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雑記(ニュースなど) − 発生学

作成:仲田崇志

更新:2022年04月22日

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Newton 2022年5月号掲載の生物学関係記事(2022.04.22)(→その他)


日経サイエンス 2022年4月号掲載の生物学関係記事(2022.03.29)(→その他)


Newton 2022年3月号掲載の生物学関係記事(2022.01.29)(→その他)


単細胞と群体性の分かれ目(2017.12.22)(→藻類学)


翼竜の卵がいっぱい(2017.12.08)(→古生物学)


クマムシを生んだ体節ダルマ落とし(2016.02.10)

緩歩動物門(クマムシとも呼ばれる)は, 有爪動物門と共に節足動物門に近縁な動物として知られています(3 者は合わせて汎節足動物上門を構成)。 しかしクマムシの体の作りは有爪動物や節足動物に比べて単純で,その進化的由来はよくわかっていませんでした。 Smith et al. (2016) はクマムシの Hox 遺伝子群を調べることで, 他の汎節足動物とクマムシの体節構造の対比に成功しました。

汎節足動物の体は体節の繰り返しでできています。 例えば節足動物は各体節に備わる付属肢を多様化させることで,より複雑な体制を実現しています。 一方でクマムシの体は頭部と 4 体節の胴体(それぞれ 1 対の脚を持つ)からなっています。 汎節足動物の祖先型を理解するためには各動物門の体節の相同関係を理解する必要がありますが, クマムシの体節の分子進化学的な理解はほとんどなされていませんでした。 そこで著者らは,左右相称動物において前後軸上の発生に関わる Hox 遺伝子群の解析を行いました。

著者らはドゥジャルダンヤマクマムシ(Hypsibius dujardini)のゲノムと, リヒテルスチョウメイムシ(Paramacrobiotus richtersi)およびオニクマムシ (Milnesium tardigradum)のトランスクリプトームから Hox 遺伝子群を同定しました (いずれも真クマムシ綱。異クマムシ綱は含まない)。 他の汎節足動物(脱皮動物類)や外群となる環形動物(冠輪動物類)に共通する Hox 遺伝子群のうち, 他の動物では頭部(とその後方)で発現する labiallab),Hox3DeformedDfd),fushi tarazuftz)と,尾部で発現する Abdominal-BAbd-B; ドゥジャルダンヤマクマムシでは重複遺伝子 B1〜B3)が見つかった一方, やはり頭部(以後)で発現する proboscipediaSex combs reduced,そして胴体部(とその後方) で発現する AntennapediaUltrabithoraxabdominal-A は見つかりませんでした。

次に著者らは,クマムシの胚発生における Hox 遺伝子群の発現を調べ, lab が胴部の第 1〜2 体節,Hox3 が第 2〜3 体節,Dfd が第 3 体節,ftz が第 4 体節前半,Abd-B1 が第 4 体節後半でそれぞれ発現することを示しました。 ちなみに頭部体節には節足動物などの頭部第 1 体節で発現する orthodenticle が, 尾部先端にはやはり後端の目印となる caudal が発現していました。 すなわちクマムシの体は他の動物の頭部と尾部に相当し,胴体部の体節が抜け落ちていました。 ただし Hox 遺伝子は体節の形成ではなく,体節の性質決定に関与していると見られ, Hox 遺伝子が失われて胴部が消えたのではなく,胴部が失われた結果, 胴部の Hox 遺伝子が不要になったものと推測されています。

著者らは今回の結果を基に,汎節足動物における体制の進化について考察しています。 クマムシの単純な体制は特殊化の産物であり,汎節足動物の祖先は胴部を保持した細長い動物と推測しています。 またクマムシで「頭部」の付属肢が脚として機能しているため, 節足動物頭部の付属肢が元々脚だったとする仮説が支持されると論じています。 ちなみにカンブリア紀に栄えた歩脚動物門は細長い体制で,頭部と胴部で分化した付属肢を持っていました (ハルキゲニアの歯)。 もしかすると歩脚動物門は頭部の付属肢が分化した節足動物に近いのかもしれません (有爪動物では付属肢の分化が不明瞭)。

ただ,各体節における Hox 遺伝子の発現の組合せは,節足動物や有爪動物と完全には一致せず, 体節の相同性を文字通りに解釈できるとは限りません。 クマムシにも節足動物胴部の要素は存在するはずで,それがどの体節にどのように組み込まれているのか, 今後の研究で明らかにする必要があるでしょう。 いずれにせよクマムシは,体制の大幅な改変によって誕生した動物門であり, 進化の奥深さを示す生きた証拠と言えるでしょう。

Smith, F. W. et al. The compact body plan of tardigrades evolved by the loss of a large body region. Curr. Biol. 26, 224-229 (2016).

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襟鞭毛虫の発生学(2010.10.27)

後生動物における多細胞性の起源は進化や発生の研究において大きなテーマの一つです。 近年は後生動物の姉妹群が襟鞭毛虫類であることが認められ,モデル生物としても注目されています。 特に群体性の襟鞭毛虫類は動物の起源を想起させるものとして興味深く,その群体形成の過程が調べられました (Fairclough et al., 2010)。

多細胞性や群体性の起源において群体形成の様式についてはいくつかの仮説があったそうです。 一つは単細胞から分裂を繰り返して遺伝的に均一な群体/多細胞体を形成するという発生過程を経たとする考えで, もう一つは(遺伝的に異なるかもしれない)多数の単細胞が凝集して群体/多細胞体を形成したとする考えです。 後生動物の発生は前者と考えられますが,襟鞭毛虫の群体形成についてはよくわかっていませんでした。 そこで著者らは群体性の襟鞭毛虫類の 1 種 Salpingoeca rosetta(以前は Proterospongia sp. と同定されていた) の群体形成を経時的に観察しました。

Salpingoeca rosetta は単細胞から最大で 50 細胞程度の球状の群体を形成する種で, 著者らはまず単細胞から数細胞の群体になる過程を微速度撮影法により追跡しました。 その結果,細胞が凝集して群体になることはなく,常に単細胞からの分裂によって群体が形成されることが明らかとなりました。 また群体形成時には必ずしも細胞分裂が同調していないことも観察されました。

しかしながら著者らはさらに,まれに凝集が起こっている可能性にまで踏み込んで検証しました。 まず細胞周期を阻害するアフィジコリン(aphidicolin)を与えると細胞増殖が阻害され,群体形成は起こりませんでした。 またアフィジコリンを除去すると細胞増殖に伴って群体形成も復活したそうです。 このことから群体形成は常に細胞分裂によって起こり,凝集による群体形成は起こらないことが示されました。

著者らの観察と実験からは,襟鞭毛虫類の群体形成と後生動物の発生が,根本的には同じものであることがわかります。 襟鞭毛虫類が祖先的に群体性だった可能性も指摘されており(後生動物の隣人の系譜), あるいは襟鞭毛虫類と後生動物は同じ群体性の生物から枝分かれしたのかもしれません。 いずれにせよ襟鞭毛虫類の群体形成機構の研究からは,多細胞動物の起源についてさらなる手がかりがもたらされそうです。

Fairclough, S. R., Dayel, M. J. & King, N. Multicellular development in a choanoflagellate. Curr. Biol. 20, R875-R876 (2010).

過去の関連記事
後生動物の隣人の系譜

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カメの個性の発生(2009.09.04)

カメの甲羅は素人目に見ても,脊椎動物の中で独特の構造です。 しかしカメは化石記録上突然出現したため,その進化過程についてはほとんどわかっていませんでした。 Nagashima et al. (2009) はカメの発生過程を詳細に観察し,他の有羊膜類(爬虫類,鳥類,哺乳類) や最初期のカメ類の化石と比較することで,カメに固有の特徴がどのように進化したのか議論しています。

カメの最大の特徴は,背部と腹部に肋骨と皮骨から構成される甲羅を持つことですが, 他の有羊膜類では肋骨の背部側に位置する肩甲骨が肋骨の腹側(甲羅の下)に位置し, 関連する筋肉の配置が大きく異なることも重要な特徴とされています。 骨格や筋肉の配置がどのようにして変化したのかを探るため,著者らはニホンスッポン (Pelodiscus sinensis)とニワトリ(Gallus gallus),ハツカネズミ(Mus musculus) の発生過程を詳細に比較しました(注:ニワトリの方が爬虫類であるカメに近縁; 亀の姉妹)。

