新門シネルギステス門と原核生物の「門」記載(2009.09.25) 原核生物は培養が困難な種が少なくないために分類が大きく遅れています。 と同時に近年の分類の進展も著しく,幾つかの新門の記載も行われています。そんな中で Jumas-Bilak et al. (2009) はこれまで複数の分類群に散らばっていたグラム陰性細菌が新門シネルギステス門 (Synergistetes)にまとめられることを示しました。 Synergistes はヤギの第一胃から分離された嫌気性のグラム陰性細菌で, ギンネムの含有するミモシンというアミノ酸から作られる有毒物質の 3-hydroxy-4(1H)-pyridone を分解する微生物として報告されました。既に Hugenholtz et al. (1998) は Synergistes が独自の門となる可能性を示唆していましたが,近年は暫定的にデフェリバクター門(Deferribacteres) に分類されていました(Garrity & Holt, 2001b)。最近になるとグラム陽性細菌のシントロフォモナス科 (Syntrophomonadaceae)の一部と Synergistes の近縁性も指摘されていたため, 著者らは Synergistes とその近縁種の分類を見直しました。 デフェリバクター門やシントロフォモナス科に含まれた配列や Synergistes に近縁な配列を集めた系統解析では, Synergistes と他 7 属が強く支持される単系統群を構成しました。 この系統群はデフェリバクター門やグラム陽性菌門とは独立の系統で,姉妹群も解けていません。 また様々にデータセットを変更した場合でも Synergistes 系統群の独立性は支持されたそうです。 デフェリバクター門の主なメンバーは電子受容体として三価の鉄などを用いますが, Synergistes についてはそのような特徴は知られておらず,デフェリバクター門から区別できそうです。 また 2 系統に分割された形のシントロフォモナス科も微細構造に大きな違いがありました。 グラム陽性細菌とグラム陰性細菌はグラム染色法によって簡易的には区別されますが, 両者の細胞表層は大きく異なっています。グラム陽性細菌は細胞膜の外側にしばしば分厚いペプチドグリカン壁を持ちます。 一方でグラム陰性細菌はペプチドグリカン壁が薄く,その外側に外膜と呼ばれる特殊な膜構造を持つのが特徴です(下図)。 Synergistes を含む系統群は典型的なグラム陰性細菌の細胞壁を持つのに対して, 本来のシントロフォモナス科は外膜を持たないグラム陽性細菌の細胞壁を持ちました。 ただし後者のペプチドグリカン壁は薄かったため,グラム染色では陰性となり,これが混乱の元となっていたようです。 それにしても両系統の細胞壁の違いは歴然としており,これまで混同されていたことの方が驚きです。
著者らはこれらの証拠と Hugenholtz et al. (1998) による原核生物の「門」の概念を採用して, Synergistes の系統群を新門シネルギステス門としました。 Hugenholtz et al. (1998) は真正細菌の多様性を議論した総説の中で,真正細菌の門を系統関係のみから議論し, 「2 つ以上の 16S rRNA 配列からなる系統で,再現性よく単系統となり, 真正細菌ドメインを構成する他の全ての門レベルの関係群に所属しないもの」としています。 しかし Hugenholtz et al. (1998) の出版当時には門レベルの分類体系は整っておらず, この定義は便宜的なものでしかありませんでした。 後に Bergey's Manual of Systematic Bacteriology の第 2 版の中で Garrity & Holt (2001a) により門以下のリンネ式階層分類が確立されたため,この定義も実用的な意味を持つようになりました。 真核生物の研究者から見ると,純粋に系統的な観点から新門を記載することには違和感があるかもしれませんが, 共有派生形質を見出すことが事実上不可能な分類群で多様性を記述するためには必要な方法かと思います。 一応シネルギステス門の記載には「ヒトや動物,陸生や海生の生育環境から分離される, 嫌気性でグラム陰性の桿菌を含む。アミノ酸を分解する細菌」とありますが,他の細菌にも同様な形質は見られそうですし, シネルギステス門の細菌がさらに追加されれば例外も出てくるでしょう。 Jumas-Bilak, E., Roudière, L. & Marchandin, H. Description of ‘Synergistetes’ phyl. nov. and emended description of the phylum ‘Deferribacteres’ and of the family Syntrophomonadaceae, phylum ‘Firmicutes’. Int. J. Syst. Evol. Microbiol. 59, 1028-1035 (2009). Garrity, G. M. & Holt, J. M. in Bergey's Manual of Systematic Bacteriology, 2nd Edn, Vol. 1. (eds. Boone, D. R., Castenholz, R. W. & Garrity, G. M.) 119-166 (Springer, New York, 2001a). Garrity, G. M. & Holt, J. M. in Bergey's Manual of Systematic Bacteriology, 2nd Edn, Vol. 1. (eds. Boone, D. R., Castenholz, R. W. & Garrity, G. M.) 465 (Springer, New York, 2001b). Hugenholtz, P., Goebel, B. M. & Pace, N. R. Impact of culture-independent studies on the emerging phylogenetic view of bacterial diversity. J. Bacteriol. 180, 4765-4774 (1998). 過去の関連記事 |
二次共生藻の起源と進化を求めて 2(2009.09.23)(→藻類学) |
二次共生藻の起源と進化を求めて 1(2009.09.15)(→藻類学) |
カメの個性の発生(2009.09.04)(→発生学) |
続報:新綱シンクロマ藻綱と不思議な色素体(2009.07.23)(→藻類学) |
珪藻のゲノムに潜む緑藻の影(2009.07.17)(→藻類学) |
海綿もクラゲも単系統!?(2009.07.13) ゲノムや EST 解析から得られた大量の遺伝子情報を用いた系統解析によって, 動物の初期進化の順序も明らかになると期待されてきました。 しかしこれまでの解析には幾つかの基盤的系統が欠落していたため,曖昧な議論しかなされてきませんでした。 Philippe et al. (2009) は議論のある動物の初期系統群を全て含めた多数遺伝子の系統解析を初めて行い, 動物の初期進化に迫りました。 基盤的な動物,すなわち左右相称動物以外の動物の系統関係は近年の大きな研究課題ですが, 全ての主要な系統群を含めた多遺伝子の系統解析はこれまで行われてきませんでした。 近年の研究から,海綿動物は 4 系統に,腔腸動物は刺胞動物と有櫛動物に分けて考える必要が指摘されていました (動物基部の確かな系統群 前編,後編)。 そこで著者らはこれらの全ての代表種を含んだ 128 遺伝子 30,257 アミノ酸座位の系統解析を行いました。 この際,各系統群について可能ならば複数の種を含め(多様性の低い同骨海綿類と既知種が 1 種の平板動物は除く)。 また座位ごとの平衡アミノ酸頻度の違いを考慮する CAT モデルの導入,外群の検証なども行っています。 これらの努力の結果,よく解けた系統樹が得られています。海綿動物,腔腸動物(刺胞動物と有櫛動物) がそれぞれ単系統となり,また腔腸動物と左右相称動物が互いに姉妹群となりました。 なお,この結果は外群に襟鞭毛虫類のみを含め,菌類,イクチオスポレア類,Capsasporea を除いた場合により強く支持されました。 --------------同骨海綿| |-------------石灰海綿 -------| | | -------六放海綿 | -------| | -------普通海綿 ------| |--------------------平板動物 | | -------有櫛動物 | -------| -------| -------刺胞動物 | --------------左右相称動物 この系統樹はこれまで議論されていた可能性と基本的に矛盾しませんが,興味深くもあります。 近年の分子系統樹では海綿動物は側系統になることが多く,その特徴は後生動物の祖先形質と見られていました。 海綿動物の特徴としては,水溝系や表皮を覆う扁平細胞層が知られています。 水溝系は呼吸と摂食に働く構造で,襟細胞の鞭毛が起こす流れによって, 体表全体に散在する小孔から入った水を,胃腔を経て大孔から排出する仕組みです。 しかしこれらの特徴は底性生活に特殊化した形質とも見られ,海綿動物の派生形質と考えられたこともありました。 この点で海綿動物を単系統とする今回の結果は自然な結果とも言えます。 刺胞動物と有櫛動物の近縁性については,今のところ強く支持する形態形質は知られていません。 逆にこれを否定する形質も知られていないことから,今後,形態や発生学的形質の再検証が求められるところです。 刺胞動物と有櫛動物が左右相称動物により近縁であることは,特に意外ではありません。 これらの動物群は神経系や筋肉系(そしておそらく中胚葉)を持つ点で海綿動物や平板動物よりも派生的です。 加えて刺胞動物にも遺伝子発現のレベルで左右相称性が備わっていることが指摘されています (ただし有櫛動物については不明;密かに準備された左右相称性)。 今回の結果は,近年の分子系統解析の中では最もよく練られており,その結果も形態・発生学と符合します。 とは言え他の研究者も別の立場で系統解析を検証すると思われますので, まだ基盤的動物の系統関係が解明されたとは言い切れないでしょう。Telford (2009) でも指摘しているように, 単純な系統解析の他に,ゲノム上の稀な変異などの証拠が積み重なることが望まれます。 これは今回系統的位置の確定しなかった同骨海綿や平板動物の位置推定にも有効かもしれません。 しかし系統樹はあくまで生物間の関係を示すだけのものです。 発生過程の比較,特に遺伝子発現などがよく調べられることによって初めて, 動物の初期進化の過程でどのような変化が起こったのかが明らかにされることでしょう。 Philippe, H. et al. Phylogenomics revives traditional views on deep animal relationships. Curr. Biol. 19, 706-712 (2009). Telford, M. J. Animal evolution: Once upon a time. Curr. Biol. 19, R339-R341 (2009). 過去の関連記事 |
ピコ藻類ゲノムの比較で何がわかる?(2009.07.09)(→藻類学) |
二次共生で逆行したヌクレオチド代謝(2009.06.26)(→藻類学) |
第 2 の色素体の浅くない歴史(2009.06.22)(→藻類学) |
剪定するとエクスカヴァータは単系統?(2009.06.15) ミドリムシやランブル鞭毛虫などを含んだエクスカヴァータ類と呼ばれる原生生物の一群が存在します。 この群は腹部に捕食溝(feeding groove)と特徴的な細胞骨格系を持っていますが,分子系統解析では単系統性が疑われています。 Hampl et al. (2009) は多数のタンパク質配列を用いて系統解析を行い,エクスカヴァータ類の単系統性を検証しました。 エクスカヴァータ類は真核生物の 6 大系統群の一つとされており(原生生物の「公式」分類体系), エクスカヴァータ類が単系統であるか否かは真核生物の形態進化を考察する上でも重要な意味を持っています。 少なくとも形態的には単系統性が支持されていて,ゲノム情報からの裏付けも求められていましたが, 分子系統からは多系統性が支持される傾向があり,結論が出ていませんでした。 そこで著者らは 143 タンパク質 48 分類群の巨大なアミノ酸データについて, 特に進化速度の違いを考慮した解析を行い,エクスカヴァータ類の単系統性を検証しました。 さて,著者らはエクスカヴァータ類に 5 つの系統群,Preaxostyla(アナエロモナダ亜門と同義:オキシモナス類など), Fornicata と副基体類(トリコゾア亜門と同義:ディプロモナス類など), ユーグレナ動物+ヘテロロボセア類+ジャコバ類からなる系統群,Malawimonas,そして Andalucia を認め, それぞれ少なくとも 1 種を解析に含めています。まず,全てのデータを含めた系統解析からは, Malawimonas を除く他のエクスカヴァータ類の単系統性が支持され,ユーグレナ動物,ヘトロロボセア類,ジャコバ類と Andalucia の単系統性(Discoba 類と名付けられた),Preaxostyla とトリコゾア類の単系統性(メタモナーダ門に相当) もまた支持されています。Malawimonas についてはバイコンタ類の根元に位置しました。 問題はエクスカヴァータ類全体が単系統なのか否かですが,著者らは進化速度の速い生物同士が誤って近縁になる長枝誘引現象 (LBA: Long Branch Attraction)を疑い,5 通りの対策を実行しました。具体的には (i) 機能が近いアミノ酸を同じものとして扱う, (ii) 進化速度の速い座位を順に除外する,(iii) 遺伝子ごとに異なる速度を仮定する個別解析(separate analysis)を行う, (iv) 長枝の分類群を順に除外する,(v) 長枝のタンパク質配列を順に除外する,と言う方法をとったそうです。 なお,(i)〜(iii) の結果ではエクスカヴァータ類はやはり単系統とはならず,(iii) でわずかに単系統となる支持率(50% 未満) が上昇したそうです。 一方で,(iv),(v) の対策では一定の成果が得られており, (iv) の場合には 3 分類群を除いた時点でエクスカヴァータ類を単系統とするブートストラップ値が 50% を超え, 14 分類群を除いた時点で 90 % の支持率を得ています。なお,14 分類群を除いた場合にはエクスカヴァータ類には Malawimonas と Discoba 類しか含まれていません。(v) の場合には,1750 配列を除外した場合に単系統性の支持率が最大となりますが, 54% しかありません。ただし Malawimonas をバイコンタ類の根元に位置づける支持率は著しく減少します。 ちなみに分類群や配列を削った解析では,エクスカヴァータ類以外のバイコンタ類の単系統性,一次共生植物の非単系統性, リザリア類+ストラメノパイル類+アルベオラータ類の単系統性が支持されています。 -----------------------------------後方鞭毛類| |----------------------------------アメーバ動物類 | | -------Malawimonas | -------------? | | -------メタモナーダ類 ------| | | ------? -------Andalucia | | | -------| | | | | -------ジャコバ類 | | -------| | | | -------ヘテロロボセア類 -------| -------| | -------ユーグレナ動物 | | ---------------------一次共生植物+ハプト藻類? | | -------| --------------リザリア類 | | -------| -------ストラメノパイル類 -------| -------アルベオラータ類 進化速度が特に速い分類群や遺伝子を除外するのは合理的な作業なので,その場合にエクスカヴァータ類の単系統性が支持されるのは 正しい系統を反映しているのかもしれません。しかし今回の研究では,どのような条件で単系統性が支持されるのかを調べていて, 実際にエクスカヴァータ類が単系統かどうかの研究としては恣意的とも言えます。 むしろエクスカヴァータ類を多系統とした解析の問題点を明らかにしたことが評価されるでしょう。 Hampl, V. et al. Phylogenetic analyses support the monophyly of Excavata and resolve relationships among eukaryotic "supergroups". Proc. Natl. Acad. Sci. USA 106, 3859-3864 (2009). 過去の関連記事 |
動物基部の確かな系統群 後編(2009.06.11) 動物基部の確かな系統群 前編では動物の初期進化における 海綿動物の系統の問題を紹介しました。後編では引き続き,腔腸動物や古典的な意味での中生動物の系統にまつわる問題と, これらの系統関係から導かれる左右相称動物の起源を巡る仮説について紹介したいと思います。 刺胞動物と有櫛動物は口から肛門まで繋がった消化管を持たず,併せて腔腸動物と呼ばれてきました。 刺胞動物が海綿動物よりも左右相称動物に近いと言う仮説は現在でも有力ですが, 有櫛動物の系統的位置には定説がありません。古典的には刺胞動物の姉妹群と見られましたが, 中胚葉の存在が指摘されると,むしろ左右相称動物に近い可能性が支持されました。 しかし刺胞動物にも中胚葉に相当する組織が指摘され, 分子系統からは刺胞動物の方が左右相称動物に近いとの結果も出ているそうです(Minelli, 2009)。 より混乱を煽るように,有櫛動物と刺胞動物が姉妹群,あるいは有櫛動物が海綿よりも以前に分岐した動物, との分子系統解析も報告されています(動物系統を大量データで解析, 混迷の動物初期進化)。 中生動物と総称される動物群も,古くは原生動物と後生動物の中間と考えられてきました。 中生動物は主に菱形動物(二胚虫類)と直泳動物に分けられますが,この他にも平板動物,Salinella salva, Buddenbrockia,そして幾つかの渦鞭毛虫類(Lohmannella,Amoebophrya,Haplozoon) などが中生動物に含まれてきたそうです(古屋, 2007)。これらは多系統と考えられ,原生生物の渦鞭毛虫類を除いても, 菱形動物と直泳動物は左右相称動物に,平板動物は後生動物の初期分岐に,Buddenbrockia は刺胞動物に (刺胞動物から湧き出た蠕虫類),それぞれ離れていることがわかっています。 問題は Salinella ですが,本種は 1 種のみで一胚葉動物門(Monoblastozoa)に分類されることもありますが (Brusca & Brusca, 2003; 古屋, 2007),本種は 19 世紀の原記載以来報告がなく,実在も疑われています。 菱形動物と直泳動物については寄生性で単純な体制を持つことと,初期の分子系統が長枝誘引の影響を受けていたため, 系統的位置の特定が遅れていました。しかし発生学的な特徴や分子系統からは, 左右相称動物の中でも冠輪動物に含まれる可能性が支持されてきています(Minelli, 2009)。 しかし両者とも(特に直泳動物)多数の遺伝子に基づく系統解析は行われておらず,今後の研究が待たれます。 平板動物は極めて単純な体制を持つことから(4 種の細胞しか知られていない),最も原始的な動物とも言われます。 一見してクラゲ類のプラヌラ幼生に似ていたため,退化した刺胞動物,特にクラゲ類だと考えられたこともありましたが, 現在ではミトコンドリアゲノムの構造などに基づいて否定されています。 Minelli (2009) では有櫛動物,刺胞動物,左右相称動物の作る単系統群の姉妹群と考えられており, ゲノム情報に基づく系統樹からも支持される有力な仮説となっています (ゲノム解読で深まる平板動物の謎)。 ただし平板動物は後生動物の中でも最も遺伝子数の多いミトコンドリアゲノムを持つことなどから, 海綿動物よりも早く,後生動物の根元で分岐した可能性も考えられています。 なお最近になって,平板動物,海綿動物,腔腸動物が単系統群を形成し, 左右相称動物の姉妹群になるという仮説が提唱されています(混迷の動物初期進化)。 この仮説については検証が待たれますが,発生学的な証拠などが乏しいようです。 系統解析の混乱には,まだ十分な分子情報が調べられた動物群が限られていることが背景にあります。 有櫛動物のゲノム情報やさらに多くの種の海綿動物,刺胞動物のゲノム情報が追加されれば, 系統仮説が絞り込まれてくると期待されます。また発生学の見直しもより重要かもしれません。
Brusca, R. C. & Brusca, G. J. Invertebrates, 2nd Edn. (Sinauer, Sunderland, 2003). 古屋秀隆 in シリーズ 21 世紀の動物科学 2: 動物の多様性 (片倉晴雄 および 馬渡峻輔 編) 11-36 (培風館, 東京, 2007). Minelli, A. Perspectives in Animal Phylogeny and Evolution (Oxford University Press, Oxford, 2009). 過去の関連記事 |
第 2 の色素体になる過程(2009.05.29)(→藻類学) |
身近な田沼の新属藻類(2009.04.13)(→藻類学) |
動物基部の確かな系統群 前編(2009.04.09) 後生動物の根元付近の系統樹は現在非常に流動的で,古典的な進化仮説が揺らいでいます。 しかも古典的な分類群の単系統性が否定された結果,確かに単系統と言える分類群がいくつあるのかすら, 一部の専門家にしか理解できなくなっています。そこで混乱の背景を整理するために, この記事では基盤的な動物を一度単系統群にまで細分し,相互の系統関係に関する仮説を紹介したいと思います。 まず前編では海綿動物の系統について議論します。 海綿動物の現在最も包括的なモノグラフである "Systema Porifera" では海綿動物門を普通海綿綱 (尋常海綿:Demospongiae),石灰海綿綱(Calcarea),六放海綿綱(Hexactinellida)の 3 綱に分類しています (Hooper et al., 2002)。各綱は骨片の特徴で大きく異なり,普通海綿と六放海綿は珪質の骨片を, 石灰海綿は炭酸カルシウムの骨片を持ちます(六放海綿はガラス状の外観を持つためガラス海綿とも呼ばれる)。 それぞれの単系統性は Borchiellini et al. (2001) による 18S rDNA の系統解析で支持されていますが, 同じ研究で海綿動物が側系統群となることが指摘されています。 しかしこの研究では六放海綿が 2 種しか含まれておらず,また普通海綿綱に分類される同骨海綿目 (Homosclerophorida;しばしば同骨海綿亜綱 Homoscleromorpha とされる;Hooper et al., 2002) という重要な分類群が含まれていませんでした(以下,普通海綿は同骨海綿以外のものを指す)。 同骨海綿は他の海綿とは異なり,真の上皮組織や精子の先体構造を持つ点で刺胞動物,有櫛動物, 左右相称動物(合わせて Epitheliozoa と呼ばれる)の系統に近い可能性が議論されています。 ミトコンドリアゲノムの研究からは同骨海綿と普通海綿の類縁性が支持されましたが, ミトコンドリアゲノムは進化速度のばらつきが大きく,解析された種数が少ないなど問題もありました (海綿のミトコンドリアゲノム追加)。 最近になって Sperling et al. (2007) は 7 タンパク質を用いた系統解析により, 後生動物の中で最初に普通海綿が,次いで石灰海綿,そして同骨海綿と Epitheliozoa が分岐することを示しました。 すなわち同骨海綿と普通海綿を区別する重要性を再確認しています。 六放海綿については深海性の種が多いことから分子系統の研究が遅れていましたが, 昨年になって Dohrmann et al. (2008) が多数の六放海綿のリボソーム RNA 3 遺伝子の配列を解析しました。 この研究では六放海綿の単系統性,普通海綿と六放海綿の類縁性, 同骨海綿と普通海綿が系統的に離れることなどが示されています。 現在議論されている海綿動物の主要な系統仮説は Minelli (2009) や Brocks & Butterfield (2009) でよく整理されています。海綿動物を単系統と見るか側系統と見るかが最大の論点で, 側系統とする仮説では普通海綿よりも石灰海綿の方が Epitheliozoa に近いとされます。 六放海綿の系統的位置は普通海綿の姉妹群(合わせて Silicea と呼ばれる)との説が有力ですが, 普通海綿より基部,または普通海綿と石灰海綿の間で分岐したとの仮説も消滅していないようです。 同骨海綿についても普通海綿とまとめられる可能性と Epithelia の姉妹群となる可能性などが対立しています。
このように海綿動物の系統を巡っては議論が錯綜していますが,海綿動物の単系統性に疑問があることが問題です。 後生動物の基部の進化系統を議論するのであれば,全ての系統を含めて解析すべきですが, 最近の系統解析でも六放海綿と石灰海綿(動物系統を大量データで解析), 普通海綿以外の海綿(ゲノム解読で深まる平板動物の謎), あるいは同骨海綿(混迷の動物初期進化)がそれぞれ含まれていませんでした。 今後は海綿の 4 系統(普通海綿,六放海綿,石灰海綿,同骨海綿)を全て含んだ大規模データの系統解析により, 海綿と他の後生動物の関係を明らかにすることが望まれます。 Borchiellini, C. et al. Sponge paraphyly and the origin of Metazoa. J. Evol. Biol. 14, 171-179 (2001). Brocks, J. J. & Butterfield, N. J. Early animals out in the cold. Nature 457, 672-673 (2009). Dohrmann, M., Janussen, D., Reitner, J., Collins, A. G. & Wörheide, G. Phylogeny and evolution of glass sponges (Porifera, Hexactinellida). Syst. Biol. 57, 388-405 (2008). Hooper, J. N. A. & Van Soest, R. W. M. eds. Systema Porifera: A Guide to the Classification of Sponges (Kluwer Academic, New York, 2002). Minelli, A. Perspectives in Animal Phylogeny and Evolution (Oxford University Press, Oxford, 2009). Sperling, E. A., Pisani, D. & Peterson, K. J. in The Rise and Fall of the Ediacaran Biota (eds. Vickers-Rich, P. & Komarower, P.) 355-368 (The Geological Society, London, 2007). 過去の関連記事 |
鞭毛進化の鍵を握るアメーバ(2009.04.07) 真核生物はしばしばユニコンタ類(unikonts;アメーバ動物類,襟鞭毛動物類,菌類,動物類) とバイコンタ類(bikonts;植物類や藻類,多くの原生動物など)に分けられますが, 所属不明の原生動物も少なからず知られています。 Breviata anathema という鞭毛アメーバもそんな所属不明の真核生物とされていましたが,Minge et al. (2009) は 78 の遺伝子配列の系統解析を行い,本種がアメーバ動物の一員であることを明らかにしました。 B. anathema はもともと Mastigamoeba invertens と誤同定されていた株に基づいています。 本種は Mastigamoeba の別種を含む他のアメーバ類とは系統的に離れていたことから Cavalier-Smith et al. (2004) によって新綱ブレヴィアータ綱(Breviatea)新目ブレヴィアータ目(Breviatida) に移されました。さらに Walker et al. (2006) によって誤同定が明らかにされ,綱名目名に基づいて新属新種 Breviata anathema とされました。 この研究により,本種は系統的位置不明の真核生物として注目されるようになりました (謎の鞭毛アメーバは新種だった)。 本種はまた明確なミトコンドリアを持たず,ミトコンドリア獲得以前の真核生物の生き残りの可能性すら考えられました。 そこで著者らは本種の cDNA ライブラリを作成し,4000 クローン以上の中から系統解析に使える 78 遺伝子を選択, 系統解析を行いました。 系統解析の結果,本種は強い支持率でアメーバ動物類と単系統群を形成しました。 特に進化速度の速い座位を除いた解析では,Breviata がミトコンドリアを持たない他のアメーバ動物類 (アーケアメーバ類)と近縁になったそうです。この系統関係が正しければ,Breviata とアーケアメーバは, 共通の祖先でミトコンドリアを喪失した仲間と考えられます。著者らはさらにミトコンドリア由来の遺伝子として cpn60 と tim17 の 2 遺伝子を報告しています。 Breviata にはミトコンドリアの痕跡のような微細構造も報告されていたため,これが裏付けられた形になります。 逆に言えば Breviata がミトコンドリア獲得以前の生物という可能性は否定されたことになります。 Breviata にまつわるもう一つの関心は,その鞭毛の数です。 真核生物をユニコンタ類とバイコンタ類に大別する考えが近年流行しており,前者は祖先的に単一の鞭毛を, 後者は祖先的に 2 本の鞭毛を持っていたとされています。そしてバイコンタ類のより明確な特徴として, 鞭毛の基底小体の世代交代が知られています。 2 本鞭毛の種類では 2 つの基底小体のうち後方のものが細胞分裂前の親細胞から引き継がれたもので, 前方の基底小体は娘細胞で新規に形成されたものと決まっています(下図)。
アメーバ動物類はユニコンタ類とされ,祖先的に 1 本の鞭毛を持つと考えられていましたが, 今回の一部の系統樹では 2 本の鞭毛を持つ Breviata がアメーバ動物類の基部に来たことから, アメーバ動物類が祖先的に 2 鞭毛性だった可能性も改めて議論されています(Roger & Simpson, 2009)。 実際には Breviata の基底小体がバイコンタ類と同様の世代交代を行っているのかは不明で, バイコンタ類とは独立に 2 鞭毛性を獲得した可能性もありますが,祖先的な真核生物の鞭毛構造を理解するために Breviata の研究はこれから注目されることでしょう。 なお,しばしば真核生物の根がユニコンタ類とバイコンタ類の間にあることが前提にされますが, ユニコンタ類の単系統性の証拠と言われているものは既に否定されていたり (アメーバの系統的位置は再び藪の中へ),証拠としては不十分であるなど (ミオシンの構造が真核生物の進化を示す?)問題があります。 アメーバ動物類が真核生物の基部で分岐した可能性やアメーバ動物類とバイコンタ類が姉妹群となる可能性もあり, 真核生物の起源にまつわる研究を調べる際にはこの点にも留意する必要があります。 Minge, M. A. et al. Evolutionary position of breviate amoebae and the primary eukaryote divergence. Proc. R. Soc. B 276, 597-604 (2009). Cavalier-Smith, T., Chao, E. E.-Y. & Oates, B. Molecular phylogeny of Amoebozoa and the evolutionary significance of the unikont Phalansterium. Eur. J. Protistol. 40, 21-48 (2004). Roger, A. J. & Simpson, A. G. B. Evolution: Revisiting the root of the eukaryote tree. Curr. Biol. 19, R165-R167 (2009). Walker, G., Dacks, J. B. & Embley, T. M. Ultrastructural description of Brebiata anathema n. gen., n. sp., the organism previously studied as "Mastigamoeba invertans". J. Eukaryot. Microbiol. 53, 65-78 (2006). 過去の関連記事 |
別種にまぎれていたアノマロカリス(2009.04.03)(→古生物学) |
混迷の動物初期進化(2009.04.01) 後生動物の初期進化を巡る定説では,動物の中で海綿類が最初に分岐し, 次いで腔腸動物が枝分かれして後に左右相称動物が出現したとされています。 しかし Schierwater et al. (2009) は Diploblasta(二胚葉動物)と総称された左右相称動物(=三胚葉動物) 以外の動物が単系統群を形作るとの結合系統解析を元に,定説とは異なる動物の進化仮説を提示しています。 動物の初期進化をめぐる研究では海綿類やクラゲの仲間(刺胞動物)など,よく知られた動物が用いられてきました。 しかし最近になってクシクラゲの仲間(有櫛動物)やセンモウヒラムシ(Trichoplax adhaerens;平板動物) などの小さな群の重要性が理解され始め,センモウヒラムシのゲノム解読や (ゲノム解読で深まる平板動物の謎), 有櫛動物の EST 情報を用いた系統解析が進められています(動物系統を大量データで解析)。 著者らは後生動物を左右相称動物,刺胞動物,有櫛動物,海綿動物,平板動物の 5 群にまとめ, その間の系統関係として有力な 6 候補を挙げています(下図)。著者らはこれらの系統関係のいずれが正しいのか, 形態形質,リボソーマル RNA 遺伝子,分子形態,核コードタンパク質の情報を合わせた 17,669 形質を用いて系統解析を行いました。
得られた系統樹では定説に反して左右相称動物以外の動物(二胚葉動物)が単系統となっています (図右下段)。平板動物は二胚葉動物の最初の分岐となり,次いで海綿と腔腸動物が分岐しています。 これまでにもミトコンドリアゲノムの系統解析でしばしば二胚葉動物は単系統となるため (左右相称動物の配列異常が原因か?;遺伝子いっぱい平板動物のミトコンドリア, 海綿のミトコンドリアゲノム追加),今回もミトコンドリア配列の影響が疑われましたが, データ区分ごとの解析からは核遺伝子の情報も樹形を大筋で(二胚葉動物の単系統性も) 支持していることが示されました。 この系統樹に基づき,著者らは平板動物様の生物が後生動物の原型だったとするプラクラ(placula) 仮説を引き合いに出しています。プラクラ仮説では腹側で捕食を行う平板動物のような生物が動物の祖先で, これが腹部を陥入させて腸を形成し,腔腸動物のような動物へと進化したと考えます。 この場合,平板動物の腹部は刺胞動物の腔腸に対応しますが,実際に著者らは Hox/ParaHox 様遺伝子の Trox-2 が平板動物の背腹の境界で発現し,相同遺伝子と見られる Cnox-1 と Cnox-3 が刺胞動物の外胚葉と内胚葉の境界,すなわち体表と腸の境界で発現していることを指摘しています (下図。なお海綿は Hox/ParaHox 様遺伝子を持たない模様)。 また左右相称動物の祖先は海綿や腔腸動物とは独立に前後軸を獲得したことになりますが, この点では著者らはあまり説得力のある議論を展開できていないようです。
著者らの研究は,これまでになく多様で大量のデータを幅広い系統について十分な種数で解析したものとして重要です。 しかし左右相称動物と腔腸動物は筋肉や神経系,左右相称性 (密かに準備された左右相称性)などの重要な特徴を共有しており, 両者が系統的に離れていることは容易には信じられません。現生の後生動物の祖先が刺胞動物程度に複雑な体制を持ち, 平板動物や海綿動物が退化した体制を持っているという説明も考えられますが,これはプラクラ仮説とは相容れません。 そこで改めて系統樹を見直してみると,後生動物に近縁な外群は襟鞭毛虫と真菌類のみで(他は大きく離れた系統), 外群が不十分です。さらに最尤法のブートストラップ値では二胚葉動物内部の系統関係は解けておらず, 適切な外群が解析されれば全く異なる系統樹が得られる可能性もあり,研究の行方を注意して見守りたいところです。 Schierwater, B. et al. Concatenated analysis sheds light on early metazoan evolution and fuels a modern "urmetazoon" hypothesis. PLoS Biol. 7, 36-44 (2009). Blackstone, N. W. A new look at some old animals. PLoS Biol. 7, 29-31 (2009). 過去の関連記事 |
ミドリムシの緑の源(2009.03.02)(→藻類学) |
酵素から見える好気呼吸の起源(2009.02.24) 生物,特に原核生物は極めて多様な代謝系をもっていますが,各代謝系がいつ, どの系統で出現したのかについては一部でしか明らかになっていません。Brochier-Armanet et al. (2009) は好気呼吸の起源を明らかにするために,多起源と考えられる dioxygen reductase(酸素分子を還元する酵素) の系統関係と系統分布を見直し,好気呼吸が古細菌と真正細菌の共通祖先において既に出現していたと推測しています。 細胞における呼吸という現象は,膜に結合した電子伝達系を介して電子を最終電子受容体に移動させることです。 酸素分子を最終電子受容体に用いる,すなわち酸素分子を還元するのが好気呼吸となります。 この酸素分子を還元する反応を触媒するのが膜タンパク質の dioxygen reductase(O2Red)です。 O2Red は大きくチトクローム bd(Cyt-bd)とヘム-鉄スーパーファミリーに分けられ, 後者は A,B,C の 3 つのファミリーからなります。特に A-O2Red は真正細菌や古細菌, ミトコンドリアに幅広く知られ,最もよく研究されています。また同じタンパク質スーパーファミリーには D,E,F,G,H のファミリーも報告されていますが,著者らはこれらが特殊化した B-O2Red であると推定しています。 好気呼吸の起源にはいずれかの O2Red の出現が関わっていると考えられますが, この遺伝子は様々な原核生物に知られており,その起源は単純には探れませんでした。 そこで著者らは 2008 年 4 月時点で公開されている 673 の原核生物の全ゲノム情報(真正細菌 13 門と古細菌 3 門) を探索し,各 O2Red の詳細な系統分布をからその起源を特定しようと試みました。 まず Cyt-bd はほとんどの真正細菌の門と一部の古細菌で認められました。しかし個々の門についてみると, 祖先的に Cyt-bd を持っていたのは放線菌門と PVC グループ(プランクトミセス目,ヴェルコミクロビウム門, クラミジア目)の 2 群のみで,他のグループは水平遺伝子移動により Cyt-bd を獲得したと考えられました。 なお真正細菌内での Cyt-bd の起源は不明です。 A-O2Red は真正細菌および古細菌のほぼ全ての門に見つかり, さらにその内の大部分の門で祖先的に A-O2Red が存在したものと推定されました。 古細菌ではユリアーケオタ門の祖先が A-O2Red を持っていたのか定かではありませんが, クレンアーケオタ門やタウモアーケオタ門では祖先的に持っていたようなので,古細菌の祖先も持っていた可能性が高く, 著者らは古細菌と真正細菌の共通祖先も A-O2Red を持っていたと推測しています。 B-O2Red については様々な原核生物の門に散見されるものの, 祖先的に持っていたのはクレンアーケオタ門のみで,ここから真正細菌へと水平遺伝子移動したものと考えられました。 C-O2Red についても系統的分布は限られており,真正細菌でのみ見つかり,その起源はプロテオバクテリア門で, ここから水平遺伝子移動で他の真正細菌に移ったと見られます。 好気呼吸のための酸素分子はシアノバクテリアの出現によって大気中に蓄積したと考えられています。 従って A-O2Red のような好気呼吸のための酵素がシアノバクテリアよりも遙か前に出現していたのは驚きです。 A-O2Red が他の分子の還元に働いていた可能性や(著者らは NO の可能性も議論しているが,否定的), 酸素分子も含めた複数種の分子の還元に働いていた可能性, そして最初期の生命に酸素分子を供給した未知の酸素発生源があった可能性などを検討する必要があるでしょう。 特に原始地球における酸素分子の発生源は地質学的に興味深い問題です。 今回の解析のような綿密な系統推定と水平遺伝子移動の検証は祖先的な代謝系の推定に有効な方法のようです。 しかしゲノムが解読された生物は生物の多様性から比べるとまだごく一部であり, さらに多くの微生物のゲノムが解読され,正確な推定が進められる必要があるでしょう。 Brochier-Armanet, C., Talla, E. & Gribaldo, S. The multiple evolutionary histories of dioxygen reductases: Implications for the origin and evolution of aerobic respiration. Mol. Biol. Evol. 26, 285-297 (2009). |
デボン紀のアノマロカリスみたいな何か(2009.02.19)(→古生物学) |
最古の海綿の残滓(2009.02.13)(→古生物学) |
小さな小さな新属藻類(2009.02.12)(→藻類学) |
羽に見えない羽毛の原型(2009.02.09)(→古生物学) |
ショウジョウバエの名は誰のもの(2009.02.04) ショウジョウバエと言えば,多くの生物学者はキイロショウジョウバエ (Drosophila melanogaster)を思い浮かべるはずです。D. melanogaster は遺伝学的な研究を通じて分子生物学の発展に大きく寄与し,ゲノムの解読も完了しました。 ところが最近,キイロショウジョウバエがショウジョウバエ属(Drosophila)に属さない可能性が指摘され, その学名の扱いが議論されているそうです(Dalton, 2009)。 ショウジョウバエ属は 1823 年に記載され,現在では 2000 種以上が記載されているとも言われます。 このような巨大な属はキイロショウジョウバエの分子生物学における重要性とは別に, 分類学的にも重要な見直しの対象となります。そこでショウジョウバエ属の分子系統解析などの研究が進められてきましたが, この中で大きな問題が浮上してきました。まず容易に予想できたこととして, ショウジョウバエ属が多系統群(互いに近縁でない系統からなる群)であることが示されました。 現在,主流の分類学においては,全ての分類群は単系統群へと分割/統合されるべきだと考えられています。 ショウジョウバエ属についてはおそらく複数の単系統属へと分割していくべきだと考えられます。 ある属を分割/統合する場合に,どの生物(群)がどの属名を保持するのかは, 国際動物命名規約(現行は第 4 版)のもとで,タイプと先取権に基づいて決められます。 例えばある属が 2 属に分割される場合,元の属名はタイプ種を含んだ属に残されることになります。 一方で 2 属が 1 つの属に統合される場合,原則として先に記載された方の(先取権を持つ)属名が統合後の属名になります。 ショウジョウバエ属の場合,タイプ種は D. funebris と呼ばれる 1787 年に記載された種で, 属が分割されるときには D. funebris を含む属が Drosophila との属名を保持することになります。 キイロショウジョウバエの場合,分子系統からは D. funebris とは異なる系統に属し, Sophophora melanogaster として別属に移される可能性が議論されているそうです。 しかしキイロショウジョウバエが多方面で利用されていることを踏まえると, 学名の変更は甚大な影響をもたらすおそれがあります。そこで Kim van der Linde を初めとする一部の研究者らは, キイロショウジョウバエの学名を D. melanogaster のまま維持するため,ショウジョウバエ属のタイプを D. funebris から D. melanogaster に変更することを提案しています。 このような変更は原則としては許されませんが,動物命名法国際審議会にはその権限があるため, Kim van der Linde らはこの提案を審議会に提出しました (http://tinyurl.com/999mep)。 この提案を巡っては当然ながら意見の対立が起こっています。そもそも命名法の安定性などの目的からは, 安易に Drosophila のタイプを変更するべきでないことや,ショウジョウバエ属のモデル生物は キイロショウジョウバエだけではないため,これだけを特別扱いするのは不適切であるなどの意見もありますが, 一方で教育上や実用上の有益性を重視し,また今回の提案を採択した場合の悪影響が一部の分類学に限定されるとして, D. melanogaster の学名を維持する主張もあります。審議会の結論が出るにはまだ数年かかると見られていますが, いずれにしてもショウジョウバエ属の分類には大きな影響が出るはずです。 筆者としてはいずれの結果が出ても,その結果が明確であれば構わないと思いますが, やはり先取権の原則を堅持するのが望ましいでしょう。 一見すると重大ごとに聞こえる教科書の書き換えの方がおそらく容易であり(教科書の内容の修正はありふれたことです), それを無理に回避する方が混乱を拡大するような気がします。 同様の議論は今後しばらくの間,動物分類学者の間で進められると思われますので, ショウジョウバエを扱っている研究者は念頭に置いておくといいでしょう。 Dalton, R. A fly by any other name. Nature 457, 368 (2009). |
網の目を行くアメーバの進化(2009.01.30) ラビリンチュラ類は海産の原生動物の一群で,アメーバ状の細胞を形成することと細胞外に外質網 (ectoplasmic network)を形成して消化酵素を分泌し,吸収栄養を行うことが特徴です。 外質網は細胞の付着や細胞外消化に用いられ,種によっては外質網の内部を通路として滑走運動するものも存在します。 Tsui et al. (2009) はラビリンチュラ類の系統解析を進め,その系統的位置と進化について議論しています。 ラビリンチュラ類(ラビリンチュラ門ラビリンチュラ綱ラビリンチュラ目)は滑走運動を行うラビリンチュラ科 (Labyrinthulaceae)と栄養細胞が不動性のヤブレツボカビ科(Thraustochytriaceae)に分けられます。 またラビリンチュラ類はストラメノパイル類に所属し,もしクロモアルベオラータ仮説 (渦鞭毛藻三次共生起源説など参照)が正しければ, 過去に色素体を持っていた可能性もあります。そこで滑走性/不動性栄養細胞の進化や色素体の喪失の真偽を巡って, ラビリンチュラ類の系統的位置や内部の系統関係を明らかにすることが望まれています。 著者らは 4 遺伝子を用いた系統解析によりこれらの問題に迫りました。 系統解析の結果,ラビリンチュラ類はストラメノパイル類の中で単系統群を作り, Bicosoeca という鞭毛虫と姉妹群になることが示されました。両者はストラメノパイル類の中で最初に分岐し, 次いで卵菌類と光合成性のオクロ植物類が分岐しています。ただし検定の結果からは, ラビリンチュラ類がストラメノパイル類の中で最初に分岐した可能性も棄却されないようです。 ストラメノパイル類が祖先的に色素体を持っていたとすると,系統樹上では色素体の喪失が 2 回独立に, 仮にもう一つの樹形が正しかったとすると 3 回独立に起こったことになります。 一応,Labyrinthula の 1 種で色素体の痕跡とも言われる眼点構造が報告されているそうですが, 色素体ゲノムなど遺伝的な証拠は得られていません。 -------ラビリンチュラ類(色素体なし。眼点?)-------| | -------ビコソエカ類(色素体なし) ------| | -------卵菌類(色素体なし。ゲノムに藻類遺伝子?) -------| -------オクロ植物門(色素体あり) ラビリンチュラ類の内部では大きく 2 つの系統群が認められました。片方にはヤブレツボカビ科のメンバーのみを含まれ, もう一方の系統にはラビリンチュラ科とヤブレツボカビ科の Oblongichytrium が含まれました。 ヤブレツボカビ科はラビリンチュラ科に対して側系統になり, 外質網の内部を滑走する能力はラビリンチュラ科の共有派生形質と推定されました。 ラビリンチュラ類の祖先はビコソエカ類のように捕食栄養性だったと思われ, 一部の種では一時的なアメーバ期に細菌を捕食消化できるものもいるそうです。 このような祖先が基質への付着と細胞外消化の場として外質網を獲得し, さらにラビリンチュラ科の祖先にて外質網が滑走の足場として利用されるようになったと考えられます。 --------------ヤブレツボカビ科 1(ヤブレツボカビ,Aurantiochytrium,Schizochytrium,| Japonochytrium,Parietichytrium) ------| | -------ヤブレツボカビ科 2(Oblongichytrium) -------| -------ラビリンチュラ科(Labyrinthula,Aplanochytrium) 今回ラビリンチュラ類とビコソエカ類の姉妹群関係が支持されたことは,これらを併せたビギラ門(Bigyra) と言う分類群を支持しています(ただしビギラ門のオパリナ類や無殻太陽虫類が解析に含まれていない)。 またクロモアルベオラータ仮説の下では,今回の系統樹上で色素体が 2 回失われたと推定されましたが, 実際にはビギラ門の単系統性が未検証であり,また Developeyella やサカゲツボカビ類などの 非光合成ストラメノパイル類(卵菌類と近縁な可能性あり)も含まれていません。 得られる系統樹によっては色素体の喪失を 4-5 回も仮定する必要が出てくるかも知れず, クロモアルベオラータ仮説自体が破綻する可能性もあるでしょう。 多遺伝子解析の手法も様々な原生生物で行われるようになってきており, 今後はより解像度の高い系統樹が様々な原生動物で発表され, クロモアルベオラータ仮説の真偽にも決着がつくかも知れません。 Tsui, C. K. M. et al. Labyrinthulomycetes phylogeny and its implications for the evolutionary loss of chloroplasts and gain of ectoplasmic gliding. Mol. Phylogenet. Evol. 50, 129-140 (2009). 過去の関連記事 |
続報:足跡を残す巨大原生動物(2009.01.28)(→古生物学) |
似非繊毛虫の正しい所属(2009.01.27) Stephanopogon(シュードキリアチダ目: Pseudociliatida)は繊毛虫とよく似た原生動物で, 系統的位置が謎のままになっていました。 Yubuki & Leander (2008) は微細構造と分子系統の両面から,Stephanopogon がエクスカヴァータ類の中の, ヘテロロボセア類に含まれることを示しています。また前後して Yoon et al. (2008) や Cavalier-Smith & Nikolaev (2008) も Stephanopogon を含めた分子系統解析から同様の結果を示しています。 繊毛虫は無数の繊毛(鞭毛)に覆われ,大核と小核と呼ばれる異型の 2 核を持つ捕食性の原生動物です。 Stephanopogon はやはり縦に並んだ繊毛を持ちますが,同型の 2 核を持つ点で繊毛虫とは区別されます。 古くは Stephanopogon が繊毛虫の祖先的な系統と考えられたこともありましたが, 後に微細構造の研究からユーグレナ動物類(エクスカヴァータ類)との類似が指摘され, さらにヘテロロボセア類(エクスカヴァータ類)やアメーバ鞭毛虫類(リザリア類)との類縁も提唱されてきました。 Yubuki et al. (2008) はこの問題を解決するため,カナダの沿岸で採集された Stephanopogon minuta の微細構造と分子系統を調べました。
Stephanopogon は種によって前端の突起(barb)の数や鞭毛の列の数が異なっています。 S. minuta では突起が 3 個,鞭毛の列が 8 本で,30 μm 程度のサイズで, 細胞の前方に捕食用の細胞口が開いています。微細構造の特徴としては,典型的なゴルジ体を持たず, ミトコンドリアのクリステが円盤状であるというヘテロロボセア類の特徴を有していました。 SSU rRNA 遺伝子の系統解析からも S. minuta はヘテロロボセア類に属することが裏付けられました。 中でも Percolomonas と呼ばれる 4 鞭毛性の原生生物と近縁で,しかも Percolomonas cosmopolitus の 2 配列の内一方に特に近縁となりました。これをそのまま解釈すると,Stephanopogon が P. cosmopolitus の生活環の一部であるか,P. cosmopolitus からごく最近派生したことになるでしょう。 ただし Percolomonas も Stephanopogon も SSU rRNA 遺伝子の進化速度が速く, 正しい系統解析が行えていない可能性も否定できません。Cavalier-Smith & Nikolaev (2008) による別の研究でも Stephanopogon minuta と思しき別株の SSU rRNA 遺伝子の系統解析が行われており,こちらの研究では 2 株の P. cosmopolitus は単系統で,Stephanopogon はその姉妹群となる可能性も示唆されています。 なお,Yoon et al. (2008) は Stephanopogon apogon と呼ばれる別種の配列も解読しており, Cavalier-Smith & Nikolaev (2008) の解析では S. minuta らしき株と近縁であることが示されています。 Stephanopogon の配列はほぼ同時に 3 株が独立に解読されたため,3 株全てを含めた解析はなされていませんが, いずれの研究もこの属がヘテロロボセア類に属することを示しています。 これは同時に繊毛の列と多核性が繊毛虫とは独立に進化したことも意味しています。Cavalier-Smith & Nikolaev (2008) は P. cosmopolitus が 10 μm もないことを踏まえて, Stephanopogon の多数の繊毛は細胞の大型化に伴って進化したものと議論しています。 原生生物の中には系統的位置が明らかでないものが多数知られています。中には原記載以来再発見されていないような, 実在すら怪しいものもありますが,繰り返し見つかっている種類にも系統解析がまだ行われていないものは残されています。 Stephanopogon については 3 つのグループが前後して解析する事態になりましたが, 他の未解析の原生生物の系統解析もまだまだ行われていくことでしょう。 Yubuki, N. & Leander, B. S. Ultrastructure and molecular phylogeny of Stephanopogon minuta: An enigmatic microeukaryote from marine interstitial environments. Eur. J. Microbiol. 44, 241-253 (2008). Cavalier-Smith, T. & Nikolaev, S. The zooflagellates Stephanopogon and Percolomonas are a clade (class Percolatea: phylum Percolozoa). J. Eukaryot. Microbiol. 55, 501-509 (2008). Yoon, H. S. et al. Broadly sampled multigene trees of eukaryotes. BMC Evol. Biol. 8 14 (2008). |
発芽の様子がオオヒゲマワリの分類を助ける?(2009.01.23)(→藻類学) |
真核生物は一種の古細菌(2009.01.21) 真核生物と古細菌が互いに近縁だとする説は,分子系統解析から得られた最も重要な発見の一つです。 しかし真核生物と古細菌が互いに姉妹群関係にあるのか,それとも真核生物が古細菌の中から派生したのかは 未だに解明されていない疑問です。Cox et al. (2008) はこれまでに累積されたゲノム情報を元に 改めて系統解析を行い,真核生物が古細菌の中でも特にクレンアーケオタ門に近縁であることを示しています。 古細菌が単系統になるのか,それともクレンアーケオタ門(エオサイト類)が真核生物と特に近縁なのかは 1980 年代より議論されてきました。近年は古細菌を古細菌ドメイン(domain Archaea)として扱う分類が定着していますが, エオサイト仮説を否定する決定的な証拠が得られているわけではありませんでした。 真核生物の系統的位置が絞り込めなかったのは,真核生物の基部において遺伝子の進化速度が極端に速くなっていて, 正確な系統解析が行えなかったためとも見られています。そこで著者らは系統ごとの塩基,アミノ酸組成のばらつきや, 枝ごとに進化速度が異なることを考慮した進化モデルを取り入れ,より正確な系統推定を目指しました。 解析には大小のリボソーム RNA 配列と多数のタンパク質配列が用いられました。 リボソーム配列ではやはり GC 含量が系統ごとに異なっており,これを考慮したモデルではエオサイト仮説が支持され, 逆に塩基組成を均質と仮定する従来のモデルでは古細菌の単系統性が支持されたそうです。 また 3 ドメイン全てに存在する 51 タンパク質の個別の解析では微妙に矛盾する結果が得られています。 具体的には RNA ポリメラーゼ I の最大のサブユニットの配列が例外的に古細菌の単系統性を強く支持し, 他の多くのタンパク質では古細菌の側系統性が弱く支持されました。 しかし 45 タンパク質の結合解析では,エオサイト仮説が強く支持されたそうです。 一方で,やはり多数のタンパク質で個別の系統解析を行った別の研究では, エオサイト仮説を支持するタンパク質よりも古細菌の単系統性を支持するタンパク質の方が目立って多かったとされています (Yutin et al., 2008)。Cox et al. (2008) は Yutin et al. (2008) がアミノ酸組成の均質を仮定した単純なモデルを用いた点と,結合系統解析を行っていない点を指摘していますが, Yutin et al. (2008) は挿入欠失に着目しても,より多数のタンパク質が古細菌の単系統性を支持するとしています (古細菌の単系統性を支持する挿入が 4,エオサイト仮説が 1,ユリアーケオタ門と真核生物の類縁を支持する挿入が 1)。 ただ指摘された挿入欠失の多くは 1-2 アミノ酸で,エオサイト仮説を支持する伸長因子 1α の 11 アミノ酸の挿入 (Baldauf et al., 1996; なぜか Yutin et al., 2008 は挙げていない)に比べると証拠能力が弱いでしょう。 唯一,L-アスパラギナーセ / 古細菌型 Glu-tRNA Gln アミドトランスフェラーゼ サブユニット D に見つかった 7 アミノ酸の挿入が古細菌の単系統性を明確に支持していますが,この遺伝子が水平遺伝子移動していないかどうか, より詳細な検証が望まれます。 Cox et al. (2008) と Yutin et al. (2008) の結果を見る限り, 少なくとも古細菌が単系統であるかエオサイト仮説のいずれかが正しいようです。 特に Cox et al. (2008) はエオサイト仮説に改めて注目を集める研究となるでしょう(Archibald, 2008)。 最近ゲノムが解読されたタウモアーケオタ門やコルアーケア類と真核生物の関係などは今回検討されておらず, 早急に再解析を行う必要があります(海を統べる古細菌のゲノム, 深窓の古細菌にゲノムのメスを)。 これらの基盤的な古細菌の情報は今後さらに蓄積すると期待されるため, 真核生物の起源についても遠からずより精密な議論ができると期待したいところです。 Cox, C. J., Foster, P. G., Hirt, R. P., Harris, S. R. & Embley, T. M. The archaebacterial origin of eukaryotes. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 105, 20356-20361 (2008). Yutin, N., Makarova, K. S., Mekhedov, S. L., Wolf, Y. I. & Koonin, E. V. The deep archaeal roots in eukaryotes. Mol. Biol. Evol. 25, 1619-1630 (2008). Baldauf, S. L., Palmer, J. D. & Doolittle, W. F. The root of the universal tree and the origin of eukaryotes based on elongation factor phylogeny. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 93, 7749-7754 (1996). 解説記事: 過去の関連記事 |
生命は水の中で産まれ,湯の中で育った(2009.01.16) 地球生命の誕生した温度環境を明らかにするために,これまで様々な研究が行われ, 生物は好熱菌由来とも中温性菌由来とも言われてきました。 ところが Boussau et al. (2008) は最新の進化モデルを用いて,真正細菌や古細菌それぞれの最後の共通祖先と, 全生物の最後の共通祖先(LUCA: last universal common ancestor)が異なる温度環境に適応しており, 非超好熱性の LUCA から一度好熱性の生物を経て 3 ドメインが分化したという仮説を提唱しています。 LUCA の生息温度を推測する研究では,例えば好熱菌の系統樹上の分布や LUCA のゲノムの推定 GC 含量, 祖先的な配列を持ったタンパク質の熱安定性などが調べられてきました。 最近では真正細菌の祖先タンパク質配列の推定とその熱安定性の測定から,真正細菌の最後の共通祖先が好熱性 (至適生育温度が 50-80℃)だったと推定されました(生命の樹の根は熱かった)。 しかし高温下での生物の誕生を疑問視する見解もあり,氷上で生物が誕生したとする説すらあります (生命は氷の上で生まれた?)。そこで著者らは LUCA の形質を推定するにあたって, 枝ごとの進化速度の変化をモデル化した最尤法やベイズ法の解析を行い, 祖先的な rRNA 配列やタンパク質配列の推定を見直しました。 祖先生物の生息温度は(アミノ酸配列が原核生物とは顕著に異なる)真核生物を除く生物全体で推定され, rRNA とタンパク質のいずれからもよく似た結果が得られました。まず,今回の結果からは LUCA は超好熱性(至適温度が 80℃ 以上)ではなく,むしろ中温性(至適温度 50℃ 以下)から好熱性と推定されました。 ところが真正細菌ドメインと古細菌ドメインの最後の共通祖先は好熱性から超好熱性と,より高温を好んだと推定され, 真正細菌ドメインの内部では再度生息温度が低下して多くの現生の中温性種が出現したと推定されました。 著者らは樹形の誤差や解析に好熱性菌を含めたかどうか,モデルの誤差など幾つかの潜在的な問題を検討し, 今回の結果がこのような問題によって偏向している可能性を否定しています。 また真正細菌ドメインの中で生息温度が低下傾向にあったことは最近の別の研究とも一致します (生命の樹の根は熱かった)。さらに誕生したときには中温性〜好熱性だった生物が, 真正細菌と古細菌の系統で独立に超好熱菌に進化したという,一見奇妙な結果もこれまでの幾つかの仮説と符合します。 例えば生物が冥王代に誕生していたとして,38-40 億年前の後期重爆撃(late heavy bombardment: 最後の大規模な天体衝突のピーク)によって超好熱菌以外の生物が淘汰されたとの議論はこれまでもありました。 今回の研究は,分類群の偏りを考慮している点なども含めて, これまでの祖先配列の推定の中では最も正確を期しているように見えます。 一見矛盾するように見えた先行研究の結果を上手く説明できる点でも興味深いと言えます。 今回のデータでも rRNA とタンパク質による LUCA の推定生息温度には開きがあり, rRNA のデータでは好熱性の LUCA(約 60℃)が,タンパク質のデータでは中温性の LUCA(約 20℃)が支持されました。 一応,誤差が大きいためと説明されていますが,20℃ と 60℃ ではかなりの差であり,今後の改善が必要でしょう。 Boussau, B., Blanquart, S., Necsulea, A., Lartillot, N. & Gouy, M. Parallel adaptations to high temperatures in the Archaean eon. Nature 456, 942-945 (2008). 過去の関連記事 |
菌類の系統解析,その最難関に挑む(2009.01.13) 子嚢菌門に含まれる分裂酵母(Schizosaccharomyces)の系統 (タフリナ菌亜門シゾサッカロミセス綱シゾサッカロミセス目)は子嚢菌の中でも特に進化速度が速く, 他のタフリナ菌亜門との類縁が十分に示されていませんでした。Liu et al. (2009) は 多数の遺伝子と最新の進化モデルを取り入れて系統解析の見直しを行い, 分裂酵母が確かにタフリナ菌亜門に含まれることを示しました。 遺伝子やタンパク質の配列から生物の系統関係を探る研究は今では日常的に行われており, その解析方法も年々進歩しています。しかし分子進化の速度が特に速い生物の系統解析は未だに難しい問題です。 分裂酵母の系統もやはり解析が困難で,解析によってタフリナ菌亜門に含まれたり, サッカロミセス亜門に近縁になることもありました。サッカロミセス亜門も分子進化速度が速い一群として知られたため, 分裂酵母とサッカロミセス亜門の類縁性は長枝誘引(long branch attraction)による誤りとも指摘されていました。 まず,33 種類の子嚢菌の 113 核タンパク質を用いた系統樹では分裂酵母はタフリナ菌亜門に含まれましたが, 13 のミトコンドリアタンパク質の解析では分裂酵母とサッカロミセス亜門が姉妹群になりました。 両者が矛盾した原因としては, ミトコンドリアゲノムにおいて分裂酵母とサッカロミセス亜門の間で長枝誘引が起こっているためと推測されました。 著者らは長枝誘引を検証するため,いくつか追加の解析を行いました。 分子進化速度の速いサッカロミセス亜門を除いたミトコンドリアの解析では,分裂酵母はタフリナ菌亜門に移動しました。 さらに進化速度の速い座位を調べ,これを除いた解析を行ったところ,サッカロミセス亜門っを含んだ解析においても, 分裂酵母はタフリナ菌亜門に含まれることが裏付けられました。 -------子嚢菌門チャワンタケ亜門-------| -------| -------子嚢菌門サッカロミセス亜門 | | ------| --------------子嚢菌門タフリナ菌亜門(Schizosaccharomyces,Pneumocystis, Taphrina,Saitoella など) | ---------------------担子菌門 核データが強くタフリナ菌亜門の単系統性(分裂酵母を含むこと)を支持したことと, ミトコンドリアのデータで長枝誘引が起こっているらしいことを考え合わせると, 分裂酵母がタフリナ菌亜門に含まれることは正しい系統関係を反映していると考えてよさそうです。 この研究では長枝誘引の問題を解決するために様々な手法を用いています。 長枝誘引により系統的位置が決まっていない系統群は多数知られていますが, それぞれ今回と同様の研究を進める必要があるでしょう。 特に多数の核遺伝子のデータを多くの種で蓄積することが重要なようです。 Liu, Y. et al. Phylogenetic analyses support the monophyly of Taphrinomycotina, including Schizosaccharomyces fission yeasts. Mol. Biol. Evol. 26, 27-34 (2008). 過去の関連記事 |
クシクラゲあれこれ(2009.01.08)(→その他) |
原核生物のゲノム的種概念とは(2009.01.05) 原核生物の種を分ける方法として,水平遺伝子移動に対してどの程度の障壁があるのかを基準にする, 「ゲノム的種概念」(genomic species concept)が考えられています。Costechareyre et al. (2008) はこの概念が真核生物における生物学的種概念(生殖隔離に基づく)と同等のものなのかどうか検証しています。 「種とは何か」という問いは分類学においてしばしば登場する最も重要で困難な問題です。 動物など有性生殖を行う生物においては,有性生殖を介した遺伝子交換が起こっているかどうか, すなわち生殖隔離の有無によって種の範囲を定義する「生物学的種概念」が唱えられています。 しかし原核生物は有性生殖を行わないため,代わりに水平遺伝子移動が種の範囲を決めているとの考えが出てきました。 水平遺伝子移動が起こる際に,生物間の配列の分化が進んでいると相同組み換えは起こりにくくなります。 仮に一定程度の配列差が相同組み換えの障壁になるならば,この障壁を種の境とするのが適当です。 実際に,11-15% の違いにより「ゲノム的種」(genomic species)を定義する見解もありますが, ゲノム間での組み換えの障壁が実在するのか,そして生物学的種と対比可能なものなのかは定かではありません。 そこで著者らは研究の進んでいる Rhizobium radiobacter(=Agrobacterium tumefaciens) のゲノム的種の間で,相同組み換えの頻度を詳細に調べました。 実験では 10 のゲノム的種について,植物への感染に必要なため全ての野生株が持っているものの,培養かでは必須でない chvA 遺伝子が調べられました。これらのゲノム的種は AFLP(増幅断片長多型)で認められた差異を基準にしていて, 種内の差異が約 11% 未満なのに対して種間の差異は常に 15% 以上となっています (差異が 11-15% の間に断絶がある)。ところが chvA 遺伝子の分化には同様の断絶はなく, 種を分ける境界は約 4.5% の差異に相当していました。 肝心の相同組み換えの頻度についても種内と種間で明確な断絶はなく,生殖隔離の指数で比較すると, 最も組み換えが起こりにくい種内間の組み合わせと,最も起こりやすい種間の組み合わせでは, 生殖隔離は 1.13 倍しか増加していませんでした。 これらの結果は,ゲノム的種の分化が相同組み換え頻度の極端な低下によって起こるという予測を否定しています。 しかしゲノムレベルでは,差異が 11% を超えたところで急激に分化が進んでいることは事実です。 その原因としては,単に chvA 遺伝子がゲノム全域を代表するには不適切だった可能性が考えられます。 例えばゲノムの差異が主として非遺伝子領域の差によるならば, より保守的な遺伝子領域では組み換え頻度の低下は起こりにくいはずです。 この場合,遺伝子領域での組み換え頻度の差は配列分化が一層進んだ段階で起こると思われます。 別の原因としては,ゲノム的種の形成が相同的組み換えとは無関係に, 生態的分化などによって起こっている可能性も考えられていますし,他にも色々な原因が考えられるでしょう。 著者らは今回の結果をもって原核生物のゲノム的種と真核生物の生物学的種は対応しないと議論していますが, 一遺伝子の結果だけで結論が導けるものかどうかは若干疑問ではあります。特に異なるゲノム的種とされている株間で, 実際にゲノムのどのような領域に差があるのか,あるいはゲノム全域に均等に変異がたまっているのかは, 直接ゲノムを解読することにより比較する必要があるでしょう。 いずれにせよ重要なのは,それが形態的,生態的あるいは遺伝的なものでも,集団間の断絶の有無を調べることであり, もし断絶が存在するならばそれが形成された原因を理解することです。 普遍的な種の定義を議論するのはそれからの課題でしょう。 過去の関連記事 |
続報:ゲノム解読で深まる平板動物の謎(2008.12.19) 最近,最も単純な体制を持った動物とも言われるセンモウヒラムシ(Trichoplax adhaerens; 平板動物門)のゲノムが解読され,予想外に複雑な発生関連の遺伝子を持つことが指摘されました (ゲノム解読で深まる平板動物の謎)。これを受けて Miller & Ball (2008) は 動物進化においてどの程度の体制の単純化が起こったのか議論しています。 近年,動物のゲノム解読は活発に行われており,左右相称動物以外の動物(や近縁な原生生物)として, 襟鞭毛虫,平板動物,刺胞動物の代表種のゲノムが解読され,また間もなく海綿動物(普通海綿の 1 種) のゲノムも公開されるそうです。これらの解析から,動物の複雑な体制の進化過程の解明が期待されていますが, 実際には謎が深まった側面もあり,例えば今回の著者らは動物の体制の進化仮説を見直すことも提唱しています。 平板動物のゲノムが解読され,一番問題になったのが体制と遺伝子組成の齟齬です。 わずか 4 種の細胞しか持たないとされた平板動物に複雑な発生関連の遺伝子が見つかったため, 有性生殖過程など,より複雑な生活史が見落とされている可能性も指摘されています。 平板動物が実際にはより複雑な動物であるとすれば,平板動物の系統的位置も見直す必要があるかも知れません。 近年想定されている系統樹では,平板動物は左右相称動物に対して海綿動物の次に分岐したと見られていますが(図左; Nielsen, 2008 など,ゲノム解読で深まる平板動物の謎), 分子系統からは異なる結果も出ており(遺伝子いっぱい平板動物のミトコンドリア), 刺胞動物より左右相称動物に近い可能性すらあります。 そこで著者らは平板動物において神経系や筋肉系などが退化した可能性を考えています。 その可能性を裏付けるように,神経系や筋肉系を持ち左右相称動物の姉妹群と考えられていた有櫛動物が, 海綿より以前に分岐したとの分子系統樹が提出されており(図右;動物系統を大量データで解析), 海綿動物(側系統と見られる)すら神経系,筋肉系が退化した動物である可能性が出てきたのです。
著者らは有櫛動物が Hox-like 遺伝子や,ParaHox 遺伝子を欠いているらしいことも紹介しています。 さらに動物においては単に原始的な動物が複雑な遺伝子組成を持っているのみならず,現生の動物全てが, 実は有櫛動物のようなある程度複雑化した動物から進化していたのではないかと主張しています。 確かに動物において形態の著しい退化が起こった例はしばしば報告されています(例えば 珍渦虫の衝撃 も参照)。しかし側系統と思われる海綿の全ての系統(おそらく 3 系統程度) で同じような退化が起こったと考えるのは不自然に聞こえます。 有櫛動物の位置にしても現時点では系統解析に使われる遺伝子数が比較的少ない状態で(ゲノム未解読), 配列情報が追加されれば系統樹が覆る可能性は十分にあります。 そもそも動物の体制と遺伝子の複雑性を語るのであれば,単に成体の作りや遺伝子数だけを議論するのでは不十分です。 本来ならば発生過程の複雑さやその過程での遺伝子発現の様子に基づいて議論するべきで, 著者らの考える形態の単純化という仮説は空想に過ぎません。今,まさに解読が進んでいる様々な動物のゲノム情報と, 原始的な動物の進化発生学的な研究からこそ真実が見えてくると期待したいところです。 Miller, D. J. & Ball, E. E. Animal evolution: Trichoplax, trees, and taxonomic turmoil. Curr. Biol. 18, R1003-R1005 (2008). Nielsen, C. Six major steps in animal evolution: Are we derived sponge larvae? Evol. Dev. 10, 241-257 (2008). 過去の関連記事 |
亜硝酸古細菌は深く潜れず(2008.12.17)(→その他) |
足跡を残す巨大原生動物(2008.12.15)(→古生物学) |
続報 5:もう一つの葉緑体(2008.12.10)(→藻類学) |
はじめに口があった(2008.12.08)(→発生学) |
亀の生まれは海か陸か(2008.12.05)(→古生物学) |
色素体を盗むにはまず遺伝子から(2008.11.28)(→藻類学) |
ヒヨケザルの亜種は種に相当(2008.11.26) ヒヨケザルはムササビのように滑空する哺乳類ですが,霊長類に近縁であることが知られ, 独自の目(皮翼目)に分類されています。ところが皮翼目にはフィリピンヒヨケザル(Cynocephalus volans) とマレーヒヨケザル(Galeopterus variegatus;Cynocephalus 属にまとめられることもある)の 2 種のみしか含まれていませんでした。Janečka et al. (2008) はマレーヒヨケザルの亜種を再検討し, マレーヒヨケザルの中に少なくとも 3 つの遺伝的に分化した種がある可能性を指摘しました。 マレーヒヨケザルはインドシナ半島南部からマレー半島,スマトラ島,ボルネオ島,ジャワ島などに分布し, 地理的分布を踏まえて 4 亜種が現在認められているそうです。そこで著者らはこれらの亜種の分化程度を調べるため, マレー半島産(G. variegatus peninsulae),ボルネオ産(G. v. borneanus)およびジャワ産 (G. v. variegatus)の 3 亜種のミトコンドリアゲノムと核ゲノムより,それぞれ 1,442 塩基対と 4,291 塩基対に及ぶ配列を解読し,比較しました。 ミトコンドリア遺伝子の系統解析からはジャワ産亜種が最初に分岐し, マレー産亜種とボルネオ産亜種が姉妹群となりました。しかし問題は分岐年代で, フィリピンヒヨケザルとマレーヒヨケザルの分岐を 1400-2700 万年前とすると, ジャワ産亜種は 380-730 万年前に他の亜種から分岐し,他の 2 亜種が 280-530 万年前に分岐した計算になるそうです。 著者らが挙げている他の哺乳類(霊長類,食肉類)の例では,種分化は 110-260 万年前に起こっており, これと比較するとマレーヒヨケザルの各亜種は種レベルの分化を十分に果たしていると言えます。 実際にこれらの 3 亜種(および未検証のスマトラ産亜種:G. v. temminckii) を独立種に格上げするには形態学的な検証が重要になりますが,著者らも頭骨のサイズ(長さと幅)の比較を各亜種 3-5 個体ずつ行っており,それぞれの亜種で異なっているようには見えます。しかし比較数が少ないのも事実で (遺伝子についても各亜種 1-3 試料のみ),今後の一層詳細な分類学的再検討が望まれます。 同一種とされた生物の中に複数の種レベルで異なる個体群が報告されることは時々あります。 これは生物保全の観点で問題になることが多く,各個体群ごとの保全が求められることになります。 マレーヒヨケザル全体については特に絶滅の危機は指摘されていませんが,今回の結論は亜種ごと, 個体群ごとの保全の重要性に焦点を当てるものとなります。このような研究は様々な動物について求められており, 様々な生物で進行しています。有名なところでは同一種に分類されていたアフリカゾウ(Loxodonta africana; 主にサバンナに生息)とマルミミゾウ(L. cyclotis;主に森林に生息)が遺伝的には明らかにに分化しており, 別種に相当するとした研究が思い出されます(Roca et al., 2001)。 このような研究が生物多様性の維持に貢献するのはもちろんですが,種とは何か,種分化とは何か, という答えのでない問題に迫る足場にもなることでしょう。 Janečka, J. E. et al. Evidence for multiple species of Sunda colugo. Curr. Biol. 18, R1001-R1002 (2008). Roca, A. L., Georgiadis, N., Pecon-Slattery, J. & O'Brien, S. J. Genetic evidence for two species of elephant in Africa. Science 293, 1473-1477 (2001). 過去の関連記事 |
隠れた巨大分類群(2008.11.20) 微生物の中には培養が困難なために記載されていない種が無数に存在します。 アシドバクテリウム門(Acidobacteria)の真正細菌も土壌を中心とする幅広い環境に見られるにも関わらず, これまでわずかに 5 属 6 種しか記載されていませんでした。しかし Fukunaga et al. (2008) はこの門に属する新属新種を記載し,多様性を反映した綱〜目の分類体系を提唱しました。 アシドバクテリウム門は当初,環境中の 16S rRNA からは極めて多様な生物を含む群として認識されました (Hugenholtz et al., 1998)。当時は 3 属のみしか記載されていませんでしたが,配列レベルの多様性では 真正細菌の中でも最も多様な群の一つであるプロテオバクテリア門に匹敵すると見られていました。 また土壌中に普遍的に見られる生物であることとも合わせて,培養研究が望まれる群の一つでした。 一方で著者らは海産無脊椎動物に生息する真正細菌の研究過程でアシドバクテリウム門に属する新規生物を発見し, その分類学的研究を進めました。 著者らはヒザラガイ(Acanthopleura japonica)から新属新種 Acanthopleuribacter pedis を分離・培養しました。本種は系統的にアシドバクテリウム門に含まれることが示され,Holophaga や Geothrix と呼ばれる淡水性の嫌気性細菌と姉妹群になりました。しかし Acanthopleuribacter は海産の好気性細菌であり,運動性や利用できる炭素源の違いなどによって区別されています。 もともと系統的にアシドバクテリウム門には 8 つの系統群が認められていましたが (Hugenholtz et al., 1998),これまでの分類では全てアシドバクテリウム門アシドバクテリウム綱 (Acidobacteria)アシドバクテリウム目(Acidobacteriales)にまとめられてきました。 しかし同様の多様性を持つプロテオバクテリア門が現在 5 綱 40 目に分けられていることを踏まえると, アシドバクテリウム門を単一の目にまとめるのは多様性の観点からは著しく均衡を欠くことになるでしょう。 そこで著者らは Holophaga を含んだ系統群(subdivision 8)をホロファガ綱(Holophagae) としてアシドバクテリウム綱から区別しました(ホロファガ目:Holophagales とアカントプレウリバクター目: Acanthopleuribacterales の 2 新目を含む)。仮に Hugenholtz et al. (1998) の分けた subdivision のそれぞれを綱の階級で分類するならば,アシドバクテリウム綱は subdivision 1 に相当し, Acidobacterium,Terriglobus,Edaphobacter の 3 記載属を含むことになります (Edaphobacter は著者らの系統樹には含まれていないが,最近 subdivision 1 の新属として記載された; Koch et al., 2008)。 アシドバクテリウム門にはこの他にも 6 つの未記載の系統群が残されています。 最近になって,全く新規の光合成細菌がこの門に含まれていることも明らかにされており (未知の光合成細菌発見;Hugenholtz et al., 1998 による subdivision 4 に属する。 Fukunaga et al., 2008 では subdivision 4 と 5 が入れ替わっている), 進化的な興味からも生態的な重要性からも,アシドバクテリウム門の研究の進展が切望されます。 プロテオバクテリア門の記載種が 2003 年には 500 属 2000 種以上に達していた(Garrity et al., 2005) ことを考えると,アシドバクテリウム門の多様性を記述するには遥か長い道のりが目の前広がっているようです。 それでも全ての分類群は 1 種 1 種の記載の積み重ねによって作られてきたわけであり, 今後も細菌学者の地道な研究こそ必要とされるでしょう。 Fukunaga, Y., Kurahashi, M., Yanagi, K., Yokota, A. & Harayama, S. Acanthopleuribacter pedis gen. nov., sp. nov., a marine bacterium isolated from a chiton, and description of Acanthopleuribacteraceae fam. nov., Acanthopleuribacterales ord. nov., Holophagaceae fam. nov., Holophagales ord. nov. and Holophagae classis nov. in the phylum ‘Acidobacteria’. Int. J. Syst. Evol. Microbiol. 58, 2597-2601 (2008). Garrity, G. M., Bell, J. A. & Lilburn, T. in Bergey's Manual of Systematic Bacteriology, 2nd Edn, Vol. 2. (eds. Brenner, D. J., Krieg, N. R. & Staley, J. T.) 159-220 (Springer-Verlag, New York, 2005). Hugenholtz, P., Goebel, B. M. & Pace, N. R. Impact of culture-independent studies on the emerging phylogenetic view of bacterial diversity. J. Bacteriol. 180, 4765-4774 (1998). Koch, I. H., Gich, F., Dunfield, P. F. & Overmann, J. Edaphobacter modestus gen. nov., sp. nov., and Edaphobacter aggregans sp. nov., acidobacteria isolated from alpine and forest soils. Int. J. Syst. Evol. Microbiol. 58, 1114-1122 (2008). 過去の関連記事 |
オオヒゲマワリと北国の夜(2008.11.17)(→藻類学) |
緑藻の化石は幾億年遡る?(2008.11.10)(→古生物学) |
後生動物の隣人の系譜(2008.11.07) 後生動物の姉妹群は襟鞭毛虫類という,単細胞または群体性の原生動物であると考えられています (動物の形,擬足の形)。 しかし襟鞭毛虫類の系統進化についてはこれまでほとんど調べられてきませんでした。 Carr et al. (2008) は培養株の得られている襟鞭毛虫類について 4 遺伝子の系統解析を行い, 後生動物や襟鞭毛虫類などの進化系統について論じています。 これまで襟鞭毛虫類の系統解析は,少数の種について SSU rRNA 遺伝子のみを用いて行われてきたのみでした。 そのため襟鞭毛虫類の分類は主に形態に基づいており,最近の原生動物の図説の分類(Leadbeater & Thomsen, 2000) に準拠すれば,襟鞭毛虫目(Choanoflagellida)はコドシガ科(Codosigidae;Codonosigidae は不適切な綴り), サルピンゴエカ科(Salpingoecidae)とアカントエカ科(Acanthoecidae)の 3 科に分けられます。 主な区別点は細胞外被で,外被がない(光学顕微鏡では認められない)ものがコドシガ科,顕著な鞘状の殻(theca) を持つものがサルピンゴエカ科,そして基条(costa)と呼ばれる肋骨状構造がかご状に編み込まれてできた被甲 (lorica)を持つものがアカントエカ科に分類されてきました。著者らは 3 科全ての種を含んだ, 培養株が手に入るほぼ全ての種(11 属 16 種 17 株)について系統解析を行いました。
まず,後方鞭毛類の中で襟鞭毛虫類は単系統となり,同じく単系統となった後生動物の姉妹群になりました。 すなわち後生動物が襟鞭毛虫類から派生した可能性も,後生動物が退化して襟鞭毛虫類になった可能性も否定されました。 襟鞭毛虫類の内部では,アカントエカ科(細胞外被が珪質)の単系統性が支持された一方で, コドシガ科とサルピンゴエカ科は互いに混ざり合って単系統となりました(細胞外被が有機質の系統群)。 また,海綿との類似性が指摘されていた群体性の種は,コドシガ科とサルピンゴエカ科からなる単系統群に散逸しました。 一方で解析に含まれた淡水性の 3 種(他は海産)コドシガ科とサルピンゴエカ科の系統群内で単系統になっていて (なお,アカントエカ科の既知種は全て海産か汽水産),海産の祖先から淡水に進出したことが示唆されました。 著者らは系統樹と形質分布に基づいて,襟鞭毛虫類の祖先形質と形質進化を推定しています。 襟鞭毛虫の祖先は,有機質の細胞外被(糖衣:glycocalyx)を持った海産の付着性生物が推定されました (被甲を持つ種でもその内側に糖衣があるとのこと)。群体を形成する能力も襟鞭毛虫に広く見られることから, 襟鞭毛虫が群体性の祖先から繰り返し単細胞化した可能性すら考えられています。 基盤的な後生動物とされる普通海綿の仲間が,海産で珪質の骨片を持つ多細胞性の付着性生物であることと比較すると, 両者の祖先も海産の群体性付着性生物だったと考えるのが妥当でしょう。 アカントエカ科の珪質の被甲と普通海綿の骨片が相同である可能性も考えて良いでしょう。 しかし著者ら自身が認めているように,調べられた襟鞭毛虫類は,襟鞭毛虫全体の多様性のごく一部に過ぎません (全体で約 45 属 250 種)。アカントエカ科は独特な被甲を持つため系統的にも良くまとまると思われますが, コドシガ科やサルピンゴエカ科とされてきた種の中には未知の系統に属する種も含まれる可能性もあり, 現時点で襟鞭毛虫類などの祖先型質を推定するのは未だ早計かもしれません。 また今回,形態的に定義されたコドシガ科やサルピンゴエカ科,そして幾つかの属が単系統とはなりませんでしたが, さらに多数の属や種の系統解析と共に,分類学的な見直しも進められることが望まれます。 後生動物の起源に迫るため,襟鞭毛虫類の研究は今後益々進展していくことでしょう。 Carr, M., Leadbeater, B. S. C., Hassan, R., Nelson, M. & Baldauf, S. L. Molecular phylogeny of choanoflagellates, the sister group of Metazoa. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 105, 16641-16646 (2008). Leadbeater, B. S. C. & Thomsen, H. A. in The Illustrated Guide to the Protozoa, 2nd Edn. (eds. Lee, J. J., Leedale, G. F. & Bradbury, P.) 14-38 (Society of Protozoologists, Lawrence, 2000). 過去の関連記事 |
黄色藻の新綱は変わり者(2008.11.05)(→藻類学) |
赤雪の首謀者は何種類?(2008.10.30)(→藻類学) |
続報 2:ヒゲマワリの男の紋章(2008.10.27)(→藻類学) |
行列をなすカンブリア紀の動物(2008.10.16)(→古生物学) |
タマヒゲマワリの「ようなもの」の同定と分類(2008.10.14)(→藻類学) |
続報:高度好塩菌の種の問題(2008.09.19) 高度好塩菌の種の問題では高度好塩細菌の分類の論文を紹介しました。 その論文中では好塩菌の学名に関する議論もなされていましたが,これは命名規約を無視した問題のある提案でした。 Oren (2008) はこの学名に関する問題点を別の雑誌上で指摘しています。 DasSarma & DasSarma (2008) は Halobacterium の種分類についてその問題点を指摘すると同時に, その学名が不適切であると主張しました。特に Halobacterium は現在,真正細菌(Bacteria)ではなく古細菌 (Archaea)に分類されるため,"-bacterium" という語尾を修正して,"Haloarchaeum" とすることを提案しています。この提案が不適切であることは既に 高度好塩菌の種の問題 で批判しましたが,Oren (2008) も同様の批判を展開しています。 Oren (2008) は,そもそも学名とは「タクソンを表示する手段」(タクソン=分類群)であって 「性状もしくは来歴を示す」ものではないとする国際細菌命名規約の原則 4 を引用しています (国際細菌命名規約 1990 年版翻訳委員会, 2000)。さらに Halobacterium の語源はギリシア語で, "hals, halos"(「海,塩」)と "bakterion"(「小さな棒」)を合わせた語だそうです。 つまり Halobacterium の原意には「真正細菌」という意味は元々含まれておらず, むしろ好塩性の桿菌の特徴を捉えている学名と紹介しています。 DasSarma & DasSarma (2008) は種の学名の混乱を問題視していますが,一方で Oren (2008) は, DasSarma & DasSarma (2008) による "Haloarchaeum" の提案こそ一層の混乱を招くと批判しています。 命名規約の原則 1(1) には,命名において「名の安定を目標にする」ことが明言されており, 不適切な名前の変更は避けなければなりません。Oren (2008) の批判は全く正当であり,DasSarma & DasSarma (2008) の「学名」が今後使用されないよう,強く求められるところです。 なお,Oren (2008) は学名の混乱に対して,Euzéby による LPSN や Halobacteriaceae の分類を扱う委員会による Correct names of taxa within the family Halobacteriaceae というデータベースを紹介しています。 両者を参照することで高度好塩菌の最新の学名や学名の履歴を容易に調べることができますので, 学名の変更や修正による混乱は現在では解決しているといえるでしょう。 Oren, A. Nomenclature and taxonomy of halophilic archaea - comments on the proposal by DasSarma and DasSarma for nomenclatural changes within the order Halobacteriales. Int. J. Syst. Evol. Microbiol. 58, 2245-2246 (2008). DasSarma, P. & DasSarma, S. On the origin of prokaryotic "species": The taxonomy of halophilic Archaea. Saline Syst. 4, 5 (2008). 国際細菌命名規約 1990 年版翻訳委員会 編 国際細菌命名規約(1990 年改定) (菜根出版, 東京, 2000). 過去の関連記事 |
氷雪性 4 鞭毛藻の起源(2008.09.16)(→藻類学) |
ウイルスにもファージ(2008.09.12)(→その他) |
一次共生植物にしかない遺伝子(2008.09.10) 緑色植物,紅藻類,灰色藻類からなる一次共生植物の単系統性は未だに立証されていません。 むしろ一次共生植物が側系統的になるとの系統解析結果もあり(続報: 巨大な植物界),双方の立場から証拠の探索が続いています。Elias (2008) はグアニンヌクレオチド交換因子 (GEF)と呼ばれる一群のタンパク質の中に,それぞれ一次共生植物のみ,後方鞭毛類(オピストコンタ類) のみに存在するものを発見し,一次共生植物や後方鞭毛類の単系統性を支持する証拠として挙げています。 一次共生植物の単系統性を巡っては多数の遺伝子を用いた系統解析が行われています (真核生物の大系統,植物界が一つにまとまる時, 巨大な植物界,続報)。 しかしその結果は一致しておらず,単純な系統解析で解決するのは困難な問題とも思われます。 そこで配列の挿入欠失や遺伝子の有無のような質的な情報も探索されており,今回の著者はゲノム中の GEF タンパク質の有無を比較・検討しました。 現在,かなりの真核生物のゲノム情報が明らかになっており,真核生物の 6 大グループ(後方鞭毛類, アメーバ動物類,エクスカヴァータ類,リザリア類,クロモアルベオラータ類,アーケプラスチダ類=一次共生植物; 原生生物の「公式」分類体系)のうちリザリア類以外の 5 群でゲノム情報が得られています。 この中で Sec2 タンパク質はオピストコンタ類の大部分に見つかる一方で,他のグループには存在しませんでした。 後方鞭毛類は複数の証拠から既に単系統性が示されており(例えば 好塩性古細菌は見た! 〜 結びつく動物と菌類),Sec2 タンパク質は後方鞭毛類の祖先で獲得された共有派生形質と考えられました。 なお,Sec2 が見つからなかった後方鞭毛類は微胞子虫類(菌類の 1 系統)とハエ目(昆虫類)のみだったため, この 2 群で二次的に失われたものと見られています。 同様に,最近被子植物で発見された PRONE ドメインが他の緑藻類や紅藻類で発見されました。 PRONE ドメインを持ったタンパク質は他のグループではみつからず,一次共生植物の共有派生形質の可能性があります。 一次共生植物の中ではオオヒゲマワリ目で未発見ですが,PRONE と相互作用する RHO GTPase も見つからないことから, RHO GTPase を用いたシグナル伝達系そのものがオオヒゲマワリ目で失われたと解釈されています。 問題は,PRONE ドメインの存在が一次共生植物の単系統性を示す決定的な証拠となりうるのかどうかです。 まず注意が必要なのは灰色藻類で PRONE ドメインが見つかっていないことです。 灰色藻類のゲノムはまだ解読が終了していないため,今後の探索での検証が必要でしょう。 また,真核生物の 6 大グループのうちのリザリア類や,クリプト藻類,ハプト藻類など, 系統的に重要な群のゲノムも未解読のままです。これらのゲノム中に PRONE ドメインが含まれているかも知れず, そもそも各 GEF 遺伝子が二次的に失われた例が複数あるわけですから, タンパク質の有無のみで最終的な結論は出せないでしょう。 ただし,一次共生植物のみに存在する遺伝子が他にもないのか(他の例: 真核生物の大系統を水平に切る),逆に一次共生植物の側系統性を支持する遺伝子がないのか, 改めて検討することは有益だと思います。 Elias, M. The guanine nucleotide exchange factors Sec2 and PRONE: Candidate synapomorphies for the Opisthokonta and the Archaeplastida. Mol. Biol. Evol. 25, 1526-1529 (2008). 過去の関連記事: |
ゲノム解読で深まる平板動物の謎(2008.09.03)(→その他) |
謎の甲殻類の人工変態(2008.09.01)(→発生学) |
ゴムノキに棲むクロレラ(2008.08.27)(→藻類学) |
続報:色素体の名残 II(2008.08.22)(→藻類学) |
甲殻類。キーワードは多様性(2008.08.21)(→その他) |
