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雑記(ニュースなど) − 分子細胞学

作成:仲田崇志

更新:2022年08月27日

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日経サイエンス 2022年9月号掲載の生物学関係記事(2022.08.27)(→その他)


酸素が遺伝暗号表を書き換えたのか?(2018.01.16)(→進化・分類学)

シオグサ類の個性的すぎる色素体ゲノム(2017.12.28)(→藻類学)

単細胞と群体性の分かれ目(2017.12.22)(→藻類学)

ミトコンドリアを縛る糸を紡ぐのは?(2017.12.21)

ミトコンドリアは分裂によって増殖し,分裂時には分裂面を括る分裂リングが形成されますが, その正体は長らく明らかにされていませんでした。 Yoshida et al. (2017) はミトコンドリアの分裂時に発現する糖転移酵素に着目し, これが分裂リングを構成する多糖繊維を合成していることを明らかにしました。

ミトコンドリアの分裂装置は,ミトコンドリア内膜の内側にある FtsZ リング,外膜の外側にある MD(ミトコンドリア分裂)リング (最も顕著なリング構造),そしてその外側にあるダイナミンリングから構成されています。 FtsZ リングとダイナミンリングはそれぞれ FtsZ1 タンパク質と Dnm1 タンパク質を主成分としていますが, MD リングの主成分は特定されていませんでした。 そこで著者らは,ミトコンドリア分裂の同調や原形を保った分裂装置の単離が可能な Cyanidioschyzon merolae を用いて, 様々な実験から合成酵素の正体に迫りました。

組織化学的染色により糖類が MD リングの構成要素と見られたため,著者らは糖転移酵素に着目しました。 次に,単離された分裂装置のプロテオーム解析と同調培養のトランスクリプトーム解析から, 分裂時に高発現する分裂装置のタンパク質が絞り込まれました。候補には糖転移酵素が一種類含まれていたため, MITOCHONDRION-DIVIDING RING1(MDR1)と名づけられ,詳細が調べられました。

MDR1 のタンパク質はやはりミトコンドリア分裂時に発現し,特に分裂装置に(免疫電子顕微鏡観察からはリング状に) 局在することが確認されました。 そして膜貫通領域を持つことを踏まえて,MD リングの内側,ミトコンドリア外膜と接する位置に分布するものと見られています。

MD リングの本体はタンパク質を除去しても原形を保つことから多糖類繊維が主成分と考えられ, 糖としてはグルコースのみを含むことも分かりました。 タンパク質サブファミリーからの類推で,MDR1 が UDP-グルコースを原料にポリグルカンを合成していることも予想されています。 アンチセンス鎖で MDR1 の mRNA を抑制すると,FtsZ リングは形成されるものの MD リングやダイナミンリングは形成されず, ミトコンドリアの分裂も 9 割以上失敗するようになりました。 このことからも MDR1 が MD リングの形成とミトコンドリアの分裂に大きな役割を果たしていることが分かります。

MDR1 は,葉緑体の分裂装置のポリグルカン繊維合成に関わる PDR1 と相同であることから, 細胞内共生の分裂制御は共通の仕組みを持っていると考えられます。 著者らは,細胞内共生の初期,MD リングまたは PD リングが出現する前には宿主娘細胞への共生体の分配ができず, 繰り返し共生体を捕食する必要があり,宿主側のリングの出現によって安定した細胞内共生が成立した,との仮説を論じています。

事実,継続的に共生体を捕食する藻類は知られていますが(はてな? 共生藻が増えないぞ?ハテナの詳細と正式名称),宿主側の分裂リングは共生体の分配に本当に必須なのでしょうか。 宿主の(おそらくは)食胞膜内部で共生体が分裂し,偶発的に食胞膜の分裂によって分配される段階もあったかもしれません。 著者らによる MDR1 の抑制実験でも数 % のミトコンドリアは分裂に成功しています。 これが抑制が不完全だったことによるのか,偶発的な分裂が可能だったことを示唆しているのかは気になるところです。

一方で,今回の研究を元に,さらなる研究の発展も期待されます。例えば真核細胞内における類似の機構の有無, 分裂装置がミトコンドリア分裂を駆動する仕組み,分裂位置の決定過程,分裂装置のそもそもの起源,などの研究も加速しそうです。

Yoshida, Y. et al. Glycosyltransferase MDR1 assembles a dividing ring for mitochondrial proliferation comprising polyglucan nanofilaments. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 114, 13284-13289 (2017).

過去の関連記事:
ミトコンドリアの分裂葉緑体の分裂共生由来のオルガネラの分裂に関するレビュー灰色藻の分裂リングFtsZ のみで起こせる細胞収縮色素体分裂の案内役

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変形する概日時計タンパク質(2015.07.30)

シアノバクテリアの概日時計は KaiA,KaiB,KaiC という 3 種類のタンパク質が担っていて, 特に KaiC のリン酸化状態の有無が日周期で変化することが知られています。 Chang et al. (2015) はこのうち KaiB タンパク質の立体構造と変異体を詳細に解析し, KaiB タンパク質が 2 種類の二次構造を取り,二次構造が変化することでリン酸化の概日周期を駆動していることを見出しました。

KaiA,KaiB,KaiC の概日時計は,この 3 種のタンパク質と ATP を試験管内で混ぜるだけで機能します (試験管内生物時計)。昼は KaiA が KaiC をリン酸化し, 下流の SasA を活性化して,さらにSasA が,様々な遺伝子の転写を制御する RpaA タンパク質をリン酸化します。 夜には KaiB が KaiA を抑制して KaiC の脱リン酸化を促すと共に,CikA を活性化して RpaA を脱リン酸化します。 著者等は KaiC,KaiA,CikA と相互作用している KaiB に注目し,Thermosynechococcus elongatus(構造解析用)と Synechococcus elongatus(機能解析用)を用いて機能と構造の解析を行いました。

核磁気共鳴を用いた構造解析から,遊離状態の KaiB では αへリックスと βシートの並びが βαββααβ だったのに対して,KaiC と結合した状態では βαβαββα になることが分かりました(後半 4 個が逆)。 著者らによると,このように二次構造が変化するタンパク質は 10 種類も知られていないそうです。 遊離状態の KaiB は gsKaiB(ground state KaiB),結合状態の KaiB は fsKaiB(fold-switched KaiB)と名付けられました。

著者らは gsKaiB の第 4 βシートが不安定化し, 代わりに第 3 αへリックスができるような疑似 fsKaiB を 3 種類用意しました。 疑似 fsKaiB はチオレドキシン様の構造を取り,生体内でも試験管内でも概日リズムを妨害しました。 また下流にある SasA の活性を低下させ,おそらく CikA と結合して CikA を活性化し, 疑似 fsKaiB の 1 種は KaiA とも結合しました。すなわち KaiB タンパク質は,遊離状態では目立った機能は持たず, 構造変化し KaiC と結合して初めて下流タンパク質を活性化するものと考えられました。

遊離状態の KaiB は gsKaiB の構造を取り四量体を形成しますが,一部は自然と fsKaiB に変化します。 放っておけば fsKaiB はまた gsKaiB に戻り,大部分が gsKaiB の状態で平衡に達します。 ところが結合動態などの解析によると,fsKaiB は KaiC と結合すると安定化するようです。 すると gsKaiB から fsKaiB の変化がさらに進み,KaiB と KaiC の複合体が徐々に増えていきます。 fsKaiB は KaiA とも結合するため,KaiB と KaiC の結合が進むと KaiA も KaiB に捕まり,結果的に KaiC のリン酸化が抑えられます。 そしていずれ KaiC の脱リン酸化が進んで複合体がほどけると,大部分の KaiB が gsKaiB に戻ると考えられます。 概日リズムの成立には反応がゆっくりと進むことも重要ですが,KaiB と KaiC の複合体形成に時間がかかり, また脱リン酸化の過程でも時間がかかるとすれば,合わせて 24 時間という長周期になることが説明できるかもしれません。

fsKaiB と下流のタンパク質との関係についても,構造研究から手がかりが得られています。 SasA は fsKaiB によって抑制されますが,SasA の N 末端も fsKaiB と同じくチオレドキシン様の構造を取っていて, 両者は KaiC の同じ部位に結合するようです。すなわち KaiB は fsKaiB の形に変化することで, SasA の結合場所を横取りして SasA の活性を抑えていると考えられました。

シアノバクテリアの KaiB タンパク質は遊離状態で gsKaiB の形をとりますが, 進化的には fsKaiB の状態が起源と見られています。著者らは,シアノバクテリアの祖先で gsKaiB への構造変化が可能になり, 概日リズムが成立したと推測しています。

Chang et al. (2015) の研究は非常に刺激的ですが,KaiB の構造変化速度と日周期の関係には踏み込み切れていません。 またKaiA,KaiB,KaiC の概日リズムは多少の温度変化には影響されませんが(通常の化学反応速度は温度に依存する), KaiB の構造変化と温度の関係も調べられていないため,これらの解明が今後の重要な課題になりそうです。

Chang, Y.-G. et al. A protein fold switch joins the circadian oscillator to clock output in cyanobacteria. Science 349, 324-328 (2015).

過去の関連記事:
細胞 1 個で働く時計試験管内生物時計

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ミトコンドリアの原型を求めて(2015.07.14)(→進化・分類学)

ペプチド合成の原始型発見か(2010.09.01)

アミノアシル tRNA 合成酵素(aaRS)は ATP を消費してアミノ酸を対応する tRNA に結合する酵素で, 遺伝暗号とアミノ酸の対応を決定する,いわばタンパク質合成の正確性を保証する酵素と言えます。 ところが Mocibob et al. (2010) が aaRS 相同タンパク質の一種を調べた結果, aaRS が関与するリボソームのタンパク質合成が非リボソーム型のペプチド合成と進化的に繋がっている可能性が浮上しました。

aaRS はアミノ酸に合わせて 20 種類以上が各種の生物のゲノム中に存在していますが, この他にもドメイン構造などが異なる関連遺伝子が多数知られています。aaRS は触媒ドメイン,tRNA 結合ドメイン, 校正反応ドメインからなっており,各ドメインのみで機能するタンパク質も知られています。 著者らは中でも,メタン生成古細菌に固有の非典型的セリル tRNA 合成酵素(aSerRS:atypical SerRS) の触媒ドメインと相同な機能不明のタンパク質を調べました。材料には Rhizobium radiobacter (論文中では Agrobacterium tumefaciens;学名については アグロの学名 II を参照)と Bradyrhizobium japonicum の 2 種(いずれもプロテオバクテリア門のリゾビウム科)に由来する 3 遺伝子 (B. japonicum から 2 コピー)を用いています。

タンパク質の構造解析は,B. japonicum の相同タンパク質のうち一方について行われました。 aaRS には起源の異なる 2 種類(クラス I と II)のタンパク質がありますが, aSerRS 相同タンパク質はクラス II に特徴的なモチーフを保持しており,特にメタン生成菌の aSerRS とよく似ていることが確認されました。 配列レベルでは 15% しか相同性が認められないため,立体構造が高度に保存していることから機能が保存されていることも示唆されます。

生化学的な実験からは R. radiobacter の相同タンパク質が ATP の存在下でセリン,アラニン,グリシン, そしてわずかながらグルタミン酸とプロリンを,B. japonicum のタンパク質がグリシンと, わずかながらアラニンを活性化することが示されました。しかしこれらのアミノ酸を tRNA に移すことはできず, 他の物質にアミノ酸を転移していると思われました。

一方で様々な真正細菌のゲノム比較によると,aSerRS 相同タンパク質遺伝子はしばしばある種の運搬体タンパク質の近傍に存在していました。 この運搬体タンパク質は補欠分子族として 4'-ホスホパンテインを結合すると見られ, 著者らは aSerRS 相同タンパク質がこの補欠分子族のチオール基(-SH)にアミノ酸を転移していると推測しました。 そして実際に合成した運搬体タンパク質の研究からこの仮説は裏付けられ,aSerRS 相同タンパク質は新たに amino acid:[carrier protein] ligases (aa:CP リガーゼ)と名付けられました。

aaRS は元々アミノ酸を活性化する触媒ドメインとして誕生し,後にドメインが加わってタンパク質合成に関わるようになったとされています。 そこで著者らは触媒ドメインのみからなる aa:CP リガーゼが aaRS の祖先的な特徴を残していると推測しました。 興味深いことに,aa:CP リガーゼと非リボソームペプチド合成酵素のアデニル化ドメインは同じようなアミノアシル化反応を触媒していて, リボソームが進化する前のペプチド合成に aa:CP リガーゼが関与していた可能性も議論されています。

ただし aSerRS の遺伝子重複や水平遺伝子移動とその後のドメインの欠損によって aa:CP リガーゼが進化した可能性も考えられます。 著者らはこの可能性には否定的ですが,aa:CP は特定の aaRS(メタン生成菌の aSerRS)近縁であるため, メタン生成菌の aaRS から aa:CP が進化した可能性も十分考えられます。 またアミノアシル化された運搬体タンパク質の機能も未解明ですから(可能性は議論されている), aa:CP の機能の進化を議論するのは早計とも思われます。タンパク質合成の起源の証拠となるか,タンパク質のドメイン進化の一例となるのか, 研究の行方が注目されます。

Mocibob, M. et al. Homologs of aminoacyl-tRNA synthetases acylate carrier proteins and provide a link between ribosomal and nonribosomal peptide synthesis. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 107, 14585-14590 (2010).

Roy, H. & Ibba, M. Bridging the gap between ribosomal and nonribosomal protein synthesis. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 107, 14517-14518 (2010).

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二次共生で逆行したヌクレオチド代謝(2009.06.26)(→藻類学)

変形合体 tRNA(2009.03.04)

古細菌ではしばしば tRNA の遺伝子にイントロンが含まれています。 中には 2 つの独立した転写産物として合成され,1 つの tRNA に組み上がる split tRNA も知られていましたが, Fujishima et al. (2009) はやはり古細菌において,tRNA が 3 つの独立した転写産物から組み上がる "tri-split tRNA" を発見しました。

これまで split tRNA は超好熱性で寄生性の古細菌である "Nanoarchaeum equitans" でのみ知られていました。 "N. equitans" は古細菌の中でも最小のゲノムを持つことから, split tRNA はゲノムの小型化と関係があるとも思われましたが,著者らはその可能性を検証するため, 他の古細菌のゲノムにおいて,分割された tRNA を探索しました。著者らは特に超好熱性の古細菌の 1 種, Caldivirga maquilingensis(クレンアーケオタ門テルモプロテウス目)のゲノムに着目しました。 C. maquilingensis は既にゲノム情報が公開されていますが,これまで必要な tRNA のうち 6 種が未発見でした。 そこで著者らは自身で開発した tRNA の予測プログラムなどを活用して未発見の tRNA を探索しました。

まず初めの探索で 4 個の split tRNA が発見され(tRNA Gly (CCC),tRNAAla (CGC) と (TGC),および tRNAGlu (TTC)),さらに探索した結果 tRNAGly (TCC) と (GCC) に対応する 3 つの RNA 断片が発見されました。この 3 つの断片は tRNAGly (CCC) の断片の 1 つとも組み合わせて 2 種類の, 3 断片からなる tRNA に組み上がると推定されました(下図)。

Split tRNA と tri-split tRNA(ローマ数字は断片の番号)

これらの分割型の tRNA の各遺伝子は,隣接する領域が bulge-helix-bulge(BHB)モチーフ(またはそれに類する構造) を持っており,これは C. maquilingensis のスプライシング・エンドヌクレアーゼによって切断・ 連結されると考えられました(下図)。また各断片遺伝子はプロモータと推定される配列も持っており, 実際に転写されていることも確認されました。さらにそれぞれの tRNA 断片の結合(tri-split tRMA の場合,III+IV,IV+II, III+V,V+II だけの結合も)が実験的に確認され,完成した tRNA が機能することも認められました。

Bulge-helix-bulge(BHB)モチーフ

最後に,テルモプロテウス目のゲノム配列との比較から,分割型の tRNA の leader sequences は他種の tRNA のイントロンと相同であると指摘されています。ただ著者らはイントロンを含んだ tRNA から分割型の tRNA がゲノム配列の変異によって進化したとは考えにくいと主張しています(tRNA が機能を維持したまま遺伝子が断片化し, 後半部分がプロモーター配列を新たに獲得するのは困難とのこと)。 一方でプロセシングを受けている途中の tRNA 断片が,逆転写によってゲノム中に挿入された可能性を議論しています。

ゲノム中の変異でイントロンを持った tRNA から分割型の tRNA が出現した可能性も十分にあるとは思いますが (例えば重複したイントロンを含む tRNA の片方がイントロンの後半部分と後半のエキソンを失い, 後にもう一方のコピーで最初のエキソンとイントロンの前半部分を欠失させれば,split tRNA が成立する;下図), 実際の進化過程を明らかにするには,近縁な古細菌のゲノム間で tRNA の構造を比較することが期待されます。 なお,著者らは tRNA の進化を俯瞰するために環境中に含まれる古細菌のゲノム(メタゲノム)配列の tRNA を解析することを提案しています。

分割型の tRNA の起源に関する代替仮説

Fujishima, K. et al. Tri-split tRNA is a transfer RNA made from 3 transcripts that provides isight into the evolution of fragmented tRNAs in archaea. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 106, 2683-2687 (2009).