まず発生の初期には,カメと他の有羊膜類で肩甲骨原基などの位置に大きな違いはありませんでした。 しかし発生後期になると,カメ特有の体制が出現してきます。 具体的には,本来なら肩甲骨の内側に入り込むよう下方向に発達する第 2 肋骨が下に向かわず, カメでは真横かつ前方に伸びて肩甲骨の上(外側)に出ていました。 そして肋骨と肩甲骨を繋ぐ前鋸筋は自然と裏返ったように発達します。 しかしこの時点では各筋肉が付着する骨は他の有羊膜類と変わりません。

さらに発生が進むと,幾つかの筋肉で他の有羊膜類とは異なる骨に付着する場合が出てきました。 例えば他の有羊膜類では広背筋(latissimusdorsi)の原基は前肢から発達して後方の脊椎の棘突起(脊椎の上部の突起) に付着します。ところがカメの場合には脊椎の直上に背甲が発達して広背筋が付着すべき棘突起が発達しません。 そのためか広背筋筋は前肢から前方に伸びて,脊椎の代わりに皮骨の前端の項骨板(nuchal plate)に付着します。 つまりカメは発生過程で他の有羊膜類の構造を少しずつ変化させて甲羅になる構造を構築していきますが, 発生後期になると構造の修正では収まらず,筋肉の付着相手を変えて大きく異なる体制を構築していると言えます。

興味深いことに,最近発見されたばかりの最古のカメの化石(Odontochelys亀の生まれは海か陸か)では,肋骨は肩甲骨の上に来ていなかったそうです。 しかし肋骨が側方に伸びている点では現生のカメと共通していて(肋骨が前方に向かわないために, Odontochelys では肩甲骨と重ならない),Odontochelys が現生のカメの発生初期の状態に相当する,祖先的なカメであることが支持されました。

著者らはすでに,肋骨の伸長方向が胚の側面に見られるカメに特有の隆起(甲稜:carapacial ridge) に誘導されていることを示しており,この甲稜の状態が Odontochelys と現生のカメの違いであると推測しています。 現生のカメでは甲稜が将来の背甲の縁を 1 周するように形成されるため,肋骨は上から見たときに放射状になります(図)。 著者らによれば,Odontochelys で前方の肋骨が前方ではなく後方に向くのは,甲稜が円周状に発達しておらず, 側方中央にしかなかったためと推測されています。 これが正しければ,カメの祖先では最初に肋骨が水平に伸びるという進化が起こり, 後に甲稜が円周状に発達して前方の肋骨が肩甲骨に被さるようになり,現生のカメの体制が成立したことになります。

肋骨の発達の模式図。頭部は上方。背面観。Nagashima et al. (2009) をもとに作成
(左:カメ以外の有羊膜類,中央:Odontochelys,右:現生のカメ)

今回の研究は発生学的な観点からカメの進化的起源に迫っていますが,謎が完全に解けたわけではありません。 肋骨は何故水平に伸長するようになったのか,筋肉の付着部位はどのようにして制御されているのか, 甲稜はどのように肋骨の伸長を制御しているのか,など,分子機構まで含めて興味はつきないようです。

Nagashima, H. et al. Evolution of the turtle body plan by the folding and creation of new muscle connections. Science 325, 193-196 (2009).

Rieppel, O. How did the turtle get its shell? Science 325, 154-155 (2009).

過去の関連記事:
亀の姉妹亀の生まれは海か陸か

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混迷の動物初期進化(2009.04.01)(→進化・分類学)


羽に見えない羽毛の原型(2009.02.09)(→古生物学)


クシクラゲあれこれ(2009.01.08)(→その他)


続報:ゲノム解読で深まる平板動物の謎(2008.12.19)(→進化・分類学)


はじめに口があった(2008.12.08)

もともと動物は分化した口と肛門を持っていませんでした。 一方で大多数の左右相称動物では独立した口と肛門を持ちますが,前口動物と後口動物では口の発生様式が異なっていて, 口と肛門の進化については謎に包まれていました。 そこで Hejnol & Martindale (2008) は最初に分岐した左右相称動物と考えられ, 分化した口と肛門を持たない無腸類(Acoela)の一種 Convolutriloba longifissura について発生関連の遺伝子発現を調べ,左右相称動物においては肛門は二次的に進化したとの考えを示しています。

原始的な後生動物,例えば海綿や刺胞動物では原口に由来する孔が口と肛門を兼ねています (つまり食べ残しをそのまま吐きだしていた)。しかし左右相称動物の多くは口と肛門を独立させることにより, 効率的な捕食装置と消化管を発達させることに成功しました。口と肛門の起源については主に二つの仮説があります。 一つは,原口に由来する口(後方にある)が背腹性の進化とともに腹側に移動し, 肛門は二次的に出現したという仮説(図左)で,もう一つはやはり原口由来の口が前後軸に沿って伸びて, これが途中で閉じて前後に開口部を持つようになったという仮説(図右)です。 後者の仮説では口と肛門が同時に生まれたことになります。

口と肛門の進化モデル
(簡単のため,前後背腹は考慮していない)

これらの仮説を比較する際に鍵となる生物が,単一の開口部(「口」)のみを持つ左右相称動物である, 無腸類と皮中神経類(Nemertodermatida)です。これらの動物は左右相称動物の基部で分岐したとされており (今日この頃の動物の樹), 左右相称動物の祖先的な形質を残しているとも考えられています。 そこで著者らは無腸類の一種 C. longifissura の「口」が他の左右相称動物の口に当たるのか肛門に当たるのか, あるいは両者を兼ねた部位なのかを遺伝子発生に基づいて明らかにしようと試みました。

調べられたのは左右相称動物の発生の過程で前腸(口の外胚葉)または後腸で働く遺伝子で,brachyurybra),goosecoidgsc),caudalcdx),orthopediaotp), forkheadFoxA)および NK2.1 の発現が示されています。他の左右相称動物では bragsc は口の付近で,cdxotpFoxA および NK2.1 は後腸で発現する遺伝子です。 bragsc は無腸類でも「口」の付近に発現し,無腸類の開口部が他の左右相称動物(脊索動物は除く) の口と相同であることが支持されました。ただし bra は胚の後部にも発現しており,cdxotpNK2.1 の発現と重複または近接していました。一方で FoxA の発現は後部にはなく, むしろ「口」の付近に出ていました。

ところで脊索動物では口と肛門が独特の発生を行います。脊索動物の口の発生に関わる six3/6pitxdlx 遺伝子は無腸類の口でも肛門でも発現せず,脊索動物の独自性が裏付けられました。 しかし今回の結果は総じて,左右相称動物では口が先に生まれ,無腸類(とおそらく皮中神経類) を除く系統で二次的に肛門が開いたとの仮説(図左)が支持されました。 さらに無腸類における bra などの胚後部での発現部位は生殖輸管の位置にあたるそうです。 つまり肛門は生殖孔,あるいは総排出口として誕生したのかも知れません。

口と肛門の進化について明らかにするためには他の無腸類や皮中神経類の発生過程の研究も重要です。 とはいえ無腸類や皮中神経類が本当に左右相称動物の基部で分かれたのかについてはまだ決着がついていません。 最近の系統解析の研究からは無腸類が前口動物の中でも冠輪動物に含まれる可能性も指摘されており (動物系統を大量データで解析), 無腸類が基盤的な左右相称動物であることを前提とした今回の議論には危うい部分もあります。 いずれにせよ左右相称動物の起源を巡る様々な議論の中で,無腸類や皮中神経類といった これまで無名だった動物の系統的位置や発生過程がますます注目されていくことでしょう。

Hejnol, A. & Martindale, M. Q. Acoel development indicates the independent evolution of the bilaterian mouth and anus. Nature 456, 382-386 (2008).

