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雑記(ニュースなど) − 藻類学

作成:仲田崇志

更新:2018年01月18日

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繊毛虫の中の新属共生藻。と,その学名(2018.01.18)

繊毛虫の中には細胞内に藻類を共生させるものが色々と知られています。 共生藻も色々な種類がいるようですが,形態が単純で区別が難しいためか記載が遅れがちでした。 Hoshina et al. (2018) は繊毛虫の複数種に共通する未記載の共生藻類を, 新属新種 Brandtia ciliaticola として正式に命名しました。しかしこの属名は非合法名だったため, Hoshina & Nakada (2018) で新名が提唱されました。(2 本目の論文には筆者も共同執筆者として参加しています)

藻類と繊毛虫の共生は,複数の組合せで一時的な共生から世代を超えた共生まで様々な関係性が知られています。 Hoshina & Kusuoka (2016) は琵琶湖産の複数種の繊毛虫に共通して共生するクロレラ科の藻類 "Chlorb" を報告していました。 しかしこの共生藻の種同定・命名はこれまで行われていなかったため,Hoshina et al. (2018) は同じく琵琶湖から採取された 3 種の繊毛虫,Pelagodileptus trachelioidesCyclotrichium viride,および Stokesia vernalis から "Chlorb" の培養株を確立し,光学および透過型電子顕微鏡観察, そしてリボソーム RNA の推定二次構造などに基づいて本種の記載を行いました。

Hoshina & Kusuoka (2016) の系統解析では,本種がクロレラ科の既知の属に含まれないことが分かっていました。 しかし新属新種として記載するためには,系統関係に加えて形態など何らかの特徴づけが期待されます。 観察で明らかになった本種の形態は,概ね球形で直径 10 μm 以下,ピレノイドを一つ持つ, などクロレラ科の中ではありふれたものでした。増殖に有機体窒素を必要とするなど, 自由生活よりも共生生活に特化したらしい生理的特徴を持つようですが,これを属・種の特徴とすることはためらわれた様で, 著者らは記載文に含めていません。

そこで著者らは,クロレラ科の分類で近年活用されている機能性 RNA 分子の二次構造に着目しました。 推定されたリボソーム小サブユニット RNA の二次構造には 1 箇所,他の近縁なクロレラ科の藻類には見られない塩基対 (他属では U-A または A-U 対,"Chlorb" では C-G 対)が見つかったため,著者らはこれを主な根拠に "Chlorb" を新属新種として命名しました。属名の Brandtia は,藻類と共生する生物を研究していた Karl A. H. Brandt にちなんでいます。

本種は,宿主の繊毛虫の種ごとに若干 ITS 配列などが異なっていました。しかし Hoshina & Kusuoka (2016) の試料 (2014年2月〜2015年4月に採取)と Hoshina et al. (2018) の試料(2015年12月〜2016年3月に採取)の比較によると, 宿主が同種のもの同士では共生藻も遺伝的に近く,両者の関係が琵琶湖で長期間維持されていることが示唆されました。 この藻類の有機体窒素要求性を考えると,本種が自由生活せず繊毛虫間の移動も難しいであろうことは想像できますが, 複数種の繊毛虫が本種を好んで共生させていることは少々不思議です。今後は,本種が好まれる理由の追及も課題となるでしょう。

さて,Hoshina et al. (2018) は 2017年9月6日付で国際藻類・菌類・植物命名規約の下で有効にオンライン出版されました。 ところがページ番号が付けられる前に,Brandtia という属名がイネ科の植物で既に使われていたことが発覚しました。 イネ科の Brandtia は 1831年,F. T. Brandt にちなんで命名されたものですが,トダシバ属(Arundinella) の異名であり現在は使われていません。そのため藻類の命名時には見過ごされてしまったようです。 藻類の Brandtia は後続同名で非合法名になるため,Hoshina & Nakada (2018) は,藻類の属に対してやはり Karl A. H. Brandt にちなんだ Carolibrandtia の新名を与えました。Hoshina et al. (2018) と Hoshina & Nakada (2018) は同じ号にページ続きで掲載されていますが,学名の発表日は別々になります(Carolibrandtia は 2018年1月16日)。 過去の学名を漏れなく確認するのは容易ではありませんが, 通常のインターネット検索に加えて主要なデータベースを確認しておくとより安心でしょう。 Index Nominum GenericorumAlgaeBaseMycoBank などは確認しておくと良いかもしれません。

Hoshina, R., Kobayashi, M., Suzaki, T. & Kusuoka, Y. Brandtia ciliaticola gen. nov. (Chlorellaceae, Trebouxiophyceae) a common symbiotic green coccoid of various ciliate species. Phycol. Res. 66, 76-81 (2018).

Hoshina, R. & Nakada, T. Carolibrandtia nom. nov. as a replacement name for Brandtia Hoshina (Chlorellaceae, Trebouxiophyceae). Phycol. Res. 66, 82-83 (2018).

Hoshina, R. & Kusuoka, Y. DNA analysis of algal endosymbionts of ciliates reveals the state of algal integration and the surprising specificity of the symbiosis. Protist 167, 174-184 (2016).

過去の関連記事:
敵だワムシだ変身だ食べた藻類は核まで利用ゴムノキに棲むクロレラ

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シオグサ類の個性的すぎる色素体ゲノム(2017.12.28)

一般的な色素体のゲノムはシアノバクテリアの染色体に由来する二本鎖環状の DNA です。 生物の世界には例外がつきものですが,色素体ゲノムにもわずかながら例外が存在します。 Del Cortona et al. (2017) は,シオグサ目藻類の色素体ゲノムが多数の一本鎖ヘアピン状の DNA にコードされ, 多くの変わった特徴を持っていることを示しました。

シオグサ目は緑藻植物門アオサ藻綱に属し,多くが海産で,主に糸状から多核嚢状の藻類として知られています。 形態的には特別変わった藻類ではありませんが,色素体上にコードされていると考えられた遺伝子の増幅がほとんど成功していないこと, 高分子の DNA とは別に低分子の DNA が含まれていること,そしてこれらの低分子 DNA がヘアピン構造を取る一本鎖 DNA であること, など色素体ゲノムに異常があると見られていました。そこで著者らはシオグサ目の色素体ゲノムの正体, 特に低分子 DNA の正体に迫るため,糸状性のシオグサ類であるハネアオモグサ(Boodlea composita)を対象に, いくつかの次世代シーケンサー技術を組み合わせたゲノム・トランスクリプトーム解析を行いました。

解析の結果,ゲノム DNA の電気泳動で認められる低分子 DNA 画分には,環状の色素体ゲノムが含まれないことが確認されました。 代わりにこの画分からは,色素体遺伝子をそれぞれ通常 1 個(時に複数)含んだ数十のコンティグが得られました。 染色体全体が解読されたと考えられる 4 コンティグには大規模な回文配列と若干の尾部配列があり, ヘアピン構造を取りうることも確認されました。また残りのコンティグの多くでも回文配列が認められ, 同様の構造を持った遺伝子を含まないコンティグも多数見つかりました。 一方でいくつかの状況証拠を踏まえると,高分子 DNA 画分の大部分は核ゲノムに対応するようです。

著者らは他のシオグサ目 9 種についても簡単な配列解析を行いましたが,やはり環状の色素体ゲノムは見つからず, 色素体遺伝子は断片化した染色体上にコードされているものと見られました。 ヘアピン型一本鎖 DNA の染色体を持つことまでは確認されませんでしたが, ハネアオモグサや他の緑藻類も含めた系統解析ではシオグサ目の系統のみ著しい長枝になっていて, この系統で進化速度の加速が起こったことがわかりました。

この他ハネアオモグサの色素体ゲノムの特徴として,終止コドン UGA が一部でアミノ酸に翻訳されているらしいこと (アミノ酸は特定されていない),16S rRNA の遺伝子が分割され,複数の染色体に分かれてコードされていること, 遺伝子間領域に 6 種類の短いモチーフを多数含んでいること,なども見つかりました。 なお,これらのモチーフは高分子 DNA の一部,長鎖末端反復配列型レトロトランスポゾン上にも見つかるため, 核から色素体への遺伝子移動に由来してヘアピン型染色体の起源に関わった可能性も疑われています。 一方でハネアオモグサの色素体ゲノムに確認されたのはタンパク質遺伝子 21 種と 16S rRNA 遺伝子のみで, 他の植物で色素体にコードされている 66 遺伝子(発現は確認されている)は色素体から核に移行したようです。

ミトコンドリアでは様々な染色体構造の異常が知られていますが, 色素体としては多数の小型環状染色体をもつ一部の渦鞭毛藻類など,ごく少数の異常例しか知られていませんでした(Smith, 2017)。 シオグサ目の色素体ゲノム断片化は,その起源や複製機構など,それ自体興味深い研究対象ですが, なぜ多くの色素体ゲノムが安定して二本鎖環状の特徴を維持しているのか,という謎に迫る手がかりとなるかもしれません。

Del Cortona, A. et al. The plastid genome in Cladophorales green algae is encoded by hairpin chromosomes. Curr. Biol. 27, 3771-3782 (2017).

Smith, D. R. Evolution: In chloroplast genomes, anything goes. Curr. Biol. 27, R1305-R1329 (2017).

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単細胞と群体性の分かれ目(2017.12.22)

単細胞から群体性への進化は多細胞化への最初の一歩と考えられます。 緑藻類オオヒゲマワリ系列(volvocine lineage)には単細胞藻類から数千細胞の多細胞的な藻類まで多彩な藻類が含まれ, 群体性進化のモデルとして注目されていますが,単細胞から単純な群体が進化した過程についてはよく分かっていません。 Arakaki et al. (2017) は細胞分裂の過程に着目し, 分裂関連タンパク質の挙動の比較から単細胞藻類と群体性藻類の分子生物学的な違いに迫りました。

オオヒゲマワリ系列の単細胞藻類は連続的な細胞分裂によって,一つの母細胞から 2,4 または 8 個の娘細胞を形成します (娘細胞は母細胞壁から放出されると遊離する)。一方で群体性藻類はやはり連続的な細胞分裂をしますが, 娘細胞同士は原形質連絡を一時的に残し,細胞壁によって互いに接着したままになります。 そこで著者らは単細胞藻類のコナミドリムシ(Chlamydomonas reinhardtii),4 細胞性群体を形成するシアワセモ (Tetrabaena socialis),8 細胞または 16 細胞性の群体を形成するヒラタヒゲマワリ(Gonium pectorale) を用いて,分裂に関与するとみられるダイナミン様タンパク質の局在などを調べました。

著者らはシアワセモから新たにダイナミン様タンパク質 TsDRP1 の配列を決定しました。 TsDRP1 は,既に報告されていたコナミドリムシやヒラタヒゲマワリ,Volvox carteri や高等植物の DRP1 と相同で, 従って細胞膜に何らかの作用をすることで細胞分裂に関わっているものと思われました。 そこで DRP1 の挙動を調べるため,著者らは抗 TsDRP1 抗体を作製しました(コナミドリムシやヒラタヒゲマワリの DRP1 にも結合)。 これを用いて DRP1 タンパク質の発現を比較したところ,DRP1 はいずれの種でも細胞周期にかかわらず発現していました。 一方でその局在に注目すると,栄養細胞では細胞全体に斑点状に散らばっていたのに対して, 分裂時には分裂面に局在している様子が観察されました。しかし単細胞性種と群体性種では,局在する時期が異なっていました。

単細胞性のコナミドリムシでは,最初の分裂時にはその分裂面に,連続した次の分裂時には第二の分裂面にのみ局在が見られました。 ところが群体性の 2 種では,第二の分裂時にも最初の分裂面に DRP1 が残り続けていました。 さらにヒラタヒゲマワリの場合(シアワセモの分裂は二回まで),第三の分裂時にも最初と第二の分裂面に DRP1 が残っていました。

DRP1 の局在の違いは,コナミドリムシでは分裂後に娘細胞が別個体になるのに対して, 群体性種では分裂後にも娘細胞同士が原形質連絡や細胞壁で結合することに対応しているように見えます。 DRP1 が細胞分裂に関与しているとして,分裂面では一体何をしているのでしょうか。 ダイナミン様タンパク質は,細胞膜からの膜胞の出芽や膜系の分裂・融合,細胞質分裂など,膜の変化に関わっているとされています。 そこで著者らは DRP1 が膜の再構成を行っている可能性に言及しています。 しかし膜の再構成が群体性藻類で長引く理由についてはよくわかりません。

別の可能性として,DRP1 が分裂の「完了」シグナルによって乖離する, あるいは分裂の「完了」を抑えている可能性もるかもしれません。 群体性藻類では細胞質分裂が直ちには完了せず,しばらくの間原形質連絡が残ることが知られています。 例えば DRP1 の離脱が原形質連絡の切断を誘導すると考えれば,群体性藻類のみで分裂面に DRP1 が残存する理由も説明できそうです。 今後,DRP1 自体や DRP1 と相互作用する因子の役割がわかれば,群体性の起源に果たした役割も見えてくるかもしれません。

Arakaki, Y. et al. Evolution of cytokinesis-related protein localization during the emergence of multicellularity in volvocine green algae. BMC Evol. Biol. 17, 243 (2017).

過去の関連記事:
オオヒゲマワリの仲間はパンゲアで生まれた?群体性への道もう一つ

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ミトコンドリアを縛る糸を紡ぐのは?(2017.12.21)(→分子細胞学)


色素体の姉妹は淡水育ち(2017.02.13)

植物の色素体がシアノバクテリアの細胞内共生に由来することはよく知られていますが, 色素体の祖先となったシアノバクテリアの正体についてはほとんど明らかにされてきませんでした。 Ponce-Toledo et al. (2017) は多数のシアノバクテリアと色素体のゲノム情報に基づいた系統樹から, 近年発見された淡水産シアノバクテリアこそが色素体の姉妹群であることを明らかにしました。

シアノバクテリアの系統樹における色素体の位置を巡ってはこれまでにも様々な説がありました (例えばもう一つの葉緑体)。しかし系統解析の結果は必ずしも一致しておらず, 色素体が祖先的な単細胞性の系統に由来したのか,窒素固定を行う糸状性シアノバクテリアの系統から由来したのか, あるいは淡水性の系統から由来したのか,海水性の系統から由来したのか,など基本的な疑問が解けずにいました。 一次共生藻類の初期分岐を見ても祖先型が淡水産とも海産とも断言しづらく,定説はありませんでした。

シアノバクテリアと色素体の系統関係が解けなかった原因としては,解析された種や遺伝子数が不足していたこと, 色素体遺伝子の分子進化に偏りがあり系統解析の結果に悪影響があったこと, シアノバクテリアの内部で水平遺伝子移動が起こっていたこと,などが想定されます。 そこで著者らはシアノバクテリアと一次共生色素体(灰色藻類,紅藻類,緑色植物の色素体)のゲノム情報に加えて, シアノバクテリアの中でも最近見つかった系統に属する Gloeomargarita lithophora (Moreira et al., in press)のゲノムを追加で解読し,系統解析を行いました。 なお,極端に進化速度が速い Synechococcus-Prochlorococcus 系統群は解析から除外されました。

著者らは,色素体とシアノバクテリアでよく保存されている 97 個のタンパク質遺伝子,16S+23S rRNA遺伝子, 色素体から核に移ったと推定される 72 遺伝子のデータセットをそれぞれ用いた解析により, Gloeomargarita こそが色素体の姉妹群であることを示しました。さらに様々な偏りの影響を排除するための解析も行い, 結論を補強しています。例えば 97 遺伝子データを進化速度の遅い座位から速い座位まで 10 段階に分け, 進化速度の遅い座位から始まり,より進化速度の速い座位を順に加えて解析しました。 この解析でも常に結論が支持されたことから,この結論が長枝誘引の結果ではないと論じています。 この他にも,アミノ酸組成の偏りや水平遺伝子移動の可能性も排除しています。

Gloeomargarita とその類縁配列は淡水または陸上から見つかっており,海水からは検出されていないそうです。 シアノバクテリアの系統では淡水から海水への進出は何度も起こっていますが,本研究の系統樹を見る限り, Gloeomargarita と色素体の共通祖先は淡水性だった,すなわち色素体の一次共生が淡水で起こったと推定されます。 また Gloeomargarita はゲノム中に窒素固定関連の遺伝子を持たないことから, 色素体の起源が窒素固定を巡る共生だったとする仮説も疑わしくなりました。

色素体と Gloeomargarita の枝分かれは 15 億年ほど前に遡るため, 姉妹群の特徴だけで色素体の祖先の姿を類推することはできません。 それでも Gloeomargarita やその近縁種の研究が一次共生への理解を進めることは疑いありません。 さらに今回の結果は,色素体により近縁なシアノバクテリアの探索を推し進めるきっかけにもなりそうです。 これまでの一次共生の研究は真核生物(色素体)側からの研究が中心でしたが, 今後はシアノバクテリア側からの研究が活発になるかもしれません。

Ponce-Toledo, R. I., Deschamps, P., López-García, P., Zivanovic, Y. & Benzerara, K. An early-branching freshwater cyanobacterium at the origin of plastids. Curr. Biol. 27, 386-391 (2017).

Moreira, D. et al. Description of Gloeomargarita lithophora gen. nov., sp. nov., a thylakoid-bearing basal-branching cyanobacterium with intracellular carnonates, and proposal for Gloeomargaritales ord. nov. Int. J. Syst. Evol. Microbiol. in press.

参考:
de Vries, J. & Archibald, J. M. Endosymbiosis: Did plastids evolve from a freshwater cyanobacterium? Curr. Biol. 27, R103-R105 (2017).

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変形する概日時計タンパク質(2015.07.30)(→分子細胞学)


ピコビリ藻類かピコ動物か: ゲノム時代の新門発見(2013.10.23,2013.10.24 図更新)

2007 年,未培養の海洋性ピコプランクトンの中に未知の藻類「ピコビリ藻類(picobiliphytes)」 が存在しているかもしれない,という研究が発表されました(新門候補の推定藻類 "ピコビリ藻類")。 その後,長らく培養の報告がなく,正体は謎に包まれたままでした。 しかし Seenivasan et al. (2013) がこの系統に含まれる捕食性のピコプランクトンの培養に成功し, 新門ピコ動物門(Picozoa)に属する Picomonas judraskeda と命名しました。

当初「ピコビリ藻類」は,蛍光顕微鏡観察からフィコビリンタンパク質を持つ光合成生物と考えられていました。 しかし Yoon et al. (2011) によって単一細胞由来のゲノム解読が行われ, 色素体関連のタンパク質を事実上持たないことが示されていました(全ゲノムをランダムに複製後, 次世代シーケンサーを用いて解読された)。 この研究でゲノムが調べられた 3 細胞は,「ピコビリ藻類」を代表する 3 つの系統群にそれぞれ含まれます。 従って「ピコビリ藻類」系統の大部分が光合成藻類である,という可能性は排除されていました。

そんな中で Seenivasan et al. (2013) は,北海の試料からの分離に挑戦しました。 彼らはまずミトコンドリアを染色し,蛍光活性化セルソーティング(Fluorescence Activated Cell Sorting: FACS) により真核細胞を選別しました。その中から「ピコビリ藻類」の配列を含んだ画分を見出し,その細胞を濾過海水に移しました。 その結果,長さ 2.6-3.8 µm,幅 2-2.5 µm のピコプランクトン培養株の確立に成功しました。

著者らはこの培養株を用いて様々な顕微鏡観察,特に熱心な透過電子顕微鏡観察を行い,詳細な細胞構造を明らかにしました (図左)。細胞は上下を vacuolar cisterna で仕切られたダルマ型をしていて, 核やミトコンドリアなどの主要な細胞小器官は前方に含まれました。鞭毛も前部の側面から 2 本生えていて, 表面に鱗片や小毛などの構造を持ちません。鞭毛根系など鞭毛装置の微細構造はこれまで知られていないものでした。 細胞後部には捕食に関連した構造が詰まっていて,鞭毛後方の細胞口から食作用によって餌を取り込んでいると考えられます。 取り込まれた餌は消化され,消化胞を経てこれに接しているミトコンドリアに送られると見られます。 ちなみに細胞口の幅は 150 nm 程度しかなく,バクテリアや藻類を捕食するのは困難で, バクテリアの分泌物などのコロイドを摂食していると推測されています。

Picomonas judraskeda の構造模式図 Picomonas judraskeda の 3 段運動

また本種は独特な 3 段階の運動を行います。まず長い静止期間の後,前方に 3-5 µm 急速運動し (‘jump’),その直後,後方に引きずる様に 10 µm 程度移動します(‘drag’)。 この ‘jump’ と ‘drag’ を少し間を置きつつ 2-3 回繰り返すと, 今度は 50 µm 以上も急速移動し(‘skedaddle’:勢いよく逃げること),再び静止期に入ります(図右)。 おそらく ‘skedaddle’ 運動によってコロイド間を渡り歩いているようです。

著者らは原生動物の新種として,本種を Picomonas judraskeda と名付けました。 何とも不可思議な種小名の "judraskeda" は,本種の運動様式の "jump","drag", "skedaddle" に由来します。また,系統的に他の真核生物の門のいずれとも近縁でないこと, 固有の微細構造(鞭毛装置など)や運動様式を持つことなどを基に,新門ピコゾア門(Picozoa)を設立しています。

今回の研究で「ピコビリ藻類」という概念は事実上消滅しましたが, 英仏海峡の試料で報告されたフィコビリンタンパク質を含んだ構造の正体は謎のままです。 例えば,英仏海峡の種がより大きな細胞口を持ち,藻類を取り込んでいる可能性も否定は出来ません。 今回用いられた株は 3 年程度の培養で絶えてしまったとのことですが,ピコゾア類の単離方法は確立されたと言えます (独特の運動に注目して単離することもできるかもしれません)。 同様の方法で今後さらに新しい種が調べられれば,遠からず「共生藻類」の正体も解明されることでしょう。

Seenivasan, R., Sausen, N., Medlin, L. K. & Melkonian, M. Picomonas judraskeda gen. et sp. nov.: The first identified member of the Picozoa phylum nov., a widespread group of picoeukaryotes, formerly known as ‘picobiliphytes.’ PLoS ONE 8, e59565 (2013).

Yoon, H. S. et al. Single-cell genomics reveals organismal interactions in uncultivated marine protists. Protist 332, 714-717 (2011).

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パルマ目は珪藻の起源に迫る手掛かりとなるか(2011.03.03)

未培養の新規系統の発見が続いている一方,謎に包まれていた藻類の培養に成功することもあります。 パルマ目は珪酸質の外被を持つ藻類の一群で,不等毛藻類(オクロ植物門)の中での所属が謎とされてきました。 Ichinomiya et al. (2011) はこのパルマ目の培養に初めて成功し, この藻類が珪藻の姉妹群とされるボリド藻綱に属することを明らかにしました。

パルマ目の藻類は 2-5 µm 程度の球形の藻類で,鱗片状の珪酸質の外被に包まれていることが特徴です。 この目には 2 科 3 属 9 種が含まれており,多様性はさほど高くありませんが, 海洋に幅広く分布することから生態的には重要な分類群とも見られています。 パルマ目の所属については諸説あり,当初は襟鞭毛虫の休眠胞子と考えられ, 後には黄金色藻綱に暫定的に含められたり,珪藻との類縁性が議論されるなどしてきました。 しかしパルマ目の藻類は小型であることから光学顕微鏡下で細胞を選別することが難しく, 培養株も分子系統も報告されてきませんでした。

著者らはパルマ目の藻類を培養するために,外被のケイ素を染色する PDMPO という蛍光試薬を用いました。 段階希釈した後に 5℃ で粗培養した試料を PDMPO 染色し,蛍光が認められた試料をさらに繰り返し希釈培養することで, Triparma laevis とよく似た純粋培養株が確立されたそうです。 電子顕微鏡観察からは,色素体内膜直下にそったガードルラメラ,核膜と色素体外膜が連続した構造, 管状のミトコンドリアクリステなど,不等毛藻類としての特徴が認められました。 さらに色素組成も調べられ,クロロフィル c,フコキサンチン,ディアディノキサンチンなど, やはり不等毛藻類の特徴が認められました。

培養株の分子系統解析は SSU rDNA と rbcL 配列について行われ, ボリド藻綱に含まれることが明らかとなりました(ボリド藻綱は珪藻綱の姉妹群と見られる)。 ボリド藻綱の中では 2 種を含む Bolidomonas の中でも B. pacifica var. "eleuthera" の株群に含まれ, パルマ目がボリド藻類と同じ生物であることが示唆されました(B. pacifica var. "eleuthera" は Guillou et al., 1999 によって新規の系統群に対して宛てられた名称で,正式記載は確認できない)。 特に rbcL 配列には珪藻綱とボリド藻綱に固有の 2 アミノ酸の挿入が認められ,この系統的位置を支持しました。

       --------------Bolidomonas mediterranea
       |
       |-------------Bolidomonas pacifica
   -------|
   |   |   -------Bolidomonas pacifica var. "eleuthera"
------|   -------|
   |       -------パルマ目の培養株
   |
   ---------------------珪藻綱

ボリド藻類はパルマ目とは全く異なる藻類として知られ,細胞は外被を持たず,2µm 以下で,鞭毛を 2 本持ちます。 現生の中心珪藻類では栄養細胞から鞭毛性の精子が形成され, 卵生殖によって珪酸質の鱗片を持った複相の増大胞子を形成することが知られています。 パルマ目とボリド藻が同じものだとすると,いわゆるパルマ類は複相の,ボリド藻類は単相の世代にあたるのかもしれません (Guillou, 2011)。さらにこのような世代交代は珪藻の祖先形質だった可能性も考えられます。

Guillou (2011) によれば,ボリド藻類とパルマ目は赤道付近から極域に至るまで世界中の海洋から報告されていますが (一件のみ淡水からの報告もあるとのこと),パルマ目の形態は主に極域の生産性の高い海水から得られており, 今回の培養株も 5℃ で培養され,15℃ での増殖は認められていません。 一方でボリド藻類は一般に貧栄養の海水から採集されており, 混合栄養性でシアノバクテリアを捕食している可能性もあるそうです。

微細藻類の有性生殖を確認することは容易ではないため, パルマ目とボリド藻類の世代交代を検証するには暫く時間がかかるかもしれませんが, 今回の発見を機に,ボリド藻類/パルマ目の生態や珪藻の起源についても理解が深まりそうです。 分離培養方法が確立されたことで,他のパルマ目藻類についてもさらに研究が進むことが期待できるでしょう。

Ichinomiya, M. et al. Isolation and characterization of Parmales (Heterokonta/Heterokontophyta/Stramenopiles) from the Oyashio region, western North Pacific. J. Phycol. 47, 144-151 (2011).

Guillou, L. Characterization of the Parmales: Much more than the resolution of a taxonomic enigma. J. Phycol. 47, 2-4 (2011).

Guillou, L., Moon-van der Staay, S.-Y., Claustre, H., Partensky, F. & Vaulot, D. Diversity and abundance of Bolidophyceae (Heterokonta) in two oceanic regions. Appl. Environ. Microbiol. 65, 4528-4536 (1999).

過去の関連記事:
二次共生藻の起源と進化を求めて 1

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エディアカラ紀の海藻繁茂(2011.03.01)(→古生物学)


謎の藻類系統ラッペモナス(2011.02.24)

真核藻類には様々な系統が知られていますが,未知の系統の発見も続いています (新門候補の推定藻類 "ピコビリ藻類"マラリア原虫と渦鞭毛藻をつなぐ生き証人が見つかった)。 Kim et al. (2011) は色素体の 16S rRNA 遺伝子配列に基づいて新たに未知の藻類系統ラッペモナス類 (rappemonads)を確認し,ハプト藻に近縁な二次共生藻である可能性を議論しました。

ラッペモナス類の 16S rRNA 配列を最初に報告したのは Rappé et al. (1998) でした (Kim et al., 2011 はこの筆頭著者に因んで,問題の系統群を "rappemonads" と命名した)。 Rappé らはアメリカ東海岸(大西洋岸)のハッテラス岬沖の海水試料から, ハプト藻類やクリプト藻類に近縁らしい未知の配列 OM270 を発見しました。 後に McDonald et al. (2007) は OM270 とごく近縁な配列 MC622-32 をナポリ湾(イタリア)から発見しましたが, この時はプラシノ藻類(緑藻類)のピラミモナス目との類縁性が支持され,特に注目はされませんでした。 しかし今回の著者らは改めてこの系統群に注目して配列を収集しました。

ラッペモナス類の配列は,北太平洋,北大西洋のフロリダ海峡とサルガッソー海,イギリス沿岸, そしてイギリスの貯水池 3 ヶ所(淡水)から得られました。 なお系統群内で最も離れたもの同士では 94% しか相同性がなかったそうで(492 塩基の断片配列に基づく), クリプト藻類内部で最も離れたもの同士の相同性が 96% であることを踏まえると, ラッペモナス類が門や綱に匹敵する系統群であることがわかります。 またサルガッソー海での解析では,ラッペモナス類は水深 40m 付近(光合成に必要な光が届く深度)を中心に分布しており, 特に冬期に細胞数が増えていました。しかし配列が得られた場所の水温は 11〜24℃ に渡っており, 海水・淡水も含めて幅広い環境に生息できることもわかります。

16S rRNA 単独では系統的位置が特定できなかったため,著者らはさらに 16S rRNA から 23S rRNA に渡るオペロン (遺伝子間領域や 2 つの tRNA 遺伝子を含む)の配列を解読しました。このオペロンの系統樹では, ラッペモナス類は紅藻や紅藻由来の色素体を持つ二次共生藻と単系統群を構成し, 特にハプト藻類と近縁ないしハプト藻類に含まれる可能性が支持されました。

          -------ハプト植物門,コッコリツス藻綱
       ---?--|
   -------|   -------ハプト植物門,パブロバ藻綱
   |   |
--?--|   --------------ラッペモナス類
   |
   ---------------------クリプト藻類

ラッペモナス類の形態は 16S rRNA 配列を蛍光標識して観察され,その細胞は幅 5.7 ± 1.0 µm, 長さ 6.6 ± 1.2 µm で,2〜4 個(半分以上の細胞が 4 個)の色素体を持っていました。 ちなみにほとんどのハプト藻類は 1〜2 個の色素体を持っているそうです。

さて,ハプト藻類やクリプト藻類に近縁な未知な藻類といえば,同じく配列のみしか知られていないピコビリ藻類 (新門候補の推定藻類 "ピコビリ藻類")との関係が気になるところです。 ピコビリ藻類は核の 18S rRNA 配列に基づいて認識された系統群であり,ラッペモナス類は色素体の 16S rRNA の系統群です。従って両者は同じ生物群である可能性も否定できません。著者らはピコビリ藻類の細胞が 2-5 µm 程度であるのに対して,ラッペモナス類の細胞が 5-8 µm 程度と大きいこと, ピコビリ藻類で観察されたフィコビリン様蛍光輝点がラッペモナス類で見られないこと, ラッペモナス類の 16S rRNA 配列が得られた淡水試料からピコビリ藻類の配列が得られなかったこと, などの状況証拠を挙げ,ラッペモナス類とピコビリ藻類は異なる生物群であると見ています。 しかしながら両者の形態的多様性についてはほとんど調べられていないため, これらの相違が同じ系統群の形態・生態的多様性を反映している可能性や, ピコビリ藻類とラッペモナス類が姉妹群である可能性は否定できないでしょう。 両者の配列で細胞を同時に蛍光標識するなどの研究も必要かもしれません。 もちろん両者の培養株に基づく系統解析や,微細構造の観察こそが切望されますが。

Kim, E. et al. Newly identified and diverse plastid-bearing branch on the eukaryotic tree of life. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 108, 1496-1500 (2011).

McDonald, S. M., Sarno, D., Scanlan, D. J. & Zingone, A. Genetic diversity of eukaryotic ultraphytoplankton in the Gulf of Naples during an annual cycle. Aquat. Microb. Ecol. 50, 75-89 (2007).

Rappé, M. S., Suzuki, M. T., Vergin, K. L. & Giovannoni, S. J. Phylogenetic diversity of ultraplankton plastid small-subunit rRNA genes recovered in environmental nucleic acid samples from the Pacific and Atlantic coasts of the United States. Appl. Environ. Microbiol. 64, 294-303 (1998).

過去の関連記事:
新門候補の推定藻類 "ピコビリ藻類"マラリア原虫と渦鞭毛藻をつなぐ生き証人が見つかった

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日本新産マユダマモと種の起源(2011.02.10)

日本における微細藻類の多様性は未だにその大部分が明らかにされていません。 その解明に向けて藻類学者の地道な努力が求められていますが,Nakada et al. (2010) では日本未記録の群体性藻類の一種,ヨリソイマユダマモ(Volvulina compacta)を報告し, 同時に形態と分子系統の不一致を指摘しました。(本論文は筆者が共同執筆したものです)

オオヒゲマワリ(Volvox)とそれに近縁な群体性緑藻類の系統には, 4 細胞のものから数百細胞のものまで様々な段階の群体性生物が含まれ, 群体性/多細胞性の進化の良いモデルと考えられています。 今回神奈川県の津久井湖より報告されたヨリソイマユダマモも同じ系統に属し, 中でも 8-16 細胞性で中空の群体を持つマユダマモ属(Volvulina)に含まれます。 本種はこれまでネパールからしか報告がなく,世界的にも 2 例目の発見となりました。

ヨリソイマユダマモはマユダマモ属の中でも細胞が群体の表面で互いに密着するように並んでいることが特徴で, 各細胞は頂面観で角張って見えます。これに対して近縁種とされる Volvulina pringsheimii(報告はアメリカからのみ) は細胞が頂面観で丸く,互いに若干離れています。日本産の新規培養株もこれらの形態的特徴に基づいて同定されましたが, 色素体 5 遺伝子を用いた系統解析からは異なる結果が得られました。 すなわちヨリソイマユダマモは系統的には V. pringsheimii に対して側系統群となり, 日本産の株はネパール産の同種よりも V. pringsheimii に近縁であることが明らかとなりました。

ヨリソイマユダマモ(Volvulina compacta)。表面観(左)と断面観(右)。
いずれも上が群体の前方。右図の破線は群体の中空部分。(スケールは 10µm)
       -------Volvulina pringsheimii(アメリカ産)
   -------|
------|   -------Volvulina compacta(日本産)
   |
   --------------Volvulina compacta(ネパール産)

このことから,V. pringsheimii はヨリソイマユダマモの形態種から派生的に生まれたと考えられます。 ただしネパールと日本のヨリソイマユダマモが未知の形態や他の特徴で区別されるかもしれませんし, 形態的には区別できなくても互いに生殖的に隔離されている可能性も十分に考えられます。 実際にマユダマモ属のスタインマユダマモ(Volvulina steinii)やマユダマモ属に近縁なクワノミモ (Pandorina morum)では形態的に区別できない隠蔽種の存在が指摘されており, 日本産とネパール産のヨリソイマユダマモも異なる隠蔽種なのかもしれません。 しかし今回の研究ではヨリソイマユダマモの日本産株が 1 株しか得られておらず, 有性生殖についてはは調べられていません。

現状ではマユダマモの仲間の種分化を理解するには明らかに株が不足していますが, ヨリソイマユダマモの外観は前述のクワノミモともよく似ており, クワノミモとされてきた培養株の中にヨリソイマユダマモが紛れている可能性があります。 また注意深く培養株を収集すれば新しい産地が見つかるかもしれません。 今後も微細藻類の種分化の理解に向けて,ヨリソイマユダマモのように知見の乏しい藻類の培養株を さらに蓄積することが期待されます。(ちなみに Volvulina の和名は本論文で提唱されたものです)

Nakada, T., Tomita, M. & Nozaki, H. Volvulina compacta (Volvocaceae, Chlorophyceae), new to Japan, and its phylogenetic position. J. Jpn. Bot. 85, 364-369 (2010).

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最も陸上植物に近い藻類とは(2010.12.30)

陸上植物の起源や初期進化の解明に向けて陸上植物の姉妹群の特定が望まれていますが, これまでの分子系統解析では結果が分かれていました。そこで Finet et al. (2010) はリボソームタンパク質 77 遺伝子を用いた大規模な系統解析を行い,コレオケーテ属(Coleochaete) と陸上植物の姉妹群関係を示唆しました。

陸上植物は車軸藻類(広義)と総称された緑藻類の中から派生したと考えられていて, 特にシャジクモ目,コレオケーテ目,接合藻類が陸上植物に近縁と見られています。 一部の系統解析ではシャジクモ目が陸上植物に最も近縁とされましたが(Karol et al., 2001), 必ずしも議論は決着していませんでした。そこで著者らは進化的によく保存され, 恒常的かつ豊富に発現しているリボソームタンパク質(77 遺伝子)の多遺伝子系統解析を行いました。 解析対象は緑色植物と外群(灰色藻類,紅藻類)計 77 分類群です。

系統解析の結果,緑色植物(Viridiplantae)はまず緑藻植物(Chlorophyta)とストレプト植物(Streptophyta) に分かれました。ストレプト植物の中ではメソスティグマ(Mesostigma),クロロキブス (Chlorokybus),クレブソルミディウム(Klebsormidium)が順に分岐し, 残るシャジクモ類,接合藻類,コレオケーテ類,陸上植物が単系統となりました。 陸上植物はコレオケーテ属と姉妹群となりましたが,コレオケーテ目に含まれていた Chaetosphaeridium はコレオケーテ属よりも接合藻類と近縁になりました。 なお,コレオケーテ属の次に陸上植物に近い藻類は明確には解けませんでした。 また陸上植物の内部系統についてはゼニゴケ類とマゴケ類が姉妹群となった点が特に注目されます。

                     --------------維管束植物\
                     |
                 -------|   -------マゴケ類
                 |   -------|
              -------|       -------ゼニゴケ類
              |   |
              |   ---------------------コレオケーテ属
              |
          -------|          -------接合藻類
          |   |--------------------|
          |   |          -------Chaetosphaeridium
       -------|   |
       |   |   ----------------------------シャジクモ類
       |   |
   -------|   -----------------------------------クレブソルミディウム
   |   |
   |   |-----------------------------------------クロロキブス
------|   |
   |   ------------------------------------------メソスティグマ
   |
   -------------------------------------------------緑藻植物(Chlorophyta)

コレオケーテ属は糸状体や盤状の葉状体を形成する種からなり,原始的な多細胞植物とも言えます。 また接合子が配偶体の細胞に包まれている点や,細胞間に原形質連絡が認められる点などでコレオケーテ類,シャジクモ類, 陸上植物は共通しています。これまで陸上植物の姉妹群の有力候補だったシャジクモ類と比べると (写真は シャジクモを隔てる水深 1m の壁 を参照)コレオケーテ属の体制は大きく異なっていて, 陸上植物の起源を巡る形態進化の解釈にも影響があるでしょう。

著者らはコレオケーテ類が古い時代から存在していた証拠として,シルル紀からデボン紀前期の Parka と呼ばれる化石を引用しています(陸上植物はシルル紀直前のオルドビス紀に出現)。 Parka は数 cm に達する盤状の葉状体上に無数の胞子を含んだ袋状構造(配偶子嚢か胞子嚢)が密生した化石です。 袋状構造を配偶子嚢とみなし,盤状の体制などに基づきコレオケーテ類と見る研究者もいますが, 現生種よりも著しく大きく複雑な体制であることから初期の陸上植物とする解釈もあります(Graham, 1993)。 しかしいずれにしても盤状の葉状体から陸上植物が進化した可能性は支持されることになります。

Parka decipiens(小室宝飾より購入)。スケールは 1cm。 円形の窪みの多くは配偶子/胞子嚢の跡。
一部に残存しているものもある(矢印)。 右図はその拡大写真。

今回の解析の問題点として,陸上植物と他の藻類で進化速度に顕著な差があることが指摘されています。 そこで著者らは座位ごとの違いを考慮する CAT モデルと古典的なモデルの比較や, 進化速度の速い分類群や外群を除いた比較を行い,コレオケーテ属と陸上植物の姉妹群関係を確認しています。 加えてマゴケ類,ゼニゴケ類とコレオケーテ属でミトコンドリアの nad5 遺伝子の同じ位置にイントロンが見つかっていることを類縁性の証拠としています。 ただしこのイントロンは二次的に失われた例が知られており,決定的な証拠にはなりません。

今後結論を補強するためには分類群を増やした解析が求められます。 今回の解析ではシャジクモ類やコレオケーテ類,ゼニゴケ類が 1 種しか含まれず,ツノゴケ類も含まれていません。 また接合藻類とされながらクロロキブス類との類縁性も指摘されている Spirotaenia (Gontcharov & Melkonian, 2004)の解析も期待されます。

Finet, C., Timme, R. E., Delwiche, C. F. & Marlétaz, F. Multigene phylogeny of the green lineage reveals the origin and diversification of land plants. Curr. Biol. 20, 2217-2222 (2010).

Graham, L. E. Origin of Land Plants (John Wiley & Sons, New York, 1993).
(Graham, L. E. 陸上植物の起源:緑藻から緑色植物へ (内田老鶴圃, 東京, 1996).)

Karol, K. G., McCourt, R. M., Cimino, M. T. & Delwiche, C. F. The closest living relatives of land plants. Science 294, 2351-2353 (2001).

Gontcharov, A. A. & Melkonian, M. Unusual position of the genus Spirotaenia (Zygnematophyceae) among streptophytes revealed by SSU rDNA and rbcL sequence comparisons. Phycologia 43, 105-113 (2004).

参考:
坂山英俊 植物の上陸作戦=シャジクモの辿った道. 植物科学最前線 1, 30-35 (2010).
(「植物学の最前線」の記事は こちら から読むことができます)

過去の関連記事:
謎の藻類メソスティグマの安住の地 IIIIIIIV維管束植物に近いコケは?

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深く静かに潜んだ緑藻類(2010.12.21)

単純な体制の生物においては形態情報だけから系統的位置が推定できないことがあります。 そんな時に力を発揮するのが分子系統解析ですが,分子系統解析が行われていない生物はまだ無数に残されています。 深海性の緑藻類 PalmophyllumVerdigellas もそんな生物でしたが, 分子系統解析の結果,最も基盤的な緑色植物である可能性が示唆されました(Zechman et al., 2010)。

ParmophyllumVerdigellas はこれまでヨツメモ目(Tetrasporales)に分類されていた海藻で, 細胞が寒天質の基質に埋まった大型の葉状体を形成します。大きなものでは 10cm 以上にも達するようですが, 細胞はほとんど分化していないため群体性の海藻とも言えるでしょう。ヨツメモ目には淡水性の藻類も含まれていましたが, これらは緑藻綱の中でオオヒゲマワリ目とヨコワミドロ目の中に分割,再配置されていて, 海産のものについては所属不明のままでした。そんな中で著者らはParmophyllumVerdigellas の色素体 2 遺伝子(atpB と rbcL)と核リボソーマル RNA 小サブユニット遺伝子(18S nrDNA) について系統解析を行いました。

系統解析の結果,PalmophyllumVerdigellas(以下パルモフィルム類)は姉妹群となり, 他の元ヨツメモ目とは離れました。それどころか緑藻綱からも大きく離れ,緑藻植物門(色素体遺伝子)か緑色植物全体 (18S nrDNA)の根元に位置する可能性が示唆されました。なお 18S nrDNA の解析ではプラシノ藻類の一群である PrasinococcusPrasinoderma からなる系統群と姉妹群になっていましたが, 色素体遺伝子の系統樹では両者は離れていました。

   --------------ストレプト植物
   |
------|-------------パルモフィルム目
   |
   --------------緑藻植物

   --------------ストレプト植物
   |
------|   -------パルモフィルム目
   -------|
       -------緑藻植物

パルモフィルム類の系統的位置は外群を変えても,進化速度の速い座位を除いても, 進化モデルを適用する区分を変えても基本的な部分では変わらなかったそうです。 また 18S nrDNA と色素体遺伝子から得られた系統仮説を互いのデータを用いて検定した結果も示されており, 少なくともパルモフィルム類類と Prasinococcus が近縁になる可能性は色素体遺伝子から棄却されましたが, パルモフィルム類が緑藻植物門の根元に来るのか,緑色植物全体の根元に来るのかは定かにはなりませんでした。

著者らはパルモフィルム類の独自の系統的位置に着目し,これらを新目新科のパルモフィルム目(Palmophyllales) パルモフィルム科(Palmophyllaceae)に移しました。分子系統が調べられていないために明示的には含められていませんが, Palmoclathrus もやはりパルモフィルム科に含まれることになりそうです。

注目されたのはパルモフィルム目の生態です。PalmophyllumPalmoclathrus は水深 20-100m, Verdigellas は 100m 以深に生息すると言われています。藻類が光合成生物であることを思い起こせば, 深海での生存は決して楽なものではないでしょう。 事実,Verdigellas の生息地である大陸棚の深度では水面に比べて僅か 1/2000 の光しか届かないそうです。 彼らはクロロフィル b の割合を増やすことによって弱光に適応していることが指摘されていますが, あえて深海に住む理由としては,物理的なストレス(波や温度変化),付着する基物を巡る競争, 捕食者などが少ないことが挙げられています。著者らは他の深海性の生きた化石を例に挙げ, パルモフィルム目も深海への適応によって生き残った可能性を示唆しています。

またこれまでの系統樹ではプラシノ藻類(体表が鱗片に包まれた単細胞性の鞭毛藻類)が緑色植物の基部を占めていたため, より基盤的かも知れない不動性の大型群体性藻類が明らかになったことは大きな驚きです。 そもそも PalmophyllumVerdigellas には鞭毛細胞が確認されてすらいないそうです。 緑色植物が祖先的に鞭毛を持っていたことは疑う余地がありませんので, パルモフィルム目は二次的に鞭毛を失ったことになり,緑色植物の祖先形質の議論には影響しないでしょう。 しかし祖先的な緑色植物の探索をする際に一層視野を広げる必要はありそうです。

Zechman, F. W. et al. An unrecognized ancient lineage of green plants persists in deep marine waters. J. Phycol. 46, 1288-1295 (2010).

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"メルボルン規約" に向けた提案 VII(2010.09.03)(→進化・分類学)


"メルボルン規約" に向けた提案 VI(2010.08.30)(→進化・分類学)


植物の根源に近い原生動物発見?(2010.08.23)(→進化・分類学)


群体性への道もう一つ(2010.08.16)

群体性の原生生物は多細胞化の原始的な段階として注目されることがあり, オオヒゲマワリ(Volvox)を初めとするオオヒゲマワリ目の群体性藻類の研究が進められています。 しかしオオヒゲマワリ目の中には系統的位置が不明な藻類もいくつか残されていました。 Nakada et al. (2010) はその中でピロボトリス属(Pyrobotrys)の系統的位置を調べ, この属がオオヒゲマワリの系統とは独自に群体性を進化させたことを示しました。 (本論文は筆者が共同執筆したものです)

オオヒゲマワリ目の鞭毛性藻類の中で,テトラバエナ科(Tetrabaenaceae),ヒラタヒゲマワリ科(Goniaceae), オオヒゲマワリ科(Volvocaceae),スポンディロモルム科(Spondylomoraceae),そしてアカヒゲムシ科 (Haematococcaceae)の Stephanosphaera pluvialis が群体性藻類として知られています。 このうちテトラバエナ科,ヒラタヒゲマワリ科,オオヒゲマワリ科の 3 科は単系統群を形成し, Stephanosphaera とは離れた系統となることが分子系統解析から示されていました。 スポンディロモルム科については ITS 配列を用いた系統解析がありましたが(Coleman & Mai, 1997), この系統樹では解像度が低く,オオヒゲマワリ目内部における類縁性は解決していませんでした。 そこで著者らは新規の培養株も含めた 3 株のスポンディロモルム科の培養株について 18S rRNA 遺伝子と色素体 2 遺伝子を用いて系統解析を行いました。

Pyrobotrys squarrosa(スケールは 10µm) Volvox sp.(スケールは 100µm)

著者らはスポンディロモルム科の中から Pyrobotrys squarrosa の新規培養株(富山産), ドイツの Göttingen 大学の株保存機関 SAG に保存されている Pyrobotrys stellataPascherina tetras の 3 種 3 株を解析に用いました。 その結果,ピロボトリス属の 2 種は単系統群を形成し,Caudivolvoxa 系統群に含まれることが示されました。 Caudivolvoxa 系統群には他に Stephanosphaera も含まれますが, ピロボトリス属は明らかに系統的に離れており,支持率は低いながら Polytominia 系統群と呼ばれる単細胞性藻類の系統群との類縁性が示唆されました。 一方で "Pascherina" はピロボトリス属とも離れた Phacotinia 系統群の基部に位置しましたが, 本種は群体性にもかかわらず,この株は群体形成を行わなかったため,誤同定か株の取り違えが疑われました。

ピロボトリス属の系統的位置は,本種が既知の群体性藻類とは独立に群体性を進化させたことを示唆しています。 実はこのことは群体の構造からも支持されます。スポンディロモルム科の群体は, 細胞が三次元的な配置を取りますが(写真左),他の群体性藻類では細胞が二次元的な配置を取ります。 例えばオオヒゲマワリ属(写真右)の場合は一見すると群体の構造が三次元的に見えますが, 栄養細胞は球面上に二次元的に配置されていることがわかります。 この違いは単細胞性の祖先の分裂方向の違いなどを反映している可能性もあり, 今後群体性藻類と近縁単細胞藻類の発生や細胞分裂の比較が望まれます。

単細胞藻類には非常に多様な生物が含まれており,様々な進化の可能性を示しています。 例えば群体性の藻類は多細胞化の,殻を持った藻類は骨格など硬質構造の進化の手がかりになるかもしれません。 今後ゲノム解読やプロテオーム,メタボローム解析などがより容易に行えるようになれば, これらの特徴的な藻類の進化研究が益々重要になってくるかもしれません。

Nakada, T., Nozaki, H. & Tomita, M. Another origin of coloniality in volvocaleans: The phylogenetic position of Pyrobotrys Arnoldi (Spondylomoraceae, Volvocales). J. Eukaryot. Microbiol. 57, 379-382 (2010).

Coleman, A. W. & Mai, J. C. Ribosomal DNA ITS-1 and ITS-2 sequence comparisons as a tool for predicting genetic relatedness. J. Mol. Evol. 45, 168-177 (1997).

過去の関連記事:
オオヒゲマワリの仲間はパンゲアで生まれた?

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世にも稀なる病原性藻類(2010.08.11)

近年藻類はバイオ燃料の原材料などの形で有用性が注目されていますが, 一方で赤潮の原因など間接的に人間に害をなす場合も知られています。 しかしごく数種の藻類が人間に対して病原性を持つことは意外と知られていません。 Satoh et al. (2010) はそんな病原性藻類の新種を,日本国内での感染例と共に報告しています。

プロトテカ属(Prototheca)は光合成能を失った単細胞藻類の属で,プロトテカ症(Protothecosis) と呼ばれる病気を引き起こすことが知られています。特に中でも P. wickerhamii(2 つの異なる系統が知られ, おそらく 2 種に分かれる)はヒトに感染し,皮膚炎を起こします。通常は致命的にはなりませんが, ごく稀には髄膜炎を発症して命に関わる場合もあるそうです。 そして著者らは皮膚炎を発症した日本人患者から新種のプロトテカ属を単離し, Prototheca cutis と名付けました。

Prototheca cutis は患者の腕にできた潰瘍を伴った皮膚炎から単離されました。 単離された酵母様の細胞は,様々な炭水化物の資化性に基づく酵母の種同定システム(API 20C)に基づいて Prototheca wickerhamii と同定されました。 しかし単離株は L-アラビノースや可溶性のデンプンを資化できる点で P. wickerhamii を初めとする既知のプロトテカ属と区別されました。 また 18S および 26S rDNA 配列を用いた分子系統解析からもプロトテカ属,Auxenochlorella(葉緑体を持ち, 光合成能を持つ),Helicosporidium(節足動物の一部や扁形動物の一部の寄生虫) からなる系統群の中で独自の位置を占めていて,これらの違いが単離株を新種と認める根拠となりました。

さて,Prototheca wickerhamii によるプロトテカ症には皮膚性の感染と播種性(全身性) の感染が知られていましたが,P. cutis では皮膚性の感染しか認められませんでした。 とは言え症例が一例のみですから断言はできないでしょう。 今回のケースでは抗真菌剤のイトラコナゾールで治療したそうで, 今後新たな感染例が見つかったときの参考になるでしょう。 なおプロトテカ属は有機物を含んだ堆積物などに広く存在しているそうで, 土壌やプロトテカに感染した動物などから感染すると見られています。 ただ P. cutis の患者は少なくとも日常的に土壌や動物を扱っていなかったとのことで, 今のところ感染経路は不明です。

今回の新種については自然界での分布なども含めてわからないことがありますが, 既存の同定法では P. wickerhamii と区別出来ないことや, 人間への病原性が異なる可能性があることなどを踏まえて,新種として記載する重要性が指摘されています。 人間に直接害をなす藻類はほとんどいませんが,何故特定の藻類だけが人間に感染することが出来るのか, と考えると興味深い話題です。

Satoh, K., Ooe, K., Nagayama, H. & Makimura, K. Prototheca cutis sp. nov., a newly discovered pathogen of protothecosis isolated from inflamed human skin. Int. J. Syst. Evol. Microbiol. 60, 1236-1240 (2010).

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稀産クロロモナスと変わったピレノイド(2010.08.02)

クロロモナス属(Chloromonas)は単細胞性のオオヒゲマワリ目の中で, 光学顕微鏡観察でピレノイドが観察できない藻類の一群です。本属には 100 種以上が記載されてきましたが, 未だ半数以上の種は培養株に基づく研究がなされていません。そんな中で Matsuzaki et al. (2010) は Chloromonas pseudoplatyrhyncha の新規株を分離し, 本種がクロロモナス属の中でも特異な藻類であることを示しました。 (本論文には筆者も共同執筆者として参加しています)

クロロモナス属は ChlainomonasGloeomonas と単系統群を構成することが指摘されていますが (氷雪性 4 鞭毛藻の起源鞭毛の付け根が離れる進化), これらの属は何れも光学顕微鏡で観察できるピレノイドを持たないことが特徴です。 しかし電子顕微鏡観察では一部の種でデンプン鞘を伴わないピレノイドが報告されており (例えば鞭毛の付け根が離れる進化), 他のクロロモナス属についても電子顕微鏡観察に基づくピレノイド形態の評価が求められていました。 そんな中で著者らは香川県の溜池から日本新産の Chloromonas pseudoplatyrhyncha を分離し, 光学・電子顕微鏡観察と分子系統解析を行いました。

Chloromonas pseudoplatyrhyncha(スケールは 10µm。 鞭毛は写っていない)

本種は 2 本の鞭毛と球形〜卵形の細胞を持ち,葉緑体が表面で多数の裂片に分かれていることが特徴です。 さらに各葉緑体裂片の内部に,カーミンを用いたピレノイドの染色法で染色される角張った構造が新たに見つかりました。 この構造は電子顕微鏡下でも確認され,デンプン鞘を伴わないピレノイド基質であることがわかりました。 デンプン鞘を伴わないピレノイドはクロロモナス属などでこれまでにも知られていましたが, 本種のピレノイドは葉緑体裂片の末端ではなく内部に存在している点でオオヒゲマワリ目の中でも独特でした。 18S rRNA,atpBpsaB 遺伝子を用いた分子系統解析から, C. pseudoplatyrhyncha は,主にクロロモナス属からなるクロロモナス系統群(Chloromonadinia) の中で比較的基部に近い独自の系統的位置を占めることが示されました。

クロロモナス系統群には複数の属が含まれており,クロロモナス属が単系統でないことも示されています。 将来的にはクロロモナス系統群を複数の単系統属へと再編成する必要がありますが, 著者らはそれも視野に入れつつ,C. pseudoplatyrhyncha が新属に相当する可能性も論じています。 本種は光学顕微鏡で見た限りではさしたる特徴もない生物です。 しかし培養株を用いて詳細な研究を行うことで初めてその形態・系統的重要性が明らかとなりました。 しばしば研究者は顕著な特徴を持った生物に注意を向け勝ちですが, 一見すると普通の藻類の中にも新属に相当する生物が紛れていることもあるわけです。

Matsuzaki, R., Nakada, T., Hara, Y. & Nozaki, H. Light and electron microscopy and molecular phylogenetic analyses of Chloromonas pseudoplatyrhyncha (Volvocales, Chlorophyceae). Phycol. Res. 58, 202-209 (2010).

過去の関連記事:
日本にはどんな藻類がいるのか氷雪性 4 鞭毛藻の起源クラミドモナスの種の境界鞭毛の付け根が離れる進化雪上藻 47 年の謎に迫る

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"メルボルン規約" に向けた提案 I(2010.07.26)(→進化・分類学)


ヒラタヒゲマワリの新種(2010.05.20)

ヒラタヒゲマワリ属(Gonium)は群体性のオオヒゲマワリ目として知られています。 タイプ種のヒラタヒゲマワリ(Gonium pectorale)は水田などで最も頻繁に見つかる種ですが, これと極めてよく似た新種 Gonium maiaprilis が福岡の土壌から分離され,記載されました (Hayama et al., 2010)。(本論文には筆者も共同執筆者として参加しています)

ヒラタヒゲマワリ属は 8-32 細胞性の盤状群体を形成する緑藻類で, 主に群体の形態や細胞のピレノイドの数などに基づいて分類されてきました。 本属にはこれまで 10 種が認められていますが,中でも最も頻繁に発見されるのがヒラタヒゲマワリでした。 そんな中で著者らは以前に Gonium multicoccum が得られたのと同じ福岡県の水田土壌から, ヒラタヒゲマワリによく似た株を幾つか分離しました。

新規株は 8,16 細胞性の群体を形成しますが,16 細胞性の群体はヒラタヒゲマワリと区別できませんでした。 一方で 8 細胞性の群体では差が見られました。ヒラタヒゲマワリは 2 細胞が 4 列にジグザグに並んだ 8 細胞群体しか作らないのに対して,新規株ではこの他に細胞が 3 列(並びは 2-3-3 または 3-2-3 細胞の 2 種類) に並んだ群体も形成しました。また新規株には互いに交雑するプラス株とマイナス株が得られており, 有性生殖も調べられました。有性生殖も基本的にはヒラタヒゲマワリに似ていますが, ヒラタヒゲマワリでは接合子が成熟する過程で一次細胞壁を脱落するのに対して, 新規株ではそのような現象は見られませんでした。なお著者らは電子顕微鏡観察も行っており, 新規株が典型的なヒラタヒゲマワリ属の形態を持っていることを確認しています。

ヒラタヒゲマワリ(G. pectorale)と G. maiaprilis の 8 細胞群体

分子系統解析は rbcL 遺伝子と ITS 配列を用いて行われ, いずれの結果も新規株がヒラタヒゲマワリの姉妹群であることを示しています。 また ITS1 と ITS2 の二次構造も比較され,新規株と他のヒラタヒゲマワリの間で複数の挿入欠失や相補的塩基置換 (compensatory base changes)が認められました。これら ITS の構造的な違いは他の種では種間の差に相当し (クラミドモナスの種の境界), 新規株が形態的にも遺伝的にもヒラタヒゲマワリと異なる新種であることを裏付けています。

著者らはヒラタヒゲマワリと新規株の交雑は調べておらず,生殖的隔離の有無は不明のままです。 しかし新規株はヒラタヒゲマワリとは明らかに区別され,新種 Gonium maiaprilis として記載しました。語源は五月("Maius")と四月("Aprilis")で,筆頭著者が本種を分離し, 研究を始めた時期を意味します。なお筆頭著者の飼い犬の名前にもかかっている(メイとプリン) というのは裏話です。

ヒラタヒゲマワリは非常にありふれた種で(ITS 配列は 21 株登録されている), 類似した 16 細胞性の群体藻類を見れば別種を疑うことはあまりありません。 Gonium maiaprilis は,培養株を用いて 8 細胞性群体など異なる状態の形態も観察しないかぎり, 新種と気づくことも難しかったと思われます。他にも同様の新種は隠れている可能性があり, 「普通種」を観察する際には一層の注意が必要とされることでしょう。

Hayama, M., Nakada, T., Hamaji, T. & Nozaki, H. Morphology, molecular phylogeny and taxonomy of Gonium maiaprilis sp. nov. (Goniaceae, Chlorophyta) from Japan. Phycologia 49, 221-234 (2010).

