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うんちの化石の DNA(2018.02.26) 絶滅した動物の生態系における役割を想像することは重要であり,困難な試みでもあります。 Boast et al. (2018) は絶滅したモアの仲間と絶滅危惧種のフクロウオウムの糞石(糞化石)に残された DNA から彼らの餌や寄生虫を調べ,ニュージーランドにおける生態的な役割について考察しています。 ニュージーランド列島は長期間(約 5,500 万年間)他の大陸から隔離され,独自の生態系が進化したことで知られています。 しかし人類の移住やそれに伴う野生動物の移入によって,飛べない巨大鳥類であるモアの仲間 9 種(最大で高さ 3.6 m に達する) は絶滅,オウムの仲間でやはり飛べないフクロウオウム(別名カカポ)も絶滅の危機に瀕しています。 彼らの絶滅や激減が生態系に及ぼす影響を調べるには,生態学的な手がかりを多く含む糞石が注目されますが, 従来の形態観察やサンガー法に基づく微生物配列の解析には限界がありした。そこで著者らは高性能配列解読法(Illumina HiSeq) を用いた真核生物配列(18S rRNA 遺伝子が対象)の解析を行いました。 この研究では,ニュージーランド南島のヤブモア(Anomalopteryx didiformis),サウスアイランドジャイアントモア (Dinornis robustus),ツバサモア(Megalapteryx didiformis),エレファントモア (Pachyornis elephantopus),およびフクロウオウム(Strigops habroptilus)の糞石,計 23 個が調べられました。 それぞれ 124〜1,557年前のもので,採集地点のうち 5 地点はかつて(西暦 1250 年頃)ナンキョクブナの森林で, 3 地点は草原ないし灌木地でした。元・森林の Dart River Valley からは 4 種のモアの糞石が見つかりましたが, 他の地点からは各 1 種のモアまたはカカポの糞石が採取されました。 堆積環境によって DNA 分解の程度に違いはありましたが,各糞石からは 2.6 万〜26 万程度の配列が得られ, 菌類,陸上植物,寄生虫に大別されました。排泄後に侵入したであろう糞性の菌類を除くと, 森林由来のジャイアントモア,ツバサモア,フクロウオウムの糞石からは餌と見られる担子菌類キノコ(フウセンタケ属,アセタケ属, ナラタケ属など)が検出されました。これらの一部は外生菌根菌や植物病原菌のため,排泄後の汚染とは考えにくいそうです。 フクロウオウムは植物をよく咀嚼する上に繊維質を吐き出してしまうためか,その糞石から植物の DNA は検出されませんでした。 一方で全てのモアから植物の DNA が検出されました。植物としては様々な被子植物の他,コケ類(ほぼツバサモアのみ)やシダ類 (エレファントモア以外の 3 種)も含まれ,ツバサモアからは水生被子植物(フサモ属)も検出されました。 寄生虫としてはアピコンプレックス類のアイメリア科(Eimeriidae),線虫の盲腸虫上科(Heterakoidea), 扁形動物吸虫類のノトコチルス科(Notocotylidae)などが,特にアイメリア科と盲腸虫上科は複数種が検出されています。 また盲腸虫上科の線虫などはモアの固有系統だった(従ってモアと共に絶滅した)可能性が示唆されました。 ツバサモアはキノコからコケ,シダ,水生植物まで含む最も幅広い食性を持ち, ジャイアントモアも次いで食性が広かったことが示され,これまでの推測がより強く裏付けられました。 モアが食べていたフウセンタケ属は食べられることで胞子を放散させている(いた)と見られ, モアの絶滅やカカポの激減(南島では野生絶滅)による影響が懸念されます。 見過ごされやすい寄生虫やキノコの絶滅やその懸念が明らかになったことには特に重要な意味があるでしょう。 ただ,モアと共に絶滅したらしい寄生虫は,他の動物に感染して生き延びているかもしれません。 もし移入動物に感染して生き延びていた場合,移入動物の駆除方法も再考を迫られるでしょう。 そのような研究にも糞の解析が役に立つかもしれません。 Boast, A. P. et al. Coprolites reveal ecological interactions lost with the extinction of New Zealand birds. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 115, 1546-1551 (2018). |
首で彼氏を捕まえる化石昆虫(2018.02.19) 弱肉強食の昆虫の世界では,顎や腕にのこぎり状の突起が進化してハサミのように働くことは珍しくありません。 しかし Bai et al. (2018) が報告した白亜紀の昆虫は,頭部と胸部がハサミのように働くという, 他に類を見ない構造を持っていたようです。 今回の発見に先立ち,Bai et al. (2016) はミャンマー産白亜紀の琥珀から新目 Alienoptera に属する新属新種 Alienopterus brachyelytrus を記載していました。Alienoptera はカマキリ目の姉妹群と見られ,硬い前翅が目立って短い以外, 素人目には鎌を持たないカマキリのようにも見えます(ただし体長 14.5 mm と小さい)。 Bai et al. (2018) は,ミャンマーの同じ産地の琥珀(約 9900 万年前)から, Alienoptera 目の 2 種目の新種を記載しました。 Caputoraptor elegans と名づけられた新種は全部で 9 個体発見され,この内 2 個体が雌の成体, 1 個体が性別不明の成体で,6 個体が若虫でした。ちなみに若虫は翅を持たない以外は成虫と似ていたそうです。 成体は体長 13〜14 mm 程度とやはり小型で,短い前翅と長い後翅を持っていました。 また足の先端,爪の間に爪間盤と呼ばれる基質に付着するための構造が見つかりました(A. brachyelytrus にも存在)。 その他の形態や状況証拠を勘案して,著者らは本種を木の枝葉の隙間などに生息している捕食者と考えています。 なお A. brachyelytrus は雄しか知られていないため直接の比較はできませんが, C. elegans には前肢の剛毛の列がないこと,腹部がより短く太いこと,など,雌雄差が生じにくい形質で区別され, 両者が同種とは考えられないそうです。 C. elegans の最大の特徴は首回りにあります。目の後ろ,頬に相当する部分が後方に張り出し,鋭い縁を作っています。 同時に,側方まで覆っている胸部背板の前側縁が鋸歯状になっていて,首を下方に曲げるとハサミのようになると見られました(下図)。 これは A. brachyelytrus(の雄)には見られない特徴です。
ハサミ状の構造の役割としては,交尾の際の異性の把握,捕食者からの防御,餌の捕獲が候補に挙げられていますが, 異性の把握が最も有力な可能性と見られています。確かに利便性を考えると,防御や攻撃に使用するには明らかに無理があるでしょう。 ただし C. elegans の雄は見つかっていないため,把握する場所(おそらく短い前翅)が適切な位置や大きさで存在するのか, 雄にこの構造が存在しないのか,など確認が必要ではあります。 本種は,生物が悠久の歴史の中であらゆる形態的可能性を実現してきた証拠として単純に面白いと言えるでしょう。 そして A. brachyelytrus など他の Alienoptera 目の雌に同様な構造があるのかどうか気になるところです。 もし他の近縁種にも後頭部と前胸部の作るハサミ構造が存在したのであれば,Alienoptera 目の進化に関わる重要な形質となります。 一方で C. elegans ただ一種の形質であれば,ある意味では単なる極端な進化の一例に過ぎないことになるでしょう。 いずれにせよ,Alienoptera 目に属するさらなる化石の発見が期待されます。 Bai, M. et al. A new Cretaceous insect with a unique cephalo-thoracic scissor device. Curr. biol. 28, 438-443 (2018). Bai, M. et al. †Alienoptera — A new insect order in the roach-mantodean twilight zone. Gondwana Res. 39, 317-326 (2016). |
鱗粉化石が語る蛾の起源(2018.02.02) 蝶や蛾の仲間(チョウ目/鱗翅目)は化石に残りにくく,正確な出現時期もよく分かっていませんでした。 そこで van Eldijk et al. (2018) は翅や胴体といった巨視的な化石ではなく鱗粉の微化石に着目し, 最古の化石記録を大きく塗り替えることに成功しました。 チョウ目の最古の化石は,約 1.95 億年前のジュラ紀前期の Archaeolepis mane と言われてきました。 この化石は石板上に保存された 3 枚の翅で,他のジュラ紀前期のチョウ目化石と同様に,不完全ながら保存された翅脈の形態 (と鱗粉の存在)に基づきチョウ目と同定されています(Grimaldi & Engel, 2005)。 しかし分子系統解析によると,ペルム紀から三畳紀後期にはチョウ目は近縁なトビケラ目から分かれていたとされ, 化石記録には空白期間があります。そこで著者らは,翅全体よりも保存され易そうな鱗粉化石でこの空白を埋めようとしました。 著者らは花粉学的な手法を用いて堆積物中の鱗粉化石を収集しました。具体的にはドイツ北部ブラウンシュヴァイク近郊, シャンデラ村(Schandelah)の近くで掘られた,三畳紀末からジュラ紀前半にかけての岩芯試料(地層を柱状にくりぬいた試料) を酸処理し,残された有機物を顕微鏡下で調べました。期待された鱗粉様の化石は三畳紀とジュラ紀の境界を挟んだ, 互いに離れた 2 層から計約 70 枚発見されました。得られた化石は走査型電子顕微鏡も用いて詳細に観察され, 文献情報や著者ら自身の観察に基づき様々な昆虫の鱗片・鱗粉と比較されました。 鱗粉様化石には 4 つの形態型が認められ,この内 type I と type II がチョウ目のものと考えられました。 いずれも表面縦方向に無数の髀が平行に走っています。Type I の鱗粉は断面に隙間がなく,髀の間には弱く魚の骨状模様 (杉綾模様)が見られた一方,type II の鱗粉は断面が中空で,縦の髀の間は明瞭な横方向の低い髀で結ばれ, 横髀の隙間に穿孔も認められました。これらの特徴はチョウ目以外の昆虫には認められず, 中でも type I はコバネガ科かモグリコバネガ科の,type II はホソコバネガ科,ヒゲナガガ科,マガリガ科, ウルシフシガ科などの鱗粉にそれぞれ似ていたそうです。 チョウ目の仲間は祖先的に大顎で花粉などを咀嚼し,鱗粉の断面に隙間が無く,雌の交尾口と産卵口が一つになっていました。 その後,ストロー状の口吻を持つ有吻類(Glossata)が,その中から中空の鱗粉を持つ空鱗類(Coelolepida)が, その中から雌の交尾口と産卵口が別れた二門類(Ditrysia)が派生したと考えられています(いわゆる蝶々は全て二門類)。 鱗粉の形態同定が正しければ,type I の鱗粉は有吻類以外の祖先的な蛾の,type II の鱗粉は二門類以外の空鱗類のものになります。 そして三畳紀にはすでに口吻を持つ蛾類が誕生していたことになり,これまでの有吻類の最古の記録(約 1.29 億年前の白亜紀中期) が 7000 万年近くも更新されました。これは一部の分子系統で推定された分岐時期(約 2.12 億年前の三畳紀後期) とも矛盾しないそうです。 三畳紀にはまだ被子植物は出現していないため,口吻は花の蜜を吸うために進化したとは言えません。 代わりに著者らは,裸子植物の受粉滴や樹液などから水分を得るために進化したものと推測しています。 候補となる裸子植物については想像の域を出ませんが,グネツム類などが挙げられています。 全身化石よりも部分化石・微化石の方が残りやすい場合は多々あるため,鱗粉に着目した研究はこの先有望と考えられます。 今後は鱗粉化石によってチョウ目の化石記録を書き換え,鱗粉形態の多様性理解を進めて精度の高い同定を実現すること, などを課題として,「鱗粉化石学」として育っていくのかもしれません。 van Eldijk, T. J. B. et al. A Triassic-Jurassic window into the evolution of Lepidoptera. Sci. Adv. 4, e1701568 (2018). Grimaldi, D. & Engel, M. S. Evolution of the Insects (Cambridge University Press, Cambridge, 2005). |
最古の化石は何者か?(2018.01.13) オーストラリア・ピルバラ地域の約 34 億 6500 万年前のエイペックス・チャート (二酸化ケイ素が主成分の堆積岩)からは,いくつかの形態型(それぞれ学名がついている)の微化石様構造が知られています。 Schopf et al. (2018) はこれらの構造の炭素同位体組成を調べ,これらの構造がいずれも真の微化石であり, 光合成細菌,メタン生成菌,およびメタン資化性菌の化石である可能性を示しました。 エイペックスの微化石様構造を巡ってはそれが偽化石であるとの指摘もあり,また形態から微生物種を推定することの困難も伴い, 常に論争の対象になってきました。 そこで著者ら(筆頭著者は元々の化石の発見者)は二次イオン質量分析法による炭素同位体の解析を行いました。 炭素同位体組成は,いずれも安定同位体である 13C と 12C の比に基づき, δ13C = 【サンプルの 13C / 12C】/【標準試料の 13C / 12C】 − 1 の値で示されます(通常負の値)。酵素反応ではより軽い同位体(13C よりも 12C )を 優先的に取り込むことが知られていて,結果的に生物由来の炭素では 13C / 12C の値が, 延いては δ13C の値が低くなります。また代謝の違いによっても δ13C 値が変わることから, 由来生物の生理学的特徴を推定する役にも立ちます。 今回同位体組成が調べられたのは形態型 5 種の計 11 標本で,未命名の単細胞と,以下糸状性の Primaevifilum minutum, P. delicatulum,P. amoenum,Archaeoscillatoriopsis disciformis (論文中の綴り Archaeocillatoriopsis は間違い)と呼ばれています。 なお,最初に報告されたエイペックスの微化石(を含んだ薄片)は現在ロンドン自然史博物館に保存されていますが, 著者らはこれと同じ岩石試料(1982年採取)から作製した薄片を調べました。 微化石中の δ13C は,ケロジェン全体(約 −27‰)よりも小さい −29.8‰〜−44.1‰ で,問題の微化石が生物由来であることが裏付けられました。 著者らによれば,エイペックスの微化石は δ13C 値や形態などに基づき 3 群に分けられ, δ13C 値が比較的高い未命名単細胞(1 標本)と P. minutum(3 標本) (−29.8‰〜−34.1‰,平均 −30.9‰)は光合成細菌(−19‰〜−36‰) あるいはシアノバクテリア(−8‰〜−31‰),中間的な値を取る P. delicatulum (4 標本。−32.7‰〜−38.2‰,平均 −35.4‰)はメタン生成菌 (−27‰〜−38‰),最も低い P. amoenum(1 標本)と A. disciformis(2 標本) (−32.6‰〜−44.1‰,平均 −39.2‰)はメタン資化性菌(特に γ-プロテオバクテリア) と推定されました。 なお通常は化石の堆積環境も生態を推定する手がかりになりますが, エイペックスの微化石はミリメートル大の炭素質チャート片中に見られるため, 別の場所で化石化したものが母岩の破砕や風化によって二次的に堆積したものと推測されています。 従ってエイペックス・チャート(これ自体は熱水鉱脈由来の堆積物)の微化石は熱水孔の微生物とは限らないそうです。 著者らはエイペックスの微化石を現生の特定の分類群に同定しようと試みていますが, 35 億年前の生物を(形態を参考に)同定するのはやや無理があるでしょう。 また分子状酸素の上昇が見られるのは約 27 億年前からなので(シアノバクテリアの誕生は 27 億年前?), シアノバクテリアが 35 億年前にいたとも考えにくいでしょう。とはいえ光合成細菌やメタン生成菌,メタン資化性菌 (γ-プロテオバクテリアと特定するのはともかく)が 35 億年前に存在したこと自体はありそうな話です。 エイペックスの微化石が真に生物由来であること,多様な微生物を含んでいることについては説得力がありますが, 同位体の誤差が大きいこと,調べられた個体数が少ないことを踏まえると,分類群の同定は怪しく思われます。 今後,より多くの個体について同位体情報を取得し,3 群に分かれることを統計的に裏付けることが期待されます。 Schopf, J. W., Kitajima, K., Spicuzza, M. J., Kudryavtsev, A. B. & Valley, J. W. SIMS analyses of the oldest known assemblage of microfossils document their taxon-correlated carbon isotope compositions. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 115, 53-58 (2018). 過去の関連記事: |
翼竜から始祖鳥,そして新属恐竜になった標本(2017.12.14) 始祖鳥は鳥類の進化を語る上で重要な動物ですが, その標本はドイツのゾルンホーフェン周辺,ジュラ紀ティトン期の地層から 12 体しか発見されていません。 ところがそのうちハールレム標本と呼ばれる断片的な標本が,始祖鳥ではなく新属の羽毛恐竜である,との研究が発表されました (Foth & Rauhut, 2017)。 始祖鳥の骨格化石は慣習的に博物館の所在地か報告順で呼ばれています。最初に報告されたのは大英自然史博物館収蔵のロンドン標本 (1861年発見・報告)ですが,ハールレム標本の発見は 1855 年に遡ります(Wellnhofer, 2008 に詳しい)。 当初ハールレム標本は新種の翼竜 Pterodactylus crassipes とされ,オランダ・ハールレムのタイラース美術館 (Teylers Museum)に収蔵されました。後に Ostrom (1970) が翼竜との骨格の違いと羽毛の印象に気づき, 第 4 の始祖鳥標本として再報告しました。 ハールレム標本には手足と恥骨の一部,そして羽毛の印象しか保存されていません。 著者らによるとこれらの部位には始祖鳥と同定するための識別形質が含まれないため, ハールレム標本の保存部位に絞った比較が行われました。具体的には手足の骨の比率と形態,恥骨の形態が対象で, 12 標本全て(一部複製)を観察し,確かに始祖鳥のものと認められ,該当箇所が残されている標本が比較されました。 なお始祖鳥を単一種とする見解と複数種(複数属)とする見解がありますが,著者らは同一分類群として比較に含めています。 ハールレム標本は,手足のいくつかの骨の比率で他の始祖鳥と異なっていました。 特に第 1 中手骨と第 3 中手骨,第 1 中手骨と手の第 1 指の爪,脛骨と第 3 中足骨の長さ比は明らかな外れ値を取り, 統計検定でも始祖鳥と同じ母集団に由来する可能性が強く棄却されました。また著者らはハールレム標本の手の第 1 指基節骨, 第 3 指末節骨,第 3 中手骨に,他の始祖鳥には見られない縦方向の溝を発見しました(基節骨と末節骨は指の骨)。 さらに恥骨の軸部の曲がりが強く末端が三角形(縁が真っ直ぐ)であることからも,始祖鳥(恥骨末端の縁は丸みを帯びる) から区別されました。 手の指骨の溝は,鳥群(Avialae;デイノニクスよりも現生鳥類に近い恐竜・鳥の仲間)に属する別の恐竜 Anchiornis huxleyi や Eosinopteryx にも見つかり,恥骨の形態もハールレム標本と Anchiornis で似ていることが分かりました。形態系統解析の結果,ハールレム標本は始祖鳥よりもやはり Anchiornis の仲間 (新たに Anchiornithidae と命名。Anchiornis,Eosinopteryx,Pedopenna,Xiaotingia が含まれた) に近縁となり,やはり始祖鳥ではないことが支持されました。ただし使用可能な形態形質が少ないため, 統計的な信頼性は高くないことにも言及されています。 ハールレム標本は他の Anchiornithidae からも骨の長さ比や発見場所,時代 (他の Anchiornithidae は中国のジュラ紀オックスフォード期)で区別されるため,新属 Ostromia の O. crassipes に再分類されました(種小名は翼竜としてつけられたものを維持)。 Ostromia は発掘地点も他の始祖鳥とは 30 km ほど(第 12 標本からは 10 km ほど)離れていて,始祖鳥は主に当時の島嶼部, Ostromia は陸域近くに産しています。始祖鳥は Ostromia よりも飛翔能力が高く, 島嶼部にも分布を広げられたものと著者らは推測しています。 Ostrom (1970) の時代にはまだ(始祖鳥・鳥類以外の)羽毛恐竜化石は知られておらず, 羽毛の存在が始祖鳥との同定に影響したと思われます。 少数の標本しか得られていない分類群では一つ一つの標本の学術的価値が高くなるため, 断片的な標本であっても丹念な再調査は大きな意味があるでしょう。 Ostromia が分布的にも時代的にも離れた Anchiornithidae であることを踏まえれば, 鳥群の初期進化の理解を深めるため,次は Ostromia の第 2 標本の発見に期待がかかります。 Foth, C. & Rauhut, O. W. M. Re-evaluation of the Haarlem Archaeopteryx and the radiation of maniraptoran theropod dinosaurs. BMC Evol. Biol. 17, 236 (2017). Ostrom, J. H. Archaeopteryx: Notice of a "new" specimen. Science 170, 537-538 (1970). Wellnhofer, P. Archaeopteryx: Der Urvogel von Solnhofen (Verlag Dr. Friedrich Pfeil,
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翼竜の卵がいっぱい(2017.12.08) 翼竜は中生代を代表する飛行性の爬虫類です。しかし確実な翼竜の卵化石は 2004 年まで報告されておらず (翼竜の卵),その繁殖生態については多くの謎が残されています。 そんな中で新たに一ヶ所に集まった大量の卵化石が発見され,その詳細が報告されました(Wang et al., 2017)。 化石が発見されたのは中国北西部,新疆のトルファン-哈密(ハミ/クルム)盆地で,同じ場所から発見される唯一の翼竜, Hamipterus tianshanensis の卵と考えられました。3.28 m2 の砂岩の塊には,表面に見えるだけで 215 個, 内部に埋もれているものも合わせると推定 300 個以上の卵が含まれていました。 見つかった卵の向きは出鱈目で,嵐などで別の場所(河川や湖の側)から運ばれてきて一ヶ所に溜まったものと見られました。 卵の表面にはひび割れが見られ,全て多少とも変形していたことから,柔軟な構造をしていたと考えられます。 いずれも内部に砂が侵入し,そのおかげで三次元的な構造が維持されていました。 写真から判断するに,卵は長さ約 5〜6 cm 幅約 3 cm で,一匹の翼竜がこの大きさの卵を 300 個も産めるはずもなく, 複数の雌個体がまとまって営巣していたものと考えられました。 一部の卵には内部に胚が保存されていて,直接,あるいはコンピュータ断層撮影法により詳細が観察されました。 実際の成長段階を判断することは難しいため,著者らは卵の外で見つかった上腕骨を孵化後の個体とみなし, そのうち最小のものとの対比に基づいて発生段階を推定しています。 その結果,最も完全な 3 体の胚は,かなり進んだ発生段階にあるものと解釈されました。 これらは頭部や前肢(翼)の発達が進んでおらず,一方で後肢はある程度発達していたため, 孵化直後にはまだ飛ぶことはできなかったものの,周辺を歩き回ることはできた, 従ってこの時点ではある程度親による世話も行われていただろう,と議論されています。 また胚および孵化後の個体の尺骨切片の観察からは,胚時期の速い成長や,1〜2 年での性的成熟,2 歳でも成長が続いていること, などが示唆されました。 Deeming (2017) は解説記事中で,柔らかい翼竜の卵は乾燥を防ぐため, 現生のトカゲの卵のように泥中に埋められていたはずだと主張しています。これ自体はもっともらしい仮説ですが, 流された先で化石化したという見解との辻褄が気になります。埋もれた柔らかい卵が原型をとどめたまま流されるものか, あるいはそもそも埋もれた状態で化石化したのか,そうであれば化石の傷み具合はどう説明できるのか,疑問点は残ります。 また Deeming (2017) は胚の発生段階の解釈にも確証がないことを指摘しています。 確かに発生段階の判断根拠が卵の外にあった上腕骨というのは微妙です。割れた卵からこぼれた胚の一部だった可能性もあるわけで (中身が空の卵も多かった),実際にはもっと成長してから孵化した可能性も否定できないでしょう。 また著者らの仮説はあくまでも H. tianshanensis の生態に関するものであって, 翼竜全般に当てはまるかどうかは別の問題です。翼竜が群れて産卵していた一例としては意義のある発見に違いありませんが, 孵化時の状態を推定するにはもう少し証拠が欲しいところです。卵化石の発見こそが難しいわけですが。 Wang, X. et al. Egg accumulation with 3D embryos provides insight into the life history of a pterosaur. Science 358, 1197-1201 (2017). Deeming, D. C. How pterosaurs bred. Science 358, 1124-1125 (2017). 過去の関連記事: |
サーベルタイガーは大陸を駆けた(2017.11.22) サーベルタイガーの仲間(Macairodontinae 亜科;1200〜1.2 万年前)は非常に発達した上顎の犬歯を持ち, 化石哺乳類の中でも特に印象的な動物です(ネコ科だがトラと直接の類縁性はなく,英語では saber-toothed cats)。 Paijmans et al. (2017) はサーベルタイガーの中でも Homotherium(と Smilodon)に着目し, 化石 DNA の分析からその分布の変遷に迫りました。 Homotherium は最も広く分布したサーベルタイガーで,アフリカやユーラシア,南北アメリカ大陸まで分布しました。 しかし時代ごとに分布は変遷し,地域ごとに種が分かれていたとも考えられていました。 ユーラシアと北米の Homotherium は下顎骨のくぼみ(上顎の大型犬歯が収まる)の長さや前後肢の比率などが異なり, それぞれ H. latidens と H. serum という別種に分類されてきました(Meachen, 2017)。 アメリカ種が 1.2 万年前まで生き延びた一方,ユーラシア種は 30 万年前に姿を消したと見られていましたが, オランダの北海沿岸から 2.8 万年前の Homotherium 化石が見つかり(Reumer et al., 2003), ユーラシアにおける絶滅時期に疑問が呈されました。しかし見つかった化石は下顎の右側のみだったため, 追加の証拠も求められていました。 そこで著者らは Reumer et al. (2003) の北海標本から DNA を抽出し,北米の Homotherium 化石や南米の Smilodon 化石と共に,不完全ながらミトコンドリアゲノムを解読しました。 系統解析の結果,北海沿岸の Homotherium は北米のものと極めて近縁であることがわかりました。 具体的には 14.5 万年前に共通祖先を持つものと推測され,他の現生ネコ科の例と比較しても同種と考えられるそうです。 またこの研究により,Smilodon と Homotherium の分岐が現生のネコ科(ネコ亜科)の最初の分岐 (約 1400 万年前)よりも古く,約 1800 万年前であることがわかりました。 以前から Smilodon と Homotherium は Macairodontinae の中でも別々の族に置かれ, 前者の犬歯の方が頑丈でより長く,前者は待ち伏せ型,後者は追跡型の肉食獣と考えられていました(Meachen, 2017)。 今回の分岐年代推定が正しければ,両者はトラとネコよりも互いに離れていたことになります。 著者らは DNA 配列の近縁性に基づき,北米種 H. serum はユーラシア種 H. latidens の異名であると結論づけました。北米種の形態がユーラシア種の広い変異幅に入るとする見解も引用していますが, Reumer et al. (2003) も Paijmans et al. (2017) も北海標本と 30 万年前以前の H. latidens や H. serum との形態比較は行っておらず,発見地が北海標本を H. latidens と同定した主な根拠でした。 しかしながら著者ら自身が示したように,Homotherium が大陸をまたいで分布を広げられるのであれば, 発見地を同定の根拠にするのは不適当でしょう。もちろん H. latidens が北米にも広がり, 種分化しないままヨーロッパでも細々と生き延びた可能性はあるでしょう。化石記録は完璧ではないため, 30 万年前から 2.8 万年前まで記録が途切れること自体はあり得ることです。 一方で,H. latidens は確かに 30 万年前に絶滅し, 北米の H. serum がベーリング海峡経由(大西洋は渡っていないはず)でユーラシアに侵出した可能性もありそうです。 著者らも北米の個体群がユーラシアに「戻った」可能性に言及していますが,あくまでも同種の別個体群と見ています。 より確実な答えを出すにはさらなる化石の発見と研究,そして 30 万年以上前の H. latidens の DNA 解析などが必要でしょう。 Paijmans, J. L. A. et al. Evolutionary history of saber-toothed cats based on ancient mitogenomics. Curr. Biol. 27, 3330-3336 (2017). Meachen, J. A. Ancient DNA: Saber-toothed cats are the same beasts after all. Curr. Biol. 27, R1165-R1167 (2017). Reumer, J. W. F. et al. Late Pleistocene survival of the saber-toothed cat Homotherium in northwestern Europe. J. Vertebr. Paleontol. 23, 260-262 (2003). |
原太古代の生命記録の状況証拠(2017.08.10) グリーンランド西部・イスア地域の変堆積岩(変成を受けた堆積岩)には 13C に乏しい炭素化合物が含まれていて,最古級の生命の痕跡とも言われています。 Hassenkam et al. (2017) は柘榴石(ガーネット)の結晶に閉じ込められた炭素質構造の赤外線吸収を調べ, 酸素原子や窒素原子,リン原子が結合していることを確認しました。 最古の生物記録を巡っては論争が続いていて,特に原太古代の同位体記録を生命の証拠として認めるかどうか, 研究者の間でも合意が得られていません。単に同位体記録だけでは決定的な証拠でない,という理由に加え, 残されている炭素質構造がいずれも変成の影響で(実際に生物だったとしても)生物の原形をとどめていないためです。 そこで状況証拠の積み重ねが進められてきました。 今回著者らは地層が変成を受けた際に形成された柘榴石に閉じ込められた炭素質の含有物に着目しました。 この地層が変成を受けたのは 35.5 億年前以前で,それ以降は外部との物質交換が起こっていないと考えられるためです。 測定には原子間力顕微鏡と赤外分光法を組み合わせた手法が用いられ,局所的な化学分析が行われました。 対象の含有物は数 µm 程度の大きさですが,その内部でも場所によって元素組成(結合)が異なっていました。 これは変成過程で各元素が特性に応じて移動したためと推測されています。 なお,水素原子については変成過程で失われたものと見られます(水素原子が検出されなかったことは, 後代の生物汚染がなかったことも示している)。 検出された結合には P-O 結合や P=O 結合,C-O,C-N 結合などがあり, すなわち含有物中に酸素,窒素,リン原子が含まれていることがわかりました。 生物を構成する基本的な元素としては,水素・炭素・窒素・酸素・リン・硫黄が挙げられるため, この含有物は生物起源である可能性が高いといえそうです。硫黄について言及がないのは気になりますが, 実際に含まれていないのか,技術的な問題なのかは論じられていませんでした。 今回の発見で,生物が 37 億年前に存在した可能性は高まったといえそうですが,なお決定的とはいえません。 変成岩中に細胞構造が保存される見込みは少なく,状況証拠の積み重ねを待つしかないとは言え, 何とももどかしい話です。 Hassenkam, T., Andersson, M. P., Dalby, K. N., Mackenzie, D. M. A. & Rosing, M. T. Elements of Eoarchean life trapped in mineral inclusions. Nature 548, 78-81 (2017). 過去の関連記事: |
続報:最古のゴリラは驚きの古さ(2016.02.18)(→人類学) |
蛇足が 4 本あった頃(2015.08.05) ヘビといえば足のない細長い動物が頭に浮かびます。 確かに現生のヘビは全て足を持ちませんが,化石ヘビ類には後肢を持つものも知られていました。 しかし Martill et al. (2015) は,後肢だけでなく四肢全てが保存されたヘビ類の化石を発見し, Tetrapodophis amplectus と名づけました。 ヘビ類の起源は約 1.5 億年前のジュラ紀に遡りますが,化石記録の不足によりその起源と初期進化はよく分かっていません。 最近になってジュラ紀中期から白亜紀初期にかけてのヘビ類化石がいくつか報告されていますが, 頭骨と脊椎の一部などが見つかっただけで,四肢の有無などがわかる保存状態ではありませんでした (Caldwell et al., 2015)。 一方 Tetrapodophis の化石は全身が関節した状態で保存されていて,軟体部の印象すら残されていました。 この化石はブラジルセアラー州の Crato 累層 Nova Olinda 部層(白亜紀古世アプト期:1.13〜1.25 億年前) から発掘されました(ここからは保存状態の良い脊椎動物化石が知られているそうです)。 Tetrapodophis は全長 20 cm 弱の細長い脊椎動物で,非常に小さな前後肢を持っています(下図)。 ヘビのような体制は爬虫類の中でも 20 回以上出現したとされていますが,Tetrapodophis については, 胴体が長く 150 個以上の脊椎を持つことや,腹部に横に長い鱗(腹板)を持つことなど, 様々な特徴からヘビ類に属することが支持されました。逆に椎骨の数と形,四肢の存在と形態によって他のヘビと異なるそうです。 頭骨と下顎骨の形態は現生のヘビ類よりも祖先的な形態をとどめており,形態と現生種の分子系統に基づく系統解析からも, Tetrapodophis が現生種の最古の共通祖先よりも前に分岐したことが支持されました。 ただしジュラ紀から白亜紀頭にかけてのより古い化石ヘビ類よりは現生種に近いことも示唆されています。
ヘビ類の起源を巡っては,水棲説と地中棲(半地中棲)説が対立していました。いずれも手足の喪失などを説明できますが, 水棲説は,絶滅した海産爬虫類であるモササウルス類とヘビ類の類縁性(今回の系統解析でも支持されている) などを根拠としている一方,地中棲説はヘビ類の眼が一度退化した後で再発達した形跡を持つことなどから支持されています (松井, 1992)。Tetrapodophis には,骨が頑丈化や尾びれのような尾の扁平化などの水棲適応が認められず, 頭骨は吻部が短く眼窩の後方が長いこと,胴部が長く尾部が短いこと,神経棘(脊椎上部の突起)が短いこと, 手足が縮小していること,など地中棲の特徴が認められました。ちなみにウミヘビなど現生の水棲種は, 系統的に陸棲のヘビ類に由来したことは明らかです。 四肢の役割については想像の域をでませんが,歩行や穴掘りに使用したと考えるには小さすぎます。 一方できちんとした 5 本指を持っていたことから,退化して消える寸前の無用の構造とも思えず, 著者らは餌や交尾相手を掴む役目を果たしていたと推測しています。 また Tetrapodophis の消化管内には脊椎動物の痕跡が残されていました。 下顎に関節があって口を大きく開けることや歯の形態からも,本種は肉食と考えられました。 著者らはヘビ類が肉食性の祖先から進化し,後に一部のヘビ類で昆虫食などが出現したと考えています。 Tetrapodophis よりも古いヘビ類は,北米やヨーロッパなど旧ローラシア大陸から見つかっています (Caldwell et al., 2015)。一方で Tetrapodophis の見つかった南米は当時の旧ゴンドワナ大陸にあたり, 著者等はヘビ類の初期の多様化がゴンドワナ大陸で進んだ可能性を議論しています。 ただし化石記録の乏しい現状で結論を出すのは難しいように感じます。 Tetrapodophis と同地層から別系統のヘビ類が見つかる可能性にも期待できそうですが, 次はジュラ紀の化石ヘビ類の全身骨格を見てみたくなりますね。 Martill, D. M., Tischlinger, H. & Longrich, N. R. A four-legged snake from the Early Cretaceous of Gondowana. Science 349, 416-419 (2015). Caldwell, M. W., Nydam, R. L., Palci, A. & Apesteguía, S. The oldest known snakes from the Middle Jurassic-Lower Cretaceous provide insights on snake evolution. Nat. Commun. 6, 5996 (2015). Evans, S. Four legs too many? Science 349, 374-375 (2015). 松井正文 in 動物系統分類学 9(下B2)脊椎動物(IIb2)爬虫類II (内田亨 および 山田真弓 監修) 1-466 (中山書店, 東京, 1992). |
ハルキゲニアの歯(2015.07.22) ハルキゲニア(Hallucigenia)はカンブリア紀の化石動物の中でも有名なものの一つですが, その頭部の構造についてはほとんど明らかになっておらず,前後の解釈も確定していませんでした。 Smith & Caron (2015) は走査型電子顕微鏡を用いて化石の頭部(と思われていた部分)を観察し, 初めて眼と歯を発見しました。 ハルキゲニアは細長い胴体(1〜5 cm)と,長い 7 対の背中の刺,触手状の 10 対の付属肢を持った独特の姿をしています。 現生の有爪動物門と類縁性があると言われていますが,他の種と共に歩脚動物門(Lobopodia)に分けられることもあります。 最初にカナダのバージェス頁岩(カンブリア紀中期)から H. sparsa が記載された他, 中国雲南省の澄江(チェンジャン)周辺のカンブリア紀前期の地層から複数種が見つかっています。 著者らはバージェス頁岩から見つかった H. sparsa の標本を詳細に検討しました。 10 対の付属肢のうち前方の 3 対は,比較的細長く爪も持たないことから,食餌に関わる触手と思われます。 他の付属肢には全て爪があり(後ろ 2 対は 1 爪,その他は 2 爪),歩脚と考えられます。 なお,最後尾の歩脚は胴体の後端についていました。 7 対の刺は,3 対目の触手から 6 対目の歩脚の付け根の背中側についていました。 問題の頭部は胴体よりやや細く,先端部分は少し膨らんでいました。 電子顕微鏡観察からは,これまで知られていなかった 3 つの構造が発見されました。 まず背中側に,中心線を挟んで左右対称に位置する小さな模様が見つかりました。これは眼,おそらくは単眼と解釈されました。 現生の有爪動物の眼は背中側の触角の付け根にありますが,ハルキゲニアには背中側の触角はないようです。 次に,消化管の先端部分,すなわち口の部分(正確には口腔の後端,咽の入り口に当たる部分)に, 長さ 60 μm 程度の鱗片状の構造が弧を描いて並んでいることを見つけました。 著者らはこれが元々輪状に並んでいた歯だと考えています。 ただし論文の写真には前方に出っ張った円弧状の分布しか示されておらず,本当に輪状に並んでいたかは疑問に思えます。 また咽の奥にも長さ 10 μm の鱗片が後方に向かって(おそらく 2 列に)並んでいて,咽喉歯と見られています。
眼や歯が見つかったことで,ハルキゲニアの前後軸の解釈はほとんど確定したとみなして良さそうです (ちなみに他の歩脚動物では歯の報告があったようですが,今回の証拠が最も有力だそうです;Ma, 2015)。 有爪動物や節足動物は前口動物の中でも脱皮動物と呼ばれる系統に属します。 脱皮動物はさらに環神経動物(Cycloneuralia;線形動物,類線形動物,鰓曳動物,胴甲動物,動吻動物)と汎節足動物 (Panarthropoda;現生では緩歩動物,有爪動物,節足動物)に分けられています。 現生の有爪動物は放射状の歯や咽喉歯を持たないことから,これらの構造が脱皮動物の祖先から由来したものか, 有爪動物の祖先で失われたものかはっきりしていませんでしたが, 有爪動物の祖先に近いハルキゲニアがこれらの歯を持っていたことから, 放射状の歯や咽喉歯は有爪動物の祖先で二次的に失われたものと推定されます。 この研究は脱皮動物における口器や歯の進化を考える上で重要とみなされていますが, 知名度が高く,また解釈に曰く付きの動物の復元にかなりの確度で成功したことが衝撃です。 おそらく良好な標本の探索や選別などで相当な苦労があったことでしょうが, 走査型電子顕微鏡の使用自体はさほど大きな工夫ではないはずなので,著者らの熱意が成果に繋がったと言えそうです。 Smith, M. R. & Caron, J.-B. Hallucigenia's head and the pharyngeal armature of early exdysozoans. Nature 523, 75-78 (2015). Ma, X. Hallucigenia's head. Nature 523, 38-39 (2015). |
エディアカラ紀の海藻繁茂(2011.03.01) 大型の多細胞生物が最初に繁栄したのは先カンブリア時代の末期,エディアカラ紀(6.35-5.42 億年前) のことだと考えられています。特に 5.8 億年前のガスキース氷期(Gaskiers glaciation)後に, エディアカラ生物群(Ediacaran biota)と呼ばれる動物様の生物の多様化が起こったと言われています。 しかし Yuan et al. (2011) はガスキース氷期より以前の藍田累層(Lantian formation)で, 既に大型海藻類の多様化が起こっていたことを示しました。 多細胞動物の爆発的な多様化はカンブリア紀の初期に起こったと考えられています。 硬い殻を持った動物が多数出現し,現生の動物門がほぼ出揃ったのがこの時代でした。 それより以前のエディアカラ紀には現生の動物との関係もよくわからないエディアカラ生物群が繁栄していました。 最初期のエディアカラ生物群集として知られているのはガスキース氷期直後のアヴァロン群集(Avalon assemblage) です。これはカナダ東部のニューファンドランド島のアヴァロン半島やイギリスなどから発見された生物群集で, 5.75-5.60 億年前の深海性に生息していた葉状のランゲア様類(rangeomorphs)を中心としています (Narbonne, 2005; 高画質な化石群)。さらにガスキース氷期以前にも巨視的な化石は知られており, 海綿類のバイオマーカーの記録なども存在しましたが(最古の海綿の残滓), 確かな大型生物群集は知られていませんでした(ここで言う「大型」とは数 cm 程度から)。 さて,そんな中で注目されたのが藍田累層の生物群です(Lantian biota)。 藍田累層(中国南部安徽省)からは海藻を中心とした化石群が以前より知られていましたが, ガスキース氷期以降にあたる約 5.7 億年前のものと考えられていました(Yuan et al., 1999)。 ところが今回,著者らが陡山沱(Doushantuo)累層との詳細な対比を行った結果, 大型化石の産出する層準はおそらく 6.35 億年前と 5.93 億年前の間にあることがわかり, ガスキース氷期以前,マリノアン氷期後に堆積したことがわかりました。 堆積環境は波が荒れても波の影響を受けない深さ(おそらく数十m 以深)で, 海藻がいたことから光が届く深さだったと見られます。 藍田累層からはこれまでにも,単純な嚢状のもの,分岐する糸状のもの,扇状のものなど, 様々な形態の化石が知られていました。さらに新たな発掘によって 3,000 以上の化石が採集され, 新しい種類も 5 つ報告されています(著者らは合わせて約 15 の形態種が含まれるとしている)。 多くの化石は海藻と見られますが,中には固着性の動物や底棲の蠕虫の可能性がある化石も含まれていました。 少なくとも発見された化石の多くが真核の多細胞生物であることは間違いないでしょう。 藍田生物群はアヴァロン生物群とは全く異なる生物から構成されています。 両者は堆積環境も地域も異なることから一概には比較できませんが,大型多細胞藻類がマリノアン氷期直後に, 大型多細胞動物がガスキース氷期直後にそれぞれ多様化を果たしたとすれば興味深い話です。 新原生代の海洋は酸化の途上にあり,ガスキース氷期より前は海洋の酸素濃度は低く, 大型生物の生存には適していなかったとされます。しかし藍田生物群の発見により, マリノアン氷期後に,少なくとも一部には酸化的な環境が出現していた可能性が示唆されました。 新原生代の地球では,全休規模の複数の氷期,これに伴う段階的な海洋の酸化, そして複数の生物系統における段階的な多細胞化など,劇的な変化が起こっていたようです。
Yuan, X., Chen, Z., Xiao, S., Zhou, C. & Hua, H. An early Ediacaran assemblage of macroscopic and morphologically differentiated eukaryotes. Nature 470, 390-393 (2011). Fedonkin, M. A., Gehling, J. G., Grey, K., Narbonne, G. M. & Vickers-Rich, P. The Rise of Animals: Evolution and Diversification of the Kingdom Animalia (Johns Hopkins University Press, Baltimore, 2007). Narbonne, G. M. The Ediacara biota: Neoproterozoic origin of animals and their ecosystems. Annu. Rev. Earth Planet Sci. 33, 421-442 (2005). Narbonne, G. M. Ocean chemistry and early animals. Science 328, 53-54 (2010). Narbonne, G. M. When life got big. Nature 470, 339-340 (2011). Yuan, X., Li, J. & Cao, R. A diverse metaphyte assemblage from the Neoproterozoic black shales of South China. Lethaia 32, 143-155 (1999). 宇佐見義之 カンブリア爆発の謎:チェンジャンモンスターが残した進化の足跡 (技術評論社, 東京, 2008). 過去の関連記事: |
アンモナイトの食餌(2011.02.17) アンモナイトは古生代から中生代にかけて繁栄した絶滅軟体動物の一群です。 現生の軟体動物ではイカ・タコ類(鞘形類)やオウムガイと近縁ですが,軟体部の化石が知られておらず, その食性についてはあまりよくわかっていませんでした。Kruta et al. (2011) は X 線微小断層撮影法を用いて,良好に保存されたアンモナイトの口器の三次元構造を復元し,その食性を明らかにしました。 アンモナイトの殻は一見するとカタツムリなどの巻き貝に見えますが,殻が左右相称に巻き(従って右巻/左巻の別がない), 殻の内部に隔壁があるなどの点で全く異なっており,軟体動物の中でも頭足類(オウムガイ,イカ,タコの仲間)に含まれます。 アンモナイトは古生代から中生代にかけて非常に繁栄した一方,白亜紀末には恐竜と同様に地球上から姿を消しました。 そこでアンモナイトの繁栄と絶滅を理解するために,アンモナイトの生態の解明が求められています。 しかしアンモナイトの軟体部化石は知られておらず,硬い構造を含んだ捕食装置も稀にしか保存されず, その詳細な三次元構造についてはほとんど知られていませんでした。 そこで著者らは X 線を用いて非破壊的に化石内部の詳細な三次元構造を解析しました。
頭足類では口の周辺に上顎,下顎,歯舌といった捕食装置が,口球と呼ばれる筋肉質の器官に配置されています。 上顎と下顎はキチン質の構造で互いに擦り合わせて食物を噛み切る役割を果たします。 一方で歯舌は文字通り舌のような構造で,表面に非常に細かい歯がおろし金のように並んでおり, 餌をこそぎ取る役割を果たします。著者らが解析した Baculites の顎器は下顎が大きく, キチン質の構造が 2 枚の石灰質の板(アプティクス:aptychus)に裏打ちされており,アプティクス型と呼ばれます。 さて,解析の結果,アプティクス型のアンモナイトで初めて顎器や歯舌の詳細な三次元構造が明らかになりました。 歯舌の構造は鞘形類と同じく 9 枚(中歯 1 枚,側歯 2 対,縁歯 1 対,縁板 1 対)の要素からなっており, これまでの知見と一致していました(ちなみにオウムガイの歯舌は 13 枚の要素からなる)。 しかし詳細な口器の構造は現生のオウムガイや鞘形類に一致するものはいなかったとのことです。 アプティクス型の顎器の構造は餌を噛み切るのに適していないことが指摘されており, 腐食性に適したオウムガイの口器や,餌を噛み切るのに適したイカの仲間の口器とは異なっていました。 表面的に似ているものとしては,中漸深海性のタコの仲間や異足類(腹足類[巻き貝の仲間]の一群)が挙げられていて, カイアシやオキアミなどの小型の浮遊性動物を餌としているものや, 翼足類や異足類といった浮遊性の腹足類を餌とするものがあるそうです。 この類似性に基づき,少なくともアプティクス型のアンモナイトは小型の浮遊生物を捕食していたと推測されました。 実際に今回の研究からも化石の顎の部分から巻き貝の仲間の幼生と小型甲殻類の断片が見つかっており, 著者らの推測を補強しています。 著者らはさらに小型の浮遊性動物の捕食に適応したことがアプティクス型アンモナイト類の発展に繋がり, 逆にこれらの餌動物が白亜紀末に激減したことによりアンモナイト類が絶滅したのではないかと議論しています。 ただし絶滅したアンモナイト類の食性が全て同じだったとは考えにくく, また小型浮遊性動物を餌としていた生物が等しく絶滅したのかどうかも議論の余地がありそうです。 Kruta, I., Landman, N., Rouget, I., Cecca, F. & Tafforeau, P. The role of ammonites in the Mesozoic marine food web revealed by jaw preservation. Science 331, 70-72 (2011). 参考: 重田康成 アンモナイト学: 絶滅生物の知・形・美 (東海大学出版会, 東京, 2001). |
群体性生物は 21 億年前からいたのか?(2010.08.18) 多細胞生物が最初に地球上で栄えたのはエディアカラ紀(6.35-5.42 億年前) だったと考えられています。それまで地球上は単細胞生物の世界で,巨視的な生体化石はほとんど知られていません。 そんな中で巨視的なものとしては最古となる 21 億年前の生体化石がガボンから報告されました (El Albani et al., 2010)。 エディアカラ紀以前の巨視的な化石としてはストロマトライトが有名ですが, これは微生物が形成した構造であって微生物そのものの化石ではありません。 例外的に巨視的な生物の体化石と考えられている最古のものとしては,約 20 億年前の Grypania spiralis が知られていますが(年代推定には化石が大切), これは糸状の微生物自体か,その束と考えられています。 対して今回報告されたのは平板状のより組織化された生物体構造の化石と見られています。 化石はガボン(中部アフリカ西岸の国)の南東部,Francevillian 層群の浅海成の地層から発見されました。 この地層の年代は 21 億年前(±3000 万年)とされており,大気中の酸素濃度上昇が起こった 2-2.5 億年後にあたるそうです。著者らはこの地層から 250 体以上の黄鉄鉱化した試料を収集しました。 多いところでは 1 m2 あたり 40 体の試料が見つかったそうで, 個々の化石は 7-120 × 5-70 mm,厚さ 1-10 mm と十分目に見える大きさでした。 化石は不定形で,縁の部分には顕著な放射状の構造が見られます。 大型の個体では中心部に黄鉄鉱の塊が見られることがあるそうですが, 硫黄同位体の比較などからこれは二次的に形成されたものと考えられました。 問題はこれらの構造が生物体由来なのかと言うことですが, 炭素同位体の組成からはこの化石が基質とは区別されることが示されています。 また縁の放射状の構造が結晶化など無機的な作用にしては乱れており,また化石全体もしばしば皺がよって波打っており, 砂上の模様などではなく,海底に固着した独自の構造だったことが窺えます。 著者らは今回の化石を群体性生物の化石と考えています。 辺縁部の規則的な放射状構造を形成するためには同調的な成長が必要と考えられ, 単なる微生物マットやストロマトライトとは一線を画する複雑な構造とみなされています。 時代的に考えると群体を形成していた細胞は原核細胞だったと思われますが, 同じ地層からは過去に真核生物のマーカーであるステランが検出されており, 今回の化石が真核生物であった可能性も考えられるそうです。 また著者らは今回の化石の年代が最初の酸素濃度上昇の後であることに着目しています。 これまでにも生物の大型化には酸素濃度の上昇が必要であったと言われてきましたが, 今回の化石からもこの考えが支持された形になります。 残念ながらこの化石の正体については手がかりがほとんどなく, 原核・真核の別も含めてその正体の解明は今後とも難しいでしょう。 しかし地球の大気の変化と生物の進化の関係を考察する重要な証拠には違いなく, 似たような大型化石の発見も含めてさらなる研究が期待されます。 El Albani, A. et al. Large colonial organisms with coordinated growth in oxygenated environments 2.1 Gyr ago. Nature 466, 100-104 (2010). Donoghue, P. C. J. & Antcliffe, J. B. Origins of multicellularity. Nature 466, 41-42 (2010). |