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色素体分裂の案内役(2009.02.17)(→植物学)

はじめに口があった(2008.12.08)(→発生学)

続報:始原細胞の入れ物は(2008.10.06)

始原細胞の入れ物はでは,脂肪酸など原始地球に存在した分子から, 核酸などの高分子を内部に保ち,原料となる低分子を外部から透過できる膜胞が形成されることが示されました。 Mansy & Szostak (2008) はさらにその膜胞の熱に対する安定性を調べ,細胞の起源について議論しています。

始原細胞の内部で核酸の複製が続くためには,形成した二本鎖の核酸を如何に一本鎖に戻すかが問題になります。 ヘリカーゼのような酵素は無かったと思われますので,高熱による二本鎖の乖離が考えられますが, その場合は膜胞自体が熱に耐えるのか,高温下でも核酸を保持できるのかが問題になります。 そこで著者らは様々な条件における膜胞の安定性を検討しました。

脂肪酸やグリセロールモノエステルなどの膜胞の比較では, 幾つかの種類の膜胞で数時間に渡ってオリゴヌクレオチドを保持できることが示されました。 ただ単鎖の分子の膜胞では保持力が弱く,デカン酸など原始地球に存在したらしい分子の膜胞の場合, 100 °C 近くでは 1 時間以上オリゴヌクレオチドを保持するのは難しそうです。

さらに,やや長鎖のミリアストレイン酸とそのグリセロールモノエステルの膜胞を用いて, 膜胞中の核酸を加熱して一本鎖にできることや,高温条件では原料となるヌクレオチドリン酸などの透過性が上がり, 膜胞に取り込まれやすくなることが示されています。残念ながら脂肪酸が DNA ポリメラーゼを阻害するため, 膜胞内で PCR を実現することには成功しなかったそうですが,初期の生物のポリメラーゼの性質が異なっていれば, 始原細胞内部で核酸合成が起こりえたとは言えそうです。

別の議論として,核酸合成がモノヌクレオチドの重合ではなく, オリゴヌクレオチドの重合によって起こった可能性も考えられています (生物の起源−第5章:RNA が全てを握っていたのか?)。 著者らの実験(ミリアストレイン酸とそのグリセロールモノエステルの膜胞)では, ジヌクレオチドかトリヌクレオチド(2 か 3 分子のヌクレオチドの重合体) の場合しか十分な透過性が得られなかったそうです。ここで,膜胞の組成が間違っているのか, オリゴヌクレオチドの重合が生物の起源にあまり関わらなかったのかは議論の余地があるでしょう。

著者らは今回の実験結果から,始原細胞が熱水系などの高温と低温条件が近接する場所で 核酸合成を進めていた可能性を述べています。高温の時にヌクレオチドの取り込みと核酸の二本鎖の乖離を, 低温の時に核酸の伸長反応などを行ったと考えているようです。 しかしながら熱水系などにどのように膜胞が留まったのかは別の問題として残るでしょう。 膜胞が熱水系から拡散してしまっては困るので,膜胞全体が鉱物などに吸着している必要があったかもしれません。 著者らによる始原細胞のモデルは,このような他の様々な問題について実験的な検証を可能にしますので, 次の研究成果も楽しみです。

Mansy, S. S. & Szostak, J. W. Thermostability of model protocell membranes. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 105, 13351-13355 (2008).

過去の関連記事:
始原細胞の入れ物は

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ウイルスにもファージ(2008.09.12)(→その他)

ゲノム解読で深まる平板動物の謎(2008.09.03)(→その他)

始原細胞の入れ物は(2008.08.11)

生物が生物であるためには何かの「境界」に囲まれている必要があります。 現生の生物の細胞はリン脂質などからなる細胞膜に包まれていますが, 最初の細胞を包んでいた構造についてはほとんど何もわかっていませんでした。 Mansy et al. (2008) は糖類やヌクレオチドが透過可能な膜の組成を検討し, 始原細胞のモデル内部で塩基配列の複製が可能であることを示しました。

脂肪酸を主成分とした膜胞は UMP などのヌクレオチドを透過しづらく, 最初の細胞が外部からヌクレオチドなどを取り込むのは困難と考えられてきました。 そこで著者らは膜胞の両親媒性分子の組成を変化させ,ヌクレオチドなどの透過性を比較しました。

この研究では基準としてミリストレイン酸(C14:1,炭素 14 個,二重結合を 1 つ含む不飽和脂肪酸) のみからなる膜胞を用いています。ミリストレイン酸のみからなる膜胞ではリボースの透過性は悪く, 頭部基の異なる両親媒性分子を混ぜた膜胞が比較されました。比較の結果,「短く,不飽和度が高い, または分岐したアシル鎖を持ち,頭部基の大きい」両親媒性分子の膜胞, またはそのような分子の混ざった膜胞で透過性が高いことがわかりました。 このような分子は膜の構造を乱しやすく,リボースなどの分子を巻き込んで裏返りつつ, 内部に透過させるものと推定されています(イメージ図は Supplementary Fig. S5 を参照;Supplementary Information(PDF))。

一方で原始地球に無生物的に生成した両親媒性分子としては,短鎖の飽和脂肪酸やそのアルコール, グリセロールエステルが考えられるそうです。そこで実際にデカン酸(C10:0)について検討したところ, デカン酸のグリセロールモノエステル(GMD)を混ぜたときに高いリボースの透過性が得られたそうです。

さて,リボースではなくヌクレオチドの場合はどうでしょうか? ミリアストレイン酸とそのグリセロールモノエステル(GMM)の膜胞において,ヌクレオチドは Mg2+ が存在する場合にのみ膜胞を透過し,しかも AMP と ADP を透過した一方, ATP は透過しませんでした。電荷が多い物質ほど両親媒性分子の膜胞を透過しにくいため, リン酸の多い ATP は透過しにくかったのだと見られています(従って NTP を生物が利用し始めたのは, 比較的遅かったとも考えられました)。

NTP の代わりに考えられたのはピロリン酸の代わりにイミダゾールで活性化されたヌクレオチドで, これはリボースと同様の透過性を示したそうです。そしてオリゴ-dC の鋳型上に相補鎖を合成する単純な系が 膜胞内で働くかどうかも調べられました。相補鎖の原料には 2'-amino, 2'-3'-dideoxyguanosine 5'-phosphorimidazolide が用いられ,鋳型鎖は膜胞内部に,ヌクレオチドは膜胞外部に用意されました。 ミリストレイン酸:GMM(2:1)と,デカン酸:デカノール:GMD(4:1:1)の膜胞がそれぞれ調べられ, いずれの場合にもヌクレオチドが膜胞内部に取り込まれて重合することが示されました (産物のオリゴヌクレオチドは膜を透過せず,膜胞内部に留まった)。

この研究では最も単純な原始細胞のモデルが機能することが示されました。 これまで遺伝子の起源やタンパク質,代謝の起源などについての研究は進んでいましたが, 細胞(膜)の起源については研究が遅れていました。今回,原始地球に生成した可能性のある成分で, 適度な透過性を持った膜胞が形成できることが示されたことは大きな進展となるでしょう。 人工的に生物の起源を模倣することも現実味を帯びてきたかも知れません。

Mansy, S. S. et al. Template-directed synthesis of a genetic polymer in a model protocell. Nature 454, 122-125 (2008).

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古細菌から見つかった第 6 の同化経路(2008.07.01)

原核生物は真核生物と比較して多様な代謝経路を持つことが知られています。 これは炭素同化の経路についても同様で,真核生物では光合成の暗反応でカルビン回路(カルビン-ベンソン回路) が用いられているのみですが,原核生物ではカルビン回路を含む 5 つの経路が知られていました。 そして Huber et al. (2008) は超好熱性で嫌気性の化学合成古細菌において第 6 の同化経路を発見し, ジカルボン酸/4-ヒドロキシ酪酸(dicarboxylate/4-hydroxybutyrate)回路と名付けています。

Ignicoccus hospitalis は唯一知られる寄生(共生)性古細菌である "Nanoarchaeum equitans" の固有の宿主として記載されました(ホストの古細菌を記載)。 本種は至適温度 90°C の超好熱菌で,硫黄を還元してエネルギーを得る偏性嫌気性の化学合成独立栄養生物です。 ところが解読された I. hospitalis のゲノム中には既知の炭素固定の経路の証拠がなく,Ignicoccus の他種についても既知の炭素固定経路の鍵酵素の活性がないため,Ignicoccus が未知の炭素固定経路を利用している可能性が考えられました。

まず,酵素活性やゲノム中の遺伝子などの証拠から,I. hospitalis はアセチル CoA に始まり, スクシニル CoA,4-ヒドロキシ酪酸を経て 2 分子のアセチル CoA に戻る経路で炭素を固定していると推定されました。 アセチル CoA からピルビン酸が合成される反応で 1 分子の二酸化炭素(CO2)が, ホスホエノールピルビン酸からオキサロ酢酸が合成される反応で 1 分子の炭酸水素イオン (HCO3-)が取り込まれると考えられます(下図)。

ジカルボン酸/4-ヒドロキシ酪酸回路

著者らはこの回路の存在を裏付けるために 4-ヒドロキシ酪酸やコハク酸,ピルビン酸を炭素同位体 (13C または 14C)で標識して細胞に取り込ませる実験も行い, 回路から推定される挙動を示すことを認めています。この回路はコハク酸(ジカルボン酸の 1 種)と 4-ヒドロキシ酪酸を経由することからジカルボン酸/4-ヒドロキシ酪酸回路と名付けられました。

アセチル-CoA からスクシニル-CoA にいたる回路の前半部(part 1)の途中(オキサロ酢酸から) は還元的クエン酸回路の一部に相当し,スクシニル-CoA から 2 分子のアセチル-CoA にいたる回路の後半部(part 2) は他の古細菌から報告されている,3-ヒドロキシプロピオン酸/4-ヒドロキシ酪酸回路の後半部に相当しています。 他の炭素固定経路とは ATP の消費量や還元剤の種類などで違いがありますが,酸素感受性にも違いがあり, ジカルボン酸/4-ヒドロキシ酪酸回路の part 1 は嫌気性の生物のみで機能できるようです。

既知の 6 個の炭素固定経路は 1) カルビン回路,2) 還元的クエン酸回路,3) 還元的アセチル-CoA 経路, 4) 3-ヒドロキシプロピオン酸/マリル-CoA 回路,5) 3-ヒドロキシプロピオン酸/4-ヒドロキシ酪酸回路, 6) ジカルボン酸/4-ヒドロキシ酪酸回路ですが(Tauer, 2007;今回の研究), この内カルビン回路と還元的アセチル-CoA 経路以外は,アセチル-CoA とスクシニル-CoA を回路の途中に含みます。 そしてアセチル CoA からスクシニル-CoA にいたる前半部に 3-ヒドロキシプロピオン酸を経由する (3-ヒドロキシプロピオン酸/マリル-CoA 回路と 3-ヒドロキシプロピオン酸/4-ヒドロキシ酪酸回路)か オキサロ酢酸を経由する(還元的クエン酸回路とジカルボン酸/4-ヒドロキシ酪酸回路)かで分かれます。 また後半部も 3-ヒドロキシプロピオン酸/4-ヒドロキシ酪酸回路とジカルボン酸/4-ヒドロキシ酪酸回路で共有され, 炭素固定の経路が前半部と後半部の組み合わせで進化してきた可能性が示唆されました。

ゲノム情報から,古細菌のクレンアーケオタ門では Ignicoccus の属するデスルフロコックス目以外に, テルモプロテウス目にもジカルボン酸/4-ヒドロキシ酪酸回路の存在が推定され,スルフォロブス目,センアーケウム目, "Nitrosopumiliales" では 3-ヒドロキシプロピオン酸/4-ヒドロキシ酪酸回路の存在が推定されています。 テルモプロテウス目については還元的クエン酸回路の存在が予想されていましたが, 著者らはジカルボン酸/4-ヒドロキシ酪酸回路を持っている可能性を指摘しており,今後の検証が必要になりました。 なお 2 種類の回路の分布は系統関係と一致せず,クレンアーケオタ門の祖先が 3-ヒドロキシプロピオン酸を経由する仕組みと還元的クエン酸回路の両者を持っていて, 系統ごとにいずれかのみが残された可能性と,祖先はいずれかの経路のみを持ち, 系統間でいずれかの経路の遺伝子群が移動した可能性が考えられます。 今後,多くの種,系統でゲノム情報を比較することで古細菌、果ては全生物の最後の共通祖先における 炭素固定の有無や様式についても明らかにできるかもしれません。

Huber, H. et al. A dicarboxylate/4-hydroxybutyrate autotrophic carbon assimilation cycle in the hyperthermophilic Archaeum Ignicoccus hospitalis. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 105, 7851-7856 (2008).

Thauer, R. A fifth pathway of carbon fixation. Science 318, 1732-1733 (2007).

過去の関連記事:
ホストの古細菌を記載

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FtsZ のみで起こせる細胞収縮(2008.05.23)

細胞の分裂には非常に複雑な機構が関与しています。 しかし原初の細胞が細胞分裂の仕組みを獲得したときにはもっと単純な機構だったと想像されます。 Osawa et al. (2008) は原核生物のチューブリン相同タンパク質であり,分裂リングの構成タンパク質である FtsZ が, 単独でもリングを形成して膜胞をくびれ込ませる能力を持つことを明らかにしました。

FtsZ は重合して原繊維(protofilaments)を作り,これが細胞膜下に集合して Z リングという分裂リングを構成します。 FtsZ はその C 末端に結合する FtsA によって細胞膜にアンカーされますが, Z リングには他にも複数のタンパク質が含まれており,それぞれの役割はまだ解明されていませんでした。 そこで著者らは Z リングの収縮のメカニズムを調べるために,FtsZ 単独での機能を調べました。

著者らはまず FtsZ タンパク質の C 末端を疎水性へリックスで置き換え,FtsA の仲介なしに膜に結合できるようにしました (FtsZ-mts)。なお,FtsZ-mts には YFP という蛍光タンパク質が結合されており,蛍光観察できるようになっています。 これをリポソーム(人工的に合成されたリン脂質二分子層膜の小胞),GTP(FtsZ の重合に必要な分子) と共に置いたところ,FtsZ-mts がリポソーム内部に取り込まれて複数の Z リングを形成しました。 初め FtsZ-mts は薄い蛍光のリングを形成し,リングがリポソーム状を前後に移動しました。そしてリング同士が合わさると, 明るい蛍光のリングとなり,その場でリポソームのくびれ込みが起こったそうです。 逆に GTP 濃度を徐々に減らしたところ,Z リングの蛍光が薄くなり,同時にリポソームのくびれが解消されたそうです。

FtsZ タンパク質が単独で膜のくびれを形成できるのは驚きです。キネシンのようなモーター分子は存在しないので, 何か別の力で膜を変形していることになります。FtsZ は GTP と結合している時には直線状の原繊維を構成しますが, GDP(GTP の分解産物)と結合しているときには著しく曲がった原繊維の構造をとることが知られていました。 すなわち FtsZ は,GTP が分解されて出るエネルギーによって変形し,原繊維も曲がり, 結果としてリポソームがくびれ込んでいると考えられます。

リングの形成にも謎があります。原繊維がらせん状に伸びず,閉じたリングを構成できる仕組みは不思議です。 著者らは FtsZ の原繊維が収縮の力を持つために,最小の直径をなす部分に配置する, すなわち膜胞の軸に垂直な位置にリングを形成すると考えています。また原繊維の集合自体, 観察からは原繊維同士の相互作用によるものではないと見られており,おそらく原繊維の結合によって膜が歪んだ結果, 歪んだ領域に原繊維が結合しやすくなり,互いに同じ方向を向くように集まっていると推測されました。

今回の結果から,FtsZ は比較的単純な機構によって収縮リングを構成できることが示唆されました。 この仕組みは原始的な細胞分裂の仕組みとしても納得できるもので, おそらく似たような分子が細胞分裂の起源に関わっていたのでしょう。 なお FtsZ の場合,単独でリポソームをくびれ込ませることはできますが,くびれ切ることはできていません。 分裂の最後の段階にはまた別のタンパク質,あるいは別の力学的機構が関与しているものと思われます。

Osawa, M., Anderson, D. E. & Erickson, H. P. Reconstitution of contractile FtsZ rings in liposomes. Science 320, 792-794 (2008).

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コヒーシンの糊づけは目印通りに(2008.05.07)

コヒーシンは分裂時に姉妹染色体同士を接着する「糊」として働くタンパク質として知られており, 最近では転写制御への関与も指摘されています。転写制御の際にはコヒーシンの結合部位が重要な意味を持つと考えられますが, Wendt et al. (2008) はコヒーシンの結合部位を明らかにすると共に,CTCF という DNA 結合タンパク質の仲介のもと, 転写の抑制に関与していることを示しています。

コヒーシンは主に 4 つのタンパク質,すなわち SMC1,SMC3,SCC1(別名 MDC1,RAD21)および SCC3(別名 SA2,STAG2) からなっていて,これらがリング状の複合体を形成して染色体を囲みます。コヒーシンの役割としては姉妹染色体の「糊づけ」 が有名ですが,分裂とは関係ない時期/細胞においてもコヒーシンが染色体に結合することが知られていて, 別の機能(転写制御)を持つ可能性が指摘されていました。そこで著者らはコヒーシンが G2 期, 染色体のどこに結合しているのかをヒト培養細胞にて調べました。

まずゲノムの 1% 程度について,SCC1 に対する抗体でコヒーシンが結合する DNA 断片を沈殿させる方法(免疫沈降法) で調べた結果からは,167 のコヒーシン結合部位が認められ,別の抗体(抗 SMC3 抗体や抗 SA2 抗体) の結果からも大部分が裏付けられたそうです。さらに約 82 % のコヒーシン結合部位が G1 期と G2 期で一致しており, 逆に染色体の接着が起こる有糸分裂の際には固有の結合部位は見つからなかったそうです (なお,コヒーシンは有糸分裂の前期に一度離れると考えられている)。

さらに著者らはヒトゲノムのほぼ全域に及ぶ解析を行い,8,811 のコヒーシン結合部位を認めました。 興味深いことにその大部分は遺伝子間領域(49%),イントロン(35%),遺伝子の上流/下流 5 千塩基対以内(13%) に見つかりました。もう一点重要なことに,コヒーシンは CTCF の結合部位に結合する傾向が認められました。 13,894 の CTCF 結合部位の内 7,813 部位が SCC1 部位で,逆に SCC1 部位の 89% が CTCF 結合部位とのことです。 この CTCF はコヒーシンと同様に有糸分裂の際に染色体から離れることが知られており,コヒーシンとの関連が強く疑われます。 なお,CTCF は転写インシュレーター(絶縁体)タンパク質(transcriptional inculator protein)と呼ばれ, 転写を促進する因子,すなわちエンハンサー(enhancer)がプロモーターに結合するのを阻害し, 結果的に転写を阻害していると考えられています。

さて,次に著者らは SCC2(コヒーシンを DNA に運ぶタンパク質)を欠いた場合と CTCF を欠いた場合を比較し, どちらの場合にもコヒーシンの結合部位が減少することを発見しました(約 50%)。しかし CTCF を欠く場合には, コヒーシンの DNA への結合が減少しているわけではなく,あくまで固有の結合部位が減ることも確認されました。 一方,コヒーシンの近傍(25 kb 以内)にある遺伝子は負の制御を受けており,例えば CTCF の制御を受けている H19/IGF2 座位の制御部位(imprinting control region:ICR)についての実験からは, コヒーシンの構成因子の SCC1 や SMC3 を欠いた場合にこの制御(抑制)が効かなくなることも示されました。 すなわちコヒーシンが CTCF のインシュレーター機能に必要であることが示唆されたのです。 そしてこの機能が染色体の接着とは関係ないことを示す実験も行われています。

おそらく間期のコヒーシンは,まずは非特異的に DNA につくと予想されます。そしてこれが DNA 上を移動し, CTCF が結合している部分に辿り着くとそこに止まると思われます。 CTCF はいわばコヒーシンの特異的な結合部位の目印として機能しているわけです。ここでコヒーシンが単にエンハンサーが DNA に作用するのを物理的に妨害しているのか,あるいはコヒーシンが DNA の 2 箇所に作用して DNA のループを作り, これがエンハンサーの作用を阻害しているかは明らかではなく,今後の課題になるそうです。

今回の研究はコヒーシンの転写抑制機能を示しており,これがおよそ 8,000 部位という相当数の結合部位を持ち, おそらく同等の数の遺伝子制御に効いていることを示唆している点で驚きです。 個別の遺伝子の制御に関する研究は大分進んでいますが,1 つの遺伝子を制御するのに 1 つのタンパク質が必要なのでは話になりません。そこで多数の遺伝子を同時に制御する因子の研究が望まれ, 実際に進められているわけですが,コヒーシンもそのような重要な因子と言えるのではないでしょうか。

Wendt, K. S. et al. Cohesin mediates transcriptional insulation by CCCTC-binding factor. Nature 451, 796-801 (2008).