どこから来たのか? 原生動物の植物型遺伝子(2008.08.14) 光合成を行わず,色素体の存在も知られていない原生動物において, 色素体遺伝子がしばしば報告されています。その進化的起源については水平遺伝子移動(LGT:lateral gene transfer) や細胞内共生体からの遺伝子移動(EGT:endosymbiotic gene transfer)が考えられていましたが, 両者は明確に区別できていませんでした。Maruyama et al. (2008) はそのような遺伝子の一つ, gnd 遺伝子について詳細な系統解析を行い,その進化について考察しています。 gnd 遺伝子は酸化的ペントースリン酸経路の酵素である 6-ホスホグルコン酸デヒドロゲナーゼを コードしていて,真核生物には 2 つの異なる系統の遺伝子が知られています。 一つは動物や菌類などの細胞質で働くことが知られ,真核生物の生来の遺伝子と考えられています。 もう一方はシアノバクテリアに近縁で,例えば色素体の一次共生と共に後から獲得された遺伝子と考えられていますが, 光合成生物以外にもいくつかの原生動物から見つかっており,その起源は明らかになっていません。 そこで著者らは幾つかの原生動物において新たに gnd 遺伝子の配列を決定し,詳細な系統解析を行いました。 まず真核生物の遺伝子はこれまでの知見と同様にシアノバクテリア型と真核生物の祖先型に分かれました (アメーバ動物類の位置には若干問題あり)。紅藻類は両者の遺伝子を同時に持っていることからも, 各遺伝子の起源が異なることが示唆されます。エクスカヴァータ類については,シアノバクテリア型を持つ系統と, 真核生物祖先型を持つ系統に分かれています。 --------------緑色植物| | -------ユーグレナ藻類(非光合成種も含む;エクスカヴァータ類) -------|------| | | -------ストラメノパイル類(卵菌類,不等毛藻類) | | -------| --------------灰色藻類 | | | | -------ヘテロロボセア(エクスカヴァータ類) -------| ------?------| | | -------紅藻類 | | | ----------------------------シアノバクテリア類 | | 他の真正細菌,アメーバ動物類, -----------------------------------ディプロネマ類(エクスカヴァータ類) 紅藻類,オピストコンタ類(動物,菌類) この系統樹では一次共生植物が互いに離れていることも特徴です。 二次共生に伴う EGT によって遺伝子が移動したとも考えられますが,奇妙な点もあります。 例えば緑藻類を二次共生させたユーグレナと,紅藻類を二次共生させたストラメノパイル類が姉妹群となっています。 また,ヘテロロボセア類の植物型遺伝子については,これまでユーグレナ藻類と同じ緑藻由来と思われていました (つまり両者とも二次共生藻の子孫との仮説があった)が,今回の解析ではヘテロロボセア類の遺伝子は ユーグレナ藻類とも緑藻類とも離れており(KH,AU 検定でも確認された), むしろ紅藻類と近縁な可能性が示唆されています。同様に非光合成性のストラメノパイル類であるエキビョウキン (Phytophthora;卵菌類)の植物型遺伝子も,不等毛藻類との共通祖先が紅藻由来の二次共生色素体から 引き継いだものと考えられていました。しかし紅藻類とストラメノパイル類の gnd 遺伝子も離れてしまいました。 では非光合成のユーグレナ藻類,ストラメノパイル類,そしてヘテロロボセア類の gnd 遺伝子はどこから来たのでしょうか。まず考えられるのは LGT が繰り返し起こった可能性です。 樹形を考えると,少なくとも 1 回は LGT が起こっているようです。 しかし全てを LGT で説明するには,多数の LGT を仮定しなければなりません。 一方,gnd 遺伝子が一次共生を行った祖先から引き継がれた可能性も考えられています。 Nozaki et al. (2007) などは,一次共生植物(灰色藻類,紅藻類,緑色植物類)は側系統群で, ストラメノパイル類やハプト藻類,エクスカヴァータ類などは色素体を失った一次共生植物の子孫であると考えています (続報:巨大な植物界など)。確かに gnd 遺伝子の系統関係は Nozaki et al. (2007) の系統樹とよく似ています(LGT の可能性のあるユーグレナ藻類は除く)。 原生動物の gnd 遺伝子が度重なる LGT の証拠なのか,それとも祖先の一次共生の証拠となるのか, 残念ながら現状では区別できません。さらに多くの gnd 遺伝子が解析され, 例えばヘトロロボセア類と紅藻類の gnd 遺伝子が互いに単系統群となるのか, などが調べられれば gnd 遺伝子の進化の経緯がより精密にわかるかも知れません。 Maruyama, S., Misawa, K., Iseki, M., Watanabe, M. & Nozaki, H. Origins of a cyanobacterial 6-phosphogluconate dehydrogenase in plastid-lacking eukaryotes. BMC Evol. Biol. 8, 151 (2008). 過去の関連記事: |
色素体の名残 II(2008.08.01)(→藻類学) |
色素体の名残 I(2008.07.30)(→藻類学) |
卵菌の理解に大切な生き物 II(2008.07.23) 卵菌の理解に大切な生き物 Iでは卵菌類の初期分岐の一つ, フクロカビモドキ属(Olpidiopsis)の 1 種の分子系統と微細構造の研究を紹介しました。 同じ筆頭著者らはフクロカビモドキ属よりも初期に分岐した Eurychasma dicksonii の研究も出版しています (Sekimoto et al., 2008)。 Eurychasma はフクロカビモドキ属と同様に,海産の単細胞全実性の内部寄生菌類で, 褐藻類に寄生することが特徴です(紅藻に寄生する類似種は Eurychasmidium に移された; Dick, 2001)。 本属には現在 E. dicksonii 1 種のみが認められていて(Dick, 2001;他未記載種 1 種も知られる), 分子系統解析から最初に分岐した卵菌類とも見られていました (卵菌の理解に大切な生き物 I)。この系統的な重要性にもかかわらず, これまで微細構造の研究はほとんど行われていなかったそうで,著者らはシオミドロ(Ectocarpus siliculosus) とピラエラ(Pylayella littoralis)に寄生する株(それぞれ Eury05 = CCAP 4018/1,Eury96 = CCAP 4018/2) を用いて生活史を通じた観察を行いました。 培養下では 2 週間程度で生活史が回っていると見られ,著者らはそのほとんどについて微細構造を報告しています。 Eurychasma の寄生は二次遊走子が藻体に付着して二次シストを形成する所から始まります。 二次シストは発芽して宿主細胞に細胞壁を破りながら侵入し,無壁で多核の菌体を形成します。 宿主側の細胞はこれに伴って拡大と液胞化が進み,「異常肥大」した状態になります。 やがて菌体は発達して細胞壁を作り,内部は高度に液胞化して「泡沫状」段階に進みます。 ここから一次シストの形成が起こりますが,これまでは細胞が分裂して多数の一次遊走子が形成され, これが細胞壁(遊走子嚢壁)に付着して一次シストになるとされていました。 しかし著者らの観察では一次遊走子は認められず,泡沫状細胞から直接一次シストが生じる可能性が指摘されています。 いずれにせよ一次シストは遊走子嚢壁の内側表面にびっしりと形成され,そこから二次遊走子が放出されると, 一次シストの壁のみが遊走子嚢に残って独特の網目模様を呈します(net sporangium)。
著者らはこの主要な生活環の他に,泡沫状細胞がさらに液胞が発達した状態と, 逆に細胞質が凝集した状態にも変化することを見出しています。これらから別の生活史段階への移行は確認されておらず, 異常な状態なのか,それとも未知の段階,例えば卵形成の段階なのかは明らかにはなりませんでした。 原始的な卵菌類では有性生殖が知られていませんから,この点は興味深い今後の課題と言えるでしょう。 分子系統は SSU rRNA と COII について行われ,これまで SSU rRNA の系統解析から指摘されていたように, 卵菌類の初期分岐となっていました。COII の解析では他の卵菌類よりもビコソエカ門の鞭毛虫 Cafeteria に近縁になりましたが,これは両者の進化速度が速いための誤りと見られています。 また SSU rRNA の結果からは Eurychasma は単独で卵菌類の根元にくるわけではなく, 線虫に寄生する卵菌類の仲間,Haptoglossa と姉妹群になる可能性が示唆されています。 Haptoglossa は主に土壌から分離される点で他の基盤的な海産全実性卵菌類とは異なっていますが, 海産の報告例もあるそうです(Dick, 2001)。 今回明らかになった微細構造などの特徴では,Eurychasma の藻体への付着構造が Haptoglossa などの付着構造に似ている一方で,Eurychasma では宿主への侵入直後は無壁の状態になりますが, Haptoglossa では常に細胞壁に覆われているという違いもあるそうです。 いずれにせよ卵菌類の初期分岐についてはまだ多数の未研究の属が残されていると見られ, 現状では微細構造の情報が不足していると言わざるを得ません。引き続き情報が蓄積し, 卵菌類がどのような姿,生態の祖先から進化してきたのかが明らかになるよう期待されます。 Sekimoto, S. et al. The development, ultrastructural cytology, and molecular phylogeny of the basal oomycete Eurychasma dicksonii, infecting the filamentous phaeophyte algae Ectocarpus siliculosus and Pylaiella littoralis. Protist 159, 299-318 (2008). Dick, M. W. Straminipilous Fungi: Systematics of the Peronosporomycetes Including Accounts of the Marine Straminipilous Protists, the Plasmodiophorids and Similar Organisms (Kluwer Academic, Dordrecht, 2001). 過去の関連記事 |
オオヒゲマワリの配列全部解析(2008.07.14)(→藻類学) |
続報:粘菌の種分類の真髄へ迫る(2008.07.08) 粘菌の種分類の真髄へ迫るでは Polysphondylium pallidum complex とまとめられてきた近縁種同士の分類学的整理について紹介しました。調べられた交配群 A〜C のうち, A と B についてはそれぞれ P. album,P. pallidum と同定されましたが, 交配群 C については未整理のままでした。そして Kawakami & Hagiwara (2008b) によりこの交配群 C は新種 P. multicystogenum として記載されました。 Kawakami & Hagiwara (2008a) において,交配群 C は P. pallidum や P. album と生殖的に隔離され, 形態的にも区別される独立種として認識されました。しかしながら P. pallidum complex には他にも P. tenuissimum などの種が知られており,これらの種と交配群 C の関係を明らかにする必要がありました。 そこで著者らは今回,交配群 C について詳細な記載を与え,類似種との生殖隔離を検討しています。 交配群 C の最大の特徴は,通常の温度条件(20 °C)での培養で容易にミクロシスト (子実体形成も有性生殖も伴わずにアメーバ細胞から直接形成するシスト)を形成することでした。 他の種では生育に不適な条件ではミクロシストの形成が知られているにもかかわらず, 交配群 C のような容易なシスト形成は例がないそうです。 P. pallidum,P. album との区別点は Kawakami & Hagiwara (2008a) で明らかにされていますが (粘菌の種分類の真髄へ迫る),さらに他の類似種として P. colligatum, P. tenuissimum,P. tikaliensis が挙げられています。交配群 C はシスト形成の特徴はもちろん, これらの 3 種よりも子実体の節の数がやや少ない(通常 1〜7)ことによっても区別されたそうです。 また交配群 C の 2 つの交配型用いて類似種のタイプ株などとの交配実験が行われましたが, その結果として交配群 C が類似するいずれの種とも交配しない,すなわち生殖的に隔離されていることが示され, 独立種 P. multicystogenum とすることの正当性が裏付けられました。 こうしてシロカビモドキ属(Polysphondylium)にまた一つ新種が加えられました。 残念ながら P. multicystogenum の分子系統は調べられておらず,類似種との進化的な関係は未解決のままですが, P. pallidum complex を巡って持ち上がっていた問題はひとまず片付いたようです。 今後も分類が難しい株が見つかってくることは十分にありうると思いますが,種分類が整理された今, 新しい株が新種なのか既知種に含まれるのかの判断は遥かに容易になったと思われます。 Kawakami, S. & Hagiwara, H. A taxonomic revision of two dictyostelid species, Polysphondylium pallidum and P. album. Mycologia 100, 111-121 (2008a). Kawakami, S. & Hagiwara, H. Polysphondylium multicystogenum sp. nov., a new dictyostelid species from Sierra Leone, West Africa. Mycologia 100, 347-351 (2008b). 過去の関連記事 |
動物の形,擬足の形(2008.07.02) 後生動物が多細胞性を獲得した過程,特にその分子機構を明らかにするため, 後生動物に近縁な原生動物の特定と研究が進められています。Shalchian-Tabrizi et al. (2008) は特に Ministeria という原生動物に着目して多数の遺伝子配列を解読し, 本種の系統的位置を絞り込むと共に動物の祖先における分子,形態レベルの進化傾向を考察しています。 動物や菌類に近縁な原生動物を総称して襟鞭毛動物類(Choanozoa;広義)と呼びます。 襟鞭毛動物類には幾つかの系統群が知られていますが,互いの系統関係には未解決な部分が残されていました。 特に動物の姉妹群が海綿の襟細胞に類似した襟鞭毛虫類(choanoflagellates:狭義の Choanozoa)なのか, 昨年分子系統解析で候補に挙がった Ministeria(複数の触手を持った球状の原生動物) なのかが一つの問題となっていました(動物になる前,菌類になる前)。 そこで著者らは Ministeria の cDNA を 4,700 クローンも解読し, このうち保存的な 78 遺伝子を用いて系統解析を行いました。 著者らの系統樹は良く解けており,特に動物に近縁な原生動物の分岐順序が明らかになりました。 後生動物の姉妹群はやはり Ministeria ではなく襟鞭毛虫類となりました。 そして Ministeria の姉妹群は Capsaspora owczarzaki という, やはり触手状の擬足を持ったアメーバ状生物となりました。 これまで Capsaspora は所属不明の原生動物と思われていましたが, 著者らは系統解析の結果を受けて Ministeria と共に襟鞭毛動物門の新綱フィラステレア綱(Filasterea), ミニステリア目に分類しました。またイクチオスポレア類も菌類より動物に近い位置にあり, 後生動物,襟鞭毛虫類,フィラステレア類,イクチオスポレア類が単系統群をなすことが, ユビキチンとリボソーム小サブユニット S30 タンパク質の融合によっても裏付けられることが指摘されました。 -------後生動物-------| | -------襟鞭毛虫類 -------| | | -------Capsaspora owczarzaki -------| -------| | | -------Ministeria vibrans -------| | | | ---------------------イクチオスポレア類 | | | ----------------------------菌類 | -----------------------------------アメーバ動物類 さて,系統関係が明らかになったことで見えてくることも多数あります。 まず著者らは解読した多数の遺伝子の中から,多細胞化との関連が言われているタンパク質を調べました。 具体的には Ministeria に細胞間情報伝達に関わる Hedgehog や受容体チロシンキナーゼ, Notch などのドメインが動物とは異なるドメイン構造で存在することや, 細胞間接着などのタンパク質も同様に Ministeria に存在することを示しています。 現時点では Ministeria や Capsaspora の全ゲノムは解読されていませんので, より多数の多細胞化に関連したタンパク質が単細胞生物の時代に遡れることが推測されます。 遺伝子レベルの進化も興味深いですが,もう一つ形態レベルの進化についても面白い話題が出ています。 襟鞭毛動物類,菌類,動物類を合わせたオピストコンタ類(opisthokonts) は遊走子が後方に鞭毛を持つ系統群として知られていますが,著者らはもう一つ, 細い擬足を共有することを指摘しています。菌類の系統では(今回解析されなかった Nuclearia を含む) 擬足の先端が先細り,時に分岐するのに対して,動物の系統,特に後生動物,襟鞭毛虫類, フィラステレア類を合わせたフィロゾア(filozoa)類は分岐せず先端が先細らない擬足,「触手(tentacles)」 を共通して持っているそうです。なお,イクチオスポレア類では触手は細胞壁に置き換わったとされています。 触手の軸の部分はアクチン繊維の束が固めており,腸の上皮細胞の微絨毛と同じ構造と考えられます。 想像力を働かせれば,単細胞動物の補食構造だった触手が,襟鞭毛虫類と後生動物類の共通の祖先で, 微細な餌粒子を濾しとる「襟」構造に進化し,これが高等動物の消化管の微絨毛に進化していったと思われます。 いわば動物は小腸の上皮細胞こそが本体で,ここに餌を送り込むために複雑な体制を持っている, という見方をしても面白いでしょう。 今回の解析では Corallochytrium や Nuclearia などの重要な系統が含まれていませんが, 一応それぞれ系統的位置は絞り込まれているので(前者はイクチオスポレア類の姉妹群。ただし疑問の余地はあり; 揺れる動物と菌類の根本。後者は菌類の根元; 動物になる前,菌類になる前),大きな問題ではありませんが, これから研究が進むにつれて全ての主要な襟鞭毛動物類を含んだ多遺伝子解析も行われることでしょう。 過去の関連記事 |
高度好塩菌の種の問題(2008.06.20) 分類学の根本的な課題の一つに,種とは何か?,という問題があります。 特に無性的な分裂によって増殖する生物,例えば原核生物では何をもって同一種または別種とするのかは難問です。 DasSarma & DasSarma (2008) は高度好塩菌の Halobacterium 属の種分類について問題提起しています。 高度好塩菌(extreme halophiles)は 1.5(2.5)〜5.2 Mの食塩(NaCl)の存在下でのみ生育できる微生物を指し, 全て古細菌ドメインのユリアーケオタ門ハロバクテリウム綱ハロバクテリウム目ハロバクテリウム科に所属します。 そして著者らの着目している Halobacterium がそのタイプ属です。 Grant (2001),Gruber et al. (2004),Yang et al. (2006) を総合すると,Halobacterium にはこれまで 15 種が記載されてきましたが,3 種を除いて全てシノニム(異名)か別属になったそうです。 問題はこれらの文献で H. salinarum とされている種です。この種には H. halobium と H. cutirubrum が異名として含められていますが,著者らは旧来この 3 種とされてきた株を 1 種にまとめることに異論を唱えています。 ここでは特に 3 つの株を中心に Grant (2001),Gruber et al. (2004) と著者らの見解について検討してみたいと思います。H. salinarum のタイプ株は DSM 3754 (=ATCC 33171)で,これが "真の" H. salinarum になります。一方でモデル生物として使用され, ゲノム解読が行われているのは NRC-1 株と R1 株です(いずれも現在 H. salinarum)。NRC-1 (=ATCC 700922)株は H. halobium に同定されていた株で,後に H. salinarum に再同定されました (ゲノム解読に遅れた命名)。そして R1(=ATCC 29341 =DSM 670)株もかつて H. halobium に同定されていた株で,元々ガス胞(窒素ガスを蓄積して細胞に浮力を与える小胞) を欠く変異体として他の株からとられたもので,NRC-1 株が親株であると推定されています(Grant, 2001)。 果たしてこれらの株は同種に分類されるべきなんでしょうか。 Gruber et al. (2004) は NRC-1 株を H. salinarum に同定する際に,本種を再定義し, タイプ株と NRC-1 株の生理学的性状(表現型)が良く一致していることを挙げています。 ところが著者らは抗体耐性マーカー,細胞内の陽イオン,細胞膜のタンパク質,脂質,糖の組成がタイプ株や NRC-1 株などそれぞれの株間で異なることを強調しています。特に明確な表現型の差として, R1 株におけるガス胞を欠如を挙げ,これが本株の生育環境の特性を反映している可能性を指摘しています。 しかし R1 株は突然変異株であり,そもそもガス胞の有無はプラスミド上の不安定な領域によって決まっているため (Grant, 2001),この差を種間の差の議論に持ち込むことには疑問を覚えます。 遺伝型という意味では,Gruber et al. (2004) はタイプ株と NRC-1 株と他 1 株の 16S rRNA の類似性が 97.1%「も」あることを強調しているのに対して,今回の著者らはほぼ全ての株で「違いがある」 ことを強調しています。また著者らは他の遺伝的な違い,特に rep-PCR で検出される違いを示しています。 rep-PCR は,繰り返し配列に設計したプライマーで PCR を行い,繰り返し配列間の多数のゲノム断片長を比較する, 株や種の同定のための手法(Cleland et al., 2008)です。この結果が DSM 3754 株,NRC-1 株, R1 株を含むほとんどの株間で異なっているそう。しかし rep-PCR は元々異なる種, 株を区別するために開発された手法ですので,この違いの程度を種差として解釈するのは正当ではないでしょう。 もっとも,この結果は R1 株が NRC-1 株に由来する可能性に疑問を呈している点は注目されます (R1 株が突然変異株であることを否定するものではありませんが)。 こうして議論を比較してみると,H. salinarum を 1 種と認める立場(Grant, 2001; Gruber et al., 2004 など)と今回の著者らの見解は水掛け論になっていることがわかります (といっても今回の著者らは種分類の改定案を示していないため,実用性がない)。 その焦点は「どの程度の差があれば別種なのか」という問題に帰着すると思われ, ここに無性的に増える生物に共通の問題が見えてきます。併せて Halobacterium の場合には, Ottawa の National Research Council(NRC)が株の維持を停止したために,多くの株が失われ, あるいは株の由来が不明になったために問題がさらに複雑になっています(Grant, 2001)。 結局,現状では恣意的であることを認識した上で,なるべく明確に近縁種と区別できる表現型(の組み合わせ) に基づいて線引きを行うことが必要であると思われます。Gruber et al. (2004) の分類はその点で妥当でしょう。興味深いことに彼らは細胞全体のタンパク質の電気泳動像の類似性を, DSM 3754 株と NRC-1 株を同種とした根拠に挙げています。定量的な比較が行われていないため, この後の改善の余地はありますが,タンパク質の組成という「表現型」に着目した種分類として, より深い研究を期待したいところです。 余談ですが,学名に関わる議論について触れておきたいと思います。著者らの意見では,古細菌の仲間に Halobacterium という名前は不適当で,属名を Haloarchaeum と改名, 併せて科名や目名なども変更し,通称も "haloarchaea" とする,としています。 しかしこれは命名規約の精神からは絶対に許されない提案です。国際細菌命名規約の規則 55 (1) には, 「合法名」を「不適当である」との「理由だけで換えてはならない」と明言されており (国際細菌命名規約 1990 年版翻訳委員会, 2000),著者らの言い分は(通称については別として) 到底受け入れられるものではありません(もし受け入れれば似たような改名が相次ぎ, 原核生物の学名全体に大きな混乱が生じます)。この他,H. salinarum と H. halobium を統合する場合,後者に優先権があるとの見解を引用していますが,この点は確認できませんでした (おそらく H. salinarum が正しい;Grant, 2001)。H. salinarum の綴りについても H. salinarium の方が正しいと引用していますが,これは文法的にはどちらとも言えないようで, 規約上は著者の選択に任せられることになりそうです(規則 62b)。つまり,現状では H. salinarum に合わせておいていいでしょう(著者らもそのようにしている)。 DasSarma, P. & DasSarma, S. On the origin of prokaryotic "species": The taxonomy of halophilic Archaea. Saline Syst. 4, 5 (2008). Cleland, D., Krader, P. & Emerson, D. Use of DiversiLab repetitive sequence-based PCR system for genotyping and identification of Archaea. J. Microbiol. Methods 73, 172-178 (2008). Grant, W. D. in Bergey's Manual of Systematic Bacteriology, 2nd Edn. Vol. 1. (eds Boone, D. R., Castenholz, R. W. & Garrity, G. M.) 301-305 (Springer, New York, 2001). Gruber, C. et al. Halobacterium noricense sp. nov., an archaeal isolate from a bore core of an alpine Permian salt deposit, classification of Halobacterium sp. NRC-1 as a strain of H. salinarum and emended description of H. salinarum. Extremophiles 8, 431-439 (2004). 国際細菌命名規約 1990 年版翻訳委員会 編 国際細菌命名規約(1990 年改定) (菜根出版, 東京, 2000). Yang, Y., Cui, H.-L., Zhou, P.-J. & Liu, S.-J. Halobacterium jilantaiense sp. nov., a halophilic archaeon isolated from a saline lake in Inner Mongolia, China. Int. J. Syst. Evol. Microbiol. 56, 2353-2355 (2006). 過去の関連記事 |
深窓の古細菌にゲノムのメスを(2008.06.18)(→その他) |
謎のキャビア寄生虫の正体(2008.06.16) Polypodium という寄生虫はチョウザメ目の卵に寄生する特殊な生物です。 Polypodium は幾つかの特徴から刺胞動物との関連が指摘されていましたが, 分子系統解析によっては粘液胞子虫と共に刺胞動物から区別される可能性も指摘されていました。 そこで Evans et al. (2008) は 2 遺伝子,多数の刺胞動物を含めた系統解析から Polypodium の所属を調べました。 Polypodium はチョウザメの前卵黄形成期の卵母細胞に寄生(二核細胞として見つかるが,侵入経路は不明) そのまま生活史の大半を細胞内で過ごします(1 年以上におよぶ)。この間にプラヌラ型幼生を経て,表裏が逆 (外胚葉が内側,内胚葉が外側で触手も内側向き)の芽体(stolon)に発生します。芽体は宿主が産卵する前に裏返り, 触手が外側を向いた状態で細胞外に出ると,千切れて触手を持ったポリプとして無性的に増殖します。 ポリプには雌雄があり,有性生殖を経て再び寄生すると考えられています(Bouillon et al., 2006)。 さて,発生や生活史の様子や刺胞の存在から Polypodium は刺胞動物であるとの説が有力でしたが, 18S rDNA の系統解析からはミクソゾア類と共に刺胞動物から離れる可能性が指摘されていました。 最近になってミクソゾア類は刺胞動物に含まれることが示されており, (刺胞動物から湧き出た蠕虫類),Polypodium についても系統的見直しが必要でした。 そこで著者らは多くの刺胞動物について 18S rDNA と 28S rDNA の配列を収集し, Polypodium も含めた解析を行いました。DNA は配列ごとに異なる個体から得ており, 18S rDNA はロシア産のコチョウザメ(Acipenser ruthenus)とアメリカ産のヘラチョウザメ (Polyodon spathula),28S rDNA は別個体のロシア産コチョウザメとアメリカ産の Scaphirhynchus platorynchus から採集されています。 18S と 28S rDNA の結合系統解析からは,Polypodiium はミクソゾア類とは離れ,明らかに刺胞動物, 中でもヒドロ虫綱との類縁性が示されました。ただし最尤法ではヒドロ虫綱の姉妹群で, 最節約法ではヒドロ虫綱のレプトテカータ目(Leptothecata)に含まれました。 なお 18S や 28S rDNA 単独では明確な結果は得られなかったそうです。特に 18S rDNA の最尤法による解析では, ミクソゾア類の有無によって Polypodium の位置が動いたことから, これまでの 18S rDNA の解析では長枝誘引(long branch attraction)によって Polypodium とミクソゾア類が近くに位置づけられていたことが推測されました。 Polypodium はミクソゾア類を除けば唯一の細胞内寄生する動物として知られています。 ミクソゾア類にも細胞内寄生が知られており,Polypodium と類縁性があるのかどうかは, 細胞内寄生性の進化に関わる重要な問題です。ミクソゾア類の位置については多遺伝子解析の結果, 水母亜門との類縁が示されていますが(刺胞動物から湧き出た蠕虫類), 今回はその結果は再現されていません。これは今回用いた遺伝子が少ないためと思われ, Polypodium についても多数の遺伝子を用いた系統解析をミクソゾア類と同時に行うことが望まれます。 そうすることで初めて Polypodium とミクソゾア類が独立して細胞内寄生を進化させたのか, 同じ細胞内寄生生物から由来したのかが明らかになるかも知れません。 Polypodium については Raikova (1988) がポリポディウム綱(Polypodiozoa)を提供しています。 今回の結果からは Polypodium がヒドロ虫綱の姉妹群の独立綱となる可能性が示唆されましたが, ヒドロ虫綱に含まれる可能性も否定できませんでした。Raikova (1988) では目(もく)の分類は触れられておらず, ポリポディウム科(Polypodiidae)の分類が落ち着くにもまだ時間を要するようです。 Evans, N. M., Lindner, A., Raikova, E. V., Collins, A. G. & Cartwright, P. Phylogenetic placement of the enigmatic parasite, Polypodium hydriforme, within the Phylum Cnidaria. BMC Evol. Biol. 8, 139 (2008). Bouillon, J., Gravili, C., Pagès, F., Gili, J.-M. & Boero, F. An introduction to Hydrozoa (Publications Scientifiques du Muséum, Paris, 2006). Raikova, E. V. in Porifera and Cnidaria: Modern and Perspective Investigations (eds. Koltun, V. M. & Stepanjants, S. D.) 116-122 (USSR Academy of Science, Zoological Institute, Leningrad, 1988), in Russian. 過去の関連記事 |
緑藻綱の進化の順序(2008.06.11)(→藻類学) |
卵菌の理解に大切な生き物 I(2008.06.09) 二次共生藻類のオクロ藻類(不等毛藻類)に近縁な卵菌類という鞭毛菌類の仲間がいますが, この分類群では分子系統解析が遅れており,初期に分岐した系統群の研究が進んでいませんでした。 Sekimoto et al. (2008) はアマノリ属(Porphyra;いわゆる食用の海苔(のり)) に寄生する病原菌の詳細な研究を行い,これが新種のフクロカビモドキ属(Olpidiopsis)であり, 卵菌類の深い位置で分岐した生物であることを報告しています。 卵菌類はストラメノパイル類に含まれる鞭毛菌類で,生卵器と造精器の接触による有性生殖が知られ, 遊走子が前方を向く羽形の鞭毛と後方を向くむち形の鞭毛を持つことが特徴です。 卵菌類には菌体がそのまま遊走子嚢になる全実性の菌と,菌糸上に遊走子嚢を形成する分実性の菌が含まれますが, これまでの分子系統解析は分実性の種が多いツユカビ類(peronosporaleans)とミズカビ類(saprolegnians) を中心に行われており,ツユカビ類とミズカビ類より前に分岐した卵菌類の研究が待たれていました。 海苔の壺状菌病の病原体(実際にはツボカビの仲間ではない)は全実性の卵菌類であるフクロカビモドキ属の 1 種であると見られていましたが,純粋培養ができないことが研究を困難にしていたました。 そこで著者らは有明海の養殖海苔(スサビノリ:Porphyra yezoensis)の感染した藻体を, 未感染の藻体を入れた培地に数日おきに移していくことによって病原菌を維持し,研究に用いました。 そして生活史や形態の特徴,宿主域の情報に基づき,この病原体がフクロカビモドキ属の新種であることを確認し, Olpidiopsis porphyrae と名付けました。 菌の感染は遊走子が藻体に取り付いてシストを形成することから始まり,これが発芽して細胞内に侵入します。 そして宿主の細胞内に単細胞で球形の菌体を形成し,成長して遊走子嚢になり,二鞭毛性の遊走子が放出します。 著者らはこれらの過程を電子顕微鏡を用いて観察しており,多数の微細構造の写真も掲載しています。 宿主域については紅藻,緑藻,褐藻に対して感染性が検討されましたが,感染が認められたのはウシケノリ目 (Bangiales)の種に限られていたそうです。不思議なことに,13 のウシケノリ目の試料の中で, マルバアサクサノリ(P. kuniedae)の胞子体(conchocelis stage)にのみ感染しなかったそうです。 マルバアサクサノリの配偶体や他種の胞子体には O. porphyrae は感染できるため, マルバアサクサノリの胞子体を調べることで壺状菌病の対策が見つかってくるかも知れません。 さて,分子系統解析は SSU rRNA と cox2 遺伝子の 2 種類について行われ,O. porphyrae は SSU rRNA で Eurychasma dicksonii(褐藻の寄生菌。海産)に次ぐ原始的な位置を, Eurychasma を含まない cox2 の系統樹で最も原始的な位置を占めていました。 ただし後者の系統樹では卵菌類の根元付近の統計的支持率が低く,海産無脊椎動物の寄生菌である Haliphthoros や Halocrusticida の系統との関係は明らかではありません。 こうして O. porphyrae が卵菌類の初期分岐の一つであることが示されましたが, Haliphthoros を除いては卵菌類の初期分岐については微細構造の研究がほとんどなく, O. porphyrae との十分な比較はできませんでした(同じ筆頭著者による Eurychasma の研究が最近出版されている。近いうちに紹介予定)。 それでも卵菌類の初期分岐が海産の全実性の種に占められているのは明らかで, 同様の仲間から分実性のツユカビ類やミズカビ類が進化してきたと言えそうです。 また,これらの海産全実性の初期分岐においては O. porphyrae も含めて有性生殖の観察例がなく, 卵菌類の特徴とされる生卵器と造精器による有性生殖を行わず,異なる様式の有性生殖を行う可能性もあり, この検証は非常に楽しみな課題です。 最後に O. porphyrae の属分類について気になる点を指摘しておきます。 フクロカビモドキ属には 50 種以上が記載されてきたそうですが,これらを複数の属に分割する見解もあるそうです (例えば Dick, 2001)。Dick (2001) では海産紅藻に寄生する種を Pontisma に分類していますが, 今回の著者らは分子系統や微細構造の比較なしの,宿主域のみでの属分類には反対の立場を表明しています。 しかしフクロカビモドキ属のタイプ種(O. saprolegniae)は淡水産の卵菌類(ミズカビ属)に寄生する種で, 海産の全実性の系統が基部付近に,淡水性の卵菌類が派生的な位置に来た分子系統の結果を踏まえると, O. porphyrae がフクロカビモドキ属とは別の系統に含まれる可能性もあるかと思います。 その検証のためにも O. saprolegniae や Pontisma lagenidioides(Pontisma のタイプ種) の分子系統的位置を今後明らかにしていく必要もあるのではないでしょうか。 Sekimoto, S., Yokoo, K., Kawamura, Y. & Honda, D. Taxonomy, molecular phylogeny, and ultrastructural morphology of Olpidiopsis porphyrae sp. nov. (Oomycetes, straminipiles), a unicellular obligate endoparasite of Bangia and Porphyra spp. (Bangiales, Rhodophyta). Mycol. Res. 112, 361-374 (2008). Dick, M. W. Straminipilous Fungi: Systematics of the Peronosporomycetes Including Accounts of the Marine Straminipilous Protists, the Plasmodiophorids and Similar Organisms (Kluwer Academic, Dordrecht, 2001). 過去の関連記事 |
蘚類の分類も系統分類へ(2008.06.06) コケ植物は陸上植物の根元を占める(おそらく)側系統群ですが,中でも蘚類が最多の種を含みます (約 12,800 種とのこと)。古典的には形態に基づく分類が土台になっていますが,何度か分類体系の提案がされています。 Stech & Frey (2008) は分子系統を反映した「形態-分子」分類体系を提唱しています。 著者らは分子系統と形態に基づく分類体系を苔類,ツノゴケ類についてこれまで発表してきました。 そして今回は蘚類についても,分類体系の再構築を試みています。この論文中ではこれまでの分子系統を踏まえて, 特にマゴケ綱(Bryopsida)についてはこれまでの分子系統で未解決の部分が多かったため, 新たに分子系統解析も行い,分類体系の見直しに利用しています。 分子系統解析には葉緑体の非コード領域を用いていて,解読した 2430 座位のうち,変異の激しい 781 座位を除いた 1649 座位で解析されました。解析の結果,マゴケ綱の目間関係が解けたかと言えば,あまり解けていないようです。 一部の目については単系統性も高い支持率を得ていません。著者らは非コード領域の有用性を主張したいようですが, 他の遺伝子配列と結合するのであればともかく,単独で目間関係のような深い分岐を探るのは無理がありそうです。 さて分類体系の大筋ですが,かつては蘚類か苔類かも不明だったナンジャモンジャゴケ類が亜門の階級で区別され, 同程度に系統的に他の蘚類と離れているミズゴケ類も亜門として扱われています。マゴケ亜門の内部では, やはり系統・形態の双方で独自の,基盤的な 4 群が綱の階級でマゴケ綱と区別されていますが, クロゴケ類とクロマゴケ類は別綱として扱う研究者もいたため,異論が残るかも知れません。
マゴケ綱の分類は今回の分子系統を取り入れているようですが,これまでの研究者が時に, 亜綱と目の間に上目という階級を入れて整理していたのに対して,著者らは上目という階級は用いていません。 これまでの亜綱や上目の分類が分子系統と合わなかったためのようですが, シッポゴケ亜綱とマゴケ亜綱には 8〜12 目がそれぞれ含まれているため, 今後は系統解析の改善と合わせて上目の分類も取り入れられるかも知れません。 この論文では幾つかの新分類群が記載されていますが,中でも気になるのがナンジャモンジャゴケ科 (Takakiaceae),ナンジャモンジャゴケ目(Takakiales),ナンジャモンジャゴケ綱(Takakiopsida), ナンジャモンジャゴケ亜門(Takakiophytina)の記載です。著者らによれば, ナンジャモンジャゴケ科が最初の論文で正式に記載されていなかったため, これらの学名は全て正式記載されていなかったそうです。このような「使われているけれども正式記載されていない」 学名はやっかいな問題で,このように積極的に解決が進むことを希望します。 Stech, M. & Frey, W. A morpho-molecular classification of the mosses (Bryophyta). Nova Hedwigia 86, 1-21 (2008). 過去の関連記事 |
見えざる色素体を追って(2008.05.30)(→藻類学) |
系統樹から貫くヤリミドリ属 の形態差(2008.05.26)(→藻類学) |
粘菌の種分類の真髄へ迫る(2008.05.21) 細胞性粘菌の仲間にシロカビモドキ(Polysphondylium pallidum という種がいます。 本種は比較的普通に分布している種類ですが,実は近縁な数種との区別が困難で,しばしば P. pallidum complex として一括りにされてきました。Kawakami & Hagiwara (2008) はこれまで区別が明確でなかった P. pallidum と P. album の 2 種について,生殖隔離の実験と詳細な形態的比較から互いに独立種であることを示しています。 P. pallidum complex は,子実体が輪生枝を持つムラサキカビモドキ属(Polysphondylium) の中で,白い胞子嚢群と楕円形の胞子を持ち,子実体の先端が長く伸長しない種群を指します。Hagiwara (1989) は, シロカビモドキの他,P. album と P. tenuissimum を認めていて,互いに幾つかの形態で区別されます。 しかしこれらの形態差が子実体形成の変異なのか,遺伝的な差なのかは確かではありませんでした。 一方で交雑実験から P. pallidum complex の中に複数の交雑群が存在することが知られており, 例えば P. tenuissimum は日本産のシロカビモドキの株とは交雑しないそうです(Hagiwara, 1989)。 分子系統からも P. pallidum とされた株に 2 つの離れた系統が含まれ,P. tenuissimum とも離れることが示されていました(Schaap et al., 2006:粘菌生活の進化)。
問題は P. pallidum complex に複数の種が含まれているとして,その内のどれがシロカビモドキや P. album なのか,そもそもシロカビモドキと P. album が別種なのかが明らかではない点です。 著者らはこの問題を解決するため,特にシロカビモドキと P. album の 2 種に着目し, 両種のタイプ産地での株の採集と(それぞれリベリアとアメリカのフロリダ。 ただし 1995 年の採集当時リベリアは内戦中だったため,隣国のシエラレオネで採集が行われた)。 採集された株については,まず既知の P. pallidum complex の交配群(group A と B) の代表株などとの交配試験が行われました。その結果,シエラレオネ産の 48 株のうち 40 株が group B と判定され, 3 株は新規の交配群(group C)で,残る 5 株は交配しませんでした。フロリダ産の 44 株は 14 株が group A,24 株が group B と判定され,6 株は交配しませんでした。次にこれら 3 つの交配群の子実体の形態が詳細に比較されました。 3 つの交配群は輪生体(whorl)あたりの枝の数,子実体の柄の基部の形態,先端細胞の形態と長さ,胞子の大きさ, などの組み合わせによって区別されました。 著者らは各交配群の正確な種同定のため,アメリカ,マサチューセッツのハーバード大学に保存されている 複数のタイプ標本も観察しました。前述の形態の組み合わせから,シロカビモドキは group B と,P. album は group A と形態的に一致していたそうです。シロカビモドキはリベリアとアメリカ(マサチューセッツ)の試料に基づき, P. album はフロリダの試料に基づき最初に記載されました。今回,group B はシエラレオネとフロリダの 2 ヶ所から,group A はフロリダからのみ採集されており,産地からも group B をシロカビモドキ,group A を P. album と同定するのは妥当であると言えます。また,これまでシロカビモドキにまとめられていた group A の PN500 株と group B の CK8(=TNS-C-98)は系統的に離れており(Schaap et al., 2006), やはり互いに独立種であることを支持しています。 P. pallidum complex のように形態的な分類が困難な種については, 長期間にわたって分類が放置されることが度々あります。今回,シロカビモドキと P. album の分類が再整理され, 一つ問題が片付きました。一見地味な研究ですが,形態的によく似た別種を,種の実態(生殖的隔離,形態差) を明らかにしつつタイプ標本と合わせて識別する,という仕事は分類学の真髄であると言えます。 残念ながら group C については既知の種なのか新種なのかが不明なままですが,P. tenuissimum との関係も含めて, 今後明らかにされていくことが期待されます。 Kawakami, S. & Hagiwara, H. A taxonomic revision of two dictyostelid species, Polysphondylium pallidum and P. album. Mycologia 100, 111-121 (2008). Hagiwara, H. The Taxonomic Study of Japanese Dictyostelid Cellular Slime Molds (National Science Museum, Tokyo, 1989). Schaap, P. et al. Molecular phylogeny and evolution of morphology in the social amoebas. Science 314, 661-663 (2006). |
続報 4:もう一つの葉緑体(2008.05.19)(→藻類学) |
続報 3:もう一つの葉緑体(2008.05.16)(→藻類学) |
動物系統を大量データで解析(2008.05.14) 動物の大系統,門(phylum)の間の系統関係には多くの研究者が取り組んでいて, 動物内部の大きなグループも明らかになってきています(今日この頃の動物の樹)。 しかし解析方法や遺伝子による差や,解像度が得られない部分なども残されており,常に改良が進められています。 Dunn et al. (2008) は多数の動物の EST データに基づいて,かつてない規模の系統解析を行いました。 優れた系統解析を行うためには多数の遺伝子と多数の生物を含めることが必要ですが,しばしば両者は矛盾します。 これまでの解析では種数は多いけれども少数の遺伝子のみの解析であったり,逆に遺伝子数が多くても種数が限られているなど, 解析ごとに長所短所が分かれていました。しかし技術の進歩に伴って EST などゲノムレベルの情報が蓄積されつつあり, 著者らのデータも含めて大部分の動物門について多数の遺伝子に基づく系統解析が可能になりました。 具体的には 77 分類群(後生動物は 71 分類群)について 150 遺伝子の解析が行われました。 まず初めに,菌類とアメービディウム類,襟鞭毛虫類などを外群とし,71 種全てを含んだ解析が行われました。 しかし一部の分類群の位置が不安定なために,関係する多くの枝の支持率が下がる現象が認められました。 そこで著者らは枝の位置の安定性を "leaf stability indices" をもとに定量しました。 "Leaf stability indices" とは,(例えばブートストラップ解析などで得られた)複数の系統樹において 特定の末端枝(leaf)の相対的位置がどの程度安定しているのかを示す指標です (Phyutility などのプログラムで計算できる)。 そこで,この "leaf stability indices" が 90% 以下のものを排除した 64 分類群(後生動物 58 分類群)の系統樹を描き, 各枝がより高い支持率を伴った系統樹を導いています。 ここでは結果をまとめた系統樹を示しましょう。基本的には二つの系統樹の合意樹で,64 分類群の系統樹に含まれない分類群を *で示しました。いずれの系統樹でも強い支持が得られなかった枝には "?" がつけてあります。 また "L" は冠輪動物(Lophotrochozoa),"E" は脱皮動物(Ecdysozoa),"P" は前口動物(Protostomia), "D" は後口動物(Deuterostomia),そして "B" は左右相称動物(Bilateria)を表しています。 ---------------------軟体動物門| ---------------------| --------------環形動物門(ユムシ動物,星口動物を含む) | | | | -------| -------箒虫動物 | | | | -------|------腕足動物 | | | -------紐形動物門 | ---L--| -------扁形動物門 | | -----------------?--| | | | -------*腹毛動物門 | | | | | ---?--| ---------------------*吸口虫類 | | | | | | | | ---?--| -------*無腸類 ---?--| | | | ---?--| | | ---?--| ---?--| -------*顎口動物門 | | | | | | | --------------*輪形動物門 | | | | | -----------------------------------*苔虫類(外肛動物門) | | ---P--| -------------------------------------------------*毛顎動物門 | | | | -------鰓曳動物門 | | ---?--| | | | -------動吻動物門 | | | | | | -------線形動物門 | | |------| | --------------------------------------E--| -------類線形動物門 | | ---B--| |-------------緩歩動物門 | | | | | | -------有爪動物門 | | -------| | | -------節足動物門 | | | | --------------珍渦虫動物門 -------| | | | | | ---?--| -------棘皮動物門 | | | | -------| | | --------------------------------------D--| -------半索動物門 | | | ------| | ---------------------脊索動物門 | | | | -------刺胞動物門 | -----------------------------------------------------------?--| | -------海綿動物門(普通海綿) | -----------------------------------------------------------------------------有櫛動物門 まず,左右相称動物,前口動物,後口動物,冠輪動物,脱皮動物などの主要な大系統群が支持されました。 これらは定説となりつつある系統群ですが(今日この頃の動物の樹),一部には異論も出ていたため, 今回改めて支持されたことは意義深いと言えます。残念なのは冠輪動物の多くの分類群の系統的位置が不安定で, 実際に冠輪動物に含まれるのかどうかさえ不確かであったことです。 特に無腸類は近年左右相称動物の基部で分岐した生物とも考えられており, 今回 77 分類群の解析で冠輪動物に含まれたのは意外です。また吸口虫類(スイクチムシ) についても最近は環形動物に含まれるとも指摘されているにもかかわらず(Bleidorn et al., 2007), 冠輪動物の中では環形動物と離れた位置に来ているのは意外です。これらの結果は長枝誘引(long branch attraction) による誤りとも考えられますが,結論を出すには何か新しい情報が必要でしょう。 この他,軟体動物門の単系統性が示されたのも重要で,この群は形態的には良くまとまるにもかかわらず, 分子系統的支持が得られにくい傾向がありました。また節足動物門の姉妹群が緩歩動物門なのか有爪動物門なのか, あるいはその両者なのか議論がありましたが,今回有爪動物門が姉妹群であることが強く支持されました。 奇妙なのは有櫛動物門の系統的位置で,これは後生動物の基部に来ていました。一般に後生動物の最初の分岐は海綿動物, 特に普通海綿類と思われており,より複雑な体制を持った有櫛動物門が基部に来ることは予想外です。 今回の解析には基盤的な後生動物類が充分含まれておらず,平板動物門,石灰海綿類,できれば六放海綿類などの EST データが集まり,再解析される必要があるでしょう。 さらに著者ら自身が指摘しているように,皮中神経目(元々扁形動物で,無腸類と共に原始的な左右相称動物の可能性も), 胴甲動物門(おろらく脱皮動物),有輪動物門,微顎動物門(いずれもおそらく冠輪動物)などが解析に含まれておらず, 中生動物としてまとめられることも多い菱形動物門(おそらく冠輪動物),直泳動物門(系統的位置未確定)も情報が必要です。 現在も EST やゲノムの情報は着々と集められているはずですので, より完全な動物の系統樹が得られるのもそう遠い日ではないでしょう。 しかし一方で冠輪動物に近い系統群の解像度が得られていないのは,情報量だけでは解決しそうにないため, 異なるアプローチが必要と考えられます。 今回の研究の方法論として興味深いのは,系統的位置が不安定な分類群を除く手法です。 不安定な分類群を除いた再解析では多くの系統群の支持率が上昇しました。著者らはさらにこの結果が,過大評価ではない, 例えば情報量が減少した結果の間違いではない,ということを確認するため, 全ての分類群を含めた各ブートストラップ系統樹から不安定な分類群を除き,ブートストラップ値を求め直しました。 この解析には全分類群が含まれるけれども,ブートストラップ値の計算からのみ不安定な分類群が除かれている点が重要です。 この場合にも,不安定な分類群を最初から除いた場合と同様の結果が得られたことから, 確かに不安定な分類群を除く方法論が支持されました。逆に言えばブートストラップ値の計算でのみ不安定な系統群を除けば, わざわざ再解析をせずとも全体に支持率の高い,より多くの情報量を取り込んだ系統樹が描けるとも言えるでしょう。 おそらくこれは大系統のみならず系統解析一般にも成立すると思われますので, 分子系統を行う研究者は参考にしてはいかがでしょうか。 色々と見所があり,議論に値する論文ですが,この規模の系統解析が重要であることに議論の余地はありません。 今後しばらくはこの論文の系統樹が一つの代表的な系統樹として引用されていくことでしょう。 有櫛動物の位置は別として。 Dunn, C. W. et al. Broad phylogenomic sampling improves resolution of the animal tree of life. Nature 452, 745-749 (2008). Bleidorn, C. et al. Mitochondrial genome and nuclear sequence data support Myzostomida as part of the annelid radiation. Mol. Biol. Evol. 24, 1690-1701 (2007). 過去の関連記事 |
褐藻の分子系統,全目制覇(2008.05.12)(→藻類学) |
極小生命伝説の真相(2008.05.09)(→医学) |
ここがヘンだよ無色緑藻ミトコンドリアゲノム(2008.04.30)(→藻類学) |
難培養メタン菌は逆境にだけ強かった(2008.04.25) メタンは温暖化ガスとして問題になっていますが,その一つの発生源が水田です。 水田で主にメタンを生成しているのは Rice Cluster I(RC-I)と呼ばれる一群の古細菌と考えられています。 これまで RC-I は純粋培養されておらず,ゲノム情報からメタン生成菌と推定されました (地球を暖める古細菌 II)。しかし Sakai et al. (2007) は遂に RC-I の純粋培養に成功し,Sakai et al. (2008) により新目新科新属新種として記載されました。 RC-I を巡ってはこれまでも様々な研究がなされてきました。RC-I のメンバーは水素を利用したメタン生成を行っていて, 水田におけるメタン生成菌の 2〜5 割を占めているとも言われています。 また水田以外の様々な嫌気環境からも遺伝子配列が報告されており,さらなるメタン生成への寄与が想定されます。 しかしながら RC-I の生理学的性状については(ゲノムが読まれているとしても)純粋培養株が存在しない以上, 確かなことは全く言えませんでした。 そんな中,Sakai et al. (2007) はまず純粋培養に向けて RC-I の株の前培養を試みました。 ところが水素を利用するはずというわけで,既知の古細菌の培養に用いるような高濃度の水素分圧下(約 150 kPa) で水田の泥を前培養したところ,なぜか別のメタン生成古細菌である Methanobacterium bryantii (ユリアーケオタ門メタノバクテリウム目) に近縁な生物が増えてきてしまったそうです。そこで著者らは大きな改善を試みました。注目されたのが水素分圧で, 150 kPa という値は RC-I の生息環境に比べて 1,000〜10,000 倍も高かったそうです。 より「自然な」条件を再現するためには,低濃度の水素を定常的に与えることが考えられましたが, これは人工条件では難しいでしょう。著者らは代わりに水素を発生する,プロピオン酸酸化細菌 (Syntrophobacter fumaroxidans;プロテオバクテリア門 シントロフォバクター目)を共存させる戦略をとりました。 この方法で共培養を続け,半年以上移植/維持した結果,遂に古細菌としては RC-I のみを含むようになったそうです。 この状態から段階希釈法によって株の純化が行われ,さらに 1 年以上を要して純粋培養株が確立されました。
純粋培養確立の肝になったのは,水素分圧を低く抑え続けた共培養の過程です。 その理由としては,RC-I は低水素分圧に適応しているのに対して Methanobacterium は低水素分圧に弱く, しかし高水素分圧においては RC-I は相対的に増殖が遅く,Methanobacterium に抑えられてしまうことが考えられました。RC-1 は低水素分圧に適応しているからこそ, 水田環境のような水素分圧の低い環境で重要な地位を占めているのかも知れません。 さて,Sakai et al. (2008) はこの純粋培養株(SANAET 株)の分類研究を行いました。 この株は不動性の桿菌で長さ 1.8-2.4 μm 幅 0.3-0.6 μm と細長い形をしています。 自家蛍光からメタン合成に特異的な補酵素 F420 の存在も確認され, 水素とギ酸が生育とメタン生成を支持することも示されています。なお炭素源としては酢酸を要求するそうです。 至適温度や至適 pH はそれぞれ 35-37 ℃,pH 7.0 と,水田での生息に適していることがわかります。 また,純粋培養株の確立に長い期間がかかっていますが,これは倍増時間が 4.2 日と長いことから考えると道理です。 系統解析では,配列のみから RC-I が "メタノミクロビウム綱" の中に含まれ, メタノミクロビウム目や メタノサルシナ目とは異なる目に所属すると見られていました。 今回の純粋培養株の性質からしても,水素やギ酸をメタン生成の基質に用いる SANAET 株は 酢酸や簡単なメチル化物をメタン生成の基質に利用できるメタノサルシナ目とは区別され, メタノバクテリウム目とは細胞形態(SANAET 株は基本的に桿菌,メタノミクロビウム目は球菌や曲がった桿菌) で区別されるそうです。 こうして新種記載に必要な情報も収集し,SANAET は Methanocella paludicola(新属新種) として記載されました。Methanocella は「メタンを合成する細胞」という意味で,種小名の "paludicola" は 「泥に住む者」といった意味になります。著者らは同時にこの新属新種の属する新科(Methanocellaceae)と新目 (メタノセラ目:Methanocellales)も記載しています。 Sakai et al. (2007) は RC-I の純粋培養に成功したという点で, 今後のメタン生成菌研究や地球上におけるメタン循環の研究などに大きな貢献をしています。 同時に前培養のための発想も重要な意味を持っているかと思います。培養に際しては,養分(この場合は水素) を必ずしも豊富に与えるのではなく,少量であっても目的の生物の競争に有利な条件を与えることが肝要というわけです。 Sakai et al. (2007) は同様の手法でメタノミクロビウム目の新科に相当するメタン生成菌(NOBI-1 株) の単離にも成功したそうで,もっと多くの未知の系統群の単離にも繋がれば微生物全体の研究が大きく開けることでしょう。 RC-I については,低水素分圧への適応が明らかとなったわけですが,次は酵素の特性に基づく説明が求められます。 既に著者らは生化学的な実験も始めているそうで(Sakai et al., 2007),結果が楽しみです。 またゲノム解読がなされた MRE50 培養系は 50℃ で維持されており,好熱性の RC-I を含むと考えられますが, 著者らはその単離と Methanocella paludicola との比較にも興味を寄せています。 メタノセラ目は全く未知の一群だったわけですから,調べることはまだまだ出てくることでしょう。 Sakai, S. et al. Methanocella paludicola gen. nov., sp. nov., a methane-producing archaeon, the first isolate of the lineage ‘Rice Cluster I’, and proposal of the new archaeal order Methanocellales ord. nov. Int. J. Syst. Evol. Microbiol. 58, 929-936 (2008). Sakai, S. et al. Isolation of key methanogens for global methane emission from rice paddy fields: A novel isolate affiliated with the clone cluster Rice Cluster I. Appl. Environ. Microbiol. 73, 4326-4331 (2007). 参考: 過去の関連記事 |
変形菌の進化の道(2008.04.21) 変形菌(真正粘菌)は特殊なアメーバの仲間で,多様な形態の子実体を形成する点で注目されます。 変形菌の分類はこれまで子実体や胞子,変形体の形態に基づいてなされてきました。 しかし Fiore-Donno et al. (2008) は暗色の胞子を持つ変形菌の分子系統を調べ, これまでの分類との矛盾を指摘すると共に形態進化について議論しています。 変形菌の進化研究に初めて分子系統を本格的に用いたのは Fiore-Donno et al. (2005) でした。 この研究により,これまで変形体の形質に基づいてモジホコリ亜綱(Myxogastromycetidae)とムラサキホコリ亜綱 (Stemonitomycetidae)に分類されていた全ての目の代表種が調べられ,モジホコリ亜綱が単系統ではないことが示されました。 同時に,原始的と考えられたハリホコリ目(Echinosteliales)以外の 4 目において,胞子が明色の単系統群(コホコリ目: Liceales およびケホコリ目:Trichiales)と暗色の単系統群(モジホコリ目:Physarales およびムラサキホコリ目: Stemonitales)が認められました。今回の研究で著者らは,胞子が暗色の系統群を解析種数を増やして調べています。
著者らは SSU rRNA を系統マーカーとして,新たに 20 配列以上を解読しました。そしてこれまでの配列と合わせて 胞子が暗色の変形菌 35 配列を含めた系統解析を行いました。その結果,Fiore-Donno et al. (2005) では単系統に見えたムラサキホコリ目がモジホコリ目に対して側系統となることが示されました。 これは新たにルリホコリ属(Lamproderma)およびニセジクホコリ属(Diacheopsis)の配列が加わったためで, クロミルリホコリ(L. atrosporum)とサビルリホコリ(L. fuscatum)が暗色の系統群の根元の系統群 (クロミルリホコリ群)で,タマゴルリホコリ(L. ovoideum),ザウタールリホコリ(L. sauteri), オビルリホコリ(L. zonatum),コガネニセジクホコリ(D. metallica)の 4 種が, 特にモジホコリ目に近縁な単系統群(タマゴルリホコリ群)を形成していました。 ---------------------クロミルリホコリ群| ------| -------タマゴルリホコリ群 | -------| -------| -------モジホコリ目 | --------------他のムラサキホコリ目 著者らはこの結果から,子実体の柄と子嚢壁(子嚢を包んでいる膜状の構造)の形質の重要性を指摘しています。 祖先的なハリホコリ目とムラサキホコリ目では細胞質の内部に分泌される形で柄が形成されるのに対して, モジホコリ目では子実体全体を作る原形質の塊がくびれた部分が柄に相当しているそうです。 すなわちムラサキホコリ目の柄はおそらく一度失われ,モジホコリ目で柄が収斂進化したものと考えられました。 子嚢壁の形態は,クロミルリホコリ群では裂開性(子嚢壁が細かく裂ける)で, タマゴルリホコリ群とモジホコリ目では残存性(長期間残る),他のムラサキホコリ目では早落性(早期に脱落する) と異なっており,系統を良く反映していました。 この他,モジホコリ目は子実体に石灰を含むことが大きな特徴ですが,石灰を持たないヒメモジホコリ (Protophysarum phloiogenum)がモジホコリ目の根元に来ており, この種が形態的にも系統的にも原始的なモジホコリ目であることが示唆されました。 またルリホコリ属以外にも,モジホコリ属(Physarum),カミノケホコリ属(Comatricha) などが単系統ではないことが明らかになり,さらに Comatricha nigricapillitia という種がフサホコリ属 (Enerthenema)に対して側系統になり,褐色の型がよりフサホコリ属に近縁で, 黒色の型から区別される新種と指摘されました。 このように分子系統解析の導入によって様々なことが明らかになりました。 これは既存の分類体系の大幅な見直しを迫るものであり,例えばクロミルリホコリ群には "Meriderma" と言う名前が提唱されているようです(第 4 回国際変形菌分類学・生態学会議で発表されたもので, おそらく正式な学名にはなっていない)。分子系統の研究が進めば見直しが必要な事例がまだまだ多数出てくるでしょうから, 系統を反映した分類体系が確立するまでには今少し時間がかかりそうです。 今回の研究からも解るように,どの形質がどこで進化したのか,どの形質が系統を通じて安定しているのか, といった情報は純粋な形態学からは中々分からないもので,分子系統は強力な道具となります。 一方で分子系統の結果を解釈するためには形態学の知識の蓄積が必要であり, 分子系統学と形態学の両輪が揃って初めて変形菌の進化が明らかになるはずです。 変形菌においては形態学に比べて分子系統が著しく遅れていますので, 遺伝子配列情報のより一層の蓄積が望まれます。 Fiore-Donno, A. M., Meyer, M., Baldauf, S. L. & Pawlowski, J. Evolution of dark-spored Myxomycetes (slime-molds): Molecules versus morphology. Mol. Phylogenet. Evol. 46, 878-889 (2008). Fiore-Donno, A.-M., Berney, C., Pawlowski, J. & Baldauf, S. L. Higher-order phylogeny of plasmodial slime molds (Myxogastria) based on elongation factor 1-A and small subunit rRNA gene sequences. J. Eukaryot. Microbiol. 52, 201-210 (2005). |
女神の名を冠した新奇紅藻(2008.04.14)(→藻類学) |
続報:シロアリは進化したゴキブリ(2008.04.07) シロアリは進化したゴキブリでは,"シロアリ目"(Isoptera)がゴキブリ目 (Blattodea;Blattaria とも表記される;例えば平嶋ほか, 1989)の内部から派生してきたことを示し, シロアリ科(Termitidae)への格下げを提案した研究を紹介しました。しかし Lo et al. (2007) と Eggleton et al. (2007) はシロアリ類の分類階級について論争しています。 シロアリ類は元々独立した「目」として扱われていましたが,系統的にゴキブリ目から派生して来たことが明らかになると, ゴキブリ目の内部に "シロアリ目" を置くのは不適切だということでシロアリ科への格下げが提案されました。 同時にこれまでのシロアリ目の「科」は「亜科」に,などシロアリ類の内部分類の改変も提案されました (シロアリは進化したゴキブリ)。しかし Lo et al. (2007) は シロアリ目をシロアリ科に格下げすることには様々な問題を引き起こすため好ましくないとしています。 Lo et al. (2007) の論点は 3 つで,まず階級の変更を行うと,これまで確立されていたシロアリ類の 7 科 (ムカシシロアリ科:Mastotermitidae,オオシロアリ科:Termopsidae,シュウカクシロアリ科:Hodotermitidae, レイビシロアリ科:Kalotermitidae,ノコギリシロアリ科:Serritermitidae,ミゾガシラシロアリ科:Rhinotermitidae, シロアリ科:Termitidae)を全て亜科に変更する必要があり,大きな混乱を伴うと予想されます。 次にこれまでのシロアリ目をシロアリ科にした場合,これまでのシロアリ科と紛らわしく, またこれまでのシロアリ科をシロアリ亜科とすれば,これまでのシロアリ亜科と紛らわしくなります。 そして最後にそもそもゴキブリ類の系統がまだ十分に解けていないことが指摘されています。 分子に基づく系統樹と形態に基づく系統樹は互いに一致しておらず, しかもゴキブリ類の幾つかの系統が系統樹から抜けていたそうです。 そこで Lo et al. (2007) は,当面の間 Isoptera を,ゴキブリ類の内部の階級を伴わない名称として残し, 将来的にはシロアリ類を亜目,下目として扱うか(Isoptera の名称は維持する),上科(superfamily)や epifamily (前川, 2008 は "epifamily" に「上科」の訳語を充てているが,「上科」は "superfamily" の訳語として定着しており, "epifamily" には別の訳語を新たに作る必要がある)の様な科より上位の分類群として扱う(それぞれ "Termitoidea" と "Termitoidae" となる)ことを提案しています。 これに対して Eggleton et al. (2007)(元の論文の著者ら)は問題の生物群の分類において, シロアリ類とキゴキブリ(Cryptocercus)の姉妹群関係を描写することを最重要視しています。 と同時にシロアリ類を科の階級で扱うことはシロアリの研究者に受け入れられないおそれがあるため, Lo et al. (2007) の提案するような妥協も探っています。 シロアリ類を階級のない Isoptera とした場合や上科などの階級で扱った場合には, シロアリ類とキゴキブリの姉妹群関係が描写されないため,Eggleton et al. (2007) はシロアリ類を epifamily の階級で扱うことを提案しています。この場合,これまでのシロアリ類の内部分類に変更の必要はなく, また同時にシロアリ類とキゴキブリをゴキブリ上科(Blattoidea:平嶋ほか, 1989 など国内の文献では ゴキブリ亜目とされることが多いが,語尾は元来,上科の語尾であり,Eggleton et al. 2007 は上科として扱っている)の中の epifamily として併置できる利点もあります。そこで Eggleton et al. (2007) は epifamily Termitoidae,epifamily Cryptocercoidae,epifamily Blattoidae の 3 epifamilies をゴキブリ上科の中に設立しました。 今回の議論は結局の所,シロアリ類の妥当な階級はどこか,というだけのことですが, 系統分類とリンネ式の階層分類を両立させる場合にしばしば起こる問題でもあります。Eggleton et al. (2007) の妥協案は epifamily という聞き慣れない階級を使用すること以外は特に問題なく,今後採用される可能性があるでしょう。 安定した分類体系を目指すことも分類学者の仕事であり,その意味では重要な一歩となることでしょう。 最後に蛇足ながら,Eggleton et al. (2007) によるゴキブリ目の新しい分類体系を。
Lo, N. et al. Save Isoptera: A comment on Inward et al. Biol. Lett. 3, 562-563 (2007). Eggleton, P., Beccaloni, G. & Inward, D. Response to Lo et al. Biol. Lett. 3, 564-565 (2007). 平嶋義宏, 森本桂 および 多田内修 昆虫分類学 (川島書店, 東京, 1989). 前川清人 シロアリとゴキブリの系統関係に関する最近の知見. 昆虫と自然 43(5), 5-9 (2008). 過去の関連記事 |
コウモリの初飛行は有視界飛行(2008.03.27)(→古生物学) |
シャジクモを隔てる水深 1m の壁(2008.03.19)(→藻類学) |
第四の子嚢菌は土の中(2008.03.14) 原核生物においては新しい綱や門など高次の分類群が発見されることも珍しくありませんが, 真菌類においては既に多様性の研究が進んでおり,そのような新発見はあまり聞きません。しかし Porter et al. (2008) は子嚢菌の中に亜門に相当する未知の系統群が含まれていて,世界中の土壌に分布していることを示しました。 真菌類の主要な分類群は整理されてきていますが(菌の王国の組織図一新), 記載されたの種は真菌類全体の 5% にも満たないと言われているそうです。そこで環境試料からの DNA 解析も行われていて, 未知の系統群も報告されてきました。しかしその多くが断片的であったり,研究によって用いられた遺伝子が異なっているなど, 菌類の中での位置づけが整理されていませんでした。そこで著者らは LSU rDNA の解析から認識されていた子嚢菌の Soil Group I clade について,よく使われる遺伝子である 18S SSU rDNA,ITS1,5.8S rDNA,ITS2,28S LSU rDNA (この順番で隣接している)を土壌の環境試料からまとめて増幅・解読しました(約 24,000 塩基対)。 著者らはこの系統群を SCGI(Soil Clone Group I)と呼び,様々な研究から得られたこれらの遺伝子断片を対応づけました。 系統解析から SCGI が子嚢菌類に含まれることも確認され,特に SSU と LSU rDNA 遺伝子の結合系統解析からは, SCGI が子嚢菌の中で亜門のレベルで独自の系統群であることが示されています。ベイズ法による系統解析では, タフリナ菌亜門に子嚢菌の根をおいた場合,SCGI はチャワンタケ亜門とサッカロミセス亜門の作る単系統群の姉妹群となりました。 さらに SCGI に属するこれまでに登録されていた配列が多数同定され,地域では北米,中米,ヨーロッパ,オーストラリアなど, 環境としてはツンドラ,温帯林,熱帯林,草原などの土壌,特に植物の根系(菌根も含む) などから報告されていたことが明らかになりました。また一ヶ所の土壌からは複数の SCGI の系統が得られており, SCGI の多様性が高いことが窺えます。 ---------------------タフリナ菌亜門| ------| --------------SCGI | | -------| -------サッカロミセス亜門 -------| -------チャワンタケ亜門 子嚢菌の中での系統的位置などから類推すると,SCGI は目に見える子実体を形成しないと見られるそうです。 さらに SCGI は絶対生物栄養性(obligately biotrophic)の可能性も考えられています。 すなわち他の生物に依存して生きているとすれば,培養に基づく研究で見つかっていない説明がつくと言うことです。 これまで配列が確認された環境が土壌に集中しており, 同じ土壌であっても氷河の先端部分や植生のない高山の斜面からは検出されないことからも, SCGI が植物のような生物に依存している可能性が支持されます。 今後は是非とも SCGI の実態を明らかにし,新らしい子嚢菌の亜門として記載していただきたいものです。 論文中では SCGI が土壌菌類の配列の 27% に達するとも記されており,生態における重要性も無視できないはずです。 ともあれ,まずは SCGI を「見る」ことが重要です。相補を蛍光標識して細胞を染色する方法(fluorescent hybridization) を用いれば,おそらく SCGI に属する生物を同定することができるでしょう(配列が直接解析されていなくても, これまで全く観察例がないとは考えにくいので)。種が同定されれば,その種や近縁種などに関する既存の情報が活用できます。 そして培養への道が開ければ,と期待されますが,本当に生物栄養性の生物だった場合は難しいかも知れません。 Porter, T. M. et al. Widespread occurrence and phylogenetic placement of a soil clone group adds a prominant new branch to the fungal tree of life. Mol. Phylogenet. Evol. 46, 635-644 (2008). 過去の関連記事 |
カモノハシの古すぎる起源(2008.03.11)(→古生物学) |
マラリア原虫と渦鞭毛藻をつなぐ生き証人が見つかった(2008.03.07)(→藻類学) |
変形菌の親戚の正体(2008.03.04) 変形体モドキの正体では,変形体に似た Corallomyxa 属アメーバが実は変形菌とは近縁でないとの研究を紹介しましたが,Smirnov et al. (2008) は変形菌に近縁なアメーバが, 実は誤同定であったとの研究を発表しています。 近年のアメーバ動物類の系統解析では,変形菌や細胞性粘菌などの粘菌類に近縁なアメーバとして,Filamoeba や Gephyramoeba が挙げられていました(系統解析によってはアーケアメーバと粘菌類の方が近縁にもなる)。 ところがこの Gephyramoeba の株(ATCC 50654)の詳細な形態観察はこれまで発表されてきませんでした。微生物の場合, 誤同定された株を用いて誤った系統解析が報告されることがしばしば起こるため(例えば ヤリミドリの種は単系統か?),著者らは形態観察の見直しを行いました。 ATCC 50654 株の栄養体は不定形で,枝分かれした長い腕状の擬足を持ち,擬足の先端にはさらに細い毛状の副擬足があるそうです。 また,変形体様の世代や鞭毛期は見られなかったそうです。ATCC 50654 株は枝分かれする擬足を持つ点では Gephyramoeba と似ていますが,Gephyramoeba で見られる,擬足の先端で細胞質が薄い膜状に伸展する形質は ATCC 50654 株に見られず, 逆に Gephyramoeba には副擬足は知られていません。従って ATCC 50654 株は Gephyramoeba とは考えられず, 著者らは Acramoeba dendroida という新種として記載しています。 系統的には Acramoeba はアメーバ動物門(Amoebozoa)に含まれ, 最尤法の系統樹によれば Filamoeba と近縁であることが示唆されています。両者は併せてヴァリポディダ目 (Varipodida)を構成します。これまでこの目に含まれていた Gephyramoeba は除かれ,形態に基づいて元々所属していたレプトミクサ目 (Leptomyxida)に戻されました。 ヴァリポディダ目は粘菌類(変形菌,細胞性粘菌,原生粘菌の Planoprotostelium)およびアーケアメーバ綱, Cochliopodium(未踏の地,アメーバ動物門を行く III)と姉妹群になりました。 形態的には Acramoeba,Filamoeba,そしてタマホコリカビ類が副擬足を持っている点で共通していますが, Acramoeba の擬足は他の擬足とは似ていないそうで,その近縁性はまだ検討の余地がありそうです。 著者らはこの他にも "Rhizamoeba saxonica" CCAP 1570/2 が誤同定であり,系統的には Paraflabellula に含まれることや,レプトミクサ目に含まれていた Flamella 属をこの目から除き, レプトミクサ目を形態的にもよくまとまった単系統群に再整理することを述べています。ATCC 50654 株の同定の見直しと併せて, 正確な種同定の重要性を意識した研究になっています。正確な種同定は,行われていて当然と思われているにもかかわらず, 実際には原生動物や藻類,原核生物など微生物全般で大きな問題になっています(ゲノム解読に遅れた命名, ヤリミドリの種は単系統か?)。 一見,地味な仕事ですが,生物学の土台を支える重要な仕事として評価されるべきでしょう。 Smirnov, A. V., Nassonova, E. S. & Cavalier-Smith, T. Correct identification of species makes the amoebozoan rRNA tree congruent with morphology for the order Leptomyxida Page 1987; with description of Acramoeba dendroida n. g., n. sp., originally misidentified as ‘Gephyramoeba sp.’ Eur. J. Protistol. 44, 35-44 (2008). 過去の関連記事 |
OTOKOGI の系譜を辿る(2008.02.27)(→藻類学) |
生命の樹の根は熱かった(2008.02.22) 初期の生物が好熱性か低温性か,あるいはどのような温度環境に生息していたのかは一つの研究課題となっています。 Gaucher et al. (2008) は現生の細菌の系統関係とタンパク質の安定性に基づいて, 太古の細菌がもともと高温の環境に住んでいたと推定し,併せて地球環境も高温から冷えていったとの推測を提示しています。 太古の生物の生息環境の温度を知るためには二つの戦略が考えられています。 一つは当時の地層に残された地質学的な証拠から温度を推定する方法,もう一つは現存する生物の祖先状態を推定する方法です。 ここで著者らは前者の方法をとっています。現生の生物の系統関係と形質の分布から祖先形質を推定する場合, 系統推定の誤差など様々な誤差によって結果が大きく変わってくるおそれがあります。 これまでの研究でも方法によって結果がまるで異なっており,この誤差の克服が一つの課題であったと言えるでしょう。 著者らは樹形の曖昧さや祖先推定の曖昧さなども考慮に入れ,その結果を比較することで誤差の問題を乗り越えようとしています。 著者らは生育温度との相関が知られている伸長因子-Tu(EF-Tu)の熱安定性を真正細菌について調べました。 また系統樹とタンパク質のアミノ酸配列情報から,祖先配列の各座位が特定のアミノ酸だった確率を推定し, 最も可能性の高いアミノ酸配列を持ったペプチドを合成しています。そしてその熱安定性から祖先の生育温度が推定されました。 さて,推定の結果は系統樹の形に大きく依存すると考えられます。そこで二つの系統仮説について祖先状態の推定が行われました。 一つは真正細菌の初期分岐が超好熱性となる樹形で,もう一つは超好熱菌がより派生的な位置を占める樹形です。 それぞれの樹形の下で,真正細菌の最後の共通祖先の生育温度は 73.3,64.8 ℃と高温で,徐々に生育温度が下がったと推定されました。 さらに祖先配列の推定には誤差が想定されるため,最も可能性の高い配列だけでなく,多少配列の異なるものから選ばれた 5 つの配列の熱安定性も測定されました。そしてこれらの配列からも 60.0〜66.3 ℃と,比較的高温の生育温度が推定されました (樹形は超好熱菌が派生的となる樹形)。さらにアミノ酸の平衡頻度も誤差の原因になると考えられました。 これも標準的な平衡頻度ではなく,独立に推定された祖先生物の平衡頻度で計算し直していますが, やはり真正細菌の最後の共通祖先の生育温度は 61.4 ℃と高温であることが裏付けられています。 このように,誤差を考慮しても真正細菌の祖先は好熱菌だったことが改めて推定されました。 しかし今回の研究でもう一つ面白いのは,生育温度の低下のパターンです。著者らによればこの低下のパターンは, 酸素と珪素の同位体比から推定された海洋温度の低下パターンとうまく対応づけられるそうです。 この対応が事実であれば,生物が 70 ℃程度の熱い海洋で誕生し,地球が冷えるにつれて低温環境に適応していったと考えられます。 ただ一方で,太古の生物が熱水噴出孔の様な場所で誕生し,徐々に周辺の低温環境へと進出していったとの仮説も否定はできません。 一般的に祖先状態を推定する方法には誤差の問題がつきものです。そのため今回,誤差を考慮しても真正細菌の祖先が好熱性である, との結果が得られたことは重要な進展と言えます。そしてその結果と地質学の結果が対応づけられる可能性が示されたことも印象的です。 何故かこの研究では古細菌が扱われていませんが,古細菌の系統関係は真正細菌よりもよく解けており, 祖先の生育温度の推定もうまくいくものと思われます。今後は今回の結果を検証するために,古細菌や他の遺伝子での同様の研究や, さらに充実した地質学的証拠が求められていくことになるでしょう。 Gaucher, E. A., Govindarajan, S. & Ganesh, O. K. Palaeotemperature trend for Precambrian life inferred from resurrected proteins. Nature 451, 704-707 (2008). 参考: 過去の関連記事 |
渦鞭毛虫の根元を照らす夜光虫(2008.02.14)(→藻類学) |
緑藻色素体のスピンオフ(2008.02.12)(→藻類学) |
クジラの起源に異説あり(2008.02.01)(→古生物学) |
続報:粘菌生活の進化(2008.01.28) 粘菌生活の進化において,細胞性粘菌の初めての大規模な分子系統解析について紹介しました。 Schaap (2007) ではこの研究の成果と,その先にある細胞性粘菌の形態形成の進化の研究について丁寧な解説をしています。 細胞性粘菌は子実体の形態に基づいて 3-4 属に分類されてきました。細胞性粘菌の子実体形成の過程では,まずアメーバ細胞が凝集し, ナメクジ状の移動体を形成します。この移動体が適当な場所を求めて移動し,立ち上がって変形し,子実体となります。 従って子実体の形態は,細胞の移動や相互作用,分化などによって決まってくると考えられています。 これは動物のような多細胞生物の発生のモデルとして関心が持たれており,実際に形態形成の分子機構が調べられています。 特に細胞性粘菌は全ての既知種が実験室で培養可能であることから,形態形成の比較,進化学的な研究に最適であると言えます。 既にタマホコリカビ属(Dictyostelium)の研究において,移動体の先端にある少数の細胞がシグナルを分泌し, 前後軸に沿った極性を形成していることが知られています。またキイロタマホコリカビ(D. discoideum) の細胞の凝集や分化のシグナルに cAMP が使われていることはよく知られています。この他, 胞子の成熟に関与するペプチド分子や,細胞分化の割合の制御に関与するポリケチド由来の代謝産物, 胞子の発芽を制御するアデニン由来のサイトカインなどが知られているそうです。 さて著者によると,粘菌生活の進化で紹介した SSU rRNA と α-チューブリンの分子系統解析は, 発生シグナルの進化を調べる糸口として行われたそうです。この研究では各種の形態形質を系統樹に沿って当てはめ, 例えば胞子の形態や子実体の柄の先端が系統を反映している一方,タマホコリカビ属とムラサキカビモドキ属(Polysphondylium) が多系統性となることが指摘されています。また胞子や子実体のサイズが系統ごとに異なる傾向を持っていることも重視されています。 著者の目標である発生シグナルの進化については,未だ限定的な知見しか得られていないようです。 幾つかのシグナル分子がキイロタマホコリカビでのみ研究されていますが,進化的な議論については cAMP で辛うじてなされています。 cAMP は細胞性粘菌一般では移動体の先端で分泌され,形態形成のシグナルとして働きます。 そしてキイロタマホコリカビを初めとするグループ 4 でのみアメーバ細胞の凝集にも働いています。系統樹から見ると, グループ 4 においてアメーバ細胞の凝集という役割が追加されたと推定されます。このような cAMP の働きには cAMP の受容体(cAR)の内, cAR1 が関与していると考えられ,この遺伝子は 4 つ全てのグループで保存されています。興味深いのは発現パターンの違いで, まず凝集後(形態形成の時期)の発現は全てのグループで起こるのに対して,グループ 4 でのみ凝集前や凝集中にも発現が起こっています。 この違いはグループ 4 で凝集期の発現のためのプロモーターが追加されたことで成立したと考えられています。
また著者はグループ 4 で子実体のサイズが大型になる傾向も cAR によって説明されると推測しています。 移動体先端から分泌される cAMP は移動体の新しい軸形成を阻害しているそうで,グループ 4 ではこの阻害が強いために同じ数の細胞から, より少数で大型の子実体ができると見られています。そして cAR1 の発現がより早い時期に始まることと, グループ 4 は遺伝子重複の結果 4 つの cAR 遺伝子(cAR1〜4)を持っていることなどが原因と予想されます。 この他,幾つかの形態形成の違いについて著者なりの説明が与えられています。 総じて比較的単純な差,cAMP 受容体の発現の差などによって,顕著な子実体形態の差が生み出されると予想され, 今後,分子レベルのさらなる比較研究が期待されます。現在,グループ 1〜4 を代表する種についてゲノム解読が進行中とのことで, ゲノム比較と形態形成を結びつけた研究が近い将来に実現するかもしれません。ヒトとチンパンジーのような複雑な生物同士の比較の場合, ゲノムに差が見つかってもその差を形態差と結びつけることがしばしば困難ですが,細胞性粘菌のような単純な系であれば, 形態形成の遺伝的基盤を論じることも現実味を持つことでしょう。 Schaap, P. Evolution of size and pattern in the social amoebas. BioEssays 29, 635-644 (2007). |
植物の最初の枝分かれ(2008.01.24)(→藻類学) |
ウニに住む真正粘菌(2008.01.18) 真正粘菌は変形菌とも呼ばれ,単細胞の粘菌アメーバ,多核の変形体,胞子を飛ばす子実体など, 様々な形態をとることで有名です。変形菌の分類は主として子実体の形態に基づいて行われ, 従って陸上での観察が中心でした。ところがDyková et al. (2007) は, ウニの体内から真正粘菌の仲間の粘菌アメーバを発見し,粘菌の生活圏が予想以上に広い可能性を示しています。 これまでにも無脊椎動物の体内からアメーバが検出された例はあり,宿主に害をなす可能性も指摘されていました。 そこで著者らはアドリア海のクロアチア沿岸から採集されたウニの一種(Sphaerechinus granularis) の体腔液からアメーバ様の生物を分離しました(SUS: sea urchin straines; ECHI1,ECHI14,ECHI43,ECHI49,ECHI54)。アメーバ類は 34 個体のウニの内,5 個体から分離されたそうです。 これらの株について詳細な光学・電子顕微鏡観察が行われ,アメーバ,鞭毛性の栄養体,シストを報告しています。 そして SUS と,真正粘菌の仲間,特にモジホコリ属(Physarum),カタホコリ属 (Didymium;2 属ともモジホコリ目)や子実体が知られていない粘菌アメーバの仲間である Hyperamoeba および Pseudodidymium の類似性が指摘されています。 SSU rDNA の系統解析も行われており,5 株の SUS は互いにごく近縁で,Hyperamoeba dachnaya と近縁であることが示されました。Hyperamoeba は子実体形成能を失った真正粘菌の仲間と考えられており, 多系統であることも知られています。子実体を形成する真正粘菌の中ではゴマシオカタホコリ(D. iridis) の数株が最も近縁でした。 形態学的にも,分子系統の結果からも SUS は真正粘菌の仲間と考えて間違いないと思われますが, モジホコリ(P. polycephalum)やヒメカタホコリ(D. nigripes) では培養条件下で変形体や子実体が形成されるのに対し,今回の著者らが試みた限りでは,SUS では子実体形成は認められなかったそうです。 子実体を形成できない真正粘菌は複数例知られていますし,特段不思議ではありません。 しかし既知の真正粘菌がほぼ全て,土壌や朽ち木の中など淡水環境から知られているのに対して, 海産のウニの体腔から真正粘菌が発見されたことは驚きです。粘菌アメーバが他の地域, あるいは他の種類の無脊椎動物の体腔内にも住んでいるのか, そしてどのような過程を経てウニに住み着くようになったのかは大変興味深い問題です。 考えられる経路としては,淡水棲の無脊椎動物に共生する粘菌アメーバを経て海に進出した可能性 (ただしウニは淡水には見られない)と,海産の粘菌アメーバから進化した可能性 (ただし海産の真正粘菌は知られていない)などがあるかと思います。 真正粘菌はその名の通り,これまで主として菌類の研究者によって研究されてきました。 しかし系統的にはアメーバの仲間に含まれることが明らかになっており, 今後,原生動物学者がアメーバの研究を進めることにより, 真正粘菌の全く新しい側面がまだまだ見えてくるかも知れません。 Dyková, I., Lom, J., Dvořáková, H., Pecková, H. & Fiala, I. Didymium-like myxogastrids (class Mycetozoa) as endocommensals of sea urchins (Sphaerechinus granularis). Folia Parasitol. 54, 1-12 (2007). |
エクスカヴァータの系統的評価(2008.01.16) 真核生物の大系統の研究は日々進展しています。特に近頃は比較的無名ながら, 系統的に興味深い原生動物の研究が注目されています。Rodríguez-Ezpeleta et al. (2007) はアメーバ鞭毛虫類(cercozoans)とジャコバ類(jakobids)という原生動物の系統的位置を, EST 解析に基づく多遺伝子解析により推定しました。 真核生物の大系統を調べるためには単一あるいは少数のの遺伝子の系統解析では不十分であることが既に分かっています。 そこで多数の遺伝子を用いた系統解析が進められていますが,ゲノム解析などは少数のモデル生物に限られており, 多くの変わった原生動物が含まれません。そこで著者らはより手軽な EST 解析を複数の原生動物について進め, 多遺伝子解析に活用しました。新たに解読されたのはエクスカヴァータ類に含められるジャコバ類とマラウィモナス類の EST で,さらにアメーバ鞭毛虫類の EST データも利用しています。 著者らはまず核コードの 143 タンパク質遺伝子(31,604 アミノ酸残基)について真核生物全体の系統推定を行いました。 その結果は大筋でこれまでの系統樹と一致しており,例えば一次共生植物(緑色・灰色・紅色植物) はやや低い支持率で単系統になっています(ただし続報:巨大な植物界なども参照)。 今回注目されたアメーバ鞭毛虫類(リザリア類の代表)はアルベオラータ類およびストラメノパイル類と単系統群となることが, ジャコバ類はユーグレナ動物類・ヘテロロボセア類(いずれもエクスカヴァータ類)と単系統となることが, それぞれ高い支持率で示されました。さらに後者の単系統性を支持する 4, 5 アミノ酸の挿入が Rpl24A タンパク質に見つかっています。しかしマラウィモナス類は他のエクスカヴァータ類と離れて, バイコンタ類の基部で分岐していました(しかし統計的な支持は得られていない)。 その結果エクスカヴァータ類は非単系統となっています。 ------------------------------------------オピストコンタ類| |-----------------------------------------アメーバ動物類 | ------| -----------------------------------マラウィモナス類(エクスカヴァータ類) | | | | ------------------------?--一次共生植物類 ---?--| | | | -------アルベオラータ類 | | ---?--| ---?--| -------| -------ストラメノパイル類 | | | | | --------------アメーバ鞭毛虫類(リザリア類) ---?--| | --------------ジャコバ類(エクスカヴァータ類) | | -------| -------ユーグレナ動物類(エクスカヴァータ類) -------| -------ヘテロロボセア類(エクスカヴァータ類) しかしこの結果は進化速度の速い生物が複数含まれていたための誤りとも考えられました。 そこで著者らは特に進化速度の速い幾つかの原生動物を除外し,改めて系統樹を描いています。 樹形は初めのものと一部で異なっており,アルベオラータ類とストラメノパイル類の近縁性が強く支持されました。 マラウィモナス類は支持率が弱いながらも他のエクスカヴァータ類と単系統群を作っています。 -----------------------------------オピストコンタ類| |----------------------------------アメーバ動物類 | | -----------------?--一次共生植物類 ------| | | ---?--| -------アルベオラータ類 | | | -------| | | -------| -------ストラメノパイル類 | | | ---?--| --------------アメーバ鞭毛虫類(リザリア類) | | ---------------------マラウィモナス類(エクスカヴァータ類) | | ---?--| --------------ジャコバ類(エクスカヴァータ類) | | -------| -------ユーグレナ動物類(エクスカヴァータ類) -------| -------ヘテロロボセア類(エクスカヴァータ類) 近年は,形態からは明らかにならなかったグループが分子系統によって示される場合が多いようですが, エクスカヴァータ類は逆に形態的な特徴から見出されてきたグループです。 主な特徴としては細胞の腹側に捕食装置や,鞭毛の翼(flagellar vanes),幾つかの細胞骨格の形質が挙げられています。 しかし全てのメンバーがこれらの特徴を共有するわけでもなく,分子系統からもこれまで支持されてきませんでした (腹でもの喰う真核生物の系統)。断片的な証拠から, 幾つかのエクスカヴァータのグループが互いに近縁であることは議論されてきましたが (古細菌から寄生虫への遺伝子移動,エクスカヴァータの証拠), 多遺伝子解析により単系統性が(弱いとは言え)支持されたことは一つの進歩と言えるでしょう。 今回の研究ではミトコンドリアを失ったエクスカヴァータ類が除外されており,単系統性の立証には不十分とも言えますが, そのようなグループでは遺伝子の進化速度が極端に速く,系統解析には不向きであることからやむを得ないでしょう。 エクスカヴァータ類の内部では,ミトコンドリアが盤状のクリステを持つユーグレナ動物類とヘテロロボセア類 (あわせて盤状クリステ類 Discicristata と呼ばれる)が単系統となったことも注目されます。 以前の研究ではジャコバ類がヘテロロボセア類と近縁になり,盤状のクリステの進化について疑問が持たれていましたが (腹でもの喰う真核生物の系統),今回の結果は形態形質と一致したわけです。 リザリア類の系統的位置についてはエクスカヴァータ類またはストラメノパイル類の姉妹群である可能性や (リザリアはどこか?),アルベオラータ類およびストラメノパイル類の姉妹群となる可能性 (続報:クリプト藻とハプト藻は生き別れの姉妹か)が支持されていますが, 今回の結果は後者の研究(Hackett et al., 2007)と一致します。 全体的な樹形でも後者の研究と類似していることがわかります。今回の研究では 143 もの遺伝子が用いられているのに対して, Hackett et al. (2007) では厳選した 16 遺伝子が用いられており,対照的なことも興味深いと言えます (異なるアプローチで支持されたため,説得力があるとみるか,厳選すれば 16 遺伝子でも十分とみるか, 悩ましいところではあります)。 今後も EST プロジェクトが続々と進行し,遺伝子数や生物の種数を増やした系統解析が発表されていくことでしょうが, 今回マラウィモナス類の系統的位置が解けなかったことは,その限界も暗示しているように思われます。 アミノ酸配列の挿入欠失や,水平遺伝子移動の有無など別のアプローチも併用するしかないのでしょう。 Rodríguez-Ezpeleta, N. et al. Toward resolving the eukaryotic tree: The phylogenetic positions of jakobids and cercozoans. Curr. Biol. 17, 1420-1425 (2007). 過去の関連記事 |