訃報 Harry Whittington 博士死去(2010.08.09)(→その他) |
暗い太陽と原始地球のお天気(2010.05.13) 初期の太陽は現在より 25-30% ほど暗く,計算上は地表は凍結していたことになります。 しかし当時(始生代)の地球に液体状の水が存在した証拠があり,この矛盾は「暗い太陽のパラドックス」 ("faint young Sun paradox")と呼ばれています。これに対して Rosing et al. (2010) は温室効果ガスの量と太陽光の吸収量を検討し,パラドックスを解決しました。 地球の表層温度は太陽光の強さ(放射熱),地球のアルベド(反射能;太陽光エネルギーを反射する割合。 アルベドが低いほど太陽光をよく吸収する),大気の温室効果によって決まります。 この内,太陽の明るさは中心部の水素とヘリウムの割合によって決まるとされ, 水素の核融合が進みヘリウムが蓄積すると中心部の圧力が上がり核融合が促進されます。 すなわちヘリウムが十分に生成していなかった初期の太陽は今よりも一段と暗かったと考えられます。 しかし大気の温室効果と地表のアルベドについては未だ謎が多く, 著者らは地質学的証拠から温室効果ガスの組成を,理論的側面からアルベドを推定しました。 温室効果ガスの候補としては,二酸化炭素,アンモニア,メタン,エタンなどが考えられています。 特に近年は二酸化炭素の役割が注目されており,著者らもその分圧を検討しました。 著者らは始生代の浅海で作られた縞状鉄鉱床に豊富に含まれる磁鉄鉱に着目し, その沈殿条件などから,大気中の二酸化炭素分圧は現在(10-3.5 バール,0.03-0.04% 程度) の 3 倍程度しかなかったと推定しています。二酸化炭素以外では,メタンは二酸化炭素の 0.6-1 倍しかなく,アンモニアも不安定だったと見られ,パラドックスの解決には現在の 70-100 倍程度の二酸化炭素が必要とされました。 次に著者らは始生代のアルベドを考察していて,現在との主な違いとして,大陸の面積,陸上の植生の有無, 雲の性質を挙げています。大陸の面積は基本的には始生代から現在に書けて増加しており, 陸上の植生の増加と合わせてアルベドを増大させる方向に働いたと考えられました。 さらに雲のアルベドは雲の粒子の大きさに依存し,雲粒の大きさは雲の凝結核の種類によって決まります。 現在の地球では凝結核として陸上植物や海洋の真核藻類の発生する硫化物気体(ジメチルスルフィドなど) が大きな役割を果たしていますが,これらは始生代には少なかったと考えられ, 始生代の雲はより大きな雲粒からなる,透過度の高い(アルベドの低い)雲だったと見られます。 アルベドが低ければ地表に吸収される太陽光エネルギーは大きくなります。 著者らは誤差も含めてこの効果を見積もり,900 ppm の二酸化炭素とメタンを含んだ大気の下で, 始生代の地球は 0°C 以上であり得たとしています(〜10 °C)。 つまり大気組成とアルベドの両方が始生代の地球を暖めるために重要な役割を果たしたと見られました。 ただし Kasting (2010) は Rosing et al. (2010) の研究の欠陥も指摘しています。 例えば始生代の大気組成にはまだ議論の余地がある他,メタンが比較的多い場合には有機物の霞が形成され, アルベドを上げてしまうことなどを指摘しています。 また Rosing et al. (2010) が地球全体を平均化した一次元的なモデルを用いた点も指摘され, この場合には例えば極域の氷がアルベドを上げる効果などが反映されません。 現在の計算機をもってすれば地球を三次元的にモデル化することも可能であることから, Kasting (2010) はこのようなモデルでの検証も必要であるとしています。 原始地球の環境は地質学的証拠と理論的推定から間接的に推測するしかありませんが, この推測は年々詳細になっているようです。アルベドの変化が地表温度に影響したことは疑いなく, 今回のような研究が他の地質学的証拠から検証され,さらに詳細に調べられることが期待されます。 Rosing, M. T., Bird, D. K., Sleep, N. H. & Bjerrum, C. J. No climate paradox under the faint early Sun. Nature 464, 744-747 (2010). Kasting, J. F. Faint young Sun redux. Nature 464, 687-689 (2010). |
ジュラ紀の羽毛恐竜と鳥類 V(2010.05.06) ジュラ紀の羽毛恐竜を紹介してきた一連の記事では,鳥類と特に近縁な群を紹介してきました (ジュラ紀の羽毛恐竜と鳥類 I,II,III, IV)。その後も中国ではジュラ紀の恐竜類が次々と発見されており, 今度は「飛べない鳥類」とも特殊化した恐竜とも言われていたアルバレツサウルス類の最古にして基盤的な化石, Haplocheirus sollers が発見されました(Choiniere et al., 2010)。 アルバレツサウルス科(Alvarezsauridae)の恐竜は体長 1〜2m で,細い頭骨や長い尾を持ち, 羽毛を有することも間接的に推定されています。この科の最大の特徴は前肢に単一の大きなかぎ爪を持つことで, このかぎ爪を用いてアリ塚などを掘り,昆虫を主食としていたと考えられています。 またアルバレツサウルス類の形態は特殊化が進んでいるため系統的位置について議論が分かれていました。 そんな中で見つかった H. sollers は比較的祖先的な形質を残しており, アルバレツサウルス類の進化を解明する大きな手がかりとなりました。 これまでアルバレツサウルス科の化石は白亜紀の後期からしか発見されていませんでした。 しかし H. sollers は,他のアルバレツサウルス類よりも 6300 万年ほど古い, ジュラ紀後期オックスフォーディアン(約 1 億 6000 万年前)の地層から見つかりました (場所は中国新疆ウイグル自治区ジュンガル盆地)。しかもこの新属新種の化石は単に最古と言うだけでなく, ほぼ完全な骨格が保存されていました。欠損した尾までを含めた体長は推定 1.9-2.3m ほどで, 保存状態の良いアルバレツサウルス類としては最大とのことです。 さて,アルバレツサウルス類は鳥類と類似した特徴(癒合した手首の骨,後方を向く恥骨など)と, より祖先的な恐竜類の特徴(よく発達した後肢,長い尾など)を持つとされ, 前者に基づき「飛べない鳥」とする仮説も議論されてきました。しかし H. sollers はアルバレツサウルス類の共有派生形質を持ちつつ,手首や恥骨などには祖先的な形質を保持していたそうです。 形態形質に基づく系統解析では H. sollers は他のアルバレツサウルス類の姉妹群となりました (著者らは H. sollers を含むアルバレツサウルス類全体をアルバレツサウルス上科[Alvarezsauroidea], H. sollers 以外の白亜紀後期のものをアルバレツサウルス科とした)。 一方でアルバレツサウルス上科全体は鳥類に含まれることも鳥類の姉妹群となることもなく, マニラプトル類(Maniraptora)の中で独自の系統群となりました。 このことから鳥類に似た特徴がアルバレツサウルス上科の祖先ではなく, アルバレツサウルス科で進化したことがわかります。 ---------------------Ornitholestes| | -------Haplocheirus sollers | --マニラプトル類--| -------| |アルバレツサウルス上科 | | -------アルバレツサウルス科 | | | -------|-------------テジリノサウルス上科(Therizinosauroidea) | |-------------オヴィラプトル類(Oviraptorosauria) | --------------原鳥類(ドロマエオサウルス科,トロオドン科,スカンゾリオプテリクス科,鳥類) Haplocheirus sollers の研究よって,様々な謎が解決に向かいました。 アルバレツサウルス科の形態は昆虫食への適応と思われ,鳥類に似た形質は収斂進化として説明されそうです。 またアルバレツサウルス類が「飛べない鳥」と考えられた背景には, その出現時期が始祖鳥よりかなり遅い時期だったことがあります。 H. sollers は始祖鳥よりも古い時期の化石であり,この点でも「飛べない鳥」仮説への反証になっています。 今回の発見も含めて,羽毛恐竜の進化を巡る議論の焦点はジュラ紀に集まっています。 一連の羽毛恐竜の化石は基本的にジュラ紀後期以降のものですが, その最初期のオックスフォーディアンから複数の羽毛恐竜の系統が見つかっており, 羽毛恐竜の起源はジュラ紀中期に遡ると見られます。今後ジュラ紀中期の確かな羽毛恐竜や鳥類の化石が見つかれば, 羽毛恐竜の初期進化を巡る議論はさらに白熱することでしょう。 Choiniere, J. N. et al. A basal alvarezsauroid theropod from the Early Late Jurassic of Xinjiang China. Science 327, 571-574 (2010). Stone R. Bird-dinosaur link firmed up, and in brilliant technicolor. Science 327, 508 (2010). 過去の関連記事: |
姿なき四足動物の証拠(2010.03.04) 脊椎動物の陸上への進出は生物の歴史の中でも重大事件の一つとして数えられます。 これまで最初期の四足動物はデボン紀後期(3.6-3.9億年前)の体化石を中心に研究されていました。 ところが Niedźwiedzki et al. (2010) は既知の最古の体化石より 1800 万年ほど古い, デボン紀中期の四足動物の足跡化石を報告しました。 四足動物に最も近縁な現生魚類は肺魚類または総鰭類(シーラカンス類)と考えられていますが, 絶滅した魚類まで含めるとエルピストステゲ類(Elpistostegalians)が最も近縁と見られています。 エルピストステゲ類の化石は 3.80-3.86 億年前から見つかっていて,Elpistostege の他, Pandericthys や Tiktaalik などが知られています。 四足動物の化石としては,全身化石が知られるイクチオステガ(Ichthyostega)とアカントステガ (Acanthostega)がデボン紀ファメニアンから,より断片的な化石がフラスニアン(ジベーティアン末期も?) から報告されていました。そこでエルピストステゲ類と四足動物が分かれたのはジベーティアンと見られていましたが, 著者らはそれよりも古いアイフェリアンの足跡化石を,ポーランド南東部,Holy Cross Mountain の北 Łysogóry 地域にある Zachełmie 採石場(既に使用されていない)にて発見しました。
Zachełmie 採石場からは多数の足跡列と,同じく多数の単独の足跡が発見されました。 足跡にも幾つかの種類がありましたが,少なくとも一部の足跡は前鰭のみを水底につけて進んでいた跡ではなく, 前後肢を前後に動かして四足歩行していた跡であることがわかりました。 また胴体の這い跡がなく,足跡の主は水中に半ば浮きながら歩行していたと推測されました。 足跡の大きさや間隔からは足跡のをつけた生物は 40-50 cm,場合によっては 2.5 m に達するものもいたと見られました。大型の足跡(15-26 cm)の詳細な観察からはこの動物が 5 本以上の指を持っていたこともわかり,イクチオステガやアカントステガとの類似性も認められました。 これらの足跡が四足動物の足跡であることは素人目にも確かに見えますが, これは陸上動物の起源を考える上でも重要な発見でした。 まず第一に,アイフェリアン期の地層から四足動物の証拠が見つかったことは, 四足動物がエルピストステゲ類から枝分かれしたのがそれ以前,おそらくはデボン紀前期であることを意味します。 エルピストステゲ類や四足動物の確かな化石は,デボン紀前期はおろかデボン紀中期のほぼ最後まで知られていません。 つまりこの間に存在していたはずのエルピストステゲ類や四足動物の化石が未発見だということです。 今回の発見により研究者の注目がデボン紀前期や中期の地層に集まれば, 次はこれらの時代の四足動物の体化石の発見にも繋がるかもしれません。 ちなみに Zachełmie 採石場からは足跡以外の(体)化石はほとんど見つかっていません。 もう一つ著者らが注目したのは,化石が見つかったのが浅い海成の,おそらく潟(lagoon) で堆積した地層だったことです。これまでの定説では四足動物は三角州や湖のような淡水環境で進化し, 陸上に進出したと考えられていましたが,今回の発見はこの定説に再考を求めるものであり, この点でも化石の探索範囲を広げる必要を迫るものです。 四足動物の起源を巡っては様々な議論が展開されていますが, その答えはデボン紀前期の地層に隠れているのかもしれません。 Niedźwiedzki, G., Szrek, P., Narkiewicz, K., Narkiewicz, M. & Ahlberg, P. E. Tetrapod trackways from the early Middle Devonian period of Poland. Nature 463, 43-48 (2010). 参考: クラック, J. 手足を持った魚たち: 脊椎動物の上陸戦略 (講談社, 東京, 2000). |
ジュラ紀の羽毛恐竜と鳥類 IV(2009.12.29) ここしばらく一連の記事でジュラ紀の羽毛恐竜や鳥類の研究を紹介してきましたが (ジュラ紀の羽毛恐竜と鳥類 I,II,III), 鳥類(始祖鳥を含む)の姉妹群と見られるスカンゾリオプテリクス科(Scansoriopterygidae) については触れてきませんでした。そこで今回は本科に含まれている 3 種の原記載論文と, 鳥類の進化にまつわる問題を紹介したいと思います(Czerkas & Yuan, 2002; Zhang et al., 2002; Zhang et al., 2008)。 鳥類の飛行については,大きく分けて走行性の獣脚類において進化したとする説と, 樹上性の爬虫類において進化したとする説が唱えられてきました。始祖鳥も旧来は樹上性と思われていましたが, 疑問の声もあります(始祖鳥は鳥の始祖ではないのか?)。 そこで始祖鳥よりも基部で分岐した鳥群(Avialae:ドロマエオサウルス科より現生鳥類に近縁な系統群; Padian, 2004)の特徴が問題になります。スカンゾリオプテリクス科は,系統的位置に疑義のある Pedopenna を除けば(ジュラ紀の羽毛恐竜と鳥類 II),これに該当する唯一の系統群と見られます。 スカンゾリオプテリクス科は Czerkas & Yuan (2002) によって新属新種 Scansoriopteryx heilmanni と共に記載され,他にほぼ同時に記載された Epidendrosaurus ningchengensis(Zhang et al., 2002) と Zhang et al. (2008) により記載された Epidexipteryx hui を含みます (S. heilmanni と E. ningchengensis を同種とする見解もある[Padian, 2004]が, どちらの学名を使うべきか定説がない。先に公表された S. heilmanni が有効名か)。 Czerkas & Yuan (2002) の化石は中国遼寧省の義県層(Yixian Formation;おそらく白亜紀前期)から発見され, 綿毛状の羽毛の痕跡が認められたのに対して,Zhang et al. (2002) の化石は内モンゴルの道虎溝(Daohugou; おそらくジュラ紀後期)から発見され,明瞭な羽毛の痕跡は残されていませんでした。いずれの化石も 12-14 cm 程度の幼体と見られ,枝を掴めるような長い前肢の指など,明瞭な樹上生活への適応が認められました。 一方で始祖鳥のような高度な飛行能力は持たなかったようです。 両種はまた,骨格的な特徴から鳥群に属すると見られ,Czerkas & Yuan (2002) や Zhang et al. (2002) は鳥類が飛行を獲得する前に分岐した,いわば鳥の祖先であると考えました。 同時にスカンゾリオプテリクス科は鳥類の飛行が樹上で進化したことを裏付ける証拠と考えられました。 これらの最初に発見された化石は幼体だったため正確な系統推定には問題がありましたが, Zhang et al. (2008) に記載された Epidexipteryx は本科で初めてとなる亜成体(体長 20 cm 強) の化石でした。Scansoriopteryx や Epidendrosaurus が長い尾を持つのに対して(胴部の 2-3 倍), Epidexipteryx は比較的短い尾(胴部の 7 割)しか持たない点で,明らかに別種であることがわかります。 しかし Zhang et al. (2008) は分岐解析から本種が Epidendrosaurus らと近縁で, 合わせて鳥群の基部に位置することを示しました(Pedopenna を除く)。 -------トロオドン科--------------| | -------ドロマエオサウルス科 | 滑空/飛行の退化? ------| ↓ -------Epidendrosaurus(=?Scansoriopteryx)(樹上性) | -------|←スカンゾリオプテリクス科 | | -------Epidexipteryx(樹上性) -------| 飛行の進化? ↑ | ↓ -------始祖鳥(樹上性?) | -------| | -------他の鳥類 | ↑ | 鳥類(Aves) 鳥群(Avialae) 飛行の進化? さらに興味深いことに,Epidexipteryx の化石には 4 枚の長い尾羽と綿羽状の体毛が保存されていました。 長い尾羽は明らかに軸部と羽板からなっており,スカンゾリオプテリクス科が大羽を持っていた証拠となりました。 一方でこの化石では全体的に羽毛がよく保存されているにもかかわらず。 前肢や後肢の周辺に飛行用の羽毛は保存されていませんでした。 ドロマエオサウルス科やトロオドン科の基部の恐竜が前肢と後肢に飛行や滑空に適した大型の羽毛を持っていたことを 踏まえると,スカンゾリオプテリクス科においては飛行や滑空の能力が退化していた可能性が考えられます。 スカンゾリオプテリクス科はあるいは二次的に飛行能力を失った動物かもしれませんが, 本科が高度な飛行能力を持った鳥類と最も近縁な動物であることも事実です。 鳥類がどのような祖先生物から進化してきたのかを明らかにするためにも, 本科やより原始的な鳥群のさらなる化石の発見が切望されます。 Czerkas, S. A. & Yuan, C. in Feathered Dinosaurs and the Origin of Flight (ed. Czerkas, S. A.) 63-95 (The Dinosaur Museum, Blanding, 2002). Zhang, F., Zhou, Z., Xu, X. & Wang, X. A juvenile coelurosaurian theropod from China indicates arboreal habits. Naturwissenschaften 89, 394-398 (2002). Zhang, F., Zhou, Z., Xu, X., Wang X. & Sullivan, C. A bizarre Jurassic maniraptoran from China with elongate ribbon-like feathers. Nature 455, 1105-1108 (2008). Padian, K. in The Dinosauria, 2nd Edn. (eds. Weishampel, D. B., Dodson, P. & Osmólska, H.) 210-231 (University of California Press, Berkeley, 2004). 過去の関連記事: |
ジュラ紀の羽毛恐竜と鳥類 III(2009.12.22) 本サイトでは最近,原鳥類の祖先が後肢にも翼を備えた四翼の生物だった可能性に触れました (ジュラ紀の羽毛恐竜と鳥類 I,II)。 これに関連して,始祖鳥(Archaeopteryx)の後肢にも羽毛があったという指摘を紹介したいと思います (Christiansen & Bonde, 2004; Welnhofer, 2008; なおミクロラプトルを撃墜せよ!でも始祖鳥の後肢の羽毛に言及しました)。 始祖鳥の羽毛を巡る議論では,これまで前肢の翼を構成する羽毛と,顕著な尾部の羽毛に注目が集まっていました。 一方で後肢や胴体部分の羽毛については 19 世紀の文献など初期の研究では言及されていましたが, 近年はこれらの羽毛は標本を処理した際に失われたか,あるいは処理の痕跡を見誤ったものと解釈されていました。 そこで著者らは,当時としては羽毛が最もよく保存されたベルリン標本の雄板と雌板 (始祖鳥の標本は板に挟まれるように保存されており,骨など本体の主要部分が含まれる方を雄板:slab, 骨などの印象が残る反対側を雌板:counterslab と呼ぶ)を改めて精査しました (なおベルリン標本は最初に報告されたロンドン標本とは別種の A. siemensii とする見解もあったが, 著者らは同種の A. lithographica としている)。 著者らは 2001 年 5 月にベルリン標本の雄板と雌板を観察しました。そして首周り,背部,胸部, 後肢に羽毛様の印象が残されていることを確認しました。 そしてこれらの印象は過去に指摘されたような前処理による傷ではなく,真に羽毛の印象であることを示しています。 残念ながらこれらの羽毛の印象は前肢の羽毛と比べて余り明瞭なものではありませんでしたが, おそらく羽軸と羽枝を持った正羽であったと見られています。 さて,問題は後肢の羽毛が飛行に関与する "翼" を形成していたのかどうかですが, 実際に 20 世紀の前半にも始祖鳥が翼を四枚持った "Tetrapteryx" だったとする仮説が提唱されていました。 しかし後肢の羽毛は最長 3.5 cm ほどで,最長 10 cm を超える前肢の羽毛と比べると著しく短いことがわかります。 そこで著者らは後肢の羽毛について,祖先的な翼の痕跡ではないかと考察しています。 後に出版された書籍においてもベルリン標本の体羽毛は受け入れられています(Wellnhofer, 2008)。 これによれば最新のサーモポリス標本(A. lithographica とされている) では後肢の羽毛などは保存されていないものの,ロンドン標本やマックスブルグ標本, アイヒシュタット標本における後肢の羽毛を認めています。 ただし写真で見る限りロンドン標本とアイヒシュタット標本の羽毛は確認できず, マックスブルグ標本は現在行方不明のため現物に基づく確認はなされていません。 しかし Microraptor や Anchiornis,Pedopenna の存在を考慮すると, 始祖鳥の後肢に飛行用の羽毛の痕跡があったとする見解は妥当であると言えます。 始祖鳥の標本では前肢の羽毛が顕著であったために保存状態の悪い後肢の羽毛はあまり注目されてきませんでした。 しかし四翼の祖先から鳥類が進化したとの仮説を考える上では, 始祖鳥の後肢の羽毛は重要な役割を果たすはずです。 始祖鳥は後肢の "翼" においても恐竜と鳥類の間に位置する生物だったのかもしれません。 余談ですが,Wellnhofer (2008) では始祖鳥は鳥の始祖ではないのか? で言及した始祖鳥標本の同定とは異なる種同定が示されていますので,一応リストアップしておきます。
Christiansen, P. & Bonde, N. Body plumage in Archaeopteryx: A review, and new evidence from the Berlin specimen. C. R. Palevol. 3, 99-118 (2004). Wellnhofer, P. Archaeopteryx: Der Urvogel von Solnhofen (Verlag Dr. Friedrich Pfeil,
München, 2008). 過去の関連記事: |
ジュラ紀の羽毛恐竜と鳥類 II(2009.10.28) 四翼の羽毛恐竜として Microraptor gui(恐竜の羽)に加えて Anchiornis huxleyi が報告されましたが(ジュラ紀の羽毛恐竜と鳥類 I), 実はもう 1 種,ジュラ紀の鳥群(Avialae)と見られる Pedopenna daohugouensis が報告されていました (Xu & Zhang, 2005)。 Pedopenna は中国北部の内モンゴル,道虎溝(Daohugou)の化石産地から発見されました。 この地層の堆積年代はジュラ紀中期から白亜紀初期まで見解が分かれていましたが, 後に絶対年代の推定から 1.68〜1.52 億年前のジュラ紀中期〜後期,始祖鳥よりも古い年代の地層であることが示されています (Liu et al., 2006)。 発見されたのは右後肢の一部(大腿骨,脛骨と腓骨の上部は失われている)のみでしたが, 脛骨や中足骨の周辺に大型の羽毛の印象が残されていたことが目を引きました。 これらの羽毛は明らかに羽軸と羽板が分化した大羽様の羽毛でしたが,おそらく左右相称の形態をしており, 空力学的な特性は低かったと見られています。 著者らは Pedopenna の指骨や中足骨の特徴がドロマエオサウルス科(Dromaeosauridae) よりも鳥群に近いとしていますが,系統解析からはドロマエオサウルス科,トロオドン科(Troodontidae), 鳥群のいずれに近縁なのかは解けていません。そもそも Anchiornis の場合でも明らかなように, 後肢下部だけで系統推定することが困難と言えるでしょう。しかし Pedopennna が鳥群,ドロマエオサウルス科, トロオドン科のいずれに近いにしても,後肢に長い羽毛を持った基盤的な原鳥類(Paraves)として Pedopenna が重要な位置を占めていることには間違いありません。 Xu, X. & Zhang, F. A new maniraptoran dinosaur from China with long feathers on the metatarsus. Naturwissenschaften 92, 173-177 (2005). Liu, Y., Liu, Y., Ji, S. & Yang, Z. U-Pb zircon age for the Daohugou Biota at Ningcheng of Inner Mongolia and comments on related issues. Chin. Sci. Bull. 51, 2634-2644 (2006). 過去の関連記事: |
ジュラ紀の羽毛恐竜と鳥類 I(2009.10.26) 羽毛恐竜は鳥類に近縁な恐竜として知られています。 しかしほとんどの羽毛恐竜の化石は最古級の鳥類である始祖鳥よりも新しい時代(白亜紀前期)から見つかっており, 始祖鳥の化石と同じジュラ紀後期やそれ以前の羽毛恐竜の進化については謎に包まれていました。 Hu et al. (2009) はジュラ紀後期,しかも始祖鳥より古い時代の保存状態のよい羽毛恐竜の全身化石を報告し, 羽毛や飛行の初期進化に迫っています。 羽毛の印象が保存されたジュラ紀の羽毛恐竜や鳥類の化石としては,始祖鳥(Archaeopteryx;鳥群:Avialae), Pedopenna(鳥群?)などが報告されていました。さらに Xu et al. (2008) は中国遼寧(Liaoning) 省,建昌(Jianchang)県,要路溝(Yaolugou)のジュラ紀〜白亜紀の地層から,わずかに羽毛の印象が残った Anchiornis huxleyi を報告しています。形態に基づいた系統解析から, 始祖鳥より基部で分岐した鳥群である可能性が示唆されましたが,羽毛の様子はほとんど不明であり, 発見された地層の正確な年代も特定されていません。 そんな中,Hu et al. (2009) は要路溝の北北東に 40km ほど離れた大西山(Daxishan)から A. huxleyi の新たな標本を報告しました。この標本では最初の標本では失われていた頭部や明瞭な羽毛の印象が保存されており, また発見された地層(Tiaojishan 累層)の年代も絞り込まれており, 年代的には 1.61-1.51 億年前,おそらくはジュラ紀後期オックスフォーディアンとされています。 始祖鳥はジュラ紀後期ティトニアン(約 1 億 4550 万〜 1 億 5080 万年前)の地層から見つかっているため, Anchiornis は始祖鳥よりも古い羽毛恐竜と言えます。 今回の第 2 標本には明瞭な羽毛の印象が残されており,特に大型の大羽様の羽毛(pennaceous feathers; 中心の羽軸と左右の羽板から構成される羽毛)が前肢と後肢のいずれにもついていることが注目されます。 前肢に大型の羽毛があるのは鳥類や幾つかの羽毛恐竜でも知られた特徴ですが,後肢の大型の羽毛は Microraptor gui (基盤的なドロマエオサウルス科:Doromaeosauridae)と Pedopenna(基盤的な鳥群?) からしか知られていませんでした。 鳥群に近縁な羽毛恐竜の仲間としてはドロマエオサウルス科とトロオドン科(Troodontidae)が知られており, 鳥群と合わせて原鳥類(Paraves)と呼ばれます。Xu et al. (2008) は Anchiornis が鳥群に含まれると推定しましたが,Hu et al. (2009) の系統解析ではトロオドン科の基部付近に位置づけられました。 系統解析の結果が異なった要因の一つは,Anchiornis がトロオドン科と鳥群の特徴を併せ持っていたためでしょう。 加えて Anchiornis の第 1 標本が不完全だったことも影響したようです。 Hu et al. (2009) はトロオドン科の確かな共有派生形質として 8 個の形質を上げていますが, 第 1 標本ではそのうち 1 つのみ,第 2 標本では 4 つが保存されていました。 おそらく Xu et al. (2008) の解析ではトロオドン科を支持する形質が不足していたと言うことなのでしょう。 --------------------Sinovenator changii| -------| -------Anchiornis huxleyi | -------| -------| -------------他のトロオドン科 | | | ---------------------------ドロマエオサウルス科 ------| | ---------------------Pedopenna | | ---?--| --------------スカンゾリオプテリクス科 | | -------| -------始祖鳥 -------| -------------他の鳥群 基盤的ドロマエオサウルス科の Microraptor と鳥群の Pedopenna, そしてトロオドン科の Anchiornis がいずれも後肢に大型の羽毛を持っていたことは, 原鳥類の共通祖先が前後に翼を備えた生物だった可能性を示唆しています。 一方で Anchiornis 風切り羽は飛行に適していないようで,また下肢が長いことから走行に適していたと見られ, 後肢の羽の機能や進化については謎が残されています。 Anchiornis の発見からも明らかなように,ジュラ紀の羽毛恐竜の発見は羽毛や飛行の初期進化の解明のために, 非常に大きな意味を持ちます。大西山の化石産地がどの程度有望なのかはまだわかりませんが, さらなるジュラ紀の羽毛恐竜や初期鳥群の化石発見に期待が膨らみます。 Xu, X. et al. A new feathered maniraptoran dinosaur fossil that fills a morphological gap in avian origin. Chin. Sci. Bull. 54, 430-435 (2008). Hu, D., Hou, L., Zhang, L. & Xu, X. A pre-Archaeopteryx troodontid theropod from China with long feathers on the metatarsus. Nature 461, 640-643 (2009). Witmer, L. M. Feathered dinosaurs in a tangle. Nature 461, 601-602 (2009). 過去の関連記事: |
カメの個性の発生(2009.09.04)(→発生学) |
始生代のシアノバクテリアの吐息(2009.07.15) ストロマトライトはシアノバクテリアの作る巨視的な構造物として知られていますが, 実際には他の光合成細菌などもストロマトライト様の構造を構築できると考えられます。 しかし Bosak et al. (2009) はシアノバクテリアの発生する酸素が ストロマトライト中に痕跡を残すことを発見し,化石ストロマトライトの解釈を進めています。 酸素発生型光合成を行うシアノバクテリアの出現は地球の歴史の中でも最も重要な出来事の一つと考えられています。 シアノバクテリアの出現時期を特定するため, 走光性を持った光合成細菌が作ったと考えられる円錐形のストロマトライトの研究も進められてきましたが, シアノバクテリアの有無を判別する直接的な方法はこれまで知られていませんでした。 そこで著者らはストロマトライトの詳細な断面構造に着目し,現生のシアノバクテリアによるストロマトライトと 原生代のストロマトライトを比較しました。 著者らはまずイエローストーン国立公園から円錐状構造を作るシアノバクテリアを採集・培養し, 円錐状構造を作らせました。その観察によると円錐状構造の頂上部に高濃度で酸素を含んだ泡が発生し, 断面では層状構造の乱れや泡などの構造が認められたそうです。 同様の構造は古原生代(25-16 億年前)や中原生代(16-10 億年前)の化石ストロマトライトからも報告されており, これらのストロマトライトにシアノバクテリアが含まれていた可能性を示唆しています。 なお著者らの議論によればシアノバクテリア以外の,気体発生を行う原核生物の仕業とは考えにくいそうです。 著者らはさらに,始生代(40-25 億年前)のストロマトライトについて,同様のシアノバクテリアの痕跡を検証しました。 様々な文献中の写真などでは明瞭でないものもあるようですが,著者らが判断できたものに限れば, 34-28 億年前のストロマトライトには層状構造の乱れや泡状構造は存在せず, 27 億年前以降のストロマトライトには常にそのような構造が認められたそうです。 これまで,大気中に酸素が蓄積し始めたのが 24 億年前とされており, シアノバクテリアは遅くともこの頃までに出現していたと考えられてきました。 より古い時代の証拠としては,27 億年前には浅海域で局所的な酸化が進行したことが指摘されていましたが (シアノバクテリアの誕生は 27 億年前?), これはシアノバクテリアの証拠としては間接的なものです(より以前にも出現していたかもしれない)。 その点でストロマトライト中の証拠は,28 億年前にはシアノバクテリアが存在していなかった可能性を示すものとして 特に興味深いと言えるでしょう。始生代のストロマトライトについては保存状態の良い記録が乏しく, また今回の研究では現物を用いた検証がほとんど行われていないため詳細な裏付けが必要ではありますが, 様々な証拠が 27 億年前にシアノバクテリアが出現したことを示しているのは注目に値するでしょう。 Bosak, T., Liang, B., Sim, M. S. & Petroff, A. P. Morphological record of oxygenic photosynthesis in conical stromatolites. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 106, 10939-10943 (2009). 過去の関連記事: |
別種にまぎれていたアノマロカリス(2009.04.03) カナダのバージェス頁岩はカンブリア紀中期の良質な化石産地として有名です。 特に知名度が高いのは大型の捕食動物として知られるアノマロカリスの仲間ですが, これまでバージェス頁岩からは 2 属(Anomalocaris と Laggania)が認められていました。 ところが Daley et al. (2009) はばらばらに見つかるこれらの化石を整理した結果, もう 1 種のアノマロカリス類(Hurdia victoria)が紛れ込んでいることを明らかにしました。 元々アノマロカリス類の化石は円形の口の部分がクラゲの,頭部の大付属肢がエビの尾の, 胴体がナマコの化石として別々に記載されてきた歴史を持っています。 Hurdia についても体の各部が別々に記載されてきたため,これまで独立の種であると認識されていませんでした。 しかし頭部に独特の三角形の背甲を持つ種として,H. victoria は Anomalocaris や Laggania とは明確に区別できるそうです。著者らの整理によれば,Hurdia 属の標本は少なくとも 740 体に及ぶとされ, 中には全身の各部がつながった状態の標本もあることから,今回初めて全体像が復元されています。 ちなみに分布も広く,バージェス頁岩以外でもアメリカや中国にも生息していたようです。 Hurdia は最大で体長 20 cm ほどになり,特に体長の半分近くに達する大きな頭部の背甲が目立ちます。 またアノマロカリス類に特徴的な柄の先端についた眼や円形の口を持ちます。なお,Hurdia 属の大付属肢には 2 種類の形態が認められたそうで,あるいは 2 種の Hurdia が存在している可能性もあるそうです。 胴体の側面には 7-9 対の張り出しがあり,その裏側には鰓と思われる構造が並んでいます。 なお,Hurdia が鰓を持つことは,鰓の起源が節足動物の進化のかなり初期に遡ることを示しています。 分岐解析からは Anomalocaris と Laggania が姉妹群となり,Hurdia はその外側に位置しています。Laggania と Hurdia は頭部の背甲などの特徴を共有しており, これらはアノマロカリス類の原始形質と解釈されました。 アノマロカリス類に限らず,大型の生物の化石はばらばらに発見され, 全身の復元が困難または不可能な場合が普通です。Hurdia の場合は数百体の化石が収集されていたことと, 著者らのおそらくは気の遠くなるような努力の成果として全体像の復元ができたと思われます。 調査の進んでいるバージェス頁岩の場合,未研究や研究の不足している化石はまだまだ博物館に眠っているはずですから, 今後も収集済みの化石からの発見が続くことでしょう。 Daley, A. C., Budd, G. E., Caron, J.-B., Edgecombe, G. D. & Collins, D. The Burgess Shale anomalocaridid Hurdia and its significance for early euarthropod evolution. Science 323, 1597-1600 (2009). 過去の関連記事: |
デボン紀のアノマロカリスみたいな何か(2009.02.19) アノマロカリス類はカンブリア紀における最大の捕食動物として有名になりましたが, 最近では頭部に大付属肢("great appendage")を持つ他の絶滅節足動物と共に基盤的な節足動物とも考えられています。 大付属肢を持つ節足動物はカンブリア紀の中期(約 5 億年前頃)以降には知られていませんでしたが, Kühl et al. (2009) は大付属肢を持った新規の節足動物をデボン紀前期(約 4 億年前頃) の地層から報告しています。 著者らはドイツの Hunsrück 粘板岩から 1 体のほぼ完全な節足動物化石を発見し, Schinderhannes bartelsi(Schinderhannes は 18 世紀の盗賊,Johannes Bückler の通称; 種小名は化石研究者の Christoph Bartels に献名したとのこと)と名付けました。 この動物は全長約 10 cm で,頭部に 1 対の大付属肢,飛び出た大型の眼, そして円形の口を持つ点でアノマロカリス科に似ています。また Schinderhannes は頭部の後端に 1 対の長いヒレ状の構造を持ちますが,これもアノマロカリス類の胴部に並ぶヒレ状構造と似ています。 しかし一方でヒレ状構造が胴体に見られず,背板,二枝性の胴部付属肢,尾部のとげ状突起など, 現生の節足動物(真節足動物類:鋏角類,三葉虫類,甲殻類,多足類を含む)の特徴も持っているそうです。 著者らの分岐図では Schinderhannes はアノマロカリス(Anomalocaris) などの祖先的な大付属肢を持った側系統群(円形の口を持つもの)よりも真節足動物類に近く, しかし真節足動物類の基部で分岐したとされています。なお,短い大付属肢を持つ節足動物(short-great-appendage arthropods)は真節足動物類の中に含まれ,鋏角類(クモやサソリなどを含む)に対して側系統群を形成しています。 太字は大付属肢を持つ動物。Kerygmachela,Opabinia,Anomalocaris, Schinderhannes は円形の口を持つ。 --------------------------------------------Aysheaia(有爪動物)| ------| ----------------------------------------Kerygmachela | | ----| ------------------------------------Opabinia | | ----| --------------------------------Anomalocaris | | ----| ----------------------------Schinderhannes | | ----| ---------------------三葉虫類,甲殻類など | | -------| --------------短い大付属肢を持つ節足動物(Fuxianhuia など) | | -------| -------短い大付属肢を持つ節足動物(Yohoia など) -------| -------鋏角類 この分岐図が正しいとすると,大付属肢は節足動物の祖先的な形質で,三葉虫類と甲殻類などの祖先で 1 回, 鋏角類の祖先でもう 1 回失われたことになります(ムカデ類,ヤスデ類などの多足類は分岐図に含まれていないことに注意)。 また著者らによれば,鋏角類の鋏角(はさみ状の第一付属肢)と大付属肢の相同性も支持されるそうです。 節足動物の初期進化については議論の余地が多分に残されており,著者らの分岐図は今後見直されるかも知れません。 アノマロカリス科の胴体に付属肢があったのかどうかについても未だに見解が分かれており, Schinderhannes との相違についても定かではない部分があります。ひょっとすると Schinderhannes が退化したアノマロカリス科と言うことも考えられると思います。 いずれにしても大付属肢や円形の口を持った動物の記録がカンブリア紀中期から 1 億年も更新されたことは興味深く, この間を埋める化石が今後も見つかってくることに期待したいところです。 Kühl, G., Briggs, D. E. G. & Rust, J. A great-appendage arthropod with a radial mouth from the Lower Devonian Hunsrück Slate, Germany. Science 323, 771-773 (2009). 参考(アノマロカリス科など大付属肢の進化については下記に詳しい): |
最古の海綿の残滓(2009.02.13) 最古の動物の化石は先カンブリア時代末のエディアカラ紀から報告されています。 しかし先カンブリア時代の動物はほとんど硬い骨格を持っていなかったため,化石として保存されにくかったと見られます。 そこで動物体の化石の代わりに,先カンブリア時代の地層中に残された生体分子も調べられています。 Love et al. (2009) は普通海綿類(Demospongiae)に固有の細胞膜分子が 約 7 億年前の氷河期にまで遡ることを示しました。 特定の生物や細胞のみが合成し,地層中でも長期間に渡って保存される有機物をバイオマーカーと呼び, これらは化石そのものより保存されやすいと見られています。 そこで著者らは中東のオマーン南部にある新原生代からカンブリア紀にかけての Huqf 超層群(Supergroup) から多数の試料を採取し,芳香族炭化水素を抽出しました。幾つかの重要な試料については不溶性の (つまり地層中で移動できない)ケロジェンを分解して確実にその時代に合成された炭化水素を調べています。 Huqf の堆積岩には確かに高濃度の様々なステラン(steranes)が保存されていて, 一次生産者として原核生物以外にも緑藻類が既に重要な役割を果たしていたことや, さらに二次共生藻のペラゴ藻類や渦鞭毛藻類が存在したことが示唆されました。 しかし何よりも注目されたのが C30 のステランの一種,24-イソプロピルコレスタン(24-isopropylcholestane; 図)が Huqf 超層群の全体から見つかったことです。
24-イソプロピルコレスタンは 24-イソプロピルコレステロールの地質的に安定な誘導体です。 これらは普通海綿の細胞膜からしか知られておらず(例えばゲノム情報などから襟鞭毛虫には存在しないとされている), 海綿のバイオマーカーと考えられています。つまり 24-イソプロピルコレスタンが Huqf 超層群全体から見つかったことは, 新原生代の後半,クリオジェニアンからエディアカラ紀を通じて,海綿が浅海域に普通に存在した証拠と考えられます。 今回調べられた最古の試料は約 7 億年前と見られるもので,少なくともクリオジェニアン末期の Marinoan 氷期の終わりを示す地層(約 6.35 億年前)よりも下部に当たります。一方で世界各地の地層を調べた他の研究によると, クリオジェニアン中頃の Sturtian 氷河期以前には海綿のバイオマーカーが見つからないとのことで, 後生動物(あるいは海綿)はクリオジェニアンに出現したと推測されます。
クリオジェニアンのバイオマーカーは海綿や動物の信頼できる記録としては最古のものとなります。 Brocks & Butterfield (2009) の解説中では,24-イソプロピルコレスタンは必ずしも普通海綿が合成したとは限らず, その祖先生物や場合によっては後生動物の祖先生物が合成した可能性もあると指摘されています。 しかしその場合でも普通海綿の出現時期と大きくずれているとは考えにくく, 後生動物のクリオジェニアン起源は支持されるでしょう。 原生代以前の大部分では,海底は嫌気的な環境だったと考えられています。 著者らは海綿の出現が海底の酸化に寄与した可能性を議論しています。Huqf 超層群は浅海性の地層ですが, エディアカラ紀やクリオジェニアンの深海性の地層からは海綿のバイオマーカーは見つからないとのことで, 海綿類は浅海域から生息域を拡大したと考えられました。海綿類は有機物を消費することにより嫌気的な腐敗を抑え, 徐々に好気的な環境を広げていったのかも知れません。 海綿類の出現が海底環境の酸化にどの程度影響したのかは定かではありませんが, 動物の出現が地球環境に与えた影響と地球環境の変化が動物の進化に与えた影響は興味深い問題であり (酸化することに意義がある), バイオマーカーの研究から動物進化のより正確な年表が明らかになることが期待されます。 Love, G. D. et al. Fossil steroids record the appearance of Demospongiae during the Cryogenian period. Nature 457, 718-721 (2009). Brocks, J. J. & Butterfield, N. J. Early animals out in the cold. Nature 457, 672-673 (2009). 過去の関連記事: |
羽に見えない羽毛の原型(2009.02.09) 鳥類,そして羽毛は恐竜の一群に由来すると考えられています。 羽毛の起源と進化については発生学的な見地から仮説が提唱されていて, 羽毛は単純な中空の毛のような構造から進化したとも言われています。 これまでそのような「原羽毛」の確かな証拠は知られていませんでしたが,新たに発掘された Beipiaosaurus の化石から「原羽毛」に相当する構造が報告されました(Xu et al., 2009)。 今回調べられたのは中国遼寧省西部の白亜紀初期の地層から発見された獣脚類恐竜の前半身の化石です。 この化石(STM31-1)は Beipiaosaurus inexpectus のホロタイプとよく似ており,仮に Beipiaosaurus sp. と同定されています。問題の羽毛は頭部から首筋,胴部,前肢の周辺に見られ,短く細い繊維状羽毛と, 伸長した幅広い繊維状羽毛(EBFFs: Elongated Broad Filamentous Feathers)が存在したそうです。 著者らによれば,この EBFF はこれまで知られていなかったタイプの羽毛とのことで, B. inexpectus のタイプ標本の尾の部分にも新たに発見されたそうです。 付け根まで保存されたものを見ると,EBFF は全長に渡って分岐しない単一の繊維であることがわかります。 これは羽毛恐竜で知られていた既知の繊維状羽毛が付け根部分で複数本束になっていたのに比べると独特の構造です。 また EBFF は他の繊維状構造と比べて著しく長く(100-150 mm),また太く(約 2-3 mm), 丈夫でほとんど曲がらなかったようです。 著者らによれば EBFF は断面で平たく,中空の管状であったと推測されています。 これは発生学的に考えられた羽毛の進化の最初の段階に相当すると考えられました。 そもそも現生鳥類の羽毛は平面的な構造ですが,これは羽嚢(follicle)と呼ばれる構造から生じます。 羽嚢は筒状の構造で,この襟の部分から羽軸や羽枝が生え,平板状に展開して羽毛の全体になります(図左)。 原始的な羽毛では羽軸や羽枝が分化していなかったと考えられますから, 襟の全体が発達して中空の軸状構造が生えていた(図右)と推測されていました(Prum, 1999)。 EBFF はまさにこの段階だと考えられました(注:中空だという証拠があるわけではない)。
さて,EBFF はそもそもどんな機能を持っていたのでしょうか。 著者らは少なくとも飛行や保温の役割は果たせなかったと推定しています。さらに EBFF の配置が局所的であることから, 視覚的な誇示(visual display)のために出現した可能性を指摘しています。 Prum (1999) は羽毛の進化に stage I から stage V までの 5 段階があったと考えています。 今回発見された EBFF が stage I に相当するとして,これまでの羽毛恐竜の観察と併せて, 羽毛の進化の全ての段階の証拠が得られたことになるとのことです。 これは Prum (1999) の進化仮説を支持するものでもありますが, 今回の研究も含めて,発見された羽毛を Prum (1999) の仮説に当てはめて解釈する研究者が多いのも事実であり, より客観的な立場での観察も必要でしょう。ともあれ EBFF が原始的な羽毛だとするならば,Beipiapsaurus を含むテリジノサウルス類(Therizinosauridae)の他の化石や,近縁な獣脚類の化石に EBFF に相当する構造が存在しないかどうか,改めて見直しが期待されます。 Xu, X., Zheng, X. & You, H. A new feather type in a nonavian theropod and the early evolution of feathers. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 106, 832-834 (2009). Prum, R. O. Development and evolutionary origin of feathers. J. Exp. Zool. 285, 291-306 (1999). 過去の関連記事: |
続報:「第四紀」の扱いを巡って(2009.02.02) 第四紀を公式の地質年代として認めるのか,その開始年代や下位区分をどうするのかを巡って, ここ数年議論が進められています。「第四紀」の扱いを巡ってでは国際層序委員会(ICS) が第四紀を残す方向で幾つかの見解を提出したことを紹介しましたが,さらなる議論が 2008 年 8 月の万国地質学会議 (IGS)で行われたそうです(奥村, 2008)。 2007 年の時点では,(1)第四紀を公式の地質年代とすること,(2)第四紀をゲラシアンまで拡大し, (3)併せてゲラシアンを鮮新世から更新世に移すこと,などが ICS によって採決されました。 この結論は第 33 回 IGS に提出され,様々な立場から議論されたそうです。 ただ今回の会議では何らかの結論が出されたわけではなく,今後の議論の方向付けをする性質のものだったようです。 基本的には ICS の立場が優勢ではあったようですが,ネオジンを現在まで拡大する立場や, 第四紀の範囲を旧来通りカラブリアンの基部までにとどめる立場をとる研究者も残っており, 完全な決着には次回以降の IGS を待たなければならないようです。 奥村晃史 第四紀・更新世定義問題の解決へ向けて: 第 33 回国際地質学会参加報告. 第四紀通信 15(5), 37-38 (2008). 関連サイト