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亀の生まれは海か陸か(2008.12.05)(→古生物学)


オオヒゲマワリと北国の夜(2008.11.17)(→藻類学)


ゲノム解読で深まる平板動物の謎(2008.09.03)(→その他)


謎の甲殻類の人工変態(2008.09.01)

海洋にはまだまだ様々な謎の生物が生息していますが,甲殻類の中では y-幼生が有名です。 フジツボなどを含んだ鞘甲亜綱に彫甲下綱(彫甲亜綱とする場合もある)という分類群がありますが, その幼生が y-幼生と呼ばれています。ところが彫甲下綱に属する生物の成体はこれまで全く知られていませんでした。 著者らは採集された y-幼生に脱皮ホルモンを与えることによって変態を促し, これまで知られていなかった彫甲下綱の成長段階を観察することに成功しました。

彫甲類の幼生は 19 世紀末に最初に報告されました。この時海洋中の様々な所属不明の甲殻類幼生に記号が振られ, y-幼生とされたのが彫甲類です。その後 100 年以上にわたって世界各地の海洋から多様な y-幼生が観察され, 著者らが観察した沖縄の瀬底(せそこ)島近海だけでも 40 種類以上の幼生が見つかっています (ただしこれまで世界で記載されたのは Hansenocaris 1 属 7 種のみ;Kolbasov et al., 2007)。 しかし未だに y-幼生の成体は知られておらず,100 年来の謎とされています。 既に分子系統解析から彫甲類が近縁な嚢胸類や蔓脚類(フジツボなどの仲間)と系統的に異なることが知られており (Pérez-Losada et al., 2002),成体の正体は特に注目されています。

y-幼生にはノープリウス幼生(ノープリウス y)とキプリス幼生(キプリス y)の 2 段階が知られ (鞘甲類の幼生はノープリウス期,キプリス期を経て成体,あるいはさらに別の幼生期に至る), その後の変態については知られていませんでした。そこで著者らは y 幼生に変態を誘導することを試みました。

著者らは採集されたキプリス y 幼生に節足動物の脱皮ホルモンとして知られる 20-hydroxyecdysone(20-HE) を適量与えました。複数種類のキプリス y に試したところ,いずれの場合にも幼生は変態し, 非常に単純な体制で薄いクチクラ層を持つ未知の形態になったそうです。著者らはこの段階の幼生を 「ウプシゴン」("ypsigon")と名付けました。ウプシゴン幼生は体長 0.3-0.4 mm 程度のナメクジ状で, 体節も付属肢も持たず,消化管も痕跡的なものしかありませんでした。

ウプシゴン幼生の単純な体制は,同じ鞘甲亜綱の根頭上目ケントガン目のバーミゴン幼生と似ているそうで, 根頭類との対比から,さらに変態して寄生性の成体になると推測されました。 仮に彫甲類の成体が極めて特殊化した寄生虫であるとしたら,プランクトンの観察では見つからないのも道理です。 今後はウプシゴン幼生を自然界で探索することにより宿主を推定し,y-幼生の成体を発見できるかもしれません。 一方で,今回の研究の延長として,ウプシゴン幼生をさらに変態させて成体に育てる戦略も考えられます。 いずれの方法が先に成功するかわかりませんが,成体が一度発見されれば 100〜数百種の彫甲類が続けざまに記載されるような事態も考えられますね。

Glenner, H., Høeg, J. T., Grygier, M. J. & Fujita, Y. Induced metamorphosis in crustacean y-larvae: Towards a solution to a 100-year-old riddle. BMC Biol. 6, 21 (2008).

Kolbasov, G. A., Grygier, M. J., Ivanenko, V. N. & Vagelli, A. A. A new species of the y-larvae genus Hansenocarys Itô, 1985 (Crustacea, Thecostraca: Facetotecta) from Indonesia, with a review of y-cyprids and a key to all their described species. Raffles Bull. Zool. 55, 343-353 (2007).

Pérez-Losada, M., Høeg, J. T., Kolbasov, G. A. & Crandall, K. A. Reanalysis of the relationships among the Cirripedia and the Ascothoracida and the phylogenetic position of the Facetotecta (Maxillopoda: Thecostraca) using 18S rDNA sequences. J. Crustacean Biol. 22, 661-669 (2002).

過去の関連記事:
甲殻類。キーワードは多様性

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続報:粘菌生活の進化(2008.01.28)(→進化・分類学)


根毛はコケの配偶体からの使い回し(2007.06.21)(→植物学)


ヤツメウナギのつぎはぎ免疫(2007.02.12)(→分子細胞学)


密かに準備された左右相称性(2006.12.18)

脊椎動物や節足動物などの三胚葉動物は,左右相称の体制を持つことでも特徴づけられ, 左右相称性の起源や分子機構も熱心に調べられています。 クラゲやイソギンチャクを含む刺胞動物は左右相称動物よりも前に分岐した系統ですが, 一部の種では遺伝子の発現レベルで左右相称性を持っていることが明らかになりました(Matus et al., 2006)。

動物の系統樹を見ても明らかなように(今日この頃の動物の樹), 刺胞動物は左右相称動物の姉妹群の候補の一つです。そこで刺胞動物の発生や,その分子機構の研究が進んでいます。 著者らは Nematostella vectensis というイソギンチャク(刺胞動物門花虫綱磯巾着目)などでは 左右相称性を思わせる構造を持っており,directive axis と呼ばれる軸が背腹軸に相同なのではないかと推定されました。 そこで左右相称動物で背腹軸の形成に働く遺伝子として,TGF-β とその抑制因子(antagonist)などが調べられました。

現在ほぼ完了しつつあるゲノムプロジェクトのデータから(99.4%),Nematostella が多くの関連遺伝子を持っていることが示されており,著者らはこのような遺伝子の発現を見ています (しかし一部の遺伝子を持っていないことも予想されました)。

具体的には TGF-β の抑制因子である chordin/sogNvChordin),nogginsNvNoggin1 および NvNoggin2),follistatinsNvFollistatin および NvFollistatin-like), gremlinNvGremlin),そしてホメオドメイン遺伝子の GscNvGsc),GbxNvGbx) などの発現が調べられ,NvChordinNvNoggin1NvGsc などで左右相称の発現が認められました。 加えて神経細胞の誘導に関わっている netrinNvNetrin)も左右相称の発現パターンが認められました。 ただし,必ずしも左右相称動物で知られているのと同じパターンの発現とは限らなかったそうです。

左右相称動物とよく似た仕組みが刺胞動物で働いていることは,Nematostella の directive axis が左右相称動物の背腹軸と相同であることを強く示唆します。顕著な左右相称性が進化するより前, 刺胞動物と左右相称動物の共通祖先において,遺伝子レベルでは左右相称性が獲得されていたということでしょう。 とすれば,遺伝子の初期発生における発現パターンと形態形成の間に,所謂「左右相称性」 を顕すための重要なステップがあると言えるかもしれません。

Matus, D. Q. et al. Molecular evidence for deep evolutionary roots of bilaterality in animal development. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 103, 11195-11200 (2006).

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今日この頃の動物の樹(2006.12.14)(→進化・分類学)


卵の中身を覗き見る(2006.08.31)(→古生物学)


植物が交わす 12 文字の手紙 2(2006.08.14)(→植物学)


植物が交わす 12 文字の手紙 1(2006.08.12)(→植物学)


マラリア原虫が我が子に贈る mRNA(2006.08.08)(→分子細胞学)


クジラの後肢はどこへ行った?(2006.06.26)

クジラは水棲生活に適応する進化の過程で後肢を失い、前肢はひれへと変化しています。 後肢は進化の過程で少しずつ退化して、現在では数個の骨が痕跡的に認められる程度です。 Thewissen et al. (2006) は後肢の原基における遺伝子発現を調べ、 Shh の発現がないために後肢の発達が進まないことを示しています。

著者らはマダライルカ(Stenella attenuata)の幾つかの発生段階について、数種の遺伝子の発現を追っています。 具体的には Carnegie Stage と呼ばれる胎児の発生段階が 12、14、15、16 の胚について、肢芽(四肢の元になる原基) の発達と遺伝子の発現を見ています。

後肢芽には Carnegie 13 の段階で外胚葉性頂堤(AER)と呼ばれる発生シグナルの発生源が形成されます。これは Carnegie 15 くらいまでは維持されますが、それ以降は AER に特徴的な細胞が見られなくなったそうです。 著者らはその遺伝的基盤も見ており、AER から出るシグナルタンパク質(Fgf8)の発現も同様に Carnegie 16 では見られなくなるそうです。

本来(例えば前肢の発生)であれば AER に続いて極性化活性帯(ZPA)なるシグナル中心が形成されます (これは形態的には目立たない)。ZPA からのシグナルである Sonic hedgehog(Shh)が見られないことから、 マダライルカの後肢では ZPA が形成されていないことがわかります。Shh はで転写因子である Hand2 により誘導されますが Hand2 の発現が前肢では Carnegie 12 で起こっているにもかかわらず、 後肢ではそれ以降も発現していませんでした。従ってこれが ZPA が形成されず、後肢が発達しない要因と考えられます。

興味深いことに Shh を発現できないマウスでも、クジラ類と同様に四肢に少数の骨しか形成されないそうです。 著者らは化石のクジラ類の系統と後肢の形態を踏まえて、後肢の進化について議論しています。 初めは水棲適応が進むにつれて Shh が発現している期間が短くなり、その結果指の数の減少など後肢の小型化が進み、 ある程度の段階に達したところで Shh の発現を完全に失い、後肢の決定的な退化が起こったと推測されています。 また、現生のクジラ類では腰椎、仙椎、尾椎、と後方の脊椎の分化が失われていることから、これらの分化に関わっていた Hox 遺伝子の発現パターンが変化し、これが Shh の発現を失わせた可能性にも言及しています。

残念ながらクジラの後肢の退化が進行していた頃の化石から遺伝子を調べることは不可能と考えられますが、 今回のレベルでも、後肢の退化の分子基盤が明らかにされると、大進化が本当の意味で理解できてきた気がしてきます。 もちろん、前肢の発生で具体的に遺伝子制御がどうなっているのか、クジラと近縁なカバの遺伝子発現と比べて、 何がどう変化したのか、などなど興味は尽きませんので、さらなる研究に期待しておきましょう。

Thewissen, J. G. M. et al. Developmental basis for hind-limb loss in dolphins and origin of the cetacean bodyplan. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 103, 8414-8418 (2006).