続報:ヨウスコウカワイルカ科の絶滅(2007.12.28)(→その他) |
哺乳類の深みを見つめて II(2007.12.06) 有胎盤哺乳類の初期分岐の研究を最近紹介しましたが(哺乳類の深みを見つめて I), 同様の研究がもう一本発表されています(Hallström et al., 2007)。こちらの研究の方がやや遺伝子数が多く, 系統解析の条件も検討されていますが,やはり北方真獣類が最初に分岐し,アフリカ獣類と異節類が近縁とされています。 著者らはやはりアフリカ獣類,異節類,北方真獣類のいずれが最初に分岐したのかを調べるため, ゲノム情報に基づく大規模解析を行っています。有胎盤哺乳類からは内群として Wildman et al. (2007) と同じ 11 種を用い, 外群にはニワトリとハイイロジネズミオポッサムのみを用い,カエルは省いています。2,840 タンパク質遺伝子,2,168,859 塩基対が解析に含まれていますが,アミノ酸に変換して用いたり,プリン塩基,ピリミジン塩基をそれぞれ R,Y として一括して扱ったり, という処理をした場合も比較しています。 細かいところでは遺伝子や系統ごとの進化速度や塩基組成などを調べ,系統解析に適切な条件かどうかを検討しています。 特に塩基組成が系統ごとにばらついていましたが,プリン塩基とピリミジン塩基をそれぞれ一括した場合にはばらつきが抑えられることを示し, それぞれのデータで系統解析の結果を比較しています。最尤法とベイズ法による系統樹では,いずれのデータからも同じ樹形が得られ, アフリカ獣類と異節類が互いに近縁であり,北方真獣類が最初に分岐したことを示しています。さらに Kishino-Hasegawa 検定, Shimodaira-Hasegawa 検定,そして Expected Likelihood Weight という指標でも, 北方真獣類が基部にする樹形が他の仮説より有意に支持されました。 著者らはまた,Nikolaev et al. (2007) によるアフリカ獣類を基部にする系統樹との比較に重点を置いています。 Nikolaev et al. (2007) は 200,000 塩基対のコード配列と,430,000 塩基対の保存的な非コード配列に基づいて系統解析を行っており, 決して情報量は少なくありません。にもかかわらず異なる結果が得られたのは,Nikolaev et al. (2007) のデータが進化速度の速い遺伝子を高い割合で含んでいたためと見られます。また,Nikolaev et al. (2007) が用いたデータの一部では, アフリカ獣類と異節類の近縁性を否定できていません。従って,Nikolaev et al. (2007) のデータが不十分だったと思われます。 この研究では分岐年代の推定も併せて行っており,北方真獣類の分岐が 9900 万〜 1 億年前,アフリカ獣類と異節類の分岐が 9700〜9800 万年前頃と推定されました。これは世界各地で大陸の分裂が進んだ時期に対応しているように見えます(Smith et al., 1994)。また著者らの見解では,現在南米を中心に分布している異節類は,白亜紀/第三紀境界で絶滅したより原始的な哺乳類に代わって 台頭してきたそうです。少なくとも 9500〜7000 万年前の南米からは他の哺乳類の化石は見つかっているにもかかわらず, 異節類の記録はないそうで,異節類が北方のローラシア大陸から白亜紀末に南米に渡った可能性があります。 なお,アフリカ獣類についてもローラシア大陸からアフリカに渡った可能性があります (アメリカ起源のアフリカ獣類)。 大規模な系統解析でアフリカ獣類と異節類の近縁性が支持されていることは,とても興味深いとは思います。 しかし依然として解析に含まれた外群や,アフリカ獣類,異節類の種数が少ないには違いなく,何か決定的な証拠が待たれるところです。 おそらく有胎盤哺乳類の初期分岐の問題は,解決できそうな問題の中で最も困難な課題でもあるかと思います。 今後も,このような系統解析上の困難がどのように解決されていくのかに注目していきたいと思います。 Hallström, B. M., Kullberg, M., Nilsson, M. A. & Janke, A. Phylogenetic data analyses provide evidence that Xenarthra and Afrotheria are sister groups. Mol. Biol. Evol. 24, 2059-2068 (2007). Nikolaev, S. et al. Early history of mammals is elucidated with the ENCODE multiple species sequencing data. PLoS Genet. 3, 1 (2007). Smith, A. G., Smith, D. G. & Funnell, B. M. Atlas of Mesozoic and Cenozoic Coastlines (Cambridge University Press, Cambridge, 1994). 過去の関連記事 |
哺乳類の深みを見つめて I(2007.11.30) 哺乳類,特に有胎盤哺乳類の主要な系統関係は分子系統によって明らかにされてきています。 しかし残された未解決の謎の中に,有胎盤哺乳類の最初の分岐があります。有胎盤哺乳類の中で最初に分かれた系統群を明らかにするため, Wildman et al. (2007) は哺乳類のゲノム規模の配列情報に基づいて系統解析を行いました。 有胎盤哺乳類には,アフリカ獣類(Afrotheria),異節類(Xenarthra),北方真獣類(Boreoeutheria)の 3 大系統群が知られています。 しかしこの内どの 2 群が互いに近縁で,どの群が最初に分かれたのかは未だに決着していない難問です。 例えば Murphy et al. (2001) ではアフリカ獣類が最初に分岐し,残る 2 群が近縁であるとしていますし(後者を Notolegia または Exafroplacentalia と呼ぶとのこと),異節類が最初に分岐したとする研究(レトロポゾンが書き込んだ哺乳類の歴史; 異節類以外の有胎盤哺乳類を合わせて Epitheria と呼ぶ)や北方真獣類が最初に分かれたとする研究もあります (異節類とアフリカ獣類を合わせて Atlantogenata)。また齧歯類が有胎盤哺乳類の最初の分岐とする見解もありましたが, これは現在あまり有力な仮説ではありません(哺乳類の祖先はねずみぢゃない!)。 著者らはこれらの 4 つの仮説を検証することを目指しています。系統解析の際の統計的誤差を減らすため, 著者らはゲノムが解読された哺乳類について大規模な系統解析を行いました。 解析に含まれたのは有胎盤哺乳類が 11 種で,外群としてはハイイロジネズミオポッサム(Monodelphis domestica;有袋類), ニワトリ(Gallus gallus;鳥類),そしてニシツメガエル(Xenopus tropicalis;両生類)の 3 種を用いています。 これら 14 種のゲノム情報から相同タンパク質の遺伝子を 1,698 個抽出し,塩基配列にして 1,443,825 塩基対の長さにおよぶアラインメントを作成しました。そして系統解析法ごとに特性が異なることを踏まえて,最節約(MP)法,最尤(ML)法, ベイズ法,近隣結合(NJ)法の 4 通りの方法で解析しています。 系統解析の結果,北方真獣類が最初に分岐し,Atlantogenata が単系統となることが MP 法(コドンの第 3 塩基は除かれた),ML 法, ベイズ法で支持されました。一方で NJ 法では齧歯目が有胎盤哺乳類の根元で分岐していました。 これはコドンの第 3 塩基の進化速度が速すぎるためと見られ,アミノ酸配列に直した場合,あるいはコドンの第 3 塩基を除いた場合には, 北方真獣類が最初に分岐する樹形が支持されたそうです。この樹形は尤度に基づいた Shimodaira-Hasegawa 検定によっても, 他の対立仮説より有意に支持されています。しかし最節約基準に基づいた Kishino-Hasegawa 検定や Templeton 検定では, アフリカ獣類が最初に分岐する樹形(異節類と北方真獣類が近縁)が棄却されておらず,決着がついたとは言えないようです。 -------アフリカ獣類-------| ------| -------異節類 | --------------北方真獣類(真主齧類+ローラシア獣類) 著者らは Atlantogenata と北方真獣類が最初に分岐したとの仮説の下で,大陸移動との関係も議論しています。 ジュラ紀には地球上のほとんどの陸地はパンゲアという単一の超大陸を形成していました。パンゲア超大陸は白亜紀に北方のローラシア大陸 (北米,ユーラシアなどの母体)と南方のゴンドワナ大陸(南米,アフリカ,オーストラリア,南極など)に分裂します。 著者らはこれが北方真獣類と Atlantogenata の分岐に対応している可能性を指摘しています。 白亜紀後期にはさらにアフリカと南米が分裂しますが,アフリカ獣類と異節類(南米を中心に分布)の分岐がこれに対応すると見られています。 ただし化石記録からはアフリカ獣類や異節類が本当にゴンドワナ大陸起源なのかどうか確定しておらず (アメリカ起源のアフリカ獣類,インド産白亜紀有蹄類とは?), 結論を導くには早すぎるように思われます。 系統解析であるグループの最初の分岐を明らかにしようとする場合,外群の選択が重要な意味を持ちます。 しかし今回の解析では直近の外群となる有袋類は 1 種しか含まれておらず,残る外群 2 種は哺乳類ですらありません。 これが解析に偏りを与えている可能性は否定できず,内群だけでなく外群をさらに増やした解析こそが必要でしょう。 カモノハシやオポッサム以外の有袋類のゲノム解析も現在進行中とのことなので,系統解析の結果が変わらないのかどうか楽しみです。 Wildman, D. E. et al. Genomics, biogeography, and the diversification of placental mammals. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 104, 14395-14400 (2007). Murphy, W. J. et al. Resolution of the early placental mammal radiation using Bayesian phylogenetics. Science 294, 2348-2351 (2001). 過去の関連記事 |
コナミドリムシ属多様性の氷山の一角(2007.11.26)(→藻類学) |
インド産白亜紀有蹄類とは?(2007.11.19)(→古生物学) |
変形体モドキの正体(2007.11.16) Corallomyxa と呼ばれる変形体様の海産アメーバが存在します。この生物はアメーバの形態, 特に多核で網目状の "変形体" を作ることから,粘菌類の起源生物の候補としても着目されます。 Tekle et al. (2007) は本属の新種 C. tenera について分子系統解析を行い,Corallomyxa 属が粘菌類とは異なり, リザリア類の有孔虫などに近縁であると議論しています。 変形菌(真正粘菌)は生活期の一時期をアメーバとして過ごし,時に目立った子実体を形成する変わった生物で, 他の粘菌類と共に動菌類(Mycetozoa)としてまとめられることもあります。動菌類は他のアメーバ類と共にアメーバ動物類(Amoebozoa) に所属しますが,動菌類の起源となったアメーバについては情報が不足しています。分子系統からは Filamoeba や "Gephyramoeba" などが動菌類の姉妹群と推定されていますが,変形体様の細胞を作る Stereomyxa や Corallomyxa については分子系統が調べられていませんでした。この 2 属は時に無子実体綱(Acarpomyxea)に分類され(例えば,猪木ら, 1981), 動菌類との類縁性も考えられたため,これらのアメーバの系統解析が望まれていました (未踏の地,アメーバ動物門を行く III)。 著者らはまず,アメリカ・ノースカロライナ州ビューフォート(Beaufort)近郊の人工塩湖の堆積物中から分離された Corallomyxa sp. ATCC® 50975™ 株を調べ,細胞体が繊細な構造をしていることや,シストを形成することなどに基づいて新種 C. tenera として記載しました。そしてこの種について系統解析を行いました。 まず,SSU rDNA,アクチン,アルファおよびベータ・チューブリン遺伝子の 4 遺伝子を用いた結合系統解析から, Corallomyxa が粘菌を含んだアメーバ動物類ではなく,リザリア類(Rhizaria)と呼ばれる, やはりアメーバ様の生物を含んだ群に所属することが示されました。さらに種数を増やした SSU rDNA の系統解析からは, Corallomyxa が Gromia 属(殻を持ち,糸状擬足を形成するアメーバ)と共に有孔虫(やはり殻を持ったアメーバ。星の砂など) やハプロスポラ類(寄生性の胞子虫)などに近縁であると低い支持率で推定されました。アクチンの系統樹でも似た樹形が得られていますが, ハプロスポラ類の位置が異なっており,統計的支持も得られていません。 著者らはさらに SSU rDNA の二次構造を詳細に調べ,Gromia,Corallomyxa,有孔虫,そしてハプロスポラ類に共通で, 他のリザリア類には存在しない二次構造(E23-13-1)を発見しました。このステム(stem)はハプロスポラ類との類縁が疑われたフィトミクサ類 (Phytomyxea)には存在せず,また他のほとんどの真核生物ににも見つかっていないことから, 有効な系統推定の指標になるかも知れません(ただしこのステムを二次的に失ったハプロスポラ類も存在)。 今回の系統解析では Gromia,Corallomyxa,有孔虫,ハプロスポラ類の間の系統関係は解決していませんが, 支持率の低い樹形や形態形質などに基づき以下の系統関係が予想されています。しかしハプロスポラ類の系統的位置については議論の余地があり, 今後の研究の進展が待たれます。 ---------------------Gromia| ------? --------------Corallomyxa | | -------? -------有孔虫(Foraminifera) -------| -------ハプロスポラ類(Haplosporidia) 近年の分類では Corallomyxa はアメーバ動物類に含まれると予想されていました (Smirnov et al., 2005; Adl et al., 2005;それぞれ未踏の地, アメーバ動物門を行く II および原生生物の「公式」分類体系を参照)。 Corallomyxa の初めての分子系統の結果はこの仮説を完全に否定し,リザリア類の中の Gromia や有孔虫など海産アメーバとの近縁性を支持しました。これで粘菌類の起源についてはまた情報が整理されましたが, 後は Stereomyxa の系統解析が残されています。そして粘菌類と系統的に近縁な "Gephyramoeba" についても同定の見直しが行われていますので,遠からず紹介したいと思います。 Tekle, Y. I. et al. A multigene analysis of Corallomyxa tenera sp. nov. suggests its membership in a clade that includes Gromia, Haplosporidia and Foraminifera. Protist 158, 457-472 (2007). 猪木正三 監修 原生動物図鑑 (講談社サイエンティフィック, 東京, 1981). |
霊長類の姉妹は空を飛ぶ(2007.11.05) 霊長目の周辺の系統関係は これまで解像度が低くよく分かっていませんでした。登攀目(ツパイ目)や 皮翼目が霊長類の姉妹群の候補となったいましたが, Janečka et al. (2007) はゲノムレベルの遺伝子欠失挿入の解析と塩基配列に基づく系統解析から, 霊長目の姉妹群が皮翼目であると結論しています。 哺乳類の系統関係はタンパク質の結合系統解析やアミノ酸の挿入欠失,レトロポゾンの挿入などを指標に大部分が解かれています (レトロポゾンが書き込んだ哺乳類の歴史,今風の哺乳類の起源は恐竜の絶滅の後の後など)。 しかし一部にはまだ解決していない問題も残されています。そのうちの一つが霊長目の姉妹群の問題です。霊長目,登攀目(ツパイの仲間), 皮翼目(ヒヨケザルの仲間,飛膜を持ち滑空する),齧歯目(ネズミなど), ウサギ目(ウサギ)は併せて真主齧類(Euarchontoglires)と呼ばれ, その単系統性は複数の研究で支持されています(哺乳類の祖先はねずみぢゃない!, レトロポゾンが書き込んだ哺乳類の歴史など)。真主齧類は真主獣類(Euarchonta:霊長目,登攀目,皮翼目) とグリレス類(Glires:齧歯目,ウサギ目)に分けられます(登攀目がグリレス類により近縁とする説もあり; 哺乳類の進化系統に関して)。 問題は真主獣類内部の系統関係で,霊長目,登攀目,皮翼目の 3 者のうちどの 2 つが互いに近縁なのかが明らかになっていません。 これは我々人類を含む霊長類の姉妹群が分からない,という意味でも問題です。 著者らはゲノム規模の配列データから稀なアミノ酸挿入欠失を探索し, 同時に大規模な系統解析を行うことで真主獣類の系統関係を調べました。 まず系統推定に有用と思われた 196 個の挿入欠失について,ゲノム情報の得られていない皮翼目のデータを追加したところ, 3 個の挿入欠失が真主獣類の単系統性を支持し,登攀目が真主獣類から外れる可能性は支持されませんでした。 さらに 7 個の挿入欠失で皮翼目と霊長目の類縁が支持され,登攀目と皮翼目の類縁性を支持する挿入欠失は見つかりませんでした。 ただし登攀目と霊長目に共通する挿入欠失も 1 つだけ見つかっています。 挿入欠失の解析とは独立に,19 遺伝子 1,4000 塩基にわたるデータの系統解析も行われましたが, ここでもやはり皮翼目と霊長目の姉妹関係が強く支持されました。 これまでの系統解析では皮翼目と登攀目の姉妹関係が支持されることも多かったそうですが,これは解析された種数(系統) が少なく,long branch attraction(LBA:進化速度の速い系統同士が誤って近縁に見える現象)が起こっているためと見られました。 著者らの解析ではこれまで解析されていたツパイ科(Tupaiidae)に加えて,もう 1 つの科であるハネオツパイ科(Ptilocercidae) のハネオツパイ属(Ptilocercus)を含めています。また皮翼目についても現生する 2 種,フィリピンヒヨケザル(Cynocephalus volans)とマレーヒヨケザル(Galeopterus variegatus),をいずれも含めています。 つまり解析する系統を増やしたことによって LBA が解消され,正しい系統樹に近づいたと推定されます。 -------齧歯目 |--------------| |グリレス類 | | -------ウサギ目 | | | | ------| -------皮翼目 | |真主齧類 | -------| | | -------| -------霊長目 |真主獣類 | | | --------------登攀目 | 著者は分岐年代の推定も行っており,真主齧類の起源が 8880 万年前,真主獣類の起源は 8790 万年前,皮翼目と霊長目の分岐が 8620 万年前などといずれも白亜紀後期と推定されています。この期間が非常に短いことから, これまでの解析では系統関係が解けなかったものと思われます。 今回,7 個もの挿入欠失で霊長目の姉妹群が皮翼目と特定され,また哺乳類の系統関係の謎が解けたと言えます。 もちろん今後も論争は続くと思われますし,覆る可能性がないとは思いませんが,哺乳類の大系統の謎も大分落ち着いてきたようです。 挿入欠失の大規模な解析はある程度ゲノム情報が揃っていないと行えません。その意味で哺乳類は解析がしやすいグループです。 他の生物群においてもこれから先,ゲノム情報が続々と解析されていくと思われますので,精度の高い系統解析にも活かされていくことでしょう。 Janečka, J. E. et al. Molecular and genomic data identify the closest living relative of primates. Science 318, 792-794 (2007). 過去の関連記事: |
中華竜鳥に羽毛なし(2007.11.02)(→古生物学) |
吸口虫とは何者か?(2007.10.02) 棘皮動物に外部片利共生または寄生する吸口虫類(Myzostomida)と呼ばれる数mm 大の動物が存在します。 吸口虫類は類縁が不明で,形態からも分子系統からも見解が分かれています。Bleidorn et al. (2007) は特に分子系統の矛盾を整理するため,ミトコンドリアゲノムや複数の核遺伝子の情報を検証し, 吸口虫類が環形動物と近縁であることを示しています。 吸口虫類は最古の化石が古生代に遡り(3〜5 億年前),長い共生(寄生)生活の結果として高度に特殊化したと思われています。 そのため形態から類縁生物を特定するのは困難でした。比較的有力だったのは環形動物と近縁だとする説で, 両者が疣足状の構造,キチン質の剛毛,はしご形神経系,トコロフォア様幼生などの特徴を共有していることが根拠です。 しかし精子の形態などからは Syndermata(輪形動物と鉤頭動物からなるグループ。本サイトにおける輪形動物門と同義) との類縁も指摘されていました(併せて Promastigozoa と呼ばれた)。さらに分子系統では 18S rDNA と EF-1α から扁形動物との類縁が,18S rDNA と 28S rDNA から外肛動物(苔虫動物)との類縁が支持されており, 混乱が深まっていました。そこで著者らは吸口虫類のミトコンドリアゲノムの大部分と核遺伝子(18S,28S,EF-1α に加えて Myosin II の遺伝子)を個別に解析・比較しました。 ミトコンドリアゲノムの結果は,吸口虫類と環形動物の類縁を強く支持しました。 特にミトコンドリアゲノム上の遺伝子の並びが多くの環形動物とほぼ同じで,逆に Syndermata,扁形動物, 外肛動物とは全く似ていませんでした。さらにコードされているタンパク質の系統樹でも環形動物とまとまりました。 一方で核遺伝子の場合,Myosin II の系統樹でも環形動物と吸口虫類がまとまりましたが,EF-1α や 18S,28S では解像度が得られないか,外肛動物など他の系統群と低い支持率でまとまりました。 18S,28S の場合には配列内に異なる系統情報が混在していることから,系統解析には不向きであると解釈されています。 まとめると吸口虫類と環形動物の単系統性が支持される場合には明確な証拠(支持率)があるのに対して, 対立仮説はいずれも支持率が乏しいか遺伝子自体に問題がある,といえるでしょう。 残念ながら OTU が揃っていないために複数の核遺伝子をつなげた解析は行われませんでしたが, ミトコンドリアの遺伝子配列はかなり明確な証拠ですから,あまり議論の余地はないでしょう。 今後は環形動物と吸口虫類が姉妹群なのか,あるいは吸口虫類が環形動物に含まれるのならば姉妹群はどのグループなのかが問題で, OTU を増やした解析が望まれます。 吸口虫類と環形動物が近縁だとすると,吸口虫類の形態進化の議論にも影響があります。吸口虫類では体腔が見られないのですが, これは二次的に体腔が塞がった状態と考えられます(小型の環形動物にも見られる形質とのこと)。 また吸口虫類では一部の構造が繰り返しているのが知られていましたが,これが環形動物の体節性に由来するものと考えられます。 後生動物にはまだまだ所属が不確定な動物が複数残されていますので,今回のミトコンドリアゲノムの遺伝子配列のような, ある程度決定的な情報が一つずつ積み重なっていくのが楽しみです。 Bleidorn, C. et al. Mitochondrial genome and nuclear sequence data support Myzostomida as part of the annelid radiation. Mol. Biol. Evol. 24, 1690-1701 (2007). |
恐竜の骨に羽の痕(2007.09.25)(→古生物学) |
問題山積。シオヒゲムシ属の種分類(2007.09.14)(→藻類学) |
最古のゴリラは驚きの古さ(2007.09.11)(→人類学) |
原生生物の分類はどこへ行く(2007.09.05) 原生生物の分類法は,原生生物という概念が出現して以降長らく大きな混乱を経てきました。 分子系統学の発展や微細構造の知見が蓄積してくると,進化系統を反映した分類体系へと収束し始めています。 しかし Adl et al. (2007) によれば,現状では原生生物の多様性を表現する命名法が存在せず, 従って分類法にも課題が残っていることが指摘されています。 「原生生物」とは動物,植物,菌類に比べて原始的な真核生物の総称ですが,これは多分に主観的で, 時代によって,また研究者によって定義や範囲,内部の分類体系が大きく変動してきました。 しかし 2005 年に分子系統学の成果を大きく反映した全く新しい分類体系が提唱され, 原生生物の分類を真核生物全体の枠組みの中で捉え直す流れが定着してきました (原生生物の「公式」分類体系)。 その一方で,原生生物の学名の取り扱いを巡っては幾つかの問題も浮上しており,著者らは今後の命名法のあり方を議論しています。 原生生物の場合には,他の後生動物や陸上植物の様な巨視的なサイズの生物と比べて,地理分布が明らかでない場合が多く, 集団構造の研究も未だに十分行われていません。この背景には種同定が形態に大きく依存してきたことが挙げられています。 このような問題は今後,原生生物の種概念を見直していく形で改善していくしかないと考えられますが, 種の学名を扱う命名規約が問題をはらんでいることも指摘されています。 原生生物の学名は国際動物命名規約:ICZN か国際植物命名規約:ICBN が規定しています(両者では微妙に違いがあり, これ自体も学名の混乱の原因となる)。命名規約によると,新種の記載には通常タイプ標本が要求されます。 著者らはこの点を問題視しています。後世の種同定に利用できるレベルの顕微鏡標本が作れないような生物であっても, 高レベルのデジタル画像や DNA 配列(または DNA サンプル自体)が残されていれば,むしろ十分であるはずだとされています。 逆に顕微鏡標本だけを見ても,生殖集団や生態,系統,生理などによって識別される隠蔽種は同定できません。 そこで種の記載のためにこれらの組み合わせで記載するような基準を策定する必要があるとしています。 種より上位の学名についても,近年の大幅な見直しの中で階級の変更に伴う変更の連鎖が問題視されています。 例えばある階級の学名を一つ下の階級に変更した場合,その学名より下位の学名の階級も下げる必要が出てきて, そのまた下の階級の学名も,と言った具合に階級の変更が大量に求められてしまう場合があります。 また最近では分類群を決めるにあたって分子系統を強く意識する研究が多いようですが, 現行の命名規約では主として形態の「記載」とタイプ(標本など)に基づいて分類群を定義しており, 系統関係に基づいて分類群を定義することはできません。しかし系統関係に基づいた定義を可能にする命名規約として, 現在 PhyloCode とよばれる規約が提唱されています。ただしこれも原生生物の学名の抱える問題を全面的には解決できないようです。 著者らが最も問題視しているのは,原生生物学者が命名規約を無視して学名を設立するようになることです。 学名の設立は一定の基準の下で管理されないと,混乱が助長されてしまいますから,研究者が使いやすい命名規約が求められるわけです。 そして著者らの主張の中心は,記載のための基準を設立することにあるようでした。つまりデジタル画像と DNA 配列の登録です。 しかし著者らの主張には幾つかの問題があるようにも思われます。 まず第一に,原生生物の種の実態は現在十分に理解されているとは言えません。 その状態で記載のための基準を作ることが果たして出来るでしょうか?中途半端な基準を作れば,後に基準を修正することになり, 結局似たような混乱を再現するだけになります。それ以上に現行の命名規約の下でも, 研究者は新種についての情報を可能な限り提示するべきであって,そこまで命名規約で規制し, 分類学を閉じた世界にする必要はないと思います。 さらに現行の命名規約における種同定は,タイプ標本と同じ生物かどうかで判断できます。 タイプ標本の情報を DNA 配列や培養株,画像などで補完することもできますから, 実は著者らの言う隠蔽種の問題などは解決できるはずなのです。一方で著者らの主張するように複数の基準で種を定義するならば, いずれの情報が最終的な種同定に必要なのか,あるいは複数の基準が矛盾する結論を示したときにどうするのか, などの疑問が生じてきて,実は学名の最終的な定義が曖昧になると思われます。 次に上位の階級の変更に伴う問題については,階級の変更の連鎖が指摘されていますが, 新しい概念が導入されて分類体系を見直すのであれば,多くの学名に変更が及ぶ方がむしろ分かりやすいのではないでしょうか。 確かに手間はかかるでしょうが,データベースなどを用いて学名の対応が簡単にできるようになれば(これは既に半ば実現している), 深刻視するほどの問題とは思えません。 結局,著者らが指摘する命名規約上の問題はさほど深刻なものではないと思います。 むしろ深刻なのは原生生物をどの命名規約で扱うのか,と言う点であり,これは研究者レベルで合意を形成するしかないでしょう。 しかるべき後に命名規約の方にも修正を行っていくのが必要ではないでしょうか。 Adl, S. M. et al. Diversity, nomenclature, and taxonomy of protists. Syst. Biol. 56, 684-689 (2007). |
続報:クリプト藻とハプト藻は生き別れの姉妹か(2007.08.28)(→藻類学) |
続報:巨大な植物界(2007.08.16)(→藻類学) |
続報:「鞭毛共生起源説」再び(2007.08.14) 原核生物の分裂リングの主要成分である FtsZ は真核生物のチューブリンの相同タンパク質と見られていますが, Prosthecobacter dejongeii(ヴェルコミクロビウム門 ヴェルコミクロビウム目)という真正細菌においてチューブリンそのものが見つかり,真核生物の鞭毛になったとも言われました (「鞭毛共生起源説」再び)。しかし Pilhofer et al. (2007) はこれらの生物が FtsZ も持っていることを指摘し,チューブリンは水平遺伝子移動の産物であることを主張しています。 P. dejongeii にチューブリンが見つかった当初,ゲノム解析(95% 解読)から FtsZ の遺伝子がないことが指摘されました。 さらにヴェルコミクロビウム門と近縁なクラミジア門やプランクトミセス門においても FtsZ が存在しないことが指摘されていたため, これらの 3 つの門では FtsZ に代わる分裂の仕組みを用いていると考えられました。 さらには,「真正細菌の FtsZ → ヴェルコミクロビウム門のチューブリン → 真核生物のチューブリン」, という進化過程を考えることで真核生物の鞭毛,微小管の起源を説明しようとする仮説へと繋がりました。 しかし P. dejongeii と近縁な Verrucomicrobium spinosum ではチューブリンも存在しないことが ゲノム全長の解読から明らかとなり,この仮説の問題になっていました。著者らはさらにヴェルコミクロビウム門における FtsZ の分布を調べることで,この仮説の問題点を検証しました。 さて,著者らはヴェルコミクロビウム門に FtsZ が広く存在していることを発見しました。 これらの FtsZ は真正細菌の中で単系統群を形成し,さらに V. spinosum のゲノム配列からは ftsZ 遺伝子の近傍に細胞分裂に関わる遺伝子が集まっていることがわかりますが,この配置は大腸菌など他の真正細菌にも保存されていて, おそらく祖先からヴェルコミクロビウム門に引き継がれてきたものと推定されます。 ヴェルコミクロビウム門の FtsZ はチューブリンとは類似性が少なく,FtsZ から直接チューブリンが進化したとは考えにくいそうです。 そして V. spinosum がチューブリンを持たないことを併せて考えると,チューブリンは Prosthecobacter 属の祖先で水平遺伝子移動によって獲得されたと考えるのが自然なようです。 ヴェルコミクロビウム門のチューブリンが水平遺伝子移動によるとの推定は,別段予想外ではありませんが, 証拠に基づいて議論できるようになったのは前進です。 とりあえずヴェルコミクロビウム門が真核生物の鞭毛の起源だと考える必要はなくなりましたね。 Pilhofer, M., Rosati, G., Ludwig, W., Schleifer, K.-H. & Petroni, G. Coexistence of tubulins and ftsZ in different Prosthecobacter species. Mol. Biol. Evol. 24,1439-1442 (2007). |
真核生物の起源を振り返って(2007.08.08) 真核生物の起源は生物進化における最大の謎の一つです。この謎に迫るため数多くの仮説が立てられ, あるいは否定され,あるいは生き残っています。Poole & Penny (2006) および Poole & Penny (2007) では真核生物の起源を巡る仮説を整理し,食作用を有した "原真核生物"(protoeukaryote) が真正細菌を細胞内共生させてミトコンドリアとしたとの仮説を推しています。 複数の生物が真核生物のゲノムの由来になったことはもはや定説になっていますが,その経緯については見解が分かれており, Poole & Penny (2006) では 4 つの仮説に分けて考察しています。まず古細菌と真正細菌が融合したとする仮説, 次に未知の宿主に古細菌が取り込まれて核になったとする仮説, 古細菌が宿主となって真正細菌を細胞内共生させてミトコンドリアを獲得したとする仮説, そして宿主が古細菌ではなく原真核生物だったとする仮説となります。なお,これらの仮説は全てが互いに排他的ではありません。 最初の 2 つの仮説はミトコンドリアの成立以前に 2 種の生物が祖先になっていたと考えている点で複雑です。 現在,真核生物が祖先的に 3 種類のゲノムを持っていたとの証拠は得られておらず, 積極的にこれらの仮説を考える必要はないと考えられます。一方で最後の原真核生物を想定する仮説は, いわゆる「アーケゾア仮説(archezoa hypothesis)」と併せて考えられています。 アーケゾア仮説は 1990 年代に一世を風靡した仮説で,当時ミトコンドリアを持たないと考えられていた原生生物の一群 (アーケゾア)こそが,ミトコンドリアを獲得する前の原真核生物の姿をとどめた生き残りである,としたものです。 ところがアーケゾアにおいて次々とミトコンドリアの痕跡が発見され,アーケゾアとはかつてミトコンドリアを持っていたが, 現在では退化させてしまった原生生物であるとの理解が広がりました。アーケゾア仮説はこうして「否定」され, 代わって真核生物の祖先は古細菌であったとする説が台頭してきました。 著者らはここで異論を挟みます。確かに現生のアーケゾアは真核生物の祖先型とは関係がありません。しかしだからといって 「アーケゾアの様な」原真核生物が存在した可能性まで否定するのはおかしい,というのです。 原真核生物をミトコンドリアの宿主として想定すること(以下「原真核生物説」)と, 他の仮説との違いは古細菌と真核生物の関係です。原真核生物は古細菌の姉妹群と仮定されていて, 現生の古細菌の最初の分岐より以前に古細菌から分かれた系統になります。一方で他の仮説では古細菌の一部が真核生物の祖先 (またはその一部)となったと考えていて,真核生物(の宿主側の要素)は古細菌の内群になります。 これは系統解析から検証できますが,著者らは古細菌が単系統とする説を採用しています。ただ実際には古細菌のうちエオサイト (eocytes)あるいはクレンアーケオタ(Crenarchaeota)とも呼ばれる一群が, より真核生物に近いとする説も否定されているわけではありません。 著者らはさらに原真核生物説を補強するために,「既知の機構によって説明できるかどうか」という点を強調しています。 これまでに異なるドメイン間での細胞融合の例や古細菌の細胞内共生や逆に古細菌の食作用の例は知られていません。 一方で真核生物においては食作用や細胞内共生は広く知られていることから,原真核生物説が支持されるとしています。 原真核生物がミトコンドリアを獲得する過程については,5 つの段階が想定されています。 1) 始めに食作用による獲物取り込みがあり,2) 次に獲物の中に消化を免れて宿主の細胞内にとどまるものが出現します。 3) そして一時的な共生関係(双利共生,片利共生,寄生)が生じます。4) これが進展して恒久的な共生関係が確立し, 5) 共生体がオルガネラになる,というのが著者らによる推定です。 この各段階についても,現生の真核生物と真正細菌の共生体などにおいて実例を認めることが出来るため, 「既知の機構」によって説明できると言えます。 従って著者らの基準からは原真核生物説のみが支持されるわけですが,これにはさすがに異論も出ています。 Davidov & Jurkevitch (2007) は真核生物と古細菌の系統関係について慎重な見解を示しています。 ミトコンドリアは α-プロテオバクテリアに由来すると見られていますが, 実際にはミトコンドリアに由来すると考えられる遺伝子の多くは,系統解析によると α-プロテオバクテリアの外側に出ます。 これと同じことは古細菌と真核生物についても言えるわけです。 また,食作用についての議論も批判されていて,そもそも細胞内共生に食作用は必須ではなく, 細胞内に侵入して捕食するような真正細菌がミトコンドリアの起源だった可能性も指摘されています。 さらに古細菌については依然として知識が不足しているため,古細菌に食作用がないとは言えない状況でもあります。 このように,Poole & Penny (2006) や後に同様の議論を簡潔に記した Poole & Penny (2007) においては, やや強引に原真核生物説が主張されています。しかし真核生物の特徴,特に核膜,食胞や分泌胞などの発達した膜系などの進化は, どの時点で起こったのか全くわかりません。その意味では古細菌から派生した真核生物の祖先で起こったとしても, 古細菌の姉妹群である原真核生物で起こったとしてもかまわないわけで, 食作用が古細菌で知られているかどうかは議論の本質からずれているのではないでしょうか。 むしろ多くのゲノム配列が明らかになってきた今こそ古細菌と真核生物の系統関係を真剣に見直す時期であるように思われます。 なお,Poole & Penny (2006, 2007) の論法には問題がありますが,このことと原真核生物説の正否も関係がありません。 アーケゾア仮説が元々の意味では否定されたとは言え, 原真核生物説は真核生物の古細菌起源説と並んで有力な仮説と言えるでしょう。 Poole, A. M. & Penny, D. Evaluating hypotheses for the origin of eukaryotes. BioEssays 29, 74-84 (2006). Poole, A. & Penny, D. Engulfed by speculation. Nature 447, 913 (2007). 参考: 真核生物の由来を見直してなども参照。 |
未知の光合成細菌発見(2007.08.04) これまで光合成を行う真正細菌は 5 つの門から報告されていました。 Bryant et al. (2007) は光合成細菌のマットのメタゲノム解析から,未知の光化学系遺伝子を発見しました。 その遺伝子が未培養でこれまで光合成細菌が報告されていなかったアシドバクテリア門のメンバーであることを突き止めました。 原核生物には難培養性の系統群が多数存在しており,そのような生物の研究には DNA を直接調べるのが一つの方法とされています。 最近では特定の環境中の微生物から DNA を抽出して,そこにいる生物の同定や生態についてゲノム配列から推定することも行われています。 著者らはアメリカ・イエローストーン国立公園の Octopus Spring および Mushroom Spring という 2 ヶ所の温泉の光合成微生物のマットから, ゲノム規模の DNA 配列の解析を行いました。 光合成反応の反応中心にはタイプ I とタイプ II が知られていて,それぞれシアノバクテリアと色素体の光化学系 I,II に対応します。 それ以外の光合成細菌はいずれか一方のタイプを持ち,クロロビウム門と Heliobacterium 類(グラム陽性細菌門 クロストリディウム目)ではタイプ I,クロロフレクスス類 (クロロフレクスス門"クロロフレクスス綱")と光合成性のプロテオバクテリア門ではタイプ II の光化学反応中心を持っています。 ところが著者らは,Octopus Spring からクロロビウム門にも Heliobacterium 類にも含まれないタイプ I の PscA タンパク質の遺伝子を発見しました。 著者らは近傍の遺伝子を始め,最終的には 271,846 塩基対の配列を解読し,16S rRNA 配列の情報などから, この pscA 遺伝子の持ち主がアシドバクテリウム門の一員であると推定し,仮に Chloracidobacterium thermophilum と名付けました。ゲノムデータなどから Chloracidobacterium は好気性の光合成従属栄養生物で,バクテリオクロロフィル a と c を合成し,光捕集性光合成色素の複合体であるクロロゾーム(Chlorosome)を持つことも予想されました。 16S rRNA の研究からは Chloracidobacterium は 50〜66°C で生育し,イエローストーンの各所の他, チベットやタイにも見つかっているそうです。 ところでこれまでに Octopus Spring から培養された Synecococcus spp. (シアノバクテリア門)の株に, アシドバクテリウム類が混じっていることが知られていました。光化学系 II の阻害剤を用いてシアノバクテリアを排除したところ, 単独でも培養可能な Anoxybacillus の一種(グラム陽性細菌門バチルス目) と Chloracidobacterium の 2 種を含むようになったそうです(Chloracidobacterium は純粋培養できていない)。 そして,この共培養の系から前述の予想が確認されています。 Chloracidobacterium の特徴はどうやらクロロビウム類にある程度似ているようです。両者は系統的には離れていると考えられますが, クロロゾームと光化学系 I を持った光合成細菌が両者の共通祖先だったと考えると,光合成の進化について新しい仮説に繋がるかもしれません。 ただその前に Chloracidobacterium を純粋培養することが本種の性状の理解には欠かせないでしょう。Chloracidobacterium が独立栄養的に生育できるのかどうかも純粋培養ができるまではわからないそうです。 にもかかわらず,光合成細菌の一群がこれまで見落とされていたことは大きな驚きです。 未培養の原核生物の中にはさらに驚くような細菌も含まれているかもしれません。私としては,光化学系を一つしか持たない, シアノバクテリアの祖先になるような光合成細菌が見つかって欲しいところです。
Bryant, D. A. Candidatus Chloracidobacterium thermophilum: An aerobic phototrophic acidobacterium. Science 317, 523-526 (2007). |
海の魔物の正体は(2007.07.31)(→藻類学) |
出島から入ってきたリンネの分類学(2007.07.27) 5月29日,ロンドン・リンネ協会にて,今上天皇によるリンネの生誕 300 年を記念した講演があったそうです。 何とその概要が Nature に掲載されています(His Majesty The Emperor of Japan, 2007)。 リンネ(C. Linnaeus)は生物の種の学名を属名と種小名をつなげて表現する二命名法の創始者として知られ, また生物を含んだ自然界の物質を階層式の分類法で表現したことでも有名です。 リンネは 1735 年の Systema Naturae の初版において,自然を鉱物界(Regnum Lapideum),植物界(Regnum Vegetabile), 動物界(Regnum Animale)の 3 界に分類し,それぞれ「成長するもの」,「成長し,生きているもの」, 「成長し,生きていて,感覚(feeling)を持つもの」としました(Engel-Ledeboer & Engel, 2003)。 これが現在のリンネ式の階層分類体系の始まりと言えます。 リンネが Systema Naturae の初版を出版した 1735年には,日本は鎖国状態にありました。 そのため出島におけるオランダとの交易のみが西洋との窓口になっていました。 講演の中では日本と西洋の分類学が出島を通じて交流していた経緯が紹介されています。 E. Kaempfer はオランダ商館長の随員として日本国内の植物を調べる機会を得ました。 リンネの著作の中で学名が与えられた日本の植物は,Kaempfer に基づいているそうです。 後にはリンネの弟子である C. P. Thunberg が日本を訪れ,桂川甫周,中川淳庵(杉田玄白と共に「解体新書」を翻訳したことで有名) らと交流を持ち,Flora Japonica(日本植物誌)を記しました。 さらに P. F. von Siebold とその弟子である伊藤圭介が二命名法を含めたリンネの分類を日本に広めたと考えられています。 講演の中では日本で鎖国が解かれた後の日本の分類学についても触れられていて, 裸子植物における精子の発見や天皇陛下によるハゼ亜目魚類の研究などが紹介されています。 最後に近年の分類学が分子系統を取り入れてきたことと,その可能性について言及しつつ,形態学への興味を述べています。 リンネを始めとする 100 年以上昔の分類学は現在の分類学の原点でありながらも, 現在では学名の適用を見直す特殊な場面を除いては,彼らの仕事を直接参照する必要に迫られることはまずないでしょう。 しかし時には立ち止まって 300 年近く前の研究に思いをはせ, そして 300 年後に現在の研究がどう扱われるのかを想像するのも悪くないかもしれません。 His Majesty The Emperor of Japan. Linnaeus and taxonomy in Japan. Nature 448, 139-140 (2007). Engel-Ledeboer, M. S. J. & Engel, H. Carolus Linnaeus, Systema Naturae, 1735, Facsimile of the First Edition: With an Introduction and a First English Translation of the "Observationes" (Hes & De Graaf, 't Goy-Houten, 2003). |
新綱シンクロマ藻綱と不思議な色素体(2007.07.23)(→藻類学) |
刺胞動物から湧き出た蠕虫類(2007.07.21) ミクソゾア類は魚類や環形動物,外肛動物などに寄生する原虫類で,胞子の時には多細胞となることが特徴です。 ミクソゾア類の系統的位置は分子系統からも未解決のままで,刺胞動物に由来するとの説や左右相称動物に近いとする説などがありました。 Jiménez-Guri et al. (2007) は多遺伝子分子系統解析から Buddenbrockia (軟殻目)と呼ばれる蠕虫様のミクソゾア類が, 刺胞動物に含まれることが明らかとなりました。これは蠕虫様の体制が放射相称の体制から進化することを示した点でも注目されます。 ミクソゾア類は原虫(原生生物)に分類されながらも後生動物との関連は分子系統より昔から指摘されていました。 これはミクソゾア類の胞子の極嚢と呼ばれる構造(胞子の頂部にあり,宿主への付着に関わる)が刺胞動物の刺胞とよく似ているためでした。 後に 18S rDNA の系統解析からも刺胞動物との類縁性が支持されましたが,一方で左右相称動物型の Hox 遺伝子の存在が指摘され, 蠕虫様の Buddenbrockia(外肛動物の寄生虫)がミクソゾア類であることが示されると, ミクソゾア類が放射相称動物と左右相称動物を繋ぐ位置の動物と見なす向きも出てきました。 著者らはまず,ミクソゾアのサンプルから過去に報告されていた Hox 遺伝子群が得られなかったことを報告し, 宿主の Hox 遺伝子の汚染であった可能性を指摘しています。次に Buddenbrockia を単離し, 宿主の DNA の汚染がないことを確認した後で 50 もの遺伝子を解析しました。 約 130 遺伝子 30,000 アミノ酸ものアラインメントを用いた系統解析からは,Buddenbrockia が刺胞動物に含まれ, 特に水母亜門と近縁であることが強く支持されました。ミクソゾア類全体についても刺胞動物に含まれるとして良さそうです。 蠕虫様の動物が刺胞動物の中から進化してきたことは,驚きでもあるそうです。Buddenbrockia には縦走筋が存在し, これで運動しています。縦走筋は左右相称動物の場合とは異なり,4 本が放射状に並んでいます。 蠕虫様の運動(体を左右にうねらせる動き)は左右相称性の獲得と関連していると従来考えられていましたが, Buddenbrockia が放射相称動物とされる刺胞動物のメンバーであり,実際の放射相称の体制を持つことは, この考え方に再考を促すものとなるわけです。 Jiménez-Guri, E., Philippe, H., Okamura, B. & Holland, P. W. H. Buddenbrockia is a cnidarian worm. Science 317, 116-118 (2007). |
哺乳類は爆発的に進化した可能性も(2007.07.19)(→古生物学) |
菌の王国の組織図一新(2007.07.17) ここ数年,真菌類の全体の系統を明らかにしようとする複数のプロジェクトが進行しており, 既に真菌類の大規模系統解析で紹介したように分子系統の成果が報告されています。 そして分類体系は系統関係を反映することが望まれるため,Hibbett et al. (2007) はこれまでの様々な分子系統解析の結果を総合して, 菌界(Fungi)の目の階級以上の分類体系を全面的に見直しています。 菌類の大系統などを探索するプロジェクトとして,AFTOL(Assembling Fungal Tree of Life)や Deep Hypha などのプロジェクトがあります。 その成果は真菌類の大規模系統解析で紹介した論文や,Mycologia の 2006年11/12月号(特集号)に発表されていて, これまでの分子系統解析を大きく上回る規模や精度で真菌類の大系統を論じることが出来るようになってきました。 その結果,ツボカビ類や接合菌類といったこれまで門として扱われていた分類群が多系統であることが示され, 高次分類群の再定義や再編成の必要性が示唆されていました。しかし実際には分類の見直しは一部にとどまっていて, 大幅な見直しは先送りされていました。そして漸く今回,目以上の分類階級の包括的な再編が出版されました。 新しい分類体系の特徴としては,門以上のレベルの分類において接合菌門が姿を消したことが挙げられます。 これまで接合菌類に含められていた複数のグループが所属不明の 4 つの亜門(とグロムス菌門)に分類されました。 またツボカビ門も 3 つの門へと解体され,少数の属(Rozella,Basidiobolus など)は目レベルの所属が留保されています。 その結果,菌界は 7 つの門と所属不明の 4 つの門へと再編成されました。また,子嚢菌門と担子菌門は単系統群を形成し, いずれも菌糸の細胞が 2 核を持つ時期があることから,ディカリア亜界にまとめられたことも特徴的です。
この他,門より下位の階級についても大幅に見直しが行われており,併せて 1 亜界 2 門 2 綱 3 亜綱 8 目が正式に記載されています (ただし幾つかの分類群については既に Doweld, 2001 によって記載されていたことが論文の受理後に明らかになったそうで, 著者の引用に際しては注意が必要です)。 現時点では所属不明のままとなっている分類群も多く,分子系統解析の進展を待つ形になっていますが, 接合菌類を解体したことなどは今後の分類体系の方向性を決めることになりそうです。 既に GenBank のような広く利用されているデータベースも新しい体系に移行しているようです。 本サイトの分類表も Hibbett et al (2007) の体系を踏まえて改訂しました(2007年07月16日)ので,参照してください (微胞子虫門の分類とヌクレアリア目を菌類に所属させることについては Hibbett et al., 2007 とは異なる)。 Hibbett, D. S. et al. A higher-level phylogenetic classification of the Fungi. Mycol. Res. 111, 509-547 (2007). |
鞭毛に生える毛の正体は II(2007.07.12)(→藻類学) |
アグロの学名 II(2007.07.09) "Agrobacterim tumefaciens" は植物の病原菌で, 感染すると植物に遺伝子を導入して癌腫(がんしゅ)と呼ばれるこぶを形成させます。この仕組みは植物への遺伝子導入に応用されています。 しかしこの生物の分類と学名については問題が指摘されています(アグロの学名,補足)。 澤田 (2007) は学名の変遷と幾つかの学名の体系についてまとめています。 アグロバクテリウムと呼ばれた最近は,かつては感染性に基づいて分類されていました。根頭癌腫病は植物体の様々な部位に癌腫が形成される病気で, Ti プラスミドと呼ばれるプラスミドを持った菌株によって引き起こされます。これとは別に毛根病という病気もあり,植物の茎の地際付近にこぶが形成され, そこから通常根毛を持たない不定根が大量に形成されるそうです。毛根病は Ri プラスミドを持った菌株が引き起こします。 感染性に基づく分類では,根頭癌腫病菌の多くを A. tumefaciens,毛根病菌を A. rhizogenes,感染性のないものを A. radiobacter, そして根頭癌腫病菌の一部で宿主がキイチゴ属(Rubus)に限られるものを A. rubi と分類してきたそうです。
しかしながらアグロバクテリウム類を生理・生化学的に調べると,A. rubi 以外の種には病原性とは独立に 3 タイプが認められ, それぞれ biovar 1,biovar 2,biovar 3 と呼ばれました(biovar = 生理型)。後にこれらの biovar は病原性よりもむしろ系統を反映していることが分かり, 脱落したり獲得されることのあるプラスミドに依存する病原型よりも自然な種を表していると考えられ,biovar に基づいた種分類が提唱されました。 この体系が現在普及している Bergey's Manual という原核生物の分類の教科書にも採用されています(Brenner et al., 2005)。 この体系に従う場合,病原性は括弧にくくってプラスミド型で示すことになっています。例えば,A. tumefaciens (Ti) や A. tumefaciens (non pathogenic)(=非感染性)のように表記されます。
さらに分子系統解析からは Agrobacterium 属と窒素固定を行う根粒菌を含む Rhizobium 属が互いに混じり合って, 単系統群を形成することが示されています。また両属を区別する特徴(病原性や共生窒素固定)がプラスミドに依存していることを踏まえると, この 2 属を客観的かつ明瞭に区別することはできないという認識が生じました。これを反映した分類として,Agrobacterium 属を全て Rhizobium 属に移す提案がなされており,これに伴って命名規約との関係で A. tumefaciens を Rhizobium radiobacter とすることが提案されました (アグロの学名,補足)。(なお,生理・生化学名分類において Agrobacterium 属に残す場合にも A. tumefaciens を A. radiobacter に変更する提案がなされています)
澤田 (2007) ではこれらの 3 つの分類体系は使用する研究者によって選択できるもので,いずれも有効なものであるとしています。 著者自身は生理型に基づく種分類を行った研究の著者でもあるため,病原性に基づく分類には否定的な立場と思われますが, この分類体系が便利である場面も認めているようです。私は他の原核生物の分類が系統を反映した分類が主流になっている以上, 病原性に基づいた人為分類はもはや時代遅れであり,正当性が維持できないと考えています。従って,3 番目の体系が定着することが望ましいと思っていますが, 今後どの体系が受け入れられていくのかはわかりません。なお,3 番目の体系を使用する場合でも,agrobacterium(agrobacteria)の名称を学名としてではなく, 通称として用いることは許容されるはずですので,「agrobacterium (Rhizobium radiobacter (Ti))」などと表記するのが良いのではないでしょうか? (アグロの学名) ちなみに Bergey's Manual の該当する論文(Young et al., 2005)は,Agrobacterium を Rhizobium にまとめる論文 (Young et al., 2001)よりも後にほぼ同一の著者らによって出ていますが,これは著者らが見解を戻したわけではなく, 出版の都合(前者の原稿は後者の原稿以前に提出されたとのこと; Young et al., 2003)のようです。 なお,澤田 (2007) は連載の 2 回目で,第 1 回目にあたる澤田 (2006) では agrobacterium の生物学全般について解説されています。 澤田宏之 いわゆる「アグロバクテリウム」について: (2) 分類の現状. Microbiol. Cult. Coll. 23, 29-34 (2007). 参考: 澤田宏之 いわゆる「アグロバクテリウム」について: (1) プロフィールの紹介. Microbiol. Cult. Coll. 22, 117-121 (2006). Young, J. M. et al. A revision of Rhizobium Frank 1889, with an emended description of the genus, and the inclusion of all species of Agrobacterium Conn 1942 and Allorhizobium undicola de Lajudie et al. 1998 as new combinations: Rhizobium radiobacter, R. rhizogenes, R. rubi, R. undicola and R. vitis. Int. J. Syst. Evol. Microbiol. 51, 89-103 (2001). Young, J. M. et al. Classification and nomenclature of Agrobacterium and Rhizobium - a reply to Farrand et al. (2003). Int. J. Syst. Evol. Microbiol. 53, 1689-1695 (2003). Young, J. M., Kerr, A. & Sawada, H. in Bergey's Manual of Systematic Bacteriology, 2nd Edn., Vol. 2. The Proteobacteria Part C The Alpha-, Beta-, Delta-, and Epsilonproteobacteria (eds. Brenner, D. J., Krieg, N. R. & Staley, J. T.) 340-345 (Springer, New York, 2005). |
中心小体を中心に配置を決める(2007.07.04)(→分子細胞学) |
ゴキブリからシロアリへの道(2007.06.28) シロアリは進化したゴキブリでは,これまでシロアリ目とされてきたシロアリの仲間が ゴキブリ目に含まれるとの研究を紹介しましたが, シロアリ類に見られる真社会性の進化過程については決着がついたわけではありません。Pellens et al. (2007) はシロアリの真社会性に見られる形質の幾つかを備えた「原シロアリ類(prototermite)」がゴキブリ目の中で複数回進化していることを示し, これを元に真社会性の進化に不安定な居住環境が重要だった可能性を指摘しています。 真社会性の起源については,"shift-in-dependent-care" 仮説(「扶養家族の変化」仮説;子の面倒を親が見る状態から, 先に生まれた子が見る状態へ変化したことを指す)と呼ばれる仮説が考えられています。 この仮説では,腸内原生生物を親子で受け継ぐために親子が長期間共存する必要が生じ, やがて最初の子が親の代わりに次に生まれた子の面倒を見るようになり,これがカーストの起源になったと考えます。 実際のシロアリの姉妹群は Cryptocercus と呼ばれるゴキブリで,食材性,腸内原生生物,亜社会性の性質を備えていることから 真社会性の起源を探る「原シロアリ類」としてモデルにされてきました。ところが本種では確かに親子が長期間共同で生活しますが, 最初に産まれた子は第 2 子の誕生を阻害して第 2 子の面倒を見ることはないそうで,「扶養家族の変化」仮説と矛盾しています。 そこで著者らは新たな「原シロアリ類」のモデルとなるゴキブリ類を探索し, 近年ブラジルの大西洋側の森林から「原シロアリ」的特徴を持った Parasphaeria boleiriana という新種を報告しています。 今回の論文では,P. boleiriana のゴキブリ目における系統的位置を調べることで真社会性の進化に迫ろうとしています。 系統解析の結果,P. boleiriana は Cryptocercus ともシロアリ類とも直接の類縁性がないことが示されています。 また Cryptocercus とシロアリ類の近縁性も確認されています。つまり P. boleiriana に見られる食材性, 親が子の世話をする亜社会性,腸内原生生物の存在などは Cryptocercus とは独立に収斂進化したことが明らかになりました。 さらに食材性と亜社会性を備えたオオゴキブリ亜科(Panesthiinae)と Cryptocercus,シロアリ類,P. boleiriana が系統的に離れていることも示されています。 ここで著者らは Cryptocercus と P. boleiriana を比較することによって「扶養家族の変化」 仮説の問題点を検討できると考えました。 両者の大きな違いとして挙げられたのは,P. boleiriana の住む枯れ木の幹は 2,3 年で完全に分解されるのに対して, Cryptocercus(温帯性)の生活場所は分解に数十年を要することを発見しました。おそらくそのために P. boleiriana は 2-3 年の短期間で発生して生殖し,Cryptocercus は 5 年以上かけて成長するという差が生じたと見られています。 また P. boleiriana では親が 1 シーズンで死んでしまい,子の面倒は平均 12 日程度しか見られないのに対して, Cryptocercus では数年間生存してこの面倒を見るそうです。 このことから原生生物の子への分譲には短期間の共同生活で十分であることがわかりました。 さらに P. boleiriana は短期間に子孫が倒木から分散するため,様々な年齢の子孫が自由に交流できるのに対して, Cryptocercus では樹木の中で,親子が各 1 匹ずつの小さな独立したコロニーが長期間維持されます。 真社会性における利他的な行動が進化するためには,異なる年代の子孫が共存することが必要だと考えられていますが, P. boleiriana のようにコロニーの分散が早い(しかし同じ倒木に住むコロニーは親戚だと考えられる) 場合にこのような条件が満たされるようです。著者らは「扶養家族の変化」仮説を修正して, 短期間で消滅する居住環境に住む種で,近縁なコロニーが多数形成される環境からこそ真社会性が起源したと議論しています。 P. boleiriana は亜社会性の新しい系統として確かに重要な研究対象であろうかと思います。 そして Cryptocercus がシロアリの姉妹群でありながら真社会性を進化させなかった理由もうまく説明されており, 著者らの議論は真社会性の起源について一石を投じるものとなるでしょう。 ただし P. boleiriana は単に亜社会性のモデルの 1 つでしかなく,もっと別の仮説もこれから出てくるかもしれません。 Pellens, R. et al. The evolutionary transition from subsocial to eusocial behaviour in Dictyoptera: Phylogenetic evidence for modification of the "shift-in-dependent-care" hypothesis with a new subsocial cockroach. Mol. Phylogenet. Evol. 43, 616-626 (2007). |
続報:色素体のミッシングリンクの痕跡(2007.06.26)(→藻類学) |
根毛はコケの配偶体からの使い回し(2007.06.21)(→植物学) |
両生類の寄生虫(2007.06.13) 長らく正体が不明だった脊椎動物寄生虫の一群にオパリナ類(opalinids)があります。 一部の研究者は広義オパリナ目(Slopalinida)を単核で四鞭毛性のプロテロモナス科(Proteromonadidae) と多核で多数の繊毛に覆われたオパリナ科(Opalinidae)に分類していますが, 前者は後者に対して側系統となる可能性が指摘されていました。Kostka et al. (2007) はプロテロモナス科の Karotomorpha の分子系統解析を初めて行い,この仮説を裏付けました。 オパリナ類の代表である Opalina は巨大な繊毛虫のような独特の体制をしており,系統的位置が長らく不明でしたが, 最近では分子系統や鞭毛の構造からストラメノパイル類(不等毛類)の特殊化した生物であると考えられています (Cavalier-Smith & Chao, 2006)。 オパリナ類でより特殊化が進んでいないのがプロテロモナス科の仲間で,Proteromonas と Karotomorpha という 2 種類の鞭毛虫を含んでいます。Karotomorpha については, 細胞表面が微小管のリボンによって折りたたまれている様子がオパリナ科と共通しているそうで, Proteromonas よりもオパリナ科に近いとも言われていました。 Karotomorpha はカエルなど両生類の腸内寄生虫で培養はできなかったそうです。従って直接単離した個体から SSU rDNA 配列が解読され,系統解析に用いられました。2 種類のカエルから分離された Karotomorpha は単系統群をつくり, 予想通りオパリナ科と近縁だったそうです。さらに Blastocystis と呼ばれる動物の腸内寄生虫(鞭毛は持たない) が広義オパリナ目の姉妹群となりました。 この結果から,広義オパリナ目をプロテロモナス科とオパリナ科に分類するのは系統を反映していないことになります。 最近の Cavalier-Smith & Chao (2006) の分類ではオパリナ上綱(Opalinata)の中にプロテロモナス綱プロテロモナス目 (Proteromonadea, Proteromonadalaes),オパリナ綱オパリナ目(Opalinea, Opalinales), ブラストキスティス綱ブラストキスティス目(Blastocystea, Blastocystales)の 3 群を認めており, オパリナ目をカロトモルファ科(Karotomorphaceae)とオパリナ科(Opalinaceae)に分類しています。 こちらの分類の方が系統を反映していると言えるでしょう。 技術が発達して低コストで塩基配列の決定ができるようになって,知名度の低い分類群や培養のできない生物の系統解析も着々と進んでいます。 その結果,細かいレベルでも進化や系統関係について議論できるようになっているのが楽しみです。 Kostka, M., Cepicka, I., Hampl, V. & Flegr, J. Phylogenetic position of Karotomorpha and paraphyly of Proteromonadidae Mol. Phylogenet. Evol. 43, 1167-1170 (2007). Cavalier-Smith, T. & Chao, E. E.-Y. Phylogeny and megasystematics of phagotrophic heterokonts (kingdom Chromista). J. Mol. Evol. 62, 388-420 (2006). |
ヒトらしく歩く枝の上(2007.06.11)(→人類学) |
渦鞭毛藻の姿をとどめた寄生虫(2007.06.08)(→藻類学) |
アピコプラストが背負った責任(2007.06.04)(→分子細胞学) |
クリプト藻とハプト藻は生き別れの姉妹か(2007.06.01)(→藻類学) |
シロアリは進化したゴキブリ(2007.05.28) 昆虫の中で,網翅類と呼ばれるグループがあります。このグループは頭部の内骨格の形態などでまとまり, カマキリ目,ゴキブリ目,シロアリ目などが含められてきました。このうちシロアリ目はゴキブリ目から派生した可能性が指摘されていて, 分子系統からは見解が分かれていました。Inward et al. (2007) は近縁な各目の種数を充実させた 5 遺伝子の系統解析を行い, シロアリ目がゴキブリ目から派生したことを明らかにしました。 シロアリ目は真社会性の昆虫で,形態的にも特殊化が進んでいます。そのためカマキリ目やゴキブリ目とは外見が大きく異なっています。 しかしゴキブリ目に含まれる Cryptocercus は北米産(中国,韓国にも分布)の食材性の属で, シロアリとよく似た腸内原生生物を持っている上に触角の形態や若虫の形態などがシロアリ類のものと類似していました。 このことから両者が近縁で,従ってシロアリ類はゴキブリ目の内部から派生した可能性が指摘されていました。 しかしこれまでの系統解析では解析に用いられた種が不十分で,シロアリ目がゴキブリ目に含まれるのかどうか結論が出ていませんでした。 著者らの解析では,シロアリ目が Cryptocercus の姉妹群であることが強い支持率で示されました。この外側にゴキブリ科, さらに外側にオオゴキブリ亜目,さらに外側にムカシゴキブリ亜目が位置し,シロアリ類がゴキブリ目の末端に位置することが明らかにされました。 この結果は統計検定によっても補強され,過去の系統解析の結果とも大筋で矛盾はしていないそうです。 ----------------------------ムカシゴキブリ亜目| | --------------ゴキブリ科(ゴキブリ亜目) ------| | | -------| -------Cryptocercus(ゴキブリ亜目Cryptocercidae科) | | -------| -------| -------シロアリ科(ゴキブリ亜目) | ---------------------オオゴキブリ亜目 これまでの分類ではゴキブリ類とシロアリ類の系統関係に決着がついていなかったこともあって,両者を別々の目として扱ってきましたが, 著者らは今回,シロアリ類をゴキブリ目ゴキブリ亜目内のシロアリ科に格下げし,これまでの科を亜科に,亜科を族(tribe)として分類することを提案しました。 シロアリ目をなくす,という意味で,論文のタイトルも "Death of an order" となっています。 今回の系統樹から導かれる形態進化の過程としては,Cryptocerus とシロアリ科の祖先で食材性が進化したと考えられました。 食材性に伴って,セルロースを分解する原生生物(エクスカヴァータ類メタモナーダ門のオキシモナス類や副基体類) を排出物をなめ合うことで受け継ぐようになったと見られています。この習性が一夫一婦制を経て集団生活に繋がり, シロアリ科にいたって真社会性に発展したと思われます。シロアリ科では一夫一婦制に伴って精子間競争が減ったことから, 雄の交尾器や精子の構造の単純化が起こっていたり,ゴキブリ類に特徴的な卵鞘が巣内では不要なため失われている,といった進化が見られます。 真社会性への進化は行動生物学的にも興味深い話題であり,シロアリ類の正確な系統的位置を確定する意義は大きいと思われます。 シロアリ類がゴキブリ目に含まれる可能性についてはこれまでにも指摘されていた仮説であり,特に真新しいものではありませんが, しっかりとした,すなわち遺伝子数と種数が充実した系統解析によって強く示されたことは注目する価値があるでしょう。 Inward, D., Beccaloni, G. & Eggleton, P. Death of an order: A comprehensive molecular phylogenetic study confirms that termites are eusocial cockroaches. Biol. Lett. 3, 331-335 (2007). 参考: 平嶋義宏, 森本桂 および 多田内修 昆虫分類学 (川島書店, 東京, 1989). 石川良輔 昆虫の誕生: 一千万種への進化と分化 (中央公論社, 東京, 1996). |
ヤリミドリの種は単系統か?(2007.05.22)(→藻類学) |
細菌の鞭毛の起源と進化(2007.05.21)(→分子細胞学) |
謎の藻類メソスティグマの安住の地 IV(2007.05.17)(→藻類学) |
一見別物,よく見りゃそっくり(2007.05.14)(→藻類学) |
続報:異彩を放つピコ藻類のゲノム(2007.05.12)(→藻類学) |
今風の哺乳類の起源は恐竜の絶滅の後の後(2007.04.30) 新生代は哺乳類の時代とも呼ばれます。一方爬虫類の時代と呼ばれるのが中生代で,恐竜類が発展したのもこの時代です。 これまで哺乳類は中生代白亜紀末(K/T 境界:6,550 万年前)の恐竜の絶滅に伴って適応放散したと考えられてきましたが, 現生の哺乳類のほぼ全種を用いた系統解析・年代推定からは現代型の哺乳類の多様化が恐竜の絶滅とは関係が薄いことが示唆されています (Bininda-Emonds et al., 2007)。 分岐年代の推定においては優れた系統樹と信頼できる化石を用いた年代較正が必要であると考えられます (年代推定には化石が大切)。哺乳類については化石記録が比較的充実していることから, 適切な分子と OTU(操作的分類単位;この場合は系統解析に含める生物種)による系統解析が求められていました。 著者らは既知の哺乳類 4,554 種中 4,510 種(99% !)を系統解析に含んだ,2,500 もの系統解析を統合した超系統樹(supertree)を構築することで, おそらく最も説得力のある系統樹作成と分岐年代推定を行いました(66 遺伝子,51,000 塩基のデータ)。 化石の較正点も 30 用いているそうです。 得られた系統樹ではおおよそ定説通りの哺乳類の系統関係が示されており(カモノハシこそ哺乳類の根本, レトロポゾンが書き込んだ哺乳類の歴史),目レベルの系統群の分岐などについてはこれまで推定されてきたよりも (Springer et al., 2003 など)古いことが推定されました。 さて多様化の指標の変動を調べてみると,約 9,310 万年前に最初の放散が起こり,その後は一度種分化が起こりにくくなっていたことがわかります。 そして K/T 境界あたりから再び中新世の後半に向かって種分化が増加しているようです。 一方で KT 境界の直後では特に目立った適応放散は見られませんでした。 最初の適応放散は丁度セノマニアン/チューロニアン境界付近で起こっていて,これは海洋の酸素濃度低下などのイベントと関連している可能性があります。 それに対して恐竜が絶滅した K/T 境界付近で目立った適応放散が見られなかったのはどういうことなのでしょうか。 化石記録では K/T 境界直後に哺乳類の適応放散が知られていました。ところがこの時に多様化していたのは現在生き残っていない系統, 例えば多丘歯類(multituberculates)やプレシアダピス類(plesiadapiforms)などだったため,現生の生物で描いた系統樹には反映されなかったようです。 K/T 境界直後の暁新世には現生の哺乳類のグループはあまり見つからないことも,この時期に「現代型の」哺乳類が適応放散しそびれたことを示唆しています。 今回の大規模な系統解析はデータ量・密度や系統解析の方法に改善の余地はありますが,現時点では最善の推定であると言われています (Penny & Phillips, 2007)。この結果から哺乳類の進化における 3 つのイベントが明らかにされたことになります。 1 つ目は恐竜が反映していた時代に既に哺乳類の目が出現する放散が起こっていたこと,2 つ目は恐竜の絶滅に伴って一部の哺乳類が適応放散したものの, 「現代型の」哺乳類は前者に押されてか放散しそびれたこと,そして 3 つ目は暁新世に放散した哺乳類の絶滅に伴って 「現代型の」哺乳類が台頭するように適応放散してきたこと,です。 結論を整理してみるともっともらしく聞こえる話ですが,これは分子系統解析と化石の研究が合わさって初めて分かったことです。 進化の研究において両者をつきあわせることのできる分類群は大型のものに限られますが,哺乳類の場合には理想的な比較ができたと言えるでしょう。 いずれか単独の証拠に基づいていたならば分からなかった進化の有り様が見えてきたことは興味深く喜ばしいことでもある一方, 分子系統解析の困難な恐竜の場合や,化石記録の残らない微生物の場合では,どこまで真実に迫れるのか不安にもなりますね。 なお,系統樹に基づいて正確な年代推定を行うのはやはり難しく,分岐年代の推定がある程度前後している可能性は否定できません。 そして前後の仕方によっては今回の議論は大きく揺らぐことに注意しておく必要はあるでしょう。 Bininda-Emonds, O. R. P. et al. The delayed rise of present-day mammals. Nature 446, 507-512 (2007). Springer, M. S., Murphy, W. J., Eizirik, E. & O'Brien, S. J. Placental mammal diversification and the Cretaceous-Tertiary boundary. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 100, 1056-1061 (2003). News & Views 過去の関連記事: |
続報 2:調べてみれば謎の原生動物(2007.04.24) 最近になって Telonema という原生動物が真核生物の系統樹上で独特の位置を占めることが示され, テロネマ門の記載が行われました(調べてみれば謎の原生動物,続報)。 しかし Telonema についてはまだ研究が進んでおらず,Shalchian-Tabrizi et al. (2007) は環境 DNA の解析からテロネマ門に属する生物の分布や多様性を探っています。 Telonema subtilis の報告は世界各地に渡っていて,生態的にも一定の重要性があることが推測されます。 しかし報告によって形態が幾分異なっているそうで,本当に同一種なのか疑問が持たれていました。 そこで著者らはテロネマ門の分布や多様性について分子系統に基づいた見直しを行いました。 テロネマ門と考えられる配列は,様々な海洋に由来するサンプルから得られています。これまで環境 DNA から 4 配列, 培養株から 3 配列の rDNA が知られていましたが,29 個もの配列が新たに追加されました。 これは NCBI に登録されている配列であったり,インド洋の環境配列から新たに得た配列でした。 そこで著者らは系統解析を試みますが,残念ながら配列数を増やしても系統的位置は解けませんでした。 しかし推定されたテロネマ門の配列は単系統群を作っています。 著者らはテロネマ門の配列が 2 つの単系統群(Group 1 と 2)からなっていると考えています。その根拠としては, 過去に近縁性が指摘されたハプト藻を外群として解析した場合に 2 群がそれぞれ単系統となること, そして Group 1 と 2 で多型のあるサイトに共通のものがないことが挙げられています。 Group 1 には比較的少数の配列が含まれ,英仏海峡で分離された Telonema subtilis がこのグループに含まれます。 この他英仏海峡やデンマーク沿岸に由来する配列も含まれます。Group 2 は 1 とは異なり世界中から配列が得られていて, Telonema antarcticum はこちらに含まれます。 得られた異なる配列が分類学的にどのようなものなのかは系統樹からはわかりませんが, おそらくは多くが異なる種に対応しているものと見られています。従って,テロネマ門全体では汎世界的な分布を見せますが, 個々の種は地域ごとに限られた分布をしている可能性もあると指摘されました。 今回の配列からテロネマ門の生物の実態について具体的な何かが明らかにされたわけではありません。 テロネマ門の DNA 配列が世界中から見つかることは形態観察に基づく報告を裏付けています。 そしてテロネマ門にそこそこの多様性が報告されたことで,分類学的な研究も刺激されると期待されます。 テロネマ門の種が地域分化を起こしているとの仮説については,各海域のテロネマ門の多様性が分かっていないことから, まだ確かな仮説とは言えないでしょう。むしろ複数種のテロネマ類が各海域に存在していて, たまたまサンプリングされた種が海域ごとに異なっていた可能性もあるかと思います。 実際に英仏海峡からだけでも 8 種程度のテロネマ門の配列が得られています。 ともあれ培養株に基づく形態・系統学的研究が急務であることは確かでしょう。 Shalchian-Tabrizi, K., Kauserud, H., Massana, R., Klaveness, D. & Jakobsen, K. S. Analysis of environmental 18S ribosomal RNA sequences reveals unknown diversity of the cosmopolitan phylum Telonemia. Protist 158, 173-180 (2007). |
アファール猿人はヒトの傍系!?(2007.04.20)(→人類学) |
続報 2:最古の動物か細菌か,それが問題だ(2007.04.18)(→古生物学) |
続報:最古の動物か細菌か,それが問題だ(2007.04.16)(→古生物学) |
ホストの古細菌を記載(2007.04.13) 唯一の寄生性古細菌として "Nanoarchaeum equitans" が知られていますが,本種の宿主は "Ignicoccus sp." と呼ばれてきました。本種は 5 年近く未同定のままでしたが, Paper et al. (2007) によって遂に Ignicoccus hospitalis として正式記載されました。 "Nanoarchaeum" の発見当時は,最小にして唯一の寄生性古細菌ということで,寄生体の方にのみ注目が集まっていました。 しかしゲノム解析などが進み,"Nanoarchaeum" が様々な点で宿主である Ignicoccus に依存していることが示されると, 宿主の方の研究も重要であることが明らかとなってきました。おそらくはそのような背景の元で Ignicoccus sp. の研究が進められ, 漸く新種記載という形で研究の舞台に上がったきたのではないかと思われます。 本種は "Nanoarchaeum" と共に培養され,後に "Nanoarchaeum" を排除した形で純粋培養されました。 形態的には不定形の球菌で,直径 1-4(-6) μm,Ignicoccus 属の別種(I. islandicus)と同様に最大 9 本の鞭毛も持っているそうです。さらに古細菌の中では例外的に細胞膜の外側に外膜を有する点で他の Ignicoccus と共通しています。ちなみに,細胞膜の外側に外膜を有するのは真正細菌の内,グラム陰性細菌(ネジバクテリア亜界) にのみ広く見られる形質なので,Ignicoccus が外膜を持っていることは一つの謎です。 I. hospitalis は生理的には偏性嫌気性の化学合成菌で,硫黄還元によってエネルギーを得ていました。 他の硫黄化合物や有機物は利用できないようです。 著者らが関心を持っているのは細胞の外膜の成分です。他の 2 種の Ignicoccus 属(I. islandicus と I. pacificus)と併せてタンパク質成分を比較すると,3 種とも電気泳動のパターンが異なっていたそうです。 "Nanoarchaeum" は他の Ignicoccus 属の種も含めて,I. hospitalis 以外の超好熱性古細菌には寄生することができません。細胞の外膜は "Nanoarchaeum" の付着にも関わっているようで, その成分の違いから,"Nanoarchaeum" の宿主特異性が解明できるかもしれません。 もっとも,ゲノム情報からは "Nanoarchaeum" は脂質の合成系すら I. hospitalis に頼っていると見られており, 脂質の特異性なども重要な要素なのかもしれませんが。 一応,本種が独立種とされた根拠についても整理してみますと,一つには系統解析の結果 I. islandicus と I. pacificus よりも古くに分かれた系統と示されたことがあるでしょう。そしてゲノムの GC が高いこと, 外膜の成分などが形質の違いと言うことになります。I. islandicus と I. pacificus の違いとされている生育温度の範囲や pH の範囲については,I. hospitalis は 2 種の中間的な値を取っています。 原核生物と真核生物では種の境界線の概念はまるで違っていますが, 宿主の特異性とそれに関わる細胞外膜の組成に基づいて新種が記載されるのは面白いですね。 ただ "Nanoarchaeum" の発見に I. hospitalis の記載が 5 年近くも遅れたのは残念ですが。 Paper, W. et al. Ignicoccus hospitalis sp. nov., the host of ‘Nanoarchaeum equitans’. Int. J. Syst. Evol. Microbiol. 57, 803-808 (2007). 参考: |
「でっかくなっちゃった!」のはラフレシア科の祖先(2007.04.11)(→植物学) |
探せば見つかる「珍しい」藻類(2007.04.06)(→藻類学) |
知られざる光合成細菌(2007.04.04) 海洋から抽出された DNA の配列から,NOR5/OM60 と呼ばれるガンマプロテオバクテリア綱の微生物の系統が知られていました。 後に幾つかの種が培養されるようになりましたが,最初に培養された種,"Congregibacter litoralis" KT71 株についてゲノム解析が進み, この生物が光合成細菌であることが明らかとなりました(Fuchs et al., 2007)。 NOR5/OM60 系統群の 16S rRNA の配列は 1997 年には既に知られていましたが,実際に生き物が培養されたのは 1999 年に分離された KT71 が初めてでした。この株は運動性の桿菌で,嫌気的には増殖できないことが知られています。NOR5/OM60 系統群の配列は様々な海洋から報告されており, 増殖に季節性はあるものの,多いところではプランクトン性バクテリアの 10% 以上を占めていたそうです。 海洋生態系を理解するためにはこのような微生物の研究が不可欠であることから,彼らは KT71 株のゲノムの解析を進めました。 ゲノムから明らかとなった最も興味深い事実は,KT71 が光合成スーパーオペロンの全長を持っていたことでしょう。オペロン中の遺伝子の配置は独特でしたが, カリフォルニアの沿岸域のバクテリアプランクトンから得られた遺伝子断片とは一致したそうです。KT71 株は無色に見えるにもかかわらず, このオペロン中には光合成色素の合成遺伝子も含まれていました。そこで細胞抽出液の HPLC 分析が行われたところ,バクテリオクロロフィル a (Bchla)やカロテノイド様の物質である spirilloxanthin と思われる吸光が検出されました。Bchla は明条件貧栄養で培養したときに検出され, 暗条件,あるいは富栄養で培養したときには Bchla は検出されなかったそうです。 実験からは KT71 は独立栄養的には生育できないようで,ゲノムの情報からも炭酸固定ができないことが予想されています。 では光合成で得たエネルギーの使い道は何かというと,おそらくは膜を介したプロトン勾配の形成し,ATP 合成に,あるいは Na+ の勾配を通じて鞭毛モーターの駆動に役立っているのではないかと推測されています。 この他,KT71 株が微好気性であることや代謝系についても色々と調べられており,これまで全く正体が分からなかった NOR5/OM60 系統群の実態に迫っています。もちろん,KT71 のみで NOR5/OM60 系統群を代表させるのは危険ですが, 有色の分離株なども得られているそうで,微好気性光合成が NOR5/OM60 系統群に広く分布する性質である可能性は十分にあります。 今回の研究結果を元にこのクレードの研究も進み,新しい分離株も追加されていくでしょうから,この新規の光合成細菌が生態系の中で果たしている役割も, 遠からず明らかにされることでしょう。 なお,"Congregibacter litoralis" という学名を記載する準備は現在進行中とのことです。 Fuchs, B. M. et al. Characterization of a marine gammaproteobacterium capable of aerobic anoxygenic photosynthesis. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 104, 2891-2896 (2007). |
続報:ヒゲマワリの男の紋章(2007.03.30)(→藻類学) |
謎の藻類メソスティグマの安住の地 III(2007.03.24)(→藻類学) |
ヒダテラに脚光を(2007.03.22) 原始的な被子植物の形質は未だに謎に包まれています。被子植物の祖先形質を明らかにするためには, 被子植物の中で最初の頃に枝分かれした植物を特定することが重要な意味を持ってきます。 アンボレラ目やスイレン目が原始的な被子植物として挙げられていますが, 新たにヒダテラ科(Hydatellaceae)の水生植物がスイレン目の姉妹群であることが明らかにされました(Saarela et al., 2007)。 ヒダテラ科には Hydatella 属と Trithuria 属の 2 属が含まれていますが,いずれも小型の水生植物です。 かつてはヒダテラ科は単子葉植物に分類されると考えられており,Trithuria の rbcL 遺伝子の系統解析からも裏付けられていました。 ところが著者らの研究からは異なる結果が得られ,かつての系統解析が草本とコケの配列を誤ってつなげたデータに基づいていたことが分かりました。 いくつかの葉緑体遺伝子,非コード領域,核遺伝子を用いた系統解析から,Trithuria 属あるいは Hydatella 属は常にスイレン目の姉妹群となることが示されました。被子植物の最初の分岐は Amborella となりましたが, スイレン目とヒダテラ科が合わせて最初の分岐となる可能性や,Amborella とスイレン目とヒダテラ科が単系統となる可能性も否定はできないようです。 --------------Amborella| | -------ヒダテラ科 ------|------| | -------スイレン目 | --------------その他の被子植物 単子葉植物とされていた植物を原始的な被子植物に移すことについては,形態的には問題ないのでしょうか? 形態に基づく系統解析からも一応ヒダテラ科がスイレン目の姉妹群となり,単子葉植物とは類縁関係がないことが支持されています。 ヒダテラ科とスイレン目の共有派生形質としては,維管束形成層の欠如,不規則型気孔,ボート型花粉,周乳,地下発芽など 10 個が挙げられています (ただし他の系統群にこれらの形質が全く見られないわけではない)。一方で単子葉植物の共有派生形質 11 個のうち, 3 個のみしかヒダテラ科には存在しないそうです(形成層の欠如,ボート型花粉などは単子葉植物と共通)。 このほか,完全に嚢状の心皮を持つことや胚嚢に 4 つの核が存在することなどは,ヒダテラ科が原始的な被子植物であることを支持しているそうです。 ヒダテラ科の植物は非常に単純な花の作りをしていて,ほとんど雄蘂だけ,あるいは雌蘂だけからなる単性花が集合して花序を形成しています。 スイレン目では花序を形成しないそうですが,興味深いことに最古の被子植物としてよく引用される Archaefructus は, 花序を形成する水生植物として知られており(甦る最古の被子植物), 近縁性を検討する必要があると議論されていました。 ヒダテラ科がスイレン目の姉妹群になったことにより,被子植物の起源に関する議論にどのような影響が出てくるのかは, もうしばらく様子を見る必要があるでしょう。ヒダテラ科の植物の研究はこれまで熱心に行われてきたわけではありませんから, 今回の論文をきっかけに研究が進み,明らかになることも多いでしょう(例えば子葉の数は未だにわかっていないとのこと)。 被子植物のほとんどの科について系統的位置が(程度の差はあれ)明らかになっている現在,原始的な被子植物の系統が新たに見つかることは, 予想外の出来事だったようです。被子植物の新しい系統の探索も,まだまだ終わりにはならないようですね。 Saarela, J. M. et al. Hydatellaceae identified as a new branch near the base of the angiosperm phylogenetic tree. Nature 446, 312-315 (2007). Friis, E. M. & Crane, P. New home for tiny aquatics. Nature 446, 269-270 (2007). 過去の関連記事: |
謎の動物と謎の動物をつなげて冠輪動物の進化がわかる?(2007.03.19)(→古生物学) |
色素体の証拠隠滅?(2007.03.07)(→藻類学) |
果てなく続く,細菌の新グループ記載 II(2007.03.05) 原核生物では目以上のレベルの分類群が次々と記載されています(果てなく続く,細菌の新グループ記載 など)。環境中から直接 rRNA の配列を解析する手法が広まり,配列のみ知られている系統群が少なからず存在します。 新しい培養株が得られたときに,それが以前に培養されていなかった系統群に含まれれば,自然と新しい高次分類群が設立されることになります。 2007 年 3 月付けで正式記載されたのは,ヴェルコミクロビウム門の新綱新目新科新属新種 Puniceicoccus vermicola(Choo et al., 2007) と,クロロフレクスス門との関連が疑われる新綱新目新科新属新種 Ktedobacter racemifer(Cavaletti et al., 2006)です。 まず,International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology(IJSEM)誌上に掲載された論文で記載されたのが, P. vermicola(ヴェルコミクロビウム門プニセイコックス目)です。 本種は海産のゴカイの一種 Periserrula leucophryna(環形動物門サシバゴカイ目) の消化管内から分離されました。P. vermicola は通性嫌気性の球菌で,系統的にはヴェルコミクロビウム門に近縁でした。 環境配列に基づいてこれまでヴェルコミクロビウム門には 5 つの "subdivision" が認識されており,P. vermicola は系統的に subdivision 4 に位置づけられました。"Subdivision" を綱に相当すると見なす見解があったことから,著者らはこれを新綱オピツツス綱(Opitutae) と位置づけ,その根元で分かれる 2 系統をそれぞれ新目オピツツス目(Opitutales)とプニセイコックス目(Puniceicoccales)としました。 さらに対応する科の記載も行っています。 この研究により,ヴェルコミクロビウム門の中に初めて目以上のレベルの分類が成立しました。しかし多細胞生物の分類とは異なり, 形態など何らかのわかりやすい形質によって分類群を定義することはもはやできないようです。この研究で定義された科以上の階級の分類群は, いずれも 16S rRNA の系統によって線引きがされています。これは生物自体の理解から遠ざかるものであり,歓迎しがたいものもありますが, 同時に原核生物の高次分類の困難を考えれば,系統に基づく定義に解決策を求めるのも当然の帰結なのかもしれません。 さて,これに対して独特の形態に基づいて記載されたのが Ktedobacter とその仲間です。 実は本種の記載論文は昨年の半ばに出版されていましたが,原核生物の学名は IJSEM 上で記載されるか,IJSEM に掲載される validation list に掲載されない限り正式に発表されたことにはならないため,今月に至るまで正式発表としては扱われませんでした。 K. racemifer は生物資源の探索中に発見されました。著者らは有用物質をしばしば含んでいる放線菌門の仲間を収集するため, 放線菌に特徴的な,菌糸状の原核生物を土壌から分離していました。ところがこの中に放線菌とはまるで異なる生物が含まれていました。 K. racemifer 分枝する糸状細菌で,胞子を形成します。近縁な株が合わせて 11 株(系統樹を見る限り,5-6 種に相当)が得られていて, いずれも同様の形態を示したそうです。16S rRNA の分子系統からはハワイの火山性堆積物由来の配列に近縁で, 真正細菌の中で独自の系統群を形成することが示されました。 一応,Ktedobacter に近縁な真正細菌と見られたのはクロロフレクスス門の仲間ですが,統計的支持率は低く,Ktedobacter が独自の門を形成するのか,あるいはクロロフレクスス門に属するのかについては結論が保留されています。 クロロフレクスス門は糸状性の種を多く含む系統であり,その点では Ktedobacter と関連性があるようにも見えますが, クロロフレクスス門には分枝する種も胞子を形成する種も知られていません。さらにグラム染色性もクロロフレクスス門のほとんどの種では陰性なのに対して, Ktedobacter はグラム陽性だったそうです。 著者らは当面,Ktedobacter を新綱新目新科(クテドバクター綱クテドバクター目 クテドバクター科:Ktedobacteria, Ktedobacterales,Ktedobacteraceae)に分類し,門レベルの分類は不明なままにしています。 真正細菌の大系統を反映する形質として,細胞壁と細胞膜の形質が重要であると見られていますが(グラム染色性にある程度は反映される), 今回の研究では細胞壁,細胞膜の構造は調べられておらず,今後の透過電子顕微鏡観察が待たれます。 クテドバクター綱の場合には分枝する糸状性と,胞子形成という特徴が多くの株で共有されており,形態的な定義が有効なケースのようです。 このように顕著な特徴を持った系統群が新しく見つかることは稀でしょうが,今回は弱酸性で貧栄養の培地で長期間培養したことがよかったそうです。 分離法が分かれば,今後も新しい培養株,種が得られるでしょうし,今回詳細な研究が行われなかった他の株についても研究が進めば, 新属新種や新科として記載されることになるでしょう。 現在の原核生物の分類体系は Bergey's Manual of Systematic Bacteriology という教科書のものが広く採用されています。 このシリーズの第 2 版は 2001 年より出版を開始し,現在全 5 巻中 2 巻まで出版されています。 この第 2 版で原核生物を通じてリンネ式の階層分類が提案されてから,目以上のレベルの新分類群が度々記載されるようになってきました。 おかげで真正細菌のグループは非常に把握しやすくなっており,改めて階層的な分類体系の利便性が示されています。 Cavaletti, L. et al. New lineage of filamentous, spore-forming, gram-positive bacteria from soil. Appl. Environ. Microbiol. 72, 4360-4369 (2006). Cho, Y.-J., Lee, K., Song, J. & Cho, J.-C. Puniceicoccus vermicola gen. nov., sp. nov., a novel marine bacterium, and description of Puniceicoccaceae fam. nov., Puniceicoccales ord. nov., Opitutaceae fam. nov., Opitutales ord. nov. and Opitutae classis nov. in the phylum 'Verrucomicrobia'. Int. J. Syst. Microbiol. 57, 532-537 (2007). |