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続報:足跡を残す巨大原生動物(2009.01.28) 最近,Gromia sphaerica と呼ばれる原生動物が目に見えるサイズの移動痕を残すことが示され, 先カンブリア時代の生痕化石にも原生動物が作ったものが含まれている可能性が指摘されました (足跡を残す巨大原生動物)。その後,この発見の意義について研究者らの見解が寄せられています (Pawlowski & Gooday, 2009; Bengtson & Rasmussen, 2009)。 Pawlowski & Gooday (2009) は分岐年代推定と併せて先カンブリア時代の生痕化石について議論しています。 Berney & Pawlowski (2006) の分岐年代推定によれば,真核生物の主な放散は 9.5〜13.6 億年前頃に起こり, Gromia の系統は 6 億年以上前に出現していることになります。 近縁な有孔虫も 6.9〜11.5 億年前には原始的な系統が出現していたようで(Pawlowski et al., 2003), これらの仲間は新原生代の生痕化石を作った有力な候補とされました。Gromia や原始的な有孔虫類は硬い殻を持たず, 生痕化石を作った生物の化石が発見されていないことも説明できます。 これらの仲間は現在では深海や高緯度地域の海底で優占しているそうで, 新原生代にも微生物のマット上で繁栄していた可能性があります。 ただし,後生動物の放散も新原生代には始まっていたと見られ(Peterson et al., 2008), 生痕化石の中には真の左右相称動物によって形成されたものもあったかも知れません。 Bengtson & Rasmussen (2009) もまた原生生物が巨視的な生痕を残すことに注目しています。 実は既に Seilacher et al. (2003) などが一部の新原生代の生痕化石の一部を 異形類と呼ばれる大型アメーバのものと指摘していました。もっとも Pawlowski et al. (2003) の分岐年代推定では 異形類は有孔虫から顕生代(カンブリア紀以降)に出現したとされており(Pawlowski et al., 2003), Seilacher et al. (2003) の解釈には問題がありますが, 一般論としては原生代が巨大な原生動物の時代であった可能性は検討に値するでしょう。 Pawlowski, J. & Gooday, A. J. Precambrian biota: Protistan origin of trace fossils? Curr. Biol. 19, R28-R30 (2009). Bengtson, S. & Rasmussen, B. New and ancient trace makers. Science 323, 346-347 (2009). Berney, C. & Pawlowski, J. A molecular time-scale for eukaryote evolution recalibrated with the continuous microfossil record. Proc. R. Soc. B 273, 1867-1872 (2006). Pawlowski, J. et al. The evolution of early Foraminifera. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 100, 11494-11498 (2003). Peterson, K. J., Cotton, J. A., Gehling, J. G. & Pisani, D. Phil. Trans. R. Soc. B 363, 1435-1443 (2008). Seilacher, A., Grazhdankin, D. & Legouta, A. Ediacaran biota: The dawn of animal life in the shadow of giant protists. Paleontol. Res. 7, 43-54 (2003). 過去の関連記事: |
足跡を残す巨大原生動物(2008.12.15) 先カンブリア時代の動物の証拠として,様々な生痕化石が知られています。 中には左右相称動物が這った跡と考えられているものも存在しますが, バハマ諸島の深海底に生息する大型の原生生物(〜30 mm)がよく似た移動痕を残すことが報告されました (Matz et al., 2008)。 先カンブリア時代の動物は硬い骨格を持つものが少なかったために生物体の化石がほとんど残されていません。 そこで生痕化石の重要性が指摘されており,実際に最大 18 億年前まで遡る生痕化石が報告されています。 しかしこの年代は左右相称動物はおろか動物の記録としても古すぎることから議論になっていました。 一方で著者らは潜水艇を用いたバハマ諸島の海洋探査の過程で, 直径 30 mm にも達する暗緑色の球状の殻を持った原生生物を発見しました。 海底に見られる多数の殻は 50 cm に達する線状の跡を伴っており, この原生生物が移動しながら痕跡を残していることが示唆されました。 本種は糸状の擬足を持つ Gromia sphaerica(リザリア類:Rhizaria)という有殻アメーバの一種に同定され, 遺伝的にもパキスタンやオマーン沖の G. sphaerica と近縁であることが示されました。 著者らは G. sphaerica の運動を直接観察していませんが, 隣り合った個体同士が異なる方向に跡を残していることから,水流などで受動的に移動していた可能性は低く, おそらくは細胞が海底に半ば埋もれた状態で,ゆっくりと転がるように運動していると考えられました (堆積物がほとんど乱されないため,移動痕は数週間にわたって形成されたらしい)。 G. sphaerica の後方に残された跡は曲がりくねっており,真ん中の顕著な畝と,両側の境界にあたる細い 2 本の畝から構成されていました。著者らは G. sphaerica は堆積物を餌として取り込んでおり, 残りを後方に排出して痕跡の中央の畝を形成したものと考えています。
さて,著者らは G. sphaerica の移動痕と先カンブリア時代の生痕化石の一部の類似性を指摘しています。 これまで幾つかの先カンブリア時代の生痕化石(Aulichnites,Nereites,Bilinichnus, Archaeonassa,Myxomitodes などが挙げられている)が左右相称動物の証拠と言われてきましたが, その根拠は左右相称的な痕跡とその大きさ程度しかなかったようです。 しかし今回の発見で大型の原生生物もまた左右相称動物のような目立った痕跡を残せることがわかると, 先カンブリア時代の生痕化石も原生生物が生成した可能性を考慮しなければなりません。 Aulichnites などは実際に G. sphaerica と同様に 3 本の畝からなっています。 Gromia は同じく殻を持った原生生物である有孔虫などと近縁で (変形体モドキの正体),有孔虫の化石がカンブリア紀前期に遡ることを考えれば, Gromia 類の系統も先カンブリア時代の末期には分岐していたと考えられます (現在と同じ姿をしていた保証はない)。しかしこれは左右相称動物の起源が 6-8 億年ほど前とされているのに比べてさして古くはありません(深く歴史を遡れば, 動物の歴史年表の再構築)。Myxomitodes という生痕化石は 15-18 億年前に遡るとのことで,この時代に Gromia 類が存在したと考えるのもまた不自然です。 おそらく Myxomitodes を生成した生物は,現存しない未知の大型原生生物なのでしょう。 著者らは生痕化石に留まらず,エディアカラ生物群と呼ばれる謎の大型生物群もまた, その多くが原生生物だった可能性を議論しています。 飛躍のある議論ですが,仮に先カンブリア時代の多くの生痕化石や生物体化石が原生生物によるものだとすると, 先カンブリア時代には今よりも多くの大型原生生物が存在し, 後生動物の多様化によりカンブリア紀に駆逐されたと考えるのも面白いと思います。 Matz, M. V., Frank, T. M., Marshall, N. J., Widder, E. A. & Johnsen, S. Giant deep-sea protist produces bilaterian-like traces. Curr. Biol. 18, 1849-1854 (2008). 過去の関連記事: |
亀の生まれは海か陸か(2008.12.05) カメ類(カメ目)は背腹を骨性の甲(背甲と腹甲)に覆われた極めて特殊な体制を持っています。 これまで知られていた最古のカメ(Proganochelys)は既に完全な背甲と腹甲を備えており, カメの甲羅がどのように進化してきたのかは大きな謎でした。Li et al. (2008) は Proganochelys よりも古いカメの化石を発見し,不完全な背甲と完全な腹甲を備えた海生種であったとを報告しています。 著者らは中国貴州省の三畳紀後期カーニアンの地層(約 2.2 億年前)よりカメの化石を発見し, Odontochelys semitestacea と命名しました(属名は「歯を持つカメ」,種小名は「半端な甲羅を持つ」 と言った意味)。まずこのカメは歯を持っている点で明らかに原始的です。カメ目では Proganochelys など絶滅した原始的なカメを除いて,歯を失い,くちばしを持っています。Proganochelys よりもさらに原始的な構造も知られており,特に背甲を構成する肋骨は幅広く発達してはいるものの互いに離れており, 明確な背甲は形成していませんでした。一方で腹甲は原始的な配列ながら明瞭に発達していました。 また,カメの甲羅は椎骨や肋骨の外側を皮骨に由来する構造が覆っていて,さらに外側を角質の層が覆っています。 興味深いことに背甲の皮骨要素は脊椎の上に位置する椎骨板のみが発達しており, 他の皮骨性の要素は背側には見つからなかったそうです。これらの形態に基づく系統推定の結果から, Odontochelys は現生のカメや Proganochelys などのいずれの既知のカメよりも外側で分岐したものと推定されました。 Odontochelys の特徴から,著者らはカメにおける甲羅の進化について幾つかの推定をしています。 例えば本種が背甲を持たず発達した腹甲を持つことは,胚発生において腹甲が背甲よりも早く発達することと対応し, 進化的にも腹甲が先に出現したと考えています。さらに背甲の皮骨が椎骨板しか見つからなかったことから, カメが皮骨を発達させた爬虫類から進化した可能性が否定されています。 しかしながら Odontochelys が発見された地層は海生と考えられていることが議論を難しくしています。 これまでの最古級の化石は Proganochelys も含めていずれも陸生で, カメ類は陸上で進化したと考えられていました。ところが Odontochelys が海生であることから, 著者らはカメ類が海中で進化した可能性を強調しています。一方でこの論文の解説記事(Reisz & Head, 2008) ではカメ類はやはり陸上で進化したと考えており,Odontochelys は早い時期に海に進出したと見ています。 現生の海生のカメの一部では退化し柔らかい甲羅しか持たないものもいるそうで,Odontochelys の甲羅も二次的に退化した可能性を強調しています。 カメ類が陸生起源だったのか,それとも海生起源だったのかは,今後同時代の他のカメの化石が発見され, またカメの祖先に当たる爬虫類(未だに謎!)が特定されなければ中々明らかにはならないでしょう。 しかしいずれにしても Odontochelys が原始的な骨格の特徴(甲羅以外でも)を残していることは確かで, この生物の研究はカメ類に最も近縁な爬虫類を明らかにするために重要な証拠になることでしょう。 Li, C., Wu, X.-C., Rieppel, O., Wang, L.-T. & Zhao, L.-J. An ancestral turtle from the Late Triassic of southwestern China. Nature 456, 497-501 (2008). Reisz, R. R. & Head, J. J. Turtle origins out to sea. Nature 456, 450-451 (2008). 過去の関連記事: |
緑藻の化石は幾億年遡る?(2008.11.10) 真核生物や真核生物の各大系統群がいつ地球上に登場したのかは未解決の問題です。 真核生物の初期化石はほとんど微化石のみであり,どの真核生物の系統に属するのか, そもそも確かに真核生物なのか容易にはわかりません。そんな中で Rozanov & Astafieva (2008) は, Pechengia melezhiki と名付けた約 20 億年前の微化石をプラシノ藻類として紹介しています。 著者らは,ロシア北西部のコラ半島にて発見された 20.4 億年前の最古級のリン灰石を調べました (Pechenga 層群 Pilgujärvi 層)。試料中には多数の微化石が発見され,球形や糸状の原核生物の他に, 130-140μm の豆形やレンズ形の構造が見つかりました。この構造は小孔の空いた厚く 2 層の壁に囲まれており, 真核生物の化石であると解釈され,Pechengia melezhiki と名付けられました。 小孔を伴う 2 層の壁はプラシノ藻類のファイコーマと呼ばれる大型シストに知られており, 著者らは Pechengia をプラシノ藻類であると推定しています。 しかし Pechengia が見つかった年代(約 20 億年前)はプラシノ藻類にしては古すぎるように見えます。 最古のプラシノ藻類の年代については諸説ありますが,7.8-11.2 億年前に緑色植物の系統が分岐したと, ある分子系統解析から推定されています(年代推定には化石が大切)。 最古の化石の解釈も割れており,例えば 9-10 億年前(新原生代トニアン)の Trachyhystrichosphaera を最古のプラシノ藻類と認める研究者もいれば(Riding, 1994),Leiosphaeridia という微化石を 最古のプラシノ藻と考える場合もあります(Tappan, 1980 など)。最古の Leiosphaeridia の記録は 18.5 億年前(古原生代)に遡りますが,比較的安定して化石が見つかるのは中原生代,特に 10.5 億年前以降のようです (Mendelson & Schopf, 1992)。Rozanov & Astafieva (2008) では Timofeev による 27-28 億年前(始生代) の記録を紹介していますが,Timofeev の観察方法では異物が混入しやすいとの批判もあります(Schopf, 1999)。 このような混乱の背景には微化石の構造が単純な場合,そもそも同定が困難であり (同じ属が 10 億年以上離れた地層から報告されていること自体が異常), それを特定の系統群に当てはめることは一層困難であることが挙げられます。 加えて真核生物の初期の系統の多くは絶滅しており,一部の特徴がプラシノ藻類に似るものもいたかもしれません。 Pechengia とプラシノ藻の類似点が比較的単純な壁の構造だけであり,プラシノ藻にしては古すぎることも考えると, Pechengia をプラシノ藻類とするのは早計過ぎるでしょう(最古級の真核生物としては納得できる)。 ところで,今回調べられた Pilgujärvi 層には Pechengia 以外の真核生物も保存されているかも知れません。 今後,異なる形態の真核生物が多数見つかってくれば,この時代に真核生物がどの程度多様化していたのか, 現生の真核生物の主立った系統が既に分化していたのかどうかなどの問題に手がかりが得られるかも知れません。 Rozanov, A. Y. & Astafieva, M. M. Prasinophyceae (green algae) from the Lower Proterozoic of the Kola Peninsula. Paleontol. J. 42, 425-430 (2008). Mendelson, C. V. & Schopf, J. W. in The Proterozoic Biosphere: A Multidisciplinary Study (eds. Schopf, J. W. & Klein, C.) 865-951 (Cambridge University Press, Cambridge, 1992). Riding, R. in Early Life on Earth (ed. Bengtson, S.) 426-438 (Columbia University Press, New York, 1994). Schopf, J. W. Cradle of Life: The Discovery of Earth's Earliest Fossils (Princeton University Press,
Princeton, 1999). Tappan, H. The Paleobiology of Plant Protists (W. H. Freeman and Company, San Francisco, 1980). 過去の関連記事: |
行列をなすカンブリア紀の動物(2008.10.16) 中国雲南省の澄江からはカンブリア紀初期の優れた保存状態の化石が多数発見されています。 これらは動物の初期進化の研究において大きな役割を果たしていますが,同時に面白い化石も多々発見されています。 Hou et al. (2008) は多数の個体が一列に並んだ状態で保存された小型の節足動物の化石を報告しています。 今回報告されたのは Waptia(甲殻類との類縁に議論のある節足動物)と似た動物です。 著者らによると,1 個体は単独で見つかっていますが,他の個体は 2-20 個体が鎖状につながった状態で発見されました。 行列中では全ての個体が同じ方向を向いており,しかもかなり密接につながっていたようです。 一部の個体はその尾部が後ろの個体の甲皮に入り込んでいるようにも見えることから, 実際に前後の個体が互いに把握されていた可能性もあるでしょう(なお,付属肢は保存されていない)。 著者らによれば,これらの Waptia 様の動物は海底近くを泳いでいたと見られています。 Waptia も底生で堆積物中の有機物を摂食していたと考えられており,また Waptia の甲皮もまとまって見つかることが多いと言われていました(Hou et al., 2004), このことから,今回の Waptia 様種も同様の生態を持っていたと予想されます。 ではなぜ Waptia 様動物が行列を作っていたのでしょうか。 まず,各個体の口の部分は前の個体にふさがれているため,摂食のためとは考えにくいと指摘されています。 現生の動物との比較で考えれば,効率の良い遊泳のためか,的に自らを大きく見せるため,などが考えられますが, 化石からの議論は難しそうです。複雑で興味深い行動様式はいつの時代にも繰り返し進化したはずで, 澄江の例もそのほんの一例なのでしょう。 Hou, X.-G., Siveter, D. J., Aldridge, R. J. & Siveter, D. J. Collective behavior in an early Cambrian arthropod. Science 322, 224 (2008). Hou, X.-G. et al. The Cambrian Fossils of Chengjiang, China: The Flowering of Early Animal Life
(Blackwell, Malden, 2004). 過去の関連記事: |
天地の時計のズレを直す(2008.07.18) 新生代,特にネオジン("新第三紀")以降の地層の絶対年代は放射性物質を用いた測定値と, 天文学的な現象を利用した値から推定されてきました。しかし主に使われてきたアルゴン−アルゴン法 (40Ar/39Ar 法)には誤差の可能性が指摘されていました。Kuiper et al. (2008) は放射性年代と天文学的年代の精密な対比を行い,前者が 0.65% もずれていたことを示しました。 太古の地層の絶対年代を推定する代表的な手法に放射年代測定法があります。 これは地層中の放射性物質の崩壊の程度から,放射性物質が閉じこめられてからの年代を計算する手法です。 これまでネオジンの絶対年代の推定には 40Ar/39Ar 法が利用されてきましたが (最古の人類化石の失われた時を求めて),40Ar/39Ar 法による絶対年代はウラン−鉛法(U/Pb 法)による年代と比べてやや若く,40Ar/39Ar 法に誤差があると疑われていました。特に 40K の壊変速度や標準試料の年代に不確かさがあり, 40Ar/39Ar 法の誤差は約 2.5% と見られていました。 そこで著者らは標準試料として使われる Fish Canyon サニディン(はり長石)の正確な年代を求め, 40Ar/39Ar 法の精度を上げることを目指しました。 ところでネオジンの現行の地質年代表では,天体運動のパターンと地層を対比させる方法が採用されています (Lourens et al., 2004)。地球の自転や公転,地軸の傾きなどは太陽系の他の天体と重力を介して相互作用しており (摂動:perturbation),完全に周期的な運動にはなりません。この変動は地球の気候や海水準などに影響を及ぼし, 地層中の酸素の安定同位体比(16O と 18O の比)の変動として観察されます。 そこで理論的に推定された天体運動と地層中の酸素同位体比の変動を付き合わせれば,地層の絶対年代が推定できます。 なお各天体の挙動は厳密に解くことができませんが,現行のネオジンの絶対年代推定には Laskar et al. (2004) による非常に高精度の計算結果(La2004)が用いられています。 著者らはこの「天文学的年代」がよく調べられている地中海の地層を用いて,40Ar/39Ar 法の年代を較正しました。まずモロッコ(地中海南岸)の Messinian Melilla 盆地の地層(約 600〜700 万年前) について地中海の地層群の天文学的年代と対応づけ(誤差は 1 万年以内と推定された), 同時に同じ地層の複数の火山灰層でアルゴンの同位体比を計測しました。そして今度はその結果に基づいて, これまでの標準試料(Fish Canyon サニディン)の年代を逆に推定しました。その結果,標準試料の年代は従来の 2802 ± 56 万年よりも 0.65% も古い 2820.1 ± 4.6 万年に絞り込まれました。 この値は従来の誤差範囲内ではあるものの明らかに古く,精度は 10 倍以上になっています。 また,U/Pb 法の年代ともほぼ一致するようになりました。 40Ar/39Ar 法の年代が修正されると,これまでの様々な年代推定に影響が出ます。 特に重要なのが地層の相対年代ではなく,絶対年代が意味を持つ場合で, 著者らはコンドライト隕石の形成年代の推定を示しています。アカプルコ(Acapulco)隕石やアエンデ(Allende)隕石 (いずれも太陽系で最古級の隕石)の形成年代は,これまで 40Ar/39Ar 法年代と U/Pb 法年代で 1% ほどのずれがありました。これは隕石の母天体が形成後にゆっくり冷却された結果と解釈されていましたが, 40Ar/39Ar 法年代の見直しによって年代推定のずれが解消されると, 隕石の母天体がゆっくり冷却されたとの仮説も根拠を失ってしまいました。 著者らはさらに,恐竜の絶滅が起こった白亜紀と第三紀の境界(K/T 境界)の年代も見直しています。 実は La2004 が厳密に適用できるのは 4000〜5000 万年前頃までの新しい時代で,K/T 境界には適用できないません。 しかし Laskar et al. (2004) によれば,細かい周期については正確ではないものの, 40.5 万年周期の軌道の離心率の変動については 2.5 億年前まで適用可能であり, これを用いれば中生代の天文学的年代も推定可能であるとされていました。そして今回,40Ar/39Ar 法の年代が正確に求められたため,K/T 境界周辺の気候変動を La2004 の特定の周期に対応づけられるようになりました。 La2004 はスペインの Zumaia 断面と対応づけられ,K/T 境界の年代は 6595.7 ± 4.0 万年前と推定し直されました。 これもやはり,従来の推定値(6550 ± 30 万年前)より明らかに古い年代です。 40Ar/39Ar 法は顕生代の年代推定に広く利用されているため, 今回の較正の見直しは地質年代表に大きな影響を及ぼします。そのため今回の結果には慎重な検証も求められますが, この結果が受け入れられれば次世代の地質年代表の絶対年代は大きく書き換えられることでしょう。 Kuiper, K. F. et al. Synchronizing rock clocks of Earth history. Science 320, 500-504 (2008). Kerr, R. A. Two geologic clocks finally keeping the same time. Science 320, 434-435 (2008). Lasker, J. et al. A long-term numerical solution for the insolation quantities of the Earth. Astron. Astrophys. 428, 261-285 (2004). Lourens, L., Hilgen, F., Shackleton, N. J., Lasker, J. & Wilson, D. in A Geologic Time Scale 2004 (eds. Gradstein, F. M., Ogg, J. G. & Smith, A. G.) 409-440 (Cambridge University Press, Cambridge, 2004). 過去の関連記事: |
3 億 8000 万年前の妊娠(2008.06.02) 顎を持った脊椎動物(顎口類)の中で最初に分岐したのは板皮類(Placodermi) と呼ばれる絶滅した魚類だと考えられています。板皮類の出生の様式についてはこれまでほとんど知られていませんでしたが, Long et al. (2008) は格別の保存状態の板皮類の化石がへその緒のついた胎児を擁していたことを報告しています。 板皮類は古生代デボン紀に繁栄した魚類で,頭部と胴の前方が丈夫な骨板(頭甲と胴甲)で覆われているのが特徴です (モイ-トマス および マイルズ, 1981,Nelson, 2006)。遅くともミシシッピ紀の前期に化石記録が途絶え,卵生の群, 体内受精する群が存在すると見られていたそうです。化石から出生の様式を推定するのはしばしば困難ですが, 著者らが調べた西オーストラリアの Gogo 層(デボン紀後期フラスニアン)では極めて良好な化石が 3 次元的に保存されており, 時には軟体部の研究すら可能にしています。 -------硬骨魚類,四肢動物-------| ------| -------軟骨魚類(サメ,エイなど) | --------------板皮類 今回発見されたのは板皮類の Ptyctodontida 目に属する新属新種の魚類,Materpiscis attenboroughi です (属名は「母親の魚」の意。種小名はテレビプロデューサーとして有名な動植物学者の Sir David Attenborough にちなむ。 1979 年のテレビシリーズ "Life on Earth" の第 5 部で Gogo 層を紹介したらしい)。新属新種も新発見には違いませんが, この化石の最大の発見は体腔の上部に同種の稚魚の部分骨格が残されていたことです。稚魚の骨には破損や消化の形跡はなく, また子宮に相当する位置に見つかったことから,捕食された個体ではなく胎児であると考えられました。 さらに著者らの再検討の結果,別属の Austroptyctodus(同じ Ptyctodontida 目)の化石にも 3 体の胎児が発見され, 体内での稚魚の孵化が単に M. attenboroughi に限られた特徴ではないことがわかりました。 発見はこれに止まらず,M. attenboroughi の胎児の付近には鉱化したへその緒と, その先に繋がる卵黄嚢らしき構造も見つかりました。へその緒は枝分かれして母体にも繋がっていると見られ, M. attenboroughi は単に母体内で卵が孵化する卵胎生ではなく, 胎児が母体から養分を得る母体依存型の胎生であると考えられました。 脊椎動物は母胎から卵を産み落とす卵生から,卵胎生,胎生まで様々な出産様式を持つことが知られています。 軟骨魚類は一般に体内受精を行い,多くのグループで胎生が知られています。 硬骨魚類は祖先的には体外受精であったと思われますが,幾つかの系統で胎生も知られています。 もちろん硬骨魚類に近縁な四肢動物の中でも哺乳類などで胎生が進化しています。 板皮類については既に Ptyctodontida 目で交尾器の存在が指摘されており,体内受精を行うと見られていたため, 今回胎生の証拠が得られたことは納得できるもののようです。しかし板皮類一般については, どのような出産様式が祖先的なのかは不確かだそうです(現生の無顎魚類は卵生なので, 顎口類は祖先的に卵生だったと推定されます)。 卵生から胎生への進化は脊椎動物の中で繰り返し起こっている現象なので,実のところ板皮類で胎生が見つかったことは, 必ずしも意外ではありません。とはいえ化石の解釈に大きな影響を与える発見であるのも確かで, これまでは板皮類の体内に小型の骨格を見つけても共食いだと解釈されてきたため, 今後はより注意深い見直しが行われると見られています(ニュース記事より:Dennis, 2008)。 板皮類の群についても卵生か胎生かがはっきりすると,板皮類, ひいては顎口類の出産様式の進化傾向が見えてくるかも知れません。 Long, J. A., Trinajstic, K., Young, G. C. & Senden, T. Live birth in the Devonian period. Nature 453, 650-652 (2008). 参考: モイ-トマス, J. A. および マイルズ, R. S. 古生代の魚類 (恒星社厚生閣, 東京, 1981). Nelson, J. S. Fishes of the World, 4th Edn. (John Wiley & Sons, Hoboken, 2006). |
最古の人類化石の失われた時を求めて(2008.04.02)(→人類学) |
コウモリの初飛行は有視界飛行(2008.03.27) コウモリがどのような哺乳類に由来したのかは未だに大きな謎となっています。 Simmons et al. (2008) は最初期のコウモリの化石を発見し,この化石が超音波を用いた反響定位(echolocation) の能力を持たず,反響定位は飛行に遅れて進化したと推定しています。 コウモリの起源にはいくつもの謎が残されています。コウモリの現生姉妹群は未だに断定されておらず(ただし 絞り込まれたペガサスの系統),化石記録の上でもコウモリは唐突に出現したように見えます。 また最初期のコウモリについても化石記録が不足しており, 特に反響定位と飛行のいずれが先に進化したのかが論争になっていました。 元々コウモリは陸上もしくは樹上性で,通りがかる昆虫を反響定位で見つけて捕獲する小動物から進化したと考えられていました。 このような捕食方法を perch hunting(「腰掛け狩猟」)と呼ぶそうです。現生の perch hunting を行うコウモリには踵骨突起 (calcar:後肢の足首から尾膜に沿って走る軟骨性の突起)を持たないと言う特徴があるそうですが, これまでの最古のコウモリ化石も踵骨突起を持たず,perch hunting を行っていた可能性が示唆されます。 また最古のコウモリは内耳の蝸牛が大きく,反響定位の証拠とされています。 しかしその一方で静止中のコウモリにとっての反響定位はエネルギーを使いすぎるという問題も指摘されていました。 今回著者らは,これまで最古のコウモリ化石とされていた Icaronycteris index が発掘された地層 (アメリカ,ワイオミング州の Green River Formation の Fossil Butte Member;始新世前期の 5250 万年前頃の地層) から新種のコウモリ化石を発見しました。この化石は Onychonycteris finneyi と名付けられ, 分岐学的な解析からは最初に分岐したコウモリと推定されました。O. finneyi は中型のコウモリで体長は 15 cm 程度, 祖先的な形質として翼の全ての指に爪を持ち,特に第 I〜III 指(親指〜中指)の爪は大きいそうです (現生のコウモリのほとんどは第 II〜V 指の爪を欠き一部のみ第 II 指に爪を持つ)。 また,明らかに飛行可能な翼を持っていました。 問題の perch hunting と反響定位については,O. finneyi が踵骨突起を持ち,小型の蝸牛を持つことが明らかとなり, コウモリの祖先形質ではない可能性が示唆されました。仮に反響定位がコウモリの祖先形質ではないとすると, コウモリは初めに飛行能力を獲得し,当初は視覚に頼った飛行を行っていたのではないかと推測されます。 そしてわずかに遅れて反響定位の能力を獲得し,種によっては踵骨突起を失いつつ purch hunting を行ったのかも知れません。 さて反響定位が行えなかったとすると,暗闇の飛行は難しかったと考えられます。解説記事の中で Speakman (2008) は原初のコウモリが昼行性だった可能性を指摘しています。この考えでは,捕食性の鳥類の出現と共にコウモリは反響定位を獲得し, 夜行性になったとされています。しかし最古の鳥類(始祖鳥)が中生代を深く遡るのに対して, コウモリはむしろ新しい動物ですから,この仮説をそのまま信じることはできません。O. finneyi が夜行性だったのか昼行性だったのかが解ればよいのですが,その指標となる眼窩(のサイズ;夜行性なら目が大きい) はうまく保存されておらず,これは新たな化石の発見を待つしかないようです。 さらに翼を獲得する以前のコウモリの系統の化石が見つかれば,コウモリの起源について視点が広がるはずですが, 今のところ全く試料がありません。SINE 法の結果(絞り込まれたペガサスの系統) も検討と解釈の余地がありますので,いずれもより確かな証拠待ちと言うことになります。 Simmons, N. B., Seymour, K. L., Habersetzer, J. & Gunnell, G. F. Primitive Early Eocene bat from Wyoming and the evolution of flight and echolocation. Nature 451, 818-821 (2008). 参考: 過去の関連記事: |
カモノハシの古すぎる起源(2008.03.11) 哺乳類の中で最初に分岐した現生群はカモノハシ科(Ornithorhynchidae)とハリモグラ科(Tachyglossidae) からなる単孔目です。哺乳類の初期進化を探る上で, 単孔目の化石記録は重要な意味を持ちますが,Rowe et al. (2008) は白亜紀前期の哺乳類の顎化石,Teinolophos の詳細な研究から,この化石が最古のカモノハシ科の化石であることを報告しています。 カモノハシ科とハリモグラ科はいずれも特殊化が進んでいるため,両者の祖先の姿を想像するのは困難です。 そこで両者の枝分かれした頃,あるいはそれ以前の哺乳類に関心が集まります。しかし単孔目の化石は乏しく, 特に白亜紀の単孔目に似た化石はほとんどが顎や歯のみで,カモノハシ科とハリモグラ科の分岐以前のものと推測されてきました。 カモノハシ科とハリモグラ科の確かな最古の化石はそれぞれ漸新世後期と中新世中期のものだそうです。 分子系統に基づく分岐年代推定では結果が研究によってばらつき,カモノハシ科とハリモグラ科の分岐は 1700 万〜8000 万年前, すなわち新生代から白亜紀後期と見積もられているそうです。 これまで単孔目との類縁性が指摘されていた中生代の哺乳類にはモルガヌコドン科(Morganucodontidae;三畳紀後期〜ジュラ紀中期) や多丘歯目(Multituberculata;ジュラ紀後期〜暁新世)が挙げられますが,最近の分岐学的な解析からは, モルガヌコドン科は現生哺乳類の最初の分岐より前に分岐し,多丘歯目は単孔目よりも他の哺乳類に近いと考えられているそうです。 そこで南半球で最近見つかっている断片的な化石の中に単孔目の祖先が含まれていることが期待され,著者らはその中の一つ, オーストラリアで見つかった Teinolophos trusleri を調べました。 著者らは Teinolophos の 3 つの標本(いずれも下顎骨)を高解像度 X 線コンピュータ断層撮影装置を用いて調べ, さらに現生のカモノハシの幼体と成体,ハリモグラ,Obdurodon(これまでの最古の確かなカモノハシ類の化石), モルガヌコドン科や多丘歯目も含んだ他の様々な哺乳類も同様に観察し,Teinolophos と比較しました。 そして得られた形態形質を基に分岐学的な解析をやり直したところ,Teinolophos や他の白亜紀前期の Steropodon がカモノハシ科に含まれることが解ったそうです。Teinolophos とカモノハシを結びつける強い証拠としては, 歯列全体に及び肥大化した下顎管(下顎内部の,神経や血管が通る管)とこの管の出口付近にある隆起が挙げられています。 これらの特徴は現生哺乳類の中ではカモノハシのみで知られ,モルガヌコドン(Morganucodon) など今回調べられた他の原始的な哺乳類にも見られないそうです。 なお,肥大した下顎管はカモノハシの持つ,「くちばし」で電磁気を感知する能力と関連しているようです。 Teinolophos は 1 億 1250 万〜 1 億 2100 万年前の地層から発見され,同様にカモノハシ科と認められた Steropodon は 1 億 1000 万年前のものです。この他,カモノハシ科の化石としては Monotrematum (暁新世初期;約 6300 万年前),Obdurodon(漸新世後期;約 2500 万年前)などがあり, カモノハシ科が細々と生き延びてきたことが窺えます。しかし Teinolophos の年代は推定されたカモノハシ科の起源 (〜8000 万年前)を大きく上回っていました。著者らは分子時計を緩めた解析方法(relaxed molecular clock method) によって分岐年代を推定し直した所,カモノハシ科とハリモグラ科の分岐年代は 5560 万〜 1 億 3080 万年前となり, Teinolophos の年代と矛盾はしませんでした。 著者らは,今回の結果は単孔類において,分子進化と形態進化のいずれも他の哺乳類に比べて遅いことを支持しているとしています。 確かに現世のカモノハシとハリモグラは外見がまるで異なっており,両者が古い時代に分岐したことは納得できます。 実際に両者を別目(カモノハシ目: Platypoda と ハリモグラ目:Tachyglossa)に分類する研究者もいます (McKenna & Bell, 1997)。ハリモグラ科については未だに最古の化石が新生代ですが, 中生代の化石も見つかってくるかも知れません。また,現時点では Teinolophos などの中生代の単孔目は, いずれも断片的な化石なので,哺乳類の初期進化の議論に貢献するには,より完全な化石の発見が望まれます。 Rowe, T., Rich, T. H., Vickers-Rich, P., Springer, M. & Woodburne, M. O. The oldest platypus and its bearing on divergence timing of the platypus and echidna clades. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 105, 1238-1242 (2008). McKenna, M. C. & Bell, S. K. Classification of Mammals: Above the Species Level (Columbia University Press, New York, 1997). 過去の関連記事: |
生命の樹の根は熱かった(2008.02.22)(→進化・分類学) |
クジラの起源に異説あり(2008.02.01) クジラの現生の姉妹群がカバ(偶蹄類)であることは,分子系統解析と新しい化石の発見によって明らかにされました。 しかしクジラ類が誕生した時代のカバの仲間の化石は知られておらず,当時生息していたはずのクジラの姉妹群は特定されていませんでした。 Thewissen et al. (2007) はラオエラ類(raoellid)の保存状態の良い化石を初めて発見し, これがクジラ類の姉妹群であると主張しています。 最古のクジラ類は始新世前期(4900〜5500 万年前)の地層から報告されていますが,カバ科は古くとも中新世中期(1100〜1600 万年前) までしか遡らず(McKenna & Bell, 1997),この間の化石の空白が問題になっていました。アントラコテリウム科(Anthracotheriidae) が実はこの空白を埋めるカバの祖先群であるとの研究も発表されていますが(クジラとカバとのあいだには), 今回の著者らも含めて異論もあるようです。著者らはこれまでにもクジラの起源にまつわる化石をいくつも報告しており, 今回も最古級のクジラ類が見つかる南アジアの地層からクジラの起源に迫る化石を発見しました。 著者らが報告したのは偶蹄類に分類されてきたラオエラ科(Raoellidae)の Indohyus 属の新化石です。 これまで知られていたラオエラ科の化石はほとんど歯に限られていたそうですが,著者らはインド・カシミール地方の始新世中期の地層から, 頭骨や四肢を含め,身体のかなりの部分の化石を発見しました。そして分岐学的な解析を行った結果,アントラコテリウム類やカバではなく, ラオエラ科がクジラ類の姉妹群となり,併せて他の偶蹄類(カバやアントラコテリウム類を含む)の姉妹群を形成したそうです。 クジラ類とラオエラ科を結びつける特徴としては,耳嚢の形態,門歯の配置,前臼歯の歯冠が高いこと,が挙げられています。 特に耳嚢の involucrum と呼ばれる構造(図を参照)はこれまでクジラ類以外の哺乳類からは知られておらず, ラオエラ科から報告されたことはラオエラ科とクジラ類を結びつける強い証拠と見られます。
一方,ラオエラ科にないクジラ類に固有の特徴も 2 点指摘されています。一つは歯の咬頭で囲まれた谷の部分(crushing basin) がクジラ類で縮小していること,もう一つは側頭部や眼窩後部の形態(複数の感覚器の形態にも影響)で, 著者らはクジラ類における食性の変化がこれらの形態変化をもたらしたと推定しています。 次に著者らは Indohyus の生態について議論し,クジラ類との比較を行っています。 初期のクジラ類(パキケタス類:pakicetids)は水中を歩く動物でしたが,Indohyus でも四肢の骨が厚くなっていることから (ひれ足にはなっていない),パキケタス類と同様に水中を歩いていたと考えられました。酸素同位体比(δ18O) の値や,個体間の分散からも Indohyus が水棲であることは支持され,炭素同位体比(δ13C) からは食性がパキケタス類とはやや異なっていた可能性が示唆されました(大型藻類,陸上植物もしくは淡水産の無脊椎動物食か?)。 結論としては,ラオエラ類は長時間を水中で過ごす生物という点ではクジラとよく似ている一方, クジラ類ではその起源において食性の変化があったと考えられるそうです。ラオエラ類はカバとも生態的に似ており, アントラコテリウム類を間に挟んでクジラも含めた大きな水棲のグループを形成する可能性はあるかと思います。 著者らの解析ではカバ科やアントラコテリウム科はラオエラ科とクジラ類とは全く異なる系統に位置しており, アントラコテリウム科とカバ科も互いに離れた系統に位置しました。しかし著者らの解析結果は現在受け入れられている, 信頼できる分子系統解析の結果と明確に矛盾しており,そもそも問題があります。 またアントラコテリウム科がカバ科の祖先群であることを示唆した先行研究では,アントラコテリウム科から 8 種を含めることで間をつないでいるのに対して,今回の研究ではアントラコテリウム科から 3 属しか含められておらず, そのためにカバ科とアントラコテリウム科,ひいてはラオエラ科とクジラ類の近縁性が検出できなかったのかもしれません。 Thewissen, J. G. M., Cooper, L. N., Clementz, M. T., Bajpai, S. & Tiwari, B. N. Whales originated from aquatic artiodactyls in the Eocene epoch of India. Nature 450, 1190-1194 (2007). McKenna, M. C. & Bell, S. K. Classification of Mammals: Above the Species Level (Columbia University Press, New York, 1997). 過去の関連記事: |
哺乳類の深みを見つめて II(2007.12.06)(→進化・分類学) |
インド産白亜紀有蹄類とは?(2007.11.19) 蹄を持った哺乳類は総称して有蹄類と呼ばれます。祖先的な有蹄類の一群に顆節類(condylarths)が知られていますが, 白亜紀のインドの地層から顆節類と見られる歯の化石が発見され,Kharmerungulatum vanvaleni と名付けられました (Prasad et al., 2007)。この時期のインドは他の大陸からは大きく離れていたとされ,有蹄類が存在したことは興味深い事実です。 発見されたのは下顎の臼歯 1 本で,白亜紀後期マーストリヒシアンの湖だった場所から見つかりました。 この臼歯は幾つかの古いタイプの有蹄類のものとよく似ているそうで,特に Protungulatum gorgun と Baioconodon のものに似ているそうです。ただしいずれの属も新生代暁新世から報告されており,白亜紀の確かな顆節類としては Kharmerungulatum が初めての例になるようです(注:Protungulatum は白亜紀に遡るとの見解もあります。McKenna & Bell, 1997)。 Kharmerungulatum は最古の顆節類としてのみならず,インドから見つかったことからも注目されます。 これまでの最古級の顆節類はいずれも北米のモンタナから発見されており,有蹄類の起源が北米である可能性を示唆していました。 しかし白亜紀後期のインドはインド亜大陸としていずれの大陸とも繋がっていなかったと考えられています。 つまり Kharmerungulatum の発見は,時代的にも場所的にも驚くべきものだったのです。 著者らは幾つかの可能性を検討しています。まず有蹄類の祖先が,インドがアフリカから分離するより前にゴンドワナ大陸 (アフリカ,南米など南方の大陸の母体となった南方の大陸)に既に出現していた可能性,Kharmerungulum が西アジアからインドに渡った可能性,そして哺乳類の目や様々な生物群がインドア大陸で誕生した可能性が紹介されています。 インド亜大陸の移動年代については未だ正確な値は分かっていないようですが,Smith et al. (1994) によればアフリカから離脱した年代が 1 億 2000 万年前ごろとなっており, 最初の仮説が正しいとすると有蹄類の起源も白亜紀前期まで遡ることになります。 またインド亜大陸がアジアに接近したのは 2000〜5000万年前以降と考えられていますので, 2 番目の仮説が正しいとするとインド亜大陸の生物相の由来について大きな見直しが必要になってくるでしょう。 3 番目の仮説については,インド亜大陸に「由来する」生物群が他の大陸に放散した時代が遅くなることから, やはり議論がむずかしくなるでしょう。 ここで注意しなければならないのは,有蹄類が系統を反映した群ではないということです。通常有蹄類には管歯目(ツチブタ), 岩狸目(ハイラックス),長鼻目(ゾウ)などのアフリカ獣類(Afrotheria)の一部と偶蹄類(ウシなど),奇蹄目(ウマなど) などのローラシア獣類(Laurasiatheria)の一部が含まれていて,顆節類がどの生物群と近縁なのかははっきりしていません。 異論もありますがアフリカ獣類はアフリカで,ローラシア獣類はユーラシアで誕生したと思われ,Kharmerungulum の所属によっては, アフリカ獣類やローラシア獣類の起源にも再考が求められることになるでしょう。 一応,McKenna & Bell (1997) の分類表においては Protungulatum は他のいずれの有蹄類と類縁性がないとされ, Baioconodon は偶蹄目(現在は鯨偶蹄目の一部)と同じ Eparctocyona 大目(Mirorder)に分類されていました。 仮に Kharmerungulum がローラシア獣類と近縁だとすると,ローラシア獣類の起源や初期分布が大きく見直されることになるでしょう。 Prasad, G. V. R., Verma, O., Sahni, A., Parmar, V. & Khosla, A. A Cretaceous hoofed mammal from India. Science 318, 937 (2007). McKenna, M. C. & Bell, S. K. Classification of Mammals: Above the Species Level (Columbia University Press, New York, 1997). Smith, A. G., Smith, D. G. & Funnell, B. M. Atlas of Mesozoic and Cenozoic Coastlines (Cambridge University Press, Cambridge, 1994). 過去の関連記事: |
「第四紀」の扱いを巡って(2007.11.08) 以前に,「第四紀」の復活の記事で「第四紀(Quaternary)を新生代の「亜代」(Sub-era) として公式の地質年代とすることを国際層序委員会(ICS)が決定し,国際地質科学連合(IUGS)への要望書を提出したことを紹介しました。 ところがこの提案は IUGS から拒否され,ICS にて見直された結果,第四紀を「紀」の階級に戻すことが ICS で改めて採決されたそうです。 もともと第四紀の扱いについては長らく問題がありました。具体的には地質年代表における位置づけと,その開始年代です。 開始年代については旧来 "第三紀"(非公式の地質年代)に含まれたネオジン(いわゆる "新第三紀"; Neogene)との関係で調整が必要で, 特に第四紀の研究者とネオジンの研究者の間で調整が必要になっていました。ICS が 2004 年に公開してた地質年代表や Gradstein et al. (2004) では第四紀が排除されていましたが,後の議論で「第四紀」を公式の「亜代」として認める方向で見直され, 2008 年の万国地質学会議(IGS:International Geological Congress)で採決される見通しになっていました。 しかしこの提案は地質年代表の階層構造とうまく一致しないことから,2006 年の始めに IUGS に拒否され,ICS で再度検討されたそうです。 ICS は検討の結果を 2007 年の 4〜5 月に採決し,以下の見解をまとめた要望を IUGS に再提出することを決定しました。
第三紀の開始を約 260 万年前に遡らせることは,第四紀の研究者(あるいは INQUA)の立場に近く, 逆にネオジンの小委員会からは強い反対が表明されたそうです。歴史的には,第四紀の範囲と鮮新世-更新世境界の問題は独立したものだったため, 第四紀をゲラシアン基部に広げることによって,鮮新世-更新世境界を変更することに抵抗があったためと思われます。 さて,ICS では前述のような要望がまとまったわけですが,IUGS は第四紀を「紀」として扱うことは受け入れましたが, 第四紀の開始年代などに関わる部分については問題を指摘しています。具体的にはこれが正規の手続きを完了していないとのことで, 例えば 10 年間のモラトリアムなどが必要だそうです。そのため鮮新世-更新世境界についての議論は 2008 年のオスロ(ノルウェー)で開かれる IGS での議題になる見通しです。 第四紀を巡る問題については解決に向けた見通しがついてきたようですが,まだ問題点は残されています。 第四紀が残されることになるのか,そしてどのような範囲を持つことになるのか,まだしばらくの間は見守っていく必要がありそうです。 参考文献 関連サイトへのリンクは以下の通り
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中華竜鳥に羽毛なし(2007.11.02) 鳥類の羽毛の起源はいわゆる「恐竜」に遡ると考えられています。 中でも中華竜鳥(Sinosauropteryx)は羽毛の原型と考えられる原羽毛(protofeathers)を持つとされていました。 しかし新標本を含めた中華竜鳥の「原羽毛」の詳細な研究から,Lingham-Soliar et al. (2007) は羽毛とされた構造が実際には羽毛ではなく,おそらくコラーゲン繊維であろうと主張しています。 羽毛は元々爬虫類の鱗と相同だと考えられていました。特に最近では,分岐しない単純な中空の繊維である原羽毛から, 多数の繊維が束になったような羽毛を経て,羽軸とそこから左右に羽枝が分岐した現生鳥類の羽毛が進化したと考えられています。 この仮説は羽毛恐竜の系統進化と併せて議論されており,中華竜鳥は「原羽毛」の証拠として位置づけられていました。 しかし中華竜鳥の化石に見られる繊維状構造が羽毛なのかについては異論もあり,著者らは新標本を詳細に観察することで, 中華竜鳥が「原羽毛」を持っていたのかどうか検証しました。 結論から言うと,中華竜鳥の化石に見られる繊維状構造は羽毛とは考えにくい証拠が出てきています。 例えば,尾の付け根付近の体表部分に認められた繊維状構造は尾と並行に走っています。羽毛だとすれば尾から生えていて, 尾に対して斜めについていなければおかしいと言えます。また写真をみると血動弓(脊椎骨それぞれの下方に伸びる突起) の間にも同様の繊維が認められ,体表というよりも体内の構造であることが窺えます。 各繊維の構造も細かく観察されており,ビーズが繋がったような節のある構造をしていることが分かります。 コラーゲンは皮下に存在して組織同士をつなげる重要な要素で,束になってよじれた場合, やはりビーズをつなげたような構造をとるそうです。 今回の研究では中華竜鳥に認められる繊維状構造は「原羽毛」とは考えづらくなりました。 繊維状構造が本当にコラーゲン繊維なのかどうかはまだ分かりませんが,少なくとも羽毛の「原羽毛」起源については もう少し検討してみる必要があるかもしれません。 Lingham-Soliar, T., Feduccin, A. & Wang, X. A new Chinese specimen indicates that 'protofeathers' in the Early Cretaceous theropod dinosaur Sinosauropteryx are degraded collagen fibres. Proc. R. Soc. B. 274, 1823-1829 (2007). 過去の関連記事: |