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動物の起源に迫る胚の化石(2006.06.23)(→古生物学)


スナッピーはクローン犬だ。間違いない!(2006.03.18)

世界初のクローン犬作成(遂に成功した犬のクローン)については、 発表者のチームがヒト・クローン胚の捏造に関与していたことから疑問の目が向けられ、 間もなく Nature の発表では信頼性が確認できたとされていましたが(ES 細胞研究に黄信号)、 ようやく正式な論文として詳細が報告されました(Parker et al., 2006; Seoul National University Investigation Committee et al., 2006)。

Lee et al. (2005) はアフガン犬の繊維芽細胞(体細胞です)の核を混血の別個体の卵細胞に移植し、 この個体をラブラドール・レトリーバー犬を代理母にすることでクローン犬を得たと報告しました。 クローン犬の一匹は Snuppy と名付けられ、今回はこの個体がクローン犬であることが検証されています。 核移植によるクローン作成の場合、得られたクローンは核の供給者の核ゲノムと、 卵細胞の供給者のミトコンドリアを持つと考えられるため、このことが確認されればクローンであることが証明できます。

Parker et al. (2006) と Seoul National University Investigation Committee et al. (2006) はそれぞれ 16 と 27 箇所のマイクロサテライト・マーカーを用いて、 Snuppy の核ゲノムが移植元とされたアフガン犬のもとと同一であることを確認しました。 これが偶然に起こる確率は無視できる(多く見積もっても 1/2000 以下の確率)ほど低いそうです。

ミトコンドリアについても配列の多型が調べられ、Snuppy のミトコンドリアが核の供与元由来ではなく (11-12 塩基対異なっていた)、 明らかに卵細胞の供与者由来であることが確認されました(卵細胞の供与者のミトコンドリア配列は、 Seoul National University Investigation Committee et al. (2006) でしか調べられていない)。

今回の結果は Snuppy が確かに体細胞クローンの技術によって誕生したことを示しています。 ソウル大学のチームがクローン犬の作成に成功していたことは、このチームの技術力の高さを示しており、 なぜ論文捏造を行ってしまったのか、改めて残念に思います。 せめてクローン犬の作成技術が、どこかの研究室に何らかの形で引き継がれていけばいいと思います。

Parker, H. G., Kruglyak, L. & Ostrander, E. A. DNA analysis of a putative dog clone. Nature 440, E1-E2 (2006).

Seoul National University Investigation Committee, Lee, J. B. & Park, C. Verification that Snuppy is a clone. Nature 440, E2-E3 (2006).

Lee, B. C. et al. Dogs cloned from adult somatic cells. Nature 436, 641 (2005).


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脊椎動物の起源を見直すとき(2006.03.02)(→進化・分類学)


泳げ神経芽細胞(2006.02.15)(→神経科学)


ES 細胞研究に黄信号(2006.01.14)(→医学)


ついたり消えたり,X 染色体のスイッチ(2006.01.05)

有胎盤哺乳類のように XX が雌,XY が雄といった性決定をする生物では, 雌雄で異なる本数の X 染色体を持つため,その調整のために雌で片方の X 染色体が不活性化される場合があります。 マウスやヒトでは,初めに父親由来の X 染色体が不活性化され,後にこれが一度解除され, その時の細胞ごとにランダムに片方の染色体が不活性化されます。Okamoto et al. (2005) は父親由来の X 染色体の不活性化の様子をつぶさに調べ,精子内で不活性化されていた染色体が,受精後一度活性化され, 再度不活性化されることを確認しました。

X 染色体は Xist 遺伝子(非コード RNA)の領域から不活性化が始まると考えられており, 著者らはこの領域(とその前後)を常染色体に組み込んだマウスを作成し,これを用いて実験を行っています。 その結果,X 染色体と,X 染色体の一部を組み込んだ 13 番染色体のいずれにおいても, 2 細胞期の受精卵で Xist や他の遺伝子の発現が認められ, 8〜16 細胞期にはいずれも父方由来のものに限って抑制されることがわかりました。 これは X 染色体の不活性化に Xist のごく周辺(約 210 kb)のみで充分であることを示していると同時に, 減数分裂時に受けた不活性化が受精後に一度解除されていることも示しています。

タンパク質発現や Xist RNA の蓄積状況から, 不活性化が染色体のヘテロクロマチン化であることも確認されています。なお,Xist RNA はそのコード領域が染色体の不活性化に関わっているだけでなく,Xist RNA が染色体に張り付くことによって, 染色体のヘテロクロマチン化を起こしていると考えられています。Xist RNA が蓄積するのが 8〜16 細胞期で, この時期から 2 度目の父方由来の染色体の不活性化が起こっています。

以前から精巣内での減数分裂時に性染色体の不活性化が始まることが知られており (meiotic sex chromosome inactivation: MSCI),これが受精後も継続するとの仮説もありました。 しかし上述の観察から MSCI は一度解除されることがわかり,さらに組み換えを行った 13 番染色体が MSCI を受けていないことが今回裏付けられており,従って MSCI が後の X 染色体の不活性化に直接, 間接を問わず必要がないことが示されました。

Okamoto et al. (2005) の研究は(写真にはやや見づらいものもありますが)詳細で筋が通っており, ゲノムの大規模な転写制御の仕組みを理解する上で重要な一歩になると思われます。 もちろん Xist が染色体を不活性化するメカニズムや, より発生が進んだ段階で起こるランダムな染色体の不活性化が起こるメカニズムなど,今後の課題は山積みだとは思います。 進化の研究としても,X 染色体と Y 染色体が分化する際にどのような順序で遺伝子発現の制御が進化したのかは, 興味深い課題です。有胎盤類の姉妹群である有袋類ではランダムな染色体の不活性化は起こらず, 父親由来の染色体が生涯不活性化されるようで,段階的な進化の様子が窺えます。

Okamoto, I. et al. Evidence for de novo imprinted X-chromosome inactivation independent of meiotic inactivation in mice. Nature 438, 369-373 (2005).

News & Views
Reik, W. & Ferguson-Smith, A. C. The X-inactivation yo-yo. Nature 438, 297-298 (2005).


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ヒト ES 細胞制作者への疑惑(2005.12.09)(→医学)


続報:ヒト・クローン胚作成の暗部?(2005.11.26)(→医学)


首の骨の由来(2005.09.07)

胚の細胞のどの部分が,成体のどの部分を構成するか,という問題は, 発生学において最も基本的で重要な研究課題の一つではないかと思います。 Matsuoka et al. (2005) は,これまでの考えとは異なり, 脊椎動物の頚椎骨の一部に神経冠細胞(neural crest cells)由来の領域があることを見出しました。 これは進化的,病理学など複数の分野に影響を及ぼす発見になるようです。

この論文は中々に難解でしたので,分かった範囲で紹介してみます。 これまでに,頭部の骨の大部分は胚の神経冠細胞に由来し, 四肢の骨格は胴部の中胚葉に由来するということが知られていました。 ところがこの間に相当する首の骨については,まだ明瞭な結論が得られていませんでした。

有力な仮説として,骨化の仕方と細胞の由来が対応しているという考え方(ossification model: 「骨化モデル」) がありました。 神経冠細胞は一般に皮骨(dermal bone)を形成し,中胚葉は軟骨内性骨(endochondral bone)を形成するため, 首の部分でも同様のことが起こっているという考えです。 しかし,骨化のパターンは脊椎動物の中で多様に変化しており,ossification モデルを考えると, 首の骨の由来が生物ごとにダイナミックに変化したことになってしまいます。

一方で,Matsuoka et al. (2005) は, 首や肩の骨への筋肉の付着パターンが進化的に非常によく保存されていることに着目しました。 筋肉が全く異なる由来の細胞に付着しているとは不自然なので,筋肉の付着部ごとに, つまり頭部からの筋肉の付着部は神経冠細胞に, 四肢からの筋肉の付着部は中胚葉に由来するという対立仮説を考えたのです (muscle scaffold model: 「筋肉足場モデル」)。