過去の関連記事:
日本にはどんな藻類がいるのかクラミドモナスの種の境界

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微細藻類の証拠保全(2010.05.11)

新種の植物を正式記載するためには学名のタイプを指定する必要があります。 タイプは原則として標本か図解ですが,最近になって凍結保存された藻類の株なども認められるようになりました。 そこで Day et al. (2009) は実際の運用に向けての方法論を議論しています。

国際植物命名規約(ICBN;現行はウィーン規約)において学名はタイプを基準にして適用されます。 すなわちタイプと同じ生物が同じ学名で呼ばれることになっています。 タイプは原則として標本か図解(2007 年からは標本の作製・保存に問題がある場合のみ)とされています。 ところが光学顕微鏡写真や標本を元に微細藻類の種を同定することは困難で,分類学上あまり役に立ちません。 実際の分類学研究ではむしろ新種の記載時に使われた培養株(authentic strain;以下「正規株」)が重要視され, その保存と扱いが大きな意味を持ちます。

規約上,生きた培養株は正規株であってもタイプにすることは出来ません。しかし菌類や藻類の場合, 凍結乾燥や凍結保存により「代謝的に不活性な状態」で保存されている株はタイプに指定できます(第 8.4 条)。 そこで正規株を凍結保存してタイプ指定することは,実用的にも規約上も意義が強まっていて, 著者らは凍結株のタイプ指定や維持・管理をどのようにして行うべきか,推奨される方法を提案しました。

この方法では,まず正規株を大量培養して元培養とします。 そしてこれを 50-100 本の凍結保存バイアルに分けて凍結保存(-140°C)し,master bank とします。 Master bank はホロタイプなどに指定され,一部は配布や品質確認に使われます。 さらに一部は解凍して通常の培養に戻し,必要に応じて再凍結し,distribution bank として使われます。 Distribution bank もエピタイプなどに指定されることがありますが, 基本的には品質確認後に配布用に使われます。

凍結保存タイプの作成・管理の概要。

著者らは株を絶やさないことと品質の維持に注意を払っています。特にホロタイプ(原記載時に指定されるタイプ) については再度作成することも出来ず,数も限られることから, 保存機関の管理担当者の裁量で配布するべきとしています。一方でタイプ株を解凍した培養株(ex-type 株; もはやタイプではない)は継代培養により増やすことが出来ますから制限なく配布されるべきとのことです。 また必要があれば(例えばホロタイプの残りが少ないなど)ex-type を再凍結してエピタイプ (学名の解釈をより正確にするためのタイプ)とすることもできます。

品質管理(QC: quality control)については,生存率と遺伝的同一性に注目しています。 生存率としては 30% 以上が推奨されており,もし生存率がこれを下回る場合には凍結保存のみで維持せず, 解凍した ex-type 株を培養下で維持するべきだとされました。 しかしこの場合は他の株の汚染や取り違えの恐れがつきまとうでしょう。 一方で遺伝的同一性に関しては必ずしも簡便に調べることが出来ませんが, 可能な場合には増幅断片長多型(AFLP)解析などにより,凍結保存前後の比較を行うべきとしています。

凍結保存株を微細藻類の学名のタイプに指定することは,微細藻類の客観的な種分類に大きく貢献するでしょう。 しかし現状では凍結保存株の活用は万能ではなく,また必ずしも便利な方法ではありません。 残念ながら未だに多くの藻類について凍結保存の手法が確立されていません。 この場合,著者らは生きた培養株の維持と併せて抽出した DNA を保存することを推奨していますが, 培養株が失われる恐れは少なくありません。また凍結保存には専門的な知識に加えて -140°C 以下の温度を維持し続ける設備も必要で,培養株保存施設との協力が重要になりそうです。

Day, J. G., Pröschold, T., Friedl, T., Lorenz, M. & Silva, P. C. Conservation of microalgal type material: Approaches needed for 21st century science. Taxon 59, 3-6 (2010).

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中国における新種コナミドリムシ属の記載(2010.04.30)

中国は自国の植物相の記載に熱心な国の一つですが, 微細藻類についても同様に記載が積み重ねられてきました。 しかし中国語の文献で報告・記載された種も多く,これらは中国国外ではあまり知られていません。 例えば 楊 et al. (2009) は中国の国内誌で 9 種 4 変種のコナミドリムシ属(Chlamydomonas) を記載していて,注意を払う必要があります。

近年,中国の淡水藻類相は胡・魏 (2006) によってまとめられました。 この中では多数の新種も紹介されていましたが,同書では新種の正式記載は行われず, 別の論文として出版中とされていました。そのうちのコナミドリムシ属に属する種の一部が今回記載されました (ただしこの論文の投稿は胡・魏, 2006 よりも後)。

著者らが記載したのは 9 新種と 4 新変種ですが,後述するように全てが正式発表されたわけではなく, また綴りの誤りも認められるため注意が必要です。この論文で報告された新種を羅列しますと, Chlamydomonas subfasciata H. J. Hu et M. Yang(論文中の "subfascuata" は誤綴り), C. punctulata H. J. Hu et M. Yang,C. apiangulata H. J. Hu,C. subannulata C. C. Jao et H. J. Hu,C. granulata H. J. Hu et M. Yang("granumata" は誤綴り),C. subrhinoceros H. J. Hu et M. Yang,C. unregularis H. J. Hu et M. Yang,C. verrucalata H. J. Hu et M. Yang, "C. oboviformis H. J. Hu et Y. X. Wei"("aboviformis" は誤綴り) の 9 新種と,C. ametastatos var. major H. J. Hu et M. Yang,C. pseudopulsatilla "var. major H. J. Hu et S. Chen", C. pumilioniformis "var. chenii H. J. Hu"("pumiliomformormis" は誤綴り),C. conica "var. gelatinosa H. J. Hu et L. M. Luo" の 4 変種になります (引用符付きのものは正式発表されていない)。

今回の新分類群の内 C. apiangulataC. subannulata,"C. oboviformis", C. pseudopulsatilla "var. major",C. conica "var. gelatinosa" は胡・魏 (2006) で紹介されていたもので,逆に C. monadina "var. separats" は胡・魏 (2006) には掲載されていますが,楊 et al. (2009) ではまだ記載されていません。 今回の論文の題には (I) とありますので,今後 (II) が出版されればこれに含まれるのかもしれません。

さて,各新種には中国語,英語,ラテン語で記載文が与えられ,採集地などの情報も複数言語で記されています。 基本的には光学顕微鏡観察(おそらく固定標本)に基づいており,比較的簡単な図と, 一部についてはカラー写真が掲載されています。しかし培養株を確立したという記述はなく, 電子顕微鏡観察や分子系統解析も行われていません。

この論文にはまた命名規約上の問題も見受けられます。"C. oboviformis",C. pseudopulsatilla "var. major",C. pumilioniformis "var. chenii",C. conica "var. gelatinosa" の 1 種 3 変種については,命名規約の第 37.6 条で要求されている形式を満たした, 明示的なタイプ指定がないため,正式に発表されたことにはなりません(裸名と呼ばれる)。 これらは改めてタイプ指定を行い,正式に発表する必要があります。 さらに前述の誤綴りのある学名を使用する際には訂正した形で使用しなければなりません。

コナミドリムシ属にはこれまでに 600 種以上が記載されていて, 光学顕微鏡観察のみでは個体差や環境変異の評価も出来ないため,同定が極めて困難な属となっています。 そこで近年は培養株を用いた分子系統解析などによる見直しが進められていますが (例えば コナミドリムシ属多様性の氷山の一角クラミドモナスの種の境界),今回の新種については情報が乏しく, 新たな培養株が得られないかぎり近縁種との区別点を示すのは難しいでしょう。

もう一度培養株を確立しなければ検証できないような新分類群の記載の意義とはどのようなものでしょうか。 まず一方の側面では,コナミドリムシ属の種分類に新たに数種分の混乱を付け加えたことになります。 他方では,正体を解明する必要のある生物(の候補)を追加したと言う見方も出来ます。 今回の新種が再発見されるのか,将来的な検証に耐えるのかは今のところわかりませんが, コナミドリムシ属を扱う分類学者にとっては注意を払うべき論文であることに変わりはありません。

楊敏, 胡鴻鈞, 李夜光 中国衣藻属研究 (I). 武漢植物学研究 27, 598-606 (2009).
(Yang, M., Hu, H.-J. & Li, Y.-G. Study on the genus of Chlamydomonas on China (I). J. Wuhan Bot. Res. 27, 598-606 (2009))

胡鴻鈞・魏印心 編 中国淡水藻類:系統、分類及生態 (科学出版社, 北京, 2006).
(Hu, H.-J. & Wei, Y. The Freshwater Algae of China: Systematics, Taxonomy and Ecology (Science Press, Beijing, 2006))

過去の関連記事:
日本にはどんな藻類がいるのか探せば見つかる「珍しい」藻類コナミドリムシ属多様性の氷山の一角身近な田沼の新属藻類クラミドモナスの種の境界

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雪上藻 47 年の謎に迫る(2010.04.22)

雪上藻と呼ばれる,雪の中に生息する藻類が知られています。 雪上藻の 1 種に Carteria miwae と呼ばれる 4 鞭毛性の藻類が報告されていましたが, Muramoto et al. (2010) は分子系統解析と培養株を用いて, 本種が 2 鞭毛藻類の接合子であることを明らかにしました。 (本論文には筆者も共同執筆者として参加しています)

オオヒゲマワリ目の中では Chloromonas の仲間に多くの雪上藻が知られています。 その内で日本から見つかった Chloromonas nivalis と同定された藻類ついては, 複数種が含まれていることが示されています(赤雪の首謀者は何種類?)。 この他に 4 鞭毛性でピレノイドを持たない Carteria miwae が日本固有種として知られています。 本種は眼点を 2 個持つことから,2 鞭毛性の藻類の接合子である可能性も疑われていました。 しかし本種の生活環や分子系統は原記載(1963 年)以降 43 年に渡って研究が無く, 生きた試料を用いた新たな研究が求められていました。

著者らは八甲田山と月山から雪上性の藻類を採集し,Carteria miwae の再調査を試みました。 八甲田山,月山のいずれからも 4 鞭毛でピレノイドが無く,2 つの眼点を持つ有壁の(細胞壁を持った) 藻類が発見されました。著者らはさらに 2 鞭毛性で単一の眼点を持った無壁の(細胞壁を持たない)藻類, 2 鞭毛性で眼点を持たない有壁の藻類なども観察しました。

4 鞭毛性の細胞は Carteria miwae と同定されましたが,純粋培養は成功しなかったそうです。 そこで著者らは単離した 1 細胞から rbcL 配列を増幅し,配列決定を行いました。 C. miwae の遺伝子配列は 2 鞭毛性無壁の細胞(やはり未培養)の遺伝子配列と一致し, 2 鞭毛有壁の細胞とも極めて近縁でした。分子系統解析からは,これらの雪上藻は同じく雪上藻の Chloromonas pichinchae と近縁であることも示されました。

これらの藻類がごく近縁な塩基配列を持つことから,著者らは C. miwae と 2 鞭毛性無壁, 2 鞭毛性有壁の藻類が同一種であり,生活環の異なる一部であると考えました。 すなわち 2 鞭毛性有壁の細胞が本種の栄養細胞で,2 鞭毛性無壁の細胞が配偶子,4 鞭毛性細胞が動接合子で, 本種は実際には 2 鞭毛性の Chloromonas 属の生物であると考えられました。 また系統樹上で姉妹群となった C. pichinchae とは栄養細胞の形態が異なり (C. miwae の栄養細胞は球形から卵形だが,C. pichinchae は楕円形でやや大きい), 他の雪上性 Chloromonas とも形態的に区別されました。

Chloromonas miwae の各細胞。動接合子(中)。配偶子(x2;左)。 栄養細胞(右)。

著者らは栄養細胞の培養には成功しましたが,配偶子や接合子の誘導には成功しませんでした。 将来的には培養株を用いて生活環を解明することが望まれますが,Carteria miwae が 4 鞭毛性の藻類ではなく,2 鞭毛性の Chloromonas 属の系統に含まれることは明らかであり (厳密には Chloromonas 属の分類には問題はあるが;鞭毛の付け根が離れる進化), Chloromonas miwae に組み換えられました。

C. miwae の様に,生活史の一部しか明らかでない生物や, 生活史の異なる段階が別の生物として記載されることは少なからずあります。 このような生物で培養下での追跡調査が必要なのは言うまでもありませんが, 培養が困難な場合には,本研究のように分子配列を手がかりにして生活環を再構成する手法が有効と言えるでしょう。

Muramoto, K., Nakada, T., Shitara, T., Hara, Y. & Nozaki, H. Re-examination of the snow algal species Chloromonas miwae (Fukushima) Muramoto et al., comb. nov. (Volvocales, Chlorophyceae) from Japan, based on molecular phylogeny and cultured material. Eur. J. Phycol. 45, 27-37 (2010).

過去の関連記事:
氷雪性クラミドモナス萌え雪氷雪性 4 鞭毛藻の起源赤雪の首謀者は何種類?鞭毛の付け根が離れる進化

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新種ヤリミドリと進化の道筋(2010.04.20)

ヤリミドリ属(Chlorogonium)は紡錘形の細胞を持った植物プランクトンの仲間で, 最近になって属階級の分類が見直されました(系統樹から貫くヤリミドリ属の形態差)。 再定義されたヤリミドリ属には 3 種が認められていましたが,Nakada et al. (2010) は 4 番目の種, Cg. complexum を記載し,ヤリミドリ属の進化過程に迫っています。 (本論文は筆者が共同執筆したものです)

ヤリミドリ属には現在 Cg. euchlorum(タイプ種),Cg. elongatumCg. capillatum の 3 種が認められており,いずれも複数株の研究から単系統性が示されています (ヤリミドリの種は単系統か?)。3 種の主な違いはピレノイド (RubisCO タンパク質の塊で,葉緑体内の球状構造として観察される)と細胞の形態で, 特に有機物を含んだ培地(以下「有機培地」)での形態差が重要な特徴とされていました。

さて,新種の Cg. complexum は埼玉県と富山県の水田土壌から分離されました。 本種がヤリミドリ属に含まれることは光学・電子顕微鏡観察の結果からも,分子系統解析からも示されましたが, 系統樹上では特定のヤリミドリの種とは近縁になりませんでした。 形態的にも新種であると考えられ,例えばピレノイドを通常 3 個以上持つ点で Cg. euchlorumCg. capillatum に似ていますが,有機培地で培養した時にピレノイドが無くならない点では Cg. elongatum に似ていました(Cg. euchlorumCg. capillatum は, 有機培地で育てるとピレノイドが見えなくなる;ヤリミドリの種は単系統か?)。 本種はまた,培地から窒素源が枯渇すると無性的にシストを形成しますが(無性不動胞子形成), これはヤリミドリ属で初めての報告になります。ちなみに Cg. complexum の種小名は, 本種の特徴が他のヤリミドリ属の特徴の組み合わせ("complex")に見えることに由来します。

          ---C---Cg. capillatum
       ---B---|
   ---A---|   -------Cg. euchlorum
   |   |
------|   -------D------Cg. complexum
   |
   ---------------------Cg. elongatum
有機培地で培養した Chlorogonium complexum。スケールは 10µm
ヤリミドリ属 4 種の特徴(下線は有機培地での特徴)
  Cg. euchlorum Cg. elongatum Cg. capillatum Cg. complexum
ピレノイド 多数 2 個 多数 多数
見えない 見える 見えない 見える
細胞の後端 とがる とがる 丸まる とがる
シストの形成 有性生殖(雌雄異株) 有性生殖(雌雄異株) 有性生殖(雌雄同株) 無性不動胞子形成

さらに著者らは本種も加えたヤリミドリ属 4 種の進化過程を考察しました。 例えば近縁種との比較からヤリミドリ属は祖先的に安定で少数のピレノイドを持っていたと考えられるため, A の枝でピレノイドの増加が起こり,B の枝で有機培地においてピレノイドが消えるようになったとわかります。 また有機培地で細胞の後端が丸まるようになったのは C の枝で,雌雄同株や, 無性不動胞子形成はそれぞれ C と D の枝で独自に進化したと推測されました。 形質の進化順序はごく近縁種間の特徴が十分に比較できないと明らかにできないため, 今回のような状況は珍しいと言えます。

新種の発見には生物資源の開拓から地球上の生物多様性の解明まで様々な側面で意義があります。 Cg. complexum のように培養下の生理学的特性や遺伝子配列でしか識別出来ない新種は認識されにくく, 記載が遅れる傾向にあります。それでも新種記載の重要性は認識しやすい種に劣るわけではありません。 未記載の微細藻類が後どれほど存在しているのかは想像することも出来ませんが, 培養株の詳細な研究の積み重ねを続けていくことが必要でしょう。

Nakada, T., Soga, T., Tomita, M. & Nozaki, H. Chlorogonium complexum sp. nov. (Volvocales, Chlorophyceae), and morphological evolution of Chlorogonium. Eur. J. Phycol. 45, 97-107 (2010).

過去の関連記事:
ヤリミドリの種は単系統か?系統樹から貫くヤリミドリ属の形態差身近な田沼の新属藻類

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鞭毛の付け根が離れる進化(2010.03.11)

オオヒゲマワリ目に属する多くの淡水性鞭毛藻類は細胞の前端に 2 本の鞭毛を持ちます。 ほとんどの種類では 2 本の鞭毛は近接した位置から出ていますが, Gloeomonas に属する藻類は目立って離れた位置から鞭毛を出すことで知られています。 Nozaki et al. (2010) はこの属の藻類の分子系統を初めて解析し,その起源を明らかにしました。 (本論文には筆者も共同執筆者として参加しています)

Gloeomonas は 1886 年に記載された歴史ある藻類で,光学顕微鏡でピレノイドが観察できない, 深い壺型の色素体を持つことと,2 本の鞭毛の付け根が離れていることが特徴とされます。 顕著な特徴を持ち培養株も幾つか知られていたにもかかわらず,この属の分子系統解析はこれまで例がなく, その進化的起源は明らかにされていませんでした。そこで著者らは 3 株の Gloeomonas とその近縁種について, 形態や微細構造を調べると共に,18S rRNA の遺伝子と葉緑体の 2 遺伝子(atpB,psaB) の配列を決定し,オオヒゲマワリ目の中での系統的位置を明らかにしました。

Chloromonas(左)と Gloeomonas(右)の模式図

系統解析で,単系統群となった Gloeomonas 属は Chloromonadinia 系統群 (オオヒゲマワリの配列全部解析)に含まれ, Chloromonas の一部の種と近縁であることが示されました。特に Chloromonas insignis と呼ばれる種が最も近縁で,次いで Chloromonas rubrifilum が近縁となりました。 興味深いことに C. rubrifilum の鞭毛は,他の Chloromonas と同様に近接した位置から出ているのに対して,C. insignis の鞭毛は若干ながら離れた位置から出ていました。 つまり Gloeomonas の互いに離れた鞭毛基部は,鞭毛基部が近接した Chloromonas から徐々に鞭毛基部が離れることによって成立したと考えられました。

また著者らは Gloeomonas が光学顕微鏡では認められないピレノイドを持っていることを明らかにしました。 透過型電子顕微鏡を用いた観察によれば,Gloeomonas は葉緑体の内側に, デンプン鞘を伴わない複数の小型のピレノイドを持っていることがわかります。 対して C. insignis は,同様にデンプン鞘を伴わない,しかし大型のピレノイドを持つことが知られており, また今回の観察から C. rubrifilumC. insignis とよく似たピレノイドを持つことが示されました。 このことから Gloeomonas の起源にはピレノイドの縮小も起こっていたことがわかります。

Gloeomonas は一見すると非常に特徴的な藻類ですが,今回の研究からは Chloromonas から徐々に形態が変化して出現したことが示唆されました。だとすると,ChloromonasGloeomonas は明確には区別できないのかもしれません。Gloeomonas の分子系統が報告されるより以前に, Pröschold et al. (2001) は Chloromonadinia 系統群に相当する系統群全体を Chloromonas 1 属にまとめる分類を提案しており,GloeomonasChloromonas は統合するべきかもしれません。しかしこの場合,より古い GloeomonasChloromonas の種を全て再分類することになり,分類に大きな混乱が生じると思われます。

現在の所 Gloeomonas のタイプ種である Gloeomonas ovalis の分子系統が調べられておらず, 著者らは GloeomonasChloromonas の再編成には消極的です。 しかし将来的には両者の統合か,逆に Chloromonadinia 系統群を複数属に分割し, その中の一つに Gloeomonas を認めることが考えられます。 後者の方が分類学的混乱は少なく,1 属に含まれる種数も抑えられるため合理的と思われますが, そのためには Chloromonadinia 系統群の各内部分類群について共有派生形質などを示す必要があります。 当面はその目標に向けて,株の収集や微細構造観察など地道な研究が求められます。

Nozaki, H., Nakada, T. & Watanabe, S. Evolutionary origin of Gloeomonas (Volvocales, Chlorophyceae), based on ultrastructure of chloroplasts and molecular phylogeny. J. Phycol. 46, 195-201 (2010).

Pröschold, T., Marin, B., Schlösser, U. G. & Melkonian, M. Molecular phylogeny and taxonomic revision of Chlamydomonas (Chlorophyta). I. Emendation of Chlamydomonas Ehrenberg and Chloromonas Gobi, and description of Oogamochlamys gen. nov. and Lobochlamys gen. nov. Protist 152, 265-300 (2001).

過去の関連記事:
オオヒゲマワリの配列全部解析

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新種カタブレファリス類とハプト・クリプト生物群(2010.01.28)

カタブレファリス類(Kathablepharida/Katablepharidophyta)は淡水や海水に幅広く分布し, クリプト藻類との近縁性も指摘される原生動物です。近年はクリプト藻類やハプト藻類の二次共生の進化が, それぞれ独立に起こったのか,共通の祖先で起こったのかを巡る論争と絡めて注目されています。 Okamoto et al. (2009) はそんなカタブレファリス類の新種の培養に成功し, ハプト藻類やクリプト藻類を含んだ系統群(Hacrobia と命名された)との関連を議論しています。

これまでカタブレファリス類には 4 属が知られていました(KathablepharisLeucocryptosPlatychilomonasHatena)。この内 KathablepharisLeucocriptosHatena の 3 属についてはいずれも海産種で遺伝子配列が報告されていて,この他に淡水由来の環境配列も知られています。 さらにカタブレファリス類は 18S rRNA 遺伝子の系統解析ではクリプト藻類の姉妹群となることが示唆されましたが (クリプト藻が藻類になる前),後の複数遺伝子の解析ではむしろ ハプト藻類の姉妹群となる可能性も指摘されました(二次共生藻の起源と進化を求めて 2)。 そこで遺伝子,種数共により充実したカタブレファリス類の情報が求められています。 そんな中で著者らは培養が容易な,カナダ産の新属新種を記載しました。

新属新種の Roombia truncata は砂浜の潮間帯から分離され,珪藻の一種(Navicula sp.) を餌として培養株が維持されています(細菌類も餌になる)。本種は鞭毛が突起部分から出ている点, 射出体の配置,餌を食胞内に丸呑みにする点などが特徴的です。また著者らは Hsp90,18S rRNA および 28S rRNA 遺伝子を用いて単独ないし結合系統解析を行いましたが, いずれの場合のも既知のカタブレファリス類の基部で分岐することが支持されました。

          -------Roombia truncata
       -------|
   -------|   -------他のカタブレファリス類
   |   |
   |   --------------クリプト藻類
   |
   |?------------------ピコビリ藻類
------|
   |--------------------テロネマ類
   |
   |--------------------有中心粒類(太陽虫類)
   |
   ---------------------ハプト藻類

クリプト藻類,ハプト藻類,カタブレファリス類,テロネマ類,有中心粒類(centrohelids)に限った 3 遺伝子の結合系統解析では,カタブレファリス類がクリプト藻類の姉妹群になる可能性が支持されました。 ただ複数遺伝子解析には余り多くの種数が含まれておらず,全体的に各枝の支持率も低いことから, 今後より多くの遺伝子と種が解析される必要があるでしょう。 そもそもこれらの 5 群が単系統群を構成するかどうかも決着がついていない問題です。

一方で著者らは他の系統解析研究(例えばクリプト藻とハプト藻は生き別れの姉妹か続報)や Hsp90 の系統解析を元に,クリプト藻類とハプト藻類が比較的近縁であり, カタブレファリス類,テロネマ類,有中心粒類と単系統群を構成すると考えました (ただし Hsp90 の系統樹では支持率は低い)。そこでこの論文では「クリプト藻類とハプト藻類の最も近い共通祖先 (most recent common ancestor)およびその全ての子孫からなる単系統群」をハクロビア(Hacrobia)と名付けました。 クリプト藻類の色素体とハプト藻類の色素体が単一の起源を持つのかどうかを明らかにするためには,これから先, ハクロビアの系統的位置や構成,内部の系統関係,そして無色ハクロビアの研究が期待されるところです。

なお,クリプト藻類やハプト藻類の真の系統関係が著者らの考えと異なる場合, ハクロビアに含まれる生物の組成は大きく異なる可能性があり,注意が必要です。 例えばクリプト藻類とハプト藻類がテロネマ類よりも互いに近縁な場合, テロネマ類は定義上ハクロビアから外れることになります。

余談ですが,ここでは国際動物命名規約に基づいて Kathablepharis と表記していますが, 国際植物命名規約の下では Katablepharis と綴られています。 著者らは規約ごとに綴りが異なるのは不便なため,Katablepharis(ギリシア語の正しい書き換え) に統一することを提案しています。しかしこれは国際動物命名規約上の正当性を持たないため, 本稿では Kathablepharis の綴りを用いました。

Okamoto, N., Chantangsi, C., Horák, A., Leander, B. S. & Keeling, P. J. Molecular phylogeny and description of the novel katablepharid Roombia truncata gen. et sp. nov., and establishment of the Hacrobia taxon nov. PLoS ONE 4, e7080 (2009).

過去の関連記事:
クリプト藻が藻類になる前続報はてな? 共生藻が増えないぞ?調べてみれば謎の原生動物続報続報 2ハテナの詳細と正式名称クリプト藻とハプト藻は生き別れの姉妹か続報二次共生藻の起源と進化を求めて 2

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緑藻類の殻の進化(2010.01.13)

オオヒゲマワリ目の鞭毛藻類には殻(ロリカ:lorica)を持った一群の藻類が知られていますが, 稀産種も多く,幾つかの属では系統的位置が不明のままでした。Nakada et al. (2010) はそんな稀産種の 1 種 Cephalomonas granulata(1 属 1 種)について初めて分子系統解析を行い, 本種の殻が独立起源であることを示しました。(本論文は筆者が共同執筆したものです)

殻を持ったオオヒゲマワリ目藻類はかつて,ファコツス科(Phacotaceae)1 科にまとめられていましたが, 最近になって分子系統解析と微細構造の比較からファコツス科が 2 系統に分かれることが示されました (Hepperle et al., 1998)。Cephalomonas もファコツス科に分類されていた藻類で, 微細構造に基づいて Dysmorphococcus との類縁性が指摘されていました。 しかし Cephalomonas の培養株は保存されておらず,この仮説の検証は行われていませんでした。 そこで著者らは日本産の本種の培養株を確立し,18S rRNA 遺伝子配列に基づく分子系統解析を行いました。

Cephalomonas granulata。スケールは 5 µm

オオヒゲマワリ目の全主要系統群を含んだ系統解析から,旧ファコツス科のほとんどの配列は Xenovolvoxa 系統群の中の Phacotinia 系統群に含まれました(PhacotusPteromonasWislouchiella)。次に DysmorphococcusXenovolvoxa 系統群から離れて Caudivolvoxa 系統群に含まれ,ここまでは Hepperle et al. (1998) の結果を裏付けました。 ところが Cephalomonas は微細構造からの推定とは異なり,Dysmorphococcus とは類縁性がなく, しかも Phacotinia 系統群とも離れた Reinhardtinia 系統群に所属しました。 これは Cephalomonas の殻が他のファコツス科とは独立に進化したことも意味しています。

過去の報告によると,Phacotinia 系統群はカルシウムを,Dysmorphococcus は鉄とマンガンを, Cephalomonas は硫黄,リンをそれぞれ殻に沈着していることが示されており, このことからも 3 系統の殻が独立起源であることが支持されます。 そもそも殻(ロリカ)については決まった定義がなく,特殊化した細胞壁の一種とされることもあります。 Cephalomonas の場合,殻の主成分もコナミドリムシ(Chlamydomonas reinhardtii) と同じ糖タンパク質ではないかと言われています(Hepperle et al., 1994)。 とすると Cephalomonas の殻は顆粒状の外見を持った細胞壁とも言えるのかもしれません。

また細胞の微細構造の違いから CephalomonasDysmorphococcus の類縁性が示唆されましたが, 著者らはこの点も再評価しています。確かに両者の微細構造には共通点もありましたが, 一方で殻の組成や,ピレノイドのデンプン粒の構造,眼点顆粒の層の数などには明確な違いがあり, CephalomonasDysmorphococcus が系統的に離れることが支持されました。

微細藻類は培養技術が発展する以前に膨大な種類が記載されており,未だに多くの種類の培養株が入手できません。 中には Cephalomonas のように進化的に興味深い属も少なからず存在しますので, これからも新規株の開発と分子系統解析などが積極的に公開されることが期待されます。

Nakada, T., Soga, T. & Tomita, M. Phylogenetic position of a rare loricated green alga, Cephalomonas granulata N. L. Higinb. (Volvocales, Chlorophyceae). Phycol. Res. 58, 62-68 (2010).

Hepperle, D., Hindák, F. & Krienitz, L. TEM-investigation and X-ray microanalysis of Cephalomonas granulata Higinbotham 1942 (Chlorophyceae, Phacotaceae). Biologia (Bratislava) 49, 451-455 (1994).

Hepperle, D. et al. Phylogenetic position of the Phacotaceae within the Chlamydophyceae as revealed by analysis of 18S rDNA and rbcL sequences. J. Mol. Evol. 47, 420-430 (1998).

過去の関連記事:
探せば見つかる「珍しい」藻類オオヒゲマワリの配列全部解析

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命名規約の二重性問題 後編(2010.01.11)(→進化・分類学)


命名規約の二重性問題 前編(2010.01.08)(→進化・分類学)


灰色藻・ハプト藻の本当の居場所(2010.01.06)

これまでにも何度か,灰色藻類,紅藻類,緑色植物からなる一次共生植物(Archaeplastida)が, 二次的に色素体を失った原生動物や二次共生藻類に対して側系統になるとした仮説を紹介してきました (巨大な植物界続報)。 しかしこれらの研究においては灰色藻類やハプト藻類など重要な藻類の系統的位置が解けていなかったため, Nozaki et al. (2009) は新たに灰色藻類の配列データを追加し,これらの藻類の系統的位置に迫りました。 (本論文には筆者も共同執筆者として参加しています)

真核生物の大系統推定には近年多数の遺伝子を用いた系統解析が用いられています。 しかしこれまでの多遺伝子解析では一次共生植物が単系統であるという結果も, 側系統であると言う結果も得られています(過去の関連記事参照)。 著者らは多遺伝子解析において 1. 進化速度の遅い遺伝子を用いること,2. 進化速度の速い枝(分類群) を除外すること,3. 配列情報の欠落を減らすこと,の 3 点を重視し, これまでの解析で情報の欠落が多かった灰色藻類の配列情報を追加し,多遺伝子系統解析をやり直しました。

さて,チューブリンの有無(21/19 タンパク質,6048/5216 アミノ酸)や進化速度の速い系統群 (エクスカヴァータ類,アピコンプレックス類など)の有無に関わらず, 得られた系統樹は一次共生植物の側系統性を支持し,特に進化速度の速い枝を除外した場合に,灰色藻類,緑色植物, ハプト藻類の位置が高い支持率で解決しました。 ハプト藻類はストラメノパイル類とアルベオラータ類に近縁で,いわゆるクロモアルベオラータ類(Chromalveolata) としてまとまりました(ただしリザリア類は解析に含まれていない)。 また緑色植物はクロモアルベオラータ類の姉妹群となり,灰色藻類はその外側で分岐しました。

                  -------アルベオラータ類    |
              -------|               |
              | ↑ -------ストラメノパイル類   |
           ---X--| |                 |
           |   | リザリア類?            |
           |   |                   |
       -------|   --------------ハプト藻類       |
       |   |                      |
    -------|   ---------------------緑色植物        |バイコンタ類
    |   |                          | =「超」植物界(Plantae)
-------|   ----------------------------灰色藻類        |
|   |                             |
|   |              ---X--エクスカヴァータ類   |
|   ----------------------------|               |
|                 -------紅藻類         |
|
|-----------------------------------------オピストコンタ類(菌類,襟鞭毛虫類,動物)
|
------------------------------------------アメーバ動物類(細胞性粘菌,変形菌)

この樹形は多くの原生生物が過去に一次共生色素体を持っていたとする「超」植物界仮説を支持していますが (図のX印で一次共生色素体が失われたと考える),統計検定(AU 検定,KH 検定) では一次共生植物の単系統性は棄却されませんでした。しかしながら著者らはこの樹形, 特に緑色植物とクロモアルベオラータ類の近縁性を支持する証拠として,核コードの IspG タンパク質と Fab1 タンパク質の由来を挙げています。いずれも脂質代謝に関する酵素ですが,紅藻類(IspG,Fab1)や灰色藻類(IspG) ではシアノバクテリアと類縁性の高い酵素(一次共生由来と見られる)を持っているのに対して, 同じ一次共生藻の緑色植物はクロモアルベオラータ類と共に,クラミジア類に近縁な酵素 (水平遺伝子移動由来と見られる)を持っています(例えば見えざる色素体を追って)。 緑色植物とクロモアルベオラータ類で独立に IspG と Fab1 の水平遺伝子移動が起こった可能性もありますが, 著者らは緑色植物とクロモアルベオラータ類の姉妹群関係を支持する証拠と考えています。

今回の研究では幾つかの先行研究より(例えば植物界が一つにまとまる時) 解析に用いられたタンパク質数は少ないものの,系統解析に影響する恐れのある問題点を最大限排除しています。 にもかかわらず一次共生植物の単系統性が否定され,遺伝子水平移動からも支持されたことは注目できます。 ただし今回の結果は,植物の最初の枝分かれで紹介した一次共生色素体の系統関係 (緑色植物と紅藻類が近縁))とも矛盾していることにも注意が必要です。 著者らは色素体由来遺伝子の系統解析の問題点を指摘していますが,緑色植物の色素体, あるいは紅藻類の色素体が二次共生由来だったとしても説明がつきます。 この点については一概に否定することなく,しばらく広い目で検討することが必要になるでしょう。

Nozaki, H. et al. Phylogenetic positions of Glaucophyta, green plants (Archaeplastida) and Haptophyta (Chromalveolata) as deduced from slowly evolving nuclear genes. Mol. Phylogenet. Evol. 53, 872-880 (2009).

過去の関連記事:
真核生物の大系統植物界が一つにまとまる時巨大な植物界続報続報:クリプト藻とハプト藻は生き別れの姉妹かエクスカヴァータの系統的評価色素体の名残 III続報どこから来たのか? 原生動物の植物型遺伝子剪定するとエクスカヴァータは単系統? 珪藻のゲノムに潜む緑藻の影, その他,上記記事中の関連記事を参照。

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クラミドモナスの種の境界(2009.12.25)

分類学において最も重要で時に最も難解な問題が,ある種と近縁種の間の線引きです。 例えば 2007 年に全ゲノムが解読された単細胞緑藻類の Chlamydomonas reinhardtii(コナミドリムシ)ですら, 種の範囲は研究者によって意見が分かれていました。そんな中で Nakada et al. (2010) は, 培養株を用いた多面的な研究から C. reinhardtii の種の範囲を明らかにしました。 (本論文は筆者が共同執筆したものです)

Chlamydomonas reinhardtii は 19 世紀に記載された歴史のある種で, 光合成や鞭毛運動のモデル生物として全ゲノムも公開されています (中心小体を中心に配置を決める鞭毛の中心に迫る III)。ところが分子生物学的研究が盛んな一方で分類学的研究は遅れており, 特に近縁種や類似種(C. smithiiC. globosaC. incertaC. orbicularis など) との分類が混乱したままになっていました。これまで微細藻類に対して様々な種概念が提唱されていたことが混乱の背景にあり, 著者らは新規日本産株を含む培養株を用いて,これまでの種概念を実験的に比較検討しました。

微細藻類の種概念としては,古典的な形態の類似性,細胞壁とその分解酵素の特異性,ITS 配列 (5.8S,18S,26S rRNA の遺伝子間領域)の二次構造,分子系統,接合子形成の可否,などが提案されてきました。 そこで今回これらの指標が比較され結果,酵素の特異性を除く他の指標はいずれも同じ種分類を支持していました。 すなわち C. reinhardtiiC. smithii は同種(C. reinhardtii になる)で, C. globosaC. orbicularis は別種,C. incerta とされた株は C. globosa の誤同定 (または株の混入)であることがわかりました。C. reinhardtiiC. globosaC. orbicularis の 3 種は互いに形態的にも異なっており,ITS 配列の二次構造,分子系統からも互いに区別できました。 また C. reinhardtiiC. globosa は姉妹種で極めて近縁でしたが, C. orbicularis はやや系統的に離れていました。

Chlamydomonas reinhardtii とその近縁種 スケールは 10 µm

C. reinhardtiiC. smithii は互いに交雑するが形態が異なる,という理由で区別されていましたが, 実際には形態差も種内変異の範囲内であることがわかり,互いに区別する必要がなくなりました。 一方で C. reinhardtiiC. globosa は互いの酵素で互いの細胞壁を分解することができるため, 同種とする意見がありました。しかし今回の研究では僅かながら形態差があり(C. reinhardtii は細胞が楕円形, C. globosa はほぼ球形),しかも ITS の二次構造でも区別され,2 種の間で接合子を形成しないことが示されました。 これまでは C. globosa の古い株しかなかったため,2 種で生殖隔離があるのか, 単に培養株が不稔なのか区別できませんでしたが,今回著者らは日本から新鮮な C. reinhardtii の + 株と - 株, C. globosa の性別不明株を分離したため,これらを用いて 2 種が確かに交雑しないことが示されました。

C. reinhardtiiC. globosa が別種であることが示されたため, 細胞壁分解酵素の特異性は種の線引きには不適切であったと言えます。一方で他の種分類の基準(形態,ITS 二次構造, 分子系統,接合子形成の有無)は,少なくとも C. reinhardtiiC. globosa において同一の結論を導いたため,種という実体のない概念をいずれもうまく反映していた可能性があります。

微細藻類において近縁種間で種の範囲を検討した研究は極めて限られています。 今回有用性が支持された種を区別する指標が C. reinhardtii でたまたまうまくいっただけなのか, それとも他の微細藻類においても前述の種概念の多くが有効なのか,今後の検証が期待されます。 また残念ながら C. globosa は 1 株しか得られなかったため,C. reinhardtii との生殖隔離がどのように起こり,どのようにして種分化が進行したのかを明らかにすることは難しそうです。 将来的に C. globosa の両方の性の株が培養され,C. reinhardtii と生殖関連遺伝子の比較がなされれば, この 2 種は単細胞性緑藻類の種とは何か,という難題に迫るモデルケースになるかもしれません。

Nakada, T., Shinkawa, H., Ito, T. & Tomita, M. Recharacterization of Chlamydomonas reinhardtii and its relatives with new isolates from Japan. J. Plant Res. 123, 67-78 (2010).

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財布の紐が堅い藻類(2009.10.20)

単細胞藻類には光合成に加えて周辺から有機物を吸収して活用している混合栄養(myxotrophy) を行う藻類が存在します。しかし自然界ではまず細菌類が有機物を消費してしまうために溶存有機物の量は低く, 藻類が有機物を吸収する意義はよくわかりませんでした。そんな中 Kamjunke & Tittel (2009) は, 混合栄養の意義は藻類自身から漏れ出す有機物を再吸収する点にあると指摘しています。

自然界には混合栄養を行う藻類が少なからず存在します。しかし多くの混合栄養藻類は特定の有機物しか吸収できず, 一方で滲出(exudation)によって有機物を細胞外に漏らしているとも考えられています。 そこで著者らは混合栄養藻類から滲出した有機物が培地中の細菌類に及ぼす影響を調べてきました。 これまでの研究では混合栄養藻類が増殖しても(つまり滲出する有機物が増えても) 細菌類の増殖が促進されないことが示されていました。そこで著者らは混合栄養藻類が培地中の元々の有機物を使用するため, 細菌類にとっては滲出による有機物の供給が得にならないと可能性(仮説 1)と, 混合栄養藻類がほとんど有機物を滲出していないか再吸収している可能性(仮説 2)を検討しました。

著者らはまず混合栄養藻類の例として好酸性の Chlamydomonas acidophila と, これと同じ場所から採集された細菌類を用いました。そして C. acidophila がグルコースを利用する能力を持ち, 一方でフルクトースを利用できないことを示しました。なお細菌類はグルコースとフルクトースの何れも利用できます。 そこで著者らは培地中の有機物としてグルコースを用いた場合と, フルクトースを用いた場合に混合栄養藻類と細菌類の競合の様子を調べました。

藻類の増殖は培地中のリンの量に抑えられていたため,著者らは定常培養系で段階的にリンを増やし, 藻類の生体量を増加させました。この時,C. acidophila が有機物を滲出させていれば, 藻体量が増えるにつれて細菌類の増殖も加速されると予測されますが,実際には細菌類の生体量は変化しませんでした。 これはグルコースの場合だけでなくフルクトースの場合でも同様でした。 先の実験から C. acidophila がフルクトースを利用していないことはわかっていますので, 細菌類の増殖が促進されなかったのは混合栄養藻類に培地中の有機物を奪われた(仮説 1)わけではないことがわかります。

この実験で仮説 1 に否定的な結果が出たため,著者らは仮説 2 を直接検証する実験を行いました。 すなわち放射能ラベルした炭素を藻類に取り込ませ,培地に滲出する有機物の量を直接測定したのです。 その結果,混合栄養藻類の C. acidophilaChlorella protothecoides では有機物の滲出がほとんどなく, 一方で混合栄養を行わない Chlamydomonas segnisLobochlamys segnis)ではリンが不足したとき, すなわち藻類の増殖が抑えられているときに顕著に有機物を滲出していることがわかりました。

一連の実験からは仮説 2 が強く支持され,混合栄養藻類は滲出した有機物が拡散する前に再吸収しているのではないか, と推測されました。著者らはこの仮説を証明するために, 今後は混合栄養藻類において滲出した有機物の再吸収が起こっているのかどうかを実験的に調べたいとしています。 同時に滲出する可能性のある具体的な有機物を特定することも必要でしょう。 有機物を活用する藻類の存在は確かに興味深く,彼らが環境中の有機物よりも, 滲出した有機物の再吸収を主に行っていると言う可能性は説得力があります。 一方で明らかに高濃度の溶存有機物を含んだ環境で生息する混合栄養藻類もいるようなので, これらが細菌類とどう競合しているのかも別の研究課題になりそうです。

Kamjunke, N. & Tittel, J. Mixotrophic algae constrain the loss of organic carbon by exudation. J. Phycol. 45, 807-811 (2009).

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オオヒゲマワリの仲間はパンゲアで生まれた?(2009.09.30)

群体性オオヒゲマワリ類の進化は多細胞性の進化のモデルとしても注目されていますが, 具体的な進化年代の推定はこれまで十分になされてきませんでした。 Herron et al. (2009) はこれまで発表されてきたオオヒゲマワリ類の分子情報と, 陸上植物などの化石年代を元に群体性オオヒゲマワリ類の分岐年代を推定しました。

オオヒゲマワリ目(Volvocales)には単細胞性のコナミドリムシ属(Chlamydomonas)から数細胞,数十, 数百,あるいは数万細胞のオオヒゲマワリ(Volvox)まで様々な細胞数の群体性藻類が知られており, 多細胞の進化過程のモデルとも言われています。しかし信頼できる化石がほとんど報告されておらず, 群体性の進化がいつ,どの位の期間で起こったのかは不明でした。そこで著者らは複数の遺伝子, 複数の化石記録を用いて群体性オオヒゲマワリ類の分岐年代推定を行いました。

著者らはまず紅藻類や陸上植物まで含めた系統樹の中で分岐年代推定を行い,群体性の進化が起こる暫く前 (Paulschulzia と群体性オオヒゲマワリ類近縁群の分岐)の年代を推定しました。 次いで Paulschulzia との分岐年代を基準にして群体性オオヒゲマワリ類の起源と進化の年代を推定しました。

単細胞性のオオヒゲマワリ類から群体性の系統が分岐したのは 2.3(2.1-2.6)億年前頃(三畳紀中期)と推定され, さらに群体性オオヒゲマワリ類の 3 科(テトラバエナ科:Tetrabaenaceae,ヒラタヒゲマワリ科:Goniaceae, オオヒゲマワリ科:Volvocaceae)の分岐は 2.0(1.8-2.2)億年前(三畳紀後期)までに起こったと推定されました (この頃地球上の大陸地殻は超大陸パンゲアに集合していた)。 テトラバエナ科は 4 細胞性の群体を作り,ヒラタヒゲマワリ科は通常 8-32 細胞性の群体を作ります。 両者は各細胞が独立の細胞壁に包まれますが,オオヒゲマワリ科になると細胞数が 16-最大数万に増え, 群体全体が共通の細胞外基質(ECM: Extra Cellular Matrix)に包まれます(e.g. Nozaki, 2003)。

   ---------------------単細胞性オオヒゲマワリ類
   |
------|   --------------テトラバエナ科
   |   |
   -------|   -------ヒラタヒゲマワリ科
   ↑   -------|
   |      -------オオヒゲマワリ科
   2.3 億年前  ↑
          |
          2.0 億年前

著者らはさらに多細胞化に向けた様々な過程を個別に分析し,群体性の進化が始まって(2.3 億年前) からわずか 3,000 万年程度の間に,細胞壁から ECM への進化,細胞数の遺伝的固定,不完全な細胞質分裂の獲得, 基底小体の移動,群体内部での極性の獲得,などの重要な進化が起こったと推定しています。 これは群体性の進化が他の形質の進化の引き金になった可能性を示唆していますが, 著者らは各形質の進化が漸進的にではなく,散発的に起こったとも指摘しています。 特にテトラバエナ科など原始的な特徴を持った藻類が 2 億年の時を超えて現存していることに着目し, このような中間型の生物は進化途上の生物というわけではなく,一つの進化的に安定な状態にあると見ています。

群体性の進化にはこれまで独立の個体として利害を争っていた細胞同士が, 同一の個体の中で利害を共有するようになることが重要だと著者らは考えているようです。 この利害調整を可能にするために,ECM の共有と群体の細胞数の制御が重要だったとも議論しています。 しかしこれが動物や植物の多細胞化に一般化できるかどうかは疑問であり, 今回の証拠からも特に支持されているようには思えません。

さて,本研究の話題には興味が惹かれますが,解析には問題点が多いことを指摘しておきます。 例えば年代推定に用いる化石記録はオオヒゲマワリ類から大きく離れており,解析対象も乏しく見えます。 緑藻綱からは 5 目のうちオオヒゲマワリ目と 1 種(ケトフォラ目)のみ,オオヒゲマワリ目内部も 20 程度の代表的な系統群(オオヒゲマワリの配列全部解析) のうち 1 系統群のみしか含められていません。これでは正しい分岐年代推定が出来るのか甚だ疑問です。 今回の分岐年代は直感的には古すぎる気もしますし,もう少し慎重な検証が望まれます。

Herron, M. D., Hackett, J. D., Aylward, F. O. & Michod, R. E. Triassic origin and early radiation of multicellular volvocine algae. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 106, 3254-3258 (2009).

Nozaki, H. in Freshwater Algae of North America: Ecology and Classification (Wehr, J. D. & Sheath, R. G.) 225-252 (Academic Press, San Diego, 2003).

過去の関連記事:
日本にはどんな藻類がいるのかヒゲマワリは収斂進化のタマモノヒゲマワリの男の紋章続報続報 2タマヒゲマワリの「ようなもの」の同定と分類オオヒゲマワリと北国の夜発芽の様子がオオヒゲマワリの分類を助ける?

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二次共生藻の起源と進化を求めて 2(2009.09.23)

二次共生藻の起源と進化を解明するために,二次共生藻類と, これに近縁な原生動物の系統関係が注目されています(二次共生藻の起源と進化を求めて 1)。 Reeb et al. (2009) はストラメノパイル類やクリプト藻類などとの近縁性が指摘されている原生動物を集めて, 複数遺伝子を用いた系統解析を行いました。

カタブレファリス類とテロネマ類はいずれも無色鞭毛虫で,それぞれ 2005 年と 2006 年に独立門とされました (クリプト藻が藻類になる前続報:調べてみれば謎の原生動物)。 カタブレファリス類はクリプト藻と,テロネマ類はストラメノパイル類との類縁性が疑われていますが, いずれも結論が出ておらず詳細な系統解析が望まれていました。そこで著者らは特に二次共生藻類を重視しつつ, 多数の真核生物について複数遺伝子の系統解析を行いました。

著者らは 5 種類のタンパク質アミノ酸配列と 2 種類の rRNA 塩基配列について, 幾つかの組み合わせで真核生物全体の系統解析を行いました。結論としては rRNA 遺伝子は解像度を改善しないとみなされ, 3 タンパク質または 5 タンパク質の解析結果を中心に議論されています(後者は欠損情報が多く,問題もある)。 何れの系統樹でもストラメノパイル類とアルベオラータ類,リザリア類などの近縁性(いわゆる SAR 系統群を形成)や, クリプト藻とハプト藻,カタブレファリス類の近縁性は支持され,カタブレファリス類は特にハプト藻と近縁でした (ちなみにハプト藻とカタブレファリス類のミトコンドリアクリステは管状,クリプト藻は平板状とのこと)。 テロネマ類の位置は解析によって異なり,3 タンパク質ではストラメノパイル類との姉妹群関係が支持され, 5 タンパク質の解析では SAR 系統群には含まれず,系統的位置が特定されませんでした。

       -------ハプト藻
   ---?--|
--?--|   -------カタブレファリス類
   |
   --------------クリプト藻

       --------------アルベオラータ類
       |
   -------|   -------ストラメノパイル類
   |   ---?--|
--?--|       -------テロネマ類
   |
   ---------------------リザリア類

テロネマ類の結果については,5 遺伝子解析でタンパク質情報の欠損が多かったために結果が異なったようで, 著者らはさらに Hsp90 を除いた場合にテロネマ類とストラメノパイル類の姉妹群関係が復活することを見出しています。 またテロネマ類は細胞膜直下の膜胞構造と管状のミトコンドリアクリステがアルベオラータ類と共通し, 鞭毛の表面に三部構成の管状小毛がある点でストラメノパイル類にも似ていることから, 著者らはテロネマ類と SAR 系統群の類縁性を支持しているようです。なお,統計検定も行われていますが, こちらからは明確な結論は得られていません。

最後に著者らは,今回複数遺伝子系統解析に含めなかった EF2 の系統解析に触れています。 EF2 単独の解析ではハプト藻,クリプト藻,カタブレファリス類,紅藻,緑色植物が強く支持される単系統群を形成し, 固有の 2 アミノ酸配列を共有するそうです。この系統群を "Plastidophila" と呼ぶことも提唱されていましたが, この結果が EF2 だけでしか見られないため,著者らは EF2 の水平遺伝子移動があったと推測しています。

          -------緑色植物
   --------------|
   |       -------紅藻
   |↑↓水平遺伝子移動?
------|       -------ハプト藻
   |   -------|
   ---?--|   -------カタブレファリス類
       |
       --------------クリプト藻

色素体を持たないテロネマ類やカタブレファリス類がそれぞれストラメノパイル類とハプト藻の姉妹群だとすると, やはりアルベオラータ類とオクロ藻類(ストラメノパイル類), あるいはクリプト藻とハプト藻の二次共生は独立に起こったと考える方が自然に見えます。 カタブレファリス類やテロネマ類に痕跡的な色素体がないのかどうか,改めて検証する必要もあるでしょうが, アルベオラータ類,オクロ藻類,ハプト藻,クリプト藻の二次共生色素体を単一起源と考えるのは難しくなりつつあります。

Reeb, V. C. et al. Interrelationships of chromalveolates within a broadly sampled tree of photosynthetic protists. Mol. Phylogenet. Evol. 53, 202-211 (2009).

過去の関連記事:
クリプト藻が藻類になる前続報はてな? 共生藻が増えないぞ?調べてみれば謎の原生動物続報続報 2ハテナの詳細と正式名称クリプト藻とハプト藻は生き別れの姉妹か色素体の名残 III続報二次共生藻の起源と進化を求めて 1, その他,上記記事中の関連記事を参照。

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二次共生藻の起源と進化を求めて 1(2009.09.15)

ストラメノパイル類は不等毛藻類(オクロ植物門)と様々な無色の微生物を含んだ大系統群ですが, この群の祖先が光合成生物だったのか,元々は無色の原生動物を祖先に持ち, 不等毛藻類の祖先だけで二次共生色素体の獲得が起こったのかは明らかにされていません。 そこで Riisberg et al. (2009) はこの問題の解決に向けて,7 遺伝子を用いた系統解析を行い, 無色のストラメノパイル類と不等毛藻類の系統関係に迫りました。

ストラメノパイル類は祖先的に 2 本の鞭毛を持ち,そのうち 1 本が三部構成の管状小毛を持っていたと考えられており (鞭毛に生える毛の正体はII), 紅藻由来の二次共生色素体を持つ不等毛藻類の他,無色で色素体を持たないとされる卵菌類, サカゲツボカビ類などの偽菌類や Developayella(合わせて広義の偽菌類:Pseudofungi), そして幾つかの原生動物の系統(ラビリンチュラ類,ビコソエカ類,オパリナ類;合わせてビギラ類:Bigyra) が知られています。二次共生色素体の獲得や喪失の位置や回数を推察するためには, 無色ストラメノパイル類と不等毛藻類の系統関係が重要な意味を持ちますが,未だに解けていません。 (網の目を行くアメーバの進化)。 そこで著者らは rDNA 2 遺伝子,(不等毛藻類のみ)色素体の rbcL,そして核の 4 遺伝子を解析に用いました。

著者らは何種類かの遺伝子の組み合わせで系統解析を行っていますが,基本的にはよく似た結果が出ています。 不等毛藻類の単系統性は強く支持され,不等毛藻類と偽菌類の近縁性も強く支持されました。 偽菌類も単系統群をなすようですが,やや支持率は低くなりました。 ラビリンチュラ類とビコソエカ類,オパリナ類ともされる Blastocystis については, ストラメノパイル類のより基部で分かれたという以上のことはわかりませんでした(側系統?)。

       --------------オクロ植物門(不等毛藻類)
       |
   -------|   -------卵菌類        |
   |   |   |              |
   |   -------|------Developayella     |偽菌類
   |       |              |
   |       -------サカゲツボカビ類   |
------|
   |--------------------ラビリンチュラ類         |
   |                           |
   |--------------------Blastocystis(オパリナ類?)   |ビギラ類
   |                           |
   ---------------------ビコソエカ類           |

さらに rbcL も加えた 7 遺伝子で不等毛藻類内部の系統が調べられました。 その結果,幾つかの綱の間の関係が解けていますが,ペラゴ藻綱,ディクティオカ藻綱, 珪藻類からなる単系統群が示唆された点が注目されます。 系統樹の支持率が低いため今後の検証が必要ですが,これらの藻類は鞭毛装置が単純化している点や, ビオラキサンチンを欠き,クロロフィル C3 を持つなどの共通点があるそうで, 合わせてカキスタ亜門(Khakista;元々は珪藻綱とボリド藻綱が含まれた;Cavalier-Smith, 2000) にまとめることが提案されました。興味深いことに多くのディクティオカ藻綱と珪藻類は珪酸質の殻を持っており, 再定義されたカキスタ亜門の祖先は珪酸質の殻を持ったいた可能性が考えられます。

          --------------褐藻綱          |
          |                    |
       -------|   -------黄緑色藻綱        |
       |   -------|                |
       |       -------フェオタムニオン藻綱   |
       |                       |
       |--------------------真正眼点藻綱       |フェイスタ亜門(Phaeista)
   -------|                       |
   |   |--------------------ラフィド藻綱       |
   |   |                       |
   |   |--------------------黄金色藻綱        |
------|   |                       |
   |   ---------------------ピングイオ藻綱      |
   |
   |           -------ペラゴ藻綱       |
   |       -------|               |
   ------?------|   -------ディクティオカ藻綱   |カキスタ亜門(Khakista)
          |                   |
          --------------珪藻綱         |

残念ながら今回の解析でも無色のストラメノパイル類の系統関係は解決せず, 系統群や遺伝子をさらに追加した解析が必要そうです。ストラメノパイル類が祖先的に色素体を持っていたとすると, ビギラ類が単系統であれば,偽菌類の祖先と合わせて 2 回の色素体喪失で説明できますが, ビギラ類が他のストラメノパイル類に側系統的に配置されるのであれば,4 回程度の色素体喪失が起こったことになります。 さらにこの場合,不等毛藻類以外の光合成生物の系統が全て絶滅した,あるいは見つかっていないことになり, やや仮定に無理が出てきます。一方で不等毛藻類と他の二次共生藻の色素体を独立起源と考えるのが自然かと言えば, これも議論の分かれるところです。今後は系統樹からの推論だけでなく,二次共生色素体の構造や分子機構の比較など, 二次共生現象に直接関わる証拠の探索も重視されるでしょう。

Riisberg, I. et al. Seven gene phylogeny of heterokonts. Protist 160, 191-204 (2009).

Cavalier-Smith, T. & Chao, E. E.-Y. Phylogeny and megasystematics of phagotrophic heterokonts (kingdom Chromista). J. Mol. Evol. 62, 388-420 (2006).

過去の関連記事:
卵菌類のゲノムに潜む藻類の影鞭毛に生える毛の正体はII渦鞭毛藻三次共生起源説網の目を行くアメーバの進化珪藻のゲノムに潜む緑藻の影

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続報:新綱シンクロマ藻綱と不思議な色素体(2009.07.23)

2007 年,特徴的な色素体を持った新綱としてシンクロマ藻綱が記載されました (新綱シンクロマ藻綱と不思議な色素体)。しかし当時の系統解析では 2006 年に新綱記載されたピコファグス綱(Picophagea)の生物が含まれていませんでした。 Patil et al. (2009) はこれらの 18S rRNA 配列を加えて系統解析を行い, シンクロマ藻綱との類縁性について指摘しています。

シンクロマ藻綱はアメーバ状の藻類である Synchroma grande ただ 1 種のみを含み, 2 つの色素体が 4 枚の包膜のうち外側の 2 枚を共有していることが特徴とされました。 系統解析からは黄金色藻綱との類縁性が示唆されましたが, 同じく黄金色藻綱と近縁なピコファグス綱との比較がされていませんでした。 ピコファグス綱には捕食性のピコファグス目(Picophagus flagellatus のみを含む) と光合成捕食栄養性のクラミドミクサ目(Chlamydomyxa labyrinthuloidesC. montana の 2 種を含む)の 2 目が含まれており,18S rRNA の系統樹を元に新綱としてまとめられました (Cavalier-Smith & Chao, 2006)。そこで著者らは S. grandeP. flagellatusC. labyrinthuloides と他のオクロ藻類の配列を含んだ系統解析を行いました。

系統解析の結果,問題の 3 種は黄金色藻綱と近縁であることが強い支持率で示され, S. grandeC. labyrinthuloides が互いに近縁で,P. flagellatus よりも黄金色藻綱に近縁となりました(ただし P. flgellatus の系統的位置は支持率が低い。 またほぼ同様の系統樹はアウレアレナ藻綱の研究で出版されていた; 黄色藻の新綱は変わり者)。

       --------------黄金色藻綱
       |
   ---?--|   -------クラミドミクサ目
   |   -------|
------|       -------シンクロマ目
   |
   ---------------------ピコファグス目

この系統樹はシンクロマ藻綱とピコファグス綱の分類が系統と対応していないことを示しています。 おそらくクラミドミクサ目はシンクロマ藻綱にまとめられるべきでしょう。著者らによれば, シンクロマ藻綱の特徴とされた色素体包膜の特徴はクラミドミクサ目の 2 種にも知られていたそうです。 またシンクロマ藻綱もピコファグス綱も,黄金色藻綱で知られている珪質化した休眠胞子(stomatocyst) を形成しないことが特徴とされていました。つまり 2 綱を区別する明確な形質はなく, むしろ捕食性のピコファグス目と光合成捕食栄養性のクラミドミクサ目,シンクロマ目に区別する方が自然でしょう。

今回の系統樹を見ると,クラミドミクサ目やピコファグス目との比較なしにシンクロマ藻綱を設立したのは 早計だったと言わざるを得ません。著者らは今後,複数遺伝子の解析やさらなる近縁種との比較が 2 綱の分類学的見直しに必要としています。一応,シンクロマ藻綱の記載と C. labyrinthuloides の研究(Wenderoth et al., 1999)を参照すると, 後者にはピレノイドがなく,色素体にガードルラメラがある点などで S. grande とは区別されるようでした。 これらを踏まえると,当面はピコファグス目をピコファグス綱に, シンクロマ目とクラミドミクサ目をシンクロマ藻綱に分類しておくのが妥当なのではないでしょうか。

Patil, V., Bråte, J., Shalchian-Tabrizi, K. & Jakobsen, K. S. Revisiting the phylogenetic position of Synchroma grande. J. Eukaryot. Microbiol. 56, 394-396 (2009).

Cavalier-Smith, T. & Chao, E. E.-Y. Phylogeny and megasystematics of phagotrophic heterokonts (kingdom Chromista). J. Mol. Evol. 62, 388-420 (2006).

Wenderoth, K. et al. The taxonomic position of Chlamydomyxa labyrinthuloides. 34, 97-108 (1999).