恐竜の骨に羽の痕(2007.09.25) 恐竜の中に羽毛を持つものがいることは,中国産の極めて保存状態の良い化石から知られていますが, 化石に羽毛が保存されることはほとんど稀なために,多くの恐竜では羽毛の有無を直接示すのは困難です。 Turner et al. (2007) はこれまで羽毛の存在が知られていなかった Velociraptor について, 尺骨に残された付着部から羽毛の存在を示しています。 羽毛がよく保存された化石は,ドイツのゾルンホーフェン(始祖鳥:Archaeopteryx の発掘地)と中国の遼寧省 (Microraptor や孔子鳥:Confuciusornis の発掘地)の他にはほとんど知られていません。 しかしこれらの化石産地では小型の動物が中心に見つかるそうで,中型〜大型の恐竜の羽毛については分かっていませんでした。 著者らは新たに発掘された Velociraptor の尺骨(人間で言うと手首の小指側から肘まで伸びる骨)から, 初めて直接的な羽毛の証拠を発見しました。 新しい Velociraptor mongoliensis の化石はモンゴルの Ukhaa Tolgod 近くの白亜紀カンパニアンの地層から発掘され, 体長はおよそ 1.5m,体重は 15kg だそうです。もちろん,羽毛のような軟体部の印象は保存されていませんでしたが, 尺骨上に一列に並んだ 6 個の小突起が発見されました。これは尺骨の軸方向に沿って 4mm 間隔で規則的に配置され, 次列風切(羽)の羽軸根の付着する丘(quill knobs)と考えられました。残りの部分にも同様に並んでいたとすると, 計 14 本の次列風切が付着していたと見られるそうです。 Quill knobs は現生の鳥類に広く見つかり,飛行能力が減少した,あるいはなくなった鳥類では見られなくなる傾向があるそうです。 近縁な Microraptor が滑空または飛行したと見られるため(しかし反論もあり; ミクロラプトルを撃墜せよ!),Velociraptor に見つかった quill knobs は祖先形質を引き継いでいると思われます。しかし何らかの機能は有していたと見られ,著者らは誇示行動(ディスプレイ), 巣の保温,斜面を駆け上がる際の空力学的な補助,などの可能性を挙げています。 骨から羽毛の存在が示せると言うことは,これまで多数見つかっている中型〜大型の恐竜においても, 新しく羽毛恐竜が確認されてくるかもしれません。 なお羽毛恐竜などの系統関係については,始祖鳥は鳥の始祖ではないのか?や 羽毛恐竜ハゲたを参照してください。Microraptor も Velociraptor も通常はドロマエオサウルス科(Dromaeosauridae)に分類されています。 Turner, A. H., Makovicky, P. J. & Norell, M. A. Feather quill knobs in the dinosaur Velociraptor. Science 317, 1721 (2007). 過去の関連記事: |
太古の時代の古細菌(2007.09.18) 古細菌は真核生物の姉妹群と考えられており,両者がいつ分岐したのかは進化史上の研究課題です。 両者が分岐した頃の化石を特定することはまず不可能と考えられていますが, Ventura et al. (2007) は古細菌に固有の脂質を始生代後期(新始生代)の地層から発見し, おそくとも 27 億年前までに古細菌と真核生物が分かれていたと推定しています。 太古の微生物相を調べる手段として,各生物群に固有の生体分子を検出する方法があります。 古細菌に固有の分子マーカーとしては膜脂質の glycerol dibiphytanyl glycerol tetraethers(GDGTs) とその分解産物が指摘されていて,最古のものとしてはジュラ紀のものが知られていました。 また古細菌固有の別の脂質である crocetane が一応 16.4 億年前(古原生代)からも報告されていたそうです。 一方で,真正細菌と真核生物の分子化石は 27 億年前の地層からの報告がありますが, 真核生物がより新しい時代に古細菌から分岐したとする見解も存在します(Cavalier-Smith, 2002)。 著者らは始生代における古細菌の分子化石を探索し,特に熱水系であれば高圧高温によって炭化水素の分解が妨げられると考え, カナダ・オンタリオ州のティミンズ(Timmins)近郊の南アビティビ緑色岩帯の地層(Tisdale 群集と Porcupine 群集)を探索しました。 これらのサンプルは約 26.9-27.1 億年前の変堆積岩で,地下熱水系に由来すると見られています。 このサンプルの抽出液をガスクロマトグラフ質量分析計(GCMS)で調べたところ,多くのサンプルから biphytane とその分解産物が検出されました。さらに二次元ガスクロマトグラフ飛行時間型質量分析装置(GCxGC-TOFMS) も用いて詳細な分析を行っていて,古細菌の脂質の他,真正細菌のマーカーとなる hopanes や真核生物のマーカーである steraned も検出しています。 このような分子マーカーについては,発掘中や研究中のサンプルの汚染や, 堆積したよりも新しい年代の地層からの移動が心配されますが,著者らはこの点も検証しています。 特にこれらの脂質マーカーがケロジェン(油母)に閉じこめられていたことなどを確認し, 新始生代に古細菌,真正細菌,真核生物の分子マーカーが堆積したと考えています。 古細菌の証拠としては,約 35 億年前のメタンとその同位体比が指摘されていますが (35 億年前のメタン,続報), 分子マーカーはより直接的な証拠といえるでしょう。今回の発見によって古細菌・真正細菌・真核生物が始生代から存在した, つまり 3 ドメインの分岐が新始生代には既に起こっていたとの仮説が支持され,古細菌と真核生物の分岐がより新しい (8.5 億年前:新原生代)とする Cavalier-Smith (2002) の説は不利になったと思われます。 Ventura, G. T. et al. Molecular evidence of Late Archean archaea and the presence of a subsurface hydrothermal biosphere. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 104, 14260-14265 (2007). Cavalier-Smith, T. The neomuran origin of archaebacteria, the negibacterial root of the universal tree and bacterial megaclassification. Int. J. Syst. Evol. Microbiol. 52, 7-76 (2002). |
最古のゴリラは驚きの古さ(2007.09.11)(→人類学) |
論争続く最古の生物証拠(2007.09.08) 生物はいつこの地球に誕生したのか? という疑問は専門家のみならず一般にも興味が持たれる話題でしょう。 中でもカナダ・アキリア島から報告された 38.3 億年前の「同位体化石」の真偽を巡って論争がありますが, 最近では報告された場所から同位体が調べられたグラファイト自体が見つからない,という批判が出ていました (生物の年齢は誤差 20 億年)。 対して McKeegan et al. (2007) は確かにリン灰石(apatite)の内部にグラファイトが保存されていることを示しています。 炭素の同位体比は生物の証拠として採用されることがありますが,岩石の変成によって同位体比が変化する可能性もあるため, それがグラファイトのような有機物由来の炭素で調べられ,確かに岩石が出来た時代からそこに埋まっていた炭素で調べられたのか, と言った前提が検証されていなければなりません。「最古の」同位体化石について問題にされたのは,そもそもグラファイトが見つからない, という指摘で(Lepland et al., 2005; 生物の年齢は誤差 20 億年), これは「同位体化石」の前提を揺るがすものでした。そこで「最古の」同位体化石を報告した著者の一人(K. D. McKeegan)を含んだ著者らは, 最初の報告(Mojzsis et al., 1996)で調べられたサンプルを再検証しました。 著者らは Mojzsis et al. (1996) で調べられた岩石から不透明な含有物を伴った数十個のリン灰石を確認し(リン灰石の 5-10%), そのうち 3 個を詳細に調べたそうです(数十 μm 程度)。ラマン分光法は,物質にレーザーを照射して散乱されてくる光の波長が, 物質の結晶構造に応じて元の波長から変化することを利用して物質を同定する方法ですが,これを顕微鏡と組み合わせて使うことで, リン灰石の含有物に不完全にグラファイト化した炭素が存在することが示されました。グラファイトが完全にリン灰石に閉じこめられている, つまりリン灰石が結晶化したときからそこにあったことも観察されています。 さらに著者らはリン灰石の結晶を研磨してグラファイトを露出させ,その同位体組成を調べました。 その結果,このグラファイトが 12C を過剰に含んでいることが改めて示されました。 いずれのデータも 38 億年以上前のグラファイトが生物に由来する可能性を支持しています。 著者らはこの点で慎重で,今回の証拠が決定的な生物の証拠とならないことを認めていますが,Mojzsis et al. (1996) の結果が追試できたこと,そしてこれらのデータが非生物由来として説明することが難しいことを強調しています。 最古の生物証拠についての論争は,どれだけの証拠が揃えば生物の証拠と見なせるのか,と言う点にあるため, 同位体化石だけでは不十分と見る向きはあります。しかし同位体化石が確かな微化石が見つかるより新しい時代から連続的に見つかれば, 生物の証拠と考えても言いように思われます。現時点では 35 億年以上前の堆積岩自体が不連続的にしか見つからないため, このような議論は難しいようですが,アキリア島の同位体化石が正しく評価されることは重要な一歩になるでしょう。 なお,今回グラファイトが再確認されたとは言え,Lepland et al. (2005) のデータがなくなるわけではなく, グラファイトが当初思われていたよりも少ない可能性や,最悪岩石自体の由来に問題がある可能性は念頭に置く必要があるでしょう。 McKeegan, K. D., Kudryavtsev, A. B. & Schopf, J. W. Raman and ion microscopic imagery of graphitic inclusions in apatite from older than 3830 Ma Akilia supracrustal rocks, west Greenland. Geology 35, 591-594 (2007). Lepland, A., van Zuilen, M. A., Arrhenius, G., Whitehouse, M. J. & Fedo, C. M. Questioning the evidence for Earth's earliest life - Akilia revisited. Geology 33, 77-79 (2005). Mojzsis, S. J. et al. Evidence for life on Earth before 3,800 million years ago. Nature 384, 55-59 (1996). 参考: |
恐竜へのバトンタッチ(2007.08.30) 恐竜の絶滅はドラマティックなまでに突然だったと考えられていますが, その出現もまた唐突だったと考えられてきました。化石記録によれば,恐竜類(Dinosauria) は三畳紀後期の動物相と入れ替わるように出現し,急激に繁栄したように見えていました。しかし Irmis et al. (2007) は,北米における三畳紀後期の地層の発掘結果に基づいて恐竜の出現はそこまで急速ではなく, 旧来の動物相から徐々に交代していったことを示しています。 三畳紀中期から後期にかけての動物相においては,基盤的な主竜類などが優先していたそうです。主竜類(Archosauria)とは, ワニや恐竜・鳥類,翼竜などを含んだグループで,大きく偽顎類(Pseudosuchia;ワニなどを含む)とオルニソディラ類 (Ornithodira)の二系統に分かれ,後者に翼竜類(Pterosauria)や恐竜類,そして恐竜に近縁な数属の爬虫類 (Lagerpeton,Marasuchus,Lagosuchus;恐竜類と併せて恐竜形類(Dinosauromorpha))が含まれます。 この内,恐竜類を除いた基盤的な恐竜形類はジュラ紀の始めまでには絶滅しており,彼らが絶滅した隙間に恐竜類が繁栄した, あるいは基盤的な恐竜形類を急激に駆逐して恐竜類が繁栄したと考えられていました。 これまで基盤的な恐竜形類から恐竜類への(急激な)入れ替わりは,南米の化石記録によって示されてきました。 しかし著者らは新たにアメリカ・ニューメキシコの Hayden Quarry(三畳紀後期ノーリアンの地層)にて大規模な発掘を行い, 1,300 近い脊椎動物の化石標本を得たそうです。この中には幾つかの恐竜類も含まれていましたが, より重要なことに,Silesaurus opolensis(三畳紀後期カーニアンまで生き延びた基盤的恐竜形類)や Lagerpeton に それぞれ近縁な基盤的恐竜形類が含まれていました。前者は Eucoelophysis と見られており,後者は新属新種の Dromomeron romeri として記載されました。 --------------------------------------------------------偽顎類(ワニなど)| | ------------------------------------------------翼竜類 ---------| | 主竜類↑ | | --------------Lagerpeton(三畳紀中期ラディニアン) --------| -------| ↑ | | ----------------------------Dromomeron(三畳紀後期ノーリアン) オルニソディラ類 | | -------| --------------Marasuchus(三畳紀中期ラディニアン) 恐竜形類↑ | | -------| -------Silesaurus(三畳紀後期カーニアン) ↑ | -------| 恐竜型類 -------| --------------Eucoelophysis(三畳紀後期ノーリアン) (Dinosauriformes) | ----------------------------恐竜類(Dinosauria;現生鳥類も含む) 恐竜類はすでに三畳紀後期のカーニアンには出現しており,カーニアンは 2 億 2800 万年前から 2 億 1650 万年前まで, ノーリアンは 2 億 1650 万年前から 2 億 360 万年前とされています。地層の相対的な位置などから考えて, Hayden Quarry で発見された基盤的恐竜形類は,1500〜2000 万年ほど恐竜類と共存したと推定されています。 これは恐竜が急激に過去の動物に取って代わったとする従来の説を完全に覆す発見といえます。 ただし,南米と北米で恐竜類の出現のパターンに違いが見られるのは,恐竜類が起源した場所との関係による可能性があります。 最古の恐竜が南米で見つかっていることなどを踏まえると,恐竜は南米で起源したのかもしれません(ただし北米,南米, アフリカなどの大陸は当時,パンゲア超大陸として地続きであった)。 この場合,南米での恐竜の繁栄に北米での繁栄が遅れた可能性があり,基盤的恐竜形類もその分生き延びたのかもしれません。 一方で,基盤的恐竜形類が絶滅した隙間に恐竜が繁栄したと考えるのは難しいでしょう。 今後,世界各地の三畳紀後期の動物相が見直されるようになれば, 恐竜類の出現の様式がさらに正確かつ詳細に見えてくるかもしれません。 Irmis, R. B. et al. A Late Triassic dinosauromorph assemblage from New Mexico and the rise of dinosaurs. Science 317, 358-361 (2007). 参考: |
哺乳類は爆発的に進化した可能性も(2007.07.19) 先頃の分子系統解析では現生の哺乳類の目レベルの系統群は白亜紀/新生代境界(K/T 境界:約 6550 万年前) の遙か以前に分岐していたことが示されています(今風の哺乳類の起源は恐竜の絶滅の後の後)。 一方で Wible et al. (2007) は白亜紀の新種の哺乳類を含めた詳細な系統解析を行い, 現生の真獣類(胎盤を持った哺乳類の系統)が白亜紀には出現していなかったという,分子系統とは相反する結論を導いています。 著者らはモンゴルでの発掘調査中に白亜紀の真獣類の保存状態の良い化石を発掘しました。この化石は Maelestes gobiensis と命名され,キモレステス類(cimolestids)と呼ばれる絶滅した哺乳類の一群と似ている一方, 複数の白亜紀後期のアジアの真獣類の系統の特徴が混じったような歯列を持っていたそうです。 しかしこの化石の正体は論文のメインではありませんでした。 著者らは Maelestes の系統的位置を明らかにするために,408 の形態形質と 69 分類群の分岐解析を実施しました。 この中には 31 種の白亜紀の真獣類,20 種の第三紀の絶滅真獣類および 11 種の現生真獣類が含まれています。 この解析の結果では白亜紀の真獣類はいずれも現生の哺乳類の系統には属していないことが示されました。 特に基部付近の系統はほとんどがアジアから見つかっており,真獣類がアジア起源であることを示唆しています。 さらに分子系統解析から明らかにされた現生の真獣類の 4 大系統(アフリカ獣類:Afrotheria,異節類:Xenarthra, 真主齧類:Euarchontoglires,ローラシア獣類:Laurasiatheria)の内,アフリカ獣類やローラシア獣類の単系統性が否定され, ローラシア大陸(ユーラシアや北アメリカの元になった大陸)に由来する系統(真主齧類とローラシア獣類) が現生の真獣類の基部に位置する様な樹形が得られています。 ----------------------------ローラシア獣類| ------| ---------------------真主齧類 | | -------| --------------ローラシア獣類の一部+アフリカ獣類の一部 | | -------| -------アフリカ獣類 -------| -------異節類 この結果から著者らは,現生の哺乳類の主要な系統は K/T 境界の直後にローラシア大陸において分岐したと推定しています。 この分岐年代は最近の分子系統解析からの推定(約 1 億年前)より著しく遅く,またローラシア大陸の系統が基部に来ることも, 分子系統樹とは明らかに矛盾します(レトロポゾンが書き込んだ哺乳類の歴史)。 ではどちらに問題があるのでしょうか? 著者らは今回の形態に基づく解析がデータ的にはこれまでになく充実していることを強調していますが, 形態に基づいた解析が分子系統解析より優れているとは考えにくいものがあります。特にレトロポゾンの挿入に基づいた系統推定は, 極めて正確であることが知られています(レトロポゾンが書き込んだ哺乳類の歴史, 絞り込まれたペガサスの系統)。今回の樹形はこれらの樹形と明確に異なっており, 形態に基づく系統推定が不正確であることを示しています。 次に,白亜紀の真獣類が現生の真獣類の系統に含まれないことを議論するのであれば,現生の真獣類をもっと解析に加えるべきです。 仮に白亜紀のある種の真獣類が特定の現生の系統と類縁性を持っていたとしても, その系統が解析に含められなければ両者の近縁性は検出できず,白亜紀の主については不正確な推定しかできなくなるでしょう。 その意味では現生の哺乳類が 11 種しか含まれていないことは大きな問題ではないかと思います。 化石の情報から問題提起をすること自体は必要ですが,今回の場合は不完全なデータで過度の議論をしていると批判せざるをえません。 レトロポゾンを利用した系統解析や,哺乳類のほぼ全種を網羅した分子系統解析が出来るようになった現在では, 保存が不完全な化石の形態のみで系統推定を行っても正確さで劣ることは明らかです。 形態のデータは分子系統を補足するためにこそ有効であり,今後は分子系統解析の結果からを踏まえて, 白亜紀の哺乳類化石の系統的位置について推定することが望まれるかと思います。 Wible, J. R., Rougier, G. W., Novacek, M. J. & Asher, R. J. Cretaceous eutherians and Laurasian origin for placental mammals near the K/T boundary. Nature 447, 1003-1006 (2007). 参考: 過去の関連記事: |
デボン紀のキノコの森(2007.06.06) デボン紀から Prototaxites と呼ばれる大型化石が知られています。直径 1m,高さ 8m にも達するこの化石は, これまで正体が明らかではありませんでした。Boyce et al. (2007) は化石の組織構造,化学組成,同位体組成などの情報から, Prototaxites が実は菌類であったことを示しています。 Prototaxites は維管束植物の樹木が誕生するまで最大の陸上生物だったと考えられています。 高さ 8m の幹は分岐せず,その内部組織は直径 5-50μm の管が絡まり合うようにしてできているそうです。 Prototaxites は当初針葉樹と考えられ,後には地衣類,紅藻,緑藻,褐藻,菌類など様々な生物群と予想されましたが, 統一された見解には至っていませんでした。著者らはその成分を調べることで Prototaxites の所属を調べました。 炭素同位体の比率(12C/13C)は,元々の同位体比や二酸化炭素濃度など幾つかの条件によって変動するため, 同じ地層から見つかる維管束植物との比較が行われました。また有機物の分析も併せて行われました。 デボン紀後期の Kettle Point 植物相の調査では,Prototaxites は同時に見つかる樹木(Callixylon) と同等の同位体比を示しました。一方でデボン紀前期の Gaspé south shore 植物相の Prototaxites は, 同時に見つかる Psilophyton や石炭と同等の同位体比のものもあれば,11‰ ほど重い場合も確認されています。 化学組成に関しては,Gaspé の石炭からは主としてリグニン由来のジオポリマー(無機珪酸のポリマー)が検出されているのに対して, Prototaxites からはリグニンを含めたアルキルフェノールよりもアルキルベンゼンの方を大量に含んでいました。 この違いは当然ながら元の植物の化学組成の違いを反映したものと考えられます。 同位体組成からは Prototaxites は従属栄養だと考えられており,生態・地球化学的には地表性と考えられたことから, 頑丈な多年生のサルノコシカケ類ではないかと推定されています。 さらに著者らは同位体比に基づいて Prototaxites が寄生していた生物を推理しています。 同位体比からは炭素濃縮機構を持った植物と見られましたが,C4 植物や CAM 植物は未だ出現しておらず, おそらくシアノバクテリアなどが作った微生物の土膜(soil crust)ではないかと見られています。 しかし菌類の子実体が 8m の高さに達するというのはにわかには信じがたいものがあります。 単に胞子を飛ばすためだけに大きくなったのでしょうか? あるいは地衣類が光を求めて競争した結果大きくなったのではないか, とも考えたくなりますが,著者らは同位体比からは現生の地衣類とは一致しないことを指摘しています。 現生とは異なるタイプのの地衣類だった可能性は考えてもいいと思いますが, 大型化の理由が明らかになるには今しばらく時間がかかるかもしれませんね。 Boyce, C. K. et al. Devonian landscape heterogeneity recorded by a giant fungus. Geology 35, 399-402 (2007). |
ティラノサウルスのタンパク質研究 II(2007.05.07) ティラノサウルスのタンパク質研究 Iでは保存状態の良いティラノサウルス(Tyrannosaurus rex) の化石(MOR 1125)にコラーゲンタンパク質が残っていたことが示されました。となるとタンパク質の配列決定に期待が膨らみますが, 実際に Asara et al. (2007) では古生物のタンパク質配列の推定法を開発し,ティラノサウルスのコラーゲンの配列の一部を推定しています。 現生の生物の DNA やタンパク質の配列は系統解析に用いられますが,これらの高分子は 100 万年以上前の古生物の場合は完全に分解されるか, 残されていたとしても旧来の方法では検出不可能な量に減少していて,配列の決定に利用するのは困難でした。 しかし質量分析の技術が大きく改善されてくると,ごく微量のサンプルからでも分解産物の質量と存在比が測定できるようになりました。 著者らはタンパク質の配列を予測し,これと質量分析の結果をつきあわせることによりタンパク質配列の推定を行っています。 まずサンプルとなるタンパク質をトリプシンで分解し,様々な断片を得ます。そして同じ質量分析のスペクトルを持つ(と予想される) データベース中の配列を探索します。これによりタンパク質の種類や当該断片の配列が推定されます。 次にデータベースの配列と系統樹などから当該サンプルが持っている可能性の高い配列を予想します。 この段階では複数のアミノ酸置換のパターンが考えられるはずです。しかし予想された配列から得られるであろう質量分析のスペクトルと, 実際に観察されるスペクトが一致する配列を探せば一番ありそうな配列が推定できます。質量分析を用いることによって, アミノ酸残基の修飾も推定できるという利点もあります。 著者らはまず現生のダチョウのコラーゲンでこの方法が利用できることを確認し,次にマストドン(Mammut americanum:16〜60 万年前) のコラーゲンの配列推定を行いました。得られた配列は collagen α1t1 の 32〜37% に及んでいました。これはダチョウで得られた配列(39%) に匹敵しています。 ティラノサウルスの化石からも現生の動物のコラーゲンの配列と一致する断片が複数得られました(タンパク質の汚染ではないことも検証している)。 そしてグリシン,プロリン,リジンの残基にヒドロキシル化が観察されました。残念ながら推定配列との比較によって, ティラノサウルスに固有の配列断片を見つけることはできなかったそうですが,これはやはりタンパク質の分解が進んでいたためだと考えられています。 さて,得られた断片的な配列を合わせて類似配列をデータベースから探すと,最も類似した配列はニワトリのコラーゲンで(BLAST で58%の同一性), カエル(51%),イモリ(51%)と続いたそうです。ただしデータベースに含まれているコラーゲンの配列には,例えばワニの仲間が含まれていないなど限りがあり, あくまで参考情報として見るべきでしょう。 今回の研究で,非常に限定的とはいえ 100 万年以上前の生物のタンパク質配列が推定されたことは驚くべきことです。 これには優れた保存状態という幸運があって初めてできたことですが,正しく化石を探せば今後もタンパク質配列を調べる機会はあるでしょう。 いずれ数種の恐竜についてでもタンパク質配列を用いた系統解析が行われるようになればいいですね。 もっとも著者らの方法では事前に系統樹などを参考に配列を予測し検証する形を取っているので,正確性に疑問が残ります。 また系統樹情報から予測された配列を系統解析に用いることの是非も慎重に検討する必要は出てくるでしょう。 まあ,その心配をする前に保存状態が抜群の化石をさらに見つける必要があるわけですが。 Asara, J. M., Schweitzer, M. H., Freimark, L. M., Phillips, M. & Cantley, L. C. Protein sequences from mastodon and Tyrannosaurus rex revealed by mass spectrometry. Science 316, 280-285 (2007). 過去の関連記事: |
ティラノサウルスのタンパク質研究 I(2007.05.05) 一昨年,軟組織の保存されたティラノサウルス(Tyrannosaurus rex)の化石が報告されました (残っていたティラノサウルスの血管)。Schweitzer et al. (2007) はこの軟組織を詳細に調べ, コラーゲンタンパク質が残っていることを示しました。 軟組織が保存されていたのはティラノサウルスの MOR 1125 と呼ばれる標本で,I 型コラーゲン(collagen I)を主に含む大腿骨と髄骨が調べられました。 I 型コラーゲンは動物種を通じて保存的でヒドロキシプロリンやヒドロキシリジンを含むなどの特徴があり,また抗体によっても識別できるため, 検出が容易だそうです。 まず原子間力顕微鏡を用いた観察ではコラーゲンに相当する繰り返しパターンが見出されました。 さらにニワトリの I 型コラーゲンに対する抗体でもコラーゲンの存在が裏付けられました。反応自体は現生の骨を用いた場合よりも一段と弱いものの, それでも背景に比べれば明瞭なシグナルが見られたそうです。飛行時間形二次イオン質量分析法(TOF-SIMS)によってもアミノ酸残基が検出されていて, グリシンとアラニンの比率などはニワトリの I 型コラーゲンと近い値を示しています(ニワトリで 2.5:1,MOR 1125 で 2.6:1)。 タンパク質の保存状態は骨の部位によっても変わるようで(当然ですね),常に検出できた訳ではないそうですが, 全ての実験は複数の研究室で繰り返し行われ,間違いがないことが確認されています。 著者らは何故タンパク質が 6,800 万年もの長期間に渡って保存されたのか,その仕組みについて考察しています。 どうやら砂岩中に保存されていたことが重要だったようで,方解石がリン灰石によって安定化されたこと,タンパク質が金属イオンの反応によって固定されていたこと, などが複合的に働いてタンパク質を保護していたと推測されています。ただ実際にこれで説明できるのかどうかは是非とも実験的に検証して欲しい気がします。 ティラノサウルスの化石からタンパク質が検出されたことから,次はこの配列を決定する道が開けたことになります。 タンパク質の配列がわかればティラノサウルスの系統的位置について分子系統学的なアプローチが可能になりますが, 同時に発表された研究(Asara et al., 2007)ではタンパク質の配列推定が試みられています。次はこちらの論文を紹介したいと思います。 Schweitzer, M. H. et al. Analyses of soft tissue from Tyrannosaurus rex suggest the presence of protein. Science 316, 277-280 (2007). Asara, J. M., Schweitzer, M. H., Freimark, L. M., Phillips, M. & Cantley, L. C. Protein sequences from mastodon and Tyrannosaurus rex revealed by mass spectrometry. Science 316, 280-285 (2007). 過去の関連記事: |
今風の哺乳類の起源は恐竜の絶滅の後の後(2007.04.30)(→進化・分類学) |
続報 2:最古の動物か細菌か,それが問題だ(2007.04.18) 原生代の地層からはアクリタークと呼ばれる,修飾構造を持った「殻」の化石が見つかることが知られています。 中国の陡山沱(Doushantuo)累層(約 6 億年前)からもアクリタークが見つかりますが,この内部に見つかる細胞の分裂様式から, Yin et al. (2007) は一部のアクリタークが初期の動物の胚化石であると考え,同種のアクリタークが 6 億 3000 万年前頃まで遡ることを指摘しています。 Tianzhushania と呼ばれる 0.3-0.7 mm 程度のアクリタークは球形で中空の構造をしていて,表面から微細な管状の穴が通っています。 内部に細胞が保存された化石もあり,動物の卵ではないかとも考えられてきました。著者らは陡山沱累層から新たに Tianzhushania 様の殻の中に 1,2,4,8,16 細胞の分裂段階を認め,動物の胚発生の初期段階であると考えました。Tianzhushania のようなシストは細菌からは知られていないとのことで,硫黄酸化細菌ではないだろうと主張しています。 さて,細胞自体が保存されている地層は極めて稀ですが,殻の部分はより保存されやすいため,他の地層からも発見されています。 著者らは他の地層における Tianzhushania などのアクリタークの出現状況をまとめ,胚化石の見つかる 5.5-5.8 億年前よりも古い時代 (〜 6.3 億年前)から殻部分の化石が見つかるとしています。 しかしシストの構造が動物に広く認められる訳ではなく,むしろ卵割様の分裂を行う原生生物(実際に知られている) の化石ではないかという疑問が拭えません。最大で 16 細胞の構造までしか見つからず, 明確な胚化石が報告されていないことも原生生物とする解釈を後押しするような気がします (注:最古の左右相称動物,続報,続報2 で報告された「左右相称動物の化石」はあまりにも解釈が粗雑で,明確な証拠とは言い難いものがあります)。 動物の胚化石であるかどうかはともかく,分裂中の Tianzhushania の化石は興味深い発見です。 陡山沱累層の多くの化石についてこのような分裂様式が明らかにされていけば,当時の生物の組成(原核生物,原生生物や後生動物) が見えてくるかもしれません。 Yin, L. et al. Doushantuo embryos preserved inside diapause egg cysts. Nature 446, 661-663 (2007). 過去の関連記事: |
続報:最古の動物か細菌か,それが問題だ(2007.04.16) 中国の陡山沱(Doushantuo)累層(約 6 億年前)からは多くの小さな球形化石が見つかります。 これらの球形化石は卵割中の動物の胚化石として大々的に発表されましたが,実は巨大な硫黄酸化細菌である可能性が指摘されました (最古の動物か細菌か,それが問題だ)。これに対して動物の胚と主張する研究者らの反論 (Xiao et al., 2007)とそれに対する再反論(Bailey et al., 2007)が出版されました。 Xiao et al. (2007) は,球形化石の中に表面に細かい模様を持ったものが多数見つかることに着目しています。 これらは後生動物の卵鞘(egg case)と似ていて,Thiomargarita(球形化石と似た巨大な硫黄酸化細菌) には見られない構造だとしています。Thiomargarita との類似が指摘されたのは表面が平滑な形態種ですが, これらは表面に模様があった種類の異なる保存状態を反映していると主張しています。 また現在の Thiomargarita にリン酸に置換されて化石かしかかった Thiromargarita が見つからないことや, 化石の堆積環境が Thiomargarita の生息環境とは一致しないことなども指摘されており, 球形化石が動物の胚であることを改めて強調しています。 これを受けて Bailey et al. (2007) は細菌も種類によっては表面に模様を持ちうることを指摘して反論しています。 また彼らは陡山沱累層で見つかる全ての球形化石が硫黄酸化細菌だと考えているわけではないため, Thiomargarita と異なる形態の化石が見つかること自体は彼らの仮説と矛盾しないと言いつつも, 全ての球形化石が細菌である可能性も検討に値すると主張しています。 例えば球形化石の表面の模様のある膜構造は厚さが不均一で,しかも胚全体を包んでいると言うよりも, 個々の細胞を包むものと胚全体を包むものが認められることから,受精膜や卵鞘とは考えにくいとのことです。 さらに細菌か最古の動物か,それが問題だで報告された,表面にらせん状の模様のある球形化石について, 同様のらせん状の模様が非生物的に後から形成された可能性を指摘しています。 両者の主張を読んでみると,結局のところ動物の胚化石とする根拠も,巨大な硫黄酸化細菌であるとする根拠も薄弱で, かなりの部分が「それ以外のものとは似ていない」という否定的な証拠に依存しています。 そして各研究者が動物の胚化石とも硫黄酸化細菌とも似ていないとしている以上, 球形化石の正体は全くの謎であると言わざるを得ません。 なお,同じ号の Nature に陡山沱累層の化石を動物の胚化石とする立場での研究が出ていますので, 次に紹介したいと思います。 Bailey, J. V., Joye, S. B., Kalanetra, K. M., Flood, B. E. & Corsetti, F. A. Bailey et al. reply. Nature 446, E10-E11 (2007). Xiao, S., Zhou, C. & Yuan, X. Undressing and redressing Ediacaran embryos. Nature 446, E9-E10 (2007). 過去の関連記事: |
リン酸はどこまで貴重品だったのか(2007.03.27) 始生代の海洋にはリン酸が不足していて,植物プランクトンの活動が制限されていたとする説があります。しかしながら Konhauser et al. (2007) は,リン酸の代わりに沈殿した物質を考えた場合には必ずしもリン酸の欠乏が起こらないことを指摘しました。 始生代には大規模な鉄鉱床の形成が起こったことが知られています。この時,オキシ水酸化鉄(ferric oxyhydroxide) の沈殿に伴って海水中のリン酸も沈殿し,生物はリン酸不足に襲われていた可能性が指摘されていました。しかし著者らは, 始生代の海洋には現在よりも多くのシリカ(二酸化珪素)が溶け込んでいることに着目しました。 シリカはリン酸と競合してオキシ水酸化鉄と共に沈殿することから,溶存シリカが存在した場合にはリン酸が沈殿しにくかったと考えられました。 シリカとリン酸のオキシ水酸化鉄への吸着について実験的に調べられた結果,リン酸の吸着量が pH やシリカの濃度に依存して変化することが示されました。すなわち pH が高く,あるいはシリカ濃度が高くなるのに伴い, リン酸の吸着度は減少するそうです。始生代のリン酸欠乏を指摘した研究では,現在の深海熱水系のデータを踏まえていましたが, これはシリカ濃度が 0 の時の場合と同じ分配係数値を示していて,シリカ濃度が高かった始生代の海洋には適用できないことがわかりました。 シリカ濃度を考慮に入れて計算された始生代の海洋のリン酸濃度は,現在のものと同等,あるいはむしろ高濃度となったそうです。 従って始生代の植物プランクトンも,現在のものに比べてリン酸不足に困っていたと考える必要はなさそうです。 このようなデータは,単純なモデルに基づいて環境や生態系など複雑な現象の推定を行うことがいかに危険であるかを示しています。 今回の結果ですら,何か見落としている要素を含めて見直せばまるで異なる結果が導かれる可能性はあるわけで, モデルを推定する際に,結果に影響しうる因子は慎重に検討しなければならないことがわかります。 もちろんモデル化しない限りは推定すら行うことができないわけですから,ある程度の危険はやむを得ないわけですが。 Konhauser, K. O., Lalonde, S. V., Amskold, L. & Holland, H. D. Was there really an Archean phosphate crissis? Science 315, 1234 (2007). |
謎の動物と謎の動物をつなげて冠輪動物の進化がわかる?(2007.03.19) カンブリア紀の動物化石には現生の動物との類縁が謎に包まれている生物も数多く存在しています。 新しい化石の発見や詳細な見直しが進むにつれて,少しずつ正体が明らかになっていますが(オドントグリフスは貝の仲間) ,未解決の問題も残されています。Conway Morris & Caron (2007) は骨片を備えた新種の動物化石 Orthrozanclus reburrus を記載し, これが Wiwaxia と Halkieria という二つの謎の動物をつなぐ種であると考えています。 Wiwaxia は背中一面が骨片に覆われた動物で,特に左右に一列ずつ並んだ長い棘が防御の役割を果たしていたと見られています。 Halkieriids は Halkieria などを含んだグループで,柔らかい体の前方と後方に一枚ずつ殻を持っているのが特徴的な動物です。 いずれも軟体動物や腕足動物など冠輪動物の仲間との類縁性が指摘されていましたが,正確な系統的位置は分かっていません。 そこで同様に骨片を持つ新しい化石の発見が重要な意味を持ってくるわけです。 今回新たに報告された Orthrozanclus の標本は 11 個が見つかっており,サイズは 6-10mm と小型の動物です。 Orthrozanclus は背面が骨片に覆われていて,Wiwaxia と同様に左右二列の棘も持っています。 しかし Orthrozanclus はそれだけではなく,体の前方に halkieriids のものと似た殻を持っていました。 また,体の部位に応じて骨片が異なっているのですが,その組成が Wiwaxia とも halkieriids とも異なっていたそうです。 骨片の性質では,Wiwaxia の骨片は鉱化していないのに対して,halkieriids の骨片は鉱化していたことが知られています。 Orthrozanclus の骨片は鉱化していなかったそうで,この点では Wiwaxia に近いそうです。 このように Orthrozanclus は Wiwaxia と halkieriids の,いわば中間型であると考えられました。 著者らは Orthrozanclus を通じてこれらのグループがまとまると考え,halwaxiids(Halwaxida)という新グループ名を提唱しています。 骨片,殻は軟体動物や腕足動物の殻の起源との関連で着目されていますが,形態からは冠輪動物内部での系統的位置は決まりませんでした。 方向性として,halwaxiids の中でキチン質の骨片が獲得され,Wiwaxia が最初に分岐,後に骨片が鉱化して siphogonuchitids や halkieriids が分岐した(Orthrozanclus では鉱化が失われた)とする仮説と(この場合 halwaxiids は軟体動物の姉妹群となる), 逆に halwaxiids の祖先で骨片の鉱化が起こり,Wiwaxia と Orthrozanclus の共通祖先で鉱化が失われたとする仮説 (halwaxiids は環形+腕足動物の姉妹群となる)が推定されたそうです。 冠輪動物の中での系統的位置を解決するには現在入手できる化石では不十分なようですが, 冠輪動物内部での系統関係は分子系統からも解決していない問題ですから,仕方がないとも言えるでしょう。 中間的な形質の化石から 2 種類の謎の動物群が結びついたことは,化石からもまだまだ明らかになることが残されているということでもあり, 分子で解けない謎に迫る化石の発見にも期待してしまいます。 Conway Morris, S. & Caron, J.-B. Halwaxiids and the early evolution of the lophotrochozoans. Science 315, 1255-1258 (2007). |
細菌か最古の動物か,それが問題だ(2007.02.17) 中国の陡山沱(Doushantuo)累層(約 6 億年前)から発見される「最古の動物の胚化石」とされた構造が, 実は細菌の一種ではないかとする論文が最近出版されました(最古の動物か細菌か,それが問題だ)。 ところが,同時期に報告された「動物の胚化石」は細菌とは思えない構造をしているようです(Xiao et al., 2007)。 陡山沱累層を一躍有名にしたのは,卵割の過程が保存されたと解釈された球形化石でした。 単細胞の Megasphaera と 2 細胞以上からなる Parapandorina は,細胞のサイズを変えないまま分裂が進行する, reductive cell division を行うため,卵割と解釈されていましたが,同様の分裂様式が巨大な硫黄酸化細菌にも発見され, 化石の解釈が見直しを迫られています(最古の動物か細菌か,それが問題だ)。しかし他の化石はどうなのでしょか? 硫黄酸化細菌と再解釈されたのは,Megasphaera inornata という種でした。本種では細胞の外層が平滑で,特に模様はありません。 この属はもう一種類,Megasphaera ornata が含まれていて,本種は外層に様々な模様があるのが特徴です。 今回,著者らは陡山沱(Doushantuo)累層の上部のドロマイト質リン灰岩 10 kg を酢酸処理し, 80 個のらせん状の模様を持った球形化石(約 0.5〜1 mm)を得ています。そしてその一部は microfocus X-ray computed tomography (マイクロ CT)という技術を用いた内部構造の研究にも使われました。 これらのらせん化石は M. ornata とよく似た模様を持った外層(膜)と,そのような模様のない内側の構造からなっていました。 膜の模様には 5 種類のパターンがあるそうで,あるいは生物学的には複数種が含まれている可能性もあるそうです。 しかし今回の化石の最大の特徴は,表面にらせん状の構造が認められたことです。しかもこのらせんは必ず時計回りで, 三回転しているそうです。このらせん構造は穿孔がらせん状に連なったもので,この穿孔は畝の上に並んでいます。 穴の下層にはトンネルがある場合もあれば,溝がらせん状に走っている場合もあるそうで, 化石化の仕方の違いを反映しているのかもしれません。この穿孔は外層を貫通して内部構造の表面にも通っています。 ただし場合によっては内部構造の表面に穿孔があるのではなく,内部構造全体がらせん状に捻れているものも見つかっています。
今回見つかった化石からは細胞分裂の様子や,細胞構造は一切見つかりませんでした。著者らはこの点について, 動物の胚化石であるとの立場に基づいて,胚発生が進んだ結果として細胞が小さくなり,化石に残らなくなったと解釈しています。 もちろん単細胞化石である可能性も検討していますが,著者らは支持しておらず,おそらくは胞胚期以降の胚であると見ています。 さて,らせん状化石の正体は何者なのでしょうか。Megasphaera inornata とは異なり, Megasphaera ornata は規則的な穿孔構造を持つことから,硫黄酸化細菌とは考えにくいでしょう (逆にもし硫黄酸化細菌に同様のらせん構造が見つかれば,これらの化石が硫黄酸化細菌である強い証拠となるでしょう)。 同時に陡山沱累層に動物の胚化石が含まれているとの確信がなくなれば, M. ornata を動物の胚化石と考えることも決して自然な解釈ではなくなります。 私としてはむしろ単細胞性の原生生物,おそらくは殻を持った鞭毛性のアメーバではないかと思います。 著者らが内部構造とした部分も実は殻で,らせん状の穿孔は擬足あるいは鞭毛の開出部だと考えると納得できます。 またらせん状に捻れた内部構造はアメーバ状の細胞の化石なのかもしれません。らせん状化石が原生生物なのかどうかは, 本当によく似たものが現存しているのかどうか確認する必要がありますが,硫黄酸化細菌とする解釈も,動物の胚化石とする解釈も, まだまだ検討しなければならないことが多々あるでしょう。 Xiao, S., Hagadorn, J. W., Zhou, C. & Yuan, X. Rare helical spheroidal fossils from the Doushantuo Lagerstätte: Ediacaran animal embrios come of age? Geology 35, 115-118 (2007). |
シアノバクテリアの誕生は 27 億年前?(2007.02.03) シアノバクテリアによる酸素発生型光合成の開始は,地球の歴史の中で最もインパクトのあるイベントの一つでした。 分子状酸素の大量発生は地球環境を激変させたと同時に好気呼吸を可能にしました。 しかしシアノバクテリアの誕生した年代については諸説あり,完全な決着はついていません。 Eigenbrode & Freeman (2006) は 27 億年前の地層炭素同位体比を調べ,この頃(始生代後期)に好気的な微生物群集が誕生した, すなわち酸素発生型光合成を行うシアノバクテリアが誕生したと推測しています。 これまでの研究から,地球の大気中に酸素が蓄積し始めたのは 24.5 億年前,遅くとも 23 億年前であることがわかっています。 大気の酸化よりも海洋の酸化が先に起こったと考えられますので,局所的に酸化的な環境はより以前に存在したと思われます。 著者らは堆積物中のケロジェンに含まれる 13C の割合を見ることで, これを形成した微生物群集の炭素サイクルの様子を推定できるとして,西オーストラリア Hamersley Province にある 27.2〜25.7 億年前の地層を調べています。 著者らは浅海域で堆積した地層と深海域で堆積した地層を特に区別しており, 浅海域では 13C の割合が幅広い値を示すのに対して,深海域では 13C が一貫して少ないことを示しました。 特に 27.2 億年前頃から浅海域では 13C が急激に増加を開始しており,生態系が大きく変化したことを示唆しています。 これより古い時代の生態系は,そして深海域ではこの当時の生態系も,嫌気的な微生物からなっていたと思われます。 すなわち発酵などの過程で水素や酢酸が生成,これをメタン生成が代謝し,発生したメタンを今度はメタン資化性菌が利用し, この過程で 13C が減少した有機炭素が生成が蓄積したと説明されています。 一方で 27.2 億年前の浅海域では酸素発生型光合成により炭素サイクルが一変し,好気呼吸なども行われ, 13C に富んだ有機炭素も堆積できるようになったと解釈できるそうです。 他の地域の証拠などとも合わせて考えると,Hamersley の炭素同位体比の証拠は, まさに地球が酸化され始めた段階を見ているものと解釈されています。すなわち嫌気的な微生物群集が占めていた地球上に, 浅海域で局所的に好気的な微生物群集が登場したところを見ているというわけです。 この解釈が正しいのならば,酸素発生型の光合成を行うシアノバクテリアはこの直前,つまり約 27 億年前に誕生したと言えます。 そして遅れて深海域も酸化的になり,最後に大気中に酸素の蓄積が始まった(24〜23 億年前)ものと見られます。 著者らの主張,解釈がどこまで正当なのかはよくわかりませんでしたが, Hamersley の地層が地球にとって過渡期の現象を保存しているのは確かなようです。 始生代の地層はあちこちに保存されているものでもありませんから難しいかもしれませんが,可能ならば他の地域の同時代の地層においても, 同位体比の経時変化が同程度に詳細に調べられれば面白いと思います。 Eigenbrode, J. L. & Freeman, K. H. Late Archean rise of aerobic microbial ecosystems. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 103, 15759-15764 (2006). |
最古の動物か細菌か,それが問題だ(2007.01.22) 中国の陡山沱(Doushantuo)累層(約 6 億年前)は最古の動物化石, しかも受精卵や胚の化石が出ることで有名です(動物の起源に迫る胚の化石など参照)。 しかし Bailey et al. (2007) は一見すると卵割している動物の胚に見える構造が現生の巨大な硫黄酸化細菌にもよく似ており, 硫黄酸化細菌の化石と考えた方が化石化の仕組みなどが説明しやすいことを指摘しています。 陡山沱累層の化石で特に有名なのは Megasphaera と呼ばれる膜に包まれた 500 μm 程度の球形の化石 (受精卵と考えられた)と,2〜32(〜64?;2n)個の細胞に分割された同様のサイズの化石(卵割が進行した胚と考えられた) である Parapandorina の 2 種類でしょう。これらの化石は細胞数の少ない順に並べられると, あたかも教科書で見慣れた動物の卵割・胚発生の過程を追っているように見えます(Xiao et al., 1998)。 当時はこのような reductive cell division を行う生物は他にほとんど知られていなかったこともあり, Megasphaera と Parapandorina は動物の最古の胚化石として受け入れられてきました。 確かにこの解釈には強い説得力があり,また魅力的でもありましたが,全く疑問の余地がないわけでもありませんでした。 例えば,この地層からは「動物の胚」の化石は大量に見つかるにもかかわらず,その親に相当する生き物はほとんど報告されていません。 大量の産卵が行われた可能性や,受精膜で覆われた胚の方が保存されやすい可能性もありますが (柔かい卵から化石を作る),不自然といえば不自然です。 また陡山沱累層の化石はリン酸カルシウムに保存されていますが,この化石化の過程も全く知られていませんでした。 著者らは,最近ナミビア沿岸とメキシコ湾で発見された Thiomargarita 属(プロテオバクテリア門 チオスリックス目)の細菌が卵割様の細胞分裂を行い, 陡山沱累層の化石とよく似ていることに気づきました。Thiomargarita は硝酸塩を取り込んで硫化水素を酸化する, 最大の真正細菌として発見されました(Schulz et al., 1999)。有機物に富んだ嫌気的な環境に生息し,細胞サイズは通常 100〜400 μm(最大で 750 μm)もあります。これはもはや肉眼でも見られるサイズです。 Thiomargarita と Parapandorina の形態的な類似に加えて,両者を結びつける状況証拠がいくつかあります。 まず Thiomargarita はリン酸塩を沈殿させることが知られており, 陡山沱の化石がリン酸カルシウムに保存されている理由を説明できます。また Parapandorina などには糸状の構造が付着している様子が観察されており,Thiomargarita に共生していると見られる糸状の硫酸還元菌と対比されます。 陡山沱累層の堆積環境も有機物に富んでいたと見られ,硫黄酸化細菌の生息環境として特に矛盾はないようです。 ただし著者自身も,Parapandorina が硫黄酸化細菌である,と断定しているわけではありません。特に Donoghue (2007) によっても指摘されているように,いくつかの問題もあるためです。形態で微生物の種類を特定するのが困難であることももちろんですが, Parapandorina には核の存在も指摘されていたそうで,これは原核生物とする仮説と矛盾します。 もっとも化石に核が保存されるのか,そして球形の構造が化石の細胞内にあったからと言って核と断定できるのか, という疑問もあるので,これはさほど深刻な問題とは言えません。 むしろ私が気になるのは細胞の「サイズ」の問題です。原核生物は細胞内に膜系が発達していないため, 真核生物に比べて物質交換の能力が劣ると考えられています。 つまり,体表から吸収した養分などを細胞の中心部に届けることが簡単ではないのです。 このことから,原核生物には細胞のサイズに限界があるといわれていました。例えばショップ (1998) では 60 μm 超える細胞は真核生物と考えられる,としています。 では Thiomargarita は何故数百 μm のサイズに達することが出来るのでしょうか。実は Thiomargarita は細胞の真ん中に巨大な液胞(硝酸塩を蓄積している)を持っています。この液胞が細胞のほとんどを占めていて, 細胞質は周辺にわずか 0.5〜2 μm 程度の厚さしかありません。これは物質交換の上で問題のない厚さと言えます。 ところが Megasphaera や Parapandorina には巨大な液胞が認められません。代わりにより小型の液胞が細胞内に散在しています。 とすると,陡山沱累層の化石のサイズは原核生物としては大きすぎるのではないでしょうか。 もちろん細胞内に散在する液胞が物質交換に貢献したとも考えられますし,単に巨大な液胞が化石化の過程で残らなかったのかもしれません。 しかし真核生物と考えた方が自然な側面があることもまた注意が必要です。 結局,結論は出ない議論になるわけですが,陡山沱累層の化石を動物の胚化石と断定するのはもはや無理があるでしょう。 微化石の正体が判明しないのは,形態的な特徴で微生物を同定することが困難で, しかも化石となると観察できる形態形質も限られることを踏まえれば当然のことです。 しかし今回の研究から見えてくることは,我々が現生の微生物の多様性も未だに理解していない,という事実です。 Thiomargarita のようにこれまでの常識を覆す微生物が見つかってくれば,化石の解釈が再び変更を迫られることもあるでしょう。 Bailey, J. V., Joye, S. B., Kalanetra, K. M., Flood, B. E. & Corsetti, F. A. Evidence of giant sulphur bacteria in Neoproterozoic phosphorites. Nature 445, 198-201 (2007). News & Views 参考: Schulz, H. N. et al. Dense populations of a giant sulfur bacterium in Namibian shelf sediments. Science 284, 493-495 (1999). Xiao, S.-H., Zhang, Y. & Knoll, A. H. Three-dimensional preservation of algae and animal embryos in a Neoproterozoic phosphorite. Nature 391, 553-558 (1998). |