アフリカからの旅のお供はピロリ菌(2007.03.03)(→人類学) |
原始的な褐藻類の目,復活(2007.02.26)(→藻類学) |
マラリア原虫が緑に見えた背景(2007.02.23) マラリア原虫などを含んだ寄生虫からなるアピコンプレックス門(アルベオラータ)のほとんどの仲間は, アピコプラストと呼ばれる退化した色素体を保持しています。アピコプラストの由来については, 紅藻(あるいは紅藻由来の色素体を持った二次共生藻)由来とする定説に対して,ミトコンドリアの cox2 遺伝子が 2 つに分裂していることを根拠に,緑藻綱(緑色植物門)由来であるとした説も存在します。 しかし Waller & Keeling (2006) は,この遺伝子の分裂がアピコンプレックス門と緑色植物門で独立に起こったことを示しています。 アルベオラータの仲間では,渦鞭毛虫類とアピコンプレックス類に色素体が知られています。両群の色素体が共通の起源なのか, あるいは独立の真核共生なのかは論争が続いています(渦鞭毛藻三次共生起源説)。 特に渦鞭毛藻の色素体が紅藻の系統とされているのに対して,アピコプラストが緑藻綱由来とされたことが大きな問題になっていました。 その根拠として示されたのが,ミトコンドリアの cox2 遺伝子です。 アピコンプレックス類ではこの遺伝子はミトコンドリアではなく核にコードされていて,しかも 2 つの断片に分かれています。 2 つに分かれた cox2 遺伝子は緑藻綱のイカダモ(Scenedesmus: ヨコワミドロ目)などで知られていることから, 緑藻綱の真核共生の結果,分裂した cox2 遺伝子が宿主の核に移行して宿主の元々の cox2 遺伝子に置き換わったと解釈されました。 確かに遺伝子の分裂のような稀な出来事はよい系統マーカーとなりますが,渦鞭毛虫類の cox2 が知られていなかったため, アルベオラータの中で本当にアピコンプレックス類の cox2 だけが異常なのかは十分には検証されていませんでした。 そこで著者らは新たに渦鞭毛虫類の cox2 の配列を決定し,系統解析を進めました。 実は一部の渦鞭毛虫において,EST の研究から cox2 が分裂していて核にコードされている可能性が考えられていました。 今回,個々の遺伝子が解析されてこのことの裏付けがとられました。調べられたのは光合成性の Karlodinium micrum (渦鞭毛動物門ギムノディニウム目)と, 非光合成性で渦鞭毛虫の基部付近で分岐したと見られる Oxyrrhis marina(渦鞭毛動物門 オキシリス目)で,いずれの種でも核コードの特徴 (アミノ末端に輸送ペプチド)を持ち,cox2a と cox2b の 2 断片に分かれていました。 系統樹上ではアルベオラータの COXII は互いに近縁で,アピコンプレックス類の cox2 遺伝子だけが真核共生によって外部から持ち込まれたのではなく,宿主側から引き継がれてきたことを示しています。 緑藻綱の COXII の系統は他の緑色植物門とは異なる位置に出ており,何か異常が起こっていることが示唆されていますが, アピコンプレックス類のタンパク質に特に近縁である,ということはありませんでした。 従って,cox2 遺伝子の分裂は緑藻綱とミオゾア上門(渦鞭毛動物門+アピコンプレックス門)で独立に起こったと思われます。 この遺伝子の分裂がアピコプラストと緑藻綱で関係ないとすれば,アピコプラストが緑藻類に由来したとする根拠もなくなります。 アピコプラストと渦鞭毛藻の色素体が独立の真核共生によるのかどうかは未だにわかりませんが,議論が幾分整理されそうです。 著者らは遺伝子の分裂のような「稀」とされた現象も繰り返し起こりうることを強調しています。 このことは他の系統推定の議論にも同様に当てはめられるので,注意が必要でしょう。 まさに著者らの言うとおり,結論を導く前に多くの系統で矛盾がないのか「徹底的に調べる必要」があるでしょう (一例としてアメーバの系統的位置は再び藪の中へ)。 Waller, R. F. & Keeling, P. J. Alveolate and chlorophycean mitochondrial cox2 genes split twice independently. Gene 383, 33-37 (2006). |
夜光虫の光の源(2007.02.19)(→藻類学) |
細菌か最古の動物か,それが問題だ(2007.02.17)(→古生物学) |
シアノバクテリアが酸素を作った理由(2007.02.14) シアノバクテリアによる酸素発生型光合成の発明は,地質学的には極めて大きな事件でした。 シアノバクテリアの作った酸素によって地球環境は激変し,酸素呼吸という効率のよいエネルギー生成の仕組みを進化させ, 遂には多細胞の動植物の進化をもたらしたのです。しかし当のシアノバクテリアはどのような状況で, そしてどのような進化を経て酸素発生型光合成を行うようになったのでしょうか。Allen & Martin (2007) は, 近年の研究成果を踏まえて酸素発生型光合成の起源を考察しています。 まず酸素発生型光合成の出現時期について,著者らは大気中の酸素濃度が上昇した 23 億年前より古く, 酸素が発生した痕跡の見つからない光合成細菌のマットが見つかる 34 億年前よりは新しいだろう,と推定しています。 これは最近出版された,27 億年前に酸素発生型光合成が出現したとする研究とも矛盾しません (シアノバクテリアの誕生は 27 億年前?)。 ではこの頃にどのような進化が起こったのかが問題です。酸素発生型光合成の明反応には光化学系 I と光化学系 II が主要な役割を果たしています。両者は反応中心がよく似ており,遺伝子クラスターの重複によって分化した考えられています。 現生の光合成細菌の中でこれら 2 つの光化学系を共に持つのはシアノバクテリアのみです。 そのためシアノバクテリアの祖先が初めにいずれかの光化学系を持っていて,後にもう一方の光化学系を (水平遺伝子移動などにより)獲得したとする考えや,シアノバクテリアの祖先("protocyanobacterium") において光化学系の重複が起こったする考えなどがあります(ゲノムで解く光合成細菌の起源と進化)。 著者らはここで,単純に光化学系 I と II が同時に存在している場合,相互に干渉するおそれが高いことを指摘しています。 すなわち酸素の分解によって生じる電子がなければ,上手く直線的に電子が流れないと考えられるそうです。 従って最初に光化学系 I と II を持った物は,これらを同時に発現せずに, 状況に応じて使い分けていたのではないかと推測されました。 さて著者らの議論で最も重要なのは,酸素を発生する反応の起源です。酸素は水分子の分解によって発生しますが, この反応は光化学系 II に結合した 4 個のマンガン原子(Mn)と 1 個のカルシウム原子(Ca) によって触媒されていると考えられています。より正確には水分子を酸化することによって,この Mn4Ca クラスターが 4 つの電子を得て,続いて光化学系 II が Mn4Ca クラスターから電子を奪っているそうです。 そして水の酸化の結果できてしまうのが酸素分子というわけです。なお光化学系 II の Mn4Ca クラスターは, 酸化マンガンの鉱物とよく似た配置を取っていることが知られているそうです。 ここから著者らの想像が展開します。シアノバクテリアが誕生した頃にはオゾン層は存在せず,地表に達する紫外線量は多かったはずです。 仮にマンガンが環境中に存在して,そこに光化学系 II と光化学系 I を使い分けて生きている生物がいたとします。 マンガンイオンは紫外線の照射下で光化学系 II に電子を流し込み,光化学系 II を阻害することが知られています。 従ってこの生物が光化学系 II を発現させているときに紫外線を受けると,やはり光化学系 II が機能不全を起こしたと思われます。 この生物が生き抜くためには光化学系 I を同時に発現し,NADP を還元するなどして電子を処理する必要があったでしょう。 こうして 2 つの光化学系を直列に利用する仕組みができあがると,マンガン原子は光化学系 II の表面に取り込まれ, 安定して水分子の分解に働けるようになったと思われます。そして積極的にマンガン原子とカルシウム原子を取り込めるようになり, 酸素発生型光合成を安定して行える生物が進化してきたと考えられています。 著者らの仮説では酸素発生型光合成の起源を大きな飛躍や無理な過程を置かずに説明しており,とても興味深く読めました。 この仮説がどの程度まで正しいのかについては中々検証が難しいとは思いますが,少なくとも著者ら自身が言っているように, 2 つの光化学系を使い分けている生物が見つかってくれば,これは "protocyanobacterium" の有力な候補となるでしょう。 実際にそのような生物が見つかる可能性は決して高くはないと思いますが,細菌の中には性状が未知の生物はまだまだ存在しています。 そんな未研究の細菌の中に,"protocyanobacterium" やそれとは全く異なる性質の中間型生物が見つかってくれば, 酸素発生型光合成の進化についても新たな説明が見えてくるかもしれません。 Allen, J. F. & Martin, W. Out of thin air. Nature 445, 610-612 (2007). |
渦鞭毛藻三次共生起源説(2007.02.10)(→藻類学) |
海綿のミトコンドリアゲノム追加(2007.02.07) 近年,原始的で基盤的な動物のミトコンドリアゲノムの研究が徐々に進められており, 本サイトでも度々紹介してきました(遺伝子いっぱい平板動物のミトコンドリア, 動物ミトコンドリアの原型は?)。 これまで海綿の仲間からは普通海綿綱のミトコンドリアしか調べられていませんでしたが,Wang & Lavrov (2007) は普通海綿類との類縁が不確かな同骨海綿類のミトコンドリアゲノムを解読し,海綿の祖先型を探っています。 今回ミトコンドリアゲノムが調べられたのはノリカイメン属の一種(Oscarella carmela; 海綿動物門同骨海綿目) です。同骨海綿目(同骨海綿亜綱)は普通海綿綱に含める向きもあるようですが,その系統的位置は未確定でした。 特に同骨海綿類は他の海綿では知られていない真の上皮組織を持つとされることや,精子の先端に先体と呼ばれる器官を持ち, 幼生の鞭毛装置に縞状の鞭毛根を持つことで,より「高等」な動物との類縁も考えられていました。 O. carmela のミトコンドリアゲノムは 20,327 bp の環状で,既知の海綿の場合には遺伝子が全て片側の DNA 鎖に乗っていたのに対して,本種では半分が一方の鎖に,残り半分が他方の鎖にのっています。 この他の主要な特徴としては,これまで動物に近縁な襟鞭毛虫や一部の原生動物などでミトコンドリアゲノム上に見つかっていた tatC 遺伝子(タンパク質輸送経路に関わるタンパク質)が,動物で初めてミトコンドリアゲノム上に見つかりました。 他の海綿ではどうやらこの遺伝子は核にコードされていて,海綿以外の動物からは見つかっていないそうです。 おそらく,この遺伝子は普通海綿の仲間では核に移行し,他の動物では失われたものと予想されました。 もう一つ興味深い話題としては,プロリンの tRNA(アンチコドンは UCA)の配列があります。 この tRNA の 11 番と 24 番の塩基対は A-T という組合せになっていたそうです。この A11-T24 という塩基対は, 既知の普通海綿と平板動物の tRNA Pro に知られていますが,一方で襟鞭毛虫と, ショウジョウバエやヒトを含んだ左右相称動物では T11-A24 という塩基対になっているそうです。 この証拠を重視すれば平板動物は普通海綿類と近縁な,あるいは原始的な海綿のグループなのかもしれません。 しかし刺胞動物ではミトコンドリアにこの tRNA がコードされておらず,確かなことは言えません。 この点については今後,石灰海綿のような系統の異なる海綿のミトコンドリアゲノムが報告されれば, よりはっきりした結論が得られるかもしれません。 著者らは 12 遺伝子を用いて系統解析も行っていますが,原始的な動物のミトコンドリアゲノムに基づく系統樹では, 左右相称動物が外側に飛び出て,あたかも平板動物,海綿動物,刺胞動物が互いに近縁であるような図が描かれることが多いと言えます。 しかしこれは左右相称動物の遺伝子の進化速度が速すぎるためとも言われています。 これを差し引いて考えらると,以下のような系統関係が予想され,同骨海綿類が重要であることが明確になると思います。 -------(左右相称動物;定説)-------| | -------刺胞動物 -------| | | -------普通海綿 -------| -------| | | -------同骨海綿類 -------| | | | ---------------------平板動物 ------| | | ----------------------------(左右相称動物;ミトコンドリアゲノムによる樹形) | -----------------------------------襟鞭毛虫 もし定説が正しくこの樹形が真実であれば,同骨海綿類に認められた上皮組織や先体などの特徴は, より高等な動物の共有派生形質ではなく,少なくとも普通海綿の共通祖先が持っていた, さらに祖先的な形質だった,ということになります。これは動物の初期進化の仮説に見直しを迫るものです。 現在,他の海綿類(六放海綿類や石灰海綿類)のミトコンドリアゲノムについても予備的な研究を進めているようで, これが公開されて互いに比較しやすくなれば,動物の初期進化の謎がかなり解けてくることが期待されます (今回の結果は同骨海綿亜綱が普通海綿綱に入ることと矛盾しませんが,他の海綿の綱が含まれていません)。 Wang, X. & Lavrov, D. V. Mitochondrial genome of the homoscleromorph Oscarella carmela (Porifera, Demospongiae) reveals unexpected complexity in the common ancestor of sponges and other animals. Mol. Biol. Evol. 24, 363-373 (2007). |
シアノバクテリアの誕生は 27 億年前?(2007.02.03)(→古生物学) |
食べた藻類は核まで利用(2007.02.01)(→藻類学) |
色素体のミッシングリンクの痕跡(2007.01.30)(→藻類学) |
動物ミトコンドリアの原型は?(2007.01.27) 後生動物のミトコンドリアゲノムは,比較的均一で互いに比較しやすくサイズ的にも都合がよいため, しばしば大きな系統の解析に用いられます。最近では研究者の興味が動物の起源にも集まっていて,海綿や平板動物, 刺胞動物などのミトコンドリアゲノムが次々と解読されています (参考:遺伝子いっぱい平板動物のミトコンドリア)。Erpenbeck et al. (2007) は海綿動物門単骨海綿目の Amphimedon queenslandica のミトコンドリアゲノムを決定し, 普通海綿に共通と見られていた特徴があったりなかったりと, ミトコンドリアゲノムの進化が予想外に複雑であったことを示しています。 これまでに解析された海綿動物のミトコンドリアゲノムは,全て左右相称動物に広く見つかる制御領域(control region) と呼ばれる特徴的な配列を欠いていました。逆に,atp9 と呼ばれる遺伝子を持つことも特徴と見られていました。 ところが Amphimedon からは海綿動物として初めて繰り返し配列が見つかり,制御領域とよく似た特徴を示していたそうです。 さらに atp9 がミトコンドリアゲノムに見つからず,どうやら核に移行した形跡が見つかっています。 しかしリボソーマル RNA は,他の普通海綿綱と同様に細菌に似た二次構造を持っているそうで, この点では海綿らしいところもあるようです。 なお一応系統解析も行われており,Amphimedon は他の海綿類(解析されたのは全て普通海綿)の姉妹群になっています。 しかしミトコンドリアゲノムの系統樹では左右相称動物が二胚葉動物(海綿動物,刺胞動物,平板動物など)の姉妹群になるなど (おそらく左右相称動物はこの中では刺胞動物に近い),解析の信頼性に疑問が持たれます。 ミトコンドリアゲノムの性質が海綿類の中で,より広くは二胚葉動物の中で多様性に富んでいるのであれば, 左右相称動物の中で有用であるほどには系統解析に向いていないのかもしれません。 しかしゲノムの構造に多様性があることは,逆にそれに着目することで系統ごとの特徴付けが出来る可能性もあります。 今後普通海綿以外の海綿のデータなどが集まってきたときに何が見えてくるのかは注目です。 Erpenbeck, D. et al. Mitochondrial diversity of early-branching metazoa is revealed by the complete mt genome of a haplosclerid demosponge. Mol. Biol. Evol. 24, 19-22 (2007). |
アーケゾア仮説の幕引きはトリコモナスゲノムから(2007.01.24)(→その他) |
最古の動物か細菌か,それが問題だ(2007.01.22)(→古生物学) |
鞭毛に生える毛の正体は(2007.01.18)(→藻類学) |
最小の生物はちょっとシャイ?(2007.01.16) SSU rRNA を環境サンプルから直接増幅し,未知の生物を探す方法(環境 PCR)は既に定着した技術ですが, 微生物の中には通常使われるプライマーでは増幅しにくい SSU rRNA を持つものも存在します。Baker et al. (2006) は PCR を介さずに直接環境中の DNA 配列を探索し,中にほとんど未知の古細菌の配列を発見し, この古細菌がどうやら既知の生物の中で最小の細胞を持つらしいと報告しています。 PCR 法では既知の配列で挟まれた領域の DNA 配列を増幅,解読します。SSU rRNA 遺伝子は全ての生物が持っており (原核生物では 16S rRNA,真核生物では 18S rRNA と呼ばれる),ほとんどの生物で保存された配列が存在します。 そこで環境サンプルから直接 PCR を行うことで,サンプル中のほとんどの生物種の SSU rDNA を増幅できるとされています。 ところが例外も存在し,保存配列に一部違いのある生物は環境 PCR では検出されない,あるいはされにくくなってしまいます。 カリフォルニアのリッチモンド鉱山(Richmond Mine)の酸性環境(pH 0.5〜1.5)から DNA 断片を抽出し, PCR による増幅を経ずに手当たり次第解析したところ,配列中に未知の古細菌の SSU rRNA 配列を発見しました (地球を暖める古細菌 II など)。この系統群は ARMAN-1(〜3)と名付けられ (Archaeal Richmond Mine Acidophilic Nanoorganism),さらなる研究が行われました。 ARMAN グループの SSU rRNA は保存配列に変異があり,通常の環境 PCR からは得られていませんでした (特殊なプライマーを用いた環境 PCR による報告が 2 例ほどあったのみ)。ARMAN グループは系統的にも独自の位置を占め, 古細菌ユリアーケオタ門の比較的深い位置から分岐した系統と見られています(メタン生成菌の系統の可能性あり)。 そして ARMAN グループの SSU rRNA を持つ生物をハイブリダイゼーション法を用いて蛍光ラベルしたところ, 微生物群集の中でひときわ小さい細胞がラベルされました。さらに直径 0.45 μm のフィルターを通過する細胞を選別したところ, ARMAN グループの細胞が高度に濃縮されたそうです。 濃縮したサンプルの電子顕微鏡観察から,ARMAN グループの古細菌の細胞は不定型で一部に突出を持っていることがわかりました。 細胞は古細菌様の細胞壁と,やはり古細菌に見られる S-layer という表面構造を持っていました。 細胞サイズは 0.2〜0.3 × 0.1〜0.2 μm と極めて小型で,体積にして 0.006 μm3 未満と推定されました。 断面からの推定ですから,想定外に複雑な形のより大きな細胞である可能性は否定できませんが,光学顕微鏡のデータもあるため, さほどの間違いはないでしょう。 この体積は他の生物と比べても圧倒的に小さく,例えばこれまで最小の古細菌とされた "nanoarchaea" は 0.02〜0.70 μm3 ,グリーンランドから得られた最小クラスの真正細菌は 0.04〜0.10 μm3,あるいは SAR 11 クレード(やはり真正細菌)のメンバーは 0.031〜0.051 μm3, とされているそうです。 細胞が生きていくためには様々な分子装置が必要です。例えばタンパク質の合成装置であるリボソームは 20 nm ほどの大きさで, 細胞膜の厚さなども考えれば,細胞のサイズには下限があるはずと考えられています。 ARMAN グループの細胞はこの下限に相当するようで,培養やゲノム研究に基づいて実際の細胞内の様子を明らかにすることは, 生物の基本的な仕組みを知る上でも意義のあることだと思います。 特に,このような極小の生物で細胞内の分子が無秩序に配置されているのか,それとも細胞全体が組織化されているのか, というのも興味があるテーマで,今回の論文でもリボソームが高度に詰め込まれた状態が観察されています。 参考までに,ARMAN-1〜3 の生息環境は酸性でやや暖かく(30〜60℃)金属イオンに富んだ環境ですが, 過去の研究で得られた近縁配列は,ニュージーランドの高温で中性の水たまり(78℃,pH 7.5) やシベリアの酸性の泥炭湿地(pH 4.2〜4.8)に由来しているそうで,生態的に多様な生物が含まれているようです。 Baker, B. J. et al. Lineages of acidophilic archaea revealed by community genomic analysis. Science 314, 1933-1935 (2006). |
新門候補の推定藻類 "ピコビリ藻類"(2007.01.13)(→藻類学) |
雪解けの酸化(2007.01.11)(→古生物学) |
補足:淡水へ!陸上へ!そして昆虫へ(2007.01.09) 淡水へ!陸上へ!そして昆虫へでは, 分子系統解析をもとに昆虫を含む六脚類が淡水性の甲殻類(鰓脚類)に近いとしたレビューを紹介しました。 そこで,甲殻類や六脚類を含めた節足動物の分子系統解析の論文を調べてみました (Regier et al., 2005; Mallat & Giribet, 2006)。 Regier et al. (2005) は多遺伝子解析,特にタンパク質をコードする遺伝子を用いた解析により, 甲殻類と六脚類(併せて汎甲殻類:Pancrustacea)の系統関係を解こうとしています。 この結果では,汎甲殻類の単系統性が強く支持されており,六脚類が甲殻類に由来することが裏付けられています。 鰓脚綱は六脚類の姉妹群の候補には挙がっていますが,同様にカシラエビ綱とムカデエビ綱 (両者はおそらく単系統)も六脚類に近縁な可能性があります。 カシラエビ綱とムカデエビ綱はいずれも 20 世紀の後半になって発見された特殊な分類群で, 海底の砂に潜って,あるいは海底洞窟に生息しています。従って,Ragier et al. (2005) の結果からは六脚類が海水性の甲殻類に由来した可能性も否定できません。 また,顎脚綱(Maxillopoda)というグループが従来認められてきましたが,蔓脚下綱(Cirripedia) に代表される鞘甲亜綱(Thecostraca)とカイアシ亜綱(Copepoda)が軟甲綱(Malacostraca)に対して側系統になりました。 鰓尾亜綱(Branchiura)については多系統の貝形虫綱(Ostracoda)とまとまる可能性もありますが, これはこのデータではまだ不確かです。 Mallat & Giribet (2006) では 28S と 18S リボソーマル RNA を用いて, 節足動物も含めた脱皮動物全体の系統解析を行っています。しかし種数としても特に重点が置かれているのは節足動物, 特に汎甲殻類でした。この解析ではカシラエビ綱とムカデエビ綱が含まれておらず, 六脚類の姉妹群の問題は解決していませんが,含まれた分類群の中では,カイアシ類が,次いで鰓脚類が姉妹群となっています。 しかし Regier et al. (2005) の結果と, カイアシ類や基部的な六脚類に進化速度が早いものが含まれていることを考えると, カイアシ類の系統的位置は解析上の誤りと推測されます。なお,この解析でも顎脚綱は多系統になっています。 両者の結果を私なりに整理してみた系統樹を下記に示しますが,六脚類の祖先の問題はまだ解けきってはいません。 顎脚綱が多系統であること,貝形虫綱も多系統の可能性が指摘されていること,なども考えると, 汎甲殻類の分類体系はこれからも整理が必要でしょう。 -------顎脚綱 五口動物亜綱-------| ---?--| -------顎脚綱 鰓尾亜綱 | | | --------------貝形虫綱 | | -------軟甲綱 | -------| |------| -------顎脚綱 鞘甲亜綱 蔓脚下綱 ------| | | --------------顎脚綱 カイアシ亜綱 | | -------カシラエビ綱 | -------| | | -------ムカデエビ綱 -------| |-------------鰓脚綱 | --------------六脚類 しかし今回のような研究を見てみると,分子系統解析から節足動物の系統関係が解決できそうなのもまた確かです。 もちろん神経系の発生・形態など,形態学の立場からの裏付けも進んでいます。 節足動物の分類は混乱している印象が強かったのですが,いくつか論文を読んだ印象では, この混乱も解決に向かい始めているようです。 Mallatt, J. & Giribet, G. Further use of nearly complete 28S and 18S rRNA genes to classify Ecdysozoa: 37 more arthropods and a kinorhynch. Mol. Phylogenet. Evol. 40, 772-794 (2006). Regier, J. C., Shultz, J. W. & Kambic, R. E. Pancrustacean phylogeny: Hexapods are terrestrial crustaceans and maxillopods are not monophyletic. Proc. R. Soc. B 272, 395-401 (2005). |
真正紅藻の分子系統と目の分類(2007.01.08)(→藻類学) |
海を統べる古細菌のゲノム(2007.01.04)(→その他) |
酸化することに意義がある(2007.01.03)(→古生物学) |
淡水へ!陸上へ!そして昆虫へ(2007.01.01) 昆虫類(コムシ目,カマアシムシ目,トビムシ目などの内顎類も日本では昆虫類に含めるが, 一般には内顎類と他の「真の」昆虫類 = Insecta を合わせて六脚類 = Hexapoda と呼ぶ)は陸上で最も成功した節足動物と言えます。 しかし彼らに近い節足動物,特に水生の祖先の正体は長年はっきりしていませんでした。 Glenner et al. (2006) は近年の分子系統解析を踏まえて,六脚類(や昆虫類)の起源について紹介しています。 伝統的には,同様に陸生である多足類が六脚類に近縁で,両者は海生の共通祖先を持つと推定されていました。 しかし甲殻類など他の節足動物の化石は 5 億年以上前(カンブリア紀)から知られているにもかかわらず, 確かな六脚類の化石(実は密かに最古の昆虫)はデボン紀初期, 約 4.1 億年前から出現するため,海生の祖先の正体は謎に包まれていました。 ところが分子系統からは,六脚類はむしろ甲殻類に近縁であることが示唆されました (今日この頃の動物の樹。6 本足の節足動物≠昆虫,補足 も参照)。 甲殻類と六脚類を合わせた系統群は Pancrustacea(「汎甲殻類」)と呼ばれ,六脚類はおそらくその一部と考えられました。 特に著者らが六脚類の姉妹群として紹介しているのは,主として淡水産の種からなる鰓脚類(ミジンコなどを含む)です。 鰓脚類の化石もやはりデボン紀初期から見つかるため,六脚類の姉妹群として納得できる時代です。 この場合,両者の共通祖先が海水から淡水に進出し,シルル紀後期からデボン紀初期に鰓脚類と六脚類が分化して, 六脚類の系統で陸上への進出を果たしたと考えられます。 ---------------------------------他の甲殻類(海産)| ------| --------------------------他の甲殻類(海産) | | -------| -------------鰓脚類(淡水産) ----淡水へ---| ----陸上へ---六脚類(陸上) 六脚類が陸上に進出したのがデボン紀初期だとすると,これは他の動物,多足類,鋏角類(これらは節足動物),四足動物(脊椎動物), が陸上に進出した時期とおおよそ一致します(シルル紀後期〜デボン紀後期)。デボン紀は乾燥化進んだ時代とのことで, 上記の系統は皆,乾燥によって淡水環境を追われ,上陸したと見られています。 六脚類の場合も鰓脚類が真に姉妹群だとすれば,淡水から上陸したと推測されます。 最近の形態学からも六脚類と鰓脚類の近縁性を支持する証拠は得られているそうで, 今後は分子系統に基づく新しい仮説が広く受け入れられることになりそうです。 ただ,分子系統の証拠は現在も蓄積されており,検証が進められている最中です。 著者らが紹介した仮説がどこまで証明されているのかは,さらなる検証を待ちたいところではあります。 著者らが引用している分子系統解析にも微妙な点が残っているので,これも近いうちに紹介できればと思います。 Glenner, H., Thomsen, P. F., Hebsgaard, M. B., Sørensen, M. V. & Willerslev, E. The origin of insects. Science 314, 1883-1884 (2006). |
続報 2:もう一つの葉緑体(2006.12.26)(→藻類学) |
ヨウスコウカワイルカ科の絶滅(2006.12.25)(→その他) |
続報:動物進化は爆発だ!(2006.12.23) 動物の多遺伝子系統解析の結果,左右相称動物の初期の系統関係が解けなかったことから, これらが(おそらくはカンブリア紀ごろに)爆発的に進化したとする見解が出版されています (動物進化は爆発だ!)。当初より系統解析の不備を疑う声はありましたが, Baurain et al. (2007) は,想定されるバイアスを排除するような系統解析を行えば, 動物の根元付近の系統関係も解けるとしています。 後生動物の系統関係については,大枠がようやくわかってきたとされています(今日この頃の動物の樹)。 にもかかわらず多遺伝子解析で解けないのはなぜなのか,その原因は明らかにしなければなりません。 初めに指摘されていたように,解像度が得られないことは短期間の分岐の証拠なのか(Rokas et al., 2005), それとも単に系統解析の手法の問題なのか,が問題です。 著者らは系統解析上のあり得る問題を避ける手段として,3 つの対策を実行し,系統樹を比較しました。 まず,調べられた種数(OTU の数)が少なければ誤った情報の影響が大きくなるため,OTU を増やしています。 そして塩基置換の速度が早い配列同士は誤って近縁と推定されることがあるため,そのような配列を進化速度が遅い配列で置き換えています。 最後に,塩基置換のモデルを誤って仮定すると系統解析にも悪影響が出るため, 位置ごとの塩基置換のパターンの違いを扱うことに優れているという,category(CAT)+ Γ モデルを導入しています。 これらの対策を適用することにより,Rokas et al. (2005) が解けないとしていた前口動物の系統関係が, ブートストラップ確率による支持を伴って解けるようになりました。具体的には,前口動物の中に脱皮動物と冠輪動物が識別されています。 特に最初の研究では,脱皮動物に含まれる線形動物と冠輪動物に含まれる扁形動物がまとめられていましたが, 新たな系統解析では現在の定説に沿った位置にそれぞれ振り分けられました。 結局,爆発的な多様化の証拠とされたのは,単なる解析上の問題であることが明らかになりました。 今回の研究では動物の系統関係について新しいことを示したわけではありませんが, 系統解析に関する重要な教訓を与えています。一つには,OTU を増やすこと, 進化速度の遅い種を選ぶことが重要であることを再確認しています。最近ではゲノム研究の結果を用いて, 少ない OTU で多数の遺伝子を用いた研究がもてはやされる傾向がありますが,OTU が不適切では意味がないわけです。 また短期間に多数の系統が分岐したことを示すのが困難であることもわかります。 「系統関係が明らかにできなかった」ということと,「系統関係が明らかに出来ないことを示す」のは別の課題であり, Rokas et al. (2005) は単に前者を示したに過ぎず,後者の証拠は示せていなかった,と言えるでしょう。 Baurain et al. (2007) は最後に塩基置換のモデルの重要性を訴えています。 しかし単純なモデルと複雑なモデルのいずれが優れているのかについては議論の分かれるところであり, また現実の進化にどのモデルが近いのかを示すのも事実上不可能でしょう。 従って CAT モデルの有用性を評価するには,もう少しこのモデルを用いた系統研究が行われるを待ちたいところです。 Baurain, D., Brinkmann, H. & Philippe, H. Lack of resolution in the animal phylogeny: Closely spaced cladogeneses or undetected systematic errors? Mol. Biol. Evol. 24, 6-9 (2007). Rokas, A., Krüger, D. & Carroll, S. B. Animal evolution and the molecular signature of radiations compressed in time. Science 310, 1933-1938 (2005). |
ヒゲマワリの男の紋章(2006.12.20)(→藻類学) |
密かに準備された左右相称性(2006.12.18)(→発生学) |
続報:35 億年前のメタン(2006.12.16)(→古生物学) |
琥珀に眠るミクロの化石(2006.12.15)(→古生物学) |
今日この頃の動物の樹(2006.12.14) 後生動物には 30 を超える門が認められていますが,門の間の系統関係が見えてきたのは, 分子系統の成果が集積してきてからのことです。未解決の問題も残されていますが, Telford (2006) はそんな現状をレビューしています。 著者はまず,1866 年の Haeckel の系統樹を示して,動物の「門」の概念が 100 年以上に渡って維持されていることを紹介しています。 その一方で動物門の間の系統関係については全く現在の理解と異なっていました。 現在では分子系統がリボソーム遺伝子から EST まで様々なレベルで行われ,動物の系統仮説の大枠が確立されました。 以下に Telford (2006) が紹介した現在の系統仮説を示します。 |冠輪動物(Lophotrochozoa)| 環形動物+ユムシ動物+星口動物,腕足動物+箒虫動物, -------| 内肛動物,有輪動物,外肛動物,顎口動物,軟体動物, | | 吸口虫類,紐形動物,扁形動物,輪形動物/鉤頭動物, 前口動物 | | 中生動物? --------------------| | |?------毛顎動物 | | | | |脱皮動物(Ecdysozoa) | -------| 節足動物(別記)+有爪動物+緩歩動物, | | 動吻動物+胴甲動物+鰓曳動物,線形動物,類線形動物 左右相称動物 | -------|?--------------------------無腸動物 | | | | --------------頭索動物 | | | | | -------| -------尾索動物 | | | -------| | | | -------脊椎動物 | -------| | 後口動物 | -------棘皮動物 -------| | -------| | | | | -------半索動物 | | -------| | | --------------珍渦虫動物 | | | | -------刺胞動物 | |---------------------------| | | ?------ミクソゾア | | | -----------------------------------有櫛動物 | |-----------------------------------------海綿動物(側系統?) | ?-----------------------------------------平板動物 --------------鋏角類 | | -------甲殻類 --節足動物--|------| | -------昆虫類 | --------------多足類 大枠では,前口動物と後口動物,無腸動物からなる左右相称動物(三胚葉動物)と,その他の二胚葉動物が見いだせます。 前口動物と後口動物は系統的にきれいに分かれたように見えますが,実はかつて後口動物に含められ, 実際に後口動物と同様に原口が肛門になる分類群(例えば毛顎動物)も前口動物に移されたため, 発生様式と系統関係がどのように対応づけられるのか,もう少し整理が必要なようです。 後口動物については珍渦虫が拓く新しい門で紹介した話とこれにまつわる議論がなされています。 前口動物にはリボソーム RNA 遺伝子の分子系統樹に基づいて(後にはミトコンドリアゲノムなど),冠輪動物(Lophotrochozoa) と脱皮動物という二つの系統群が認められています。冠輪動物は触手冠(lophophore)と呼ばれる構造を持つ動物と, トロコフォア(trochophore)幼生と呼ばれる幼生を作る動物を含むため,このように名付けられました。 しかし触手冠もトロコフォア幼生も作らない動物も含まれており,冠輪動物を識別する単一の形態形質は見つかっていないそうです。 冠輪動物内部の系統関係も謎が多く,上図で示した一部を除けば複数の仮説が対立している状態です。 例えば扁形動物や内肛動物,外肛動物,顎口動物,などが "Platyzoa" と呼ばれる単系統群を構成するとの仮説がありますが, 系統解析の問題による人為的なグループなのか,未だに明らかではありません。また吸口虫類(スイクチムシ類:Myzostomida) と呼ばれる棘皮動物の寄生虫は,従来環形動物に含まれましたが,現在では Platyzoa に含まれる可能性も指摘され, 決着がついていません。 脱皮動物はその名の通り脱皮を行う動物からなり,やはり単系統と考えられています。 しかし,まだ分子情報による研究が不十分な門もいくつか残っており,脱皮動物の内部の系統関係は完全にはわかっていません。 節足動物の内部の系統についても論争が引き続いており,昆虫類が甲殻類に含まれる可能性など,検証が必要です。 後生動物にはこの他,系統的位置に定説のないグループがいくつかあります。平板動物,ミクソゾア,中生動物,無腸類, 毛顎動物などが挙げられています。上図の位置が有力ですが,解析方法によって結果が食い違っています。 これらはいずれも動物の大グループの基部付近で枝分かれした可能性が高く,結論が待たれます (遺伝子いっぱい平板動物のミトコンドリアも参照)。 著者らは研究の方向として,Hox 遺伝子など発生および体制の決定に関わる遺伝子の進化を探るエボデボ(evo-devo) の研究や,祖先的な左右相称動物の体制の推定などを挙げています。その土台となる系統解析も重要ですが, こちらは解析される対象(生物の数,遺伝子の数)を増やすことが必要と見られています。 しかし EST のデータがたまっても解けていない枝もあり,注意が必要とも言われています。 解剖学や発生学に頼り切っていた時代に比べれば,分子系統によって明らかになったことは計り知れないものがあります。 しかしこれも行き詰まりつつあるような気もします。あるいは発生学などを再び見直すことも効果があるかもしれません。 専門外の人間にはなかなか勉強が難しいところではありますが・・・ Telford, M. J. Animal phylogeny. Curr. Biol. 16, R981-R985 (2006). |
ゲノムで解く光合成細菌の起源と進化(2006.12.11) 光合成を行う原核生物は様々な系統に知られ,光合成細菌と総称されます。 特にシアノバクテリアは酸素発生型光合成を行う唯一の系統として,また色素体の起源として注目されますが, 他の光合成細菌との関係は謎に包まれています。Mulkidjanian et al. (2006) は各種光合成細菌のゲノムを比較することで光合成細菌の進化過程を推測しています。 原核生物ではゲノムプロジェクトが急激に進行しており,ゲノム同士を比較することで生物の進化を議論できるようになってきました。 著者らは 15 種類のシアノバクテリアのゲノムに共通する特徴を調べると共に, これを他の主な光合成細菌のゲノムと比較して光合成の進化を探りました。 少なくとも 3 種類のシアノバクテリアが共通して持っている。遺伝子のリストを CyOGs(Cyanobacterial clusters of Orthologous Groups of proteins)と名付け,さらに 15 種類中 14 種類以上に見つかった遺伝子を core CyOGs と名付けました。 CyOGs は 3,188 個,core CyOGs は 1,054 個見つかっています。この中には生命活動全般に関わる遺伝子が含まれていると考えられるため, さらに絞り込みも行われ,例えばシアノバクテリアと植物のみが持っている遺伝子(84 個)などもリストアップされています。 例えばシアノバクテリアの共有派生形質として 50 個の CyOGs が見つかったそうなのですが, 何とこの中で機能がわかっているのは膜タンパク質が 1 種あるだけだそうです。従って残りの遺伝子は今後の研究が望まれます。 他の光合成細菌のゲノムとの比較からも面白い結果が得られています。光合成関連の遺伝子の中で, シアノバクテリア以外の 4 系統の光合成細菌(Heliobacillus,クロロフレクスス類=緑色非硫黄細菌, クロロビウム類=緑色硫黄細菌,紅色細菌) 全てと共有していたのはバクテリオクロロフィルの合成系の遺伝子だけでした。二酸化炭素を固定する酵素である RubisCO は, 例えばクロロビウム類と Heliobacillus はもっておらず,クロロフレクスス類も別の経路を用いることが知られていました。 一方で光化学系 I の関連遺伝子はクロロビウム類や Heliobacillus と, 光化学系 II の関連遺伝子はクロロフレクスス類や紅色細菌と共通しているものがあり, 光合成細菌の間で光合成関連遺伝子がモザイク上に分布している様子が見えています。 それぞれの光合成細菌は互いに系統的に離れており,光合成関連遺伝子が水平遺伝子移動によって伝播したと思われます。 このときに機能が近く,オペロン構造をとっていた遺伝子はセットで移動したことでしょう。 しかし光合成関連遺伝子全体が系統間を移動したわけではなく,あくまでその一部が,別の系統の仕組みの中に組み込まれていったようです。 そして全ての系統に広まっているところを見ると,おそらくはバクテリオクロロフィルの合成系の伝播が, 光合成能の獲得に最も重要だったのでしょう。 また,最も多様な遺伝子を持ち(これは研究が進んでいるからかもしれない), 唯一 2 種類の光化学系を持っているシアノバクテリアが最初の光合成細菌だったと推定されました。 これはまだまだ議論と研究が煮詰まらない限り解決しない仮説ですが, 光化学系が遺伝子重複によって 2 種類になったとすると, 両方を持っているシアノバクテリアの祖先で遺伝子重複が起こったと考えるのは自然な考えかもしれません。 もっとも初めにシアノバクテリアが 1 種類の光化学系を持っていて,もう 1 種類は水平遺伝子移動で獲得した, など可能性を考えるときりがありませんが。 著者らはシアノバクテリアの祖先の系統,Procyanobacteria で光化学系 I が最初に出現し,地球が酸化的になるのに伴って, 遺伝子重複によって光化学系 II を獲得したと考えています。そして,それぞれの光化学系やバクテリオクロロフィルの遺伝子が他の光合成細菌に移動して, 現在の多様な光合成細菌が成立したと推測されました。 実際の遺伝子がどの系統で最初に出現したのかは,それぞれの遺伝子ごとに詳細な研究が必要ですが, ゲノムプロジェクトの進展によって,これまで全くの謎であった光合成の進化が見えてきつつあるようです。 おそらく光合成を一つの機構として見ること自体が間違いで, バクテリオクロロフィルや光化学系といった,それぞれの過程が,他の(化学合成?)細菌の炭素固定系などと合わさって, 全く別の光合成機構を繰り返し進化させた,と言うことなのでしょう。なんだか真核生物で繰り返し二次共生が起こったことにも似ていますね。 Mulkidjanian, A. Y. et al. The cyanobacterial genome core and the origin of photosynthesis. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 103, 13126-13131 (2006). |
ハテナの詳細と正式名称(2006.12.07)(→藻類学) |
旧人のゲノムプロジェクト II(2006.12.06)(→人類学) |
揺れる動物と菌類の根本(2006.12.04) 昨年,オピストコンタ類(動物・菌類と一部の原生生物) の大系統に迫る系統樹が出版されました(動物になる前,菌類になる前)。 しかし Sumathi et al. (2006) は動物により近縁とされた Corallochytrium が, 実は菌類に固有とされていた遺伝子を持っていることを発見しました。 Corallochytrium は海産の単細胞性原生生物で,アメーバ状の胞子を放出するそうです。 系統的には寄生性のイクチオスポレア類(Ichthyosporea)との近縁性が示唆されています。 著者らは Corallochytrium の新しい培養株をアラビア海の珊瑚礁の礁湖(lagoon)より分離しました。 そして培養の研究から,この生物が無機窒素源からアミノ酸を合成していることに気づいたそうです。 特に着目されたのがリジンの合成経路である α-aminoadipate(AAA)経路の α-aminoadipate reductase(α-AAR)という酵素です。これは真菌類に特有(他,原核生物には例外あり) の酵素で,しばしば真菌類のマーカーとしても使われるそうです。著者らはこの酵素を Corallochytrium から発見し(酵素活性も確認),配列からも菌類の外側につくことを確認しました。 さらに Corallochytrium がエルゴステロール(ergosterol) を持つこともステロール類のスペクトルから確認しました。これもやはり菌類の主要なステロールで, 他には海綿など限られた生物しか持たないそうです。遺伝子的にはステロール C-14 還元酵素の配列を調べていますが, こちらの遺伝子では Corallochytrium が動物と菌類のいずれに近縁なのかは解けませんでした。 今回提出された証拠からは,Corallochytrium が動物と菌類のいずれに近いのかは明らかではありません。 しかし動物により近縁であるとした過去の研究には疑問の余地があるとも言えます。Corallochytrium と近縁らしいイクチオスポレア類については,菌類により近いとする系統樹(EF-1α の系統樹)が示されており (Ragan et al., 2003),Corallochytrium 共々菌類の根本で分かれたのかもしれません。 いずれにせよ今回のマーカーが,オピストコンタ類の根本でどのように分布しているのかを まずは調べる必要があるでしょう。 Sumathi, J. C., Raghukumar, S., Kasbekar, D. P. & Raghukumar, C. Molecular evidence of fungal signatures in the marine protist Corallochytrium limacisporum and its implications in the evolution of animals and fungi. Protist 157, 363-376 (2006). Ragan, M. A., Murphy, C. A. & Rnad, T. G. Are Ichthyosporea animals or fungi? Bayesian phylogenetic analysis of elongation factor 1α of Ichthyophonus irregularis. Mol. Phylogenet. Evol. 29, 550-562 (2003). |
旧人のゲノムプロジェクト I(2006.12.01)(→人類学) |
21 世紀のシダ分類(2006.11.27) かつての分類は形態のみに基づいていました。しかし分子系統樹が容易に描ける時代になると, 系統関係を反映した分岐分類が現実的に可能になってきました。 それでも厳密に系統関係を反映した分類体系が作られた分類群は未だに限られています。Smith et al. (2006) は, 形態と分子系統を統合したシダ植物の分類体系を提唱しています。 これまでの分類では現生のシダの仲間(ここではヒカゲノカズラ類は除く)は少数の目に分けられてきました (例えば加藤ほか 1997 の体系では 5 目)。 特に最も多様性に富んだ薄嚢シダ類(胞子嚢壁が 1 層の細胞からなるグループ)は単一の目にまとめられていました。 この背景には薄嚢シダ類の系統関係が不明瞭だったこともあるでしょう。しかし 2000 年以降分子情報が蓄積し, 今や薄嚢シダ類の系統もほぼ明らかとなり,系統に基づいた分類体系を作る機が熟したわけです。 著者らはシダ類の科〜綱の分類体系を大幅に見直し,すべての分類群が単系統になるようにしました。 しかもこの分類体系は分子系統樹のみに依存しているわけではなく,形態に基づいた特徴付けも行われています。 分子系統から明らかになったのは,シダ類が単系統ではないことです。広義のシダ類については, ヒカゲノカズラ類が他のシダと全く異なる,維管束植物の最初の分岐であることが示されています。 また,狭義のシダ類では真嚢シダ類(複数の細胞層からなるグループ) が薄嚢シダ類とは異なる系統を含んでいることもわかっています。 薄嚢シダ類が複数の目に分割されたこともありますが, 中でも胞子に大小の異形があることから種子植物との関連が指摘されていた水生シダ(サンショウモ目)が, 実は派生的な薄嚢シダ類であることが裏付けられ,一方で古い分類体系(例えば田川 1959) でも胞子嚢の作りなどから原始的な目に分けられていたゼンマイ目について, やはり薄嚢シダ類の最初の枝に位置づけられることが示されています。今回,これらが全て分類体系に反映されました。
-------| -------| -------ウラボシ綱ヘゴ目 | | -------| --------------ウラボシ綱サンショウモ目 | | | ---------------------ウラボシ綱フサシダ目 -------| | |---------------------------ウラボシ綱ウラジロ目 -------| | | | ----------------------------ウラボシ綱コケシノブ目 | | -------| -----------------------------------ウラボシ綱ゼンマイ目 | | | |-----------------------------------------リュウビンタイ綱リュウビンタイ目 ------| | | ------------------------------------------トクサ綱トクサ目 | | -------マツバラン綱マツバラン目 ------------------------------------------| -------マツバラン綱ハナヤスリ目 今回の改訂によって,分類と系統の間に横たわっていた混乱が解消されました。 特に薄嚢シダ類は 30 強の科が含まれますが,これが 7 目にまとめられたことで,分類の様子が捉え易くなったと思います。 科より下位の分類については今後も改善が必要とされていますが, 当面はこの分類体系が標準的なものとして使われることになるでしょう。 Smith, A. R. et al. A classification for extant ferns. Taxon 55, 705-731 (2006). 田川基二 原色日本羊歯植物図鑑 (保育社, 大阪, 1959). 加藤雅啓 編 バイオディバーシティ・シリーズ 2: 植物の多様性と系統 (裳華房, 東京, 1997). |
単系統群だけで分類は出来ない(2006.11.22) 分岐分類の立場からは,分類群は全て単系統群でなければならないと主張されます。 一方で側系統群も認めるとする進化分類の立場もあり,論争があるそうです。Hörandl (2006) は種分化の過程や系統間の交雑を考慮すると,単系統群に基づく分類が破綻することを指摘しています。 分類の基準を何に求めるのかは長く議論がされてきました。単系統群は客観的に定義できることもあり, 分類の基本原理として用いることが受け入れやすいという事情がありました。一方で系統分化そのものを最重要視せず, あくまで形質の進化に基づいて,側系統群も認めた上で分類を行おうとする進化分類学派も存在しました。 実際には,様々な場面でどちらが現実的かは異なってくるのですが,著者は特に種分化のレベルで議論を進めています。 種分化の過程には様々なものが知られていますし,考えられますが,この著者は主な 5 つのパターンを挙げて, 多くの場合に種を単系統群とすることの問題を示しています。種 A,B,D とあったとき,B の集団の一部から D が派生した場合,B の集団が D に進化した場合,A と B の交雑種から D が進化した場合,A と B の交雑種から D が進化して B が絶滅した場合,そして単純に A と B からそれぞれ D1,D2 と D3,D4 が二叉分岐状に進化した場合, を考えると,最後の場合を除いて常に B または A と B の双方が側系統群となるか, あるいは単純な二叉分岐で表現するのが不適切(4 番目のケースなど)であると指摘しています。 高等植物の場合には属間などでも雑種形成を起こすことがあり,また科のような大きなカテゴリーについても 雑種起源の可能性が唱えられていることから,これは決して無視できない問題だそうです。 これらを踏まえて著者は,"tree of life"(生命の樹)を "stream of life"(生命の流れ) として捉えることを主張しています。 分岐分類はこのように種レベル,あるいは網目状進化(交雑など,「枝」同士が融合すると,「系統樹」 は網目状になる)が起こっているより上位の分類群には適用が困難です。一方で側系統群を許容し, 共有形質に基づく分類を唱える進化分類の方がより自然な分類を可能にすると主張されています。 この主張には見るべきところと,批判すべきところがあります。まず,解析技術が発達し, 種分化の過程や網目状進化が研究できるようになってきた以上,これを踏まえた分類体系の構築を目指すことは当然です。 この点では分岐分類には限界があり,側系統群を分類群として認める必要が出てくるでしょう。 一方で,著者の議論には土台の部分に不明瞭な点があり,結論にも修正の余地があります。 著者は種分化についての議論を展開していますが,種は分類の単位と見なして種レベルの分類は別に扱う考えがあります。 すると種が側系統かどうかは分岐分類の扱う領域ではなくなりますから,問題でもなくなるわけです。 これには我々が種や種分化という概念を未だに正確に記述,理解できていないことが背景にありますから, 単系統か側系統か,という二択で断じるべき問題ではないと思います。 同様に「系統」という概念も実は曖昧性を持っているでしょう。これが生き物の親子関係を指すのか, それとも遺伝子の複製の系譜を指すのかによって意味が変わってきます。大系統における網目状進化が, どの程度の規模で,どういった性質のもので,分類学的にどのように処理するべきか, についてはやはりまだ議論が煮詰まっていないと思います。 私的には,この著者の指摘する問題は今後検討すべき課題としても, 分岐分類の抱える問題としては致命的ではないと思っています。 系統分化のメカニズムが未だに正しく理解されていない以上, これを踏まえた分類体系が定まらないのもまたやむを得ないでしょう。どのような思想で分類を行うにせよ, 様々な問題を背景に抱えていることは覚えておかなければならないと思います。 Hörandl, E. Paraphyletic versus monophyletic taxa: Evolutionary versus cladistic classifications. Taxon 55, 564-570 (2006). |
ツノシマクジラあれこれ(2006.11.20) クジラの系統関係はレトロポゾンの挿入パターンを利用した SINE 法によってほとんど解決しています。 ヒゲクジラの仲間についても最近論文が出版されていますが(ヒゲクジラの系統も SINE 法で〆), この時扱われていなかったツノシマクジラ(Balaenoptera omurai)の系統的位置も,同様の方法でを絞り込まれました (Sasaki et al., 2006)。 ツノシマクジラは 2003 年に記載された新種ですが(クジラの新種),近縁なニタリクジラ(B. brydei) やイーデンクジラ(B. edeni)と併せて分類が混乱していました。3 種とも形態的にはよく似ていることもあり, どれもニタリクジラとして同定されていたようです。そこで他の分子系統学的研究との対応も求められていましたが, 今回著者らはミトコンドリアゲノムの解読に加えて, SINE 法を適用してツノシマクジラの系統的位置を求めました。 これまでミトコンドリアの調節領域(control region)とシトクローム b(cytb)遺伝子の研究から, 「ニタリクジラ」に通常のものと 2 系統に分かれる小型のものがあるとされてきました。今回の研究との比較から, 通常のものがニタリクジラにあたり,小型のものがイーデンクジラとツノシマクジラに対応することが明らかになりました。 ミトコンドリアの 12 遺伝子を用いた系統解析からは,ニタリクジラとイーデンクジラが近いことが示されました。 -------ニタリクジラ-------| -------| -------イーデンクジラ | | | --------------イワシクジラ(B. borealis) ------| |--------------------シロナガスクジラ(B. musculus) | ---------------------ツノシマクジラ しかしこの解析ではツノシマクジラとシロナガスクジラとその他の 3 種の関係が解決せず,著者らはさらに SINE 法を用いています。 SINE 法の結果は基本的にはミトコンドリアゲノムの系統解析と矛盾せず,加えてニタリクジラ,イーデンクジラ, イワシクジラとシロナガスクジラに共通していて,ツノシマクジラには見られない SINE の挿入が 2 ヶ所見つかりました。 ↓↓ -------ニタリクジラ,イーデンクジラ,イワシクジラ-------| ------| -------シロナガスクジラ | --------------ツノシマクジラ しかしツノシマクジラやシロナガスクジラの種分化がごく短い期間に起こったことは間違いないでしょう。 クジラ類においては SINE 法のデータが蓄積しているため,新種の位置を確定するのも比較的容易になっています。 今回の研究でも種レベルの系統関係の解決に SINE 法が威力を発揮していますし, ミトコンドリアの系統樹と併せて説得力のある結論を導いています。そろそろクジラの系統関係については, 解決すべき問題が尽きつつあるようですが,他の生物についても同様のレベルでの研究が展開していきたいものです。 Sasaki, T. et al. Balaenoptera omurai is a newly discovered baleen whale that represents an ancient evolutionary lineage. Mol. Phylogenet. Evol. 41, 40-52 (2006). |
真核の根を決める鍵,アプソモナス(2006.11.17) 真核生物の系統関係が明らかになるにつれて,幾つかの大グループの存在が明らかになってきています。 しかし一方で,分子系統を用いても所属の分からない原生生物も少なからず存在します。 そんな原生動物の仲間,アプソモナス科(Apusomonadidae)の研究から,この生物が真核生物の根元付近, 系統的に極めて重要な位置を占める可能性が出てきました(Kim et al., 2006)。 アプソモナス科には Apusomonas と Amastigomonas の 2 属が含まれています。micro*scope に掲載されている写真を見ると,いずれも独特の姿をしていることが分かります ( Apusomonas,Amastigomonas)。両者は二鞭毛性の原生動物で,水底を這うようにしてバクテリアを捕食するそうです。 アプソモナス科は当初 SSU rRNA の系統解析からオピストコンタ(動物,菌類とこれに近縁な原生動物)と近いと考えられましたが, これは余り強くは支持されていませんでした。後にオピストコンタとアメーバ動物(アメーバの一群)以外の, 祖先的に鞭毛を 2 本持った真核生物(バイコンタ)が固有の融合遺伝子(DHFR-TH 遺伝子) を持っていることで特徴づけられるとの説が示されました。このとき Amastigomonas にも融合遺伝子が見つかり, アプソモナス科はバイコンタの根元近くで分かれた生物と考えられました(Stechmann & Cavalier-Smith, 2002)。 これ以降,アプソモナス科に関するめぼしい研究はありませんでしたが,今回の著者らは,真核生物の大系統を明らかにするために, このグループもまた重要であると考えて複数遺伝子に基づく系統解析を行っています。用いられたのは SSU rRNA,LSU rRNA, α-チューブリン,β-チューブリン,アクチン,Hsp90 の 6 遺伝子で,生物種についても,Cyanophora(灰色植物門), Thaumatomonas(アメーバ鞭毛虫門),Goniomonas(クリプト植物門),Leucocryptos(カタブレファリス門)など, 系統的に興味深いながらもサンプリングが不十分だった生物の遺伝子を集めています。解析に際しても, 用いる生物種の組み合わせや解析方法などを変えて,どのような系統仮説が支持されるのかが検証されています。 系統解析の結果,アプソモナス科はオピストコンタの姉妹群になる可能性が最も強く支持されました。一方で, アプソモナス科がアメーバ動物やユニコンタ(unikonts: オピストコンタ+アメーバ動物)の姉妹群になる可能性も棄却されませんでした。 真核生物の根が決まっていないことを踏まえると,最後の仮説は,アプソモナス科が他のバイコンタの姉妹群となる可能性も 同時に示唆しています。 DHFR-TS の融合遺伝子の分布を考えると,アプソモナス科がオピストコンタの姉妹群になる場合,融合遺伝子が収斂進化, あるいはオピストコンタとアメーバ動物の双方で再び分かれたことになるため,疑問の残るところでもあります。 また今回の結果は,これまで祖先的に一鞭毛だったと言われてきたユニコンタが,実は二鞭毛性の祖先を持つ可能性も指摘しています。 いずれにしても,アプソモナス科が真核生物の 3 大グループ(バイコンタ,オピストコンタ,アメーバ動物) の根元に近いことは確からしく,今後は一層の注目が集まることでしょう。 今回の系統解析では,部分的ながらクリプト植物門とカタブレファリス門が姉妹群になることが支持されています。 クリプト藻が藻類になる前でも両者の近縁関係を紹介しましたが, 今回は LSU rRNA のデータでも支持されたそうです。残念ながらタンパク質コードの遺伝子ではカタブレファリス門の位置は解けておらず, 6 遺伝子の結合系統樹でのみ一定の支持が得られています。一般にはマニアックな研究に見えるかも知れませんが, 真核生物の最初の分岐を明らかにすることは進化の研究において極めて重要であり,これを明らかにするためにはさらなる 「無名の」原生生物の系統解析が望まれます。 Kim, E., Simpson, A. G. B. & Graham, L. E. Evolutionary relationships of apusomonads inferred from taxon-rich analyses of 6 nuclear encoded genes. Mol. Biol. Evol. 23, 2455-2466 (2006). Stechmann, A. & Cavalier-Smith, T. Rooting the eukaryote tree by using a derived gene fusion. Science 297, 89-91 (2002). |
続報:AIDS のグラウンド・ゼロ(2006.11.13)(→医学) |
真菌類の大規模系統解析(2006.11.10) 陸上へと進出を果たした多細胞生物のうち,動物と植物については系統学的研究が盛んに行われています。 しかしやはり陸生多細胞生物を含む真菌類については,未だに重要な系統関係がほとんど調べられていません。 James et al. (2006) は 200 種近くの真菌類について 6 遺伝子の結合系統樹を描いて菌類の門レベルの進化を調べています。 真菌類は,最近原生生物から移された微胞子虫門を含めて 6 つの門に分ける研究者が多いかと思います。このうち微胞子虫門, グロムス菌門,子嚢菌門および担子菌門はそれぞれ単系統と認められており,残りのツボカビ門と接合菌門は非単系統と見られています。 この中でツボカビ門は鞭毛期を持つことから祖先的なグループと考えられ,また子嚢菌門と担子菌門は生活環の中に細胞が 2 核を持つ時期を含むことが特徴で,互いに近縁と見られていました。この他, 微胞子虫門は典型的なミトコンドリアを欠いた細胞内寄生虫として, グロムス菌門はほとんどの陸上植物に共生する菌根菌としてそれぞれ重要で,その系統的位置が注目されていました。 そこでこれまでより種数と遺伝子数を共に増やして系統樹を描き,これらの問題に迫る研究が行われたわけです。 解析には 18S rRNA,28S rRNA,5.8S rRNA,EF1α,RPB1,RPB2 が用いられましたが, ベイズ法と最尤法の解析が行われ,少なくともベイズ法ではほとんどの枝が解けたそうです。もっとも,ベイズ法は評価が甘く出るので, 最尤法で解けてない部分については慎重に検討する必要があるでしょう。しかしまずベイズ法の結果を軸に紹介します。 まずツボカビ門は他の研究からも示唆されていたように単系統ではないことが示されました。 すなわち鞭毛の喪失が複数回起こったと推定されました。微胞子中類や幾つかの接合菌そしてより派生的な菌類に至る系統で, 4〜6 回鞭毛が失われたようです。同時に接合菌の単系統も否定されたため,ツボカビ門と併せて門レベルの分類に見直しが必要です。 おそらくより興味深い結果としては,微胞子虫類の位置が絞り込まれたことがあります。 微胞子虫類はこれまで最初期の真核生物とされたり,比較的派生的な独自の菌類の系統と推定されてきましたが, 今回の解析からはツボカビ類の Rozella allomycis が微胞子虫類の姉妹群とされ,両者は菌類で最初に分岐した枝に位置しました。 この系統的位置についてはまだ確定ではないとしても,Rozella が姉妹群になるというのは面白い話です。 というのは,このツボカビ類は別のツボカビ類(Allomyces)に細胞内寄生するのです。 従って,細胞内寄生する微胞子虫類の姉妹群としては相応しい生き物と言えるでしょう。 微胞子虫類の位置に比べるとやや見劣りする話ですが,グロムス菌門の系統的位置も絞り込まれました。 この菌根菌は,これまでの系統解析から担子菌と子嚢菌の共通の祖先から分岐した可能性が弱く指摘されていましたが, 今回の解析からもこの位置が支持され,派生的な菌類の進化過程を探る上で改めて注目を集めそうです。 -------子嚢菌門-------| -------| -------担子菌門 | | -------| --------------グロムス菌門 | | | ---------------------接合菌門 -------| | | ---------------------接合菌門 | | | | -------| -------接合菌門 -------| | ?------| | | -------| -------ツボカビ門 | | | -------| | --------------接合菌門 | | | | | -----------------------------------ツボカビ門 -------| | | | ------------------------------------------ツボカビ門 | | ------| -------------------------------------------------ツボカビ門 | | -------微胞子虫門 -------------------------------------------------| -------ツボカビ門 この論文は系統解析の論文としては異様な体裁をしています。というのも,著者の人数がゲノムプロジェクト並みで, 国際色豊かになっています(日本人も含まれています)。 これは,形態学の研究者や分子系統の研究者が共同してプロジェクトを進めたためで, 今後の系統分類の方向性を暗示するようにも見えます。分類学はこれまで個人主義の学問と思われがちでしたが, 実際に望まれる研究は学際的な研究であるため,これからはプロジェクトチームを組んでの分類学,が広まっていくかも知れません。 James, T. Y, Reconstructing the early evolution of Fungi using a six-gene phylogeny. Nature 443, 818-822 (2006). Bruns, T. A kingdom revisied. Nature 443, 758-761 (2006). |
珍渦虫が拓く新しい門(2006.11.06) 珍渦虫は非常に単純な体制をした謎の動物で扁形動物に含められたり,退化した軟体動物とされたこともありました。 現在では珍渦虫は新口動物に含まれるとされていますが(珍渦虫の衝撃),その中での位置づけは確定していません。 Bourlat et al. (2006) は EST やミトコンドリアゲノムの情報に基づき系統解析を検証しています。 新口動物には通常,棘皮動物門(ウニ,ヒトデなど),半索動物門(ギボシムシなど),脊索動物門(脊椎動物など)の 3 門が含まれ, 脊索動物門は頭索動物亜門(ナメクジウオ),尾索動物亜門(ホヤなど),脊椎動物亜門に分けられます。 これらの系統関係については下記の仮説が有力視されていました。 -------棘皮動物門--------------| | -------半索動物門 | ------| --------------尾索動物亜門 | | -------| -------頭索動物亜門 -------| -------脊椎動物亜門 珍渦虫は系統解析や遺伝暗号の進化に基づき,棘皮動物と半索動物(併せて Ambulacraria)の姉妹群と考えられましたが, 半索動物により近縁な可能性も指摘されており,結論が出ていません。これとは別に,100 を超える遺伝子を用いた解析から, 脊椎動物の姉妹群が尾索動物で,頭索動物はむしろ棘皮動物に近縁かも知れない(半索動物は調べられていない), という仮説が登場しました(脊椎動物の起源を見直すとき)。 どちらも脊椎動物の祖先形質を探るためには無視することの出来ない問題であり,さらなるアプローチが待たれていました。 今回の著者らは OTU を増やすことで新口動物の系統関係が解けると予想し,半索動物と珍渦虫,そして棘皮動物 1 種の EST 情報を追加して系統解析を行いました。種によって得られるデータの量が異なっていたため, 様々な組み合わせで系統解析が行われていますが,珍渦虫については 63 遺伝子から 8,370 アミノ酸が用いられています。 さて核遺伝子の結果ですが,新しいデータを加えない場合,頭索動物は脊椎動物の姉妹群になりましたが, OTU が追加されると頭索動物は尾索動物と脊椎動物(併せて Olfactores)の姉妹群になり,脊索動物の単系統性が再確認されました。 一方で棘皮動物と半索動物が姉妹群で,珍渦虫はその外側に位置することも裏付けられました。 これらの結果の違いは尾索動物の遺伝子の進化速度が極端に速く,同様に進化速度の速い脊椎動物とくっついた可能性が指摘されてます。 ミトコンドリアゲノムの解析からも,やはり珍渦虫は Ambulacraria の姉妹群となりました。 尾索動物はやはり進化速度が速く新口動物からも外れてしまいましたが,代わりに頭索動物が脊椎動物の姉妹群に位置し, 核遺伝子の結果を支持しました。なお棘皮動物と半索動物では遺伝暗号が変わっており,アミノ酸利用に差がある可能性もありましたが, 影響を受けるサイトを排除して系統解析を実行しています。 ミトコンドリアの結果を踏まえてもどうやら核遺伝子の結果が正しいようです。 -------棘皮動物門-------| -------| -------半索動物門 | | | --------------珍渦虫 ------| | --------------頭索動物亜門 | | -------| -------尾索動物亜門 -------| -------脊椎動物亜門 珍渦虫については完全に独立した系統であることが示されたため,Xenoturbellida という新門として扱うことが提唱されました。 同時に Ambulacraria と Xenoturbellida を併せた Xenambulacraria という系統群名も提唱されています。 比較的穏当な結論に落ち着いたところで,新口動物の形態進化についても見直しや再評価が行いやすくなったことと思われますが, 珍渦虫の体制が極度に単純(中枢神経も複雑な感覚器官も欠く。肛門もない)で, 発生過程などの観察がない限り分かることは少ないかも知れません。また尾索動物や脊椎動物の遺伝子進化の速度が速く, 解析に困難が残っていることには違いなく,最終結論に至るにはまだ一歩研究が必要でしょう。 後生動物の系統解析には Hox 遺伝子のクラスターの作りなども良い指標になると言われますが (Hox 遺伝子と半索動物の位置 も参照),珍渦虫についても Hox 遺伝子のパターンが気になります。 EST などが調べられているところを見ると,この著者らも Hox 遺伝子の研究を行っていることでしょう。 珍渦虫では Hox 遺伝子が単純化していることも予想されますが,研究の進展が楽しみですね。 Bourlat, S. J. et al. Deuterostome phylogeny reveals monophyletic chordates and the new phylum Xenoturbellida. Nature 442, 85-88 (2006). |
粘菌生活の進化(2006.10.31) 細胞性粘菌は「菌」と呼びますが実はアメーバの仲間です。 アメーバが集合して複雑な子実体を形成することから,社会性アメーバと呼ばれることもあり,また細胞分化も起こることから, 多細胞への進化のモデル系として重宝されています。Schaap et al. (2006) は 100 株以上の細胞性粘菌を用いて, 初めて細胞性粘菌の大規模な系統学的研究を行いました。 細胞性粘菌(アメーバ動物門タマホコリカビ綱)には一般に 3 属が含められています(100 年以上追加報告のない Coenonia を含める場合もあり)。タマホコリカビ属(Dictyostelium)が最も種数が多く, 子実体は細胞の詰まった分岐しない,あるいは不規則に分岐する柄を持ちます。ムラサキカビモドキ属(Polysphondylium) の子実体は輪生する分枝を持つ特徴的な柄(やはり細胞が詰まっている)を持ちます。 最後の Acytostelium 属の子実体は,細胞のない中空の柄を持つことが特徴です。これらの 3 属の単系統性や系統関係については, これまでほとんど分かっていませんでした。 著者らの系統解析の結果,細胞性粘菌には 4 つの大きな単系統群が認められました(Group 1〜4)。 Group 1,3,4 はいずれもタマホコリカビ属のみを含み,group 2 にはタマホコリカビ属,ムラサキカビモドキ属, Acytostelium と全ての属が含まれました。このようにタマホコリカビ属は祖先的な非単系統群であることが示されましたが, ムラサキカビモドキ属も,基準種であるムラサキカビモドキ(P. violaceum)が group 2 には含まれず, 同じく胞子塊が紫色を帯びる D. laterosorum と共に,group 4 に近縁か,group 3 と 4 の姉妹群となりました。 Acytostelium のみは,A. elliptium の系統的位置が不明瞭ですが,単系統群の可能性があります。 各グループごとに形態的特徴の比較も行われていますが,それぞれに固有の明確な形質は見つかっていません。 しかしおおよその傾向はあるようで,group 1 は全て小型の胞子(50μm3 以下)を持ち,Parvispora と名付けられました。 Group 2 は子実体の形態が多様で,胞子の端にある顆粒が分散している種を多く含みます(Heterostelids)。 Group 3 も 1 と同様に胞子が楕円形で胞子中の顆粒が凝集していますが,より大きな胞子を持つものを多く含みます。 また,一部の種の子実体が根のような支持体を持つため,Rhizostelids と名付けられました。 Group 4 は比較的大型の種を含み,その結果なのか子実体が様々な支持体を持ちます。なお,この系統は胞子が通常,顆粒を含みません。 この系統にはタマホコリカビ属の基準種であるタマホコリカビ(D. mucoroides)やモデル生物のキイロタマホコリカビ (D. discoideum)を含むため,Dictyostelid の名称が充てられています。 -------Group 4:Dictyostelid(比較的大型の子実体。胞子に通常顆粒無し。タマホコリカビ属のみ)| -------|------P. violaceum など(胞子塊が紫色) | | -------| -------Group 3:Rhizostelids(胞子は特に小型ではない。タマホコリカビ属のみ) | | ------| --------------Group 2:Heterostelids(子実体が多様。胞子中の顆粒が分散する傾向。3 属すべて) | ---------------------Group 1:Parvispora(胞子が小型。タマホコリカビ属のみ) 子実体の形態はいわばアメーバの集団の「行動」様式を示しているため,これが系統を反映しないのは理解できなくはありません。 しかし似たような形態が複数回進化したことは,このような「行動」の制御が意外に単純な仕組みで説明できる可能性を示唆しています。 また,著者らが指摘している興味深い事実として,キイロタマホコリカビでは胞子塊の支持のために細胞分化が進んでおり, 細胞の種類が増える(体制が複雑になる)ことと,子実体(細胞集団とも解釈できる)のサイズの増大が関係していたそうです。 単に系統樹を描いただけ,と言えばそれまでな論文ですが,形態の進化,多細胞への進化,というキーワードを踏まえてみると, 中々示唆に富んだ論文だと思います。今後はモデル生物のキイロタマホコリカビだけでなく, 形態の進化の上で興味深い種をこの系統樹から選び,詳細な研究へと繋がれば良いと思います。 また,分類の観点からは,各属が単系統になるように分類学的な整理を是非進めて欲しいものです。 おそらく細胞性粘菌は 10 属程度に分かれることになるように見えますが,如何でしょうか? Schaap, P. et al. Molecular phylogeny and evolution of morphology in the social amoebas. Science 314, 661-663 (2006). |
ヤツメウナギの永い寄生生活(2006.10.30)(→古生物学) |
維管束植物に近いコケは?(2006.10.28) 陸上植物のうち,ヒカゲノカズラ類,シダ植物と種子植物を併せて維管束植物と呼びます。 この他の系統はコケ植物と総称されますが,実はコケ植物を代表する 3 つの系統,すなわち蘚類,苔類,ツノゴケ類, と維管束植物の間の系統関係は難問として残されていました。Qiu et al. (2006) は複数の分子系統学的情報に基づき, 陸上植物では苔類が最初に分岐し,ツノゴケ類が維管束植物の姉妹群になるという結論を導いています。 蘚類(蘚植物門),苔類(ゼニゴケ植物門),ツノゴケ類(ツノゴケ植物門),維管束植物(維管束植物門)の 4 群の系統関係についてはこれまでにも多くの研究がありますが,解析方法などによって結果がまちまちになり(参考:岩月 ほか, 1997; Goffinet, 2000),誰も確かなことが言えない状態でした。以下に,Goffinet (2000) にまとめられていた 6 つの系統仮説を示します。 例えば Goffinet (2000) では,B の系統仮説に基づいて形態進化の議論を展開していますが,議論は暫定的なものに過ぎません。
著者らはこの状況を打開するため,現在手に入るデータを最大限に活用して系統解析を行いました。 具体的には 6 つの葉緑体コード遺伝子,1 つのミトコンドリアコード遺伝子および 1 つの核コード遺伝子を陸上植物と, 近縁な藻類併せて 193 種について解析した複合系統樹,ミトコンドリアゲノムに見つかる 28 ヶ所の group II イントロンの有無に基づく 16 種を含んだゲノム構造の系統樹,そして 36 種 67 遺伝子の情報に基づく葉緑体ゲノムの系統樹, を描いています。 複合系統樹の結果は A の系統仮説を強く支持しており,他のいくつかの対立仮説もどうやら棄却されるようです。 ゲノム構造の系統樹からは苔類が最初に分岐したことが強く支持され,一方で蘚類とツノゴケ類,維管束植物の関係は解けていません。 葉緑体ゲノムの系統樹からは,全てのサイトを用いた場合 A の系統樹が強く支持されましたが,用いるコドンを限定した場合や, アミノ酸に基づいて系統解析を行った場合には別の系統樹が支持されることもありました。 なお,B〜E の系統樹はいずれの解析からも棄却されています。なお,コケ植物の各門の単系統性については,複合系統樹, ゲノム構造の系統樹のいずれからも示されています。 今回の系統解析が過去のものと異なる理由としては,より多くの分類群,特にヒカゲノカズラ類が含まれたことが挙げられています。 つまり過去の対立仮説は含まれる分類群が少なかった結果の誤りと考えられています。 多少不確定な部分もあるようですが,系統樹を全体で評価すると,A の系統仮説が最も真実に近いようです。 苔類が最初に分岐したとする仮説は比較的受け入れられやすいそうですが,ツノゴケ類が維管束植物と近いとする考えは, 幾分驚くべき結果だそうです。著者らはこの点についてツノゴケ類と維管束植物の類似点を詳細に議論しており, 多くの形質やさらに化石植物について今後の見直しが必要であると主張しています。 重要そうな点としては,ツノゴケ類の胞子体は他のコケ植物とは異なり,全体が緑色で光合成能を有していることが挙げられます。 さらに通常コケ植物では胞子体が配偶体に寄生していると言われますが,ツノゴケ類の胞子体は配偶体への依存が低く, 場合によっては 3 ヶ月間も独立に培養された例があるそうです。 このことは胞子体が完全に独立して,むしろ生活環の主要な部分を占めている維管束植物との関連を示しているように思えます。 もう少し裏付けるような証拠が欲しいのは間違いありませんが,今後しばらくの間,陸上植物の初期進化の議論の土台として, 今回支持された A の系統樹を考えるのがいいのかもしれません。 Qiu, Y.-L. et al. The deepest divergences in land plants inferred from phylogenomic evidence. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 103, 15511-15516 (2006). Goffinet, B. in Bryophyte Biology (eds. Shaw, A. J. & Goffinet, B.) 124-149 (Cambridge University Press, Cambridge, 2000). 岩月善之助, 北川尚史 および 秋山弘之 in バイオディバーシティ・シリーズ 2: 植物の多様性と系統 (加藤雅啓 編) 42-74 (裳華房, 東京, 1997). |
NJ 法,って結局なぁに ?(2006.10.23) 近隣結合法(NJ 法)は簡便で計算の早い系統解析法として定着していますが, NJ 法がどのような基準に基づいて系統樹を作っているのか, どのような性質の系統樹が作られるのかは直感的にはわかりにくいところがあります。 Gascuel & Steel (2006) は NJ 法の特性や類似の系統解析法について近年の研究をまとめています。 NJ 法は距離法の 1 種で,それぞれの操作的分類単位(OTU)間の遺伝的距離を計算し, これをもとにして系統樹を構築します。この距離行列から特定の計算式に従って最も「近い」2 つの枝(近隣)を選びます。 次に,選んだ 2 本の枝を併せた節を考え,これを一つの OTU として新しい距離行列を作ります。 その後,新しい距離行列を元に次の近隣を選び,ということを繰り返して系統樹を作ります。 NJ 法が本当に系統解析法として有用なのかは議論のあるところですが, 十分なデータのもとで正しい系統樹が再現できるかという一致性(consistency)については最近証明されたそうです。 もう一つの問題として,NJ 法がどのような目標の下に系統樹を作っているのか,という疑問が挙げられています。 例えば最小進化(ME)法であれば系統樹の枝の長さの総和を,最尤(ML)法では系統樹の尤度をそれぞれ指標にして, これを最適化する樹形を探索します。しかし NJ 法では各ステップでは「通常の最小二乗(ordinary least squares:OLS)法」 と同様のものと考えられるそうです。OLS 法では,2 OTU 間の枝の長さの和と, 2 OTU を直接比較した時の距離の差の二乗の和が小さくなるような系統樹を求めます。これは系統樹の枝の長さを短くする, という意味で ME 原理に基づいているとも言えます。 しかし NJ 法では距離の最適化を各ステップで行っているだけで,樹形全体を見たときには必ずしも OLS 基準を満たしていないとも指摘されています(理論,シミュレーション双方から)。 また,OLS 基準が厳密に当てはまるのは最初のステップだけで,一度二つの枝が結びつけられた後はその限りではないそうです。 著者らはこの点をさらに熱心に追求し,2000 年に提唱された "balanced minimum evolution"(BME) という系統樹全体の長さを計算する方法を紹介しています。実は NJ 法は各ステップにおいて,系統樹全体 (一度結びつけられた枝も含む!)の BME 基準を最適化するようになっているそうです。つまり,NJ 法では BME 基準に従って, 最小進化系統樹の近似を求めようとしている,ということが出来るのです。 逆に言えば,各ステップごとに BME の最適化を行うのではなく,系統樹全体の中で BME を最適化する系統樹を探せば, それは NJ 法と同じ思想のもとで NJ 法より優れた系統解析になるはずです。これは一種の ME 法であり, 既に FastME というプログラムに実装されているそうです。 もっとも,実際の系統解析においてはブートストラップ値などによって,各単系統群の信頼性を評価することが求められます。 NJ 法と FastME の結果が異なるような微妙な場合には,信頼度も低くなることが予想されるため,無理に時間をかけて FastME を使う必要がどこまであるのかはわかりませんが。 Gascuel, O. & Steel, M. Neighbor-joining revealed. Mol. Biol. Evol. 23, 1997-2000 (2006). 参考: 根井正利 および クマー, S. 分子進化と分子系統学 (培風館, 東京, 2006). |
円網の発明 III(2006.10.21)(→古生物学) |
リザリアはどこか?(2006.10.18) 真核生物の大グループの中で,リザリア(Rhizaria)というグループだけは,大系統に関する研究が遅れていました。 Burki & Pawlowski (2006) はリザリアに含まれる有孔虫(Foraminifera有孔虫門)の一種(Reticulomyxa filosa)の EST から得られた多数の遺伝子に基づき,真核生物におけるリザリアの位置づけを解析しています。 リザリアは真核生物に認められているいくつかの大グループの中で,特に注目されてこなかったグループです。 それでもメンバーが絞り込まれると同時に内部の系統関係が示され(アメーバの系統関係を示すユビキチン遺伝子の証拠 ),原生生物の分類表で 6 大グループの 1 つとして扱われるようになると(原生生物の「公式」分類体系), 幅広い研究も行われるようになってきています。 著者らはこれまで研究が多かったクロララクニオンの仲間(Bigelowiella natans;アメーバ鞭毛虫門クロララクニオン藻綱) と有孔虫の遺伝子を含めて,37 種 85 遺伝子(13,258 アミノ酸残基)を用いた系統解析を行いました。 さらに,クロララクニオンは水平遺伝子移動の影響を大きく受けているとの指摘があったことからこれを省いた系統解析など, OTU やアミノ酸残基を様々に調節して解析しています。 系統解析の結果,クロララクニオンと有孔虫の単系統性は強く支持されましたが, しかしリザリアの系統的位置については部分的に明らかになりませんでした。まず,真核生物が大きくアメーバ動物類(Amoebozoa), オピストコンタ類(opisthokonts:動物+菌類),バイコンタ類(bikonts:植物,多くの原生生物)に分けられることは確認されました。 そしてリザリアはこれまでと同様にバイコンタ類に含まれました。バイコンタ類の中では最初に植物界(ここでは緑色植物と紅色植物) が分岐し,残るエクスカヴァータ類,リザリア類,ストラメノパイル類,アルベオラータ類の間の関係はよく解けませんでした。 条件を変えていくつもの系統樹を描いた結果からは,リザリアがエクスカヴァータの姉妹群である可能性が最も支持され, 次いでストラメノパイルと姉妹群になる可能性が示唆されています。しかしいずれにせよ系統樹が解けたとは言い難いでしょう。 今回の解析からバイコンタの系統関係を明らかにするのは,多数の遺伝子を用いたとしても困難であることが改めて浮き彫りになりました。 クロララクニオン藻は色素体二次共生の影響で遺伝子の進化が普通ではない可能性もあり, また有孔虫も従来から進化速度が速いグループとして有名だったため,より進化速度の遅いリザリアのメンバーをいくつか探して, これらに基づいて系統解析を行えば結果が改善されることはあるかも知れません。しかしより期待できるのは,EST やゲノムの情報から, アミノ酸の欠失や水平遺伝子移動の産物などにグループ間で共通点がないかを探す方法でしょう。 リザリアが本格的に解析に加わったことにより,いよいよ真核生物の大系統が網羅的に議論できるようになってきました。 まだクリプト藻,ハプト藻,有中心粒類の太陽虫など,欠けているグループや,リザリアも含めて研究が不十分なグループもありますが, 次はその穴埋めが進むのが楽しみです。 Burki, F. & Pawlowski, J. Monophyly of Rhizaria and multigene phylogeny of unicellular bikonts. Mol. Biol. Evol. 23, 1922-1930 (2006). |
細胞内共生細菌のなれの果て 2 〜究極のニート(2006.10.16) (→その他) |
細胞内共生細菌のなれの果て 1 〜オルガネラと生物の狭間(2006.10.14) (→その他) |
卵菌類のゲノムに潜む藻類の影(2006.10.10)(→その他) |
ヒゲマワリは収斂進化のタマモノ(2006.10.05)(→藻類学) |
真核生物の大系統を水平に切る(2006.10.03) 真核生物の大系統の解析には多遺伝子解析や稀な遺伝子変異(遺伝子融合や大規模なアミノ酸欠失など) が用いられていますが,重要な系統の類縁関係の多くが未だに解決していません。Huang & Gogartem (2006) は遠縁な生物(例えば原核生物)から真核生物への水平遺伝子移動が系統解析に活用できるとの見解をまとめています。 複数の遺伝子を用いた系統解析からは,真核生物の大系統群を識別することはできましたが (原生生物の「公式」分類体系),その間の系統関係の多くは解決に至っていません。 例えば植物界の扱いなどについては論争が続いています(巨大な植物界 などを参照)。 一方で,タンパク質のアミノ酸挿入・欠失は有効な系統マーカーになりますが (例えばアメーバの系統関係を示すユビキチン遺伝子の証拠),系統解析に有用な挿入・欠失は数が少なく, 真核生物の系統全体を明らかにするには不十分のようです。 そこで著者らが着目しているのは遺伝子の水平移動に基づく系統推定です。最近出版された二つの論文は, 古細菌からの水平遺伝子移動によって動物と菌類が単系統群を構成すること(好塩性古細菌は見た! 〜 結びつく動物と菌類)やディプロモナス類と副基体類の近縁性(古細菌から寄生虫への遺伝子移動) を示しています。 遺伝子の水平遺伝子移動は比較的稀な出来事であり,複数の系統で同じ水平遺伝子移動由来の遺伝子が見つかれば, これらの系統の近縁性が支持されるでしょう。稀とはいえアミノ酸配列の挿入・欠失などに比べて見つかりやすいと思われます。 特に系統解析と併せることで,水平遺伝子移動が同一の生物起源なのかどうか,どの程度保存的な遺伝子なのかどうか, など付帯的な情報も得られる点で優れた系統解析法であると考えられます。 一方で,水平移動で入った遺伝子が失われることや,別々の生物で似たような遺伝子が入る場合も警戒しなければなりません。 これも十分な種数の系統解析が行われれば解決できる問題だと思います。 予備的な研究ながら,著者らも水平遺伝子移動から系統推定が行える例を 2 つ示しています。 いずれも紅藻と緑藻の近縁性を示す証拠で,一つは古細菌から由来する topoisomerase VI β-subunit で, これは系統解析,アミノ酸の置換,欠失の様子から,クレンアーキオタから紅藻・緑藻の祖先に水平移動したと推定されます。 もう一つは florfenicol resistance タンパク質の遺伝子で,これはガンマプロテオバクテリアからの水平移動です。 同じ遺伝子はアピコンプレクサや細胞性粘菌など他の真核生物にも見つかりますが, いずれも別々の系統からの水平移動と思われます。 紅藻と緑藻(および今回調べられていない灰色藻)からなる一次共生藻のグループが単系統群を作るのかどうかは, 光合成真核生物の進化を考える際に最も重要なテーマの一つです。しかし未だに論争には決着がついておらず, 今回の遺伝子が最終決着に役立つことに期待したいところです。今後は他の重要な真核生物にこの遺伝子が存在するのかどうか, 未だにゲノムがよく調べられていない生物も含めて探索することが必要で, 可能ならば水平遺伝子移動の証拠をさらに収集することが望まれます。遺伝子の配列比較に基づく系統推定が行き詰まりつつある中, 水平遺伝子移動を用いる手法は,ゲノム情報の蓄積に伴って益々注目を集めるようになるでしょう。 Huang, J. & Gogarten, J. P. Ancient horizontal gene transfer can benefit phylogenetic reconstruction. Trends Genet. 22, 361-366 (2006). |
続報 2:始祖鳥は鳥の始祖ではないのか?(2006.09.29)(→古生物学)
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染色体の形態進化(2006.09.27) 染色体の進化に着目した分類は,植物においてしばしば行われます。カヤツリグサ科のクロハリイ(Eleocharis kamtschatica)は種内でも核型に多型があり,Yano & Hoshino (2006) はその詳細を調べています。 以前の研究でカヤツリグサ科のハリイ属(Eleocharis)で系統関係と核型の進化が調べられていました(Yano et al., 2004)。核型の進化はある程度系統を反映しており,ハリイ属の中にも多数の小さな染色体を持つもの, 大きな染色体から小さな染色体までを持つもの,などがいることが明らかにされていました。クロハリイは大きな染色体と小さな染色体の 2 種類を持ち,調べられた 19 分類群のハリイ属の中で唯一核型に多型が見つかっていました。 著者らは新たに国内の 4 ヶ所とアラスカから得られたクロハリイの核型を調べました。その結果,染色体数が 41〜47 本と大きくばらつくことが示されました。大型の染色体の個数も 8, 10, 11, 12 と 4 通り,小型の染色体の個数も 31, 34, 35, 37 とやはりばらついています。染色体のサイズに顕著な変化がないことから, この異数性はそれぞれの染色体が倍加した結果だと考えられています。 興味深いことに,Yano et al. (2004) の結果を見ると,クロハリイは染色体数が 16 本(大 4 本,小 12 本) の仲間から派生した可能性が高いようです。クロハリイの多くの個体では大 8 本,小 34 本(計 42 本)の染色体を持っており, 一度の倍加と,小型の染色体の増加を経験して来たと推測されます。クロハリイの種内でも染色体数に多型があることを考えると, 染色体数が変化する際に,染色体数が不安定になる状態が続き,いずれまた安定する,といった進化が起こっているとして, クロハリイは今まさに染色体数が不安定な段階にある生物なのかも知れません。 さらにデータをよく見ると,サンプル数が比較的多い北海道胆振支庁勇払の個体群では染色体多型が著しい(全てのタイプが存在する) のに対して(典型的な 42 本の核型のものは 28 サンプル中 10 サンプル), ほぼ同じサンプル数が調べられている北海道釧路支庁白糠の個体群ではほとんどの個体が 42 本の染色体を持つ典型的なタイプで (24 サンプル中 20 サンプル),核型の種類は 3 種類(41, 42, 43)しか認められませんでした。 このような個体群ごとの核型の多型の違いは,種が分布を拡げる過程で核型の組成が変化していることを示唆しているようにも思えます。 クロハリイは染色体の形態に着目したとき,進化の過程にある生物に見えます。今後各地の個体群が詳細に調べられると, さらに面白い現象が見つかるかも知れません。 Yano, O. & Hoshino, T. Cytological studies of aneuploidy in Eleocharis kamtschatica (Cyperaceae). Cytologia 71, 141-147 (2006). Yano, O., Katsuyama, T., Tsubota, H. & Hoshino, T. Molecular phylogeny of Japanese Eleocharis (Cyperaceae) based on ITS sequence data, and chromosomal evolution. J. Plant Res. 117, 409-419 (2004). |
続報:もう一つの葉緑体(2006.09.21)(→藻類学)