Matsuoka et al. (2005) はこの二つの仮説を検証するために,マウスの遺伝子組み換えによって, 神経冠細胞由来の細胞と,中胚葉由来の細胞のそれぞれに目印をつけ,これをたどることによって細胞系譜を調べました。 その結果は,これまの考え方とは明確に異なり,muscle scaffold モデルを支持するものでした。 彼らは首から肩帯までの細胞の由来を詳細に調べ,muscle scaffold モデルが成立することを確認しています。

この発見は,様々な別分野の知見にも結び付けられています。 例えば,ヒトの病気の中に首の一部分に特異的に異常が生じるようなものが知られていました。 具体的には Klippel-Feil 病,Sprengel's deformity,鎖骨頭蓋骨異形成症,Arnold-Chiari I/II 奇形, そして猫鳴き症候群が,実は神経冠細胞由来の部分に特異的に生じる異常であることが明らかになりました。

また,古生物と現生生物の骨の相同性についても, 首や肩帯の骨が複雑な進化をしていることからこえまでは調べるのが困難でしたが。 今回の結果に基づき,筋肉の付着パターンに着目するとよく理解できることがわかったそうです。 例えば,擬鎖骨(cleithrum)と呼ばれる魚に見られる骨は,四肢動物でどうなったのかは謎でしたが, 哺乳類では肩甲棘になっているらしいということがわかりました。

muscle scaffold モデルの検証には,さらに他の脊椎動物における幅広い証拠が必要になりますが, 組み替え技術の有無を考えると,しばらくは時間がかかるかもしれません。 いずれにせよ,Matsuoka et al. (2005) の研究は多くの分野に刺激を与え, なによりも他の動物を扱う発生学の研究者にも, 首や肩帯の細胞系譜を調べる意欲を与えたのではないかと想像されます。

Matsuoka, T. et al. Neural crest origins of the neck and shoulder. Nature 436, 347-355 (2005).


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遂に成功した犬のクローン(2005.08.12)

ペット業界などで大きな需要の見込まれるイヌの体細胞クローンですが、 in vitro で卵母細胞を成熟させることが難しかったためこれまで成功例がありませんでした。 Lee et al. (2005) は in vivo で成熟した卵母細胞を用いることにより、 初めてイヌのクローンを作成出来たそうです。

彼らは成熟した卵母細胞を輸卵管より採取し、雄の耳の皮膚から得た繊維芽細胞から核を移植しました。 そして活性化された卵母細胞(→胚)は適当な時期に代理母の輸卵管か子宮角に移植されました。 ここまでの過程で,123 個体の代理母に 1095 個の胚を移植したそうです。 妊娠は 3 例確認され,うち 1 頭は流産しました。 生まれた 2 頭のうち 2 番目の個体は生後 22 日で死亡しました。死因は吸引性肺炎とのことで, 少なくとも解剖学的な異常は認められなかったそうです。 生き延びた 1 頭は Snuppy(Seuol National University puppy)と名付けられました。 Snuppy はマイクロサテライトの解析から,卵母細胞のドナーや代理母ではなく, 核を供給した個体と遺伝的に同一である事が示されています。

効率は悪いものの,ともあれイヌのクローン作成に成功したことで,今後の方法改善なども期待されます。 すでに著者らは卵母細胞の活性化から 4 時間以内に胚を代理母に移植するのが必須条件のようだと見ていて, このような経験を貯めていく事により,さらなる効率化が望めるでしょう。

なお,彼らはものすごい数の核移植を行っていますが,このような手法には覚え (ヒト・クローン胚から ES 細胞)があります。 どうやら同じグループによる仕事のようで,彼らは日常的に核移植によるクローン作成を行っており, まさにクローン作成のプロですね。

Lee, B. C. et al. Dogs cloned from adult somatic cells. Nature 436, 641 (2005).


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幹細胞が幹細胞であるために(2005.08.05)

幹細胞の最大の特徴の一つは、彼らが分裂能を保持し続けるという点にあります。 ですからその分子レベルのメカニズムを理解することが望まれています。 Hatfield et al. (2005) はショウジョウバエの生殖細胞系幹細胞(germline stem cell: GSC) の分裂能維持に microRNA(miRNA)が働いている可能性を示しました。

彼らは Dicer-1(Dcr-1)という、miRNA の切り出しに必要な酵素を欠いた変異体の生殖細胞を調べました。 その結果、雌雄共に GSC が低頻度でしか分裂できなくなっており、 その原因として細胞周期の G1/S 期の移行が出来なくなっていることが示唆されました。

Dacapo タンパク質(Dap)は、サイクリン依存性キナーゼの働きを抑えて、G1/S 期の移行を止めますが、 dcr-1 変異体では Dap が GSC に蓄積していることがわかりました。 これは miRNA による Dap の抑制(Dap の変異体の解析結果によると、3' UTR を介した転写制御らしい)が、 dic-1 変異体では効かなくなっているためと考えられています。

miRNA も幹細胞も近年流行している分野ですが、両者が関連しているというのも面白い話です。 どうやら、動植物の発生における miRNA の働きは無視できなくなってきた様で、 miRNA は決して例外的な機構ではなく、むしろ生体内で普通に使われる制御機構として、 発生学や分子細胞学における地位を確立していきそうな気配がします。

Hatfield, S. D. et al. Stem cell division is regulated by the microRNA pathway. Nature 435, 974-978 (2005).


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ハイハイから始まる恐竜の巨大化(2005.08.01)(→古生物学)


成人女性からの卵子分化誘導(2005.06.20)(→医学)


染色体同士の連係プレー(2005.06.15)(→分子細胞学)


ヒト・クローン胚作成の暗部?(2005.05.09)(→医学)


花作りの遺伝子の進化(2005.04.23)(→進化・分類学)


Hox 遺伝子群は生殖巣にも(2005.04.14)

マウスの研究から、X 染色体上に新たな Hox 遺伝子のクラスターが発見されました。 これらの遺伝子群は多くが、精巣にあるセルトリ細胞に発現しており、 精子形成をサポートする役割を果たしていると考えられました。

この生殖関連の hox 遺伝子群は三つのサブクラスターに分かれて存在し、 Rhox 遺伝子群と名付けられました(MacLean et al., 2005)。

Rhox 遺伝子群が精子形成に関与している可能性を示唆するデータもあります。 実際に、Rhox 遺伝子の一つ、Rhox5 を潰したマウスでは精子形成がうまく行かないそうです。 また、通常の hox 遺伝子群が発生の場所や時期に沿って、 染色体上の順番に従って発現するのと同様に、 Rhox 遺伝子も発現のタイミングがクラスター内の配列と一致していました。

発生学としての面白さとしては、hox 遺伝子群の時間的発現パターンが、 なぜ染色体上の配置と一致しているのかという問題への新たな手がかりになるかもしれない、 というところがあるようですね。
私としては hox 遺伝子のクラスターが、ゲノムが読まれてもなお、 見付からずにいたということに驚かされました。

MacLean, J. A. II et al. Rhox: a new homeobox gene cluster. Cell 120, 369-382 (2005).

Spitz, F. & Duboule, D. Reproduction in clusters. Nature 434, 715-716 (2005).

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精子と卵子の縁結び(2005.03.13)

精子と卵子は細胞同士が互いに融合するという点で、 多細胞動物の細胞の中で特徴的です。精子と卵子の融合の分子過程は医学的な観点からも注目され、 融合に関わる分子の探索も進んでいます。

精子と卵子の融合に関わる卵子側の因子としては膜タンパクの CD9 が、 精子側の因子としては Fertilin α と β という膜タンパクが知られています。 しかし、Fertilin 類を欠いたマウスでも受精は起こるようで、 さらなる精子側の因子が探索されていました。

今回、Inoue et al. (2005) は、精子と卵子の融合を阻害するモノクローナル抗体の標的を調べ、 その遺伝子を特定することに成功しました。このタンパク質は縁結びの神社である出雲大社に因んで Izumo と名付けられました。Izumo は免疫グロブリン・スーパーファミリーの膜タンパク質で、 他のタンパク質を認識していると考えられます。Izumo を欠いたマウスの体や卵子には全く異常が認められず、精子も見かけ上は正常だそうです。 しかしながら、Izumo -/- のマウスの作る精子は卵子に結合して透明帯を通過することは出来ますが、 卵子と融合することはできないそうです。人間においても Izumo は同様の働きをしているようで、 不妊治療の可能性からも、あるいは逆に新しい避妊薬の標的としても注目されています(Schultz & Williams, 2005)。

受精という複雑な現象の素過程が一つずつ、分子レベルで明らかにされていくのは 見ていてすがすがしいものがあります。一分子の特定に専念するこのような研究スタイルは、 ゲノム時代になっても変わらず重要なようですね。

Inoue, N., Ikawa, M., Isotani, A. & Okabe, M. The immunoglobulin superfamily protein Izumo is required for sperm to fuse with eggs. Nature 434, 234-238 (2005).