雪解けの酸化(2007.01.11) 地球の歴史の中では,何度か赤道域の海洋表面に至るまで凍り付く,大規模な氷河期,すなわち雪玉地球 (Snowball Earth)があったと考えられています。雪玉地球は海洋や大気,生物にも様々な影響を及ぼしたはずですが, Liang et al. (2006) は雪玉地球の間に過酸化水素が蓄積し, 雪玉地球の終了後の酸化現象を引き起こしたとする仮説を発表しています。 過酸化水素は氷中に保存されやすく,木星の衛星で氷に覆われているエウロパの表面にも観測されているそうです。 これはちょうど雪玉地球の状況とも対比できるため,著者らは地球の場合について考察を展開しています。 過酸化水素の生成や蓄積に関する光化学モデルには,火星の大気に適用されたモデルを用いたそうです。 計算の結果からも過酸化水素の蓄積は起こると推定され,特に低温であるほど蓄積速度が速かったことがわかりました。 パラメータに推測が多分に入るため(著者自身認めている),正確な蓄積量はわかりませんが, 高濃度の過酸化水素が蓄積し,雪玉地球の終了に伴って海洋,大気中に放たれたことは間違いなさそうです。 過酸化水素は細胞にとっては毒であるため,カタラーゼやスーパーオキシドジスムターゼのような酵素が, 過酸化水素に対する防御機構として働いたと考えられます。著者らは,これらの酵素が酸素発生型光合成の進化にとって, やはり防御機構として必須だったと議論しています。興味深いことに,最初の雪玉地球はシアノバクテリア (酸素発生型光合成細菌)が引き起こしたとする仮説も提示されています(氷の女王,シアノバクテリア)。 この仮説では約 23〜22 億年前の Makganyene 氷河期が最初の雪玉地球で,これ以前に酸素発生型光合成が進化したとしています。 従って Liang et al. (2006) は約 24〜23 億年前の Huronian 氷河期や約 29 億年前の Pongola 氷河期,あるいはそれ以前の未知の氷河期において生成された過酸化水素が, 酸化耐性,そして後に酸素発生型光合成の進化を引き起こしたと推測しています。 実際に新原生代の氷河期の後に酸化が進んだことが知られていて(酸化することに意義がある; ただしこの酸化が過酸化水素によるのか,光合成細菌の活動によるのかは不明), 過酸化水素が大きな役割を果たした可能性があります。また Liang et al. (2006) も Makganyene 氷河期の後の酸化現象が過酸化水素とシアノバクテリアの大量発生によるものかもしれないと記しています。 雪玉地球は生物の進化を考える際に欠かすことの出来ないイベントであるとの認識は広まってきています。 その一方で雪玉地球の実体(赤道域の海洋が完全に凍り付いたのか?)やそれに伴う環境変動については研究が始まったばかりです。 過酸化水素の蓄積についても,今後さらに正確なモデルと地質学的証拠に基づく裏付けが望まれますが, 酸素発生型光合成の進化,そして多細胞動物の進化などを考える上で,新たな視点を提供する仮説と言えるでしょう。 ただしカタラーゼやスーパーオキシドジスムターゼは多くの原核生物が持っているため, 酸素発生型光合成よりも遙か以前に進化していたと考えられます (シアノバクテリアの直接の祖先以外が当時死滅してしまったわけでもないでしょう)。 従って,酸化耐性の起源を雪玉地球と結びつけるのには無理があることを指摘しておきます。 Liang, M.-C., Hartman, H., Kopp, R. E., Kirschvink, J. L. & Yung, Y. L. Production of hydrogen peroxide in the atmosphere of a Snowball Earth and the origin of oxygenic photosynthesis. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 103, 18896-18899 (2006). |
酸化することに意義がある(2007.01.03) 多細胞生物が進化するには,呼吸が効率よく出来るだけの酸素濃度が必要だったと言われています。 酸素濃度はカンブリア紀の直前(エディアカラ紀)に大きく増加したと見られていましたが,エディアカラ紀の地層を詳細に調べた結果, 酸素濃度の急激な増加が大規模な氷河期の終了と協調して 3 段階に渡って起こったことが示されました(Fike et al., 2006)。 Fike et al. (2006) オマーンの Huqf 超層群(Supergroup)の詳細な解析から,酸化還元状態の変遷を調べました。 Huqf 超層群にはエディアカラ紀の大部分(6 億 3500 万〜 5 億 4800 万年前)の地層が保存されているそうです。 その結果,炭素や硫黄の同位体比がエディアカラ紀を通して大きく変動していることがわかりました。 Marinoan 氷期の直後,Masirah Bay 累層から Khufai 累層にかけて,Δδ34S(炭酸塩中の δ34 と黄鉄鉱中の δ34 の差)が増加しており,これが一段階目の酸化に対応しています。 二段階目の酸化は,不連続面を挟んだ Khufai 累層の後,Shuram 累層の下部における炭酸塩の δ13C の急激な低下と, 引き続く有機炭素の δ13C の低下(Shuram 累層のほぼ全体と Buah 累層の初めまで)として保存されています。 そして Buah 累層の上部では Δδ34S が大きくあがっており,細菌による硫黄の不均化の証拠と考えられました。 これもやはり酸化的な環境で起こるため,三段階目の酸化とみなされています。 二段階目の酸化と三段階目の酸化にそれぞれ対応して,棘状のアクリターク(球形で有機質の正体不明の微化石の総称。 真核生物らしい)が出現し,多様化しています。この他にも小型の後生動物の胚化石,葉状化石などが二段階目の酸化に伴って (最古の左右相称動,続報,続報2, 動物誕生の年代を測る),大型の多細胞動物が二段階目の酸化の後期に, そして大型の多細胞藻類や弱く石灰化した後生動物が三段階目の酸化に伴って出現しています。 酸化還元状態の変化は地球上の生態系に大きな影響を及ぼしますが,その実体が正しく理解されているわけでもありません。 今回,氷河期の終了と段階的な海洋の酸化が真核生物の進化に重要な意味を持ったことが示されました。 特に大規模な氷河期(全球凍結=snowball Earth)と生物の進化イベントの間にはしばしば関連性が指摘されており (例えば氷の女王,シアノバクテリア), 全球凍結の終了とそれに伴う環境変化の研究が重要視されていくことでしょう。 Fike, D. A., Grotzinger, J. P., Pratt, L. M. & Summons, R. E. Oxidation of the Ediacaran Ocean. Nature 444, 744-747 (2006). |
淡水へ!陸上へ!そして昆虫へ(2007.01.01)(→進化・分類学) |
続報:動物進化は爆発だ!(2006.12.23)(→進化・分類学) |
続報:35 億年前のメタン(2006.12.16) 約 35 億年前のオーストラリアの地層からは,最古の生物の化石とも言われる構造が見つかります。 これについては論争が続いていますが,35 億年前のメタンで紹介した論文では 堆積当時に石英中に閉じこめられたメタンが報告され,その炭素同位体組成からメタン生成菌の存在が示唆されました。 しかし Sherwood Lollar & McCollom (2006) はこのメタンが非生物的に合成された可能性も否定できないと主張し, Ueno et al. (2006) は再反論を行っています。 Sherwood Lollar & McCollom (2006) は,鉄 - ニッケル合金を触媒として非生物的にメタンが合成された場合, 炭素同位体比の値が説明できるとの実験を紹介し,石英中のメタンが生物由来であるとは断定できないとしています。 Ueno et al. (2006) は,石英に封入されたメタンには非生物的に生成されたメタンも混じっているため, もともとのメタンの同位体比よりも 13C に富んでいるはずで, 従ってその分を差し引けば鉄 - ニッケル合金の触媒下で生成されるメタンでよりも 13C が少なかっただろう, としています。 さらに当時の環境では鉄とニッケルは合金を作るよりもそれぞれ硫化物を形成したと見られる上に, 広範囲の地質調査に基づいて,鉄 - ニッケル合金はもし存在したとしても場所柄が悪く, 十分に 13C の少ないメタンを合成できたとは考えにくいとしています。 Sherwood Lollar & McCollom (2006) の批判は,現地での観察を踏まえているわけではないので, どの程度説明能力があるのか心配されます。しかし 13C に乏しいメタンの, 非生物的な合成過程を洗い出すのは容易ではなく,Ueno et al. (2006) が批判を完全にかわすのも不可能と言っていいでしょう。 結局のところ,細胞化石,同位体化石などの証拠を総合的に解釈するしか方法はないようです。 それにしても懐疑論は残るわけで,35 億年前にメタン生成菌などの生物が存在したのかどうかは, 決着するまでにまだまだ時間がかかりそうです。 Sherwood Lollar, B. & McCollom, T. M. Biosignatures and abiotic constraints on early life. Nature 444, E18 (2006). Ueno, Y., Yamada, K., Yoshida, N., Maruyama, S. & Isozaki, Y. Ueno et al. reply. Replying to: B. Sherwood Lollar & T. M. McCollom Nature 444, doi: 10.1038/nature05499 (2006). Nature 444, E18-E19 (2006). |
琥珀に眠るミクロの化石(2006.12.15) 琥珀は太古の樹脂が固まったもので,時に昆虫などを閉じこめたまま固化して虫入り琥珀となります。 実際には琥珀に閉じこめられるのは昆虫だけではありません。イタリアの 2 億 2000 万年前の地層(三畳紀) から見つかった数ミリ大の琥珀には,細菌や原生生物の作る生態系がそのまま保存されており, 恐竜の時代からほとんど姿を変えない微生物が観察されました(Schmidt et al., 2006)。 これらの琥珀が見つかったのはアルプス南部,イタリアの Cortina d'Ampezzo という町の近くで, 滴状の粒として古土壌の中に含まれていたそうです。 琥珀中には連鎖菌などの細菌が最も多く見つかる他に,Ramularia 属の子嚢菌によく似た菌類, 緑藻類,そして接合藻類の栄養細胞としては最古の記録となるツヅミモ(Cosmarium;現生属), 繊毛虫(現生の Coleps 属と同定),有殻アメーバの殻(形態的には現生の Centropyxis hirsuta と同じ) などが見つかるそうです。 面白いことに,この中には生産者(ツヅミモなど藻類),消費者(繊毛虫,アメーバ),還元者(細菌,子嚢菌), と生態系を構成する基本的な要素が全て含まれていました。これらはおそらく, 樹脂を分泌する樹木の表面か穴に生息していたと考えられています。 三畳紀といえば恐竜がちょうど誕生したような時代ですが, 今回発見された多くの原生生物が属や種レベルで現生のものと同じ分類群に同定されました。 このことは原生生物の形態が進化的に極めて安定していることを示しています。 例えば恐竜の絶滅などが起こった白亜紀/第三紀(K-T)境界を乗り越えて, 形態を変えずに存続していたと見られ,生物の進化が生物群によってまるで異なったペースに進むことに驚かされます。 見方によっては,原生生物は数億年前から完成型になっていた,とも言えるのかもしれません。 Schmidt, A. R., Ragazzi, E., Coppellotti, O. & Roghi, G. A microworld in Triassic amber. Nature 444, 835 (2006). |
旧人のゲノムプロジェクト II(2006.12.06)(→人類学) |
旧人のゲノムプロジェクト I(2006.12.01)(→人類学) |
灼熱の先カンブリア(2006.11.03) 太古の地球表層の温度は生物進化の観点などから注目されますが,過去の温度を直接測る手段はなく, 先カンブリア時代の海洋の温度については統一された見解がありません。Robert & Chaussidon (2006) は珪素の同位体比が「温度計」 として働くとして,太古の海洋が高温であったと推定しています。 これまで地質時代の水温の推定には,堆積物中の酸素同位体比(16O と 18O)が用いられてきました (指標としては δ18O という値を用いる)。 その結果から 30 億年以上前の地球は 80 ℃程度,と非常に高温で,これが徐々に下がって現在の温度になったと考えられました。 ところが酸素同位体比は後に変成を受けて変動するおそれがあり,必ずしも広く認められてはいませんでした。 そこで著者らは別個の「温度計」として珪素に着目しました。 著者らは先カンブリア時代の 99 の石英試料(5〜35 億年前)について酸素同位体比と珪素の同位体比(28Si と 30Si;指標としては δ30Si)を比較しました。 その結果から酸素同位体比が変成の影響を受けていると見られるデータを排除すると, δ18O と δ30Si の間に相関関係があることが示されました。著者らの議論によると, 石英中の珪素の同位体比も堆積時の温度に依存するとのことです。δ18O と δ30Si の値は, いずれも古い年代から新しい年代にかけて増加しており,形成時の温度は逆に低下してきたと推定されました。 δ30Si の値が δ18O の変化と並行していたことから, 後者に基づく温度の推定が正しかったと考えられ,酸素同位体比のデータで規格化して δ30Si の変動を温度に置き換えると,35 億年前には海洋の温度は 70 ℃程度だったものが徐々に低下し(20 億年前から特に顕著に低下), 8〜10 億年前には 20 ℃程度までになったと推定されました。なお,18 億年前と 25 年前に一時的に δ30Si が高く見えるデータが得られていますが,これはサンプリング不足によるものとされました。また,8 億年より新しい試料では, 生物的な同位体の分別が起こるために温度推定には使えないとされています。 しかし今回の結果には疑問もわきます。一つには,約 25 億年前に大規模な氷河期(全球凍結,スノーボール・アース) があったとする仮説と矛盾しないのか?という問題が挙げられます。 確かに一時的な温度低下は今回のサンプリングからは逃れているかも知れませんが,温度が単調に減少したとする仮説とは合いません。 次に著者らのおいた仮定が全て妥当であるとは言えない,という点も指摘されています(De La Rocha, 2006)。 太古の海洋が熱いお湯だったのかどうかは生命の起源や真核生物の起源と密接な関係のある話題なので (生命は氷の上で生まれた?;生物の起源―生物が生まれた頃), 今後の議論がどうなるのか非常に気になるところです。 Robert, F. & Chaussidon, M. A palaeotemperature curve for the Precambrian oceans based on silicon isotopes in cherts. Nature 443, 969-972 (2006). De La Rocha, C. L. In hot water. Nature 443, 920-921 (2006). |
ヤツメウナギの永い寄生生活(2006.10.30) ヤツメウナギの仲間(頭甲綱ヤツメウナギ目)は無顎魚類の代表として脊椎動物の進化上, 重要な位置を占めています。しかし現生のヤツメウナギは特殊化が進んでおり,彼らの太古の姿も興味ある問題です。 そんな中,Gess et al. (2006) は約 3 億 6000〜7500 万年前(デボン紀)の確かなヤツメウナギの化石を報告しています。 ヤツメウナギはかつては骨甲類と呼ばれる硬い装甲を持った魚類に由来すると考えられたこともありましたが, 最近では独立した系統とも考えられています。ヤツメウナギは硬い骨などを持たないために化石として保存されにくく, 中々化石が見つかっていませんでしたが,最近では白亜紀の極めて保存状態の良い化石が報告されています (時を止めたヤツメウナギ)。 今回の化石も非常に保存状態が良く,しかもこれまでの最古の記録(石炭紀:約 3 億年前)よりも古い記録になります。 化石は南アフリカから発掘され,Priscomyzon riniensis と名付けられました。サイズは約 4cm で, ヤツメウナギの名前の由来でもある 7 つの鰓弓(本物の目と鰓孔が,片側あたり合計 8 個に見える)も保存されていました。 最大の特徴は頭部の半分程度を占める巨大な口盤で,現生のヤツメウナギはこの口盤で他の魚類に吸い付き 寄生して生活していることから,Priscomyzon も寄生性の魚類だったのではないかと考えられました。 つまり,ある意味では残念なことながら,デボン紀のヤツメウナギは既に現生のものと同様に特殊化を果たしていたと言えます。 系統解析からはヤツメウナギの仲間であることは示されましたが,その中での系統関係はあまり明確にはわかっていません。 一応重み付けした解析から,比較的初期に分岐した系統と推測されており,またデボン紀前期の Euphanerops という, これまで欠甲類とされてきた化石がヤツメウナギに近縁な可能性が示唆されました。 最も注目されるヤツメウナギの初期進化についてわかることはあまりありませんでしたが, 寄生性の生活が 4 億年近いほどに長い期間維持されていたことは大きな驚きです。論文中でも「生きている化石」と評されており, 単純に面白い発見とは言えるでしょう。 ところで石炭紀のヤツメウナギは海産で,白亜紀の化石が淡水産だったことから(現生種は両方存在する), 淡水への進出が比較的遅い時期だったのではないか,と以前触れましたが(時を止めたヤツメウナギ), 一応 Priscomyzon も海生,あるいは河口生の地層から発掘されています。 Gess, R. W., Coates, M. I. & Rubidge, B. S. A lamprey from the Devonian period of South Africa. Nature 443, 981-984 (2006). Janvier, P. Modern look for ancient lamprey. Nature 443, 921-924 (2006). |
円網の発明 III(2006.10.21) 円網の発明 I,II では, 円網と呼ばれる高度な網の最古の化石を発見した研究と, 網を構成するタンパク質の分子進化から系統的な起源を推定した研究を紹介しました。Penney & Ortuño (2006) では, 円網を作るクモの最古の化石が報告されています。 化石が見つかったのは,クモの糸の化石が報告されたのと同じスペインの,やや古い 1 億 1500〜 2100 万年の地層です。 化石は琥珀中に保存されており,詳細な特徴が見て取れます(雄しか見つかっていない)。化石は Mesozygiella dunlopi と名付けられ,コガネグモ科(Araneidae)の新属新種とされました。化石は現生のキレアミグモ属(Zygiella) に極めてよく似ているそうで,唯一,雄の触肢にある栓子(embolus)と呼ばれる構造の位置が遠位ではなく, 内側だという点が異なっていたそうです。ちなみにクモの雄は,腹部の生殖巣にある精子を栓子で吸い取り, その先にある生殖球と呼ばれる膨らみにため込み,これを雌に受け渡して交尾するんだそうです(小野, 2002)。
キレアミグモ属に極めて似ていることから,Mesozygiella は本属と近縁で,従って同じコガネグモ科に分類されます。 コガネグモ科はキレアミグモ属も含めて円網を形成するグループであることから, Mesozygiella も円網を作ったと考えられます。 円網を形成するグループの分岐はさらに古い時代と考えられますから, おそらくはジュラ紀のうちに円網は既に発明されていたと推定されます。飛行性の昆虫が爆発的に多様化したのは白亜紀ですから, これを捕捉するための円網は予め存在しており,従って円網をつくるクモ類は成功者になれたと考えられます。 Penny & Ortuño (2006) の論文は出版が遅れましたが,分子,糸の化石,本体の化石,の研究が同時期に重なる, というのも珍しい話であり,様々な分野からの研究を併せることで面白い議論ができるようになる,という一例かも知れません。 Penney, D. & Ortuño, V. M. Oldest true orb-weaving spider (Araneae: Araneidae). Biol. Lett. 2, 447-450 (2006). 小野展嗣 クモ学:摩訶不思議な八本足の世界 (東海大学出版会, 東京, 2002). |
続報 2:始祖鳥は鳥の始祖ではないのか?(2006.09.29) 始祖鳥と Microraptor などの一部の恐竜のいずれが現生鳥類に近いのかが論争になっていますが, 続報:始祖鳥は鳥の始祖ではないのか?で紹介したように,肋骨上の鉤状突起の有無が議論の的になっていました。 孔子鳥の鉤状突起の有無については文献によって見解が異なっていたため,文献を辿ってみました。 Mesozoic Birds という論文集において孔子鳥に鉤状突起があるとした論文(Clark et al., 2002)と, ないとした論文(Zhou & Hou, 2002)がありました。Clark et al. (2002) では系統解析のためのデータ行列中に, 孔子鳥に鉤状突起が存在する旨が示されていました。このデータ行列は同時期に Hwang et al. (2002) によって用いられており, 後に始祖鳥の論文でも系統解析に用いられています(始祖鳥は鳥の始祖ではないのか?; Mayr et al., 2005; Corfe & Butler, 2006)。 さて,Hwang et al. (2002) では孔子鳥が鉤状突起を持つことの典拠として,Chiappe et al (1999) が挙げられています。 Chiappe et al. (1999) では図 28,31, 34 に明らかな鉤状突起が示されていました。 これ以前には孔子鳥には鉤状突起が存在しないとされていましたが(Hou et al., 1996; Peters, 1996), これらの論文で紹介されている標本の写真を見ると,必ずしも肋骨付近がよく保存されていないように見えます。 Mesozoic Birds 中の Zhou & Hou (2002)(Hou et al., 1996 の著者の内の二人)はこれらの標本に基づいて, 孔子鳥に鉤状突起がないと記述したと思われます。 Chiappe et al. (1999) によれば,北京の博物館には当時既に 100 近い孔子鳥の標本が保存されていたそうです。 これほどの標本があって初めて鉤状突起が確認されたとすれば,わずか 10 体しか標本が知られていない始祖鳥について, 鉤状突起の欠損が断言できるのかは素人ながら疑問を感じます。本当に鉤状突起の有無が始祖鳥の系統解析に用いられるのか, 今一度見直しが求められているのではないでしょうか。 Chiappe, L. M., Ji, S.-A., Ji, Q. & Norell, M. A. Anatomy and systematics of the Confuciusornithidae (Theropoda: Aves) from the Late Mesozoic of Northeastern China. Bull. Am. Mus. Nat. Hist. 242, 1-89 (1999). Clark, J. M., Norell, M. A. & Makovicky, P. J. in Mesozoic Birds: Above the Heads of Dinosaurs (eds. Chiappe, L. M. & Witmer, L.) 31-61 (University of California Press, Berkeley, 2002). Corfe, I. J. & Butler, R. J. Comment on "a well-preserved Archaeopteryx specimen with theropod features". Science 313, 1238b (2006). Hou, L., Martin, L. D., Zhou, Z. & Feduccia, A. Early adaptive radiation of birds: Evidence from fossils from Northeastern China. Science 274, 1164-1167 (1996). Hwang, S. H., Norell, M. A., Ji, Q. & Gao, K. New specimens of Microraptor zhaoianus (Theropoda: Dromaeosauridae) from Northeastern China. Am. Mus. Novitat. 3381, 1-44 (2002). Mayr, G., Pohl, B. & Peters, D. S. A well-preserved Archaeopteryx specimen with theropod features. Science 310, 1483-1486 (2005). Peters, D. S. Ein nahezu vollständiges Skelett eines urtümlichen Vogels aus China. Natur Mus. 126, 298-302 (1996). Zhou, Z. & Hou, L. in Mesozoic Birds: Above the Heads of Dinosaurs (eds. Chiappe, L. M. & Witmer, L.) 160-183 (University of California Press, Berkeley, 2002). |
続報:始祖鳥は鳥の始祖ではないのか?(2006.09.05) 新たに見つかった最も完全な始祖鳥の標本(サーモポリス標本)の研究から, 始祖鳥が現生の鳥類とは系統的に離れていたという結果が報告されました(始祖鳥は鳥の始祖ではないのか?)。 Corfe & Butler (2006) はこの系統仮説の統計的支持が不十分であることを指摘し,Mayr & Peters (2006) はこれに反論しています。 Corfe & Butler (2006) は最初に報告された系統樹のデータをそのまま,あるいは一部修正したデータを用いて系統解析を行い, 同時にブートストラップ値などの統計的支持率を調べました。その結果,始祖鳥と孔子鳥(化石種だが,現生鳥類の系統の代表) が単系統群になるとの仮説と,始祖鳥の仲間が孔子鳥と離れた系統になる仮説の統計的支持率はほとんど変わらなかったそうです。 そのため始祖鳥が現生鳥類の系統の根元で分岐したとする仮説は決して否定されない,と主張しています。 一方で Mayr & Peters (2006) は,始祖鳥が現生鳥類から離れた系統になるとの仮説の支持率が低いことは認めています。 しかしながら孔子鳥を含めた現生鳥類の系統と Microraptor は肋骨上に骨化した鉤状突起を持つことと, 橈骨よりも著しく太い尺骨を持つという特徴を共有しているとされます。この点については反証が出ておらず, また現生鳥類の系統と始祖鳥を結びつける明確な共有派生形質が示されていないことが指摘されています。 統計的検定で支持率が低かったことは確かに系統樹を見直すきっかけになります。 しかし形態形質にブートストラップのような検定法を持ち込むことには疑問があります。というのは, ブートストラップ値は解析に用いた形質が,全て同程度の進化速度の場合に適用されます。 形態の場合は形質ごとに進化速度が異なるのが通常ですから,このような検定方法で意味のある批判ができるかは疑問です。 ですから数は少なくても明瞭な共有派生形質を重視する姿勢の方が正しいのかもしれません。 しかしながら化石分類群の場合は,保存状態によって形態形質が正しく評価できない場合があります。 実際に文献によっては孔子鳥にも鉤状突起が存在しないとしているものもあり(Zhou & Hou, 2002), 同じ書籍中の他の論文とすら見解が異なっていました(Clark et al., 2002)。 そういうこともありますので,共有派生形質を利用する場合にも多くの科学者の検証が必要となるでしょう。 Corfe, I. J. & Butler, R. J. Comment on "a well-preserved Archaeopteryx specimen with theropod features". Science 313, 1238b (2006). Mayr, G. & Peters, D. S. Response to comment on "a well-preserved Archaeopteryx specimen with theropod features". Science 313, 1238c (2006). Clark, J. M., Norell, M. A. & Makovicky, P. J. in Mesozoic Birds: Above the Heads of Dinosaurs (eds. Chiappe, L. M. & Witmer, L.) 31-61 (University of California Press, Berkeley, 2002). Zhou, Z. & Hou, L. in Mesozoic Birds: Above the Heads of Dinosaurs (eds. Chiappe, L. M. & Witmer, L.) 160-183 (University of California Press, Berkeley, 2002). |
卵の中身を覗き見る(2006.08.31) 動物の初期進化を探るアプローチの一つに化石の研究がありますが,先カンブリア時代の化石はほとんどなく, 保存状態の良い小型の胚化石も重要な試料になっています。Donoghue et al. (2006) は新たに synchrotron X-ray tomographic microscopy(SRXTM)という,X 線を用いて物質の内部構造を 3 次元的に可視化する技術を用いて, 非破壊的に胚化石の内部構造を観察しています。 カンブリア紀前後の胚化石には進化上重要なものがいくつも報告されており(動物の起源に迫る胚の化石 や記事中のリンク参照),化石の生成過程についても研究されています(柔かい卵から化石を作る)。 しかしこれまでの研究では胚化石の外観だけが観察されていたり,母岩ごと断面を研磨して観察する研究が行われていました。 SRXTM を用いると,胚化石の外観と内部構造の情報を同時に得ることができるため,化石の情報を最大限に活用することができます。 著者らは実際に SRXTM を用いて中国やシベリア産のカンブリア紀の胚化石を研究しました。 するとこれまで正体について論争のあった化石に割球が詰まっていて,節足動物に見られる yolk pyramid という構造を持っていなかったことが示されました。また,ロシア産の Markuelia という胚化石についても口器の詳細な観察と, 消化管と推定される構造の走り方から,系統的には Scalidophora(動吻動物門,胴甲動物門,鰓曳動物門からなる) の原始的な仲間に属すると推定されました。 SRXTM を用いることで,これまでの論争に対して実際に役に立つ情報を得ることができたため, 今後は関心を示す研究者も増えるかもしれません。一方で,胚化石の解釈にこれまでよりも遙かに高い正確性, 詳細な情報が要求されるようになるでしょう。 Donoghue, P. C. J. et al. Synchrotron X-ray tomographic microscopy of fossil embryos. Nature 442, 680-683 (2006). |
年代推定には化石が大切(2006.08.25)(→進化・分類学)
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微化石を如何にして見直すのか(2006.08.07) 最古の生物化石がいつのものなのかについては,現在激しい論争が行われています。 オーストラリア・ピルバラ地域より報告された微化石様構造が確かに生物由来と証明できるのか, それとも非生物的にも生成しうるものなのかが論争の焦点になっています。非生物的に生成する微化石様の構造について, そして新たに発見された生物由来の可能性のある微化石様の構造について, 「最古の化石」は偽化石と主張する著者らによってレビューされています(Brasier et al., 2006) (この論文は生物の進化の大イベント再訪で紹介した特集の一部です)。 始生代の微化石の研究における問題は,これまでは研究者が「生物由来と考えるとよく説明できる」 という趣旨の推論をしていたことにあると指摘されています。しかし本来はその構造が何であるかを立証すべきで, 微化石であると証明するには非生物的に生成しないことの証明が必要だと主張しています。 そのために著者らは非生物的な自己組織化現象について触れ,微化石やストロマトライトと似た構造が出来ることを紹介しています。 そして始生代の生物由来の構造とされてきたものがほとんど非生物的にも出来るとしています。 ただしそのような構造が見つかった堆積環境で実際に著者らの考える非生物的現象が起きたのかについては, 改めて検証する必要はあると思われます。 著者らはさらに生物由来であることを示す方法として,真の微化石ではサイズがより均一であること, また微化石は互いに絡まるような位置になることが多いのですが,非生物的な構造ではそのようなことは稀であること, そして微生物の生態系の証拠を示すこと,などが利用できるとしており,この点でも「最古の化石」に疑問を投げかけています。 しかし著者らも否定的な議論ばかりしているわけではありません。「最古の化石」が見つかった Apex Chert と同じピルバラ地域, Strelley Pool Chert(約 34 億年前)より微化石様の構造を発見し,これは生物由来ではないかと推察しています。 糸状の構造が互いに絡まり合っている様子も示されていて,確かに微化石なのかもしれません。 これも完全な証明にはもう少し時間がかかりそうですが,始生代の古生物学がより洗練されてきているのは確かだと思います。 ごく最近にもピルバラ地域から,メタン生成古細菌が作ったらしいメタンの証拠が発見されたり(35 億年前のメタン),ストロマトライト構造の詳細な研究から非生物的に生成したとは考え難いストロマトライトが報告されたり (偽装ではなかった,最古の細菌の集合住宅),と確実な進展があります。 新しい観点から始生代の古生物学が体系立ってくるのもそう遠い話ではないかもしれません。 Brasier, M., McLoughlin, N., Green, O. & Wacey, D. A fresh look at the fossil evidence for early Archaean cellular life. Phil. Trans. R. Soc. B. 361, 887-902 (2006). |
オドントグリフスは貝の仲間(2006.07.17) バージェス頁岩から発掘されるカンブリア紀の動物化石には,「カンブリア紀の怪物」などと称されるような, 奇妙な形状の動物が多数含まれています。中でも Odontogriphus の正体は全くの謎でしたが, Caron et al. (2006) は収集した化石に歯舌が認められることから, Odontogriphus が軟体動物であることが示されました。 Odontogriphus は扁平な草履のような形をした動物で,1 個の標本に基づいて記載されました(サイズは数cm)。 当初は,体節を持った水中を遊泳する動物として復元され,口周りの突起が触手の基部と解釈され, 触手冠動物(Lophophorata;腕動物および外肛動物)に含まれる生物と考えられてきました。しかしながら不完全に保存された 1 体の標本だけでは Odontogriphus の正体をそれ以上明らかにすることは出来ませんでした。 著者らは熱心な化石採集によって非常に稀な種類とされた Odontogriphus の化石を新たに 189 体も発見しました。 これらの化石には保存状態の優れたものも含まれており,特に口器の構造に重要な特徴がありました。 口の周りには触手は認められず,その基部とされた突起が実は 2(〜4)列の歯舌であることが明らかとなりました。 歯舌とは軟体動物の口の中に認められる歯の列が並んだ構造で,岩の表面の藻などをこそぎ取る機能を持っています。 歯舌を持っていることから Odontogriphus は軟体動物であると考えられます。
この他に新たにわかったこととしては,これまで体節と考えられてきた横縞は体の中央部分にしか存在せず, 幅広い足の裏側のしわであると考えられました。足の両側には鰓の列が見つかりました。 化石はしばしばシアノバクテリア(Morania)のマットの上に発見されたことから, Odontogriphus はマット上を這って表面の微生物をこそぎ取って食べていたと考えられます。 系統的には炭酸カルシウムの骨片やその他の物質の骨片も持っていないことから, 現生の軟体動物よりも祖先的な位置で分岐したと考えられ,一方で外套腔や一対の唾液腺を持つことから Kimberella という先カンブリア時代エディアカラ紀の軟体動物と考えられている生物よりは現生の軟体動物に近縁であると推定されています。 -------Kimberella| ------| --------------Odontogriphus | | -------| -------Wiwaxia -------| -------------派生的な軟体動物(現生の軟体動物など) 今回の研究からは,1 体の化石のみに基づいて動物の復元を行うことがいかに困難であるかがわかります。 著者らは新たに大量の化石証拠を積み重ねて Odontogriphus の正体を突き止めています。 結果としては「謎の生物」ではなく軟体動物に含まれる,という穏当な結論になっていますが, 地道な証拠を積み重ねて説得力のある結論を導くという研究姿勢はしっかりと見習っていきたいと思います。 Caron, J.-B., Scheltema, A., Schander, C. & Rudkin, D. A soft-bodied mollusc with radula from the Middle Cambrian Burgess Shale. Nature 442, 159-163 (2006). 解説記事 Odontogriphus も出てくるバージェス生物群の関連書籍 コンウェイ・モリス, S. カンブリア紀の怪物たち: 進化はなぜ大爆発したか (講談社, 東京, 1997). Gould, S. J. Wonderful Life: The Burgess Shale and the Nature of History (W. E. Norton & Co., New York, 1989). |
生物の進化の大イベント再訪(2006.07.15)(→進化・分類学)
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円網の発明 II(2006.07.04)(→進化・分類学)
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円網の発明 I(2006.07.01) クモは自分の合成する糸を様々な目的で利用します。例えば住居や移動などの目的で使う場合もあります。 中でも最も有名なのが捕食に糸を用いる場合です。クモの糸はごく稀に琥珀中に保存され,化石として発掘されます。 最古の化石は白亜紀の前期の断片的なクモの糸でしたが,Peñalver et al. (2006) はスペインの白亜紀前期の琥珀中に獲物がかかった状態のクモの糸の化石を報告しています。 この化石はスペインの 1 億 1000 万年前の地層から見つかり,18 × 7.5 mm とさほど大きくない琥珀中に保存されていました。 糸の保存は極めて良好で,少なくとも 26 本が確認できたそうです。さらにそのうちの 2 本においては粘着球と呼ばれる, 獲物を捕らえるための粘液の滴が等間隔に並んでいるのが観察されています。 この網にはハエやダニが捕まっており,捕虫網として機能していたことがわかります。糸同士のつながり方などから, 化石になったのは円網と呼ばれる,比較的派生的なグループが作る網の可能性があるそうです(不規則網の可能性も否定できない)。 円網は普通にクモの巣と入ったときにイメージされるような綺麗な同心円状の横糸と,放射状の縦糸からなる網のことで, この網を作ることで一部のクモが爆発的に放散できた,という代物です。 クモは系統によってそれぞれ特徴的な網を作るので,万一もっと状態のいい化石がでてくれば, 網と網を作った系統の進化を合わせて語ることもできるかもしれません。 それにしても琥珀中のクモの糸なんて,本当によく見つけますね。意外に見逃されているものも多かったら面白いのですが。 今度「虫入り琥珀」を売っているのを見かけたら,クモの糸も探してみましょうか。 なお,同じ号にクモの糸のタンパク質から,円網の起源を探る研究が出ています。また,今回の化石より古い時代の, 円網を作るタイプのクモの化石も報告されるようです(Stokstad, 2006:解説)。この辺はまた改めて。 Peñalver, E., Grimaldi, D. A. & Delclòs, X. Early Cretaceous spider web with its prey. Science 312, 1761 (2006). Stokstad, E. Spider genes and fossils spin tales of the original worldwide web. Science 312, 1730 (2006). |
時を止めたヤツメウナギ(2006.06.29) ヤツメウナギ(脊索動物門頭甲綱)は脊椎動物の中でも原始的な無顎魚類に含まれます。 最古の化石は古生代石炭紀から見つかっていますが,それ以降は現生のヤツメウナギまで化石記録が途絶えていました。 Chang et al. (2006) は中国の白亜紀の地層より抜群な保存状態のヤツメウナギの化石を報告しています。 Mesomyzon mengae と名付けられ,現生種と同じヤツメウナギ科(Petromyzontidae)に含められた化石は, 中国,内モンゴルの白亜紀前期の義県層(Yixian Formation)から 2 体が発掘されました。 これらの化石は極めて保存状態がよく,とくに正基準標本となった化石はそのまま食べられそうなくらい綺麗な化石です。 現生のヤツメウナギに比べると,体長は短いですが,石炭紀のものと比べるとより細長い体型をしており, より現生のものに似ているそうです。ヤツメウナギの名前の由来となった 7 対の鰓孔こそ保存されていませんでしたが (本物の眼と合わせて 8 対の眼があるように見える),鰓弓・鰓嚢が 7 対,現生種と同じ位置にあることから, 鰓孔も 7 対あったと考えられています。また,Mesomyzon には吸盤状の口周りの構造も保存されており, 現生の海産種に似た放射状の歯を持っていたようです(現生種は吸盤で他の魚に食らいついて生活しています)。 鉱化した骨などを持たないためにヤツメウナギは化石に残りにくく,Mesomyzon は 3 属目の確かな化石になるそうです。 上述の形質などと併せて考えると,本種は石炭紀の種類と現生種の間の形質を示し,より現生種に近い生物と考えられています。 進化上の注目点としては,石炭紀のヤツメウナギが海産だったのに対して,Mesomyzon は淡水産(おそらく遡河性) であるという点があります。現生種には海産と淡水産が存在しますが,Mesomyzon は淡水への進出の最初の証拠なのかもしれません (もっとも単に石炭紀の淡水産種が発見されていない可能性も大いにあります)。 ヤツメウナギの進化と言っても,必ずしも一般の興味を引くこともなく,ドラマティックな話ではないのかもしれませんが, 約 1 億 2500 万年前の生物が現生のものとよく似た形をしているということは,ヤツメウナギの形態が一つの完成形なのかもしれません。 逆に言えば,ヤツメウナギ科以外の頭甲綱の生物はかなり早い時期に絶滅してしまったのではないでしょうか。 近い親戚がことごとく絶滅した中で,ごく一部の系統だけが細々と,しかし地質学的にも長い時間にわたって生き延びていたというのは, 何とも不思議な感じがします。 Chang, M., Zhang, J. & Miao, D. A lamprey from the Cretaceous Jehol biota of China. Nature 441, 972-974 (2006). |
クジラの後肢はどこへ行った?(2006.06.26)(→発生学)
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動物の起源に迫る胚の化石(2006.06.23) 中国の貴州省にある陡山沱(Doushantuo)累層は良質の卵細胞や胚の化石が見つかることで有名です。 これまでにも最古の左右相称動物の報告などがありましたが(最古の左右相称動物, 続報,続報2),これには疑問の声も多くあります。 そして同じ著者らのグループが,今度は左右相称動物の一部にしか見られない特徴を持った, 動物の胚の化石を発見したとしています(Chen et al., 2006)。 冠輪動物に含まれる一部の動物(軟体動物や環形動物)は初期胚の植物極に突出を持っています。 この突出は極葉(polar lobe)と呼ばれ,1 細胞期から既に形成され,2 細胞期以降には片方の細胞に受け継がれていきます。 役割としては細胞の非対称的な分化に関わっていると考えられているそうです。
さて,Chen et al. (2006) は陡山沱累層から極葉を持った胚の化石を発見したと報告しています。 岩を酢酸で溶かし,残りを集めて化石を探したそうで,248 体の極葉を持った胚化石が得られたそうです。 この中には 2 細胞期のものも 4 細胞期のものも含まれていて,一応それらしく見えます。 さらに 2 細胞期の胚の各細胞のサイズを測定してみると,極葉を持つ細胞が持たない細胞と同じくらいのサイズをしているものと (細胞のサイズは極葉も合わせたサイズ),倍程度のサイズをしているものに綺麗に分けられたそうです。 このことから得られた胚には少なくとも 2 種類以上の生物が含まれていたと議論しています。 極葉の形成は左右相称動物でのみ知られており(ただし単系統ではない模様),形態形成における意義を考えても, 陡山沱累層で見つかった胚が左右相称動物である可能性が示唆されます。 しかし今回の化石はサイズが 0.2〜1.2 mm と大きく,現生の極葉形成を行う胚と比べると大きすぎると言う批判もあるそうです (Unger, 2006)。とりあえず先カンブリア時代の特徴的な形態の胚化石を発見したというのは面白そうですが, この時代に左右相称動物がいたことを示すには明らかに左右相称動物の姿をした成体の化石を見つけるしかないでしょう。 もっとも,胚の遺骸が保存される条件では成体の遺骸は保存されにくいという話もありますが (柔かい卵から化石を作る)。そういえば,この研究では胚の固定が中途半端に進行すると, 奇形的な胚ができてしまうとも指摘していましたが,奇形が極葉に見える心配はないんでしょうかね。 Chen, J.-Y. et al. Phosphatized polar lobe-forming embryos from the Precambrian of southwest China. Science 312, 1644-1646 (2006). ニュース・紹介記事 |
一肌脱いだサンゴ(2006.06.20)(→進化・分類学)
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偽装ではなかった,最古の細菌の集合住宅(2006.06.15) 一般的に最古の化石の産地と言われている,オーストラリアのピルバラ地域(約 34 億年前の地層が存在する) からは「ストロマトライト」も報告されていました。ストロマトライトは捕食者の少ない環境で, 光合成細菌などが層状に積み重なって形成する構造です。 しかしピルバラ地域のものが本当に生物由来なのか疑問の声もありました。 Allwood et al. (2006) はこの地域の堆積環境とストロマトライトの形態,分布を詳細に検討し, 「ストロマトライト」と呼ばれた構造が生物に由来するとしか考えられない,と結論づけています。
ピルバラで最古の微化石を発見した Schopf (1993) もストロマトライトについて言及していますが, その後は「ストロマトライト」の生物起源について疑問を呈する研究がいくつも出ています(例えば 磯崎 ほか, 1995)。 それに対して Allwood et al. (2006) は約 34 億 3000 万年前の地層である Strelley Pool Chert を詳細に研究し, 「ストロマトライト」の由来に迫ろうとしました。 堆積環境の研究から,この地域はかつて沿岸域の炭酸塩プラットフォームが広がっていたことがわかりました。 また,ストロマトライトの分布は浅海域に限られており,地域,古環境などに対応して 7 つのパターンが見つかったそうです。 「被覆性ドーム状ラミナイト」(Encrusting/domical laminites),「小型尾根状円錐状ラミナイト」 (small crested/conical laminites),「尖形うね状構造」(cuspate swales),「大型複雑円錐体」 (large complex cones),「卵用カートン」(egg-carton laminites),「波状ラミナイト」(wavy laminites), 「鉄含有性ラミナイト」(iron-rich laminites)の 7 種類がそれで, それぞれ対応する他の地質年代のストロマトライトが知られているそうです。 7 種類の構造の全てが未知の無生物的な現象によって作られたと考えるのはさすがに無理があります。 特に「大型複雑円錐体」や「尖形うね状構造」は非生物的に形成されるとはほとんど考えられないとされています。 円錐状の構造は,走光性のある滑走バクテリアが光に向かって集まるようにして形成されると考えられており, これを無機的な現象で再現するのは確かに難しいと思います。また,ストロマトライトの分布も浅海に限られているなど, 生物由来であることを示唆しています。 今回の研究はピルバラ地域のストロマトライトを詳細に分類し,古環境の推定まで行った重要な研究となるはずです。 状況証拠ではありますが,調べられた構造の多くが生物由来であるという解釈が,最も妥当な解釈に思えます。 しかしながら,これまでもそのように言われた構造が,よくよく調べてみると無機的にも再現できることがわかった, という例はいくらでもあります。既に Brasier など一部の研究者が証拠不十分と見ているとの話が紹介されています (Stokstad, 2006)。今後は他の研究者も併せて証拠固め,あるいは批判的な研究が進んでいくことでしょう。 最古の化石の発見に沸いた 1990 年代前半から比べると,ここ数年の研究は当時の研究を批判的に検証し, 当時の結果を支持するものもあれば(溶岩を食べたご先祖様), 批判するものも出ており(生物の年齢は誤差 20 億年), ようやく幅広い議論ができる土壌が整ってきたのかな,という印象を受けます。 Allwood, A. C., Walter, M. R., Kamber, B. S., Marshall, C. P. & Burch, I. W. Stromatolite reef from the Early Archaean era of Australia. Nature 441, 714-718 (2006). ニュース・紹介記事 Stokstad, E. Ancient 'reef' stirs debate over early signs of life in australian rocks. Science 312, 1457 (2006). 参考文献 Schopf, J. W. Microfossils of the Early Archean Apex chert: New evidence of the antiquity of life. Science 260, 640-646 (1993). |
分子のメスで生きた化石の貝を切る(2006.05.29)(→進化・分類学)