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シダの木登り一歩ずつ(2006.09.18) 地面ではなく樹木の表面などを生活場所にしている植物を着生植物と言います。着生植物はコケ,シダ, ランなど様々な植物で進化していますが,Tsutsumi & Kato (2006) はシノブ科(Davalliaceae:薄嚢シダ綱シダ目) とその近縁群における着生性の進化を,野外調査と分子系統の結果を併せて議論しています。 著者らが着目しているシノブ科は 50〜130 種程度の着生性の種からなっています。著者らはシノブ科や近縁なシダの生活型を, 屋久島やインドネシア,タイ,マレーシア,オーストラリアなどで観察し,特に成長に応じた生活場所の変化に着目しています。 そしてシダの仲間を climber(地生性半着生),secondary hemi-epiphyte(着生性着生),obligate epiphyte(真正着生), terrestrial(地生)の 4 タイプに分けています。 地生植物は普通に地表に生えているシダで,地生性半着生は根を地中に張ったまま茎が樹表を這い登るタイプのものを指します。 着生性半着生植物と真正着生植物はいずれも成体では樹上で生活を賄いますが,着生性半着生植物は地上で発芽して, 樹を登って後に土中からの水分,養分の供給なしに生活するものを指し,真正着生植物は樹上で発芽して, 初めから自給自足している植物を指します。 これらのうちのどのような生活型から真正着生植物が進化したのかを明らかにするために,rbcL と accD 遺伝子が系統解析に用いられました。その結果,シノブ科はやはり真正着生性のシダを多く含むウラボシ科(Polypodiaceae) と姉妹群の関係にあることが示されています。さらに系統樹に基づいて生活型の進化の方向性が推定されています。 最尤法の系統樹と最節約法の系統樹で推定が大きく異なっているようですが(樹形はシノブ科と離れた系統で僅かな違いがあるだけですが), シノブ科とウラボシ科の真正着生性は着生性半着生植物か地生性半着生植物のいずれか, おそらくは着生性半着生植物から進化したと推定されました。 著者らは地生性半着生植物から着生性半着生植物を経てシノブ科およびウラボシ科の真正着生植物が進化したと考え, その過程で起きた適応進化について考察しています。地生から地生性半着生植物への進化の過程では木の幹に付着するための根が進化し, さらに着生性半着生への進化の過程で樹上でも水分が吸収できるような根を進化させました。 そして最後に胞子が樹上でで発芽し発生できるようになり,真正着生に至ったと想像されています。 実際に半着生,真正着生植物の多くは背腹性のある長い根茎を持つことが知られているそうで, これが樹上生活への適応を表しているようです。また根茎を覆う鱗片が,樹上で生活する種では根茎により密着していて, 保水に働いているのではないかと考えられています。 なお,系統樹の他の部分では地生性半着生植物から真正着生性のオキナワアツイタ(Elaphoglossum callifolium) が直接進化した可能性も示唆されており,この進化傾向は普遍的なものとは限らないようです (ただしこれは解析に用いられた種が少ないためにそう見えるだけの可能性もある)。 このように著者らは複合的な研究から着生性の進化に迫っていますが,残念なのは系統樹からの形質進化の推定が曖昧であることです。 シノブ科とは遠く離れた系統での僅かな樹形の違いが形質状態の推定を大きく変えているという事実は, 今回の形質進化の推定が統計的にはあまり信頼できない可能性を示唆しています。ブートストラップ検定などを行えば (例えば 100 個のブートストラップ系統樹について祖先形質の推定を行い, 着生性半着生から真正着生への進化が支持される樹形が何回出現したのかを数えればよい),結果の信頼性も評価できたかもしれません。 この欠点に目をつぶれば,今回の研究は「系統関係」と「適応進化」という一見似て非なる現象を結びつけたという点で, 面白いと思います。系統樹を眺めてみると,ある生活型から他の生活型への進化は何度も何度も起こっているようですから, 今後個々の事例を調べていく中で,生活型の進化の多様性, あるいは逆に普遍的なパターンのようなものが見出されてくればさらに面白くなるのではないでしょうか。 Tsutsumi, C. & Kato, M. Evolution of epiphytes in Davalliaceae and related ferns. Bot. J. Linn. Soc. 151, 495-510 (2006). |
元祖鞭毛共生起源説より(2006.09.12) Margulis はミトコンドリアなどのオルガネラが原核生物に由来したとする「共生説」を広めたことで有名です。 彼女の仮説の中で,真核生物の鞭毛がらせん菌のスピロヘータ(スピロヘータ門スピロヘータ目) の仲間に由来するとした部分については否定する研究者が多いようです。Margulis et al. (2006) ではスピロヘータ起源説を再構築し,様々な反論について再反論を試みています。 著者らがまとめた仮説では,真核生物は無壁の Thermoplasma のような古細菌と,スピロヘータの仲間の共同体(consortium) に由来したと考えられています。共生の原動力と考えられたのは硫化物のやり取りで,古細菌が合成した硫化物をスピロヘータが利用し, 一方スピロヘータの運動能力が古細菌にとっての利点であったとしています。そして鞭毛と核の複合体が成立し,遺伝子が核に移行します。 さらに細胞骨格型が発達し,これに基づく食作用によりミトコンドリアの祖先となる真正細菌が取り込まれたそうです。 しかし明瞭な証拠はほとんど示されていません。スピロヘータと鞭毛を結びつける根拠は, 運動性のある原核生物の中で鞭毛と似た動きをするものがスピロヘータのみであることと, スピロヘータの仲間で他の原核生物と共同体を形成するものが知られていることが挙げられています。 しかし前者は鞭毛が原核生物であるとの根拠の薄弱な前提に基づいています。 スピロヘータの運動様式は外膜下に存在する内生鞭毛(フラジェリンよりなる原核生物型の鞭毛)の運動であるのに対して, 真核生物の鞭毛は内部の微小管の構造が力を生み出しており,生化学的には全く異なっています。 従ってスピロヘータと真核鞭毛が似て見えたことには何の意味もないでしょう。スピロヘータの共同体形成には興味を惹かれる話題ですが, それは真核鞭毛の話と結びつく理由はありません,。 次に,著者らはミトコンドリアの起源が比較的遅く,Giardia(メタモナーダ門ディプロモナス目)や Mastigamoeba(アメーバ動物門マスティグアメーバ目)などの典型的なミトコンドリアを持てない原生生物が, 初めからミトコンドリアを持っていない祖先的な真核生物であると主張しています。 これらの原生生物には既にミトコンドリアの痕跡とされる構造(マイトゾームなど)が見つかっており( ミトコンドリアもどきの脂質),かつてはミトコンドリアを持っていたとする説が有力です。 著者らはマイトゾームなどの構造が原核生物に由来することは認めていますが,それがミトコンドリアである証拠は出ていない, としています。しかしマイトゾームなどの構造は特殊化が進んでいるため,ミトコンドリアの痕跡は払拭されていて当然です。 現に著者らはマイトゾームは別の共生細菌由来かもしれないと主張しながら,その証拠を全く示せていません。 むしろ Mastigamoeba についてはアメーバ動物門の中でミトコンドリアを失ったことが分子系統から推定されており (未踏の地,アメーバ動物門を行く II),Giardia との類縁性が無いことは明白なのですが, 著者らはその議論について一切触れていませんでした。 微小管の起源についても結局は説得力のある説明を提示できておらず,「鞭毛共生起源説」再び で紹介した議論の方がまだ説得力があります。様々な仮説が検討されることは確かに重要ですが, そのような仮説が提唱されるときには先に証拠があるべきで,今回の著者らのように仮説を先行させて不利な証拠を無視し, 証拠を提示できないような論文は避けて欲しいものです。 Margulis, L., Chapman, M., Guerrero, R. & Hall, J. The last eukaryotic common ancestor (LECA): Acquisition of cytoskeletal motility from aerotolerant spirochetes in the Proterozoic Eon. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 103, 13080-13085 (2006). |
敵だワムシだ変身だ(2006.09.06)(→藻類学)
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続報:始祖鳥は鳥の始祖ではないのか?(2006.09.05)(→古生物学)
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70 年前の観察を再現しよう(2006.09.04) 微生物の分類研究をしていると,過去の記載に非常に奇妙な形をした生き物を見ることがあります。 実在を疑われるものもありますが,一方でそのような生物が再発見されることも少なくはありません。 Dolan (2006) は 70 年以上前に記載された海産の繊毛虫を原産地で再発見し,過去の観察の正確さを紹介しています。 数十年前に記載されて以来みつかっていない微生物,というのは少なからず存在します。 特定の海域に発生する原生動物などはそもそも最初の報告以来誰も現地を訪れて観察したことがない場合もあり, 謎が謎のまま放置されている場合もあります。この著者は海洋調査の一環として,タヒチからチリ沿岸に渡る南太平洋で微生物の採集を行い, チンチヌス目(Tintinnida;繊毛虫門旋毛綱)の繊毛虫を観察しています。 チンチヌス目の繊毛虫は主に海産で被甲(lorica)を持つことが特徴です。過去の研究では残りやすく, より特徴の多い被甲の形態が記載されることが多かったそうです。この論文で主に紹介されている Xystonellopsis 属は漏斗状の被甲を持っていて,暖かい海域に限られて分布しています。そのため観察例が少ない種も多く,例えば X. conicaudata という種は 1929 年の原記載以来,今回初めて報告されたそうです。 この論文では著者が採集した Xystonellopsis の様々な種の写真を 1929 年の図と比較し, 当時の絵が極めて正確だったことを示しています。著者はさらに,原記載の写真が原生動物の分類学において極めて重要で, 公共のデータベースを確立することを提唱しています(著作権法の問題から, タイプ標本に基づく論文とはやや異なる写真を登録する必要があります)。 既存のデータベースも幾つか紹介されており,今回の Xystonellopsis の写真も micro*scope に登録されています (例えば X. conicaudata )。 原記載の絵や正しく同定された株に基づいた写真などを参照したい場面はしばしばありますので, 確かにこのようなデータベースはあると助かります。しかしそのためにはデータベース間での情報の共有や,登録番号のシステム, そして著作権に関する科学雑誌側の理解,など解決しておきたい問題も残されています。今後の展開に注目ですね。 Dolan, J. R. Re-discovered beauty - new images for old descriptions - tropical tintinnids of the genus Xystonellopsis (Ciliophora, Tintinnia). Protist 157, 251-253 (2006). |
卵の中身を覗き見る(2006.08.31)(→古生物学)
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年代推定には化石が大切(2006.08.25)(2006.08.26 引用文献追加) 生物の大系統の研究においては,系統間の関係に着目した研究が数多く存在しますが, 系統間の分岐年代も大きな関心の一つになっています(深く歴史を遡れば, 動物の歴史年表の再構築)。しかし真核生物の分岐年代の推定は,解析によって値が大きく異なっていました。 Berney & Pawlowski (2006) は,これまでの研究では必ずしも系統的所属が確定していない化石を年代の較正に用いていたとして批判し, しっかりとした化石記録の残った真核生物のみで較正を行った年代測定を実施しました。 真核生物の出現した年代や,現生の真核生物の最初の分岐の年代については様々な見解があります。27 億年前の分子化石や (Brocks et al., 1999),21 億年前の Grypania の化石(Han & Runniger, 1992;写真も参照) などを根拠に真核生物が古い年代に出現したとする見解もあれば,たかだか 8.5 億年前に出現したとする見解もあります (Cavalier-Smith, 2002)。系統樹から分岐年代を推定する研究もありますが,これも年代が大きくばらついています。 (真核生物の出現時期と現生の真核生物の最初の分岐の時期が異なることにも注意。)
これまでの分子による年代推定の問題点として,著者らは少数の,あるいは信頼できない化石を較正に用いていたことを指摘しています。 そこで新たに連続的な化石記録が存在し,出現時期が正確に推定できる生物として,円石藻類(ハプト植物門円石藻目), 珪藻類(オクロ植物門),渦鞭毛藻類(渦鞭毛動物門)を選び,これを用いて SSU rRNA の系統樹を較正しました。 系統樹の根をアメーバ動物類(Amoebozoa)+後方鞭毛類(opisthokonts)とバイコンタ類(bikonts)の間においた場合, 真核生物の最初の分岐は 9.4〜13.6 億年前,おそらくは 11.3 億年前となったそうです。また後方鞭毛類の最初の分岐は 9.6 億年前 (7.9〜11.7 億年前),動物の最初の分岐が 8.1 億年前(6.7〜9.9),緑藻と紅藻の分岐が 9.3 億年前(7.8〜11.2), 陸上植物の最初の分岐が 5.1 億年前(4.3〜6.5)などと推定されました。 さて,この結果は以前の「あやしい」化石記録の結果と一致するのでしょうか。著者らは先カンブリア時代の多くの化石について これまでの解釈との矛盾を指摘しています。例えば紅藻類とされた Bangiomorpha は 12 億年前の化石ですが, 明らかに推定された紅藻の起源より古い時代です。その他,黄緑藻類(オクロ植物門)とされた 10 億年前の化石 (Palaeovaucheria),緑藻植物門シオミドロ目(Cladophorales=ミドリゲ目:Siphonocladales)とされた 7.5 億年前の化石 (Proterocladus),「高等」菌類とされた 14 億年前の化石(Tappania)などが ことごとく今回の分岐年代推定と矛盾したそうです。逆にそれぞれこれらの化石で較正した場合の年代推定値も幾つか示されており, 明らかに古い分岐年代が導かれています。 著者らはこの結果をもとに,先カンブリア時代の化石の多くが誤って解釈されており,おそらくはその多くが現生の系統に繋がらない, より原始的な真核生物だったと推測しています。確かに Palaeovaucheria などの化石を見ると構造が単純で, 従って本当に現生のものと対比できるのか疑問ではありました。Bangiomorpha については多くの藻類学者が紅藻と認めているようなので,これは少し疑問ですが,やはり見直してみる価値はあるでしょう。 唯一現生のものと対比できそうだったのが,VSE と呼ばれる微小な「殻」の化石です。これは Euglyphida 目(アメーバ鞭毛虫門) またはナベカムリ目(アメーバ動物門)の有殻アメーバの殻だと考えられていました。VSE の年代(7.5 億年前) はアメーバ鞭毛虫門にしては古すぎますが,アメーバ動物門の最古の化石だと考えると納得できる数字になっています。 今回の結果は先カンブリア時代の化石の解釈に一石を投じる意義がありましたが,残念ながらこれが最終的な「正しい」 年代推定とも思えません。一つには SSU rDNA が大系統の解析にはあまり有用でないと思われること, 次に較正に 3 つの系統群を用いているとはいえ,やはり系統が偏りすぎていることは否めず, その結果これらの藻類よりも系統樹上で離れたところの年代推定はより誤差が大きいと思われます。そして第 3 に, 彼らの化石の解釈が本当に今までのものよりも優れているのかどうか,判断が難しいためです。 年代の推定は真核生物の歴史を語りたければどうしても知りたいことです。今後幅広い真核生物のゲノムが公開されると, より多い情報で描いた系統樹で年代推定をできるようになります。そのときに幅広い系統の化石で較正できれば, 確からしい年代推定が可能になるでしょう。 Berney, C. & Pawlowski, J. A molecular time-scale for eukaryote evolution recalibrated with the continuous microfossil record. Proc. R. Soc. B 273, 1867-1872 (2006). Brocks, J. J., Logan, G. A., Buick, R. & Summons, R. E. Archean molecular fossils and the early rise of eukaryotes. Science 285, 1033-1036 (1999). Cavalier-Smith, T. The neomuran origin of archaebacteria, the negibacterial root of the universal tree and bacterial megaclassification. Int. J. Syst. Evol. Microbiol. 52, 7-76 (2002). Han, T.-M. & Runnegar, B. Megascopic eukaryotic algae from the 2.1-billion-year-old Negaunee iron-formation, Michigan. Science 257, 232-235 (1992). |
きっちり調べて,謎の藻類の所属を決める(2006.08.23)(→藻類学)
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酸っぱくしたら培養できた深海性古細菌(2006.08.16) 深海の熱水噴出孔は極限環境生物の宝庫です。有用な特性を持った遺伝子や,進化上重要な生物がいると思われるため, 研究者の興味を集めてきました。しかし微生物には培養できず,従って性状の分からない生物も多々含まれています。 例えば,これまで酸性のチムニー(熱水噴出孔に形成される煙突状の構造)から分離された生物は, 何故か酸性条件下で増殖できないものばかりでした。 ただ DNA 配列を直接調べる研究からは未知の古細菌の系統の存在が示唆されていました。そして遂に Reysenbach et al. (2006) は培地の改良の結果,好熱好酸性の新規古細菌の培養に成功しました。 深海の熱水噴出孔から見つかる配列が作る系統群に,ピクロフィルス目(Picrophilales=サーモプラズマ目) の姉妹群に位置する系統群があります。この系統群は DHVE2(Deep-sea Hydrothermal Vent Euryarchaeotic 2)と呼ばれ, リボソーマル RNA の配列だけが知られていました。著者らは DHVE2 に対応する古細菌こそ, これまで見つけられなかった好熱性好酸性の古細菌と予想し,研究を進めました。 各地の深海熱水系を調べた結果,DHVE2 が古細菌の最大 15% も含む地点(ELSC:Eastern Lau Spreading Centre)を発見し, ここから DHVE2 の分離培養を試みました。まず通常の培地では培養ができませんでした。そこで酸性の環境条件と, 近縁なピクロフィルス目が主として従属栄養性であることから培地を工夫し,pH 4.5 で有機物と硫黄を含んだ培地をつくりました。 この培地からは T449 と T469 という株が分離され,いずれも系統的に DHVE2 に含まれることが分かりました。 著者らは T469 株を詳細に調べ,この生物が不定形の細胞と鞭毛を持つ,嫌気性の好熱好酸性菌であることを明らかにしました。 ピクロフィルス目の仲間は鞭毛を持っておらず,好気性であることから T469 は区別されます。 また,三価の鉄イオンを電子受容体に利用できることも T469 の特徴です。 以上の研究から著者らは DHVE2 の古細菌が新しい目に相当する生き物と考え,暫定的に ‘Aciduliprofundum boonei’ という名称を提唱しています。おそらく遠くない将来にサーモプラズマ綱の新目新種として正式に記載されることでしょう。 特に最近は新規の原核生物の培養が続いていて(バクテリアの新グループ, 大洋に広がる古細菌の新グループ,果てなく続く,細菌の新グループ記載, 地球を暖める古細菌 I),ますます微生物の世界が広がっています。 嫌気的メタン分解古細菌や古細菌の基部付近で分岐した系統など,純粋培養が待たれている原核生物はまだまだ残っており, 今後の可能性に是非とも期待したいところです。 Reysenbach, A.-L. et al. A ubiquitous thermoacidophilic archaeon from deep-sea hydrothermal vents. Nature 442, 444-447 (2006). |
奇想天外は松の親戚?(2006.08.11) 裸子植物の一群にグネツム目(Gnetales)とまとめられる植物がいます。この目には外見のまるで異なる 3 属 (マオウ属:Ephedra,グネツム属:Gnetum,ウェルウィッチア属=奇想天外:Welwitschia)が含まれ, その独特の形態から系統的位置が問題になっていました(目の単系統については現在受け入れられている)。 一時期は被子植物との類縁性が言われたこともありましたが,最近の分子データからはグネツム目が針葉樹(球果目:Coniferales) に含まれ,マツ科がグネツム目の姉妹群だとする説(Gnepines 仮説)が支持されています(Hajibabaei et al., 2006)。 グネツムの分子系統解析は様々な研究者が行ってきましたが,グネツム目で塩基置換速度が速くなっていることなどが原因で, 議論が決着していません。Hajibabaei et al. (2006) はこれまでよく調べられていなかった, 核コードのタンパク質遺伝子の配列を系統解析に用いています。具体的には RNA ポリメラーゼの I,II,III サブユニットの遺伝子 (rpa1,rpb1,rpc1)を幾つかの種子植物について決定し,系統解析を行っています。 まず初めに用いる遺伝子の各コドンの置換速度を比較し,第 3 コドンの進化速度が RNA ポリメラーゼと葉緑体遺伝子で速く (特にグネツム目で),系統解析に不適当である可能性を確認しています。次に RNA ポリメラーゼだけで描いた系統樹, そしてこれに葉緑体,ミトコンドリア,18S rRNA 遺伝子を加えたデータから描いた系統樹を比較しています。 RNA ポリメラーゼ単独で系統樹を描いた場合にはあまり解像度が得られていませんが, 結合遺伝子解析にもとづくデータではより強く Gnepines 仮説が支持されていました。この結果は最節約法よりも最尤法でより明瞭で, さらに全塩基を解析に用いた場合には支持率がやや低いものの,RNA ポリメラーゼと葉緑体遺伝子の第 3 コドンを解析から外した場合 (進化速度の速いサイトを外した場合)には,支持率が上がっていました。 この他統計検定からもグネツム目がマツ科と姉妹群になる仮説が他の仮説(グネツム目が針葉樹の姉妹群になるとする仮説, グネツム目が裸子植物の姉妹群になるとする仮説)に比べて強く支持される傾向があり, 特に結合遺伝子のデータから進化速度の速いサイトを排除した場合には有意に支持されていました。 今回のデータは Gnepines 仮説を強く支持するもので,形態学からは想定されていなかったこの仮説を見直す必要性を説いています。 しかし形態学的な証拠無しにこの仮説を受け入れるのにはどうにも抵抗があります。データや解析方法によって結果が異なるということは, それだけ結果が曖昧だという意味でもあるからです。これを裏付けるように, 葉緑体に認められる特異な逆位反復配列が針葉樹では一つ失われているにもかかわらず,グネツム目では失われていませんでした。 このデータは針葉樹が単系統で,グネツム目は針葉樹に含まれないことを強く支持しているように見えます。 いずれが正しいのかは,形態学的な証拠と分子の証拠をさらに追加していくことでしか解決できないのかもしれません。 Hajibabaei, M., Xia, J. & Drouin, G. Seed plant phylogeny: Gnetophytes are derived conifers and a sister group to Pinaceae. Mol. Phylogenet. Evol. 40, 208-217 (2006). |
微化石を如何にして見直すのか(2006.08.07)(→古生物学)
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遺伝子いっぱい平板動物のミトコンドリア(2006.08.05) もっとも単純な後生動物の一種に,センモウヒラムシ(Trichoplax adhaerans;平板動物門 Placozoida 目) という動物がいます。センモウヒラムシは運動性を持った動物の中では最も単純な作りをしていますが, 分子系統からは系統的位置が決まっていません。Dellaporta et al. (2006) はセンモウヒラムシのミトコンドリアゲノムを解読し, センモウヒラムシが最初に分岐した後生動物である可能性を提示しています。 センモウヒラムシは平板動物門(1 属のみ)に分類され,海岸などで採集されます。この動物は 2〜3mm の平べったい体型をしており, 表面に生えた繊毛で移動することができます。また体の変形運動もできるそうです。しかしわずか 4 種類の体細胞からなっていて, 体制に対称性もないことから,退化した刺胞動物と考えられたり海綿との関連が指摘されたりと所属がまるで分かっていませんでした。 今回調べられたセンモウヒラムシのミトコンドリアゲノムは 43,079 塩基対と,通常の後生動物に比べて倍以上ありました。 これは海綿や刺胞動物のミトコンドリアゲノムと,動物の姉妹群とされる襟鞭毛虫類のものの中間的なサイズに相当します。 さらに遺伝子間領域が長いこと,イントロン,幾つかの ORF の存在も,他の動物にはほとんど見られない特徴で, センモウヒラムシが極めて原始的なミトコンドリアゲノムを有していることが示唆されています。 系統解析の結果からも,センモウヒラムシが後生動物の中で最初に分岐した可能性が示唆されています。 極度に特殊化が進んだ左右相称動物を解析に加えた場合,左右相称動物が後生動物の中で最初に分岐したと言う, 明らかに不自然な結果が出るため,左右相称動物は系統解析から外されています。 この場合センモウヒラムシは海綿動物や刺胞動物よりも先に分岐した,最も原始的な後生動物であるとの結果が得られています。 加えて様々な検定法を用いても,この系統的位置は支持されています。 しかしミトコンドリアの遺伝子進化は必ずしも系統解析に有用とは限りませんので(現に左右相称動物の位置に問題がある), 今回の仮説にはまだ検証が必要です。特に nad5 と cox1 遺伝子などに刺胞動物と共通のイントロンがあることから, 刺胞動物との類縁性についても良く調べられなければなりません。ともあれ平板動物が系統的に重要な位置を占めることは裏付けられました。 さらに核ゲノムのプロジェクトも進行しているようなので,今後そちらからの情報にも期待したいところです。 Dellaporta, S. L. et al. Mitochondrial genome of Trichoplax adhaerens supports Placozoa as the basal lower metazoan phylum. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 103, 8751-8756 (2006). |
AIDS のグラウンド・ゼロ(2006.08.03)(→医学)
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ヒゲクジラの系統も SINE 法で〆(2006.08.01) SINE はレトロポゾンの一種で,この挿入欠失を用いて生物間の系統関係を解析する方法を SINE 法と呼びます。 同様のレトロポゾンを用いた系統解析から,哺乳類の系統関係が次々と明らかにされています( レトロポゾンが書き込んだ哺乳類の歴史,絞り込まれたペガサスの系統)。 また,クジラがカバと近縁な偶蹄類から派生したことを最終的に示したのも SINE 法でした。 Nikaido et al. (2006) では SINE 法を用いてヒゲクジラ類の系統関係にほぼ決着をつけました。 もともと著者らはハクジラ類とヒゲクジラ類がいずれも単系統であることと,ハクジラ類の科レベルの系統関係を SINE 法により示していました(Nikaido et al., 2001)。しかしヒゲクジラ類の SINE についてはあまり調べられていません。 ヒゲクジラ類の系統関係については一遺伝子による系統解析が幾つかありましたが(Árnason et al., 1993; Árnason & Gullberg, 1994; 一遺伝子に刻まれたクジラの歴史), いずれの系統樹でも解像度に問題がありました。またミトコンドリアゲノムを用いた系統解析も存在しますが (Sasaki et al., 2005),形態にもとづく仮説と矛盾していたこともあり,核遺伝子の裏付けが必要とされていました。 著者らはほぼ全種のヒゲクジラ(11 種)から大量に SINE を収集し,核ゲノムへの挿入のパターンを調べました。 これを元に描かれた系統関係では,ヒゲクジラ類の主要な系統関係が解かれています。 最初にセミクジラ科が,次にコセミクジラ科とその他のヒゲクジラ類が分岐しています。 その他のヒゲクジラ類に含まれるのはナガスクジラ科とコククジラで,ナガスクジラ科には 3 つの単系統群 (ミンククジラ 2 種,ナガスクジラとザトウクジラ,シロナガスクジラ・イワシクジラとニタリクジラ)が認められました。 しかしナガスクジラ科の 3 系統とコククジラの間の系統関係は,SINE の挿入パターンが相互に矛盾しており, 解決しませんでした。 -------ミンククジラ(North Atlantic minke whale: Balaenoptera acutorostrata) |--------------| | | -------クロミンククジラ(Antarctic minke whale: Balaenoptera bonaerensis) | | | | -------ザトウクジラ(Humpback whale: Megaptera novaeangliae) | |-------------| | | -------ナガスクジラ(Fin whale: Balaenoptera physalus) | ナガスクジラ科 -------| | | | --------------シロナガスクジラ(Blue whale: Balaenoptera musculus) | | | | | | |------| -------イワシクジラ(Sei whale: Balaenoptera borealis) | -------| | -------| | | | | -------ニタリクジラ(Bryde's whale: Balaenoptera edeni) | | | | | | ---------------------コククジラ(Gray whale: Eschrichtius robustus) コククジラ科 ------| | | ----------------------------コセミクジラ(Pygmy right whale: Caperea marginata) コセミクジラ科 | | -------セミクジラ(Right whale: Eubalaena glacialis) | ----------------------------| | セミクジラ科 -------ホッキョククジラ(Bowhead whale: Balaena mysticetus) | これらの 4 系統については 3 つの SINE の挿入が互いに矛盾していました。SINE が全く同じ場所に別の系統で入る可能性も, 一度挿入された SINE が抜け出る可能性もほとんどないと考えられるため,この矛盾には別の理由があると考えられます。 これらの 4 系統が分岐する前に SINE の挿入パターンに多型があり,多型が維持されたまま 4 系統の分岐が起こったとすれば, 矛盾が説明できるそうです。 多型が維持されたまま系統分化が起こったと言うことは,4 系統の分岐がごく短期間の出来事だったと考えられます。 他の遺伝子の系統樹でもこの 4 系統の間の系統関係は解けておらず,この可能性が支持されます。 SINE 法で明らかになったヒゲクジラの系統関係については,これまでの系統推定と劇的に異なるものではありませんでした。 しかし今回の結果がヒゲクジラの系統解析としては決定的なものと考えていいと思います。 同時にナガスクジラ科とコククジラの 4 系統で系統関係が決まらなかった部分は,SINE 法の解像度の問題ではなく, むしろ実際に多分岐に近い現象が起こっていたとして説明できます。 今回の研究を加えると,クジラの系統関係はほぼ全て明らかになったことになります。 いずれ他の生物群についてもこのレベルでの系統解析が可能になればいいのですが,これには大量(ゲノムレベル) の遺伝子解析が必要でしょうから,もう少し技術革新が必要でしょうね。 なお,今回調べられていないミナミセミクジラ(Eubalaena australis)とツノシマクジラ(Balaenoptera omurai) はそれぞれセミクジラと(イワシクジラ, ニタリクジラ)に近縁と思われます(Sasaki et al., 2005; Wada et al., 2003)。 またセミクジラを 2 種(E. glacialis:タイセイヨウセミクジラ,E. japonica:ニホンセミクジラ) に分ける見方もあります。この場合,ニホンセミクジラはミナミセミクジラに近縁な可能性が指摘されています (Rosenbaum et al., 2000)。さらにニタリクジラが 2 種(B. brydei:ニタリクジラ,B. edeni:イーデンクジラ) に分割されることが最近示されており(Wada et al., 2003),B. brydei はイワシクジラにより近縁であるそうです。 Nikaido, M. et al. Baleen whale phylogeny and a past extensive radiation event revealed by SINE insertion analysis. Mol. Biol. Evol. 23, 866-873 (2006). Árnason, Ú., Gullberg, A. & Widegren, B. Cetacean mitochondrial DNA control region: Sequences of all extant baleen whales and two sperm whale species. Mol. Biol. Evol. 10, 960-970 (1993). Árnason, Ú. & Gullberg, A. Relationship of baleen whales established by cytochrome b gene sequence comparison. Nature 367, 726-728 (1994). Nikaido, M. et al. Retroposon analysis of major cetacean lineages: The monophyly toothed whales and the paraphyly of river dolphins. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 98, 7384-7389 (2001). Rosenbaum, H. C. et al. World-wide genetic differentiation of Eubalaena: questioning the number of right whale species. Mol. Ecol. 9, 1793-1802 (2000). Sasaki, T. M. et al. Mitochondrial phylogenetics and evolution of mysticete whales. Syst. Biol. 54, 77-90 (2005). Wada, S., Oishi, M. & Yamada, T. K. A newly discovered species of living baleen whale. Nature 426, 278-281 (2003). |
日本にはどんな藻類がいるのか(2006.07.31)(→藻類学)
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ミトコンドリアの門番たち(2006.07.27)(→分子細胞学)
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ランブル鞭毛虫の原型(2006.07.26) ランブル鞭毛虫(Giardia intestinalis)(メタモナーダ門ディプロモナス目) はヒトの寄生虫としても,典型的なミトコンドリアを持たない真核生物としても有名です。 しかしランブル鞭毛虫は特殊化が進んでおり,ディプロモナス目内部の進化を探るのには困難がありました。 Keeling & Brugerolle (2006) は Octomitus と呼ばれる原生動物が Giardia の姉妹群であることを示し, 本種がディプロモナス目の進化を考える際に重要であることを提示しています。 Octomitus は以前からランブル鞭毛虫との類似が指摘されていた原生動物で,齧歯類や両生類の腸管内に寄生します。 しかしランブル鞭毛虫とは異なり,培養に未だ成功していないために研究が遅れていました。著者らは野生のネズミ (Mus musculus)の腸内容物を緩衝液に浸し,泳ぎ出てきた Octomitus intestinalis を先を細くしたピペットで吸い,これを集めて SSU rRNA の研究に用いました。 また同じマウスの個体から得られた別のサンプルは電子顕微鏡観察に用いています。 このようにして 6 クローンの SSU rRNA 部分配列(1511 塩基対)を解読し,ほぼ同一の配列が得られたそうです。 この内一つの配列を代表として系統解析が行われた結果,Octomitus は Giardia 属の姉妹群となりました。 ディプロモナスや近縁な生物では塩基置換速度が不均一であり, ディプロモナス目の根元の分岐が正しく推定されていない可能性もありましたが, AU 検定という検定の結果からも得られた系統樹は支持されました。 -------エンテロモナス科-------| -------| -------Hexamita | | -------| --------------Trepomonas | | -------| ---------------------Spironucleus vortens | | ------| ----------------------------Spironucleus barkhanus | | -------Giardia(5 種) ----------------------------| -------Octomitus intestinalis この系統樹は従来の分類とは幾つかの点で異なっています(下記参照)。エンテロモナス科は 1 個の核を持つことで, 1 対の核を持つ他の属と区別されますが,今回の系統樹からはエンテロモナス科で核が 2 個から 1 個に減ったことがわかります。 また自由生活性の種を含む属(Trepomonas,Hexamita)が他の寄生性の系統から派生しています。 いずれも直感的な祖先形質(自由生活性で核が 1 個)とは異なっており,興味深い結果です。 さらに Octomitus が Giardia の系統に加わったことにより, ディプロモナス目の祖先形質がより確かに推測出来るようになったことも強調されていました。 2 個の核の間に出来る凹みから鞭毛が生えていることなどが,ディプロモナス目の祖先形質と推測されています。 論文の系統樹を見ていて気になったのは,Octomitus の枝が他のディプロモナス目に比べて目立って短いことでした。 ディプロモナス目は塩基置換の速度が全体に(遺伝子を問わず)速いために系統推定に困難がありました (古細菌から寄生虫への遺伝子移動,腹でもの喰う真核生物の系統, エクスカヴァータの証拠も参照)。 もし Octomitus の進化速度がゲノムの広範囲で遅いのだとすると,この種の様々な遺伝子配列を解読することは ディプロモナス目の系統的位置を決めるためにも役に立つかもしれません。 その場合は Octomitus の培養系を確立しないと厳しいかもしれませんが。
Keeling, P. J. & Brugerolle, G. Evidence from SSU rRNA phylogeny that Octomitus is a sister lineage to Giardia. Protist 157, 205-212 (2006). Brugerolle, G. & Lee, J. J. in The Illustrated Guide to the Protozoa 2nd ed. (eds. Lee, J. J., Leedale, G. F. & Bradbury, P.) 1125-1135 (Society of Protozoologists, Lawrence, 2000). |
地球を暖める古細菌 II(2006.07.24)(→その他)
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地球を暖める古細菌 I(2006.07.22)(→その他)
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続報:調べてみれば謎の原生動物(2006.07.20) 調べてみれば謎の原生動物では Telonema という原生生物が初めて詳細に解析された研究を紹介しました。Shalchian-Tabrizi et al. (2006) はさらにタイプ種 T. subtilis を含めて微細構造と遺伝子数を増やした系統解析をを行い,Telonema がクリプト藻やハプト藻など, クロミスタとも纏められるグループの初期進化に関わる新しい門に分類されると主張しています。 著者らは新たに T. subtilis の株を 2 株確立し,この他にも環境サンプルから増幅した SSU rRNA の配列で, まず系統樹を描いています。ベイズ法で系統解析をする際に,ある座位における塩基置換の速度が系統によって異なると仮定する covarion (COncomitantly VARIable codONs)モデルというモデルを適用しています。このモデルはより現実の進化に近いため, 深い系統関係を探るために有効だと考えているようです。この解析から Telonema の単系統性は確認されましたが, SSU rRNA の配列だけでは Telonema に近縁な生物は特定されませんでした。 さらに著者らは T. subtilis と T. antarcticum から Hsp90 と α-,β- チューブリンの配列を解読し,これを単独あるいは結合させて系統解析に用いました。 チューブリンの配列はバイアスの影響か解像度を上げる役には立たなかったようで,Hsp90 単独の系統樹と Hsp90 および SSU rRNA の結合系統樹も描いており,この結果を軸に議論しています。 いずれの系統解析でも,Telonema はクリプト植物門と姉妹群になりました。 さらに両者を併せたグループはハプト藻の姉妹群となりました。 Telonema は鞭毛の表面に三部構成の管状小毛を持ち,従ってストラメノパイル類との関連性が示唆されていましたが, 今回の系統解析からはストラメノパイルとの近縁性は支持されませんでした。一方で姉妹群の可能性のあるクリプト植物門では, 二部構成の管状小毛が知られています。そこで一見 Telonema とクリプト植物が結びつくようにも見えますが, 実はクリプト植物の中で最初に分岐した Goniomonas は二部構成の管状小毛を持っていません(Kugrens et al., 1987)。しかもクリプト植物の姉妹群(Telonema よりもクリプト植物に近縁)と推定されているカタブレファリス類も, 鞭毛の表面に小毛は持っていません(Okamoto & Inouye, 2005;クリプト藻が藻類になる前)。 とすると Telonema の三部構成の管状小毛とは何なのでしょうか。 Telonema は細胞膜下にアルベオラータと似た形質を持ち,鞭毛の修飾物ではストラメノパイルに類似し, さらに系統解析ではクリプト植物と近縁だという,非常に混乱した生物と言えます。 そこで著者らは Telonema が既存のどの門にも所属し得ないとして,Telonemia という独立の門を記載しています。 著者らはアルベオラータやクロミスタ界(クリプト植物門,ハプト植物門,ストラメノパイル からなる単系統性が疑わしいグループ)の起源に関わる重要な位置に Telonema がいるとみています。 大進化の上で重要な位置に来る生物が新たに調べられたことはとても興味を惹かれる話です。 しかし分子系統解析でも微細構造からも系統的位置の特定には行き詰まっているように見えます。 それでも将来,鞭毛の修飾構造や細胞膜下の裏打ち構造の化学が調べられるようになれば, あるいはそこから微細構造の相同性が調べられ,正しい系統関係が見えてくるかもしれません。 Shalchian-Tabrizi, K. et al. Telonemia, a new protist phylum with affinity to chromist lineages. Proc. R. Soc. B 273, 1833-1842 (2006). Kugrens, P., Lee, R. E. & Andersen, R. A. Ultrastructural variations in cryptomonad flagella. J. Phycol. 23, 511-518 (1987). Okamoto, N. & Inouye, I. The katablepharids are a distant sister group of the Cryptophyta: A proposal for Katablepharidophyta divisio nova/ Kathablepharida phylum novum based on SSU rDNA and beta-tubulin phylogeny. Protist 156, 163-179 (2005). |
ゲノムを片手に古細菌の進化を探る(2006.07.18) 塩基配列解読の技術が飛躍的に進歩し,古細菌の全ての目(もく)に渡ってゲノムの解読が終わっています (純粋培養に成功していない目と正式記載されていない目は除く)。 それを踏まえて古細菌の進化を議論しているのが,Gribaldo & Brochier-Armanet (2006) によるレビューです (この論文は生物の進化の大イベント再訪で紹介した特集の一部です)。 古細菌はリボソーム RNA や伸長因子の系統解析から,真核生物や他の原核生物とは区別される独自のドメインとして 扱われるようになりました。古細菌の単系統性については若干の疑問はありますが,多くのゲノム配列が得られても, 未だに最終的な結論は得られていない気がします。古細菌が出現した年代も同様で, 30 億年以上昔から古細菌が存在したと考える研究者から,10 億年未満とするものまで意見が分かれています。 最新版のバクテリアの分類の教科書では,古細菌をユリアーキオタ門とクレンアーキオタ門の 2 門に分け, それぞれ 8 綱 9 目,1 綱 4 目に分類しています(Garrity et al., 2005)。この他に最近発見された寄生性 (デスルフロコックス目の Ignicoccus に寄生する)の古細菌で, 正式記載されないままに門として扱われている「ナノアーキオタ門」や, リボソーム RNA の配列だけが知られる系統群などがあります。
古細菌の進化を理解するためにはこれらの目(あるいは綱,門)の間の系統関係を明らかにする必要があります。 原核生物の場合は系統間で水平遺伝子移動(HGT)が起こりやすいため,著者らは HGT が起こらない遺伝子 (archaeal phylogenomic core)を用いて系統解析を行うことを目指しています。リボソームタンパク質や RNA ポリメラーゼのサブユニットや転写因子,その他幾つかの遺伝子で複合系統樹や個々の系統樹を描き, その結果をバイアスなどを考慮しながら比較していました。 --------------Thermoproteales| -----------------------------------| -------Desulfurococcales | -------| | -------Sulfolobales | | -------Nanoarchaea ------| -----------------------------------| | | -------Thermococcales | | | | --------------Methanopyrales -------| | | ---------------------| -------Methanobacteriales | | -------| | | -------Methanococcales -------| | ----------------------------Thermoplasmatales(Picrophilales) | | -------| ---------------------Archaeoglobales | | -------| --------------Halobacteriales | | -------| -------Methanomicrobiales -------| -------Methanosarcinales 幾つかの主要な結論(というよりも推論)としては,これまでしばしばユリアーキオタ門の基部で分岐したと言われてきた Methanopyrus kandleri(メタノピルス目)が実はメタノコックス目に近縁で, 代わりにサーモコッキ綱がユリアーキオタ門の基部と推測されました。このことから, ユリアーキオタ門の中でサーモコッキ綱が分岐した後に,もう一方の系統でメタン生成が進化したことを示唆されます。 そしてハロバクテリア綱,サーモプラスマータ綱,アルカエグロビ綱でメタン生成能が失われたと考えられ, またメタン生成の経路を逆行させて,嫌気的にメタン酸化を行う生物も知られています (メタン菌進化の大逆転)。 メタン生成の経路はホルムアルデヒドの分解系に由来するとの仮説も紹介されています。 次に従来言われていた,古細菌が超好熱菌の祖先を持つという仮説は彼らの系統仮説でも支持されていました。 真正細菌の祖先が好熱性であったかどうかは明らかではありませんので,生物が好熱菌から進化してきたのかはわかりませんが, 古細菌の好熱菌起源は,さらに未培養の系統のゲノム解析などによって検証されるだろうとのことです。 もう一点,是非言及しておきたいのは "Nanoarchaeum equitans"(「ナノアーキオタ門」)の系統的位置です。 "Nanoarchaeum" は発見当初の系統解析でも(Huber et al., 2002),ゲノム情報に基づく系統解析でも (Waters et al., 2003)古細菌の基部付近で分岐した系統とされていましたが, 今回の著者らはサーモコッキ綱に近縁と考えています。これはゲノム中の遺伝子の組成がユリアーキオタ門に合致することや, 幾つかのタンパク質の系統解析で,"Nanoarchaeum" がサーモコッキ綱と姉妹群になったことが根拠だそうです。 これまでの系統解析の結果は "Nanoarchaeum" 進化速度が異常に早くなっていたことで説明されるとしており, これは納得できる説明です。寄生性の "Nanoarchaeum" が古細菌の最初の分岐とは考えづらいということもあるでしょう。 このように,このレビューでは古細菌の系統関係の見直しと共に, 古細菌進化において注目されるイベントがゲノム情報をベースに紹介されており,古細菌の話としても興味深いだけでなく, ゲノム生物学の目指すところが上手く機能している一例としても読み応えがあると思います。 なお,このレビュー中で用いられている学名には命名規約上不適切なものも幾つかあることは指摘しておきます (Nanoarchaeum equitans,Nanoarchaeota,Cenarchaeum symbiosum,Korarchaeota などは正式記載されておらず, Thermoplasmatales は規約上優先権のある Picrophilales に訂正されるべき)。 Gribaldo, S. & Brochier-Armanet, C. The origin and evolution of Archaea: A state of the art. Philos. Trans. R. Soc. Lond., B, Biol. Sci. 361, 1007-1022 (2006). Garrity, G. M., Bell, J. A. & Lilburn, T. in Bergey's Manual of Systematic Bacteriology, 2nd Edn, Vol. 2. Part A. (eds Brenner, D. J., Krieg, N. R. & Staley, J. T.) 159-220 (Springer, New York, 2005). Huber, H. et al. A new phylum of Archaea represented by a nanosized hyperthermophilic symbiont. Nature 417, 63-67 (2002). Waters, E. et al. The genome of Nanoarchaeum equitans: Insights into early archaeal evolution and derived parasitism. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 100, 12984-12988 (2003). 冒頭で「古細菌の全ての目(もく)に渡ってゲノムの解読が終わっています」などと書いてしまいましたが, メタノミクロビウム目の一種 Methanospirillum hungatei のゲノム解読はこの論文には間に合っていないようで, メタノミクロビウム目のみゲノム情報が踏まえられていませんでした。(2006年07月24日) |
オドントグリフスは貝の仲間(2006.07.17)(→古生物学)
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生物の進化の大イベント再訪(2006.07.15) 生物の誕生,真核生物の誕生,多細胞動物の誕生,など生物の歴史を辿ると, 特筆すべき出来事がいくつもあります。それぞれの時代,証拠,具体的な進化の過程など,論争は無数にありますが, ここ数年の研究の進歩には目を見張るものがあります。そんな中でこれらの議論を総括する会議が開かれ, それに伴った多数の論文が Philos. Trans. R. Soc. Lond., B, Biol. Sci. の 2006 年 6 月 29 日付けの号に掲載されました(Cavalier-Smith et al., 2006)。 始生代の地球環境や最古の生物の証拠に関する議論,その後の地球環境の変化や真核生物の起源と進化まで, どれを取っても興味を引かれる論文が計 13 本掲載されています。本当であればここで一通りの紹介をしたいところですが, いかんせん数が多すぎますので,今後,読んだものからいくつか紹介していきたいと思います。 一応,タイトルなどを見て,あえて言及したいものとしては,最古の微生物化石に対して批判的な研究をしている, Brasier et al. (2006) が挙げられます。本論文では最古の微生物化石のの有力候補もでてくるそうです。 また Cavalier-Smith (2006) も重要な論文です。生物の進化・分類の分野に多大な貢献をしてきた著者ですが, 大胆な仮説の提唱と,とにかく書く論文のページ数が多いことでも有名です。今回の論文も原核生物の進化, 真核生物の起源などについて最近の著者の見解が膨大な引用文献と文章によって語られています。 この他にも気になる論文はいくつもありますので,微生物の進化の研究者や古生物学者であれば, 目次程度は目を通しておくべきでしょう。 Brasier, M., McLoughlin, N., Green, O. & Wacey, D. A fresh look at the fossil evidence for early Archaean cellular life. Philos. Trans. R. Soc. Lond., B, Biol. Sci. 361, 887-902 (2006). Cavalier-Smith, T., Brasier, M. & Embley, T. M. Introduction: How and when did microbes change the world? Philos. Trans. R. Soc. Lond., B, Biol. Sci. 361, 845-850 (2006). Cavalier-Smith, T. Cell evolution and Early history: Stasis and Revolution. Philos. Trans. R. Soc. Lond., B, Biol. Sci. 361, 887-902 (2006). |
悩ましいスミレモの系統分類(2006.07.13)(→藻類学)
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エクスカヴァータの証拠(2006.07.05) 真核生物の大グループに,細胞の腹側に捕食装置を持った一群の原生生物,エクスカヴァータ (Excavata)があります。微細構造では単系統性が強く支持されていますか, 分子系統で単系統性が支持されることはほとんどありませんでした(腹でもの喰う真核生物の系統)。 Richards & van der Giezen (2006) はマイトゾームやヒドロゲノソームの起源を調べる過程で,図らずも Excavata の単系統性を支持する小さいながらも初めての証拠を提出しています。 Giardia や Trichomonas などの寄生虫はそれぞれマイトゾームやヒドロゲノソームと呼ばれる 二重膜に包まれた細胞内小器官を持っており,ミトコンドリアの痕跡と推定されていました (トリコモナスは "ミトコンドリア" を持っているのか?)。 著者らはこの仮説の裏付けをとるため,これらの細胞内小器官に共通した機能である 鉄-硫黄クラスターの合成系の遺伝子を調べています。特に注目されたのが Isd11 というタンパク質です。 Isd11 はシステイン脱硫酵素である Nfs1(アルファプロテオバクテリアの IscS と相同)と複合体を作り, Nfs1 を安定化していると考えられています。Isd11 は真核生物にのみ見られることから, アルファプロテオバクテリアが細胞内共生してミトコンドリアとなった後に開発されたタンパク質と考えられます。 著者らはデータベース上にあるゲノム配列などの解析から,Isd11 が確かに真核生物に限られており, しかもヒドロゲノソームを持つ Trichomonas vaginalis やマイトゾームを持つ Nosema(微胞子虫)も Isd11 を持つことを示しました。これは両者のヒドロゲノソームやマイトゾームがミトコンドリア由来であるとする, かなり明瞭な証拠と言えます。 さらに興味深いことに,T. vaginalis の Isd11 には,Trypanosoma や Leishmania (いずれもユーグレナ動物類のキネトプラスト類)と同じ位置,保存的な配列の中にアミノ酸 1 個の欠失がありました。 これは Trichomonas(副基体類)と Giardia(ディプロモナス類)など(両者が単系統である証拠については 古細菌から寄生虫への遺伝子移動を参照)がユーグレナ動物類と単系統群を構成することを示唆しています。 この分類群はほぼエクスカヴァータに相当すると言えます。 私が知る限り,これまでエクスカヴァータの単系統性を示す分子からの証拠は有力なものがありませんでした。 今回の証拠はわずか 1 アミノ酸の欠失なので決定的と言うわけにはいきませんが, エクスカヴァータの単系統を積極的に支持していることに違いはありません。 そして微細構造でもエクスカヴァータがまとまることを考え合わせれば, エクスカヴァータという系統群の実在が俄然真実みをましてきました。 なお,論文の図の解説中に Rodríguez-Ezpeleta et al. (2005) による複数遺伝子の系統解析が, エクスカヴァータの単系統を支持している,とあります。これは Supplemental Data の中で描かれた系統樹で, 本文中では進化速度が速いことを指摘していました。 このような系統樹では進化速度の速いもの同士が誤って近縁に見えることがしばしば起こるため, エクスカヴァータの単系統を支持していると言うには弱い証拠でした(参考:植物界が一つにまとまる時) 。 Richards, T. A. & van der Giezen, M. Evolution of the Isd11-IscS complex reveals a single α-Proteobacterial endosymbiosis for all eukaryotes. Mol. Biol. Evol. 23, 1341-1344 (2006). Rodríguez-Ezpeleta, N. et al. Monophyly of primary photosynthetic eukaryotes: Green plants, red algae, and glaucophytes. Curr. Biol. 15, 1325-1330 (2005). |
円網の発明 II(2006.07.04) クモの糸は spidroin と呼ばれる,複数種のタンパク質でできています。 Garb et al. (2006) では円網(縦糸と横糸からなるような,複雑な構造の,いわゆるクモの巣) に特化したタンパク質を調べることで,円網が単一起源であることを示しました。 円網は,メダマグモ上科(Deinopoidea)の一部のクモとコガネグモ上科(Araneoidea)の一部のクモが作ることから, それぞれの上科で独立に進化したと考えられていたそうです。 円網のタンパク質はコガネグモ上科についてはよく調べられていましたが,メダマグモ上科では十分な研究がありませんでした。 そこで著者らはメガネグモ上科の Deinopis spinosa とコガネグモ上科の Uloborus diversus(ウズグモ属) の絹糸腺(silk gland:糸を分泌する腺)の cDNA を調べ,Uloborus で得られていた 4 種類のタンパク質が Deinopis にも存在することを見出しました。この内 2 つ(MaSp1, MaSp2)は円網の外枠と放射状の縦糸のタンパク質で, 1 つ(MiSp)は足場となる糸の,もう 1 つ(Flag)は捕獲用のらせん糸(横糸)のタンパク質です。 特に,MaSp1,MaSp2,Flag は円網を作るために必要と考えられますが, これらのタンパク質は spidroin タンパク質ファミリーの中で,それぞれ Deinopis と Uloborus のもので姉妹群を形成しました。このことは, 円網がメダマグモ上科とコガネグモ上科の祖先で一度だけ進化したことを示しています。 生物の作る構造の単一起源を示すのは通常困難と考えられますが,今回のケースではクモの巣がタンパク質で出来ているために, 研究が可能だったと言えます。それにしても,調べるべき生物と,証明すべき内容の必要最小限を押さえた論文だと思います。 円網の起源に迫る最古のクモの糸の化石については,円網の発明 I もご参照下さい。 Garb, J. E., DiMauro, T., Vo, V. & Hayashi, C. Y. Silk genes support the single origin of orb webs. Science 312, 1762 (2006). |
円網の発明 I(2006.07.01)(→古生物学)
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絞り込まれたペガサスの系統(2006.06.30) コウモリとウマの系統的位置は近年の分子系統解析の中で謎として残されていました。 Nishihara et al. (2006) はゲノム情報に基づいて系統解析に有用なレトロポゾンを探し, これを用いてウマ(奇蹄目),イヌ・ネコ(食肉目)およびコウモリ(翼手目)が互いに近縁であることを示し, このグループを Pegasoferae と名付けました。 哺乳類の目の間の系統関係は多遺伝子解析の結果やゲノム中の大規模挿入欠失,レトロポゾンの挿入などの情報で, その大部分が明らかになってきています(哺乳類の進化系統に関して, 哺乳類の祖先はねずみぢゃない!,レトロポゾンが書き込んだ哺乳類の歴史)。 その中にあってウマの系統的位置は未だに決定していない謎でした。またコウモリの位置についても, 最近の系統解析で解決したようにも見えていましたが,やや疑問の残るところでした。 哺乳類の目の間の系統関係を探るのに有効な解析方法としてはレトロポゾンの挿入を調べる方法があります。 レトロポゾンとはゲノム中に散在する転移性の因子で,まれに自分のコピーをゲノム中に挿入するという性質を持っています。 同じ場所に偶然,しかも同じ長さのレトロポゾンが入る可能性は極めて低いため, 同じ長さのレトロポゾンを同じ場所に持っている生物は,そこにレトロポゾンを持っていない生物と比べて, 互いに近縁であることが強く示されることになります。 これまでは系統解析に有用なレトロポゾンの挿入を見つけるのは容易なことではありませんでしたが, 最近になってヒト,マウス,イヌ,ウシなどのゲノム情報が公になってきたため, このデータベースから有用な挿入を探すことが可能になりました。 Nishihara et al. (2006) は選び抜いたレトロポゾン(今回は LINE と呼ばれるものが調べられている) の挿入に基づいて,哺乳類の大規模な系統関係を推定しました。 その結果,これまで知られていた大系統群(アフリカ獣類,Boreoeutheria,Euarchontoglires,ローラシア獣類) の単系統性が確認されたのに加えて,ローラシア獣類の内部の系統関係について予想外の結果が得られました。 これまでの系統樹では食肉目,奇蹄目,クジラ偶蹄目(クジラ+ウシ・カバなどの偶蹄類)が互いに近縁で, その外側に翼種目が位置しているとの系統仮説が有力でした。この中で奇蹄目の位置は高い支持率で解けることはありませんでした。 まず,今回の結果では奇蹄目と食肉目にのみ共通の LINE の挿入が 1 個だけ見つかっています。 そして驚くべきことに,奇蹄目,食肉目,翼手目にのみ共通する LINE が 4 個も発見されたのです。 翼手目がクジラ偶蹄目よりも奇蹄目・食肉目に近縁だとする証拠はこれまでほとんど出されておらず,完全に予想外の話でした。 過去の系統解析からセンザンコウ(鱗を持った哺乳類;有鱗目)と食肉目がごく近縁であることは既にわかっていましたので, 翼手目,奇蹄目,食肉目,有鱗目を合わせた系統群が存在すると言うことになります。 --------------翼手目 || | -------| -------奇蹄目 |Pegasoferae | -------| | -------| -------食肉目(+有鱗目) | | | ------| ---------------------クジラ偶蹄目 | ----------------------------無盲腸目(Eulipotyphra:モグラ,ハリネズミなど) Nishihara et al. (2006) はコウモリとウマを合わせてペガサス(ギリシア神話に出てくる翼を持った馬)に例え, 食肉目と有鱗目を合わせた系統に提唱されていた Ferae という名称につなげて,Pegasoferae という系統名を提唱しています。 残念ながら Pegasoferae に反する LINE の挿入も一つだけ見つかっています。これはコウモリとウシ(クジラ偶蹄目) に共有されていますが,おそらくこれはクジラ偶蹄類が Pegasoferae と分かれる前に集団の一部で挿入が起こっていて, この集団内での多型がクジラ偶蹄目と翼手目のみで固定したことを意味していると議論されています。 これを考慮に入れても,4 つの LINE の挿入は有意に Pegasoferae の単系統性を支持しているためです。 翼手目,奇蹄目,食肉目(+有鱗目)の系統関係については,奇蹄目と食肉目を結びつける LINE が 1 個あるとはいえ, これだけでは完全な証拠ではないため,今後に課題を引きずる形になっていますが, これまでの分子系統樹と矛盾する話でもありませんので,いずれ解決することでしょう。 ゲノム情報の蓄積や熱心な系統解析の結果,哺乳類の目レベルの系統関係についてはもはや大きな謎はほとんど残っていません。 一方で分子で支持された系統関係を裏付けるような形態的な特徴はほとんど見つかっていません。 例えばコウモリや食肉目などは各目ごとに特殊化が著しく,これが形態的特徴を見えにくくしているのかもしれません。 これから先は,せっかく得られた確かな系統樹に基づいて,実際の形態進化の過程が正しくたどれるようになれば, ますます哺乳類の進化について理解が進むと思われます。 その意味で残念なのは翼手目の系統的位置です。翼手目の起源などはクジラの起源と並んで, 哺乳類の適応進化の極端な例ですが,今回の仮説では翼手目の姉妹群は奇蹄目+食肉目になってしまいました。 両者の共通祖先の姿についてはまだどのような形態をしていたのか想像すら困難なので, その意味では翼手目の起源に迫るのはますます難しくなったのかもしれません。 Nishihara, H., Hasegawa, M. & Okada, N. Pegasoferae, an unexpected mammalian clade revealed by tracking ancient retroposon insertions. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 103, 9929-9934 (2006). |
時を止めたヤツメウナギ(2006.06.29)(→古生物学)
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萌え雪(2006.06.28)(→藻類学)
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続報:精霊が隠していた新種の猿(2006.06.27) 昨年,新種記載された猿の一種,Lophocebus kipunji は当時標本が得られていなかったため, 写真などに基づいて記載されていました(精霊が隠していた新種の猿)。 Davenport et al. (2006) は現地の農家の罠にかかった個体を詳細に研究し, 特に DNA 配列の情報から,本種が Lophocebus 属とは異なる新属 Rungwecebus に分類されるとしています。 捕獲された個体は雄の亜成体で,形態的特徴は原記載とよく一致しており,他の猿とは明瞭に区別されました。 この個体は骨格の形態が調べられる最初の個体となりましたが,頭骨の幾つかの形質は Lophocebus 属の形質を示しており, 他に近縁なヒヒ属(Papio)とは吻が短く,深い下顎窩を欠くなどの点で区別されるそうです。 系統解析には複数の断片的な遺伝子配列が用いられていました。ミトコンドリア 12S rRNA,COI,COII,TSPY,α 1,3-GT 遺伝子などが調べられており,それぞれの遺伝子や結合配列の解析からこの種が Lophocebus 属よりもむしろ ヒヒ属に近縁であることが示されました。ヒヒ属に含まれる可能性も今回のデータからは否定しきれませんが, 少なくとも Lophocebus 属とは系統的に異なっており,ヒヒ属とも形態的に区別可能であることから, L. kipunji を Lophocebus 属に含めるのは不適切であると考えられます。 そこで著者らはこの猿の分布する Rungwe 山にちなんで Rungwecebus という属を設立し,R. kipunji ただ一種を含めました。Lophocebus 属とも一応形態学的な差異が示されています(毛皮の色,尻尾の様子,鳴き声など)。 微妙な差ではありますが,独立属にするのが適切なのは確かだと思われます。 さて,新種記載の時と同様に,本種は依然として絶滅危惧種であると言われています。保全が求められる状況, 考えられる対策にも大した変化はありませんが,R. kipunji が新属となった現在,本種の絶滅は種の絶滅のみならず, 属の絶滅にもなるという意味で,タンザニアの政府にはますます気を引き締めて保全の努力を払って欲しいものです。 ところで R. kipunji は Lophocebus 属の形質を持ったヒヒ属の近縁種,ということで, 属間の進化の中間段階の生物という見方もできるかもしれません。 これは形態の進化が必ずしも系統進化と同時に起こっているのではなく, 祖先形質を保持した系統もいれば,急激に形態を変化させた系統もいることを表しているように感じます。 ヒヒ属と R. kipunji の遺伝的な違いを見ることで,属レベルの形態の違いが何によって起こるのか, そういうことも将来調べられるようになると面白いでしょう。そのためにも種の保存は極めて重要になってくるわけです。 Davenport, T. R. B. et al. A new genus of African monkey, Rungwecebus: Morphology, ecology, and molecular phylogenetics. Science 312, 1378-1381 (2006). |
クジラの後肢はどこへ行った?(2006.06.26)(→発生学)
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脚,多すぎ!(2006.06.24) 多足類は文字通り多数の脚を持つ節足動物の仲間(ムカデ,ヤスデ)からなり,millipedes, すなわち千本脚の生き物とも呼ばれます。残念ながら実際に脚が 1000 本を超える生物は知られていませんが, 600 本を超える脚を持つヤスデの仲間がおよそ 80 年ぶりに報告されました(Marek & Bond, 2006)。 およそ 80 年前に記載された Illacme plenipes(ヤスデ綱ギボウシヤスデ目)は最多で 750 本もの脚を持つとされ, 地球上で最も脚が多い生き物として知られていました。しかしカリフォルニアのごく狭い地域 (San Benito County の 0.8 km2 以内)にしか分布していない上に,ほとんど目立たない(長さ 1.5〜3 cm, 幅 0.6 mm 程度)ため,原記載以来発見のない極めて珍しい種とされていました。 今回,新たに雄 4 体,雌 3 体,幼体 5 体の標本が採集され,走査型電子顕微鏡を用いた観察などが行われました。 脚の本数は最多の個体で 666 本にとどまりましたが,それでも十分に多いですね。 生殖器の構造などに新しい発見があったそうですが,原記載時の標本が失われていたわけではなかったようなので, その意味では特に重要性はやや低い研究かも知れません。 I. plenipes に限らず多足類では孵化後にも体節の増加が続くそうですが,Illacme 属を含む Siphonorhinidae 科では体節の孵化が性成熟後にすら続くそうで,これが無数の脚と脚の数の個体差を説明すると考えられています。 Illacme を材料に体節数の決定機構の解明が進むと,今回の発見にもさらなる価値が出てくるかもしれません。 しかし著者らによって,とかく強調されているのは I. plenipes がごく限られた地域に生息する希少種であるという点で, 従ってこの地域を早急に保護地域にすべきであると議論しています。 私としては「脚の数が世界最多」などの付加価値がなくとも,希少な生物を保護するのは当然のことと思いますが, やはり保護のための資金源を民間から得るためにはこのような「スター性のある」生物が必要なのでしょう。 この地域は生物多様性のホットスポットとのことなので,Illacne がこの地域を守ることになれば, それはそれでいいのかもしれません。 Marek, P. E. & Bond, J. E. Rediscovery of the world's leggiest animal. Nature 441, 707 (2006). |
動物の起源に迫る胚の化石(2006.06.23)(→古生物学)
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一肌脱いだサンゴ(2006.06.20) 近年の温暖化と白化の議論から,珊瑚礁の保全が何かと話題になりますが, 造礁性のサンゴは刺胞動物門花虫亜門花虫綱六放珊瑚亜綱石珊瑚目(Scleractinia)に分類されます。 この仲間はポリプが霰石(組成は炭酸カルシウム)の殻を持っていますが,同じ六放珊瑚亜綱には殻を持たない仲間も含まれ, 無殻の骨無珊瑚目(Corallimorpharia)から,複数回に渡って有殻の石珊瑚類が進化した可能性も指摘されていました。 Medina et al. (2006) はミトコンドリアゲノムを用いて, 骨無珊瑚類が実は石珊瑚類から派生してきたことを示しました。 これまでの分子系統解析からも石珊瑚類と骨無珊瑚類がごく近縁であることは知られていましたが, 系統樹の解像度が得られなかったため,骨無珊瑚類が石珊瑚類に対してどのような関係にあるのかはわかっていませんでした。 そこで著者らは石珊瑚類に近縁な 16 種もの生物のミトコンドリアゲノムを決定し,系統解析に用いました。 その結果,石珊瑚類の中に長いミトコンドリアゲノムを持つクレードと短いものを持つクレードが識別され, そのうちの前者が骨無珊瑚類と姉妹群関係にあることが強い支持率で示されました。 分岐年代の推定からは,石珊瑚類の最初の分岐が 2 億 4000〜 2 億 8800 万年前,骨無珊瑚類の最初の分岐が 1 億 1000〜 1 億 3200 万年前とされています。 ----------------------------八放珊瑚亜綱(Octocorallia;外群)| | -------砂巾着目(Zoanthidea) ------| --------------| | | -------磯巾着目(Actiniaria) | | -------| --------------石珊瑚目 | | -------| -------石珊瑚目 -------| -------骨無珊瑚目 また,ミトコンドリアのゲノムの進化にも興味深い点があります。すなわち多くの遺伝子が nad5 遺伝子のイントロンの内部に含まれているのです。イントロン内部に含まれる遺伝子の数は,八放珊瑚類では 0 なのに比べて, 磯巾着類(2 個),石珊瑚類(11 個),骨無珊瑚類(15 個)と増加していることがわかります。 特に骨無珊瑚類の場合にはイントロン外には trnW 1 遺伝子しかないという有様です。 最後のミトコンドリアゲノムの再編成については何が起こっているのかよくわかりません。 遺伝子はどうやら二つ組で動いているという可能性も指摘されていて,やはり興味を誘います。 さて,系統樹からは石珊瑚類が霰石の骨格を二度獲得したのか,それとも骨無珊瑚で一度殻を失ったのかはわかりません。 一応自然な発想として殻を失ったと考えるのが妥当でしょう。 著者らは骨無珊瑚類が霰石の骨格を失った時機は白亜紀の中頃に相当し,海水中に高濃度の二酸化炭素が溶け込んでおり, 霰石が溶けやすい環境であったとしています。これが殻を失う進化的な圧力になったと議論しており, 同様に二酸化炭素が増加傾向にある現在において,石珊瑚が同様の適応進化をする可能性も暗示しています。 なお骨無珊瑚類の分類についてですが,石珊瑚類の中から派生してきたことを踏まえると, 骨無珊瑚類を石珊瑚目の内部分類に落とすべきだと議論しています。本サイトではこの意見に従い, 骨無珊瑚類を分類表から外しました。 Medina, M., Collins, A. G., Takaoka, T. L., Kuehl, J. V. & Boore, J. L. Naked corals: Skeleton loss in Scleractinia. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 103, 9096-9100 (2006). |
毛だらけアメーバ(2006.06.17) Multicilia という謎の原生生物がいます。 この生物はほぼ球形の細胞に無数の,放射状に生えた鞭毛を持っており,時に擬足を用いて他のアメーバなどを捕食します。 放射状に生えた擬足をゆっくりと動かす様子が太陽虫に似ているなど,その類縁性について幾つかの仮説がありましたが, 決定的な証拠もなく,また分子系統も行われていなかったため,正確な所属は不明なままで, 独立門に分類されたこともあったそうです。Nikolaev et al. (2006) は本属について初めて分子系統を行い, アメーバ動物門(Amoebozoa)のメンバーであることを明らかにしました。 アメーバ動物門は真核生物の進化の最初期に分化したグループの一つですが, 分子系統的な研究が遅れていたグループでもあります。ここ数年でようやく分子系統研究が進歩しましたが (未踏の地,アメーバ動物門を行く I,II,III), まだまだ未研究の系統も残っていることが予想されます。さらに,この門の内部で鞭毛や殻, 外被のような形質がどのように進化したのかについてもいくつも謎が残っており,研究の進展が待たれていました。 この研究では Multicilia の 18S rRNA の配列が調べられました。系統解析の結果,Multicilia はアメーバ動物門の中で枝分かれしており,直接の姉妹群は Gephyramoeba sp. ATCC50654 (誤同定の可能性有り) となりました。なお,Multicilia の 18S rRNA はアメーバ動物門の中で 2 番目に長いそうです。 同様に長い 18S rRNA はミトコンドリアを二次的に失ったアメーバの系統(Archamoebae)でも見られ, アメーバ動物門の中で最長の 18S rRNA を持つ Pelomyxa もこの仲間です。 Multicilia の 18S rRNA 配列には Archamoeba とほぼ同じ位置に挿入が入っている場合も多いようなので, Gephyramoeba ではなく,Archamoeba と Multicilia が姉妹群関係にある可能性もあるかもしれません。 興味深いことに,Multicilia や Archamoeba,真正粘菌,Phalansterium など, 鞭毛を持ったアメーバの仲間が互いに近縁なグループを形成しました。鞭毛を持たない細胞性粘菌や Filamoeba, Gephyramoeba なども含まれますが,その他の全てののアメーバ動物が鞭毛を持たないことを考えると, 鞭毛を持った仲間はよくまとまっていると言えます。この系統群は鞭毛の基部から円錐状に配置した微小管を持つことから, コノーサ綱(Conosea)などとして一つの分類群にまとめられることもあります。Multicilia も円錐状に並んだ微小管を持っており,コノーサに含まれることが裏付けられます。 鞭毛の喪失がアメーバ動物門の中で何度起こったのかについては研究者の間でも議論の的で, これにはアメーバ動物門の系統樹の根がどこにつくのかが問題になります。 アメーバ動物門に近縁で外群になるような原生生物は知られておらず,そのために系統樹から根を特定するには困難があります。 一方で,Nikolaev et al. (2006) では鞭毛を持つコノーサと,残りのアメーバ動物が姉妹群関係にあるとすれば, 最も少ない回数で鞭毛の喪失を説明できる,と議論しています。この仮説は魅力的ですが, コノーサの中にアメーバ動物門の根があるとしても全く同じ回数の鞭毛の喪失で説明できるので,説得力は不十分です。 また,分子系統による支持がありませんので,今後何らかの形で証明が必要な話でしょう。 今回の系統解析では鞭毛を持ったアメーバ動物がまとまり,真正粘菌+細胞性粘菌が Archamoeba と姉妹群関係にあります。 その他の樹形においても支持率が過去の研究に比べて上がっている部分が多いのですが, これはどうやら扱われる種数が増えたことに起因すると考えられています。 例えば Multicilia を初めとする根本付近の生物が幾つか含められたことや, 枝長の長かった真正粘菌にケホコリ目(Trichiales)の情報(Fiore-Donno et al., 2005) が加わったことでバイアスが解消されたことなどが指摘されています。 従って,今後種数が増えていくことでさらに系統関係が明らかになっていくことも期待されます。 最後に,今回の結果を受けたアメーバ動物の分類についても触れておきます。Multicilia の姉妹群となった Gephyramoeba は最近の分類では所属不明とされたり,Varipoda という目に含められます(Cavalier-Smith & Chao, 2004)。 しかし Varipoda の定義は曖昧で系統的に異なる生物も含んでいるため, Gephyramoeba のみを含めるにとどめるのが適切かと思います。 一方で Multicilia は Multiflagellata 門という独自の門に分類されることすらあったそうですが, 目レベルの分類としては,Cavalier-Smith (1996/7) により,Holomastigida 目という名称が与えられています。 従って,本ページでは「コノーサ亜門」(Conosa)の所属不明, Holomastigida 目に Multicilia を置くことにしました。 Nikolaev, S. I. et al. Phylogenetic position of Multicilia marina and the evolution of Amoebozoa. Int. J. Syst. Evol. Microbiol. 56, 1449-1458 (2006). Cavalier-Smith, T. Amoeboflagellates and mitochondrial cristae in eukaryote evolution: Megasystematics of the new protozoan subkingdoms Eozoa and Neozoa. Arch. Protistenkd. 147, 237-258 (1996/7). Cavalier-Smith, T., Chao, E. E.-Y. & Oates, B. Molecular phylogeny of Amoebozoa and the evolutionary significance of the unikont Phalansterium. Eur. J. Protistol. 40, 21-48 (2004). Fiore-Donno, A.-M., Berney, C., Pawlowski, J. & Baldauf, S. L. Higher-order phylogeny of plasmodial slime molds (Myxogastria) based on elongation factor 1-A and small subunit rRNA gene sequences. J. Eukaryot. Microbiol. 52, 201-210 (2005). |
偽装ではなかった,最古の細菌の集合住宅(2006.06.15)(→古生物学)
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果てなく続く,細菌の新グループ記載(2006.06.09) 微生物の研究は基本的には培養株を用いた研究が基本ですが, 地球上には培養が困難で未だに培養に成功していない微生物が無数に存在します。 と言っても新しい系統の生物が次々と培養されているのもまた事実で,Yamada et al. (2006) は緑色非硫黄細菌 (Chloroflexus)に近縁な 2 つの綱を新たに記載しています。 培養できない微生物を研究する一つの方法として,環境から微生物の DNA を直接採取し,その配列を調べる方法があります。 系統解析にしばしば使われるのは小サブユニット rRNA(16S rRNA)の配列で,環境サンプルの配列も多数報告されています。 Hugenholtz et al. (1998) のレビュー中で緑色非硫黄細菌の仲間に 4 つのクレードを認めています。 この内 2 つのクレード(1 と 4)は未培養の生物のみからなっていました。2 番目のクレードは未記載の種, "Dehalococcoides ethenogenes" を含む他は未培養の生物からなり,3 番目のクレードは緑色非硫黄細菌の仲間と, Thermomicrobium の仲間を含んでいました。後者は後に緑色非硫黄細菌門(Chloroflexi)と区別され, 独立の門(Thermomicrobia)として扱われましたが(Garrity & Holt, 2001),Hugenholtz & Stackebrandt (2004) によって緑色非硫黄細菌門の綱として扱われました。この時点でクレード 1 に含まれる 2 種の生物 (Anaerolinea thermophila と Caldilinea aerophila)が記載されており(Sekiguchi et al., 2003), クレード 1 が緑色非硫黄細菌門の独立した亜門,あるいは綱となる可能性が指摘されていました。 今回新たに糸状性の嫌気性従属栄養の生物が 3 種記載されました(Anaerolinea thermolimosa,Lebilinea saccharolytica,Leptolinea tardivitalis)。いずれも上向流嫌気性汚泥床(UASB)と呼ばれる, 微生物を利用した排水処理システム中に生じた生物で,生育至適温度や細胞の大きさなどで互いに区別されます。 3 種はいずれも前述のクレード 1 に含まれました。 さて,16S rRNA の系統解析の結果からはクレード 1 に含まれる Caldilinea がその他の仲間と必ずしも姉妹群にならない可能性が示唆されました。 そこで著者らは Anaerolinea を初めとする偏性嫌気性の 3 属を Anaerolineae 綱に,通性好気性の Caldilinea を Caldilineae 綱として分類することでクレード 1 の分類を整理しました。 なお,これに伴って目や科の記載も行われています。 培養株の極めて少ない,あるいは全くないクレードは生物として存在することは知られていても, どのような生き物を含んでいるのかについての理解が進んでいません。 今回の研究では新綱 Anaerolineae から 3 種の生物を新たに培養しており, 2 種は新属にするほど系統的に既知の生物と離れていました。これらがいずれも偏性嫌気性であったことから, この特徴が Anaerolineae 全体の特徴と言えるようになったのです。一方で Caldilineae についてはまだ 1 種しか記載がないため,グループ全体の特徴を理解するにはさらなる生物の培養が望まれます。 今回の分類の見直しでは,どうやら単系統が確証できる単位に綱という名称を与える,という方針が基本にあるようです。 Anaerolineae と Caldilineae は併せて単系統群を構成する可能性もありますが,系統解析の支持率はさほど高くありません。 逆にそれぞれのグループの単系統性については強い支持率が得られています。明記されてはいませんが, 単系統性が確証できるグループに門や綱などの分類階級を充てる,という思想が, 近年の微生物の大分類の根底に流れている様な気がします。 このような系統情報に基づく分類は,形態や生化学的特性に基づく分類に慣れた立場から見ると違和感があるかもしれませんが, 現在では多くの微生物の分類で分子系統が培養研究に先立っているため,むしろ系統に基づく分類の方が馴染む側面もあります。 もちろん Anaerolineae の場合のように,偏性嫌気性という特徴の裏付けがある方が望ましいのですが, そのような特徴付けが不可能な系統群が出てきたときには,やはり系統樹に基づいた分類・命名をせざるを得ないのかもしれません。 今後の微生物の分類においては,このような問題も念頭に置く必要があるのだろうと思います。 Yamada, T. et al. Anaerolinea thermolimosa sp. nov., Levilinea saccharolytica gen. nov., sp. nov. and Leptolinea tardivitalis gen. nov., sp. nov., novel filamentous anaerobes, and description of the new classes Anaerolineae classis nov. and Caldilineae classis nov. in the bacterial phylum Chloroflexi. Int. J. Syst. Evol. Microbiol. 56, 1331-1340 (2006). Garrity, G. M. & Holt, J. G. in Bergey's Manual of Systematic Bacteriology, 2nd Edn. Vol. 1. (eds Boone, D. R., Castenholz, R. W. & Garrity, G. M.) 447 (Springer, New York, 2001). Hugenholtz, P., Goebel, B. M. & Pace, N. R. Impact of culture-independent studies on the emerging phylogenetic view of bacterial diversity. J. Bacteriol. 180, 4765-4774 (1998). Hugenholtz, P. & Stackebrandt, E. Reclassification of Sphaerobacter thermophilus from the subclass Sphaerobacteridae in the phylum Actinobacteria to the class Thermomicrobia (emended description) in the phylum Chloroflexi (emended description). Int. J. Syst. Microbiol. 54, 2049-2051 (2004). Sekiguchi, Y. et al. Anaerolinea thermophila gen. nov., sp. nov. and Caldilinea aerophila gen. nov., sp. nov., novel filamentous thermophiles that represent a previously uncultured lineage of the domain Bacteria at the subphylum level. Int. J. Syst. Microbiol. 53, 1843-1851 (2003). |
謎の藻類メソスティグマの安住の地 II(2006.06.02)(→藻類学)
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謎の藻類メソスティグマの安住の地 I(2006.05.30)(→藻類学)
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分子のメスで生きた化石の貝を切る(2006.05.29) 軟体動物門には 8 綱が含まれていますが,中でも最も謎の生物が単板綱(Monoplacophora)の貝類です。 単板綱の貝類はその名の通り一枚の貝殻を背負った生物で,生きた化石としても有名ですが, 現生の単板類は入手が困難なものがほとんどで,これまで分子系統が調べられたことがありませんでした。 Giribet et al. (2006) は単板類の Laevipilina antarctica の 28S rRNA の部分配列を決定し, 初めて単板類の分子系統を行いました。単板類はヒザラガイ等を含む多板綱と近縁であることが示唆されています。 単板類はもともと古生代に栄えて後に絶滅した軟体動物とされていましたが,1957 年に深海より Neopilina galatheae が発見され,他の軟体動物には見られない体節様の構造を持つことがわかると,生きた化石として, そして軟体動物の祖先型を残した生物として(真の体節性を持つ環形動物と軟体動物が近縁だとの考えに基づく)注目を集めました。 しかし 26 種しかいない現生種もほとんどが深海性で,そのため分子系統が全く調べられてきませんでした。 著者らは南極の深海およそ 3,100 m から殻長 1.7 mm と小型の L. antarctica の個体を 1 個体だけ得たそうです。 形態を調べた後,軟体部の半分が分子研究に用いられました。その結果,1.2 kb に及ぶ 28S rRNA の部分配列が解読されました。 系統解析には軟体動物全体に及ぶ幅広い種が集められ,解像度を得る目的で 28S rRNA 以外にも 4 種類,計 6.5 kb 程度の塩基配列が用いられています。最節約法とベイズ法による系統解析の結果,L. antarctica は多板類の系統から派生したとする,予想外の結果が得られました。 しかしこの支持率は高くはないためさらに配列がよく調べられたところ,多板類に共通で派生的な配列が単板類にはなく, 従っておそらく単板類は多板類の姉妹群と予想されます。
単板類は体節様の構造を持つために,より祖先的な系統と考えられていたため,今回の結果は予想に反するものでした。 しかし一方で,多板類においても殻や筋肉の構造など繰り返し構造が知られており, 著者らは単板類と多板類を "Serialia" という名前のもとに纏めることを提案しています。 軟体動物の綱の間の系統関係は未だに分子では解決していない難問であり,今回の解析結果も最終結論とは言い難いでしょう。 実際に系統樹を見ると,二枚貝や腹足類がいずれも多系統になっているなど,問題点が見て取れます (多板類の中に単板類が入ってしまったこともおかしい)。 また,単板類の配列がごく一部しか使われていないにもかかわらず,系統解析にはその 5 倍以上の領域が使われており, このことが系統解析の結果に影響を与えていないのかが心配です。 ともあれ,今回の予想外の結果が研究者を刺激し,さらに多くの標本と配列に基づいて単板類の分子系統が調べられることになれば, いずれ系統関係も解決するかもしれません。 もっともその前に,軟体動物の綱の系統関係を解くのに適した分子マーカーが必要かもしれません。 Giribet, G. et al. Evidence for a clade composed of molluscs with serially repeated structures: Monoplacophorans are related to chitons. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 103, 7723-7728 (2006). |
35 億年前のメタン(2006.05.26)(→古生物学)
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ミトコンドリアもどきの脂質(2006.05.24)(→分子細胞学)