Uhlmann, F. Cohesin branches out. Nature 451, 777-778 (2008).

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OTOKOGI の系譜を辿る(2008.02.27)(→藻類学)

鞭毛の中心に迫る II(2008.02.07)

鞭毛の中心に迫る I では,中心小体のスポークの, 三連微小管と繋がる部分に存在すると考えられるタンパク質 Bld10p について紹介しましたが,Nakazawa et al. (2007) は SAS-6 というタンパク質がスポークの構成成分であることを示しています。

著者らはコナミドリムシ(Chlamydomonas reinhardtii)の bld12 という新規の変異体に着目しました。 この変異体は分裂時の核の分配に異常があり,通常鞭毛を持たないそうです。また,中心小体の三連微小管の数も本来の 9 個だけでなく, 少数ながら 7〜11 個の三連微小管を持つとのことです。より詳細な観察から,中心小体の微小管が近位(細胞質) 側でしばしば短くなっていることや,スポークのハブ側の一部やハブを欠失していることも分かりました。

この変異体の原因遺伝子として特定されたのが SAS-6(CrSAS-6)です。SAS-6 は元々線虫(Caenorhabditis elegans) で研究され,中心小体の前駆体である central tube の形成に関与することが知られていました。 また免疫電子顕微鏡観察の結果,コナミドリムシにおいては SAS-6 はハブの周辺に位置していることが示されました。

中心小体の形成は,三連微小管が形成される部位に不定形のディスク(amorphous disk)が形成されることで始まり, スポーク,ハブが形成され,次いで三連微小管が形成されると考えられています。bld12 変異体ではスポークの一部が欠失し, ハブが形成されません。そのため本来ならハブに沿ってスポークが 9 回対称に整列される(おそらくハブが 9 回対称性を決めている) のに対して,変異体では対称性が崩れ,スポークおよび三連微小管の数が変化するものと推定されました。 しかしハブが欠失していても 7 割程度の細胞は三連微小管が 9 回対称に並んでいることから, amorphous disk など他の要素も 9 回対称性に(厳密性では劣るものの)関わっているだろうとも指摘されています。

中心小体の形成モデルと SAS-6

Bld10p の研究(鞭毛の中心に迫る I)と今回の SAS-6 の研究により, 中心小体形成の重要な過程が明らかになって来ました。中心小体の整然とした構造を完全に理解するためにはまだ少し不十分ですが, ハブが 9 回対称を決定する重要な部位である可能性も見えてきました。今後も変異体の研究から(特にハブの) 構成成分を決めていくことにより,いずれは分子から中心小体の成り立ちを理解できるようになることでしょう。 もっとも,中心小体を構成するタンパク質は相当な数に上るようなので,まだ道のりは遠いのかもしれませんが。

Nakazawa, Y., Hiraki, M., Kamiya, R. & Hirono, M. SAS-6 is a cartwheel protein that establishes the 9-fold symmetry of the centriole. Curr. Biol. 17, 2169-2174 (2007).

参考:
謎の細胞内構造「中心子」の形成メカニズム: プレスリリース。

過去の関連記事:
中心小体を中心に配置を決める鞭毛の中心に迫る I

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鞭毛の中心に迫る I(2008.02.05)

中心小体(centriole)は細胞分裂時に中心体を形成する他,細胞内のオルガネラの位置決定 (中心小体を中心に配置を決める)に関与したり,鞭毛を形成する役割も持っており, 真核細胞の成り立ちを理解するために重要な装置と言えます。さらに中心小体は微小管が 9 回対称に配置した,整然とした作りをしています。 そのため中心小体の構成分子に関心が持たれていますが,Hiraki et al. (2007) は, Bld10p というタンパク質が中心小体の重要な構成タンパクであることを明らかにしました。

中心小体の形態を決めるタンパク質を明らかにするために,一部の研究者はコナミドリムシ(Chlamydomonas reinhardtii) の変異体を研究しています。著者らは中でも中心小体を形成できない bld10 変異体に着目しました。 この変異体の原因遺伝子は既に特定されており,著者らはこの遺伝子の一部を削った遺伝子をコナミドリムシに導入し, 中心体の形成がどのように回復するか,あるいはしないのかを調べています。

その結果,Bld10p の末端をそれぞれ約 2〜4 割ほど削っても中心小体の形成能は回復することが示されました。 同時にこのタンパク質の中程にある,独特の領域(coiled-coils 構造をとらないと予測される部位)が必須であることも示唆されています。 さて,N 末端を 54%,あるいは C 末端を 35% 削った場合には,中心小体が形成されるものの異常が生じることがわかりました。 この時,一部の中心小体では周辺の三連微小管がより多くの微小管よりなっていたり,三連微小管の個数も 8 個しかなく, 中心小体の半径(スポークの長さ)もやや小さなっていたそうです。 またスポークやハブを含んだ中身が無くなっているものや,スポークが三連微小管から外れているものなども報告されています。

中心小体の断面模式図と Bld10p の局在

Bld10p の末端を削った場合にスポークが短くなり,スポークと三連微小管の結合が弱くなっていることから, Bld10p はスポークの端,三連微小管との結合部に存在することが考えられました。そこで免疫電子顕微鏡観察が行われ, 確かにこのタンパク質がスポークの三連微小管側の末端付近に存在することが裏付けられました。 三連微小管の数が 8 個に減った中心小体が見られることも,スポークが短くなった結果として中心小体の円周が短くなり, 9 個の三連微小管が収まりきれなかったためと推定されています。

実際には 75% 程度の中心小体は 9 個の三連微小管を維持しているため,Bld10p のみが中心小体の形態(9 回対称性) を決めているとは考えづらいですが,スポークの長さが中心小体の 9 回対称性に重要であることは分かります。 また,三連微小管が 8 個しかない場合にもスポークは常に 9 本あるようで,9 回対称性を決める因子としては, 中心小体の円周以外にハブの構造が関わっている可能性も考えられます。

ともあれ,これまでほとんど知られていなかった中心小体の構成タンパク質が一つ明らかになり, このタンパク質が中心小体の形態形成にどのように関わっているのかが示されたことは非常に大きな進歩であると思われます。 今後は Bld10p と結合するようなタンパク質を調べることによって,あるいは他の変異体を調べることによって, 最終的に中心小体が分子レベルでどのように構築されていくのかが分かってくれば面白いでしょう。 なお,著者らのグループはこの後スポークの構成タンパク質についても報告していますので,近く紹介したいと思います。

Hiraki, M., Nakazawa, Y., Kamiya, R. & Hirono, M. Bld10p constitutes the cartwheel-spoke tip and stabilizes the 9-fold symmetry of the centriole. Curr. Biol. 17, 1778-1783 (2007).

解説記事:
Marshall, W. F. Centriole assembly: The origin of nine-ness. Curr. Biol. 17, R1057-R1059 (2007).

過去の関連記事:
中心小体を中心に配置を決める

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コナミドリムシゲノムと鞭毛の遺伝子(2007.11.22)(→藻類学)

遺伝子総入れ替え(2007.10.30)

生物にとって細胞と遺伝子は切っても切り離せないもの,と思われてきました。 しかし Lartigue et al. (2007) は Mycoplasma の 2 種を使って,細胞の全ゲノムを丸ごとすげ替えることに成功しました。 この技術は人工的に設計・合成したゲノムを細胞に導入し,全く新規の生物を合成するためにも重要な技術と考えられます。

著者らは人工生物の合成を視野に入れており,その際にゲノム移植(genome transplantation)の技術が必要と考えています。 ゲノム移植では,細胞に異種のゲノムが「加わる」わけではなく,「置き換わる」ことが重要ですが, このような現象はこれまで知られていませんでした。この研究では Mycoplasma 属 (グラム陽性細菌門マイコプラズマ目)の 2 種(M. mycoidesM. capricolum)を用いてゲノム移植が試みられています。Mycoplasma の仲間はゲノムサイズが小さく,細胞壁を持たないことから, ゲノム移植を起こしやすいと考えられます。また両者はゲノムの概要が解析されています。

まず著者らはドナーとなる M. mycoides からゲノムを抽出しました。この際ゲノムを傷つけないために, アガロースのゲルに埋め込んだ状態で抽出処理を進め,ちぎれていない環状のゲノムを十分に回収することに成功しました。 一方でレシピエントとした M. capricolum については,ポリエチレングリコール(PEG)で DNA を入りやすくした他は 特に変わった処置はしていないようです。そしてレシピエントの細胞とドナーの DNA を混ぜ, ゲノム移植が起こった細胞を抗生物質耐性などで選別しています。

対象実験の結果から,生えてきた細胞がドナーの汚染や,レシピエントの変異ではなく,ゲノム移植の産物と予想されました。 サザン法の結果やゲノムの大部分の配列比較からも,得られた細胞が M. mycoides のゲノムを持っていることが支持され, タンパク質の二次元泳動パターンやそれぞれの種に固有のタンパク質に対する抗体の反応からも,得られた細胞が M. mycoidesu のタンパク質を発現していることを示しています。なお,M. capricolum の遺伝子やタンパク質が検出されなかったことも重要です。 すなわち,両者のゲノムが組み替えを起こしたのではなく,ゲノムが(少なくともほぼ)置き換わっていることがわかります。

これまで知られていた形質転換(transformation)は線形の DNA が細胞に入り,組み替えによってゲノムに取り込まれる現象でしたが, ゲノム移植では環状 DNA が細胞に取り込まれ,組み替えを介さずに細胞で働くようになっています。おそらく一時的に細胞に 2 本の環状ゲノムが存在し,分裂によって片方の娘細胞が元のゲノムだけを,もう一方がドナーのゲノムのみをもつ細胞になると思われます。 なお,ゲノム移植の効率はもっとも効率が良い場合で 150,000 細胞に 1 細胞程度だそうです。

ゲノム移植の原理については仮説が提示されているのみですが,PEG は細胞の融合を誘導することから, 不定形の Mycoplasma の細胞の一部が DNA 分子を囲むように融合することで細胞内に取り込んでいるものと推測されています。

この研究では細胞壁を持たない生物を用いたことと,単純なゲノム構造の生物を用いたこと,ドナーとレシピエントが近縁であったこと, などの好条件がゲノム移植を成功に導いたと言えます。著者らは人工的に合成したゲノムを細胞に移植し, 完全に人間が設計した生物を生み出すことを視野に入れていますが,Mycoplasma によく似た生物を設計するのでない限り, まだまだハードルは高いと見られます。

Lartigue, C. et al. Genome transplantation in bacteria: Changing one species to another. Science 317, 632-638 (2007).

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続報:「鞭毛共生起源説」再び(2007.08.14)(→進化・分類学)

大量の RNA は大量の設計図から(2007.08.06)

多くの真核生物は使用する大量の rRNA をまかなうために,多数の rRNA 遺伝子のコピーを染色体中に持っています。 しかし一部の原生動物では染色体とは別に rRNA をコードする DNA 分子を持っています。Maruyama & Nozaki (2007) はアメーバ鞭毛虫の一種, Naegleria gruberi のプラスミドの全長配列を決定し,併せて細胞内における局在を観察しています。

N. gruberi の rRNA は細胞あたり 3,000〜5,000 コピーの環状プラスミドにコードされていることが知られていました。 染色体上には相当する配列は存在しないと見られ,プラスミドは自己複製していると考えられています。 著者らはこのプラスミドの全長配列を決定しました。

プラスミドは全長 14,128 塩基対で,18S,5.8S,28S rRNA 遺伝子が各 1 コピーずつこの順番で並んでいました。 一方で 5S rRNA や tRNA などはコードされていなかったようです。この他に 2 つの ORF がコードされているようですが, その正体はよく分かっていません。

著者らはさらにこのプラスミドの細胞内局在について調べています。細胞の核にはしばしば核小体と呼ばれる構造があり,rRNA の合成とリボソーム構築の場であると考えられています。DNA が核小体に認められる場合にはプラスミドもこの領域に局在し, DNA が核小体に見られない場合には核小体の縁の部分にプラスミドの局在が認められたそうです。 染色体上に rRNA 遺伝子がコードされている真核生物では,この領域が核小体形成領域として働いていると考えられていますが, N. gruberi の rDNA プラスミドもおそらく同様の役割を果たしていると予想されます。

N. gruberi に近縁な Naegleria fowleri は原発性アメーバ性髄膜脳炎(primary amebic meningoencephalitis) と呼ばれる極めて致死率の高い感染症の原因生物として知られています。遺伝子導入系が存在すると, 治療法の研究などにおいて有効なツールになりますが,rDNA プラスミドは遺伝子導入系のベクターとして期待されています。

リボソームはタンパク質の合成装置として,細胞内に無数に存在しています。その構成要素である rRNA も大量に合成する必要があり, 多コピーの rDNA プラスミドは効率のよい合成のための戦略と見ることが出来るでしょう。通常の真核生物では染色体上に多コピーの rDNA が存在していることから,Naegleria の祖先で rRNA 遺伝子をコードする場所が変化したと思われます。 rDNA のプラスミドの起源を明らかにするためにも全長配列の解読は大きな意味を持つでしょう。

Maruyama, S. & Nozaki, H. Sequence and intranuclear location of the extrachromosomal rDNA plasmid of the amoebo-flagellate Naegleria gruberi. J. Eukaryot. Microbiol. 54, 333-337 (2007).

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中心小体を中心に配置を決める(2007.07.04)

細胞における細胞小器官の配置は一見乱雑でも,相対的な配置が厳密あるいは一定の範囲で決められています。 特に鞭毛の配置などは細胞運動や動物の正常な発生にも関わるために,厳密に決められる必要があります。 Feldman et al. (2007) はコナミドリムシ(Chlamydomonas reinhardtii; 緑藻植物門オオヒゲマワリ目)の変異体を用いて, 鞭毛を含め複数の細胞小器官の配置が中心小体(centriole)に依存して決まっていることを明らかにしました。

コナミドリムシは遺伝学が利用できることからモデル生物として使われていて,鞭毛を持って泳ぐ単細胞藻類です。 細胞は前端に一対の鞭毛を持ち,その直下に 1 個の核を持ちます。細胞の後半と前半の縁の部分は葉緑体が占めていて, 特に後半部(基部)には 1 個の大きなピレノイドと呼ばれる構造があります。著者らはこの藻類の中心小体に着目して研究を進めました。

コナミドリムシの細胞の模式図

中心小体は 3 本の微小管が癒合した三連微小管が 9 セット,真ん中の車輪状構造を囲むように並んだ構造で, この他にも様々な修飾を受けているようです。中心小体は通常は鞭毛の付け根にあって基底小体と呼ばれ,鞭毛を伸長させる役割を持ちます。 また分裂時には 1 対の中心小体がねじれの位置に配位して,周辺の基質と共に中心体(centrosome)と呼ばれる構造を作ります。 中心小体のもう 1 つの特徴として,しばしば母中心小体に隣接して娘中心小体が複製されることが挙げられます。

著者らはこの中心小体の配置に異常が生じる変異体を 13 株選別し(鞭毛の配置が異常で,走光性が正しく機能しないものが選別された), askewasq)変異体と名付けました。asq 変異体は大きく 2 種類に分けられ,asq1 変異体に代表されるタイプ (9 変異体を含む)では母中心小体と娘中心小体の相対的位置は正常ですが,この中心小体の対の位置が細胞内にランダムに位置します (と言っても葉緑体が占めている場所には行けないようです)。一方で asq2 に代表される 4 つの変異体では各中心小体が独立・ ランダムに細胞内に位置します。asq2 変異体では加えて,細胞あたりの中心小体の個数も 0〜7 個まで変化し, 細胞分裂の際に中心小体の分配がうまくいっていないことが示唆されました。

既知の vfl(variavle flagellar number)変異体(asq2 変異体とは異なる座位) も細胞あたりの中心小体と鞭毛の個数が変化する変異体で,やはり母中心小体と娘中心小体の位置関係が異常になっていました。 そして vfl2 および vfl3 変異体でも中心小体の位置が狂っていたそうです。

さて,正常な細胞では母中心小体と娘中心小体は連結繊維と呼ばれる縞状の模様の入った繊維で繋がれていますが, asq2 変異体ではこの繊維が失われていたそうです。 著者らは母と娘のいずれ,あるいは両方の中心小体の配置がおかしくなったのかを調べるために, asq2 変異体と uni1 変異体(母中心小体にのみ鞭毛ができる変異体)の二重変異体を作成し, その結果母中心小体は正常な位置にあるのに対して,連結繊維がないために娘中心小体の位置が異常になることを示しました。

核も野生株ではリゾプラストと呼ばれるセントリン・タンパク質を含んだ繊維によって中心小体に繋がれています。 セントリンの変異である vfl2 では中心小体と核の連結がなくなり,母中心小体は正常な位置に残るのに対して, 娘中心小体と核が定まらなくなることも明らかにされました。このことから,核の位置も母中心小体が決めていることを示しています。 同様に,鞭毛根系(鞭毛の基部から細胞内に伸びる細胞骨格構造)の位置も中心小体が決めており, asq 変異体では収縮胞の位置も中心小体と共に移動していたそうです (ただし収縮胞が中心小体の位置を決めている可能性も否定されていない)。なお,ピレノイド,眼点(いずれも葉緑体内部の構造) の位置については中心小体とは独立していたそうです。

最後に著者らは中心小体のどの部分が位置決定に関わっているのかを調べました。中心小体の構造の一部を欠いた変異体である bld1bld2 および bld3 を調べたところ,中心小体の遠位側(細胞の中心から離れた部分)を欠いた bld2bld3 変異体では中心小体が細胞膜から離れて細胞内の異なる位置に見られることから, 中心小体の遠位側に細胞膜と結合して位置を決める部分があると推定されました。

今回の研究からは中心小体がどのようにして細胞膜の特定の位置に結合しているのかまではわかりませんでしたが, 細胞内での細胞小器官の相対的な配置を決めるために中心小体が大きな役割を果たしていることが分かりました。 収縮胞と中心小体の主従関係は今回示されませんでしたが,オオヒゲマワリ目の藻類には多数の収縮胞が細胞表面に散らばっているにもかかわらず, 中心小体は鞭毛の付け根にのみ存在すると見られる藻類(ヤリミドリ属:Chlorogoniumヤリミドリの種は単系統か?)も知られているため, やはり中心小体が収縮胞の位置を決めていると推測されます。

著者らは中心小体の位置に異常が生じることで引き起こされるヒトの病気を挙げて,研究の意義をアピールしていますが, コナミドリムシとヒトはあまりにも系統的に離れており,同じ機構で細胞小器官の配置が決められているかは怪しい部分も多いでしょう。 一方で,進化・分類学の観点から見ると,細胞小器官の配置は種や属レベルを区別する重要な形質です。 これが種によって異なっていることが分子レベルで理解できるようになれば大きな進歩になるかと思います。

Feldman, J. L., Geimer, S. & Marshall, W. F. The mother centriole plays an instructive role in defining cell geometry. PLoS Biol. 5 1284-1297 (2007).