過去の関連記事:
新綱シンクロマ藻綱と不思議な色素体黄色藻の新綱は変わり者

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珪藻のゲノムに潜む緑藻の影(2009.07.17)

珪藻類は紅藻類の細胞内共生に由来する二次共生色素体を持っています。 細胞内共生が成立する過程では,一般に共生藻の遺伝子が宿主の核に移行する事が知られており, 珪藻の核ゲノムにも紅藻由来の遺伝子が多数存在していると予想されていました。 ところが Moustafa et al. (2009) は珪藻の核ゲノムには紅藻由来の遺伝子よりも緑藻由来の遺伝子の方が多く, その起源が今では失われた緑藻由来の色素体ではないかと予想しています。

珪藻類はストラメノパイル類のオクロ植物門に分類され,紅藻由来とされる色素体を持ちます。 著者らは珪藻の核ゲノムに含まれる共生藻由来の遺伝子を特定するため, ゲノムが公開されている 2 種の珪藻(ThalassiosiraPhaeodactylum)について, 核ゲノムにコードされるタンパク質の系統解析を個別に行い,それぞれの進化的起源を推定しました。

珪藻の核ゲノムには共生藻から移動した紅藻由来の遺伝子が多数含まれると予想されていました。 実際に一次共生藻類に由来するタンパク質がそれぞれ 2423 個と 2533 個推定されましたが, 驚くべき事にその内の 7 割以上(タンパク質全体の約 16%)が紅藻類ではなく緑色植物に近縁だったのです。 さらに緑色植物近縁タンパク質の 36-41% はプラシノ藻類(ゲノムが調べられているマミエラ目)に特に近縁で, プラシノ藻類からまとめて移動した可能性が示唆されました。 もしこれらの遺伝子が個別の水平遺伝子移動によって獲得されたのであれば, 起源はそれぞれ異なると予想されるため,著者らはプラシノ藻類の二次共生と, 細胞内共生遺伝子移動によって緑色植物近縁タンパク質が獲得された可能性を指摘しています。

次に著者らはこれらの遺伝子が珪藻に限ったものなのかどうかを,他のクロモアルベオラータ類 (ストラメノパイル類とハプト藻類,クリプト藻類,アルベオラータ類)とも比較しました。 その結果,緑色植物近縁タンパク質の 85% は他のストラメノパイル類(ペラゴ藻類と卵菌類)にも見つかり, 46-63 個のタンパク質が非光合成性のアピコンプレックス類や繊毛虫類(いずれもアルベオラータ類)に, 400 以上(2 割強)のタンパク質がハプト藻類に確認されました。

これらの結果を受け,著者らはプラシノ藻類の二次共生がクロモアルベオラータ類の共通祖先で起こり, 間もなく失われた考えています。確かにストラメノパイル類に共通する緑色植物近縁タンパク質は多く, 緑色植物からの遺伝子移動が珪藻と卵菌類の共通祖先に遡ることは推定できます (ただし著者らは卵菌類と珪藻に共通するタンパク質数は示していない)。 しかしアルベオラータ類やハプト藻類と共通する緑色植物近縁タンパク質の数は一段と少なく, 必ずしも祖先から受け継がれたようには思えません。独立の水平遺伝子移動かもしれませんし, ハプト藻の場合は色素体がオクロ藻類の三次共生起源なのかもしれません。

ストラメノパイル類などの祖先がプラシノ藻類由来の二次共生色素体を持っていたとの説も, にわかには受け入れがたいものがあります。もちろんあり得ない話ではありませんが, そのような構造はこれまで発見されていません。また,一次共生植物がそもそも単系統ではなく, ストラメノパイル類とアルベオラータ類の宿主が紅藻類よりも緑色植物に近縁である可能性も近年議論されています (続報:巨大な植物界 など)。解析そのものの問題点も指摘されており(Dagan & Martin, 2009),例えば紅藻類がゲノムサイズが小さい Cyanidioscyzon merolae 1 種しか検討されていないため, 緑色植物近縁タンパク質が相対的に多く見えているのかもしれません。 今後,紅藻類のゲノム情報の追加や,珪藻以外のゲノムについて同様の研究が進めば, これらの仮説の検証ができると期待したいところです。

Moustafa, A. et al. Genomic footprints of crptic plastid endosymbiosis in diatoms. Science 324, 1724-1726 (2009).

Dagan, T. & Martin, W. Seeing green and red in diatom genomes. Science 324, 1651-1652 (2009).

過去の関連記事:
巨大な植物界続報色素体の名残 III続報どこから来たのか? 原生動物の植物型遺伝子, その他,上記記事中の関連記事を参照。

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始生代のシアノバクテリアの吐息(2009.07.15)(→古生物学)


ピコ藻類ゲノムの比較で何がわかる?(2009.07.09)

ピコ真核生物(picoeukaryotes;≦2µm)はその隠れた多様性や生物量の多さから, 生態系に与える影響が注目されています。既に Ostreococcus(マミエラ目)2 株のゲノムが解読され, 特性の理解が進んでいますが,Worden et al. (2009) は同じマミエラ目のピコ真核生物 Micromonas 2 株のゲノムをまとめて報告・比較しています。

不動性の Ostreococcus とは異なり,Micromonas は鞭毛を持って運動します。 また世界中に広く分布し,各地で優占している光合成生物と考えられていました。 著者らはその中で太平洋の赤道域(熱帯)で採集された RCC299 株と温帯の沿岸域(英仏海峡)で採集された CCMP1545 株のゲノムを解読しました。両者は単一の種(M. pusilla)に分類されていますが, 生態的にも系統的にも大きく離れており,実際には種レベルで異なる生物と見られます。

ゲノム解読により,RCC299 株には 10,056,CCMP1545 株には 10,575 の遺伝子が認められましたが, 両者の間では 90% の遺伝子しか共通していなかったそうです。また Ostreococcus でも知られていた GC 含量の低い領域(異彩を放つピコ藻類のゲノム続報) も Micromonas から報告され,両種でタンパク質の並びなどが大きく異なっていたそうです。

さて,著者らは Ostreococcus のゲノム(約 1260-1320 万塩基対)と Micromonas のゲノム (約 2090-2190 万塩基対)がどちらも小型化しているものの,遺伝子組成に着目すれば Micromonas の方がより祖先的な状態を維持しているとしています。また栄養素の輸送に関わるタンパク質などが比較され, Micromonas の 2 株の間で生育環境を反映した違いがあったそうです。この他, 転位因子やイントロン配列,RNAi の機構なども比較されていて,やはり 2 株で差が認められました。

今回の論文には特筆すべき発見は見あたりませんが, 近縁な藻類種でゲノム比較が積み重なっていく意味は大きいでしょう。 本種についてはこれから生理・生態学的な比較が進展すると期待したいところです。 また緑色植物の初期進化の研究としては,MicromonasOstreococcus はプラシノ藻類の中でも同じマミエラ目に属するため,他の系統のゲノム解読が期待されます。 ピラミモナス目やネフロセルミス目,メソスティグマ目なども系統的には重要であり, 早期のゲノム解読が必要でしょう。

Worden, A. Z. et al. Green evolution and dynamic adaptations revealed by genomes of the marine picoeukaryotes Micromonas. Science 324, 268-272 (2009).

過去の関連記事:
異彩を放つピコ藻類のゲノム続報

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二次共生で逆行したヌクレオチド代謝(2009.06.26)

一次共生植物においてヌクレオチドの合成の大部分は色素体で行われます。 ところが珪藻の場合は二次共生色素体にヌクレオチドの合成系がなく, 逆に細胞質からヌクレオチドを取り込んでいると見られていました。 Ast et al. (2009) はゲノム情報から予想されたヌクレオチド輸送体の幾つかについて, 特定のヌクレオチドの輸送能を持ち,色素体の膜上に局在することを示しています。

ヌクレオチドは核酸の原料として必須の物質で,一次共生植物では色素体に合成を依存しています。 ところが Thalassiosira pseudonana という中心珪藻のゲノムが解読されると, ピリミジンヌクレオチドの合成が色素体ではなく細胞質で行われ, 色素体に輸送されているている可能性が示唆されました。 そこで著者らはゲノム情報からヌクレオチド輸送体を推定し,その特性を調べました。

珪藻の核コードのタンパク質が色素体に輸送されるためには,タンパク質の N 末にシグナルペプチドと色素体輸送ペプチドが必要です。しかし著者らが改めて T. pseudonana や 羽状珪藻 Phaeodactylum tricornutum のゲノムを検討した結果, プリン・ピリミジンヌクレオチドの合成に関与するタンパク質のほとんどが細胞質(一部ミトコンドリア) に局在し,色素体には輸送されないことが示されました。 さらに著者らは,珪藻類のゲノム中に多数のヌクレオチド輸送体(NTT)遺伝子を認めました (T. pseudonana から 8 個,P. tricornutum から 6 個)。 なお NTT は,一次共生植物で光合成の停止した夜間に ADP と交換で ATP を取り込む役割を持つそうです。

著者らは珪藻の NTT の具体的な機能を探るため,2 種の各 NTT1 と NTT2 遺伝子を大腸菌に組み込み, ヌクレオチドの取り込みを調べました。その結果,NTT1 はアデノシンの全般 (AMP,ADP,ATP,dATP)の取り込みが可能で,NTT2 は全ての塩基のヌクレオチド三リン酸を含む, 幅広いヌクレオチドの取り込みが可能でした。また一次共生植物の NTT は ATP と ADP を交換しますが, NTT1 にはこの交換能力がなく,NTT2 に交換能力が認められました。 実は系統的には NTT1 が一次共生植物の NTT と近縁なので,これはやや不思議な結果です (NTT2 は細胞内共生細菌と近縁?)。一方で原核生物の NTT で知られていたプロトン濃度勾配要求性が, NTT1 にあって NTT2 にないことが確認されました。

次に,NTT が本当に色素体で働いているのかが問題になります。GTP を繋いだ NTT の観察から, NTT1 が色素体(珪藻では 4 重膜)のストロマ(または最内層の膜)に,NTT2 が色素体の外包膜 (一番外側で,小胞体と相同)に局在することが示唆されました。ただし著者らは NTT2 において, GTP の付加がタンパク質の輸送を妨げており,実際には包膜の最内層に位置している可能性を考えています。

これらを下に著者らは,色素体の内包膜で NTT1 がプロトン濃度勾配(存在はまだ立証されていない) を利用してアデノシンを取り込み,NTT2 がこれと交換する形で他のヌクレオチドを取り込んでいると考えました。 他の包膜の通過には様々な機構が考えられますが,今回調べられていない NTT もその候補となっています。

珪藻を含む不等毛藻の従属栄養性の祖先は細胞質にヌクレオチドの合成系を維持していたと思われます。 そこへ紅藻由来の二次共生が起こり,NTT の多様化により色素体へのヌクレオチドの取り込みが成立し, 色素体のヌクレオチド合成系が失われたと考えられます。NTT の多様化が紅藻由来の NTT の重複によって起こったのか,細胞内共生菌からの水平移動なのかは定かではありませんが, 今回の研究で,二次共生に伴う顕著な代謝の変化が起こったことが見えてきました。 他の代謝経路でも局在変化が起こった可能性があり,珪藻や他の二次共生藻での研究も期待されます。 あるいはここから二次共生の回数も解明されるかもしれません。

Ast, M. et al. Diatom plastids depend on nucleotide import from the cytosol. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 106, 3621-3626 (2009).

過去の関連記事:
ガラス職人のゲノム

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第 2 の色素体の浅くない歴史(2009.06.22)

植物とは独立にシアノバクテリアを一次共生した生物として Paulinella chromatophora の研究を繰り返し紹介してきましたが,P. chromatophora とされている生物の色素胞が単一の起源を持つのか, それとも Paulinella が繰り返しシアノバクテリアを捕食し, 共生体を獲得しているのかはよくわかっていませんでした。Yoon et al. (2009) は P. chromatophora のドイツ産株と日本産株を比較し,両者の色素体が単一の一次共生に由来することを示しました。

Paulinella 属は糸状偽足を持つ有殻アメーバの一群で,従属栄養性の 3 種(P. ovalisP. intermediaP. indentata)と光合成性の P. chromatophora を含みます。 植物における一次共生が 10 億年以上前の出来事であるのに対して, Paulinella における一次共生は数千万年程度と見られており,一次共生のモデルとして注目されています。 しかしこれまでの研究は P. chromatophora のドイツ産株 M0880/a を中心に行われてきたため, 一次共生の過程で起こった変化を調べるために他の株や種との比較研究が望まれていました。 そこで著者らは新たに得られた日本産の培養株(FK01)について,微細構造と分子系統を調べました。

まず P. chromatophora の原記載と M0880/a 株,FK01 株の殻の形態が比較された結果, M0880/a 株の形態は基本的に原記載と一致していたのに対して,FK01 株は明らかに小型で,鱗片の数や配置, 表面の構造などでも違いが認められました。両者の違いは別種にも相当するものと考えられます。

次に著者らは核と色素胞の遺伝子で系統解析を行いました。核 18S rDNA の系統樹では M0880/a 株と FK01 株が互いに姉妹群となり,海産の環境配列(従属栄養性の Paulinella ?)と近縁になりました。 さらに両者はリザリア類のアメーバ鞭毛虫門の中に含まれました。一方で色素胞の 16S + 23S rDNA 配列の比較でも, M0880/a 株と FK01 株は互いに姉妹群となり,SynechoccoccusProchloron などを含んだシアノバクテリアの一群に含まれました。これにより,Paulinella の色素胞が単一起源であることが支持されました。また核のアクチン遺伝子や色素胞の ftsZ 遺伝子の解析からも同じ樹形が支持され,2 株の違いが別種レベルの違いであることも示されました (種分類の見直しは別途進行中とのこと)。

さて,ドイツ産と日本産の Paulinella が別種だとすると,地理的な種分化が思い浮かびます。 しかし著者らはこの他にも日本の 4 箇所から Paulinella を単離し(培養はしていない), 色素胞の 16S rDNA 配列のみ決定しました。すると日本国内の Paulinella にも M0880/a 株に近いものと FK01 株に近いものが存在し,少なくとも M0880/a 株の系統が世界中に分布している可能性が示唆されました。

この研究により,光合成性 Paulinella が単一の一次共生に由来し, 世界中に広まるほどの期間を経ても色素胞が安定して維持されてきたことが明らかとなりました。 著者らは一次共生の過程で起こったゲノムの変化(色素胞遺伝子の欠落や核への移動; 第 2 の色素体になる過程)に関心を寄せていて, M0880/a 株と FK01 株を用いた研究を進めているそうです。M0880/a 株の色素胞ゲノムは 2005 年に出版されていますが(続報 3:もう一つの葉緑体), 著者らは核ゲノムの解読も進めており,また FK01 株の色素胞ゲノムも解読したそうです。 これらの情報が出版されれば,Paulinella を通じて一次共生の理解も進むことでしょう。

なお,著者らは光合成性の種しか研究できていませんが,一次共生前後の変化を調べるためには, 従属栄養性の Paulinella の培養研究も必要でしょう。もし Paulinella chromatophora の核ゲノムが解読されるのであれば,従属栄養性の Paulinella の核ゲノムとの比較まで進めて欲しいものです。

Yoon, H. S. et al. A single origin of the photosynthetic organelle in different Paulinella lineages. BMC Evol. Biol. 9, 98 (2009).

過去の関連記事:
もう一つの葉緑体続報続報 2続報 3続報 4続報 5第 2 の色素体になる過程

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第 2 の色素体になる過程(2009.05.29)

Paulinella chromatophora は他の植物とは独立にシアノバクテリアを細胞内共生, 維持している原生生物で,その共生体(色素胞)がオルガネラと見なせるまで進化しているかどうかが議論されています。 Nakayama & Ishida (2009) は,P. chromatophora の光合成関連遺伝子 psaE が, 色素胞から核ゲノムに移行していることを発見し,色素胞と細胞質の統合がかなり進んでいることを示しています。

P. chromatophora の色素胞は細胞質と同調的に分裂し,色素胞のゲノムもシアノバクテリアの 1/3 ほどに小型化しています。ミトコンドリアや色素体においても細胞質との分裂の同調やゲノムの小型化は知られており, 本種の色素胞も同様の「オルガネラ化」の過程を辿っているように見えます。 しかしミトコンドリアや色素体の場合には,細胞質で合成されたタンパク質を輸送する機構が知られています。 ミトコンドリアや色素体に輸送されるタンパク質の遺伝子の一部は元々共生細菌の遺伝子で, 過去に核ゲノムへの遺伝子移動が起こったものと考えられていますが,P. chromatophora においてはこれまで色素胞から核への遺伝子移動の証拠は見つかっていませんでした。

そこで著者らは日本産の新規 P. chromatophora 株(FK01)の cDNA ライブラリを作成し, psaE 遺伝子の配列を発見しました。この遺伝子はシアノバクテリアの光化学系 I のタンパク質の一つで, 報告されている色素胞のゲノム(M0880/a 株)にも,未発表の FK01 株の色素胞ゲノムにも存在しないそうです。 PsaE タンパク質は厳密には光合成に必須ではないそうですが,進化的に広く保存されていることから, 重要なタンパク質であると推測されています。

psaE 遺伝子の mRNA とゲノム配列の比較から,この遺伝子にはポリ A 尾部とその付加シグナル, そして 2 つのスプライソソーム型イントロンの存在が認められ,この遺伝子は核ゲノムにコードされていると見られます。 遺伝子中には色素胞と近縁なシアノバクテリアと共通の挿入配列もあり, psaE 遺伝子が色素胞から核に移動したことが強く示唆されました。

そうなると興味深いのは PsaE タンパク質の局在です。普通に考えるとこの遺伝子は色素胞で機能しているはずです。 しかし psaE 遺伝子を調べた限り,色素体などへのタンパク質輸送に関わる輸送ペプチドは見つからなかったそうで, 他の植物の色素体と同様の方法でタンパク質が色素胞に輸送されているわけではないようです。 著者らは mRNA 自体が色素胞に移行している可能性も検討していますが,翻訳に関連したアミノ酸配列の検討から, このタンパク質が色素胞ではなく,細胞質で翻訳されていると見ています。

P. chromatophora の色素胞は共生体とオルガネラの境目にいるような生物であって, オルガネラの起源研究において今後,ますます注目されていくと見られます。 今回,色素胞の成立過程で遺伝子の核への移行が起こったことが示唆されたことを踏まえると, 本種の色素胞は最も原始的な共生オルガネラと見なせます。 これから先の研究においては,psaE 遺伝子以外の核移行遺伝子の発見や, PsaE タンパク質の色素胞への輸送の実証と,その機構の解明など様々な課題があるでしょう。

Nakayama, T. & Ishida, K. Another acquisition of a primary photosynthetic organelle is underway in Paulinella chromatophora. Curr. Biol. 19, R284-R285 (2009).

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もう一つの葉緑体続報続報 2続報 3続報 4続報 5

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身近な田沼の新属藻類(2009.04.13)

系統樹から貫くヤリミドリ属の形態差では,これまで単一のヤリミドリ属 (Chlorogonium)にまとめられてきた一見よく似た紡錘形の鞭毛性緑藻類が, 実は互いに系統的にも微細構造的にも異なる 3 属に分割されることを示しました。 Nakada & Nozaki (2009) では,同じく紡錘形の緑藻類を新たに 2 種分離培養することに成功し, また異なる 2 新属(TabrisHamakko)に分類しています。(本論文は筆者が共同執筆したものです)

微細藻類の分類は,古典的には細胞の形を中心に行われてきました。生物の外形で属を整理するのはわかりやすいのですが, 分子系統からは形態が収斂または退化したと思われる場合が多数見つかってきています。 一方で微細藻類の分類では細胞内の微細構造の違いが着目され, 旧来のヤリミドリ属も葉緑体の微細構造などに基づいてヤリミドリ属(Chlorogonium),新属グングニール属 (Gungnir),新属ルサルカ属(Rusalka)の 3 属に分割されました。 しかし 20-30 種のヤリミドリ属のうち培養株の現存する 6 種しか分子系統が調べられておらず, 全く異なる細胞構造を持つ多くの種類が未研究のままとなっています。そこで著者らは新たに紡錘形の緑藻類の分離培養し, 詳細な研究を進めました。

著者らは静岡県磐田市の桶ヶ谷沼から Chlorogonium heimii を,神奈川県横浜市の水田から新種の藻類を, それぞれ分離しました(下図)。特に前者は培地が有機物に富んでいないと培養できず, そのため培養株が確立されなかったと思われました。

Tabris heimii(写真,イラスト左)と Hamakko caudatus(右)。 スケールは 5 µm

18S rRNA,rbcL,psaB 遺伝子を用いた系統解析の結果,磐田産の Cg. heimii と 横浜産の新種はヤリミドリ属,グングニール属,ルサルカ属など,外見的に似ている既知のどの属とも離れていて, また互いにも離れていることが示されました。

Chlorogonium heimii は浸透圧調整に働く収縮胞を前端に 2 個持ち, RUBISCO 酵素の塊であるピレノイド構造を持ちません。このような特徴は培養株の手に入るヤリミドリ属,グングニール属, ルサルカ属のいずれにも知られておらず,系統的にも異なっていることは納得できます。 横浜産の新種藻類は,狭義のヤリミドリ属のフタツメヤリミドリ(Cg. elongatum)とよく似ており (新種はやや小型で,先端に細胞壁の突起がある点で異なる),系統樹の上で両者が離れていたのは驚きでした。 ところが電子顕微鏡による微細構造の研究では,眼点やピレノイドの構造が両者で全く異なっており, 似ても似つかないことが示されました。

著者らは系統の違いや細胞の内部構造の違いを重視して,今回培養された 2 種を新属とすることを提唱しています。 "Chlorogonium" heimiiCharaciosiphon などの付着性の藻類と近縁でした。 これらは Characiosiphonia 系統群として最近まとめられましたが (オオヒゲマワリの配列全部解析),本種はこの系統群としては初めての(おそらく祖先的な) 自由遊走性の種類となります。そこで属名としてユダヤ教の「自由意志」を司る天使(またはデーモン,ゲニウス) の名前である Tabris(タブリス属)が選ばれました(ゴドウィン, 2004; 石川ほか, 2007)。 従って磐田産の種は Tabris heimii になります。もう一方は「横浜生まれ」と言うことで新属 Hamakko (ハマッコ属。「ハマっ子」)の新種 Hamakko caudatus(尻尾を持ったハマっ子)と名付けられました。

細胞の外形がよく似た藻類が系統的に分離したことは,適応進化の影響を受けやすい外形が 収斂進化や退化を繰り返して来たことを示唆しています。 逆に細胞の内部構造は適応進化には影響されにくいのかも知れません。 旧来のヤリミドリ属にはさらに異なる細胞構造を持つ未培養の種が残されており,これらの研究も望まれます。 最終的に細胞の内部構造を基準にヤリミドリ属や近縁生物の分類が整理されれば(古典的な属が細分化されれば), 細胞の外形や内部構造の進化がどのように進行したのか見えてくるかも知れません。

Nakada, T. & Nozaki, H. Taxonomic study of two new genera of fusiform green flagellates, Tabris gen. nov. and Hamakko gen. nov. (Volvocales, Chlorophyceae). J. Phycol. 45, 482-492 (2009).

ゴドウィン, M. 天使の世界 (青土社, 東京, 2004).

石川裕人ほか 編 第 17 使徒タブリス. エヴァンゲリオン・クロニクル 13, 1-4 (2007).

過去の関連記事:
系統樹から貫くヤリミドリ属の形態差オオヒゲマワリの配列全部解析

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ミドリムシの緑の源(2009.03.02)

プラシノ藻類は緑色植物類(Viridiplantae)の祖先的な側系統群として知られており, また二次共生藻であるユーグレナ藻類やクロララクニオ藻類の色素体の起源とも考えられています。 これまでプラシノ藻類の各系統群や二次共生色素体の間の系統関係はほとんど解けていませんでしたが, Turmel et al. (2009) は 3 種のプラシノ藻類の色素体ゲノム配列を新たに決定し, プラシノ藻類の系統関係の一部とユーグレナ藻類の起源を明らかにしました。

プラシノ藻類は古典的には細胞表面が鱗片に覆われた鞭毛藻類とされ,現在では鱗片や鞭毛を欠くものも含まれています。 これまで主に rRNA 遺伝子を用いて系統解析が行われており,しばしば I〜VII までの系統群に分けられています (I: ピラミモナス目,II: マミエラ目,III: ネフロセルミス目,iV: クロロデンドロン目,V: Pycnococcaceae, VI: プラシノコックス目 Prasinococcales,VII: Picocystis など)。 しかしこれらの系統群の間の系統関係については一部を除いて未だに明らかにされていません。 そこで著者らは色素体ゲノムに着目し,Ostreococcus(系統 II)や Nephroselmis(系統 III)に加えて, 新たに Pyramimonas parkeae(系統 I),Pycnococcus provasolii(系統 V)および Monomastix (系統不明)の 3 種のプラシノ藻類の色素体ゲノム配列を解読しました。 なお著者らは Monomastix の 18S rDNA 配列を解読し,本属がマミエラ目の基部で分岐したことを示しています。

色素体ゲノムのサイズや構造は種によってそれぞれ異なっていました。特に色素体ゲノムに広く知られている逆位反復配列 (IR: inverted repeats)は NephroselmisPyramimonasOstreococcus には存在する一方, PycnococcusMonomastix では失われていました。ゲノム上の遺伝子の配置も種によって異なりますが, 一部の配列は系統間で保存されていました。特に PyramimonasEuglena に固有の遺伝子配列を持った 8 個のブロックが指摘され,両者の進化的な類縁性が示唆されました。

さらに著者らは色素体の 70 タンパク質または遺伝子の結合系統解析を行っています。この系統樹では緑藻綱, アオサ藻綱,トレボウクシア藻綱とクロララクニオ藻類の色素体が単系統となりました。 既に psbO 遺伝子の系統樹からクロララクニオ藻類の色素体とクロロデンドロン目の近縁性が指摘されており (緑藻色素体のスピンオフ),今回の結果はこの見解とも矛盾しません。 一方でユーグレナ藻類の色素体は系統樹上でもピラミモナス目の姉妹群となり,遺伝子配列の証拠と一致しました。 両者はさらにマミエラ目とも姉妹群となり,謎の多かったプラシノ藻類の間の系統関係にも光が見えてきました。

          -------緑藻綱
          |
          |------アオサ藻綱
   --------------|
   |       |------クロララクニオ藻類の色素体
   |       |
   |       -------トレボウクシア藻綱
   |
   |--------------------系統群 V(Pycnococcus
------|
   |   --------------マミエラ目
   |   |
   |------|   -------ピラミモナス目
   |   -------|
   |       -------ユーグレナ藻類の色素体
   |
   ---------------------ネフロセルミス目

著者らは色素体ゲノムの進化にも関心を示しており,得られた系統樹上で遺伝子組成の変化を考察しています。 遺伝子の欠失は複数の系統で並行的に起こっており,特にユーグレナ藻類の二次共生色素体で 多数の遺伝子の欠失が起こっていました。

今回,色素体ゲノムの構造や多数の遺伝子の系統解析を利用することで, ユーグレナ藻類の系統的位置が初めて絞り込まれました。psbO 遺伝子の証拠からはユーグレナ藻類の色素体が, より祖先的なプラシノ藻類である可能性も議論されていましたが(緑藻色素体のスピンオフ), 今回の証拠の方がより明確であり,おそらく psbO 遺伝子では進化速度の変化が大きく, 正しい系統的位置が解けなかったのでしょう。プラシノ藻類の系統関係にはまだ謎が多く, 系統群 IV,VI,VII については色素体ゲノムが未解読です。また他の系統群についても色素体ゲノムが解読されたのは ごく一部の種のみで,今後はより多数の系統,種を含んだ色素体ゲノムの解析に期待が集まるでしょう。 特にピラミモナス目とクロロデンドロン目についてはそれぞれユーグレナ藻類とクロララクニオ藻類の起源に関係して, より詳細な系統解析が望まれます。

Turmel, M., Gagnon, M.-C., O'Kelly, C. J., Otis, C. & Lemieux, C. The Chloroplast genome of the green algae Pyramimonas, Monomastix, and Pycnococcus shed new light on the evolutionary history of prasinophytes and the origin of the secondary chloroplasts of euglenids. Mol. Biol. Evol. 26, 631-648 (2009).

過去の関連記事:
謎の藻類メソスティグマの安住の地 IIIIIIIV緑藻色素体のスピンオフ

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小さな小さな新属藻類(2009.02.12)

クロララクニオ藻類は緑色の二次共生藻で,アメーバ状の細胞を持つ種が多いことも特徴です。 クロララクニオ藻綱にはこれまで 6 属 10 種が記載されてきましたが,Ota et al. (2009) は Roscoff Culture Collection(RCC)に保存されているピコ/ナノプランクトンの中に新属新種のクロララクニオ藻類, Partenskyella glossopodia が含まれていたことを報告しています。

海洋の微生物相において特に小型サイズのプランクトンの生態的重要性が指摘されています。 一般に 2-20µm の大きさのものをナノプランクトン,0.2-2µm のものをピコプランクトンと呼びますが, 特に 5µm 以下の藻類は光学顕微鏡を用いた観察が難しく,研究が遅れています。 クロララクニオ藻類にもピコプランクトンやこれに準じる大きさの藻類が含まれていることが知られていましたが, これまでに正式記載されたものはありませんでした。そこで著者らは地中海から分離培養され, RCC で保存されていた未同定の小型クロララクニオ藻類の研究を進め,その実体の解明に取りかかりました。

Partenskyella glossopodia と名付けられた RCC365 株は細胞が 2-4µm と小型で, 通常は単純な無壁の球状細胞として観察されます。生活史の中ではアメーバ状の細胞や鞭毛細胞, 細胞壁を有するシストの状態をとることも確認されています。細胞分裂は無壁の球状細胞やアメーバ状細胞で起こり, これらが栄養細胞であると考えられました。そして本種の最大の特徴は, 他の全てのクロララクニオ藻類で知られていたピレノイド(色素体内部にある Rubisco タンパク質の塊) を持たないことです。

著者らの系統解析では PartenskyellaChlorarachnionBigelowiellaNorrisiella の 3 属を含む系統群に含まれましたが,いずれの属とも近縁ではないようです。 このことは Partenskyella が既知のクロララクニオ藻類の中で最小であること, ピレノイドを持たないことと併せて,これを新属として扱う十分な根拠と言えるでしょう。

しかし外洋のピコプランクトンの遺伝子配列を調べた研究から, まだまだ未知のクロララクニオ藻類が存在する可能性が指摘されているそうです。 ピレノイドはクロララクニオ藻類の既知の属の分類において重要な識別形質とされていたため, 今後もピレノイドを持たないピコプランクトン性のクロララクニオ藻類が発見された場合, 形態的に識別が困難なものも出てくるかも知れません。分類学者は苦労するかも知れませんが, 海洋生態系の理解には必要な研究となってくることでしょう。

Ota, S., Vaulot, D., Le Gall, F., Yabuki, A. & Ishida, K. Partenskyella glossopodia gen. et sp. nov., the first report of a chlorarachniophyte that lacks a pyrenoid. Protist 160, 137-150 (2009).

過去の関連記事:
分裂しながら離れ離れになるクロララクニオン藻緑藻色素体のスピンオフ

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網の目を行くアメーバの進化(2009.01.30)(→進化・分類学)


発芽の様子がオオヒゲマワリの分類を助ける?(2009.01.23)

Pleodorina starrii は群体性オオヒゲマワリ目の 1 種で,2006 年に記載されました (ヒゲマワリは収斂進化のタマモノ)。Nozaki (2008) は本種の接合子の発芽を観察し, 本種の属する系統に固有の発芽様式が存在する可能性を指摘しています。

群体性のオオヒゲマワリ目は主に群体の形態と細胞数,生殖細胞の配置などに基づいて約 10 属に分類されています。 ところが分子系統解析からはタマヒゲマワリ属(Eudorina)やヒゲマワリ属(Pleodorina), オオヒゲマワリ属(Volvox)などが多系統であることが示され,分類の見直しが必要になっています。 そのためには分子系統で互いに離れた系統群を形態的にも区別する必要がありました。

著者は有性生殖の研究の過程で P. starrii の接合子を作成し(ヒゲマワリの男の紋章), その発芽を観察しました。接合子は初めに外壁が裂け,透明な小体(減数分裂でできる極体?)を形成します。 しばしば続けて横分裂を行い,2 つの鞭毛細胞として発芽します。過去に発芽が観察されていた Pleodorina japonica では 1 細胞が発芽する点で異なっているそうです。

群体性オオヒゲマワリ全体でも,発芽が知られているほとんどに種で単一の細胞が発芽することが知られていました。 ただ,Eudorina illinoisensisE. elegans var. synoica の 2 種では接合子から 2 細胞が発芽するとされています。この 2 種は P. starrii とも系統的に近縁で,P. japonica はむしろ系統的には P. starrii などとは離れています。

著者は発芽時の細胞数が系統群を特徴づける形態として分類に活用できる可能性を議論しています。 P. starrii などに近縁な主として他にも P. indicaVolvox gigas などが存在し, これらの発芽様式も調べる必要があるとしています。残念ながら接合子の発芽には発芽条件の検討も必要ですし, 何より雌雄異株の種では雌雄の新鮮な培養株を用いて有性生殖を誘導する必要があります (古い培養株ではしばしば有性生殖を行わなくなる)。従って発芽様式を分類に取り入れるには手間がかかりそうですが, 系統を適切に反映した分類を確立するためには発芽の研究も重要になってくることでしょう。

Nozaki, H. Zygote germination in Pleodorina starrii (Volvocaceae, Chlorophyta). Biologia 63, 778-780 (2008).

過去の関連記事:
日本にはどんな藻類がいるのかヒゲマワリは収斂進化のタマモノヒゲマワリの男の紋章続報続報 2タマヒゲマワリの「ようなもの」の同定と分類オオヒゲマワリと北国の夜

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続報 5:もう一つの葉緑体(2008.12.10)

緑藻,紅藻,灰色藻とは独立に一次共生色素体を獲得した Paulinella chromatophora という殻を持ったアメーバ状の原生動物が知られています。本サイトでも度々紹介してきましたが (もう一つの葉緑体続報続報 2続報 3続報 4),本種の研究が日本語の論文で紹介されていました (中山 および 石田, 2008)。

著者らは P. chromatophora がどのように興味を集め,研究されてきたのかについて P. chromatophora の写真なども付けて紹介しています。本種はシアノバクテリア様の細胞内共生体を保持していることで知られています。 宿主も共生体も単独では生活できず,細胞分裂の時にも共生体の正確な分配が起こることから, 宿主と共生体はかなり密接な関係にあると考えられており,その程度やメカニズムに迫る研究が進んでいます。 また著者らによれば生活環なども十分に理解されていないそうで,基本的な研究の重要性も指摘されています。 確かに仮に本種が有性生殖を行っているとすれば,接合や減数分裂の際の共生体の挙動も興味が持たれます。

この論文では新しい知見が紹介されているわけではありませんが, Paulinella について知るには良い資料かと思います。 原生動物学雑誌 = Jpn. J. Protozool. は 2001 年度の第 34 巻から無料で公開されていますので,どなたでも参照できます。 ちなみにこの記事のタイトルと論文タイトルが似ているのは偶然です。念のため。

中山卓朗 および 石田健一郎 もう一つの一次共生?: Paulinella chromatophora とそのシアネレ. Jpn. J. Protozool. 41, 27-31 (2008).

過去の関連記事:
もう一つの葉緑体続報続報 2続報 3続報 4

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色素体を盗むにはまず遺伝子から(2008.11.28)

ある種の真核生物は捕食した真核藻類の色素体を細胞内に取り込んで, 自らの色素体として長期間維持することが知られています(盗葉緑体現象:kleptoplastidy)。 Rumpho et al. (2008) は盗葉緑体を持つゴクラクミドリガイ属の一種(Elysia chlorotica) が餌から水平移動した遺伝子を発現して盗葉緑体を維持している可能性を報告しています。

E. chlorotica は卵の時には色素体を有していません。しかし成長の過程で餌から盗葉緑体を獲得し, 生涯にわたって(少なくとも 5 ヶ月以上)維持することが知られています。実験条件下ではフシナシミドロの一種 (Vaucheria litorea;黄緑藻綱に分類される糸状の二次共生藻)から盗葉緑体を得ています。 問題は E. chlorotica が如何にして盗葉緑体を維持しているかです。 一般に色素体は色素体ゲノムにコードされている遺伝子だけでは維持できません。 そこで著者らは色素体の維持に必要な遺伝子が藻類からウミウシに水平移動している可能性を検証しました。 今回調べられたのは光化学系のタンパク質をコードする psbO 遺伝子です。 これは光合成の機能には必須で比較的損傷しやすいため,宿主から供給されていると予想されました。

まず著者らは V. litorea の色素体ゲノムを決定し,psbO 遺伝子がないことを確認しました。 さらに V. litoreaE. chloroticapsbO の cDNA 全長配列を決定し, 両者を比較しました。タンパク質のコード領域については両者は完全に一致し, psbO 遺伝子が藻類からウミウシに水平移動したことを支持しています。 色素体ターゲット配列も同一であり,二次共生藻に典型的な三部構成になっていたそうです (盗葉緑体では最外層の色素体包膜である葉緑体 ER が欠失しているようなので, 三部構成が維持されていることは興味深い)。

一方で 3' 側の非翻訳領域では両者の配列は著しく異なっており, 単に V. litorea の色素体ゲノムがそのまま宿主に維持されているわけではなく, ウミウシのゲノム中に組み込まれていることを示唆しています。psbO 遺伝子が移行した場所としては, 核ゲノムとミトコンドリアゲノムが主に考えられますが,著者らは E. chlorotica のミトコンドリアゲノムも決定,psbO 遺伝子がなかったことを確認し, 消去法で核ゲノムへの水平遺伝子移動を示唆しています。

今回の研究では盗葉緑体の成立には宿主への遺伝子移動が大きな役割を果たしたことが強く示唆されました。 藻類遺伝子が宿主の核ゲノムに移行したとの仮説は,より直接的な方法(核ゲノムの決定や染色体の蛍光ラベルなど) で示される必要がありますが,大変興味深い仮説には違いありません。 特に宿主から盗葉緑体へどのようにタンパク質が運ばれているのか, タンパク質輸送の仕組みはどこから来たのかは是非明らかにして欲しい問題でしょう。

盗葉緑体の進化仮説は色素体の起源についても定説とは異なる可能性を提示しています。 色素体の起源においては,まず藻類(シアノバクテリアか真核藻類)が宿主と細胞内共生の関係になり, 次いで多数の遺伝子が宿主の核ゲノムに移行して細胞内小器官へと進化したものと考えられてきました。 しかし色素体の起源においても E. chlorotica の場合と同様に宿主への水平遺伝子移動が先行し, これが宿主と細胞内共生藻の関係を密接なものとして,細胞内小器官への進化の土台になった可能性はあります。 盗葉緑体現象はあくまで特定の生物に見られる変わった現象としか思っていませんでしたが, 細胞内共生の進化の一つのモデルとして,今後はもう少し注目してみたいところです。

Rumpho, M. E. et al. Horizontal gene transfer of the algal nuclear gene psbO to the photosynthetic sea slug Elysia chlorotica. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 105, 17867-17871 (2008).

過去の関連記事:
葉緑体泥棒の渦鞭毛藻食べた藻類は核まで利用

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オオヒゲマワリと北国の夜(2008.11.17)

オオヒゲマワリ属(Volvox)には,細胞の成長を介さない連続的な細胞分裂(palintomy) によって娘群体を形成する種が多数いるそうです。その一方で完全な palintomy を行わない種も含まれています。 オオヒゲマワリ属の細胞分裂を研究している Desnitskiy (2008) は, palintomy の短縮が北方の短日環境への進出と関連しているとする大胆な仮説を提唱しています。

著者らはこれまでの研究から,オオヒゲマワリ属の幾つかの種(V. carteriV. gigas など) カタマリヒゲマワリ属(Pandorina),タマヒゲマワリ属(Eudorina),ヒゲマワリ属(Pleodorina) などは明期(昼間)に成長し,夕方から夜にかけて palintomy を行うことを明らかにしてきました。 例えば V. carteri f. nagariensis の場合では,16/8 時間(明期/暗期)の条件下で, 明期の 9-12 時間目から分裂を初め,細胞周期(分裂の間隔は)1 時間程度になるそうです。

ここで著者らが着目したのは palintomy が短縮された種の存在です。V. aureusV. globator 等の種では分裂の間隔が長くなり,分裂が明期に限定されています(暗期にはいると分裂が止まる)。 さらに一部の種では分裂を行う gonidia も比較的小型となっているそうです。 著者はこのような palintomy の短縮が短日環境への適応であると推測しました。

一部の分子系統から,オオヒゲマワリ科(Volvocaceae)は 5000 万年ほど前(新生代始新世) に近縁な単細胞藻類から分かれたと推定されています。当時の気候は現在よりも暖かかったと考えられており, 少なくとも気温の点では淡水藻類の増殖が高緯度地域の晩秋〜冬期にすら可能であったと見られています。 ところが V. carteri f. nagariensis は 8 時間の明期では分裂が開始できなくなるそうで, 本種が高緯度地域で冬期に増殖するのは難しかったようです。一方で V. aureusV. tertius などでは明期が 8 時間でも増殖できることが実験的に示されたそうです(娘群体の形成速度は半分程度になる)。

著者らはこれまでの研究でオオヒゲマワリ属の分布も調べており,北緯 50-57 度の高緯度地域には palintomy が短縮した V. aureusV. globatorV. tertius のみを認めています。 これらの 3 種はそれぞれ系統的に離れていることから,palintomy の短縮による高緯度地域への進出は オオヒゲマワリ属で複数回起こったとされています。著者らの見解ではこれは 600〜1000 万年前(始新世から中新世) にかけて起こったとのことです。

しかし通常の palintomy を行う種についても,夏期には高緯度地域で増殖できるはずで, 本当に palintomy だけが多くの種が原因で高緯度地域に進出できないのかどうかは不思議です。 特に現在での気象条件では,オオヒゲマワリ属が高緯度地域の冬期に増殖することは難しいことから, 短日条件が分布を決定しているとは考えにくいでしょう。もちろん現在の分布には過去の分布の影響もあるでしょうが, 淡水藻類の多くは耐性を持った接合子の飛散によって容易に分布を拡大できると考えられていることから, 100 万年以上前の分布を現在も引きずっていると考えるのも無理があります。 とは言えオオヒゲマワリ属の分布と発生様式を結び付けるのは中々興味深い考え方です。 淡水藻類の分布についてはほとんどわかっていないのが現状ですので, 今後は藻類の生育における日長の重要性も念頭に置いて分布の形成を考えることも必要かも知れません。

Desnitskiy, A. G. On the problem of ecological evolution in Volvox. Russ. J. Dev. Biol. 39, 122-124 (2008).

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緑藻の化石は幾億年遡る?(2008.11.10)(→古生物学)


黄色藻の新綱は変わり者(2008.11.05)

二次共生藻を代表する仲間はストラメノパイル類のオクロ植物門(黄色藻類)の仲間でしょう。 この群の多様性は未だに十分明らかになっているとは言えず,近年も綱の階級での新規生物が次々と発見されています (新綱シンクロマ藻綱と不思議な色素体)。Kai et al. (2008) もオクロ植物門に属する, 細胞壁の中で鞭毛を生やす単細胞藻類を記載し,これを新綱アウレアレナ藻綱(Aurearenophyceae)に含めています。

著者らは愛知県と和歌山県の 3 箇所の砂浜から新規の藻類を発見しました。これらの藻類は同一種とされ, 新種 Aurearena cruciata と名付けられました。この藻類は細胞壁を持った不動性の状態と, 遊走性の無壁の状態をとります。細胞壁を持った状態で最も目を引くのが,細胞壁と細胞膜の隙間に鞭毛を持つことです。 ただし不動性細胞はやがて細胞壁を脱ぎ捨てて鞭毛細胞になりますので,その準備と見られます。 細胞分裂はこの無壁の鞭毛細胞の状態で起こり,娘細胞は間もなく細胞壁を持った不動細胞に戻ります。

微細構造にも幾つか特徴があり,特に 2 つの色素体が単一の外包膜(外側の葉緑体 ER)を共有していることは, 二次共生藻の中でも固有の特徴だそうです。色素体の外側の外包膜は二次共生の宿主の食胞膜に由来し, 残りは共生藻の細胞膜と色素体膜に由来すると考えられていますから,Aurearena では宿主細胞側の分裂装置と 共生藻側の分裂装置が独立していることが示唆されます。ただし後述する系統的位置から考えると, 祖先形質を維持しているわけではなく,分裂の同調が二次的に失われたものと思われます。

シンクロマ藻綱(と Rhizochromulina;ディクティオカ藻綱) においても複数の色素体が外包膜を共有することが知られていますが,この場合,共有されているのは 2 枚の外包膜で, この点で Aurearena とは異なっています。こちらの場合, 共生藻の細胞膜と色素体膜の分裂の同調が失われいると見られます。 Aurearena とシンクロマ藻綱などの色素体の様子からは,オクロ植物門において色素体の分裂装置が, 外側の外包膜(宿主食胞膜)− 内側の外包膜(共生藻細胞膜)− 2 枚の内包膜(共生藻の色素体膜)の 3 つに区別され,互いにあまり密接に連結していないものと思われます。

アウレアレナ藻綱とシンクロマ藻綱および Rhizochromulina の色素体膜の構造

18S rDNA と rbcL 遺伝子の系統解析からは,この藻類がフェオタムニオン藻綱 (Tetrasporopsis とプレウロクロリデラ目を除く)の姉妹群であることが示されました。 2 遺伝子の結合系統解析からこれらはより大きな PX 系統群(褐藻綱:Phaeophyceae と黄緑藻綱:Xanthophyceae の他,シゾクラディア藻綱,クリソメラ藻綱も含んだ系統群。Cavalier-Smith & Chao, 2006 による Fucistia 上綱) にまとめらることが強く支持されました。PX 系統群が明確に支持されたのはおそらく始めてとのことで, 部分的ながら内部の系統関係も示されています。

       -------Tetrasporopsis
   -------|
   |   -------クリソメラ藻綱
   |
   |-------------黄緑藻綱
   |
------|   -------フェオタムニオン藻綱
   |------|
   |   -------アウレアレナ藻綱
   |
   |   -------シゾクラディア藻綱
   -------|
       -------褐藻綱

ここで Aurearena を姉妹群となったフェオタムニオン藻綱に含めるか独立綱とするかが問題になりますが, 色素組成(クロロフィル c を欠き,光防護に関わる violaxanthin cycle と diadinoxanothin cycle の両方の色素を持つ)や生息域(フェオタムニオン藻綱は淡水性),色素体の微細構造,鞭毛および鞭毛装置の構造など, いくつもの重要な形質で Aurearena はフェオタムニオン藻綱と区別されたため, 著者らは Aurearena を新綱新目新科(Aurearenophyceae,Aurearenales,Aurearenaceae)に分類しました。

オクロ植物門の中でも単細胞性や糸状性など小型の種類の多様性はまだまだ理解にはほど遠く, 今後も新綱や新目の記載は続くでしょう。 しかし現在オクロ植物門の綱の数はやや多すぎる嫌いがあり(Kai et al., 2008 では 16 綱), 将来的にはより少数の綱にまとることが望ましいように思われます。 オクロ植物門の大規模な見直しのためには,多遺伝子系統解析などに基づく正確な系統関係の理解と, 現在の綱をまとめ上げるための形質を明らかにしていく必要があるでしょう。

Kai, A., Yoshii, Y., Nakayama, T. & Inouye, I. Aurearenophyceae classis nova, a new class of Heterokontophyta based on a new marine unicellular alga Aurearena cruciata gen. et sp. nov. inhabiting sandy beaches. Protist 159, 435-457 (2008).

Cavalier-Smith, T. & Chao, E. E.-Y. Phylogeny and megasystematics of phagotrophic heterokonts (kingdom Chromista). J. Mol. Evol. 62, 388-420 (2006).

過去の関連記事:
新綱シンクロマ藻綱と不思議な色素体

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赤雪の首謀者は何種類?(2008.10.30)

雪解けの季節,雪の一部が赤色や緑色に染まる彩雪という現象が知られていますが, これは氷雪藻と総称される一群の藻類の増殖によって引き起こされます(萌え雪)。 氷雪藻の中でも Chloromonas nivalis と呼ばれる緑藻は日本を含む世界各地から報告されており, Muramoto et al. (2008) は本邦産の試料について形態などの再検討を行いました。

Chloromonas nivalis は単細胞の緑藻類で,赤雪中ではしばしば楕円体の接合子として観察されます。 本種の特徴として楕円体の長軸方向に沿って板状の隆起が認められることが挙げられます。 著者らは山形県の月山の雪解け時(6 月半ば)に赤雪中から Chloromonas nivalis の試料を採集しました。 氷雪藻は培養が困難なことから,著者らは純粋培養には成功しておらず,雪中で維持した試料を研究に用いました。

ところが Cr. nivalis と同定される個体の走査電子顕微鏡(SEM)観察から, 接合子壁の縦の隆起が長軸にほぼ真っ直ぐ沿っているものと,らせん状に配置しているものの 2 型が認められました。 しかも単離した Cr. nivalis の複数の細胞から葉緑体 rbcL 遺伝子の部分配列を直接増幅,解読したところ, こちらも全く異なる 2 配列が氷雪性 Chloromonas の系統群の中に認められました。

細胞形態の 2 型と遺伝型の 2 型がそれぞれ対応する別種に当たるのかどうかは確認できなかったそうですが, 実際に Cr. nivalis とされる生物に複数種の生物が含まれていることは確かなようです。 rbcL 部分配列のうち一方は北米産の Cr. nivalis の配列とやや近縁で,合わせて真の Cr. nivalis の可能性があります。もう一方についても rbcL 配列が知られていない既知の氷雪性 Chloromonas の未知の接合子である可能性も考えられますが,接合子の発芽か培養株の確立に成功するまでは完全な立証にはなりません。

特殊な生態や特徴的な接合子を形成する藻類の場合,生活史の別々の部分に基づいて種が記載されることがあります。 Chloromonas の場合には通常遊走性の栄養細胞に基づいて分類がなされてきたため, 接合子に基づいて記載された種,あるいは接合子しか知られていない様な種の分類を整理するためには注意が必要になります。 今回の研究はこれまでの Cr. nivalis の報告が複数の種の接合子に基づいていて, 自然な種の記録となっていない可能性を指摘しています。今後,培養株や遺伝子配列の比較に基づいて Cr. nivalis と総称される生物の実体に迫る研究が望まれるでしょう。

Muramoto, K., Kato, S., Shitara, T., Hara, Y. & Nozaki, H. Morphological and genetic variation in the cosmopolitan snow alga Chloromonas nivalis (Volvocales, Chlorophyta) from Japanese mountainous area. Cytologia 73, 91-96 (2008).

過去の関連記事:
氷雪性クラミドモナス萌え雪氷雪性 4 鞭毛藻の起源

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続報 2:ヒゲマワリの男の紋章(2008.10.27)

昨年,群体性ヒゲマワリ目の 1 種 Pleodorina starrii において性特異的遺伝子の PlestMID が報告され,雌雄性の起源に迫る研究が大きく進展しました (ヒゲマワリの男の紋章続報)。この研究を発表した論文は 日本植物形態学会において 2007 年度の平瀬賞を受賞し,これに伴い同学会の学会誌に "OTOKOGI" 遺伝子の発見に到るまでの研究の経緯をまとめた論文が掲載されました(野崎, 2008)。

著者は 1970 年代から 1990 年代にかけて群体性オオヒゲマワリ目の詳細な形態観察,特に有性生殖の観察から, オオヒゲマワリ目(ボルボックス目:Volvocales)における群体性と有性生殖の進化に迫りました。 群体性オオヒゲマワリ目に近縁な Chlamydomonas reinhardtii は同型配偶(同じ大きさの配偶子の接合) を行うことが知られています。ただし接合突起と呼ばれる構造の有無で接合型が分かれており,厳密には 2 種類の接合型があるとも言えます。群体性オオヒゲマワリ目はこのような片方向的接合突起の同型配偶を行う藻類 (Tetrabaena など)を祖先として進化したと考えられました。さらに著者はこのような仲間から, 両方の接合型が接合突起を持つ藻類(ヒラタヒゲマワリ属 GoniumYamagishiella など)が進化し, さらに異型配偶(大小差がある配偶子の接合;タマヒゲマワリ属 Eudorina,ヒゲマワリ属 Pleodorina)が, そして卵生殖(大型の不動性配偶子と小型の遊走性配偶子による接合;オオヒゲマワリ属 Volvox) が群体の細胞数の増加に伴って順に進化したとする説を唱えました(下図)。 著者らはこの仮説を裏付けるために全く別の手法,すなわち分子系統解析による進化関係の解明を進め, 最終的に 6,000 塩基以上の葉緑体遺伝子配列の系統解析から上記の仮説を基本的に裏付けるに到りました。

群体性オオヒゲマワリ目の接合様式の進化

しかし著者はこれに満足しませんでした。Cd. reinhardtii においては遺伝学的研究から接合型(≒性別) を決定する遺伝子が明らかにされていました(マイナス型の性を決定する MID 遺伝子)。 そこで著者はこの遺伝子に着目してオオヒゲマワリ目における性特異的遺伝子(希望的には性決定遺伝子) の研究を始めます。この研究の材料の探索過程でタマヒゲマワリ属の新種 Pleodorina starrii の記載を経て (ヒゲマワリは収斂進化のタマモノ),本種より MID 遺伝子を単離することに成功します (ヒゲマワリの男の紋章)。この発見により, 進化の中で雌雄が分化する遺伝的背景を研究することが現実的になりました。 その後,両性の配偶子が接合突起を持つヒラタヒゲマワリ(Gonium pectorale)においても MID 遺伝子と, その周辺の性染色体領域が決定され(OTOKOGI の系譜を辿る), 群体性オオヒゲマワリ目の有性生殖の起源と進化は着実に明らかになりつつあります。

進化にまつわる研究は現在では様々な手法で取りかかることができるため,多くの研究者が携わっています。 一方で,ある進化的事象を深く理解するためには様々な手法を用いなければならないために大変な困難も伴います。 野崎 (2008) で紹介されているのは,まさにそのような多角的研究でした。

なお余談ですが,P. starrii のオス特異的遺伝子は原論文では PlestMID と呼ばれていました。 "OTOKOGI" という遺伝子名(これは語意に従えば雌雄が分化した藻類の MID ホモログに用いられる) 東京大学大学院理学系研究科の プレスリリースで用いられ,一部の報道でも紹介されましたが,今回の論文でも遺伝子名として用いられています。

野崎久義 はじめて明らかになった雌雄の起源: 群体性ボルボックス目のオス特異的遺伝子 "OTOKOGI". Plant Morphol. 19, 55-64 (2008).

過去の関連記事:
ヒゲマワリは収斂進化のタマモノヒゲマワリの男の紋章続報OTOKOGI の系譜を辿る

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タマヒゲマワリの「ようなもの」の同定と分類(2008.10.14)

タマヒゲマワリ属(Eudorina)は群体性のオオヒゲマリ目の代表です。 Eudorina unicocca はその 1 種ですが,本種の同定には従来有性生殖の観察が必要で, 有性生殖が不明な場合には種同定が困難でした。Yamada et al. (2008) は E. unicocca 様の藻類の形態を検討し,本種が 2 種に分割されること,本属と Yamagishiella 属が栄養細胞の形態でも区別されること等を示しました。

タマヒゲマワリ属の群体は楕円形で通常 32 細胞からなり,水田や池などでも時々見られます。 この属は Yamagishiella 属との区別が難しく,有性生殖が同型配偶(Yamagishiella) か異型配偶(タマヒゲマワリ属)かが識別形質とされていました。特に Yamagishiella の唯一の種, Yamagishiella unicocca は細胞当たり 1 個のピレノイドを持ち,同じく細胞にピレノイドを 1 個持つ Eudorina unicocca と栄養細胞で区別できませんでした。ところが E. unicocca 「のような」 藻類には有性生殖を行わなわず,無性的に不動胞子形成を行う株が知られており,これらは形態的な同定が不可能でした。 著者らは新たに神奈川県の津久井湖や相模湖で採集された不動胞子形成を行う株の検討を通じて, Eudorina unicocca の種分類に迫っています。

新規株の栄養細胞は E. unicoccaY. unicocca と同様の形態をしていましたが, 著者らはさらに幾つかの形態に着目しました。まず,群体中の個々の細胞を仕切る個体鞘が, 今回の新規株でもメチレンブルー染色で観察できることがわかりました。この形質は最近,ヒゲマワリ属 (Pleodorina)の種の識別にも用いられています(ヒゲマワリは収斂進化のタマモノ)。 次に浸透圧調整に関わる収縮胞が鞭毛の付け根に 2 個あるのに加え, 複数の収縮胞が細胞表層に散在していることも指摘されました。 これらの形質はこれまであまり重視されてこなかったため,他の株についても比較する価値がありました。

まず収縮胞の個数ですが,E. unicocca の既存の株を含むタマヒゲマワリ属の他の株では, 著者が調べた範囲で全て同様の散在する収縮胞が認められました。 一方で,観察された Yamagishiella の 5 株では全て収縮胞が鞭毛の付け根の 2 つのみでした。 これは栄養細胞でタマヒゲマワリ属と Yamagishiella を区別する初めての形質であり, 今回の新規株が E. unicocca であることを強く示唆しています。

次に個体鞘からは E. unicocca に 2 つの型があることがわかりました。 個体鞘がメチレンブルーで染色されるものと個体鞘がメチレンブルーで染色されないものは, 過去の研究で生殖隔離が示されていた株に相当し,rbcL 遺伝子の系統でも,ITS 配列の系統でも, 2 つの型が互いに独立の系統(ただし互いに姉妹群関係)に分かれていました。 このことは E. unicocca が実は 2 種に分けられることを示唆しており, 著者らは個体鞘が染色される型を E. unicocca とし,染色されない型をこれまで変種 E. unicocca var. peripheralis とされていたものと考え,独立種 E. peripheralis に格上げしました。

Eudorina unicocca と類似種の区別

今回の不動胞子形成する新規株は,新しい識別形質に着目すれば E. unicocca に該当し, 遺伝的にもこの同定が支持されていました。これまで E. unicocca のような藻類は, 自然界の試料では有性生殖が観察されない限り事実上同定ができませんでしたが, 今回栄養細胞における形態が整理されたことで,今後は容易に種の区別がつくようになりました。 環境調査や種の多様性の研究などにおいては培養に頼らない種同定が行われることが多いため, 栄養細胞のみで種同定が可能になったことはタマヒゲマワリ属の研究において大きな進歩であると言えます。 タマヒゲマワリ属にはもう 1 種,タイプ種のタマヒゲマワリ(E. elegans)の種分類に問題があり (多系統性が示されている),こちらの種についても形態差の見直しが求められています。

Yamada, T. K., Miyaji, K. & Nozaki, H. A taxonomic study of Eudorina unicocca (Volvocaceae, Chlorophyceae) and related species, based on morphology and molecular phylogeny. Eur. J. Phycol. 43, 317-326 (2008).

過去の関連記事:
日本にはどんな藻類がいるのかヒゲマワリは収斂進化のタマモノヒゲマワリの男の紋章続報OTOKOGI の系譜を辿る

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氷雪性 4 鞭毛藻の起源(2008.09.16)

氷雪藻はその名の通り雪の中で増殖する独特の生態を持った藻類ですが, 雪の多い山岳地域を中心に分布し,常温では増殖・培養できないことから研究が最も困難な藻類の一つでした。 Novis et al. (2008) はこれまで詳細な研究のなかった Chlainomonas 2 種について研究を進め, 本種の微細構造と系統的位置について報告しています。

氷雪藻は様々な藻類に見つかっていますが,オオヒゲマワリ目(緑藻綱)の中では Chloromonas clade (≒Chloromonadiniaオオヒゲマワリの配列全部解析)に属するコナミドリムシ属 (Chlamydomonas)や Chloromonas の一部で研究が進められてきました (氷雪性クラミドモナス萌え雪)。コナミドリムシ属や Chloromonas が 2 鞭毛性なのに対して,4 鞭毛性のオオヒゲマワリ目氷雪藻として Chlainomonas が報告されていますが,これまで 4 鞭毛性オオヒゲマワリ目藻類のほとんどは Chloromonadinia とは別の, より原始的な系統に位置すると考えられていました(Nozaki et al., 2003)。そこで Chlainomonas の起源が 4 鞭毛性の通常の藻類なのか,2 鞭毛性の氷雪藻なのかを明らかにするため,著者らは Chlainomonas の鞭毛の微細構造や系統的位置を調べました。

著者らは Chlainomonas koliiC. rubra の 2 種をニュージーランドとアメリカの 様々な地点から収集しました。なお,C. kolliiC. rubra は網目状の細胞外被の有無で区別されます。 さて,まず Chlainomonas の鞭毛の微細構造ですが,4 本の鞭毛の基部は 2 本ずつの組に分かれていたそうです。 各組の基底小体は時計回りの,典型的なオオヒゲマワリ目の配置を示しました (緑藻綱の進化の順序)。しかし 2 組の基底小体の間には何の連結も見つからず, この点で他の 4 鞭毛性オオヒゲマワリ目の鞭毛基部の作りと明らかに異なっていました。

系統解析からも他の 4 鞭毛藻類との類縁は否定されました。rbcL 遺伝子の解析では Chlainomonas の全ての試料は単系統群を形成し,Chloromonadinia の中の氷雪藻の系統に含まれました。 すなわち Chlainomonas は 2 鞭毛性の氷雪藻に由来したと考えられます。 2 鞭毛性から 4 鞭毛性への進化はオオヒゲマワリ目の中で少なくとももう 1 例知られており(Polytomella解体する Polytomella のミトコンドリアゲノム),収斂進化と言えるでしょう。

著者らは 2 組の基底小体が互いに連結していないことから,Chlainomonas は 2 鞭毛性の配偶子が接合してできた生物ではないか,と議論しています。しかし Chlainomonas がそもそも 4 鞭毛性の生物ではなく,2 鞭毛性の生物の接合子の可能性もあります。 一応,著者らは 2 鞭毛性の個体が観察されなかったことと,分裂の観察例を挙げて,その可能性に否定的ですが, 著者らの想定していない時期(季節や時刻)に 2 鞭毛性の配偶子が存在している可能性もありますし, 著者らの報告した細胞分裂の様式(原形質の突起から細胞壁の外へ急激に原形質が流れ出す)は Chlainomonas 以外には例がなく,本当に細胞分裂なのか疑わしいものがあります。著者ら自身が言及しているように, 細胞が潰れて原形質が流出する様子と似ている上,流れ出た「娘」原形質のその後の発達も認められていないため, その現象を細胞分裂と呼ぶには証拠が不十分でしょう。

ともあれ近年,何人かの熱心な研究者らによって氷雪藻の研究にも進展が見られています。 今後の可能性としては,夏期の土壌などから低温で氷雪藻を分離・培養するなどの方法が考えられるでしょう。 Chlainomonas についても培養株が確立され,生活史が明らかになれば 2 鞭毛性の細胞の有無も解決しますし, 近縁な Chloromonas との比較も容易になるでしょう。

Novis, P. M., Hoham, R. W., Beer, T. and Dawson, M. Two snow species of the quadriflagellate green alga Chlainomonas (Chlorophyta, Volvocales): Ultrastructure and phylogenetic position within the Chloromonas clade. J. Phycol. 44, 1001-1012 (2008).