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レトロポゾンが書き込んだ哺乳類の歴史(2006.05.23) 哺乳類の中でも,完全な胎生を発達させたグループを有胎盤類と呼びます(有袋類は胎盤が未発達)。 有胎盤類は分子系統から 4 つの大グループ(異節類:Xenarthra,アフリカ獣類:Afrotheria,「超霊長類」Supraprimates, ローラシア獣類:Laurasiatheria)に分けられています。しかしこのグループ分けや, グループ間の類縁関係はまだまだ研究途上と見る向きもあり,研究が続いています。 Kriegs et al. (2006) は多数のレトロポゾンの挿入の有無をゲノムデータから探索し, 有胎盤類の系統関係に強い証拠を提供しています。 有胎盤類の大系統がある程度解けたのは,Murphy et al. (2001) によって多数の種, タンパク質を用いた系統樹の頃からでした。当初はミトコンドリアゲノムの系統樹や形態分類との矛盾が多くありましたが, 例えば Euarchontoglires(=Supraprimates)の単系統性が複数のアミノ酸配列の欠失などから支持され (哺乳類の祖先はねずみぢゃない!),その他のクレードについても証拠が集まっています (Springer et al., 2004)。しかし各グループ間の系統関係には当初の系統樹以上に強い証拠は集まっておらず, 特に有胎盤類の最初の分岐については未だに解決していませんでした(Delsuc et al., 2002)。 著者らは近年集積しつつある哺乳類のゲノム情報を解析し,系統解析に利用できるレトロポゾンを拾い出しました。 レトロポゾンはゲノム中に自らのコピーを挿入する利己的な(笑)因子で,挿入場所がランダムであるため, 異なる系統で同じ場所に独立した挿入が起こるとは考えにくく, また一度入った場合は抜け出すこともないため,系統解析のマーカーとして非常に有効です。 そこで見つかった 28 個のレトロポゾンの挿入について,調べたい生物のそれぞれについて周辺も含めた塩基配列を解読し, 有胎盤類の中で挿入が起こったタイミングを明らかにしています。 明らかになったものの内,4 つは有胎盤類の根本で挿入が起こっており,有胎盤類の単系統性を支持しています。 同様に 2 個が異節類を除いた有胎盤類に,11 個が「北方獣類」(Boreotheria;Boreoeutheria とも呼ばれ, ローラシア獣類と Supraprimates よりなる)に,4 個がローラシア獣類に,そして 7 個が Supraprimates にそれぞれ特有の挿入と認められました。これはそれぞれのグループが単系統群であることを強く支持しています。 --------------クジラ偶蹄目 |枝上の数字は, | | レトロポゾンの -------| -------食肉目 | 挿入数です | -------| | ---?---| -------有鱗目 |ローラシア獣類 | | | ---C--| ---------------------翼手目 | | | | | ----------------------------無盲腸目 | | ---J--| -------齧歯目 | | | --------------| | | | | -------ウサギ目 | | | | | | ------F------| --------------霊長目 |Supraprimates | | | | --A?--| ---?---| -------皮翼目 | | | -------| | | | -------ツパイ目 | | | | | --------------テンレック目 | --C--| | | | | ----------------------------| -------長鼻目 |アフリカ獣類 | -------| | | -------海牛目 | | -------------------------------------------------異節目 今回の発見で重要なのは,Boreotheria の単系統性がはじめて強く支持された点です。 これまで分子系統樹からローラシア獣類と Supraprimates の近縁性は指摘されていましたが, 独立した証拠がなく,形態からも特に支持がなかったため,今回の裏づけは大きな意義があります。 また,有胎盤類の最初の分枝が異節類と推定されましたが,これは実は予想外のことでした。 分子系統樹からはアフリカ獣類が最初に分岐した可能性が強く支持されており(Murphy et al., 2001), 対立仮説としては異節類とアフリカ獣類が姉妹群関係にあるとする仮説が残っていました(Delsuc et al., 2002)。 その点で今回の結果は従来の予想を覆すもので,かつて言われていた Epitheria(アフリカ獣類+ Boreotheria) 仮説を復活させるものになっています。 Epitheria 仮説については今後の検証が必要ですが,これで哺乳類の目の間の系統関係はほとんど明らかになった気がします。 未だ残っている奇蹄類の位置の問題など少数の問題についてもゲノム中のレトロポゾン, 挿入欠失などを探索する方法を適用することで,遠からぬ将来に確信を持って語れるようになりそうです。 レトロポゾンや挿入欠失を用いた方法論は,哺乳類で特によく用いられ,実際に有用性が実証されています。 今後は他の生物においても応用が期待されますが,今回のような網羅的な解析になってくると, ゲノムレベルの情報が不可欠です。シーケンサーの開発も活性化していますので, いずれはよりマイナーな生物についても同様の研究ができるようになって欲しいものです。 Kriegs, J. O. et al. Retroposed elements as archives for the evolutionary history of placental mammals. PLoS Biol. 4, 0537-0544 (2006). 概要 Delsuc, F. et al. Molecular phylogeny of living xenarthrans and the impact of character and taxonomic sampling on the placental tree rooting. Mol. Biol. Evol. 19, 1656-1671 (2002). Murphy, W. J. et al. Resolution of the early placental mammal radiation using Bayesian phylogenetics. Science 294, 2348-2351 (2001). Springer, M. S., Stanhope, M. J., Madsen, O. & de Jong, W. W. Molecules consolidate the placental mammal tree. Trends Ecol. Evol. 19, 430-438 (2004). |
カモノハシこそ哺乳類の根本(2006.05.16) カモノハシ(Ornithorhynchus anatinus)やハリモグラ(Echidna)など単孔類の哺乳類は, 乳腺や体毛など哺乳類の特徴を持っているにもかかわらず,卵を産むという,爬虫類的な特徴も残しています。 そこで単孔類は最初に分岐した哺乳類と考えられていましたが,ミトコンドリア・ゲノムに基づく系統解析からは, 単孔類がむしろ有袋類(コアラ,カンガルーなどの仲間(胎盤があまり発達せず,育児嚢で子供を育てる) と姉妹群関係にあるとの結果が得られていました。核ゲノムを用いた解析から反論も出ていましたが, 今回,van Rheede et al. (2006) は核ゲノムにコードされた複数遺伝子の解析を行うことで, カモノハシが確かに最初に分岐した哺乳類であるとする,説得力のある結果を出しています。 単孔類が哺乳類の中で最初に分岐し,有袋類と有胎盤類からなる真獣類(Theria)を単系統とする仮説を Theria 仮説, 単孔類と有袋類が単系統だと考える仮説を Marsupionta 仮説と呼びます。 過去のミトコンドリア・ゲノムに基づく系統解析では,塩基組成のバイアスのために Marsupionta 仮説が支持され, その影響を排除したところ Theria 仮説の方が支持されたとする研究もありました(Phillips & Penny, 2003)。 しかし最終的な結論を出すためには,もう少し決定的な証拠が求められていました。 そこで著者らは複数の核遺伝子から系統樹を描くことを試みています。 様々なバイアスを避けるために,多くの種の少数の遺伝子を含んだデータと少数の種の多くの遺伝子を含んだデータを用意し, それぞれについて複数の系統解析方法と複数の進化モデルなどを用いて系統解析を行い, 全ての場合において Theria 仮説が支持されることを示しました。 さらに決定的な証拠は,二つの遺伝子に見つかった三つの挿入・欠失です。sox9 遺伝子に見つかった 1 アミノ酸 (つまり 3 塩基)の欠失と,m6p/igf2r 遺伝子に見つかったいずれも 1 アミノ酸の挿入と欠失が, 真獣類の単系統性を強く支持しています。 Theria 仮説は卵生から胎生への進化という形態形質と,核・ミトコンドリア遺伝子を用いた精緻な系統解析, そして稀にしか起こらないと考えられるアミノ酸の挿入・欠失の全てにおいて支持されているため, 完全に証明されたと考えて良いと思います。哺乳類はこのような情報が最も充実しており, 有胎盤類の内部の系統関係についても最近論文が出ています(Kriegs et al., 2006)。 このような三点セット(有力な形態形質,良い系統解析,複数の稀な遺伝子変異)がそろった系統解析が, より多くの生物群で望まれています。 なお,van Rheede et al. (2006) は分岐年代の推定も行っており,単孔類が他の哺乳類から分岐した年代を, 2 億 3100 万〜 2 億 1700 万年前(三畳紀中期から後期)と推定しています。 化石記録によれば,哺乳類型爬虫類と呼ばれたグループから哺乳類が別れた頃と考えられており, その頃に既にカモノハシの系統が存在していたのかもしれません。 van Rheede, T. et al. The platypus is in its place: Nuclear genes and indels confirm the sister group relation of monotremes and therians. Mol. Biol. Evol. 23, 587-597 (2006). Kriegs, J. O. et al. Retroposed elements as archives for the evolutionary history of placental mammals. PLoS Biol. 4, 0537-0544 (2006). Phillips, M. J. & Penny, D. The root of the mammalian tree inderred from whole mitochondrial genomes. Mol. Phylogenet. Ecol. 28, 171-185 (2003). |
アンダルシアのヤコブ(2006.05.10) ジャコバ類(Jakobida)と呼ばれる一群の原生生物が存在します。 ジャコバ類はミトコンドリアゲノムに当初祖先的な特徴を持っているとされ,真核生物の初期分岐の候補にもなっていました。 しかし最近の系統解析ではユーグレナ動物類に近縁な生物と考えられています(腹でもの喰う真核生物の系統 )。ジャコバ類には幾つかの生物が含まれていますが,スペインから新たに分離されたジャコバ類が新属新種に分類されました (Lara et al., 2006)。 ジャコバ類は微小な捕食性の原生生物で,Jakoba,Reclinomonas,Histiona の 3 属が含まれます (Stenocodon と Stomatochone も含まれる可能性あり)。幾つかの種類については分子系統も行われていますが, その結果 Jakoba 属の単系統が疑われています。J. libera が Reclinomonas などと近縁なのに対して, J. incarcerata は全く別の系統に属すると見られていました。 しかしながら J. incarcerata の株は既に存在せず,従って新たな株の培養が待たれていました。 Lara et al. (2006) はスペインの土壌から新規の微細原生生物を分離・培養し,研究を行いました。 これらの株は形態,特に鞭毛装置の微細構造でジャコバ類と分かり,新種 Andalucia godoyi として記載されています。 分子系統樹では J. incarcerata との類縁性が示されており,このことから J. incarcerata は Andalucia 属に組み替えられ,A. incarcerata となりました。 この分子系統樹ではジャコバ類は単系統にならず,弱い支持率ながらも Andalucia 以外のジャコバ類がユーグレナ動物と近縁である可能性が示唆されました。 しかし,微細構造からはジャコバ類は互いによく似ていると言われ, 形態形質に基づく系統樹でもジャコバ類の単系統性が支持されています。ジャコバ類を含んだ Excavata 類については, 腹でもの喰う真核生物の系統で紹介したように,複数タンパク質を用いた系統解析が行われています。 ところが彼らの系統解析では Andalucia 類が扱われていないことから, 今回得られた培養株に基づいて同様の解析が行われればまた異なる結果が得られるかもしれません。 ちなみに,Andalucia という属名はスペインのアンダルシア地方にちなんでいます。 この属は形態的には定義できなかったとのことで,A. godoyi と A. incarcerata の最後の共通祖先の子孫と定義されています。微小な真核生物の場合,形態形質が見つかりにくいため, 今回のような系統に基づく定義が必要な場合もある,とのことです。 微小な鞭毛虫類の研究はこれからますます盛んになると思われるので,これから先, 系統学的な属の定義が次々とできてくるかも知れません。 Lara, E., Chatzinotas, A. & Simpson, A. G. R. Andalucia (n. gen.) - the deepest branch within jakobids (Jakobida; Excavata), based on morphological and molecular study of a new flagellate from soil. J. Eukaryot. Microbiol. 53, 112-120 (2006). |
解体する Polytomella のミトコンドリアゲノム(2006.05.04)(→藻類学)
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ヘビはどこで肢を無くしたのか?(2006.05.03)(→古生物学)
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収斂進化の分子基盤(2006.04.26) 進化学において,異なる系統で類似した形質が複数回進化してくる現象を収斂と呼びます。 もっとも有名なのは鳥の翼とコウモリの翼の例でしょうが,このような現象は非常に頻繁に認められます。 今回,Prud'homme et al. (2006) はショウジョウバエの一部の雄に見られる翅の斑紋が, 比較的近い系統の中で繰り返し欠失,あるいは収斂進化しており,これが色素遺伝子の調節領域の変異に起因することを示しました。 ショウジョウバエの仲間では,雄が雌を誘引する際に翅をひろげてアピールするそうです。 そのためか一部の種では雄の翅に斑紋が存在しています。 さて,Prud'homme et al. (2006) はショウジョウバエの仲間(Drosophila 属)の系統樹を描き, 雄の斑紋の進化を推定しました。その結果,斑紋が複数の系統で収斂進化したり, あるいは独立に失われたことがわかってきました。そこで彼らは斑紋の原因遺伝子を調べ, その進化について分子レベルで議論しています。 まず著者らは姉妹群関係にある D. elegans(斑紋あり)と D. gunungcola(なし)を比較し, この場合は斑紋の欠失の原因を調べました。斑紋は yellow 遺伝子と呼ばれる体色などに働く遺伝子の産物でした。 そしてこの遺伝子の cis 側の調節領域のうち, 他の種でやはり斑紋形成に重要と考えられていた領域を遺伝子導入などで調べたところ,この領域,すなわち wing large 因子の spot 領域が斑紋のパターン形成に働いていることがわかりました。 驚くべきことに,斑紋を形成するかどうかは,この領域の 10 bp 以下の塩基によって決まることも示されています。 また D. mimetica という別の種における斑紋の欠失も同じ spot 領域に原因があることが示され, 並行的な斑紋の欠失が,cis 因子のごく限られた領域の突然変異で簡単に起きることがわかりました。 一方,D. tristis は D. elegans の系統とは独立に斑紋を獲得したことが系統樹からわかります。 D. tristis が調べられた結果,この種でも yellow 遺伝子の発現が斑紋形成に関わっており, 発現パターンから考えても D. elegans と同じ機構で斑紋が出来ているのではないかと推測されます。 しかし,D. tristis の遺伝学的な研究から,この種では斑紋形成に spot 領域が関与していないことが示されました。代わりに yellow 遺伝子のイントロン部分にある転写調節領域が, Yellow タンパク質の斑紋状の発現に効いていることがわかりました。 つまり,斑紋形質の収斂進化には別々の転写因子が関与しており, おそらくは斑紋の領域に遺伝子を発現させる何らかの転写因子が,偶然 yellow 遺伝子の wing large 領域, あるいはイントロン領域につけるようになり,斑紋が収斂進化したと想像されます。 そして逆に,spot 領域の特定の塩基に変異が入り,転写因子がつけなくなることで, 繰り返し斑紋が欠失したのでしょう。 収斂進化は進化論において関心の対象ですし, 実際にごく近縁な仲間で相同にしか思えない形質がモザイク状に分布することはよくあります。 派手な例では以前に紹介したナナフシの翅の例が挙げられます(ナナフシの翅)。 このような場合の分子的なメカニズムが一例とはいえ明らかになったことは, 進化の本質を理解する上で大変興味深いことだと思います。 今の技術ではショウジョウバエのように遺伝学の背景があるような生物以外では,分子レベルの背景を研究するのは困難ですが, いずれ手軽に生物のゲノムが解読できるようになれば,様々なケースで収斂進化の分子研究が出来るようになるかもしれません。 Prud'homme, B. et al. Repeated morphological evolution through cis-regulatory changes in a pleiotropic gene. Nature 440, 1050-1053 (2006). News & Views |
真核生物の由来を見直して(2006.04.12) 真核生物の起源については様々な論文で議論がなされてきましたが,Embley & Martin (2006) は, イントロンが真核生物を生んだ?に続いて, 真核生物の起源をミトコンドリアと結びつけて議論しています。 真核生物の起源とミトコンドリアの起源は全くの別物だったのか, それとも互いに因果関係で結びついたものだったのか,現在では一致した見解が得られていません。 Embley & Martin (2006) はこれまでの歴史的な背景を簡単にまとめています。 元々リボソーム RNA の遺伝子系統樹から,ミトコンドリアを持たない真核生物が最も原始的な真核生物であり, ミトコンドリアの共生以前の真核生物の姿を残していると考えられてきました(アーケゾア:Archezoa)。 ところがアーケゾアと呼ばれた生物に次々とミトコンドリアの残骸と考えられる二重膜に囲まれたオルガネラが発見されました。 ピルビン酸から水素を発生しつつ ATP を合成するヒドロゲノソーム(hydrogenosome)や, 一部の生物では鉄-硫黄クラスターの合成に働いているとされるマイトソーム(mitosome)が退化したミトコンドリアだとすると, 知られている限り全ての現生真核生物はミトコンドリアを持っている(た)ことになります。 これらの遺存的なミトコンドリアの発見と前後して,真核生物の系統関係も大きく見直されるようになってきています。 遺伝子の融合や系統特異的な遺伝子,複数タンパク質を用いた系統樹などから,真核生物は大きくユニコント類(unikonts) とバイコント類(bikonts)に分けられるとの考え方が広がってきています。 前者にはアメーバ動物類,動物,菌類が含まれ,後者には植物,藻類や大部分の原生生物が含まれます (アメーバ動物類の所属には異論もあります)。 いずれのグループも(アメーバ動物類も)ミトコンドリアを持つ仲間を含むことから, やはり現生真核生物はミトコンドリアを持った祖先から進化してきたことが示唆されます。 ではミトコンドリアの共生はどのような生物に対して起こったのかが問題になります。 ミトコンドリアが α-プロテオバクテリアかそれに近縁な生物から誕生したのはおそらく確かなのですが, それ以外の真正細菌と古細菌の共生から(あるいは共生を経ずに)真核生物が誕生し, その後にミトコンドリアの共生が起こった可能性や,ミトコンドリアの共生がきっかけとなって真核生物が誕生した可能性など, それぞれの共生のあり方まで考えると様々な仮説が提唱されてきたそうです。 特に Embley & Martin (2006) が注目しているのは真核生物のゲノム中に見つかる真正細菌由来の遺伝子で, この中には α-プロテオバクテリアとの類縁性が認められないものが多々あるそうです。 これらがどこから来たのか,水平遺伝子移動なのか,系統樹上のバイアスなのか, それとも α-プロテオバクテリアと他の真正細菌の遺伝子を併せ持ったような未知の生物なのか, など検証すべき事柄が多く残されていることを指摘しています。 彼らのレビューは,ミトコンドリアの共生進化を中心に,非常によくまとまっており, 真核生物の起源に関心をお持ちの方は是非一度呼んでみることをおすすめします。 ミトコンドリアの起源と真核生物の起源が密接に関連しているとの考えは, 原核生物とは大きく異なる真核生物が系統樹上に忽然と存在する原因をうまく説明できるような気がします。 さらに考えを進めれば,細胞骨格の進化や有性生殖の進化についても,もしかすると因果関係があるような気もしてきます。 残念ながらこのあたりの議論には触れられていませんが,今後ゲノム研究が進展し, 真核生物の基本的な構造について理解が進めば,これまでの仮説が検証・整理され, 一方で新たな仮説が作られるようになることでしょう。 なお一点だけ気になった点を。Embley & Martin (2006) は ミトコンドリアの共生以前に必ずしも細胞の食作用が進化している必要はないとしています。 その根拠として真正細菌に別の真正細菌が細胞内共生している例が実在することを挙げています (von Dohlen et al., 2001)。このケースでは細胞内共生しているバクテリアは二重膜で包まれており, 一見ミトコンドリアの二重膜を連想させます。しかしミトコンドリアの外膜は宿主由来の膜と考えられているのに対して, 真正細菌の例では外膜・内膜のいずれも共生細菌の膜と思われます(共生体は二重膜を持ったグラム陰性細菌)。 従って,もしミトコンドリアの外膜が小胞体系の膜と相同なのだとすれば, 食作用の起源はミトコンドリアに先んじていたと考えざるを得ず,これで真核生物の宿主生物の可能性がやや狭められます。 Embley, T. M. & Martin, W. Eukaryotic evolution, changes and challenges. Nature 440, 623-630 (2006). von Dohlen, C. D., Kohler, S., Alsop, S. T. & McManus, W. R. Mealybug β-proteobacterial endosymbionts contain γ-proteobacterial symbionts. Nature 412, 433-436 (2001). |
一新された紅藻の上位分類(2006.04.07)(→藻類学)
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種は実在する分類単位なのか(2006.04.03) 分類学において,「種」は分類の基本単位です。 一部の生物では「生殖的に隔離された集団」を種と定義する,生物学的種概念を種分類に適用しようと試みられています。 また多数の形質を数量的に評価して,形態的に独立している単位を種とする数量分類学もあります。 ところが植物では倍数化によって用意に生殖隔離が起こる場合や,逆に属間での交雑も知られており, 動物に比べて種の境界線が曖昧で,研究者の主観によるところが大きいのではないかと思われていました。 Rieseberg et al. (2006) は大量の文献を比較することで, 植物における種分類が予想以上に,形態的に独立した単位や 生殖的に隔離された生物群を反映していることを明らかにしました。 彼らは過去の分類の中から,表型的な研究が十分になされているものが種分類と対応しているのかを調べました。 様々な動植物が調べられた結果,形質で認められるまとまりと種分類はおよそ半分程度で一致しており, これは動物でも植物でも同様でした。また両者が一致しないのは,種分類を細かくし過ぎている場合が多かったそうです。 ともあれ,種間での交雑が少なくとも分類を混乱させることはなさそうだ,ということが示唆されたそうです。 さらに表型上の単位,あるいは種分類が生殖集団を反映しているのかどうかを調べたところ, いずれの場合にも種が生殖隔離の様子をある程度(7 割方)反映していました。 この研究では生殖後隔離のみが調べられているため,生殖前隔離まで考えると, さらに隔離と種分類の一致は改善する可能性があります。 Rieseberg et al. (2006) の研究は,客観的に植物の種分類を行うことが可能である, という点で植物分類学者を勇気付けるものになりそうです。一方で,生殖隔離や形態的に近縁な生物と断続しているのかどうか, など調べている種が実在の単位なのかを調べることが,今後の分類学者に強く要求されることになるかもしれません。 特に,論文中に種を再分化しすぎることへの警鐘が含まれていることは認識しておかなければならないでしょう。 ただ,今回の研究は文献がベースになっているため, 研究者が研究テーマを選ぶときにバイアスがかかっている可能性は否定できないでしょう。 今度は種分類と生殖隔離の関係を調べる目的で,様々な分類群が調べられるようになれば, 植物の種の実態に関する理解が一層進むことでしょう。 タンポポなどのように,倍数化による生殖隔離が頻繁に起こる場合や,種間交雑で種の境界線が混乱する場合が, なぜ,どのようにおかしいのかについても,何か新知見が得られるようになるかもしれません。 Rieseberg, L. H., Wood, T. E. & Baack, E. J. The nature of plant species. Nature 440, 524-527 (2006). |
謎の鞭毛アメーバは新種だった(2006.03.24) 真核生物の大進化をあつかった系統樹に,しばしば "Mastigamoeba invertens" として参照される生物が登場します。他の Mastigamoeba(アメーバ動物門:Amoebozoa) の株とは系統的に異なっており, アメーバ動物とすら系統的に外れているため,Mastigamoeba ですらない可能性が考えられていました。 Walker et al. (2006) はこの株を改めて詳細に検討し,この生物が実は新種の生物であるとして, Breviata anathema という新属新種を記載しました。 Mastigamoeba invertans は 1892 年に記載された生物です。 後に 1992 年になって "Mastigamoeba invertans" ATCC 50338 株が確立されると, この株が M. invertans として系統解析に用いられるようになりました。 この生物は真核生物の根元に近い位置で分岐して系統的位置が定まらず,また典型的なミトコンドリアを持たないなど, 進化的に重要な形質を持っていたため,大系統やアメーバ様生物の分子系統解析においてはしばしば解析に含められてきました。 ところがアメーバ動物やその他のアメーバ類の分子情報が集まってくるにつれ, "M. invertans が真核生物の中で全く独立した系統であることが認識されてきました。 そこで Walker et al. (2006) は ATCC 50338 株の形態的特徴と系統を詳細に調べました。 まず光学顕微鏡のレベルで,完全なアメーバ状の体制をとることがなく,細胞質が透明でないことから, Mastigamoeba やその近縁属(Mastigella や Tricholimax など)ではないことがわかったそうです。 さらに微細構造のレベルで,通常のアメーバ動物類が基底小体を 1 つしか持たないのに対して, "M. invertans" が基底小体を 2 個持っていることが示されました。 さらに擬足の形態などから他のアメーバ動物でもなく, それどころか既知のアメーバ様の真核生物のいずれにも分類できないことが示唆されました。 分子系統的にも,塩基置換の速度のばらつきを covariotide correction という補正にかけた場合, "M. invertans" がいずれのアメーバ類とも近縁でないことが確認されました(未知の環境配列は除く)。 姉妹群になったのは Apusomonas と Amastigomonas で, 「アプソゾア門」というやはり系統的位置が謎の真核生物でした。さらに両者は Excavata 類と近縁な可能性もありますが, これははっきりしません。 これまで "M. invertans" はアメーバ動物の分類を少々混乱させてきましたが, その原因の一部は,この株が間違って M. invertans とされてきたことにあるのかもしれません。 ともあれ,今回この株は新属新種 Breviata anathema として無事記載されましたので, 今後の混乱は収まることでしょう。 Breviata について興味深いのは,今回の研究からヒドロゲノソームを持っていることが示唆されたことです。 ヒドロゲノソームは退化したミトコンドリアとも考えられており,嫌気的な条件下で ATP 合成を行います。 Breviata は他のヒドロゲノソームを持った真核生物とは類縁性を持たないようなので, ミトコンドリアの退化がこの系統でも独立に起きたことになり,面白い研究材料になりそうです。 現在のところ系統解析は 18S リボソーム RNA を中心に行われており,他には RNA ポリメラーゼ II の配列が知られているのみです。アプソゾア類ではこの配列が知られていないため, 系統解析には今後の配列解読が必要です。 最近は複数のタンパク質の配列を合わせて真核生物の大系統を解析するのが流行っていますので, Breviata やアプソゾア類もまもなく同様の研究の対象となりそうで楽しみです。 Walker, G., Dacks, J. B. & Embley, T. M. Ultrastructural description of Brebiata anathema n. gen., n. sp., the organism previously studied as "Mastigamoeba invertans". J. Eukaryot. Microbiol. 53, 65-78 (2006). |
イントロンが真核生物を生んだ?(2006.03.17) 真核生物の起源には様々な革新が起こっています。例えば複雑な膜系,ミトコンドリア,鞭毛, 膜に包まれた線型の染色体,イントロン・エクソン構造を持った遺伝子,などなど,数え上げればきりがないでしょう。 しかし真核生物の起源については様々な仮説が存在するものの,直接証拠がないために未だ謎に包まれています。 Martin & Koonin (2006) はミトコンドリアから核に移った group II イントロンが, 細胞を核と細胞質に区分けするきっかけになったとする仮説をまとめています。 真核生物の起源については,上述の様々な革新をここに説明する仮説はしばしば提出されます。 例えばミトコンドリアがアルファプロテオバクテリアの一種が細胞内共生して誕生したとする共生説は有名で, 現在定説になっています(ミトコンドリアのイブはパラサイト?)。 その他にも本サイトで紹介したものだけで,鞭毛の起源(「鞭毛共生起源説」再び), 核の起源(核は何処から来たのか?)などがあります。 しかしこれらの革新を互いに結びつけて説明する仮説はあまり数がありません。 Martin & Koonin (2006) がそこで注目したのは group II イントロンがミトコンドリアから核に転移したとする仮説です。 イントロンは実は真核生物に特有のものではありません。 中でも group II イントロンはアルファプロテオバクテリアにも見つかっているため, 共生細菌が遺伝子を核に移動させてミトコンドリアになった際に,一緒に核に運ばれた可能性が考えられます。 このときにはまだ核膜は誕生しておらず,遺伝子の移動が容易に起こったと推測されています。 ミトコンドリアは共生のごく初期に遺伝子を大量に核に移動させたことが知られているため,この推測は妥当といえます (核膜の存在下では壊れたミトコンドリア由来の DNA が宿主の染色体に運ばれるのは困難になるでしょう)。 転移性のイントロンは,遺伝子の発現に悪影響を与えます。 特にイントロンに変異がたまり,自身でスプライスできなくなると他のイントロンの酵素でスプライスされることになります。 この状態ではスプライシングの効率が悪いので,ここで進化してきたのがスプライソゾームによるスプライシングだとされています。 しかしながらこの仕組みではスプライシングに時間がかかります。その結果,リボソームを隔離しておかないと, スプライス前の転写産物が翻訳され,有害なペプチドが合成される危険性がでてきます。 こうして,スプライシングの場所と翻訳の場所を隔離するために核膜が進化したと主張されています。 この仮説はミトコンドリアの共生から核の誕生まで,複数の事象をまとめて説明できる点で優れているように見えます。 実際に,彼らの主張は完全には正解ではないにしても,少なくとも一部は事実に則しているかもしれません。 一方で,イントロンの存在が不利に働いたということを軸にした仮説には,どうにも疑問が残ります。 もしイントロンが彼らが主張するほど不利なものであれば,ミトコンドリアの共生が起こった直後に排除されていたはずです。 なぜイントロンが真核生物に残ったのか,を説明することが,この仮説が生き延びるためには必要かもしれません。 Martin, W. & Koonin, E. V. Introns and the origin of nucleus-cytosol compartmentalization. Nature 440, 41-45 (2006). |
ヘビは毒トカゲから進化した(2006.03.10) ヘビは非常に特徴的な生物で,その進化的な起源には多くの研究者が関心を持っています。 ヘビの体制については水生起源説が最近示唆されていますが( ヘビは海から戻ってきた?), ヘビのもう一つの特徴,すなわち毒の起源については肢を持っていた時代に遡る可能性が Fry et al. (2006) によって示されています。 ヘビ類は上顎の毒腺で毒素を合成することが知られており, 毒を獲得したことがヘビ類の適応放散を引き起こしたとも言われます。ヘビと同じ有鱗目(Squamata)に含まれるトカゲの中では, ドクトカゲ科(Helodermatidae)の 2 種で毒が知られていますが,この仲間は毒素を下顎から分泌し, また系統的にもヘビとは離れていたことから独立して毒を獲得したと考えられてきました。 ところが系統樹上でヘビとドクトカゲ類の間に位置するアシナシトカゲ科(Anguidae),オオトカゲ科(Varanidae), イグアナ下目(Iguania)にも顎にタンパク質を分泌する器官が存在し, 特にイグアナ下目では両顎に分泌腺が存在します(アシナシトカゲ科,オオトカゲ科ではドクトカゲ科と同様に, 下顎にのみ分泌腺が存在します。この 3 者は合わせてオオトカゲ下目:Anguiomorpha に分類されます)。 そこで著者らはイグアナ下目とオオトカゲ下目における毒素の産生を調べるために,イグアナ類の一種と, 4 種のオオトカゲ類について cDNA ライブラリを作成し,発現している遺伝子を調べました。 ----------------------------ヘビ類| | | ?------モササウルス類 | | -------ドクトカゲ科 | ---毒--| -------| | | | -------| -------アシナシトカゲ科 |オオトカゲ下目 | | | | | ------| -------| --------------オオトカゲ科 | | | | ---------------------イグアナ下目 | -----------------------------------他の有鱗目 その結果 9 種類の毒素がヘビ類,イグアナ下目,オオトカゲ下目に共通していることがわかりました。 各毒素はこの 3 グループの共通祖先において近縁なタンパク質から分かれたことも示されたそうです。 さらにオオトカゲ類から得られたいくつかの毒素については,その毒性まで調べられています。 これらの情報から,毒素の獲得はトカゲ類の一角で起こり,おそらくは上下両顎から分泌されていたことが推測されました。 ヘビ類では毒の分泌が上顎に限られ,同時にヘビ類に特有の毒素を大量に獲得したこともわかりました。 一方でイグアナ下目は祖先的な性質を残し,両顎から毒を分泌できます。 しかしオオトカゲ下目の祖先において毒の分泌が今度は下顎に限定されたと考えられます。 化石記録などと合わせて考えると, 有鱗目における毒の獲得は 2 億年前の三畳紀末かジュラ紀の初頭に起こったと推定されるそうです。 今回の結果はこれまでの考えを大きく覆し,有鱗目の進化において毒の獲得が大きなイベントだったことを示唆しています。 ヘビ類,イグアナ下目,そしてオオトカゲ下目を合わせると現生の有鱗目の種の半数以上が含まれるとのことで, 毒の獲得による多様化,というイベントも見えてきます。 もう一点,仮に ヘビは海から戻ってきた?で紹介した研究(Lee, 2005)が正しく, モササウルスがヘビに近縁だったとすると,モササウルスも少なくとも祖先においては毒を持っていたことになります。 あるいは海生のモンスターとも言われるモササウルスも毒を持っていたのかもしれません。 Fry, B. G. et al. Early evolution of the venom system in lizards and snakes. Nature 439, 584-588 (2006). Lee, M. S. Y. Molecular evidence and marine snake origins. Biol. Lett. 1, 227-230 (2005). |
分裂しながら離れ離れになるクロララクニオン藻(2006.03.07)(→藻類学)
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脊椎動物の起源を見直すとき(2006.03.02) 我々を含む脊椎動物の起源を考えることは,例えばヒトの体制の理解にもつながるため, 多くの研究者の関心の的になっています。脊椎動物の姉妹群はこれまでナメクジウオの仲間(頭索動物類)とされてきました。 ところが新しい多数の遺伝子を用いた系統解析のもとでは,ナメクジウオではなくホヤの仲間(尾索動物類) が脊椎動物の姉妹群となったそうです(Delsuc et al., 2006)。 rRNA など一部の系統樹ではナメクジウオと脊椎動物の近縁性が支持されていますが, 全ての遺伝子や形態形質がこの仮説を支持しているわけではなかったそうです。 そこで近年手に入るようになってきたゲノムレベルの遺伝子情報を使うとどうなるのでしょうか。 続:動物の大系統で紹介した Philippe et al. (2005) では, EST データに基づいた 146 の遺伝子情報から,脊椎動物はむしろ尾索動物と近縁である可能性が示唆されました。 ところがこの研究では新口動物の OTU が少なかったため(脊椎動物× 2,尾索動物× 1,頭索動物× 1,棘皮動物× 1), さらに多くの種数を研究する必要がありました。 今回の研究では Philippe et al. (2005) の 146 遺伝子について, 脊椎動物と尾索動物の OTU をそれぞれ 8 個と 4 個に増やし,詳細な系統解析を行っています。 その結果,脊椎動物と尾索動物が姉妹群になることが強く支持されました。 これは AU 検定や SH 検定といった検定法によっても確認されています。 Long branch attraction や heterotachy などいくつかの有名なバイアスについても検証されていますが, これらのバイアスだけでは脊椎動物と尾索動物の近縁性は説明できないそうです。 では,ナメクジウオの系統樹上の位置づけはどうなったのでしょうか。 系統樹上ではナメクジウオは棘皮動物の姉妹群となっていました。ただし,ナメクジウオが尾索動物 + 脊椎動物(Olfactores) の姉妹群になる可能性も棄却は出来ないようです。 ナメクジウオ本当に棘皮動物の姉妹群だとすると,新口動物の進化については大きな見直しが必要になります。 この場合棘皮動物は脊索を退化させた生物と考えられますし,尾索動物が成体で脊索を失うことも, 二次的な特殊化だと考えられることになります。当然ながら脊索動物という分類も解体せざるを得なくなるでしょう。 興味深いことに,しばしば原始的な棘皮動物とされるカルポイドが,実は脊索を持った祖先的な新口動物だと考えると (カルシコルダータ仮説),ナメクジウオが棘皮動物に近縁だとしても納得できます。 ただ,最近発見された保存状態のよいカルポイドの化石からはカルシコルダータ仮説は否定されています (棘皮動物の根本)。 尾索動物と脊索動物を結びつける形質として,Delsuc et al. (2006) では神経冠細胞の移動が考えられるようです。 これまでこの現象は頭索動物では見つかっていないそうなので,今後の検証が重要な意味を持ってくると思います。 Vetulicolia 門のように,基盤的な新口動物と考えられていた化石についても(Shu et al., 2001), 新しい視点で検証する必要がでてくるでしょう。 ちなみに,今回の研究では新口動物の中で半索動物と珍渦虫については OTU に含められていません。 半索動物は棘皮動物の姉妹群と言われており,例えば Hox 遺伝子群の一部に, ナメクジウオは持っていない,半索動物と棘皮動物に特異的な遺伝子が存在します(Hox 遺伝子と半索動物の位置)。従って,ナメクジウオが半索動物よりも棘皮動物に近縁とは考えづらいでしょう。 珍渦虫は近年新口動物に含まれることが明らかにされたばかりであり(珍渦虫の衝撃), 未だ正確な系統的位置は分かっていません。ナメクジウオとの類縁関係の有無も,今後は興味深い課題になるでしょう。 Delsuc et al. (2006) では確かに OTU が増やされていますが,依然として多様性の高い棘皮動物が 1 OTU しか含められておらず,半索動物,珍渦虫の OTU が含められていないなど,今後の改善点があります。 また,無数の遺伝子を用いているために,個々の遺伝子がどの程度系統解析に有用であるのか, 正しく検証されているとは考えにくいものがあります。少数の保存的な遺伝子に限って解析をする方が, 多数の信頼性の怪しい遺伝子に基づいた解析よりもよいとも考えられますから, 出来るならば,分子配列に基づく系統樹ではなく,より決定的な証拠が見つかってきて欲しいと思います。 Delsuc, F., Brinkmann, H., Chourrout, D. & Philippe, H. Tunicates and not cephalochordates are the closest living relatives of vertebrates. Nature 439, 965-968 (2006). News & Views Philippe, H., Lartillot, N. & Brinkmann, H. Multigene analyses of bilaterian animals corroborate the monophyly of Ecdysozoa, Lophotrochozoa, and Protostomia. Mol. Biol. Evol. 22, 1246-1253 (2005). Shu, D.-G. et al. Primitive deuterostomes from the Chengjiang Lagerstätte (Lower Cambrian, China). Nature 414, 419-424 (2001). |
マンモス・ゲノミクス II(2006.02.28)(→古生物学)
恋は遺伝子を救う(2006.02.25) 有性生殖が無性生殖に比べて何故優れているのかは進化学上の大きな謎の一つでした。 有性生殖の利点として,染色体の組み替えによって有利な遺伝子と不利な遺伝子の様々な組み合わせが出来るため, 不利な遺伝子を染色体から排除する選択圧が働きやすくなるということが指摘されていました。 Paland & Lynch (2006) はミジンコの一種(Daphnia pulex) に有性生殖をする系統と単為生殖(無性生殖)をする系統が混在していることを利用して, 無性生殖の系統では不利な変異が蓄積しやすいことを実証しました。 有性生殖には遺伝的多様性が増すことや,組み替えにより有利な遺伝子同士の組み合わせが生じやすくなるなど, 様々な長期的利点が存在しますが,短期的には単為生殖の方が自分と同じ遺伝子を残しやすいため, 有性生殖の集団に無性生殖をする個体が現れると,集団全体が無性生殖の個体で素早く埋め尽くされてしまうと予想されます。 にも関わらず実際に有性生殖が存在しているからには,有性生殖に短期的な利点があることを意味しています。 そこで理論的に指摘されていたのが,有性生殖の集団では不利な遺伝子が排除されやすいという可能性です。 無性生殖の系統では生存にわずかながら不利な変異が生じても,ゲノム内の遺伝子がセットで受け継がれるため, 自然選択は個々の変異に働かず,そのまま残ってしまいます。しかしそんなことを繰り返していれば, 全ての個体がゲノムのあちこちに不備を抱えることになってしまい,集団全体としても存続が難しくなります。 一方で有性生殖の場合には,染色体の組み替えが起こり,また他個体から異なる染色体を受け取るため, 遺伝子の組み合わせが比較的自由に変わり,不利な遺伝子をほとんど持たない個体から, 多くの不備を抱えた個体までが出てくると考えられます。こうなると自然選択の結果, 不利な遺伝子を持たない個体が生き延びやすくなり,結果として集団内から不利な遺伝子が排除されることになります。 自然界でこのような自然選択が働いているかどうかは関心が持たれるところでしたが, 同じ生物に有性生殖を行うものと行わないものがいる場合は極めて少なく,仮説の検証がされてきませんでした。 ところが D. pulex では有性生殖を行う系統と無性生殖のみで増える系統が各 14 系統ずつ見つかっており, 生殖戦略と自然選択の関連を観察することが出来ました。 著者らはミトコンドリア上の遺伝子の同義置換と非同義置換の比を調べることによって,自然選択の程度を測定しました。 突然変異は同義,非同義関係なく起こりますが,自然選択によって不利な非同義置換は集団から排除され, 観測されないため,同義置換の方が多く起こっているように見えるはずです。 系統樹に基づいて D. pulex の置換のパターンが調べられた結果, 有性生殖を行う系統では,無性生殖の系統に比べて非同義置換の割合が優位に小さいことが示されました。 このことは,無性生殖を行う系統では自然選択が効率よく働かず, 不利な非同義置換が十分に排除されていないことを示唆しています。 今回のデータから,理論的な予想通り,無性生殖においては不利な遺伝子がゲノム中に蓄積しやすいため, 有性生殖の方が短期的にも有利であることを明瞭に示しています。 進化学の現場においては理論から導き出された仮説が実際に証明される例は極めて少ないため, この研究の意義は非常に大きく,重大な欠陥が指摘されるようなことがない限り, 長期にわたって引用されることになると思われます。 原生生物などでは有性生殖が知られていない生物も多々ありますが,不利な変異を排除する必要性を考えると, そのような生物も実際には有性生殖を行っているか,あるいは全く別の手段によって不利な遺伝子を, 個別に排除する仕組みを持っていると考える必要があるのかも知れません。 あるいは今回のミジンコのように,一時的には無性生殖の系統も出現しつつ, 遠からず不利な変異の蓄積により絶滅してしまう,などということを繰り返している可能性もありますが。 Paland, S. & Lynch, M. Transitions to asexuality result in excess amino acid substitutions. Science 311, 990-992 (2006). Perspectives より |
マンモス・ゲノミクス(2006.02.23)(→古生物学)
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腹でもの喰う真核生物の系統(2006.02.16) 原生生物の一群に,腹側のくぼみに捕食装置を備えるものがあります。 近縁の生物と併せて Excavata 類と呼ばれるこの大グループはしかし,分子系統的には議論の余地があります。 今回 Simpson et al. (2006) は Excavata 類の全ての主要なグループを含む, 6 遺伝子を用いた多遺伝子解析を行っています。 系統解析の結果,まず 4 つの単系統群が識別されました。 うち 2 群はミトコンドリアを欠いており,ディプロモナス類や副基体類を含む Trichozoa 類と, オキシモナド類と Trimastigida 類からなる Anaeromonada 類で,このほかに盤状クリステ類 (ヘテロロボセア類やユーグレナ動物類を含む)とジャコバ類をあわせた群, そして Malawimonas が独立の系統として認められました。 問題はこの 4 群の間の系統関係になりますが,Excavata 全体は単系統群にはならないようでした。 Trichozoa 類や Anaeromonada 類は真核生物の基部付近に来る可能性もあるようですが, 残りの系統群とともに,真核生物全体の中での正確な位置は解決しませんでした。 一応,ミトコンドリアを欠く Trichozoa 類と Anaeromonada 類が単系統群になる可能性は示唆されており, 他の分子のデータからも支持されるように(古細菌から寄生虫への遺伝子移動), ミトコンドリアの退化が Excavata 類で一度だけ起こり,メタモナーダ門とも呼ばれるグループを作ったと推測されます。 また,ミトコンドリアが盤状のクリステを持っている Malawimonas についても, 盤状クリステ類の姉妹群になる可能性も弱く示されており,これが正しければ Malawimonas も盤状クリステ類に含められることになるかも知れません。 今回の研究の最大の成果としては,ミトコンドリアの中に祖先的な遺伝子を含んでいるため, 最初期に分岐した真核生物と考えられたこともあるジャコバ類の系統的位置が,初めて明瞭に解決しました。 ジャコバ類の Reclinomonas は今回,盤状クリステ類の内部,ヘテロロボセア類の姉妹群であることが示されました。 このことから,ジャコバ類のミトコンドリアの持つ祖先的な RNA ポリメラーゼの起源が, 祖先形質を維持しているのではなく,むしろ遺伝子水平移動など,特殊な進化の産物であることが考えられます。 さらにジャコバ類は盤状ではなく板状のクリステを持つことから, 盤状のクリステの進化について新たな謎を提示する形になりました。 近年,真核生物の大系統の解析に多遺伝子を用いる流れがありますが, EST などの無差別で大量のデータから少数の OTU について解析を行う研究と, 保存的な遺伝子を選別しその分 OTU の密度の高い系統解析を行う研究があります。 後者の方が問題のある遺伝子の評価,排除ができるなど,信頼性において優れていると思われ, また long branch artifact の解消には OTU を増やすことが何より重要であることから, 私としては後者のような解析方法を支持したいと考えています。 今回は Excavata 類という,一部の群に限って多遺伝子解析が行われており, 今後,さらに多くの系統について同様の研究が行われる流れが出来つつあるように思われます。 実際にオピストコンタ類においてはそのような研究が行われています (動物になる前,菌類になる前)。 そのさらに向こう側にある研究としては,これまでよりも格段に OTU の密度の高い, 真核生物全体の多遺伝子解析が考えられます。系統解析に相当な計算能力が求められることになるでしょうが, 遠くない将来にこのような研究から,真核生物の進化の新たな側面が見えてくることになるかも知れません。 Simpson, A. G. B., Inagaki, Y. & Roger, A. J. Comprehensive multigene phylogenies of excavate protists reveal the evolutionary positions of "primitive" eukaryotes. Mol. Biol. Evol. 23, 615-625 (2006). |
続報:クリプト藻が藻類になる前(2006.02.13)(→藻類学)
RNA のでき方,タンパク質のでき方(2006.02.09) 生物の起源の議論において,RNA やタンパク質(ポリペプチド) のようなポリマーがどのようにして自然発生したのかは,最も重要な問題の一つです。 RNA の生成や RNA ワールドにまつわる議論と(Kawamura, 2005), ポリグリシンの合成に関する実験研究(Futamura & Yamamoto, 2005)が生命の起原および進化学会の学会誌 (Viva Origino)の最新号(2005年12月号)に掲載されていました。 RNA ワールド仮説では,触媒能力のあるRNA が自分と同じ配列の RNA を複製するような系が最初の生命だったと考えます。 ところが RNA は自然生成しにくいという話が以前から指摘されており,RNA ワールドが実在したかどうか, 疑問視する研究者も少なくありません。 Kawamura (2005) は熱水系での RNA ワールドの誕生を考え,実験,理論の双方から, RNA の自然生成が起こりえたと考えているようです。少なくとも,RNA が合成されないとする過去の研究について, いくつかの問題点を指摘しようとしています。例えば RNA オリゴマーの合成が, これまで常温付近でしか調べられていなかったのに対して,理論的には触媒などの働きもあったとすれば, 200〜300 度の高温で,RNA の蓄積が起こったと考えることも可能だとしています。 しかしながら彼らは RNA の蓄積を,合成と分解の差分で考えているようです。 私としては RNA ワールドの実現には RNA の半減期も重要な意味を持ってくると思うので, 単に蓄積することが説明できたとして十分なのかどうかはやや疑問に感じます。 もちろん熱水系周囲の冷水に RNA 分子が蓄積したと考えることも可能なので, もう少し実験も加えた研究が継続されれば,熱水系における RNA の生成も真実みを帯びてくるかも知れません。 ポリペプチドの自然生成については,過去に熱水系を模した実験でグリシンの 6 量体までを得たという報告がありました (Imai et al., 1999)。Futamura & Yamamoto (2005) では同様の系に, 急速な断熱膨張の過程を入れることで反応産物を急冷する方法を実験しています。 具体的には高温高圧下で反応させた溶液を,常温大気圧の空気中にいきなり出すということをします。 その結果,10 量体までのポリグリシンが得られたそうで,断熱膨張による急冷の有効性を主張しています。 急冷によって,熱水系における重合産物が分解される前に安定化されるようで, 同様の系が生命の起源に関与したと推定されます。 ただ,実際にはポリペプチドの存在が生命の誕生に不可欠であったとは限らず, また同様の系が自然界で存在しうるのか疑問があります。 著者らは温泉,間欠泉,火山の噴気孔,噴火,などをあげていますが,これらの系ではアミノ酸を含んだ高圧の水, という,実験で想定された条件が満たされていないように思えます。 もちろん深海の熱水噴出口からいきなり空気中に産物を移動させることも不可能ですから,これも可能性から除外されます。 従って,急冷の重要性は理解できるものの,彼らの実験を再現できるような環境が原始地球に想定しづらいため, より現実的な条件で同様の結果が導けるようになれば,よりおもしろい話になると思います。 もっとも,ポリグリシンの重合数が 6 から 10 に増えたことにどの程度の意味があるのかも問題ですが。 Kawamura, K. Possible pathways before and after the RNA world on the basis of experimental and theoretical evidences. Viva Origino 33, 258-268 (2005). Futamura, Y. & Yamamoto, K. Hydrothermal synthesis of oligoglycines with adiabatic expansion cooling. Viva Origino 33, 269-274 (2005). Imai, E., Honda, H., Hatori, K., Brack, A. & Matsuno, K. Elongation of oligopeptides in a simulated submarine hydrothermal system. Science 283, 831-833 (1999). |
ミトコンドリアのイブはパラサイト?(2006.02.01) ミトコンドリアが好気性の α- プロテオバクテリアの細胞内共生によって誕生したことは 既に定説になって久しいと思います。しかしミトコンドリアの姉妹群となると,まだ完全には特定されていません。 Fitzpatrick et al. (2006) は 10 種以上の α- プロテオバクテリアのゲノム情報と, 数種のミトコンドリアのゲノムの情報から系統解析を行い,リケッチア目全体がミトコンドリアの姉妹群である, との結果を導いています。 ミトコンドリアの姉妹群についてはリケッチア目との近縁性が指摘されてはいましたが, 最近の研究では Rhodospirillum(ロドスピリルム目)なども候補に挙がっていたそうです。 原核生物では水平遺伝移動が激しく起こると言われていることも,系統解析の障害となっていました。 そこで著者らはまず α- プロテオバクテリアについて 400 以上の遺伝子から supertree という系統時を構築, 解析する事によって,水平遺伝子移動などの影響を調べました。 その結果,水平遺伝子移動が系統解析を不可能にするほど深刻ではなく, 多遺伝子解析から系統推定が可能だとしています。 この結果を踏まえて,次にミトコンドリアの遺伝子を含めて 15 遺伝子での解析を行っています。 この解析では水平遺伝子移動の疑いのある遺伝子は排除されています。 そして,ミトコンドリアの姉妹群はリケッチア目の全体であることが示唆されました。 Rhodospirillum が姉妹群になる可能性は,リケッチア目に比べるとどうやらないようで, 過去の結果は long branch attraction のようなバイアスの結果だったようです。 また,これまでにはミトコンドリアがリケッチア目の内部から由来した可能性も言われていたようですが, この可能性も強くは支持されていません。 今回の研究はかなり詳細に系統解析を行っており,かなり難解で詳細は理解できませんでした。 ただ決定的な結果が得られたというわけではないようで,今後も証拠の探索は続くことでしょう。 特に,α- プロテオバクテリアの種が 10 種以上用いられたとは言え, 記載種だけで 150 属を超える多様性を誇るグループにおいては高々 10 種に過ぎず, 系統解析に用いられる種数が増えることで系統解析も進展するかもしれません。 リケッチア目は全て真核生物の細胞内に寄生する生物からなっており,一見ミトコンドリアの起源に相応しいようですが, 現在知られている真核生物が皆ミトコンドリアかその残骸を持っていることを踏まえると, ミトコンドリアがリケッチア目の内部から派生した可能性は排除して良いと思います。 そう言う意味では,リケッチア目がミトコンドリアの姉妹群というのは,可能性があるかと思います。 その場合,真核生物の祖先となった原核生物(古細菌様の生物?)に寄生していたのかもしれません。 実は Rhodospirillum にしても嫌気的な環境に住む生物なので,いずれにしても, ミトコンドリアの姉妹群は好気性生物ではないようです。ミトコンドリアは好気性細菌が真核細胞に共生して誕生した, とよく言われていますが,好気性細菌が近縁だという証拠もなければ, ミトコンドリアを欠いた真核生物は見つかっていないため,ミトコンドリアが誕生した時に, 宿主が核を持っていた(真核細胞だった)という根拠も実は存在しません。 ミトコンドリアが誕生した後に核が成立した可能性もあるわけです。そしてリケッチア目がミトコンドリアに近縁だとすれば, 細胞内「共生」によって誕生したのではなく,寄生由来だったとも考えられるわけです。 こうして考えてみると,当たり前のように言われていることでも,見直すべきことは多いといえるでしょう。 Fitzpatrick, D. A., Creevey, C. J. & McInerney, J. O. Genome phylogenies indicate a meaningful α-proteobacterial phylogeny and support a grouping of the mitochondria with the Rickettsiales. Mol. Biol. Evol. 23, 74-85 (2006). 参考(プロテオバクテリアの分類・リケッチア目の情報など): |
紅も緑もデンプンはデンプン(2006.01.27)(→藻類学)
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一遺伝子に刻まれたクジラの歴史(2006.01.25) 私の知る限り,全生物の中で系統的位置や系統関係が最も確かにわかっているのは,クジラの仲間です。 化石,形態,ミトコンドリアの遺伝子(シトクローム b:Cytb),核遺伝子,レトロトランスポゾンの挿入,などなど, 様々な証拠から系統樹が描かれ,その多くの枝が補強されています。 しかし全ての種について上記の全ての証拠を示すのは,莫大な労力を要するため現実的ではありません。 そこで種間の系統関係などを調べる場合には,Cytb 遺伝子がよく用いられてきました。 May-Collado & Agnarsson (2006) は,これまでに報告されてきた 63 種のクジラを含めて Cytb の系統解析を行い, ベイズ法を使った場合,特に良い系統樹が描けることを示しています。 信頼性の高い系統樹を描くためにしばしば言われることは,なるべく複数の遺伝子を用いて,なるべく多くの OTU (操作上の分類単位:例えば,種や株,個体,遺伝子など,場合による。要するに,系統樹の枝先につけるラベル) を用いて解析するべきだ,ということです。 しかし複数の遺伝子について多数の種のデータを集めることは困難な場合が多く,ここで挫折することもあるわけです。 ところが外群と内群の OTU をいずれも増やすことで,例え Cytb 一遺伝子であっても,充分に有用な系統樹が描ける, ということが今回示唆されました。 クジラについては,クジラ類がカバと近縁で,偶蹄類の一部から派生してきたこと, ハクジラ類とヒゲクジラ類がいずれも単系統群であること,など様々な知見が既に存在します。 ベイズ法によって得られた系統樹からは,事後確率には多少があるにしても,基本的に全ての重要な枝が再現されていました (下に示したのは抜粋・簡略化した系統樹。事後確率 90% 未満の枝は ? で示した)。 これまで Cytb では支持されないと言われてきたハクジラ類の単系統性についても弱いながら支持が得られており, 種数を充分に増やすことで,例え一遺伝子であっても深い系統関係が解ける可能性が示されたのです。 --------------------------------------------------------カバ| | --------------セミクジラ科 | | | | --?---| -----------------------------------| -------ナガスクジラ科 | ヒゲクジラ類 | | ---?---| | | | -------コセミクジラ科 | | | -------| ------------------------------------------マッコウクジラ上科 | | | | | | -----------------------------------アカボウクジラ科 | ---?---| | | | | ----------------------------インドカワイルカ科 | ---?---| | | | | -------アマゾンカワイルカ科 | | | -------| | ---?---| ---?---| -------ラプラタカワイルカ科 | ハクジラ類 | | | | | | --------------ヨウスコウカワイルカ科 | -------| | | -------ネズミイルカ科 | | ---?---| | -------| -------イッカク科 | | | --------------マイルカ科 | もちろん,今回の結果は単にこれまでの結果と一致した,というだけでなく, ミトコンドリア遺伝子と核遺伝子のデータの整合性が遂に取れた,という意義もあります。 また,クジラの仲間の種レベルの系統関係を Cytb で行うことの正当性が保障された,という側面もあると思います。 詳細については略しますが,科や上科,種レベルの系統関係についてもいくつか知見が紹介されていますので, クジラ類の進化に興味がある方は,入手してみても良い論文だと思います。 他の生物の系統解析についても,当然同様のことは言えると思います。 少数の遺伝子では解けないと言われていた深い系統についても,OTU の数を増やすことで解けるかもしれない, という点は重要で,特に軽視されがちな外群の数を増やすことが強調されていました。 クジラのように裏づけが取れないまでも,系統樹を描くときに心がけてみるといいのではないでしょうか。 ちなみに,ベイズ法は OTU が多い場合に最尤法に比べて時間がかからないため,今回のような場合には有用です。 May-Collado, L. & Agnarsson, I. Cytochrome b and Bayesian inference of whale phylogeny. Mol. Phylogenet. Evol. 38, 344-354 (2006). |
分類が難しいツヅミモの仲間(2006.01.17)(→藻類学)
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動物進化は爆発だ!(2006.01.15) 動物の門の間の系統関係は,多くの研究者が関心を持っているにもかかわらず, いまだ未解決の部分が多く含まれています。近年は大系統を解くために多数の遺伝子用いた系統解析がしばしば行われますが, 動物界の系統樹にはそれでも解決しない部分があるそうです。Rokas et al. (2005) は系統関係が解けない部分は, ごく短い期間に爆発的な適応進化が起こったことを示していると主張しています。 彼らは多数の鍵となる系統群を含んだ動物門を含んだ系統解析を行っています。 データベースからの配列に新たな配列を加え,50 遺伝子を用いて最尤法と最節約法などで系統樹を描いています。 これほどの数の遺伝子を用いたにも関わらず,3 系統の海綿と刺胞動物,そして左右相称動物, これらの 5 系統の間の系統関係は全く解けませんでした。同様に前口動物の初期の分岐順序も解決しませんでした。 対して,同様の解析を菌類について行ったところ,こちらは系統樹が全体的によく解けていました (実は菌類の初期分岐が系統解析に含まれておらず,その状態で解けたと宣言していいのかは疑問です)。 --------------後口動物| | -------扁形動物+線形動物(?) -------| | | | |------軟体動物+環形動物 | -------| | |------鰓曳動物 | | | -------節足動物 -------| | |--------------------刺胞動物 | | | |--------------------六放海綿 ------| | | |--------------------普通海綿 | | | ---------------------石灰海綿 | ----------------------------襟鞭毛虫 系統解析上のバイアスなどが原因になっている可能性を考察,排除した結果, そしてシミュレーション研究を行った結果,動物でのみ系統樹が解けない原因として, 分岐順序が不明な動物門がごく短期間に分岐した可能性が考えられました。シミュレーションの結果からは, より古い時代であればあるほど,短期間(〜 1,000 万年)に起きた分岐は解けなくなると推定されました。 古生物の研究からは,カンブリア紀の初めのごく短期間に多数の動物門が出現したと言われており(カンブリア紀の大爆発), 今回の系統解析からの推定と一致しているように見えます。またさらに基部の分岐についても, エディアカラ紀の多細胞動物の出現と符合しているとも解釈できます。 これは妥当な解釈なのでしょうか? Jermiin et al. (2005) はこの論文の紹介論文の中で, Rokas et al. (2005) の系統解析の不備を指摘しています。系統解析においてはデータの質や量,解析方法, そして進化モデルの推定方法など様々な条件が結果に影響しますが, 例えば Rokas et al. (2005) が用いている進化モデルはやや単純であるなど,幾つか問題が認められるとの事です。 しかし,それにも関わらず動物の進化が 2 段階の爆発的多様化によって起こったとするデータは魅力的で, また充分なデータに基づいていることも同時に評価されています。 さて上述の放散がカンブリア紀の爆発などに対応するとのアイデアについては,個人的には異論があります。 確かに環境変化などのきっかけがあるのか,ある地質年代に多数の門が同時的に出現する現象は存在するようです。 しかしこれは一時に分岐が起こったことを直接示しているわけではありません。 系統樹上で二つの系統が分岐する場合,分岐直後は両方の系統に属する生物は区別がつかないほど似ていたと考えられます。 両者が例えば独立の門に属する化石として識別できるようになるのは,それぞれの系統が(現生生物から考えられた) 門の定義に該当するような形質を進化させた後になるはずです。 つまり,地質学的にある系統(と明瞭に識別できる化石)が出現する時代は,系統樹上である系統が出現した (二分岐が起こった)時代よりも幾分遅れているはずなのです。 従って前口動物の初期分岐が起こった年代は,カンブリア紀よりも昔に遡ると考えた方が妥当ではないかと思います。 言い換えれば,先カンブリア時代に(何らかの原因で)前口動物の初期分岐が一斉に起こり, その後,カンブリア紀の頭に(おそらく硬骨格の獲得が可能な環境になり) 多くの系統で一斉に各動物門を定義づけるような形質の進化が起こったとも考えられるということです。 もちろん,系統分岐の直後に形質進化が起こったかもしれませんから,確かなことが言えるわけではありませんが, 系統樹を解釈する時には,系統分岐と形質進化を区別して議論することも大事ではないかと思います。 余談ですが,Jermiin et al. (2005) による系統樹作成法に関する議論は, 系統樹を描く際に留意すべき議論がよく網羅されており, (特に大系統の)系統樹作成に関心がある人には参考になると思います。 Rokas, A., Krüger, D. & Carroll, S. B. Animal evolution and the molecular signature of radiations compressed in time. Science 310, 1933-1938 (2005). Jermiin, L. S., Poladian, L. & Charleston, M. A. Is the "big bang" in animal evolution real? Science 310, 1910-1911 (2005). |
甦る最古の被子植物(2006.01.07)(→古生物学)
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4 種のアミノ酸からなる世界(2006.01.01) 生命はしばしば RNA が触媒と遺伝子を兼ねる RNA ワールドから進化してきたと言われますが, これに対する反論も多く存在します。Oba et al. (2005) は生命の起源が 4 種のアミノ酸(グリシン,アラニン,アスパラギン酸,バリン)からなるペプチドの系([GADV]-タンパク質ワールド) から始まったとの仮説に基づき,実際にそのようなペプチドがある程度の触媒活性を持つことを示しました。 RNA ワールド仮説は生命の起源を説明する仮説として広く知られていますが, 実はその成立には大きな疑問があります,RNA はヌクレオチドが繰り返し繋がった構造ですが, このヌクレオチド(およびその構成物質)が原始地球で合成されにくかった可能性があり, しかもヌクレオチドの重合も容易には起きなかったと考えられています。 一方で原始地球に豊富に存在したと考えられるのがアミノ酸,特に上記の 4 種のアミノ酸(GADV)です。 これらが干潟などで重合して出来たランダムな配列のペプチドが触媒として働き, その働きにより RNA が出現してきたと考えることは可能です([GADV]-タンパク質ワールド)。 この仮説の検証のために,GADV から干潟を模した条件(繰り返し乾燥・過熱を与える)で生成したペプチドと, 人工的に合成したペプチドについて,幾つかの化学結合の加水分解を触媒できるかどうかが調べられています。 干潟条件でもポリペプチドは確かに生成しており,その他にグリシンの環状ニ量体であるジケトピペラジン (diketopiperazine)もできているようでした。 いずれの結果からも加水分解活性は検出されました。特にタンパク質のペプチド結合を加水分解する活性も確認されており, [GADV]-ペプチドがペプチド結合の分解,再結合(逆反応も触媒するはずなので) を通じて見かけ上複製できると考えられました。 このことは RNA ワールド仮説よりも [GADV]-タンパク質ワールド仮説を支持しているように見えます。 実際に原始地球において [GADV]-ペプチドが合成されていたことについてはおそらく正しいでしょう。 しかしこれは本当に RNA ワールド仮設を否定するものでしょうか? RNA ワールド仮説の最大の難点は, RNA の自然生成が困難である点にあります。では [GADV]-タンパク質ワールド仮説で説明できるかというと, これは RNA ワールド仮説同様に困難があるといわざるを得ません。アミノ酸やペプチドはむしろ, 原始海洋の条件下ではヌクレオチドの重合を阻害するという研究も出ており(Kawamura et al., 2002; Kawamura & Kuranoue, 2003),[GADV]-タンパク質ワールド→ RNA へという流れはなかったかもしれません。 原始地球でのペプチドの出現と RNA の出現は別のレベルで議論すべきかと思われます。 今回の研究はペプチドの出現とその複製系について興味深いデータを示していますが, 一方で RNA の系については何らの解決もしていません。実験的に研究するには難しいテーマですが, 生命の起源にはタンパク質ワールドの出現,これとは独立に RNA ワールドの出現, そして両者の「共生」が関与していたと考えられます(これに細胞膜も)。 今後は GADV からなるペプチドがどのようにして RNA あるいは核酸と相互作用したのかの研究に期待したいところです。 Oba, T., Fukushima, J., Maruyama, M., Iwamoto, R. & Ikehara, K. Catalytic activities of [GADV]-peptides. Orig. Life Evol. Biosph. 34, 447-460 (2005). Kawamura, K., Kuranoue, K. & Umehara, M. Chemical evolution of RNA monomers and polymerases: Implications from search for the prebiotic pathway of formation of RNA from adenosine 5'-triphosphate in the presence of thermal condensation products of amino acids as primitive enzymes. Viva Origino 30, 123-134 (2002). Kawamura, K. & Kuranoue, K. Influence of 20 common amino acids on the template-directed formation of oligoguanylate from guanosine 5'-monophosphate 2-methylimidazolide on a polycytidylic acid template. Viva Origino 31, 188-200 (2005). |
太陽虫の没する国(2005.12.23) 近年真核生物をいくつかの界(kingdom)に相当する単系統のグループに分ける研究が進んでいます。 アルベオラータ類(Alveolata)などは比較的よくまとまることが示されていますが, 一方で所属がまるで分からない原生生物もまだまだ残されています。 太陽虫の一グループとされていた有中心粒類(Centrohelida)もどの界に落ちるのか,結論が出ていません。 Sakaguchi et al. (2005) は複数遺伝子の解析からこの問題に取り組んでいます。 もともと太陽虫と呼ばれていた原生生物は,近年の分子系統解析からその多くがリザリア類(Rhizaria) に含まれることが分かってきています(Nikolaev et al., 2004)。また,一部の仲間(無殻太陽虫目:Actinophryida) はストラメノパイル界(Straminipila または stramenopiles)に含まれることもわかっています。 ところが,有中心粒類のみは分子系統から明瞭な所属が分かりませんでした。DHFR と TS 遺伝子の遺伝子融合の情報から, 有中心粒類がバイコンタ(bikonts)に含まれるらしいことは分かりましたが,その中での近縁群が SSU rRNA 遺伝子からは特定できなかったのです。 そこで今回の系統解析では,これに加えてチューブリン α と β の遺伝子とアクチン遺伝子の情報も合わせ, それぞれ,または複数の遺伝子をつなげて系統解析が行われました。それぞれの解析ごとに微妙に結果は異なっていますが, 興味深いことに有中心粒類は紅藻と近縁である可能性が示唆されました。しかしその他の可能性として, アメーバ動物類に近縁な可能性(これは上記の遺伝子融合の結果とは矛盾します)や, 灰色藻類とクリプト藻類に近縁な可能性も否定されないようです。 特に後者は依然として明瞭な帰属が不明なグループで,有中心粒類と近縁だとすると, 新しいグループとしてまとめられることになるかもしれません。 紅藻と有中心粒類が近縁であるとの仮説については,両者とも鞭毛を持たない点などが共通しているようにも見えますが, それだけでは本当に近縁であるか確信を持つことはできません。 また有中心粒類にはこれまで葉緑体やその痕跡は知られていませんので,この仲間が紅藻と近縁で, 葉緑体を失ったグループだと断ずることも難しいでしょう。 結局,Sakaguchi et al. (2005) の結果からは有中心粒類の帰属は解決しませんでしたが, 候補がいくつかに絞られた感はあります。 今後,他の遺伝子の系統解析か遺伝子融合や挿入配列などの情報から帰属が調べられることになるでしょうが, 作業仮説として紅藻近縁説が出てきたことは中々面白いですね。 有中心粒類は植物界に含められることになるんでしょうか? Sakaguchi, M., Nakayama, T., Hashimoto, T. & Inouye, I. Phylogeny of the Centrohelida inferred from SSU rRNA, tubulins, and actin genes. J. Mol. Evol. 61, 765-775 (2005). Nikolaev, S. I. et al. The twilight of Heliozoa and rise of Rhizaria, an emerging supergroup of amoeboid eukaryotes. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 101, 8066-8071 (2004). |
もう一つの葉緑体(2005.12.18)(→藻類学)
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過去を映すイントロン達(2005.12.17) 脊椎動物はゲノムの読まれたショウジョウバエなどと比べると,イントロンを特に多く持っており, これは脊椎動物の進化の過程でイントロンを多数獲得したためと考えられてきました。 ところが前口動物の中で,ショウジョウバエ(脱皮動物類)とは異なる系統(冠輪動物類)に含まれる Platynereis dumerilii のデータが集まってくると,この種が脊椎動物と同じイントロンを多数共有していることが分かりました (Raible et al., 2005)。 -------脱皮動物(線虫,節足動物など)-------| ------| -------冠輪動物(環形動物,軟体動物など。Platynereis) | --------------後口動物(棘皮動物,脊索動物など) Platynereis は環形動物(ミミズ・ゴカイの仲間)の一種で,冠輪動物類に含まれます。 これは前口動物の 2 大クレードの一つであるにもかかわらず, 昆虫や線虫など複数種のゲノムが解析されている脱皮動物に比べて,ゲノムレベルの解析が遅れているグループです。 Raible et al. (2005) は BAC クローンから 230 万塩基対ほどの塩基配列を得て, 他の左右相称動物に相同な遺伝子が知られている遺伝子を 30 個見つけています。 これらの遺伝子を線虫,3 種の昆虫,ホヤ,フグ,ヒトの遺伝子と比較したところ, 多くのイントロンをヒトと共有していることが分かりました。 Platynereis と最も多くのイントロンを共有していたのがフグで,次いでヒトでした (いずれも Platynereis のイントロンの 60% 以上を持つ)。 逆に脱皮動物類と共通のイントロンは少なく,ショウジョウバエなどの昆虫では Platynereis のイントロンの 10% 未満しか共有していませんでした。 今回の結果から,脊椎動物に見られる多数のイントロンは, その多くが左右相称動物の祖先から引き継がれてきたものであることが分かりました。 つまりこれまで想像されてきたように,脊椎動物の系統でイントロンの大規模な獲得があったのではなく, むしろ脱皮動物の系統でイントロンが多数抜け落ちたと考えられるのです。 これまで遺伝子レベルの研究は前口動物では脱皮動物が中心に行われており,冠輪動物の情報は不足していました。 左右相称動物の祖先型の推定などには冠輪動物の情報も重要であることが今回の結果から確かに示されたと言えるでしょう。 ちなみに Platynereis では過去にも後口動物に特有とされてきた光受容体が見つかったとする研究があり (「光あれ」×1? ×2?,続報), 同じグループが関わっています。しかし今後は軟体動物など他の冠輪動物の研究にも注目が集まっていくことでしょう。 Raible, F. et al. Vertebrate-type intron-rich genes in the marine annelid Platynereis dumerilii. Science 310, 1325-1326 (2005). |
棘皮動物の根本(2005.12.16)(→古生物学)
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動物になる前,菌類になる前(2005.12.11) 動物と菌類は真核生物の中にあって互いに近縁で,オピストコンタ(Opisthokonta) と呼ばれる系統群を形成します。このグループは遊走細胞を持つ場合, 細胞の後ろ側に一本の鞭毛を持つことが特徴とされています。 このグループには襟鞭毛虫のような原生生物の系統もいくつか含まれており, 動物や菌類の祖先型を考える上で重要視されています。Steenkamp et al. (2005) はこれらオピストコンタに属する原生生物の複数遺伝子を解析し,各グループの正確な系統的位置の特定を目指しました。 オピストコンタに含まれることが知られている系統群には,襟鞭毛虫類,Ministeria 類,Ichthyosporea 類 (Mesomycetozoa 類とも呼ばれる),Corallochytrium 類,Nuclearia 類,Capsaspora の 6 系統があります。このうち最も最近記載された Capsaspora を除く 5 系統の代表種について, EF-1α,アクチン,HSP70 および β-チューブリンの配列を決定しました(一部例外あり)。 この結果,高い解像度でオピストコンタの初期の分岐が明らかになりました。
まず得られた系統樹を示します。 -------後生動物-------| -------| ?------Ministeria | | -------| --------------襟鞭毛虫類 | | | | -------Ichthyosporea ------| --------------| | -------Corallochytrium | | -------真菌類 ---------------------| -------Nuclearia 襟鞭毛虫類は,もともと海綿の襟細胞に似ていることから動物との関連性が指摘されていましたが, 今回の系統樹でも動物と比較的近くにきています。しかし最も動物と近縁になったのは Ministeria という原生生物でした。これはアメーバ様の生物で, これまでもオピストコンタに含まれる系統位置不詳の分類群とされてきました。ただ今回の解析では Ministeria の系統的位置は完全には解けておらず,特殊化した襟鞭毛虫類である可能性も残されています。 いずれにせよ,Ministeria は鞭毛期が知られておらず,動物の祖先型は襟鞭毛虫類に似た生物と考えてよさそうです。 なお,より原始的な位置で分岐している Ichthyosporea でも原始的なものでは鞭毛細胞期が知られています。 その一方で,菌類と姉妹群をなした Nuclearia はやはりアメーバ様の生物で,鞭毛期が知られていません。 原始的な菌類(ツボカビ類)では遊走子形成が知られており,今後 Nuclearia に鞭毛期が見つかるか, 鞭毛性の原生生物で菌類に近縁なものが見つかることが期待されます。 残念ながら今回調べられた生物には動物と菌類の共通祖先より古い,基盤的なオピストコンタ類はいませんでした。 アメーバ動物類(Amoebozoa)がオピストコンタの姉妹群になる可能性が指摘されているとは言え, それよりも動物+菌類に近い生物が見つかってくると,動物や菌類の起源について新たな議論が出来るようになると思います。 系統的位置が全く分からない原生生物はまだまだ大量に存在しますので, その中にはオピストコンタ類の新たな系統が含まれているかもしれません。 Steenkamp, E. T., Wright, J. & Baldauf, S. L. The protistan origins of animals and fungi. Mol. Biol. Evol. 23, 93-106 (2005). |
始祖鳥は鳥の始祖ではないのか?(2005.12.07)(→古生物学)
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6000 年の時を超えたペンギンの進化(2005.12.04) 進化が起きている現場で進化を観察するというのは進化学の一つの課題です。 小進化(microevolution:集団内での遺伝子頻度の変化)の実証が最も実現性のある研究ですが, それでも観察できる場合は稀ですし,長くても 200 年程度の期間が限界でした。 ところが Shepherd et al. (2005) は現在のペンギンの集団中の遺伝子と, 同じ集団に由来する 6000 年前の準化石(subfossil)の遺伝子を比較することで, この 6000 年の間に起こった小進化を実証することに成功しました。 彼らは南極のアデリーペンギン(Pygoscelis adeliae)の集団が, 基本的には長期にわたって定住することに着目しました。 そして現在のペンギンの遺伝子からマーカーとして使える 9 箇所のマイクロサテライト DNA の座位を調べました。 同時に現在のコロニーの近くにある放棄されたコロニー(同一集団に由来すると考えられる)から準化石を掘り出し, 詳細な層序,年代測定の結果が得られた 15 体のペンギンについても同じ座位の配列を調べました。 その結果,この集団では交配が自由に行われており,遺伝子頻度は計算上変わらないはず(Hardy-Weinberg 集団だった) にもかかわらず,6000 年の内に各座位の頻度が変化していることが明らかになりました。 化石と現在のマイクロサテライトを比較すると,現在の方が繰り返し配列の数が増えていることから, まず突然変異がこの小進化の要因として考えられました。また,集団サイズが極端に小さくなり, そのせいで遺伝子頻度が変化した可能性も否定は出来ませんでした。 ちなみにマイクロサテライトが機能を持っているとは考えられないため,自然選択の可能性は考えていません。 もう一つ,集団間での遺伝子交流も当然考えられるのですが,ペンギンは帰巣本能が強く, あまりコロニー間の移動はしないとされていたそうです。 ところが DNA サンプルの採集後に,巨大な氷山がペンギンのコロニーの近くの海上に定着し, この影響でペンギンの移動ルートが妨害されるという出来事が起こりました。 この効果として,前年にはほとんど見られなかったコロニー間の移動が増加したことが観察されました。 このような現象は過去にも繰り返しあったと考えられるそうで,これが過去のコロニー間の移動を促し, 小進化の一因となったと見られています。 進化論の弱点として実証が困難であることがしばしば創造論者などから指摘されますが, 現在では現実の進化が実証されるようになってきています。それにしても 6000 年の長きにわたる進化を証明できたのは, ペンギンの種の特性と南極の環境がうまく働いたためで,極めて特殊なケースであるといえます。 今回の方法論はさらに詳細な進化過程の研究にも使えるように思えるため, このチームによる今後の研究から進化の現場で実際に何が起こっているのか, 理論研究との比較が出来るようになれば面白そうですね。 Shepherd, L. D. et al. Microevolution and mega-icebergs in the Antarctic. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 102, 16717-16722 (2005). |
生物最初の大発明(2005.12.01) 生物は RNA が遺伝子と触媒を兼ねていた RNA ワールドから始まったと考えられています。 そして後にタンパク質の合成系を開発され,遺伝子を DNA に,触媒をタンパク質に任せるようになったとされています。 この過程にまつわる仮説が Line (2005) によって提出されました。 初めに存在したのは,膜に包まれた,RNA を複製するリボザイム(RNA 触媒)だと想定されています。 これらが + 鎖,- 鎖を複製し,片方が複製に特化,残りが機能分子に特化するようになったと考えます。 こうして RNA 合成を担うリボザイムが進化し,これは複製の正確性を増すために, 三塩基単位のオリゴヌクレオチドを基質に用いていたとされています。 この三塩基単位のオリゴヌクレオチドが後にアンチコドンとして働くようになったと推測されています。 この RNA 合成酵素は原始的なリボソームとして働くようになります。 この酵素が変異して,アンチコドンと逆側にアミノ酸を結合させるようになり,その利点についてははっきりしませんが (逆側の鎖の多様性を保つため?),この変異体が広まったとされています。 このようにしてリボソームを用いたタンパク質合成系がスタートし,より精巧な仕組みが出来上がります。 最後にタンパク質でできた逆転写酵素の発明により,RNA から DNA へと遺伝情報が移行するようになり, その結果 RNA 依存性の RNA 合成酵素は失われることになります。 この仮説の特徴としては,トリプレットコドンが RNA 合成のために誕生したと考えていることと, RNA 合成酵素からリボソームが進化したと考えている点にあると思います。 この仮説により,RNA ワールドから DNA ワールドへの進化に一応の筋道がつきますが, 無論これは一つの可能性に過ぎず,実際にはまったく異なる進化過程をたどったのかもしれません。 この仮説の欠点としては RNA がアミノ酸を結合することによる利点と,RNA から DNA へと遺伝情報を移すことの利点が, 十分に説得力のある形で示されていないことでしょう。特に後者については一応 DNA の方が RNA よりも安定なためとされますが,これはそのような進化を起こす引き金としては不十分な印象があり, むしろ機能の切り替えを DNA と RNA という状態変化によって行っていた可能性なども考えてよいと思います。 この場合,逆転写酵素によって RNA から DNA が合成されたのではなく, RNA 上の水酸基が還元されることによって,直接 RNA が DNA に変換される過程が存在したと考えられます。 生命の起源の分野では実証的な研究が極めて困難なので,今後も様々な仮説が提唱されることでしょう。 Line, M. A. A hypothetical pathway from the RNA to the DNA world. Orig. Life Evol. Biosph. 35, 395-400 (2005). |
続報 3:最尤法か最節約法か(2005.11.24) これまで何度も紹介した,heterotachy の問題ですが (最尤法か最節約法か,続報, 続報 2),Kolaczkowski & Thornton (2004) を受けたレビュー論文が出版されていました (Steel, 2005)。 heterotachy については当サイトのこれまでの記事でも紹介してきましたが, いくつか興味深い議論が Steel (2005) の後半で行われていました。 一つは,Kolaczkowski & Thornton (2004) が用いたシミュレーションが現実を反映しているかどうかという点です。 ある系統群で半分のサイトの進化速度が急に速くなり,残りの半分の進化速度が急に遅くなるという 間逆の進化が実際に起こることには疑問が呈されており,生化学的に現実的な進化を考える必要性を訴えています。 ありうるケースとして指摘されているのは複数の異なる系統で GC 含量が並行的に増加する場合や, 変異速度の速いサイトの割合や位置が複数の系統で変わる場合です。後者はタンパク質の構造が変異した場合や, 機能が変化した場合などに想定されます。 Steel (2005) はまた,Kolaczkowski & Thornton (2004) が heterotachy をモデルに取り入れた場合, 通常の最尤法や最節約法よりも優れた系統解析が行える可能性を示していることに注目しています。 この場合の問題は,実際の遺伝子配列からどのようにして heterotachy のモデルを推定するのかということにあります。 タンパク質の特徴やコドンの位置などの情報を取り入れることも出来るでしょうし, その他新しいモデルの開発も今後進んでいくと見られています。 いずれにせよ,生化学的な議論との結びつきが重要だということを強調しています。 Steel, M. Should phylogenetic models be trying to 'fit an elephant'? Trends Genet. 21, 307-309 (2005). |
続報 2:最尤法か最節約法か(2005.11.14) 最尤法か最節約法かで紹介した Kolaczkowski & Thornton (2004) では heterotachy と呼ばれるバイアス(続報)がある場合には, 一般にはより優れていると考えられていた最尤法よりも,最節約法の方が良い結果を導くことが主張されました。 しかしこれはシミュレーションの条件が限定的であったためであるとの批判が複数寄せられており (続報),同様の批判が別の雑誌でも出版されました(Gaucher & Miyamoto, 2005)。 Gaucher & Miyamoto (2005) の批判は続報で紹介した Gadagkar & Kumar (2005) とほぼ同様で, heterotachy を示すサイトの比が最も極端な場合にのみ最節約法が優れていることを示しました。 また彼らは下図の p と q の比(p/q)についても条件分けしており, p/q が 1 から外れると(p,q の長さが大きく異なると)最節約法と最尤法に差が出るようです。 つまりバイアスが極端な場合にのみ最節約法が優れている場合が出るわけですが, バイアスが極端な場合には,そもそもいずれの解析法によっても解析結果の信頼性が揺らぐわけで, どちらが優れているかを議論しても仕方がないような気がします。 なお,Gaucher & Miyamoto (2005) は最尤法の方が誤った系統樹を導いた時に 「正しく」ブートストラップ値が低くなることや,様々なモデルなどを導入するなど改善の余地が得られることなどを理由に, 最尤法を推しています。 特に Kolaczkowski & Thornton (2004) が考えた, heterotachy が起こったサイトを仕分けして解析する方法に可能性を見出しています。 尤度比検定やベイズ法を用いてこの方法を実現出来るのではないかと提唱しています。 Gaucher, E. A. & Miyamoto, M. M. A call for likelihood phylogenetics even when the process of sequence evolution is heterogeneous. Mol. Phylogenet. Evol. 37, 928-931 (2005). 他の Reference についてはリンク先の記事を参照 |
調べてみれば謎の原生動物(2005.11.13) 原生動物の中には学名がつけられていても, 詳細な微細構造や DNA 配列がまるで未知なためにどのグループに属するのかが不明な種が多数存在します。 そんな原生動物の 1 種で,比較的よく見つかるとされる海産の捕食性鞭毛虫の Telonema 属のメンバーが Klaveness et al. (2005) により詳細に研究されました。 その結果,Telonema がまるで未知の系統に属する原生動物である可能性が浮上しました。 彼らは Telonema の 1 種で,この論文で新種,T. antarcticum と名付けられた種を培養し, 微細構造や SSU rRNA の配列を調べました(この種の存在自体は過去にも報告があったが,正式に名付けられていなかった)。 この原生動物は滴型の体をしており,滴の先端に生えた 2 本の鞭毛で鞭毛を後方に向ける形で遊泳します(次図)。 微細構造の特徴としては,ミトコンドリアが管状のクリステを持っており, 細胞膜直下に "angular paracrystalline objects"(角ばった準結晶体)を持っていることが注目されています。 管状クリステを持ったミトコンドリアは,バイコンタの一部(アルベオラータ類,ストラメノパイル類, リザリア類やエクスカヴァータ類の一部)に見られる特徴です。 "angular paracrystalline objects" は膜に包まれた準結晶状の構造で,アルベオラータ類(繊毛虫,アピコンプレクサ類, 渦鞭毛藻類など)の外被とよく似ていると指摘されています。 しかし同様の構造がストラメノパイル類の一部や,灰色藻類にも観察されていることから, "angular paracrystalline objects" のみをもって Telonema の系統を論じることは難しそうです。 分子系統の結果はさらに不明確なものでした。真核生物全体にわたって rRNA の系統解析がなされていますが, Telonema はどの代表的なグループにも属さない,独自の系統的位置を占めていました。 一応,おおよその位置からバイコンタに属するらしいことは推測できますが, Telonema は,微細構造の上でも分子系統でも独特な生物として今後の注目に値するでしょう。 他の分子を用いた系統解析や鞭毛基部の細胞骨格の配置などの情報が重要な意味を持ってくると思われます。 しかし実は,著者らが余り議論していなかった特徴に重要な示唆が含まれているように思えます。 Telonema の鞭毛のうち 1 本には小毛が生えており,この小毛は三部構造をとっていると書かれています。 このような三部構造はストラメノパイル類の共有派生形質で, Telonema がストラメノパイル類に含まれる可能性を支持しているように思われます。 原始的なストラメノパイル類は基本的に捕食性で, 中には系統樹の描き方によってはストラメノパイル類から離れて見えるものも存在します (Placidia はストラメノパイル類とされますが, Kühn et al., 2004 の系統樹ではわずかに離れた位置を取っています)。 Klaveness et al. (2005) の系統樹に原始的なストラメノパイル類がほとんど含まれていないことからも, Telonema がストラメノパイル類に含まれる可能性が否定できないように思われます。 ストラメノパイル類の中ではやや派生的な仲間ですが,Developayella は鞭毛を後に向けていたり (普通のストラメノパイル類は少なくとも 1 本の鞭毛が前方を向いています), 細胞膜の内側に小胞が存在するなど,Telonema に似た点が報告されているので(Tong, 1995), もしかしたら Telonema と系統的に関係があるのかとも想像してしまいます。 Klaveness, D., Shalchian-Tabrizi, K., Thomsen, H. A., Eikrem, W. & Jakobsen, K. S. Telonema antarcticum sp. nov., a common marine phagotrophic flagellate. Int. J. Syst. Evol. Microbiol. 55, 2595-2604 (2005). Kühn, S., Medlin, L. & Eller, G. Phylogenetic position of the parasitoid nanoflagellate Pirsonia inferred from nuclear-encoded small subunit ribosomal DNA and a description of Pseudopirsonia n. gen. and Pseudopirsonia mucosa (Drebes) comb. nov. Protist 155, 143-156 (2004). Moriya, M., Nakayama, T. & Inouye, I. A new class of the stramenopiles, Placididea classis nova: Description of Placidia cafeteriopsis gen. et sp. nov. Protist 153, 143-156 (2002). Tong, S. M. Developayella elegans nov. gen., nov. spec., a new type of heterotrophic flagellate from marine plankton. Eur. J. Protistol. 31, 24-31 (1995). |