解説記事:
Robinson, R. Centrioles position the nucleus and one another. PLoS Biol. 5, 1190 (2007).

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アピコプラストが背負った責任(2007.06.04)

マラリア原虫などアピコンプレックス門の寄生虫は,アピコプラストと呼ばれる退化した二次共生色素体を持っています。 アピコプラストは光合成能力も失い,色素体ゲノム上にもほとんど遺伝子を残していません。 しかし逆に,なぜ少数とはいえ遺伝子が残されているのかが問題になります。Howe & Purton (2007) はミトコンドリアの fMet-RNA がアピコプラストに依存しているとの仮説を提出しています。

光合成能力を失って以来,アピコプラストは多くの遺伝子を失っています。アピコプラストそのものを失ったと考えられる場合を除いては, 全てのアピコンプレックス類はアピコプラストゲノムを持っています。アピコプラストゲノムはごく少数の遺伝子だけを残しており, この中には一通りの tRNA を含めて,転写や翻訳に関わる遺伝子,タンパク質の取り込みに関わる遺伝子,FeS クラスターの合成遺伝子, そして小数の機能未知の遺伝子が知られています。ではこれらは何故アピコプラストゲノムに残る必要があったのか,という疑問が浮かんできます。 つまりアピコプラストが重要な機能を担っているとしても,内部に遺伝子を持っている必要はなく,遺伝子が核に移行している方が自然だろう, ということです。

幾つか考えられる説明としては,アピコプラストゲノムには疎水性が強すぎて細胞質で合成されてアピコプラストに運ぶことができない 必須のタンパク質がコードされている,アピコプラストの酸化還元状態によって発現が調節される遺伝子がコードされている, アピコプラストゲノムと核ゲノムでは遺伝暗号が違うために遺伝子が核に移行できなかった遺伝子がある, RNA 編集がアピコプラスト中で起こっている,などが挙げられていますが,いずれも説明としては不十分だと著者らは議論します。 では幾つかの遺伝子がアピコプラストゲノムに残っているのが偶然で,遺伝子が失われる途上にあるのかと言えば, 残された遺伝子の組み合わせはアピコンプレックス門で広く保存されているため,そうでもないようです。

そこで出てくる重要な指摘が,細胞中にアピコプラストが通常は 1 つしか存在しない,と言う事実です。 遺伝子が核へと移行するにはオルガネラが分解され,細胞質にオルガネラの DNA が漏れ出す必要があります。 ところがオルガネラが 1 つしかなければ,これが壊れた細胞は生き延びることができませんから,遺伝子を核に移すことが困難になります。

もう一つ開始 tRNA は核に移行することが困難だということが指摘されています。 オルガネラは原核生物と同じく,開始コドンに対応する tRNA としてホルミルメチオニル-tRNA(fMet-tRNA)を用いています。 これは細胞質の開始 tRNA をオルガネラに転用することができないことを意味しています。 実はアピコンプレックス類のミトコンドリアでは開始 tRNA が知られておらず,その実態が謎のままでした。 著者らはアピコプラストで合成された fMet-tRNA がミトコンドリアに共有されていると予想しています。 アピコプラストはミトコンドリアと常に接していると見られていて,このことも著者らの仮説の根拠となっています。

ところでアピコンプレックス類の寄生虫には ‘delayed death’ と呼ばれる現象が知られています。 これはアピコプラストを標的にした抗生物質を投与した場合に,細胞が死ぬまでにかなりの時間差が開くという現象です。 Toxoplasma gondii の場合では,アピコプラストのリボソームを標的にした阻害剤を投与しても,宿主細胞中にいるあいだは増殖し続け, 新しい宿主に細胞に移行したときに初めて増殖が阻害されるそうです。著者らの考えでは,宿主細胞の中にいるあいだは必要な ATP 量が少なく, 既存の fMet-tRNA でも十分に翻訳がこなせるのに対して,新しい宿主への感染に伴って急激に翻訳の必要性が増し, アピコプラストからミトコンドリアへの新たな fMet-tRNA の供給がなければ生存できなくなると推定されています。 つまりアピコプラストの機能をミトコンドリアへの fMet-tRNA 供給だと考えることで ‘delayed death’ の原因も説明できるというわけです。

アピコプラストの機能は医学的にも重要な意味を持ちますし,仮にアピコプラストゲノムの存在が,ミトコンドリアの維持管理のためだとすれば, 進化学的にも興味深い話となるでしょう。著者らの仮説は様々な現象を説明できると言う点で優れていますが, 具体的な証拠に乏しいという点には注意が必要です。今後は fMet-tRNA の移動の証拠をつかむことが目標となるでしょう。 アピコプラストゲノムの存在は,何となくゲノムが失われる途上,という印象でいましたが, むしろミトコンドリアの開始コドンの欠失の結果としてアピコプラストとミトコンドリアが一蓮托生となった, 一つの終着点とも言えるのかもしれません。

Howe, C. J. & Purton, S. The little genome of apicomplexan plastids: Its raison d'etre and a possible explanation for the ‘delayed death’ phenomenon. Protist 158, 121-133 (2007).

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RNA が DNA を「逆修復」(2007.05.25)

通常遺伝情報は DNA を鋳型として RNA に転写されて活用されます。例外的に逆転写酵素によって RNA を鋳型として DNA が合成され,これが染色体に挿入される場合もあります。しかし Storici et al. (2007) は DNA の二本鎖切断を修復する際に, RNA の配列を鋳型とした修復が起こりうることを示しました。

著者らは DNA の二本鎖切断(DSB:double-strand break)の修復に RNA を鋳型として用いている可能性を考えました。 RNA は核内にも存在しますから,DSB を正しく修復する鋳型としては適当かもしれません。 そして大腸菌やヒトの DNA 合成酵素は RNA を鋳型として DNA を合成できることも報告されていたそうです。 そこで著者らは酵母(Saccharomyces cerevisiae:子嚢菌門 サッカロミケス目)を用いて実際に生体内,試験管内で RNA を鋳型とした DSB 修復が起こるかどうかを調べました。

まずマーカーとして LEU2 遺伝子に部位特異的に DSB を入れ,これを修復する実験が行われました。 DSB の修復のためには,切断面の両側に相同な配列を持った一本鎖の核酸が細胞に導入されました。この際,核酸には DNA,RNA,あるいは DNA と RNA が特定の部分で混ざったような分子が用いられています。これらが鋳型となって DSB が修復されたことを示すため, 導入する核酸には切断面に 0〜12 塩基の挿入配列が入れられました。この時 DNA のみが鋳型の時に最も修復の効率が高く, 鋳型が全て RNA の場合には極めて効率が低くなりました(10-5 ほど)。しかし DNA の間に 4〜12 塩基対の RNA の挿入配列を含むような鋳型を用いた場合には効率はあまり低下せず(10-1〜10-2), RNA を鋳型とした DSB の修復は確かに可能であると推測されました。ちなみに他の遺伝子(TRP5) でも修復が起こることが示されています。

RNA を鋳型として入れた場合にも,逆転写酵素によって作られた cDNA 配列が実際の DSB 修復に働いている可能性もあります。 著者らは修復の方向性を検討することによって,cDNA が修復に用いられた可能性を排除しています。 また,逆転写酵素を欠失した場合にも修復の効率が変わらないことも調べられています。

逆転写酵素の働きではないとして,次に候補として調べられたのが DNA 合成酵素です。いくつかの試験管内での実験,比較の結果, 特に Polδ が RNA を鋳型とした DSB 修復に主要な役割を果たしていると見られました。

このように試験管内での実験と生体での実験の結果を総合すると,RNA を鋳型として DSB の修復が高確率ではないとしても 起こっていることが推定されます。RNA の配列が DNA の修復に働いているという説は現在では否定されつつある, RNA が遺伝情報のキャッシュとして働いているという説(遺伝情報のバックアップ続報続報2)を思い出させます。 キャッシュ説のように世代を超えて遺伝情報が RNA に保存されることはほとんどないでしょうが, RNA に保存された情報が DNA に還元される可能性は,遺伝子導入の方法論に応用できる可能性もありますし, 予想外の遺伝様式として注目されるかもしれません。

Storici, F., Bebenek, K., Kunkel, T. A., Gordenin, D. A. & Resnick, M. A. RNA-templated DNA repair. Nature 447, 338-341 (2007).

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細菌の鞭毛の起源と進化(2007.05.21)

多くの原核生物は鞭毛を用いて運動することが知られています。 しかし原核生物の鞭毛は真核生物の鞭毛とは進化的に異なる由来を持ち,古細菌と真正細菌の鞭毛も独立に進化したものとされています。 真正細菌の鞭毛では構成タンパク質のほとんどが知られていて,Liu & Ochman (2007) はこれらのタンパク質の比較から, 鞭毛の構成タンパク質が遺伝子重複を繰り返すことで進化してきたと推定しています。

真正細菌の鞭毛は構成タンパク質のほとんどが明らかにされていて,分子機械の代表として研究が進められてきました。 しかし鞭毛のような複雑な "装置" がどのようにして進化してきたのかはほとんど分かっていませんでした。 真正細菌の鞭毛は下図のように大きく鞭毛繊維,フック,基部体,モーター,スイッチ,輸送装置の 6 つの部分に分けられます。 モーター部分によって基部体が回転することで,フック,鞭毛繊維が連動して回転し,遊泳するための力を得るようになっています。 さらにそれぞれが細かく分かれ,例えば基部体の外膜と接する部分には L リング,細胞壁(ペプチドグリカン壁)と接する部分には P リング, 細胞膜と接する部分には MS リングという構造が存在し,構成タンパク質も明らかにされています。

真正細菌の鞭毛の付け根(単純化したモデル)

鞭毛の起源については ATP 合成酵素(やはり回転機構を持っている)に由来する可能性や, 分泌機構に由来する可能性などが指摘されていますが,複雑な鞭毛装置全体の起源が理解されているわけではありませんでした。 そこで著者らは多くの真正細菌のゲノム情報を元に鞭毛構成タンパク質に相同なタンパク質を探索しました。

まず著者らは鞭毛の構成タンパク質の中から特定の系統にのみ見られるもの(例えば外膜と接する P リングはグラム陰性細菌の系統のみに存在) を除いたコア遺伝子を 24 個選別しました。これらは系統解析の結果,同じ系統に沿って進化したことが示唆されました。 一部の系統ではコア遺伝子全体がまとめて水平遺伝子移動した形跡もありましたが,基本的には真正細菌の共通祖先から引き継がれてきたものと考えられました。

まず,大腸菌ゲノムの中で各コア遺伝子の相同タンパク質を探索した結果,互いに相同なタンパク質が 15 対見つかりました。 一つのタンパク質と複数のタンパク質の間に相同関係が見出される場合もありますから,総合すると 10 個のタンパク質が相同であると予想されました。 さらに範囲を大腸菌以外に拡大すると,大腸菌では見つからなかった相同関係が検出される場合もでてきて, 総合すると全てのコア遺伝子は多かれ少なかれ互いに相同である可能性が示唆されました。 つまり鞭毛の構成タンパク質が遺伝子重複を繰り返すことで成立した可能性が浮かび上がってきたのです。

特に互いの相同性が明らかな 10 個のタンパク質の簡単な系統解析からは,より遠位のタンパク質は近位のタンパク質から由来した可能性が示唆されました。 これは証拠としては必ずしも決定的なものではありませんが,位置関係と系統が対応しているとすれば興味深い例と言えるでしょう。

著者らはこれまで指摘されていた ATP 合成酵素や分泌機構との関係も踏まえて,真正細菌の鞭毛が ATP 合成酵素に近いタンパク質が遺伝子重複を繰り返し, モーター部分などが出現し,基部体,フック,鞭毛繊維が順に進化してきたと推定しています。今回の研究では配列の類似性のみが考慮されていて, 必ずしも鞭毛の全ての構成タンパク質が互いに相同であることが示されたというのは早計かもしれません。しかし ATP 合成酵素も多くの鞭毛の構成タンパク質も, 個々のタンパク質分子がリング状,あるいはらせん状に配列してリング状や筒状の構造を作り出していると考えられ, 基本的な作りが似ていると考えるのは不自然ではないと思います。

鞭毛のような複雑な「分子機械」が単純なリング状の構造が積み重なるようにして進化してきたと考えるのは魅力的なアイデアです。 残念ながら真正細菌の共通祖先では既に鞭毛の形ができあがっていたと考えられ,逆に古細菌には相同な鞭毛構造は見つかっていませんので, 進化途上の鞭毛を調べることはできません。それでも今後は,個々の構成タンパク質の詳細な三次元構造を比較して相同性を検証し, 今回の仮説の妥当性を評価することはできるでしょう。

Liu, R. & Ochman, H. Stepwise formation of the bacterial flagellar system. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 104, 7116-7121 (2007).

参考:
Flagellar assembly:鞭毛の分子構造が図示されている (KEGG のページ)。

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続報:異彩を放つピコ藻類のゲノム(2007.05.12)(→藻類学)

ヒトで機能する植物ホルモン(2007.04.26)(→医学)

RNA 生命の核心(2007.04.02)

触媒活性を持った RNA(リボザイム)が最初に見つかって以降,自己複製能を持ったリボザイムが最初の生命だったと考える RNA ワールド仮説が検証されてきました。中でも人工的に合成された RNA リガーゼ・リボザイム(RNA の結合反応を触媒)は, RNA ポリメラーゼの前身として研究が進んでいます。Robertson & Scott (2007) は RNA リガーゼ・リボザイムの一種, L1 リガーゼ・リボザイムの立体構造を詳細に解析し,活性部位の構造も明らかにしました。

試験管内進化と呼ばれる手法で,RNA リガーゼ活性を持った RNA を選択的に進化・増幅させることができます。 L1 リガーゼもそのようにして開発されたリボザイムで,鋳型(L1 リガーゼ自身)上に並んだ RNA の結合を触媒します。 この時,現生の生物と同様にリボースの 5'-3' ホスホジエステル結合を形成する点で,5'-2' 結合を触媒するリボザイムと区別されます。 著者らは L1 リガーゼを機能を維持したままさらに短くした L1X6c というリボザイムについて,立体構造を決定しました。

L1 リガーゼの二次構造

さて,著者らが作った結晶中には,2 種類の状態をとった L1 リガーゼが 1 対 1 の割合で含まれていました。 一方は活性部位と結合部位が近傍にあることから docked conformer と,もう一方は undocked conformed と呼ばれています。 図中の stem A と B が軸になって,C がぱたぱたと動くようです。従って,三分岐の周辺の塩基の保存性が重要と見られています。 また,docked conformer では活性部位に Mg2+ が配位し,反応に関与しているようです。 活性部位周辺の塩基の配置も明らかになっていて,どのような配置で 5'-3' 結合が促進されているのかを示しています。

L1 リガーゼそのものが生命の祖先だった可能性は低いと思われますが,RNA がどのように触媒として働いているのかを理解することは, RNA ワールド仮説の長所と短所を明らかにしていく過程で役に立つことでしょう。あるいは,立体構造を参考にしながら, 新しいリボザイムの設計や,RNA でもタンパク質でもない,生命の起源に関わった可能性のある触媒分子を推定することもできるかもしれません。

Robertson, M. P. & Scott, W. G. The structural basis of ribozyme-catalyzed RNA assembly. Science 315, 1549-1553 (2007).

Perspectives より:
Joyce, G. F. A glimpse of biology's first enzyme. Science 315, 1507-1508 (2007).

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続報:ヒゲマワリの男の紋章(2007.03.30)(→藻類学)

植物の成長は肌の調子次第(2007.03.13)(→植物学)

遺伝暗号を決めるのは(2007.03.01)

遺伝暗号の起源は,生物の起源に遡ることから解明が容易ではありません。 その一方で tRNA やアミノアシル tRNA 合成酵素(aaRS)の進化を追うことで間接的に研究が可能とも考えられています。 Hohn et al. (2006) は古細菌の一部で tRNACys を 2 種類の aaRS が認識することに着目し, その認識の仕組みを比較することで,tRNA の識別の仕組みが RNA ワールドに遡ることを示そうとしています。

遺伝暗号は,特定のアンチコドンを持った tRNA が特定のアミノ酸を結合することによって成立します。 そこで,tRNA の種類を区別してアミノ酸を結合させる aaRS の役割が遺伝暗号を決定しているとも言えます。 古細菌のユリアーケオタ門の一部の種では tRNACys にシステインを結合させる際に 2 つの経路が知られています。 Cys RS が直接 tRNA にシステインを結合させる経路と,SepRS が O-phosphoserine を結合させてから Sep-tRNA:Cys-tRNA synthase (SepCysS)がシステインに変換する経路が知られています。CysRS と SepRS は異なるクラス (それぞれ class I と II)の aaRS に属していて,tRNACys を独立に認識するようになったと考えられます。 著者らは両者がどのように tRNACys を識別しているのかを調べ,その起源を議論しています。

実験には SepRS と CysRS を同時に持っている Methanococcus maripaludis(ユリアーケオタ門 メタノコックス目)の酵素が用いられ, 本種の tRNACys が転写産物を直接用いた場合うまく二次構造をとらなかったため, M. maripaludis の酵素が機能することがわかっている Methanocaldococcus jannaschii (ユリアーケオタ門メタノコックス目)が用いられています。

aaRS が各種の tRNA を区別する際には,主にアンチコドンおよび識別塩基(discriminator base) と呼ばれる 3' 末端から 4 番目の塩基が認識されていると言われています。実験的に M. jannschii の tRNACys を改変することにより,これらを始めとする tRNA 上の様々な要素について CysRS と SepRS による認識の程度が調べられました。 ここから,SepRS にのみ認識される要素がいくつか見つかりはしたものの,基本的には CysRS と SepRS は tRNACys の同じ要素を認識していることが明らかになりました。

逆に,tRNACys の認識に関わると推測された塩基を大腸菌(Escherichia coli:プロテオバクテリア門 "エンテロバクター目")の tRNAGly に導入し, 確かに CysRS や SepRS に認識されるようになることが示されました。

今回の結果から,著者らは tRNA と aaRS の進化の順序について議論しています。 もし aaRS と tRNA が同時に出現し,共進化してきたものであれば,同じ tRNA を認識する aaRS であっても異なる部位を認識すると予想されます。一方で RNA ワールドで遺伝暗号が成立し, aaRS が後にリボザイムからタンパク質に移行したとすれば,tRNA の識別部位が異なる aaRS に共有されることもありうるでしょう。 CysRS・SepRS と tRNACys の関係は後者に該当するため,著者らは遺伝暗号が RNA ワールドにて出現し, 後にタンパク質酵素に取って代わられたのではないかと推測しています。

ただ,SepRS がユリアーケオタ門の一部に限られている点を考えると,システインの場合には SepRS が tRNACys に遅れて進化してきたことは自明であって,遺伝暗号全体に議論を拡張することができるのかは疑問です。 aaRS リボザイムが現生の生物から発見されていない以上,RNA ワールドにそのようなものが実在したのかどうかを議論するのは困難ですから, 著者らのアプローチも一つの参考情報として念頭に置いておくといいかもしれません。

Hohn, M. J., Park, H.-S., O'Donoghue, P., Schnitzbauer, M. & Söll, D. Emergence of the universal genetic code imprinted in an RNA world. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 48, 18095-18100 (2006).