過去の関連記事:
氷雪性クラミドモナス萌え雪緑藻綱の進化の順序オオヒゲマワリの配列全部解析

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一次共生植物にしかない遺伝子(2008.09.10)(→進化・分類学)


ゴムノキに棲むクロレラ(2008.08.27)

クロレラのような単細胞の球形藻類は,その単純な形態から分類が難しく, どこにでもいるにもかかわらず研究の遅れている藻類の一群です。最近にも, ゴムノキから得られたクロレラ様の微細藻類が新属新種の藻類,Heveochlorella hainangensis, として記載されました(Zhang et al., 2008)。

藻類が他の生物としばしば共生関係を作ることはこれまでにも知られていました。 地衣類(菌類と微細藻類が作る共生体)はその代表的な例であり,この他にも原生生物, 動物など様々な生物との共生関係が知られています。著者らは植物,特に有用植物であるパラゴムノキ (Hevea brasiliensis)の共生藻類に着目し,これを分離・培養しました。

著者らが用いたのは中国海南省海口近郊で栽培されているパラゴムノキです。 この樹木は天然ゴムの原料としてマレーシア,タイ,インドネシア,中国などの熱帯域で広く栽培されているそうです。 著者らはその内部に棲む藻類を培養するため,一旦表面を殺菌した枝や茎から藻類を分離しています。 そしてクロレラ様の藻類が 1-3% の植物体から得られました(樹皮と木部の間に生息すると見られるが, 細胞内なのか細胞外なのかは不明)。

この藻類は約 4-9 µm の球形の細胞を持ち,通常 1 個の杯状の葉緑体を含んでいました。 2-8 個の自生胞子形成により増殖し,広義の Chlorella 属に該当しました。 電子顕微鏡を用いた微細構造の観察では,複数の小型のピレノイドが見つかり(光学顕微鏡写真ではほとんど見えない), 本種の特徴の一つになっています(近縁種ではピレノイドは 1 個のみ)。 また,ピレノイドに管状のチラコイド膜が多方向から陥入していることも固有の特徴とのことです。

分子系統は核の 18S rDNA と葉緑体の 16S rDNA が調べられており,イントロンや挿入配列などについても比較, 議論されています。系統的には H. hainangensis は真の Chlorella 属と同じトレボウクシア藻綱に属し, 特に "Chlorella" luteoviridis(真の Chlorella とは別の系統)に近縁でした。 なお,"C." luteoviridis も管状のチラコイド膜がピレノイドに陥入しているそうです。

過去に藻類がゴムの原料となる乳液を固化させることがあると知られていたそうで, 著者らも共生藻が天然ゴムの生産や質,あるいはパラゴムノキの成長に及ぼす影響などに関心があったようですが, 共生藻が見つかる樹が少なかったためか,特に共生関係に関する知見は得られていません。 また,今回調べられたのはパラゴムノキ 1 種のみで,果たして Heveochlorella がその名の通り パラゴムノキにのみ共生しているのか,あるいは様々な樹木に広く共生しているのかも定かではありません。 同時に中国で分離された Heveochlorella が,原産地のブラジルから引き継がれてきた共生藻なのか, あるいは中国で他の樹木から移ってきたのかも明らかではなく, 今後幅広い樹木で共生藻の比較が行われる必要がありそうです。

Zhang, J., Huss, V. A. R., Sun, X., Chang, K. & Pang, D. Morphology and phylogenetic position of a trebouxiophycean green alga (Chlorophyta) growing on the rubber tree, Hevea brasiliensis, with the description of a new genus and species. Eur. J. Phycol. 43, 185-193 (2008).

過去の関連記事:
敵だワムシだ変身だ

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続報:色素体の名残 II(2008.08.22)

色素体の名残 IIでは, 繊毛虫のゲノム中に色素体関連遺伝子との研究を紹介しましたが,同じ誌上で簡単な紹介記事が掲載されました (Archibald, 2008)。

やはり注目されるのはクロモアルベオラータ仮説との関係です。アルベオラータ類の主要な二次共生色素体と, クロミスタ類(ストラメノパイル類,クリプト藻類,ハプト藻類)の二次共生色素体が全て単一起源だとするこの仮説は, 渦鞭毛藻類やアピコンプレックス類の痕跡的な色素体を状況証拠として支持され, さらに痕跡的な色素体すら失った(見つかっていない)Cryptosporidium(アピコンプレックス類) や卵菌類から藻類起源と思われる遺伝子が見つかったことにより補強されてきました。 繊毛虫類における藻類様遺伝子の発見も「クロモアルベオラータ仮説の支持者には心躍る」状況証拠となるわけです。

しかし著者はこれらの遺伝子が必ずしも色素体の痕跡ではなく,水平遺伝子移動(HGT) によって獲得された可能性もあることを強調しています。 実際にある繊毛虫において細菌からの HGT の証拠が知られているそうです。 また昨今クロモアルベオラータ仮説がもてはやされている中にあって, この著者はクロモアルベオラータ仮説が系統解析で支持されていない点を冷静に指摘しています。 とすると,色素体がストラメノパイル類の不等毛藻類の他,クリプト藻類,ハプト藻類,渦鞭毛藻類, そしてクロメラなどに見つかることは二次共生のみならず三次共生などによって説明されることになります。 しかしこの場合,どのようにして色素体が渡り歩いたのかという仮説は練り込まれておらず, Journal of Phycology の未出版の論文を引用するにとどめています(これは是非読みたいですね)。

ともあれ,クロモアルベオラータ仮説を支持するかのような「証拠」が集まりつつある中で, この著者のような批判的な姿勢は大きな意味を持つでしょう。実際にクロモアルベオラータの「証拠」とされるものは, 対立仮説(複数回の二次共生,三次共生が起こったとする仮説)の元でも自然に説明されるものが多く, どちらの仮説も決定的な証拠を求めている段階です。また,今回の著者らがまさに指摘しているように, まだ研究の遅れているカタブレファリス類(クリプト藻類の姉妹群とされる無色の原生生物; クリプト藻が藻類になる前続報)や「ピコビリ藻類」 (やはりクリプト藻との関連が示唆される,ほとんど知見の得られていない推定二次共生藻; 新門候補の推定藻類 "ピコビリ藻類")などの研究が道を開くかも知れません。

Archibald, J. M. Plastid evolution: Remnant algal genes in ciliates. Curr. Biol. 18, R663-665 (2008).

関連記事は色素体の名残 IIの他,色素体の名残 I を参照。

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どこから来たのか? 原生動物の植物型遺伝子(2008.08.14)(→進化・分類学)


渦鞭毛藻も主食は米が一番!?(2008.08.04)

渦鞭毛藻類の中には光合成を行わず捕食により生活している種が多数含まれています。 そのような藻類の培養にはしばしば生きた藻類などを餌として与える必要があるため, 培養が困難であったり手間がかかっていました。Yamaguchi & Horiguchi (2008) は捕食性の渦鞭毛藻類の一種, Protoperidinium の餌を検討し,米粉(こめこ)で培養株の確立と維持ができることを示しました。

著者らが扱った Protoperidinium は渦鞭毛藻綱のペリディニウム目に位置づけられ, 世界中に広く分布する多様な属です(扱われたのは P. crassipes)。この仲間は捕食ベール(feeding vail; または pallium:"外套")と呼ばれる膜状の細胞質を広げて餌を包み込み,細胞外で消化することが知られています。 そこで著者らは培地に,容易に入手できる各種の餌(小麦粉,かたくり粉:potato starch,植物性タンパク質など) と藻体 1 細胞ずつを入れ,どの餌で P. crassipes が増殖するかを調べました。

その結果,市販の米粉(小澤製粉販売の「白玉もち粉」)を餌として与えたときにのみ増殖が認められました。 その後も数ヶ月〜年のレベルで培養を維持することができたそうです(一度確立された株は小麦粉でも飼えたとのこと)。 米粉での培養株は実際に捕食ベールで米粉を消化している様子も観察されています。

著者らは米粉を用いた P. crassipes の培養系でいくつかの観察を行っています。 まず,通常の細胞より小型の,捕食を行わない細胞が観察されたそうです。同様の小型細胞は過去にも報告があるそうで, 配偶子の可能性が考えられています。Protoperidinium の生活史は今のところ明らかにされていませんので, 米粉を用いた培養系で生活史を解明できるかも知れません。

もう一つ,ヤコウチュウなどで有名な生物発光が本種でも観察されたそうですが, この反応には基質としてルシフェリンという基質の関与が知られています。 渦鞭毛藻類のルシフェリンはクロロフィル様の物質から合成されていると見られ, これまでは捕食した藻類のクロロフィルを原料に作られているものと考えられてきました。 しかし今回,餌として米粉のみを 1 年以上与え続けた培養系でも本種が生物発光を行うことが確認されたそうです。 Protoperidinium については,ルシフェリンの構造も,そもそも発光機構も明らかにされていませんが, もしかするとクロロフィル様物質の合成系や,そこからルシフェリンを合成する反応系を持っているのかも知れません。 事実であればこの仮想的な反応系は色素体の痕跡かも知れません(夜光虫の光の源色素体の名残 IIIなども参照)。

渦鞭毛藻類以外にも藻類を捕食する原生動物は多数知られていて,培養に成功していないもの少なくありません。 米粉などを用いた同様の方法でそのような原生動物の一部でも培養できれば,研究が大きく進展することでしょう。 ちょっと試してみたいですね。

Yamaguchi, A. & Horiguchi, T. Culture of the heterotrophic dinoflagellate Protoperidinium crassipes (Dinophyceae) with noncellular food items. J. Phycol. 44, 1090-1092 (2008).

過去の関連記事:
夜光虫の光の源渦鞭毛藻の姿をとどめた寄生虫

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色素体の名残 II(2008.08.01)

クロメラ門の発見(マラリア原虫と渦鞭毛藻をつなぐ生き証人が見つかった), PerkinsusOxyrrhis の色素体の存在を示唆する証拠(見えざる色素体を追って色素体の名残 I)に基づけば,アルベオラータ類の 4 つの門のうち 3 つ(渦鞭毛動物門, アピコンプレックス門,クロメラ門)は祖先的に色素体を有していた可能性があります。 そして残された繊毛虫門においても,ゲノム中に藻類起源の遺伝子が存在することが新たに指摘されました (Reyes-Prieto et al., 2008)。

繊毛虫はゾウリムシ(Paramecium)などを含み,淡水・海水の双方で成功した極めて多様な(7000 種以上を含む) 原生動物の一群です。これまで繊毛虫には色素体やその痕跡器官は知られておらず, またゲノム解析からも色素体の痕跡は見つかっていませんでした。しかしアルベオラータ類に広く色素体の痕跡が見つかり, 二次共生色素体の起源がアルベオラータ類の,あるいはアルベオラータ類とストラメノパイル類の共通祖先にまで 遡る可能性が検討されています。アルベオラータ類の祖先が色素体を持っていたならば, 繊毛虫類にも色素体の証拠が残されていそうなものですが,これまではそのような遺伝子は知られていませんでした。 著者らは Paramecium tetraurellaTetrahymena thermophilla の大核(繊毛虫は栄養核である大核と, 生殖核である小核の 2 核を持つ)のゲノム情報を系統学的手法で再検証し,藻類由来(二次共生色素体由来) の遺伝子を探索しました。

著者らはまず他のクロモアルベオラータと狭義の植物(一次共生植物)に近縁な遺伝子を 16 種類同定しました。 この場合,繊毛虫は植物・藻類の系統(他の原生動物に水平移動した例はある)に含まれました。 またこの内の多くは非光合成性のアピコンプレックス類や卵菌類(色素体関連遺伝子が多数知られる; 卵菌類のゲノムに潜む藻類の影)にも見つかっていました。 一部の遺伝子については植物やクロモアルベオラータ類に限って知られており, 著者らは繊毛虫が色素体を持つ生物に由来する可能性を指摘しています。

特に関心が持たれるのがこれらの遺伝子の細胞内局在です。シロイヌナズナ(Arabidopsis)においては, これらの遺伝子の内 6 個が色素体に運ばれていると推測されました。これらは膜輸送,タンパク質活性の調節, 炭化水素の代謝,アミノ酸の生合成や分解などに働いていると推定されています。 しかし色素体への局在を決めるアミノ末端部位は繊毛虫の遺伝子には存在せず(Mind-like protein のみ例外。 ただし色素体へのシグナルを持つ証拠はない),おそらく細胞質で機能するようになったと思われました。

繊毛虫類の場合はアピコンプレックス門,PerkinsusOxyrrhis の場合と異なり, 色素体の痕跡器官は存在しないと思われます。これが色素体の完全な脱落を意味しているのか, それとも繊毛虫が捕食した藻類から遺伝子を取り込んだためなのかは現時点では区別できません。 しかし繊毛虫までもが光合成性の祖先から進化した,と言う仮説は大変魅力的で, 今後,より多くの繊毛虫やアルベオラータ類を含めて同じ遺伝子の系統関係が調べられれば, 今回見つかった遺伝子がアルベオラータ類の祖先から引き継いだものなのかどうかを検証できるでしょう。

   ------------------------------------------ストラメノパイル類
   |
   |   -----------------------------------繊毛虫門(色素体の痕跡?)
------?   |
   |   |              -------アピコンプレックス門(色素体の痕跡)
   -------|   ---------------------|
       |   |          -------クロメラ門(色素体あり)
       |   |
       -------|   ---------------------パーキンサス(Perkinsus;色素体の痕跡?)
          |   |
          -------|   --------------オキシリス(Oxyrrhis;色素体の痕跡?)
              |   |
              -------|   -------ヤコウチュウ(Noctiluca;色素体の証拠は未知)
                 -------|
                     -------その他の渦鞭毛虫類(光合成性のものを含む)

Reyes-Prieto, A, Moustafa, A. & Bhattacharya, D. Multiple genes of apparent algal origin suggest ciliates may once have been photosynthetic. Curr. Biol. 18, 956-962 (2008).

関連記事は色素体の名残 I を参照。

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色素体の名残 I(2008.07.30)

渦鞭毛虫類の祖先が色素体を持っていたのかどうかは一つの問題であり, 特に基盤的な非光合成性の渦鞭毛虫類が色素体を初めから持っていなかったのか, 二次的に失ったのかが調べられています。Slamovits & Keeling (2008) は Oxyrrhis という, 無色の原始的な渦鞭毛虫類が色素体由来の遺伝子を持つことを示し,さらに退化した色素体の存在を示唆しています。

Oxyrrhis は藻類やバクテリアを捕食する海産鞭毛虫です。アンフィエスマと呼ばれる細胞外被構造と, 射出器官であるトリコシスト,側方から鞭毛が生えている点では他の渦鞭毛虫に似ていますが, リボン状の横鞭毛が分化していない点などで他の渦鞭毛虫から区別され,渦鞭毛虫類に含めない見解すらあります (Fensome et al., 1993)。分子系統からも Oxyrrhis が基盤的な渦鞭毛虫類であることが示されており (渦鞭毛虫の根元を照らす夜光虫),この生物は Perkinsus(退化した色素体を持つ?; 見えざる色素体を追ってなど)やヤコウチュウなどと共に色素体を失った可能性が疑われています。 そこで著者らは Oxyrrhis の EST を解析し,色素体由来の遺伝子を探索しました。

解読された 18,012 配列の EST(固有の配列は 9,876 配列)のうち,20 配列が候補として挙げられ, 特に 8 タンパク質が系統解析からも色素体由来であることが示唆されたそうです。 6 タンパク質は色素体遺伝子の系統に含まれ,しかも一部については渦鞭毛藻類の色素体遺伝子との類縁も認められました。 ただ,どの遺伝子についても真核生物の配列はあまり報告されておらず,Oxyrrhis の遺伝子の系統的な由来は必ずしも解決していません。期待される渦鞭毛藻類との共通祖先から引き継いだ可能性の他に, 捕食した藻類などからの遺伝子水平移動も可能性としては残されていることには注意が必要です。

Oxyrrhis が色素体を持つ可能性は,系統樹よりもむしろアミノ末端(N 末)のアミノ酸配列から得られました。 渦鞭毛藻などの二次共生藻では核コードの色素体タンパク質の N 末に, 小胞体経由で色素体に運ばれるための配列を含んでいます(シグナルペプチドと色素体輸送ペプチド)。 Oxyrrhis の「色素体関連」遺伝子については N 末の配列が得られていないものもありますが, 少なくとも 4 つのタンパク質でシグナルペプチドの存在が予測され,その直後には色素体輸送ペプチドの特徴である 疎水的な領域が続いていたそうです。すなわち,これらのタンパク質は二次共生色素体(の痕跡器官) に輸送されている可能性が有力と考えられます。なお,他のタンパク質は細胞質で働いている模様です。

Oxyrrhis の持つ色素体系のタンパク質は,テトラピロール,イソプレノイド,アミノ酸の合成,炭素代謝, 酸素の解毒などに働いており,さらに探索すれば同じ経路上の他のタンパク質も見つかってくるかも知れません。 逆に,同じ経路上の他のタンパク質の N 末構造を調べることで,N 末構造から予想される局在が適切なのか, ある程度判定もできるでしょう。

さて,Oxyrrhis が本当に痕跡的な色素体を持っているとすれば, 特に渦鞭毛動物門とアピコンプレックス門の共通祖先が色素体を持っていたとの説がさらに支持されてきます。 さらにこれらのグループの色素体とオクロ植物門の色素体が共通だと考えるクロモアルベオラータ仮説については, まだラビリンチュラ門,卵菌門(ストラメノパイル類),そして繊毛虫門(アルベオラータ類) などで色素体の痕跡が見つかってくる必要があります。すでに卵菌門では色素体遺伝子に近縁な遺伝子も報告されています (卵菌類のゲノムに潜む藻類の影)。今後は Oxyrrhis も含めて, 非光合成の「元藻類」候補においてゲノム研究や色素体関連遺伝子の探索,局在の解析が進むことが期待されます。

Slamovits, C. H. & Keeling, P. J. Plastid-derived genes in the nonphotosynthetic alveolate Oxyrrhis marina. Mol. Biol. Evol. 25, 1297-1306 (2008).

Fensome, R. A. et al. A classification of living and fossil dinoflagellates. Micropaleontology Special Publication 7, 1-351 (1993).

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オオヒゲマワリの配列全部解析(2008.07.14)

オオヒゲマワリ目の亜目,科,属などの分類群はその多くが系統を反映していません。 しかもその系統関係自体不十分にしか理解されておらず,系統分類体系の確立に向けた道筋は見えていませんでした。 そこで Nakada et al. (2008) はデータベース中の 18S rRNA 遺伝子を網羅的に探索し, その系統樹に系統的命名法(PhyloCode)を適用して,オオヒゲマワリ目の大多数の配列を 21 の系統群に整理しました。 (本論文は筆者が共同執筆したものです)

オオヒゲマワリ目の藻類の系統樹を描く場合,これまでの著者らは学名の代わりに "group A" や "Reinhardtii-clade" のような「ラベル」を充てて整理してきました。しかしこのようなラベルには統一性が無く, 著者らによって異なる範囲で,あるいは異なるラベルが用いられてきました。 そこで著者らは将来的にオオヒゲマワリ目の系統分類体系を構築するための土台として,18S rRNA の系統解析を行いました。

著者らはまずこれまでの系統樹などを参考にオオヒゲマワリ目(系統的に再定義している)の配列を用いて 140 回以上の BLAST 検索を行い,1,400 塩基以上の長さの 18S rRNA 配列を計 449 個同定しました。 そしてこれらの配列に基づいて丁寧なアラインメントと系統解析を行っています。

系統解析の結果,複数の解析方法で指示された大きな系統群は 21 個識別されました。 その多くはこれまでの系統解析と一致している一方,形態に基づく分類体系とはほとんど一致しませんでした (DesmotetraHafniomonas の 2 属は単系統群と対応した。また 2 系統群は種同定がなく実態が不明)。 この場合,形態的特徴でまとめることができないため,植物命名規約の下でリンネ式の分類を行うのは困難です。 一方で明確な定義を伴わないラベルでは混乱が助長されることから,著者らは PhyloCode に基づく整理を試みました。

PhyloCode は生物の特徴ではなく,系統によって分類群を定義・命名するための規約で,未だ発効していませんが, 暫定版が公開されています(The PhyloCode)。 著者らはこの規約の下でオオヒゲマワリ目やその内部の主要な 21 系統群を命名しています。 PhyloCode の下では幾つか定義の方法がありますが,この論文では枝に基づく定義を採用しています。 例えば "Chlorogonia" と名付けられた系統群は「Chlorogonium euchlorum を含み, Chlorosarcinopsis arenicolaStephanosphaera pluvialis を含まない最大の単系統群」 と定義されています。この結果,今後 Cg. euchlorum に特に近縁な藻類の配列が見つかった場合, その形態的特徴などの情報が不足していても,Chlorogonia の一種と表現できるようになりました。 この方法では定義が明確ですから,これまでのラベルのような混乱も生じる心配がありません。

さらに著者らは配列の探索過程で別の成果も挙げています。キメラ配列の発見がその成果で, データベースから入手した配列の中に 33 ものキメラ配列を同定しました。 キメラ配列とは複数の異なる生物の遺伝子断片を誤ってつなげてしまったい配列です。 このような配列が含まれていると系統解析の結果が狂うため,著者らはこれを排除しています。 中にはこれまであたかも収斂進化が起こったように解釈されていたものも含まれ, 不正確な情報を下に進化学的な議論を展開することの危険性を示しています。

将来は各系統群の形態的な特徴が明らかとなり,リンネ式の体系の下での分類が再構築されることが期待されますが, これが当面は困難である間は系統的整理を用いて研究を進めていくのも良いかと思います。 藻類の中にはオオヒゲマワリ目の他にも分類が大きく混乱している分類群がありますので, PhyloCode を利用した系統的整理はその混乱を当面の間解消する有効な手段となるかもしれません。

なお,著者らが当該論文で定義した名称とその定義のリストを掲載しておきますので,是非参考にしてください。 PhyloCode に基づくオオヒゲマワリ目の新系統群の命名と定義

Nakada, T., Misawa, K. & Nozaki, H. Molecular systematics of Volvocales (Chlorophyceae, Chlorophyta) based on exhaustive 18S rRNA phylogenetic analyses. Mol. Phylogenet. Evol. 48, 281-291 (2008).

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緑藻綱の進化の順序(2008.06.11)

緑藻綱は主として淡水性の微細藻類からなり,現在 5 つの目(もく)が含められています。 しかし緑藻綱内部の系統関係については部分的にしか解けていませんでした。Turmel et al. (2008) は幾つかの種の葉緑体ゲノムを解析し,これら 5 目の系統関係を解き,微細構造の進化傾向について議論しています。

現在緑藻綱に含まれている目はオオヒゲマワリ目(Volvocales;著者らは Chlamydomonadales の名称を用いている), ヨコワミドロ目(Sphaeropleales),サヤミドロ目(Oedogoniales),ケトフォラ目(Chaetophorales), ケトペルティス目(Chaetopeltidales)の 5 目です。これらの分類群は体制の違いや微細構造の違い, 特に遊走子の鞭毛構造によって区別されています(下表)。中でも鞭毛の付け根にある基底小体の配置 (前方から見たときに時計回りにずれている(CW 型)か,直線状に並んでいる(DO 型)か。 基底小体が 4 個ある場合には前方の 1 対について;下図)は従来より進化系統を反映した重要な形質と考えられてきました。 しかし目間の系統関係が解決しておらず,基底小体の配置の進化順序は明らかではありませんでした。

緑藻綱の 5 目の基本的な特徴(例外は多数あり;渡邊 および 中山, 1999 など)
 オオヒゲマワリ目ヨコワミドロ目 サヤミドロ目ケトフォラ目 ケトペルティス目
体制単細胞/群体性,不動性/遊走性 単細胞/群体性/無分枝糸状性,不動性 無分枝糸状性/樹枝状性無分枝糸状性/樹枝状性 パルメラ性/円盤状葉状性
鞭毛の数2, 4 本2 本 多数が環状に配置4 本4 本
遊走細胞の細胞外被細胞壁 なしなし なし鱗片
鞭毛の基底小体(上方の対)の配置CW 型 DO 型定義できない DO 型DO 型
緑藻類の基底小体の配置

これまでの系統解析は主に 18S や 26S rRNA により行われてきましたが,著者らは新たに 3 種の色素体ゲノム全長と 3 種の色素体ゲノムの大部分を解読し,緑藻綱の全ての目を網羅するデータセットを構築しました。 このうち,38〜64 タンパク質について系統解析が行われた結果,単系統群である緑藻類の中に 2 つの系統が認められました。 一方はオオヒゲマワリ目とヨコワミドロ目を含み,他方はサヤミドロ目,ケトフォラ目,ケトペルティス目からなります。 前者の系統群については rRNA の系統解析からも示されていましたが,後者は初めて明確に示されました。後者の内部では, 解析によってケトフォラ目とケトペルティス目またはケトフォラ目とサヤミドロ目が姉妹群になるのかが分かれますが, 緑藻綱のみで 57 遺伝子を用いた解析からはケトフォラ目の姉妹群はケトペルティス目となり, またアミノ酸配列に基づく検定ではケトフォラ目とサヤミドロ目の姉妹群関係は棄却されています (塩基配列に基づくと棄却されない)。

          -------ケトペルティス目(DO 型)
       -------|
   -------|   -------ケトフォラ目(DO 型)
   |   |
------|   --------------サヤミドロ目(多鞭毛)
   |
   |       -------オオヒゲマワリ目(CW 型)
   --------------|
          -------ヨコワミドロ目(DO 型)

著者らはさらに遺伝子内部の挿入欠失のパターンを調べ,見つかった 8 個の挿入欠失が全て緑藻綱の 2 大系統群を支持し, 特に rps4 遺伝子の 2 つの挿入欠失は 2 系統をそれぞれ明確に支持していることを確認しました。 さらに group II イントロンの分布もケトペルティス目,ケトフォラ目の姉妹群関係やケトペルティス目,ケトフォラ目, サヤミドロ目の単系統性を支持していますが,他のイントロンの分布や遺伝子の分割のパターンは必ずしも系統樹と一致せず, 著者らは都合の良い形質を重点的に紹介しているようでもありました。

今回の系統解析では葉緑体ゲノムを用いたために解析された種数が少なく(緑藻綱から 6 種), 種数の追加が急ぎ望まれますが,挿入欠失の様子などはそれなりに説得力がありました。 少なくとも重要な挿入欠失の有無や group II イントロンの有無についてはより多数の緑藻綱について確認が必要でしょう。

とりあえず今回の系統樹を受け入れると,DO 型の鞭毛基底小体の配置が緑藻綱の祖先形質であることがわかります。 緑藻綱と近縁なトレボウクシア藻綱とアオサ藻綱では反時計回り(CCW)型の配置が知られているため, まず緑藻綱の祖先で DO 型の配置が獲得され,そこからサヤミドロ目の環状に配置する多数の鞭毛や, オオヒゲマワリ目の CW 型の配置が進化してきたことがわかります。このことはオオヒゲマワリ目の基部に, 独特の基底小体の配置を持った Carteria の 1 系統や Hafniomonas が位置することからも支持されます (Melkonian, 1984; Nozaki et al., 2003;これらの藻類は DO 型から CW 型への移行中のものと解釈できる)。

Turmel, M., Brouard, J.-S., Gagnon, C., Otis, C. & Lemieux, C. Deep diversity in the Chlorophyceae (Chlorophyta) revealed by chloroplast phylogenetic analyses. J. Phycol. 44, 739-750 (2008).

Melkonian, M. in Systematics of the Green Algae (eds. Irvine, D. E. G. & John, D. M.) 73-120 (Academic Press, London, 1984).

Nozaki, H., Misumi, O. & Kuroiwa, T. Phylogeny of the quadriflagellate Volvocales (Chlorophyceae) based on chloroplast multigene sequences. Mol. Phylogenet. Evol. 29, 58-66 (2003).

渡邊信 および 中山剛 in バイオディバーシティ・シリーズ 3:藻類の多様性と系統 (千原光雄 編) 272-276 (裳華房, 東京, 1999).

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見えざる色素体を追って(2008.05.30)

渦鞭毛藻の色素体とアピコンプレックス類(マラリア原虫など)のアピコプラスト (色素体の痕跡器官)の起源が共通だとする仮説があります。その証拠として,渦鞭毛動物門の初期分岐である Perkinsus という貝類の寄生虫に色素体の痕跡があるかどうかが注目されています (色素体のミッシングリンクの痕跡続報)。そんな中, Matsuzaki et al. (2008) は Perkinsus marinus に色素体に固有の代謝経路が存在し, その酵素群が色素体の痕跡器官に局在している可能性を示唆しています。

渦鞭毛藻類とマラリア原虫の色素体が相同であるとの説は,アピコンプレックス門の光合成生物の姉妹群が発見され, 強い説得力を持つに至っています(マラリア原虫と渦鞭毛藻をつなぐ生き証人が見つかった)。 しかし渦鞭毛動物門の基部付近で分岐した生物は非光合成生物ばかりで,これらの生物が過去に色素体を持っていた, あるいは現在も色素体に相同な器官を持っている,という証拠が求められていました。最近になって,Perkinsus marinus に色素体関連遺伝子が報告され,別の種(P. olseni。別名 P. atlanticus) では色素体の痕跡とも解釈できる 4 重膜構造が報告されました(色素体のミッシングリンクの痕跡続報)。しかし色素体関連遺伝子が色素体に相同な器官で働いている証拠は知られていません。 そこで著者らは,色素体に固有と考えられたイソプレノイド合成系(メチルエリスリトールリン酸経路:MEP 経路。 デオキシキシルロース経路:DOXP 経路,非メバロン酸経路とも呼ばれる)について詳細な研究を行い, P. marinus の色素体の証拠に迫りました。

イソプレノイドは様々な生体機能に関与する一群の化合物で(ステロール,カロテノイドなど),MEP 経路かメバロン酸経路 (MVA 経路)のいずれかを経て合成されます。MVA 経路は真核生物の細胞質で機能しているのに対して, MEP 経路は色素体で働き,色素体を持った真核生物でのみ知られていました。著者らは P. marinus のゲノム情報 (未完成)から MEP 経路の遺伝子を幾つか確認し(色素体のミッシングリンクの痕跡にも報告あり), 7 個の酵素の内,6 個について mRNA の全長を決定しました(ispD は得られていない)。各酵素の系統樹において, Perkinsus の配列は他の光合成生物と近縁でしたが,光合成生物の中での位置はほとんどの場合特定されませんでした (dxs のみ渦鞭毛藻と近縁)。なお遺伝子の由来はシアノバクテリアに限られず,アルファプロテオバクテリアや クラミジアに由来する配列も混ざっていました。特に ispG は紅藻でのみシアノバクテリア型の遺伝子が用いられ, 他の植物(緑色植物,ハプト藻,珪藻,Perkinsus)はクラミジア型の遺伝子を用いていました。

次に著者らは新たに開発された SWIT(sliding-window iteration of TargetP)と呼ばれる手法で, 各酵素のアミノ末端(N 末)の配列を解析しました。各酵素の先行配列には N 末付近に分泌経路へのシグナル (シグナルペプチド)が有り,その切断部位に続いて色素体へのシグナルが認められました。また,「未知の細胞内小器官」 に局在するとされるスーパーオキシドジスムターゼ 2(PmSOD2)の先行配列にも同様の構造が認められ, 二次共生色素体へのターゲット配列の特徴(同様の二部構造を持つ)との類似性が指摘されています。

そこで著者らは ispC に対する抗体を作成し,MEP 経路の局在を推定しました。遠心分画に対する挙動から, ispC は膜,あるいは膜で包まれた画分に存在し,成熟タンパク質では N 末の先行配列が切断されていることが推測されました。 そして細胞の抗体染色からは,ispC がミトコンドリアの近傍(内部ではない)にパッチ上に局在することが示されました。 ispC の局在部には DNA が認められず(DAPI 染色),仮に ispC が色素体に局在しているとすると, これまで知られていない DNA を持たない色素体が存在している可能性があるそうです。

今回,ispD は未発見ながら Perkinsus で MEP 経路が働いている可能性が強く示唆されました。 しかも先行配列の解析と ispC の局在の研究からは,MEP 経路の酵素が「二次共生色素体とよく似た特徴を持つ器官」 に局在することを示唆します。PmSOD2 も色素体相同器官に局在する可能性があるため,今後は両者の局在が一致するか, その局在部位が電子顕微鏡下で見られた 4 重膜構造(続報:色素体のミッシングリンクの痕跡) なのか,を検証することが求められます。

著者らは最後に,ispG の不可解な類縁に触れています。ハプト藻や珪藻,渦鞭毛藻,そしておそらく Perkinsus の二次共生色素体は紅藻に由来すると考えられます。ところがこれらの ispG はいずれも緑藻と同じ型 (クラミジア型)で,紅藻のもの(シアノバクテリア型)とは由来が異なります。 二次共生の後にクラミジア型の遺伝子が緑藻などから水平移動した可能性も考えられますが,著者らはこれが「超植物界」仮説 (真核生物の大系統巨大な植物界続報) の証拠ではないかと推測しています。この仮説では二次共生藻は色素体を失った一次共生植物に由来すると考えます。 二次共生藻の宿主細胞は紅藻よりも緑色植物に近縁と考えられるため,緑色植物と同じ型の遺伝子を持つことが説明できます。 しかしながら遺伝子の水平移動も頻繁に起こる現象なので,ispG が「超植物界」の決定的な証拠とは言えません。 今後は似たような挙動を示す遺伝子の存在や,より詳細な MEP 経路の進化系統の研究が必要でしょう。

今回の研究では,MEP 経路の酵素群から様々な情報が得られており,真核生物における色素体の進化や,二次共生の研究に, これらのタンパク質の研究が有効であることを示しています。また,渦鞭毛動物やアピコンプレックス門の根元には, まだ幾つか色素体が知られていない系統が存在し(ヤコウチュウ,OxyrrhisSyndiniumColpodella など),MEP 経路の有無を調べることで「見えざる色素体」が発見されることが期待できるでしょう。

Matsuzaki, M., Kuroiwa, H., Kuroiwa, T., Kita, K. & Nozaki, H. A cryptic algal group unveiled: A plastid biosynthesis pathway in the oyster parasite Perkinsus marinus. Mol. Biol. Evol. 25, 1167-1179 (2008).

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系統樹から貫くヤリミドリ属の形態差(2008.05.26)

ヤリミドリ属(Chlorogonium;緑藻植物門オオヒゲマワリ目)は単細胞藻類の一群で, 細長い細胞を持ち 2 本の鞭毛で泳ぐ生物です(ヤリミドリの種は単系統か?も参照)。 この藻類は一見特徴的な外見で良くまとまった分類群に見えますが,分子系統からは単系統性に疑問がありました。 そこで Nakada et al. (2008) は分子系統解析の見直しと詳細な微細構造の観察を行い,ヤリミドリ属が 3 属に分かれることを示しました。(本論文は筆者が共同執筆したものです)

ヤリミドリ属は 1837 年に記載されて以来,20 種余りが含められてきました。1998 年に Nozaki et al. (1998) は当時入手可能だった培養株を 6 種に整理し,分子系統解析からヤリミドリ属が 3 つの系統群を含む可能性を指摘しました。 ところがこの 3 系統群を区別する形態的な特徴が当時は知られておらず,また分子系統の統計的支持率も低かったため, ヤリミドリ属は 1 つの属として維持され続けてきました。

著者らはチョビコナミドリ(Chlamydomonas perpusillaコナミドリムシ属多様性の氷山の一角)などの種類を分子系統解析に加え, 遺伝子も rbcL と 18S rRNA の 2 種類合わせて解析し直しました。 その結果,調べられた 6 種のヤリミドリ属は確かに 3 つの異なる系統に分かれることが高い統計的支持率で示されました。 問題はこれらの 3 系統群が形態的にどう異なっているのかということです。もちろん既に 6 種に分類されていることから, 種間では幾つかの違いが見つかっています,しかし 3 つの系統群を分けるような,系統を反映した特徴は不十分でした。 そこで著者らは改めて詳細な観察を行い,ピレノイドという構造に顕著な差を見出しました。

ピレノイドは色素体の中の球形の構造で,光合成の暗反応に関わる RUBISCO 酵素の塊と考えられています。 Nozaki et al. (1998) により,一部の系統でピレノイドの微細形態に差があることが示されていましたが, 残る 2 系統の差が知られていませんでした。ところがピレノイドを包んでいるデンプン鞘の構造が Chlorogonium fusiforme の系統(1 種のみ)と他の 2 系統で異なっていることが新たに示されました。 他の系統群ではデンプン鞘がひび割れて見えるのに対して,Cg. fusiforme のデンプン鞘は一体化していました。 この形態差は微分干渉顕微鏡で比較され,Cg. fusiforme では電子顕微鏡を用いて一体化の様子が確認されました (差が現れるのはデンプン鞘の内側の層,一次デンプン鞘で,これが一つながりに見えるか, 複数の板に見えるかが異なる;下図参照)。この他,眼点(光受容に関与する赤色の構造)の断面の顆粒の層の数や, 細胞小器官の数,位置などでも違いが認められたため,これらの特徴を合わせて,ヤリミドリ属を 3 つの属, ChlorogoniumGungnirRusalka に分割することが提唱されました。このうち GungnirRusalka が新属になります。

ヤリミドリ属(Chlorogonium),Gungnir および Rusalka の識別
 ヤリミドリ属GungnirRusalka
収縮胞の数5 個以上4 個以上2, 3 個
ピレノイドの数2〜多数1,2(または多数) 1 個
ピレノイドの一次デンプン鞘分割型分割型 一体型
ピレノイド基質への管状チラコイド膜の陥入有り無し 有り
核の位置ピレノイドの間ピレノイドの間,または後方 ピレノイドの後方
眼点顆粒の層の数1 層2, 3 層1 層
ヤリミドリ属(左)と Gungnir(中),Rusalka(右) の細胞の模式図

ヤリミドリ属には Cg. euchlorumCg. elongatumCg. capillatum の 3 種が残され, Gungnir 属には Gungnir neglectumG. kasakii,そして G. mantoniae (培養株は残されていないが,微細構造の特徴などが Gungnir 属と一致)が含められました。 Rusalka 属には Rusalka fusiformis の 1 種だけが含まれます。

本研究ではこれらの種の再整理と共に,タイプの整理も行っています。タイプとは学名の定義に関わる標本や図などですが, 微細藻の場合は標本や図の価値はほとんどありません。そこで標本などに伴う培養株をタイプとすることが 再現性のある分類学的研究には必要です。今回の場合では全ての種でタイプが図であったことから, これを実際の培養株と結びつけるため,エピタイプ選定を行っています。エピタイプとはタイプの情報が不十分であるときに, タイプの情報を補完するための標本のことを指します。国際植物命名規約では生きた培養株をタイプとすることはできませんが, 凍結保存などの方法で代謝的に不活性にした場合はタイプにすることができるため, 今回は国立環境研究所に保存される凍結保存株をエピタイプとしてそれぞれ指定しています。

本研究により,まず 7 種の元ヤリミドリ属についてはその帰属を明確にすることができました。 一方で,元々ヤリミドリ属に含まれていた残りの 10 種余りについても,今後は再発見と培養株に基づく研究が望まれます。 分子系統で多系統性が示唆されている分類群は微細藻類にもその他の生物にも多数ありますが,形態学からの裏付けがとれず, 分類学的な整理が遅れることがあります。今回の研究では系統を反映した形態を探索することにより新しい形態差が発見され, 属階級の再分類に至りました。分子系統解析は形態差を探索する動機としても重要であると言えるでしょう。

なお,Gungnir は北欧神話の主神,オーディンの槍の名前(グングニール,グングニル)で, Chlorogonium の和名(ヤリミドリ)と同様に,細長い形態にちなんでいます。Rusalka はスラブ系の伝承に登場する水の精霊の名前で,含まれる唯一の種にしてタイプ種である R. fusiformis がウクライナの水たまりで最初に発見されたことにちなんでいます。

Nakada, T., Nozaki, H. & Pröschold, T. Molecular phylogeny, ultrastructure, and taxonomic revision of Chlorogonium (Chlorophyta): Emendation of Chlorogonium and description of Gungnir gen. nov. and Rusalka gen. nov. J. Phycol. 44, 751-760 (2008).

Nozaki, H., Ohta, N., Morita, E. & Watanabe, M. M. Toward a natural system of species in Chlorogonium (Volvocales, Chlorophyta): A combined analysis of morphological and rbcL gene sequence data. J. Phycol. 34, 1024-1037 (1998).

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日本にはどんな藻類がいるのかヤリミドリの種は単系統か?コナミドリムシ属多様性の氷山の一角

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続報 4:もう一つの葉緑体(2008.05.19)

Paulinella chromatophora の「色素胞(chromatophore)」ゲノムが解読され, 宿主細胞との共生関係が見えてきましたが(続報 3:もう一つの葉緑体), これを受けて Keeling & Archibald (2008) は,色素胞をオルガネラと呼ぶべきかどうかを巡る議論を試みています。

P. chromatophora は栄養を光合成に依存していて,共生体は宿主から独立して生きることはできません (おそらく宿主も単独では生活できない)。また共生体の分裂は宿主の分裂と同調しており,オルガネラのように見えます。 そこで P. choromatophora の色素胞を色素体,すなわちオルガネラと呼んで良いのかどうか議論がありました (続報 2:もう一つの葉緑体)。議論の焦点になっていたのはゲノムの縮小や, タンパク質を細胞質から共生体に輸送する機構の有無です。P. chromatophora の色素胞ゲノムの解読によって, ゲノムの縮小は立証されましたが,タンパク質の輸送が起こっている証拠は得られませんでした。 色素胞ゲノムの著者らは,色素胞遺伝子が宿主核へ移行し,色素胞へタンパク質の輸送が起こっているかどうかがわかるまでは 細胞内共生体かオルガネラかの議論は延期し,単に「色素胞」という呼び名を使用することを主張しています。

今回の著者らは共生体と宿主の「統合」の程度,という観点でオルガネラと共生体の区別について議論しています。 従来の遺伝子の核への移行に着目した線引きは,遺伝的な統合に着目したものであって,必ずしもこの観点が全てでもなければ, 曖昧性がないわけでもないとのことです。一方で P. chromatophora の色素胞は細胞と同調して分裂する点で 細胞としての統合が,宿主と物質交換を行っていて互いに独立には生活できない点で代謝的にも統合されていると言えます。 従って明確な線引きは困難であり,少なくとも遺伝的統合の程度だけでオルガネラを定義すると, 「オルガネラ化」の多様な道筋を見逃すことになるのではないかと危惧しています。

確かに細胞内共生体と宿主の依存が進行していくのにどのような道筋があり得るのか, そして既存のオルガネラがどのような道筋を辿ってきたのかを考えるには,遺伝的統合のみを議論するのはよくありません。 一方で,少なくとも代謝的な統合という観点はオルガネラの判断には不適切であるように思います。 もし共生体と宿主が代謝産物のみで結びついているのならば,双方にその産物を適切に与えてやれば, 共生体と宿主をそれぞれ単独で培養できると思われます。そんな独立性の高いものをオルガネラと呼ぶのは違和感があります。 少なくともタンパク質のような情報分子によって結びついてこそ,独立の「生物」ではなく「オルガネラ(細胞内小器官)」 と呼べるものと思います。

興味深いのは細胞の統合という観点で,分裂等の同調はオルガネラとなるために必要なのか,ということですが, この点はまだ生物学者の理解が不十分な分野かと思います。P. chromatophora についても分裂の同調のメカニズムは明らかにされておらず, その分子レベルの背景がわかればオルガネラ化の過程について新しい観点が得られるかも知れません。

Keeling, P. J. & Archibald, J. M. Organelle evolution: What's in a name?. Curr. Biol. 18, R345-347 (2008).

過去の関連記事:
もう一つの葉緑体続報続報 2続報 3ミトコンドリアの門番たち細胞内共生細菌のなれの果て 1 〜オルガネラと生物の狭間2 〜究極のニート

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続報 3:もう一つの葉緑体(2008.05.16)

Paulinella chromatophora (アメーバ鞭毛虫門ユーグリファ目) という有殻アメーバは光合成を行う細胞内構造を有しています。この構造(色素胞:chromatophore)は一次共生色素体の第 2 の例として注目を集めています (もう一つの葉緑体続報続報 2)。そして Nowack et al. (2008) は遂にこの色素胞のゲノムを解読しました。

P. chromatophora の色素胞は系統的には色素体と異なるシアノバクテリアに近縁であることが知られており, 一種の収斂進化とも言えるでしょう。そこで色素体の場合と同様に細胞内共生に伴うゲノムの縮小や遺伝子の核への移動, 共生体へのタンパク質輸送が起こっているのかどうかが問題になっていました。著者らは P. chromatophora の色素胞ゲノムを解読することでこの問題に対する答えを得ようとしています。

P. chromatophora の色素胞ゲノムは 1,021,616 塩基対で,GC 含量は 38% と低かったそうです。 近縁なシアノバクテリアのゲノムサイズと比べると,およそ三分の一のサイズとのことで, 細胞内共生に伴うゲノムの縮小が進んでいることが明らかとなりました。タンパク質をコードする遺伝子数も 867 個と少なく, 比較的近縁な Synechococcus WH5701(3346 個のタンパク質コード遺伝子)と比べて三分の一以下になっています。 一方で rRNA 遺伝子のクラスターは 2 つあり,tRNA の遺伝子も 42 個,全てのアミノ酸について存在しています。 また DNA の複製系も維持されているようで,P. chromatophora の色素胞がある程度自立していることも示唆しています。

さて P. chromatophora の色素胞ゲノムに含まれる 867 のタンパク質コード遺伝子のうち,855 個は WH5701 株のゲノム中に同定されました。残りの 12 遺伝子についても遺伝子重複や遺伝子の分割, あるいは相同性の低さなどを考慮すると,基本的には WH5701 株の遺伝子と対応づけられるようです。 面白いのは,ゲノムの縮小が起きているにも関わらず,P. chromatophora の色素胞ゲノムでは, 遺伝子間の領域が他のシアノバクテリアに比べて長いそうです。このことは元々存在した遺伝子が偽遺伝子化して, 結果的に遺伝子が存在した場所が遺伝子間領域になってしまったためかと考えられました。 このような領域は今後削れていくでしょうから,色素胞ゲノムの縮小はまだその途上にあるのでしょう。

遺伝子の喪失についてはある程度傾向があることもわかってきました。いくつかのアミノ酸の合成系, TCA サイクル,プリンヌクレオチドの前駆体合成系などの酵素が全て,あるいは一部欠失していました。 逆に光化学系や電子伝達系,ATP 合成酵素など光合成の明反応の遺伝子,カルビンサイクル(暗反応) の遺伝子はほぼ一通り揃っていました。また,アミノ酸の合成系(ただし一部分)や脂肪酸の合成系, 補酵素の合成系も色素胞に残っており,これらは宿主の栄養要求性を満たすために残されていると推定されています。

タンパク質などの移送系については,少なくとも色素胞側には膜輸送系のタンパク質があまりありません。 とすると宿主ゲノムにコードされている輸送タンパク質の系があるのかもしれませんが,この点については謎のままです。

シアノバクテリアは細胞膜と外膜の 2 枚の膜に包まれているため,宿主の食胞中に取り込まれた場合, 見かけ上 3 重の膜に包まれているように見えるはずです。ところが P. chromatophora の色素胞には 外膜の主成分であるリポ多糖体の合成系が存在せず,宿主の食胞膜と共生体の細胞膜の 2 枚の膜のみが存在しているようです。 植物の色素体の 2 重膜の起源については未だ議論があり,比較としては興味深い情報です。 共生に伴う変化としてもう一つ,共生体の分裂制御と形態進化について証拠が見つかっています。P. chromatophora の色素胞は通常 2 個で,細胞分裂の際に 1 個ずつ分配されます。また色素胞は非常に細長いソーセージ型ですが, 元々の共生体はほぼ球形だったと考えられます。色素胞ゲノムにはシアノバクテリアの分裂関係の遺伝子がほぼ残っていますが, sulA 遺伝子のみが見つかりませんでした。これは全てのシアノバクテリアに保存されている必須遺伝子と考えられ, P. chromatophora では核に移行し,色素胞の分裂の制御に働いている可能性があると指摘されました。 次に ftn2 遺伝子が遺伝子融合により N 末のドメインを欠いていることも明らかになりました。 この遺伝子の末端を欠く Anabaena sp. PCC7120 の変異体では細胞分裂の異常から細長い細胞ができることが知られ, P. chromatophora の色素胞でも全く同じことが起こっていると考えられます。

これまで P. chromatophora の色素胞についてわかっていたことは非常に限られていました。 今回の色素胞ゲノムの解読により,色素胞の共生の様子がかなりの部分明らかになってきました。 一方で宿主への依存の度合い,特に宿主から色素胞へのタンパク質の移送の有無は今後の課題として残されました。 一応,今回の研究で宿主の核ゲノムに移行した可能性のあるタンパク質の候補が挙げられましたので, これらの遺伝子を重点的に調べれば近いうちに遺伝子の移行の証拠が(もしあれば)得られるかも知れません。

P. chromatophora の将来について考えてみると, 幾つかの代謝経路が宿主の栄養要求性を満たすために色素胞に残されているとの推測が事実であれば, 色素胞と宿主の一体化は進行することはあっても逆は起こらないでしょう。特に P. chromatophora は捕食を行わなくなっているので,現在ある色素胞に依存するしかないと考えられます。 宿主の共生体への依存という意味では,ある種の昆虫の細胞内共生細菌の場合とよく似ており (細胞内共生細菌のなれの果て 1 〜オルガネラと生物の狭間), オルガネラの初期進化のモデルとしてまだまだ研究の余地がありそうです。

Nowack, E. C. M., Melkonian, M. & Glöckner, G. Chromatophore genome sequence of Paulinella sheds light on acquisition of photosynthesis by eukaryotes. Curr. Biol. 18, 410-418 (2008).

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もう一つの葉緑体続報続報 2細胞内共生細菌のなれの果て 1 〜オルガネラと生物の狭間2 〜究極のニート

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褐藻の分子系統,全目制覇(2008.05.12)

褐藻綱は ほとんどが海産の藻類のグループで,270 属 2,000 種程度を含んだ多様なグループです。 しかし褐藻綱の内部の系統関係はリボソーム遺伝子と色素体遺伝子で推定結果が異なっているなど, 未解決のままでした。Phillips et al. (2008) は褐藻の全目について色素体 rbcL 遺伝子と核 LSU rDNA の少なくとも一方の配列を得て,系統解析に用いました。

褐藻類の分類は古典的には生活史,生殖様式,成長様式,葉状体の形態などに基づいており, 特に単純な糸状の体制を持つ種類はシオミドロ目にまとめられ,原始的な褐藻類と考えられてきました。 ただしヒバマタ目については胞子体世代がないことから別の系統であると見られていました。 しかし分子系統解析からはシオミドロ目の単系統性が否定され,ヒバマタ目も派生的な褐藻類であることが明らかになりました。 分子系統学的知見は褐藻綱における生活史や体制の進化についての大きな手がかりを与えるため, 高解像度の系統樹を得ることが望まれていました。精度の高い分子系統解析を行うためには, 複数遺伝子を用いることと種数を増やすことが有効と考えられているため,著者らは褐藻の全目の rbcL 遺伝子と ほぼ全目の LSU rDNA 配列(それぞれ 16,46 の新規配列を含む)を解析し,褐藻綱の進化・分類の見直しを行っています。

まず rbcL 遺伝子の解析が複数の手法で行われました。褐藻綱の最初の分岐はこれまでの知見通り, 糸状のディスコスポランギウム目となり(原始的な褐藻類の目,復活),次いでイシゲ目となりました。 残りの褐藻綱は 2 つの系統群に分かれたそうですが,いずれも統計的支持率は低いそうです。 LSU rDNA や両遺伝子の結合解析からも解析されなかったイシゲ目を除いて同様の樹形が得られています。 派生的な褐藻綱の 2 大分類群のうち一方にはアミジグサ目,オンスロウィア目(新目),ウスバオオギ目, クロガシラ目などが含まれ,残りの目(CGC: crown group clade)がもう一方の系統群を形成しています。 前者は統計的支持率は得られなかったそうですが,細胞が複数の色素体を持ちピレノイドを欠くことや, 多列性の体制をしているという共通点を持つそうです。CGC は結合解析で解像度が得られたそうです。 さらに著者らは CGC を中心にした解析も行っており,CGC 内部の目間関係が一部解けたとしています。

          -------CGC(他の褐藻綱)
       -------|
   -------|   -------アミジグサ目,オンスロウィア目,ウスバオオギ目,クロガシラ目
   |   |
------|   --------------イシゲ目
   |
   ---------------------ディスコスポランギウム目

伝統的に褐藻類の根元付近のグループと思われていたヒバマタ目やシオミドロ目については,CGC に含まれることが示され, 最初期の分岐はディスコスポランギウム目,次いでイシゲ目であることが確認されました。 この他にもこの研究ではオンスロウィア目とネモデルマ目が独立目として記載され, 一方でムチモ目をティロプテリス目にまとめるなど,いくつかの分類学的変更が行われました。

褐藻綱の進化を議論するためには全目を含んだ系統解析は重要な一歩となりますが,残念ながら rbcL と LSU rDNA の解析では解像度が得られたのは一部分にとどまっています。そんな中でも褐藻綱全体の系統解析と CGC の系統解析を別々に扱うことでそれぞれの利点を活かして,信頼性の高い議論を進めたことは評価できます。 今後はさらに遺伝子数を追加していくことにより,全ての目間関係が解けることを目指して欲しいと思います。 また今回の解析では目の所属が決まっていない科が複数明らかになっていますが, そのような分類群の帰属や新目の記載も進められていくことが望まれます。

Phillips, N., Burrowes, R., Rousseau, F., de Reviers, B. & Saunders, G. W. Resolving evolutionary relationships among the brown algae using chloroplast and nuclear genes. J. Phycol. 44, 394-405 (2008).

過去の関連記事:
原始的な褐藻類の目,復活

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ここがヘンだよ無色緑藻ミトコンドリアゲノム(2008.04.30)

Polytomella は緑藻に含まれるにもかかわらず無色の変わった藻類です。 Polytomella 属には線状で断片化したミトコンドリアゲノムが知られており (解体する Polytomella のミトコンドリアゲノム), ミトコンドリアゲノムの進化に関心が持たれています。Smith & Lee (2008) は Polytomella 属の 2 種目のミトコンドリアゲノムとして,P. capuana の断片化していないミトコンドリアゲノムを解読しました。

緑藻植物門緑藻綱オオヒゲマワリ目(Volvocales)の多くの藻類は環状のミトコンドリアゲノムを持ち,一部の藻類 (Chlamydomonas reinhardtiiPolytomella など)のみで線状のミトコンドリアゲノムが知られていました。 また Polytomella 属の中にはミトコンドリアゲノムが複数の断片に分かれている種(P. parvaP. caecaP. papillataP. magna)と断片化していない祖先的な種(P. capuana)が知られ, ミトコンドリアゲノムの断片化の過程に興味が持たれていました。そこで今回 P. capuana のミトコンドリアゲノムが 解読され,既に解読されていた P. parva のミトコンドリアゲノムと比較されました。

P. capuana のミトコンドリアゲノムは直線状で,12,998 塩基の長さでした。 その約 8 割がタンパク質をコードする配列だったそうです。GC 含量は既知の真核生物ミトコンドリアゲノムの中で最高の 57.7% で(既知の配列は 13.3〜53.2%,平均 38%),非コード領域やコドンの第 3 塩基で特に高いそうです。 他の特徴としては,ほとんどのコード領域の境界付近に逆位反復配列(ステム - ループ構造を作る) が存在していて,転写の制御に関わっている可能性が推測されています。

直線状のゲノムの場合,複製の仕組みに関係してテロメア(末端)の配列が注目されます。P. capuana のテロメアは独特の構造をしていて, 2 本の DNA 鎖がループで繋がっている構造と,切れている構造が報告されました。 なお,切れ目は必ずしも一定ではなく,偶然形成されるものと見られています。

ループ状のテロメア構造(模式図)

ミトコンドリアゲノムの断片化については,P. capuanaP. parva のゲノムの比較から議論されています。 2 種の遺伝子の並びはほぼ等しく,P. parva で別の断片に分かれた nad6 遺伝子についても P. capuana のゲノムでは末端にありました。また P. capuananad6 遺伝子と隣接する cob 遺伝子の遺伝子間領域に GC 含量の高い,不安定な逆位反復配列(テロメア領域にも見つかる)を持つことから, この領域とテロメア領域が交叉を起こし,断片化したゲノムが生成したと予想されています。 実際にそのような交叉の産物と思われる DNA 断片も P. capuana で検出されており, P. parva などのミトコンドリアゲノムが同様の過程を経て断片化した可能性が支持されました。

ゲノム断片化のモデル

ゲノムの進化も面白い研究テーマですが,ゲノム構造が大きく違う生物を比較する場合, しばしば塩基配列にも変異が蓄積していて満足な比較ができないことがあります。 今回の P. capuanaP. parva の場合は遺伝子の並びなどが良く保存されているにもかかわらず, ゲノムの構造のみ大きく異なるため,ゲノム構造の進化を探る絶好のモデルであると言えます。 今後,P. capuana のゲノムの断片化を試験管内で引き起こすなどの実験的な検証ができればさらに面白いですね。

Smith, D. R. & Lee, R. W. Mitochondrial genome of the colorless green alga Polytomella capuana: A linear molecule with an unprecedented GC content. Mol. Biol. Evol. 25, 487-496 (2008).

過去の関連記事:
解体する Polytomella のミトコンドリアゲノム

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女神の名を冠した新奇紅藻(2008.04.14)

紅藻類は,例えば磯の海藻の代表的な一群として観察される赤い一次共生藻類です。 紅藻において目の階級で新しい生物が発見されることは中々ありませんが,West et al. (2008) はマダガスカルより採集された新種の着生性藻類を真正紅藻綱(Florideophyceae)の新目ロダクリア目(Rhodachlyales) として報告しています。

真正紅藻類の分類は近年見直しが進んでおり,新目の設立も相次いでいますが (真正紅藻の分子系統と目の分類),新しい藻類に基づく新目の記載はほとんどありませんでした。 最近の新目の設立はまず分子系統があり,その結果多系統となった目が分割される形で行われてきました。 その結果,真正紅藻類の分類体系はかなりのところまで整理されてきましたが,これで分類学が終わりというわけではなく, まだまだ新生物の探索も続けられています。

マダガスカルは新生代の初め頃には既にアフリカから離れており,地史的に独特の島とされています。 ところがこの島における海藻の調査はあまり行われておらず,微小な付着性の紅藻にも未記載のものが多数あると思われました。 そこで著者らはその培養株を多数確立し,研究を進めていました。 その内の 1 種が新属新種,Rhodachlya madagascarensis です。なお,属名は紅藻の「赤」を意味する "Rhod" とギリシャ神話の女神である "Achlys" に由来しているそうです(種小名はもちろん採集地)。

R. madagascarensis は海草の仲間である Posidonia(単子葉植物綱オモダカ目)に付着する着生性の藻類で, 分枝する糸状の藻類です。糸状体からはときに単細胞性の細長い毛が伸びており, 生殖様式は無性的な単胞子の形成のみが知られています。形態的にはウミゾウメン亜綱(Nemaliophycidae)のアクロケチウム目 (Acrochaetiales)やベニマユダマ目(Colaconematales)に類似しますが, アクロケチウム目とベニマユダマ目では胞子がアメーバ運動するのに対して,R. madagascarensis の胞子は滑走運動を行う点で異なっているそうです。

重要なのは R. madagascarensis の系統的位置で,SSU rDNA,LSU rDNA および EF2 の 3 遺伝子の解析からは, ウミゾウメン亜綱の独自の系統であることが示唆されました。系統解析の解像度はベイズ法ではある程度得られるものの, 最尤法ではあまり得られない傾向がありますが,少なくとも R. madagascarensis が既知のどの目とも特に近縁ではないことは明らかとなっています。

                     -------アクロケチウム目
                 -------|
                 |   -------ダルス目
              -------|
              |   |-------------ベニマユダマ目
              |   |
          -------|   --------------ウミゾウメン目
          |   |
          |   |--------------------チスジノリ目
       -------|   |
       |   |   ---------------------バルビアニア目
   -------|   |
   |   |   ----------------------------カワモヅク目
------|   |
   |   -----------------------------------Rhodachlya(ロダクリア目)
   |
   ------------------------------------------バリア目

著者らはこの系統的位置を主な根拠として,Rhodachlya のために新目ロダクリア目(と新科ロダクリア科: Rodachlyaceae)を記載しました。一応いくつかの微細構造,例えばチラコイド膜が葉緑体の周辺を囲んでいない点や, ピットプラグ(隣接する細胞を仕切る細胞壁に見られる構造)が独特な特徴を持っている点などもロダクリア目の 特殊性を支持しています。

最後に著者らは R. madagascarensis が葉状の配偶体を持つ紅藻の胞子体世代である可能性に触れていますが, 培養の結果や系統的位置からはその可能性は少ないとしています。

独特の地史を持つマダガスカルから独自の系統が見つかったのは面白い話です。 著者らは他にもマダガスカル産の着生性紅藻類を多数培養しているそうなので,他にも新しい藻類が含まれるかも知れません。 現状では既知の紅藻の分子系統も全てが解っているわけではありませんので,地道な配列情報の蓄積も期待されます。

West, J. A. et al. Rhodachlya madagascarensis gen. et sp. nov.: A distinct acrochaetioid represents a new order and family (Rhodachlyales ord. nov., Rhodachlyaceae fam. nov.) of the Florideophyceae (Rhodophyta). Phycologia 47, 203-212 (2008).