Schultz, R. & Williams, C. Sperm-egg fusion unscrambled. Nature 434, 152-153 (2005).


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骨髄の横やりが胃癌を招く?(2004.12.02)(→医学)


心臓への導き手(2004.11.29)(→医学)


続報:「光あれ」×1? ×2?(2004.11.29)

後生動物の光受容体が単一起源かもしれない,とした Arendt et al. (2004) について,Nature 誌上にも解説記事が載りました(Lacalli, 2004)。 Arendt et al. (2004) の仕事は,深海生の多毛類(原口動物)である(Platynereis)が, これまで原口動物特異的だと考えられてきた rhabdomeric 光受容体と, 後口動物特異的だと考えられてきた ciliary 光受容体を併せ持っている事を, 形態と分子の両面から示したというものでした。

このことから原口動物と後口動物の共通祖先が既に 2 種類の光受容体を持っていた事が推測されます。 もしこの推論が正しければ,他の動物にも 2 種類の光受容体を持ったものが続々と見つかってくるはずです。 Lacalli (2004) ではその候補として,扁形動物の幼生で形態的に同定された ciliary 光受容体があることや, 軟体動物にも ciliary 光受容体の候補があることに触れています。 今後は Arendt et al. (2004) の方法論にならって,分子レベルでの同定が試みられる事でしょう。

Lacalli, T. Light on ancient photoreceptors. Nature 432, 454-455 (2004).


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悪性腫瘍の枢軸(2004.11.22)(→医学)


「光あれ」×1? ×2?(2004.11.12)

動物の眼の進化に関して少し前の Science から、ちょっと刺激的な論文を。 脊椎動物の眼と節足動物の眼が同一起源なのかどうかは興味があるところですが、 意外なことに、まだ決着がついた話ではなかったみたいです。

眼の構造はともかくとして、光受容体の相同性に関する議論なのですが、 昆虫の受容体は rhabdomeric 光受容体と呼ばれる細胞であるのに対して、 脊椎動物は ciliary 光受容体と呼ばれる細胞を用いています。 光を直接受容する視物質のタンパク質部分であるオプシンも、 脊椎動物と節足動物ではまるで異なっているそうです。

ところが、Arendt et al. (2004) は、深海生の多毛類(環形動物)である Platynereis が 2 種類の受容体を持っていることを発見しました。 すなわち、rhabdomeric 光受容体からなる通常の目のほかに、 脳内に ciliary 光受容体があることを発見したのです。 この「第二の眼」には rhabdomeric 受容体の眼にあるオプシン(r-opsin)は存在せず、 代わりに独自の c-opsin を持つこともわかりました。 オプシン遺伝子の系統樹から、r-opsin はショウジョウバエのオプシンに、 c-opsin は脊椎動物のオプシンにそれぞれ近縁であることも示されています。

このことから、左右相称動物の祖先が初めに眼を獲得し、 これが重複し、それぞれ ciliary 光受容体と rhabdomeric 光受容体に進化したのではないか、 そして、節足動物は前者を(c-opsin はショウジョウバエのゲノム中に見付かっていない)、 脊椎動物は後者を失った、と推察されています。 これを証明するにはさらに他の前口動物で ciliary 光受容体の存在を確認して欲しいところですが、 大変興味深い話だと思います。

なお、Platynereis の ciliary 光受容体は、その構造と遺伝子発現から、 視覚というよりも、概日リズムに関わっている可能性が示唆されています。

短い論文なので、皆さんにも是非一読をお勧めします。 まだ怪しいところが残るとは言え(残っているから?)、私はこういう論文好きです。

Arendt, D., Tessmar-Raible, K., Snyman, H., Dorresteijn, A. W. & Wittbrodt, J. Ciliary photoreceptors with a vertebrate-type opsin in an invertebrate brain. Science 306, 869-871 (2004).

Pennisi, E. Worm's light-sensing proteins suggest eye's single origin. Science 306, 796-797 (2004).


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バラバラの Hox 遺伝子群(2004.09.08)

Hox 遺伝子群は動物のボディプランの形成において中心的な役割を果たす遺伝子群です。 この遺伝子はゲノム上に固まって存在する事も特徴的で, しかもゲノム上の並び順と生物体での発現領域の並びが良く似ているという不思議な特徴も持っています。

Hox 遺伝子群は左右相称動物類(Bilateria)に広く保存されており, 遺伝子の種類や並び方に関しても緩やかに保存されています。

ところが,今回 Nature に発表された Oikopleura dioida という尾虫類の Hox 遺伝子は, 全くクラスターを形成せず,ゲノム中にバラバラに存在している事が分かりました。 既にゲノムのドラフトがでているカタユウレイボヤ(Ciona intestinalis)でも, Hox 遺伝子は数個が集まっているに過ぎず,尾索動物全体で Hox 遺伝子の集合が解けていることが伺えます。

しかしながら,Hox 遺伝子の発現領域の並びに関しては,さほど乱れておらず, ゲノム上の配列と発現部位の並びが必ずしも相関していない事が示されました。

一方で,既にマウスで示唆されていたそうですが,Hox 遺伝子の配列が乱れた事と関係して, Hox 遺伝子の発現の順序が乱れている可能性が考えられるそうです。

ゲノム上の並びと発現の制御との間の関係がどのようなものなのか,これから分かってくる事が楽しみです (染色体上の構造や修飾を通じて遺伝子発現が制御されているのでしょうか)。

Seo, H. C. et al. Hox cluster disintegration with persistent anteroposterior order of expression in Oikopleura dioica. Nature 431 67-71 (2004).

Patel, N. H. Time, space and genomes. Nature 431 28-29 (2004).


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Hox 遺伝子と半索動物の位置(2004.05.23)(→進化・分類学)


補足:聖母マウス!?(2004.04.24)

Science にもニュース記事が掲載されました。1 ページ程度で分かり易くまとまっています。

ちなみにニュース記事の著者もやっぱりこんなコメントを寄せています。
"Men, however, do not need to fear becoming redundant anytime soon... (以下略)"

何故みんなその発想に行き着くんだろうか…

Vogel, G. Japanese scientists create fatherless mouse. Science 304, 501-503 (2004).


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聖母マウス!?(2004.04.23)

新聞各社も報道していましたが、Nature にネズミの単為発生の論文が掲載されました。 報道の論調は、哺乳類でも単為発生が「出来るようになった」という感じでしたが、 実施に解説や要約を読んでみると少し印象が違います。

この仕事の関心は、哺乳類で単為発生が「出来ない仕組みを明らかにする」ところにあるようです。 従って、実験のストラテジーも条件を整えるというよりも、 単為発生を阻害している因子を潰すという方向になっています。

彼らは一連の実験の中で、ゲノムの刷り込みが適切に行われていることが 正常な胚発生および胚外組織の発生に必要であることを示してきました。 ゲノム刷り込みとは父方由来または母方由来の染色体が特異的に染色を受け、遺伝子発現を制御するメカニズムです。

そこで、Kono et al. (2004) は Igf2H19 という遺伝子のからむゲノム刷り込みに注目しています。本来 Igf2 は父方由来の、H19 は母方由来の染色体でのみ発現するのですが、単為発生をさせようとすると、Igf2 が発現せず、H19 が過剰に発現することになっていしまいます。そこで彼らは、成熟した卵子(Igf2 は×、H19 は○) に対して、ドナーとして遺伝子改変マウスの卵子(Igf2 は○、H19 は×)を用いることで、 通常の卵子・精子の関係を模倣し、単為発生をさせることに成功しました。

この発見から分かることは、哺乳類でのみ単為発生が起こらないのは、ゲノムの刷り込みに主な原因があるということ、 そして、染色体の一部の刷り込みを正常化しただけで、 他の染色体も含めたゲノム全体の発現様式を正常化させるようなメカニズムがあるということです。

メカニズムの詳細はこれからのテーマですし、何故哺乳類でこのような仕組みが進化したのかも未だになぞです。 この研究は、これらの謎を解決するための第一歩と言ったところでしょうか。

ところで、とあるニュース番組の男性司会者は世の中から男性が要らなくなるんじゃないかと心配していました。 しかし上で説明したとおり、この技術を人間に適用するには単為発生の倫理的問題以前に、 人間を遺伝子操作しないといけないという、より重い問題がからむのでそうそう実現はしないでしょう。 news and views の著者も "Until we fully understand the role and regulation of imprinted genes in development, it seems that the participation of the father in reproduction will remain necessary." と言ってますし。

Kono, T. et al. Birth of parthenogenetic mice that can develop to adulthood. Nature 428, 860-864 (2004).