原生生物の「公式」分類体系(2005.11.09) 原生生物(Protista;原生動物)は非常に雑多な真核生物を含んでおり, その分類体系は研究者によって大きく異なっていることがしばしばあります。 近年は微細構造に基づいた分類体系から分子系統を重視した分類体系へのシフトが起こっており, これに伴なう分類体系の見直しも大きなレベルで起こっています。 この混乱に対処するため,International Society of Protistologists の委員会が真核生物全般に及ぶ分類体系の見直しを出版しました(Adl et al., 2005)。 従来,学会が提出した半ば公式の分類体系としては,1980 年に出版された Society of Protozoologists による体系が存在しました(Levine et al., 1980)。 この体系は日本においても幾つかの図鑑で採用されるなど「公式」の分類体系とされていましたが, 新しい微細構造の研究や分子系統の結果と相容れず,近年はほとんど用いられていませんでした。 Cavalier-Smith や Margulis などはそれぞれ独自の分類体系を出版していましたが, これも各々に独特の点があり,大勢に受け入れられるには及んでいません。 そんな中,多数の原生生物学者によって作られた今回の分類表は,近代的で受け入れられやすい分類体系となっています。 まず目を引く点は,この体系は界門綱目科などのリンネ式の階級を放棄している点です。 これは階級間の移動(階級の格上げ格下げなど)を容易にする目的で採用されたそうです(分岐分類とは異なる)。 そしてこれまでの界に相当する階級には,Amoebozoa(アメーバ動物類),Opisthokonta(後方鞭毛類), Rhizaria(リザリア類),Archaeplastida(「初成植物類」),Chromalveolata(クロモアルベオラータ類), Excavata(エクスカヴァータ類)の 6 群が認められています。 さらにこの下には無数の分類群が示されていますが,詳細はここでは示しません。 いささか議論の予知がある分類としては Chromalveolata と Excavata で,クリプト藻類やハプト藻類を Chromalveolata に入れることについては充分な証拠がなく(むしろ否定的な証拠も存在する), またユーグレナ動物とヘテロロボセア類が Excavata にまとめられるかどうかについても, 分子系統からの強い証拠が得られていません。この点は Adl et al. (2005) においても認められています。 などなど,細かいところでは問題も多々有るでしょうが,基本的に最新の分類体系を反映しており, この体系に従った分類表記をすることは無難な選択肢でしょう(ただし,「無難」と「適切」は必ずしも一致しません)。 リンネ式の階級を放棄することには異論がありますし,細かい分類については今後ますます研究が進んでいくと考えられます。 従って専門的な研究者は今後の動向にも注意を払う必要があると思われますが, そうでない場合は,当面この分類体系を採用していくのが最も良い選択肢となりそうです。 まずは旧来の 5 界説(Margulis & Schwartz, 1998),6 界説(Cavalier-Smith, 2004)との比較を示しておきますが, 今後,本サイトの分類表などに反映していく予定です(全面的に採用するつもりもありませんが)。 なお,Nature にも紹介記事が出ていましたが(Simonite, 2005), この記事では Adl et al. (2005) が真核生物を 6 界に分類したと書かれています。 しかし実際には界に相当する Super-groups を 6 個設定しただけで, Adl et al. (2005) では公式な界とはみなしていません。 Adl et al. (2005) は J. Eukaryot. Microbiol. のサイトから無料でダウンロードできます。 Adl, S. M. et al. The new higher level classification of eukaryotes with emphasis on the taxonomy of protists. J. Eukaryot. Microbiol. 52, 399-451 (2005). Cavalier-Smith, T. Only six kingdoms of life. Proc. R. Soc. Lond. B 271, 1251-1262 (2004). Levine, N. D. et al. A newly revised classification of the Protozoa. J. Protozool. 27, 37-58 (1980). Margulis, L. & Schwartz, K. V. Five Kingdoms: An Illustrated Guide to the Phyla of Life on Earth 3rd ed. (Freeman and Company, New York, 1998). Simonite, T. Protists push animals aside in rule revamp. Nature 438, 8-9 (2005). |
バラバラになったクンショウモ(2005.11.08)(→藻類学)
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ヘビは海から戻ってきた?(2005.11.05) ヘビは爬虫類の中にあって,肢を持たないという独特な体制を持っています。 しかしながらその進化的な起源については未だに確たる結論は得られていません。 Lee (2005) は分子系統と化石の形態を合わせて解析することにより,ヘビが海生の絶滅爬虫類のモササウルスと近縁であり, 従って海生の祖先から進化してきた可能性を示しています。
ヘビの起源に関しては,地中生の祖先から進化したとする説と,海生の祖先から進化したとする説がありますが, 近年の分子系統からは否定されつつあったそうです。 海生説はモササウルスがヘビとオオトカゲ類(varanids)の中間的な特徴を持っていることに注目しています(次図)。 ------------ オオトカゲ類| ----| ------- モササウルス類 -----| ------- ヘビ類 ところが,分子系統からはオオトカゲ類とヘビ類が系統的に離れていることが示されてきたため, 通常オオトカゲ類から進化したと考えられているモササウルスも,ヘビとは関係がなく, ヘビを海生起源と考える理由はない,ということになっていたようです。 Lee (2005) はこの推論に疑問を抱きました。 すなわち,モササウルスがヘビとオオトカゲのどちらに実際近縁なのかを再検証する必要があると考えたのです。 Lee (2005) は分子系統が得られている現生種については分子系統解析の結果を維持し, そのようにして制限を受けた系統樹に化石種を形態に基づいて最節約的に挿入していくような方法で, 分子系統と化石の形態を併せた系統樹を作成しました。 このような総合的な系統解析の結果,モササウルスはオオトカゲ類よりもむしろヘビ類に近縁である事が示されました。 さらに他の海生爬虫類もヘビの近くに来ており,ヘビが海生爬虫類の中から進化してきたことが明確に支持されていました。 なお,ヘビ類の根本付近からは,海生の肢を持った化石のヘビが分岐しています。 ---------------------- モササウルス類(海生,化石)| ----| ----------------- 海生化石爬虫類 -----| | ------------ 海生化石爬虫類 -----| | ------- 海生の肢を持った化石ヘビ類 -----| ------- ヘビ類 今回の結果からは,ヘビが海生のモササウルスと近縁な仲間から進化してきており, 従って海から陸上へ戻った生物であることが強く示唆されています。 もちろん化石の形態の解釈には様々な困難が伴ないますから,これが最終結論になるかどうかは私には分かりませんが, 分子系統だけでは分からないモササウルスの系統解析をやり直した点は重要だと考えられます。 正しい進化的な系統を明らかにするためには往々にして分子系統だけでも,形態解析だけでも不十分なことがありますので, 鍵になるような重要な化石が出ている場合には,今回のような総合的な解析も視野に入れなければならないでしょう。 また,古生物のみによる分岐系統はどうしても正確性で分子系統に劣ることが多いので, 確かな分子系統樹で樹形を制限するやり方も用いられる必要があるでしょう。 Lee, M. S. Y. Molecular evidence and marine snake origins. Biol. Lett. 1, 227-230 (2005). |
続報:最尤法か最節約法か(2005.10.29) 系統樹を描く際に "heterotachy" という問題がある場合には, 最尤法による系統解析よりも最節約法による系統解析のほうが優れているとする研究が昨年出版されました (最尤法か最節約法か)。 しかしこれは heterotachy の条件の中でも特殊な場合に限られており, 実効上はやはり最尤法が優れているとする研究が続けて出ています (Spencer et al., 2005; Gadagkar & Kumar, 2005)。 heterotachy とは,Philippe & Lopez (2001) によって名付けられた現象で, 遺伝子のある種の進化のパターンのことを指します。 系統によって遺伝子の進化速度というのはしばしば変化します。ある系統では塩基置換速度が速く, 別の系統では遅いとような場合です(例えば以下のような場合)。 Kolaczkowski & Thornton (2004) は,上記のような場合(4 種類の配列で,X と Y の座位数は同じ)において, 最尤法よりも最節約法の方が優れていることを見出しました。 これはシミュレーションに基づいた研究でしたが,実際にどこまで現実的であるのかは明らかでありませんでした。 Spencer et al. (2005) は,Kolaczkowski & Thornton (2004) が 4 つの OTU に考えられる heterotachy の組み合わせの,一つのみしか検証していないことに注目し,他の組み合わせについても検証しました。 その結果,考えられる 15 通りの組み合わせのうち,最節約法が優れているのは 2 通りだけでした。 一方で,最尤法の方が優れているケースはむしろ 4 通りありました(他の場合はいずれも良好な結果)。 例えば,以下のような場合には,最尤法の方が明らかに優れていました。 Gadagkar & Kumar (2005) は別のアプローチで Kolaczkowski & Thornton (2004) の結果を批判しました。 すなわち上記の図で言うと,X ドメインと Y ドメインのサイズが同等でない場合はどうなるのかを調べたのです。 その結果,最節約法が最尤法に勝るのは,進化速度の異なる座位数が互いにほぼ同じ場合に限られており, 片方が多い場合には最尤法の方が優れており,総合的に見ると最尤法が優れている場合の方が多いことを示しました。 従って,一般論として最節約法の方が優れているとはとても言えないわけです。 結論としては,現実に考えられる系統進化については,最節約法は決して最尤法に比べて優れているとは言えず, まれに有用な場合があるといった程度であることが分かりました。 系統解析の際に両者を併用することは重要ですが,塩基置換のモデルなどを導入できる利点などを思えば, どちらかと言えばやはり最尤法の方が優れた系統解析法であると認められると思います。 もちろん heterotachy の問題がなくなったわけではありませんから, 今後,よりすぐれた解析法について検証する必要があることには変わりなく, 実際に Spencer et al. (2005) ではそのような解析方法についても議論されています。Kolaczkowski, B. & Thornton, J. W. Performance of maximum parsimony and likelihood phylogenetics when evolution is heterogeneous. Nature 431, 980-984 (2004). Spencer, M., Susko, E. & Roger, A. J. Likelihood, parsimony, and heterogeneous evolution. Mol. Biol. Evol. 22, 1161-1164 (2005). Gadagkar, S. R. & Kumar, S. Maximum likelihood outperforms maximum parsimony even when evolutionary rates are heterotachous. Mol. Biol. Evol. 22, 2139-2141 (2005). Philippe, H. & Lopez, P. On the conservation of protein sequences in evolution. Trends Biochem. Sci. 26, 414-416 (2001). |
葉緑体泥棒の渦鞭毛藻(2005.10.26)(→藻類学)
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中立進化説が成立しない場合(2005.10.23) 多くの種の全ゲノムが解読されるにつれて, ゲノムの各領域の進化について様々な情報を得ることが出来るようになってきました。 Andolfatto (2005) は 2 種のショウジョウバエの非コード領域の進化を解析し, そのかなりの部分が正または負の選択圧を受けていることを示しました。 Andolfatto (2005) はゲノム解読の終了したキイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster) とオナジショウジョウバエ(D. simulans)の非コード領域(mRNA 中の非翻訳領域:UTR,イントロン, 遺伝子間領域:IGR)を比較しました。 このとき,中立な進化のモデルとして,タンパク質コード領域の同義置換を用いて, 2 種の非コード領域の間の変異の程度を調べています。 その結果,非コード領域では変異の量が同義置換に比べても少ない,即ち負の選択圧を受けているらしいことが分かりました。 さらに種内の多型と種間の置換の数を比較することにより,種間で差が見られる部分については, 正の選択圧を受けている部分が少なくないことも分かりました。 非コード領域のおよそ 40〜70% が負の選択圧を,種間で差がある部位の 20〜60% が正の選択圧を受けていると見積もられており,非コード領域のかなりの部分が, 中立ではない進化を受けているとのことです。 このことは,非コード領域にタンパク質と同等に重要な機能を担う部分がまだ隠れていることを示唆しているようです。 哺乳類を含む脊椎動物では,非コード領域の中で選択圧を受けている部分は限られているようですが, これは脊椎動物の方が種の集団サイズが小さいことによるようです。 そのためか,ショウジョウバエの方が転移性の遺伝因子やイントロンなどが少ないということも知られています (Kondrashov, 2005)。 Amdolfatto, P. Adaptive evolution of non-coding DNA in Drosophila. Nature 437, 1149-1152 (2005). Kondrashov, A. S. Fruitfly genome is not junk. Nature 437, 1106 (2005). |
好塩性古細菌は見た! 〜 結びつく動物と菌類(2005.10.19) 動物と菌類が互いに近縁なグループを形作るという考えは,近年急速に定着してきています。 Huang et al. (2005) は,動物と菌類のチロシル tRNA 合成酵素(tyrRS)が本来の真核生物のものとは異なり, 高度好塩性古細菌から水平遺伝子移動(LGT)によって獲得されたものであると指摘しています。 この LGT は動物と菌類の近縁性を示す,強い証拠であると考えられます。 動物と菌類,そして一部の原生動物を含めたグループはオピストコンタ類(後方鞭毛類:Opisthokonta)と呼ばれ, それぞれのグループが祖先的には細胞の後ろに鞭毛を持っていたらしいことに由来します。 オピストコンタ類の単系統性は,多くの系統樹からも支持されていますが, 多くのタンパク質配列の複合系統樹からは支持されない場合もあるそうです。 オピストコンタ類の単系統を示す強い証拠としては, オピストコンタ類の EF-1α に共通の長いアミノ酸挿入配列があることが挙げられています。 しかしこのような稀な変異をマーカーにする場合にも,一種類のマーカーのみに頼るのは危険です。 そこへ tyrRS の LGT の証拠が新たに追加されたわけです。 彼らは tyrRS の系統樹と特徴的なアミノ酸座位に基づいて, オピストコンタ類の tyrRS が高度好塩性古細菌の中に入り,他の真核生物(アメーバ動物類とバイコンタ類を含む) が別の系統に現れることを示しています。残念なことに tyrRS の系統樹だけでは古細菌(+真核生物)の「根」 (最初の分岐点)が解けておらず,オピストコンタ類の tyrRS が真核生物の本来の tyrRS である可能性も否定できませんが, これまでの研究などから高度好塩性古細菌はメタン生成菌の一部から進化してきたことはほぼ定説になっており (例えば,Forterre, 2002),オピストコンタ類以外の真核生物と古細菌の間の分岐の方が古いと考えるが自然でしょう。 今回の研究にはもう一点面白い点があります。オピストコンタの類の単系統性が強く支持されたのは有意義な結果ですが, LGT を系統のマーカーに用いろという手法自体に面白い可能性があります (古細菌から寄生虫への遺伝子移動)。 特に今回の場合,オピストコンタ類の起源は化石などからある程度推測されますから, これを元に,好塩性古細菌の起源が先カンブリア時代に遡ることが言えます。 さらにこれを基準にして古細菌の分岐年代を一定の根拠を元に論じられるようになるわけです。 LGT で分岐年代を規格化するという研究はこれまで記憶にありませんので,今後の研究ジャンルとして面白いと思います。 Huang, J., Xu, Y. & Gogarten, J. P. The presence of a haloarchaeal type tyrosyl-tRNA synthetase marks the opisthokonts as monophyletic. Mol. Biol. Evol. 22, 2142-2146 (2005). Forterre, P. Evolution of the Archaea. Theor. Popul. Biol. 61, 409-422 (2005). |
はてな? 共生藻が増えないぞ?(2005.10.16)(→藻類学)
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生命は氷の上で生まれた?(2005.10.15) 生物の前段階として,RNA が触媒や遺伝子を兼ねていた時代(RNA ワールド) があったと考えられています。しかし RNA は不安定で長鎖の分子が合成され,安定して存在できるかどうかは疑問でした。 そこで Vlassov et al. (2005) は,RNA ワールドでの化学反応が氷上で起こったとする仮説を提出しました。 当然ながら,氷上では RNA 分子は常温に比べてより安定に保持されます。 一方で,化学反応は一般に低温では遅くなりますから, RNA の合成やリボザイム(触媒として働く RNA)の機能は低下すると思われます。 ところが Vlassov et al. (2005) によると,凍りかけの環境下では溶質が濃縮されることと, 氷の表面との相互作用などが手伝って,一部の化学反応がむしろ促進される場合があるとしています。 そしてその中には RNA の合成や連結反応も含まれています。 これまで知られているほとんどのリボザイムは,生物由来のものであれ人工的に合成されたものであれ, 100 塩基を超えるような長鎖のものがほとんどでしたが,この長さの RNA が自然に合成される確率は非常に低く, また,リボザイムが手伝ったとしても,この長さの RNA の合成は困難だったはずです。 RNA の合成反応は,細胞内ではヌクレオチドを一つずつつなげて行く反応ですが, もともとはある程度の長さの,ランダムに合成された RNA 同士の連結反応だったと推測され, この反応を触媒する RNA リガーゼの発明が重要な意味を持っていたと考えられます。 RNA リガーゼリボザイムの研究も進んでおり,著者らは hairpin ribozyme (HPR)という種類のリボザイムに着目していて, これが低温下でも効率よく働くこと,そして HPR に変異を入れて単純化していっても低温下であれば機能すること, などを紹介しています。 生命の誕生時に海洋が低温であったのか,高温であったのかはよくわかっていませんが, 太陽光が現在より暗かったことなどから,普段は雪玉地球状態で, 天体衝突などにより時に融解していた,という説があります。 しかし最近の研究では原始大気がかなり還元的であったとの説が出ており(生命を産んだ原始大気),従ってメタンの強い温室効果により,むしろ暖かかった可能性も高いように思われます。 原始地球の環境がわからない以上,これ以上の議論は困難ですが,RNA ワールドが氷上で成立した可能性については, これからさまざまな検証実験がなされるかもしれません。 Vlassov, A. V., Kazakov, S. A., Johnston, B. H. & Landweber, L. F. The RNA world on ice: A new scenario for the emergence of RNA information. J. Mol. Evol. 61, 264-273 (2005). |
ベイズ法の解析の問題点(2005.10.13) ベイズの事後確率を用いて最尤系統樹(あるいはそれに類するもの)を探索するには, マルコフ連鎖モンテカルロ法(MCMC 法)という方法を用います。 MCMC 法では連鎖が収束したときの情報を用いて系統樹を描くのですが, 異なる系統樹を支持するような(例えば複数の遺伝子を繋げた)配列情報に基づいて解析を行った場合, 尤度の収束が連鎖の収束よりも極端に早くなり,誤った結果を導くことが指摘されました(Mossel & Vigoda, 2005)。 事後確率に基づいて系統樹を描くためには,事実上 MCMC 法を使うしか方法がありません。 これは特定の方法に従って系統樹を少しずつ変化させて行き,出来てきた系統樹が尤度の高い系統樹に収束するのを待ちます。 そして,収束して以降に出てきた枝の出現頻度から,各枝の事後確率を求めるという方法です。 この方法を用いる際にもっとも肝になるのが,マルコフ連鎖が収束していることをどうやって判定するか,ということです。 MrBayes 3.0b4 をはじめとするプログラムを用いる場合,連鎖の過程で得られる系統樹の尤度の上昇が止まった時点で, 連鎖が収束したとみなしていました。この方法が問題だというのが,Mossel & Vigoda (2005) の研究です。 彼らは仮想的な遺伝子配列を用いて,配列の中にある部分が A という樹形を, 別の部分が B という樹形を支持するような場合には,MCMC 法では尤度の谷を越えられず, 実際には連鎖が収束していなくても,尤度が頭打ちになって見えることを示しました。 この研究から,尤度を指標として収束の程度を評価することは, 遺伝子の複合系統樹を描く場合などには非常に危険であることがわかりました。 しかし,MrBayes 3.1 では連鎖の収束を,独立した二つの連鎖の収束によって定量しているため, 尤度を用いる必要はありません。この場合に上記の問題が発生するのかどうかは今後の課題と思われます。 また,MrBayes では Metropolis-coupled MCMC 法(MCMCMC 法)を用いており, この場合に尤度の問題がおきるかどうかについてもよくわかっていません。 当面は,MrBayes 3.1 以降を用いて,2 つ以上の連鎖を走らせることが比較的安全な対処法でしょう。 Mossel, E. & Vigoda, E. Phylogenetic MCMC algorithms are misleading on mixtures of trees. Science 309, 2207-2209 (2005). |
巨大な植物界(2005.10.11)(→藻類学)
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氷の女王,シアノバクテリア(2005.10.10)(→古生物学)
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大洋に広がる古細菌の新グループ(2005.09.29) 微生物学の基本は材料の純粋培養にあると言っても過言ではないと思います。 しかし PCR 技術の発展により,培養を介さずにサンプル中にいる生物の正体を類推することが出来るようになってきました。 その成果として,全く未知の古細菌の大グループが深海の冷温域に広く大量に存在していることが知られていました。 今回,10 年以上待たれていたこのグループの古細菌の純粋培養が成功し, 彼らが「亜硝酸古細菌」であることが示されました(Könneke et al., 2005)。 Marine group 1 Crenarchaeota などと呼ばれていたこのグループの古細菌は, これまでに純粋培養されていた他の Crenarchaeota が全て好熱性であったのに対して, 常温より低い温度の環境に存在している点と,系統的に他の Crenarchaeota とまるで離れていることから, 古細菌には全く未知の生活様式を取っている可能性も考えられました。 しかも,過去の研究から海洋中の原核生物の数十%を占めるほど大量に存在していることが知られており, 海洋中の有機物循環など,海洋の大規模な生態学的な観点からも純粋培養に基づく研究が必要でした。 Könneke et al. (2005) はこれまで傍証などから, 彼らがアンモニアを酸化する化学合成生物である可能性を考え, そのための培地を用いて純粋培養株(SCM1 株)を得ることに成功しました。 実際の分離源は水族館の水槽ですが,16S rRNA の配列や顕微鏡下での観察などから, SCM1 は海洋に広く分布する Marine group 1 Crenarchaeota の一員であることが確かめられました。 SCM1 は有機物のない培地中でアンモニアの亜硝酸への酸化によりエネルギーを得ているようです。 このような亜硝酸菌はこれまで真正細菌でのみ知られており,古細菌としては初めての生活様式となります。 さらに,真正細菌の亜硝酸菌や,未培養の近縁な古細菌の配列から存在が予測されていた, アンモニアモノオキシゲナーゼ(AMO)の遺伝子の A,B,C,各サブユニットが SCM1 から得られているそうです。 培養法(おそらくさほど難しくはなさそうです)が確立されたことにより, 今後は多くの研究者がこの仲間の古細菌の分離,培養を試みることになると思われ, 古細菌の研究にも新しい分野が拓かれることになるでしょう。 取りあえずはゲノム配列の解読と代謝系の詳細な研究が真っ先に行われるでしょうし, 大量の新種記載もこれに続くことでしょう。特に,この低温性のグループの祖先には好熱性の生物も知られており, これが実際に「亜硝酸古細菌」の祖先型なのかどうかも興味がもたれるところです。 また,真正細菌と古細菌の亜硝酸菌がある程度似た酵素を用いているということは, どちらかから水平遺伝子移動が起こった可能性が考えられます。この過程の検証も非常に重要な課題でしょう。 なお,SCM1 株には暫定的に "Nitrosopumilus maritimus" という名称が与えられ, 新目新科の "Nitrosopumilales" 目 "Nitrosopumilaceae" 科に分類されていますが, 論文中での記載は極めて不十分であり,また現時点では国際細菌命名規約の要件を満たしていませんので, これらの名前を扱う際には非公式の名前であることを踏まえて使う必要があります。 Könneke, M. et al. Isolation of an autotrophic ammonia-oxidizing marine archaeon. Nature 437, 543-546 (2005). |
灰色藻の分裂リング(2005.09.28)(→藻類学)
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アメーバの系統関係を示すユビキチン遺伝子の証拠(2005.09.27) 遺伝子の進化速度に異常がある場合や系統樹のより深い位置で起こった分岐については, 通常の遺伝の系統解析からは解けない場合が多々あります。 そういう場合に役に立つのが,大規模なアミノ酸の挿入・欠失や遺伝子の融合・分離などの, まれにしか起こらない変異の解析です。 Bass et al. (2005) はポリユビキチンへのアミノ酸挿入に着目して, リザリア類(Rhizaria)と呼ばれるアメーバの一群の系統を調べています。 ユビキチンはタンパク質の分解の目印として真核生物で広く用いられている重要なタンパク質ですが, 一部の生物ではこれがポリマー(ポリユビキチン)の形で遺伝子にコードされています。 特にリザリア類の一部ではそのつなぎ目の部分に 1 あるいは 2 アミノ酸の挿入が見つかっており, この挿入を持つ有孔虫類(Foraminifera)とアメーバ鞭毛虫類(Cercozoa)の近縁性が指摘されていました。 しかし,同じリザリア類に含まれるとされる放散虫類(Radiozoa)についてはこれまでデータがなく, 今回,初めてリザリア類を広くサンプリングした研究が行われました。 その結果,放散虫類にはアミノ酸の挿入がなく, 従ってリザリア類の中では初めのころに分岐したことが示されました。 さらに面白い事実として,アミノ酸の挿入が 2 塩基のものは 18S rRNA の配列データからも互いに近縁であることが示されました(例外あり)。 つまりポリユビキチンのアミノ酸挿入を調べることで, リザリア類の系統関係をある程度証明することができたのです。 Bass et al. (2005) は 18S rRNA の配列の特異的な欠失などの情報も含めて, リザリア類の系統関係のモデルを提示しています。 と,同時に一部のアメーバ鞭毛虫では挿入されたアミノ酸の数が祖先帰りしたようなケースも見つかっており, アミノ酸挿入による系統推定が万能ではない可能性も示唆しています。 従来はアミノ酸挿入のようなまれな遺伝子変化が見つかっても, それを系統内で詳細に追いかけるような研究はほとんどありませんでした。 その点では,今回の研究は十分な種数の生物を追いかけており, アミノ酸挿入部位の進化まで言及していることも含めて,よい研究だと感じました。 系統解析を 18S rRNA に頼りすぎている点では批判の余地もありますが・・・ Bass, D. et al. Polyubiquitin insertions and the phylogeny of Cercozoa and Rhizaria. Protist 156, 149-161 (2005). |
気候変動が決めたヒト属の進化(2005.09.26)(→人類学)
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続報:アンボレラの衝撃?(2005.09.23) 被子植物の最初期の分岐と言われるアンボレラ(Amborella)ですが, 2 年前に発表された葉緑体ゲノムの多数のタンパク質配列に基づく系統樹では, むしろ単子葉植物の方が最初に分岐していました(アンボレラの衝撃?)。 これはにわかには信じがたい内容でしたが,その後葉緑体ゲノムの解読が他の原始的な被子植物で行われると, 結局のところアンボレラの系統的位置はやはり原始的であることが再確認されました (Leebens-Mack et al., 2005)。 葉緑体ゲノムに基づく系統樹を描く場合,一遺伝子の解析とは異なり,どうしても種数が限られてしまいます。 系統樹を描く場合に常に気をつけなければならない間違いの一つに, Long-Branch Attraction(LBA)という現象が知られています。 これは,変異速度が以上に速い生き物(遺伝子)が解析に含まれていると,実際には互いに類縁関係が無くても, あたかも互いに近縁であるかのような結果を導くことがある,という現象です。 当初の葉緑体ゲノムの結果(単子葉植物が被子植物の最初の分岐だとする結果)は, この LBA による間違いの可能性が考えられました。 そこで Leebens-Mack et al. (2005) は, 新たに原始的な被子植物や裸子植物の葉緑体ゲノムの情報を追加して,系統解析をやり直しました。 具体的には,アンボレラと近縁か,アンボレラに次いで根元付近で分岐したらしいスイレン類(Nymphaeales)や, イネ科(進化速度が速い)以外の単子葉植物,イチョウなどの配列が加わったことが重要だと思われます。 その結果,確かにアンボレラが被子植物の中で最初期の分岐の一つとなり, 単子葉類はより派生的なグループとなりました。実際にイネ科の枝が特に長くなっていることから, これまでの結果が LBA によることも裏付けられた形となりました。 さらに,アミノ酸置換より起こりにくく,従って信頼性の高いマーカーと考えられる, アミノ酸の挿入・欠失からもアンボレラやスイレン類が他の被子植物より先に分岐したことが示されています。 残念ながらスイレン類がアンボレラに近いのか,それとも他の被子植物により近縁なのかは解明されませんでした。 また,モクレン類が単子葉類に一番近い双子葉類なのか,それとも真正双子葉類に近いのかも不明なままです。 なお,著者らは分岐年代の推定も同時に行っており,例えば被子植物の最初の分岐は 1 億 6100 万年前ごろ (ジュラ紀中期)と推定されています。 今回の研究から,アンボレラが最も最初に分岐した被子植物の一つであることは,もはや疑う余地がなくなったと思います。 一方で,スイレン類との関係を明らかにすることが今後,特に重要になってくることでしょう。 同時に,ゲノム情報がいくら情報量に富んでいるとはいえ,種数が少ないうちは LBA の影響を強く受けるため, これを安易に系統解析に用いることの危険性が示されたともいえるでしょう。 Leebens-Mack, J. et al. Identifying the basal angiosperm node in chloroplast genome phylogenies: Sampling one's way out of the Felsenstein zone. Mol. Biol. Evol. 22, 1948-1963 (2005). |
タンパク質の作りから生命の木をたぐる(2005.09.09) ミオシンの構造が真核生物の進化を示す?に関連して, タンパク質のドメイン構造から生物の大系統を探ろうとした研究をある人から紹介していただきました。 Yang et al. (2005) は,各種の生物がゲノム中に特定のタンパク質ドメインを持っているかどうかを用いて, 全生物規模の(あるいは真正細菌,古細菌,真核生物ごとの)系統樹を作成しました。 彼らは,全ゲノムが読まれた 174 種の生物について, Structural Classification of Proteins (SCOP)データベースの定義した様々な superfamlies を持っているかどうかをリストアップしました。 こうして作ったデータマトリックスを用いて,距離行列法の系統樹を作成しています。 これまでにも似たような研究はありましたが,種数が増加している点と, ドメインの分類に進化的起源を考慮した superfamily のレベルを用いた点が特徴だそうです。 こうして描かれた系統樹では,真正細菌,古細菌。真核生物などの大系統群や, それぞれについて描かれた系統樹では,界や多くの門のレベルの系統群が再現されており, 一見優れた系統解析のアプローチになっていることを示しています。 しかしながらその一方で,個別の遺伝子の研究から既に確立している,動物+菌類の単系統性が得られていなかったり, スピロヘータ(真正細菌)や好塩性古細菌の系統的位置が,これまでの研究とは大きく異なっていました。 これは遺伝子の水平移動や,ゲノム中の遺伝子密度の差,そして距離法を用いたことによる問題,などが原因と思われます。 これでは他の解析法に比べて優れた方法とは言いがたいでしょう。 改善案として,最節約法や最尤法・ベイズ法(もしドメインの獲得や消失がモデル化できるのであれば)などを, 系統解析に用いることが考えられますが,果たしてうまくいくかどうかは分かりません (何故彼らが,そもそも距離化するのが数学的に不自然なマトリックスに距離法を用いたのかが謎です)。 系統解析法としては問題がありますが,タンパク質やそのドメイン構造の進化を探る目的では, この研究は非常に面白い情報を提供しています。例えば,真正細菌だけに特異的なドメイン構造が存在せず, 真正細菌が非常に多様なグループであることを示唆しています (注:ゲノム情報が多数出版されていることによる効果は差し引かれています)。 また,古細菌に特有なドメインとして,修飾塩基の archaeosine の合成に関わる酵素が唯一存在することを示しています。 全生物に共通のドメイン構造も 49 個も存在する事から, 現存する生物はかなりしっかりしたゲノムや細胞構造を持った祖先を共有していることが示唆されています。 これらの情報は,系統樹とは独立に価値のあるものですから,今後,紅藻などこの研究に含まれていないデータが追加して, 再度解析がなされる事が期待されます。 Yang, S., Doolittle, R. F. & Bourne, P. E. Phylogeny determined by protein domain content. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 102, 373-378 (2005). |
首の骨の由来(2005.09.07)(→発生学)
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補足:ミオシンの構造が真核生物の進化を示す?(2005.09.04) ミオシンの構造が真核生物の進化を示す?で紹介した Richards & Cavalier-Smith (2005) について, 同じ号の Nature に紹介記事(Titus, 2005)が出ていたのを見落としていました。 というわけで,一応触れておきます。 Titus (2005) は,モータータンパクの研究者のようで, Richards & Cavalier-Smith (2005) が多数のミオシンファミリーを新たに発見したことを評価しています。 これまでは 18 通りのミオシンのクラスしか発見されていなかったところを, データベースからの情報を解析して,計 37 種類にまで増やしたそうです。 Titus (2005) によると,この研究を気にモータータンパクの研究者は, 新しいミオシンの機能解析などに追われることになると見ています。 その他,キネシンなどにおける同様の研究の可能性にも言及しています。 Richards & Cavalier-Smith (2005) は,真核生物の系統解析以外にも大きな成果がある研究だったんですね。 Titus, M. A. A treasure trove of motors. Nature 436, 1097-1099 (2005). Richards, T. A. & Cavalier-Smith, T. Myosin domain evolution and the primary divergence of eukaryotes. Nature 436, 1113-1118 (2005). |
植物界が一つにまとまる時(2005.08.31) シアノバクテリアを取り込んで自らの葉緑体にする現象を一次共生と呼びます。 一次共生藻類(植物)と考えられている主な仲間としては緑色植物,紅色植物(紅藻), そして灰色植物の 3 グループがあります。 3 グループの一次共生植物が単系統群であると考えて植物界と呼ぶ場合がありますが, この一件自然な仮説には分子系統的な支持が未だに得られておらず, むしろ反証もでていました(真核生物の大系統を参照)。 Rodríguez-Ezpeleta et al. (2005) は,ゲノムプロジェクトや EST プロジェクトの成果を元に, 数十から百を超える遺伝子を用いた系統解析を行い,一次共生植物が単系統である可能性を示しました。 一次共生植物が単系統であることを示すためには, 葉緑体遺伝子と核遺伝子の系統樹の双方で一次共生植物の単系統性が示されることが望まれます。これまでの系統解析で曖昧, あるいは否定的な結果が出た原因は遺伝子数や解析された生物数が不十分であったためと考えた彼らは, 葉緑体遺伝子 50 個と核遺伝子 143 個をそれぞれ用いて系統解析を行いました。 葉緑体については 15 種類のシアノバクテリア,核については動物,菌類,アメーバ動物類。アルベオラータ類, ストラメノパイル,と多くの主要な真核生物を含めて解析しています。 その結果,葉緑体遺伝子,核遺伝子の双方において一次共生植物の単系統性がこれまでになく高い支持率で支持されました。 残念ながら,緑色,紅色,灰色植物の間の関係については両者で矛盾しており,また支持率も低く, 解決は今後に持ち越された形になりましたが,これは今後, 灰色植物のゲノムプロジェクトなどに期待をかけることになるでしょう。 ただしこれで目出度く話がまとまるかといわれれば,やはりまだ疑問を呈する必要があるでしょう。 まず第一に,真核生物の主要な群,例えばユーグレナ動物類やリザリア類(糸状アメーバなど), それに灰色植物との類縁性が指摘されたことのあるクリプト藻,太陽虫などが解析に含まれていないことが問題です。 今後,これらの(寄生虫を除いた)仲間のゲノムプロジェクトや EST プロジェクトが行われることが強く望まれます。 また,大量の遺伝子を系統に用いることは,どうしても用いる遺伝子の情報の「質」を下げることになります。 無批判に遺伝子を集めた場合,生物ごとのアミノ酸配列の個性のようなものが累積して, 予想外のバイアスにつながる可能性が排除できません。従って,何かより明確な,アミノ酸配列の挿入欠失のような, 明瞭で決定的な証拠が加えられることがどうしても必要かと思います。 Rodríguez-Ezpeleta, N. et al. Monophyly of primary photosynthetic eukaryotes: Green plants, red algae, and glaucophytes. Curr. Biol. 15, 1325-1330 (2005). |
ミオシンの構造が真核生物の進化を示す?(2005.08.30) アメーバの系統的位置は再び藪の中へで紹介したように, 真核生物のグループ,オピストコンタ類(動物・菌類),アメーバ動物類,バイコンタ類(植物ほか)において, どれが最初に分かれたグループなのかは未だに謎に包まれています。 Richards & Cavalier-Smith (2005) は,ミオシンのドメイン構造(組み合わせ)の進化を見ることで 真核生物の系統関係が明らかになると考え,ゲノム情報から得られたミオシンの比較を行いました。 彼らはドメインの組み合わせに応じて,ミオシンを 37 種類に分類しました。 そして真核生物における各ミオシン種の分布とミオシン分子の系統樹を参照にして, 7 種類が複数のグループにまたがって存在する事を見出しました。 そのうち 3 種類は全ての真核生物の祖先に既に存在したと考えられ, また 3 種類はオピストコンタ類とアメーバ動物類にのみ見られました。 このことから,彼らはオピストコンタ類とアメーバ動物類をまとめたグループである, ユニコンタ類(unikonts)が単系統(正確には完系統)であることが支持されたとしています。 今回の研究は,どのようなミオシンがミオシンの中で基本的なもので, ドメイン構造がどのように進化していったのかを見るうえでは,非常に興味深い研究であると思います。 しかしながら残念な事に,このドメインの組み合わせの進化を基にして真核生物の系統を類推する事は, 非常に危険であると思われます。 彼らのデータが既に示しているように。このようなパラログの多い遺伝子は容易に重複・欠失し, その分布を見ても正しく進化過程を反映していない場合が多々あります。 ですからある 2 つのグループに固有のミオシンがあったからといって, 他のグループが過去にもそれを持っていなかったとはいえないはずなのです。 特にバイコンタ類ではミオシンの多様性があまり高くないようで, バイコンタ類の共通祖先が持っていたと推定されるミオシンは,1 種あるかどうかというところです。 とすると,ユニコンタ類に共通とされるミオシン種も,単にバイコンタの祖先で欠失しただけなのかもしれません。 今回のデータは系統解析も解像度が低いため,確かに何かのデータが支持されたとも, 逆に棄却されたとも言い辛く,真核生物の系統を明らかにした,というのは言い過ぎと言うべきでしょう。 通常の系統解析ではこれほど古い位置での分岐順序を明らかにするのは難しいので, 今後もドメイン構造や遺伝子の融合といった,遺伝子の変化を指標に系統推定が行われるでしょう。 その中から,ミオシンより優れた,信頼できるマーカーが見つかってくれば良いと思います。 Richards, T. A. & Cavalier-Smith, T. Myosin domain evolution and the primary divergence of eukaryotes. Nature 436, 1113-1118 (2005). |
紅藻由来の二次共生葉緑体の進化(2005.08.28)(→藻類学)
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「鞭毛共生起源説」再び(2005.08.13) Margulis の共生説では,もともと鞭毛は真核細胞に共生したバクテリア, おそらくはスピロヘータ(らせん菌)に由来するとされていました。 しかしスピロヘータが微小管を持たず,また鞭毛には独自の DNA が存在しないことなどから, この説は現在否定されています。 しかし Li & Wu (2005) はヴェルコミクロビア門(Verrucomicrobia)の細菌が鞭毛になったとする, 新しい共生説を提唱しています。 鞭毛の起源は未だに全くの謎です。そんな中で共生により鞭毛が突然出現したと考えるのも魅力的なアイデアです。 鞭毛運動は内部の微小管と軸糸ダイニンの相互作用によって起こりますが, 今のところダイニンは原核生物には知られていません。 一方で,原核生物の FtsZ はチューブリン(微小管のタンパク質)と相同であることが知られており, 細胞の分裂などに関与していますが,アミノ酸配列レベルではチューブリンとは大きく異なっています。 そこで Li & Wu (2005) が注目したのが(FtsZ ではなく)チューブリンを持つとされる Verrucomicrobia の仲間です。 中でも繊毛虫の表面に外部共生する種が存在し(防御的な役割を果たしているとのこと), このような生物が宿主に微小管を与え,宿主からダイニンを獲得して鞭毛になったというのが彼らの仮説です。 Verrucomicrobia の一種,Prosthecobacter からはチューブリンの遺伝子 (α-,β- にそれぞれ近縁なもの 2 種)が単離されており,これらは系統樹上で真核生物の根元に来ています。 このことから微小管の起源が Verrucomicrobia にあるとは断言できませんが, Verrucomicrobia のチューブリンの起源については説明が必要なようです。 ただ,私見ながら Verrucomicrobia は比較的派生的な細菌と思われ, チューブリンは真核生物から水平遺伝子移動によって獲得した方がありえる気がします。 そもそもチューブリンは Verrucomicrobia 起源,ダイニンは真核生物起源というのも奇妙な話ですし, 真核生物が微小管によって組織化されないままで, 細菌を表面に寄生できるほどの大型化出来たとも想像しにくい物があります。 ともあれ Verrucomicrobia のチューブリンの起源と真核生物の鞭毛の起源は謎に包まれたままです。 このような大胆な仮説も含めて,活発な議論が交わされていくことで今後の研究の進展が促進されるといいですね。 Li, J. Y. & Wu, C. F. New symbiotic hypothesis on the origin of eukaryotic flagella. Naturwissenschaften 92, 305-309 (2005). |
トリコモナスは "ミトコンドリア" を持っているのか?
(2005.08.12)(→分子細胞学)
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未踏の地,アメーバ動物門を行く III(2005.08.11) 3 本目です。とりあえずアメーバの話はこれで一段落にします。 Cochliopodium というアメーバは,体の背中側が tectum と呼ばれる鱗片に覆われています。 このことから,無殻アメーバと有殻アメーバをつなぐ中間型の生物とも考えられましたが, 分子配列による検証は行われてきませんでした。 今回,初めて 18S rRNA の遺伝子配列が解読され,この属がアメーバ動物門に属する事が確認されました (Kudryavtsev et al., 2005)。 調べられたのは 3 種の Cochliopodium で,これらは強い信頼度のもとに単系統であることが示されました。 そして,この属がアメーバ動物に含まれる事についても強い支持が得られています。 しかしながら,Cochliopodium の系統樹上での位置は解決しませんでした。 ただし Cochliopodium がナベカムリ目(有殻)とは全く異なる系統で, おそらく多方向的な原形質流動を起こすグループと類縁性があることは言えそうです。 実際に原形質流動のパターンは分子系統と矛盾しませんし, 殻や鱗片のような防御機構が複数回進化したというのも十分ありそうな話しです。 なお,この研究では Hartmannella という別のアメーバの系統解析も行っており, この属が多系統である事を示しています。アメーバ動物門においては, 属レベルの分類は大概上手く行っているようだったんですが, やはり形態だけでは解決しない部分はあったようで,今後の再検証が待たれます。 これでアメーバ動物の主要な(興味深い)メンバーはほとんど全て分子系統が示された形になります。 あとは粘菌様の変形体を形成するとも言われる海産アメーバの Stereomyxa などの分子情報が待たれるのみです。 今後は他の遺伝子も用いて,解像度の高い系統解析が行われることが期待されます。 Kudryavtsev, A., Bernhard, D., Schlegel, M., Chao, E.-Y. & Cavalier-Smith, T. 18S ribosomal RNA gene sequences of Cochliopodium (Himatismenida) and the phylogeny of Amoebozoa. Protist 156, 215-224 (2005). |
未踏の地,アメーバ動物門を行く II(2005.08.07) アメーバ動物門(Amoebozoa)の研究が Protist に何本も載りました。 ということで 2 本目です。アメーバ動物門の主要なグループの分子系統が次々と明らかになって行く中で, その分類の見直しも始まっています。最新(?)の分類では,ナベカムリ目(Arcellinida) の分子系統を受けて見直しが行われています(Smirnov et al., 2005)。 古典的な分類では(例えば Page, 1987)アメーバ動物類という概念がなく, 粘菌類と葉状根足虫類(アメーバ動物)の関係や,他のアメーバ類とアメーバ動物の区別も不十分でした。 近年の分子系統に基づいたアメーバ動物門の詳細な分類体系は, Cavalier-Smith et al. (2004) により提出されていますが,彼らの体系は側系統群を認めている点など, いくつかの問題を抱えていました。 Smirnov et al. (2005) は,Cavalier-Smith et al. (2004) とはやや異なる方法で分類を試みています。 Smirnov et al. (2005) ではアメーバ動物門の中で最初に枝分かれしたグループ (Amoeba やナベカムリ目を含む系統)を独立の綱(Tubulinea)として認めており, 別系統の「裸の」アメーバの綱(Flabellinea)と区別しています。 さらに粘菌やアーケアメーバ類(ミトコンドリアをもたないアメーバ類)を独立綱(Conosea)として認め, アメーバ動物門を計 3 綱に分けています。 この体系の最大の特徴は,Tubulinea と Flabellinea を Conosea と同じ階級で独立した分類群に置いたところでしょう。 Cavalier-Smith et al. (2004) では前 2 綱を同じ亜門(Protamoebae)にまとめて, Conosa 亜門と並べていました。 そのため Smirnov et al. (2005) の分類は,Tubulinea の独立性をはっきりと認めた最初の分類といえます。 Tubulinea は多くの分子系統でアメーバ動物門の最初の分岐であることが示されており, この情報を反映したことは今後のアメーバ動物の理解に好影響を与えることでしょう。 ちなみに,Tubulinea のアメーバは基本的に棍棒型で 1 方向的な原形質流動を起こすのが特徴で, Flabellinea のアメーバは扇形で,原形質流動も常に多方向に行うのが特徴です。 ただし,Conosea を綱のレベルで扱うことには異論があります。Conosea には変形菌などが含まれますが, 変形菌は独自の綱として分類体系が既に出来ており,Conosea を綱にしてしまうと, 変形菌綱の体系に不要な変更を要求することになってしまうためです。一応,Cavalier-Smith et al. (2004) の体系を土台に修正を施せば変更も不可能ではないんですが, これまでの変形菌の分類体系を尊重することも必要なのではないかと思います。 Smirnov, A. et al. Molecular phylogeny and classification of the lobose amoebae. Protist 156, 129-142 (2005). Cavalier-Smith, T., Chao, E. E.-Y. & Oates, B. Molecular phylogeny of Amoebozoa and the evolutionary significance of the unikont Phalansterium. Eur. J. Protistol. 40, 21-48 (2004). Page, F. C. The classification of 'naked' amoebae (Phylum Rhizopoda). Arch. Protistenkd. 133, 199-217 (1987). |
未踏の地,アメーバ動物門を行く I(2005.08.06) アメーバ動物(Amoebozoa)に含まれるアメーバ類は,分子系統研究が最も遅れたグループの一つです。 アメーバ動物の系統解析が本格的に行われたのは 2001 年以降の事で, 未だに系統的位置の不明なグループがいくつも残されています。 中でも殻を被った有殻アメーバの仲間は全くシーケンスがなく,殻の進化については謎のままでしたが, 漸く Nikolaev et al. (2005) によってその分子系統が調べられました。 有殻アメーバといっても実は複数の系統が存在し, その中でナベカムリ目(Arcellinida)は形態情報からアメーバ動物門に含まれると予想されていました。 Nikolaev et al. (2005) は,7 種のナベカムリ類の小サブユニット rRNA の部分配列を決定しました。 その結果,ナベカムリ目が単系統群で,Amoeba proteus などを含むグループと近縁なことが示されました。 この系統は鞭毛を持たず,原形質流動が一方向であるという特徴を持ち, その点でも同じ特徴を持ったナベカムリ目が含まれる可能性を支持しています。 一方で体表がやや硬めであるとされる Thecamoeba とはまるで系統が異なっており, 殻のような構造の進化が独立に起こったことがわかりました。さらにこの系統では有性生殖が知られていませんでしたが, ナベカムリについては過去に減数分裂の記録があり(Mignot & Raikov, 1992), この系統では初めての記録ということになります。 ナベカムリなどは淡水に普通に見つかる種であり,これまで分子系統がなされてこなかったことは非常に不思議です。 今回,ナベカムリの系統的位置が決まったことにより, アメーバ動物の進化について殻の進化という新しい観点から見直すことができるようになりました。 また,アメーバ動物の中では有殻アメーバのみが先カンブリア時代の化石記録を持っており(Porter et al., 2003), 系統樹を用いてアメーバ動物の分岐年代を推定する場合にも,今回の分子情報は役に立つことでしょう。 Nikolaev, S. I. et al. The testate lobose amoebae (order Arcellinida Kent, 1880) finally find their home within Amoebozoa. Protist 156, 191-202 (2005). Mignot, J.-P. & Raikov, I. B. Evidence for meiosis in the testate amoeba Arcella. J. Protozool. 39, 287-289 (1992). Porter, S. M., Meisterfeld, R. & Knoll, A. H. Vase-shaped microfossils from the Neoproterozoic Chuar Group, Grand Canyon: A classification guided by modern testate amoebae. J. Paleont. 77, 409-429 (2003). |
クリプト藻が藻類になる前(2005.08.03)(→藻類学)
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ハイハイから始まる恐竜の巨大化(2005.08.01)(→古生物学)
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サクホコリ,チル(2005.07.31) 変形菌には発見例の極めて少ない種がいくつも存在します。 中でも属レベルで発見例がごく少数だったものに,サクホコリ属(Schenella;2 種を含む)が挙げられます。 ところが近年サクホコリの標本が集められて精査された結果, これが変形菌ではなく腹菌類(菌界担子菌門)の 1 種であることが明らかになりました (Estrada-Torres et al., 2005)。 サクホコリは 1911 年にタイプ種の Schenella simplex が, 1961 年に Schenella microspora が記載されて以来,1990 年代の半ばまで再発見されていませんでした。 本属は発見当初から変形菌か否か疑問の声がありましたが, S. microspora の記載以降は一般に変形菌として扱われてきました。 Estrada-Torres et al. (2005) はそんな中でS. simplex の新たな標本をメキシコから次々と採集し, これらを詳細に研究する機会に恵まれました。 メキシコ産の新標本と,S. simplex の完模式標本(アメリカ産)を走査電子顕微鏡などで比較したところ, 「へそ」のある特に小さい胞子や,表面に模様のない管状の細毛体など, 変形菌には見られない特徴を共通して持っていました。 その他の特徴などとも併せると,サクホコリは腹菌類の Pyrenogaster とよく似ていました。 核とミトコンドリアの小サブユニット・rRNA の配列も S. simplex と P. atrogleba で一致し, 系統解析の結果も両者が腹菌類のメンバーである事を示していました。 これらの結果から,S. simplex と P. atrogleba, あるいはサクホコリ属と Pyrenogaster 属は同一の生物を表していると考えられ, Estrada-Torres et al. (2005) は両者を分類学的に統合しました。 Schenella は Pyrenogaster よりも以前に記載されているのでその名前は維持され, 3 種が含められました(S. microspora については別の論文で扱うため保留とのこと)。 但し,変形菌ではなく腹菌類としての扱いです。 変形菌と腹菌類ではまるで異なる生物ですが,似て非なるものがいたことは驚きです。 近年の変形菌研究者がサクホコリを正しく腹菌類と認識していたため, 変形菌としては再発見されていなかったのかもしれませんが。 Estrada-Torres, A., Gaither, T. W., Miller, D. L., Lado, C. & Keller, H. W. The myxomycete genus Schenella: Morphological and DNA sequence evidence for synonymy with the gastromycete genus Pyrenogaster. Mycologia 97, 139-149 (2005). |
繰り返された真核共生(2005.07.31)(→藻類学)
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動物の歴史年表の再構築(2005.07.29) 後生動物のボディプランの進化がカンブリア爆発にどの程度先行したのか, というのは動物の歴史を探る研究の中で一つの課題となっています。 一つのアプローチとして,化石記録と併せて DNA 配列などから分岐年代推定を行う方法があります。 しかし解析方法によって年代推定が大きく異なることから,Peterson & Butterfield (2005) は解析情報を改善すると共に先カンブリア時代の微化石の情報を加えることによって, 新たに年代推定をやり直しています。 最近の同様の研究としては,Peterson et al. (2004),Douzery et al. (2004), Pisani et al. (2004) などがありますが,各研究ごとに真正後生動物(Eumetazoa:左右相称動物+腔腸動物) の生まれた年代について大きな齟齬があります。 Peterson & Butterfield (2005) によると,この齟齬は不適切なサンプリングや, 解析に最尤法と最小進化法のいずれを用いるのかが効いているそうです。 そこで彼らはこれまで情報が不足していた原始的な動物を系統樹に加え(海綿には 3 系統が知られているが, 普通海綿に加えてより真正後生動物に近縁な石灰海綿を用いた),最尤法と最小進化法を比較しました。 その結果,真正後生動物の特徴(例えば腸)を獲得したのは,最小進化法では 6.3 〜 6.0 億年前, 最尤法では 8.3 〜 7.4 億年前であると推定されました。 しかしこれだけではどちらが正しいのかはわかりません。いずれも大型の化石記録とは矛盾していませんし, 大型化石記録の不完全性を考えれば動物化石を探索して解決するのは困難です。 そこで Peterson & Butterfield (2005) は記録がよく集まっている先カンブリア時代の微化石の記録と比較しました。 すると,エディアカラ紀の初期(著者らの見解では Marinoan 氷期の終了時で,約 6.3 億年前) を境に微化石の種類が大きく変化していました。これは最小進化法で見た真正後生動物の誕生時期と一致し, 動物による捕食が微生物の進化を促したとして良く説明できることがわかりました。 そこで著者らは最小進化法による推定を採用しています。 この研究では石灰海綿を含めて丁寧な年代推定を行ったことで,もっともらしい年代推定に成功していますが, 最後の結論には疑問が残ります。地球上ではしばしば生物相の入れ替えのような大きなイベントが起きていますから, その一つがたまたま最小進化法の推定と一致したからといって,たいした証拠になるとは思えません。 また,真正後生動物の捕食が微生物の生態に大きな影響をもたらしたとの考え方についても, 現生の腔腸動物があまり効率的な捕食者でないことを思えば,疑問の余地が大いにあります。 結局のところ,正確な分岐年代推定には更なる化石記録の検証が不可欠だとは思われますが, Peterson & Butterfield (2005) の推定(最尤法と最小進化法の両方)の範囲に真実があると考えれば, 大きな間違いにはならないでしょう。 Peterson, K. J. & Butterfield, N. J. Origin of the Eumetazoa: Testing ecological predictions of molecular clocks against the Proterozoic fossil record. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 102, 9547-9552 (2005). Douzery, E. J. P., Snell, E. A., Bapteste, E., Delsuc, F. & Philippe, H. The timing of eukaryotic evolution: does a relaxed molecular clock reconcile proteins and fossils? Proc. Natl. Acad. Sci. USA 101, 15386-15391 (2004). Peterson, K. J. et al. Estimating metazoan divergence times with a molecular clock. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 101, 6536-6541 (2004). Pisani, D., Poling, L. L., Lyons-Weiler, M. & Hedges, S. B. The colonization of land by animals: Molecular phylogeny and divergence times among arthropods. BMC Biol. 2, 1 (2004). |
エディアカラ生物群の体のつくり(2005.07.28)(→古生物学)
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蛍の光,窓の雪,深海の灯火(2005.07.06) 光合成生物にとって太陽光は一般に生命線となります(人工の光は忘れてください)。 ところが,Beatty et al. (2005) は日の光の届かない深海底で光合成を行っている生物を発見しました。 未命名の GSB1 という緑色硫黄細菌は,深海の熱水系の発する微かな光で光合成を行い,生活しているようです。 以前より熱水系から微かな光が出ていることは知られていました。熱による赤外光の放射や, やや波長の異なる発生源が不明な光などです(Bohannon, 2005)。 また,選択的に光合成を行うことも出来る細菌や,偏性光合成細菌の DNA 配列なども深海の熱水系から報告がありましたが, これだけでは熱水系で光合成だけして生きていけることの証明にはなりません。 そこで Beatty et al. (2005) は偏性光合成細菌の緑色硫黄細菌を, 深海熱水系から分離することに挑戦しました。その結果,GSB1 株の培養に成功し,その性質を調べています。 GSB1 は確かに光合成を行っており,熱水系の光のスペクトルにあった吸光スペクトルのバクテリオクロロフィル c を持っていました。系統的には緑色硫黄細菌(Chlorobium)の仲間に含まれるようです。 話としては,太陽光とは関係のないところでも光合成が可能だというだけで面白いのですが, 著者らは地球外生命が太陽光に依存していなくても成立しうるという議論も付け加えています。 さらに,10 年前に提唱されたアイデアとして,光合成が深海で光受容体から進化したとの仮説があります (Nisbet et al., 1995)。これはバクテリオクロロフィル a や b の吸光ピークが熱水系の放射光のピークと一致する様に見えることから出てきた話で, 熱水孔(無機エネルギー源の宝庫)へ走光性を利用して向かったバクテリアが, 光合成細菌の前段階と考えられました。 今回の発見で,光合成の前駆体のみならず,光合成自体が深海底で進化した可能性が示されたともいえるでしょう。 最も GSB1 自体は系統的には古い系統ではないので,原初の光合成細菌の生き残りではありませんが。 Beatty, J. T. et al. An obligately photosynthetic bacterial anaerobe from a deep-sea hydrothermal vent. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 102, 9306-9310 (2005). Science の News of the Week より Nisbet, E. G., Cann, J. R. & Van Dover, C. L. Origins of photosynthesis. Nature 373, 479-480 (2005). |
雌雄が別種の生物になる場合(2005.07.05) 男と女は別の生き物,などという言い回しがありますが, 気持ちが共有できないばかりか,遺伝子プールが雌雄で隔離された生物が発見されました。 Fournier et al. (2005) はチビヒアリ(Wasmannia auropunctata)というアリの集団において, 雄は雄の,雌は雌のクローンとして生まれてくることを発見しました。 通常の社会性アリの場合,雄は半数体で雌は二倍体です。雄は雌の卵が単為発生することによって産まれ, 雌雄が交雑して出来た二倍体から将来女王アリになる雌や働きアリが産まれます。 従って,当然ながら産まれてくる雌には,父親から受け継いだ遺伝子と母親から受け継いだ遺伝子が存在します。 ところが,チビヒアリでは全く異なることが起こっていました。 Fournier et al. (2005) はチビヒアリ(各地で外来生物としても知られるが,調査は原産地で行われた) のコロニーを多数調査し,その中の各個体の遺伝子型を複数の遺伝子座位において調べました。 その結果,通常予想されないような多型の分布が認められました。 簡単にまとめると,雌個体の遺伝子型(の組み合わせ)は雌個体にしか観察されず, 雄個体の遺伝子型(の組み合わせ)は雄個体にしか観察されなかったのです。 遺伝子型の共有を元に描かれた系統樹でも,雌の系統と雄の系統は完全に分離しました。 これは,雌は雌のクローン個体として産まれ,雄は雄のクローン個体として産まれていることを意味します。 なお,働きアリは雌雄の遺伝子型を持っており,有性生殖によって作られたことがわかります。 このような現象を引き起こすメカニズムとして,雌が減数分裂を経ずに産まれ, 雄は受精の前後に母親由来の染色体の消失を経て産まれたと考えられています。 このような過程で生殖が行われると,雌雄の間で遺伝子交換が行われることはなくなります。 Queller (2005) は,本当に雌雄で遺伝子の交流がないことが証明されれば, このアリの雌雄は別々の種に分けられるべきかもしれない,と言っています。 これは無茶苦茶な話だとしても(クローン増殖する生物に生物学的種概念は当てはめられません), チビヒアリが集団遺伝学的にも非常に興味深い生物であることは確かです。 雌雄がどうやって稔性を維持できているのかについても不思議で, 雄の方はいずれなくなってしまうのかも知れません。ただ,働きアリは有性生殖の結果として産まれるので, 働きアリの遺伝的多様性を高める意義がきっとあるのでしょう。コロニーの維持には働きアリの役割が重要ですし, 寄生虫などの被害も,働きアリを介して広がっていくのでしょうから,彼らが多様性を保持することには, 想像以上の意義があるのかも知れません。 なお,働きアリが正常に産まれてくるためには,雌雄の遺伝子の分化が広がりすぎては問題です。 従って,チビヒアリの雌雄は働きアリという共通の利益の元で, 互いに似た遺伝的制約を背負っていると想像されます。 こう考えると,チビヒアリの雌雄はやはり同一の種とすべきだと思うのですが,いかがでしょうか。 Fournier, D. et al. Clonal reproduction by males and females in the little fire ant. Nature 435, 1230-1234 (2005). News & Views |
動物誕生(2005.07.01) 先週の Nature に動物の起源に関するニュース記事(Pilcher, 2005)が載っていました。 動物がどのような進化過程で誕生したのかを考えるには, 襟鞭毛虫や海綿などの原始的な動物を研究することが必要です。 もちろん 6 億年ほど前の,最初期の動物化石などから得られる情報も重要ですが, 化石からは遺伝的な情報は得られません。 海綿は最も原始的な動物ではありますが,それでも複数の細胞種を分化させており, 細胞接着や細胞間のコミュニケーションも発達しています。 最近ではその分子的な背景として,インテグリン(integrins)や Wnt ファミリーのタンパク質なども研究されています。 さらに海綿より古くに分岐した襟鞭毛虫(単細胞〜群体性) からも細胞接着やコミュニケーションに関わる遺伝子が知られており,完全な多細胞化を果たす以前から, 多細胞化のためのツールの多くを持っていた事が示されています。 動物の多細胞化には遺伝的な発明よりも,酸素濃度の増加のような環境要因が関わっていたとの見方もあり, 原始的な動物でさらなる分子生物学的な知見が集まる事が期待されます。 襟鞭毛虫の全ゲノムはまもなく決まるとのことで,この他にもウミユリや平板動物 (おそらく最も単純な体制の動物)などのゲノムが読まれる事が期待されると言われています。 これまであまり注目されて来なかった祖先的な動物の分子生物学も,最近だいぶ進んできたようだ, というお話でした。 Pilcher, H. Back to our roots. Nature 435, 1022-1023 (2005). |
アフリカのシーラカンス一族(2005.06.23) 生きた化石として有名なシーラカンスですが,現生の種類は 1 属 2 種しか知られていません。 Latimeria chalumnae はアフリカの東海岸,特にコモロ諸島を中心に分布しており, もう一種の L. menadoensis はインドネシアから最近発見されました。 いずれの種も個体数がさほど多くないと考えられており, 保全生態学の観点から個体群の実体に関心がもたれています。 そんな中,Schartl et al. (2005) はミトコンドリア DNA の配列をもとに, アフリカ産シーラカンスの東海岸各地の個体の類縁関係を探りました。 シーラカンスは東海岸側の 8 地点から採集されていますが,Schartl et al. (2005) は 47 個体の類縁関係を調べました。 その結果,東海岸のシーラカンスは全て互いに極めて近い関係にあることがわかりました。 具体的にはチトクローム b の配列には全く違いが認められず, コントロール領域で 6 個のハプロタイプが認められたに過ぎなかったそうです。 そのハプロタイプの解析から,コモロ諸島の個体群から他の個体群が派生したらしいことが示唆されています。 それも,ごく近い過去にコモロ諸島(あるいはさらに東の太平洋の方角)から東海岸に分散したようです。 コモロ諸島からは,例えば少数の個体が迷い込んで分布を広げた可能性があります。 シーラカンスは深海にしか生息しませんので,その分布を把握するのは非常に困難です。 今回の研究の通り,アフリカ産のシーラカンスがごくごく近い一族だとすると, どこかにもっと遺伝的に多様なシーラカンスの温床があるのでは,と思いたくなります。 また,どこかの科学者か冒険家が新発見を報告する日が来るかもしれません。 Schartl, M., Hornung, U., Hissmann, K., Schauer, J. & Fricke, H. Relatedness among east African coelacanths. Nature 435, 901 (2005). シーラカンスにまつわるお奨めのノンフィクション(文春文庫) |
アメーバの系統的位置は再び藪の中へ(2005.06.17) 真核生物はアメーバ動物(粘菌類と一部のアメーバ類),オピストコンタ類(動物+菌類), バイコンタ類(植物・藻類やその他の原生生物)の 3 大系統に分けられます。 現在はこの 3 者の関係が問題になっています。 2003 年にはアメーバ動物類とオピストコンタ類が近いとする,一見決定的な証拠が提出されました (Stechmann & Cavalier-Smith, 2003)。 しかし Nozaki et al. (2005) はその証拠が誤りであることを示しました。 Stechmann & Cavalier-Smith (2003) が注目したのはピリミジンの合成酵素でした。 オピストコンタ類とアメーバ動物の細胞性粘菌では,このうちの幾つかの酵素が融合して, CAD コンプレックスと呼ばれる一つの ORF を形作っています。これに対して, 当時知られていたバイコンタ類(シロイヌナズナ)と原核生物(古細菌と真正細菌いずれも) ではこれらの遺伝子はばらばらにコードされていました。 そこで彼らはオピストコンタ類とアメーバ動物類の祖先で遺伝子融合が起こり, バイコンタ類は別の系統であると考えました。 ところがこの後,紅藻類の一種,Cyanidioschyzon merolae(愛称:シゾン)の全ゲノムが解読されました (葉緑体の起源に迫るゲノム研究,補足)。 そして,このゲノム中には,予想に反して CAD コンプレックスが存在したのです。 CPS 遺伝子(CAD コンプレックスの一部)の系統樹上でも,シゾンの遺伝子は動物や菌類, アメーバ動物のものと相同で,シロイヌナズナの遺伝子はむしろ, 葉緑体から移ってきた遺伝子であることがわかりました。 つまり,CAD コンプレックスは現生の真核生物の祖先が既に持っており, 緑色植物などでは葉緑体の遺伝子に取って代わられたということが明らかになったのです。 従って,この遺伝子の融合からはアメーバ動物の位置はわからない,ということになってしまいました。 アメーバ動物の位置については今後,他の遺伝子融合や大規模欠失など, 信頼できるマーカーが探索されるでしょう。しかし,単一の証拠に基づいて系統を議論することの危うさを, 今回の研究はしめしているように感じます。 一方で,葉緑体遺伝子による CAD コンプレックスの置換や,他の生物の遺伝子構造に注目すれば, ピリミジン合成酵素の遺伝子群は,大系統のための良いマーカーになるかもしれません。 これも今後の研究が楽しみな話です。 Nozaki, H. et al. Phylogenetic implications of the CAD complex from the primitive red alga Cyanidioschyzon merolae (Cyanidiales, Rhodophyta). J. Phycol. 41, 652-657 (2005). Stechmann, A. & Cavalier-Smith, T. The root of the eukaryote tree pinpointed. Curr. Biol. 13, R665-R666 (2003). |
食べ物の好き嫌いは大進化か小進化か(2005.06.05) 爬虫類の食性と系統の関係について調べた論文が出ました。 Vitt & Pianka (2005) は,食性の進化や多様性が,種レベルの競争で生み出されたのか, 太古の系統分岐が食性の違いを引き起こしたのかという論争に, 35 年以上におよぶ爬虫類の食性研究から迫っています。 彼らは長いフィールドの研究から 184 種におよぶトカゲ類の食性を調べ, 近年の系統情報にこれを割り振って,食性の進化と多様性について考察しました。 その結果,トカゲ類の食性進化において最も重要な分かれ道は, 三畳紀後期に起こったイグアナ類と Scleroglossa 類(トカゲ,ヤモリ,オオトカゲなどを含む) の系統分岐であることがわかりました。 イグアナ類は祖先と同様に獲物(アリなど)を目で識別して舌で捕らえていましたが, Scleroglossa 類は匂いによって獲物を探し,顎を使って獲物(地中生の獲物など, より多様な餌)を捕らえるように進化しました。 この分岐は二つのグループの食性に決定的な差をもたらし, 今日に到るまでこの違いは維持されています。 著者らによるとこれは種レベルの進化における食性の変化よりも重要だったそうです。 翼の獲得が鳥類の生態・多様化に果たした役割など, ある時期の系統分岐(とそれに伴なう形質変化)が, その後の進化に多大な影響を与えるような現象は広く知られています。 食性といった,一見簡単に変化しやすい特徴においても, きちんと調べれば重要な分岐が明らかになるようで,面白いものです。 Vitt, L. J. & Pianka, E. R. Deep history impacts present-day ecology and biodiversity. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 102, 7877-7881 (2005). |
ゲノム解読に遅れた命名(2005.05.29) ちょっと古細菌の学名の話を。 古細菌では既に 10 種以上でゲノム解読が行われていますが, そのなかに Halobacterium sp. NRC-1 という株と,Pyrococcus sp. KOD1 と呼ばれた株があります。いずれも実は,ゲノム解読が完了した時点で正式な学名が付いていませんでした。 NRC-1 は,元々高度好塩性古細菌の代表的な実験材料として扱われ, この仲間では最初にゲノムが読まれたものです(Ng et al., 2000)。 ところがこの株は少なくとも 1969 年には存在していたようで, 元々の由来が不明な株で(Grant, 2001),そのため種同定もきちんと行われていませんでした。 それが昨年になって漸く詳細な研究や rRNA 配列に基く系統解析などが行われ, NRC-1 株は Halobacterium salinarum という種に同定されました(Gruber et al., 2004)。 高度好塩性古細菌の場合,培地上での栄養要求性やら至適 pH や温度, 塩濃度など,様々な情報が同定には必要です。 Gruber et al., (2004) はさらに,タンパク質の泳動パターンなどの情報まで含めてタイプ株と比較し, ほぼ問題のない種同定を行っています。今後,何かの遺伝子で NRC-1 株を参照するときには, 是非,H. salinarum の学名を用いてください。 次に KOD1 の話ですが,これは鹿児島県の小宝島から分離された超好熱性古細菌で, この DNA ポリメラーゼは PCR 実験などに用いられています。 この株は当初 Pyrococcus 属に同定されており, 非公式に "Pyrococcus kodakaraensis" と呼ばれていました。 本株についてもゲノム解読が行われ,晴れて今年論文が出版されました(Fukui et al., 2005)。 これに先立って,昨年漸く KOD1 株の原記載論文が出版されました(Atomi et al., 2004)。 1994 年に最初に報告されてから 10 年が経っていました。KOD1 株は Pyrococcus よりもむしろ, Thermococcus 属に含まれる事が分かっており, Thermococcus kodakaraensis として記載されています。 これも培養特性や DNA-DNA ハイブリダイゼーションなど, 面倒な検証が必要だったために記載が遅れたのかもしれません。 しかしこれが正式な学名になるためには, Int. J. Syst. Evol. Microbiol. という雑誌上で登録される必要がありました。 これは実際には 2005 年の 5 月になったため,結局ゲノムの論文に遅れてしまいました。 このように,ゲノムなどの分子レベルの研究は格段にスピードアップしてきているのに対して, 扱う材料の分類が置き去りにされているような気がします。 名前が不安定であったり不正なままでは,その生物の属性や由来などが正しく参照できませんし, 当該生物の学名を決定するという作業は,その生物の特性を理解する作業でもあり, 決してないがしろにされるべきではないでしょう。これから多様な生物の情報が蓄積されていく中で, 正しい学名のもとに情報が整理されていけばよいとつくづく感じました。 Atomi, H., Fukui, T., Kanai, T., Morikawa, M. & Imanaka, T. Description of Thermococcus kodakaraensis sp. nov., a well studied hyperthermophilic archaeon previously reported as Pyrococcus sp. KOD1. Archaea 1, 263-267 (2004). Fukui, T. et al. Complete genome sequence of the hyperthermophilic archaeon Thermococcus kodakaraensis KOD1 and comparison with Pyrococcus genomes. Genome Res. 15, 352-363 (2005). Grant, W. D. in Bergey's Manual of Systematic Bacteriology, 2nd Edn. Vol. 1. (eds Boone, D. R., Castenholz, R. W. & Garrity, G. M.) 301-305 (Springer, New York, 2001). Gruber, C. et al. Halobacterium noricense sp. nov., an archaeal isolate from a bore core of an alpine Permian salt deposit, classification of Halobacterium sp. NRC-1 as a strain of H. salinarum and emended description of H. salinarum. Extremophiles 8, 431-439 (2004). Ng, W. V. et al. Genome sequence of Halobacterium species NRC-1. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 97, 12176-12181 (2000). |
精霊が隠していた新種の猿(2005.05.25) アフリカで新種の猿が発見されました。 中〜大型の哺乳類で新種が発見されるのは比較的珍しいことです。 また,生物の種の保全の観点からも今回の発見は重要な意味を持ちます。 タンザニアの国立公園の近くから発見されたこの猿は, オナガザルの仲間の Lophocebus 属の新種で, L. kipunji と名付けられました(Jones et al., 2005)。 種小名の語源は現地での呼び名(Kipunji,発音は kip-oon-jee)です。 この猿は現地で調査を行っていた 2 つのチームによって, 350 km ほど離れた地域でほぼ同時期に確認され,両チームの共著で論文になっています。 このようなフィールド調査では現地の人への聞き取り調査も重要な研究の一環です。 Kipunji に関する噂も,研究者らは以前から聞いていましたが, 彼らの話には精霊などの話も含まれていたため,Kipunji が存在するかどうかは, 実際に見付かるまで分からなかったようです。 L. kipunji は同属のホオジロマンガベイ(L. albigena)や L. aterrimus とは外見や鳴き声で区別できます。 というよりも,Jones et al. (2005) は L. kipunji の標本を採集しておらず (おそらく保全上の理由),DNA サンプルも得られていないため, 外見と行動観察くらいしかデータが無いわけです。 (哺乳類には珍しく,タイプが標本ではなく写真です) L. kipunji は個体数が非常に少なく(推定 1000 頭以下), 絶滅が危惧されます。そこで Jones et al. (2005) は既存の国立公園を拡大し, この猿の分布域を保全するべきだとしています。 分類学の研究としては,非常に粗雑で,証拠が写真と声だけ,というのはかなり問題がありますが, 生物保全の目的の方がメインなので,仕方が無いのでしょう。 今後,L. kipunji の自然死した個体の研究や, 飼育などに基づいて生物学的な研究も進めて欲しいものです。 Jones, T. et al. The highland mangabey Lophocebus kipunji: A new species of African monkey. Science 308, 1161-1164 (2005). News of the Week |
古細菌から寄生虫への遺伝子移動(2005.05.24) ディプロモナス類(Giardia など)と副基体類(Trichomonas など)は,ミトコンドリアを持たない寄生虫として有名です。 彼らは一時期最も原始的な真核生物の仲間だと考えられたこともありましたが, 最近ではユーグレナなどを含む Excavata というグループから進化してきたと推測されています。 ディプロモナス類と副基体類の関係については,互いに近縁とは予想されていましたが, 確かな証拠はありませんでした。 そんな中,Andersson et al. (2005) は両者の系統関係を示す, 興味深い証拠を見つけてきました。もともとディプロモナス類のプロリル-tRNA 合成酵素(proS) とアラニル-tRMA 合成酵素(alaS)は, 古細菌から水平遺伝子移動によってもたらされた可能性が示されていました。 そこで彼らはより詳細な系統解析を行いました。 その結果,ディプロモナス類と副基体類の proS は他の真核生物の者とは大きく異なり, むしろ古細菌のものと近縁であることが非常に強い支持率で示され, そしておそらく古細菌の中でも Nanoarchaeum equitans と近縁になりました。 これはディプロモナス類と副基体類の共通祖先に Nanoarchaeum の遺伝子が水平移動した可能性を強く示唆しています。 同様に alaS においてもディプロモナス類と副基体類は N. equitans と近縁であることが示されています。 しかし alaS の場合,ディプロモナス類や副基体類にせん毛虫とエントアメーバ類が 最も近縁となっており,副基体類からさらにもう 2 回, 水平遺伝子移動が起こった可能性があります。(もちろん,別の可能性も考えられますが) 以上の結果から,ディプロモナス類と副基体類が古細菌からの水平遺伝子移動を経験した, ミトコンドリアを持たない寄生性の祖先を共有していると結論付けられました。 この証拠は,これら 2 つの寄生虫のグループを結びつけるこれまでで最も強い証拠でしょう。 なお,Nanoarchaeum は好熱性で古細菌に寄生する古細菌で, なぜそんなものと,真核生物に寄生するディプロモナス類や副基体類に縁があったのかは, 謎として残っています。 Andersson, J. O., Sarchfield, S. W. & Roger, A. J. Gene transfers from Nanoarchaeota to an ancestor of diplomonads and parabasalids. Mol. Biol. Evol. 22, 85-90 (2005). |
ベイズ系統解析法の最新プログラム(2005.05.18) 近年,新しい系統解析の手法としてベイズ法という方法が台頭してきました。 これを実行する解析プログラムとしては,MrBayes が最もよく用いられています。 このソフトは無料で手に入り,機能も多いのですが,これの ver. 3.1 が出ました。 これまでの 3.04b に比べて,既知のバグが全て修正されたほか, 系統樹の樹形を一部(あるいは全部)束縛して系統樹を描く機能など, 幾つかの有用な機能が追加されています。 これから系統解析に手を染める方は,是非このプログラムの最新版を使ってみてください。 なお,このプログラムの使用法については, 当サイトに解説を書いてみましたので,ご参照下さい。 Huelsenbeck, J. P. & Ronquist, F. MRBAYES: Bayesian inference of phylogeny. Bioinformatics 17 754-755 (2001). Ronquist, F. & Huelsenbeck, J. P. MRBAYES 3: Bayesian phylogenetic inference under mixed models. Bioinformatics 19, 1572-1574 (2003). |
続:動物の大系統(2005.05.16) 左右相称動物を大枠でどう分けるのか,という問題はモデル生物の分類や, ボディプランの進化など,様々な問題で決定的な重要性を持っています。 古典的な体腔に基づく分類(無体腔,偽体腔,真体腔)に対して, rDNA に基づく分子系統の分類(脱皮動物,冠輪動物,新口動物)の方が 現在優勢になっていることを「動物の大系統(2005.04.02)」で書きました。 この議論にさらに論文が追加されています。 脱皮動物仮説で特に重要なのは,線虫が節足動物に近く(共に脱皮動物), 扁形動物が軟体や環形動物に近く(冠輪動物), そして脱皮動物と冠輪動物が近い(旧口動物)という点です。 ところがこれらの系統関係は実は少数の遺伝子でしか示されていない, という批判があるそうです。 実際にゲノム情報を用いて描いたとされる系統樹では,節足動物と新口動物が近く, その外側に偽体腔の線形動物が,という構造が良く出てくるのだそうです。 この矛盾の原因として,ゲノム情報を基にした系統樹では, 昆虫,線虫,脊椎動物と,ごく少数のグループしか扱われず, しかも変異速度が以上に速いと考えれる線虫を含んでおり, これが人為的影響を与えているのではないかと予想されました。 そこで Philippe et al. (2005) は EST の情報を加え, 解析に用いる種数を大きく増やしました。 その結果,動物は新口動物と旧口動物に分かれ, 旧口動物も脱皮動物と冠輪動物にきれいに分かれました。 ただ,冠輪動物と思われる扁形動物が線形動物に近縁になっているので, これも人為的影響と思われました。 Philippe et al. (2005) はさらに, バイアスのある遺伝子を順にデータから削っていったところ, 徐々に扁形動物と他の冠輪動物(軟体動物,環形動物) が近縁となる系統樹が支持されるようになったそうです。 こうして得られた系統樹は,rDNA による系統樹とよく一致し, 用いたデータ量からも十分説得力のあるものとなりました。 (この論文は Nature においても紹介されました; Jones & Blaxter, 2005) 前回紹介した Roy & Gilbert (2005) もイントロンを用いて人為的影響を排除しようとして, 同様の結果を得たことを思うと,この新しい系統仮説の説得力が増すというものです。 しかし,Philippe et al. (2005) と同じ雑誌の同じ号に, 別のアプローチでこのテーマに挑んだ論文があります(Philip et al., 2005)。 彼らはこれまでの大系統の解析にはパラログを含んだタンパク質が使われていたため, ここに誤りの元があったかもしれないと考えています。 そこで複数のゲノムを比較し,ゲノム中に 1 コピーしかない遺伝子のみをかき集めて, それぞれで系統樹を描き,これをまとめて一つの系統樹にする戦略をとりました。 さて,その結果,動物と菌類は近縁ではなく(これは信じがたい結果), しかも節足動物が脊椎動物に近縁とする体腔に基づく仮説を支持しました。 ただ,この結果はどうにも long branch artifact (遺伝子の進化速度が速いグループ同士が系統樹上で誤って近縁になってしまう現象) と思われてなりません。また,パラログの問題自体,これまでにもよく検討されてきていますし, ゲノム中に 1 コピーしかないからパラログの問題がない,というわけでもありません。 単に Philip et al. (2005) の系統樹が好ましくない,という感想もありますが, それを差し引いても,方法論に問題があると思いますから, やはりこの研究が体腔に基づく系統仮説を強く支持しているとは言えないでしょう。 なお,Philippe et al. (2005) では,尾索動物(ホヤなど)の方が, 頭索動物(ナメクジウオ)よりも脊椎動物に近いというデータを示しています。 これも興味深い話で,今後の展開が注目されます。 Jones, M. & Blaxter, M. Animal roots and shoots. Nature 434, 1076-1077 (2005). Philip, G. K., Creevey, C. J. & McInerney, J. O. The Opisthokonta and the Ecdysozoa may not be clades: Stronger support for the grouping of plant and animal than for animal and fungi and stronger support for the Coelomata than Ecdysozoa. Mol. Biol. Evol. 22, 1175-1184 (2005). Philippe, H., Lartillot, N. & Brinkmann, H. Multigene analyses of bilaterian animals corroborate the monophyly of Ecdysozoa, Lophotrochozoa, and Protostomia. Mol. Biol. Evol. 22, 1246-1253 (2005). Roy, S. W. & Gilbert, W. Resolution of a deep animal divergence by the pattern of intron conservation. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 102, 4403-4408 (2005). |
粘菌ゲノムから掘り起こす情報(2005.05.07)(→その他)
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陸上植物の生活史の初期進化(2005.04.26)(→古生物学)
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花作りの遺伝子の進化(2005.04.23) 植物の花器官のアイデンティティに関わる遺伝子に LEAFY(LFY)という転写因子があります。 LEAFY は被子植物で研究が進んでいますが,裸子植物や, 花を作らないシダ・コケ植物などからも発見されています。 シロイヌナズナの lfy 変異体は, 他の被子植物の LFY ホモログによって相補できます。 しかし,裸子植物やシダ植物のホモログではその機能の一部しか相補できず, コケ植物の LFY では全く機能相補が出来ません。 このことから LFY の機能は植物の進化の過程で徐々に変わっていったことが示唆されます。 Maizel et al. (2005) によるキメラ遺伝子の導入実験から, 具体的には DNA 結合ドメインの部分の変異が,機能の進化に大きく影響していることが示されました。 さらに調べると,特定の一箇所のアミノ酸の変異が, 機能の変化に関わっていることが示唆されたそうです。 DNA 結合ドメインに変異が入ったということは, 標的遺伝子のプロモーター領域もコケから変化したと予想されます。 このことは LFY の機能の変化にも関連していると思われます。 今回の発見で面白い点は,転写因子の進化が,作用部分の変化によるのではなく, むしろ保存されていても不思議ではない DNA 結合ドメインの変異によるという点ではないでしょうか。 LFY の進化と花の起源というのも,興味深い問題ではありますが, 一つの転写因子が,機関形成にどこまで本質的であるのかは見極める必要があると思います。 Maizel, A. et al. The floral regulator LEAFY evolves by substitutions in the DNA binding domain. Science 308, 260-263 (2005). |