過去の関連記事:
一新された紅藻の上位分類真正紅藻の分子系統と目の分類

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シャジクモを隔てる水深 1m の壁(2008.03.19)

シャジクモ(Chara braunii)は汎世界的に分布する大型の淡水藻類です。 本種は日本国内でも様々な淡水環境に生息し,また多数の種内分類群が記載されてきました。Kato et al. (2008) は,生育環境と種内分類群の対応関係に関心を持ち種内系統と形質の違いについて研究を進めました。

水生植物は一般に種ごとに限られた環境に生息するそうですが,シャジクモに関しては湖の底から水田まで生息しています。 さらに日本産のシャジクモとしては 2 型,あるいは 3 品種(C. braunii f. braunii,f. schweinitzii, f. oahuensis)が認められていることから,品種ごとに生息環境の棲み分けがなされている可能性も考えられます。 しかもシャジクモに複数の隠蔽種を認めた研究も存在し,品種とされているものが独立種になる可能性もありました。 そこで著者らは日本各地の様々な水性環境から得られたシャジクモの葉緑体遺伝子配列を解析し, 品種を区別するための形態観察と併せて比較しました。

シャジクモ(培養瓶中)

この研究では日本国内 39 ヶ所から得られた 88 サンプルについて葉緑体の rbcL 遺伝子と atpB-rbcL IGS 領域の配列が解読され,分子系統解析に用いられました。 日本産のシャジクモはシャジクモ目(車軸藻植物門) の中で単系統群を形成し,大きく二つの系統群に分かれています(group A と B;それぞれ 52,36 サンプル)。 著者らはこの葉緑体の 2 大系統が生息環境を反映していることを指摘しています。すなわち group A は水深 15cm 未満の浅く,時に干上がるような環境(水田など)に生息し,group B は水深 1m 以上の恒常的な水性環境 (湖や池など)に生息していたそうです。

       -------シャジクモ group A(日本産,浅い環境)
   -------|
------|   -------シャジクモ group B(日本産,深い環境)
   |
   --------------シャジクモ(ハワイ産)

ではこの 2 大系統は独立した隠蔽種,あるいは品種に当たるのかが問題になります。著者らは品種の識別形質である卵胞子, 苞や托葉冠の数量的形質を調べましたが,75% 以上のサンプルが既存の品種には分類できなかったそうです。 また各識別形質の違いが連続的で,2 大系統群の間にも,またそれ以外にも形態的なギャップが見つかっていません。 すなわち日本産のシャジクモには形態的な 2 型や複数の品種は認められませんでした。

著者らは,水田のような浅い水性環境と池のような深い水性環境が近接していることから, それぞれに住むシャジクモは互いに(卵胞子が)行き来している可能性を指摘しています。では何故浅い水性環境には group A のみが,深い水性環境には group B のみが見つかるのかという疑問が生じます。 浅い水性環境と深い水性環境では光量や温度,環境の安定性,気体(二酸化炭素など)の状況が異なっており, これらの環境因子に対する生理的な適応の違いが group A と B の違いとなっている可能性があります。 残念ながら著者らはこの生理的な差を直接検証するには至っていませんが,今後,シャジクモの単藻培養株 (シャジクモ以外の藻類を含まない株)を確立することで,生理学的な差が調べられるようになるとしています。

Group A と B は形態的に区別できないようなので,少なくとも遺伝子にほとんど分化していないと思われます。 だとすれば日本産のシャジクモでは進行中の種分化の過程が見えているのかも知れません。 さらにハワイ産のシャジクモが group A と B のいずれにも属さないことから, 環境ごとの分化は比較的最近に起こったと考えられます。Group A と B の分化が日本において起こったのか, それとも例えば大陸(中国など)で 2 型が分化し,双方が日本に渡ってきたのかなど, 種分化を地史的に追うことも面白いかも知れません。このようにシャジクモは極めて示唆に富んだ材料であり, 今後著者らがどのように研究を展開させていくのかが楽しみです。

Kato, S. et al. Morphological variation and intraspecific phylogeny of the ubiquitous species Chara braunii (Charales, Charophyceae) in Japan. Phycologia 47, 191-202 (2008).

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マラリア原虫と渦鞭毛藻をつなぐ生き証人が見つかった(2008.03.07)

マラリア原虫(Plasmodium falciparum)などを含むアピコンプレックス門の原生生物の多くに, アピコプラストと呼ばれる色素体の痕跡器官が知られていますが,アピコプラストの由来については論争が続いていました。 しかし Moore et al. (2008) は光合成を行うアピコンプレックス門の姉妹群,クロメラ門(Chromerida),を発見し, その謎に大きく迫りました。

アピコンプレックス門には様々な寄生虫が含まれることから,医学上も関心が持たれる原生生物です。 一方でアピコンプレックス門に近縁な渦鞭毛動物門には二次共生由来の色素体を持つものが多数知られています。 しかしいずれのグループも初期に枝分かれした系統で色素体が知られていなかったため,色素体を持った同じ祖先に由来したのか, あるいは独立に色素体を獲得したのかは謎とされていました(渦鞭毛藻三次共生起源説 など参照)。 特にアピコプラストは光合成を行わず,色素体ゲノムからも光合成関連遺伝子は失われています。 一方で渦鞭毛藻類の色素体もやはり特殊化しており,光合成関連遺伝子以外の遺伝子が色素体から失われていると言われています。 そのためアピコプラストと渦鞭毛藻類の色素体の遺伝子を直接比較することはできませんでした。 最近になって渦鞭毛動物門の初期分岐である Perkinsusパーキンサス目)において色素体の痕跡器官の存在が示唆され (色素体のミッシングリンクの痕跡続報), アピコンプレックス門と渦鞭毛動物門の色素体が共通の祖先を持つとの仮説が有力になっていますが, Perkinsus の色素体ゲノムについては情報がなく,やはり直接比較はできませんでした。

著者らが報告した Chromera velia(以下「クロメラ」)はこの間隙を埋める生物です。 クロメラはコマルキクメイシ(Plesiastrea versipora; 刺胞動物門石珊瑚目)という珊瑚の共生藻として分離された 5〜7µm の球形の単細胞性"藻類"です(著者らは命名規約上,原生"動物"に準ずる扱いをしています)。 少なくとも分裂直後には色素体を一つ持ち,黄褐色を呈します。細胞は細胞壁に囲まれ, 細胞表層にはアルベオラータ類の特徴である泡室(cortical alveoli)を持ちます。細胞内部には鞭毛 (internal cilium/cilia)と 1 個の大きめのミトコンドリアを有し,石珊瑚類に共生するか,自由生活をしているそうです。

核の LSU rDNA と SSU rDNA の系統解析から,クロメラはアピコンプレックス門に近縁なことがわかりました。 特に SSU rDNA の解析からはクロメラが色素体の知られていない コルポデラ目に近縁な可能性が示唆されています。 すなわちクロメラは初めて見つかった光合成を行うアピコンプレックス門の親戚ということになります。

       -------渦鞭毛虫類(一部が光合成を行う)
   -------|
   |   -------パーキンサス類(色素体の痕跡?)
   |   
------|   -------クロメラ(光合成を行う!)
   |   |
   -------|------コルポデラ類(色素体なし?)
       |
       -------他のアピコンプレックス類(一部が色素体の痕跡を持つ)

となると次に興味が持たれるのはクロメラの色素体の特徴です。クロメラの色素体の SSU rDNA の解析の結果, この色素体は明らかにアピコプラストと類縁性がありました。と同時に光合成関連タンパク質である PsbA の系統樹では, クロメラの色素体と渦鞭毛藻類の色素体の類縁性が認められました。さらに psbA 遺伝子ではトリプトファンのコドンに UGG が用いられていたそうで,これもアピコンプレックス門のコクシディウム類でのみ知られている特徴であったことから, やはりアピコンプレックス門とクロメラの類縁性を支持していると見られます。では色素体の他の特徴はどうでしょうか。

通常の渦鞭毛藻類の色素体(補助色素としてペリディニンを持つもの)はクロロフィルとして a と c を含みます。 ところがクロメラはクロロフィル a は持つものの,他のクロロフィルを持っていなかったそうです。すなわちクロメラ, あるいはクロメラとアピコンプレックス門の共通の祖先においてクロロフィル c が失われたものと推定されます。 次に色素体の包膜の枚数に関心が持たれています。渦鞭毛藻類の色素体は 3 重の膜に包まれているのに対して, アピコプラストは種によって異なる可能性はあるものの,祖先的に 4 重の膜に包まれていたと考えられています。 今回の研究ではクロメラの色素体が 4 重膜に包まれていることが明確に示されていて,渦鞭毛藻の祖先で色素体包膜が 1 枚失われた可能性を支持しています(色素体の包膜が増えるとは考えづらいため)。

今回,クロメラを介することによって,アピコンプレックス門と渦鞭毛藻類の色素体の近縁性が初めて示されました。 これまで色素体の特徴からゲノム情報まで様々な観点からアピコプラストと渦鞭毛藻類の色素体の関係が議論されてきました。 しかしクロメラの発見は,それだけでアピコプラストと渦鞭毛藻類の色素体の類縁性の極めて説得力のある証拠と言えます。 クロメラは独立の門に分類されましたが,未知の新門が残されていただけでも驚きで, しかもそれが進化上の大問題の解決に迫る生き物とあれば,その重要性は計り知れません。 おそらく今後多くの研究者がクロメラの研究を始めるでしょうし,その色素体ゲノムなども直ぐに出版されるでしょう。 クロメラを巡る展開は本当に楽しみです。

Moore, R. B. et al. A photosynthetic alveolate closely related to apicomplexan parasites. Nature 451, 959-963 (2008).

Keeling, P. J. Bridge over troublesome plastids. Nature 451, 896-897 (2008).

過去の関連記事:
クリプトスポリジウム原虫のゲノム繰り返された真核共生紅藻由来の二次共生葉緑体の進化色素体のミッシングリンクの痕跡続報渦鞭毛藻三次共生起源説夜光虫の光の源マラリア原虫が緑に見えた背景色素体の証拠隠滅?渦鞭毛藻の姿をとどめた寄生虫海の魔物の正体は

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OTOKOGI の系譜を辿る(2008.02.27)

ヒゲマワリの男の紋章続報では, 群体性オオヒゲマワリ目(Volvocales)藻類の Pleodorina starrii の雄特異的遺伝子 PlestMID (別名 OTOKOGI)について紹介しましたが,雌雄分化を起こす前の Gonium pectorale(ヒラタヒゲマワリ) においても MID 遺伝子が調べられ(GpMID),有性生殖の進化過程に迫っています (Hamaji et al., 2008)。

群体性オオヒゲマワリ目藻類では接合型(雌雄異株か雌雄同株か)や雌雄性の有無(配偶子の大小 2 型) が段階的に進化しており,性の進化過程の解明に適していると言われています。 群体性オオヒゲマワリ目藻類に近縁なコナミドリムシ(Chlamydomonas reinhardtii) においてはプラス型とマイナス型の性が認められ MID(minus-dominance)遺伝子を持つものがマイナス型に, 持たないものがプラス型になることが知られています。コナミドリムシの 2 種類の配偶子はプラス型のみ接合突起 (tubular mating structure:TMS)を持つ点で区別されますが,大小(雌雄)の違いはありません。 一方で Pleodorina は不動性で大型の卵子(雌性配偶子)と遊走性で小型の精子(雄性配偶子)が接合する卵生殖を行います。 そして今回調べられた Gonium の仲間は配偶子に大小の差がなく,接合突起も両方の性が持っています。 そこで著者らは G. pectorale の性的 2 型に迫るため,性特異的と考えられる MID 遺伝子を調べました。

著者らはまず,既知の MID 遺伝子配列を手がかりに G. pectoraleMID 遺伝子の配列を特定しました。 この GpMID 遺伝子はマイナス型の個体にのみ存在し,遺伝様式からもマイナス型特異的であることが示されました。 GpMID 遺伝子の発現は Pleodorina の場合と同様に,有性生殖が誘導される窒素欠乏によって促進され, 他の MID 遺伝子,特に Pleodorina の遺伝子との近縁性も支持されました。

さて,コナミドリムシの場合,MID 遺伝子は組み換えが抑制されている性染色体領域に位置することが知られていました。 そこで著者らは G. pectorale において性染色体領域の有無,構造を調べるため,いくつか遺伝子と MID 遺伝子の組み換え価を調べました。その結果コナミドリムシで性染色体領域に位置する 4 遺伝子の内, 1 遺伝子(LEU1S)のみが MID 遺伝子と厳密に連鎖し,他の 3 遺伝子は MID 遺伝子と連鎖しませんでした。 MIDLEU1S の間では組み替えが抑制されていると思われますが (単に距離が近いために組み替えが起こりにくい可能性もある),他の 3 遺伝子は性染色体領域には存在しない, すなわち性染色体領域の遺伝子組成や構造がコナミドリムシと G. pectorale では大きく異なることが示唆されました。

さらに遺伝学的解析の過程で,プラス型とマイナス型の両方のゲノムを持った 2 倍体と思われる個体が見つかりました。 これらの個体はプラス型と接合し,MID を持つ方がマイナス型になるというコナミドリムシにおける研究と一致しました。 また,群体性オオヒゲマワリ類ではオルガネラが片方の接合からのみ受け継がれることが知られていますが, このパターンはコナミドリムシと G. pectorale で一致し,プラス型から色素体ゲノムが, マイナス型からミトコンドリアゲノムが遺伝することが示されました(例外はあり)。

コナミドリムシと G. pectorale の有性生殖の様子は全体によく似ているようですが,一つの違いは接合突起の形成です。 コナミドリムシではプラス型のみが,G. pectorale では両方の性が接合突起を形成するため, 著者らは,コナミドリムシでは MID が接合突起の形成を抑えているのに対して,G. pectorale ではこのような抑制が働いていないのだろうと議論しています。

G. pectorale に近縁な藻類には雌雄同株のものも知られており(例えば G. multicoccum日本にはどんな藻類がいるのか),オルガネラの遺伝様式や接合突起のパターン, 配偶子の同型・異型が異なる藻類も群体性オオヒゲマワリ類に知られています。このような藻類の MID 遺伝子の遺伝様式や性染色体領域の構造を調べることで,有性生殖の進化を分子レベルで理解することが期待されます。 さらに微細藻類は扱いが容易ですから,なぜ性的 2 型が真核生物で何度も進化したのか,なぜ有利なのか, という進化学上の大きな疑問にも迫ることができるかも知れません。

Hamaji, T. et al. Identification of the minus-dominance gene ortholog in the mating-type locus of Gonium pectorale. Genetics 178, 283-294 (2008).

過去の関連記事:
日本にはどんな藻類がいるのかヒゲマワリは収斂進化のタマモノヒゲマワリの男の紋章続報

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渦鞭毛虫の根元を照らす夜光虫(2008.02.14)

渦鞭毛虫類の系統における色素体の獲得時期については未だに論争の的になっています (例えば 渦鞭毛藻三次共生起源説 など)。そこで渦鞭毛虫類の初期分岐に注目が集まっていますが, Fukuda & Endoh (2008) は原始的な渦鞭毛虫類の可能性が指摘されていたヤコウチュウ(Noctiluca scintillans) の系統的位置を明らかにしています。

渦鞭毛虫類には二次共生由来の色素体を持った光合成性の種が多数含まれますが,祖先的な種に非光合成性の種が多く, 渦鞭毛虫類の祖先が色素体を持っていたのかどうかはっきりしていません。しかしこれまでの系統解析では解像度が低く, 例えばヤコウチュウの位置についても渦鞭毛藻類の中で最初期に分岐した可能性や, より派生的なギムノディニウム目に含まれる可能性が議論されています。最近では発光に関わる酵素(ルシフェラーゼ) の研究からヤコウチュウが祖先的な渦鞭毛藻類である可能性が支持されています(夜光虫の光の源)。 そんな中で著者らは β-チューブリンと熱ショックタンパク質 90(Hsp90)の遺伝子を調べました。

著者らはこれらのタンパク質から 2 種類の情報を得ています。一つは渦鞭毛虫類に固有のアミノ酸残基の発見で, もう一つはタンパク質全体の配列情報で,後者が系統解析に用いられます。まず β-チューブリンの配列中に 4 個, Hsp90 の配列中に 4 個の渦鞭毛虫類(オキシリス:Oxyrrhis を含む)に良く保存され, 近縁な Perkinsus では異なるアミノ酸をヤコウチュウで確認しました。さらに同様のアミノ酸欠失もヤコウチュウの Hsp90 にて確認されました。ここからまず,ヤコウチュウが渦鞭毛虫類に含まれることが裏付けられます。

β-チューブリンと HSP90 タンパク質の系統樹では,いずれも渦鞭毛虫類の中ではオキシリスが最初に分岐し, 次いでヤコウチュウが分岐する可能性が示唆されています。しかしヤコウチュウの位置について解析によって結果がことなり, HSP90 の系統樹における統計的支持率も高くありません。β-チューブリンの系統樹では, ヤコウチュウがオキシリス以外の渦鞭毛虫の最初の分岐になっている下記の樹形が支持されます (二重線は固有のアミノ酸座位やアミノ酸欠失で指示される部分)。

              -------その他の渦鞭毛虫類(光合成性のものを含む)
          -------|
       =======|   -------ヤコウチュウ(Noctiluca scintillans
       |   |
   -------|   --------------オキシリス(Oxyrrhis marina
   |   |
------|   ---------------------パーキンサス(Perkinsus marinus
   |
   ----------------------------アピコンプレックス類

系統解析の結果,ヤコウチュウの位置はある程度絞られていますが, AU 検定の結果からは,ヤコウチュウがより派生的な渦鞭毛虫類である可能性も十分には否定されていません。また 2 つのタンパク質の配列をつなげた解析も示されていますが,こちらは解析に含まれた種数が少なすぎて議論には向きません。

さて,著者らは上述の系統仮説が正しいものとして,渦鞭毛虫類の進化について議論しています。 まずオキシリスまで含めた渦鞭毛虫類の祖先は二倍体二鞭毛の生物で,典型的な渦鞭毛藻核(染色体が常に凝集し, ヒストンを持たない;核分裂に核外紡錘糸が関与するなどの特徴を持った渦鞭毛藻類の多くに見られる核) を持たなかったと考えられました。そしてヤコウチュウでは栄養体が特殊化し, 配偶子では染色体が凝集した渦鞭毛藻核の特徴を示します。一方で残りの渦鞭毛虫は通常半数体とされ, 細胞周期を通じて染色体が凝集する渦鞭毛藻核を持つことから,ヤコウチュウの様な生物の半数体世代が幼形成熟 (neoteny)をすることによって進化したと推定されています。

系統解析の精度にはまだ改善の余地があるように思われますが, 別々のタンパク質に基づく系統解析でヤコウチュウが原始的な位置を占めたことは注目に値するでしょう。 しかし現状ではシンディニウム類や Duboscquella のような(海の魔物の正体は), 基盤的な渦鞭毛虫類の配列が不足しており,複数の遺伝子について充実した種数の系統解析がなされる必要があるでしょう。 ただしこれらの渦鞭毛虫類は培養が困難ですから,培養株の確立か,培養に基づかない分子研究が重要になってくるかと思います。

Fukuda, Y. & Endoh, H. Phylogenetic analyses of the dinoflagellate Noctiluca scintillans based on β-tubulin and Hsp90 genes. Eur. J. Protistol. 44, 27-33 (2008).

過去の関連記事:
色素体のミッシングリンクの痕跡続報渦鞭毛藻三次共生起源説夜光虫の光の源色素体の証拠隠滅?渦鞭毛藻の姿をとどめた寄生虫海の魔物の正体は

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緑藻色素体のスピンオフ(2008.02.12)

ユーグレナ藻類とクロララクニオン藻類は緑色植物由来の色素体を持った二次共生藻類であると考えられていますが, それぞれの色素体の元になった緑色植物は特定されていません。Takahashi et al. (2007) は色素体から核に移行した psbO 遺伝子に着目し,その系統解析と,タンパク質のアミノ末端の特徴から,色素体の起源に迫っています。 (本論文には筆者も共同執筆者として参加しています)

色素体の由来を辿るには色素体の遺伝子の系統樹を調べるのが最も素直な方法と言えるでしょう。 ところが色素体の遺伝子は核の遺伝子に比べて進化速度が速くなることが知られています。 そのため一次共生色素体と二次共生の色素体で進化速度に違いが生じ,系統解析に向かないことが考えられました。 そこで著者らは psbO という遺伝子を系統解析のマーカーとして選択しました。 psbO 遺伝子は葉緑体で働くタンパク質をコードしていますが,一次共生植物においても二次共生植物においても, 核にコードされています(色素体から核に移行した)。そのため進化速度はいずれも核遺伝子の進化速度に準じると想定されます。

まず PsbO タンパク質の系統樹では,緑色植物は主に緑藻植物類とストレプト植物類に二分され, Mesostigma は統計的支持は低いものの緑藻植物の根元に位置してました。肝心の二次共生植物については, ユーグレナ藻類が Mesostigma より外側の緑藻植物側に位置し,クロララクニオン藻類が派生的な緑藻植物類のクレード (クロロデンドロン藻綱,アオサ藻綱,緑藻綱などを含む)の根元に位置しました。すなわち祖先的な緑藻植物がユーグレナ藻類の, 派生的な緑藻植物がクロララクニオン藻類の色素体になったと予想されます。ただしいずれも統計的支持率は低い値でした (後者についてはベイズの事後確率で支持されていた)。

他方,より興味深い結果が得られたのは PsbO のアミノ末端の特徴でした。アミノ末端にはタンパク質の局在を決める配列が存在します。 アミノ末端よりの ER-targetting ドメインは疎水性領域を含む 10-15 アミノ酸からなり,次いで疎水性の thylakoid-targetting ドメイン (TTD)が存在します。前者は二次共生植物の特徴ですが,TTD は一次共生植物と二次共生植物の両者に存在し,対比が可能です。 著者らは TTD の配列とこれに接した成熟タンパク質の末端配列を 4 種類に分類しています。

ユーグレナ藻類では成熟タンパク質の末端に 2 アミノ酸の挿入があり,1 アミノ酸の挿入がある Mesostigma と似ています。 他の緑藻植物の系統ではアミノ酸の挿入が見られないことから,ユーグレナ藻類の色素体が祖先的な緑藻植物に由来する可能性と矛盾しません。 また,他の緑色植物の場合,TTD の成熟タンパク質寄りの末端は AXA という並びなのに対して,クロララクニオン藻類と Tetraselmis (クロロデンドロン藻綱)では SNA あるいは SKA というアミノ酸の並びになっています。 こちらはクロララクニオン藻類の色素体が特にクロロデンドロン藻類に近縁である可能性を示唆し, 問題の色素体の起源が派生的な緑藻植物であるとする仮説と一致します。

ユーグレナ藻類の色素体の起源は特定されるに至りませんでしたが,仮に最近の定説の通り Mesostigma がストレプト植物だとすると (謎の藻類メソスティグマの安住の地 IIIIIIIV),ユーグレナ藻類の色素体も基盤的なストレプト植物に由来するのかも知れません。 長さは違うもののユーグレナ藻類や Mesostigma と,他のストレプト植物の成熟タンパク質のアミノ末端に挿入が見られることは, この仮説を支持しているようにも解釈できます。他方,クロララクニオン藻類の色素体はクロロデンドロン藻綱に由来すると推定されます。

       ---------------------プラシノ藻類
       |
       |--------------------プラシノ藻類
       |
       |--------------------プラシノ藻類
   -------|
   |   |       -------クロロデンドロン藻綱
   |   |   -------|
   |   |   |   -------クロララクニオン藻類の色素体
   |   -------|
   |       |-------------アオサ藻綱
------|       |
   |       --------------緑藻綱
   |
   |---------------------------Mesostigma
   |
   |---------------------------ユーグレナ藻類の色素体
   |
   ----------------------------ストレプト植物類

残念ながら今回は 1 遺伝子のみの解析であるため系統樹の解像度が低く,この点では今後,複数遺伝子による解析が求められます (ただし色素体由来の核遺伝子がどれほどあるのかが問題ですが)。またトレボウクシア藻綱やペディノ藻綱の配列が解析されていないため, クロララクニオン藻類がこれらの藻類に由来する可能性は検証できません。 しかし輸送ペプチドの配列を系統的位置の推定に用いた点では極めて画期的であると言えます。 他の核コードの色素体遺伝子で同様の研究が行われれば,二次共生色素体の起源や緑色植物の大系統に迫ることができるかも知れません。

Takahashi, F. et al. Origins of the secondary plastids of Euglenophyta and Chlorarachniophyta as revialed by an analysis of the plastid-targetting, nuclear-encoded gene psbO. J. Phycol. 43, 1302-1309 (2007).

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鞭毛の中心に迫る II(2008.02.07)(→分子細胞学)


鞭毛の中心に迫る I(2008.02.05)(→分子細胞学)


植物の最初の枝分かれ(2008.01.24)

真核植物はシアノバクテリアの細胞内共生(一次共生)によって成立したと考えられています。 真核植物を細胞内共生させた植物も多数知られていますが,真核植物の最初期の進化を探るには一次共生植物の系統関係が問題となります。 Reyes-Prieto & Bhattacharya (2007) は色素体で機能するタンパク質,特に核コードのタンパク質の系統解析を行い, 灰色藻類が最初に分岐した一次共生植物であると推定しています。

一次共生植物としては緑色植物(陸上植物,緑藻類など),紅藻類,灰色藻類の 3 つの系統が知られており, 併せて単系統の植物界となるのか,それとも色素体を二次的に喪失したものがいるために側系統群となるのか見解が分かれています (過去の関連記事を参照)。しかし著者らはその問題とは別に,一次共生植物の色素体の系統関係を調べました。 著者らはゲノム情報や EST データに基づいて 19 個の核にコードされた葉緑体タンパク質を選別しました。 含まれた生物も灰色藻類から 2 種,紅藻類から 4 種,緑藻類から 4 種と平等に選ばれており,シアノバクテリア 6 種が外群となっています。 そしてこれらに基づいて系統解析が行われました。なお,彼らは一次共生植物の単系統を仮定していますが, 側系統だとしても解析に影響はないはずです。

解析の結果からは,一次共生植物の中で灰色藻類が最初に分岐し,緑色植物と紅藻類の分岐がそれに続いています。 灰色藻類が緑色植物あるいは紅藻類と姉妹群となる可能性は AU 検定によって棄却されています。 さらに置換速度の速い座位を除いた場合にも同じ樹形が支持され,支持率も高くなることも示されています。

   ---------------------シアノバクテリア
   |
------|   --------------灰色藻類
   |   |
   -------|   -------紅藻類
       -------|
          -------緑色植物

さて,過去の核遺伝子の系統樹では紅藻類が先に分岐したとの推定も得られており (例えば植物界が一つにまとまる時続報:巨大な植物界など), 今回の結果と矛盾していますが,著者らは Long-Branch Attraction(LBA)artifact などが原因であると推測しています。 これまでの核遺伝子の系統樹は Cyanidioschyzon merolae(温泉藻の一種)など特殊化した藻類のために誤っている可能性があるのに対して, 今回の核コード色素体タンパク質ではその心配はなさそうだと推測されていますが,今回解析に含まれた種数の少なさを考えると, どちらに問題があるのか,あるいはいずれも正しいのかを判断するのは難しいでしょう。

灰色藻の色素体が最も最初に分岐した色素体だとすると,確かに複数の原始的な特徴を見て取ることができます。 例えば灰色藻の色素体(シアネレとも呼ばれる)はシアノバクテリアの細胞壁と相同な構造と考えられているペプチドグリカン層を持っていて, 他の色素体としばしば区別されます。またやはりシアノバクテリアに見られるカルボキシソーム(葉緑体にあるRuBisCO や 炭酸脱水酵素の塊) もシアネレに特徴的と書かれていますが,カルボキシソームは紅藻や緑藻類などに見られるピレノイドと相同とも考えられるので, カルボキシソームの原始性については何とも言えないでしょう。遺伝子レベルではフルクトース 1,6 二リン酸アルドラーゼ(FBA) が注目されており,灰色藻類ではシアノバクテリア由来の FBA type II を持つのに対して,緑色植物や紅藻ではこれが FBA type I に置き換わっていることが指摘されています。

著者らはこのように,系統樹に基づいて色素体の形質進化についても議論を展開しており,確かにこの進化過程を理解することは, 色素体の共生進化の理解に大変重要であると考えられます。しかし彼らの調べた系統樹はあくまで色素体の系統樹であることにも注意が必要です。 仮に今回の系統樹と紅藻が最初に分かれたとする核遺伝子の系統樹がいずれも正しいとするならば, 紅藻が二次共生藻である可能性も出てきます。現在,この可能性を否定する明確な証拠はおそらく提出されていませんので, 宿主(核)側の系統関係と色素体側の系統関係がもう少し強く立証されない限り,一次共生植物の進化の謎は謎のままでしょう。

Reyes-Proetp, A. & Bhattacharya, D. Phylogeny of nuclear-encoded plastid-targeted proteins supports an early divergence of glaucophytes within Plantae. Mol. Biol. Evol. 24, 2358-2361 (2007).

過去の関連記事:
真核生物の大系統葉緑体の起源に迫るゲノム研究植物界が一つにまとまる時巨大な植物界続報もう一つの葉緑体続報続報 2

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コナミドリムシ属多様性の氷山の一角(2007.11.26)

日本産の淡水性微細藻類の多様性はほとんど明らかになっていません。 特にコナミドリムシ属(Chlamydomonas)は世界で約 400〜600 種が記載されてきたため同定が難しく, 日本からの報告は 30 種足らずにとどまっていました。Nakada & Nozaki (2007) は 2 種の日本新産コナミドリムシ属を報告し, 日本の微細藻類相の解明に一役買っています。(本論文は筆者が共同執筆したものです)

コナミドリムシ属は日本産の種がほとんど報告されていないのみならず,培養株やそれに基づいた分子系統解析, 微細構造の研究などもごく一部の種でしか行われていません。著者らは千葉県および東京都で採集した 2 種のコナミドリムシ属について, 培養株の観察と分子系統解析を行いました。

1 種はチョビコナミドリ(新和名;Chlamydomonas perpusilla;左図)で,千葉県の坂田ヶ池から採集されました。 もう 1 種はアリスガワコナミドリ(新和名;Chlamydomonas pumilio;右図)で,東京都渋谷区の有栖川公園の池より採集されました。 いずれの種もこれまで日本からの報告がなかったため,著者らは詳細な光学顕微鏡観察と分子系統解析を行っています。 これらの種類は長さが 11 µm 以下と小型で,種同定が特に困難な仲間となっています。

チョビコナミドリ アリスガワコナミドリ

分子系統解析の結果,チョビコナミドリはヤリミドリ属(Chlorogonium)という紡錘形の微細藻類に近縁であることがわかりました。 なお,ヤリミドリ属については著者らが以前に種分類の見直しを行っています(ヤリミドリの種は単系統か?)。 もう一種のアリスガワコナミドリはイロナシコナヒゲムシ属(Polytoma;無色の藻類)やコナミドリムシ属の 1 種 (Chlamydomonas pulsatilla)と近縁でした。また同じアリスガワコナミドリと同定されていた, SAG 18.73 株として維持されている株とは系統的に離れていて,SAG 18.73 株が実は誤同定であることも明らかにされました (アリスガワコナミドリは核が細胞の後方にあるが,SAG 18.73 株は細胞の前方に核があり,Chlamydomonas sordida と同定された)。

チョビコナミドリは 2 個の収縮胞を細胞の先端に持っていますが,近縁なヤリミドリ属では収縮胞が細胞の全体に散らばっています。 またアリスガワコナミドリでは核が細胞の後端にありますが,イロナシコナヒゲムシ属や Cd. pulsatilla は前端に核を持っています。 このように今回調べられた 2 種は細胞小器官の配置の進化を調べるにあたって興味深い生物と言え,培養株が確立されたことに意味があるでしょう (国立環境研究所の微生物系統保存施設から購入できます)。

数百種が知られるコナミドリムシ属にあって,日本産の種が 2 種追加されたことは大きな進展とは言えませんが, コナミドリムシ属の実態を明らかにするためには 1 種ずつ丁寧に観察していくことが重要です。 今後はチョビコナミドリやアリスガワコナミドリの電子顕微鏡観察などが行われる必要があるでしょうし, いずれもタイプ種として提案されている Chlamydomonas reinhardtii とは別系統であるため,別の属に分類される必要もあるでしょう。 コナミドリムシ属はほとんどの淡水環境に生息しており,その大多数が日本からは未記録の種類です。そのようなあらゆる種について, 今回と同様の研究が進められていくべきでしょう。

なお余談ですが,チョビコナミドリに記載されていた変種のうち Cd. perpusilla var. "limicola" と呼ばれた変種は, これまで国際植物命名規約に従って正式に記載されたことがありませんでした。そこでこの論文では命名規約に定められた形式に従って, Chlamydomoans perpusilla var. limnicola という学名を正式に発表しています。 チョビコナミドリの学名は元々 Chlamydomonas minima でしたが,既に同じ名前の学名が記載されていたため, 1940 年に Cd. perpusilla に改名されました。そしてこれに伴って Chlamydomonas minima var. limnicola と言う学名も Chlamydomonas perpusilla の下に組み換えられる必要がありました。Huber-Pestalozzi (1961) は "limnicola(水に住むもの)" という亜種の形容語を "limicola(泥に住むもの)" に勝手に修正して組み換えを試みましたが,この際に最初の記載論文を引用しなかったため, 命名規約の正式発表の用件を満たしていませんでした。そこで今回,正しい手続きにそって Cd. perpusilla var. limnicola として発表されたわけです。この際,亜種の形容語も "limicola" に変更する理由がなかったため,"limnicola" に戻しています。

Nakada, T. & Nozaki, H. Two species of Chlamydomonas (Volvocales, Chlorophyceae) new to Japan. J. Jpn. Bot. 82, 179-189 (2007).

Huber-Pestalozzi, G. Das Phytoplankton des Süsswassers. 5. Teil. Chlorophyceae (Grünalgen). Ordnung: Volvocales (E. Schweizerbart'sche Verlag, Stuttgart, 1961).

過去の関連記事:
日本にはどんな藻類がいるのか探せば見つかる「珍しい」藻類ヤリミドリの種は単系統か?

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コナミドリムシゲノムと鞭毛の遺伝子(2007.11.22)

被子植物は鞭毛を持ちませんが,単細胞性の緑藻類には鞭毛性のものが多数存在します。 中でもコナミドリムシ(Chlamydomonas reinhardtii)は鞭毛や光合成研究のモデル植物として用いられており, Merchant et al. (2007) によって全ゲノム配列の概要が明らかにされました。

植物と動物は真核生物の系統樹の根元付近で別れたことが知られているため,両者に共通している特徴を調べることで, 真核生物に普遍的な機構を明らかに出来ると考えられます。しかしながら研究の進んでいる被子植物は高度に特殊化した植物でもあり, 例えば鞭毛などは既に失われています。そこで鞭毛の研究に際しては未だ鞭毛を保持しているコナミドリムシのような緑藻類が用いられています。 また単細胞藻類は均一な培養系を得ることが容易であるため,光合成などの生理学的な研究にも用いられます。 そして今回,著者らはコナミドリムシのゲノム論文を発表しました。

解読されたのは約 121 Mb(1 億2100万塩基)で,EST データとの比較によれば全ゲノムの 95% が解読されたと見積もられています。 連鎖群は 17 で,染色体の数に対応していると見られています。ゲノム配列は GC 含量が高い(64%)ことも特徴です。 ゲノム中には 15,143 個のタンパク質をコードする遺伝子が推定されています。

論文中では様々な遺伝子ファミリーについて他の生物との比較やコナミドリムシの生態との関連が議論されています。 さらに著者らはコナミドリムシの遺伝子を他の真核生物のゲノムと比較した時に,例えば緑色植物のみ,植物のみ(紅藻含む), 鞭毛を持つ生物のみ,などに見つかる遺伝子を区分けしています。例えば緑色植物にのみ見つかる遺伝子には, 光合成装置や他の一次代謝に関わる遺伝子が含まれ,既知のタンパク質では 85% 以上が葉緑体に局在することが分かっています。 植物特異的な遺伝子も色素体で機能するものが多いようで,その 7 割以上がシアノバクテリアに由来するようです。

鞭毛関連の遺伝子についても詳細に議論されており,他の鞭毛(やその相同器官)を持つ生物との比較を行っています。 特に線虫は運動性のない「鞭毛」を持つため,鞭毛の運動性に関わる遺伝子を認識するために比較されています。 また,ヒメツリガネゴケ(Physcomitrella patens)は鞭毛を持ちますが, 鞭毛運動に関わるダイニンのうち外腕ダイニンを欠いているそうです。 すなわちヒメツリガネゴケでは精子の鞭毛運動に外腕ダイニンは必要ないようです。一方で珪藻の一種,Thalassiosira nana の場合, やはり運動性のある鞭毛を持ちますが中心微小管を欠くそうで,鞭毛構造の多様性に興味を引かれます。

このようにコナミドリムシは主に動物学者の興味の対象であった鞭毛と,植物学者の興味の対象であった葉緑体の両方を持ち, しかも他のモデル生物とは系統的にも適度に離れているため,ゲノム比較の格好の材料になっています。 今回,鞭毛や光合成に関連する遺伝子がいくつも絞り込まれましたので,これらの遺伝子の詳細な機能が今後調べられるよう望まれます。

Merchant, S. S. et al. The Chlamydomonas genome reveals the evolution of key animal and plant functions. Science 318, 245-251 (2007).

過去の関連記事:
中心小体を中心に配置を決める

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問題山積。シオヒゲムシ属の種分類(2007.09.14)

一部の種がカロテノイドを産生することから,産業的にも注目されている微細藻類の属にシオヒゲムシ属 (Dunaliella;緑藻植物門オオヒゲマワリ目)があります。 本属には 20-30 種が記載されてきましたが,培養株の比較に基づいた分類学が大きく遅れており, 分類が混沌としていました。Borowitzka & Siva (2007) は培養株に基づいてこれまでの分類の再検討を進めています。

シオヒゲムシ属は等長二鞭毛性の緑色単細胞藻類で,特に細胞壁を持たないことが特徴とされています。 シオヒゲムシ(D. salina)などの種では β-カロテンなどのカロテノイドを大量に蓄積し, また重金属・農薬への耐性を持つことでも注目され,さらに淡水産の種が大多数を占めるオオヒゲマワリ目にあって, 海産種や高塩環境を好む種を多数含むことでも有名です。しかし一方で細胞壁を持たないことから細胞の形態が不安定で, 種同定や分類が困難なグループでもあります。そこで著者らは特に N. P. Massyuk による 1973 年のモノグラフ (Morphology, Taxonomy, Ecology and Geographic Distribution of the Genus Dunaliella Teod. and Prospects for its Potential Utilization)を土台として,培養株の研究を付け加えることによって本属の分類を整理しています。

著者らは Massyuk による研究を非常に高く評価しています。形態および生理学的特徴が詳細に調べられていて, 多くの種が培養株に基づいて研究されたそうです。しかしこの研究はロシア語で記されていたこともあって, 欧米などの多くの研究者には知られておらず,これがシオヒゲムシ属の分類を遅らせているとも言えるようです。

シオヒゲムシ属の種は大きく淡水産のグループ(Pascheria 亜属)と残りの海産/好塩性のグループ(シオヒゲムシ亜属: subgenus Dunaliella)に分けられています。しかし淡水産のものについては過去の微細構造研究で シオヒゲムシ亜属とは大きく異なることが示されていて,シオヒゲムシ属に含めるべきでないとも言われています。 シオヒゲムシ亜属はさらに 4 つに分けられ,至適塩濃度が 2-4% NaCl の海産のもの(Tertiolectae 節), 至適塩濃度が 6% 以上の好塩性・放射相称で細胞がオレンジや赤色に変化するもの(Dunaliella 節),しないもの(Virides 節), 細胞が非放射相称のもの(常に緑色;Peirceinae)と分類されています。なお,この論文ではシオヒゲムシ亜属のみが扱われています。

著者らは手持ちの(Murdoch University Microalgae Culture Collection:MUR で維持している)株を用いて種レベルの識別形質 (形態・生理的な形質)を塩濃度を変えながら検証しました。細胞のサイズ,形状,葉緑体の構造,眼点の形質,鞭毛の長さ, 細胞質中の複屈折性顆粒(refractile granules)の有無と位置,成長可能な塩濃度の範囲,至適塩濃度,カロテイノイドの含有量や組成, が個別に検証されています。その結果,これらの多くが種レベルの識別形質として有効で,葉緑体の構造についてのみ(培養株が存在せず) 検証できませんでした。ただし培養条件を整えることが形質の評価に重要であることは強調されています。

まとめとして,著者らはシオヒゲムシ亜属の 4 節について検索表と,各種の詳細な再記載を与え(一部は Massyuk 論文の訳出と見られる), 今後のシオヒゲムシ属の種同定を助けています。シオヒゲムシ属については分子系統解析も行われていますが, 分類および種同定の混乱を反映して混沌とした結果を返しています。著者らは今回の見直しを踏まえて, 幾つかの培養株に対して誤同定の可能性と推定される種名を示していますが,このような正確な分類・同定を土台にしない限り, 互いに比較可能な生理学的研究や系統解析を行うことは出来ないと考えられます。

シオヒゲムシ属は多くの研究者が扱っている生物群であって,正確な種同定が渇望されていることは疑いありません。 培養株を如何に比較するか,つまり塩濃度を適切にする必要性が示されたことは,種同定に手間をかけることになりますが重要な進歩で, 著者らの方法で再同定を進めることで,形態と生理,系統などを統合した生物学的に妥当な種分類が実現するかもしれません。

Borowitzka, M. A. & Siva, C. J. The taxonomy of the genus Dunaliella (Chlorophyta, Dunaliellales) with emphasis on the marine and halophilic species. J. Appl. Phycol. 19, 567-590 (2007).

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原生生物の分類はどこへ行く(2007.09.05)(→進化・分類学)


続報:クリプト藻とハプト藻は生き別れの姉妹か(2007.08.28)

クリプト藻とハプト藻は生き別れの姉妹かでは EST データなどに基づく多遺伝子解析から, これまで系統的位置が不明であったクリプト藻とハプト藻が互いに姉妹群である可能性が指摘されています。 これとは独立に無色クリプト藻類の Goniomonas cf. pacifica やハプト藻の一種 Emiliania huxlei の EST を用いた多遺伝子解析が行われ,やはりクリプト藻とハプト藻の姉妹群関係が支持されました(Hackett et al., 2007)。

著者らはまず GoniomonasEmiliania の EST 解析を行いました。 そしてここから系統解析に用いる遺伝子を慎重に選択しています。具体的には重複遺伝子や水平遺伝子移動,共生遺伝子移動 (EGT: Endosymbiotic Gene Transfer)などの問題がなく,またオルガネラ関連遺伝子でもなく,長さが 200 アミノ酸以上, アラインメントが容易,そしてゲノム解読された全ての種で見つかっている 16 個の遺伝子が選ばれました。 しかし一部のハプト藻では EF2 が EGT に由来すると見られたためにこれら 2 種のデータからは除外されています。

系統解析の結果,クリプト藻とハプト藻の姉妹群関係が支持されました。またリザリア類を含んだデータで初めて植物界(Plantae; 灰色藻類,紅藻類,緑色植物)の単系統性が支持された点にも言及されています。 エクスカヴァータ類はバイコンタ類の基部で側系統となっていますが,エクスカヴァータ類の主要な系統で欠落しているものも多く, まだ暫定的な結果だとされています。リザリア類の位置も示されていますが,意外にもクロモアルベオラータ類の姉妹群になりました。 これらの主な系統関係は進化速度の速いサイトや種を除外した場合にも変わらなかったそうです。

   -------------------------------------------------オピストコンタ類
   |
   |------------------------------------------------アメーバ動物類
------|
   |   ------------------------------------------エクスカヴァータ類(Malawimonas
   |   |
   -------|   -----------------------------------エクスカヴァータ類(その他)
       |   |
       -------|   ----------------------------植物界(灰色藻類,紅藻類,緑色植物)
          |   |
          |   |          -------ハプト藻類
          -------|   --------------|
              |   |       -------クリプト藻類
              |   |
              -------|       -------ストラメノパイル類
                 |   -------|
                 -------|   -------アルベオラータ類
                     |
                     --------------リザリア類

統計検定も行われており,リザリア類はアルベオラータ類と姉妹群になる可能性もあり,またクリプト藻とハプト藻が植物界に近縁, あるいは植物界に含まれる可能性も残されています。

クリプト藻とハプト藻は生き別れの姉妹かの時と同様に,今回の研究でも二次共生藻の系統関係が, 従来考えられていたよりも複雑であることが示されました。あるいはこれは EGT が原因かもしれず,三次・四次共生の証拠かもしれません。 特にリザリア類がいわゆるクロモアルベオラータ類の内部に入ってきたため, リザリア類が過去に二次共生色素体を持っていた可能性も考える必要が出てきました。 クリプト藻類,ハプト藻類,オクロ藻類,渦鞭毛藻類とアピコンプレックス類のそれぞれの祖先で, 合計 4 回以上共生進化が起こったとする説も真剣に見直す必要があるでしょう(繰り返された真核共生渦鞭毛藻三次共生起源説)。

植物界の単系統性については最近改めて異論が出ており(巨大な植物界続報), 今回の結果とは食い違っています。これはデータセットの違いが原因と思われますが, 解析に用いる遺伝子の選び方については未だに定説がなく,当面は決着しないかもしれません。

いずれにせよまだまだ真核生物の大グループ間の系統関係は決着にはほど遠く, さらに多くの系統群が多遺伝子解析に加えられるのを待つしかないでしょう。

Hackett, J. D. et al. Phylogenetic analysis supports the monophyly of cryptophytes and haptophytes and the association of Rhizaria with Chromalveolata. Mol. Biol. Evol. 24, 1702-1713 (2007).

過去の関連記事:
アメーバの系統関係を示すユビキチン遺伝子の証拠巨大な植物界続報リザリアはどこか?渦鞭毛藻三次共生起源説クリプト藻とハプト藻は生き別れの姉妹か

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続報:巨大な植物界(2007.08.16)

シアノバクテリアに直接由来する色素体を持った植物を一次共生植物と呼び,灰色藻類(灰色植物門), 紅藻類(紅色植物),緑色植物の 3 つの系統が知られています。これらはしばしば単系統群を構成すると見られていますが, 分子系統による裏付けには議論の余地があります。Nozaki et al., (2007) では保存的な複数の核遺伝子の結合系統樹を描き, 一次共生植物が単系統とはならないこと,多くの原生生物が祖先的には一次共生植物だった可能性を指摘しています。 (本論文には筆者も共同執筆者として参加しています)

一次共生植物が単系統か否かについては長らく明確な証拠がありませんでした。しかし葉緑体とシアノバクテリアの系統解析, 各系統の葉緑体ゲノムの構造,そしてカルビンサイクルの各遺伝子の由来などの証拠から, 色素体の一次共生が共通の起源を持つと考えられています(葉緑体の起源に迫るゲノム研究, ただし別の系統の一次共生の可能性が指摘されている:もう一つの葉緑体続報続報 2)。葉緑体が単一起源であれば,一次共生植物もまた単系統群であろうと思われていましたが, 分子系統樹では結論が出ていません(真核生物の大系統 植物界が一つにまとまる時巨大な植物界)。今回著者らは,比較的保存性が高く, 真核生物の大系統を調べるのに適切と考えられた 19 遺伝子について,ハプト藻やエクスカヴァータ類(Excavata)など, これまであまり大規模系統解析に用いられてこなかった生物群を含めた解析を行いました。

データの中で,灰色藻類については配列が未決定の遺伝子が多く(8.3%),これらを含めた場合と除いた場合で解析を行っています。 またエクスカヴァータ類についても含めた場合と除いた場合を分けて解析しています。 それぞれの分類群の有無によって系統樹も若干変化しますが,一次共生植物の単系統性はどの解析でも否定されています。 まずバイコンタ類の根元で紅藻類が分岐し,エクスカヴァータ類を含めた場合にはこれが紅藻類の姉妹群となります。 残りのバイコンタ類には一次共生植物の灰色藻類や緑色植物の他に,ストラメノパイル類やアルベオラータ類,ハプト藻類など, 二次共生植物や非光合成性の原生生物の仲間が含まれ,単系統群を構成していました。 この中ではストラメノパイル類とアルベオラータ類が姉妹群となることが強く支持されていました。

           -------アルベオラータ類    |
       -------|               |
       |   -------ストラメノパイル類   |
       |                   |
    -------|-------------ハプト藻類       |
    |   |                   |
    |   |-------------緑色植物        |バイコンタ類
-------|   |                   | →「超」植物界(Plantae)
|   |   --------------灰色藻類        |
|   |                      |
|   |       -------エクスカヴァータ類   |
|   --------------|               |
|          -------紅藻類         |
|
|---------------------------オピストコンタ類(菌類,襟鞭毛虫類,動物)
|
----------------------------アメーバ動物類(細胞性粘菌,変形菌)

さらに灰色藻類を含めたデータについて幾つかの統計検定も行っており,エクスカヴァータ類を除いた場合には 紅藻類と緑色植物の単系統性は 5% 有意水準で棄却されませんが,エクスカヴァータ類が含まれた場合には 両者の単系統性は 1% の有意水準でも棄却され,さらに紅藻(または紅藻とエクスカヴァータ類) がバイコンタ類の基部に来ることが支持されました。

今回の解析の特徴は,進化速度などが適切な遺伝子を選別したところにあります。これまでにも 143 遺伝子を含めた多遺伝子解析などが行われてきましたが(植物界が一つにまとまる時), 遺伝子は無差別に選ばれる傾向にありました。また含まれる生物にしてもゲノム解読が進んでいる寄生虫に偏る傾向があり, これらは進化速度が速いことから樹形を乱す要因になっていたと考えられます。 このような不安要素を排除した研究で一次共生植物が単系統でなくなることは, 少なくとも一次共生植物の単系統仮説に大きな疑問を投げかけるものであります。

仮に今回の樹形が正しいとして,一次共生が一度きり起こったのであれば,バイコンタ類は祖先的には一次共生植物だたと考えられ, 著者らは併せて植物類(Plantae)あるいは「超」植物界とすることを提案しています。この場合,アルベオラータ類, ストラメノパイル類,ハプト藻類,エクスカヴァータ類などで色素体が失われたと考えられます(少なくとも 2 回以上)。 もちろん緑色植物や紅藻類が実は二次共生藻だった可能性も無視は出来ません。 今後はゲノム中に残った共生由来遺伝子を研究することでこの仮説が検証されることになるでしょう。

Nozaki, H. et al. Phylogeny of primary photosynthetic eukaryotes as deduced from slowly evolving nuclear genes. Mol. Biol. Evol. 24, 1592-1595 (2007).

過去の関連記事:
真核生物の大系統葉緑体の起源に迫るゲノム研究植物界が一つにまとまる時巨大な植物界もう一つの葉緑体続報続報 2

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海の魔物の正体は(2007.07.31)

PCR によって特定の DNA 配列を大量に増殖できるようになると, 生物の培養ができなくても環境中の生物から直接保存的な遺伝子の配列を解読することが可能になりました。 このような「環境 DNA」配列には未知の系統が多く含まれていましたが,このほど Marine Alveolate Group I と呼ばれていた系統群が Duboscquella と呼ばれる渦鞭毛虫を含んでいることが示されました(Harada et al., 2007)。

海洋から得られた環境 DNA 配列(SSU rDNA 配列)の中で,特に未知の系統として興味を引かれたのが系統的にはアルベオラータ類に近縁な Marine Alveolate Group I および II と仮称されたグループでした。このうちグループ II については渦鞭毛動物門の シンディニウム目に対応していることが後に明らかにされましたが, グループ I の正体は全くの謎とされていました。このグループは海洋に広く分布しており, 5 µm 未満のサイズのピコプランクトンであることは知られており,また他の原生動物(リザリア類の放散虫類など) の共存していることも指摘されていました。しかし種名や形態が明らかにされたメンバーはいませんでした。

著者らは寄生性の渦鞭毛虫類の研究の中で,繊毛虫の一群に寄生する Dubosquella という生物を調べました。 Dubosquella は寄生した繊毛虫を殺しながら成長し,十分に成長すると分裂を繰り返して無数の 2 鞭毛性の胞子を形成します。

著者らは複数の沿岸や汽水湖(北海道,静岡,岡山)から Dubosquella に寄生された繊毛虫の 1 種,Favella ehrenbergii (繊毛虫門ティンティヌス目)を採集し, 光学顕微鏡や電子顕微鏡を用いて観察しました。そしてこれらの中から 6 個体について SSU rDNA の配列を解読することが出来たそうです。 このうち北海道産のものと,静岡・岡山産のものでは配列が異なり,おそらく別種と予想されています(Dubosquella sp. 1 と 2)。 そしてこれら 2 種類の配列は互いに近縁で,Marine Alveolate Group I に含まれることが強い支持率で示されたそうです。

今回の発見により初めて Marine Alveolate Group I のメンバーの正体が明らかになりました。著者らによってい示されたのは Dubosquella 1 属のみですが,ここから色々と興味深いことも分かります。 まず本属はこれまで渦鞭毛動物門のシンディニウム目に分類されていました。目レベルの分類には修正が必要ではあるものの, Marine Alveolate Group I は新しい門ではなく渦鞭毛動物門に含まれるのが妥当であることがわかります。 そして放散虫などと共在している原生生物からもこの系統群が得られていることを踏まえると,Marine Alveolate Group I は基本的に寄生性のグループであることが疑われます。また,Dubosquella は寄生しているときには 10 µm を優に超えるサイズですが,鞭毛期には長さ 4〜6 µm,幅 1.3〜2.0 µm とピコプランクトンサイズになるため, 世界各地で得られているピコプランクトンの配列は,Dubosquella もしくはその仲間の鞭毛期のものとして説明できるそうです。

Marine Albeolate Group I のような未知の系統群は海洋の微生物生態系を理解するためにも, また原生生物の進化を探る上でも興味深い存在ですが,次第に未知の系統群の正体が明らかになりつつあります (クリプト藻が藻類になる前調べてみれば謎の原生動物などを参照)。 今回の発見でまた一つ「海洋の神秘」が消えたのかと思えばやや寂しくもありますが,今後は Dubosquella 様の生物が熱心に調べられ, Marine Alveolate Group I の研究が一気に進展するとも期待できます。まだこのグループの多様性は不透明ですし, 種分類ですら確立していません(Dubosquella sp. 1 と 2 は形態的に区別できていないそうです)。 近縁な生物で培養株が確立されるようになるかどうかも,これから先に注目されるところでしょう。 いずれ正式に新しい綱として記載されれば,分類表の書き直しも必要になりますね。

Harada, A., Ohtsuka, S. & Horiguchi T. Species of the parasitic genus Duboscquella are members of the enigmatic Marine Alveolate Group I. Protist 158, 337-347 (2007).

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新綱シンクロマ藻綱と不思議な色素体(2007.07.23)

ストラメノパイル類(stramenopiles,ストラメノパイル界:Straminipila)の藻類(オクロ植物門,不等毛植物門)は, 4 重膜に包まれた色素体を持っていることが特徴です。既知のオクロ植物類では色素体の分裂時には全ての膜が分裂すると考えられていましたが, Horn et al. (2007) は,複数の色素体が外側の 2 重膜を共有している特殊な「色素体複合体」(chloroplast complex)を持った, 全く新規のアメーバ状藻類,Synchroma grande,とシンクロマ藻綱(Synchromophyceae)を記載しています。

著者らは 1993 年にスペインの沿岸で採集されたアメーバ状の藻類を詳細に調べました。この藻類は平滑なロリカ(鞘)をまとっていて, 細胞には 12 個からそれ以上の色素体が含まれていました。鞭毛細胞は知られていません。 これまでにもアメーバ状の藻類は幾つかのグループが知られていましたが,生息域(海産か淡水産か)や色素体の個数, ロリカの形態などによって区別できるそうです。

何より特徴的なのは色素体複合体の構造です。色素体はそれぞれ 6-8 個程度が凝集し,この複合体が細胞あたり 2-4 個存在するそうです。 色素体複合体は外側の 2 枚の膜を共有しており,末端のピレノイドの部分で集合しています。 それぞれの色素体は内側の 2 枚の膜で隔てられており,色素体の隙間にあたる葉緑体周縁区画には小胞状の構造も認められます。 このような色素体複合体はストラメノパイル類においてはこれまで報告されていません。

シンクロマ藻綱の色素体模式図

分子系統解析からは,核コードの 18S rRNA からも色素体コードの rbcL からもオクロ植物門に属することが示されており, 黄金色藻綱の姉妹群の可能性があります。シンクロマ藻綱は黄金色藻綱からは葉緑体複合体の存在や色素組成で区別され, また黄金色藻綱の特徴である stomatocyst と呼ばれる休眠胞子や色素体のガードルラメラを持たないことからも区別されます。

色素体複合体の成り立ちについては幾つかの仮説が考えられています。一つは色素体の分裂異常に起因するとの仮説で, 外包膜の対と内包膜の対の分裂が同調できなくなったと考えます。もう一つの仮説では,二次共生藻(オクロ植物門の場合は紅藻) が元々複数の色素体を持っていたと考えます。 後者の仮説によれば,シンクロマ藻綱は二次共生直後の色素体の状態をそのまま残していることになりますが, 残念ながら系統解析ではシンクロマ藻綱は比較的派生的なオクロ植物類のようです。

クリプト藻類でも同じ外包膜の中に 2 つの色素体区画が存在する場合が知られていますが, ストラメノパイル類ではシンクロマ藻綱が初めての例となります。共生色素体の分裂の制御は,色素体の成立の時に重要な課題だったと思われるため, シンクロマ藻綱で色素体分裂が外包膜レベルと内包膜レベルで異なる制御を受けている仕組みを調べることは大きな意義があるでしょう。 著者らはさらにこの綱に属する複数の株を維持しているようなので,今後の比較研究も楽しみです。

Horn, S. et al. Synchroma grande spec. nov. (Synchromophyceae class. nov., Heterokontophyta): An amoeboid marine alga with unique plastid complexes. Protist 158, 277-293 (2007).

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鞭毛に生える毛の正体は II(2007.07.12)

鞭毛に生える毛の正体はと同時期に Yamagishi et al. (2007) もストラメノパイル類の鞭毛に付く管状小毛のタンパク質の実態を報告しています。

ストラメノパイル類(stramenopiles)は鞭毛に基部,軸部, 先端毛からなる三部構成の管状小毛を持っています。 この構造は藻類や原生生物の類縁性を示すために重要と考えられており,構成タンパク質の正体が注目されました。 著者らは Ochromonas danica(オクロ植物門オクロモナス目) の鞭毛から主要なタンパク質の一つを抽出し,その遺伝子配列を決定しています。

著者らは単離した鞭毛および鞭毛の膜(管状小毛も付いている)のタンパク質を電気泳動によって分離し, 両者に含まれた幾つかのタンパク質のアミノ酸の部分配列の決定を試みました。その結果,85 kDa のサイズのタンパク質から, アミノ酸の部分配列を決定しました。決定された配列の一部は同じオクロ植物門に属する珪藻,Thalassiosira weissflogiiニセコアミケイソウ目)の有性生殖によって誘導される遺伝子, SIG1 と相同性が認められたそうです。

この 85 kDa のタンパク質の一部について作成された抗体で O. danica の細胞を染色すると,2 本の鞭毛の内, 管状小毛を有する前鞭毛に沿って 2 列の染色が認められたそうです。これは前鞭毛の表面の管状小毛が染色されている可能性を支持し, 著者らは 85 kDa のタンパク質が管状小毛の構成タンパク質であると結論しています(Ocm1 と命名)。

Ocm1 の DNA,cDNA の駅配列も決定され,推定されたアミノ酸配列はサイズ,等電点共に電気泳動の結果と近い値でした。 SIG1 との相同性も裏付けられており,これもサイズや等電点が近いそうです。N 末にはシグナル配列があり, 膜貫通ドメインが推定されなかったことから,Ocm1 は分泌タンパク質と推定され,糖鎖を結合する領域や EGF様のモチーフ (成長因子,膜貫通受容体・接着タンパク質,分泌タンパク質,細胞外マトリックスのタンパク質などに見られる) なども報告されています。管状小毛の中では軸部分のタンパク質の量が最も多いと思われ, Ocm1 は管状小毛の分画の中で最も多く含まれることから,著者らは Ocm1 が軸を構成するタンパク質であると推測しています。

鞭毛に生える毛の正体はで紹介した論文では褐藻類のカヤモノリ(Scytosiphon lomentaria: オクロ植物門シオミドロ目)で, 同じ SIG1 相同タンパク質が鞭毛の管状小毛の軸部に存在することが報告されており, 今回の結果とほぼ同じ結論に達しています(今回の論文は 2006 年 7 月投稿,2007 年 1 月受理。 カヤモノリの論文は 2006 年 6 月投稿,同 8 月受理)。このように現在複数の研究者が管状小毛のタンパク質に着目しており, 今後ストラメノパイル類以外の管状小毛についても構成タンパク質から相同性が議論できるようになりそうです。

Yamagishi, T., Motomura, T., Nagasato, C., Kato, A. & Kawai, H. A tubular mastigoneme-related protein, OCM1, isolated from the flagellum of a chromophyte alga, Ochromonas danica. J. Phycol. 43, 519-527 (2007).