Loebel, D. A. F. & Tam, P. P. L. Mice without a father. Nature 428, 809-811 (2004).


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遺伝子再構成によらない嗅覚受容体の選別(2004.03.30)

リンパ球は成熟すると特定の抗体のみを発現します。 これは成熟の過程で遺伝子の再構成が起こり、一種の抗体遺伝子のみが選ばれるためです。 一方で、嗅覚を受容するニューロンも一種類の受容体のみを発現していることが知られています。 この仕組みも遺伝子再構成によるのではないか、との推測から関心が集まっていましたが、 しかし最近、嗅覚受容体の選別が遺伝子再構成とは別の仕組みによるとの証拠が集まってきました。

そして Li et al. (2004) が、 嗅覚受容体の選別においては遺伝子再構成が起こっていないことを証明しました。

そもそもニューロンは分裂を行わないので、特定の嗅覚受容体を発現するニューロンを集めることが出来ません。 それが分子生物学的研究の障害になっていたと思われます。 ところが核移植の技術を用いれば、いったん分化したニューロンの核からクローンを得ることができます。

その研究から、嗅覚受容体が選別されたときに DNA の再構成は起こっていないことが示されました。 さらにクローン個体では複数種の他の核のレシピエントの嗅覚受容体とは別の受容体も発現しており、 嗅覚受容体の選別が核移植によってリセットされることも示されました。

今後は、 どのようなメカニズムで各嗅覚ニューロンが発現する受容体が絞り込まれるのかの研究が焦点になりそうです。

Li, J., Ishii, T., Feinstein, P. & Mombaerts, P. Odorant receptor gene choice is reset by nuclear transfer from mouse olfactory sensory neurons. Nature 428, 393-399 (2004).


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動物学を学ぶ全ての人に(2004.03.22)

岩波書店の底力が見られる本が登場しました。 最新刊の岩波新書で、タイトルは「細胞紳士録」。

哺乳類の体を構成する 57 種の細胞についての解説書です。 まず、(多分)全ての細胞について、電子顕微鏡写真と光学顕微鏡写真がついていて、 細胞の形がわかるようになっています。しかも、電顕写真については細胞種ごとに着色がなされていて、 わかりやすくなっています。次に、解説が充実しています。新書であるため分かりやすく書かれているのはもちろんのこと、 細胞研究にまつわるエピソードなど、研究者が読んでも楽しめる(と思われる)内容になっています。

これだけ凄い仕事で、フルカラーなのにも関わらず、たかだか税込み 1050 円で購入できます。 これから先、スタンダードな教科書になるのは間違いないでしょうし、そうでなくても、 買って損することはありえないと思います。

なお、細胞名の英訳がないのが難点と言えば難点ですが、ネットや学術用語集などでなんとかしましょう。

藤田恒夫 および 牛木辰男 細胞紳士録 (岩波書店, 東京, 2004).

岩波書店

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ヒト・クローン胚から ES 細胞(2004.03.15)

再生医療の分野で,極めて大きな一歩が刻まれました。

この仕事には以前に軽く触れましたが,先週末の Science でようやく出版されました。 クローン胚由来のES 細胞(胚性幹細胞)は,そこから様々な組織を誘導することで, 拒絶反応を起こさない移植用の組織を作るために有用だと考えられています。

国によっては倫理的な規制が強く,中々研究が進まなかったのですが, この度韓国のグループによって,初の成功例が報告されました。 (なお,ヒトクローン胚の作成についても,初の信頼できる成功例となります)

彼らがヒトクローン胚の胚盤胞から樹立した細胞株(SCNT-hES-1)は,形態,マーカー分子, などから ES 細胞と考えられます。また,in vitro では embryoid bodies を形成し, 免疫不全のマウスに移植した場合は, 奇形腫を作ることが認められ, いずれの場合も三胚葉に由来する器官を含んでいることも確認されています。

また SCNT-hES-1 は少なくとも 70 世代に渡って健常な状態を維持しており, 細胞系としてもしっかりと樹立されています。

これらのことから,SCNT-hES-1 はヒトクローン胚由来の ES 細胞であると考えて問題ないようです。 (ただし,単為発生由来の ES 細胞である可能性も完全に排除されてはいないとのこと)

クローン性 ES 細胞の作成は,もちろん再生医療への適用を想定してのものですが, この技術は生殖クローンにもそのまま応用できることには注意が必要でしょう。 (なお,この研究では胎児は得られていません。というよりヒトの子宮への移植は行われていません)

確かに再生医療への強い要望というものは実在しますし, それをかなえる為の技術開発のには一定の価値が認められます。 しかし,それがヒトの胚を犠牲にした上で成り立つものであってよいのか,という倫理問題は解決していません。 また,成体から幹細胞が全く得られないわけではなく,そちらの方が倫理的な問題が遥かに少ないことを考えると, ES 細胞の技術が将来的に実用化されるのかどうかは微妙な情勢ともいえるでしょう。 成人から全能性の幹細胞が得られるか,あるいは全ての幹細胞を特定・採取する技術が出来るか, という方向性と競合していると見ることも出来るかもしれません。

Hwang, W. S. et al. Evidence of a pluripotent human embryonic stem cell line derived from a cloned blastocyst. Science 303, 1669-1674 (2004).

この論文は撤回されました。ES 細胞研究に黄信号 を参照して下さい。


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補足:母親から祖母になるということ(2004.03.12)

哺乳類の成体における卵胞形成について,Science にもニュース記事が載りました。 教科書を覆すような発見として高く評価しています。

Nature の解説よりはわかりやすいので,興味がある方はこちらの記事を読むと良いでしょう。 Science の記事にはこの発見に至る顛末も書かれていて,興味深いものがありました。

異常を発見したときに,常識を疑って,それを破ったという点で, 本当に「良い」研究だということが改めてわかりました。 明日の Lancet に卵巣移植の研究がでるんですが,その著者も何か変な現象があるとは思っていたようです。 おそらく多くの研究者が異常を感じていたんでしょう。 それだけにその異常を突き詰めた研究は本当にすごいと思います。 今回の成果が確認されれば,ノーベル賞が出る様な気がします。

Couzin, J. Textbook rewrite? Adult mammals may produce eggs after all. Science 303, 1593 (2004).

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母親から祖母になるということ 〜 メカニズムと進化的意義 〜(後編) (2004.03.12)(→進化・分類学)


母親から祖母になるということ 〜 メカニズムと進化的意義 〜(前編) (2004.03.12)

人間の女性は卵細胞を持っている限り潜在的に母親になることができます。 しかし 35 歳頃から卵胞に異常が生じ始め、50 歳頃に閉経を迎えおると、もはや子供を生むことは出来なくなります。

さて、閉経を迎える理由として従来言われているのは、卵胞の形成が胎児の時期にしか起こらず、 後は減る一方で、やがてなくなってしまうからであると半世紀以上にわたって考えられてきました。 また、これは哺乳類に共通のメカニズムと考えられてきました。

ところが、今週号の Nature にこの常識を覆すような論文が掲載されました。 マウスの詳細な研究から、成体においても卵胞が幹細胞から形成されている可能性が浮上してきたのです。

マウスにおいて卵胞の減少が、実際に観察される卵胞の崩壊頻度に比べて遅すぎることが示され、 さらに、卵巣内に幹細胞と思しき細胞群があり、それらが分裂を行っていること、 成体の卵巣内にも卵胞になりかけの細胞が存在したこと、その他の実験結果を合わせて考えると、 成体で卵胞が新規に作られていると考えるのが最も自然な解釈でしょう。

従って、閉経のメカニズムは卵細胞の消耗ではなく、幹細胞の衰えが原因であると考えられるようです。

このことが完全に立証されるためには、成体の卵巣内にある幹細胞から卵胞を分化させる研究が必須でしょう。 そして、人間においても成体で卵胞が作られているのか、という問題もこれからの課題です。

しかしもしこの研究結果が事実であれば、高齢者の生殖医療にも新たな道が開けるかもしれません。 卵細胞が尽きるのであればその後の生殖は不可能ですが、幹細胞の衰えに原因があるのであれば、 幹細胞を衰えさせるメカニズムを標的にすることで、生殖期間を延長する可能性があるでしょう。

同じ号の Nature には、母親になる能力を失ってもなお長い寿命が存在のか、 という問いを突き詰めた論文も掲載されていますが、それについては後編で紹介します。

Johnson, J. et al. Germline stem cells and follicular renewal in the postnatal mammalian ovary. Nature 428, 145-150 (2004).