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35 億年前のメタン(2006.05.26) これまで最初期の生物の証拠は,生物遺骸と思われる構造と, 有機炭素から得られる同位体の組成程度しかありませんでした。 Ueno et al. (2006) は約 35 億年前の鉱物から,その形成年代に閉じ込められたと考えられるメタンを検出, その同位体組成などに基づいて,当時既にメタンを合成する微生物がいたことを示しています。 太古の岩石に見つかる生物の証拠の一つに,炭素同位体比の偏りがあります。生物が二酸化炭素などを固定するときには, 13C に比べて 12C の方を多く取り込む傾向があります。そのため炭素の同位体比を見ることで, その炭素の由来をある程度推定することができるのです(δ13C という値で表される。これが小さいほど, 13C が少ないことを意味する。後述の注を参照)。特にメタン生成菌(古細菌の仲間)によりメタンが合成されるとき, δ13C の値が一層小さくなるため,炭素同位体比からメタン生成菌の存在が推定されることがあります。 著者らはオーストラリアはピルバラ地域にある最古の生物化石が見つかる地層で研究を続けていました。 最古級の微化石やその同位体組成などの研究を続ける中で(例えば Ueno et al., 2001), メタン生成菌が存在するのではないかと考え,石英中の流体含有物(液体や気体)を調べました。 石英の流体含有物の中には,石英形成時(34.6 億年以上前)に閉じこめられたと考えられるもの(一次含有物)や, 後の時代に入り込んだと考えられるもの(二次含有物)がありました。この含有物を集めて調べたところ, 少ないながらもメタンが検出されました。さらに同位体比が調べられた結果,一次含有物を多く含む破片から得られたものほど, 低い δ13C の値を示すことがわかりました。δ13C の値は -56‰ に達し, これはメタンがメタン生成菌によって作られたことを強く示唆しています。 これまでは地層に含まれた有機炭素の δ13 のデータから,約 28 億年前から数億年間, δ13C の値が -50‰ を切る時代があり, メタン生成菌を含めた生態系が広がっていた可能性が言われていました(Hayes, 1994)。 今回のメタン生成菌の証拠はこの証拠を 7 億年程度遡る,最古の記録になります。 また,メタン生成菌はこれまで真正細菌では見つかっておらず,古細菌の最古の証拠にもなります。 Cavalier-Smith (2002) などは,古細菌は遙かに新しい時代(約 8.5 億年前)に誕生したと主張していますが, 彼の主張はメタン生成菌の証拠とは矛盾しています。 さて,少し気になることについてもう少し議論してみます。Hayes (1994) や Ueno et al. (2001) でも約 35 億年前の有機炭素の炭素同位体比は調べられています。いずれの場合も δ13C の値は -40‰ 程度までで,メタンの同位体比に比べて高い値を示しています。約 28 億年前から得られた有機炭素が -50‰ 以上の δ13C 値を示していることとは何が違うのでしょうか。 素人考えながら思いついたことは,メタン資化性菌の存在です。現在よく調べられているのは,酸素を利用してメタンを酸化し, エネルギーを得ている真正細菌の仲間です。大気中に酸素が蓄積していなかった頃(約 22 億年以上前)は, 嫌気的にメタンを酸化する原核生物が活躍していたと予想されます。このような生物は未培養の古細菌に知られており, ANME-1 や ANME-2 と呼ばれる系統群があります。ところがこれらはメタン生成菌の系統から派生してきたことがわかっており, メタン生成の経路を逆転させることでメタンの酸化を行っていると考えられています( メタン菌進化の大逆転)。従って,メタン資化性古細菌はメタン生成菌より後の時代に誕生したはずなのです。 もし仮に 35 億年前にはメタン生成菌のみが存在し,メタン資化性古細菌が誕生していなかったとすれば, 13C の少ないメタンは効率よく生物に取り込まれず, 従って有機炭素の δ13C 値を大きく下げなかったのかもしれません。 一方で 28 億年前頃に嫌気的なメタン酸化が誕生し,13C の少ないメタンから有機物が作られるようになったとすれば, この時代に急激に δ13C 値が低下したことを説明できるかもしれません。 これは完全に想像の中の話ですが,もし本当にそうであれば面白いと思います。 注:δ13C は,「試料の 13C/12C 比」と 「標準試料の 13C/12C 比」の差を,後者で割った値として定義されます。 通常は 1000 倍して ‰(パーミル)の単位をつけて示されます。 Ueno, Y., Yamada, K., Yoshida, N., Maruyama, S. & Isozaki, Y. Evidence from fluid inclusions for microbial methanogenesis in the early Archaean era. Nature 440, 516-519 (2006). News & Views より Cavalier-Smith, T. The neomuran origin of archaebacteria, the negibacterial root of the universal tree and bacterial megaclassification. Int. J. Syst. Evol. Microbiol. 52, 7-76 (2002). Hayes, J. M. in Early Life on Earth (ed Bengtson, S.) 220-236 (Columbia Unibersity Press, New York, 1994). Ueno, Y., Maruyama, S., Isozaki, Y. & Yurimoto, H. in Geochemistry and the Origin of Life (eds Nakashima, S., Maruyama, S., Brack, A. & Windley, B. F.) 203-236 (Universal Academy Press, Tokyo, 2001). |
エディアカラの忘れ形見(2006.05.14) 動物の爆発的な進化はカンブリア紀の初期に起こったと言われています。 しかしカンブリア紀に先立つエディアカラ紀にエディアカラ生物群(またはヴェンド生物群:Vendobionta) と呼ばれた謎の生物群が存在していました。ほとんどのエディアカラ生物群は硬い骨格を持った生物に取って代わられるように エディアカラ紀末に絶滅してしまいましたが,その生き残りらしき生物が中国のカンブリア紀の地層で見つかったそうです (Shu et al., 2006)。 エディアカラ生物群に関しては,絶滅した動物群だとする解釈や,独自の界に分類できるとする解釈など, 様々な解釈があり,そもそも一つのタクソンにまとまるのかどうかすらわかっていません。 今回の化石は保存状態の良い化石が多数産出することで知られる澄江より発掘され,やはりよく保存されているため, エディアカラ生物群の所属に新しい光をあてています。 今回見つかった化石は,葉状のウミエラに似た形をしています。新科新属新種の Stromatoveris psygmoglena ("Charniomorpha 目" Stromatoveridae 科)と名付けられています。大まかな形を示すと下図のようになります。 特に構造の認められない柄の部分と軸の左右に枝状の構造を持った葉身部分からなり,表裏でも構造が違うようです。 ちなみに枝状構造が認められるのは「上面」で「下面」は葉身部に平滑な凹みがあり, より下部では皺状や鱗片状の表面になっているように見えます。 枝は互いに密着しており,時に二叉分岐もしています。枝と枝が接しているラインはくぼんでおり,濃く色づいています。 おそらくは何らかの構造があったと思われます。 柄の部分も,各枝も中空なようで生きていたときには水が詰まっていたと考えられています。 などなど細かい特徴や解釈を紹介するときりがありませんが, 著者らは Stromatoveris は有櫛動物の初期分岐と解釈しています。 その根拠として,枝同士の境界線の溝に繊毛が生えていて,これが捕食のために機能したとの想像を挙げています。 この溝部分が有櫛動物の櫛板と相同だと考えたようです。 この解釈はいくら何でも想像が過ぎると思われますが,有櫛動物や刺胞動物など,二胚葉動物と類縁性がある可能性は, 十分に考えられます。Stromatoveris を初め,保存状態の良いエディアカラ生物の化石がさらに発見され, 正確な生態復元が可能になれば,いずれエディアカラ生物の起源や分類についてもわかる日が来るかもしれません。 Shu, D.-G. et al. Lower Cambrian vendobionts from China and early diploblast evolution. Science 312, 731-734 (2006). |
ヘビはどこで肢を無くしたのか?(2006.05.03) ヘビが肢を失った理由についてはいくつかの仮説が存在します。 一つは,陸上,あるいは半地中性の動物からヘビが進化したとする考えで, 対立仮説として水生の爬虫類からヘビが進化してきたとする仮説が存在します (ヘビは海から戻ってきた?)。 先頃白亜紀の陸生の地層から発見されたヘビ化石は丈夫な後ろ肢を持っており, ヘビの仲間が陸生の種で後肢を失った可能性を示唆しています(Apesteguía & Zaher, 2006)。 ヘビの海生起源の根拠は,後ろ肢を持ったヘビの仲間が全て海生の化石種だったことと, ヘビとモササウルス類が近縁だとする考えに基づいていました。 一方で,通常モササウルスと近縁だと考えられているオオトカゲ類は, 分子系統の結果からヘビとは直接類縁性が無いことがわかっており,このことは海生起源説への反論になっていました (Vidal & Hedges, 2004)。そこに来て,新たに見つかった陸生で後ろ肢を持ったヘビ類が見つかり, ヘビの起源についての考え方に再考を促しています。 Najash rionegrina(属名は聖書に出てくる肢を持ったヘビの名前。種小名は発見地の Río Negro より) と名付けられたアルゼンチン産の白亜紀後期(セノマニアン〜チューロニアン頃)の化石は, 完全に閉じた脳函など幾つかの特徴によってヘビの仲間であることがわかり, にも関わらずヘビの中では例外的に仙椎(胴部と尾部の境界になる脊椎骨)を保持しており, これに腰帯,大腿骨,脛骨,腓骨などの後ろ肢の要素が見つかっています。 系統解析の結果,Najash はヘビ類の中で最も最初に分岐したことが示唆され, 他の後肢を持った海生ヘビ類はより派生的な Macrostomata 類(≒真蛇下目からパイプヘビ上科を除いた分類群)に含まれ, 後肢が再び出現したか,複数回失われた可能性を示唆しています。 今回のデータをそのまま解釈すれば,ヘビは陸上生活の過程で, おそらくは時に他の動物の作ったトンネルなどを利用するうちに後肢を失ったという解釈になるでしょう。 しかし ヘビは海から戻ってきた? で紹介した系統樹では後肢を持った海生ヘビは, ヘビの中で最も原始的な位置を占めていました。また,今回の系統樹ではモササウルスの位置は明記されていません。 従って,系統解析のやり方によっては後肢の消失が起こったタイミングや,ヘビの祖先の生活場所については, さらなる発見によって仮説が覆る可能性は大いにありそうです。 Apesteguía, S. & Zaher, H. A Cretaceous terrestrial snake with robust hindlimbs and a sacrum. Nature 440, 1037-1040 (2006). Vidal, N. & Hedges, B. Molecular evidence for a terrestrial origin of snakes. Proc. R. Soc. Lond. B. 271, S226-S229 (2004). |
柔かい卵から化石を作る(2006.04.22) 先カンブリア時代の動物の進化を考える際に,エディアカラ紀の地層から見つかる, 動物の胚と考えられている化石は重要な位置を占めます。中国の「陡山沱」(Doushantuo) 累層は卵割の一連の過程に見える化石など,保存状態の優れた動物化石を産出することで特に有名です (最古の左右相称動物,続報,続報2)。 しかし本当に壊れやすい動物の胚が化石に残りうるのか,残るとしてどのような条件であれば残るのかについては, あまり研究がありませんでした。そこで Raff et al. (2006) は実験的に動物の胚の化石化の可能性を検証しています。 著者らは初めにウニの一種(Heliocidaris erythrogramma)の卵(約 0.5 mm)を用いて,死後の変化を調べました。 まず死に方による差として,素早く殺された場合は正常な卵割の形態をとどめるのに対して, 緩やかに殺された場合には部分的に卵割が進行するなどして異常な形態の胚ができることがわかりました。 次に保存の条件が還元的であれば(扱いづらい硫化水素の代わりに β-メルカプトエタノールを与えている), 少なくとも数週間に渡って胚が原型をとどめるのに対して,通常の海水中では死後すぐに自己分解を起こしてしまったそうです (ちなみに還元的な環境でも胚の変形は起こるため,胚の形態から化石を比較するのは困難との事)。 また,還元的な環境で保存していた胚の遺骸を通常の海水に戻した場合にも,自己分解は起こりませんが, 原生生物や細菌の攻撃で劣化が始まったそうです。 エディアカラ紀の化石にはこれまでサイズが大きいものが多く,化石化のしやすさに偏りがある可能性が考えられました。 しかし,H. erythrogramma よりも小型(約 0.1 mm)の Lytechinus pictus の卵を用いた場合にも, 還元的な環境で同様に胚が保存されたそうです。 一方で,胚が受精膜に覆われているかどうかは実は極めて重要で,受精膜で覆われている時期は保存が良好であるのに対して, 孵化後は還元的な環境におかれたときに細胞同士の結合が壊れて,胚(幼生)がばらばらになってしまったそうです。 興味深いことに還元的な環境では胚が保存されやすい一方で,固い骨片(ウニでは炭酸カルシウム)は溶けてしまい, むしろ骨片は通常の海水中でよく保存されるそうです。 化石は生き物をそのまま保存したものではありませんから, 過去の生き物の姿を復元するためには化石化の過程を理解することが非常に重要です。 今回の結果から,例えば化石の卵や胚の形態が死後に変形しうることや,化石が残るのが還元的な条件に限られること, 孵化した胚はむしろ化石化しにくいことなどが明らかになりました。さらに卵と骨片の保存条件が異なることから, 「卵のような残りにくいものが残っているのだから,硬い殻を持った生物ももしいたら化石化するはずだ」 という単純な推論も出来ないことがわかりました。 今回の研究で硫化水素の代わりに用いられた β-メルカプトエタノールが適切な代替品だったのかどうかはわかりませんが, 今後もより幅広い,そして実際の堆積環境を踏まえた化石化のメカニズムを研究してもらいたいものです。 同時に,このような化石生成(taphonomy)の研究も踏まえた先カンブリア時代の動物研究も進めて欲しいですね。 Raff, E. C., Villinski, J. T., Turner, F. R., Donoghue, P. C. J. & Raff, R. A. Experimental taphonomy shows the feasibility of fossil embryos. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 103, 5846-5851 (2006). |
帰ってきた火星生命?(2006.04.06)(→進化・分類学)
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羽毛恐竜ハゲた(2006.03.20) 鳥の起源が獣脚亜目(Theropoda)の恐竜であることを裏付けるように, 中国から大量の羽毛を持った恐竜が発掘されて来ています。 これらの証拠に基づいて,単純な構造の原羽毛は,コエルロサウルス下目(Coelurosauria) という系統群の祖先で発明されたと言われています。 ところがドイツで発掘されたコエロサウルス下目の恐竜は,羽毛の代わりのうろこを持っており, 羽毛が退化した可能性が示唆されました。 新しい恐竜化石は,ドイツのゾルンホーフェン(Solnhofen)のジュラ紀後期キンメリッジアン(1億5570万〜1億5080万年前) の地層から発掘され,Juravenator starki と名付けられました。 ゾルンホーフェンは良質の化石を産することで有名で,羽毛の印象を残した始祖鳥の化石が見つかったのもゾルンホーフェンです (始祖鳥は鳥の始祖ではないのか?)。Juravenator も保存状態が良く, わずかに尾の先端 1/3 を失った他は全身の骨格が保存されています。 良く保存された骨格の形態形質を中心に分岐図が描かれた結果,Juravenator はコンプソグナトゥス科 (Compsognathidae)に含まれることがわかりました。コンプソグナトゥス科はコエルロサウルス下目に含まれるため, 羽毛を持っていることが予想されました。実際に同じコンプソグナトゥス科のシノサウロプテリクス(中華竜鳥: Sinosauropteryx)は原羽毛を持っていたことがわかっています。 ところが Juravenator の尾のまわりに残っている軟体部の印象には羽毛の痕跡は残されておらず, 代わりにうろこ状の構造が残されていました。 ----------------------------------------------------------------------Tyrannosauroids| | -------Compsognathus | | | | | |------Sinosauropteryx | --羽毛--| --------------------------------------------------------| |コンプソグナトゥス科 | | |------Huaxiagnathus | (Compsognathidae) | | | | | | -------Juravenator(うろこ?) | | | -------| --------------Shenzhousaurus | | | ------------------------------------------| -------Gallimimus | | -------| | | -------Ornithomimus -------| | -------------------------------------------------Ornitholestes | | -------| ------------------------------------------アルヴァレツサウルス科(Alvarezsauridae) | | | | -----------------------------------オヴィラプトロサウルス下目 (Oviraptorosauria) -------| | | | --------------Sinovenator | | | -------| -------| -------Troodon | | -------| | -------| -------Sauromithoides | | | -------| ---------------------ドロマエオサウルス科 (Dromaeosauridae) | ----------------------------鳥類(Aves) この解釈についてはいろいろな可能性が考えられます。例えば,羽毛が複数回進化した可能性,あるいは Juravenator で羽毛が退化した可能性,そして単に分岐解析が間違っていた可能性,等々です。 今回の化石証拠だけからはこの疑問に答えることはできないでしょう。 しかし羽毛の獲得初期にどのような進化が起こったのかについては,ジュラ紀後期の獣脚類の化石, 特に皮膚の印象を残した化石がほとんど存在しないことから,ほとんど知識がありません。 今後,ゾルンホーフェンなど優良な化石産地から羽毛を持った,あるいは羽毛を持たない獣脚類の化石がさらに見つかってくれば, 羽毛の起源についても理解が進むかもしれません(ちなみに中国の羽毛恐竜は白亜紀初期のものなので, 羽毛が誕生した時代からは少し遅れています)。 ところで羽毛を失った可能性について少し補足をしておきます。羽毛を失って, もう一度失われた形質(この場合うろこ)が再獲得するのは不自然ではないか,と思われるかもしれません。 しかし実は羽毛の獲得がうろこの喪失を意味するわけではありません。 シノサウロプテリクスの尾に羽毛が存在したのは確かですが, 彼らは例えば季節によって羽毛を持っている時期と持たない時期があったかもしれません。 あるいは体の一部(例えば肢の先端付近)には羽毛がなく,うろこ様の構造に覆われていたとすれば, 単にうろこが出来る領域が体の表面で変化しただけ,と説明できるかもしれません。 実際に現生の鳥類の肢をよく見てみると,うろこ様の構造に覆われています。写真はドバト(Columba livia) の肢です。 Göhlich, U. B. & Chiappe, L. M. A new carnivorous dinosaur from the Late Jurassic Solnhofen archipelago. Nature 440, 329-332 (2006). Xu, X. Scales, feathers and dinosaurs. Nature 440, 287-288 (2006). |
ティラノサウルスが冠を戴いたとき(2006.03.13) ティラノサウルス(Tyrannosaurus)は最も有名な恐竜の一つで,最大級の肉食恐竜でもありました。 近年の見解ではティラノサウルスの系統(ティラノサウルス上科:Tyrannosauroidea) は比較的小型の恐竜から進化してきたとされています。 Xu et al. (2006) は中国のジュラ紀の地層から最古にして最も原始的なティラノサウルス上科の化石を報告しています。 新疆ウイグル自治区のジュラ紀後期オックスフォーディアン(1億5570万〜6120万年前)の地層から発掘された化石は, Guanlong wucaii(五彩冠竜)と名付けられました。カラフルな地層の様子と,恐竜の姿にちなんでいます。 Guanlong はほぼ全身骨格のそろった個体が 2 個体発見されています。全長は推定で 3m 程度でした。 最も特徴的なのは頭部に存在する「とさか」状の構造です(これが属名の由来になっている)。 鼻の上部から目の手前の上部にかけて板状の構造が発達しており, 異性に対するアピールとして働いたのではないかと想像されています。 いくつかの肉食恐竜にも同様の装飾構造が知られていますが,Guanlong のものは中でも目立っています。 その他,Guanlong の形質にはコエルロサウルス類(Coelurosauria)の原始的な特徴と, ティラノサウルス上科の派生的な特徴が混在しており, より派生的なティラノサウルス上科への進化の中間段階の生物であることがわかります。 例えば鼻骨が融合していることはティラノサウルス上科の共有派生形質を示しており, 一方で 3 本指の前肢がよく発達していることは,より原始的な形質です(ティラノサウルスでは前足はかなり退化しています)。 Guanlong の形質はティラノサウルス上科の初期進化に光を当てるだけでなく, より大きなグループであるコエルロサウルス類の形質進化にも再考を促しているそうです。 例えば上顎骨や歯列,前肢の指骨の特徴などにテリジノサウルス上科(Therizinosauroidea), オルニソミモサルウス下目(Ornithomimosauria)およびアルヴァレツサウルス科(Alvarezsauridae) を結びつける共有派生形質と考えられてきた形質が,Guanlong に見つかったそうです。 すなわちこれらの形質が実はティラノサウルス上科の派生的なグループで失われただけで, 実はコエルロサウルス類の祖先で獲得された祖先形質だった可能性も出てきました。 ------------------------------------------コンプソグナトゥス科(Compsognathidae) || | | --------------Guanlong | | | | | | ------| |-------------Stokesosaurus | | | ---------------------| |ティラノサウルス上科 | | | | -------Dilong | (Tyrannosauroidea) | | | -------| | | -------| -------ティラノサウルス科(Tyrannosauridae) | | | | | ----------------------------オルニソミモサウルス下目(Ornithomimosauria) | コエルロサウルス類 | | | (Coelurosauria) -------| -------テリジノサウルス上科(Therizinosauroidea) | | --------------| | | | -------オヴィラプトロサウルス下目(Oviraptorosauria) | -------| | | -------トロオドン科(Troodontidae) | | -------| | -------| -------ドロマエオサウルス科(Dromaeosauridae) | | | --------------鳥群(Avialae) | Guanlong は最古のティラノサウルス上科としても面白い生き物ですが, 肉食恐竜の形質進化に新しい視点をもたらす意味でも重要な化石となりそうです。 形質の収斂や欠失がコエルロサウルス類で繰り返し起こったのであれば, 形質進化の順番を明らかにするためにはさらに多数の原始的な恐竜の化石が発見されなければならないでしょう。 なお,Guanlong の想像図(Holtz Jr, 2006 などに掲載)には原羽毛が描かれていますが, これは系統的にティラノサウルス上科にも羽毛の存在が予想されており, 実際に原始的な仲間である Dilong に原羽毛が報告されたためです(Xu et al., 2004)。 Xu, X. et al. A basal tyrannosauroid dinosaur from the Late Jurassic of China. Nature 439, 715-718 (2006). News & Views より Xu, X. et al. Basal tyrannosauroids from China and evidence for protofeathers in tyrannosauroids. Nature 431, 680-684 (2004). |
ヘビは毒トカゲから進化した(2006.03.10)(→進化・分類学)
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脊椎動物の起源を見直すとき(2006.03.02)(→進化・分類学)
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マンモス・ゲノミクス II(2006.02.28) Poinar et al. (2006) は,論文の出版順ではマンモス・ゲノミクスで紹介した Krause et al. (2006) より前になりますが,こちらは核 DNA をゲノムレベルで解読しようとしています。 彼らはシベリアから得られたマンモスのサンプルの中で,特に DNA のよく保存されたものを選び, ゲノムの解析に用いています。DNA 分子の増幅などに長さのバイアスがかからないように,単一の DNA 分子を微小な油滴中に閉じ込めて反応させる手法を使い, さらに pyrosequencing なる最近実用化された遺伝子の解読法を利用しています。 その結果,合計 2800 万塩基対もの配列が読めてきましたが,これにはマンモスの生前, あるいは死後に入り込んだ微生物などの配列も含まれています。 そこで,進行中のアフリカゾウのゲノムプロジェクトのデータや,ヒトやイヌのゲノム情報も利用して, マンモスと推定されるものを選別しています。 このようにして得られたマンモスと推定される配列は,合計 1300 万塩基対にも及びました。 残念ながら連続した配列というわけではないので有用性については限定的ですが, 同様の方法を進めることで,本当にマンモスの全ゲノム解読に近づけるかもしれません。 一応,検証の結果,ヒトの DNA などの汚染はないと考えられ,さらにカビの配列すらほとんど読めてこなかったため, 死後の腐敗には主に原核生物が関与していたことも推定されています。 核ゲノムの解読の際には,ミトコンドリアの配列も自然と読めてきます。 彼らはこれを Krause et al. (2006) がすでに登録していた配列と比較し, 11000 塩基対弱(約 65%)の配列で対応をつけることができました。 しかし,シトシンの脱アミノ化によると考えられるチミンへの塩基置換などや,ミトコンドリア DNA の核への挿入の証拠らしき配列は認められたそうです。 総じて,この研究の完成度や意義についてはまだまだ不足していますが, マンモスの全ゲノム解読というとんでもない挑戦に,可能性が十分にあるということ, そしてその道筋を示したことは大きいと思います。 Poinar, H. et al. Metagenomics to paleogenomics: Large-scale sequencing of mammoth DNA. Science 311, 392-394 (2006). Krause, J. et al. Multiplex amplification of the mammoth mitochondrial genome and the evolution of Elephantidae. Nature 439, 724-727 (2006). |
マンモス・ゲノミクス(2006.02.23) 絶滅した生物に関する情報は現生の生物に比べて極めて限定されるのが普通です。 中でも DNA の配列情報は 100 万年も遡れば入手することはほぼ絶望的です。 1 万年程前の新しい時代の化石であっても残された DNA 量が少ないため,長い配列を得ることは困難でした。 そんな中,PCR の方法を少し工夫することによって,Krause et al. (2006) は 1 万 7000 塩基対弱におよぶケナガマンモス(Mammuthus primigenius) のミトコンドリア全ゲノムの配列を決定しました。 化石中の DNA は含まれているとしても断片的で量も少量です。 そのため著者らは 2 段階に分けた PCR を行うことによってゲノム配列を解読しました。 彼らは現生のゾウのミトコンドリアゲノムの配列に基づき, 46 組のプライマーを設計しました。プライマーの配置を模式的に示すと,以下のようになります。 図のブロック矢印で表されたような配置のプライマーが,環状のミトコンドリア DNA の全域に作られました。 最初の PCR ではミトコンドリア DNA のほぼ全域を増やします。 一部のサンプルについては青色のプライマーを全て含んだ反応液で, もう一つのサンプルには赤色のプライマーのセットで PCR を行うことで,両方をあわせるとミトコンドリア DNA の全域がカバーできることになります。このとき,プライマーセットを青と赤に分ける理由は, 両者を同時に反応液に入れてしまうと,青のプライマーと赤のプライマーの組み合わせで, 非常に短い配列ばかり増えてしまうことが心配されるためです。 さて,こうして得られた反応産物を今度は細かく分け,それぞれについて一対の青, または赤のプライマーを使って DNA の各部分を増幅します。そして 2 度目の反応産物から配列を解読すると, 全て併せてミトコンドリアの全ゲノムになるという仕組みです。 実際にはサンプル中の DNA(断片)が少なすぎて,あるいはプライマーと DNA の相性が悪くて増幅が出来なかった部分もあったそうですが,実験を繰り返し, あるいはプライマーを再設計することで全ての領域を解読できたそうです(配列の一部については別々の研究機関同士で協力し, サンプルの汚染を防ぎつつ裏付けもとっています)。 ともあれわずか 200mg の骨から,制度に若干の疑問はあるもののミトコンドリアの全ゲノム配列を決定できたわけです。 彼らはこの配列を用いてマンモスの系統的位置の特定を目指しました。 これまでの分子系統ではマンモスの姉妹群はアフリカゾウ(Loxodonta africana)なのかアジアゾウ(Elephas maximus)なのか結論が得られていませんでした(現生のゾウはこの他,アフリカ象にごく近縁なマルミミゾウ: Loxodonta cyclotis しか存在しません。マルミミゾウについては Roca et al., 2001)。 さて,ジュゴンとハイラックスを外群に用いた系統解析では, ミトコンドリアゲノムを使ってすら系統関係が解けませんでした。 これはジュゴンやハイラックスがゾウの仲間と系統的に離れていることが原因ですが,より近い生物は現存していません。 やむを得ず,彼らは外群を除いて系統解析を行い,真ん中を系統樹の根と解釈しました。 これは塩基置換の速度が一定である(分子時計が成立している)場合にのみ正しいのですが, 検定の結果からは問題がないと主張されています。 このような系統解析の結果,マンモスはアフリカゾウとアジアゾウが分岐した直後に, アジアゾウの系統から分岐してきた可能性が支持されたそうです。 アフリカゾウとアジアゾウの分岐(約 600 万年前)からわずかに 44 万年の後にマンモスが分岐したため, 祖先多型が保持されていたり,塩基置換が十分に蓄積していなかったと考えられ, これがマンモスの系統的位置の)特定を困難にしていたと考えられました。 ミトコンドリアのみとはいえ,古生物についてゲノミクスと言える研究が行われたことは, 古生物学にとって大きな進歩と言えます。今後,さらに古い時代の資料に応用できるようになってくれば, いつの日か恐竜の DNA 研究なども行われるかも知れません(現在の見解では,DNA は数千万年のオーダーでは保存されないと考えられています)。 しかし今回の系統解析は問題があり,マンモスの系統的位置が決まったとは言い難いものがあります。 やはり統計的に棄却されなかったとはいえ,分子時計を仮定するのは無理があり, 外群抜きに信頼性の高い系統樹を書くことは出来ません。ましてやアフリカゾウ,アジアゾウ,マンモスの 3 者の分岐がごく短い期間に起こったとするならば,なおのこと枝の長さで系統樹の根を推定することは危険です。 現時点で言えることは,マンモスの分岐がアフリカゾウとアジアゾウの分岐とほぼ同時に起こったということと, 系統的位置の決定には,より決定的な分子マーカーが求められている,ということだけでしょう。 もっとも,ミトコンドリアゲノムの解読に触発されて,新しい分子マーカーの模索をする研究者が増えれば, マンモスの系統関係が決まるのもそう遠い日のことではないかも知れません。 Krause, J. et al. Multiplex amplification of the mammoth mitochondrial genome and the evolution of Elephantidae. Nature 439, 724-727 (2006). News & Views より マルミミゾウがアフリカゾウと別種であるとした研究 |
動物進化は爆発だ!(2006.01.15)(→進化・分類学)
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続報:生命を産んだ原始大気(2006.01.09)(→その他)
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甦る最古の被子植物(2006.01.07) 現在最古の被子植物と考えられているのは中国遼寧省(Liaoning)の白亜紀初期の地層 (ジュラ紀後期との説もある)から発掘された Archaefructus の仲間です(A. liaoningensis, A. sinensis,A. eoflora)。形態形質からも被子植物の最も初期の分枝と言われています。 Terada et al. (2005) は福井県立恐竜博物館 の展示のために A. lioningensis と A. sinensis の復元模型を作成し, その復元方法と復元過程で得られた生物学的な知見を論文にしています。 Archaeofructus は水中,あるいは水辺のような水生環境に生息していたと考えられており, 葉は細かく分枝しています。茎の先端には花がついており,基部に近い方に雄蕊が,先端側に雌蕊がそれぞれ複数ついています。 A. liaoningensis に比べて A. sinensis の方が多数の側枝を持っています。 両者で最も異なっている点として指摘されているのは,A. liaoningensis の茎の表面に, 縦方向の溝が複数走っていることと,A. liaoningensis では花が頂端から側枝に向かって(求基的に) 咲いていくのに対して,A. sinensis では花が側枝から求頂的に咲いていくことです。 茎に溝が走っていることは,茎の強度を高めるための構造と解釈されており,従って A. liaoningensis は浅い水辺に生息し,時には花茎が気中に出ていた可能性が指摘されています。また求基的に花が咲くことは, 頂端から優先的に果実を成熟させることにより,不安定な環境下で素早く子孫を残す戦略と解釈されています。 対して A. sinensis はより安定な水深のある環境に生息していたと考えられています。 化石から生態を復元する試みは,単に展示の目的のみならず,その生物の実体を理解するためにも重要で, 今回のような研究には興味を惹かれます(実は昨年の富山での植物学会で発表を見せていただき,論文化を期待していました)。 A. liaoningensis と A. sinensis にこれほどの違いがあったことにも驚かされましたが (本当に「同属」でいいのか少し疑問です),一方で少数の化石から生息環境まで推測することが出来るのか, まだ問題があるようにも感じました。 Archaefructus の出た地層は,羽毛恐竜など様々な興味深い化石が出ているので, 今後も熱心な発掘が続くでしょうから,いずれ一個一個の化石だけでなく, 生態系全体を理解するような研究も出来るようになると期待できます。これに加えて現生の生物の生態などを併せて, 被子植物の初期進化を形態学・生態学の両面から理解できるようになるといいですね。 ただ Archaefructus が初期の被子植物の代表的な植物だったのか, 特殊化した例外的な植物だったのかはまだ議論の余地が大きいですが。 なお,この論文は福井県立恐竜博物館の このページ (ID やパスワードも明記してあります)から無料で入手可能です。 古生物の復元などに興味がある方も,一度目を通してみても面白いかもしれません。 Terada, K., Sun, G. & Nishida, H. 3D models of two species of Archaefructus, one of the earliest angiosperms, reconstructed taking account of their ecological strategies. Memoir of the Fukui Prefectural Dinosaur Museum 4, 35-44 (2005). |
酸化途中の地球の生態系(2005.12.27) 現在の地球上の酸素はそのほとんどが光合成の結果合成されたものです。 酸素発生型の光合成は太古代の初期(≒ 38 億年前)には誕生していたとも言われ,地球を徐々に酸化していきました。 発生した酸素は当初,海中の還元的な物質を酸化し,後に大気中に放出されていきました。 原生代(25 億年前〜 5 億 4200 万年前)には海洋の酸化も進行し,その末期には大気中にも十分な酸素が供給されていました。 いわば原生代は地球の酸化がまさに進行していた時期といえますが,その間の地球の酸化還元状態や生態系については, 少しずつしか明らかにされていません。Brocks et al. (2005) は古原生代の地層から生体分子を複数種分離し, これに基づいて当時の生物相から環境を推測しています。 Brocks et al. (2005) はオーストラリア北部の 16 億 4000 万年前の地層(Barney Creek Formation: BCF) から複数の炭化水素を検出しました。 検出された物質の中には特定の生物の系統でしか作られないものがいくつも含まれており, これらの物質から存在が予測されたのは,紅色硫黄細菌(プロテオバクテリアの一群),緑色硫黄細菌, そしておそらくはシアノバクテリアや緑色非硫黄細菌も存在したようです。 その一方で真核生物のマーカー分子はほとんど見つかっておらず,既に出現していたと考えられている真核生物は, 少なくともこの地域では少数派だったようです。 これら,嫌気的な光合成細菌が優占種となっていることから,BCF の堆積環境が嫌気的で硫化物に富んでおり, 一方で硫酸塩の少ない深海環境だったことが推測できるそうです。特に原生代の海洋(もちろん大気も) がおそらくは長期に渡って嫌気的であったことは重要な点です。これが事実であれば, 真核生物が既に出現していたにもかかわらず, 原生代の後期に至るまで大型の化石が出現していないことを説明できると思われます。 今回の研究では一応 BCF の 12 箇所もが掘られていますから,この地域の古環境はうまく推測できていると期待できますが, 果たしてこれが全世界的にも言えることなのかどうかはわかりません。これは今後の課題といえるでしょう。 また,バイオマーカーという考え方が果たして本当に成立するのかどうか,私にはやや疑問に思えます。 確かに現生のよく調べられた種の中では特異的な物質かもしれませんが,現生種でも未培養のバクテリアは多数存在します。 さらにバクテリアには遺伝子の水平遺伝子移動がしばしば起こっている事が知られており, 絶滅した生物の中に,現在では見られない組み合わせの分子を持ったものがいなかったという保障もありません。 とまあ,色々と未成熟な点もあるような気もしますが,バイオマーカーを用いた研究は, 明確な形を残した化石を探すよりは特定の分類群を見つけるには適していると考えられます。 この利点を生かして,場所,地質年代の双方について充実した記録を集めることが出来れば, 古環境の変遷が説得力を持って証明できるようになるかもしれません。 Brocks, J. J. et al. Biomarker evidence for green and purple sulphur bacteria in a stratified Palaeoproterozoic sea. Nature 437, 866-870 (2005). News & Views |
棘皮動物の根本(2005.12.16) 棘皮動物と脊索動物は共に後口動物に含まれ, 互いにある程度似通った祖先から進化してきたと想像されます。 そのためカンブリア紀の化石などにはいずれのグループに含まれるのか, あるいは両者の共通祖先に近いのかわからない生物群がいくつか存在します。 Stylophora もそんな仲間の一つで,カルポイド(Carpoids: 海果類)に含められることもあります。 Stylophora については初期の棘皮動物であるという説と,脊索動物の祖先であるという説が存在し, あるいはウミユリの仲間と考える説もありました。 Clausen & Smith (2005) は微細構造まで保存された新たな化石を元に,これらの仮説を検証しています。 モロッコ産のカンブリア紀中期の Ceratocystis と思しき個体の極めて保存状態のいい付属肢には, 筋肉の付着の様子まで推定できるような微細構造が保存されていました。 彼らは現生の棘皮動物(現生の後口動物では棘皮動物のみが石灰の外骨格を持つ) との比較などから付属肢の解剖学的構造を復元しようとしています。 その結果,付属肢の部分に脊索が通る余地はなく(脊索動物の祖先と考える場合), またウミユリと考える場合に想定される口の構造も認められなかったそうです。 そして,観察結果はこの化石,ひいては Stylophora が棘皮動物の原始的な仲間であるとの仮説(から考えられた内部構造) とよく一致するそうです。 カルポイドを脊索動物の祖先と考える仮説(カルシコルダータ calcichordate 仮説)は Jefferies を中心とする学者が精力的に主張し,一定の説得力を持った仮説になっていたようですが, どうやら今後生き延びていくのは難しそうです。 ちなみに Stylophora よりも基部付近で分岐したとされる棘皮動物の化石と考えられたものが, 中国から 2004 年に報告されています(Shu et al., 2004)。 Clausen, S. & Smith, A. B. Palaeoanatomy and biological affinities of a Cambrian deuterostome (Stylophora). Nature 438, 351-354 (2005). News & Views Shu, D.-G., Conway Morris, S., Han, J., Zhang, Z.-F. & Liu, J.-N. Ancestral echinoderms from the Chengjiang deposits of China. Nature 430, 422-428 (2004). その解説 カルシコルダータ仮説の変遷を扱った書籍 |
始祖鳥は鳥の始祖ではないのか?(2005.12.07) 始祖鳥(Archaeopteryx)は最古の鳥類化石として知られていますが, シソチョウ科(Archaeopterygidae)の化石はこれまでわずかに 9 体しか知られておらず, 骨格の一部については謎が残されていました。 ところが Mayr et al. (2005) が発表した 10 体目の化石(サーモポリス標本: "Thermopolis specimen") はこれまでで最も完全な化石で,始祖鳥に関する幾つかの新たな知見が得られました。 その結果,始祖鳥が他の鳥類とは系統が異なる可能性が浮上しています。 わずか 9 体しか見つかっていない始祖鳥の化石の内,最も完全なのはロンドン標本とベルリン標本の 2 体でしょう。 この 2 体の標本が最も有名で,おそらく一般に写真などが紹介されるのはこのいずれかでしょう。 サーモポリス標本はこれらを凌ぐ,最も完全な標本とのことです。 サーモポリス標本も他の標本と同様にゾルンホーフェン(Solnhofen)で採集されたとされており, これをサーモポリスにある Wyoming Dinosaur Center(ワイオミング恐竜センター;私設博物館)が購入したものです。 さて,この標本からはこれまで未知だった幾つもの骨格の情報が得られていますが (例えば頭部の背側が保存された唯一の標本だそうです),中でも重要そうなものに触れておきます。 可動性の高い(hyperextendible)第二趾を持っている点が特に注目されています。また,素人目にも目だった発見としては, 現生鳥類では完全に後を向いている第一趾が始祖鳥では完全に後を向くことはないことが明らかにされています。 これは各種の復元図にも影響を与えるでしょうし,始祖鳥が樹上性に特化していないことも意味しています。 言い換えれば,鳥類の飛行の樹上起源に疑問を呈するものでもあります。 鳥類の飛行の起源,という書き方をしましたが, 他の鳥類と始祖鳥との系統関係についても従来の常識が覆る可能性があります。 Mayr et al. (2005) は過去の系統解析の始祖鳥の形質を今回の標本に基づいて修正し, 系統解析をやり直しています。その結果,始祖鳥はマダガスカル産の Rahonavis(鳥類?)とは近縁ですが, 現生鳥類につながる孔子鳥(Confuciusornis sanctus)とは異なる系統であることが示されました。 -------始祖鳥---------------------| | -------Rahonavis ostromi | ------| ---------------------トロオドン科(Troodontidae) | | -------| -------孔子鳥 | -------| -------| -------Microraptor zhaoianus | --------------他のドロマエオサウルス科(Dromaeosauridae) 現生鳥類が系統樹に含まれていないなど,系統樹に問題があるのは確かですが, 今回の標本からは獣脚類の祖先的な形質がいくつも認められることから, 始祖鳥の系統的位置に見直しが必要なのは確かでしょう。 彼らの系統解析の結果が正しいとした場合,鳥類(この場合,始祖鳥の仲間と現生鳥類の仲間) が二回独立に飛行を獲得した可能性と,トロオドン科とほとんどのドロマエオサウルス科において, 飛行が二回失われた可能性が考えられるでしょう。現在でも飛行能力を失った鳥類が複数の系統で見られることから, 後者の可能性のほうが考えやすいようにも思えますが,どうでしょうか? ちなみに,始祖鳥の標本は採集地ではなく収蔵された博物館の土地の名前で呼ばれるのが慣習となっています。 これまでの標本は,ロンドン標本,ベルリン標本,マックスブルグ("Maxberg")標本(行方不明),ハールレム (Haarlem)標本,アイヒシュタット(Eichstätt)標本,ゾルンホーフェン標本,ミュンヘン標本などと呼ばれています。 今回の標本がサーモポリス標本と呼称されているのもそのためです(正式な標本番号は WDC-CSG-100)。 また,サーモポリス標本は Archaeopteryx の種不明とされています。 これはシソチョウ科の分類がまだ落ち着いていないためだそうです。Elzanowski (2002) によれば, A. lithographica(ロンドン標本),A. siemensii(ベルリン標本),A. bavarica(ミュンヘン標本) ,Wellnhoferia grandis(ゾルンホーフェン標本)の 2 属 4 種が認められています。 他の標本については種不明とされています。アイヒシュタット標本については別種の A. recurva となる可能性もあるそうです。一応,今回の標本はミュンヘン標本に近いとされていますので,将来的には A. bavarica に同定される可能性もあるでしょう。 さらに余談になりますが,今回の標本が私設の博物館に収蔵されることについては批判もあるようです。 標本の扱いに関する議論は Stokstad (2005) を参照してください。 Mayr, G., Pohl, B. & Peters, D. S. A well-preserved Archaeopteryx specimen with theropod features. Science 310, 1483-1486 (2005). Elzanowski, A. in Mesozoic Birds: Above the Heads of Dinosaurs (eds. Chiappe, L. M. & Witmer, L.) 129-159 (University of California Press, Berkeley, 2002). Stokstad, E. Best Archaeopteryx fossils so far ruffles a few feathers. Science 310, 1418-1419 (2005). 参考(標本について参照させていただきました): |
6000 年の時を超えたペンギンの進化(2005.12.04)(→進化・分類学)
ミクロラプトルを撃墜せよ!(2005.11.18) 近年,ミクロラプトル(Microraptor gui)のように後肢に左右非対称の羽毛を持った 恐竜や初期鳥類の化石が発見され, 恐竜から鳥への進化の過程には 4 枚の翼(前後 2 対)を持った生物が存在したとの仮説が台頭してきています。 しかしミクロラプトルなどの化石には,彼らが飛べたとする決定的な証拠が存在しない, とする批判が提出され,論争が起こっています(Padian & Dial, 2005; Xu et al., 2005; Zhou & Zhang, 2005)。 Padian & Dial (2005) はミクロラプトル(恐竜の羽) やその後に報告された後肢に羽毛を持った鳥類などが必ずしも飛行できなかった可能性を指摘してます。 もともとミクロラプトルなどが飛行できたとする考え方は,羽毛が左右非相称で多少なりとも曲がっていたことにありました。 確かに左右非相称の羽毛は飛行と関連した特徴ですが,Padian & Dial (2005) は関連しているといっても, 因果関係があるわけではない,としています。あるいは走行に対する適応の可能性も指摘しています。 その他,羽毛の付着の仕方が不明,飛行の姿勢が取れるのかどうか疑問(特に後肢), などなど 7 つの問題点を指摘しています。Padian & Dial (2005) の批判の中心は,ミクロラプトルなどの飛行については, 機能解析が不十分であるということにあります。 これに対する反論として,Xu et al. (2005) (ミクロラプトルの研究)と Zhang & Zhou (2005) (初期鳥類の新化石)がコメントを寄せていますが,解釈の違いも大きく,水掛け論に近くなっています。 一応,Xu et al. (2005) はミクロラプトルが当初考えられていたように,後肢を横に広げていたのではなく, 後ろに伸ばしていたとする研究も引用し,この点では一定の反論に成功しています。Zhang & Zhou (2005) も同様で, 始祖鳥や孔子鳥などの後肢にも羽毛があることから,初期鳥類でこれが飛行に貢献していたことを主張しています。 左右非相称の羽毛は飛行の証拠として重要視されることが多いようですが,これが本当に飛行のためだけのものだったのか, それとも前適応だったのかはもう少し研究の必要がありそうです。 また,ミクロラプトルなどの機能解析が遅れていることも事実なので,羽毛のような例外的に保存された構造ではなく, 骨格の特徴など他の恐竜でもよく研究された構造を元に飛行の起源を研究することも重要であると考えられます。 Padian, K. & Dial, K. P. Could 'four-winged' dinosaurs fly? Nature 438, E3 (2005). Xu, X. et al. Xu et al. reply. Nature 438, E3-E4 (2005). Zhou, Z. & Zhang, F. Zhang & Zhou reply. Nature 438, E4 (2005). |
ティラノサウルスは鋭かった(2005.11.16) 古脊椎動物学会(SVP)で発表されたティラノサウルス(Tyrannosaurus rex) の感覚系に関する研究が,Science で紹介されていました(Stokstad, 2005)。 ティラノサウルスの感覚系については,頭蓋骨から脳の形状を推定することによって議論がなされてきました。 L. Witmer による新しい研究では,複数のティラノサウルスの個体の CT スキャンにより脳の構造を比較したそうで, その結果,ティラノサウルスの嗅球は(当初思われていたほどではないにせよ)よく発達しており, 高度な嗅覚を持っていたことが示唆されたそうです。 さらに三半規管の発達から,ティラノサウルスがバランス感覚に優れ, 動きながらも獲物に視線を固定することができたと見られています。 いくつかの最新研究から,ティラノサウルスが鋭い感覚系を持っていたことが示唆されているわけですが, このことがティラノサウルスが優れた捕食者であったことを示しているかといえば,必ずしもそうではないようです。 もちろん捕食者として優秀だった可能性も高いのですが,腐肉食者だったという意見も残っているようです。 個人的には腐肉食だとすると,巨大な体を発達させる必要がなかったように思われますが, こればかりはもう少し研究が進まない限り決着がつかない問題かもしれません。 Stokstad, E. Tyrannosaurus rex gets sensitive. Science 310, 966-967 (2005). |