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中心小体を中心に配置を決める(2007.07.04)(→分子細胞学)


続報:色素体のミッシングリンクの痕跡(2007.06.26)

Perkinsus と呼ばれる貝類の寄生虫は系統的には色素体を持っている可能性があり, 最近になって色素体関連遺伝子の存在が報告されていました(色素体のミッシングリンクの痕跡)。 Teles-Grilo et al. (2007) は P. atlanticus の電子顕微鏡観察から,色素体の可能性のある 4 重膜構造を報告しています。

Perkinsus は渦鞭毛動物門の基部付近で分岐したと見られる寄生虫ですが, ごく最近になって色素体に由来すると見られる幾つかの遺伝子が報告されていました。しかしこれらの遺伝子はいずれも核にコードされていて, 色素体自体の存在は確認されていませんでした。著者らは遺伝子が調べられた P. marinus の近縁種である P. atlanticus において色素体構造を探索しています。

Perkinsus は貝類に寄生する不動性の細胞と,鞭毛を持った遊走性の細胞が知られていますが, 著者らは遊走性の細胞において微細構造を調べました。その結果,核の前方でミトコンドリアの付近に小型の 4 重膜構造が発見されました。 これはアピコンプレックス類における色素体(アピコプラスト)の位置とよく似ているそうです。 さらに 4 重膜の構造を分画・濃縮することにも成功しています。

著者らはこの構造が色素体であると考え,そのリボソームを阻害することにより細胞の増殖を抑制することを考えました。 Thiostrepton と呼ばれる色素体大サブユニット rRNA に結合する薬剤を投与によって,細胞増殖がある程度押さえられたそうで, 色素体の存在が支持されました。

残念ながら今回発見された 4 重膜構造に色素体関連タンパク質が局在しているかどうか,また,この構造が DNA を持っているかどうかについては, この論文では報告されていません。4 重膜構造には興味が引かれますが,色素体であることを示すには今ひとつ証拠が不足しているようです。 しかし仮にこれが Perkinsus の色素体であるとすれば,4 重膜に包まれているのは面白いと言えます。

アピコンプレックス類の色素体はおそらく 4 重膜で囲まれていると言われているのに対して,渦鞭毛藻類の色素体は 3 重膜構造とされています。 従って Perkinsus が 4 重膜の色素体を持っていたとすれば,渦鞭毛藻類は祖先的には 4 重膜の色素体を持っていた可能性があります。 色素体の膜の枚数がどのように変化するのかは研究が進んでいないことから,Perkinsus の「色素体」と渦鞭毛藻類の色素体の比較が, 新しい手がかりを与えてくれるかもしれません。

Teles-Grilo, M. et al. Is there a plastid in Perkinsus atlanticus (phylum Perkinsozoa)? Eur. J. Protistol. 43, 163-167 (2007).

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渦鞭毛藻の姿をとどめた寄生虫(2007.06.08)

渦鞭毛動物類には幾つか寄生性の系統が知られています。ブラストディニウム類(Blastodinium などを含む) も海産のカイアシ亜綱の仲間の寄生虫で,渦鞭毛動物門で最初期に分岐した系統の一つとも考えられてきました。 しかし Skovgaard et al. (2007) は 2 種の Blastodinium の形態と分子系統を調べ,これらが派生的な渦鞭毛藻類の 1 目, ペリディニウム目と近縁であることを指摘しました。

ブラストディニウム類はこれまでブラストディニウム綱(Blastodiniphyceae)ブラストディニウム目(Blastodiniales) として独立の地位を与えられてきました。しかしブラストディニウム類の性質としては寄生性であることと一時的な渦鞭毛核 (dinokaryon:常に凝集した染色体などの特徴を持つ核)を持つことなどが挙げられていますが,Blastodinium など栄養体(trophonts; 細胞内に寄生している状態)で渦鞭毛核を欠く種も幾つかあり,また寄生性も一時的な渦鞭毛核もブラストディニウム類以外にも見られる形質で, このグループの単系統性や分類群としての正当性には疑問もありました。その一方で一時的な渦鞭毛核を持つことから, 渦鞭毛核を持った渦鞭毛動物類(渦鞭毛核上綱:Dinokaryota)の原始的な仲間との見方もあり,その実態を明らかにする必要がありました。 そこで著者らは Blastodinium contortumB. navicula の 2 種について詳細な形態観察と分子系統解析を行いました。

観察された Blastodinium の栄養体や dinospore(感染性の遊走子)は皆緑褐色だったそうで,色素体が存在する可能性があります。 そして 2 種の dinospores は鎧版を持ち,走査電子顕微鏡観察からはその配置が渦鞭毛藻綱ペリディニウム目のカルシオディネラ科 (Calciodinellaceae)の Pentapharsodinium 属のものとよく似ていたそうです(ただしカルシオディネラ科とは違いもあった)。

さらに小サブユニット・リボソーム DNA(SSU rDNA)の分子系統樹からも Blastodinium 属の 2 種は渦鞭毛核上綱の基部ではなく, 支持率は低いものの派生的な位置から分岐したことが示されました。両種が互いに近縁かどうかは明らかにはなりませんでしたが, ペリディニウム目に含まれるとの見解を弱いながらも支持しています。一方で他のブラストディニウム類,AmyloodiniumHaplozoon とは系統的に離れていると見られ,ブラストディニウム目という分類群は多系統群として否定されました。

渦鞭毛動物類はパーキンサス類やアピコンプレックス門などと共に,祖先的に色素体を持っていた可能性が指摘されています(下記の関連記事)。 渦鞭毛動物門の基部にシンディニウム目ヤコウチュウ目,ブラストディニウム類などの寄生性や無色の系統が集中しているとの見方は, この仮説の弱点の一つでした。しかし少なくともブラストディニウム類がより派生的なグループであることが示されたことで, 渦鞭毛動物門の祖先が色素体を持っていた可能性が改めて補強されたと言えるでしょう。

Skovgaard, A., Massana, R. & Saiz, E. Parasitic species of the genus Blastodinium (Blastodiniphyceae) are peridinioid dinoflagellates. J. Phycol. 43, 553-560 (2007).

過去の関連記事:
繰り返された真核共生紅藻由来の二次共生葉緑体の進化色素体のミッシングリンクの痕跡渦鞭毛藻三次共生起源説夜光虫の光の源色素体の証拠隠滅?

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アピコプラストが背負った責任(2007.06.04)(→分子細胞学)


クリプト藻とハプト藻は生き別れの姉妹か(2007.06.01)

クリプト藻もハプト藻も紅藻由来の色素体を持った二次共生藻として知られていますが, 宿主,つまり核遺伝子の系統解析からはそれぞれがどの真核生物と近縁なのか解けていませんでした。 Patron et al. (2007) は多遺伝子解析によってクリプト藻の姉妹群がハプト藻であることを示し, 二次共生藻の進化仮説に対して見直しを促しています。

二次共生藻の進化については,二次共生がどの系統で何回起こったのかを巡って論争が続いています (渦鞭毛藻三次共生起源説などを参照)。中でもクロミスタ界 (不等毛藻類,ハプト藻類,クリプト藻類などよりなるグループ)が単系統群なのかどうか,仮に単系統群だとして, これら 3 系統の藻類は祖先から二次共生色素体を引き継いだのか,それともそれぞれ独立に真核生物を取り込んで色素体としたのか, は大きな謎として残っています。この問題に迫るためには葉緑体の系統と核(宿主)の系統を比較して議論する必要があります。 しかしこれまでは葉緑体の解析が重点的に行われていて,核の系統関係は解けていませんでした。

著者らはクリプト藻類やハプト藻類の EST データを加えることにより 102 タンパク質 18,425 アミノ酸に渡る多遺伝子解析を行いました。 なお,系統間,アミノ酸座位間で進化速度が異なるために起こる影響を考慮して,進化速度の早いエクスカヴァータ類と 一部のアミノ酸座位を除いた解析(16,459 アミノ酸座位を含む)や,OTU を限定してタンパク質ごとの変数を独立に扱った解析, 植物界の単系統を仮定した解析など,様々な解析を行いました。

まず明らかにされたことは,クリプト藻類とハプト藻類が姉妹群関係にあると言うことです。これは解析方法に関係なく支持されており, 確からしいと考えられています。興味深いことに真正細菌から色素体への rpl36 遺伝子の水平移動もクリプト藻類とハプト藻類に報告されており,今回の結論を支持しています。 次にクロミスタ界やクロモアルベオラータの単系統性が支持されませんでした。 幾つかの解析においてクリプト藻類とハプト藻類は植物界に含まれるか,近縁であるという結果が得られています。 クロミスタ界やクロモアルベオラータの単系統性が完全に否定されたわけではないようですが,かなり疑わしい,という印象を受けます。

色素体自体はクロミスタ類,アルベオラータ類で同じ紅藻類に由来しているとの説が有力ですので, 仮にクリプト藻類とハプト藻類のグループ,不等毛藻類,アルベオラータ類の藻類が系統的に離れているとするならば, 二次共生藻類を共生させた三次共生やその先の四次共生などが起こった可能性を検討する必要があるでしょう。 また色素体を持ったクリプト藻類の直接の姉妹群としては無色のクリプト藻類(Goniomonas)が知られていて, さらにクリプト藻類全体の姉妹群はこれまた無色のカタブレファリス類の可能性があります。 従いましてクリプト藻類とハプト藻類の色素体も独立に起源した可能性が残されていて,話は一層複雑になるでしょう。

結局,系統解析だけではクリプト藻類とハプト藻類の類縁性が完全に証明されるわけではありませんが, 形態的な共通点が今後見出されてくれば,かなり有力な仮説へと育っていくかもしれません。 その前にクリプト藻類との類縁性が既に指摘されている無色のカタブレファリス類(クリプト藻が藻類になる前続報)・テロネマ類(調べてみれば謎の原生動物続報続報 2)や,二次共生藻の可能性のあるピコビリ藻類(新門候補の推定藻類 "ピコビリ藻類") などの系統解析も必要ですが。

Patron, N. J., Inagaki, Y. & Keeling, P. J. Multiple gene phylogenies support the monophyly of cryptomonad and haptophyte host lineages. Curr. Biol. 17, 887-891 (2007).

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ヤリミドリの種は単系統か?(2007.05.22)

単細胞性の微細藻類の場合,有性生殖が知られていなかったり観察が容易ではない場合が多いため, 形態に基づいて種を認識するのが一般的です。しかし形態で認識されたまとまりが系統的にも近いのかどうかは必ずしも確かではありません。 Nakada & Nozaki (2007) は緑藻綱オオヒゲマワリ目のヤリミドリ属(Chlorogonium) において,形態種が系統を反映した実態である可能性を提示しました。(本論文は筆者が共同執筆したものです)

ヤリミドリ属は紡錘形の単細胞藻類で,先端についた 2 本の鞭毛で遊泳します。著者らは互いに近縁な C. euchlorumC. elongatumC. capillatum の 3 種の分類に着目しました。これら 3 種は有機物に富んだ水の中でピレノイドが見えなくなるかどうか, 細胞の後端(鞭毛と逆側)が丸くなるかどうか,という主に 2 点で区別されています(下の写真の種は C. euchlorum。 有機物の存在下でピレノイドが消え,後端が丸くならない種)。葉緑体の rbcL 遺伝子ではそれぞれの種が単系統であることが示されていましたが, 核の 18S rRNA 遺伝子の系統樹では 3 種が混ざってしまうとされていました。つまり核遺伝子で見る限り, 3 種を互いに区別することが果たして妥当なのか疑問が持たれるわけです。そこで著者らは株数を増やして 18S rRNA の系統樹を見直しました。

Chlorogonium euchlorum SAG 12-2a 株。左:有機物なし。右:有機物あり

まず,rbcL と 18S rRNA の研究を対応づけるために,同じ培養株または DNA サンプルから配列を解読しました。 その結果はこれまでの研究に反して,18S rRNA の系統樹と rbcL の系統樹が矛盾しないことが分かりました。 つまり rbcL 配列が過去に調べられていたものについては,18S rRNA でも種の単系統性が支持されたわけです。

では 18S rRNA の系統樹では種が単系統にならない,というこれまでの結果は何だったのでしょうか? 矛盾が生じた 2 株を今回入手して観察したところ,実は株の誤同定と取り違えが明らかになりました。 異なる培養株保存機関に維持されている同じ由来の株がどこかで入り違っていたようでした。SAG 12-2a 株はこれまで C. capillatum とされてきましたが,実は形態的にも分子配列的にも C. euchlorum で,SAG 12-3 株に至ってはまるで異なる群体性の Tetrabaena socialis にすり替わっていました(この株については,T. socialis にすり替わる前にも取り違えが疑われた)。 これらの問題のある株を訂正,あるいは解析から外すと,形態種は核遺伝子と葉緑体遺伝子のいずれでも単系統であることが確認できます。

有性生殖の研究が進んでいない微細藻類においてどのように種の境界線を引くのかは研究者によっても見解の分かれる難問ですが, 少なくともヤリミドリ属の 3 種に関する限り,形態的なまとまりは系統的にも互いに近縁であることが示されました。 この中には中間型と呼べる株が存在しませんが,なぜ形態が明確に異なった集団に分化していったのかは一つの謎です。 果たして欧州から日本まで分布している様な種が互いに自由に交雑しているのか,それとも生殖的には隔離していても形態種が維持されているのか, など疑問は尽きません。

さて,もう一点注意が促されるのは,培養株保存機関に保存されている株には常に誤同定や取り違えの可能性がある,と言うことです。 ラベルをそのまま信じて研究を進める研究者も多いですが,実際には今回少なからぬ誤りが発覚したことからもわかるように, 使用する研究者自身による検証が必要です。仮に種同定が自分でできない場合にも,潜在的なミスは必ず考慮するべきと言えます。

Nakada, T. & Nozaki, H. Re-examination of three Chlorogonium (Volvocales, Chlorophyceae) species based on 18S ribosomal RNA gene phylogeny. Eur. J. Phycol. 42, 177-182 (2007).

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謎の藻類メソスティグマの安住の地 IV(2007.05.17)

メソスティグマ(Mesostigma)は近年ストレプト植物類(緑色植物の 2 大系統のうち,陸上植物を含む系統群) の最初の分岐であると考えられています(謎の藻類メソスティグマの安住の地 IIIIII)。しかしストレプト植物類とメソスティグマに特有と思われた GapB については,緑藻植物類(Chlorophyta; 緑色植物のもう一方の系統)である Ostreococcus にも存在することが明らかになりました(Robbens et al., 2007)。

ある系統群の起源や祖先形質について考察する際にはその系統群の最初の分岐に注目するのが一つの定石でしょう。 その意味でメソスティグマの系統的位置を確定することは非常に重要な意味を持ちます。 多くの証拠がメソスティグマがストレプト植物類に含まれることを示唆していますが,最も説得力がある証拠は GapB の共有でした。 しかし緑色植物類の中で GapB の有無が調べられたのは緑藻綱,トレボウクシア藻綱,アオサ藻綱の藻類で,いずれも末端の系統群でした。 そこで著者らは緑藻植物類の基部付近の側系統群であるプラシノ藻類の中で,ゲノムが報告されたばかりの Ostreococcus を確認しました (異彩を放つピコ藻類のゲノム続報)。

Ostreococcus tauriO. "lucimarinus" のいずれのゲノム中にも,Gap 遺伝子は 2 コピーずつ存在していました。 系統解析からは,一方が緑藻植物の系統に近縁で GapA 遺伝子と見られ,もう一方は予想に反して GapB との近縁性が示唆されました (2 種の GapAGapB は互いに近縁)。GapB は C 末側に他のタンパク質に由来する CTE 領域を持っていることでも特徴づけられますが,これも OstreococcusGapB で確認されました。 このことは Ostreococcus がストレプト植物類のものと相同な GapB 遺伝子を持っていることを強く支持します。

Gap 遺伝子の進化過程については大きく 2 つの仮説が考えられます(下図)。一つは GapB 遺伝子がやはりストレプト植物で進化したもので,Ostreococcus には水平遺伝子移動で転移したとする仮説で, もう一方は GapA 遺伝子と GapB 遺伝子の分化が緑藻植物とストレプト植物の分岐より以前に起こったとする仮説です。 しかし系統樹の解像度が低いこともあって,少なくともさらに多くのプラシノ藻類の Gap 遺伝子が調べられない限り, いずれの仮説が正しいのかは結論が出ないでしょう。

Gap 遺伝子の進化に関する 2 仮説

緑藻植物に GapB 遺伝子が見つかったことで,メソスティグマが GapB を持つことはメソスティグマとストレプト植物を結びつける 決定的な証拠とは言えなくなりました。しかし今回の系統樹上でもメソスティグマはストレプト植物に含まれることが支持されているのも事実で, メソスティグマの位置について定説が覆るわけではなさそうです。

Robbens, S., Petersen, J., Brinkmann, H., Rouzá, P. & Van de Peer, Y. Unique regulation of the Calvin cycle in the ultrasmall green alga Ostreococcus. J. Mol. Evol. 64, 601-604 (2007).

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一見別物,よく見りゃそっくり(2007.05.14)

単細胞性の藻類の場合,電子顕微鏡レベルの特徴が分類上有用であることが知られています。 Watanabe & Nakayama (2007) は元々緑藻植物門の異なる目(クロロサルシナ目:Chlorosarcinales とクロロコックム目:Chlorococcales) に分類されていた IgnatiusPseudocharacium という藻類が互いにほぼ同一の鞭毛装置を持ち, 系統的にも姉妹群関係にあることを明らかにしました。

著者らは不動性の緑色植物の研究の過程で,Ignatius tetrasporusPseudocharacium americanum に着目しました。 前者は土壌から得られた球形の藻類で,母細胞壁の内部で不規則に四分子を作るような分裂を行います。 後者は滴型か紡錘形の細胞を持ち,糸状性緑藻のサヤミドロ(Oedogonium)の表面に着生することで特徴づけられます。 旧来の分類では細胞分裂の様式や群体の体制などが目のレベルの分類に重要視されていましたが, これらの形質は環境に適応して収斂することも多く,系統を反映しないことが指摘されています。 近年では代わりに鞭毛装置の微細構造や分子系統に基づいた分類が台頭してきていて,著者らも新しい方法に基づいた見直しを進めています。

IgnatiusPseudocharacium は四鞭毛性の遊走子を形成しますが, その鞭毛装置の微細構造はほとんど同一の構造だったそうです。 緑藻植物門の中でプラシノ藻類の一部や,アオサ藻綱,トレボウクシア藻綱および緑藻綱の 3 綱は鞭毛の付け根に存在する基底小体が十字型に配置していることが知られていますが,IgnatiusPseudocharacium の基底小体も十字型に配置されていました。また,前方に位置する 1 対の基底小体が反時計回りにずれている点でアオサ藻綱と トレボウクシア藻綱に似ていました。しかしながらアオサ藻綱とトレボウクシア藻綱では対になる基底小体が側面で接している (オーバーラップしている)のに対して,IgnatiusPseudocharacium ではオーバーラップがないことが示されています (このような基底小体はペディノ藻綱の藻類などで知られている)。この他,基底小体を修飾している様々な構造も IganatiusPseudocharacium ではよく似ていました。

小サブユニット rRNA の分子系統からは 2 属が非常に近縁で,アオサ藻綱に含まれるらしいことを示しています。 アオサ藻綱の中での系統的位置についてはほとんど解像度が得られていませんが,解析方法によってアオサ目とヒビミドロ目を合わせた系統群, あるいはミドリゲ目,カサノリ目およびスミレモ目を合わせた系統群が姉妹群の候補になっています。

著者らはアオサ藻綱の各目の遊走細胞との比較も行っています。IgnatiusPseudocharacium の鞭毛装置は, 基本的にはアオサ藻綱のほとんどの目と異なっていますが,例外的にミドリゲ目の鞭毛装置とは似ている点もいくつかあるようで, 両者が祖先的な形質を共有している可能性が指摘されています。

光学顕微鏡観察のレベルでは今回の 2 属の関連性はわからなかったわけですが,微細構造からは明確に類似性が認められ, 分子系統でも 2 属の近縁性が強く裏付けられました。このことは微細藻類の分類において電子顕微鏡レベルの観察が重要であることを示しています。 残念ながら今回の研究ではアオサ藻綱の中での位置づけは不明なままでした。おそらくこの 2 属は新目に相当する位置づけかと思いますが, 分類学的な所属が決まるにはもう少し種数が調べられ,より正確な系統解析が行われるのを待つしかないようです。

Watanabe, S. & Nakayama, T. Ultrastructure and phylogenetic relationships of the unicellular green algae Ignatius tetrasporus and Pseudocharacium americanum (Chlorophyta). Phycol. Res. 55, 1-16 (2007).

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続報:異彩を放つピコ藻類のゲノム(2007.05.12)

異彩を放つピコ藻類のゲノムでは最小の真核生物(径約 1µm)として知られる Ostreococcus tauri OTH95 株のゲノムが発表されましたが,続いて同属の未記載種 O. "lucimarinus" CCE9901 株のゲノムが発表され,植物プランクトンの種分化についてゲノムレベルの見解が述べられています(Palenik et al., 2007)。

海洋性のピコプランクトンは進化的な観点からも生態的な観点からも関心が持たれており,特に最小の真核生物とも言われる Ostreococcus については 3 株でゲノムプロジェクトが終了または進行中です。今回ゲノム解読が終了したのは CCE9901 株で,未記載ながら O. "lucimarinus" と呼ばれています。藻類において近縁な 2 種でゲノムが明らかになったのはこれが初めてになります。著者らは 2 つのゲノム配列を同じ方法で解析し, 同じ条件で 2 種の染色体の相同領域を突き合わせ,染色体の進化について調べました。

O. tauri には 20 本,O. "lucimarinus" には 21 本の染色体が報告されています。O. tauri の 20 本の染色体のうち 18 本は, O. "lucimarinus" の相同染色体とほぼ同じ遺伝子の組成・並びをしていました。一方で,O. tauri において著しく GC 含量の低い領域が知られていた 2 番染色体と 19 番染色体は,対応する O. "lucimarinus" の染色体(それぞれ 2 番と 18 番)と大きく異なっていました。 2 番染色体では激しく染色体の領域が入れ替わっていて,相同性がとれない領域もかなり存在しました。 19/18 番染色体の場合には相同性がとれる遺伝子自体が極めて少なく,やはり染色体が 2 種の間で大きく進化してきたことを示しています。 さらに O. "lucimarinus" の 21 番染色体は,9 番染色体と 13 番染色体のそれぞれ一部とほぼ同じ配列が合わさってできていました。 これは 21 番染色体がごく最近に染色体の重複と融合によって出現したことを示しています。

2 番染色体には特に多くのトランスポゾンが認められ,これは低 GC 含量と関係があり,遺伝子配置の入れ替えの原因となっていると推測されます。 さらに O. tauri の 2 番染色体と大きく配置が変化したことにより,2 種の種間雑種では減数分裂の際に染色体の異数性が起こり, 子孫が生存できない可能性があります。このことから著者らは 2 番染色体が種分化に働いていると考察しています。

O. "lucimarinus" の 18 番染色体の場合は O. tauri と共通した遺伝子が少なく, むしろ細菌などから水平遺伝子移動によって獲得されたと見られる遺伝子が多数認められるそうです。これは O. tauri の相同染色体(19 番) にも見られた性質で,細胞表面の糖化に関わる遺伝子が多いことも共通しています。著者らはこの染色体が捕食者やファージへの防御に働いていて, これも種分化のあり方の一つではないかとの推測を示しています。

この他にも染色体の一部の重複など,ゲノム上の特徴が報告されています。またセレノシステインを含むと推定されるタンパク質が Ostreococcus の 2 種で多いこと,鉄の不足に適応しているらしいこと,ビタミンを外部(細菌?海水?)から摂取していること, などがゲノム情報から示されています。

微生物の場合,種分化の仕組みはほとんどわかっていません。また医学的に重要な種を除いては近縁な複数種でゲノムが解読されている例は少なく, 今回の研究で初めて微生物の種分化について遺伝的背景に基づいた議論ができるようになりました。 実際に 2 番染色体が種分化に効いているのかは Ostreococcus の有性生殖が知られていないため,今後研究が進められる必要があります。 これは細胞表面の違いが種分化に働いているとの仮説についても同様です。

Palenik, B. et al. The tiny eukaryote Ostreococcus provides genomic insights into the paradox of plankton speciation. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 104, 7705-7710 (2007).

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続報 2:調べてみれば謎の原生動物(2007.04.24)(→進化・分類学)


探せば見つかる「珍しい」藻類(2007.04.06)

微細な緑藻類の中には発見例が少なく,研究が進んでいないものが無数に存在します。 Hafniomonas もそのような藻類の一種ですが,Nakada et al. (2007) は日本の各地の水田より新たに多数の Hafniomonas を分離・培養し,Hafniomonas の種レベルの分類を見直し,結果として複数の新種も記載しています。 (ちなみにこれは筆者の修士論文を元にした論文です。)

Hafniomonas 属(緑藻植物門オオヒゲマワリ目) は 4 本の鞭毛を持ち, 細胞壁を持たないことが特徴の藻類です。系統的にはオオヒゲマワリ目の中で始めの頃に分岐したとされ,着目されていました。 しかし 10 種あまりが記載されていたにもかかわらず,2 回以上報告されているのは 2 種しかありませんでした。 しかもその 2 種についても研究者によって異なる生物が当てはめられているようで,培養株に基づいた正確な種の分類が必要でした。 著者らは日本国内の水田土壌より Hafniomonas 属の株を収集し,培養株の光学顕微鏡・ 電子顕微鏡観察と分子系統に基づいて種レベルの分類を行いました。

Hafnioonas は細胞壁を持たないために変形しやすく,種同定が困難です。しかし収縮胞の個数と微細構造が種の分類に有効であり, 著者らの分離した株が 3 種に,国立環境研究所(NIES)に保存されていた 2 株が 2 種に分類されることが示されました。 著者らの分離した株の中には本属のタイプ種である H. reticulata が含まれており,これまで研究者によって同定が混乱していた本種について, 初めて同定のための明確な基準が示された形になりました。この他,やはり種同定が混乱していた H. montana についても NIES-656 株がこれに該当することが分かり,今後の同定への道を造りました。この他,新規株の中から 1 種(H. turbinea),NIES からもう 1 種 (H. laevis)の新種を記載しています。

新種 Hafniomonas turbinea の表面写真(左)とイラスト(断面観:右)

さらに以前に H. reticulata として詳細な微細構造が調べられた藻類がありましたが(Ettl & Moestrup, 1980), この藻類と著者らが分離した H. reticulata には明らかな差があり,原記載との比較から前者が新種であることも明らかにされました。 Nakada et al. (2007) は微細構造の研究を行った著者ら(H. Ettl と Ø. Moestrup)の頭文字にちなんで, 前者を H. heom と名付けています。

このように個々の培養株について微細構造の研究と分子系統の研究を合わせて行うことにより,分類があやふやであった Hafniomonas 属の整理が進展しました。本属での新種の記載は 1965 年以来なかったため,3 種もの新種が見つかったのは 40 年以上ぶりと言えます。 本属の藻類は稀にしか見つからないと言われていましたが,実際に筆者が水田の土壌を調べた経験から言えば, ほとんどの水田には本属の藻類が少数ながら生息しているようで,本属に注目して探索すれば,実は珍しいものではないことがわかりました。 微細藻の多くは,実際には各地に広く分布しているのにもかかわらず,探し方が正しくなかったために記録が少ないものがかなりいるようです。 今後も丁寧な探索が進めば,実態が明らかでない藻類が数多く見つかってくるものと期待されるでしょう。

Nakada, T., Suda, S. & Nozaki, H. A taxonomic study of Hafniomonas (Chlorophyceae) based on a comparative examination of cultured material. J. Phycol. 43, 397-411 (2007).

Ettl, H. & Moestrup, Ø. Light and electron microscopical studies on Hafniomonas gen. nov. (Chlorophyceae, Volvocales), a genus resembling Pyramimonas (Prasinophyceae). Plant Syst. Evol. 135, 177-210. (1980).

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続報:ヒゲマワリの男の紋章(2007.03.30)

ヒゲマワリの男の紋章ではヒゲマワリ属(Pleodorina)の一種から, 群体性オオヒゲマワリ目で初めて性特異的遺伝子(PlestMID)が分離されたことを紹介しました。Charlesworth (2007) は同じ雑誌上にコメントを掲載しています。

群体性オオヒゲマワリ目における性特異的遺伝子が注目されるのは,このグループには同型配偶,異型配偶, 卵生殖といった配偶様式が比較的近縁な生物間で比較できるためです。Charlesworth (2007) は特に異型配偶化に着目しているようです。 異型配偶とは配偶子のサイズに大小の差がある接合の様式で,大きい方を雌性配偶子(鞭毛がない場合は卵細胞と呼ばれ,生殖様式は 卵生殖となる),小さい方を雄性配偶子と呼びます。

配偶子のサイズに差が生じる遺伝的背景としては,配偶子のサイズを決める遺伝子が MID 遺伝子の制御下にある, というのが一つの可能性です。もう一つの可能性として MID の周辺で染色体の組み替えが抑制されているならば (近縁な Chlamydomonas reinhardtii ではそうなっている),この近傍に配偶子のサイズを決める遺伝子があった場合, 性決定遺伝子と連鎖しますから,性によって配偶子サイズに大小の差が生じることになります。 このような変異が選択されることで異型配偶が進化したと考えられるそうです。

著者による集団遺伝学的観点からの予想は,P. starriiMID の近傍を調べることで検証できるとしています。 性の進化に関する理論的仮説を検証できる生物群は限られているので,このグループにおける性の進化研究が注目されます。

なお,Charlesworth (2007) には不正確な引用が複数認められます。"P. stari" は正しくは P. starrii であり (ヒゲマワリは収斂進化のタマモノ),PsPlesMIDPlestMID の間違いです。

Charlesworth, B. The origin of male gametes. Curr. Biol. 17, R163 (2007).

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リン酸はどこまで貴重品だったのか(2007.03.27)(→古生物学)


謎の藻類メソスティグマの安住の地 III(2007.03.24)

メソスティグマ(Mesostigma:メソスティグマ藻植物門 メソスティグマ目)は緑色植物(Viridiplantae)の基部付近で分岐した単細胞藻類として知られています。 最近の研究では(謎の藻類メソスティグマの安住の地 III), メソスティグマは緑色植物の 2 大系統(緑藻植物とストレプト植物)のうち,ストレプト植物の根元で分岐したとする説が有力ですが, Rodríguez-Ezpeleta et al. (2007) は,核・ミトコンドリア・葉緑体の多遺伝子の系統解析から同じ結論を支持しています。

メソスティグマの系統的位置ついては,緑色植物の中で最初に分岐した藻類なのか,ストレプト植物により近いのか,異論がありました。 ミトコンドリアや葉緑体の遺伝子を用いた系統解析からは前者が支持されることもありましたが, メソスティグマからストレプト植物に固有の遺伝子や遺伝子重複が見つかり,後者の説が強く支持されるようになりました (謎の藻類メソスティグマの安住の地 III)。一方で,ゲノムや EST の解析が進み, 緑色植物についても系統解析に利用できる遺伝子の数が飛躍的に増加してきたことから,著者は核・ミトコンドリア・葉緑体のそれぞれについて, 多数の遺伝子を用いて系統解析の見直しを行いました。

核・ミトコンドリア(それぞれ 125 タンパク質 29,319 アミノ酸,33 タンパク質 6,622 アミノ酸)の遺伝子の系統解析からは, いずれも Mesostigma がストレプト植物の基部で分岐したことを支持しています(特に核で支持率が高い)。 これは過去のミトコンドリアの解析とは矛盾しますが,過去の研究では解析された種数が少なく, また塩基置換の速度がサイトごとに異なっていることが仮定されておらず,そのために異なる結果が得られていたことが確かめられました。

さて,葉緑体遺伝子の系統樹(50 タンパク質 10,137 アミノ酸)ではメソスティグマの姉妹群がクロロキブス(Chlorokybus: クロロキブス藻植物門クロロキブス目; 不動性の細胞がブロック状に集まったような藻類)となりました。クロロキブスは核やミトコンドリアの系統解析には含まれていませんでしたから, この結果自体には問題はありませんが,メソスティグマとクロロキブスを合わせたグループが,緑色植物全体の根元にきてしまいました。 この場合の統計的支持率は低く,またメソスティグマを解析から除外するとクロロキブスはストレプト植物に含まれる(支持率も高い)ことから, 何らかのバイアスが疑われました。

葉緑体遺伝子では,遺伝子の種類によって進化モデルが異なっている可能性を考慮し,翻訳,転写, 光合成に関わる遺伝子が別々に解析されたところ,翻訳に関わる遺伝子でのみ高い支持率でメソスティグマとクロロキブスの位置が決まり, これはストレプト植物の側に近くなっていました。他の遺伝子セットではいずれも緑色植物の根元についていましたが,これは支持率が低く, また特に光合成関連遺伝子の場合には枝の長さが目に見えて乱れており,進化速度の以上が起こっているようでした。 このことから,葉緑体遺伝子の無差別の多遺伝子解析は緑色植物の大系統の解析には向かないと言えるでしょう。

今回,核・ミトコンドリア・葉緑体のタンパク質の系統樹からもメソスティグマがストレプト植物に近いことが支持され, 過去に得られた異なる結果も,系統解析の不備と再評価されました。メソスティグマが緑色植物の根元と考える根拠はもはやほとんどなくなり, ストレプト植物に近いとする説が固まったように思われます。残念ながらメソスティグマとクロロキブスの関係は, 問題の指摘された葉緑体遺伝子の系統解析でしか示されていません。クロロキブスの系統的位置を核遺伝子などのマーカーを用いて調べることが, 今後の課題になるでしょう。

Rodríguez-Ezpeleta, N., Philippe, H., Brinkmann, H., Becker, B. & Melkonian, M. Phylogenetic analyses of nuclear, mitochondrial, and plastid multigene data sets support the placement of Mesostigma in the Streptophyta. Mol. Biol. Evol. 24,723-731 (2007).

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色素体の証拠隠滅?(2007.03.07)

色素体のミッシングリンクの痕跡では,アルベオラータ類の 1 種で, 渦鞭毛動物門の基部に来る寄生性の原生動物に色素体の痕跡が見つかったという研究を紹介しました。 その一方で渦鞭毛動物門の姉妹群であるアピコンプレックス門では祖先的に色素体を持っていたのかどうか議論の余地があります (参考:渦鞭毛藻三次共生起源説)。Toso & Omoto (2007) はアピコンプレックス門の根元に位置する グレガリナ類の 1 種,Gregarina niphandrodes(アピコンプレックス門グレガリナ目)において色素体の痕跡を探索し, この生物には色素体由来の細胞内小器官が存在しないと結論づけています。

マラリア原虫(Plasmodiumプラスモディウム目) などを含むアピコンプレックス門は寄生性の原生動物の門で,色素体の痕跡(アピコプラスト)を持つ仲間が複数知られていました。 しかし,その基部の生物である Cryptosporidium(分類未定)は, ゲノムが解読されてなお色素体の痕跡が見つからず,痕跡的な色素体すら持たないとされています。 この仲間以外に色素体を痕跡も含めて失った生物は知られていないことから Cryptosporidium が本当に色素体を失ったのか,それともそもそもアピコンプレックス門の祖先は色素体を持っていなかったのかが問題になっています (渦鞭毛藻三次共生起源説など)。そこで Cryptosporidium との類縁性が疑われる(Cavalier-Smith & Chao, 2004)グレガリナ綱(無脊椎動物の消化管などに寄生する寄生虫) の色素体の痕跡の有無が調べられました。

著者らは 4 つの方法を用いて色素体の証拠を探しました。まず,保存的な色素体遺伝子として,リボソーム RNA の大小サブユニットの遺伝子などについて 6 対のプライマーセットで PCR を試みています。 多少異なる配列でも増幅するような甘い条件で PCR を行ったにもかかわらず,これらの色素体遺伝子は増幅されませんでした。 対照実験として行った核遺伝子では増幅が認められ,またアピコプラストを持つと見られる Babesia equiバベシア目)では全てのセットで増幅が認められています。 従って Gregarina には色素体ゲノムが存在しないか,よほど配列が特殊化していると見られます。

次にアピコプラストの重要な機能と見られる脂肪酸合成経路(FAS II)の阻害剤(triclosan)の効果を調べています。 これは宿主の甲虫(Tenebrio molitor:節足動物門 コウチュウ目)を通じて与えられ,実際に高濃度で腸に届いている様子は確認されました。 にもかかわらず一切の阻害効果が現れなかったことから,Gregarina は普通のアピコプラストを持たないと思われました。

さらに電子顕微鏡でもアピコプラストと見られる構造は観察されず,dot-blot hybridization 法でも色素体のリボソーム RNA 遺伝子は検出されませんでした。

電子顕微鏡で可能性のある構造が見つからず,しかも遺伝的にも色素体由来の遺伝子が検出できなかったことから, 色素体由来の構造を見落としている可能性は極めて少ないと考えられました。残念ながら電子顕微鏡の固定が完全ではなく, また特殊化した色素体遺伝子を持つ可能性を排除するには方法論的に限界がありますが, これ以上の確度で色素体の不在を示すためにはゲノムの解読などを行う必要が出てくるため, 現時点ではおそらく Gregarina には色素体構造も色素体ゲノムも存在しないと見るのが妥当なところでしょう。

アピコンプレックス門の祖先が色素体(アピコプラスト)を持っていたのかについては,今回の結論だけでは何とも言えません。 もし仮に GregarinaCryptosporidium が互いに近縁だとすれば, 両者の祖先で色素体が完全に欠失したのかもしれません。その一方で両者がアピコプラストを持つ仲間に対して側系統だとすれば, アピコンプレックス門の祖先が色素体を持たなかった可能性が説得力を持つでしょう。 この点を明らかにするにはアピコンプレックス門内部の系統関係を明らかにすると共に, アピコンプレックス門の根元付近の様々な生物で痕跡的な色素体の有無を調べる必要があるでしょう。

Toso, M. A. & Omoto, C. K. Gregarina niphandrodes may lack both a plastid genome and organelle. J. Eukaryot. Microbiol. 54, 66-72 (2007).

Cavalier-Smith, T. & Chao, E. E. Protalveolate phylogeny and systematics and the origins of Sporozoa and dinoflagellates (phylum Myzozoa nom. nov.). Eur. J. Protistol. 40, 185-212 (2004).

過去の関連記事:
クリプトスポリジウム原虫のゲノム繰り返された真核共生紅藻由来の二次共生葉緑体の進化色素体のミッシングリンクの痕跡渦鞭毛藻三次共生起源説夜光虫の光の源マラリア原虫が緑に見えた背景

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原始的な褐藻類の目,復活(2007.02.26)

褐藻綱(Phaeophyceae)は不等毛藻類(オクロ植物門:Ochrophyta)の中で唯一, 高度な多細胞化を果たしたグループとして注目されます。そこで褐藻綱の姉妹群や初期分岐に関心が持たれていますが, Kawai et al. (2007) は研究の遅れていた糸状性の褐藻,Discosporangium の分子系統を調べ, これが褐藻の根元で分かれていることを示しています。

褐藻綱と近縁な藻類には糸状性のものがいくつか存在します。褐藻綱についても単列の糸状藻類が原始的と思われました。 しかし褐藻綱の中で糸状性は何度か独立に生じているようで,祖先的な糸状褐藻と派生的な糸状褐藻が明瞭に区別できていませんでした。 Choristocarpus tenellusDiscosporangium mesarthrocarpum の 2 種は単列の糸状性の褐藻の中でも, 先端成長を行い,細胞がピレノイドのない葉緑体を複数持っているという点で原始的と見られていました。事実,Choristocarpus は過去の分子系統解析からも褐藻綱の初期分岐であることが示されていましたが,Discosporangium に関する情報がなく, 目のレベルでの分類学的な扱いは保留になっていました。

著者らは地中海(ギリシャ)から新たに Discosporangium mesarthrocarpum の培養株を確立しました。 この培養株は確かに先端成長細胞を持ち,特徴的な盤状の多室胞子嚢(plurilocular sporangium)を形成しました。 この培養株について,18S rDNA と rbcL の遺伝子配列を決定し,それぞれについて分子系統解析が行われた結果, DiscosporangiumChoristocarpus の姉妹群として,いずれの遺伝子でも褐藻綱の最初の分岐を構成しました。 18S rDNA と rbcL の双方で統計的な支持率が高かったことと,形態的特徴を合わせて考えれば, 両者は確かに褐藻綱の基部グループと考えて良さそうです。

さて,分類学的な扱いですが,DiscosporangiumChoristocarpus はそれぞれ Discosporangiaceae と Choristocarpaceae という独立の科に含まれていました。また,Discosporangium については過去に独立の目として扱われた経緯があり, 2 属(2 科)を一つの目にまとめる場合,Discosporangiales という目名が適用されます。 これに従い,著者らはディスコスポランギウム目の復活を提案しています。

今回の研究から,単列糸状性で先端成長を行う藻類が褐藻類の中で原始的だとすることが裏付けられました。 そしてディスコスポランギウム目という名称が復活されたことにより,この認識が定着することでしょう。 分子系統の結果は,目の名称のような大きな分類に反映されない限り中々定着しにくく,受け入れられるのが遅れることもしばしばあります。 その意味でも今回の研究の成果は影響力を持つことでしょう。褐藻綱のような大きな目であれば,まだ分子系統が不明な生物も残されているでしょうし, 中には系統的に重要な藻類も含まれているかもしれません。 また 18S rDNA と rbcL 遺伝子のいずれの系統樹でも目間の関係が解けていない場所が多く見受けられますので, 褐藻綱の系統分類の今後の課題になっていくことでしょう。

Kawai, H., Hanyuda, T., Draisma, S. G. & Müller, D. G. Molecular phylogeny of Discosporangium mesarthrocarpum (Phaeophyceae) with a reinstatement of the order Discosporangiales. J. Phycol. 43, 186-194 (2007).

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マラリア原虫が緑に見えた背景(2007.02.23)(→進化・分類学)


夜光虫の光の源(2007.02.19)

ヤコウチュウ(Noctiluca scintillans: 渦鞭毛動物門ヤコウチュウ目)は発光することで有名な渦鞭毛虫類です。 Liu & Hastings (2007) は発光に関わる酵素であるルシフェラーゼ(luciferase:LCF)の遺伝子を解析し,この遺伝子が他の, 光合成を行う渦鞭毛藻類では二つの遺伝子にコードされている部分が合わさってできていることを発見しました。

渦鞭毛藻類の発光は,ルシフェラーゼ,その基質であるルシフェリン,およびルシフェリン結合タンパク質(LBP)の 3 つの要素によって引き起こされます。光合成を行う渦鞭毛藻類の Lingulodinium polyedrumゴニオラクス目)の研究からは 3 つの繰り返しドメインからなるルシフェラーゼと LBP が異なる遺伝子として存在することが知られています。 また他のいくつかの渦鞭毛藻類の研究からも,光合成を行う種類では LCF と LBP が別のタンパク質であると見られています。 しかしより古くに分岐した非光合成性のヤコウチュウにおける研究はありませんでした。

著者らはヤコウチュウから発光に関わる遺伝子を得ることに成功しました。 この遺伝子がコードするタンパク質は,アミノ末端側が他の渦鞭毛虫のルシフェラーゼに,カルボキシル末端側が LBP によく似ていたそうです。系統樹からは,3 種の光合成性の種類から知られているルシフェラーゼの 3 つのドメインはそれぞれ単系統群をなし,ヤコウチュウの配列はいずれとも離れていました。 このことから,ドメインの重複が光合成性の系統の祖先で起こったことが示唆されます。

一方で LBP の配列は Lingulodinium からしか知られていませんでしたが,著者らはこれまで知られていなかった 4 つの繰り返しドメインを発見しました。ヤコウチュウの LBP 様ドメインにも同様に 4 つの繰り返し構造がみつかり, それぞれのドメインが互いに近縁であることが系統樹から示されました。このことは,LBP のドメイン重複は, ヤコウチュウと光合成性の渦鞭毛藻類の分岐以前に起こっていたことを示しています。

ヤコウチュウが系統的に光合成性の種から離れていることはこれまでにも指摘されていましたが, 今回のルシフェラーゼの研究もこれを支持しています。また,ドメイン構造の重複の様子が異なっていることは, これを中間的な種についても調べることができれば,系統的位置の推定にも使えるかもしれません。

もう一つ興味深いのは,ルシフェリンは構造的にクロロフィルに似ているということです。 ヤコウチュウのルシフェラーゼが色素体を持つ種と相同と見られることから,ルシフェリンも同様と考えられます。 著者らはヤコウチュウは藻類を補食することでクロロフィルを得て,ルシフェリンを合成していると推測しています。 しかし色素体の獲得がヤコウチュウと光合成性の種の分岐以降なのか,それともより古い時代なのかはわかっていません (渦鞭毛藻三次共生起源説)。特にヤコウチュウよりも前に渦鞭毛藻類から分岐した Perkinsus に色素体の痕跡が存在する可能性が指摘されていることを考えると (色素体のミッシングリンクの痕跡),ヤコウチュウにも痕跡的な色素体が存在する可能性は十分にあり, ルシフェリンの合成も色素体に由来している可能性があるかと思います。渦鞭毛藻類の色素体の起源を調べるために, あるいはルシフェリンの合成系の研究が近道となるかもしれません。

Liu, L. & Hastings, J. W. Two different domains of the luciferase gene in the heterotrophic dinoflagellate Noctiluca scintillans occur as two separate genes in photosynthetic species. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 104, 696-701 (2007).

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シアノバクテリアが酸素を作った理由(2007.02.14)(→進化・分類学)


渦鞭毛藻三次共生起源説(2007.02.10)

ペリディニン色素を持つ渦鞭毛藻綱(渦鞭毛藻)の起源は,未だに謎に包まれています。 これまでにも紅藻植物門(紅藻)に由来するという説やハプト植物門(ハプト藻)に由来するとの説など様々な可能性が議論されてきましたが, オクロ植物門(不等毛藻)と共に同じ紅藻由来の二次共生色素体を持っているとの説(クロモアルベオラータ仮説)が人気を集めています。 しかしクロモアルベオラータ仮説の証拠も決定的なものではなく,Bodył & Moszczyński (2006) ではその問題点を指摘すると同時に, 彼らの考える別のシナリオ(二次共生藻である不等毛藻の一種が渦鞭毛藻の色素体になった)を紹介しています。

渦鞭毛藻と不等毛藻の色素体の起源を論じる場合,近年好まれている仮説の一つがクロモアルベオラータ仮説です。 この仮説ではクロミスタ界(クリプト植物門=クリプト藻,ハプト藻,ストラメノパイル=不等毛類など)が単系統群を構成し, 同じく単系統であるアルベオラータ類(渦鞭毛動物門,アピコンプレックス門,繊毛虫門)と互いに姉妹群であると推定します。 そしてこの巨大な系統群(クロモアルベオラータ類)の祖先で二次共生色素体が獲得され,多くの系統で失われたと取れるわけです。

             --------------クリプト藻(基部の系統で色素体の喪失)        |
             |                                  |
         -------|   -------ハプト藻                       |クロミスタ
         |   -------|                              |
         |       -------ストラメノパイル(基部の複数系統で色素体の喪失)   |
--紅藻の二次共生--|           (不等毛藻を含む)
         |   --------------繊毛虫類(祖先で色素体を喪失)            |
         |   |                                  |
         -------|   -------アピコンプレックス類(基部の複数系統で色素体の喪失) |アルベオラータ
             -------|                              |
                -------渦鞭毛藻(基部の複数系統で色素体の喪失)       |

ところが分子系統解析の研究が蓄積してくると,クリプト藻やハプト藻の系統的位置は定まらず, おそらくクロミスタは単系統ではないことがわかってきました。一方でアルベオラータとストラメノパイルが姉妹群となる可能性も有力で, 以下の様な「新しいクロモアルベオラータ仮説」も主張されています。これは色素体の系統解析からも主張されています。

   ---------------------クリプト藻
   |
------|   --------------ハプト藻
   |   |
   -------|   -------ストラメノパイル(不等毛藻を含む)
       -------|
          -------アルベオラータ

この仮説でも複数回の色素体喪失を仮定する点では,従来のクロモアルベオラータ仮説と似ています。 しかし Bodył & Moszczyński (2006) は新しいクロモアルベオラータ仮説の問題点も指摘しています。 まず強調されたのは,色素体へのタンパク質の輸送方法です。色素体は多くの遺伝子を核に移行しているため, これらの遺伝子から作られたタンパク質を移入する必要があります。 ところがアルベオラータの色素体ではタンパク質がゴルジ体を通して輸送されるのに対してクリプト藻,ハプト藻, 不等毛藻ではゴルジ体を経由せずにタンパク質が輸送されます。タンパク質輸送のメカニズムは簡単に変化できるものではなく, またアルベオラータでのみ間にステップが追加された理由も説明が出来ません。 このことから新しいクロモアルベオラータ仮説にも疑問が浮かび上がってきます。

そこで著者らが提案しているのは,渦鞭毛藻類の色素体が不等毛藻類に由来する三次共生の色素体だとする仮説です。 もともとクロモアルベオラータ仮説は,真核共生は極めて起こりにくい現象と考え,二次共生の回数を最小化して, 代わりに色素体の喪失で説明しようとしたものです。しかし実際には真核共生は複数回起こっていることが示されているのに対して, 色素体を完全に喪失したことが示されたケースはありません(この点は繰り返された真核共生も参照)。 従って,葉緑体の喪失を最小化するように考えると,著者らの主張する渦鞭毛藻の三次共生起源説が出てくるわけです。

       --------------無色ストラメノパイル(側系統)
       | 紅藻の真核共生
   -------| ↓ -------不等毛藻
   |   -------|
   |       -------不等毛藻
------|       ↓不等毛藻の真核共生
   |       -------渦鞭毛藻
   |   -------|
   -------|   -------無色渦鞭毛動物
       |    ↓由来不明の真核共生(不等毛藻かハプト藻?)
       --------------アピコンプレックス類

実は同様の議論はアピコンプレックス類についても成立し,やはり基部に色素体(痕跡的なものも含めて) を持たない系統が位置することから,独自に色素体の共生が起こったと考えることが出来ます(この色素体はまもなく光合成能を失い, 現在ではアピコプラスト(apicoplast)と呼ばれる構造になったと考える)。

この仮説のもとで過去の系統樹を検討すると,確かに渦鞭毛藻の色素体の遺伝子は不等毛藻と姉妹群になるのではなく, むしろ不等毛藻の内部から由来したとの解釈が成立するそうです。現在得られている系統寿では,この解釈を強く支持するには至っていませんが, 今後不等毛藻類の研究が進めば,渦鞭毛藻の色素体が二次共生で説明されるのか,三次共生で説明されるのかは立証できるかもしれません (簡単ではないとおもわれますが)。

クロモアルベオラータ仮説については考えられる(考慮しなければならない)仮説が多い上に, 前提となる知識やデータに不確定な要素が多いのが現状です。そのため一見定説と見られているクロモアルベオラータ仮説は, 検証が不十分で,むしろ間違っているかもしれません。

果たしてクロミスタが単系統なのか? クロモアルベオラータが単系統なのか (リザリアがよりストラメノパイルに近縁な可能性もあり。リザリアはどこか?)? 色素体の真核共生はどこで, 何度起こったのか(クロモアルベオラータ仮説か,それとも独立の三次共生などか)? などが未解決の問題です。 そして証拠の議論についても,宿主の系統関係は未だに明らかになりませんし,紅藻由来の色素体が単系統群なのか (単系統群との見解:紅藻由来の二次共生葉緑体の進化)? 色素体を喪失したとされる系統は本当に痕跡的な色素体も持っていないのか(色素体のミッシングリンクの痕跡卵菌類のゲノムに潜む藻類の影)? 未知の二次共生藻は存在しないのか (新門候補の推定藻類 "ピコビリ藻類")? などなど様々な問題が残されています。 同時に研究の進展も著しい分野ですから,遠からず新しい発見と共に論争が大きく進展するかもしれません。

Bodył, A. & Moszczyński, K. Did the peridinin plastid evolve through tertiary endosymbiosis? A hypothesis. Eur. J. Phycol. 41, 435-448 (2006).

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シアノバクテリアの誕生は 27 億年前?(2007.02.03)(→古生物学)


食べた藻類は核まで利用(2007.02.01)

一部の捕食性の渦鞭毛虫類では,捕食した藻類の色素体を分解せずに光合成器官として働かせる現象 (kleptoplastidy)が知られています(葉緑体泥棒の渦鞭毛藻)。ところが繊毛虫の一種から, 捕食したクリプト藻の色素体のみならず,核までも取り込んで働かせる現象(karyoklepty)が確認されました (Johnson et al., 2007)。

Myrionecta rubra(繊毛虫門シクロトリキダ目)は以前からクリプト藻の Gemingera cryophila(クリプト植物門クリプトモナス目)を捕食し, その色素体を光合成器官として「盗用」していることが知られていました。クリプト藻に由来する色素体は, やはりクリプト藻のミトコンドリアや細胞質と共に複合体を形成しています。この複合体は宿主の小胞体(ER)膜 2 枚に包まれているそうです。 さらにクリプト藻の核も細胞質やミトコンドリアと共に 2 枚の ER 膜と(おそらく)クリプト藻由来の膜に包まれて残っています。 興味深いことに,この核は色素体と同じ区画には存在せず,近接することはあっても独立しているそうです。

さて,著者らはこのクリプト藻の核が Myrionecta に支配されている様子を示しました。 構造的には,捕食された直後は 3〜4 µm であったクリプト藻の核が,後に 7〜10 µm へと拡大します。 そして例えば LHCC10(light-harvesting chloroplast complex タンパク質の遺伝子)など, 色素体のタンパク質の遺伝子の転写活性がクリプト藻核の中で一次的に増加することが認められました。 これは捕食から 20 日頃がピークになっていました。

Myrionecta の細胞内ではクリプト藻核の増殖は確認されておらず,核の個数は徐々に減少します(半減期は 9.53 日)。 と同時に色素体の管理も行き届かなくなるようで,色素体も遅れて活性が低下し,Myrionecta の分裂能も低下するそうです。 おそらく取り込まれたクリプト藻の核が,未知の機構によって色素体の管理を行っているのでしょう。なお, 著者らの推定では Myrionecta によるクリプト藻の捕食頻度からすると,基本的には常にクリプト藻の核を保持しているようです。

捕食した藻類の色素体と核を利用して生活している,というと非常に変わった生き物のようにも聞こえますが, 見方によっては二次共生とよく似た現象とも言えます。クリプト藻とクロララクニオ藻の場合には色素体となった真核生物の核が, ヌクレオモルフという形で残っています。ヌクレオモルフの場合は色素体と同じ細胞内区画に残されている点で Myrionecta の karyoklepty とは異なっていますが,ヌクレオモルフを持たない二次共生藻は,意外と Myrionecta のような生物に由来したのかもしれません。特に,Myrionecta に取り込まれた共生核が, どのようにして別の膜区画にある色素体を制御しているのか,タンパク質を送り込んでいるとしたらそのメカニズムはどうなっているのか, などの研究から,二次共生の起源に迫ることが出来るかもしれません。

Johnson, M. D., Oldach, D., Delwiche, C. F. & Stoecker, D. K. Retention of transcriptionally active cryptophyte nuclei by the ciliate Myrionecta rubra. Nature 445, 426-428 (2007).

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色素体のミッシングリンクの痕跡(2007.01.30)

真核藻類が他の真核生物に取り込まれて葉緑体になる,二次共生という現象が注目されています。 アルベオラータと呼ばれるグループには二次共生色素体(またはその痕跡)を持つ系統が 2 つ知られており (渦鞭毛藻類,アピコンプレックス類),両者の色素体が単一起源なのか関心が持たれています。 各系統の根元付近の生物は色素体を持たない原生動物だと考えられていましたが,Stelter et al. (2007) は渦鞭毛動物門の基部で分かれた寄生虫 Perkinsus marinus(パーキンサス目:これまで色素体は痕跡すら報告されていない) が色素体由来と見られる遺伝子を持つことを示しました。

アルベオラータ類は大きく繊毛虫門,渦鞭毛動物門,アピコンプレックス門(マラリア原虫などの寄生虫)の 3 門に分けられ, その内後ろの 2 門が近縁と考えられています。渦鞭毛動物門には光合成能を持つ渦鞭毛藻類が知られ, アピコンプレックス門の多くのメンバーにはアピコプラストと呼ばれる痕跡的な色素体が見つかっています。 そこで両者の色素体が単一起源だとの仮説が有力視されており,各門の根元から分岐した無色の生物も 過去には色素体を保持していたと予想されました。

著者らはそんな無色の寄生虫(軟体動物のカキ Crassostrea virginica に寄生)に葉緑体の痕跡を探しました。 本種はカキの養殖に被害を与えたこともあり,ゲノム解読が進行中です。そこで著者らはゲノムデータから植物型のフェレドキシン (ptFd)を色素体のマーカーとして探索しました。ptFd は色素体を持たない(完全に失った)生物には知られておらず (例えば繊毛虫やアピコンプレックス類の Cryptosporidium),ptFd があるならば色素体があると推測できるためです。

P. marinus のゲノムには確かにこの遺伝子が存在し,さらに RT-PCR などを用いて遺伝子の全長が明らかにされました。 この遺伝子は 95 アミノ酸からなり,N 末端に 100 アミノ酸の伸長部があることから核にコードされていると予想されています。 さらに著者らはフェレドキシンの還元酵素(フェレドキシン NADP+ レダクターゼ:FNR)も発見しています。 そして系統解析の結果,FNR も植物型のものであるとしています。

いずれの遺伝子もアミノ酸配列の一部に,小胞体に輸送されるための輸送ペプチドと, おそらく痕跡的な色素体に輸送されるためのシグナルペプチドの存在が予測されました。これは他の色素体型の遺伝子 (スーパーオキシドジスムターゼ 2:PmSOD2)とも共通する特徴だそうです。

さてフェレドキシンの酸化還元系はイソプレノイドの合成系である DOXP 経路に関わっていると考えられています。 そこで著者らは通常色素体に存在する DOXP 経路の遺伝子も探索し,ゲノム中にいくつかの遺伝子を確認しています。 加えて見つかった酵素(1-deoxy-D-xylulose: Dxr)の阻害剤(fosmidomyxin)も試していますが,効果は得られていません。

代わりに triclosan と cerulenin,clodinafop という脂肪酸の合成系の FAS II に対する阻害剤が効果を発揮したそうです。 clodinafop はアセチル CoA カルボキシラーゼ(ACCase)の阻害剤で,ACCase はアピコンプレックス類では色素体に局在します。 従って ACCase の存在も色素体の存在を示唆しています。この遺伝子も PCR によって発見されています。

このように P. marinus には色素体が存在する傍証が幾つも見つかりました。 今回の研究では全て傍証にとどまっていますが,今後はこれらのタンパク質の抗体染色などを通じて, 細胞内に色素体構造を特定することができるはずです。系統的位置からすると渦鞭毛藻類と P. marinus の色素体は同一起源の可能性があります。もしこの仮説が正しければ,P. marinus よりも渦鞭毛藻類に近い無色の渦鞭毛動物にも, 痕跡的な色素体が存在する可能性があります。これらの生物においてもフェレドキシンなどの遺伝子がマーカーとして用いられれば, 痕跡的な色素体を見つける(推定する)ことが出来るかもしれません。

Stelter, K., El-Sayed, N. M. & Seeber, F. The expression of a plant-type ferredoxin redox system provides molecular evidence for a plastid in the early dinoflagellate Perkinsus marinus. Protist 158, 119-130 (2007).

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鞭毛に生える毛の正体は(2007.01.18)

褐藻や卵菌などの多様な生物を含んだストラメノパイル(stramenopiles)と呼ばれる生物群 (分類学的には Straminipila 界)が存在し,このグループは鞭毛に基部,軸部, 先端毛からなる三部構成の管状小毛を持っていることで特徴づけられます。部分的に類似した管状小毛は他の原生生物にも認められ, 相同性の有無は興味深い問題でした。Honda et al. (2007) は管状小毛の軸部を構成するタンパク質の一つを分離し, その遺伝子配列を突き止め,相同性評価のための道を開きました。

真核生物にはいくつかの大グループが知られていますが,未だに所属不明な系統群もいくつか残されています。 その中には鞭毛の表面に修飾構造を持った系統群もいくつか含まれています。 例えば色素体を持ったクリプト藻は二部構成の管状小毛を,テロネマ類は三部構成の管状小毛, 灰色植物は非管状の小毛をそれぞれ鞭毛につけています。しかしこれらの修飾構造の相同性は明らかでなく, これらの系統群の所属を推定するために用いることは出来ませんでした(調べてみれば謎の原生動物続報 などを参照)。

著者らはこれまでに褐藻類のカヤモノリ(Scytosiphon lomentaria)の遊走子の鞭毛を単離し, そのタンパク質組成を調べてきました。今回 115 kDa のサイズのタンパク質の N 末端の配列を解読し, ここから遺伝子の配列の決定に成功しました。その結果,この遺伝子は中心類の珪藻で有性生殖の初期段階で誘導される sig1 遺伝子に相同であることも明らかになりました(中心類の珪藻では有性生殖の時にのみ鞭毛を持つ)。

配列がわかると,これに対する抗体を作ることが出来るようになります。抗体を用いた観察からは, カヤモノリの遊走子の 2 本の鞭毛のうち,管状小毛を持つとされる長鞭毛の周りに蛍光が認められ, 管状小毛を持たない短鞭毛には蛍光は認められませんでした。同様に,ディクチオカ藻綱の Sulcochrysis biplastida でも抗体染色で長鞭毛の周りが蛍光で染まりました。さらに電子顕微鏡によって, いずれの種でも抗体がついていたのは管状小毛の軸部であることが確かめられています。

今回,管状小毛軸部のタンパク質が明らかになったことにより,鞭毛の修飾構造を他の系統群と比較することが可能になりました。 64 kDa のタンパク質が管状小毛の基部に含まれていることも Ochromonas danica(黄金色藻綱)の研究からわかっています。 このように,管状小毛の構成物質の正体が明らかになっていけば,三部構成の管状小毛と二部構成の管状小毛の各部分が相同なのかどうか, そしてストラメノパイル類とテロネマ類の三部構成の管状小毛が相同なのかどうか, などこれまでの疑問に答えが出る日が来るかもしれません。微細構造の相同性評価こそ, 分子系統の弱点を補う有効な手段となるのではないでしょうか。

Honda, D. et al. Homologs of the sexually induced gene 1 (sig1) product constitute the stramenopile mastigonemes. Protist 158, 77-88 (2007).