News & Views
Spradling, A. C. More like a man. Nature 428, 133-134 (2004).


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神経核だって分化全能性があるんだぞ(2004.03.04)

哺乳類におけるクローンの作成は様々な例がありますが、 この度マウスのニューロン核移植によるクローンが誕生しました。

具体的には嗅覚受容ニューロンの核を卵細胞に移植して、生殖能力のあるクローンを得たと言うことです。 つまり、完全にニューロンに分化した細胞であっても、その核は分化全能性を持っていることが立証されました。

ところで、嗅覚系のニューロンがそれぞれ一種類の受容体のみを発現する機構として、 各細胞で DNA の再構成が起こっている可能性が唱えられていました。

しかし作成されたクローンの嗅覚受容体の発現パターンには異常が見られなかったことから、 分化した嗅覚受容ニューロンもおそらく全ての嗅覚受容体の遺伝子を保持していることが分かりました。

クローンにまつわる実験が、単にクローン作成がうまくいった、うまくいかなかった、の次元を超えて、 クローン実験を用いて他の事象を立証していくという段階に入ったように思わせる仕事です。

Eggan, K. et al. Mice cloned from olfactory sensory neurons. Nature 428, 44-49 (2004).


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感覚器官はみな同一起源?(2004.03.01)

ショウジョウバエでの研究です。 atonal(ato)という遺伝子は細胞に神経分化能を与える因子だそうですが, この遺伝子が,複眼,聴覚器官,伸展受容器の形成に共通して関わっているそうです。

atoey などの,器官特異的な因子より上流で働くようで,ey などは, 器官形成の因子というよりも器官特異性を決める因子と見られます。

著者らは,ato によって形成された protosensory organ を起源として, 体節ごとに分化したのが現在の感覚器官であると考えているようです。

Niwa, N., Hiromi, Y. & Okabe, M. A conserved developmental program for sensory organ formation in Drosophila melanogaster. Nat. Genet. 36, 293-297 (2004).

参考
http://www.nig.ac.jp/labs/DevGen/research/organ.html


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脳は治せるか(2004.02.19)(→医学)


翅も脚も元は同じ(2004.02.18)

翅や脚などの appendage(とりあえず付属突起と訳しておきます)は, 左右相称動物の進化の初期に,body wall の表面が発達して起源したと考えられています。 と言うことは,翅や脚の発生に共通する因子(シグナル)があると予想されます。

今回,zinc-finger 遺伝子の elbowno ocelli が,翅と脚の原基に共通して発現し, body wall のアイデンティティを抑えていることが発見されました。

つまりこの遺伝子は,付属突起一般の発生をコントロールしている上流の遺伝子と考えられるでしょう。 左右相称動物が,付属突起と言うモチーフを脚や翅などに改造して多様化したと考えると, その母体となるモチーフを作るこの遺伝子は,左右相称動物のボディプランの根源(の一つ) を司る重要な遺伝子かもしれません。

Weihe, U. et al. Proximodistal subdivision of Drosophila legs and wings: The elbow-no ocelli gene complex. Development 131, 767-774 (2004).


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続・ヒト・クローン胚から ES 細胞(2004.02.16)

ES 細胞がらみのネタがいくつかありますので,補足をかねて紹介します。 まず,クローンではありませんが,日本で ES 細胞を用いた研究が本格的に承認され, 国産の ES 細胞の分譲が始まるそうです。 詳細はこちら

次に,ES 細胞を用いた再生医療について簡単な解説です。 ES 細胞を再生医療に用いるためには,患者と遺伝的に同一(あるいはほぼ同一)な細胞を用いるのが理想です。 そのような ES 細胞を得るための手法としてあげられているのが,クローン胚から ES 細胞を得る方法です。 もう一つの手としては,卵細胞に刺激を与えて単為発生をさせ,そこから ES 細胞を得ると言う方法もあります。

まもなく Science で出版されるのは前者の手法です。 ヒトクローン胚の作成については,2001 年に Advanced cell technology 社のグループによる報告がありました。 この論文(Cibelli et al., 2001,シベリほか, 2002)では,単為発生からもクローン胚からも ある程度のステージ(いずれも ES 細胞は得られず)の胚を作成したと主張しています。 しかし,クローン胚については移植した核が働いたのではなく, 卵細胞中に残った mRNA の働きで途中まで発生が進行しただけ, という批判が寄せられ,基本的には信頼性を欠く報告と考えられそうです(Stix, 2002)。

単為発生からの ES 細胞の分離に関してはサルを使った実験で成功例があります (Cibelli et al., 2002;もしかしたら昔掲示板で紹介したかも知れません)。 こちらのほうは,卵細胞を作る女性限定の手法ですが, 倫理的な問題はクローン胚を用いるより少ないと考えられているようです。

なお,e-biomed の論文は無料でオンライン公開されています。

Cibelli, J. B. et al. Somatic cell nuclear transfer in humans: Pronuclear and early embryonic development. e-biomed: The Journal of Regenerative Medicine 2, 25-31 (2001).

シベリ, J. B., ランザ, R. P., ウエスト, M. D. および エゼル, C. 再生医療に挑むヒトクローン胚. 日経サイエンス 32(2), 22-29 (2002).

Stix, G. ヒトクローン胚で議論沸騰. 日経サイエンス 32(3), 12-13 (2002).

Cibelli, J. B. et al. Parthenogenic stem cells in nonhuman primates. Science 295, 819 (2002).


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ヒト・クローン胚から ES 細胞(2004.02.13)

Science のオンライン版で出ています(読むには登録が必要)。 News 記事の引用だけ下につけておきます(未読)。

詳しい内容は論文の出版を待つつもりですが,ついに,といった感じですね。 新聞記事には有用性を疑問視する声も寄せられていましたが(毎日新聞), それを検証するための第 1 歩として評価できる気がします。

ヒトクローン胚については,これまでに信頼性に問題がある研究があったため, 怪しい分野と言う印象がありました。 それを受けて今回も厳しい検証にされされることは間違いないでしょう。

また,仮に ES 細胞が分化できていたとしても,クローン胚作成の段階で DNA 修飾・テロメアなどの問題などが解決されているとは限りませんから, それが臓器・細胞移植などに際して影響を与えるかどうかも未知数です。

倫理的な問題も現在議論が進行中なので, 日本においても研究の是非に関する見解を早期にまとめる必要があるでしょう。

Vogel, G. Scientists take step toward therapeutic cloning. Science 303, 937-939 (2004).


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mRNA という モルフォゲン(2004.01.29)

脊椎動物の胚における形態形成のパターンが、 mRNA の濃度勾配によるという実験結果が出てきました. 脊椎動物の胚は後端から伸長して行くとのことで、その先端でしか fgf8mRNA が転写されないんだそうです。

そうすると、mRNA は器官が年を取る(相対的に前に移動する)につれて分解して行きますから, 後端から前端にかけて mRNA の濃度勾配、ひいては FGF8 タンパク質の濃度勾配ができることになります。 モルフォゲンの濃度勾配が、モルフォゲンの拡散によってできるのではなく、 モルフォゲンをコードしている mRNA の濃度勾配によって出来得るというのはなかなか面白い知見ではないでしょうか。

Dubrulle & Pourquié, O. fgf8 mRNA decay establishes a gradient that couples axial elongation to patterning in the vertebrate embryo. Nature 427, 419-422 (2004).

News & Views
Schier, A. F. Tail of decay. Nature 427, 403-404 (2004).


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脊椎動物の脳の起源(2003.07.18)

Nature の News & Views からです。 脊椎動物は、頭索動物(ナメクジウオ)、尾索動物(ホヤ)、棘皮動物(ウニ、ヒトデなど)、 半索動物(ギボシムシなど)と共に新口動物に含まれます。 これらのうち、半索動物の仲間はさほど特殊化が進んでおらず、原始的な体制をとどめていると考えられています。 そこで、新口動物の祖先の姿を明らかにするためにギボシムシの仲間の遺伝子発現パターンが調べられたそうです。

詳しくは分かりませんが、脊椎動物の脳や脊髄の発生に関わる遺伝子群が、 半索動物では表層の神経系をつくるのに関わっていたようです。 表層の感覚神経が一部に集中して脳になったとすれば興味深い話です。 ペンフィールドによる体性感覚野の地図などを思い出しますね。

Lacalli, T. Body plans and simple brains. Nature 424, 263-264 (2003).

Lowe, C. J. et al. Anteroposterior patterning in hemichordates and the origins of the chordate nervous system. Cell 113, 853-865 (2003).


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