類人猿までの道のり(2005.11.11) ヒトが類人猿からアフリカ大陸で進化してきたことは既に広く知られていることですが, 類人猿を含む真猿類(anthropoids)の初期進化の舞台については確かなことがわかっていません。 化石の分布からはアジアの可能性が有力に見えましたが,アフリカから化石が出ないわけでもありません。 Seiffert et al. (2005) はエジプトの始新世後期の地層から原始的な真猿類の化石を発見し, 真猿類の進化にかかわる論争に一石を投じています。 彼らはまず,エジプトにおいて新しい化石産地を見つけました(BQ-2)。 この産地は古地磁気などの情報から約 3,700 万年前のものと推定されました。 そしてここから得られたいくつかの歯と上下の顎の骨に基づいて,2 新種を記載しています。 歯と顎の骨だけと聞くと,非常に断片的だとの印象を受けますが, 過去に発見されているこれより古い時代の真猿類の化石は単独の歯のみだったため,これでもましな発見のようです。 記載された新種は同じ属に属し,Biretia fayumensis と B. megalopsis と命名されました。 さらに Seiffert et al. (2005) は多数の霊長類の現生,化石種の形態に基づいて系統推定を行っています。 その一部(真猿類+ Altiatlasius)を以下に示します。 -------その他の Parapithecoidea(アフリカ)-------| | -------Biretia 2 種(アフリカ) | |-------------Algeripithecus(アフリカ) -------| | |-------------Proteopithecidae(アフリカ) | | -------| |-------------狭鼻猿類(類人猿を含む;アフリカ,アジア〜ユーラシア) | | | | | --------------広鼻猿類(アジア) | | ------| ---------------------Bahinia(アジア) | |---------------------------Altiatlasius(アフリカ) | ----------------------------Eosimiidae(アジア) これまでは真猿類はアジアからアフリカへ進出したといった見方が中心的だったそうですが, 今回の結果(Biretia の化石は時代的なギャップもつないでいる)からは, アフリカの真猿類がかなり古い時代から存在し, アジアとアフリカの間で霊長類の行き来が何度も起こっていたことを示唆しています。 また Biretia megalopsis については化石から夜行性であったと推測されており, 他の初期の真猿類が昼行性であったと考えられていることから, 初期真猿類の生活型が思ったよりも多様であったらしいこともわかっています。 Seiffert, E. R. et al. Basal anthropoids from Egypt and the antiquity of Africa's higher primate radiation. Science 310, 300-304 (2005). Jaeger, J.-J. & Marivaux, L. Shaking the earliest branches of anthropoid primate evolution. Science 310, 244-245 (2005). |
ヘビは海から戻ってきた?(2005.11.05)(→進化・分類学)
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「第四紀」の復活(2005.10.18) 現在日本で流通している多くの地質年代表では,現代を含めた最新の紀(period)として, 「第四紀(Quaternary)」という地質区分を採用しています。 しかし第四紀は国際層序委員会(ICS)の 2004 年度版の地質年代表からは正式な地質区分ではなくなっていました。 これには第四紀の研究者などを中心に強い反対が集まり,見直しが進んでいました 。 今回,9 月に開かれた ICS の会合において,"Quaternary" を正式な地質区分として存続させることになったそうです。 (国際地質科学連合:IUGS への要望の形となっている。) 問題があったのは,第四紀が地上の環境変化などに基づいた概念であるのに対して, 新生代の地質区分(ネオジン: Neogene とパレオジン:Paleogene)は海成の地層に基づく概念だったという点のようです。 その混乱を,第四紀の概念を無くすことによって収拾しようとしたわけですが,第四紀を復活させるには, この問題点に対して新しい解決法を見出す必要がありました。 具体的に "Quaternary" の公式「再」採用に伴なって決められたことは, ということの二点です。一番目の定義により,これまで論争のあった "Quaternary" の開始時期について, 一定の共通理解を得ることを意図しているようです。そして二番目の階級設定により,陸と海の概念を区別しているようです (もちろん他の様々な理由も議論されていますが)。 この結論は特に反対意見がない限り 12 月の初めには ICS の地質年代表に反映されるそうです。 なお,もともと新生代は第四紀と第三紀(Tertiary)に分けられていましたが, "Tertiary" がは非公式な区分であることに変わりはないので,この点には注意が必要です。 以上の結論について日本で問題になる(あるいはなっている)のは,幾つかの地質区分の日本語表記です。 "Quaternary" が「紀(period)」でなくなり,"Sub-Era" になってしまったため,第四「紀」と訳すには抵抗があります。 "Sub-Era" は自然には「亜代」と訳されると思いますが,「第四亜代」はいかにも不自然で,また伝統にも反します。 これは今後国内の関連学会などで議論されることになるでしょう (当面,本ページの地質年代表では「第四紀」と表記します*2005年12月30日より括弧を外しました)。 同様に,"Neogene" と "Paleogene" の訳語についても将来的に新しい訳語が提唱されるでしょう (当面は上述のようにネオジン,パレオジンと表記します)。 なお,末尾に今回の改訂に従った新生代の地質年代表(省略版)を示しておきます。 詳細は 2005年12月以降に地質年代表−新生代に反映させる予定です。 関連サイトへのリンクは以下の通り
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パンゲアに舞った羽毛(2005.10.15) 現生鳥類は恐竜の中の獣脚類と呼ばれる肉食恐竜から派生したと考えられています。 トロオドン科(Troodontidae)やドロマエオサウルス科(Dromaeosauridae)の恐竜類が特に鳥類に近縁なようです。 これらの仲間と始祖鳥がいずれも北半球の,当時のローラシア大陸から見つかっていることから, 鳥類の起源は一見ローラシア大陸にあるように見えていました。 しかし Makovicky et al. (2005) は,ドロマエオサウルス科の確かな化石を南米から発見しました。 実は始祖鳥が見つかっているのはジュラ紀後期で,この約 1,000 万年前までは南半球の大陸(ゴンドワナ大陸) とローラシア大陸は地続きになっていたと見られています(Smith et al., 1994)。 また,断片的なドロマエオサウルス科の化石が旧ゴンドワナ大陸から見つかっているため, 鳥類とドロマエオサウルス科などとの共通祖先は,地球の全域に分布していた可能性が大いに考えられました。 そんな中で南米アルゼンチンの白亜紀後期の地層からドロマエオサウルス科の全身骨格が発見されたのです。 Buitreraptor gonzalezorum(新属新種)と名付けられたこの恐竜は, やたら細長い頭骨を持っているなど奇妙な特徴もあるものの, 分岐系統解析からは,祖先的な位置で分岐したドロマエオサウルス科の恐竜であることが示されました。 これまでにアルゼンチンからは Unenlagia と Neuquenraptor という 2 種のドロマエオサウルス科が断片的な化石に基づいて記載されていましたが, 著者らはこれらを同種(Unenlagia)と考え,まとめて系統解析にかけました。 その結果,南米産のドロマエオサウルス科はマダガスカル(ゴンドワナ大陸の一部)産の Rahonavis (鳥類とも言われる)と合わせてドロマエオサウルス科で最初に分岐した単系統群を形成しました。 ------------------------- 鳥類| ----| --------------------- トロオドン科 ----| | ----------------- ドロマエオサウルス科(ゴンドワナ大陸;Buitreraptor など) ----| ----------------- ドロマエオサウルス科(ローラシア大陸;Microraptor など) このことから,南米の断片的な化石も含めて,確かに南米にドロマエオサウルス科が分布しており, しかもこれは新しい時代に進出したものではなく, おそらくはゴンドワナ大陸とローラシア大陸の分裂時に分かれたものと推定されました。 鳥類は当然のこと,ドロマエオサウルス科でも Microraptor などに真の羽毛が見つかっており, 今回の発見から,羽毛の起源がパンゲア大陸(ゴンドワナ大陸とローラシア大陸が分裂する前の超大陸) の時代に遡ることが分かったといえます。 ただし,羽毛恐竜の系統関係や羽毛の進化,鳥類の初期進化については,化石記録が決定的に不足しており, まだまだ最終結論が得られてはいません。Rahonavis のように系統的位置がはっきりしないものもありますし, そもそも分岐系統解析の方法自体が,やはり分子系統と比較して著しく不正確なので, 今後,まだまだ話が覆ることは覚悟する必要があるでしょう。 ともあれ,今回の発見から,ゴンドワナ大陸の羽毛恐竜についても研究が刺激され, 新たな発見につながれば良いと思います。 Makovicky, P. J., Apesteguía, S. & Agnolín, F. L. The earliest dromaeosaurid theropod from South America. Nature 437, 1007-1011 (2005). Smith, A. G., Smith, D. G. & Funnell, B. M. Atlas of Mesozoic and Cenozoic Coastlines (Cambridge University Press, Cambridge, 1994). その他,参考文献 |
氷の女王,シアノバクテリア(2005.10.10) シアノバクテリア(酸素発生型光合成細菌)の起源は, 先カンブリア時代の生物学の研究課題の中でも極めて重要な位置を占めています。 シアノバクテリアが作った酸素が地球の大気に蓄積したからこそ, 現在の我々のような好気性生物が誕生したからです。 近年はシアノバクテリアが太古代の 37 〜 27 億年前には既に誕生していたと考えられていました。 ところが Kopp et al. (2005) はシアノバクテリアの誕生は古原生代の 23 〜 22 億年前ごろで, シアノバクテリアの誕生が雪玉地球(snowball Earth:赤道域までが凍りつく,全地球規模の氷河期) を引き起こしたとの仮説を提出しています。 彼らは古原生代前半の氷河期の証拠を複数の地層について比較し,実際に赤道付近まで凍結したのは 23 〜 22 億年前頃の Makganyene 累層に記録された氷河期のみではないかと主張しています。 それ以前の氷河期は(可能性がないとは言えないものの)雪玉地球ではなかっただろうとのことです。 酸素の地球規模の蓄積も Makganyene 累層の前後頃から始まり,それ以前の酸素の存在の証拠は, 証拠として弱いか,局地的な酸素の蓄積によるものだろうとしています。 従来の説に従えば,シアノバクテリアの出現と酸素の大気への蓄積には大きな時間差があるとされていましたが, Kopp et al. (2005) は酸素の大気への蓄積がシアノバクテリアの出現から 100 万年程度で起こったと推測しています。 酸素の蓄積は大気中で温室効果の大部分を担っていたメタンの酸化につながります。 これが地球の寒冷化を引き起こし,すなわち雪玉地球を起こした直接の原因と見られています。 シアノバクテリアは光化学系を二つ持った,複雑な仕組みで光合成を行うことによって, 効率の良い酸素発生型光合成に成功しました。シアノバクテリアの光合成は従ってより高度であるため, 進化的には後の時代に発生したと考えるのが自然に思われます。 その点では Kopp et al. (2005) の見解は納得できるものがあります。 また,シアノバクテリアの発生が雪玉地球を引き起こしたというのは検証のしがいのある,興味深い仮説だと思います。 しかしながら,彼らの論理展開には若干の疑問が残ることは指摘しておきたいと思います。 先カンブリア時代の地層では,現在残っているものが限られているため, 確かな証明や反証を行うのが困難な場合が多いのです。 実際に Kopp et al. (2005) の議論では,「それ以前に確かな証拠が存在しない」ということを重視した議論が多く, これはさらなる検証が必要な部分です。 一方で,彼らの仮説に反する証拠をことごとく不十分なものとして議論している点は,やや公平感を欠いた論法に思われます。 無論彼らの批判には見るべきところがあり,これまでの研究の再検証が必要なのは確かですが, それをもって Kopp et al. (2005) の仮説が証明されたわけでもありません。 Kopp et al. (2005) は自分たちの仮説の検証方法についても議論しており, 今後,直接的な証拠が野外から発見されることにより,何らかの進展が得られるかもしれません。 Kopp, R. E., Kirschvink, J. L., Hilburn, I. A. & Nash, C. Z. The Paleoproterozoic snowball Earth: A climate disaster triggered by the evolution of oxygenic photosynthesis. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 102, 11131-11136 (2005). |
謎を呼ぶカンブリア期の動物化石(2005.09.24) カンブリア紀の初期には後生動物が爆発的に多様化を果たし, その際に現在の動物学の常識では正体がわからないような生き物が多数出現しました。 そんな中の一種に Vetustovermis planus という動物があります。 これは 1979 年に最初に報告されて以来,いまだに正体がわかっていません。 最近,中国の 5 億 2500 万年前の地層から新たに保存状態のよい標本がいくつか得られ, あるいは軟体動物の仲間ではないか,と言われています(Chen et al., 2005)。 Vetustovermis は元々オーストラリアで採集された小型(5 〜 6,まれに 10 cm)の化石動物で, 当初は環形動物か節足動物と見られていたそうです。現在でも正確な類縁関係は分かっておらず, 今回,中国産の 17 個の新標本にもとづいて研究が進められました。 重要な特徴としては,頭部に 2 本の長い触手があること,柄のついた眼があること, 胴部の全域に鰓のような構造が並んでいることなどが挙げられます。 しかし著者らが最も注目しているのは胴体の腹側に存在する,ナメクジに見られるような足状の構造です。 その他の特徴とも合わせて,Vetustovermis が軟体動物ではないかという見解を提出しています。 しかし,決定的な証拠を欠くため,他の候補として扁形動物や紐形動物などや, 既知の動物門に含まれない可能性も挙げています。 鰓や足の解釈にはどうにも疑問が残り,Chen et al. (2005) の軟体動物仮説は少々無理やりという気もしますが, まずは材料が集まったというのは歓迎すべきことでしょう (1999 年に中国の同じ地域で採集,記載された Petalium latus も同じ種としています)。 この生物の進化的位置を明らかにするためには,近縁な別の生き物との比較も重要になりますが, バージェス頁岩で見つかる Nectocaris や Amiskwia,そしてあまり似ていませんが Odontogriphus が同じグループに属するのではないかとされています。 さらに,初めは軟体動物の腹足類の前鰓類ということにされていた, 石炭紀(3 億 5900 万〜 3 億年前)の正体不明の生き物である Tullimonstrum gregarium が Vetustovermis の生き残りであった可能性についても言及されています。 Chen, J.-Y., Huang, D.-Y. & Bottjer, D. J. An Early Cambrian problematic fossil: Vetustovermis and its possible affinities. Proc. R. Soc. B 272, 2003-2007 (2005). |
首の骨の由来(2005.09.07)(→発生学)
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ハイハイから始まる恐竜の巨大化(2005.08.01) 陸上動物の中で地球の歴史上最大のものは,竜脚類に含まれる恐竜だったと言われています。 竜脚類は太い 4 本の足で四足歩行をしたことや長い首,長い尾などが特徴で, ブラキオサウルス(Brachiosaurus),マメンチサウルス(Mamenchisaurus)などを含む仲間ですが, Reisz et al. (2005) が新たに示した恐竜の胚の化石が,今や竜脚類の進化の謎に迫ろうとしています。 竜脚類の進化において関心がもたれるのは,その巨大化の過程でしょう。 竜脚類の姉妹群(あるいは祖先群?)としては古竜脚類というグループが知られています。 彼らは一部の竜脚類のように全長が数十メートルに達することはなく(最大 10 メートルほど), 多くの種類で二足歩行も出来たと考えられています。 加えて恐竜の祖先形質が二足歩行であることから, 竜脚類は大型化するにつれて二足歩行から四足歩行に特化していったと考えられていました。 ところが南アフリカのジュラ紀前期の地層から発掘された化石がこの見解に大きな異議を唱えました。 発掘されたのは胚を含んだ卵の化石で,頭部の特徴などから古竜脚類のマッソスポンディルス (Massospondylus)とされています。 この胚化石は恐竜の最古の胚化石であるのみならず(他の胚化石は白亜紀後期のものばかり), 骨格の特徴から専属的に四足歩行をしていたと考えられました。 マッソスポンディルスの成体は二足歩行も行うことが出来るので, この恐竜は成長するに従って二足歩行が出来るようになったと考えられます。 これは前足の成長様式からも裏付けられています。 著者らはこれを,竜脚類が幼形進化(paedomorphosis)によって進化した証拠と考えています。 すなわち竜脚類の巨大化に伴なって四足歩行が進化したのではなく, 四足歩行をするまま成長するようになり,それに後押しされて(?)大型化が進んだのが竜脚類だということです。 これは形質進化の順序としてとても興味深いアイデアです。 しかし,たった一体の胚化石から竜脚類や古竜脚類全体の進化を語るのは 行きすぎと考える研究者もいるようで(Stokstad, 2005), 幼体の歩行様式が他の幾つかの系統で確認されるのを待つしかないでしょう。 Reisz, R. R., Scott, D., Sues, H.-D., Evans, D. C. & Raath, M. A. Embryos of an Early Jurassic prosauropod dinosaur and their evolutionary significance. Science 309, 761-764 (2005). Stokstad, E. Dinosaur embryos hint at evolution of giants. Science 309, 679 (2005). |
動物の歴史年表の再構築(2005.07.29)(→進化・分類学)
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エディアカラ生物群の体のつくり(2005.07.28) エディアカラ生物群は,先カンブリア時代の末期,エディアカラ紀に栄えた謎の生物群です。 硬い構造を持っておらず,カンブリア紀に爆発的な放散を遂げた後生動物の祖先的な生物だと考えられたり, 全く独自の生物界だと考えられて来ました。そんな中,Xiao et al. (2005) はエディアカラ生物群の正体に迫る, 極めて保存状態の良い化石を発見しました。 エディアカラ生物群の正体を明らかにするために重要なのは,そのボディプランを正確に理解することです。 すでに彼らの多くが,キルト状(エアマット状)の造りをしていることが指摘されており, それを直接示すような化石も出ています(しかしまだ出版されていない模様。 参考:エディアカラの生物は動いたのか?)。 Xiao et al. (2005) は,中国産の,明瞭にキルト状の構造を持った化石を示しています。 しかし彼らの発見はそれだけではありませんでした。彼らはキルトの「袋」に相当する構造が, 実際には閉じていないことを発見しました。つまりエディアカラ生物は,袋が繰り返した構造と言うよりも, むしろ片側の開いた管が繰り返したような構造をしていることがわかったのです。 このことから,彼らがやはり我々の知っている後生動物の仲間ではないことが示唆されます。 むしろ群体と多細胞の中間のような生き物で,我々が見ているのが, その生き物の各細胞が持っている柔らかい殻(の集合)だとも考えられます。 残念ながら今回の化石からエディアカラ生物の正体を特定することは出来ません。 エディアカラ生物群が全て同一の構造をとっているのかもわかりません。 しかし,今後エディアカラ生物の正体を明らかにするための重要なヒントが得られたと言えるのではないでしょうか。 もっとも, Xiao et al. (2005) の化石の解釈が正しいのか, 他の化石を用いて検証する必要もあるでしょうが。 Xiao, S., Shen, B., Zhou, C., Xie, G. & Yuan, X. A uniquely preserved Ediacaran fossil with direct evidence for a quilted bodyplan. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 102, 10227-10232 (2005). |
ティラノサウルスの性別判定(2005.06.30) 化石から動物の性別を判定するのは非常に難しい課題です。 ましてや現在近縁種が生き残っていない,恐竜のような生き物であればなおのことです。 ところが Schweitzer et al. (2005b) は, ティラノサウルスの標本からその性別を特定する事に初めて成功しました。 Schweitzer et al. (2005b) は,極めて保存状態のよいティラノサウルス化石の骨の内部構造を観察し, エミューやダチョウなど,原始的な鳥類と比較しました。 鳥類は卵を産む際に大量のカルシウムを消費します。そのため,鳥の雌は産卵の時期になると, 長骨(例えば大腿骨)の内部に髄骨(medullary bone)と呼ばれるカルシウムの貯蔵組織をつくります。 髄骨は通常雌しか作らないため(雄でもホルモン投与により誘導する事は出来る), 性別の判定に用いる事が出来ると考えられました。 今回,同様の髄骨がティラノサウルスの標本から確認されました。 髄骨は必ずしも保存されやすい組織ではありませんが,調べられた化石(MOR 1125) は最も保存状態の良い化石の一つで,しばらく前に軟組織が保存されていた事が報告された化石と同じ化石です (Schweitzer et al., 2005a; 残っていたティラノサウルスの血管)。 彼らは走査型電子顕微鏡まで用いて,走鳥類の髄骨と恐竜の組織を比較し,両者の相同性を確信しました。 特にエミューのものとよく似ていたようです。 というわけで,MOR 1125 は絶滅した生物には珍しく,雌であることが立証されました。 しかし,一般に髄骨で性別判定ができるかというと,そうはなりません。 髄骨の保存状態の問題もありますし,産卵直後などでは髄骨は発達しないでしょう。 ですから,髄骨があれば雌とは言えても,なければ雄とは言えない訳です。 今後,MOR 1125 の他の保存されやすい特徴から性差が見つかれば, ティラノサウルスや他の恐竜の性別判定が可能になるかもしれません。 Schweitzer, M. H., Wittmeyer, J. L. & Horner, J. R. Gender-specific reproductive tissue in ratites and Tyrannosaurus rex. Science 308, 1456-1460 (2005b). Schweitzer, M. H., Wittmeyer, J. L., Horner, J. R. & Toporski, J. K. Soft-tissue vessels and cellular preservation in Tyrannosaurus rex. Science 307, 1952-1955 (2005a). |
首が縮んだ竜脚類(2005.06.16) 竜脚類は恐竜の中でも特に大型化した,首と尾の長い種類を含んでいます。 これは樹上の木の葉を食べることへの適応とも考えられています。 そんな中で他の竜脚類の進化の流れに逆らい,首が短くなった竜脚類が発掘されました (Rauhut et al., 2005)。 Brachytrachelopan mesai と命名された竜脚類は, 骨盤の周りから首の半ば辺りまでが発掘されており,首の骨が体長の方向に短いのが特徴です。 竜脚類の多くの種では,首の骨の数を増やし,あるいはそれぞれの骨が長くなることで首の長さを伸ばしており, Brachytrachelopan はそのため,首の長さが短いと考えられます。 首が短くなった結果,体型はむしろ鳥脚類と呼ばれる別の系統の恐竜に似ており, 低いところの草葉を食べるニッチを,当時のこの地域にはいなかった(らしい) イグアノドンの仲間の代わりに占めていたのかもしれないとのことです。 残念ながら,手足の骨はほとんど見つかっておらず,頭骨も出ていないので, 他の個体が発掘され,頭骨などが見つかれば,食性についても新たな知見が得られるかもしれません。 この時代の南半球の竜脚類に関しては情報が特に少ないそうですが, 今回のような発見があると,竜脚類の適応放散が予想以上の規模で起こっていたと期待されますね。 Rauhut, O. W. M., Remes, K., Fechner, R., Cladera, G. & Puerta, P. Discovery of a short-necked sauropod dinosaur from the Late Jurassic period of Patagonia. Nature 435, 670-672 (2005). |
パンゲア大陸を横切る障壁(2005.05.21) ペルム紀の後期(2 億 5000 万〜 6000 万年前)には, 地球上の全ての大陸は互いに集合してパンゲアという超大陸を形成していました。 そしてこの頃既に多様に放散していた陸上四足動物は, 超大陸を自由に移動して均一な動物相を形成していたと考えられてきました。 これは,パンゲア大陸の北部でも南部でも似たような仲間が発見されたためです。 ところが Sidor et al. (2005) は, 当時パンゲア大陸中央部に位置していたニジェール北部(サハラ)の地層から, 新たに独特の動物相を発見しました。 少し前に Nature に報告されたのは,Nigerpeton ricqlesi と Saharastega moradiensis という 2 つの新属新種の両生類の仲間です。 いずれも分椎類(Temnospondyli)に属していて,いずれも 4000 〜 9000 万年前に分かれた, 石炭紀からの生き残りのグループに分類されるそうです。 これらの仲間は,この時代のパンゲアの他の地域からはこれまで見つかっておらず, 当時のニジェール(低緯度の乾燥帯にあたる)が他の地域とは違った生態系を抱えていた事が示唆されました。 これはパンゲア全体が均一な動物相を持っていたというこれまでの考えを改めるものです。 Sidor et al. (2005) は,ニジェールも含めた当時の乾燥帯が南北パンゲアを仕切る障壁として, 四足動物の分布を制限していたと考えています。そして,南北で動物相が共通しているのは, 海岸線沿いの動物の移動によるのではないか,とのことでした。 ペルム紀後期には保存状態のよい地層が限られているため, どうしても少数の地域の証拠に基づいて当時の生態系を類推するしかなかったわけですが, 新しい地域(今回の場合ニジェール)の研究が進めば,考えが大きく変わることもあるというお話です。 Sidor, C. A. et al. Permian tetrapods from the Sahara show climate-controlled endemism in Pangaea. Nature 434, 886-889 (2005). |
菌類と藻類の最古の共生(2005.05.20) 地衣類は菌類に藻類が共生した複合的な生物として有名ですが, 地衣類のような共生体が約 6 億年前,先カンブリア時代末期に出現していたようです。 中国にある「陡山沱」(Doushantuo)累層はこの時代の, 著しく保存状態のよい化石が出る地層として有名です。 最近では最古の左右相称動物の化石なども報告されるなど (最古の左右相称動物,続報,続報2), 多細胞生物の初期進化の研究に大きなインパクトを与えています。 また,主に小型の化石が保存されている事も特徴です (袁训来, et al. 2002)。 この地層の岩石切片の観察から,Yuan et al. (2005) は藻類と菌類の共生体を発見しました。 彼らはこの地層に見られる藻類の塊(シアノバクテリア?)の中に, 菌糸と思われる構造が発達しているのを見つけました。 この菌糸は藻類の細胞と接しており,或いは囲んでいる場合もあるようでした。 しかし藻類に悪影響は与えていないようなので,共生していると考えられました。 これは海産の地層なので,陸上種がほとんどである地衣類の直接の祖先とは考えにくく, また,通常の地衣類が菌糸の塊のなかに藻類が埋め込まれているのに対して, この化石では立場が逆転しています。 しかし,地衣類と似たような共生体とみなす事は出来るかもしれません。 (もともと地衣類は単系統群ではないわけですし) 今回の発見は,地衣類の進化についての何らかの証拠というよりは, 先カンブリア時代末期の生態系を理解する上で, とても面白い発見であると捉える方がいいかもしれません。 Yuan, X., Xiao, S. & Taylor, T. N. Lichen-like symbiosis 600 million years ago. Science 308, 1017-1020 (2005). 袁训来, et al. 陡山沱期生物群:早期动物辅射前夕的生命
(中国科学技术大学出版社, 合肥, 2002). |
生命を産んだ原始大気(2005.05.20)(→その他)
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肉食を控えた肉食恐竜(2005.05.09) 少し前まで謎の恐竜として知られていたテリジノサウルス類というグループがあります。 この恐竜の仲間は肉食恐竜のようなかぎ爪と,草食恐竜のような歯や体制を持っていました。 結局,新しい標本が見付かるにつれてテリジノサウルス類は, ティラノサウルスなどと同じ獣脚類に属する,特殊化した恐竜と判明しました。 しかし依然として完全な骨格は知られておらず, その正体や進化的な起源に関しては多くの謎がありました。 Kirkland et al. (2005) はユタ州から新たなテリジノサウルス類を発見しました。 Falcarius utahensis と名付けられたこの種は,全身のほとんどの骨がそろっており, 疑いなく最も完全なテリジノサウルス類の標本といえます。 しかも,歯は明瞭な草食適応を示しており, その一方で骨盤などには祖先の獣脚類に似た特徴を残しています。 系統解析からは,Falcarius がテリジノサウルス類の最も初期に分岐した仲間と考えられ, 肉食から草食への移行が起こった直後の種類とみなすことができるでしょう。 草食適応における形質変化の順序などについて, この標本から新たな議論ができるようになるかもしれません。 (例えば,歯が既に草食適応しているのに対して, 長い腸を収めるための幅広い骨盤はまだ進化していません) ちなみに本グループは,中国産の Beipiaosaurus の証拠から 羽毛を持っていたことが示唆されています(Xu et al., 1999)。 Kirkland, J. I., Zanno, L. E., Sampson, S. D., Clark, J. M. & DeBlieux, D. D. A primitive therizinosauroid dinosaur from the Early Cretaceous of Utah. Nature 435, 84-87 (2005). Xu, X., Tang, Z.-L. & Wang, X.-L. A therizinosauroid dinosaur with integumentary structures from China. Nature 399, 350-354 (1999). |
陸上植物の生活史の初期進化(2005.04.26) 最初期の陸上植物の姿を知る化石植物群として,ライニー植物群があります。 これは化石産地(Rhynie)にちなんで名付けられました。 この産地からは非常に保存状態の良い化石が出ており, 初期の陸上植物が細胞レベルまで保存されているそうです。 Taylor et al. (2005) は Aglaophyton と関連化石を詳細に調べ, その生活史をまとめています。 Aglaophyton(配偶体世代の学名は Lyonophyton)は化石が多く残されているようで, 胞子からその発芽,配偶体への発生までが詳細に調べられています。 この研究から,Aglaophyton の生活史は胞子体世代の 発芽・初期発生を除いて明らかになったそうです。 配偶体は雌雄異体で,同型の胞子から形成されるようです。 雌雄異体の場合,個体密度が低いと受精が困難になりますが (おそらく雨滴などで弾かれて精子が飛散していたと思われます), Aglaophyton は胞子の塊を飛ばすことによって, 局所的な個体群密度を維持していたようです。 この研究から,初期の陸上植物における 世代交代や雌雄同体・異体の進化についても議論できるそうです。 とは言え,狭い範囲,短い期間の化石記録に基づいて, 大きな進化の議論をするのはやや危険な気もしますが。 Taylor, T. N., Kerp, H. & Hass, H. Life history biology of early land plants: Deciphering the gametophyte phase. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 102, 5892-5897 (2005). |
岩石中の微生物群集(2005.04.24) 微生物はありとあらゆるところに住んでいるものですが, 近年注目されている生息環境の一つに岩石の内部があります。 これは地下生物群集というこれまでほとんど調べられていなかった生態系の研究にもつながり, また,地球外での生物の探索にも関連してきます。 Walker et al. (2005) は米国のイエローストーン国立公園で, 岩石中の空隙に生息する微生物の研究を行いました。 調べられた空隙は地熱で暖められ(35 ℃程度), 硫酸を含んだ強酸性(pH 1)の水分を含んでいました。 岩石の割れ目を見ると,緑色の生物群集がひびに沿ってに広がっていて, 表面から 2〜10mm の辺りに光合成生物を含んだ群衆がいることが分かります。 この生物群集の組成を rRNA の配列を元にして調べたところ, 光合成生物とては温泉紅藻の Cyanidium が含まれていました。 (ゲノムが解読された Cyanidioschyzon の親戚。藍色〜緑色をしている。) また,Mycobacterium という病原菌や土壌細菌の仲間が, 原核生物の中で大きな割合を占めていました。 この環境では,水分がどんどん蒸発しているため,含有物が濃縮されて, 特に二酸化ケイ素が沈着して行きます。 その結果,微生物は二酸化ケイ素の殻に閉じ込められ, おそらくはそのまま化石化していくと考えられます。 このような環境で微生物が化石化するということは, 太古の微化石や,火星上の微化石を探索するには, このような活発な地熱活動が起こっていたような地質環境を探すのがよいということになります。 実際に火星での生物探査にどこまで有益な情報かはさておき, 微生物がまさに化石化していく過程を見ることが出来る,というのは不思議なものですね。 Walker, J. J., Spear, J. R. & Pace, N. R. Geobiology of a microbial endolithic community in the Yellowstone geothermal environment. Nature 434, 1011-1014 (2005). |
恐竜は二児の母(2005.04.22) 恐竜好きの人は,恐竜の生態のありとあらゆることを知りたがるようです。 絶滅した巨大生物や鳥の祖先生物に興味を持つのは自然なことなのでしょうが, とうとう,恐竜の産んだ卵の数についての論文が Science に掲載されました。 これまでにも幾つかの傍証から,恐竜が一回に二個の卵を産んだのではないかと思われていました。 今回,中国で発見されたオヴィラプトロサウルス類(鳥に近い恐竜。おそらく羽毛あり)が, 体内に二個の卵を含んでいるのが確認されました。 かなり成長した卵は骨盤にしっかりとはまっており, これ以上の卵が体内にあったとは考えられないとの事です。 二個と言う数字は,輸卵管が二本あるということを示唆しているとのことです。 これは恐竜に近縁な爬虫類であるワニの形質と共通していて, 恐竜の祖先がそのような特徴を持っていたと考えられます。 一方で,一時に二個しか卵を産めなくなったことは, 輸卵管一本あたり一個の卵という,鳥類の形質に対比できるようです。 こういうことは良い化石が出てこないと中々分かりませんし, 逆に,良い化石が出てくるとこんなことまで分かるのか,と驚かされます。 Sato, T., Cheng, Y.-N., Wu, X.-C., Zelenitsky, D. K. & Hsiao, Y.-F. A pair of shelled eggs inside a female dinosaur. Science 308, 375 (2005). |
恐竜と共存した現生鳥類の仲間(2005.04.16) 鳥類はジュラ紀に獣脚類と呼ばれる恐竜の一群から派生しました。 最古の鳥類として知られている始祖鳥も,ジュラ紀の後期から見付かっています。 白亜紀の鳥類も多数知られており,孔子鳥やヘスペロルニスなどが有名です。 現生の鳥類の目(もく)は新生代の初頭, 白亜紀末に絶滅した恐竜に取って代わるように出現したと考えられました。 白亜紀の現生鳥類目の報告も幾つかありますが,断片的で信頼性に問題があるそうです。 1 月に Nature に報告された白亜紀末期の鳥類化石は, カモ目に所属すると解釈され,最古の確かな現生鳥類目の記録になるそうです。 この化石は体の後半部分が保存されており,Vegavis iaai と名付けられました。 この化石の hypotarsus という骨(足首の骨らしい)が, カモ目の特徴を持っており,形態に基づく系統解析からもカモ目に近縁となりました。 白亜紀末期にカモ目が存在したならば,他の幾つかの現生鳥類の目も存在したと考えられます。 おそらく,現生の鳥類は恐竜の絶滅後に出現したのではなく, それまでから存在していた現生鳥類の各目の祖先が, 恐竜の絶滅に伴い一斉に多様化を果たしたのではないでしょうか。 ただ,これまでの化石より保存状態が良かったとしても, 全身が保存されていない化石のごく一部の特徴に注目して, これがカモ目であると確定することが本当に正しいのかは疑問です。 同時代の鳥類の化石がもっとよく調べられ,収斂進化の可能性が十分に検証されない限り, 鳥類の進化について確かなことを言うのは難しいかもしれません。 Clarke, J. A., Tambussi, C. P., Noriega, J. I., Erickson, G. M. & Ketcham, R. A. Definitive fossil evidence for the extant avian radiation in the Cretaceous. Nature 433, 305-308 (2005). |
雪解けに降る星の雨(2005.04.12) スノーボール・アース(全球凍結)仮説という説があります。 先カンブリア時代の末期に地球全域が氷りついたという考えです。 いわゆる氷河期が,氷河が極域からはみ出したというレベルであったのに対して, 全球凍結時には赤道域の海洋まで厚い氷に覆われていたと言われています。 スノーボール・アース仮説はもともと地質学的な証拠に基づいて立てられたもので, 後に理論的な補足がなされました。しかし一部の理論などから,全球凍結は実際には実現しておらず, よりゆるい氷河が凍結と解凍を繰り返した可能性もいわれてきたそうです。 そんなわけで,スノーボール・アース仮説の真偽を示す証拠が求められてきましたが, Bodiselitsch et al. (2005) は新しいアプローチから,スノーボール・アース仮説を支持しました。 もし仮に,地球表面が長期にわたって凍りついていたとしたら, その間に宇宙から降り注いだ隕石や宇宙塵は氷の上に蓄積し, 全球凍結の終了時にまとめて海底に降り注いだはずです。 逆に氷がしばしば解けていたなら,地球外物質は蓄積しなかったでしょう。 Bodiselitsch et al. (2005) はコンゴ民主共和国やザンビアの 3 地点の, 全球凍結終了時の地層を調べ,この時代にイリジウムのピークがあることを示しました。 イリジウムは地球外物質の指標としてよく用いられる物質で,他の元素との比較から, 全球凍結終了時のイリジウムが地球由来のものではなく,隕石などに由来する事が確認されています。 これらのことから,Bodiselitsch et al. (2005) は全球凍結という現象が確かに起こっていて, これが少なくとも 300 万年,おそらくは 1200 万年ほどの期間続いたと主張しています。 今回の証拠は,これまでの氷河堆積物に基づいた証拠とはかなり異質で, また再検証や他の元素の検証などを通じて発展的な議論に繋がる事が期待できます。 しかしながら,イリジウムのピークが一回の巨大な天体衝突に由来する可能性も否定できません。 この可能性については言及されていませんでしたが, これから先,世界中の先カンブリア時代の地層を調べて 各地点ごとに元素組成のムラなどが見つかってくれば, イリジウムピークが単一の天体衝突によるものではない事が示せるかもしれません。 Bodiselitsch, B., Koeberl, C., Master, S. & Reimold, W. U. Estimating duration and intensity of Neoproterozoic Snowball glaciations from Ir anomalies. Science 308, 239-242 (2005). Kerr, R. Cosmic dust supports a Snowball earth. Science 308, 181 (2005). 一般向け参考書 |
ジュラ紀の穴掘り哺乳類(2005.04.11) アメリカのコロラド州で変わった哺乳類の化石が発見されました。 Fruitafossor windscheffeli と名付けられた新種の哺乳類は, 前足の様子から,穴掘りが特異だったと推定されています。 しかし,Fruitafossor はそれ以上に興味深い特徴を持っていました。 Fruitafossor は現生の異節類(アルマジロ,アリクイ,ナマケモノなど)や 管歯類(ツチブタ)に似て,管状で伸び続ける歯を持っていました。 アルマジロやアリクイ,ツチブタは,シロアリなどの昆虫食の仲間で, 特にアルマジロやツチブタは穴を掘ってシロアリを捉えます。 Fruitafossor はもう一点,異節類に似た特徴を持っていました。 異節類は腰椎の部分に余計な関節を持っていて,これが名前の由来にもなっています。 この余分な関節はこれまで異節類に独特の構造だと考えられてきましたが, 何と Fruitafossor にも同様の関節が存在したのです。 かといって,他の特徴も併せて系統解析をしてみると, Fruitafossor は異節類とは関係のない, より原始的で独自の哺乳類の系統であることがわかるそうです。 哺乳類の独自の系統が発見されたことはそれだけで意味がありますが, この動物が幾つかの特徴で異節類に類似していて, しかも異節類に独特だと考えられた特徴すら持っているということは, とても興味深い発見です。穿孔性で昆虫食という生活への収斂なのかもしれませんが, これまで謎に包まれていた,異節性という奇妙な特徴の進化的意義が こんなところから明らかになるかもしれません。 なお,異節類は基本的には中南米に分布しており, 北米には後の時代に進出したと思われます。 最古の異節類も新生代以降で,南米のもののようですが(McKenna & Bell, 1997), 北米の種を最古の異節類とする見解もあるようです(遠藤, 2002)。 いずれにせよ,ジュラ紀の Fruitafossor とは別系統なのでしょう。 Luo, Z.-X. & Wible, J. R. A Late Jurassic digging mammal and early mammalian diversification. Science 308, 103-107 (2005). McKenna, M. C. & Bell, S. K. Classification of Mammals Above the Species Level (Columbia University Press, New York, 1997). 遠藤秀紀 哺乳類の進化 (東京大学出版会, 東京, 2002). |
動物誕生の年代を測る(2005.04.08) 中国には Doushantuo 累層という先カンブリア時代の地層が存在します。 この地層からは非常に保存状態の良い化石が発掘され, その中には最古の左右相称動物の化石や動物の胚の化石,藻類の化石などが含まれます。 そのため動物の起源の研究においては他に並ぶところのない重要な地層となっています。 Condon et al. (2005) は,今回この地層の年代を正確に特定する研究を行いました。 Doushantuo 累層は先カンブリア時代末期のエディアカラ紀(6 〜 5.42 億年前)とされていました。 このような古い地層の年代推定には幾つかの方法がありますが, 最も正確だと考えられるのは火山灰などに含まれるジルコン中のウランと鉛の比を見る方法です。 Condon et al. (2005) はこの方法を用いて地層の数箇所を調べ, Doushantuo 累層が大規模な氷河期の終わりから, 5.5億年ほど前までを記録していることを示しました。 また,正確な年代が出たため,世界中の他の地層との対比も容易になり, Doushantuo 累層に含まれる最古の動物化石記録は, 約 5.8 億年前の氷河期の直後から始まっていることが示されました。 今回,動物が誕生したと思われる時代の年代が正確に特定され, これによって同時代の化石研究が進むことに期待したいと思います。 また,他の地層と対比できるようになったため, 動物の出現と地球規模の気象との関係についても今後力が注がれるでしょう。 Condon, D. et al. U-Pb ages from the Neoproterozoic Doushantuo Formation, China. Science 308, 95-98(2005). Kaufman, A. J. The calibration pf Ediacaran time. Science 308, 59-60 (2005). |
アメリカ起源のアフリカ獣類(2005.03.31) 有胎盤哺乳類には 4 つの大きな系統があることが分子系統から明らかになっています。 そのうち最初期に分岐したグループがアフリカ獣類(Afrotheria)と呼ばれるグループで, ゾウやジュゴン,ツチブタ,ハネジネズミ,テンレックなどを含んでいます。 アフリカ獣類も,やはり初期に分岐したらしい異節類(Xenarthra;アリクイ,ナマケモノ,アルマジロなど)も, 共に南半球に起源したと考えられたため,有胎盤類は南半球で進化してきたと考えられてきました。 Zack et al. (2005) は,化石の研究からこの定説に挑戦しています。 彼らは正体不明な分類群の寄せ集めである顆節類(condylarths)の一群の, hyopsodontids というグループを調べました。特に Apheliscus という動物の骨格を詳細に調べた結果, この生き物がハネジネズミ(アフリカ獣類)と共通する特徴を持っいることがわかりました。 従って,hyopsodontids はハネジネズミの近縁群(祖先群?)と考えられました。 ところが,これは実に驚くべき話でした。なぜならこの化石は北米で, しかもハネジネズミより古い時代(始新世初期)から見つかっているのです。 もし本当に hyopsodontids がハネジネズミの祖先だとするならば, アフリカ獣類,ひいては有胎盤類全体が北半球で誕生した証拠になるのかもしれません。 Zack, S. P., Penkrot, T. A., Bloch, J. I. & Rose, K. D. Affinities of ‘hyopsodontids' to elephant shrews and a Holarctic origin of Afrotheria. Nature 434, 497-501 (2005). |
残っていたティラノサウルスの血管(2005.03.31) 生物の軟体部は化石として残される場合はほとんどありません。 残された場合でも,印象のみであったり,他の鉱物に置換されているのが普通です。 ところが,ティラノサウルスの化石の骨から,ほとんど生の状態に見える血管が見つかりました。 Schweitzer et al. (2005) は,ヘル・クリーク累層(Hell Creek Formation)より発掘された, ティラノサウルス(Tyrannosaurus rex)の大腿骨の鉱物を薬品処理で溶かしたところ,軟組織が残ったそうです。 これは枝分かれした管状の構造で,ダチョウの血管と比較すると良く似ていたそうです。 管状構造は弾力性があり,内部には血球と思しき小体も保存されていました。 さらに,細胞などの形までよく保存されていて,これもダチョウのものと比較されています。 抗体で調べたところ,どうやらタンパク質も保存されているようで, かなり生に近い状態で保存されていた事がわかります。 DNA が残されているかは定かではありませんが,あまり期待は出来ないでしょう。 それでもタンパク質のアミノ酸配列や,DNA の塩基配列から恐竜の系統が調べられる可能性は未だ残されており, どのような結果になるのか非常に楽しみです。 Schweitzer, M. H., Wittmeyer, J. L., Horner, J. R. & Toporski, J. K. Soft-tissue vessels and cellular preservation in Tyrannosaurus rex. Science 307, 1952-1955 (2005). Stokstad, E. Tyrannosaurus rex soft tissue raises tantalizing prospects. Science 307, 1852 (2005). |
進化と化石とウマ(2005.03.21) 進化の証拠というと,化石記録が第一に挙げられると思います。 化石記録が充実しているグループはいくつかありますが, 知名度と充実度から考えると,ウマがその代表と言えるでしょう。 MacFadden によるウマ科の進化のレビューが Science に掲載されました。 ウマ科の化石記録は非常に充実しており, 5500 万年前の始新世初期からほぼ途切れることなく続いています。 現在はウマ属(Equus)1 属しか現存していませんが, 過去には 30 属以上が存在していました。 中でも,初期のウマ科(例えば Hyracotherium など)は小型で, 大型のウマは後期に誕生したことが知られています。 このことから,ウマ科の進化は小型種から大型種への漸進的な進化だと思われていました。 しかし実際にはウマ科の進化は直線的なものではないそうです。 ウマ科は 5500 万年前から 2000 万年前までは小型種を中心に多様化しており, それ以降はサイズが多様化するようになったそうです。 またこの時代には,歯の形質も多様化し,これに伴なって食性も多様化したそうです。 (もともとは柔らかい若葉などを食べていたものが, 種によっては硬い単子葉の「草」を食べるものもでてきました) ウマ科の進化は,2000 万年ほど前に進化の方向性自体が変化した,という点で興味深いものがあります。 これは,あるいは歯の形質の変化が引き金になったのかもしれません。 このように,充実した化石記録のあるグループからは, 現生種の観察だけではわからないようなことが見えてくることがあります。 今後もウマ科などは進化論のケース・スタディとして,重要な役目を果たすかもしれません。 MacFadden, B. J. Fossil horses - evidence for evolution. Science 307, 1728-1730 (2005). |
クジラとカバとのあいだには(2005.03.16) クジラの起源は,分子系統によって明らかになった最大の成果の一つといえます。 分子情報から,クジラの現生姉妹群がカバ(偶蹄目)であることが疑いようもなく立証され, 後を追うようにクジラと偶蹄類の中間型の化石が発見されました。 しかし同時にこれらの発見は,カバの起源がまるで理解されていなかった事を明らかにしました。 カバは豚やイノシシの仲間(猪豚亜目)に含められてきましたが,分子データはこれを完全に否定しました。 とすると,カバはクジラと分岐してから全く独立の系統として生き延びてきた事になりますが, 最古のクジラの化石記録と最古のカバの化石記録の間には,実に 4000 万年ものギャップがあるのです。 この間,カバの系統はどこに隠れていたのでしょうか。 Boisserie et al. (2005) は,このギャップの期間(始新世〜中新世前期)に生息していた, カバの祖先と目された多数の絶滅偶蹄類を,形態に基づいて分岐学的に解析しました。 その結果,これまで古生物学・形態学からは示されていなかった,クジラとカバの近縁性が示唆され, さらにカバがアントラコテリウム類という絶滅偶蹄類の一群から派生してきたことが強く示されました。 アントラコテリウム類は以前にもカバの祖先の候補と目されており, 始新世の後半から中新世を経て更新世まで生き延びています。 従って,アントラコテリウムをカバの仲間と考える事で, クジラとカバの間にあった化石記録のギャップはほぼ埋めることが出来たのです。 研究が進むにつれ,クジラの起源に関する分子系統と形態学の間の衝突は, (主として新たな化石の発見と形態学の改善により)徐々に緩和されてきました。 今回,カバとクジラの近縁性が形態学からも示され,さらにカバの化石のギャップが, アントラコテリウム類を考える事によって埋められる事が分かり, クジラの起源に関する見解が最終的な一致を見たように思われます。 ここから先,アントラコテリウム類の発掘や研究への関心が大きく集まる事が期待されますし, その結果クジラの起源にまつわる詳細な過程が明らかになってくるのが楽しみです。 Boisserie, J.-R., Lihoreau, F. & Brunet, M. The position of Hippopotamidae within Ceatartiodactyla. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 102, 1537-1541 (2005). |