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新門候補の推定藻類 "ピコビリ藻類"(2007.01.13)

藻類には現在およそ 10 の系統が認められています。 いずれの系統も 20 世紀の前半には構成種の一部が知られていましたが(独自の系統と認識されていたかはともかく), Not et al. (2007) はそのいずれにも属さない藻類系統群が海産のピコプランクトンに含まれている可能性を指摘し, picobiliphytes と仮に名付けました。

PCR 法により環境中の生物から培養を介さずにリボソーム RNA の配列を決定できるようになると, これまで培養されていない真核微生物の中に,既知の生物とは異なる系統の生物が多数含まれていることが明らかになってきました。 そのような生物の正体が判明することは中々ありませんでしたが,最近になって一部の系統が Telonema のような研究が遅れていた分類群に該当することが判明しています。(調べてみれば謎の原生動物続報)。それでも未だに研究が遅れている系統群の方が多いのが現状です。

著者らは沿岸域で採集された,3 µm 径のフィルターを抜けるピコプランクトンから得られた 18S rRNA の配列を解析し, 真核生物の中で門のレベルで独自の配列を得ました。クリプト藻とカタブレファリス類の作る単系統群 (クリプト藻が藻類になる前)に姉妹群となる可能性がベイズ法では支持されていますが, 他の解析法では支持率が得られていません。いずれにせよ,どの藻類群にも属さないことだけは統計的検定によって示されています。 これらの配列は北極海,北海,ノルウェー海,フランス沿岸,地中海,などから得られており,近縁な配列も以前から北大西洋西部, 大西洋中部の河口(ニュージャージー州)などで見つかっていました(なお,夏に少なく秋から冬に多く存在する模様)。 そしてこれらの生物の正体を示すため,18S rRNA 配列に基づき 2 通りのプローブが作成されました。

ハイブリダイゼーション法で明らかにされたところによれば,この生物は単細胞で細長く(2 × 6 µm), 自家蛍光を有するオルガネラらしき構造を持っていたそうです。 このオルガネラはフィコビリンタンパク質(紅藻やクリプト藻が持つ色素)を含んでいると推測され, 従って色素体の可能性が指摘されています。加えてこのオルガネラに隣接して DNA を含んだ核以外の構造が存在し, これはヌクレオモルフの可能性があります。

色素体を持つ可能性があることから,この系統群は仮に "picobiliphytes"("ピコビリ藻類")と名付けられましたが, 実際にフィコビリンタンパク質を持っているのかどうか,色素体やヌクレオモルフを持っているのかどうかについては, さらなる研究が必要です。一応この 18S rRNA を持つ細胞は確認された限り全て「色素体」を持っていたことから, 他の藻類を捕食しているのではなく,恒常的に「色素体」を保持していると推定されてはいます。

フィコビリンタンパク質を含んだ色素体とヌクレオモルフを持っているのが事実であれば, picobiliphytes は紅藻(あるいは紅藻由来の色素体を含んだ真核生物)を共生させた二次(あるいは三次,四次) 共生真核藻類であると考えられます。しかしそのことが裏付けられるためには,picobiliphytes の培養株の確立, 微細構造,色素組成,細胞の体制(鞭毛の有無についてすら言及されていない),「色素体」の分子系統, などが明らかにされなければなりません。

フィコビリンタンパク質の蛍光を利用して,フローサイトメトリーによって濃縮することが出来るそうなので, 今後は分離・培養が行われると期待されます。Picobiliphytes は新門を作る可能性が高いですが, 正式な記載は培養研究が行われてからになることでしょう。新しい藻類門が,全く新しい種に基づいてされるとすれば, これは数十年以上にわたってなかった非常に驚くべき発見となるはずです。 今のところ古くに記載された研究の少ない種を見ている可能性も否定はできないわけですが, それにしてもここまで独自の藻類の系統が見過ごされてきたのは驚くべきことです。

ピコプランクトンと呼ばれる小型のプランクトンの中にはまだまだ正体不明の系統群が残っていますから, その中に藻類も未だ残されているかもしれず,今後の研究の進展が注目されます。

Not, F. et al. Picobiliphytes: A marine picoplanktonic algal group with unknown affinities to other eukaryotes. Science 315, 253-255 (2007).

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真正紅藻の分子系統と目の分類(2007.01.08)

真正紅藻綱(Florideophyceae)は主に多細胞性の紅藻類からなり,多様性にも富んだグループです。 目のレベルの分類は,現在古典的な形態に基づく分類から分子系統を踏まえた分類へと移行が進んでいますが, Withall & Saunders (2006) はリボソーム RNA の大小サブユニットの配列を合わせて解析することで, Rhodymeniophycidae 亜綱に新たに 2 つの独立した目が認められることを示しました。

これまで真正紅藻類の系統解析は,小サブユニット(SSU)・リボソーム RNA を中心に行われてきました。 しかし目の間の系統関係については十分な解像度が得られていなかったため,著者らは大サブユニット(LSU)の配列も加えて, さらに正確な系統解析を目指しました。

結局,大小サブユニットをつなげた解析からも真正紅藻の系統関係は完全には解けませんでしたが, いくつかの進展もありました。特にスギノリ目(Gigartinales)はこれまでの分類体系の変遷の中で, 多系統でまとまりのない目になっていました。初めは形態学で,後に分子系統に基づいてスギノリ目の解体は進んでいましたが, 今回スギノリ目の中で異質と見られていた Acrosymphytaceae 科とヌメリグサ科(Calosiphoniaceae)が, スギノリ目とは系統的に異なり,むしろイギス目(Ceramiales)に近いことが示されました。 ヌメリグサ科についてはタイプ属のヌメリグサ属(Calosiphonia)が調べられていないため, 分類学的処置は見送られましたが(当面は Rhodymeniophycidae の所属不明と見なされる), Acrosymphytaceae については新目 Acrosymphytales に格上げされました。この結果, スギノリ目はほぼ均質な単系統群となりました(ただしイワノカワ科: Peyssonneliaceae の系統的位置は未確定)。

同様にイソノハナ目(Halymeniales;以前はスギノリ目の一部)についても, ヌラクサ科(Sebdeniaceae)が系統的にはむしろマサゴシバリ目(Rhodymeniales)に近いことがわかりました。 ヌラクサ科は,生殖構造の様々な特徴がスギノリ目よりもマサゴシバリ目に似ていることもあり,やはり独立目 Sebdeniales として扱われることになりました。

今回の分類学的変更を経て,Rhodymeniophycidae の目の分類はかなり整理されてきました。 ユカリ目(Plocamiales)の単系統性が確かではない,目間の関係が結局のところほとんど解けていない, など問題も残されていますが,分類体系が落ち着いてきているのもまた確かでしょう。

ただ,系統解析の精度に疑問がないわけではありません。著者らも比較を行っているのですが, 解析に用いる外群によって根元付近の樹形が大きく変わります。また,オゴノリ目(Gracilariales)の位置は, LSU のみの解析と LSU + SSU の解析では全く異なっています。これは LSU と SSU のいずれかが強くバイアスを受けている可能性を示唆しており,そのような遺伝子を用いた系統解析は望ましくない,とも言えます。 今後は紅藻類の高次分類でも行われているように(一新された紅藻の上位分類), 葉緑体の多遺伝子解析も併せて行うなど,より情報量の多い系統解析による裏付けが必要となるでしょう。

Withall, R. D. & Saunders, G. W. Combining small and large subunit ribosomal DNA genes to resolve relationships among orders of the Rhodymeniophycidae (Rhodophyta): Recognition of the Acrosymphytales ord. nov. and Sebdeniales ord. nov. Eur. J. Phycol. 41, 379-394 (2006).

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続報 2:もう一つの葉緑体(2006.12.26)

もう一つの葉緑体続報:もう一つの葉緑体において, Paulinella chromatophora(アメーバ鞭毛虫門ユーグリファ目)という糸状偽足を持つアメーバの持つ藍色の細胞内構造が, 他の植物とは別のシアノバクテリアに由来する一次共生「色素体」と考えられ, その構造体のゲノム研究が進んでいることを紹介しました。P. chromatophora の細胞内構造は「色素体(plastid)」 と呼ばれていましたが,Theissen & Martin (2006) は彼らの基準からすると「色素体」と呼ぶには証拠が不十分だと主張し, Bhattacharya & Archibald (2006) は別の観点から「色素体」と呼んでもいいと主張しています。

細胞内共生体には様々なものが知られています。一方でオルガネラと呼ばれる構造はミトコンドリアと色素体 (とこれらに由来する構造)のみです。共生体とオルガネラの違いは宿主への依存の度合いの違いとされます。 しかし細胞内共生体の宿主への依存には様々な度合いのものが知られているため, 共生体とオルガネラの区別はしばしば曖昧になります。

オルガネラのタンパク質の遺伝子のほとんどは宿主の細胞核にコードされ, 合成されたタンパク質は輸送機構を通じてオルガネラに輸送されます(ミトコンドリアの門番たち)。 Theissen & Martin (2006) はこの点に着目し,タンパク質輸送機構の有無が細胞内共生体とオルガネラの境界だと主張しています。 そして P. chromatophora にはタンパク質輸送機構は見つかっていませんので, 現時点では色素体(オルガネラ)と呼ぶべきではないとしています。

これに対して Bhattacharya & Archibald (2006) は,タンパク質輸送機構についても, 単純なものから複雑なものへの進化があったと考えられ,線引きが困難であることを指摘しています。 少なくとも P. chromatophora は恒久的に「色素体」を持つと共に,食作用を捨てて炭素源を光合成に頼るようになっています。 また細胞内の「色素体」の個数が制御されていて,分裂も同調しています。これらの特徴はオルガネラとしての重要な特徴であることから, 「色素体」と呼ばれるにふさわしいとされています。

しかし,P. chromatophora の持つ構造体は,言わば細胞内共生生物と色素体の特徴を兼ねた中間的な構造であり, いずれかの名前を当てることに無理があるように思います。もともと共生体とオルガネラは全くの別物に見えたからこそ区別されたので, 中間的な構造が次々と知られて来る中では(細胞内共生細菌のなれの果て 1 〜オルガネラと生物の狭間), どのような境界線を引いても後付のものにしかなりません。さらに,オルガネラを特徴づける形質の獲得順が決まっていたとは限りません。 オルガネラの起源に複数の「過程」がありえたとすれば,一つの境界線を引くことに意味があるとは思えません。 むしろ,中間的な構造の記載・理解を阻害するおそれがあるでしょう。

まずは,Bhattacharya & Archibald (2006) の主張するように,P. chromatophora の核ゲノムの情報を明らかにし, 共生体からどの程度の遺伝子移動が起こっているのかを示すことが重要でしょう。

Theissen, U. & Martin, W. The difference between organelles and endosymbionts. Curr. Biol. 16, R1016-R1017 (2006).

Bhattacharya, D. & Archibald, J. M. Response to Theissen and Martin. Curr. Biol. 16, R1017-R1018 (2006).

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ヒゲマワリの男の紋章(2006.12.20)

有性生殖を行う生き物において配偶子に大小の別がある場合(異型配偶),より大きな配偶子を形成する性をメス, 小さな配偶子を形成する性をオス,と呼びます。また雌性配偶子が運動性を持たず,雄性配偶子のみ鞭毛で運動する場合, そのような生殖様式を卵生殖と呼びます。Nozaki et al. (2006) は Pleodorina starrii という群体性の藻類から雄特異的な遺伝子を単離し,同型配偶から異型配偶,卵生殖へと至る過程を追う道筋を開きました。

オオヒゲマワリ(Volvox)などで有名なオオヒゲマワリ科(Volvocaceae;緑藻綱オオヒゲマワリ目)には同型配偶,異型配偶, そして卵生殖の藻類が含まれており,有性生殖様式の進化系列をたどるのに最適な生物となっています。 特にオオヒゲマワリ科に近縁で同型配偶を行う Chlamydomonas reinhardtii では遺伝学的研究が盛んで, 便宜的に区別されるプラス型とマイナス型の性のうち,マイナス型を決定する因子として MIDminus-dominance) という遺伝子が明らかにされていました(本種のものは CrMID と呼ばれる)。

著者らはオオヒゲマワリ科では初めて,P. starriiヒゲマワリは収斂進化のタマモノも参照)において MID 遺伝子を単離することに成功しました。得られた遺伝子は PlestMIDと名付けられ(マスコミ向けの通称は 「OTOKOGI(侠)」:筆頭著者が任侠映画が好きなことから名付けられたとか…),CrMID と同様に RWP-RK ドメインとロイシンジッパーという構造を持っています。 RWP-RK ドメインの系統解析からも CrMID との近縁性が確認されました。

PlestMID はオスの群体にのみコードされていて,窒素飢餓条件の培養で発現が認められました。 これは窒素飢餓条件下で有性生殖が誘導されることに対応しています。また,雄性配偶子(精子)の核においても発現が認められ, MIDC. reinhardtii で示されている配偶子形成の制御因子としてだけでなく, 雄性配偶子の機能にも関わっていると推測されました。

Pleodorina は卵生殖を行う藻類で,オオヒゲマワリ科で初めて雄に特異的な遺伝子が見つかったことになります。 MID を持っている性別が相同だと考えると,C. reinhardtii のマイナス型から P. starrii の雄が進化してきたと考えられます。

C. reinhardtiiMID は性特異的な染色体領域に存在しており, P. starrii においても性染色体領域が存在し,MID はそこにコードされていると予想されます。 オスを決定する遺伝子が「性染色体」上に存在するとすれば,これは哺乳類の性決定の様式 (X 染色体と Y 染色体のうち,Y 染色体を持つとオスになる)と似ていると指摘されています。 しかし哺乳類とは異なり,オオヒゲマワリ科には雌雄同株(遺伝的には雌雄の別がない)の種や, 両性の配偶子が運動性を持っている異型配偶の種など様々な生殖様式の種が含まれており, MID を追うことで哺乳類とは異なる多様な「性別」の進化に迫ることが出来るかもしれません。

Nozaki, H., Mori, T., Misumi, O., Matsunaga, S. & Kuroiwa, T. Males evolved from the dominant isogametic mating type. Curr. Biol. 16, R1018-R1020 (2006).

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琥珀に眠るミクロの化石(2006.12.15)(→古生物学)


ゲノムで解く光合成細菌の起源と進化(2006.12.11)(→進化・分類学)


ハテナの詳細と正式名称(2006.12.07)

昨年,Hatena という二次共生色素体の獲得の初期段階の可能性のある原生生物が報告されました (はてな? 共生藻が増えないぞ?)。Okamoto & Inouye (2006) はこの生物の正式記載と共に, 微細構造や分子系統解析など詳細な研究を報告しています。

Hatena は,獲得した共生藻を二つの娘細胞の片方にしか受け継がない原生生物として報告されました。 しかし当初は 1 ページの簡単な報告にとどまっており,正式な学名も与えられていませんでした。 著者らは今回,本種を新種 Hatena arenicola として正式記載すると共に,微細構造などを調べています。

Hatena は上から見ると楕円形の上下につぶれたような形をしており, 鞭毛を使った這う動きから容易に識別できるそうです。通常は緑色の共生藻を 1〜4 体保持しています。 この共生藻は分裂の際に必ず「左側」の娘細胞に引き継がれ,もう一方の細胞は無色になります。 Hatena の分裂が共生藻と同調していないことから,両者の共生関係が比較的原始的な状態と考えられています。

微細構造では,Hatena の属するカタブレファリス門の特徴である細胞の射出体や表層を覆う鞘などの他に, 共生藻,あるいは捕食装置が観察されています(参考:クリプト藻が藻類になる前)。 共生藻の眼点が必ず宿主の細胞の前端部に位置し,細胞骨格との関連も見られることから, 共生藻は宿主の中で制御されていると思われます。興味深いことに,共生藻の眼点がある位置を中心にして, 無色の細胞は細胞骨格からなる精緻な捕食装置を備えています。

SSU rDNA を用いた系統解析からは,HatenaKatablepharis japonica の姉妹群となりました。 カタブレファリス類には海産の系統と淡水の系統が存在することが知られており, それぞれが単系統群を構成すると見られています(続報:クリプト藻が藻類になる前)。 今回の解析には淡水さんの配列は含まれていませんが,K. japonica は海産であり,もう一種の海産種 Leukocryptos marinaHatenaK. japonica の外側に位置することから, Hatena は海産の系統群に含まれると見られます。これは Hatena が砂浜で採集されたことと符合します。

Hatena は二次共生の起源のモデルとして注目されますが,本種の培養は未だ成功しておらず, 従ってどれほど長く共生藻を保持できるのかは未知数です。特に共生藻の微細構造において, ミトコンドリアなどの内部構造が個体によって分解されつつあったそうで, 共生が恒久的なものではない可能性を思わせます。仮に共生が恒久的なものではないとしても, 眼点の位置などが宿主と共生藻の間で制御されているようで,また共生藻にも種,あるいは株レベルで特異性があるため, その仕組みは研究の価値があるでしょう。

共生が起こるとき,Hatena では共生藻が拡大するだけでなく,捕食装置が消えるような宿主側の変化も見られ, 両者の協調が共生において重要であることを示しています。しかし Hatena は他の藻類とは直接の類縁関係がなく, 黄色植物など他の二次共生藻の場合にも同様のことが起こったかどうかはわかりません。 それでも Hatena からは,どのような遺伝子が共生の初期に働きうるのか, など参考になる情報がまだまだ得られることでしょう。

Okamoto, N. & Inouye, I. Hatena arenicola gen. et sp. nov., a katablepharid undergoing probable plastid acquisition. Protist 157, 401-419 (2006).

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藻類の殻の割れ方(2006.11.29)

アカヒゲムシ(Haematococcus pluvialis:正しくは H. lacustris) という藻類がいます。名前の通り赤色の色素をシスト中に蓄積しますが, この色素に産業上の価値があるとされています。Damiani et al. (2006) は抽出方法への応用を念頭に, 発芽する際のシストの割れ方を詳細に観察しています。

アカヒゲムシはストレス条件下でシストを形成し,赤くなります。 赤色の色素は主としてアスタキサンチン(astaxanthin)というカロテノイド色素で, これが食品添加物,健康補助食品,医薬品,化粧品などに利用されるため,関心を集めています。 しかしシストは破砕が難しいため,著者らはシスト壁の構造と,シストが自然に割れる過程, すなわち発芽の過程に着目しました。

これまでの研究から,シストは外側から一次壁,三層の鞘(TLS: trilaminar sheath),二次壁, という多層構造をしていることが知られていました。しかし著者らは壁の形成がこれで終わりではなく, 後にその内側に三次壁が形成されることを発見しました(なお,この頃一次壁は分解)。 三次壁は当初スポンジ状に見えますが,後に二次壁とよく似た,密度の濃い詰まった構造になります。

発芽時には TLS と二次壁が一体化しており,シストの拡大に伴って崩壊します。 興味深いことに見かけ上二次壁とそっくりだった三次壁はシストが拡大しても伸展して破れません。 このとき三次壁の断面は再び密度の薄い構造をとります。そして頂端部の特に薄い部分から破れて, 遊走子が放出されます。

著者らは壁の組成も調べており,TLS は主としてアルゲナン(algaenan)からなり, 二次・三次壁にはマンノースとセルロースが含まれることが示唆されています。

著者らの最終目的はシストの壁の破砕方法の開発にありますが, シストの割れるメカニズムは,自然史的にも興味深いものがあります。 シストの壁というと,単純に頑丈なだけで,発芽の時も適当に割れるだけでいいような気もしますが, 実際には複雑な構造からなり,構造ごとに役割が分かれて発芽の過程に働いているのは面白いですね。 また,今回の研究では電子顕微鏡観察からも様々なことを明らかにしていることも注目です。

Damiani, M. C., Leonardi, P. I., Pieroni, O. I. & Cáceres, E. J. Ultrastructure of the cyct wall of Haematococcus pluvialis (Chlorophyceae): Wall development and behaviour during cyst germination. Phycologia 45, 616-623 (2006).

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真核の根を決める鍵,アプソモナス(2006.11.17)(→進化・分類学)


卵菌類のゲノムに潜む藻類の影(2006.10.10)(→その他)


ヒゲマワリは収斂進化のタマモノ(2006.10.05)

ヒゲマワリ(Pleodorina;緑藻綱オオヒゲマワリ目)は 64〜128 細胞からなる群体性の緑色鞭毛藻類で, 分裂を行わない専属的な栄養細胞(非生殖細胞)を一部に持つことが特徴です。Nozaki et al. (2006) はヒゲマワリ属の 2 新種を記載し,系統解析を行ったところ,形態的にヒゲマワリ属とされるものが少なくとも 3 系統に分かれることが示されました。

緑藻綱オオヒゲマワリ目は淡水の緑色鞭毛虫の主要な構成要素で,ほとんどの淡水環境で観察することが出来ます。 中でもオオヒゲマワリ科(Volvocaceae)やこれに近縁な藻類は4〜 数百細胞の群体性藻類からなり, 多細胞化の過程や有性生殖の進化の様々な段階も含んでいる興味深い系統です。しかし内部の属レベルの分類は大きく混乱しており, ヒゲマワリやオオヒゲマワリ(Volvox)を含む多くの属が多系統であると考えられています。 ヒゲマワリ属にはこれまで 4 種が認められおり,これは 2 系統に分かれていました。

著者らは神奈川県で見つかった P. starrii と米国テキサス州で見つかった P. thompsonii の 2 新種を記載しています。 これらの種は,群体中の細胞数,細胞を覆う個体鞘(individual sheath)の様子や,非生殖細胞の分布, 葉緑体中のピレノイドの数などによって,既知の 4 種とは区別されます。P. starrii はメチレンブルー染色によって個体鞘がよく染まる点で P. indica によく似ています。また,P. thompsonii は既知のヒゲマワリ属は細胞数が 64 または 128 細胞だったにもかかわらず, 16 または 32 細胞しかない,という点で独特でした(P. starrii は 32 または 64 細胞)。

Pleodorina starrii の模式図(鞭毛・個体鞘・裏側の細胞などは描かれていない)

葉緑体の分子系統解析の結果からは,P. starrii はよく似た P. indica と姉妹群をなし, 他の,ヒゲマワリ属のタイプ種 P. californica を含んだ系統とは分かれました。細胞数の少ない P. thompsonii は, 驚くべきことにいずれのヒゲマワリ属の系統とも分かれ,第 3 の系統をなしていました。

ヒゲマワリ属は非生殖細胞を持つ点でタマヒゲマワリ属(Eudorina)と区別されてきましたが, 系統的にはヒゲマワリ属はタマヒゲマワリ属から複数回進化した可能性が示唆されました(あるいは逆かもしれませんが)。 これはオオヒゲマワリ科の中で細胞分化が複数回起こっていたことを意味しており(やはり逆もあったかも知れませんが), 細胞分化についての更なる研究が望まれます。3 系統に分かれてしまったヒゲマワリ属については, 同様に多系統のタマヒゲマワリ属の分類とも絡むため今回は分割されませんでしたが, 将来的には複数の属へと分割されることが期待されます。

余談ですが,P. starrii は実は相模湖や津久井湖(同じ水系)で行われた学生実習で見つかったものです。 ヒゲマワリのような群体性の藻類は比較的目立つのですが,そんな藻類にもまだまだ新種が眠っているのです。

Nozaki, H., Ott, F. D. & Coleman, A. W. Morphology, molecular phylogeny and taxonomy of two new species of Pleodorina (Volvoceae, Chlorophyceae). J. Phycol. 42, 1072-1080 (2006).

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続報:もう一つの葉緑体(2006.09.21)

Paulinella chromatophora はシアノバクテリアによく似た構造を細胞内に持ったアメーバ様生物で, 他の植物とは独立に色素体を獲得した真核生物と考えられています(もう一つの葉緑体)。 Yoon et al. (2006) はその色素体ゲノム断片を解読し,P. chromatophora の色素体ゲノムが, シアノバクテリアの遺伝子を多く残した祖先的な色素体であると議論しています。

P. chromatophora の藍色の細胞内構造はシアネレ(共生体))とも色素体(オルガネラ)とも呼ばれてきました。 近縁種の P. ovalis が光合成能を持たない(シアノバクテリアを捕食する)ことから, 内部共生がごく最近起こったことが示唆されていますが,一方で内部共生体は食胞膜に包まれておらず,Paulinella の細胞外では培養できません。しかも宿主と同調的に分裂することが知られており,オルガネラとみなすこともできます。

独立生活するシアノバクテリアでは数千の遺伝子を持つのに対して,色素体はオルガネラになる過程でゲノムサイズが縮小し, わずか 200 以下の遺伝子しか持っていません。そこで Paulinella の色素体ゲノムにも関心が持たれています。 そんな中,著者らは新たに 9.4 kb と 4.3 kb の色素体ゲノムの断片を解析することに成功しました。

P. chromatophora が他の色素体とは別のシアノバクテリアに由来したことは既に示されていましたが (もう一つの葉緑体),今回解析された遺伝子からもこのことは裏付けられました。 さらにこの色素体と近縁であると考えられていたシアノバクテリアのうち,特に Synechococcus sp. WH5701 と遺伝子の配列,組成がよく似ていました(読まれた遺伝子は 10 個強)。この中には, 他の全ての真核藻類で色素体から核に移行した psbO 遺伝子や, 窒素固定に用いられる鉄-モリブデン捕因子の生合成に関わる nifB 遺伝子が含まれていました。 窒素固定はコストが高いため真核生物との共生のごく初期に無くなると考えられており, 逆にこの遺伝子が存在することは P. chromatophora の色素体獲得がごく最近であることを示唆しています。

著者らは色素体が宿主と同調的に分裂していることに着目し,あるいは ftsZ のような色素体の分裂に関わる因子が核に移行していることを期待していますが,これは今後の研究に委ねられています。 P. chromatophora のように一次共生の初期段階に相当するらしい生物は意外に少なく, この生物は他の色素体の獲得と比較するための貴重な材料と言えます。しかし本種は培養が難しいことが難点とされており, 今後は少ない材料からのゲノム解析と,効率よく増える純粋培養株の確立が課題となっていくでしょう。

ちなみに,同様に二次共生の初期段階として挙げられるのがプラシノ藻を共生させかけている hatena です (はてな? 共生藻が増えないぞ?)。

Yoon, H. S., Reyes-Prieto, A., Melkonian, M. & Bhattacharya, D. Minimal plastid genome evolution in the Paulinella endosymbiont. Curr. Biol. 16, R670-R672 (2006).

関連する解説記事>
Archibald, J. M. Endosymbiosis: Double-take on plastid origins. Curr. Biol. 16, R690-R692 (2006).

Rodríguez-Ezpeleta, N. & Philippe, H. Plastid origin: Replaying the tape. Curr. Biol. 16, R53-R56 (2006).


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敵だワムシだ変身だ(2006.09.06)

栄養食品などで有名な Chlorella(トレボウクシア藻綱クロレラ目)は見直しが進んでいる分類群の一つです。 単純な形態の Chlorella に対して,細胞に剛毛の生えた Micractinium がごく近縁であると考えられています。 Micractinium は培養条件下では剛毛を失うことが多いため,両者を客観的に識別する方法が課題でしたが, Luo et al. (2006) は遺伝子配列と,捕食者であるワムシに応答して剛毛を生やす能力の有無が識別に使えることを示しました。

Chlorella は単純な形態を持つことから古くより 100 種以上が記載されてきました。しかしその多くは独立の種とは認められず, よく用いられるモノグラフ(Komárek & Fott, 1983)では 14 種が認められています。その後,属の分割や移行が進み, 現在では Chlorella vulgarisC. lobophoraC. sorokiniana の 3 種のみに絞り込まれています。 この再分類の軸になったのは分子系統学ですが,同時にどのような形態形質が系統を反映しているのかを検討し, 識別形質を見出すのも研究の要でした。

これまでの研究から MicractiniumM. pusillum 1 種のみ培養株あり)が Chlorella 属とごく近縁であることは知られていましたが,互いの正確な系統関係は決着していませんでした。 Micractinium は,群体性で細胞にタンパク質性の剛毛(細胞壁の合成後に生える) を持つことで特徴づけられます。しかし剛毛は培養すると失われることも多く,細胞の微細構造は Chlorella とよく似ています。 そこで著者らは両属を識別するため,SSU rDNA と ITS-2 の配列を調べ,また剛毛を生やす能力に着目しました。

系統解析では,SSU rDNA,ITS-2 のそれぞれ単独では解像度が十分ではありませんでしたが,両者を併せた解析では ChlorellaMicractinium がいずれも単系統群を形成しました。また複数株を含んだ C. vulgaris も単系統となりました。 さらに著者らは配列を詳細に調べ,推定された RNA 分子の二次構造の中にホモプラシー(homoplasy ≒収斂)のない共有派生形質(NHS) や相補的塩基置換(CBC),半相補的塩基置換(HCBC)などを見つけました。このような塩基置換は特定の系統を客観的かつ, 強く支持すると考えられるため,種や属の境界線を引くために用いることができます。実際に今回扱われた Chlorella 属, Micractinium 属,そしてその内部の「種」を識別することができたそうです。さらに M. pusillum の株間にも NHSs や CBCs が見つかり,4 つの隠蔽種(生殖的隔離のある集団)がある可能性が示唆されました。

          -------Chlorella vulgaris
       -------|
   -------|   -------C. lobophora
   |   |
------|   --------------C. sorokiniana
   |
   ---------------------Micractinium pusillum

ChlorellaMicractinium の形態的な違いは剛毛の有無ですが,これは捕食を防ぐための構造で, 捕食圧のない培養条件下では Micractinium においても剛毛が失われることがしばしばあります。 そこで著者らは代表的な捕食者であるツボワムシ(Brachionus calyciflorus)やミジンコ(Daphnia) などを飼った培地を与え,剛毛の誘導を試みました。その結果ツボワムシの培養液のみ,Micractinium の剛毛形成を誘導することがわかりました。分子量が(150-)232-2000 kDa の分画に誘導能があり,株によって 15〜95% の細胞に剛毛が誘導されました。また剛毛の発達によりツボワムシに捕食されにくくなることも示されています。 Chlorella では同じ条件下でも剛毛の形成は一切認められず,これが Micractinium との決定的な差になっています。

分子系統の情報と,剛毛の形成能力という形態形質を統合して分類体系を作ることは,理想的な分類手法だと思います。 著者らはさらに近縁な属に拡大した研究も進めているそうで,今後の展開も気になるところです。まずは今回の研究を基盤にして, 同レベル,あるいはさらなる形態形質,AFLP など他の分子情報も加えて分類体系を再構築することになるでしょう。

捕食者によって防御構造が誘導されるかどうか,という生存戦略に直接関わる形質が分類に用いられるということも興味深く, このような違いがどのような進化によって起こったのか,なども今後分かってくると面白いですね。これには Chlorella が剛毛の代わりにどのような防御戦略をとっているかなども関わってくると思われます。また Micractinium の剛毛の起源を探るために, 剛毛を誘導している具体的な成分の特定も今後なされると,さらに色々なことが分かるかもしれません。

Luo, W., Pflugmacher, S., Pröschold, T., Walz, N. & Krienitz, L. Genotype versus phenotype variability in Chlorella and Micractinium (Chlorophyta, Trebouxiophyceae). Protist 157, 315-333 (2006).

Komárek, J. & Fott, B. Das Phytoplankton des Süßwassers, 7. Teil, 1 Hälfte. Chlorophyceae (Grünalgen), Ordnung Chlorococcales (Schweizerbart'sche Verlagsbuchhandlung, Stuttgart, 1983).


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きっちり調べて,謎の藻類の所属を決める(2006.08.23)

微細藻類の中には 100 年も前に記載され,近代的な研究(電子顕微鏡観察や分子系統)が行われていないため, その所属が謎のままになっているものが数多く存在します。Pseudulvella もそんな藻類の一種で, 他の水生植物の表面に着生する藻類です。Sanchez-Puerta et al. (2006) は Pseudulvella のタイプ種を培養し, 電子顕微鏡観察と分子系統解析を行った結果,この属がカエトペルチス目(Chaetopeltidales)に属することを示しました。

Pseudulvella americana は淡水産の藻類ですが,微小な海藻のアワビモ(Ulvella lens)とよく似ていることから, Pseudulvella の名の下に呼ばれています。Pseudulvella とアワビモの違いは極めて微妙で, 観察記録によっても見解が異なったため,しばしば両者はアワビモ属にまとめられ,あるいは再び分けられてきました。 それでも近年アワビモ科(Ulvellaceae)については微細構造や DNA の研究が進み,アオサ目(Ulvales)への所属が示されています。 しかし Pseudulvella についてはそのような研究が無く,アワビモ属との関係は決着がついていなかったそうです。

著者らはアルゼンチンの小川からイヌガラシ属(Rorippa)に着生した Pseudulvella americana を分離・培養し, 研究を行いました。P. americana は細胞が放射状に並んでできる円盤状の葉状体をしており,中心部で細胞が多層になっています (辺縁部は単層)。4 鞭毛性の遊走子の放出も観察されています。

電子顕微鏡を用いた微細構造の観察から,栄養細胞のピレノイド(葉緑体中に存在する,主に RubisCO からなる球状構造) に細胞質の陥入が認められ,遊走子の鞭毛装置は頂端側の基底小体の対が直線上に配置する DO 型で, 鞭毛根と呼ばれる微小管性の構造も詳細に記載されています。これらの構造はカエトペルチス目の他の藻類の特徴とよく一致しています。 特に基底小体の配置は緑色植物の綱のレベルの分類に重要とされており,DO 型のものは緑藻綱の一部にしか知られていません (アワビモ科を含むアオサ藻綱:Ulvophyceae は基底小体が反時計回りにずれて配置される CCW 型をしている)。

SSU rDNA を用いた系統解析からは,P. americanaChaetopeltis orbicularis の姉妹群となり, カエトペルチス目の中に含まれることが示されています。実際に P. americanaC. orbicularis とよく似ており, 例えば後者も円盤状の葉状体を持った着生藻です。一応両者は細胞のサイズや配置,葉状体の中心部が多層になるかならないか, などの特徴によって区別されるため,別属として扱うそうです(ただし両者を同属にまとめても問題はないように見えます)。

今回の結果から,著者らは Pseudulvella 属がカエトペルチス目に所属すると結論しています。 アワビモ属はアオサ目に分類されているため,このことは 2 属がそれぞれ独立した属であることも間接的に示しています。 しかし残念ながらアワビモ自体の分子系統解析が行われていないため,決定的な証拠が欠けていることは指摘しておく必要があるでしょう。 アワビモは培養も行われており,分子系統研究も困難とは思われませんので,いずれ系統学的な裏付けも取れるはずですが。

Sanchez-Puerta, M. V., Leonardi, P. I., O'Kelly, C. J. & Cáceres, E. J. Pseudulvella americana belongs to the order Chaetopeltidales (class Chlorophyceae), evidence from ultrastructure and SSU rDNA sequence data. J. Phycol. 42, 943-950 (2006).


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異彩を放つピコ藻類のゲノム(2006.08.04)

最も小さい真核生物として知られる Ostreococcus tauri(緑藻植物門マミエラ目) のゲノム解読の論文が出版されました(Derelle et al., 2006)。コンパクトで一部に異質な領域を含むなどいくつかの特徴や, 新たに推定された代謝機能などが紹介されています。

Ostreococcus は海産のピコプランクトンの一種で,細胞の大きさが 1µm しかない最小の真核生物と言われています。 同時にゲノムサイズも小さく,最終的には 12.56 Mbp(1256 万塩基対)で,ゲノム解読に適した生物と考えられ,実際に解読されました。 ところがタンパク質をコードする遺伝子数は 8,166 個と,ゲノムサイズのやや大きい Cyanidioschyzon merolae(約 16 Mbp;5,331 個)よりも多かったそうです。これは Ostreococcus のゲノムが高度に圧縮されていたためで,遺伝子間領域は平均でわずかに 197 bp しかなかったそうです(ゲノムが解読された真核生物では圧倒的に最小)。またイントロンサイズも平均 103 bp で, 極めて短いと言えます。

ゲノムを見渡したときに最も特徴的なのは 20 本ある染色体のうち 2 番染色体の半分と 19 番染色体全域に見られる, GC 含量が低い領域です。ゲノムの全体では GC 含量は 58% で比較的均一なのですが,2 番染色体の半分では 52%, 19 番染色体では 54% と目だって低下しています。さらに転移性因子の実に 8 割近くが集中していることも, これらの領域の異常性を際立たせています。

2 番染色体では加えてコドンの使用頻度も他の染色体と異なっているなどの特徴がありますが, この領域にコードされているタンパク質は緑藻の相同タンパク質と近縁であることから,異なる由来を持つわけでもなさそうです。 著者らはこの領域が性染色体領域である可能性にも言及していますが,Ostreococcus では未だ有性生殖の報告がなく (有性生殖はしていてもおかしくない),現時点では検証ができていません。

19 番染色体の方はさらに異常で,コードされているタンパク質の多くが植物のタンパク質と相同性が低く, むしろ細菌の相同タンパク質に似ている(ただし相同性はさほど高くもない)とされています。 このことは 19 番染色体が異なる起源を持つ可能性を示唆しており,他の緑藻植物のゲノムにそのような特徴が見られるのかが注目されます (少なくともコナヒゲムシ(Chlamydomonas reinhardtii;オオヒゲマワリ目)のゲノムからは報告されていませんが)。 コードされているタンパク質には細胞表面のタンパク質が多く,無壁で捕食されやすい Ostreococcus にとって, 防御などの役割を果たしている可能性などがあるそうです。

代謝系でも幾つか発見があったそうですが,特に注目されているのは C4 光合成の酵素が一そろい存在していることで, ピレノイドのような二酸化炭素の濃縮機構を持たない Ostreococcus で機能しているとすると,生態学的にも興味深いようです。 Ostreococcus は大量に発生することがあるため,細胞が高密度になったときに機能していると予想されるためです。

等々,ゲノムを読んでの発見はいろいろありましたが,さらに現在 CCE9901 と RCC141 という株のゲノム解読も終了に向かっており, 比較することで分かってくることもまたあるでしょう(Archibald, 2006)。 しかし緑藻植物門にはまだいくつも原始的な系統(プラシノ藻類)が残っており, また Chlorella を含むトレボウクシア藻綱やアオサなどの海藻を含むアオサ藻綱のゲノム解読も待たれるところです (一応,残る緑藻綱については Chlamydomonas のゲノムが出ています)。

Derelle, E. et al. Genome analysis of the smallest free-living eukaryote Ostreococcus tauri unveils many unique features. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 103, 11647-11652 (2006).

Commentary
Archibald, J. M. Genome complexity in a lean, mean photosynthetic machine. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 103, 11433-11434 (2006).


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日本にはどんな藻類がいるのか(2006.07.31)

自分の住む国,地域の植物相(フロラ)を明らかにすることは植物分類学者の仕事の一つだと思います。 これは藻類分類においても例外ではないはずですが,微細藻については珪藻や接合藻のような例外を除けば, フロラがほとんどわかっていません。例えば淡水の遊走性緑藻類を調べると日本未記録種が山のように出てきます。 Yamada et al. (2006) は緑藻綱のフロラを明らかにする一環として,日本新産種 1 種を詳細な観察, 分子情報とともに報告しています。

日本産の海藻についてはモノグラフ(吉田, 1998)と種目録(吉田 ほか, 2005)を参照すれば十分な情報が集まります。 しかし淡水産の微細藻類については広瀬 (1977) や遊走性の種については水野 および 高橋 (2000) があるものの, 紹介されている種数は網羅的とはとても言えないレベルにとどまっています。私の扱っている緑藻綱オオヒゲマワリ目の藻類についても, 種同定が容易ではないためか,研究者が少ないためか,日本で実際に見かける種のほとんどが公式には報告されていません。

私の所属している研究室では,植物研究雑誌にいくつかの日本新産種の報告を行ってきました(Nakazawa & Nozaki, 2000; Nakada et al., 2005)。また同様の研究に,Kato et al. (2005) による野生絶滅藻類の再発見などがあります。 今回報告されたのも日本未記録の緑藻類の一種で,群体性の Gonium multicoccum と呼ばれる種類です。

日本からはこれまでに 3 種のヒラタヒゲマワリ属(Gonium;2 本の鞭毛を持った 8〜32 細胞が平板状に並んだ群体性の藻類) が報告されていました(水野 および 高橋, 2000)。しかし採集されるほとんどの種類はヒラタヒゲマワリ(G. pectorale)です。 そんな中,九州地方(福岡)で採集された土壌から細胞あたりピレノイド(葉緑体中の球状構造)を複数持った種が分離されました。 ヒラタヒゲマワリは細胞あたり 1 個のピレノイドしか持たないため,福岡産の種は別種と考えられ, その後の培養条件下での形態観察からこれまで日本からは報告のない G. multicoccum と同定されました。

Gonium multicoccum(左)とヒラタヒゲマワリ(G. pectorale;右)の模式図

さらに rbcL 遺伝子と ITS2 の配列の比較からも,ネパール産の G. multicoccum と最も近縁であることが示され, 正式に日本新産種として報告されました。

日本未記録の種類には,普通に観察されてはいるけれども単に公式に記録がないだけ,の種類と, 実際にほとんど日本では観察されない種類があると考えられます。G. multicoccum は後者だと考えられ, 貴重な発見であるとも言えるでしょう。

単に図鑑や種目録に 1 種が増えるだけ,と思われるかもしれませんが,藻類の分布の変遷や,なぜ G. multicoccum は普通に観察されないのか,などの疑問に回答を与えるためには,今回のような報告が公式になされることが重要です。 非公式の観察はその後の研究の土台としては引用できませんので,たとえ珍しい種類でなかったとしても, 日本新産種として報告しておくことは日本の淡水藻類フロラの解明に向けて必要不可欠なことだと思います。

Yamada, T. K., Nakada, T., Miyaji, K. & Nozaki, H. Morphology and molecular phylogeny of Gonium multicoccum (Volvocales, Chlorophyceae) newly found in Japan. J. Jpn. Bot. 81, 139-147 (2006).

広瀬弘幸 編 日本淡水藻図鑑 (内田老鶴圃, 東京, 1977).

Kato, S. et al. Rediscovery of the wild-extinct species Nitellopsis obtusa (Charales) in Lake Kawaguchi, Japan. J. Jpn. Bot. 80, 84-91 (2005).

水野寿彦 および 高橋永治 編 日本淡水動物プランクトン検索図説 (東海大学出版会, 東京, 2000).

Nakazawa, A. & Nozaki, H. Morphology and asexual reproduction of Vitreochlamys aulata (Volvocales, Chlorophyceae). J. Jpn. Bot. 75, 42-46 (2000).

Nakada, T., Nakazawa, A. & Nozaki, H. Two species of Chlorogonium (Volvocales, Chlorophyceae) from Japan. J. Jpn. Bot. 80, 197-207 (2005).

吉田忠生 新日本海藻誌: 日本産海藻類総覧 (内田老鶴圃, 東京, 1998).

吉田忠生, 嶌田智, 吉永一男 および 中嶋泰 日本産海藻目録(2005 年改訂版). 藻類 53, 179-228 (2005).


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続報:調べてみれば謎の原生動物(2006.07.20)(→進化・分類学)


悩ましいスミレモの系統分類(2006.07.13)

藻類の中には気生藻と呼ばれる,岩の表面や樹皮など陸生の環境に住むものが存在します。 スミレモ(Trentepohlia aurea)もそんな気生藻の一種です。 López-Bautista et al. (2006) はスミレモ目(Trentepohliales)の仲間の分子系統を調べており, これまでの形態分類に問題があり,分類形質の見直しを進める必要があることを主張しています。

スミレモ(橙色)の生えた石碑(三崎にて)

スミレモ目は全て気生藻からなっており,陸生への進化の一例として以前より注目を集めていました。 長いこと系統的位置は不明でしたが,最近になって分子系統からアオサ藻綱に含まれることが示されています(López-Bautista & Chapman, 2003)。この目には 6 属約 90 種が含められています。著者らはこのうち Stomatochroon 属を除いた 5 属を含む, 11 種 22 配列について系統解析を行い,形態に基づいた分類との比較検討を行っています。

まず系統樹を見て分かることは,Trentepohlia 属が単系統でないということです。 PhycopeltisPrintzinaPhysolinum(いずれも 1 種のみが系統樹に含められている), そして Cephaleuros といった属が Trentepohlia の様々な系統にそれぞれ近縁となっています。 一方で 2 種 8 配列が解析された Cephaleuros は単系統群を形成し, 高等植物の葉のクチクラの内側に入り込むという生態が系統を特徴づける形質である事が裏付けられました (ただし 15 種中 2 種しか調べられていないため,今後の検証が必要)。

          ----------------------------Cephaleuros 8 配列
          |
          |          -------Physolinum
       -------|       -------|
       |   |   -------|   -------Trentepohlia sp.
       |   |   |   |
   -------|   -------|   --------------Printzina
   |   |       |
   |   |       ---------------------Trentepohlia 4 配列(T. arborum を含む)
   |   |
   |   -----------------------------------T. aurea(タイプ種 2 配列)
------|
   |              --------------T. iolithus
   |              |
   |          -------|   -------T. abietina
   |          |   |   |
   |          |   -------|------T. umbrina
   ---------------------|       |
              |       -------Phycopeltis
              |
              ---------------------T. annulata

PhysolinumPrintzina はもともと Trentepohlia 属に含まれていた種を分けたもので, 識別形質も微妙だそうです。従って Trentepohlia 属の中に入り込むこと自体は驚くことではないかもしれません。 一方で著者らが注目しているのは Phycopeltis の系統的位置です。Phycopeltis はよく定義された属で, 特に遊走子嚢の小孔の配置(付着部の反対側)が重要で,この形質は Phycopeltis に近縁な Trentepohlia の種 (T. abietinaT. umbrina)にも存在する可能性があるそうです(遊走子嚢が常に観察できるわけではないので, 完全に証明されたわけではありません)。しかし将来の属の組み替えまで視野に入れると,この形質の有用性には期待が持てます。

今回の系統解析ではまだまだ扱われた種数が少なく,また形質の再評価も進行していないため, 属の組み替えなどの分類学的処置はなされていません。しかし将来の扱いを視野に入れていることは強く伝わってきます。

かつては識別形質の有用性を別の側面から評価することは出来ませんでした。 しかし今や分子系統に基づいて有用な識別形質を選別することができるようになりました。 スミレモの場合には,これまで使われてきた識別形質に多くの問題があったことが明らかになり,分子系統の威力が示されています。 しかしここから新しい識別形質を見出し,スミレモ目全体の体系を再確立するまでにはもう少しかかりそうです。

López-Bautista, J. M., Rindi, F. & Guiry, M. D. Molecular systematics of the subaerial green algal order Trentepohliales: An assessment based on morphological and molecular data. Int. J. Syst. Evol. Microbiol. 56, 1709-1715 (2006).

López-Bautista, J. M. & Chapman, R. L. Phyologenetic affinities of Trentepohliales inferred from small-subunit rDNA. Int. J. Syst. Evol. Microbiol. 53, 2099-2106 (2003).


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萌え雪(2006.06.28)

雪解けが始まると,雪の上の植物にも芽生えの季節がやってきます。と言っても目に見える植物のことではなく, 雪上藻の話です。藻類の中には雪の上に生えて,雪に緑や赤の着色を与える種類が数多く知られています(緑雪,赤雪などとも言います; 氷雪性クラミドモナス)。 Hoham et al. (2006) は Chloromonas 属(緑藻綱オオヒゲマワリ目)の雪上藻の 2 新種を記載しています。

緑雪(八甲田にて;左下は 10 円玉) 赤雪(八甲田にて)

以前から Chloromonas 属には複数の雪上性の藻類が知られており,中でも Cr. nivalisCr. pichinchaeCr. brevispinaCr. sp.D とされた 4 種の雪上藻は単系統群を構成することが報告されていました(Hoham et al., 2002)。Hoham et al. (2006) では,それまで Cr. sp.D と呼ばれていた未同定の藻類と,新たに採集された株を基にして, それぞれ新種,Cr. tughillensisCr. chenangoensis を記載しています。

形態学的にも両者は区別できますが,これまでの種からは rbcL 遺伝子の配列で区別できます。

              -------Cr. tughillensis
              |
           -------|------Cr. brevispina
           |   |
       -------|   -------Cr. pichinchae
       |   |
--(雪上性)--|   --------------Cr. chenangoensis
       |
       ---------------------Cr. nivalis

両種とも 2 本の鞭毛で融けかかった雪中を遊泳します。細胞は球形から楕円形で,破れたような葉緑体を持っています。 ピレノイドと呼ばれる構造が観察されないことから,両者は形態的にも Chloromonas 属に同定されます。 有性生殖の様式は,Cr. chenangoensis で雌雄同株,Cr. tughillensis は雌雄異株だそうです。 興味深いことに配偶子には球形の細胞と楕円形の細胞が存在するとされています。球形の,あるいは楕円形の細胞同士でも接合しますし, 球形の細胞と楕円形の細胞でも接合が起こるそうです。 これはもしかすると,異型配偶,つまり配偶子に雌雄の差が生じる途中の段階なのかもしれません。 もっとも,培養の状態によって 2 種の細胞の比率が変わるようなので,必ずしも意味はないのかもしれませんが。

さてもう一つ興味深い話として,Cr. chenangoensis が採集された Chenango 谷では, 本種が採集された 2001 年の 4 月以前には雪上藻が観察されたことはなかったそうです。年間の降雪量(>200cm)から考えると, 雪上藻がいてもおかしくなかったとされています。実はもう一つの条件として,雪解けが 7〜10 日間継続することが必要だそうで, 2001 年の春には気温が低かったために雪解けが遅く,これが Cr. chenangoensis の発生につながったと考えられています。

もちろん,2001 年に突然 Cr. chenangoensis が無から沸いて出たはずはありません。 谷の全域にパッチ状に発生していることから,風により運ばれてきたわけではなく,土の中のシストが目覚めたと推測されています。 ではこのシストはどこから来たのでしょうか? 2001 年のような好機が訪れるまで,一つには, 長期間にわたって休眠していた可能性が考えられます。何年にも, あるいはそれ以上の長い期間に渡ってシストが発芽率を維持しているとすると,これは驚くべきことです。

一方で別の可能性も考えられます。実は毎年のように目立たない数の藻類が発芽し,シストを形成していたにもかかわらず, 条件が整わなかったために研究者の目にとまる(緑雪などを形成する)ことがなかったという可能性です。 私としては後者の可能性の方がありそうな気がします。だとすれば雪上藻を採集するためには, 目立った着色を狙うだけでは不十分なのかもしれません。

この論文は記載論文としては,微細構造の研究がない点,両種の間や,他の雪上藻との間の違いが十分に説明されていない点 (違いが指摘されていないわけではない)などで不満も残るものでしたが,雪上藻の生活感や生態・進化について, 興味深い議論が展開されており,その点では面白いところもありました。 分類学を学んでいる身としては,考えさせられるところもある論文でした。

Hoham, R. W. et al. Two new species of green snow algae from Upsatate New York, Chloromonas chenangoensis sp. nov. and Chloromonas tughillensis sp. nov. (Volvocales, Chlorophyceae) and the effects of light on their life cycle development. Phycologia 45, 319-330 (2006).

Hoham, R. W., Bonome, T. A., Martin, C. W. & Leebens-Mack, J. H. A combined 18S rDNA and rbcL phylogenetic analysis of Chloromonas and Chlamydomonas (Chlorophyceae, Volvocales) emphasizing snow and other cold-temperature habitats. J. Phycol. 38, 1051-1064 (2002).


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謎の藻類メソスティグマの安住の地 II(2006.06.02)

謎の藻類メソスティグマの安住の地 I で紹介したように, メソスティグマ(Mesostigma)はこれまで緑藻植物類(Chlorophyta)に属するのか, ストレプト植物類(Streptophyta)に属するのか,それとも独自の系統なのかがわかっていませんでした。 この問題の解決に,グリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)の遺伝子重複を用いて取り組み, メソスティグマがストレプト植物に近縁であることを示したのが Petersen et al. (2006) です。

GAPDH は解糖系やカルビン回路の酵素で,植物にはミトコンドリアや色素体の祖先生物に由来する遺伝子が複数存在します。 GapC 遺伝子はおそらくミトコンドリア由来で解糖系に働き,GapA 遺伝子は色素体由来で葉緑体のカルビン回路で働きます。 さらに陸上植物においては遺伝子重複によって GapB 遺伝子が誕生しています。 これは進化的には GapA/B 遺伝子の重複によって GapA から分かれたものと考えられています。 著者らは緑藻を初めとする多くの一次共生藻(原核生物由来の色素体を持つ藻類)から GAPDH 遺伝子を単離し, また公開されたゲノムや EST データからも配列を収集し,系統解析に用いました。

GAPDH の進化について,幾つか議論がなされていますが,ここではメソスティグマについて着目します。 この研究では,陸上植物以外のストレプト植物類から多くの遺伝子を集めており,コレオケーテ(Coleochaete), アオミドロ(Spirogyra),シャジクモ(Chara),クロロキブス(Chlorokybus)から, GapAGapB の両方が得られています。またクレブソルミディウム(Klebsormidium) からは遺伝子重複後の GapA 遺伝子が得られています(GapB は失われた可能性があります)。

さて問題のメソスティグマですが,これも確かに GapB 遺伝子を持っていました(GapA も)。 他の GapB 遺伝子と同様に C 末側に他のタンパク質(CP12)由来の領域(CTE)を持っていることや, 系統解析からもメソスティグマの GapB は間違いなく他の GapB 遺伝子と相同タンパクと言えます。

系統解析では GapB の単系統性は強く支持されていますが,ストレプト植物類の GapA の単系統性はやや低く, また緑藻植物類の GapA の単系統性も強いとは言えません。これが問題といえば問題ですが, 遺伝子の個数やドメイン構造の情報などを考えると,紅藻,灰色藻,緑藻植物類では GapA 遺伝子のみを持ち, ストレプト植物類とメソスティグマでのみ GapAGapB を持つと結論づけてよいでしょう。 つまり,ストレプト植物類とメソスティグマの共通祖先で遺伝子重複が起こったとするのが自然な解釈になります。

                     -------メソスティグマ GapB
                 -------|
                 |   -------他のストレプト植物類 GapB
          --遺伝子重複--|
          |       |   -------メソスティグマ GapA
       -------|       -------|
       |   |          -------他のストレプト植物類 GapA
   -------|   |
   |   |   ----------------------------緑藻植物類 GapA
------|   |
   |   -----------------------------------灰色植物 GapA
   |
   ------------------------------------------紅色植物 GapA

残念ながら,この遺伝子ではより細かい系統関係を解くためには情報が不足しているようで, 例えば陸上植物の姉妹群は特定できなかったそうです。 唯一重要な情報は,GapB 遺伝子の保存性の高いアミノ酸に起きた置換で, これによってシャジクモ,コレオケーテ,接合藻類が陸上植物と同じ派生的なアミノ酸残基を持っているのに対して, クロロキブス,メソスティグマは祖先的なアミノ酸残基を保持していることが明らかとなりました。 メソスティグマは言うまでもなく,クロロキブスも形態研究からストレプト植物類の最初期の分岐と見なされていましたので, 両者がストレプト植物類の中で原始的な位置を占めていることは説得力があります。

GAPDH の研究は単独では色々と批判の余地がありますが,これまでの研究などを総合的に判断すると, メソスティグマはストレプト植物類の基部分岐と結論して間違いないでしょう。 長いこと系統的位置について定説のなかったメソスティグマですが,この仮説が定説としてしばらくは落ち着くことでしょう (反論するにしても,さらに強く明瞭な証拠が必要ですし)。

Petersen, J., Teich, R., Becker, B., Cerff, R. & Brinkmann, H. The GapA/B gene duplication marks the origin of Streptophyta (charophytes and land plants). Mol. Biol. Evol. 23, 1109-1118 (2006).


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謎の藻類メソスティグマの安住の地 I(2006.05.30)

緑色植物(Viridiplantae)は緑藻植物類(Chlorophyta)とストレプト植物類(Streptophyta) という二大系統群に分けられます。しかしメソスティグマ(Mesostigma)という単細胞性で鱗片を持った「プラシノ藻」の一種は, 緑藻植物とストレプト植物が分かれた頃に分岐した独自の系統で,その系統的位置が確定していませんでした。 Nedelcu et al. (2006) はストレプト植物類に特異的な遺伝子をもとに, メソスティグマがストレプト植物類の根元で分岐したことを示唆しています。

メソスティグマは細胞の表面に鱗片を持つ単細胞性の鞭毛緑藻として,原始的な仲間をまとめたプラシノ藻綱に分類されてきました。 しかし鞭毛基部の微細構造からはストレプト植物類との近縁性が示唆され, そのほとんどが原始的な緑藻植物門に位置づけられたプラシノ藻とは異なる可能性が示されています。 ところが葉緑体のゲノムに基づく系統解析からは,メソスティグマは緑藻植物とストレプト植物が分岐する以前に分かれた, 最初期の分岐である可能性が唱えられ,脚光を浴びるようになりました(Lemieux et al., 2000)。 その後の分子系統解析ではストレプト植物とメソスティグマが近いとする結果も出ており(e. g. Karol et al., 2001), メソスティグマの系統的位置は大きな謎となっていました(McCourt et al., 2004)。

Nedelcu et al. (2006) はこの謎に迫るために M. viride の EST を用いました。 EST データの中から彼らが着目したのは,ヒメツリガネゴケ(Physcomitrella patens;蘚類)の形態形成にかかわる遺伝子, BIP1BIP6 でした。特に BIP2 に似た配列が複数個見つかりました。この遺伝子は陸上植物に広く見つかり, さらにミカヅキモの 1 種(Closterium peracerosum;接合藻,ストレプト植物)にも見つかったそうです。 一方で他の緑藻植物類(プラシノ藻 2 種,緑藻綱 4 種,トレボウクシア藻綱 1 種,アオサ藻綱 1 種) の EST や ゲノムプロジェクトのデータ中には BIP2 様の遺伝子は見つかりませんでした。 同様に灰色藻,紅藻,珪藻からも BIP2 様遺伝子は見つからず,この遺伝子がストレプト植物(とメソスティグマ) に特有のものと考えられました。

この遺伝子は陸上植物の形態形成に重要な役割を果たしていると考えられ,その起源としても興味深い話かもしれませんが, BIP2 様遺伝子はメソスティグマの系統で独自に多様化しているようで, メソスティグマにおいても重要な働きをしているのかもしれません。

さて,ストレプト植物に特有の遺伝子をメソスティグマが持っていることは, ストレプト植物とメソスティグマが単系統群をなすことを示唆しています。 しかしこれだけでは,緑藻植物の根本で BIP2 が失われた可能性も否定できませんし, 一部の緑藻植物に未発見の BIP2 様遺伝子がある可能性もゼロとは言い切れません。 ストレプト植物とメソスティグマの近縁性を確定させるには,もう少し証拠が必要でしょう。 Petersen et al. (2006) は同じ雑誌の次の号により強い証拠を提示しています。次はこの論文を紹介したいと思います。

Nedelcu, A. M., Borza, T. & Lee, R. W. A land plant-specific multigene family in the unicellular Mesostigma argues for its close relationships to Streptophyta. Mol. Biol. Evol. 23, 1011-1015 (2006).

Karol, K. G., McCourt, R. M., Cimino, M. T. & Delwiche, C. F. The closest living relatives of land plants. Science 294, 2351-2353 (2001).

Lemieux, C., Otis, C. & Turmel, M. Ancestral chloroplast genome in Mesostigma viride reveals an early branch of green plant evolution. Nature 403, 649-652 (2000).

McCourt, R. M., Delwiche, C. F. & Karol, K. G. Charophyte algae and land plant origins. Trends Ecol. Evol. 19, 661-666 (2004).

Petersen, J., Teich, R., Becker, B., Cerff, R. & Brinkmann, H. The GapA/B gene duplication marks the origin of Streptophyta (charophytes and land plants). Mol. Biol. Evol. 23, 1109-1118 (2006).


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発現抑制は「アンチ mRNA」で。(2006.05.12)(→分子細胞学)


解体する Polytomella のミトコンドリアゲノム(2006.05.04)

緑藻綱の Polytomella parva という藻類では,ミトコンドリアが線状のゲノムを持っており, しかも 2 本の断片に分かれていることが知られていました。Mallet & Lee (2006) は Polytomella 属の他の種のミトコンドリアゲノムを調べ,ミトコンドリアゲノムの断片化がこの群の内部で起こったことを示しています。

緑藻綱オオヒゲマワリ目(Volvocales)のメンバーの多くは,2 鞭毛性で細胞壁を持った緑色の藻類です。 ところがその中にあって Polytomella 属の藻類は 4 鞭毛性で細胞壁を持たず,無色という例外的な特徴をそろえています。 Polytomella は系統的位置も未だにわからないまま実験生物として用いられており, P. parva ではミトコンドリアのゲノム配列も決定されています。 ミトコンドリアゲノムは通常一本の環状ゲノムからなっていますが,本種のミトコンドリアゲノムは 2 種類の線状の染色体からなっており, 両末端に特徴的な逆位の繰り返し構造を持っているそうです。

Polytomella 属には他にもいくつかの種が知られており,培養株保存機関にも複数の株が維持されています。 著者らはドイツの SAG(Sammlung von Algenkulturen Göttingen)に保存されている 7 株の Polytomella 属藻類について, ミトコンドリアゲノムの構造と cox1 遺伝子の系統を調べています。

cox1 遺伝子や nad6 遺伝子,そして末端配列などをプローブにした DNA ブロットハイブリダイゼーション解析などの結果から,多くの株でミトコンドリアゲノムが断片化していることがわかりました。 プローブが P. parva を元にしているため,必ずしも完全な結果は得られていませんが, 調べられた中では P. capuana のみでミトコンドリアゲノムの断片化が認められませんでした (他に P. caecaP. papillataP. magna,と種不明の 2 株が調べられている)。 興味深いことに,種ごと,あるいは株ごとにも断片化の様子が異なっているようで, ミトコンドリアゲノムの断片化がごく最近でも進行していることが示唆されています。

cox1 遺伝子の系統樹からは,Polytomella 属の中で P. capuana が最初に分岐し, Polytomell SAG 63-10 が次に分岐し,残りの全ての株は同一の cox1 遺伝子配列を持っています (あるいは同種に分類すべきかもしれません)。 また,扱われている種数が極めて少ないものの,Polytomella はオオヒゲマワリ目の中で Chlamydomonas reinhardtii に近いようです。緑藻綱の中ではこれまでに PolytomellaC. reinhardtii のみで直線上のミトコンドリアゲノムが知られており,ミトコンドリアゲノムの状態が系統推定に使える可能性があります。

今回のデータからは P. capuana のミトコンドリアゲノムの状態がいまいち示しきれていなかったので, 今後の追加情報が欲しいところですが,同じ属やごく近縁な系統群の中でもミトコンドリアゲノムの断片化が進行していることは, ゲノムの進化という観点から非常に興味深いと思います。

Mallet, M. A. & Lee, R. W. Identification of three distinct Polytomella lineages based on mitochondrial DNA features. J. Eukaryot. Microbiol. 53, 79-84 (2006).