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マラリア原虫が緑に見えた背景(2007.02.23)(→進化・分類学)

夜光虫の光の源(2007.02.19)(→藻類学)

ヤツメウナギのつぎはぎ免疫(2007.02.12)

ヒトの免疫系は V(D)J 組換えと呼ばれる機構で多様な抗体を作り出し,無数に存在する病原体などに対処しています。 しかし V(D)J 組み換えの仕組みは顎口上綱には広く認められるものの,無顎魚類は顎口類と同じ免疫グロブリンは持っておらず, 異なる仕組みの獲得免疫を持っていると考えられていました。Nagawa et al. (2007) はカワヤツメ(Lethenteron japonicum: 脊索動物門ヤツメウナギ目)の獲得免疫を研究し, variable lymphocyte receptor(VLR)と呼ばれる抗体が多様性を獲得する仕組みを調べています。

ヤツメウナギ目の獲得免疫については,VLR と呼ばれるリンパ球に発現する受容体がウミヤツメ (Petromyzon marinus)において報告されていました。VLR は複数の leucine-rich repeats(LRR)を持っており, この組合せなどによって多様性を持った分子が出来ているそうです。そこで著者らは VLR が如何にして多様な LRR の組合せを持つのか, その形成過程を調べました。

VLR の遺伝子は 5' 側の定常領域(constant-gene segment: C gene)と 3' 側の C gene に挟まれており (5' C と 3' C の間は,生殖細胞では長い介在 DNA が存在している),完成した遺伝子では アミノ末端(N 末端)から順に,LRRNT(amino-terminal LRR),不特定の数の LRR,CP(connecting peptide),5' LRRCT(carboxy-terminal LRR)という LRR 断片からなっています。それぞれの断片はゲノム中の異なる領域(5' C geneと 3' C gene の間ではない)にコードされており, DNA レベルで組み換えられて多様な VLR 遺伝子へと組み立てられます。個々の VLR 遺伝子が生殖系列の(組み換えが起こっていない) 遺伝子断片と比較されたところ、それぞれの LRR 断片は短い(10〜30 塩基対)相同配列を介して繋がっていることがわかりました。

VLR 遺伝子の作り

この組み換えは相同組み換えでは説明がつかず(相同領域が短すぎる上、相同組み換えの結果できるはずの逆の組み合わせが見つからない)、 遺伝子変換か「コピー選択("copy choice")」よると考えられました。これらの仕組みでは、 片方の断片の末端をプライマーとして相同領域の配列をコピーします。 この場合,重なり合う相同領域には(塩基対のミスマッチがあっても)必ずプライマー側の配列が反映されるはずで, 実際の観察からもそのようになっていたそうです。

組み換えの様式

VLR の多様性は,ゲノム中に多数散在する LRR 断片の組合せによります。 組み合わせるときには各 LRR 断片の全てを用いるわけではなく,LRR 断片同士のつなぎ目も不確定だそうです。 従って,このつなぎ目の多様性によっても,VLR の多様性が高められていると考えられました。

著者らは VLR の組み立ての仕組みを探るため,構成途中の VLR 断片も調べています。 興味深いことに,各断片のコピーの付加は 5' 側からか,3' 側からのいずれかから起こっていて,5' C と 3' C の両方に LRR 断片が付加されている場合はなかったそうです。 また、しばしば C 領域が末端で途切れて介在 DNA の途中とつながってしまっている場合が認められ、 組み換えの時に介在 DNA の末端に切れ込み(1 本鎖のみか 2 本鎖共かは不明)が入っていると見られています。

最後に,リンパ球様の細胞を 1 細胞ずつ調べた結果,VLR 遺伝子の組み立てが 2 つの座位(父親由来と母親由来) の一方のみで起こり,もう一方はもとのままの状態を維持していることが明らかにされています。 この結果,各リンパ球はそれぞれ固有の VLR を 1 種類のみ発現していると考えられます。

今回の研究では,ヤツメウナギ類で全く新しい獲得免疫の仕組みが見つかったということで, 中々斬新な研究だと思います(先行研究はあったようですが)。顎口上綱の獲得免疫についてはよく調べられていましたが, 少し系統の異なる生物を調べるだけで新しい発見があるわけですから生物の多様性も奥が深いですね。 しかし,遺伝子の組み立てが起こるタイミングや,組み立てをどのようなタンパク質(?)がどのようにして行っているのか, などは未だに不明で,今後の研究が待たれるところです。

Nagawa, F. et al. Antigen-receptor genes of the agnathan lamprey are assembled by a process involving copy choice. Nat. Immunol. 8, 206-213 (2007).

参考:
東京大学理学系研究科プレスリリース

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食べた藻類は核まで利用(2007.02.01)(→藻類学)

アーケゾア仮説の幕引きはトリコモナスゲノムから(2007.01.24)(→その他)

ヒゲマワリの男の紋章(2006.12.20)(→藻類学)

続報 2:遺伝情報のバックアップ(2006.10.02)(→植物学)

クロマチン・コード(2006.08.19)

真核生物の DNA はヒストンタンパク質の複合体に巻き付いてヌクレオソームと呼ばれる複合体を形成し, 核内にコンパクトに収納されています。これが集まってクロマチンと呼ばれる高次構造をとっています。 DNA のどの部分がヌクレオソームになるのかは遺伝子の制御などの問題とも関連しながら,ある程度決まっていると考えられています。 Segal et al. (2006) は酵母の研究に基づき,DNA の塩基配列からヌクレオソームになる領域を推定する方法を開発しました。

DNA 上に書き込まれた情報を完全に理解するには遺伝暗号表だけでは不十分です。転写開始領域,機能 RNA のコード領域, そしてヌクレオソームの形成パターンなども理解できるようにならなければいけません。 そこでヌクレオソームの構造や形成パターンが実際の生物において調べられています(例えばヌクレオソームの編み方ゲノムの収納カタログ)。しかし,ヌクレオソームに上手く巻き付くためには DNA が「巻き付きやすい」 並びをしている必要があると考えられており,塩基配列情報からヌクレオソームの位置を推定できると予想されていました。

著者らはまず,200 個近くのヌクレオソームについて,結合する塩基配列を正確に決定し, ここからヌクレオソーム領域に共通するパターンを探索しました。この際,DNA が巻き付くのに必要な「曲がりやすさ」 が関わると予想されたため,隣接する 2 塩基の組み合わせがどのようなパターンで出現するのかが調べられました。 その結果,ニワトリや酵母など生物を問わず共通のパターンがあることが明らかになりました。

こうして編み出したヌクレオソームの予測方法を既知のヌクレオソームの配置(ゲノムの収納カタログ) などの情報と比較したところ,ヌクレオソームの配置の 5 割程度までが DNA の配列だけで説明できることが示されました。

そこで今度は逆に酵母のヌクレオソームのパターンをゲノムの全域にわたって推測したところ,様々な情報が得られています。 例えば,リボソーム RNA や tRNA のように高度に転写される遺伝子の領域はヌクレオソームがほどけやすくなっており, 一方で発現量が環境によって変化するような遺伝子の場合は,ヌクレオソームが形成されやすくなっている場合もあったそうです。 この場合,必要なときにヌクレオソームをほどくような別の因子があると考えられます。 ヌクレオソームの形成頻度は遺伝子によっても異なっているようで,クロマチンを再構成するタンパク質をコードしている遺伝子は, 逆に DNA 配列のレベルでヌクレオソームが形成されにくくなっていたそうです。

転写因子の結合部位や転写開始点もヌクレオソームが局所的に存在せず,タンパク質が結合しやすくなっていると言われていました。 このことも著者らの予測したヌクレオソームの配置から裏付けられました。転写開始点の上流にある TATA ボックスが, 一般にヌクレオソーム間のリンカー部分に位置していると推測され,DNA へのタンパク質のアクセスが,DNA 配列によって(ある程度) 決められていることが示されました。

今回の研究ではヌクレオソームの配置を確実に決定するには至っていませんが,もともと DNA 配列だけで決まっているものでもないため, やむを得ない部分もあるでしょう。今後はさらに正確なデータを積み上げることで予測の質を向上させるさせること, さらには他のタンパク質因子とヌクレオソームの相互作用なども調べられること,などが課題になるでしょう。 そのためにはモデルに従って人工的に合成した配列を組み込んで,ヌクレオソームの形成が予想通りに起こるのかを研究する, という方法もとられるかもしれません。

ヌクレオソーム形成パターンを決める「暗号」はトリプレットコドンほど分かりやすくも,一意的なものでもないでしょうが, ようやく,ある程度の質・確度で推測できるようになってきたんですね。

Segal, E. et al. A genomic code for nucleosome positioning. Nature 442, 772-778 (2006).

News & Views より
Richmond, T. J. Predictable packaging. Nature 442, 750-752 (2006).


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マラリア原虫が我が子に贈る mRNA(2006.08.08)

マラリア原虫(Plasmodium;アピコンプレックス門プラスモディウム目) はヒトの病原体として有名です。ある種の蚊(ハマダラカ: Anopheles)が媒介になっており、ヒトの血中で発達した雌雄の生殖母体(gametocytes)が蚊の体内で配偶子(gametes) になり、これが受精して接合子を形成します。実は接合子からの発達には雌性の生殖母細胞の段階で合成された mRNA が重要な役割を果たしていることが知られており、Mair et al. (2006) この機構に必須のタンパク質を発見しました。

雌性の生殖母細胞で合成された mRNA の一部は翻訳抑制(tranlational repression: TR)を受け、 接合子の段階まで保存されると見られています。これらの mRNA が接合子からの発生に重要な役割を果たしています。 著者らはこの機構に関わる因子を特定するために性特異的に発現しているタンパク質を探索し、DOZI(development of zygote inhibited)という RNA ヘリカーゼの発現が上がっていることを発見しました。DOZI は DDX6 という RNA ヘリカーゼのファミリー相同で、DDX6 は酵母やヒトなどで翻訳抑制に関わっていると考えられていました。

DOZI タンパク質は細胞質に局在し、翻訳抑制を受けることが知られている p25p28 という mRNA と同じ挙動を示しました。免疫沈降法からもこれらの mRNA や、翻訳抑制を受ける可能性が指摘されていた多くの他の mRNA が DOZI と複合体(mRNPs: messenger ribonucleoprotein particles)を形成していることが確認されました。

さらに DOZI を欠いたネズミマラリア原虫(Plasmodium berghei)の変異体を調べたところ、 この変異体は血中のステージでは普通に増殖できるにもかかわらず、接合子からの発生がうまくいかないことがわかりました。 掛け合わせの実験から、問題は雌の側にあることが示されました。DOZI の欠損変異体では、翻訳抑制を受けるべき mRNA、 例えば p25p28 が分解されていました。マイクロアレイを用いた解析からは、実に 370 もの転写産物が減少していることが示されました。

これは DOZI が多くの mRNA の翻訳抑制に関わっており、生殖母細胞で DOZI と複合体を作れなかった mRNA は分解されてしまうと解釈されます。翻訳抑制や分解の意義については議論の余地がありますが、 著者らによると生殖母細胞は血中で死ぬ個体も多く、その場合に不要なタンパク質が発現していると、 宿主の免疫系の格好の標的になるためではないか、としています。逆に、受精後に働く mRNA をあらかじめ合成しておくのは、 受精後に素早くタンパク質の翻訳を行い、発生とその後に続く生活環を速く進める意義があるのでしょう。

DOZI とその相同タンパク質は真核生物に広く存在するようで、翻訳抑制もまた稀な現象ではありません。 今回、動物や菌類とはまるで系統の異なるマラリア原虫で翻訳抑制の仕組みの一端が示されたことで、 植物など他の真核生物での研究にも少なからず影響がでると期待出来ると思います。

Mair, G. R. et al. Regulation of sexual development of Plasmodium by translational repression. Science 313, 667-669 (2006).

Perspective より
Hajduk, S. L. Timing the sexual development of parasites. Science 313, 626-627 (2006).


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異彩を放つピコ藻類のゲノム(2006.08.04)(→藻類学)


ミトコンドリアの門番たち(2006.07.27)

ミトコンドリアは細胞内共生した真正細菌に由来することが知られていますが、 真正細菌由来の遺伝子のほとんどは核に移行し、細胞質で作られたタンパク質がミトコンドリア内部に輸送されています。 Dolezal et al. (2006) は、ミトコンドリアの表層にあるタンパク質輸送機構(protein import machinery)について、 その由来(真正細菌か宿主細胞か)に着目しながらレビューしています。

ミトコンドリアは 2 層の膜を持つため、タンパク質の行き先には 4 パターンが考えられます。すなわち外膜中、 外膜と内膜の膜間部分、内膜中、内膜で囲まれた基質です。これらの 4 箇所にタンパク質を仕分けするためには、 少なくとも外膜にタンパク質を埋め込む機構、外膜を通過させる機構、内膜にタンパク質を埋め込む機構、 そして内膜を通過させる機構が必要になります。

まずタンパク質を外膜を通して膜間部位に輸送するのが、TOM 複合体です。この複合体の中核をなしているのが TOM40 と TOM22 で、いずれも真核生物に広く存在する真核生物特有のタンパク質だそうです。 次に膜間にあるタンパク質を内膜に埋め込むのが TIM22 複合体です。TIM22 が主な役割を果たすほか、tiny TIMs と呼ばれる幾つかのタンパク質は TOM 複合体からタンパク質を TIM22 複合体に運んでいるようです。

タンパク質を膜間からミトコンドリアの基質に輸送するのは TIM23 複合体です。この主要なタンパク質である TIM23 なども真核生物に特有ですが、このミトコンドリアの基質側でタンパク質を「引っ張って」いる Hsp70 や Tim44 は真正細菌由来のタンパク質で、タンパク質をミトコンドリア基質に輸送する機構は複雑な由来を持っているようです。 最後に膜間から外膜にタンパク質を埋め込みのが SAM 複合体です。これは SAM50 タンパク質が中核を占めますが、 このタンパク質は真正細菌の外膜に存在する Omp85 と相同と考えられています。

この他、幾つかのタンパク質はミトコンドリア基質から膜間部位にタンパク質を透過させることが知られており(TatC、SecY)、 これらは真正細菌由来だそうです。またミトコンドリア基質から内膜にタンパク質を挿入させる OXA 複合体も、 主要な因子(Oxa1)が真正細菌由来でした。

ミトコンドリアのタンパク質輸送
(Dolezal et al., 2006 の図をもとに作成)

ミトコンドリアの外膜が宿主の小胞体系に由来するならば、TOM 複合体が真核生物に特有なことは理解できます。 しかし同じ外膜にある SAM 複合体が真正細菌の外膜タンパクだとすると、 ミトコンドリアの外膜の由来も単純ではないのかもしれません。

内膜については真正細菌の細胞膜由来と考えられますが、内膜上の TIM22 複合体や TIM23 複合体は一見すると真核生物に特有だそうです。しかしTIM22 や TIM23 は真正細菌のアミノ酸輸送タンパク質にも類似点があるそうです。もし TIM22 や TIM23 が真正細菌に由来したとすると、 外膜にあってタンパク質をミトコンドリアに「送る」機構は真核生物に由来し、内膜にあってタンパク質を「受け取る」 機構は真正細菌に由来するという分かりやすい構図になります。もちろん外膜の SAM 複合体が真正細菌の外膜タンパク質に由来するなど、謎も残っています。

なお、ここまで言及してきた各複合体の中核にあるタンパク質は真核生物に広く保存されていますが、 この他に複合体の安定化など補助的な役割を果たすタンパク質も多く知られており、これらは動物や菌類に特有であったりと、 系統ごとに進化してきた可能性があるそうです。

この論文では他にも幾つかの話題が紹介されています。ミトコンドリアへのタンパク輸送の進化は、 ミトコンドリアが共生細菌からオルガネラになるにあたって重要なステップだったと考えられます。 タンパク質の名前が大量に出てくるため難解にも思われますが、今回のような論文で一度簡単に勉強してみるのもいいですね。

Dolezal, P., Likic, V., Tachezy, J. & Lithgow, T. Evolution of the molecular machines for protein import into mitochondria. Science 313, 314-318 (2006).