生物の年齢は誤差 20 億年(2005.03.13) 最古の生物の記録が一体いつまで遡れるのかについて,ここ数年論争が生じています。 最古の生物の証拠には,主に同位体化石と微化石の二通りがあります。 酵素的な炭素固定では,重い炭素同位体に比べて軽い炭素同位体を多く取り込みます。 そのため,炭素同位体が軽い炭素に片寄ったグラファイトは生物の証拠と考えられています(Schidlowski, 1988)。 最古の化石として一時期定着した同位体化石は,グリーランド産の 38.5 億年前のものでした (Mojzsis et al., 1996)。 ところが Mojzsis らの採集地点を再検証した研究から,「最古の同位体化石」に疑問の声が上がっていました (Fedo & Whitehouse, 2002; van Zuilen et al., 2002)。 ここから始まった真偽をめぐる論争に,新しい研究が投じられました。 Lepland et al. (2005) は「同位体化石」の報告されたアキリア島のサンプルの切片を多数作成し, そのアパタイト中にグラファイトが全く含まれていないことを確認しました。 これはサンプル中に生物の痕跡が含まれている可能性を完全に排除するものです。 Lepland らは Mojzsis らの用いたオリジナル岩石サンプルも取り寄せて研究しましたが, 奇妙なことにこれにもグラファイトは含まれていなかったそうです。 サンプルの取り違えなどがどこかの段階であったのかもしれませんが, これらの結果を踏まえると,Mojzsis らの証拠を最古の生物の証拠と見做すのことはどうやらできないようです。 なお,ほぼ同時代(37 億年以上前)の同位体化石が Rosing (1999) によって報告されていますが, この証拠についても今後の検証が求められることでしょう。 同位体化石ではなく,細胞の形が残った最古の微化石では,34.6 億年前のオーストラリア産のものがあります (Schopf, 1993)。ところがこの化石についても疑問の声が出ており(Brasier et al., 2002), 結局,疑いようのない最古の生物の化石は 19 億年前のカナダ産の微化石になってしまいます(Moorbath, 2005)。 このように最古の生物の記録については 39 億年前から 19 億年前のものまで見解が激しく分かれています。 これは生物の証拠としてどこまでを認めるのか,という解釈の違いに由来するわけですが, 同時に,生物とは何なのかという問に対する答えが未だに十分なされていない事実も反映しています。 ある時代や場所に生物がいたのかどうかを検証する具体的な方法は, 例えば火星における生物の有無の研究などとも共通点が多く,注目されるところです。 Lepland, A., van Zuilen, M. A., Arrhenius, G., Whitehouse, M. J. & Fedo, C. M. Questioning the evidence for Earth's earliest life - Akilia revisited. Geology 33, 77-79 (2005). Brasier, M. D. et al. Questioning the evidence for Earth's oldest fossils. Nature 416, 76-81 (2002). Fedo, C. M. & Whitehouse, M. J. Metasomatic origin of quartz-pyroxene rock, Akilia,
Greenland, and implications for Earth's earliest life. Science Mojzsis, S. J. et al. Evidence for life on Earth before 3,800 million years ago. Nature 384, 55-59 (1996). Moorbath, S. Dating earliest life. Nature 434, 155 (2005). Rosing, M. T. 13C-depleted carbon microparticles in >3700-Ma sea-floor sedimentary rocks from west Greenland. Science 283, 674-676 (1999). Schidlowski, M. A 3,800-million-year isotopic record of life from carbon in sedimentary rocks. Nature 333, 313-318 (1988). Schopf, J. W. Microfossils of the Early Archean Apex chert: new evidence of the antiquity of life. Science 260, 640-646 (1993). van Zullen, M. A., Lepland, A. & Arrhenius, G. Reassessing the evidence for the earliest traces of life. Nature 418, 627-630 (2002). |
鼠の祖先は竜より強し?(2005.01.17) 中国で恐竜を食べた哺乳類の化石が発見されました(Hu et al., 2005)。 中生代の哺乳類は小型で夜行性の,主に昆虫を食べるような地味なものしかいないと思われてきましたが, 新たに発見された化石は大型で(最大 1m 以上),しかも胃の中に恐竜の幼体がありました。 発掘地は中国の遼寧省で,羽毛恐竜や孔子鳥など保存状態の良い化石の見付かるところです。 発見されたのは Repenomamus robustus と R. giganticus(新種)の 2 種類です。 R. giganticus は R. robustus の 1.5 倍ほどの大きさで,体長は 1m 強ありました。 これまで全身骨格の知られている中生代の哺乳類の中では最大のものです。 2 種類とも頑丈な顎と尖った歯を持っていることから肉食であったたと考えられ, R. robustus の胃の中からは Psittacosaurus の骨格も見付かっています。 Repetomamus と近縁な Gobiconodon もやはり大型で肉食と考えられており, 白亜紀の哺乳類にもどうやら肉食のグループが存在したようです。 (腐肉食の可能性もないとは言えませんが,頑丈な顎や発達した門歯からは, 捕食していたと考えて差し支えないようです) 何事にも例外というのはあるわけで, 中生代の哺乳類にも恐竜を食べられるようなものがいてもいい気がします。 中生代の哺乳類の研究はまだまだ十分とは言えず,今後もこのような驚きがあることでしょう。 今回の発見を機に,中生代を恐竜の時代として単純化せず,恐竜−哺乳類−鳥類,などが, 複雑で多様な生態系を作っていた時代として理解できるようになると楽しいですね。 なお,Weil (2005) と Stokstad (2005) が本研究の解説をしています。 Hu, Y., Meng, J., Wang, Y. & Li, C. Large Mesozoic mammals fed on young dinosaurs. Nature 433, 149-152 (2005). Weil, A. Living large in the Cretaceous. Nature 433, 116-117 (2005). Stokstad, E. New fossils show dinosaurs weren't the only raptors. Science 307, 192 (2005). |
類人猿の父(2004.11.27)(→人類学)
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続報2:最古の左右相称動物(2004.11.23) 今年の夏,中国で最古(5.8〜6 億年前)の左右相称動物の化石が報告されました。 Chen et al. (2004a) の論文に出ていた写真は中々見事で, 一目で左右相称動物と「思える」化石でした(Vernanimalcula と命名された)。 その一方で,論文中での化石の細部の解釈についてはかなり怪しい部分がありましたし, Chen et al. (2004a) が細胞と呼んだものは, 単なる鉱物の沈着だとする批判も紹介されていました(Stokstad, 2004)。 そしてその批判が Science 誌上にて論文として出版されました(Bengtson & Budd, 2004)。 彼らは,Chen et al. (2004a) は化石生成(taphonomy)や続成作用(diagenesis), すなわち生物が死んでから化石として発掘されるまでに起こる変形, を考慮していないと厳しく指摘しています。 Bengtson & Budd (2004) は,カンブリア紀中期(5〜5.1 億年前)の腕足動物の化石と比較して, Chen らの化石に認められた特徴の多くが,鉱物の沈着で説明できることを示しました。 また,Chen らが左右相称に配置されているとした「感覚器」が, 感覚器とも,左右相称配置とも考えられない,ただの変形であるとしました。 これに対して,Chen et al. (2004b) の反論では, 鉱物の沈着とは考えられない理由について議論していましたが, Bengtson & Budd (2004) の指摘に対して噛み合わない反論をしているようにも見えました。 特に,「感覚器」の解釈については一切の反論を提出しておらず, 不利なコメントを黙殺した節があります。 Chen らの反論をどう受け取るのかは読み手にもよると思いますが, 少なくとも私の印象では,Chen らが化石生成や続成作用を十分検証できてはいないようでした。 報告された構造が何らかの化石であることは,Bengtson & Budd (2004) も認めていますが, 左右相称動物だとする根拠は結局,極めて薄弱であるとしか言えません。 このような重要な発見で,根拠が薄弱,というのは大いに問題があり, 将来的にこの化石の標本が多数集められ,複数の研究者によって精査されない限り, Vernanimalcula を最古の左右相称動物として認めることは出来ないでしょう。 特に,この化石の連続切片などに基づく三次元構造の復元は必ず行って欲しいものです。 (Chen et al., 2004a による三次元復元は, 少数の別々の個体の切片を比べて当てはめただけの非常にお粗末なものでした)。 Chen, J.-Y. et al. Small bilaterian fossils from 40 to 55 million years before the Cambrian. Science 305, 218-222 (2004). Stokstad, E. Controversial fossil could shed light on early animals' blueprint. Science 304, 1425 (2004). Bengtson, S. & Budd, G. Comment on "Small bilaterian fossils from 40 to 55 million years before the Cambrian". Science 306, 1291a (2004). Chen, J.-Y., Oliveri, P., Davidson, E. & Bottjer, D. J. Response to comment on "Small bilaterian fossils from 40 to 55 million years before the Cambrian". Science 306, 1291b (2004). |
種子植物への道(2004.10.30) 30 年以上前に記載された化石が,種子植物の祖先であることがわかりました。 Runcaria heinzelinii というこの化石は,ベルギーの 3 億 8500 万年前の地層で見付かります。 これは最古の種子の化石記録から 2000 万年ほど昔にあたるそうです。 種子とは,珠心が珠皮に包まれた構造です。 この化石では,珠心は細かくちぎれたような外皮に包まれています。 細かく描写すると,4 つの断片からなる杯状体の上に,珠心が乗っていて, 珠心の上に棒状の構造が伸びています。 外皮,というか鳥かごのような構造は珠心の付け根から珠心を取り囲むように出て, 棒状の構造の上部で閉じています。 この棒状の構造は,小胞子(花粉)を受け取る,柱頭のような器官と考えられ, また,Runcaria は風媒花であったとされています。 この化石から,種子の起源についてさらに理解が広がりそうです。 Gerrienne, P., Meyer-Berthaud, B., Fairon-Demaret, M., Streel, M. & Steemans, P. Runcaria, a Middle Devonian seed plant precursor. Science 306, 856-858 (2004). |
続報:黙示録の語り部(2004.10.28) 古生代と中生代の境界,すなわちペルム紀と三畳紀の境界(P/T 境界)では, 史上最大規模の大量絶滅が起こった事が知られています。 この大量絶滅の原因については未だに議論の焦点となっていますが, 今年になって,オーストラリア北西部沖に存在する Bedout High と呼ばれる地形が, P/T 境界で起こった天体衝突のクレーターだとする研究が発表されました(Becker et al., 2004a)。 この研究については当初から火山性の地形ではないか,とする疑問が呈されていましたが, Science 誌上の Technical comment で,それが議論されています。 Glikson (2004) は,Becker et al. (2004a) の証拠は不十分であり, 火山性と考える積極的な証拠もあるという議論を展開しています。 他方,Becker et al. (2004b) は,証拠不十分についてはともかく, 複数の積極的な証拠が天体衝突説を支持しており,逆に周辺の地形(例えば大陸との位置関係)を考えると, このような場所に大規模な火山ができて,Bedout High のような地形が出来るとは考えにくい,としています。 互いに証拠の誤解釈を指摘しあう様な議論が展開されており, 地質の素人にはどちらが正しいのか判別は付きませんが, P/T 絶滅の原因についてはまだまだ解決していない,という事だけは分かりました。 天体衝突原因説も考慮に値する仮説の一つ,と見るのが現時点での印象です。 Becker, L. et al. Bedout: a possible end-Permian impact crater offshore of northwestern Australia. Science 304, 1469-1476 (2004a). Becker, L. et al. Response to comment on "Bedout: a possible end-Permian impact crater offshore of northwestern Australia". Science 306, 613c (2004b). Glikson, A. Comment on "Bedout: a possible end-Permian impact crater offshore of northwestern Australia". Science 306, 613b (2004). |
高画質な化石群(2004.08.27) 抜群に保存状態のよいエディアカラ生物群の化石が発見されました。 場所はカナダのニューファンドランド島で,先カンブリア時代末期のエディアカラ紀の中程の地層からです。 エディアカラ生物群は,カンブリア紀に多細胞動物が爆発的進化を見せるより前に発展した大型生物 (最大1m程度)です。これまで,動物の一群,藻類,地衣類,独自の界(ヴェンド生物界) など様々な解釈がなされてきましたが,未だに系統的な所属が不明なままになっています。 今回あらたに Science(先週号)に報告された化石では, 生物体の立体構造や微細構造(数百ミクロンのレベル),内部構造などが明らかとなり, エディアカラ生物群の解釈が大きく進展する材料になりそうです。 今回の論文では,エディアカラ生物群の正体についてはあまり語られていませんが, 今後この地層の化石が詳細に研究されれば,動物が発展する以前の多細胞生物のあり方について, いっそうの理解が進むことでしょう。 Narbonne, G. M. Modular construction of early Ediacaran complex life forms. Science 305, 1141-1144 (2004). Brasier, M. & Antcliffe, J. Decoding the Ediacaran enigma. Science 305 1115-1117 (2004). |
続報:最古の左右相称動物(2004.07.13) 6 月 6 日の書き込みの続報です。 中国南部で,最古となる左右相称動物の化石が発見されたとする論文が出版されました (Chen, et al., 2004)。 この化石は Vernanimalcula guizhouena と名付けら,径 150 ミクロン前後のサイズをしています。 (復元図)著者らは 10 体の化石を調べ, これが左右相称動物の初期の分岐に属すると考えています。 しかし,この地層には似たような構造が多く見つかり,これらは全て鉱物の沈着に過ぎないとする反論もあり (Stokstad,2004),素人にはどちらが本当なのか判断が付きにくいところです。 一応,化石とされるものが皆(論文に全体像が出ているのは 3 体),確かに左右相称の形で, 特定のボディプランからなるように見えるので,Chen らの結論は正しいような印象を受けます。 一方,論文中の化石の構造の解釈にはかなり怪しい部分があります。 写真と図の間にもわずかながら齟齬がありますし,図の解釈もかなり恣意的に見えます。 (表面のくぼみを感覚器官とみなすのは疑問です) というわけで,今後,議論が沸き起こりそうな報告ですが,世間では一定の評価を受けそうなので, 一度論文を見てみてはいかがでしょうか。 Chen, J.-Y. et al. Small bilaterian fossils from 40 to 55 million years before the Cambrian. Science 305, 218-222 (2004). Stokstad, E. Controversial fossil could shed light on early animals' blueprint. Science 304, 1425 (2004). |
翼竜の卵(2004.06.13) 翼竜は一般的には「空飛ぶ『恐竜』」として知られますが,実際には恐竜とは別のグループです。 さて,彼らが卵を産んだのか子供を産んだのか(卵生か胎生か)については,これまで謎に包まれていました。 体内に胎児の骨格を持った化石は出ていませんでしたし,おそらく卵生だろうとの予想はあり, わずかながら翼竜の卵かもしれない化石も報告されていましたが, いずれも証拠を欠き,結論はでないままとなっていました。 しかし遂に,中国から発掘された化石が決定的な証拠をもたらしました。 中国遼寧省には保存状態が抜群な化石を多産する地層がありますが, そこから出てきた化石の内部に,翼竜の幼体が保存されていました。 この化石には翼の先端半分を支える長い薬指や,発達した三角胸肢突起を伴った頑丈な上腕骨があり, ここから翼竜であることがわかるそうです。 というわけで,今回の発見で長年の謎に決着がついたことになります。 状況証拠や,間接的な証拠から議論されてはいても, 最後に決着をつけるには目に見える直接的な証拠しかない,ということを見せてくれる発見でした。 Wang, X. & Zhou, Z. Pterosaur embryo from the Early Cretaceous. Nature 429, 621 (2004). |
黙示録の語り部(2004.06.07) 「大量絶滅」と言うと,恐竜を絶滅に追いやった白亜紀末(6550万年前) の天体衝突を思い浮かべるかもしれません。 あるいは,現在進行中の人間活動による絶滅を考える人もいるでしょう。 しかしながら古生代の最期のペルム紀の終わり(2億5100万年前)に起こった大量絶滅は,白亜紀末の大量絶滅や 現在進行中の大量絶滅の規模を遥かに凌ぐものだったとされています。 海生無脊椎動物の化石記録を丹念に調べた仕事から,ペルム紀末の大量絶滅では 90% 以上の分類群が絶滅したことが知られています。 ところがペルム期末の大量絶滅の原因は未だに分かっていません。 仮説としては,白亜紀末と同じく大規模な天体衝突が起こったとする考えと, 超大陸パンゲアの形成・分裂に関連した大規模な火山活動(とそれに伴う海洋の無酸素化) が原因とする考えがあります。両者は互いに決定打を欠き,同様に説得力を持っていました。 そこへ来て,今回「天体衝突説」の側から新たな証拠が提示されました。 Becker et al. (2004) は,彼らがこれまで研究を続けてきた Bedout High と呼ばれる地形が, ペルム紀末の天体衝突で出来たクレーターであるとの報告を発表しました。 (Bedout の発音を,「ベッドアウト」としているサイトがありましたが,これは誤りです。 論文中では "Bedoo" と発音すると書かれています) 地震波からの情報,重力異常,衝突の痕跡と解釈される鉱物,などが彼らの提供した証拠です。 ところが Kerr (2004) によると,彼らの証拠はどれも不十分で,さらなる証拠が提出されない限り, Bedout の構造は天体衝突のクレーターとは認められないという意見も多いそうです。 (火山などでも説明ができる) Becker らも証拠を増やす必要性は認めているので,現時点では,Bedout はペルム期末の天体衝突痕の候補, と評価しておくのが妥当でしょう。 Becker, L. et al. Bedout: a possible end-Permian impact crater offshore of northwestern Australia. Science 304, 1469-1476 (2004). Kerr, R. A. Evidence of huge, deadly impact found off Australian coast? Science 304, 941 (2004). |
最古の左右相称動物(2004.06.06) 中国からまたまたとんでもない発見が出てきました。 数年前に動物の卵割の化石が出てきた,Doushantuo 累層という地層から, 今度は最古の左右相称動物とされる化石が出てきました。 Science の電子版のみで公開されていますが,ニュ−ス記事に写真が載っています。 写真を見ると,動物の胚の見事な断面に見えて,なかなか衝撃的です。 時代はカンブリア紀より4千万〜6千万年ほど古い時代で,ちょうど全球凍結が終了した頃になります。 左右相称動物がこの頃に誕生したとすれば,カンブリア紀の爆発の前に動物の多様化はひそかに進んでいたことになり, 納得できる話で,これは近年の分子時計の研究とも調和的です。 ただ,これが真の化石ではなく,細胞に見えるのは鉱物の沈着だとする反論もあるので, 細かい議論は論文が出版されてからにしたいと思います。 ちなみに,原論文の第1著者には,チェンジャン生物群と呼ばれるカンブリア紀初期の化石生物群の 研究で有名な陳均遠が入っていました。 一応,ニュース記事と,分子時計から左右相称動物の出現年代を推定した論文を引用しておきます。 Stokstad, E. Controversial fossil could shed light on early animals' blueprint. Science 304, 1425 (2004). Aris-Brosou, S. & Yang, Z. Bayesian models of episodic evolution support a late Precambrian explosive diversification of the Metazoa. Mol. Biol. Evol. 20, 1947-1954 (2003). |
地球の歴史年表(2004.05.15) 今年の夏にも,地質年代表の最新版が出版されるそうです。 ここ 15 年の研究を総括したまとめになる模様です。Nature で紹介されていました。 これを作成したのは国際地質科学連合(IUGS)の国際層序委員会(ICS)で, 世界中の地層を対比し,対応する地質区分を決定(推定)し,その境界の年代を整理しています。 もちろん,年代決定や各地の層序の比較などは今後も研究が進展していくでしょうし, 先カンブリア代については未だ研究が十分に進んでいませんから,この本が最終版になるわけではありません。 しかし,世界中の地質学者が一つの基準に基づいて議論できるようになる, ということで,Nature の記事では大きく評価されています。 ICS のサイトでは,最新版(?)の地質年代表が公開されており,自由に参照できます。 特に年代に関しては,文献やサイトによっても全然異なる数字が引用されていて, 地質・古生物の話を参照するときに困りますが,そういう時はこのサイトに従えば安全であると言えます。 余裕があればこれに従った地質年代表の日本語版を作成して見たいと思います。 ICS のサイトはこちら 地質年代表はこのページの Stratigraphic Information System のところにあります。 先カンブリア代,古生代,中生代,新生代に分けて掲載されてます。 Whitfield, J. Time lords. Nature 429, 124-125 (2004). |
ハチドリの忘れられた故郷(2004.05.09) 多少,報道もされてるようですが,ハチドリの確かな最古の化石が発見されました。 発見されたのはドイツの漸新世の地層で,年代は 3000 〜 3400 万年前だそうです。 これまで発見されていた古い化石は,断片的であったり, 原始的過ぎてハチドリへの帰属が不確かだったようです。 ハチドリは南北アメリカに分布する,花の蜜を主食とする鳥の仲間で, 独特のホバリング(停止飛翔)をすることでも有名です (ハチのような飛び方から,ハチドリと呼ばれます)。 今回発見された化石(Eurotrochilus inexpectatus)はほぼ全身の化石が 2 体で, しかもかなりハチドリの派生的な特徴を持っているので, ハチドリの仲間に間違いないとされます(異論もないわけではない)。 Eurotrochilus はその名前の通り,ヨーロッパで発見されました。 これは現生のハチドリが全て南北アメリカ大陸に分布していることを考えると予想外のことでした。 (種小名の "inexpectatus" は 「unexpected: 思いもよらない」に由来) これまでの原始的なハチドリ化石もヨーロッパ産であることを考えると, ハチドリがヨーロッパで起源・初期進化を起こし,後にアメリカへ移住したことや, ヨーロッパ産のハチドリがいつの時代にか何らかの理由で絶滅してしまったことが分かります。 著者らはもう一歩推測をしています。 彼らは,ヨーロッパにある,鳥類に花粉を媒介させる植物はハチドリと共進化して, 取り残されたグループかもしれないと考えました。 残された花が,現在は代わりの鳥や昆虫に花粉を媒介してもらっているというのも面白い仮説です。 もっとも,ハチドリのような小型の鳥の化石は残りにくいことから, 実際の分布の変動の解明にはさらなる化石の発見が必要ではあるでしょう。 Mayr, G. Old world fossil record of modern-type hummingbirds. Science 304, 861-864 (2004). Stokstad, E. Surprise hummingbird fossil sets experts abuzz. Science 304, 810-811 (2004). |
マルレラ脱皮中(2004.05.07) カンブリア紀の始めに,動物が爆発的な多様化を示したことは有名です。 これを一躍有名にしたのはカナダはバージェス頁岩の保存状態のよい化石群です。 (普通は腐ってしまう柔らかいパートが保存されていた!) さて,このバージェスからまたも驚くべき化石が発見されました。 バージェスからは三葉虫に似た(但し別の仲間),Marrella という節足動物が多産します。 そしてなんと,新たに脱皮の最中の Marrella の化石が発見されました。 カンブリア紀の節足動物で脱皮の証拠が発見されたのは初めてだそうで, 彼らも脱皮したことが証明されたと主張しています(当たり前では?と思う)。 別にそれ以外の知見が広がるわけではないんですが, 説得力のある面白い化石,ということで一発 Nature なんですね。 García-Bellido, D. C. & Collins, D. H. Moulting arthropod caught in the act. Nature 429, 40 (2004). |
そしてメスがいなくなった・・・(2004.04.28) 恐竜絶滅にまつわるミステリーのお話です(笑)。 恐竜の絶滅が,白亜紀末期に起こった天体衝突であるとの説は定説に成りつつありますが, 絶滅の仮定の詳細についてはまだ十分に理解されているとはいえません。 天体衝突のクレーターを巡る問題についてはしばらく前に紹介しましたが, 天体衝突が恐竜の絶滅をもたらした理由についても謎が残されています。 しばしば,天体衝突によって巻き上げられた粉塵が太陽光を遮断し,生態系を破壊した, という解説が言われますが,この場合,なぜカメやワニなどが生き残ったのかの説明が要求されます。 その辺の議論に対して新たにレビューが出ましたので,紹介します。 脊椎動物の性決定は大きく 2 タイプに分けられます。 一つは性染色体による決定(遺伝的性決定:GSD)で,もう一つは卵の周辺温度に依存した性決定 (温度依存的性決定:TSD)です。性決定のメカニズムや系統樹上の分布から考えると, 爬虫類の祖先は TSD を行っていたことが推定されます。さらに,恐竜がワニから分岐した時点では TSD であったものが,鳥(恐竜の一部から進化)にいたる系統のどこかで GSD を獲得したことまでわかります。 さて,恐竜(の多く)がもし TSD を用いていたとするならば, 白亜紀末期の天体衝突による気候変動は生まれてくる子供の性比に大きな影響を与えたと考えられます。 多くの場合,環境が最適なときにはメスを, そこからずれたときにはオスを作るような仕組みが進化しているので, 恐竜の場合もそうだった可能性が高いでしょう。 そうすると,気候変動の結果,生まれてくる子供の性が大きくオスに傾いたはずです。 著者らのシミュレーションでは, 性比が大きくオスに傾くと集団が絶滅するリスクが高まることが示されています。 従って,恐竜の絶滅は気候変動によってオスしか生まれなくなったためではないか, という結論が導かれます。 実はワニやカメなども TSD を用いていますが,彼らの産卵場所は水辺など, 比較的環境変動が起こりにくい場所にあったために絶滅を免れたとしています。 実際に恐竜の絶滅を全て性決定のメカニズムのせいにしてしまうのは生きすぎでしょうが, 気候変動によって,多くの恐竜の性比が激しく撹乱され, 恐竜絶滅の一つの要因になった可能性は十分に考えられます。 Miller, D., Summers, J. & Silber, S. Environmental versus genetic sex determination: a possible factor in dinosaur extinction? Fertil. Steril. 81, 954-964 (2004). |
溶岩を食べたご先祖様(2004.04.24) 今週の Science に掲載された論文で,約 35 億年前の微生物の生痕化石が報告されました。 発見されたのは南アフリカで,最古の微化石(一昨年に疑問が提示され,論争が継続中)の産する オーストラリアのピルバラ地域とほぼ同時期の地層からです。 この生痕化石は枕状溶岩と呼ばれる溶岩中に見付かりました。枕状溶岩は海底火山の噴火などにより, 溶岩が直接海中に流出した時に形成される独特の構造です。 溶岩中にはとても生物など存在するはずがないと思われるかもしれませんが, 一度冷えた溶岩中に生息する生物は現代の地球上で観察されるそうです。 これらの微生物(細菌)は溶岩を食べながら(溶かしながら?)成長し, 溶岩中に微細なチューブ状の空隙をあけるとのことです。 Furnes et al. は 35 億年前の枕状溶岩中に認められるチューブ状の構造が, 現在の溶岩棲微生物が作るチューブ状構造と区別できない程類似しており, 内部に,同位体と炭素原子の分布から考えて生物由来の有機物が存在しているため, やはり生物によって作られたとしています。 時代的には生物がいたとしてもまるで不思議はない時期であり, 化学合成菌がいたとしても構わないとは思います。 ただ,これが生物起源であることを主張するにはまだ証拠が不十分であるようにも見えてしまいます。 そもそも微生物の化石は,よほど複雑な構造をしていない限り,生物と断定するのが非常に困難で, 未だにその判定基準についてコンセンサスが取れていません。 今回の生痕化石の構造は非常に単純なチューブ状の空隙ですから,似ている, 似ていないの議論が十分に出来るかどうか,疑わしいといわざるを得ません。 ただし,この報告の価値がない,とか低いというわけではありません。 現在,最初期の生物の研究は,研究の方法論,対象,をどのように構築し, どのように選んだらよいのかを議論する段階にあるからです。 つまり,Furnes らの研究は,今まで見落とされて来た溶岩中にも生物の証拠が存在する可能性を提示し, さらなる研究分野を開拓する研究として評価が出来ると思います。このような研究が積み重なれば, やがて岩石中の生物の痕跡を無生物的構造から区別する方法も確立されるかもしれません。 このような区別法は, 火星の岩石中に生物の証拠を探す際にも欠かせない方法であることも付記しておきましょう。 Furnes, H. et al. Early life recorded in Archean pillow lavas. Science 304, 578-581 (2004). Kerr, R. A. New biomarker proposed for earliest life on earth. Science 304, 503 (2004). |
魚に手足が生えた頃(2004.04.11)(→進化・分類学)
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太古の世界地図(2004.04.01) 大陸移動の話を知らない方はいないと思いますが, 地質時代の特定の時期の世界地図がどうなっていたのかを描ける人は中々いないでしょう。 10 年ほど前に, 無数の文献資料を元にして中生代と新生代の間の世界地図の変遷をまとめた本が出版されました。 この本は絶版で入手困難になっていましたが,つい最近になってペーパーバックで再版されました。 基本的には,2 億 4500 万年前から現在までの世界地図を平均 800 万年の間隔で羅列したものです。 正確さや新鮮さは欠くものの, 地質に詳しくない人がおおよその大陸分布を知りたい場合には有用だと思います。 生物地理に関心のある方には必見の本かもしれません。 文献のリストが 2000 を上回っているのも,資料的価値を高めているといえます。 なお,アフリカ大陸のあたりを中心にしたモルワイデ図法(正積図法:面積比が正確) で描かれているため,アジア付近の地図は歪んでいて見にくいのが悲しいです。 Smith, A. G., Smith, D. G. & Funnell, B. M. Atlas of Mesozoic and Cenozoic Coastlines (Cambridge University Press, Cambridge, 1994). 購入したい方は, Cambridge University Press もしくは Amazon.co.jp などからどうぞ。 |
恐竜絶滅の主犯は誰か?(2004.03.17) 以前にも触れましたが,メキシコ・ユカタン半島にある有名なチチュラブ (Chicxulub)クレーターが白亜紀の終焉とは時代が違うという論文が出版されました。 そもそも,白亜紀の末期には恐竜を初めとする多くの生物が絶滅しています。 そして白亜紀と新生代の境目(K/T 境界)に,地表面には普通存在しないイリジウムが濃縮されていることが発見され, 大規模な天体衝突が K/T 境界で起こり,これが大量絶滅の原因となったと予想されました。 この説の検証のために,クレーターの探索が熱心に行われた結果,ユカタン半島にチチュラブクレーターが見つかり, 天体衝突の決定的な証拠と考えられるようになりました。 しかし,このチチュラブクレーターの形成年代は,K/T 境界とほぼ同時期とはされていましたが, 完全に同時かどうかはわかっていませんでした。 今回の研究では,クレーター付近の一続きの地層を調べ, 様々な観点から K/T 境界とクレーター形成の前後関係を決定しています。 解ったことは,チチュラブクレーターは K/T 境界の約 30 万年前に形成されていて, K/T 境界の大量絶滅やイリジウム異常を説明できないということでした。 多くの根拠が示されているため,これに反駁するのは相当困難に見えました。 白亜紀の末期には大小複数のクレーターが見つかっているようで,チチュラブへの天体衝突に限らず, 多数の天体衝突が数十万年のスパンで起こり,最後の大衝突が K/T 境界の大絶滅を引き起こしたのかもしれません。 K/T 境界での天体衝突により形成されたクレーターは,現時点では分からなくなってしまいましたが, 論文の著者は,インドのシヴァ・クレーター(Shiva crater)を重要参考人と見ています。 シヴァ神は破壊(と再生)の神のようなので, 命名者の意図通りの真実があるのかもしれません。 なお,シヴァクレーターについては恐竜パンテオン にある「シヴァ神再臨」が解りやすそうです。 Keller, G. et al. Chicxulub impact predates the K-T boundary mass extinction. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 101, 3753-3758 (2004). |
エディアカラの生物は動いたのか?(2004.03.10) 先カンブリア時代の末期,まだ後生動物のメジャーなグループが多様化する以前に, エディアカラ生物群という謎の生物群が反映していました。 エディアカラ生物群は, このように現在の生物からは懸け離れた姿をしており, 彼らが後生動物の祖先だったという説もあれば,独自の界に分類する考えも有力です。 ただ,どんなに変わった生物であっても,それが生物である限りは現生の生物と何らかの関係・ 類縁性があるはずで, それを明らかにするためにはエディアカラ生物のボディプランや生態を理解する必要があります。 エディアカラ生物は一般にはあまり知られていませんが, 古生物学者の間では関心が集まってきているようです。 最新号の「月刊地球」にエディアカラ生物に関する記事がありました。 それによると,エディアカラ生物はエアマット状(キルト状)のボディプランをしているという仮説が, 比較的わかりやすい化石によって裏付けられていました。 さらに,エディアカラ生物の一種が移動した証拠,なるものも紹介されていました。 これらがどこまで確かな話なのかはなんとも言えませんが,今後研究が進めば, エディアカラ生物群も教科書に載るようなメジャーな生物群になるのではないでしょうか。 東條文治, 齋藤良, 川上紳一 および 大野照文 エディアカラ生物群にみられるキルト構造の理論形態. 月刊地球 26, 177-182 (2004). 大野照文 エディアカラ化石生物群 −最古の多細胞動物化石?−. 月刊地球 26, 183-186 (2004). |
補足:隕石衝突後も恐竜は生き延びた?(2004.03.03) 要約を読んだ限りでは,隕石の衝突はイリジウム層より古いことを確認しているようです。 とすると,イリジウム層を形成する別の隕石衝突があったか,地殻変動があった可能性が出てくると思います。 次に,環境変化についてですが,K/T 境界付近では大規模な植生の変化などは起こっていないと言う話を聞きました。 30 万年と言う期間も隕石衝突の影響としては長すぎるようです。 むしろ,隕石衝突が恐竜の多様性を著しく低下させ,K/T 境界で起きた第 2 のイベントで止めを刺されたのかもしれません。 Keller, G. et al. Chicxulub impact predates the K-T boundary mass extinction. Proc. Natl. Acad. Sci. USA in publishing. |
隕石衝突後も恐竜は生き延びた?(2004.03.02) これはまだ出版になっていませんが,Yahoo!ニュースに出ていたので,ちょっと触れておきます。 ニュースによると,隕石の衝突が白亜紀/新生代境界(K/T 境界)の 30 万年前であったことがわかったようです。 恐竜の絶滅は K/T 境界で起こったことになっていますから, この結果から「恐竜絶滅とは無関係」と言っているようです。 ただ,ちょっと疑問点が残るのでコメントを付けておきます。 まず,K/T 境界には地球外起源とされるイリジウムが濃縮した地層が見つかっています。 このイリジウム層と,隕石衝突の前後関係はどうなっているのかが謎です。 次に,K/T 境界の前後に関してはあまり化石記録が充実していないという話を聞いたことがあり, 本当に恐竜が K/T 境界まで生きていたのかを再考する必要がありそうです。 もう一つ,恐竜の絶滅と隕石衝突との間の 30 万年という期間の評価です。 隕石衝突による環境激変が数十万年のスパンに及び,その間に恐竜を衰退・絶滅させた可能性もあるわけで, その場合,「恐竜絶滅とは無関係」とは言えない訳です。 (ここ百年近くトキの乱獲は行われていませんが, だからといって国産トキの絶滅が「乱獲とは無関係」とは言えませんね?) というわけで,インパクトのある話題ながら内容の評価は結構難しそうです。 いずれ PNAS 上で発表されたらまた書き込みをします。 |
実は密かに最古の昆虫(2004.02.13) スコットランドのライニーチャートというデボン紀の地層で発見された節足動物が, 最古の昆虫であることがわかったそうです。 この地層からは,Rhyniella praecursor という最古の六脚類が知られていました。 (六脚類は昆虫を含むより大きなグループの名前です) 今回,やはり以前から知られていた Rhyniognatha hirsti という生物の標本(あごの断片)が, 実は最古の昆虫で,しかもある程度派生的な(≒進化した)昆虫であることが認められました。 これにより最古の昆虫の記録がわずかに(数百万年〜 2000 万年ほど)遡っただけでなく, 昆虫の多様化がより以前(おそらくシルル紀のうち)に起こったことが示唆されました。 この示唆は DNA 情報からの予想とも一致するらしいです。 Ebgel, M. S. & Grimaldi, D. A. New light shed on the oldest insect. Nature 427, 627-630 (2004). |
最古の陸上動物(2004.01.27) 気門を持った最古の多足類(ムカデとかの仲間) の化石がスコットランドで発見されたそうです。 気門を持っていることから陸上で生活したと考えられているようです。 この発見により,最古の陸上動物の記録が2000万年ほど遡ったとのことです。 Wilson, H. M. & Anderson, L. I. Morphology and taxonomy of paleozoic millipedes (Diplopoda: Chilognatha: Archipolypoda) from Scotland. J. Paleontol. 78, 169-184 (2004). |
最古の有性生殖の証拠(2003.12.05-12) 4億年前の甲殻類の化石に,保存状態がよいものがあって, 雄性生殖器の存在が認められたそうです。 時代的にはあって当然なんですが,学名と語源が・・・ 雄性生殖器が確認された最古の例というわけで注目されていますが, 著者の関心はむしろ, この生物の仲間がシルル紀から現在に至るまでほとんど変化していないということにあるようです。 化石の保存状態も非常に良いようでした。有性生殖はほとんど全ての真核生物が行うということと, 真核生物の起源が先カンブリア時代に遡ることを考えれば, この時代に有性生殖があったことについては大した発見とはいえないでしょう。 Siveter, D. J., Sutton, M. D., Briggs, D. E. G. & Siveter, D. J. An ostracode crustacean with soft parts from the lower Silurian. Science 302, 1749-1751 (2003). |
指がいっぱい(2003.12.04) 2億4200万年の化石爬虫類で,指が6本以上あるものが見つかりました。 前足は7本,後ろ足に6本の指があります。 最初期の四足動物,例えばイクチオステガやアカンソステガが 6 本以上の指を持っていたことは有名ですが, それとの収斂進化として紹介されています。 この他,多指性は魚竜(爬虫類)などでも知られていますが,上記の多指性とはタイプが違うようです。 人間でも指の数の多い変異があるそうで,そのような家系から関連遺伝子を特定した論文も引用されていました。 指の数が多いというのは,爬虫類であっても人間であっても,妙にインパクトがありますね。 Wu, X.-C., Li, Z., Zhou, B.-C. & Dong, Z.-M. A polydactylous amniote from the Triassic period. Nature 426, 516 (2003). Radhakrishna, U. et al. The phenotypic spectrum od GLI3 morphopathies includes autosomal dominant preaxial polydactyly type-IV and postaxial polydactyly type-A/B; no phynotype prediction from the position of GLI3 mutations. Am. J. Hum. Genet. 65, 645-655 (1999). |
バッファローサイズのげっ歯類(2003.09.26) 巨大なげっ歯類(ネズミの仲間)の化石が発見されました。 現生のげっ歯類で最大のカピバラの体重が 50 kg なのに対して, 新たに見つかった Phoberomys pattersoni の化石標本は 400 〜 700 kg という巨大さです。バッファローサイズです。 現生のものではパカラナという動物に近いそうです。 しかし,バッファローサイズのネズミというのは・・・ ネズミに見えないんでしょうね。 S´nchez-Villagra, M. R., Aguilera, O. & Horovitz, I. The anatomy of the world's largest extinct rodent. Science 301, 1708-1710 (2003). Perspectives |
最古の陸上植物断片(2003.09.25) オマーンのオルドビス紀の地層のサンプルを段階的にふるいがけしたところ, 細かい多数の胞子の他に,胞子嚢壁とおぼしき断片が付着した胞子の塊が採集されたそうです。 この地層は 4 億 7500 万年前のもので,従来の確かな陸上植物の記録を 5000 万年程遡る発見となります。 (これまでにも陸上植物のものと思われる胞子は多数発見されていました) 一応,コケ植物の苔類に類似するとされていますが, 発見された化石には特徴が少ないことから,これは勇み足ではないでしょうか。 また,状況証拠を踏まえれば,上記の化石が陸上植物と考えることは自然ですが, 今回の化石中に,それが陸上植物由来である決定的な証拠があったかといえば, 素人目ではありますが,決定的とは言い難いのではないかと思います。 オルドビス紀に陸上植物が上陸した可能性を示唆する一つの証拠,と受け取るのが妥当でしょうか。 Wellman, C. H., Osterloff, P. L. & Mohiuddin, U. Fragments of the earliest land plants. Nature 425, 282-285 (2003). News and Views |
生きていた化石(2003.04.15) 哺乳類型爬虫類とよばれたグループがあります。 彼らは哺乳類を生み出したグループで,恐竜が生まれる前に栄華を極めた生物でした。 しかし,多くの系統は古生代末の大量絶滅で消滅し,残った少数のグループも数を減らし, 哺乳につながる系統のみが恐竜の横で細々と生き延びました。 生き延びた哺乳類が地上を奪還するのは中生代末の大量絶滅の後ですが, 今回は,生き延びなかったグループに関する論文です。 古生代末の大量絶滅を生き延びた(しぶとい)グループの内, ディキノドンの仲間は古生代の最初の区分である三畳紀の後期に絶滅してしまいます。 (記憶によれば)このころの中規模な大量絶滅により,哺乳類型爬虫類の生き残りが壊滅し, 恐竜が台頭して来たとされています。 ところが,三畳紀の終わり以来知られていなかったディキノドン類の化石が, 絶滅から 1 億年以上も後のオーストラリアの地層から発見されました。 生きている化石として有名なシーラカンスの場合,6500 万年前に絶滅したと思われていたのが見つかって大騒ぎになったのと比べると, 如何に驚くべき発見なのかが分かると思います。オーストラリアは三畳紀の頃から他の大陸とはほとんど隔離され, 生物が独自の進化を辿ったと考えられることから, ディキノドン類もオーストラリアだからこそ生き残れたのでしょう。 ただし,1 億年のタイムラグは依然として信じがたいものであり, 化石自体は 1915 年に発見されたもの(博物館に保管さレていた)であることから,化石の由来, 信頼性など厳しい批判にさらされることでしょう。 もちろん,著者らも綿密なディスカッションを行い, この化石が真に白亜紀のディキノドン類であることを論証しています。 化石は頭蓋骨の破片 6 個であり,上顎骨の一部(これからディキノドン類であることが分かった) などを含んでいます。ただ,素人が見てパッと分かる程見事な化石という訳ではなく,疑問が残ります。 興味のある人は,自分の目で論文をチェックしてみて下さい。 Thulborn, T. & Turner, S. The last dicynodont: An Australian Cretaceous relict. Proc. R. Soc. Lond. B 270, 985-993 (2003). 哺乳類型爬虫類に関する一般向けのお手ごろな図書。 |
中国 1 億年の歴史(2003.03.03) ではなく,1 億年前の歴史です。 中国北西部では約 1 億 3 千万年前〜 1 億 1 千万年前にかけての, 非常に保存状態の良い化石が見つかる地層があります。この時期は白亜紀の初期にあたり, 恐竜が地上を走り回っていた頃です。 この地層からは,羽毛の印象を遺した恐竜,最古の正獣類(≒有胎盤哺乳類),最古の被子植物, 孔子鳥(初期の鳥類)など進化上重要かつ面白い化石が山のように見つかっています。 最近,Nature にこの化石生物群の Review が載ったので,恐竜やら古生物, 進化などに興味ある人の一読をお勧めします。 Zhou, Z., Barrett, P. M. & Hilton, J. An exceptionally preserved Lower Cretaceous ecosystem. Nature 421, 807-814 (2003). |
続報:恐竜の羽(2003.01.25) Science でも紹介してました。復元図がきれいです。 Stokstad, E. Four-winged dinos create a flutter. Science 299, 491 (2003). また話によると,Microraptor gui は Cryptovolans pauli なる恐竜と同一の種である可能性が指摘されており,命名規約上の問題が生じるかもしれません。 参考:恐竜の楽園 |
恐竜の羽(2003.01.24) 昨日の Nature からです。中国で新種の羽毛恐竜が発見されました。 ここ十年ほどの間に,中国の遼寧省では多数の羽毛恐竜が見つかっています。 もともと骨格などの類似性から鳥と恐竜(特に獣脚類)の近縁性が指摘されていたため, 羽毛恐竜の発見は鳥=恐竜説の決定的な証拠となりました。 現在では鳥は恐竜から進化した恐竜の一グループであるとの考えは広く受け入れられています。 鳥の祖先の正体が明らかになってくると, 次に問題になったのは何故恐竜が羽毛や翼を持つようになったのかということでした。 特に,翼の(=飛行の)起源については2つの仮説が対立していました。 一つは,地上を走行する恐竜が直接空を飛ぶようになっていったというもので, 樹に駆け上がるのに翼が役に立ったと言われたりしています。 もう一つの仮説は,樹上性の恐竜が樹から樹へ飛び移ったり, 地上へ飛び降りるときに翼を用いたというものです。 言ってみればグライダーやパラシュートとして翼が進化してきたと言う考えです。 今回見つかった Microraptor gui は,鳥に一番近いとされる恐竜のグループ (ドロマエオサウルス科)に属しており,全身が羽毛に包まれています。 驚くべきは後肢も翼になっていることです。羽毛は左右非対称で,この恐竜が飛行(または滑空) 能力を持っていたことを強く示唆します(左右非対称な羽は揚力をもたらすため, 飛行にきわめて重要と考えられます。なお,飛べない鳥の羽は左右対称だったりします)。 さて,後肢にも翼がある(つまり4枚の翼を持つ!!)ということは, 手足の爪の特徴などとも合わせて,この恐竜が樹上を滑空するような生活をしていた可能性が高いと考えられます。 後足の翼は地上を走り回るのには明らかに不便なことも言えます。 これらのことから,著者らは鳥類の祖先が樹上性の恐竜だったと考えています。 Xu, X. et al. Four-winged dinosaurs from China. Nature 421, 335-340 (2003). News and Views |
最古の大型生物化石(2003.01.20) 最古の大型生物の化石(動物かどうかに議論がある)として, エディアカラ生物群なるものが知られています(詳しくは国立科学博物館のページを参照 エディアカラの楽園/ヴェンド生物群)。 最近,エディアカラ生物の最古のものが発見され,Geology なる雑誌に発表されました。 化石(Charnia wardi)の年代は 5.95 億年前から 5.65 億年前の間で, サイズは最大 2 mに達するものもあるそうです。 Narbonne, G. M. & Gehling, J. G. Life after snowball: The oldest complex Ediacaran fossils. Geology 31, 27-30 (2003). |
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