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一新された紅藻の上位分類(2006.04.07)

紅藻類は伝統的に原始的な原始紅藻類(Bangiophyceae)と複雑な生活史を持った真正紅藻類(Florideophyceae) に分けられていました。ところが分子系統学が進歩するにつれて,原始的と考えられた紅藻類にも, 紅藻類の中で初期に分岐したものから,真正紅藻類と姉妹群の関係になるものまで様々なものが存在することがわかりました。 そこで幾つかの新しい分類体系が提唱されていましたが,今回,ようやく分子系統の観点から見て満足のいく分類体系ができてきました (Yoon et al. 2006)。

紅藻の中で温泉藻の仲間の分類に問題があることはしばらく前から知られていました。特にシアニディウム(Cyanidium) の仲間は単純な体制をしており,これまでにも独立の綱として扱われる事がありました。 後の分子系統の結果もシアニディウム類が紅藻類の中で最初期に分岐したことを支持しています。 さて,その他の原始紅藻類の高次分類に手をつけたのが Saunders & Hommersand (2004) です。 彼らはシアニディウム類を独立の門,Cyanidiophyta に格上げした体系を採用し,紅藻類に合計 5 綱を認めました。 詳細は省略しますが,この体系は近年の分子系統を反映することが意図されている一方で, 単系統性が怪しい分類群も含まれていました。

Yoon et al. (2006) は葉緑体遺伝子のデータなどを追加して,おそらくデータ量の最も多い系統樹を描いています。 今回のデータから新たにわかったことはそれほど多くはありませんが, 紅藻類に明瞭な単系統群が 7 つあることを確証しています。 そして紅藻類の中でシアニディウム類が最も最初に分岐し,真正紅藻類とウシケノリ目が互いに近縁であることを確認しました。 その他の系統群についてはそれぞれが単系統であることは強く支持されるものの,お互いの関係については解けませんでした。

Saunders & Hommersand (2004) と Yoon et al. (2006) の違いは,前者は綱の数を減らすためなのか, 単系統性が確証されていない 3 系統を「ロデラ綱」(Rhodellophyceae)にまとめていますが, 後者はこれを比較的安心して単系統であると言える 3 綱に分けています。 これと関連して単系統性に疑問があったチノリモ目を 3 目に分割して整理しています。 これらの再整理によって,原始的な紅藻類の分類が十分に系統と整合性を持った,使いやすい体系になったと思われます。

階級をどのように扱うのかについては,分類学者の感性や過去の伝統などが反映されるのが通常です。 今回の場合,なぜかつては 2 綱しかなかったものが 7 綱にもふくれあがってしまったのでしょうか。 一つの理由は,「真正紅藻綱」(Florideophyceae)というこれまで使われ続けていて, 単系統であることが知られている分類群を維持したいということがあったと想像されます。 その場合,「真正紅藻綱」の姉妹群となるウシケノリ綱(Bangiophyceae)も綱の地位を持つことになりますし, その外側に来る系統群も,それぞれ独立の地位を取ることになります。

「ロデラ綱」,「チノリモ綱」(Porphyridiophyceae),「ベニミドロ綱」(Stylonematophyceae)の 3 群を 1 綱にまとめるのか,それとも独立の綱にするのかという問題もありました。 原始紅藻のなかで,これらの系統関係は未だに解けていません。 Saunders & Hommersand (2004) はこの 3 群を「ロデラ綱」にまとめていました。 系統関係が解けていない以上,この 3 群が単系統になる可能性もあり,1 綱にまとめても良かったのかもしれません。 にもかかわらず Yoon et al. (2006) が 3 綱に分割した理由を想像しますと, 一つにはこの系統関係を確定させるのが非常に困難である,という背景があります。 これが解決するまで処置を「放置」することは混乱のもとであり, データが出るたびに分類体系を改訂するというのも分類の安定性を守る観点から望ましくありません。 そこで安心して単系統と言える群だけを綱にしたのではないでしょうか。

また,系統樹上に解けない部分と,その下に確かな単系統群がいくつかある場合, これは一時期の爆発的な適応放散を表している可能性があります。 そのような歴史的なイベントが系統樹に反映されているとすれば,系統樹上に「現れやすい」系統群を綱などの階級にあてる, というやり方にも一定の正当性が認められます。

いずれにせよ,今回の体系は系統樹と比較する限り最も妥当なもので, これまでの分類体系に問題があることを認識していた多くの分類学者に支持されることになると思われます。 この論文では新規のデータ自体はあまり多くはなく,インパクトも少ないのですが, より使いやすく,自然分類群を反映した上位分類を作ることは,科学的意義ではなく,実用面に非常に重要なことですから, 他の問題を含んだ藻類の分類群についても,系統樹をベースにした分類体系の再構築が進むよう期待したいところです。

          -------「真正紅藻綱」(Florideophyceae)
       -------|
       |   -------ウシケノリ綱(Bangiophyceae)
       |
       |-------------「ロデラ綱」(Rhodellophyceae)
       |
   -------|-------------「チノリモ綱」(Porphyridiophyceae)
   |   |
   |   |-------------「ベニミドロ綱」(Stylonematophyceae)
------|   |
   |   --------------「オオイシソウ綱」(Compsopogonophyceae)
   |
   ---------------------「シアニディウム綱」(Cyanidiophyceae)

Yoon, H. S., Müller, K. M., Sheath, R. G., Ott, F. D. & Bhattacharya, D. Defining the major lineages of red algae (Rhodophyta). J. Phycol. 42, 482-492 (2006).

Saunders, G. W. & Hommersand, M. H. Assessing red algal supraordinal diversity and taxonomy in the context of contemporary systematic data. Am. J. Bot. 91, 1494-1507 (2006).


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分裂しながら離れ離れになるクロララクニオン藻(2006.03.07)

藻類の株保存機関は世界の各地にありますが,保存されている株の中には, 未同定の種や未記載の種も数多く存在しています。Ota et al. (2005) はアメリカの CCMP という機関に保存されている, 種同定がなされていなかったクロララクニオン藻の一株,CCMP 240 を詳細に検討し, この株が特徴的な細胞分裂をすることを低速度撮影のビデオ観察で確認しています。 その他諸々の微細構造に基づいて,彼らは CCMP 240 を新種として記載しています。

CCMP 240 は元々フロリダの大西洋側で得られた株で,これまでもこの株に基づいた研究がいくつか行われていました。 しかしながらこれを種レベルで同定,記載した研究はこれまで存在せず,Lotharella 属に属することや, 遺伝的には Lotharella 属のタイプ種である L. globosa に近いということなどが指摘されていました。 今回調べられた微細構造(ピレノイドの構造や,ヌクレオモルフの配置など)から, この株が Lotharella 属に分類されることが確認されています。

CCMP 240 の最大の特徴は,細胞分裂にあります。 この株は,液相培地で培養したときに細胞壁を発達させた球状細胞の形をとることが多く(鞭毛期なども存在する), 球状細胞の状態で分裂します。球状細胞の中で分裂した原形質の片割れは,細胞壁に空けた穴を通じて外に擬足を延ばします。 ある程度移動擬足がのびると,娘細胞の中身が擬足の中を,擬足の先端に向かって移動します。 そして中身のほとんどが移動すると,その部分で新たに細胞壁を発達させ,球状細胞になるそうです。 一方で,残された方の娘細胞も新しい壁を発達させ,細胞壁を何重にも裏打ちしていきます。 このような不等分裂は珍しく,クロララクニオン藻では L. polymorpha という種でのみ知られていました。

さて,Ota et al. (2005) は CCMP 240 と他の既知種が明瞭に区別されるとして,CCMP 240 を新種,L. vacuolata として記載しています。論文を読む限り,CCMP 240 と最も似ているのは,L. polymorpha です。 この種は Dietz et al. (2003) によって独立種とされ, やはり片方の娘細胞が細胞壁外に移動する不等分裂を行うことが報告されています。 また,大西洋(ポルトガル沿岸)から採集されていることも,両者の近縁性を示唆しています。 しかし CCMP 240 はいくつかの点で L. polymorpha とも区別されるとされており,別種として記載されたわけです。

種不明の株が多数存在する現状は比較生物学の目的では大いに問題です。 特に,種同定のされていない株を文献中からピックアップすることの困難や,過去の同種の研究をたどって情報を集めることが出来ない, など研究現場での混乱のもとになることは非常に好ましくありません。 そのため CCMP 240 に種レベルでの位置づけを与えようとする今回の研究は,地味でありつつも重要なものだと思います。

ただ論文を精読してみると,L. vacuolata が本当に L. polymorpha と区別できるのか疑問が浮かびます。 L. vacuolataL. polymorpha の区別点として挙げられているのは,栄養細胞の状態(球状細胞か有壁のアメーバ細胞か), ピレノイドの形態(柄があるか,ないか),細胞壁の層構造(多層か,単層か),などです。 ところが,栄養細胞の状態は培地や基質によって異なる可能性があります。 Ota et al. (2005) は CCMP 240 株をスライドガラス上で観察しているようですが, Dietz et al. (2003) はシャーレ上で観察しています。シャーレがプラスチック製であれば,細胞の状態も変化すると考えられ, これでは形態の違いを種差として認めることは出来ません。ピレノイドの柄の有無については確かに違いがありそうですが, 細胞壁の構造については,おそらく Dietz et al. (2003) の写真の解像度が低いために単層に見えるだけであって, 実際には L. polymorpha は CCMP 240 に劣らない厚さの細胞壁を持っており,よりよい電子顕微鏡観察を行えば, 多層の細胞壁が見つかる可能性はおおいにあります(細胞分裂の仕組みからも,多層と考えた方が自然です)。 細胞壁の開口部が CCMP 240 では大きく,ここで細胞壁の多層構造が明瞭に見えるのに対して, L. polymorpha では小さな開口部が空いているだけだとされています。 しかしこれも,前者では細胞分裂後の原形質の移動開始を見ているのに対して, 後者ではアメーバ細胞が糸状擬足を細胞壁から出すための孔を指している可能性が考えられます。

このようにデータを見る限りでは L. vacuolataL. polymorpha の同物異名(シノニム) になる可能性があります。問題は Dietz et al. (2003) が株を株保存機関に寄託せず(したがって他の研究者が検証できない), 分子情報も手つかずだという点にあります。今後の研究で L. polymorpha の再検討が行われれば, CCMP 240 が独立種であるかどうかについてもはっきりすると期待されます。

Ota, S., Ueda, K. & Ishida, K. Lotharella vacuolata sp. nov., a new species of chlorarachniophyte algae, and time-lapse video observations on its unique post-cell division behavior. Phycol. Res. 53, 275-286 (2005).

Dietz, C., Ehlers, K., Wilhelm, C., Gil-Rodríguez, M. C. & Schnetter, R. Lotharella polymorpha sp. nov. (Chlorarachniophyta) from the coast of Portugal. Phycologia 42, 582-593 (2003).


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シアノバクテリアの温泉生活(2006.02.22)

Steunou et al. (2006) は, 温泉性の単細胞シアノバクテリアのゲノム情報に基づいて,彼らが窒素固定を行っている可能性に注目しました。 そして,彼らが生息現場でどのような代謝を行っているのかを日周変化と関連づけて調べています。

シアノバクテリアのお家芸は酸素発生型の光合成ですが,窒素固定の酵素は酸素に弱いため, 実は光合成とは両立しません。ネンジュモなどでは窒素固定専用の細胞(ヘテロシスト)を用いることで, 光合成の場と窒素固定の場を隔離しています。一方で,単細胞のシアノバクテリアは別の戦略をとっています。

Steunou et al. (2006) が調べた Synechococcus 様のシアノバクテリア(OS-A と OS-B')は, 60 度以上の高温で窒素固定を行っていると言う点でも特徴的ですが,その代謝の制御にも興味を引かれるものがあります。 この 2 種類のゲノム情報に基づいて,著者らは窒素固定系の遺伝子などについてプライマーを設計し, 微生物マットからとった RNA をもとに遺伝子の発現の日周変化を調べました。

窒素固定関連の遺伝子は昼間はほぼ発現がないにもかかわらず,日照が落ちる夕方頃に急激に発現量が高まり, その後,夜にかけて弱く発現し続けます。 夕方の発現のピークに作られたタンパク質は夜通し同レベルの窒素固定活性を保ち続けるようで, OS-A や OS-B' が夜間に窒素固定を行っている可能性が示唆されました。 対して光合成関連の遺伝子と好気呼吸に関連した遺伝子は窒素固定系の遺伝子とは反対に,夕方から発現が低下します。 これに伴って,微生物マットの中の酸素濃度が低下し,ほぼ無酸素状態になっています。 さらに発酵系の遺伝子の発現も調べられており,一部の遺伝子の発現が夕方に低下するのに対して, 一部はむしろ夜間に発現していることが分かりました。

おそらく OS-A や OS-B' は昼間のうちに光合成でエネルギーを蓄え,夕方以降,光合成が出来なくなると, 代謝の中心を好気呼吸から発酵に切り替え,同時に無酸素条件の下で窒素固定を行っているものと解釈されています。

今回の結果は中々明瞭で,また実際の生息現場で研究を行っていることから,まさに生物の生存戦略を直接観察している, 非常に面白い研究になっています。生物を試験管内で研究しているだけでは, 実際の自然環境の複雑性を正しく理解できるとは限らないため,今回のような研究はもっと積極的になされるといいと思います。 ただ,彼らの研究では微生物マット全体を扱っているため,観測した現象が必ずしも OS-A と OS-B' の仕業かどうか, 特定することができません。これから先,OS-A と OS-B' の培養株を用いて研究室で同様の現象を再現すると, より確固とした議論が出来るようになると思われます。

近年,環境中から直接 DNA を採集,PCR で遺伝子を増幅するなど, 生物が生きている現場を分子生物学的手法で調べる研究が増えていますが, 今回の研究も,その最先端と位置づけることが出来るのかも知れません。

Steunou, A.-S. et al. In situ analysis of nitrogen fixation and metabolic switching in unicellular thermophilic cyanobacteria inhabiting hot spring microbial mats. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 103, 2398-2403 (2006).


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続報:クリプト藻が藻類になる前(2006.02.13)

クリプト藻が藻類になる前では, クリプト藻の姉妹群はカタブレファリス門の原生生物であろうと推定されました。 ところが過去に環境中から直接得られた配列中にもこの仲間の配列が含まれており, Šlapeta et al. (2006) はこれらの環境配列に基づいてカタブレファリス類の系統を調べています。

Šlapeta et al. (2005) は, 淡水(とある池)から得られた配列中にクリプト藻の姉妹群に位置する未知の配列(CH1-5A-4)が存在することに気づいていました。 カタブレファリス類とクリプト藻の近縁性は形態の面からも指摘されていたため, Šlapeta et al. (2005) は CH1-5A-4 がカタブレファリス類の配列である可能性も考察していました。 その後,Okamoto & Inoeye (2005a) により確かなカタブレファリス類の 18S rDNA 配列が報告され, 過去の環境配列の検証が可能になりました。

CH1-5A-4 は他の 10 種ほどの環境配列と共に,カタブレファリス類の Kathablepharis japonica および Leucocryptos marina に確かにごく近縁だったそうです。 そしてクリプト藻を含めた系統解析が行われた結果,興味深い結果が得られています。 まず,カタブレファリス類は大きく三つの系統に分かれました。そして,そのうちの海産の 2 グループ(K. japonicaL. marina を含む)は単系統群をなし,やはり単系統群となった淡水由来の環境配列の姉妹群になったそうです。 これはカタブレファリス類の進化において淡水と海水への適応が初期に起こったことを示唆しており, カタブレファリス類とクリプト藻の関係を考える際にも興味深い知見です。

今回の結果を補強するためには,淡水産のカタブレファリス類が培養に基づいて研究されるべきでしょう。 特にタイプ種の Kathablepharis phoenikoston が淡水産であることから,これが淡水産の環境配列と近縁だとすると, K. japonica の分類を見直す必要が出てきます。 カタブレファリス類の起源が淡水か海水かを考えることは,クリプト藻の起源の推定にもかかわってくるため,関心がもたれます。 また,最近発見されたハテナと呼ばれるカタブレファリス類(海産)の系統的位置も遠からず発表されると思われ,楽しみです (Okamoto & Inouye, 2005b; はてな? 共生藻が増えないぞ?)。

これまで環境配列の研究が出版されるたびに,「未知の系統」の存在が強調されてきましたが, 実際にはカタブレファリス類のように,遺伝子配列の知られていない,しかし一般的な原生生物の系統であることもあるわけです。 淡水・海水ともに分子研究の進んでいない原生生物はまだまだ存在しますから,今後は環境配列との対応付けにも注目が集まるでしょう。

Šlapeta, J., López-García, P. & Moreira, D. Present status of the molecular ecology of kathablepharids. Protist 157, 7-11 (2006).

Okamoto, N. & Inouye, I. The katablepharids are a distant sister group of the Cryptophyta: A proposal for Katablepharidophyta divisio nova/ Kathablepharida phylum novum based on SSU rDNA and beta-tubulin phylogeny. Protist 156, 163-179 (2005a).

Okamoto, N. & Inouye, I. A secondary symbiosis in progress ? Science 310, 287 (2005b).

Šlapeta, J., Moreira, D. & López-García, P. The extent of protist diversity: Insights from molecular ecology of freshwater eukaryotes. Proc. R. Soc. B 272, 2073-2081 (2005).


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紅も緑もデンプンはデンプン(2006.01.27)

陸上植物や緑藻類は貯蔵物質として,デンプンを葉緑体内に蓄積します。 一方で,紅藻の仲間は紅藻デンプンを細胞質に蓄積します。 緑藻と紅藻のデンプンは起源が異なっているとも考えられていましたが, Patron & Keeling (2005) は両者のデンプン合成系の遺伝子が共通していることを指摘し, 緑藻と紅藻のデンプンが進化的に同一起源であることを示しています。

デンプンは緑藻では色素体の内部に貯蔵され,紅藻では細胞質に貯蔵されます。 またデンプンの合成過程に,緑藻では ADP-グルコースが,紅藻では UDP-グルコースが関与しています。 もともと,動物や菌類などの色素体を持たない真核生物では, 細胞質で UDP-グルコースを経由してグリコーゲンの合成が行われていました。 そこで一部の研究者は,紅藻のデンプンは真核生物細胞質にもともと存在したグリコーゲンの合成系に由来し, 緑藻のデンプンは色素体になった共生シアノバクテリアの藍藻デンプン合成系に由来すると考えました。

ところがゲノムプロジェクトがいくつかの紅藻で完成,あるいは進行し, 緑藻類のデンプン合成系が比較できるようになると,紅藻のデンプン合成系について議論できるようになりました。 Patron & Keeling (2005) はデンプン合成に関わる遺伝子,ホスホグルコムターゼ(PGM), ヌクレオチドニリン酸ピロホスホリラーゼ(AGPase または UGPase),グリコーゲン(デンプン)合成酵素 (G(S)S),分枝酵素(BE),イソアミラーゼ(ISA),の系統樹をそれぞれ描き,進化的起源を探っています。 その結果,緑藻ではデンプン合成に AGPase が,紅藻では UGPase が働いているという違いを除けば, 残りの酵素は緑藻と紅藻で共通の起源をもっていることが分かりました。

機能する場所が色素体内,細胞質,と異なっているにもかかわらず, 同じ遺伝子が用いられているということも面白い話ですが,各酵素の由来が異なっていることも分かりました。 UGPase と BE については,真核生物の細胞質の酵素が用いられています(緑藻では BE が細胞質ではなく, 色素体内部で働いている)。一方で G(S)S,ISA,そして緑藻の AGPase はシアノバクテリア由来のものが用いられていると考えられました。残念ながら PGM の起源は不明なままですが, このようなデンプン合成系の酵素のモザイク性は,緑藻と紅藻が分岐する前に確立したと考えられます。 そして,紅藻で合成系の酵素が細胞質に移行したと考えるのが,最も自然な考え方でしょう。

今回の論文では生化学的な検証が行われておらず,また調べられている紅藻の種数が少ないために, 決定的な系統樹が描けているとは言い難いところもあります。灰色藻類やクリプト藻類のような, 進化的に重要な生物群のデータがまだ得られていないこともあり,今後の研究課題は残されています (渦鞭毛藻類の酵素も一部しか出ていません)。それでも総じて見ると真核藻類のデンプン合成系の進化が, おおよそ明らかになった意義は大きく,またモザイク状のパターンが緑藻と紅藻で一致していることは, 二つの系統が一回の一次共生に由来するとの仮説を支持しています。 大系統や,オルガネラの進化を調べるためには通常の分子系統解析だけでは限界があるため, 今回のような酵素系の進化,といった細胞内の生化学に基づいた研究も, 今後は進化の議論に出てくるようになることでしょう。

Patron, N. J. & Keeling, P. J. Common evolutionary origin of starch biosynthetic enzymes in green and red algae. J. Phycol. 41, 1131-1141 (2005).


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分類が難しいツヅミモの仲間(2006.01.17)

ホシミドロ藻綱(接合藻綱:Zygnematophyceae)の中に,ツヅミモ類(desmids) と呼ばれるグループがあります。中でも Staurastrum 属とその関連属は 700 種を超える種を擁しており,極めて多様性に富んだ一群を形成しています。しかしその一方で Staurastrum 属の分類は多くの問題を抱えており,その多様性のために分類体系の見直しも困難になっています。 Gontcharov & Melkonian (2005) は,この問題に rRNA とこれに伴なった非コード RNA の配列を用いて取り組んでいます。

Staurastrum (参考: スタウラストルム属) は真ん中のくびれで二つの半細胞(それぞれに核がある)が繋がったような構造をした淡水産の藻類です。 この属は種数が多すぎるために収斂や退化が繰り返し起こっているようで, 属の分割に利用できるような有効な識別形質がほとんどなくなっていると考えられます。

このような場合に指標になるのが分子系統解析です。これまでの研究から SSU rRNA の配列だけでは充分な解像度が得られないことがわかっていたため,今回はこれに SSU rRNA のイントロンと, rRNA 間に存在する非コード領域である ITS1 と ITS 2 という配列を加えて解析を行っています。 これらの非コード領域は進化速度が速く,細かい種レベルの系統解析に適しています。 しかし逆に進化速度が速すぎるために,配列の比較が困難で,RNA のとる二次構造を推定, これに基づいてアラインメントを行っています。

さて,こうして得られた分子系統樹から StaurastrumStaurodesmus も, また 4 種が解析に含められたツヅミモ属(Cosmarium)も全て多系統になりました。 つまりこれまで用いられてきた識別形質は,系統を反映しない人為的なものであったわけです。 一方で,細胞壁の装飾の有無や細胞の対称性などが系統を反映している可能性が示されたそうです。

しかしこの方法で果たして数百種の分類体系を見直すことが出来るのか, 今後相当熱心な系統解析が行われなければならないでしょうね。 多くの生物群に,同様に無数の種を含んだ肥大化した属が存在し,これらの分類の見直しが課題になっています (例えば Chlamydomonas 属は 500 種以上を含む多系統群)。 中々突破口がつかめず,華もないように見える課題ですが,本当に分類が求められるところでもあり, これらの属の再分類に挑戦する研究者がもっと増えて欲しいところです (ちなみに私は Chlamydomonas に興味があります)。

Gontcharov, A. A. & Melkonian, M. Molecular phylogeny of Staurastrum Meyen ex Ralfs and related genera (Zygnematophyceae, Streptophyta) based on coding and noncoding rDNA sequence comparisons. J. Phycol. 41, 887-899 (2005).


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もう一つの葉緑体(2005.12.18)

植物の葉緑体はシアノバクテリアが細胞内に共生して誕生しました。 ほとんどの植物(藻類を含む)の葉緑体は同じ一次共生でできたものの祖先と考えられていますが, 例外的に Paulinella は他の植物と系統的には離れており,葉緑体が原始的な姿をとどめているため, 他の植物とは独立した起源の葉緑体を持っていると推定されていました。 Marin et al. (2005) では Paulinella の葉緑体の遺伝子を初めて解析し, これがシアノバクテリアの中で葉緑体とは別の系統であることを示しました。

Paulinella chromatophora は藍色の「葉緑体」を持った有殻のアメーバ類として知られていました。 この葉緑体はシアノバクテリアと外見的にも良く似ており,灰色藻の葉緑体と同様にシアネレとも呼ばれます。 Paulinella の宿主はしかし灰色藻など他の植物,藻類と直接の類縁性はなく, むしろ糸状擬足を持つアメーバ類と近縁で,Rhizaria 類のアメーバ鞭毛虫門に含まれることが分かっていました。 となるとその葉緑体も灰色藻からの二次共生か,独立に獲得した一次共生葉緑体と推定されますが, このことについてはこれまで充分検証されてきませんでした。

Marin et al. (2005) は Paulinella の葉緑体の起源を探るために葉緑体のリボソーム RNA 領域を解析しました(SSU rRNA,tRNA-Ile,tRNA-Ala,LSU rRNA)。 シアノバクテリアや他のバクテリア(外群),そして様々な系統の葉緑体を含めた系統樹から, 灰色藻,紅藻,緑色植物の葉緑体が単系統群を形成するのに対して,Paulinella の葉緑体は Prochlorococcus などと近縁な別のクレードに含まれることが分かりました。

   -----------------------------------Gloeobacter
   |
   |       ---------------------SynechocystisNostoc など
   |       |
------|   -------|       -------灰色藻
   |   |   |   -------|
   |   |   -------|   -------紅藻
   -------|       |
       |       --------------緑色植物
       |
       ----------------------------ThermosynechococcusProchlorococcusSynecococcusPaulinella など

PaulinellaProchlorococcusSynechococcus のクレードに含まれることや その中での系統関係は,解析した領域中の特有の塩基置換によって確認され, かなり信頼性の高い結果であるといえます。

今回の発見から,葉緑体の獲得が複数回起こりうるということが示されており, それぞれの葉緑体ゲノムの遺伝子や分裂の制御方法(細胞分裂と同調する模様)を比較することで, オルガネラの獲得についての一般的な議論ができるようになる可能性が期待できます。 もっとも,Paulinella の光合成器官についてはゲノムサイズなどが知られておらず,真にオルガネラ, 葉緑体と言っていいのかどうかまだ確定的ではないのですが,これは遠からず明らかにされることでしょう。 ともあれ一次共生が複数回確かに起こったことは,二次共生が複数回起こっていることを考えれば, 確かにうなずけるものがあります。

Marin, B., Nowack, E. C. M. & Melkonian, M. A plastid in the making: Evidence for a second primary endosymbiosis. Protist 156, 425-432 (2005).


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氷雪性クラミドモナス(2005.12.02)

赤雪という現象が知られています。これは雪が赤く着色する現象で, 色素を蓄積する氷雪性の藻類によって形成されます。そのような藻類の一種で,緑藻綱に属する Chlamydomonas nivalis の光合成の様式や色素,微細構造の研究が行われています (Remias et al., 2005)。

オーストリアのアルプス地域で採集された Cd. nivalis が材料に用いられています。 残念ながら培養には成功していないようで,生か,それに準ずるサンプルが用いられています。 Cd. nivalis は通常赤色の不動性細胞の状態で雪の中の水環境に存在し, 時に鞭毛を使って適当な光が得られるところに移動しています。 Remias et al. (2005) の研究では不動性の細胞のみが得られており, これに基づいて色々と調べられています。

色素,微細構造についても新しい情報が得られていますが,特に興味深いのは Cd. nivalis の光合成特性です。

まず低強度の光(<100 µmol m-2 s-1)のもとでは,雪上に近い温度, すなわち 1.5 〜 4 ℃程度で最大の光合成効率を示します。 ところが光の強度が高くなると,おおよそ 250 µmol m-2 s-1 あたりを境に常温(20 ℃)での光合成効率が低温での光合成効率を上回っていきます。 しかも強光下(1800 µmol m-2 s-1)における光障害も生じません。 光障害は他の温度でも(少なくとも 1500 µmol m-2 s-1 程度では)生じておらず, 蓄積している色素(アスタキサンチンなど)か細胞外マトリックスが強光を防いでいる可能性があります。

このような,光合成機構の低温への適応と強光への適応との間にトレードオフ関係が存在する背景には, 色素の利用法などが関係しているのかもしれません。 氷雪藻の種類が異なれば,低温への適応の仕方も変わってくるかもしれませんので, 比較生理学的な研究も必要でしょうし,また Cd. nivalis 自身の研究もまだまだ継続する必要があるでしょう。特に,純粋培養株を用いた研究ができるようになれば, わざわざ採集に行かずとも好きなときに実験ができるようになるので,培養法の確立は重要な課題でしょう。 また,今回の研究では遺伝子配列が調べられていませんが,種同定の目的からも,光合成機構の研究のためにも, 系統マーカーとなる遺伝子と,光合成関連遺伝子の研究が行われることが望まれます。

Remias, D., Lütz-Meindl, U. & Lütz, C. Photosynthesis, pigments and ultrastructure of the alpine snow alga Chlamydomonas nivalis. Eur. J. Phycol. 40, 259-268 (2005).


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ビタミンサプリはバクテリア(2005.11.12)

藻類の中にはビタミン B12 が培地中に存在しないと増殖できないビタミン B12 要求性のものと,増殖にビタミン B12 を必要としないビタミン B12 非要求性のものがあります。 Croft et al. (2005) は,ビタミン B12 要求性の生理的な意味を調べ, なおかつビタミン B12 要求性の藻類が共生細菌からビタミンを得ていることを見出しました。

ビタミン B12 要求性の藻類と非要求性のものが存在することは古くから知られていましたが, その実体についてはほとんど調べられることはありませんでした。 Croft et al. (2005) の調べによれば,8 個の真核藻類の門のうち 7 門においてビタミン B12 要求性の種と非要求性の種が見つかっています。 すなわちビタミン B12 の要求性はどうやら系統とはあまり相関していないとされています (陸上植物は非要求性)。

この背景を探るために彼らはゲノムが報告された 3 種の藻類(クラミドモナスの 1 種:Chlamydomonas reinhardtii,シゾン:Cyanidioschyzon merolae,珪藻の 1 種:Thalassiosira pseudonana) について遺伝子を調べました。その結果,メチオニン合成酵素の遺伝子に差が見つかりました。 もともとメチオニン合成酵素にはビタミン B12 依存性のもの(metH) と非依存性のもの(metE)が知られており, 今回,ビタミン B12 要求性の藻類には metE がなく,非要求性の藻類は metH を持っていることが分かりました。ビタミン B12 要求性の藻類ではビタミン B12 が欠乏するとメチオニン合成系が止まるため,増殖できなくなるようです。

ではビタミン B12 要求性の種はどのようにしてビタミン B12 を得ているのかという問題が残ります。チノリモの 1 種(Porphyridium purpureum)の研究から, このビタミン B12 要求性の藻類がビタミン B12 を添加していない培地中で, バクテリア(Halomonas)と共存して生きていけることが分かりました。 チノリモとバクテリアは密接な共生関係にあるようで, 多くの藻類がこのような共生によってビタミン B12 を得ている可能性が示唆されています。 なお,直接の共生関係にない場合でも,バクテリアが分泌し,海水中に蓄積したビタミン B12 も馬鹿に出来ないとの見解もあります(Andersen, 2005)。

無菌的に藻類を培養することを考えると,今回のような栄養要求性の研究は非常に重要なのですが, ここまでよく調べられた研究も少ないのではないかと思います。

Croft, M. T., Lawrence, A. D., Raux-Deery, E., Warren, M. J. & Smith, A. G. Algae acquire vitamine B12 through a symbiotic relationship with bacteria. Nature 438, 90-93 (2005).

Andersen, R. A. Algae and the vitamine mosaic. Nature 438, 33-35 (2005).


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原生生物の「公式」分類体系(2005.11.09)(→進化・分類学)


バラバラになったクンショウモ(2005.11.08)

クンショウモ属(Pediastrum参考 )は湖沼などでしばしば観察される藻類で, アミミドロ科(Hydrodictyaceae)に分類されます。 アミミドロ(Hydrodictyon参考 )も水田などでよく見かける仲間で,網目状に細胞が配列したマクロな筒状の構造を作ることが特徴です。 Buchheim et al. (2005) はアミミドロ科の藻類の分子系統を調べ, 属レベルの分類の大幅な見直しを行いました。

彼らは,これまで余り調べられていなかったアミミドロ科の藻類の分子系統を, 新たに多数の属・種について解析しました。 しかも,18S rRNA,26S rRNA,そして ITS-2 と複数の遺伝子について合わせて解析しています。 特にこれまで別の仲間と考えられていた単細胞性の Tetraedron 属を加えたことなどが注目されます。

この解析の結果,Tetraedron が細胞の類似性などから予想されたように, アミミドロ科と近縁なことが分かりました。また,立体的な群体を形成するアミミドロと Sorastrum 属が独立に平板状の群体を持つクンショウモ属から進化してきたことも示されました。 従って,クンショウモ属は単系統ではなく,多系統であることも同時に示されています。

属が単系統になるためには,アミミドロ属や Sorastrum などがクンショウモ属と一つにまとめられるか,クンショウモ属が複数属に分割されるしかありません。 アミミドロ属とクンショウモ属では体制があまりに異なっているため同一属にはまとめにくく, 著者らはクンショウモ属を過去に用いられた属名や新しい属名のもとに分割することを選んでいます。 具体的には,MonactinusStauridium の属名が復活され,PseudopediastrumParapediastrum という属名が命名されました。これに併せて幾つもの学名が変更されています。 これとは別に 1 新種も記載されています。

今回の研究はアミミドロ科の進化について議論するためには避けては通れない道ですが, 分子系統で分かれたという理由のみをもって属の解体,再編成を行うことには異論があります。 最終的には新しい系統関係と進化の理解を反映した,新しい学名と体系が確立されるべきですが, 現時点での知識はそれには遠く及びません。調べられた種数も系統関係の精度もまだ完全ではありませんし, 系統関係と微細構造の進化が結び付けられて理解されてはいません。 特に,新属については形式的に形態学的な定義が与えられていますが,復活された属やクンショウモ属自体には, 定義の見直しが行われていません。 今回の研究の結果としてこれらの属の範囲は変更されていますから, 全ての属に対して形態学的な見直しも行われるべきでしょう。 今後,分子系統をフォローする, 形態学的,さらには進化の方向などを踏まえた研究が行われることが望まるところです。

Buchheim, M. et al. Phylogeny of the Hydrodictyaceae (Chlorophyceae): Inferences from rDNA data. J. Phycol. 41, 1039-1054 (2005).


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葉緑体泥棒の渦鞭毛藻(2005.10.26)

渦鞭毛藻の系統では,真核生物を取り込んで共生藻にする真核共生が何度も起こっています。 特殊な例としてに,食べた藻類の葉緑体を自分の色素体のようにしてしまう現象を,kleptoplastidy と呼びます。 さて,クリプト藻の葉緑体を取り込むことが知られている Dinophysis 属の中に, 新たにハプト藻の葉緑体を「収奪」している種が確認されました(Koike et al., 2005)。

まず,Dinophysis mitra の色素体は蛍光の特性や電子顕微鏡レベルの特徴から, ハプト藻とよく似ていることが分かりました。そして SSU rRNA の系統解析から, D. mitra の「色素体」がハプト藻の系統であることが示されました。 渦鞭毛藻類にはハプト藻由来の色素体を持つことが知られている仲間もありますが, この系統とはことなる,独自の系統であることも分かっています。

注目されたのは,D. mitra の「色素体」の遺伝子の配列が多様だったことです。 ある株では,他の株と系統的に異なるものすら含まれていました。 このことは,D. mitra の「色素体」が多起源であることを強く示唆しています。 さらに Koike et al. (2005) はこのことを根拠に, D. mitra の「色素体」がおそらくは kleptoplastid だろうと推定しています。

この生物がハプト藻を捕食し,色素体だけ取り込み,自分の「色素体」として利用しているというわけです。 電子顕微鏡下で「色素体」の包膜が 2〜4 枚とばらけているのも, 色素体を飼いならす段階の違いの可能性も指摘しています。

色素体包膜の枚数の進化などを考えるには,この生物は非常に興味深いと思いますが, 今回の証拠だけで D. mitra の「色素体」が kleptoplastid だと決め付けるのはどうかと思います。 少なくとも宿主(核)の遺伝子も調べ,核遺伝子も多系統になっている,などということがないよう, 確認する必要はあるでしょう(すなわち D. mitra が本当に一種なのかの確認)。 食われたハプト藻の正体が全く分かっていないことも問題ですし。

今後,本種がハプト藻から色素体を奪う過程を直接観察するのが一番なんですが, そのあたりを置けば,渦鞭毛藻の色素体の多様性が実に高いことを理解する意味で, 今回の研究もとても面白いと思います。個人的にはやはり包膜の進化が一番の関心ですね。

Koike, K. et al. A novel type of kleptoplastidy in Dinophysis (Dinophyceae): Presence of Haptophyte-type plastid in Dinophysis mitra. Protist 156, 225-237 (2005).


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はてな? 共生藻が増えないぞ?(2005.10.16)

「はてな(Hatena)」という,謎の原生生物が報告されました(Okamoto & Inouye, 2005)。 この生物は自然条件下ではほとんどの個体で共生藻を飼っており, 共生藻の眼点の位置なども制御されている(常に細胞の前端に位置づけられている)ことから, 「色素体」を持っているように見えます。 ところがこの共生藻は,Hatena が分裂する時に片方の細胞にしか受け継がれないというのです。

Hatena は捕食性の原生生物の仲間,カタブレファリス門に含まれており (クリプト藻が藻類になる前も参照), 共生藻を持っていない個体はしっかりとした捕食装置も持っています。 共生藻はプラシノ藻類(緑色植物門)の Nephroselmis の一種で, Hatena と同じ砂浜に生息しているものでした。 しかし Hatena の細胞内では,細胞の基本構造こそとどめているようですが, サイズが 10 倍以上に拡大し,鞭毛も失うなど,宿主から何らかの制御を受けているように思われます。 どうやら共生藻に特異性もあるようです。

ともあれこの生物で一番興味深いのは,分裂の際に共生藻が片方の娘細胞にしか受け継がれないことです。 残りの片方は恐らく新たに Nephroselmis を捕らえて共生藻にするものと見られています。 つまり,Hatena は共生藻を一定の制御下に置き,世代を超えて飼い続けつつも(何世代もつのかは不明), 共生藻の分裂までは制御できていないという,二次共生の始まりかけのような生き物なのです。

定常的に共生藻の獲得を行っているのも驚くべき話ですが, 共生藻の制御を行いつつも,共生藻の増殖が行えないというのも不思議な話です。 見方によっては,ここから共生藻が分裂できるようになれば,共生藻はさらに色素体に近づくともいえます。 しかしながら,Hatena の宿主が下手な制御を共生藻に対して行ってしまったがために, もはや共生藻が分裂するような進化はそもそも起こりえないような, そんな袋小路に入り込んでいる可能性もあるような気がします。 二次共生の過程には様々なステップが考えられますが(餌の藻類の体内での生存,増殖,遺伝子の以降, などなど),これらのステップの順序関係は簡単に証明できる話ではありません。 Hatena が「正しい」(ありうる)二次共生の過程にのっている生き物なのか, それとも誤った順序でステップを踏んでしまった生き物なのか,慎重な解釈が必要かもしれません。

ともあれ Hatena が共生藻を獲得,制御している仕組みはぜひとも知りたいところですし, 逆に,共生藻の獲得に伴なって宿主に変化が起こる仕組みも興味深い研究テーマです。 そのためにも,現在は成功していないという, この生物の培養研究ができるようになることに期待したいと思います。

ちなみに,Hatena という名前はまだ正式な学名ではなく,本種の正式記載は遠からず行われるそうです。

Okamoto, N. & Inouye, I. A secondary symbiosis in progress ? Science 310, 287 (2005).


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巨大な植物界(2005.10.11)

一次共生藻(原核生物由来の葉緑体を持つ藻類)が単系統なのかどうかは, いまだに決着のついていない問題です。 Nozaki (2005) は祖先的に一次共生藻からなる真核生物を Plantae(通常,植物界の意味)とし, 複数遺伝子の系統樹から,Plantae の仲間には葉緑体が失った原生動物も含まれる,としています。

元々 Nozaki et al. (2003) は,当時ゲノム解読が進んでいた Cyanidioschyzon merolae の複数タンパク質の配列に基づいて,真核生物の大系統を見直しました (真核生物の大系統)。 その結果,真核生物の中ではアメーバ動物が最初に分岐し,残りの真核生物がオピストコンタ類(動物と菌類) とその他の雑多な藻類や原生動物に分けられました。 後者の中では最初に紅藻が分岐し,次いで灰色藻,幾つかの原生動物,二次共生藻類と続き, 比較的末端近くで緑色植物が分岐していました。

これは一次共生がかなり古い時代に起こり,後に幾つかの原生動物の系統で失われ, 一度葉緑体を失った系統で二次共生が起こったことを意味しているように解釈されました。 そのため,この系統全体を含めて広義の Plantae とすることが提唱されました。

今回の論文では,新たにデータが見直され,系統樹が書き直されています。 その結果,上記の系統関係がさらに強く支持され,葉緑体の消失が起こったことを強く示唆しています。 そんな話も含めて,反論と再反論,ユーグレナ藻類の二次共生のタイミングなど, 周辺の議論がまとめられています。

この仮説の難点としては,葉緑体の消失を示す積極的な証拠が系統樹以外に数少ないことが挙げられます。 幾つかの原生動物のゲノム中にシアノバクテリア由来の遺伝子が存在することが証拠ともいえますが, 水平遺伝子移動の影響もありそうなので,何ともいえません。 系統樹だけで証拠として成立するかといえば, 系統樹だけなら植物界が一つにまとまる時で紹介したように, より多くの遺伝子で一次共生植物の単系統性を支持した研究も存在します(Nozaki, 2005 と同時期に出版)。 どちらの系統樹が良いかは難しい問題で,Nozaki (2005) の系統樹では遺伝子数(「量」)が少なく, しかし各遺伝子の「質」については充分な検証が行われています。 一方で Rodríguez-Ezpeleta et al. (2005) などの研究では 「量」はあれども「質」には疑問が残ります。

結局のところ塩基やアミノ酸の置換に基づいた系統解析が行き詰りつつあるのが本当のところで, より稀にしか起こらない遺伝子の変化や,むしろ古典的な微細構造の進化に着目することが, 今後,大系統の研究の突破口になるかもしれません。 もちろん全く新しい方法論が出てくることも充分にありえるでしょう。

Nozaki, H. A new scenario of plastid evolution: Plastid primary endosymbiosis before the divergence of the "Plantae," emended. J. Plant Res. 118, 247-255 (2005).

Nozaki, H. et al. The phylogenetic position of red algae revealed by multiple nuclear genes from mitochondria-containing eukaryotes and an alternative hypothesis on the origin of plastids. J. Mol. Evol. 56, 485-497 (2003).

Rodríguez-Ezpeleta, N. et al. Monophyly of primary photosynthetic eukaryotes: Green plants, red algae, and glaucophytes. Curr. Biol. 15, 1325-1330 (2005).


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氷の女王,シアノバクテリア(2005.10.10)(→古生物学)


灰色藻の分裂リング(2005.09.28)

色素体やミトコンドリアの分裂に関わるタンパク質として, 分裂時のくびれにリング状に分布するタンパク質が注目されています。 その中に,共生バクテリアから引き継がれたと考えられている FtsZ というタンパク質があります。 これが今回,シアノバクテリアが共生した直後の姿をとどめているような葉緑体(シアネレ)を持つ, 灰色藻の仲間より得られました(Sato et al., 2005)。

灰色藻の色素体はシアノバクテリアの細胞壁と相同と思われるペプチドグリカンの壁を残しており, 真核藻類の中では独特の地位を占めています。 最も最初に分岐した一次共生藻類として考えられることも多いですし, 紅藻や緑色植物とは独立に色素体を獲得した可能性も否定できないでしょう。

そんな灰色藻における色素体の分裂も当然興味のあるところですが, これまで FtsZ 遺伝子は知られていなかったそうです(色素体にはコードされていませんでした)。 そんな中,Sato et al. (2005) はまず抗体を用いて, Cyanophora paradoxa の分裂中のシアネレのくびれ部分に FtsZ タンパク質がリングを作っていることを確認しました(写真がきれいです)。 それから FtsZ 遺伝子も全長を得ています。

今回の論文は基本的にこれだけですが,灰色藻の FtsZ 遺伝子の系統的位置がどうなっているのかは, かなり気になります。とりあえず BLAST で調べたところ,上位にシアノバクテリアのタンパク質配列が来ており, それに混じってゼニゴケや紅藻のタンパク質配列が登場しています。 灰色藻のシアネレが独立の一次共生起源だと面白いと思うのですが, 研究室の人と試しに描いてみた系統樹では緑色植物と同一の共生起源のようでした。

Sato, M., Nishikawa, T., Yamazaki, T. & Kawano, S. Isolation of the plastid FtsZ gene from Cyanophora paradoxa (Glaucocystophyceae, Glaucocystophyta). Phycol. Res. 53, 93-96 (2005).


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藻類の長寿世界一は?(2005.09.08)

それが何であれ,世界記録というものには心惹かれるものがあります。 多年生の海藻の年齢は,これまでほとんど調べられてきませんでしたが (一部の例外を除き,年輪を作らないため), Frantz et al. (2005) は炭素同位体と核実験(!?)を用いてキタイシモ属の一種 (Clathromorphum nereostratum)の年齢の推定法を開発しました。 その結果,かつて取られた標本に,およそ 700 歳のものがあった(らしい)ことがわかりました。

生き物の年齢や寿命を知ることは,その生物の個体群構造や, ひいては生態系の構造(の安定性など)を知るために重要な役割を果たします。 しかし,年輪のような明瞭に年周期をしめす構造がない限り,年齢の推定はそう簡単ではありません。

Frantz et al. (2005) は,炭素の同位体の一種 14C を用いて, C. nereostratum の一個体の年齢を推定することに成功しました。 炭素同位体というと,その半減期を利用して年代測定をする方法が思い浮かぶかもしれませんが, 彼らは全く異なるアプローチを用いました。 1950 年代後半から 1960 年代の初頭にかけて,各国が競い合って大気圏内核実験を行った時期がありました。 この時に,他の様々な不安定同位体と共に,14C が大量に大気中に放出されました (これは実際の測定でも確認されているようです)。 そこで,藻体の縦断面に沿って,少しずつ炭素同位体の存在量を調べてみると, あるところで 14C の急激な変化が起こっていることが確認できたそうです。 この目印と,サンプルを採集した時点の差分を見ることで,一年あたりの藻体の成長がわかります。 その結果,成長量(長さ)もわかり,さらに生殖器官が一年ごとに形成していることを見出しました。

残念ながら,彼らが調べた個体は 61〜75 歳程度の個体で,他の藻類でもそれを上回る記録がありました。 比較的確かなもので 約 80 歳,やや不確かなものでは 500〜600 歳の個体が別の種で記録されているそうです。 しかし,過去には約 20cm の C. nereostratum の標本が得られているらしく, これは Frantz et al. (2005) の計算によると約 700 歳になるとのことです。 というわけで,現時点では C. nereostratum が海藻の長寿世界記録の暫定ホルダーですね。

極めて非生産的な核実験にも,少しは生物学に貢献することがあるというのも,ちょっと面白い話です。 というより,それに目をつける姿勢が科学者としては大事なのかもしれませんが。

Frantz, B. R., Foster, M. S. & Riosmena-Rodríguez, R. Clathromorphum nereostratum (Corallinales, Rhodophyta): The oldest alga? J. Phycol. 41, 770-773 (2005).


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植物界が一つにまとまる時(2005.08.31)(→進化・分類学)


紅藻由来の二次共生葉緑体の進化(2005.08.28)

繰り返された真核共生で紹介したように, クロモアルベオラータの紅藻由来の葉緑体の起源(1 回か複数回か)については, 未だ議論が続いています。 この謎を解くために,まず真核共生の起こった葉緑体の系統を解明しようとする研究が, Bachvaroff et al. (2005) によって行われました。

似たような研究はこれまでに存在しましたが, 先行研究ではクロモアルベオラータの藻類が網羅されていなかったり, あるいは用いた遺伝子が 1 個かごく少数で,十分な信頼性が得られていなかったそうです。 Bachvaroff et al. (2005) では,9 あるいは 10 個の葉緑体遺伝子を用いて, クロモアルベオラータの代表的な藻類全てを系統解析に加えました。

残念ながら遺伝子では psbA が,藻類では渦鞭毛藻類で異常な樹形が出現し, これらは系統解析には適していないようでした。前者はコドンの使い方に, 渦鞭毛藻ではゲノムの構造にそれぞれ異常があることが知られており, 特に渦鞭毛藻類の系統的位置に付いては結論が得られそうにありません。

しかしながら比較的確かな結論として,紅藻由来の葉緑体が単系統であることが分かりました。 私見では,二次共生によるバイアスもある気がしますが, 二次共生はどうやら一回だけ起こった可能性が強いようです。 次に,最初に分かれたのはクリプト藻の仲間であるという事が示されています。 従って,もし他のクロモアルベオラータが三次やそれ以降の共生だとすると, 彼らはクリプト藻を葉緑体として取り込んだと推定されます。 一応,クリプト藻と他の藻類が独立に近縁な紅藻類を共生させた可能性もないわけではありません。

今回の研究では,初めて多数の葉緑体遺伝子を 全てのクロモアルベオラータの代表的な藻類で解析できたわけですが, やはりまだ藻類の種数が少ない印象は否めません。また,葉緑体遺伝子に情報の偏りがないとは思えず, クロモアルベオラータ仮説の検証には,まだ情報不足というよりないでしょう。 せいぜい,紅藻の二次共生は 1 回だけらしいということと, クリプト藻の系統的位置には注目の価値がある,というのが Bachvaroff et al. (2005) の成果でしょう。

Bachvaroff, T. R., Sanchez Puerta, M. V. & Delwiche, C. F. Chlorophyll c-containing plastid relationships based on analyses of a multigene data set with all four chromalveolate lineages. Mol. Biol. Evol. 22, 1772-1782 (2005).


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96 株らくらく培養法(2005.08.14)

微細藻類の研究においては培養株を確立・維持することが重要です。 しかし培養株の維持には定期的な植え継ぎの手間や,培養設備のコストなど面倒ごとが付きまといます。 微細藻の多様性を研究するにあたって,あるいは変異体のコレクションを拡大するにあたって, より手間やコストのかからない培養法の開発が必要でした。 そこで Nowack et al. (2005) は,96 穴の特殊な二層システムを用いて, 大きな手間をかけずに藻類を長期間培養する手法を開発しました。

藻類の培養には,試験管やフラスコを用いて液相に泳がせる方法と, 例えばゲル上やゲル中に固定して増殖させる方法などがあります。 また凍結保存が出来る種もありますが,これは種が限られており,実用性には限りがあります。 藻類を固定して増殖させる方法は,液相で飼う場合に比べて長期間培養を維持できる傾向がありますが, これまでの方法は鞭毛性の藻類をやや苦手としていました。

Nowack et al. (2005) はゲルではなく, 薄膜フィルター(membrane filter)上に藻体を固定する方法を用いています。 培養用のプレートには 96 個の穴が開いており,その底に薄膜フィルターが貼ってあります。 これを培地をしみこませたガラス繊維上に置き, フィルターを通じて藻体が培地から養分を獲得できるようになっています。 無菌状態を維持するためにこの二層系はケースに入れられますが, 蓋の部分が透明なガラスになっているので採光もできます。

この装置を用いることにより,1 ヶ月に一度程度培地を交換するだけで 1 年程度(以上?)植え継ぐことなしに培養株を維持することが出来るそうです。 培地の交換も簡単で,装置の側面から新しい培地をシリンジで流し込み, 別な場所から古い培地を抜き取るだけですみます。 いざ植え継ぐ段になっても,8 連のピペットを用いて移植が出来るため,非常に簡単だそうです。

もちろん培養株が維持できることは多数の株を用いて確認されており, 隣り合ったウェル同士での汚染も起こらないそうです(培地が汚染されていても大丈夫とのこと)。 培養の維持は幅広いグループについて 90 株中の 83% で成功したそうです。 残りの 17% についても温度条件を変更することによってうまく行く可能性もあると予想しています。

この方法は藻類の実験系としても利用できなくはありませんが, むしろ当面は使用しない株を長期間維持する目的で非常に有用であると考えられます。 また,二層システムでの培養の可否は,藻類のグループにはあまり依存せず, むしろ種のレベルでうまく行かない場合がある,というレベルに見えるので, いくつかうまい条件が見つかれば,ほとんどの藻類を少数の条件下, プレート上で培養が出来ると想像されます。

多数の培養株が使えることは実験の精度や幅広さを改善することにも有効ですし, 植え継ぎ,培地交換の手間を削ることは実験の効率を著しく上げることにつながるでしょう。 しかしまあ,実際に使ってみる気になれるかというと,ちょっとしばらくは様子見をしたいところかもしれません。 (あまりにも現在私が用いている培養方法と違うもので・・・)。

Nowack, E. C. M., Podola, B. & Melkonian, M. The 96-well twin-layer system: A novel approach in the cultivation of microalgae. Protist 156, 239-251 (2005).


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クリプト藻が藻類になる前(2005.08.03)

二次共生藻の一群に,クリプト藻という仲間がいます。 ほとんどのメンバーが色素体を持ち,色素体中にヌクレオモルフと呼ばれる, 色素体の元になった紅藻の核を残している点で特徴的な藻類です。 真核生物の中でのクリプト藻の位置づけは未だに謎ですが, Okamoto & Inoue (2005) によりクリプト藻の姉妹群が特定されました。

Katablepharis とその仲間は,以前よりクリプト藻との類似が指摘されていた原生動物です。 彼らはクリプト藻と同様に,縦方向の溝から 2 本の鞭毛を前後に出し, 射出体(ejectisome)と呼ばれる特殊な構造を細胞内に持っています。 しかし Katablepharis 類は葉緑体やその痕跡を持たず,藻類を捕食して生活しています。 また,細胞の表面構造など多くの点でクリプト藻とは異なっています。

Okamoto & Inoue (2005) は Katablepharis japonica(新種)と Leukocryptos marina の 2 種の小サブユニット rRNA の遺伝子と,後者の β-チューブリンの配列を決定しました。 その結果 rRNA の系統樹から,彼らがクリプト藻の姉妹群になることが示されました。 チューブリンでは姉妹群にはなりませんでしたが,その可能性も統計的には棄却されなかったそうです。

おそらく Katablepharis 類がクリプト藻の姉妹群と考えるのは正しく, また,クリプト藻類の中で最初に分岐した Goniomonas も捕食性であることから, クリプト藻類は捕食性の生物が紅藻を取り込んで葉緑体にしたと考えられそうです。 これは,繰り返された真核共生での議論と同様に, クロモアルベオラータ仮説には不利な話になりそうです(著者らはこれには言及を避けていました)。

いずれにせよ,クリプト藻とは細胞構造に大きな差があり,系統的にも区別できる事から, Okamoto & Inoue (2005) は Katablepharidophyta(植物命名規約)あるいは Kathablepharida(動物命名規約) という 2 つの新門を作っています。 Cavalier-Smith (2004) は既にこの仲間をクリプト植物門の中の Leucocrypta 亜門として分類しており, 必ずしも門レベルでクリプト藻と分けるべきかどうかについては異論がありますが, 独特な,そしてクリプト藻の進化と葉緑体の獲得を語る上で重要な生物には違いありません。 また,Katablepharis の分子系統がさらに追加されれば, 謎だった真核生物全体におけるクリプト藻の位置づけも明らかになるかもしれません。

Okamoto, N. & Inouye, I. The katablepharids are a distant sister group of the Cryptophyta: A proposal for Katablepharidophyta divisio nova/ Kathablepharida phylum novum based on SSU rDNA and beta-tubulin phylogeny. Protist 156, 163-179 (2005).

Cavalier-Smith, T. in Organelles, Genomes and Eukaryote Phylogeny: An Evolutionary Synthesis in the Age of Genomics (eds Hirt, R. P. & Horner, D. S.) 75-108 (CRC Press, Boca Raton, 2004).


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繰り返された真核共生(2005.07.31)

真核藻類を葉緑体として取り込んだ二次,三次(そして四次?)共生由来の藻類には, クリプト藻,ハプト藻,不等毛藻(以上はクロミスタ界), そして渦鞭毛藻とアピコンプレクサ類(以上アルベオラータ類)が知られています。 これらが一回の紅藻二次共生により誕生したグループ(クロモアルベオラータ類;chromalveolates) だとする考え方が広まっていますが,新たに批判的な論文が提出されました(Bodył, 2005)。

クロモアルベオラータ仮説では,紅藻の二次共生が一回だけと考えた方がシンプルだとされており, 証拠としては核コードの二次共生葉緑体向けのグリセルアルデヒド-3-リン酸脱水素酵素(GAPDH-P) の遺伝子が単系統であることが挙げられています(Cavalier-Smith, 2004 など)。 また,クロモアルベオラータには葉緑体を持たないものも多く知られていますが(卵菌類や繊毛虫など), これは独立した葉緑体の喪失として説明されます。

しかし二次(や三次)共生は何度も起こっていることが実証されているのに対し (ユーグレナ藻,クロララクニオ藻,珪藻を取り込んだ渦鞭毛藻など), 葉緑体を完全に失った例は実はほとんど証明されていません(Cryptosporidium は可能性あり)。 これは葉緑体が光合成以外にも生存に必須な機能をしばしば担っているためと考えられます(Bodył, 2005)。 従って,葉緑体が何度も失われたと考えるよりも,真核共生が何度も起こったと考える方が尤もらしいのです。 従属性のクロモアルベオラータ類が光合成をする仲間の祖先的な位置に限られていることからも, クリプト藻,ハプト藻,不等毛藻,渦鞭毛藻,アピコンプレクサ類の葉緑体が, それぞれ独立に獲得されたと考える方が自然でしょう。

GAPDH の系統についても,真核共生を通じて同じタイプの遺伝子が繰り返し核移行したとも考えられます。 例えば,ハプト藻が不等毛類に内部共生してハプト藻の核が失われるに伴なって, GAPDH-P が不等毛類の核に移行したとしても GAPDH-P の系統関係は説明できます(Bodył, 2005)。 従って,クロモアルベオラータのGAPDH-P が単系統であることは, 二次共生や三次共生を通じて同系統の葉緑体がクロモアルベオラータ類に広まったことは示せても, 宿主が単系統で二次共生が一度きりであることは証明できていないのです。

Bodył (2005) の主張の中で,ハプト藻が二次共生藻で他は全て三次共生とする見解については, 証拠不充分につき今後の検証が必要であると思われますが, クロモアルベオラータ仮説が非常に脆弱な証拠に寄って立っているという点では,私も全く同意見です。 クロモアルベオラータ仮説はどんどん受け入れられてきているようですが, Bodył (2005) のような適切な批判は,今後の議論の方向性をより良い方向に導くことでしょう。

Bodył, A. Do plastid-related characters support the chromalveolate hypothesis? J. Phycol. 41, 712-719 (2005).

Cavalier-Smith, T. in Organelles, Genomes and Eukaryote Phylogeny: An Evolutionary Synthesis in the Age of Genomics (eds Hirt, R. P. & Horner, D. S.) 75-108 (CRC Press, Boca Raton, 2004).


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菌類と藻類の最古の共生(2005.05.20)(→古生物学)


岩石中の微生物群集(2005.04.24)(→古生物学)


試験管内生物時計(2005.04.24)(→分子細胞学)


細菌が導く海藻の形態形成(2005.03.14)(→植物学)


クリプトスポリジウム原虫のゲノム(2004.10.29)(→その他)


ガラス職人のゲノム(2004.10.12)(→その他)


細胞 1 個で働く時計(2004.07.03)(→分子細胞学)


珊瑚と褐虫藻の自由恋愛(2004.06.09)(→その他)


補足:葉緑体の起源に迫るゲノム研究(2004.04.20)(→その他)


細胞の中に住むということ(2004.04.12)(→進化・分類学)


葉緑体の起源に迫るゲノム研究(2004.04.08)(→その他)


海藻ゲノムプロジェクトへ向けて(2004.02.12)(→植物学)


携帯式の葉緑体(2003.04.10)(→進化・分類学)


真核生物の大系統(2003.04.09)(→進化・分類学)


装甲プランクトン(2003.03.03)(→進化・分類学)


葉緑体の残像(2003.02.12)(→進化・分類学)



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