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ゴルジ槽は久しくとゞまりたるためしなし(2006.07.11)

ゴルジ体は性質の異なる複数のゴルジ槽からなっていることが知られていますが、 Losev et al. (2006) と Matsuura-Tokita et al. (2006) は酵母のゴルジ槽の観察から、 cis ゴルジ槽がタンパク質を含んだまま移動、変化して trans ゴルジ槽になることを証明しました。

ゴルジ体は未成熟なタンパク質を修飾する細胞内小器官で、小胞体に近い cis ゴルジ槽から反対側の trans ゴルジ槽までタンパク質の修飾を順に行います。しかしゴルジ槽がタンパク質を含んだまま cis から trans に変化するのか、ゴルジ槽はそのままでタンパク質だけがゴルジ槽の間を移動していくのかが論争になっていました (図を参照)。

 ゴルジ槽ごと変化するモデル   タンパク質がゴルジ槽間を移動するモデル 

いずれの著者らもゴルジ槽の動態を観察するために酵母(Saccharomyces cerevisiae)を用いています。 この酵母ではゴルジ槽が層状に積み重ならず、細胞内で分散しているために個々のゴルジ槽を区別して観察することが出来ます。 これに共焦点レーザー走査顕微鏡などの設備を組み合わせることで、性質(cismedialtrans) ごとに染め分けたゴルジ槽を区別することが出来るようになりました。

その結果、ゴルジ槽のいずれのマーカーも一過的に出現し、cis から medialmedial から trans といった変化を示しました。このマーカーの変化には逆向きの変化は認められず、 ゴルジ槽が成熟していく過程を見ているものと考えられました。

さらに Losev et al. (2006) ではゴルジ槽にタンパク質が取り込まれてから分泌されるまでの時間を測りました。 ゴルジ槽の成熟は時間がかかるため、早いタンパク質の分泌は難しいとされていたそうですが、 少なくとも今回の場合は、タンパク質の分泌までの所要時間は合理的な範囲だったようです。

またゴルジ槽の成熟を考える場合、では成熟の過程で cis 特異的なタンパク質などはどのようにして cis の細胞に戻されるのでしょうか。これにはゴルジ槽の周辺に出てくる COPI 小胞が関与していると言われて着ました。 実際に Matsuura-Tokita et al. (2006) によると COPI 小胞の形成ができない変異体では、 ゴルジ槽の成熟が著しく遅くなったそうです。ただし、遅くなったとはいえ成熟自体が止まったわけではなく、 COPI 小胞とは別の仕組みが存在する可能性が示された形になっています。

今回の 2 チームの研究によりゴルジ体の動態を巡る二つの仮説のうち、ゴルジ槽が成熟するモデルが直接的に示されました。 これは画期的な成果であると同時に、ゴルジ槽成熟の仕組みなど、新たな謎を生み出しました。 今後、酵母や他の生物を用いて、ゴルジ槽が変化する過程がさらに詳しく調べられることになるでしょう。 電子顕微鏡レベルの観察、分子の挙動、光学顕微鏡レベルの細胞小器官の動態、といった異なるサイズの問題が、 漸く一つに結びついて調べられるようになってきたという点でも、技術の進歩を感じさせられる仕事でした。

Losev, E. et al. Golgi maturation visualized in living yeast. Nature 441, 1002-1006 (2006).

Matsuura-Tokita, K., Takeuchi, M., Ichihara, A., Mikuriya, K. & Nakano, A. Live imaging of yeast Golgi cisternal maturation. Nature 441, 1007-1010 (2006).

News & Views
Malhotra, V. & Mayor, S. The Golgi grows up. Nature 441, 939-940 (2006).


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エクスカヴァータの証拠(2006.07.05)(→進化・分類学)


ミトコンドリアもどきの脂質(2006.05.24)

一部の嫌気性の原生生物はヒドロゲノソーム(hydrogenosome)と呼ばれる、 水素を発生しつつ ATP 合成を行う二重膜のオルガネラを持っています。ヒドロゲノソームは二重膜を持つことから、 共生細菌、あるいはミトコンドリアに由来するとの考えがありました。de Andrade Rosa et al. (2006) は 副基体類に分類されるトリコモナス(Trichomonas)がカルジオリピン(cardiolipin)という脂質を持っていることから、 副基体類のヒドロゲノソームが共生細菌由来であると議論しています。

カルジオリピンは真正細菌の細胞膜の成分で、ミトコンドリアの内膜にも存在する脂質です。 この脂質は下図のように二つのリン脂質が繋がったような構造をしています。 また、唯一ミトコンドリア内で合成される脂質とのことで、ミトコンドリアの内膜上で様々な機能を果たしているそうです。

トリコモナスにおけるカルジオリピンの存在については十分な証拠がなく、また研究も少なかったようですが、 著者らは T. foetus から分画したヒドロゲノソームにおいて、薄層クロマトグラフィー、 高速液体クロマトグラフィーなどの方法を併用して、カルジオリピンを同定しました。さらに解読完了が近い T. vaginalis のゲノム配列から、既知のカルジオリピン合成酵素と相同性の高い配列を確認しています。

今回示されたカルジオリピンの存在や、これまでのヒドロゲノソームの研究 (トリコモナスは "ミトコンドリア" を持っているのか?)を併せて考えると、 ヒドロゲノソームが共生細菌に起源したことはほぼ立証されていると思います。 しかし、ヒドロゲノソームの起源についてはミトコンドリア(またはその祖先のオルガネラ)なのか、 それとも別の共生細菌なのか、まだ議論が残っています(Dyall et al., 2004)。 トリコモナスは "ミトコンドリア" を持っているのか?で紹介した Dolezal et al. (2005) では、 タンパク質の輸送の仕組みを比較することで、ヒドロゲノソームがミトコンドリアに由来するかなり強い証拠が出ていますが、 残念ながら今回のカルジオリピンの研究からは、この論争の決着には貢献できそうにありません。 むしろ、カルジオリピンの合成過程や機能解析によって、ミトコンドリアからヒドロゲノソームへの進化過程で起こった、 脂質の合成方法や機能の変化の解明が進めば面白くなるかもしれません。

de Andrade Rosa, I. et al. Cardiolipin in hydrogenosomes: Evidence of symbiotic origin. Eukaryotic Cell 5, 784-787 (2006).

Dolezal, P. et al. Giardia mitosomes and trichomonad hydrogenosomes share a common mode of protein targeting. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 102, 10924-10929 (2005).

Dyall, S. D. et al. Non-mitochondrial complex I proteins in a hydrogenosomal oxidoreductase complex. Nature 431, 1103-1107 (2004).


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発現抑制は「アンチ mRNA」で。(2006.05.12)

真核生物では、遺伝子の一部に相補的な配列を持った 20 ヌクレオチド(nt)程度の RNA が、 当該遺伝子の mRNA に結合して分解を促進することが知られています (葉の形態形成と microRNA未だ見ぬゲノム葉の極性と RNA小さな RNA の大きな仕事小さな RNA は時を越えて糖尿病にも関与する RNA)。 原核生物でもそのような例がいくつか知られていましたが、et al. (2006) が発見したものは、 遺伝子の相補鎖側にコードされており、180 nt 近い長さを持っているという点で独特なものでした。

彼らが調べたのは isiA という光合成関連の遺伝子でした。この遺伝子は鉄の不足や強光、 過酸化水素などの酸化ストレスで誘導されます。この遺伝子産物は多数集合して光化学系 I の三量体の周囲に巨大なリングを作り、 光を集めるアンテナとして働くそうです。

著者らはシアノバクテリアの一種、Synechocystis sp. PCC 6803(全ゲノム解読済み)isiA の mRNA の発現を調べている中で、isiA とは逆の発現パターンを示す低分子の RNA の存在に気づきました。 これは IsrR と名付けられ、177 nt の長さを持つ、isiA の相補鎖の一部であることがわかりました。

酸化ストレスがかかるにつれて isrR の発現が低下し、それに伴って isiA の発現が増加しました。 また、isrR を過剰発現させた場合には isiA の発現が遅れ、逆に isrR を抑えた場合には isiA が酸化ストレス後により早く発現し始めたそうです。おそらくは IsrR が isiA の mRNA に結合することにより、両者の分解が起こっているのではないかと推測されています。 なお、IsiA についてはタンパク質レベルでも同様の発現の変化が起こっていることが確認されています。

相補的な配列が mRNA の制御に働く可能性は既に注目され、遺伝子間領域にそのような因子がないかは探索されていましたが、 ある意味ではあって当たり前の、遺伝子の相補鎖についてはこれまでよく調べられていませんでした。 今回の発見により、相補鎖にコードされたアンチセンス RNA による mRNA の抑制がどの程度ありふれているのか、 それともシアノバクテリアに特有の現象なのか調べられるようになることでしょう。 ちなみに大腸菌で知られているアンチセンス RNA による制御は、完全な相補鎖が使われているわけではなく、 タンパク質が結合に関与しているとのことです(もっとも、今回のケースでもタンパク質が関与している可能性はありますが)。

相補鎖に制御因子がある、という制御方法は、わかってしまえば当たり前の方法ですが、 アンチセンス鎖の発現の制御がどうなっているのか、などを想像してみると、中々面白い現象ですね。

Dühring, U., Axmann, I. M., Hess, W. R. & Wilde, A. An internal antisense RNA regulates expression of the photosynthesis gene isiA. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 103, 7054-7058 (2006).

Commentary
Golden, S. S. Good old-fashioned (anti)sense. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 103, 6781-6782 (2006).


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細胞の財産分与(2006.02.08)

だいぶ以前の論文ですが、読んでみるとおもしろかったので紹介します。 動物では細胞分裂の際に細胞が中程でくびれ込むことで、細胞質を二つに仕切ります。 くびれ込みの場所は、細胞の不等分裂などに関わるため非常に重要な意味を持ちます。 この位置決定に星状体と中間帯(分裂後期のクロマチンの間の構造) がタイミングをずらして関わっていることが示されています(Bringmann & Hyman, 2005)。

この研究では線虫の一細胞期の胚が用いられています。というのは、この細胞は楕円形で方向性が明瞭であることに加え、 星状体が細胞表層に引かれて細胞の両側に移動するという特徴があります。 この現象を利用すると、分裂の最中に星状体をクロマチンからレーザーを用いて切り離すことで、 星状体の片方だけを極端に細胞の端に動かすことが出来ます。 この時、二つの星状体の中間地点と中間帯の位置がずれるため、 細胞のくびれ込みの位置がどちらに影響されているのかを調べることが出来るのです。

この時、まず星状体の中間地点でくびれ込みが始まります。ところがこのくびれは完成しません。 代わりに中間帯の位置に第二のくびれ込みが入り、これらが合わさって細胞質分裂が完成しました。 第二の、中間帯に依存したくびれ込みはくびれ込みの位置を調整していると見られています。

ここまでの結果から、星状体と中間帯の両方がくびれ込みの位置の決定に関与していることがわかりますが、 著者らはさらに細胞質分裂に関わるいくつかの遺伝子について、RNAi で抑制するか、あるいは変異体を用いて、 二種類のくびれ形成への関与の仕方を調べています。 興味深いことに、これらの遺伝子は 4 つのカテゴリーに分類されました。 すなわち、潰れるといずれのくびれ形成も起こらないもの、不十分な第一のくびれ形成のみが起こるもの、 第一の異常に速いくびれ形成で細胞質分裂が完結し、第二のくびれ形成が起こらないもの、 そしてやはり速い第一のくびれ形成で細胞質が分けられ、続く第二のくびれ形成で片方の娘細胞がさらに分裂するもの、 の 4 種類です。

最初の 2 種類の遺伝子群は、くびれ込み形成のメカニズムに直接関わるようなものだと考えられます (そしてくびれ込みが 2 つのステップで起こっているように見えます)。 一方で後者はくびれ込みの仕組みを制御しているような因子と想像できます。

実は 3 番目のカテゴリーの遺伝子は中間帯の形成に必要な因子です。 そのため星状体の位置をずらしたときには染色体の分離がうまくいかず、 片方の娘細胞に核が二つあるような状態になります(星状体はうまく分配されます)。 野生型で第一のくびれ込みが第二のくびれ込みが起こる前に止まることを考えると、 中間帯が第一のくびれ込みを途中で抑えているのではないかと予想されます。 これは第一のくびれ込みが誤った場所に出来ても、 第二のくびれ込みによって核の分配を正しく行えるように調整する意義があるのではないでしょうか。

最後のカテゴリーはミオシンの制御遺伝子です。その変異体で星状体の位置がずれると、 第一の分裂で星状体が分配され、片方の娘細胞に二個入ってしまった核が、第二の分裂で分配されます。 第二の分裂が正常(?)に起こっていることから、中間帯は機能しているようです。 にも関わらず第一の分裂が適切に止められていないところをみると、 どうやら中間帯による第一の分裂の制御がうまくいっていないようです。

簡単にまとめてみますと、線虫の受精卵の細胞分裂では、初めに星状体を分配するような分裂面が入り (中心体の分配が目的?)、続いて染色体を分配できるように分裂面が調整されているということになるでしょう。 これは考えてみれば非常に納得の出来る分配方法です。 著者らは、この仕組みは別の細胞種や別の生物では違っているかもしれないと付け加えていますが、 逆に、もっと普遍的に使われている仕組みであってもいいかもしれませんね。

いずれにせよ、レーザーで星状体の位置を制御することを基本に、 様々な実験を加えることで細胞分裂の仕組みの深いところにまで迫っているところが、非常におもしろい研究だと感じました。

Bringmann, H. & Hyman, A. A. A cytokinesis furrow is positioned by two consecutive signals. Nature 436, 731-734 (2005).


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ついたり消えたり,X 染色体のスイッチ(2006.01.05)(→発生学)


ゲノムの収納カタログ(2005.12.21)

夏に出た論文からです。真核生物の染色体は無数のヌクレオソーム(nucleosome: DNA とタンパク質の複合体) によってコンパクトにまとまっています。ヌクレオソーム構造をとっている部分には転写因子などが結合しにくいため, この構造は遺伝子の発現制御などにも働いていると考えられます。Yuan et al. (2005) はヌクレオソーム構造を取る場所をゲノムレベルで特定する方法を開発し,酵母(Saccharomyces cerevisiae)の 3 番染色体のほぼ全域を含む 50 万塩基対近くの領域でヌクレオソーム構造を調べました。

ヌクレオソームは 4 種類 8 個のヒストンタンパク質に 146 塩基対の DNA が巻きついた構造で, これが DNA の長い領域に連なった様子はビーズを糸に通した様子にも例えられます。 少数の遺伝子についてはヌクレオソームの状態がよく調べられており,転写制御領域はヌクレオソーム構造をとりにくく, 従って転写因子が結合しやすいようになっている可能性が指摘されていました。

Yuan et al. (2005) は染色体をヌクレアーゼで処理してヌクレオソーム以外の DNA を分解し, 残った部分を緑色の蛍光色素でラベルしました。これと赤色の蛍光色素でラベルした無処理の DNA 一緒にマイクロアレイにかけ, 色調を見ることでゲノムのどの領域がヌクレオソームになっているのかをまとめて見ることに成功しました (既知のヌクレオソーム構造と対比して検証しています)。

この方法により,染色体のかなりの部分(65〜69%)において決まった場所でヌクレオソームが出来ていることがわかりました。 逆に一部の場所ではヌクレオソームを取る位置が決まっていないようで,これは転写がしばしば起こっているため, ヌクレオソームがついたり外れたりしているような場所を表している可能性もあるそうです。

遺伝子の翻訳開始領域の上流 200 塩基ほどのあたりにヌクレオソームを形成しない領域があり, この領域がしばしば保存的な配列を持っていることが分かりました。この領域にはアデニンまたはチミンの繰り返し配列が多く, そのため DNA が「硬く」なり,ヌクレオソーム構造をとりにくくなることが予想されました。 ここには転写因子が結合するモチーフも含まれているようです。 逆に転写因子が結合する領域は基本的にヌクレオソーム構造を取っていないことが多く, つまり転写因子のために「開放されている」可能性が示唆されました。

ゲノム配列の解読だけではこのようなヌクレオソームのパターンの解析は困難ですが, 遺伝子の発現パターンを分子レベルで理解するためにはヌクレオソーム構造やさらに複雑な構造の解析も避けては通れません。 そのためには,ゲノムレベルでヌクレオソーム構造を調べる研究はより多くの領域で, より多くの生物について行われることになるでしょう。 ヌクレオソームの利用のされ方が生物群によってどのように異なっているのかなどを調べれば, 真核生物のゲノムの進化についても,新しい観点から理解できるようになるかもしれませんね。

Yuan, G.-C. et al. Genome-scale identification of nucleosome positions in S. cerevisiae. Science 309, 626-630 (2005).

ニュース記事
Marx, J. Nucleosomes help guide yeast gene activity. Science 308, 1724 (2005).


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大腸菌のタンパク工場を見学(2005.11.07)

リボソームはタンパク質の合成を行う複雑な分子装置です。 その詳細な全体構造が大腸菌において明らかにされました(Schuwirth et al., 2005)。

タンパク質の合成は細胞の生存の根幹に関わる現象ですから,これまで多くの研究者がリボソームについて研究してきました。 リボソームの研究は,実験生物として最もよく用いられている大腸菌で最も進行しているそうです。 ところが,これまで大腸菌のリボソームの構造は知られていませんでした。 リボソームの X 線回折を用いた構造解析は,その二つのサブユニットである 30S と 50S のそれぞれについて行われるか, 両者を合わせた 70S リボソームの状態での低解像度(〜 5.5Å)しか行われていませんでした。 そんな状況下で,70S リボソームの 3.5Å もの高解像度の立体構造が, 特に大腸菌において明らかになった意味はとても大きいようです。

この研究は,まず結晶化に成功した時点から革新的で,その解像度においても他に引けを取っていません。 この結晶は二種類の分子構造をとったリボソームを含んでいたため,状態の異なる二種の三次構造を調べることが出来たようです。 タンパク質合成の際にはリボソームにおいて非常に複雑な反応が行われ, そのためにリボソーム自体も三次元構造が大きく変化してます。今回はその変化の状態の一部が示されたといえます。

例えば,リボソームの小サブユニット(30S)の "head" 部分が回転して働いているということや, tRNA が移る過程,ペプチド結合形成のメカニズムなど,多くの重要な点について新知見が得られているようです。 今記した "head" の部分の回転や,両サブユニットの間の相互作用の起こり方などに著者らは着目しているようです。

残念なことは,今回のリボソームの結晶には mRNA も tRNA も入っていないため, これが実際の場面でそのまま成立する話なのかどうかは良く分かりません。 いずれにせよ,リボソームのような動的で巨大な分子機械を研究する際には, 複数の方法での結晶作成など,その形状変化の全体を追跡する必要がありそうです。

Schuwirth, B. S. et al. Structures of the bacterial ribosome at 3.5 Å resolution. Science 310 827-834 (2005).

参考:
Moore, P. B. A ribosomal coup: E. coli at last! Science 310, 793-795 (2005).