5S rRNA は,かつ消えかつ結びて・・・(2005.04.14) 核の rRNA は,一般に多数のコピーが直列並んで,それが各染色体に散在しています。 これらの rRNA の塩基配列は各 rRNA 種ごとによく保存されていることが知られています。 これは協調進化(concerted evolution)と呼ばれ,メカニズムについても議論されています。 しかし本当に全ての遺伝子座で配列が保存されているのでしょうか? Rooney & Ward (2005) はゲノム情報の入手できる 4 種の糸状菌において, 直列のリピートを作らない 5S rRNA の配列を精査しました。 その結果,2 種においては他の 2 種に比べて, ゲノム内での 5S rRNA 配列の多様性が高いことが分かりました。 また,ゲノム内には多数の偽遺伝子が存在することも分かりました。 さらに調べられた 4 種の近縁種の rRNA 配列も幾つか解読した結果, ゲノムの中には他の種の rRNA 配列に近いものもあれば, ゲノム中の他の rRNA 配列に近いものもありました。 これらの観察結果から,少なくとも直列に並んでいない rRNA については協調進化は成立しておらず, むしろ遺伝子の重複と消失を系統進化を通じて繰り返していることが分かりました。 rRNA の協調進化は一つのパラダイムであったため, 場合によってはこれが成立しないという情報は, rRNA を用いた系統解析に対してよい警鐘になるでしょう。 Rooney, A. P. & Ward, T. J. Evolution of a large ribosomal RNA multigene family in filamentous fungi: Birth and death of a concerted evolution paradigm. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 102, 5084-5089 (2005). |
亀の姉妹(2005.04.05) カメの系統的位置については一つの論争があります。 爬虫類の分類では頭骨の側面に空いた隙間の個数が重要な意味を持ちますが, カメはこの側頭窓を持ちません。これは祖先的な爬虫類である無弓類の特徴で, そのためカメは原始的な爬虫類と考えられてきました。 しかし,分子系統では異なる結果が得られています。 分子系統からは,カメが鳥+ワニ類と近縁であると言う説や,特にワニと近縁であるとする説, カメと鱗竜類(トカゲ・ヘビ)が近縁であると言う説などが言われてきました。 特に,ミトコンドリアゲノムからはカメと鳥+ワニ類が支持されるのに対して, 核遺伝子ではカメとワニ類が近縁になるそうです。 しかし,これまでの研究ではタンパク質のアミノ酸数や相同性の評価に問題がありました。 そこで Iwabe et al. (2005) は新たに 2 つの核遺伝子を用いて最尤系統樹を描いたところ, カメは鳥+ワニ類と姉妹群関係にあることが強く支持されたそうです。 ミトコンドリアの結果と核の結果があったことから,この結果はどうやら正しいようです。 将来的に,カメと鳥+ワニ類を結ぶような化石が発見されるなどすればなおよいですね。 Iwabe, N. et al. Sister group relationship of turtles to the bird-crocodilian clade revealed by nuclear DNA-coded proteins. Mol. Biol. Evol. 22, 810-813 (2005). |
酵母を用いて性の意義を探る(2005.04.04) 有性生殖は色々と不利な点を持っています。 例えば相手がいなければ生殖できませんし, メスが同性の子孫を残すには単為生殖の二倍子供を作らなければなりません。 それを上回る利点としては様々な仮説が唱えられていますが, 古典的な仮説の一つに,有性生殖は子孫の遺伝的多様性を高め, 不利な環境下で強い子孫を残しやすい,とする仮説(Weismann 仮説)がありました。 進化論の仮説は理論的な側面だけでなく,実験的な側面から証明される必要がありますが, これまで上記の Weismann 仮説の証明には酵母の有性生殖系などが用いられてきましたが, コントロールが不十分であるとして批判されていたそうです。 そこで,今回 Goddard et al. (2005) は減数分裂に関わる二つの遺伝子, SPO11 と SPO13 のみを潰した変異株を作成しました。 この株は野生型株が減数分裂を経て胞子形成を行う条件下で, 一度の二分裂で複相の胞子を作成する点でのみ異なっています。 この株を厳しい条件で培養したところ(定期的に胞子形成も誘導している), 有性生殖を行う野生型株の方が有意に素早く適応度を上げていくことが示されました。 もし Weismann の仮説通りであれば,これは減数分裂の際の組み換えや接合を通じて, 有利な遺伝子座位がセットになる確率が高まったからだと考えられます。 しかし,今回の実験からは減数分裂の機構の下流に,変異を誘発する機構がある可能性も否定できないでしょう。 また,酵母は同型配偶を行うので,異型配偶を行う多くの多細胞生物とは条件が異なってきます。 これらの問題が今後検証されれば,有性生殖の進化的利点についての謎も解けてくるでしょう。 Goddard, M. R., Godfray, H. C. J. & Burt, A. Sex increases the efficacy of natural selection in experimental yeast populations. Nature 434, 636-640 (2005). Hoekstra, R. F. Why sex is good. Nature 434, 571-573 (2005). |
動物の大系統(2005.04.02) 左右相称動物は古典的には体腔の状態(無体腔,偽体腔,真体腔)で分類されてきました。 ところが分子系統が進歩してくると,体腔の形質が系統を反映しておらず, ほとんどの左右相称動物が,後口動物と前口動物に分けられ, 前口動物が触手冠動物(Lophotrochozoa)と脱皮動物(Ecdysozoa)に分けられました。 この系統仮説は幾つかの形態形質と併せて受け入れられてきていますが, まだ異論がないわけではないようです(特に扁形動物の分類や線形動物=線虫の分類など)。 そこで新しい手法を用いた解析が 2 本ほど出版されましたので,紹介します。 まず分子生物学の研究者にとって興味があるのは,線虫が原始的な動物なのか, それとも節足動物に近い脱皮動物なのかという問題でしょう。 Roy & Gilbert (2005) はイントロンの有無を用いて系統解析を行いました。 イントロンは抜け出すこともあるため,系統解析には不利と指摘されていました。 しかし,Roy & Gilbert (2005) は,ゲノムレベルでイントロンの分布を比較することにより, イントロンを用いた系統解析をすることは十分に有効であると考えました。 その結果,節足動物,線虫,後口動物の中で,節足動物と線虫が近縁であることが強く支持されました。 これは,体腔に基づく分類とは矛盾し,脱皮動物仮説を支持するものでした。 一方,Telford et al. (2005) はリボソーム RNA(rRNA)の配列の系統解析を行いました。 rRNA には二次構造の上で二重らせんをつくっている stem の部分と, 塩基対を形成していない loop などの部分が区別されます。 stem 領域と loop 領域は塩基置換の起こりやすさやパターンが異なっていますが, これまでの系統解析では stem 領域と loop 領域は区別されてきませんでした。 そこで Telford et al. (2005) は両者の進化パターンを区別して詳細な解析を行い, 左右相称動物全体を網羅した系統樹を構築しました。 この系統樹上では後口動物,脱皮動物,触手冠動物がいずれも明瞭に区別されています。 全体的に解像度は万全とはいえませんが,納得の出来る結果を導いています。 少々注目されるところでは,扁形動物が触手冠動物の中に含まれている点で, しかもこれまで所属が判然としなかった腹毛動物(Gastrotricha)と強い支持率で姉妹群となりました。 扁形動物,腹毛動物はいずれも触手冠動物への所属が示唆されたことがあり, 今回の結果から触手冠動物への所属がより強く支持されたと評価できるでしょう。 また,rRNA は多くの生物群で系統解析に用いられていますが, 動物以外の系統解析でも,stem 領域と loop 領域を区別する重要性が示されたともいえるでしょう。 Roy, S. W. & Gilbert, W. Resolution of a deep animal divergence by the pattern of intron conservation. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 102, 4403-4408 (2005). Telford, M. J., Wise, M. J. & Gowri-Shankar, V. Consideration of RNA secondary structure significantly improves likelihood-based estimates of phylogeny: examples from the Bilateria. Mol. Biol. Evol. 22, 1129-1136 (2005). |
進化と化石とウマ(2005.03.21)(→古生物学)
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幻虫の正体見たり枯れギボシムシ(2005.03.18) 新口動物の一群で棘皮動物に近縁な半索動物門には, 腸鰓綱(ギボシムシ綱)と翼鰓綱(フサカツギ綱)の二綱が含まれます。 加えて,両者の性質を併せ持った生物が深海にいることが未知の深海動物の写真から指摘されていました。 この未知の蠕虫はギボシムシ様の生物で,「襟」と呼ばれる構造が特に広いのが特徴です。 加えて,写真の解釈から先端に触手があることが指摘されていて,これは翼鰓類に独特の構造でした。 触手に注目した研究者は,この生物を腸鰓類と翼鰓類を結ぶミッシングリンクと見做して, "Lophenteropneust" という名称を与えました。 この蠕虫は 1960 年代に最初に観察されましたが,今に至るまで良い標本が得られていませんでした。 Holland et al. (2005) は初めて状態の良い lophenteropneust 類を採集・観察することに成功しました。 その結果この蠕虫は新科新属新種の,Torquarator bullocki として記載されました。 半索動物にはわずか 6 科しかいなかったので,新科の発見は比較的大きな発見といえます。 しかしながら,これまで言われていた触手構造はついに観察されませんでした。 著者らは過去の触手の報告は写真の誤解釈ではないかと疑い, これまでに撮られていた写真を再検証しました。 すると,触手と見做せる構造は存在しないことがわかりました。 従って,Torquarator はミッシングリンクではなく,むしろ特殊化した腸鰓類であると考えられます。 これは深海にミッシングリンクを期待していた研究者にとっては残念な結果ですが, 今後,本種が腸鰓類の原始的な系統であるとわかる可能性もあり, 分子系統による進化的位置の確定が望まれます。 (今回の個体は形態観察のために固定され,分子研究には用いることが出来なかったそうです) 最も,以前にも独立門と言われた深海棲の有鬚動物が,実は特殊化した環形動物の一部であったこともあり, Torquarator の仲間が単なる派生的で特殊化した腸鰓類である可能性の方がもっともらしい気もします。 Holland, N. D. et al. 'Lophenteropneust' hypothesis refuted by collection and photos of new deep-sea hemichordates. Nature 434, 374-376 (2005). Gage, J. Deep-sea spiral fantasies. Nature 434, 283-284 (2005). |
菌類失格(2005.03.17) トリコマイセス(Trichomycetes)という昆虫の腸などに寄生する真菌類の一群がありますが, このうちの一部が実は真菌類ではなく,より原始的な, 動物と菌類の分岐に近いところで分かれた仲間である可能性が示されました。 トリコマイセスには 4 つの目が含まれていましたが,この内アメビジウム目(Amoebidiales)は, rRNA の分子系統や細胞壁にキチンを含まないなどの特徴から, 菌類とは異なる原生生物の一群に近いことが判明していました。 同様に細胞壁にキチンを含まないなどの点で, 真菌類への所属が疑問視されていたのが,エクリナ目(Eccrinales)でした。 エクリナ目の菌類は未だ培養に成功しておらず,分子系統もなされていませんでした。 ところが Cafaro (2005) は,昆虫などのサンプルから直接エクリナ目の細胞をよりわけ, 種同定と同時により分けた細胞から DNA を抽出,PCR にかけるという力技で, 10 種程度のエクリナ目の SSUrRNA 配列やより少ないながら LSUrRNA の配列を解読しました。 エクリナ目の塩基配列は,他のトリコマイセス類や動物・菌類・襟鞭毛虫類, ほかいくつかの動物‐菌類クレード(オピストコンタ類)に属する原生生物と共に系統樹作成に用いられ, その結果,他のトリコマイセス類(ハルペラ目:Harpellales)とは異なり, 真菌類に含まれないことがわかりました。エクリナ目はむしろアメビジウム目と近縁で,ともに Mesomycetozoa あるは Ichthyosporea と呼ばれる原生生物の綱に含まれることが示されました。 実際に Ichthyosporea が動物に近いのか,菌類に近いのか, それとも両者の共通祖先から分岐したのかについてはまだ明らかではありませんが, 原始的なオピストコンタ類のメンバーが増えたのはとても興味深く, 動物や菌類の起源,多細胞化の起源研究に一石を投じるかもしれません。 Cafaro, M. J. Eccrinales (Trichomycetes) are not fungi, but a clade of protists at the early divergence of animals and fungi. Mol. Phyl. Evol. 35, 21-34 (2005). |
クジラとカバとのあいだには(2005.03.16)(→古生物学)
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コウモリ生誕の地(2005.03.16) コウモリ(翼手目)は哺乳類の中で唯一自力で飛行することの出来るグループです。 未だにどのような哺乳類からコウモリが進化してきたのかは謎に包まれていますが, 翼手目内部での進化はかなり明らかになってきたようです。 これまでもコウモリの分子系統を行った研究はいくつもありましたが, 一月に Science に掲載された論文では,翼手目の全ての科について, 各 17 個もの各遺伝子の配列を読み,高い精度で系統解析を行いました(Teeling et al., 2005)。 この結果,ほとんどの科の間の系統関係が解析され,コウモリの多様化が, 新生代始新世初期(5200 〜 5000 万年前)に複数の系統で一斉に起こったらしいことがわかりました。 これは温暖化の進行や昆虫・植物の多様化が起こった時期と一致しています。 また,系統樹からコウモリの分布の変遷を読み取ると, コウモリが旧ローラシア大陸(北米,ユーラシア),おそらくは北米大陸で誕生し, 後の時代にゴンドワナ大陸(アフリカ,南米,オーストラリア)に進出した様子がよくわかります。 彼らの研究は,グループを網羅している点でも,遺伝子の数でも十分に見えます。 系統樹の良し悪しを比較,議論するのはこの研究で終わり, 今後はコウモリの進化を,この系統樹を土台に議論できるようになるのではないでしょうか。 Teeling, E. C. et al. A molecular phylogeny for bats illuminates biogeography and the fossil record. Science 307, 580-584 (2005). |
細菌が導く海藻の形態形成(2005.03.14)(→植物学)
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ギネスに挑む古細菌(2005.01.20) 地中海の底に,嫌気的で塩濃度の異常に高い海盆があるそうです。 中でも Discovery 海盆はほとんど飽和した MgCl2 を含んでいる点で, 最も極限的な環境で,とても生物が活動しているとは思われていませんでした。 ところが,van der Wielen et al. (2005) はこれらの海盆で硫酸の還元, メタン生成などの生物活動が行われていることを示しました。 また,塩濃度の濃い部分とそこに接した通常の海水では微生物の組成が違うことも明らかになりました。 微生物の中で興味深いものとしては,メタン生成菌に近縁な未知の古細菌の系統が発見されたことです。 他の古細菌がほとんどいないことなどから, この古細菌が海盆におけるメタン生成を担っている可能性は高いと見られています。 この古細菌は塩分耐性とメタン生成を兼ね備えており,メタン菌と好塩性古細菌の中間型の可能性もあります。 なお,これまでにも 1M の MgCl2 の存在かで増殖する古細菌は知られていましたが, 5M で活動するものは未だに分離・培養されていないそうです。 Discovery 海盆で活動している古細菌が培養されれば, 進化的にも生態的にもとても興味深い発見になることでしょう。 van der Wielen, P. W. J. J. et al. The enigma of prokaryotic life in deep hypersaline anoxic basins. Science 307, 121-123 (2005). |
鼠の祖先は竜より強し?(2005.01.17)(→古生物学)
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X1Y1X2Y2X3Y3X4Y4X5Y5 =カモノハシ♂(2005.01.14) ほとんどの哺乳類はメスは XX,オスは XY という性染色体の組み合わせを持ちます。 これは哺乳類の中で進化した特徴で,爬虫類から進化した鳥類は メスは ZW,オスは ZZ とぃう性染色体を持ちます。 そこで,卵を産み系統的にも哺乳類の中で最初に枝分かれしたカモノハシの性染色体にも研究の手が伸びています。 ところが,カモノハシの染色体には多数の小型の染色体が含まれ,染色体の識別が困難だったこともあり, 確固たる成果は上がっていませんでした。 Rens et al. (2004) は染色体を選り分けて各染色体ごとの蛍光プローブを作成することにより, オスとメスの染色体組成を特定することに成功しました。 その結果,カモノハシのオスはオスに特異的な染色体とメスと共通の染色体を各 5 種類持つことがわかりました。 メスは雌雄共通の染色体 5 種類を 1 対ずつもっており,これらの情報を総合すると, カモノハシの性染色体が,オスは X1Y1X2Y2X3Y3X4Y4X5Y5, そしてメスは X1X1X2X2X3X3X4X4X5X5 の性染色体を持っていると解釈されます。 さらに興味深いことに,それぞれの性染色体の一部が別の性染色体の一部と相同性を持っていることも明らかになりました。 具体的には X1 の一部が Y1 の一部と,そしてその Y1 の反対側には X2 と相同で,同様にしてほとんどの性染色体が相同部位を通じて一列に並べられることがわかりました。 これが何を意味しているのかを調べたのが同じグループによるもう 1 本の論文です (Grützner et al., 2004)。彼らは同じプローブを用いて,カモノハシのオスの減数分裂を調べたところ, 全ての性染色体がそれぞれの相同部位で「対合」し,多価染色体と呼ばれる構造をとっている事を確認しました。 つまり,オスでは全ての X 染色体と Y 染色体が交互につながり,メスでは全ての X 染色体対がおそらく別々に対合していると考えられます。これはまだ観察されていませんが, 多価染色体の形成は 5 つの性染色体を正しく分配するための仕組みであると思われます。 以前の研究から X1 が他の哺乳類の X 染色体と相同であることが知られていましたが, Grützner et al. (2004) は加えて,鳥類の Z 染色体上にある雄決定因子の遺伝子,DMRT1 が, X5 染色体上に乗っており,これらの染色体が相同である可能性を示唆しています。 このようにして明らかにされたカモノハシの性染色体の構造は,哺乳類の性染色体の進化についての定説を覆すものでした。 これまでは祖先的には X 染色体と Y 染色体が相同で, Y 染色体の退縮によって性染色体の分化が起こったと考えられてきました。 しかし Grützner et al. (2004) は X1 と Y1 は大きな相同領域を保存しているのに対して,X5 と Y5 の分化が大きく進んでいることを指摘し, これらが最初に分かれた性染色体のペアであり,X5( Z 染色体?) が哺乳類の性染色体の起源であると推測しています。多数の性染色体は,ここから常染色体との間の転座などを通じて進化し, 最終的に X1 と Y1 に対応する XY 染色体が残ったのかもしれません。 多価染色体の分配方法,メスにおける X 染色体上遺伝子の抑制の有無・仕組み,X5 と Z 染色体の相同性, など今後の研究課題も山のようにありますが,カモノハシの性決定が本当に哺乳類と鳥類の中間型であるとすれば, 非常に面白い話だと思います。 Rens, W. et al. Resolution and evolution of the duck-billed platypus karyotype with an X1Y1X2Y2X3Y3X4Y4X5Y5 male sex chromosome constitution. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 101,16257-16261 (2004). Grützner, F. et al. In the platypus a meiotic chain of ten sex chromosomes shares genes with the bird Z and mammal X chromosomes. Nature 432, 913-917 (2004). Carrel, L. Chromosome chain makes a link. Nature 432, 817-818 (2004). |
RNA ワールドで働いたイントロン・スイッチ(2004.12.16) イントロンの中にはタンパク質触媒の協力抜きに自然に切り出される, 自己スプライシング・イントロンと呼ばれるものがあります。 これが発見された事で,RNA も触媒機能を持つ事が出来るという理解が広がり, 生物は初め遺伝子と触媒を兼ね備えた RNA から始まったという RNA ワールド仮説が誕生しました。 RNA ワールドに現在のイントロンの祖先が存在したかは現在では論争の的になっています。 原核生物はイントロンを限定的にしか持たず,その進化的意義も良く分かっていません。 そんな中,Fedorov & Fedorova (2004) が RNA ワールドにおける 自己スプライシング・イントロンの役割について議論しています。 RNA ワールドにおいて,RNA は遺伝子と触媒を兼ねています。 触媒として働くためには高次構造をとる必要がありますが, 遺伝子としてコピーされるためには安定な高次構造をとっていては困ります。 そこで,Fedorov & Fedorova (2004) は,遺伝子として働く RNA はイントロンを含んでおり, それが目印になっていると考えました。 ここから読まれた触媒用の RNA は,特定の金属イオンが存在するなどの条件の下で, イントロンを切り出して触媒などの機能分子として働くと考えるそうです。 これは,いわば遺伝子としての RNA と,触媒などの機能分子としての RNA の切り替えを イントロンが担っていたと言い換えることが出来るでしょう。 この仮説は,イントロンの由来と,RNA ワールドにおいて 何が遺伝子と機能分子のスイッチを行っていたのかを同時に説明できる点で優れています。 しかしながら,自己スプライシング・イントロンがそこまで古い時代に起源したとする証拠は乏しく, また,RNA の修飾などのメカニズムによっても,遺伝子・機能分子間のスイッチは行えると考えられるので, Fedorov & Fedorova (2004) の仮説は全面的に賛同できるものでもありません。 Fedorov, A. & Fedorova, L. Introns: mighty elements from the RNA world. J. Mol. Evol. 59,718-721 (2004). |
続報:「光あれ」×1? ×2?(2004.11.29)(→発生学)
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ヒトは走るために生まれてきた(2004.11.28)(←人類学)
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「光あれ」×1? ×2?(2004.11.12)(→発生学)
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深く歴史を遡れば(2004.11.04) 以前にも紹介しましたが,遺伝子の配列を用いた生物の分岐年代推定の研究が時折出版されます。 基本原理としては,DNA の変異が時間に応じて増加していくとの仮定に基づき, 化石から分岐年代が知られている生物で規格化して,他の生物の分岐年代を予測するものです。 これまでは,変異の蓄積が時間に比例して増加すると言う, いわゆる「分子時計」を仮定する研究が多かったんですが, 最近はベイズ法という解析法を用いることで,分子時計を仮定せずに, 複雑なモデルに基づく解析が可能になってきました。 Douzery et al. (2004) は,EST データに基づく大量の遺伝子を用いて, 真核生物の大分類群の分岐時期を推定しました (系統解析は Philippe et al., 2004 として出版されている)。 彼らが用いた情報量は(やや偏りはあるものの)膨大で, そこそこ信頼性の高い年代推定になっているようです。 重要なところでは,現生の真核生物の大系統の分岐が,9.5〜12.5 億年前頃だという点や, 左右相称動物の初期分岐がカンブリア爆発の時期よりしばらく前, およそ 6.5〜7.5 億年前と言うように予測されています。 他の論文と比べると,動物の分岐についてはやや古めに (Aris-Brosou & Yang, 2003; Peterson et al., 2004), 葉緑体の共生年代についてはやや新しめに出ているようですが(Yoon et al., 2004), 全体としては落ち着いた,合理的な結果になっているようです。 この手の研究では,分子時計を仮定するかどうか(しない方が良い), そして年代推定の規格化にどの化石を用いるかが重要な違いをもたらしますが, 今回の研究はその点でも悪くなさそうです(化石については原論文をこれから参照してみます)。 年代推定は,知りたい生物の分岐が古ければ古いほど困難で誤差が大きくなってきますが, ゲノムレベルのデータが溜まってくるにつれて,徐々に道が開けてきているように感じます。 現状では,幾つかある年代推定の結果を見て,誤差範囲を広く捉えるのが妥当な解釈でしょう。 Douzery, E. J. P., Snell, E. A., Bapteste, E., Delsuc, F. & Philippe, H. The timing of eukaryotic evolution: does a relaxed molecular clock reconcile proteins and fossils? Proc. Natl. Acad. Sci. USA 101, 15386-15391 (2004). Aris-Brosou, S. & Yang, Z. Bayesian models of episodic evolution support a late Precambrian explosive diversification of the Metazoa. Mol. Biol. Evol. 20, 1947-1954 (2003). Peterson, K. J. et al. Estimating metazoan divergence times with a molecular clock. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 101, 6536-6541 (2004). Philippe, H. et al. Phylogenomics of eukaryotes: impact of missing data on large alignments. Mol. Biol. Evol. 21, 1740-1752 (2004). Yoon, H. S., Hackett, J. D., Ciniglia, C., Pinto, G. & Bhattacharya, D. A molecular timeline for the origin of photosynthetic eukaryotes. Mol. Biol. Evol. 21, 809-818 (2004). |
生物学者は全ての界を見たか?(2004.10.31) 近年,環境中のサンプルから,生物を培養せずに PCR によって DNA を増幅できるようになりました。 これにより,生物の実体が不明なままに,多数の未知のリボソーム配列が得られています。 そして,得られた環境配列について系統樹を描いてみると, 既知の生物界や生物門に入らない配列が多数出てきました。 その結果,地球上には未知の界や門が多数残されているとの主張があります。 これは本当なのでしょうか? 新しい発見の見込みが少ない,と言う意味では寂しいことですが, 既に今の生物学は,生物の多様性の大枠を手に入れている,とも言えるでしょう。 もちろん,極限環境などに少数未知の系統が残されている可能性はあり, また既知の門の内部に,多数の未知の系統が残されていることは事実です。 なお,生物の界レベルの分類には色々な方法があり,コンセンサスが得られていません。 真核生物については Cavalier-Smith (1998) の体系が広く知られているようです。 彼は,原核生物を細菌界(Bacteria)一つにまとめ,真核生物を原生動物界(Protozoa), 動物界(Animalia),菌界(Fungi),植物界(Plantae), クロミスタ界(Chromista;褐藻などの二次共生藻と,その仲間)の5界に分類しています。 これ以外の分類体系も当然ありますが,ここでは省略します。 Cavalier-Smith, T. Only six kingdoms of life. Proc. R. Soc. Lond. B 271, 1251-1262 (2004). Cavalier-Smith, T. A revised six-kingdom system of life. Biol. Rev. 73, 203-266 (1998). |
最尤法か最節約法か(2004.10.27)(→その他)
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メタン菌進化の大逆転(2004.09.10) 古細菌の一大グループとして,メタン生成菌なる生き物が知られています。 おそらく地球上で生成されるメタンのほとんどはこれらの古細菌によって合成されています。 他方,メタンを消費する原核生物(メタン資化性菌)も存在し,特に嫌気的にメタンを酸化する反応 (AOM : Anaerobic Oxidation of Methane)は古細菌が行っていると考えられています。 (好気的にメタンを酸化する真正細菌も知られています) これらのメタンの合成や酸化のプロセスは地球温暖化の文脈で大きく注目を集めていますが, 生物の代謝系の進化,という側面からも大変興味深い知見が得られました。 AOM を行う古細菌は大きく二つのグループ(ANME-1 および -2)に分けられていますが, いずれもリボソーム遺伝子の系統樹に基づき,メタン生成菌の一群から進化してきたと推測されています。 このことから,ANME-1 や -2 はメタン生成の酵素・反応経路を逆回しに用いて メタンの酸化を行っている可能性が指摘されていました。 (触媒は,反応をいずれの方向にも促進することを思い出してください) ところが,ANME-1 と -2 はいずれも純粋培養に成功しておらず, 代謝系の研究やゲノムレベルの研究は,これまでほとんど行われて来ませんでした。 その状況を力技で覆したのが,先週の Science に掲載された Hallam et al. (2004) の研究です。 彼らはメタン資化性菌(特に ANME-1 の仲間)を高い割合で含む環境から直接 DNA を抽出し, whole-genome shotgun libraries と fosmid library を作成することにより, 純粋培養の過程を抜きにしてゲノムレベルの遺伝子解析を行うことに成功しました。 その結果,ANME-1 がメタン生成菌の持っているメタン合成の酵素を ほとんど全て保持していることが明らかになりました。 このことから,ANME-1 はメタン生成菌からメタン生成の経路を逆流させることにより進化してきたとの仮説が 強く支持されました。また,ANME-1 においては,経路の途中の酵素が1つ失われており, その結果メタン生成が進行しなくなったと推測されます。 (なお,ANME-1 は硫酸還元菌と共生しており,このことも反応の逆転に関与している可能性があります) というわけで,メタン資化性古細菌の起源においては, メタン生成という反応系が逆方向に利用されるという進化が起こったことが初めて示されました。 原核生物においてはこのような代謝系の大規模な変化が起こりうる,ということは大変興味深いと思います。 今後,ANME-1 や ANME-2 の仲間が純粋培養されれば, 代謝系の進化の一つのモデル系としてさらに面白い結果が出てくるかもしれませんね。 付け加えておくと,環境サンプルに基づくゲノム研究はこれまでも幾つかありましたが, 単に読めました,とか読んでみました,という域を超えた議論が出来る研究はこれが初めてのように思います。 ちなみに反応系が逆方向に利用される他の例としては,解糖系を逆回しに用いる糖新生も有名です。 Hallam, S. J. et al. Reverse methanogenesis : testing the hypothesis with environmental genomics. Science 305, 1457-1462 (2004). |
核は何処から来たのか?(2004.08.11) 先週の Science に面白そうなニュースが載っていました。 "The Origin of the Nucleus"という集まりがフランスであったそうです。 そこで出てきた,核の起源に関するいくつかの仮説が紹介されています。 真正細菌の一部,粘液細菌(多細胞の子実体を作り,Gタンパクなども持っているらしい)が 真核生物の起源に関係しているかもしれないという話や, プランクトマイセスという奇妙な真正細菌の仲間が 膜に包まれた核のような構造を持っているという話, そして核の起源はウイルスだったかもしれないという話など, いくつもの想像力豊かな話が広がっていました。 ところで,真核生物の起源のころには,核の成立,膜系の発展,細胞骨格の複雑化, モータータンパクの誕生,減数分裂,有糸分裂,直線状の染色体,ミトコンドリアの獲得, など重要な革新が立て続けに起こったと考えられます。 核の起源を考えるにはこれらの全ての革新との関連(あるいは関連性のなさ)について 詳細な考察をする必要があると思われますが, このニュース記事ではそこまで突っ込んだ議論は出ていませんでした。 今後,これらの複雑な事象がきれいに説明できるようになるのか,楽しみなところです。 Pennisi, E. The Birth of the Nucleus. Science 305, 766-768 (2004). |
チンパンジーと私の違い(2004.06.06)(→その他)
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Hox 遺伝子と半索動物の位置(2004.05.23) 半索動物(ギボシムシの仲間)はもともと口盲管と呼ばれる器官が脊索と相同だと考えられたため, 脊索動物と近縁な,いわば祖先型を残した動物と考えられてきました。 ところが,近年の遺伝子系統樹からは半索動物が棘皮動物(ウニ,ヒトデなど) と近縁である可能性が強く示唆されていました。 今回,後生動物のボディプランの形成に重要な役割を果たす Hox 遺伝子を調べることで, 半索動物と棘皮動物が近縁であることを示す新たな証拠が付け加えられました。 Peterson (2004) は半索動物の Hox 遺伝子を探索しました。 その結果,棘皮動物の Hox 遺伝子の解釈にも進展をもたらしましたが, それ以上に興味深い事実をみつけました。 得られた Hox の内 3 つが,半索動物と棘皮動物に特異的に存在するというのです。 このことは,半索動物が脊索動物ではなく棘皮動物により近縁であることを強く支持しています。 形態的形質でもこの関係を支持するものがあり,両者の関係はまず間違いないものと思われます。 半索動物と棘皮動物を結ぶグループには,以前から Ambulacraria という名前が付けられていました。 今後,後口動物の進化を考えるには Ambulacraria の重要性も無視できないでしょう。 参考までに,現在までの後口動物の系統関係の理解を示しておきます。 ?----------------------- 珍渦虫(Xenoturbella)| ----| --------------------- 半索動物 | ----| ---| --------------------- 棘皮動物 | ----------------------------- 脊索動物 Peterson, K. J. Isolation of Hox and Parahox genes in the hemichordate Ptychodera flava and the evolution of deuterostome Hox genes. Mol. Phylogenet. Evol. 31, 1208-1215 (2004). |
訃報 メイナードスミス氏死去(2004.05.17) 近代的な進化論の創設者とも言える,メイナードスミス(John Maynard Smith) 氏が4月に84歳で亡くなりました。 先週末の Science に掲載された追悼記事でこのニュースを知りましたが, 進化論の旗手がまた一人亡くなったことは非常に残念でなりません。 ダーウィンは家畜の品種改良などを背景に,いわば定性的に進化の仕組みを論証しました。 一方,現代の進化論は数学を用いた定量的な論証が出来るまでに進歩しています。 その進歩に重要な土台を作ったのがメイナードスミス氏でした。 彼は ESS(Evolutionarily Stable Strategy: 進化的に安定な戦略)という概念とゲーム理論を進化の議論に導入することで, 進化論を数学的に議論をする流れを大きくリードしたと言えます。 メイナードスミス氏は 2001 年に第17回京都賞も受賞しています。 この頃も,そしておそらくその後も,彼は進化論の先端の議論に常に参加し続けていたようです。 現代の進化論をメイナードスミス氏と共に築いて来たハミルトン(W. D. Hamilton)氏も 2000 年に亡くなっており, また,古生物の立場から進化論の普及に大きな役割を果たした グールド(S. J. Gould)も氏 2003 年に亡くなりました。 進化論の舞台が大分さびしくなったように感じます。 Lewontin, R. In memory of John Maynard Smith (1920-2004). Science 304, 979 (2004). 巌佐庸 第17回京都賞,メイナードスミス博士が受賞. 遺伝 56(1), 23-24 (2002). |
ハチドリの忘れられた故郷(2004.05.09)(→古生物学)
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そしてメスがいなくなった・・・(2004.04.28)(→古生物学)
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補足:葉緑体の起源に迫るゲノム研究(2004.04.20)(→その他)
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細胞の中に住むということ(2004.04.12) 細胞内共生によるミトコンドリアや葉緑体の起源の研究は大進化にまつわる話題の中にあって, 最もホットで最も理解が進んだ分野だと思います。 先週の Science の中で,この共生進化のメカニズムについてのレビューが載りました。 共生由来のオルガネラの概説,オルガネラ・ゲノムの縮退の過程,生合成, オルガネラへのタンパク輸送の起源, などなど興味深く重要なトピックスについての解説になっているようです。 Dyall. S. D., Brown, M. T. & Johnson, P. J. Ancient invasions: From endosymbionts to organelles. Science 304, 253-257 (2004). |
魚に手足が生えた頃(2004.04.11) 最近,四足動物の起源に迫る発見・研究が 2 つほど出たので紹介します。 その前に,背景として脊椎動物の系統について簡単に解説しておきます。 脊椎動物は祖先的には顎のない魚類でした。その中から,有顎魚類が進化してきました。 有顎魚類は祖先的には骨格が軟骨で構成されており,その生き残りがサメやエイなどの軟骨魚類です。 そして有顎魚類の中からリン酸カルシウムからなる骨格を持った硬骨魚類が進化してきました。 この硬骨魚類は,鰭(ひれ)の作りから条鰭類(ほとんどの魚)と肉鰭類に分けらます。 肉鰭類(別名総鰭類)は骨の入ったガッチリとした胸鰭,腹鰭を持っていて, この鰭が四足動物では手足になりました。四足動物以外の総鰭類としては, 現在シーラカンスと肺魚が生き残っています。 系統樹にまとめると,こんな感じです。
-------------------------メクラウナギ(無顎魚類) まず Shubin et al. (2004) は最古の「腕」の化石について報告しています。 彼らはアメリカ,ペンシルバニア州のデボン紀後期の地層から四足動物の上腕骨 (「二の腕」の骨)を発見しました。この骨は, 魚類段階の形質と四足動物段階の形質を併せ持っており, まだ陸に上がる直前の脊椎動物の上腕骨であることが示唆されます。 他の化石魚類・四足動物の骨との比較から,最初期の脊椎動物はまだ手足と呼べない, 鰭を使って体を支えていたことが分かるそうです。なお最初期の確かな四足動物としては, これまで Acanthostega が知られていました。また,最も四足動物に近い化石魚類としては Panderichthys が有名です。これについで近い化石魚類としては Eusthenopteron が非常によく研究されています。シーラカンスや肺魚も,総鰭類という同じグループに属しますが, Eusthenopteron よりは遠縁と考えられています。
------------------------------シーラカンス さて,ここまでの系統樹では現生の肉鰭類の内,シーラカンスと肺魚の いずれが四足動物に近縁なのかについて言及してきませんでした。 これまでも形態や分子系統樹から,仮説は提唱されていましたが,いずれも決定打を欠いていたためです。 しかし,Brinkmann et al. (2004) によると,核遺伝子の Rag1,Rag2 を用いた分子系統樹から,シーラカンスに比べて肺魚のほうが, より四足動物に近縁であることが強い支持率で示されたそうです。 彼らはシーラカンス 1 種と肺魚全 3 科から 1 種ずつ,Rag1,Rag2 の遺伝子配列を読みました。 その結果,それぞれの遺伝子 1 個ずつでは弱く,両方合わせると強く, 肺魚+四足動物の近縁性が支持されました。この結論は, 分子系統樹を用いて初めて強い支持率が得られたという事のみならず,形態やミトコンドリア DNA の配列から予想されていた系統関係と一致したことから, 四足動物の起源について最終的な結論につながるものと思われます。
---------------シーラカンス Shubin, N. H., Daeschler, E. B. & Coates, M. I. The early evolution of the tetrapod humerus. Science 304, 90-93 (2004). Brinkmann, H., Venkatesh, B., Brenner, S. & Meyer, A. Nuclear protein-coding genes support lungfish and not the coelacanth as the closest living relatives of land vertebrates. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 101, 4900-4905 (2004). Clack, J. A. From fins to fingers. Science 304, 57-58 (2004). この J. A. Clack が以前に書いた邦文の新書があります。
四足動物の起源について中々丁寧な解説になっていました。 |
葉緑体の起源に迫るゲノム研究(2004.04.08)(→その他)
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遺伝子に満ちた海(2004.04.05)(→その他)
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小さな RNA は時を越えて(2004.04.02)(→植物学)
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補足:母親から祖母になるということ(2004.03.12)(→発生学)
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母親から祖母になるということ 〜 メカニズムと進化的意義 〜
(後編)(2004.03.12) 前編では何が女性の生殖可能期間を限定しているのかについて,革新的な研究を紹介しましたが, 次は何故,という問いに答えた論文を紹介します。 通常生物は,一度性成熟したら死ぬまで生殖が可能です。これはヒト以外の霊長類でも同じことです。 ところが,人間に限って閉経後にも長い人生が存在します。何故そのような寿命が進化したのでしょうか。 Lagdenperä et al. (2004) は,18 世紀〜 19 世紀のフィンランドとカナダの人口統計学的な記録を調べることで,この疑問に答えを示しました。 すなわち出産可能な年齢を過ぎても,女性は出産・ 育児を手助けすることによってより多くの孫を持つことが出来るというのです。具体的には寿命が長い女性の子供は, より多くの子供を残し,しかも生殖可能年齢まで育て上げられるそうです。 これまでも適応的意義についてこのような話は言われていたはずですが, 実際に詳細な統計に基づいて立証されたことには大きな意義があります。 (進化については,仮説は山ほどあっても検証に耐えるのは中々少ないものですから) また女性の寿命が,娘が生殖可能な年齢を満了する頃になっているという現象も, 上記の話と符合するとのことです。 女性の人生の後半は,よいお祖母ちゃんになるために進化してきたとも言い換えられるような気がします。 (なお,男性の余生については別の議論が必要ですが,寿命のメカニズムは女性と男性でかなり共通しているはずですから, 女性の寿命の延長の副産物として,男性も長生きできるのかもしれません) Lahdenperä, M. et al. Fitness benefits of prolonged post-reproductive lifespan in women. Nature 428, 178-181 (2004). News & Views |
母親から祖母になるということ 〜 メカニズムと進化的意義 〜(前編)
(2004.03.12)(→発生学)
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UMA とウマの不思議な関係(2004.03.08) 地球上には,未確認生物(UMA)と呼ばれる未記載の生物群が存在します。 ネッシー,ツチノコ,チュパカブラ,モケレ・ムベンベなどなど色々言われていますが, この程,ヒマラヤの雪男,イエティの DNA 解析のデータが発表されました。 Milinkovitch et al. (2004) によると,彼らは現地のガイドによって採集されたイエティの毛皮を, 新種の記載にはネパール政府の許可を取ることを条件に解析したそうです。 12SrRNA の配列から,イエティは外見から予想される様な霊長類ではなく, 奇蹄類の Equus caballus に極めて近縁であることが解りました。 (外見上の相違があるため,同種となることはあり得ませんが, 配列からは種内レベルで近縁となることが示唆されています) イエティに関しては,絶滅した類人猿の一種,Gigantopithecus であるとの説が有力でしたが, 今回の研究はこの仮説に対して重大な疑問を呈することになりました。 また,イエティの類人猿に似た姿は,有蹄類のごく近い祖先から, 極めて短期間の間に収斂進化したことがわかります。 なお,論文の第一著者である Milinkovitch は,クジラの分子系統の論文などにも関わっています。 おそらく分子系統解析の専門家と思われます。 Milinkovitch, M. C., Caccone, A. & Amato, G. Molecular phylogenetic analysis indicate extensive morphological convergence between the "yeti" and primates. Mol. Phylogenet. Evol. 31, 1-3 (2004). |
感覚器官はみな同一起源?(2004.03.01)(→発生学)
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減数分裂に関わっている分子(2004.02.27)(→分子細胞学)
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結婚相手はよく選らんで(2004.02.25) 保全生物学などの現場でよく問題になるのが,近親交配(inbreeding)による問題です。 近親交配を繰り返すと,有害な遺伝子がホモ接合になりやすく, また,遺伝子の多様性が低くなるため,環境などの変化に集団として融通が利かなくなってしまいます。 逆に,血縁がまるでない相手とだけ交配(異系交配:outbreeding)を続けても問題が生じます。 有益な遺伝子の組み合わせが維持できなかったり,ローカルな適応形質が失われてしまうためです。 つまり,ゲノムの多様度というのは低すぎても高すぎてもいけない,ということです。 そこで,実際の生物(ブルーギル)を調べたところ, 自然界ではゲノムの多様度が一定の範囲で安定化されていることがわかったそうです。 また,配偶者選択(mate choice)を行うとランダムに配偶者を選ぶ場合に比べて, より理想的なゲノム多様度を持った子孫が生まれるそうです。 配偶者選択にはそういう効能もあるんですね。 Neff, B. D. Stabilizing selection on genomic divergence in a wild fish population. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 101, 2381-2385 (2004). |
生命の起源関連(2004.02.23)(→その他)
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空から降って来た対称性の崩れ(2004.02.20)(→その他)
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翅も脚も元は同じ(2004.02.18)(→発生学)
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被子植物の大系統と多様化(2004.02.18) 被子植物は白亜紀に登場して以来,爆発的に多様化したグループです。 現在では 25 万種もが認められているそうです。 これらの系統関係は rbcL を初めとする様々な分子種で, 様々な種のセットについて調べられてきました。 しかし分子データの存在する全ての種を一手に解析した系統樹は,現時点では存在しません。 そこで,出版された複数の系統樹を統合して,より網羅的な系統樹, supertree というものが描かれました。 この研究では,被子植物の科のレベルで完全な系統樹を描いたとしています。 この系統樹には,化石や rbcL から推定された分岐年代も付けられています。 著者らはこのデータをもとに被子植物の多様化の実態を明らかにしようとしています。 Davies, J. T. et al. Darwin's abominable mystery: Insights from a supertree of the angiosperms. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 101, 1904-1909 (2004). |
目は鼻の代わり(2004.02.16) 人間は三色の色覚を持ち,目が良い代わりに鼻があまり利きません。 今回,三色の視覚を持つということと, 鼻が利かなくなるということがリンクしている可能性が提唱されました。 嗅覚は,嗅覚受容体(OR)によって受容されます。 ほ乳類はこの OR 遺伝子を多数持っていて,それらが合わさって嗅覚を担っています。 ところが,人間はマウスなどに比べて OR 遺伝子のうち偽遺伝子の占める割合が非常に高く, それが人間の嗅覚があまりよくない原因であるようです。 そして,霊長類全体で OR 遺伝子が調べられた結果,人間,類人猿,旧世界ザル (類人猿+ヒトと近縁)では OR 遺伝子中の偽遺伝子の占める割合が, より原始的サルに比べて優位に高いことが分かりました。 ところが,原始的なサルの中でも,ウーリーモンキー(新世界ザル) は例外的に偽遺伝子が多いことが分かりました。 このことは,霊長類の中では独立に2回,鼻が悪くなったことを意味しています。 興味深いことに,旧世界ザル,類人猿,ヒトは三色の色覚を持っており, それ以外のサルではウーリーモンキーのみが(雄雌共に) 三色の色覚を持っているということが知られていました。 (他の新世界ザルでは雌のみが三色の色覚を持つ場合があるとのこと) このことから,霊長類の中で三色視が進化した場合, それに応じて嗅覚が退化した可能性が示唆されています。 やはり,脳で処理できる情報量には限界があるからなのでしょうか。 視覚と嗅覚が相補的に進化しているというのは中々面白い発見だと思います。 これが遺伝子レベルで証明された,という点もこの研究の特徴といえるでしょう。 この論文もウェブ上のフリー雑誌, PLOS Biol. に掲載されています。 Gilad, Y. et al. Loss of olfactory receptor genes coincides with the aquisition of full trichromatic vision in primates. PLOS Biol. 2, 120-125 (2004). ダイジェストもあります |
減数分裂時の染色体の分配 〜守護神〜
(2004.02.05)(→分子細胞学)
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バクテリアの新グループ(2004.02.03) 現在,真正細菌(Bacteria)は 20 余りの門に分類されていますが, 最近,門レベルで新しい種類の記載が続いています。 しばらく前に真正細菌の新門,Gemmatimonadetes の記載がニュースになりましたが (Zhang et al., 2003), また,新門に相当するであろう新科新属新種が記載されました。 今回正式記載と認められたのは,宮城県の温泉から分離された好熱性の硫酸還元菌で, Thermodesulfobium narugense と名づけられました。 この生物は DNA の解析結果から,これまでに培養されたどの細菌とも類縁性がないとしています。 著者らは,この生物のために新科,Thermodesulfobiaceae を建てるにとどめましたが, 系統樹を見る限り,新門に相当するように思われます。 培養に成功しておらず,従って性質のわからない細菌は,門のレベルでもかなりいると考えられており, 海洋や土壌の生態系を理解する大きな妨げとなっています。 今回のように,門レベルで新規の生物が培養されることは,分類・進化の分野のみならず, 生化学,生態学などの分野にも進展をもたらし得る意義深いことであると思います。 Mori, K., Kim, H., Kakegawa, T. & Hanada, S. A novel lineage of sulfate-reducing microorganisms: Thermodesulfobiaceae fam. nov., Thermodesulfobium narugense, gen. nov., sp. nov., a new thermophilic isolate from a hot spring. Extremophiles 7, 283-290 (2003). 本種が正式に認められたリスト Gemmatimonadetes の記載論文 |
共生由来のオルガネラの分裂に関するレビュー
(2003.12.05-12)(→分子細胞学)
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指がいっぱい
(2003.12.04)(→古生物学)
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クジラの新種(2003.11.20) クジラの新種が Nature に報告されました。 ナガスクジラの仲間で,Balaenoptera omurai と命名されています。 和名は,ツノシマクジラとのこと。 報道では,90年ぶりの新種と言われていますが, これはヒゲクジラ類に限った話で,ハクジラの仲間では,主に博物館標本に基づいて, 近年新種記載が相次いでいます。 国立科学博物館のページに ツノシマクジラの綺麗なイラストがあります。 Wada, S., Oishi, M. & Yamada, T. K. A newly discovered species of living baleen whale. Nature 426, 278-281 (2003). |
生きた化石ガエル(2003.10.19) インドで新科新属新種のカエルが発見され,Nature に報告されました。 名前は,Nasikabatrachus sahyadrensis(Nasikabatrachidae 科)と名付けられました。 ナジカガエルとでも呼ばれることになるんでしょうか。 この発見の意義は,いくつかありまして,1.カエルの新科の記載は1926年以来約80年ぶりのことで, 極めて珍しいという点,2.遺伝子から姉妹群となるセーシェルガエル科との分岐年代と両種の分布を考えると, インド・セーシェル諸島などの大陸移動について重大な示唆が得られるという点 (ここら辺については,哺乳類・恐竜類などの分布の問題とも絡んで結構重要な話があります), そして 3.発見場所がいわゆるホットスポット(希少で固有な種を大量に含み,早急な保全が望まれている地域) として注目されていた場所で,今後の環境保護,研究への動きに大きな影響を与えるであろう点, などが挙げられます。 ちなみに,こんな変な外見 も地中生のカエルには普通のことだそうです。 Biju, S. D. & Bossuyt, F. New frog family from India reveals an ancient biogeographical link with the Seychelles. Nature 425, 711-714 (2003). News & Views |
補足:アグロの学名(2003.09.19) Young et al. (2001) に対する反論がまた出ました。 今度はこの論文と同じ雑誌上での論争です。 Farrand et al. (2003) による反論を簡単に要約すると, Agrobacterium 属は十分多くの特長によって Rhizobium 属と区別できるため, 同属にまとめるのはおかしいとのことです。 詳細は本文を読んで欲しいのですが,正直あまりにレベルの低い反論に呆れました。 一部を引用します。
意訳すれば(皮肉を込めて),「科の分類が適当なんだから, その下の属の分類なんぞいい加減なままでいいんだよ」となります。 科の分類の整理をやっている Young らへの反論としては,あまりにも無茶苦茶です。 このほかにも問題点は多いのですが,それについては Young et al. (2003) を参照してください。 ただ,もう一つ付け加えておくと,Farrand et al. (2003) は論文の末尾に自分たちの意見に同調する科学者の署名を1ページ以上にわたって掲載しています。 (日本人一人を含み,100人近くいる。数えてませんが) いかに賛同者の人数が多かろうと議論の正当性はそれに左右されるはずもなく, 政治に訴えようとしたのであれば情けない限りです。 Farrand, S. K., van Berkum, P. B. & Oger, P. Agrobacterium is a definable genus of the family Rhizobiaceae. Int. J. Syst. Evol. Microbiol. 53, 1681-1687 (2003). Young, J. M. et al. Classification and nomenclature of Agrobacterium and Rhizobium - a reply to Farrand et al. (2003). Int. J. Syst. Evol. Microbiol. 53, 1689-1695 (2003). Young, J. M. et al. A revision of Rhizobium Frank 1889, with an emended description of the genus, and the inclusion of all species of Agrobacterium Conn 1942 and Allorhizobium undicola de Lajudie et al. 1998 as new combinations: Rhizobium radiobacter, R. rhizogenes, R. rubi, R. undicola and R. vitis. Int. J. Syst. Evol. Microbiol. 51, 89-103 (2001). |
補足:6 本足の節足動物≠昆虫(2003.09.17) Science 誌上で Technical comment が出ました。 もともと,Nardi et al. (2003a) で,ミトコンドリアの複数遺伝子を用いた解析から, 六足類(昆虫+無翅「昆虫」)が多系統となり,狭義の昆虫が甲殻類の姉妹群になることが提案されました。 ところが,Delsuc et al. (2003) は系統解析法を改良した結果, 従来通り六足類は単系統となり,甲殻類は六足類全体の姉妹群になることを確認しました。 すなわち,Nardi et al. (2003a) の結果は系統解析法に由来する Artifact とみなしたのです。 これに対して Nardi et al. (2003b) も系統解析を多少修正して, 自分たちの過去の結果を確認しています。 現時点では,いずれの系統樹が正しいのか評価するのはかなり困難で, 2 通りの可能性が存在することを認めるほかないでしょう。 実際に,両グループとも,自分たちの結果が絶対とはみなしていないようです(弱気?)。 なお,従来の定説は,Dulsuc et al. (2003) の, 六足類が単系統と成る系統樹の方です。 Nardi, F. et al. Hexapod origins: Monophyletic or paraphyletic. Science 299, 1887-1889 (2003a). Delsuc, F., Phillips, M. J. & Penny, D. Comment on "Hexapod origins: Monophyletic or paraphyletic?" Science 301, 1482d (2003). Nardi, F. et al. Response to comment on "Hexapod origins: Monophyletic or paraphyletic?" Science 301, 1482e (2003b). |
遺伝子を跳ばす粒子(2003.08.26) 好熱性細菌から取れたウイルス様粒子(以下 ST-VLP)が 広範囲な水平遺伝子移動に関与している可能性があるようです。 簡単にいうと,この ST-VLP なるものは,普通のファージとは異なり, 宿主のレンジが異常に広く,原始的な好熱菌から取れたにもかかわらず, 大腸菌や枯草菌にも感染し,遺伝子導入を行っている可能性があるそうです。 ST-VLP は内部に約 400kb もの DNA を含んでいることから, 細菌の DNA をかなりの長さにわたって運べることも予想されます。 論文中では,好熱性細菌から得られた ST-VLP を 一部のアミノ酸合成酵素を欠いた大腸菌もしくは枯草菌に与えたところ, そこそこの割合で形質転換が起こったことが示されています。 しかし,好熱菌の DNA 単独で与えた場合の形質転換効率が調べられていないため, 実際の遺伝子導入に ST-VLP がどの程度関与していたかは疑問が残るところです。 いずれにせよ,ST-VLP の宿主レンジが異常に広いことは確かなので, 細菌のグループ間での水平遺伝子移動にこれらの仲間が関与している可能性は かなりあるのではないかと思います。 この論文は,ネット上でフリーで閲覧できるようです。 Chiura, H. X. Broad host range xenotrophic gene transfer by virus-like particles from a hot spring. Microb. Environ. 17, 53-58 (2003). |
アンボレラの衝撃?(2003.08.24) 最も原始的な被子植物として,Amborella という植物がしばしば言われます。 この植物はニューカレドニアのみに自生する樹木で,幾つかの遺伝子の証拠から, 最も原始的な被子植物か,少なくともその一群であるとされてきました。 その興味から,今回葉緑体の全ゲノム配列が決定されましたが,その結果,新たな問題が生じました。 葉緑体の遺伝子をたくさん使って系統樹を描くと,なんと期待に反して Amborella が高等な双子葉類の中に入ってしまったのです。 近年の被子植物進化の定説とは完全に異なるデータなので,これが本当ならえらいことでしょう。 ただ,論文を読む限り,従来の結果と今回の結果のどちらが正しいかはまだ解釈の余地があり, これから先の激しい論争が予想されます。 Goremykin, V. V., Hirsch-Ernst, K. I., Woelfl, S. & Hellwig, F. H. Analysis of the Amborella trichopoda chloroplast genome sequence suggests that Amborella is not a basal angiosperm. Mol. Evol. Biol. 20, 1499-1505 (2003). |
珍渦虫の衝撃(2003.08.24) 珍渦虫(Xenoturbella)という正体不明の動物がいます。 肛門も閉じた腸も体腔もなく,とにかく単純極まりない動物です。 昔は渦虫(プラナリアなど)の原始的な仲間と考えられたこともあるようです。 東大の上島先生がここ数年,紹介記事などを書かれていますが, 1997 年にこの生物の DNA が解析された結果,彼らは二枚貝であり, 体内から発見された幼生もそれを支持していたそうです。 ところが,最新号の Nature で衝撃的な展開がありました。 なんと,珍渦虫は実のところ二枚貝ではなく, 棘皮動物,半索動物,脊索動物からなる新口動物に含まれるというのです。 一体何が起こったのでしょうか? 実は,この論文の著者によると,別のグループによる 1997 年の論文のデータはコンタミだろうというのです。 珍渦虫をそのまま PCR で調べると,二枚貝のものも含めた 2 種の配列が得られるんだそうです。 それで,珍渦虫の腸の内容物を除去すると,二枚貝のバンドが減るんだそうです。 つまり,以前の研究では餌の遺伝子が調べられていたいう話になりました。 上島先生によると,軟体動物(貝類)の研究者としては納得できる結果だそうです。 というわけで,教科書が書き換わったわけですが,珍渦虫の新たな配列は 新たな驚きも運んできました。彼らが新口動物に含まれるのはかなり確かなようで, しかも,おそらく原始的な体制を残した新しい門に相当する可能性が高いのです。 これは脊索動物の起源の論争にも影響を及ぼすことが予想され, マイナーな生物が今後,一気に表舞台に飛び出るかもしれません。 ただ,祖先的な門には違いなさそうなんですが,そこから激しく退化したのもまた確かなようで, どこまで情報が得られるのかは未知数です。 Bourlat, S. et al. Xenoturbella is a deuterostome that eats molluscs. Nature 424, 925-928 (2003). News and views |
水平遺伝子移動(2003.08.24) 細菌に関して,W. F. Doolittle を中心とする研究者達は, あまりにも激しい水平遺伝子移動が起きているため, 遺伝子系統樹からは進化の実態を明らかにすることは出来ない,と主張していました。 ところが,ここ 1 年程度の間に研究が進歩し,従来の見方の問題点が明らかになると共に, 細菌における水平遺伝子移動は確かに多く存在するものの, 系統解析が不可能になるほど激しくはないということが分かってきました。 これらの展望が最新号の PNAS にまとめられています。 真核生物における水平遺伝子移動は今(これから?)ホットな話題なので, その基礎知識として把握しておくことも悪くないと思います。 (ちょっと難解で,一部わかんないとこもありましたけど) Kurland, C. G., Canback, B. & Berg, O. G. Horizontal gene transfer: A critical view. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 100, 9658-9662 (2003). |
アグロの学名(2003.08.19) 植物の形質転換には "Agrobacterium tumefaciens" と呼ばれる細菌が用いられます。しかしながら,現在この生物の学名に関しては大きな問題があります。 まず第一に,Agrobacterium tumefaciens は,同属の A. radiobacter と同一種であることが指摘されています。従って,優先権を持つ A. radiobacter の学名が A. tumefaciens に代わって用いられなければなりません。ところが,Agrobacterium 属の基準種として保存されているため,A. radiobacter が A. tumefaciens に取って代わることが出来ないとされています。 しかしながら,A. tumefaciens が Agrobacterium 属のタイプ種であるという理由のみによって,A. radiobacter に優先することができるような条文は命名規約中には見当たりませんでした。 従って将来異なる裁定が裁定委員会によって下されない限り, A. tumefaciens は,A. radiobacter に訂正されるべきと考えられます。 次に,Agrobacterium という属の分類学上の地位にも問題があります。 単純化して言うと,Agrobacterium 属は,植物に対して病原性を持つ種として, 根粒形成を行う Rhizobium と区別されてきました。 しかしながら,病原性はプラスミドによって規定される不安定な形質であり,rRNA の系統樹を見る限り, Rhizobium 属の中から複数回進化してきた可能性があります。 その他の形質によっても Rhizobium 属と Agrobacterium は綺麗に分けらないとされたことから, 一部の分類学者が両属を統合して Rhizobium の学名を当てました。 この場合,Rhizobium radiobacter という学名が A. tumefaciens に代わることになります。 属の組み換えに関しては現在コンセンサスが得られておらず,無数の反論も寄せられているそうですが, 個人的には Agrobacterium は Rhizobium に含められるのが妥当であると思います。 この場合,従来の呼称との間で混乱が生じることが予想されるため, アグロバクテリウム("Agrobacterium")は一般名(common name)としてイタリック表記せず, 学名としての Rhizobium radiobacter を付記するというやり方が望ましいのではないかと思います。 その内,命名法上の問題が整理され,一つのコンセンサスに落ち着いていくとは思いますが, アグロの学名にこれほどの問題があるというのが面白かったので紹介しました。 Young, J. M. et al. A revision of Rhizobium Frank 1889, with an emended description of the genus, and the inclusion of all species of Agrobacterium Conn 1942 and Allorhizobium undicola de Lajudie et al. 1998 as new combinations: Rhizobium radiobacter, R. rhizogenes, R. rubi, R. undicola and R. vitis. Int. J. Syst. Evol. Microbiol. 51, 89-103 (2001). Broughton, W. J. Roses by other names: Taxonomy of the Rhizobiaceae. J. Bacteriol. 185, 2975-2979 (2003). 国際細菌命名規約 1990 年版翻訳委員会 編 国際細菌命名規約(1990 年改定) (菜根出版, 東京, 2000). |
哺乳類の祖先はねずみぢゃない!(2003.08.14) 有胎盤哺乳類の最初の分岐には 4 つの仮説があります。 その内,げっ歯類(ネズミなど)が有胎盤類の祖先群であるとする仮説は 核の遺伝子の証拠によって排除される傾向にあります。 しかしながら,ミトコンドリア遺伝子の証拠からこの仮説にこだわる研究者も存在し, 最新の日経サイエンスの記事においても, げっ歯類が祖先に近いとする系統樹をあたかも定説のように紹介したケースがありました。 ですが,現在の知見を総合するとこの仮説は誤りと言わざるを得ません。 ましてや,定説ではありえないということについてコメントしたいと思います。 その根拠は,当初,核遺伝子の配列のみしかありませんでしたが,その後,別の証拠が増えてきました。 まず,2 つのタンパク質のアミノ酸配列に Euarchontoglires に特異的な欠失が発見されました (Poux et al., 2002)。Euarchontoglires というのは,げっ歯類,ウサギ類,霊長類などから成るグループで, これが単系統群であることが示されたわけです。 Euarchontoglires が単系統群であるならば,その中に有胎盤類の根があるはずはありません。 アミノ酸配列の欠失(片方では18アミノ酸にもおよぶ)が収斂などによって起こるとは到底考えられないので, この証拠によって,げっ歯類祖先仮説はほぼ棄却されたと言えます。 その後,同じ筆者らがタンパク質や生物種を追加して, この証拠をさらに補強,評価する論文もでています(de Jong et al., 2003)。 以上のような,確実性の高い証拠に基づけば,げっ歯類(+ウサギ類など) は霊長類に近い派生的な系統であって,有胎盤類の祖先群ではありえないと結論付けられます。 この議論については,もはや覆ることはあり得ないと思われますが, しばらくは旧来の誤解が残ると予想されるので,特に注意が必要でしょう。 モデル生物であるネズミと,我々ヒトとの関係は最新の動物学にとっては重要な意味を持ちますし・・・ de Jong, W. W. et al. Indels in protein-coding sequences of Euarchontoglires constrain the rooting of the eutherian tree. Mol. Phylogenet. Evol. 28, 328-340 (2003). Poux, C., van Rheede, T., Madsen, O. & de Jong, W. W. Sequence gaps join mice and men: Phylogenetic evidence from deletions in two proteins. Mol. Biol. Evol. 19, 2035-2037 (2002). |
脊椎動物の脳の起源(2003.07.18)(→発生学)
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全生物の系統樹の原理(2003.06.23) 真正細菌,古細菌,真核生物は,それぞれドメイン(Domain) という階級の分類群です。 全ての現生生物は 3 ドメインのうちのいずれかに分類され, それ以外の生物は知られていません。そのため,これら 3 ドメインの系統樹を描くための外群となる生物は存在しないことになってしまいます。 それを解決する方法が,全ての生物が持っている重複遺伝子を用いる方法です。 伸長因子の EF-Tu/1α と EF-G/2(注)の組み合わせや,ATP 合成酵素の α サブユニットと β サブユニットの組み合わせなどは,3 ドメインが分岐するより前に遺伝子重複によって誕生した 兄弟タンパク質のセットであると考えられています。 それぞれの重複遺伝子のペアを一緒にしてタンパク質の系統樹を描くと, 例えば以下のような無根系統樹が得られます。 真正細菌の EF-Tu ----------- ---------- 真正細菌の EF-G| ↓ | 古細菌の EF-Tu -------- |------| ----- 古細菌の EF-G |----- -----| 真核生物の EF-1α ------ ----- 真核生物の EF-2 この図は外群をとっていないのでルートがついていませんが, 遺伝子重複が 3 ドメインの分岐以前であることが分かっているので, 矢印の位置にルート(遺伝子重複の起こった場所)が来ることが分かります。その結果, EF-Tu/1α, EF-G/2 のいずれの部分でも真核生物と古細菌が近縁となっています。 同じように,2〜3 種の分子で, 互いを自分の外群にするような重複遺伝子の系統樹が作られ, 現在では古細菌と真核生物が近縁であることが分かっています。 さて,このような系統関係が分かったとしても, 実際に古細菌と真正細菌のどちらがより祖先に似ていたのかは分かりません。 極端な話,祖先生物は核を持っていたと主張する人もいるらしいです。ただし, 真正細菌の枝が生物の最初の分岐につながっているのに対して,古細菌の枝はその後, 真核生物との分岐を間に挟んでいます。このように,根からの距離(分岐の数)に応じて, 真正細菌のほうを「祖先的な位置で分岐した」といったり,古細菌を「より派生的なグループである」 といったりします。ここで言う「祖先的」,「派生的」という表現は, あくまで系統樹上での相対的な位置を示していて, どちらが「原始的」あるいは「進歩的」 であるということは言っていません。 ただし,例えば祖先が持っていた特徴を真正細菌だけが残していると言うためには, その特徴が古細菌と真核生物の共通祖先で一度だけ失われたと仮定すればよいですが, 祖先の特徴を古細菌だけが残しているというためには, その特徴が真正細菌と真核生物の祖先で計 2 回失われたと仮定しなければなりません。よって, 真正細菌の残している特徴の方が, 最節約的に推定すると祖先形質を残していることが期待できると言えます。 しかしあくまで,最節約的には,というだけの話です。 真核生物はかなり激しい進化を経験したグループなので,形質の喪失や改変があまりに起こりやすく, 祖先型の推定には役に立たないのが現状です。つまり, 実用的には,祖先の形質を推定する際に真正細菌と古細菌は対等な貢献をすると考えるのが妥当で, 古細菌と真正細菌のどちらが祖先に似ているかは,系統樹からは議論しないのが賢明でしょう。 なお,生物が誕生したころの地球の環境に似たところに住んでいるのはどちらだ,とか, 系統樹によらない議論は十分に可能だと思います。 注:原核生物で EF-Tu と呼ばれるものが真核生物の EF-1α と相同で, 同様に EF-G と EF-2 が相同。 重複遺伝子を用いてドメイン間の関係を明らかにしたのは以下の論文です。参考までに。 Gogarten, J. P. et al. Evolution of the vacuolar H-ATPase: Implications for the origin of eukaryotes. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 86, 6661-6665 (1989). Iwabe, N. et al. Evolutionary relationship of archaebacteria, eubacteria, and eukaryotes inferred from phylogenetic trees of duplicated genes. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 86, 9355-9359 (1989). |
系統樹作成に外群が必要なわけ(2003.06.20) A, B, C の 3 種の系統解析を, 塩基配列の情報を用いて行うことを考えて見ましょう。あなたはある座位の塩基が A,B,C でそれぞれ T,T,G であることを見つけました。ここから系統が A,B,C の系統関係が分かるでしょうか? 実は,分かりません。A,B が互いに近縁で,C が離れているかもしれません(3 種の祖先の配列は T で,C の祖先で T → G の置換が起こったか, 3 種の祖先は G で,A と B の共通祖先で G → T の置換が起こった場合)。 あるいは A(もしくは B)と C が近縁かもしれません(3 種の祖先の配列は T で,C だけの祖先で T → G の置換が起こった場合)。いずれの場合も,1 回の塩基置換で説明ができてしまうため,特定の仮説がよりもっともらしいとは言えないのです。 では,何が分かればよいのかというと,ずばり,祖先の塩基配列です。 もし,祖先の配列が G であれば,A と B が近縁であると推測できます(この場合,上記の 1 回の塩基置換を仮定すればよいですが,A と C が近縁な場合,A と B のそれぞれの枝で独立に G → T の置換が起きたか, 3 種の祖先で G → T の置換が起きた上に,C の祖先で T → G の置換が起きたと仮定しなければなりません。いずれにせよ,2 回の塩基置換を仮定しないと A と C(あるいは B と C)が近縁との仮説は説明できないので, 1 回の塩基置換で説明できる A,B 近縁説の方がより支持されるわけです)。 一方,祖先が G 以外の場合は,特定の仮説が支持されることはありません(説明省略)。 この場合,この座位は系統解析には有用でないことになります。 で,どうやって祖先の塩基配列を推定するかというと,ABC 以外の生物を比較すればよいわけです。 特に,ABC の作るグループ(内群)には入らないけれども,ABC 全体にはまあ近縁という生物群(外群) を調べます。かれらが G の配列を持っていれば,内群と外群の共通祖先はGの配列だと類推できるので, 結果として内群の共通祖先も G の配列を持っていたはずだと言えるのです。 ちょっとややこしいですが,以上が外群を調べなければならない理由です。 |
補足:生命の木(2003.06.20) 主な記事のテーマを紹介しておきます。 Benton & Ayala の論文は,分子系統樹や化石を用いた分岐年代の推定一般に関する 最近の進歩と今後の展望についてのレビューです。 Chothia et al. の論文は,タンパク質ドメインの重複や組み換えによる進化を ゲノムの観点も導入して考察し,果ては代謝経路の進化についてまで議論したレビューです。 Baldauf の論文は,真核生物の大系統(界のレベルの系統)について, この数年の進歩をレビューしています(真核生物の大まかな系統樹もある)。 Eisen & Fraser の論文では,進化の考えがゲノム構造の解析にどう役立つのか, 逆にゲノム解析が進化の研究にどう貢献するのかを Phylogenomics という融合分野として解説していました。 Mace et al. の論文では,絶滅危惧種の保護のためには, 生物の系統関係の理解も重要との議論を展開しています。 Benton, M. J. & Ayala, F. J. Dating the tree of life. Science 300, 1698-1700 (2003). Chothia, C., Gough, J., Vogel, C. & Teichmann, S. A. Evolution of the protein repertoire. Science 300, 1701-1703 (2003). Baldauf, S. L. The deep roots of eukaryotes. Science 300, 1703-1706 (2003). Eisen, J. A. & Fraser, C. M. Phylogenomics: Intersection of evolution and genomics. Science 300, 1706-1707 (2003). Mace, G. M., Gittleman, J. L. & Purvis, A. Preserving the tree of life. Science 300, 1707-1709 (2003). |
生命の木(2003.06.18) 全生物を包括した系統樹を構築しようとする試みがあります。 これはつまり,生物の全歴史を明らかにしようという試もいえるでしょう。 現在までに,全生物の系統がどこまで明らかになり,どのような問題点があり, どのようなアプローチや応用があるのかが,最新号の Science で特集されています。 特集の概要は Sugden らによる以下の記事を読めばわかるので,興味がある方は参照してみてください。 ちなみに私は Baldauf の,真核生物の最初の分岐がどこに当たるのかを論じた論文に特に興味があるので, こちらの引用も載せておきます。 実用的なネタとしては,全生物の暫定的な系統樹が本誌および Web 上で(無料)公開されています。 この系統樹は控えておくと便利かと思います。 Sugden, A. M., Jasny, B. R., Culotta, E. & Pennisi, E. Charting the evolutionary history of life. Science 300, 1691 (2003). Baldauf, S. L. The deep roots of eukaryotes. Science 300, 1703-1706 (2003). |
携帯式の葉緑体(2003.04.10) 葉緑体は,シアノバクテリアが真核細胞に共生して誕生しました。 これを一次共生といいます。緑藻(陸上植物も含む),紅藻,灰色藻が一次共生藻類です。 ところが,緑藻や紅藻を丸ごと取り込んで葉緑体にしてしまった生き物も存在します。 これら二次共生藻類には褐藻や珪藻など様々な藻類が含まれます。 赤潮の原因ともなる渦鞭毛藻類の仲間には二次共生藻を取り込んだ三次共生藻もいると考えられています。 一次共生藻は,先カンブリア時代にはおそらく既に存在し, 古生代には緑藻などが海洋では優先していたそうです。 ところが,古生代末の大絶滅を期に,緑藻(や緑藻を取り込んだ二次共生藻) はマイノリティになってしまいます。代わりに中生代以降の海洋を制圧したのは, 紅藻を共生させた珪藻や渦鞭毛藻,ハプト藻などでした。 何故,紅藻系の藻類が海洋の覇者になったのかを説明する仮説が最近発表されました (Portable Plastid Hypothesis)。 葉緑体ゲノムが調べられている藻類で,葉緑体に乗っている遺伝子の数を調べた結果, 紅藻では緑藻に比べてより多くの重要な遺伝子を葉緑体中に保持していることが解りました。 緑藻ではこれらの遺伝子は核に移されていて, 合成されたタンパク質が葉緑体に運ばれるようになっています。 つまり,緑藻の葉緑体を取り込むためには,葉緑体のみならず, 取り込んだ緑藻の核遺伝子を使いこなさなければなりません。 このことが,緑藻を取り込むことをより困難なものにしていたと考察されています。 一方で紅藻を二次共生させることは比較的容易であった (葉緑体とそこにコードされている遺伝子だけを取り出して使えば良かったため) ことから,より多くの系統で共生が起こったと予想されます。 その結果,より優秀な真核生物が紅藻を取り込み, 海洋の光合成真核生物の中で優先するようになったものと主張しています。 この論文は,少し話を単純化しているようですが, 生物の歴史の中で何が起こったのかをゲノム解析から読みとろうとする姿勢が面白いと感じました。 真核生物・藻類の歴史に興味がある人にはお薦めです。 Grzebyk,, D., Schofield, O., Vetriani, C. & Falkowski, P. G. The Mesozoic radiation of eukaryotic algae: The portable plastid hypothesis. J. Phycol. 39, 259-267 (2003). |
真核生物の大系統(2003.04.09) 近年,真核生物の大系統を明らかにしようとする研究が盛んに行われています。 今回,ゲノムプロジェクトが進んでいる原始紅藻を加えた, 多遺伝子解析の研究が東大のグループによって発表されました。 詳しい系統解析法の解説は省きますが,主な真核生物の中では, 細胞性粘菌が最も原始的だとされています。 真正粘菌(変形菌)を始めとする他のアメーバ類が次いで原始的な位置を占めます。 上記の Amoebozoa を除いた真核生物は大きく 2 グループに分けられます。 動物と菌類からなる Opisthokonta (後方鞭毛虫類;精子などの遊走子が後方に鞭毛を持っている仲間) と,藻類を含めた植物と残リの原生生物を合わせた広義の Plantae です。 Plantae の中では紅藻類が最も最初に分岐し,Plantae の共通祖先が既に葉緑体を持っていたことが示唆されます。ところが, これに続いて分岐するいくつものグループは(緑色植物と灰色植物を除き) 一次共生に由来する葉緑体を持っておらず,一度葉緑体が失われた可能性があります。 従来は一次共生した藻類は単系統群を形成し,葉緑体が失われたことはないと考えられて来ました。 なお,葉緑体を失ったと考えられたグループの内,ユーグレナ(=ミドリムシ),褐藻類, 渦鞭毛藻類など複数のグループは,葉緑体を持った真核生物を丸ごと取り込んで, 自分の葉緑体にしたことが知られています(二次共生)。 一度過去に葉緑体を持っていたことが, これらの生物が葉緑体を再獲得することに役立ったかもしれないとのことです。 Nozaki, H. et al. The phylogenetic position of red algae revealed by multiple nuclear genes from mitochondria-containing eukaryotes and an alternative hypothesis on the origin of plastids. J. Mol. Evol. 56, 485-497 (2003). |
6 本足の節足動物≠昆虫(2003.03.25) 6本足の節足動物は Hexapoda(六足類)として分類されます。 これがいわゆる昆虫に相当する分類群でした。(狭義の Insecta: 昆虫類は六足類から幾つかの無翅「昆虫」 を除いた分類群) 今回,ミトコンドリアの複数遺伝子を用いた解析から,六足類が多系統である可能性が示唆されました。 すなわち,狭義の Insecta が甲殻類と近縁で(甲殻類の内群である可能性も), Insecta と甲殻類の分かれる前に,トビムシ目(Collembola)が分かれたようです。 系統樹の色々な解析法や検定法を試したようで,かなり確からしい結果とされています。 この結果は,甲殻類様の祖先から,6 本足で歩く陸上動物が少なくとも 2 回は進化した (上陸した)ことがわかります。 Nardi, F. et al. Hexapod origins: Monophyletic or paraphyletic. Science 299, 1887-1889 (2003). Perspective |
装甲プランクトン(2003.03.03) 珪藻というプランクトンがいます。彼らは,珪酸質(≒ガラス)の殻を持っていて, 繊細な模様を持っていることでも有名です。また,珪藻は海洋の一次生産にも重大な寄与をしており, 生態系を考える際にも重要です。 今回,珪藻の殻が頑丈であり,おそらくは捕食に対する防御として進化したとの説が発表されました。 珪藻は見るからに(ガラスですし)頑丈なんですが,そこはきちんとガラス針で押しつぶしてみて, 硬さを測っています。その様子を写した写真は結構笑えるので,一見の価値あり。 Hamm, C. E. et al. Architecture and material properties of diatom shells provide effective mechanical protection. Nature 421, 841-843 (2003). |
葉緑体の残像(2003.02.12) トリパノゾーマ類という原生生物がいます。 眠り病やリーシュマニア症などの熱帯病の原因となる寄生虫(原虫)です。 このほど,この原虫が過去に葉緑体を持っていたらしいことが分かりました。 具体的には,藻類において葉緑体から核に移ったとされる遺伝子を トリパノゾーマから単離されたということです。 トリパノゾーマ類は,真核生物の中でもユーグレナ類に近く, Euglenozoa という門に分類されるため,ユーグレナ(緑藻の二次共生に由来する葉緑体を持つ) との共通祖先がすでに葉緑体を持っていて, トリパノゾーマの仲間で失われたと考えることが出来ます。 この発見の意義としては,従来想定されていなかった農薬が薬剤の候補になる, ということがあげられます。植物に特異的な葉緑体由来の遺伝子を標的にする農薬は, 少ない副作用でより安い薬になりえるためです。トリパノゾーマ類の分布する熱帯域は, 発展途上国が多いため,薬が安いことも重要なのです。 Hannaert, V. et al. Plant-like traits associated with metabolism of Trypanosoma parasites. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 100, 1067-1071 (2003). Martin, W. & Borst, P. Secondary loss of chloroplasts in trypanosomes. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 100, 765-767 (2003). |
補足:未来生物学?(2003.02.03)(→その他)
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未来生物学?(2003.01.31)(→その他)
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ナナフシの翅(2003.01.23) Nature に昆虫の翅に関する論文が載りました。 昆虫の多くは翅を持っていますが,翅を二次的に失った昆虫もいます。その中で,ナナフシの仲間 (Phasmids)では翅を再進化させたものがいるというのがこの論文のテーマです。 収斂進化ではなく,再進化,つまり一度失われたものを取り戻したというのがポイントです。 具体的にはナナフシ類の分子系統樹を描いて,翅を持ったものの位置づけを見ています。 これを見る限り,ナナフシの祖先は翅を失っていたことと, 一部の系統で翅を再進化させたことは確かなようです。さらに,翅の脈(翅脈)の比較から, 再進化した翅が典型的な昆虫の翅と相同であるとしています。 素直に解釈すると,ナナフシの祖先で翅を作る遺伝子のマスタースイッチ(転写因子?) が一度オフになり(壊れ),後に改めてオンになった(転写因子を獲得した) といったところでしょうか。なお, 翅のパーツを作る遺伝子群は翅のないナナフシでも保存されていたと考えます。 著者らは翅の再進化が 1 度ではなく,4〜5 回起こったと考えているようですが, これには疑問が残ります。 再進化というのは中々信じがたい現象ですし,系統樹だけで主張するのは危険でしょう。 今後,翅をつくるマスタースイッチ(転写因子)が発見されれば,仮説の証明も出来ると思います。 Whiting, M. F., Bradler, S. & Maxwell, T. Loss and recovery of wings in stick insects. Nature 421, 264-267 (2003). |
幻のクジラ(2002.12.26) 7 月に鹿児島に漂着したクジラが,タイヘイヨウアカボウモドキ (Indopacetus pacificus または Mesoplodon pacificus)と同定されました。 この種は,80 種前後知られているクジラの中で最も謎の多いクジラとされてきました。 そのわけは,これまでに公表されている情報がほとんど全て,2 個の頭骨のみに拠っていたためです (最近 4 つの標本が追加されたらしい)。生きている個体どころか, 頭より後ろのデータが今まではなかったわけです。 そこで,何冊もでているクジラ図鑑でも,タイヘイヨウアカボウモドキに関しては図がなかったり, 想像図のみ載っているのが常でした。今回,世界で始めて全身がそろった標本が得られたため, 今後の図鑑はイラストが完備するはずです。 この種は Mesoplodon 属に含められるべきか,独立した Indopacetus 属にするべきか議論があるので,この標本から決着がつくことも期待されています。 詳細は国立科学博物館のウェブページを参照してください。 |
哺乳類の進化系統に関して(2002.11.11) 最近,有胎盤哺乳類の系統樹が良く分かってきましたが, 話はまだ決着していませんでした。Murphy et al. (2001) の結果から, ツパイ目は皮翼目とともに霊長目に近い仲間と考えられていました。 ツパイの外見も原始的なサルといった雰囲気を持っているので, これについてはもっともらしい結果だったわけです。 ところが,レトロポゾンの進化を調べた東工大のグループがツパイ(ツパイ目) の位置について別の仮説を支持する結果をだしました(Nishihara, Terai & Okada, 2002)。 具体的には,Alu-Related SINEs という種類のレトロポゾン配列をツパイのゲノムから見つけた (Tu typesI and II)という話です。Tu types I や II に似た配列は,マウスやラット(齧歯目)が持っていて, 霊長目からは見つかっていません(霊長目の Alu type I は塩基欠失のパターンが違う)。 特に,ヒトゲノムの中からも見つからなかったことから,霊長目は Tu types I や II に似た配列を初めから持っていなかった可能性が高いと考えられます。 このことから,ツパイ目は齧歯目により近縁で,霊長目とは離れていると予想しています。 この論文では皮翼目(おそらく霊長目に近縁),ウサギ目(齧歯目に近縁)が調べられていないため, この2目との関係はわかりません。今後の成り行きをもう少し見守っていきたいと思います。 Nishihara, H., Terai, Y. & Okada, N. Characterization of novel Alu- and tRNA-related SINEs from the tree shrew and evolutionary implications of their origins. Mol. Biol. Evol. 19, 1964-1972 (2002). Murphy et al. Resolution of the early placental mammal radiation using Bayesian phylogenetics. Science 294, 2348-2351 (2001). |
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