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ヒトを作るネットワークの解明へ向けて(2005.10.24)(→その他)


補足:バクテリアの幽霊のモータータンパク(2005.10.17)

バクテリアの幽霊のモータータンパクで紹介した論文へのコメントが出ています (Charon, 2005)。 特に真新しい話が出ているわけでもありませんが,一部気になることが書いてありましたので,紹介しておきます。

マイコプラズマ(Mycoplasma)の仲間には滑走性のものが多くいますが, 滑走の仕組みが未知の ATPase によることが示されつつあり, 一種のモータータンパクがしていると考えられています。これらの研究には Mycoplasma mobile が用いられていましたが, 他の滑走性マイコプラズマでも同じメカニズムが使われているのかどうかは,別の問題として残ります。 例えば M. pneumoniae では M. mobile の滑走関連タンパク質の幾つかが見つかっていないそうです。 滑走性がマイコプラズマの中で複数回進化したのかもしれませんし,タンパク質のアミノ酸配列が大きく変異しており, 単に見つからないだけなのかもしれません。 仮に後者が事実であれば,他の滑走性の原核生物に相同のタンパク質があったとしても,検出できないであろうことを意味します。 さらに言えば,このタンパク質(Gli349)が真核生物の有名なモータータンパク質(キネシンやミオシンなど)と相同でも, 現時点では気づかれない可能性は大いにあると思います。 あるいはこの先 Gli349 などの立体構造が明らかになれば, そのような滑走関連タンパク質の進化的な位置づけも見えてくるかもしれません。

Charon, N. W. Mycoplasma takes a walk. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 102, 13713-13714 (2005).


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続報:遺伝情報のバックアップ(2005.09.30)(→植物学)


灰色藻の分裂リング(2005.09.28)(→藻類学)


バクテリアの幽霊のモータータンパク(2005.09.11)

バクテリアの中には滑走性を持つものが存在します。滑走性は鞭毛を使った運動とは異なり, 基質との相互作用を介して基質上を滑るようにする運動を指します。 病原菌や無壁の細菌として,あるいは最小クラスのゲノムを持つことで有名な Mycoplasma の仲間も滑走性を持ちます。 滑走の機構は近年徐々に明らかになっており,タンパク質も一部特定されています。 そんな中,Mycoplasma の細胞の膜を壊した "ghost" を用いて滑走タンパク質の機能を調べる系が開発されました (Uenoyama & Miyata, 2005)。

滑走性の研究には,魚の鰓より分離された Mycoplasma mobile がよく用いられるそうです。 この種については,完全長ゲノムも読まれており,また動きが速いのが特徴です。 滑走性は細胞表面の突起の付け根部分のタンパク質の複合体が起こしていると見られ, 関与するタンパク質として,Gli123,Gli349,Gli521 が知られています。 さらに興味深い事に,この滑走機構は棘状の構造をしており,その先端が基質の表面についたり離れたりして運動しているようです。 また,滑走運動が ATP の分解によって起こっているらしいことも知られていましたが,これは実証されていませんでした。 そこで Uenoyama & Miyata (2005) は他の細胞活動と滑走運動を切り離して調べるため, M. mobile の細胞膜を破壊した系を開発しました。そのような系は,真核生物の鞭毛の研究で活躍しています。

細胞を適当な濃度の Triton X-100 という界面活性剤で処理すると,細胞膜がダメージを受け,おそらくすかすかになります。 この状態では細胞も動きを止め,生物学的には死んでいると考えてよいでしょう。 ところが,そこへ ATP を与えてやると,多くの個体が生きていたときとほぼ同様に再び動き出すのです。 Uenoyama & Miyata (2005) はこの状態を "ghost" と名付けました。Ghost は細胞としてはもはや機能していませんが, 滑走機構は無事なまま残っており,これが ATP 依存的に働いている状態と考えられます。

Ghost においては,細胞の恒常性が維持されていないため,外界の変化が直接滑走機構に作用できます。 すなわち様々な塩濃度や pH における挙動を直接的に調べられるのです。 また,Uenoyama & Miyata (2005) は種々の ATP アナログや阻害剤を用いて,滑走性の変化を調べ, これによって滑走機構が確かに ATP 分解を直接のエネルギー源として活動していることを示しました。 しかも,P1-type の ATP 分解酵素の阻害剤に反応せず, Gli349 や Gli521 などに既知の ATP 分解酵素のモチーフが見つからないことから, 滑走運動が未知の ATP 分解機構によって機能していることが示唆されました。

滑走運動の機構自体も十分に興味深い課題ですが,これが未知の ATP 分解酵素によっていて, しかも真核生物のモータータンパクを連想される,突起状の構造の接着・解離が関わっているとすれば, さらに好奇心を刺激されます(実際には真核生物のモータータンパクとの関わりには触れられていませんが)。 加えて,Mycoplasma 以外にも滑走性を示す細菌は多数知られており(シアノバクテリアも含む), 彼らの研究にも ghost 系が適用できるかもしれません(細胞壁を持っていることが問題になるかもしれません)。 などなど,色々と面白い事が出てくるかもしれない研究です。

Uenoyama, A. & Miyata, M. Gliding ghosts of Mycoplasma mobile. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 102, 12754-12758 (2005).


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タンパク質の作りから生命の木をたぐる(2005.09.09)(→進化・分類学)


首の骨の由来(2005.09.07)(→発生学)


補足:ミオシンの構造が真核生物の進化を示す?(2005.09.04)(→進化・分類学)


ミオシンの構造が真核生物の進化を示す?(2005.08.30)(→進化・分類学)


トリコモナスは "ミトコンドリア" を持っているのか?(2005.08.12)

ディプロモナス類と副基体類(Parabasalia)は ミトコンドリアを持たない生物としてしばしば紹介されますが, 最近になってディプロモナス類の Giardia にミトコンドリアの痕跡と見られる細胞小器官 (mitosome)が見つかりました。 副基体類にはヒドロゲノソーム(hydrogenosome)と呼ばれる二重膜の細胞小器官がありますが, これはミトコンドリアの相同器官なのかどうか論争になっています。 Dolezal et al. (2005) は Giardia の mitosome と Trichomonas のヒドロゲノソームへのタンパク輸送を解析し,両者が同じシステムを用いていることを示唆しています。

GiardiaTrichomonas は嫌気性の寄生生物で,好気呼吸を行いません。 しかしながら,鉄-硫黄クラスター(FeS クラスター)という因子の合成には, ミトコンドリアに相当する器官が必要と考えられています。 Giardia では mitosome が,Trichomonas ではヒドロゲノソームがその役割を担っていることが知られており, Dolezol et al. (2005) はこの合成に関与するタンパク質の細胞内輸送を調べました。

Giardia で調べられた 3 つのタンパク質(IscS,IscU,Fdx)のうち IscS 以外の 2 つではシグナルペプチドと見られる配列が見られ,これが mitosome への局在を決めている事が明らかになりました。 また,GiiscS でも何らかの内部配列が mitosome への局在を決めている事が示されました。 さらにこれらの遺伝子を Trichomonas に導入したところ,いずれの遺伝子もヒドロゲノソームに局在し, IscU や Fdx の場合にはシグナルペプチドがこの局在を決定している事が示されました。

加えて,いずれの生物においてもシグナルペプチドの部分がミトコンドリアと同じ仕組み (matrix-located processing peptidase: MPP という酵素が関与する)によって切り取られているらしい事も示され, いよいよ mitosome とヒドロゲノソームの類縁性が確からしくなっています。 しかし,タンパク質の輸送の具体的なメカニズムについては詳細が分かっていません。 一応ミトコンドリアでタンパク質の膜通過に関わっている Tim14/Pam18 が GiardiaTrichomonas で, それぞれ mitosome とヒドロゲノソームに局在している事は確認されていますが, この点については今後のより詳細な機能解析が待たれるところです。

今回の研究では,mitosome とヒドロゲノソームが共通のタンパク輸送の仕組みを持っていることが強く示唆されています。 しかし,タンパク輸送の特異性に関しては,種を超えて保存されているとは限らないため, 今回の結果が artifact である可能性もわずかながら残されているでしょう。 にもかかわらず,ヒドロゲノソームを特殊化したミトコンドリアだと考える事は極めて自然な解釈であり, それが強く支持されるデータには違いありません。 現時点では,GiardiaTrichomonas もかつてはミトコンドリアを持っていて, 現在ではその痕跡を持っているとする仮説が最も有力といってよいのではないでしょうか。

Dolezal, P. et al. Giardia mitosomes and trichomonad hydrogenosomes share a common mode of protein targeting. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 102, 10924-10929 (2005).


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幹細胞が幹細胞であるために(2005.08.05)(→発生学)


紡錘体形成と RNA(2005.06.22)

真核生物の細胞分裂において,紡錘体は染色体の分配に働きます。 これまで紡錘体の構成要素はタンパク質(と染色体 DNA)だと考えられてきました。 しかし紡錘体形成の誘導に RNA が重要な役割を果たしていることが, Blower et al. (2005) によって示唆されました。

紡錘体の形成には,中心体を核とする仕組みと染色体を核とする仕組みがあります。 Blower et al. (2005) は後者の仕組みに関わるタンパク質を調べていました。 この仕組みには importin β(普段は核の内外の物質輸送に関わるタンパク質)が関与し, これが運ぶ物質が紡錘体形成を促します。 ところが,具体的にどのような物質が染色体周辺に運ばれる事により, 紡錘体形成が起こるのかはよく分かっていませんでした。

今回調べられたのは Rae1 というタンパク質です。 このタンパク質の詳細な機能解析が行われた結果,Rae1 は importin β に直接運ばれるタンパク質で,リボ核タンパク質(RNP)複合体の一部を構成し, 微小管とも相互作用しているようでした。

さらに,Rae1 の複合体は紡錘体の形成を誘導する働きを持ち, この働きには複合体の RNA 成分が不可欠である事も示されました。 これにはタンパク質の翻訳は関係ないそうです。

RNA 分子が紡錘体形成にまで関わっているというのは意外な話ですが, その役割についてはまだ分かっていません。mRNA の局在あるいは分配を行うため, あるいは複合体や RNA 自体が直接的な機能を持っている可能性などが考えられますが, 推論をするには既知の因子が不足しているようです。 現在も紡錘体形成に関与する因子がまだまだ調べられているようですので(Dasso, 2005), 続報が期待されます。

Blower, M. D., Nachury, M., Heald, R. & Weis, K. A Rae1-containing ribonucleoprotein complex is required for mitotic spindle assembly. Cell 121, 223-234 (2005).

Dasso, M. New cog for a familiar machine. Nature 435, 899-900 (2005).


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染色体同士の連係プレー(2005.06.15)

遺伝子の転写のコントロールは様々なレベルで行われます。 中でも最も大規模なものは、染色体の特定の領域全体をコントロールするような仕組みです。 Spilianakis et al. (2005) は異なる染色体間での相互作用が、 染色体の特定領域にある遺伝子の発現を制御する現象を発見しました。

免疫系のヘルパー T 細胞は、naive CD4+ T 細胞(未分化のもの) からインターフェロン-γ(IFN-γ)の遺伝子を発現する TH1 細胞とインターロイキン-4(IL-4)の遺伝子を発現する TH2 細胞に分化します。 TH2 細胞特異的な遺伝子発現には遺伝子座調節領域(LCR)が働いていることが知られており、 しかもこれらは 11 番染色体の広い範囲に存在しながら、 核内では立体的に近傍に配置されていることが報告されていました。

今回新たに確認されたのは、10 番染色体上の LCR と、11 番染色体上のインターフェロン-γ 遺伝子(Ifng)が、naive CD4+ T 細胞の核内では近接して存在しており、 分化した細胞では両者が離れているという現象です。 分かれた遺伝子はそれぞれの核内領域との関係により、抑制、あるいは活性化されます。

このような染色体同士の相互作用によって遺伝子が制御されることは、 今回が初めての発見であり、今後も他の遺伝子で発見されることが期待されます。 一方で、Spilianakis et al. (2005) の発見はあくまで現象の発見・観察であって、 メカニズムの解明には程遠い状況にあります。これから先、染色体の配置のメカニズムや、 相互作用に関わるタンパク質などが特定されてくると、 遺伝子発現の大規模でダイナミックなメカニズムがきっと見えてくることでしょう。

Spilianakis, C. G., Lalioti, M. D., Town, T., Lee, G. R. & Flavell, R. A. Interchromosomal associations between alternatively expressed loci. Nature 435, 637-645 (2005).

News & Views
Kioussis, D. Kissing chromosomes. Nature 435, 579-580 (2005).


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真核生物のバクテリオロドプシン!?(2005.05.17)

高度好塩性の古細菌は, バクテリオロドプシンと呼ばれるタンパク質を用いて特殊な光合成を行います。 このタンパク質は光依存的にプロトンポンプとして働き, プロトン濃度勾配を作り出す事が出来ます。このタンパク質は, もともと視物質であるロドプシンと類似した構造を持っていたため, バクテリオロドプシンと名付けられたわけですが, 最近では真核生物にもバクテリオロドプシンの相同タンパクが見つかってきています。

これまで知られていた真核生物のバクテリオロドプシン(以下 BR)様タンパクは, いずれもプロトンポンプとしての機能を持っていませんでした。 ところが,Waschuk et al. (2005) は Leptosphaeria という子嚢菌類が, プロトンポンプとして機能する BR 様タンパクをもっている事を示しました。

彼らは Leptosphaeria の BR 様タンパクが BR と特に高い相同性を示す事に気づき, このタンパクの物性を詳しく調べました。詳細は専門外のためよく理解できませんでしたが, 研究の結果,Leptosphaeria の BR 様タンパクがプロトンポンプとして働く事が示されました。

これは真核生物が膜をはさんだプロトン濃度を作る, 呼吸や光合成以外の第 3 の方法とも言えますので,ちょっと興味深い発見です。 しかし,実際の機能としては光の認識がメインでしょうが。

Waschuk, S. A., Bezerra, Jr., A. G., Shi, L. & Brown, L. S. Leptosphaeria rhodopsin: Bacteriorhodopsin-like proton pump from a eukaryote. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 102, 6879-6883 (2005).


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試験管内生物時計(2005.04.24)

生物時計は一般に、転写や翻訳と分解によって、 タンパク質量が周期的に変動することによって成立していると考えられていました。 しかしながら、シアノバクテリアの概日リズムが、 生物時計に関与するタンパク質の転写を抑えても成立することが発見されています。 そこで、試験管内にいくつかの種類のタンパク質を入れるだけで概日時計を再現する試みが行われました。

シアノバクテリア(Synechococcus elongatus PCC 7942)の概日時計は、 kaiAkaiBkaiC(特に KaiC のリン酸化の状態)によって成立しています。 KaiC タンパク質は自己リン酸化と自己脱リン酸化を行い、 KaiA は KaiC の自己リン酸化を促進し、KaiB は KaiA を抑えます。

これらのことを踏まえて Nakajima et al. (2005) は、 これらの 3 つのタンパク質を生体内に近い割合で、溶液中に加え、 エネルギー源としての ATP の存在下に置きました。 この系では当然のごとく転写も翻訳も関わっていませんが、 KaiC のリン酸化の状態はきれいに概日リズムを示しました。

また、生物時計は温度に関わらず安定である必要がありますが、この系ではその用件も満たされていました。 さらに、概日リズムが長くなったり短くなったりする KaiC の変異体が幾つか知られていますが、 溶液中の KaiC を変異体の KaiC と置き換えると、変異体で観察されたのと同様の長さで、 溶液中の KaiC のリズムが狂ったそうです。

なお、KaiC は六量体を作るとのことで、これが複数のリン酸化の状態を取ることが、 KaiC の周期的なリン酸化、脱リン酸化を可能にしていると考えられています。

もちろん他の因子が概日リズムの調整、継続などに関わってはいるのでしょうが、 たった 3 種のタンパク質だけで概日リズムが再現できたことは非常に驚きです。 しかも、著者らが強調しているように、核と細胞質、 といった分画のない状態で生物時計が成り立つことも面白いですね。 また、転写因子が関わる生物時計の場合は難しいのでしょうが、 単離されたシステムで生物時計の必要十分な成分が証明されたことにも大きな意義があると思います。 今後は、この in vitro の系を用いて、 周期的なリン酸化・脱リン酸化が起こる分子メカニズムが追求されていくと、 また楽しい成果が出てくるのではないでしょうか。

Nakajima, M. et al. Reconstruction of circadian oscillation of cyanobacterial KaiC phosphorylation in vitro. Science 308, 414-415 (2005).

なお、同じシアノバクテリアを用いた生物時計の記事が 細胞 1 個で働く時計にあります。


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ヒストン暗号の解読(2005.04.19)

DNA の遺伝情報は 4 種類の塩基の配列によって書き込まれています。 しかし染色体レベルでは、塩基配列以外の情報も重要な役割を果たしているようです。 特に DNA 結合タンパク質であるヒストンの修飾は暗号として働いているらしく、 その尾部のアセチル化のパターンと遺伝子発現との関係が調べられました。

ヒストン尾部のアセチル化は、染色体の凝集の状態などに影響して、 周辺の遺伝子の発現をコントロールしていると考えられています。 ヒストンの構成要素である H4 の N 末の尾部には アセチル化を受けるリジンが 4 箇所あります(K5、K8、K12、K16)。 それぞれのアセチル化が遺伝子の発現にどのような影響を果たしているかを、 Dion et al. (2005) は変異体のマイクロアレイ解析を用いて調べました。

彼らは、酵母において 4 箇所のリジンがアセチル化を受けないアルギニンに置換した変異体を、 考えられる全ての組み合わせ(15 通り)について作成し、 マイクロアレイを用いてゲノムレベルの遺伝子発現を比較しました。 その結果と、これまでの研究を元に仮説を整理すると、 アセチル化の効果がリジンの場所によって異なっていることが分かりました。

K16 のアセチル化は、それだけで特定の遺伝子発現を変化させます。 これは K16 のアセチル化を特異的に認識するタンパク質、 おそらくは Bdf1 や Sir3 による転写制御だと考えられました。

K5、K8、K12 のアセチル化は累積的に働き、三つともが潰れたときに、 遺伝子発現の変化が最も大きくなります。これはリジンのアセチル化によって、 ヒストン尾部の電荷が変化するためと予想されました。 ヒストン H4 の尾部は隣のヌクレオソームと電荷依存的に相互作用し、 クロマチンの形成に関与していると考えられており、 アセチル化されることで相互作用が弱まり、クロマチンがほどけるようです。

これらの暗号には例外もありますし、メカニズムが厳密に証明されたわけでもありませんが、 ヒストン暗号の考え方がかなりすっきりと分かってきたみたいです。 今後は他の生物においてこの暗号がどうなっているのかが一つの課題になるのではないでしょうか。

Dion, M. F., Altschuler, S. J., Wu, L. F. & Rando, O. J. Genomic characterization reveals a simple histone H4 acetylation code. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 102, 5501-5506 (2005).


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遺伝情報のバックアップ(2005.03.31)(→植物学)


細菌の骨組み(2005.03.15)

最近、原核生物にもアクチンの相同タンパク質(MreB)で出来た細胞骨格が見付かっています。 原核生物の細胞骨格は細胞を簡単に裏打ちして形状の大枠を決める程度のものですが、 ものによっては細胞骨格が細胞運動にも働いている例もあるようです。

Kürner et al. (2005) は、細胞壁を持たず、細胞の変形によって運動する Spiroplasma の細胞骨格を調べました。彼らは凍結電子断層撮影によって、生に近い状態の細胞の内部を可視化しています。 Spiroplasma はらせん状の形をしており、その内側、長軸方向に細胞骨格が走っているのが観察されました。 細胞骨格は、リボン状に並んだ 5 本の太い繊維の束が二束と、その間に挟まれた細い 9 本の繊維の束からなっています。 他の研究や状況証拠を元に、Kürner et al. (2005) は、細い繊維が伸縮性に富んだ MreB の繊維で、 太い繊維がこの細菌に特有のタンパク質からなっていると考えました。

二束の太い繊維はそれぞれ長さが異なっており、おそらく長い状態と短い状態を行き来すると予想されました。 このような仮定のもとで、太い繊維の状態が変換することによって細胞のらせんの巻きが逆転し、 運動を引き起こすことが、シミュレーションからも示されたそうです。

細胞壁を持った細長い原核生物では、MreB 製の細胞骨格が形態形成に関与しているわけですが、 Spiroplasma では細胞骨格が単に形を決めているのみならず、 細胞の運動にまで関わっていることは興味深い話です。 あるいは原核生物の細胞骨格にはより複雑なシステムも存在するかもしれません。 その中から真核生物につながる仕組みが見付かってくればいいですね。特にモータータンパクが関与するような・・・

Kürner, J., Frangakis, A. S. & Baumeister, W. Cryo-electron tomography reveals the cytoskeletal structure of Spiroplasma melliferum. Science 307, 436-438 (2005).


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精子と卵子の縁結び(2005.03.13)(→発生学)


X1Y1X2Y2X3Y3X4Y4X5Y5 =カモノハシ♂(2005.01.14)(→進化・分類学)


染色体分配も守護します(2005.01.09)

有糸分裂において全ての姉妹染色体が正常に二つの娘細胞に分離されるためには、 染色体が分裂面に正しく並んだことを確認しなければなりません。 そのため細胞には全ての姉妹染色体の動原体が紡錘糸に結合するまで、 細胞分裂の進行を停止するスピンドル・チェックポイントという仕組みがあります。

この時、動原体に紡錘糸からの張力が掛かっているかどうかが認識されているようで、 張力の認識に関わるタンパク質が想定されていました。

一方、1年ほど前、減数分裂の際の染色体分配に関わる shugoshin(守護神:Sgo1) というタンパク質が報告されました(Kitajima et al. 2004)。 このタンパク質は動原体部分のコヒーシンに結合して保護し、 減数第一分裂の際に姉妹染色体が分離するのを防いでいます。

このほど Indjeian et al. (2005) は、この Sgo1 が出芽酵母において、 有糸分裂における張力のセンサーとして働いていることを示しました。

SGO1 に変異があると張力の欠如が認識できなくなり、 スピンドル・チェックポイントが機能しなくなるようです。 Indjeian et al. (2005) は張力認識の仕組みとして、Sgo1 が動原体の奥に位置しており、 張力が掛かっていないときは紡錘糸の微小管と相互作用し、 張力が掛かると微小管と Sgo1 が引き離されるというモデルを考えています。

Sgo1 は減数分裂のための因子というよりも、 染色体の分離一般に広く関わっているタンパク質のようです。 染色体分離の制御は減数分裂の進化と関係がありそうですが、 実際のところはどうなのか、今後さらに細かい仕組みがわかってくるのに期待したいところです。

Indjeian, V. B., Stern, B. M. & Murray, A. W. The centromeric protein Sgo1 is required to sense lack of tension on mitotic chromosomes. Science 307, 130-133 (2005).

Kitajima, T. S., Kawashima, S. A. & Watanabe, Y. The conserved kinetochore protein shugosin protects centromeric cohesion during meiosis. Nature 427, 510-517 (2004).


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イノシトールのシグナルがリンリンリン(2005.01.02)

真核生物の細胞内二次メッセンジャーの一群に、リン酸化されたイノシトールの仲間があります。 イノシトール(1,4,5)三リン酸(IP3)は小胞体上の Ca2+ チャネルに受容され、 Ca2+ の放出を引き起こすことが知られています。 また、細胞膜上のホスファチジルイノシトール(3,4,5)三リン酸(PIP3)は Akt キナーゼを細胞膜にリクルートすることで Akt(とその下流のシグナル伝達)を活性化しています。

今回、Saiardi et al. (2004) は pyrophosphorylated inositol polyphosphate(PP-IPs)という 別のイノシトール類が未知のシグナル伝達に関わっているらしいことを発見しました。 彼らは、PP-IP5 が酵素の助けをなしに幾つかのタンパク質をリン酸化していることを示しました。 また、PP-IP5 にリン酸化されるタンパク質の一つ、 Nsr1(酵母)は事前に何らかの修飾を受けないとリン酸化されないとのことです(York & Hunter, 2004)。

具体的にどのような仕組みで PP-IP5 がタンパク質をリン酸化しているのか、 Nsr1 が受ける修飾とは何か、PP-IP5 によるリン酸化が細胞内でどのような意味を持つのか、 など今後明らかにされなければならない課題も多々ありますが、 酵素によらないリン酸化、という新しい形のシグナル伝達が見付かったことは中々面白いと思います。 今回の発見から新たなシグナル経路が発見される可能性もありますし。

Saiardi, A., Bhandari, R., Resnick, A. C., Snowman, A. M. & Snyder, S. H. Phosphorylation of proteins by inositol pyrophosphates. Science 306, 2101-2105 (2004).

York, J. D. & Hunter, T. Unexpected mediators of protein phosphorylation. Science 306, 2053-2055 (2004).


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RNA ワールドで働いたイントロン・スイッチ(2004.12.16)(→進化・分類学)


追いつかれたら転写は終了(2004.12.15)

DNA から mRNA が合成される過程,すなわち転写の過程は熱心に研究されています。 転写の開始に関しては様々な因子が同定され,そのメカニズムも徐々に解明されてきています。 ところが転写の終了のメカニズムは,これまでほとんどわかっていませんでした。

転写の終了は,早すぎれば途中でちぎれたタンパク質(しばしば有害)を作ってしまいますし, 遅すぎても他の遺伝子の発現を乱してしまいます。 しかしながら,これまでの研究から転写の終了地点に特有の配列は発見されておらず, また終了地点そのものも一定ではないことが示されていました。 では,どのようにして転写の終了が決められているのでしょうか。 最近,Kim et al. (2004),West et al. (2004),Teixeira et al. (2004) らの研究から, ようやく一つのモデルがまとまってきました。

Kim et al. (2004) は酵母の系で,West et al. (2004) および Teixeira et al. (2004) は人間の系でそれぞれ研究しており, ほぼ同一の結果を得ています(Tollervey, 2004)。ので,ここではモデルのみ紹介します。

まず,mRNA は転写が行われている最中に既に Poly(A) 結合部位で切り出されます。 転写はこの後も続きますが,mRNA が切り出された後に残った RNA の 5' 末端には, 5' → 3' エキソヌクレアーゼ(酵母の Rat1,ヒトの Xrn2)がリクルートされてきます (酵母では Rtt103 が RNA ポリメラーゼUの C 末ドメインにつき,Rat1 と 補因子の Rai1 をリクルートします)。 このヌクレアーゼは伸長中の RNA を端から分解して行き,最後に RNA ポリメラーゼUに追いついたところで, RNA の合成を終了させると考えられるそうです。

ポリメラーゼに追いつくタイミングが違えば,転写の終了の位置も違ってくるわけです。

なお,ヒトの場合には,Poly(A) 結合部位の後ろにも自ら切り出されるリボザイム配列(CoTC 部位)があり, そこからエキソヌクレアーゼが RNA を食べ始めるようです。

特定のシグナル配列や,DNA 結合タンパク質が転写の終了位置にあるのではなく, 転写関連の因子の活動が協調して凡その終了位置を決めているというのは,目から鱗でした。 こう考えると,一般に DNA のシスエレメントを探す場合にも, 特定のシス配列を探しても見つからない場合があるのかも知れませんね。

Kim, M. et al. The yeast Rat1 exonuclease promotes transcription termination by RNA polymerase II. Nature 432, 517-522 (2004).

West, S., Gromak, N. & Proudfoot, N. J. Human 5'→3' exonuclease Xrn2 promotes transcription termination at co-transcriptional cleavage sites. Nature 432, 522-525 (2004).

Teixeira, A. et al. Autocatalytic RNA cleavage in the human β-globin pre-mRNA promotes transcription termination. Nature 432, 526-530 (2004).

Tollervey, D. Termination by torpedo. Nature 432, 456-457 (2004).


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音を通すイオンチャンネル(2004.12.10)

人間をはじめとする陸上の脊椎動物は、耳で音を聞きます。 より正確には内耳にある蝸牛の有毛細胞が振動を電気信号に変換しています。

この有毛細胞が音を「聴く」ことに関わっている分子の研究は、 生体内における有毛細胞の個数があまりに少ないことから中々進展していなかったそうです (Ashmore, 2004)。そんな中、聴覚刺激を変換するイオンチャンネルがどうやら特定されたようです。

ショウジョウバエの研究から、聴覚刺激に応答するイオンチャンネルがあることが知られていました。 このホモログ自体は脊椎動物では知られていなかったのですが、 Corey et al. (2004) は、同じ TRP 遺伝子ファミリーの中から TRPA1 を候補として絞り込みました。

彼らは TRPA1 の発現や局在を観察し、また遺伝子導入や化学的な分解などの手法で、 このタンパク質が聴覚に関わるイオンチャンネルの構成員であると推定しています。

このタンパク質はおそらく他のタンパク質と複合体を作って機能していると見られており、 詳細な機能解析は次のステップと言うことになりますが、 この研究から、脊椎動物の聴覚の研究に突破口が開けたことになるのではないでしょうか。

Corey, D. P. et al. TRPA1 is a candidate for the mechanosensitive transduction channel of vertebrate hair cells. Nature 432, 723-730 (2004).

Ashmore, J. Channel at the hair's end. Nature 432, 685-686 (2004).


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紡錘体形成に関わる新規因子(2004.12.09)

紡錘体は主に染色体と紡錘糸からなる構造ですが、 その細かい作りや形成のメカニズムはまだ理解されていません。 今回、紡錘体の形成に予想外の因子が関わっていたことが示されました。

普通は、紡錘体形成には染色体の DNA と他のタンパク質成分が中心的な働きをしていると考えますが、 Chang et al. (2004) はそれ以外に、必須の因子があることを見つけました。 もともと、ヒストンタンパク質などと作用して、 染色体の構造の形成に関与することが知られていた Poly(ADP-ribose) (以下 PAR)という物質が、 紡錘体形成にも重要な役割を果たしているそうです。 彼らは、PAR の合成酵素が紡錘糸に局在することに注目し、 カエルの in vitro の系で PAR を分解する酵素の影響を調べました。 その結果、PAR が分解されると、本来正常に形成されるはずの紡錘体が形成されないことがわかりました。

どうやらキネトコアの形成か、キネトコアと微小管の作用がうまく行っていない、 という印象を受けますが、作用のしかたについては色々な可能性が考えられるようです。

PAR という、今まで名前を聞いたこともなかった分子が細胞の各所で働いている、 というのが中々面白そうな話でした。

Chang, P., Jacobson, M. K. & Mitchison, T. J. Poly(ADP-ribose) is required for spindle assembly and structure. Nature 432, 645-649 (2004).

Karsenti, E. Spindle saga. Nature 432, 563-564 (2004).


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ヌクレオソームの編み方(2004.12.04)

真核生物の核内で,DNA は多数のタンパク質と複合体を作って,複雑な構造をとっています。 DNA はまず,数種類のヒストンタンパク質の作るビーズにまきつく形でヌクレオソームと呼ばれる単位を形成します。 ヌクレオソームはさらに互いに相互作用をして高次構造に編みこまれ, 30 nm クロマチン繊維を形成する事が知られています。

ところが,クロマチン繊維の中にヌクレオソームがどのように編みこまれているかについては, 複数のモデルはあるものの,証明がなされていませんでした。 モデルは大きく二つに大別されるそうで, ヌクレオソームが 1 個ずつらせん状に編みこまれていく "one-start helix" モデルと, 2 個のヌクレオソームがペアになってこれが編みこまれていく "two-start helix" モデルがありました。

Dorigo et al. (2004) は近接するヌクレオソームの相互作用に関わるヒストンの一部を, ジスルフィド結合で固めた後,DNA を分解して何が残るかを調べました。 その結果,"two-start helix" モデルを強く示唆するデータが得られたそうです。

さて,DNA が高次構造をとっていると,当然転写は起こりにくくなると考えられ, 転写制御の手段の一つとして,DNA の高次構造の制御が行われている事が知られています。 Francis et al. (2004) は polycomb group タンパク質複合体(PCC)なるものに注目し, これがヌクレオソーム約 3 つをまとめるようにして,クロマチン形成に働いていることを明らかにしました。 やはりヌクレオソーム同士の相互作用に関与していると考えられるヒストン尾部は, PCC によってクロマチンが出来た後で分解してもクロマチン構造が壊れないため, クロマチンの安定化には関与していないようです。 むしろヒストン尾部は修飾を受ける事で PCC をリクルートしているようです。

クロマチンの構造などはとっくに分かっている事だと思っていましたが, 今まさに研究中の分野だという事が少し驚きでした。ヒストン暗号の研究なども含めて, 今後クロマチン構造の制御に関する真核生物に普遍的な仕組みが見つかってくるといいですね。

central dogma に対して peripheral dogma なんて言ったりして…

なお,Dorigo et al. (2004) と Francis et al. (2004) は, Mohd-Sarip & Verrijzer (2004) によってまとめて解説されています。

Dorigo, B. et al. Nucleosome arrays reveal the two-start organization of the chromatin fiber. Science 306, 1571-1573 (2004).

Francis, N. J., Kingston, R. E. & Woodcock, C. L. Chromatin compaction by a polycomb group protein complex. Science 306, 1574-1577 (2004).

Mohd-Sarip, A. & Verrijzer, C. P. A higher order of silence. Science 306, 1484-1485 (2004).


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骨髄の横やりが胃癌を招く?(2004.12.02)(→医学)


心臓への導き手(2004.11.29)(→医学)


糖尿病にも関与する RNA(2004.11.17)(→医学)


細胞 1 個で働く時計(2004.07.03)

体内時計という概念はよく知られています。中でも一日周期の周期変化は概日リズム (Circadian rhythm)として知られています。

概日リズムは,細胞内で特定の mRNA やタンパク質が生成・分解して, 周期的な増減をすることによって刻まれていると予想されます。このような仕組みはノイズの影響を受けて, 次第にずれていくことが考えられますが,実際の生物の概日時計は遥かに正確であることが確認されています。

多細胞動物の場合,細胞間の相互作用を通じて概日時計が調整され,単独の細胞より安定したリズムを作ることができます。 では単細胞生物の場合はどうか,というのが Mihalcescu et al. (2004) のテーマです。

彼らは概日時計のモデル生物の 1 つであるシアノバクテリア(Synechococcus elongatus;以下「シアノ」) を用いています。これまでに, 概日時計に支配されるプロモーターの下流にルシフェラーゼ系の遺伝子を組み込んだ導入系が既に存在し, これを用いると概日リズムが発光現象のリズムとして観察できます。

高感度の CCD カメラを用いた観察の結果,シアノの微小な群体も正確な概日リズムを示し, 細胞分裂によっても概日リズムは影響を受けないことが分かりました (細胞分裂中には細胞内の遺伝子発現がダイナミックに変化するにもかかわらず)。

さらに彼らは概日時計の調節が細胞間相互作用に依存していないことを示すために, 振動周期の位相がずれている 2 つのコロニーの融合を観察しました。 もし細胞間の相互作用によって概日時計を調節しているとすれば, コロニーが成長して融合すれば,その内,両者の振動周期は 1 つの周期に収束していくと予想されます。

ところが実際には,コロニーが融合しても,もともと周期がずれた個体の子孫細胞は 別々の概日リズムを維持し続けることが示されました。 さらに詳細な観察から,たとえ細胞同士が接触していても,それぞれもとの概日リズムを維持し続けることがわかりました。

この観察から,概日時計の細胞間相互作用はあったとしてもごくわずかであることが分かりました。 (2 時間ごとに観察を行っているのですが,その際発光を見るために 30 分間の暗黒状態に置かれます。 これが概日周期を微調整している可能性も指摘されています)

つまり,シアノの単独の細胞は,ノイズの影響に受けない,極めて安定な概日時計を持っているといえます。 従来は群体レベルで,細胞間相互作用によって概日時計が調節されていると考えられていましたから, 今回の結果は予想外であったようです。あとは分子時計の実体が問題ですね。

Mihalcescu, I., Hsing, W. & Leibler, S. Resilient circadian oscillator revealed in individual cyanobacteria. Nature 430, 81-85 (2004).

Johnson, C. H. As time glows by in bacteria. Nature 430, 23-24 (2004).


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整理整頓された染色体(2004.06.29)

細菌において染色体が細胞内で一定の配置をとっていると言う話です。 先行研究もありましたが,先週号の PNAS に掲載された論文では,免疫蛍光法やらハイブリダイゼーション法などを併用して, 染色体上の最大 112 箇所の座位の,細胞内における位置を観察しました。 その結果,G1 期に相当する時期においても染色体の配置がきれいに決まっていると言うことや, DNA が複製と同時にかなり速い速度で再配置されていくと言うことが示されました。 染色体の配置も生物学的には何らかの意味があると考えられますし,染色体の分配の方法にも関わってきますから, 今後の研究の進展が楽しみな話題です。

Viollier, P. H. et al. Rapid and sequential movement of individual chromosomal loci to specific subcellular locations during bacterial DNA replication. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 101, 9257-9262 (2004).


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原核生物の骨格(2004.06.13)

細胞骨格は長い間,真核生物に特徴であり, 真核細胞が複雑な構造を持てるのも細胞骨格のおかげだと考えられていました。 ところが近年原核生物にも細胞骨格の相同遺伝子が存在することが知られてきました。 チューブリンの相同遺伝子の FtsZ や,アクチンに対応する MreB, そして中間径フィラメントの一種として CreS などが挙げられます。

これまでは FtsZ が細胞の分裂リングとして働いていることが分かっていた他は, MreB などは単に細胞の構造維持に関わっているだけだと思われていました。

ところが欠失や過剰発現体の研究から,Caulobacter という真正細菌において, MreB が細胞内の極性決定に強く関わっていることが示されました。 この細菌には Swarner pole と Stalk pole と呼ばれる 2 極が存在します。 これらの極にはそれぞれ固有のタンパク質が局在することが知られていました。

ところが MreB を欠いた時には,これらのタンパク質の局在がなくなり,両者ともに細胞全体に広がってしまったそうです。 そしてこの細胞が MreB を再び発現するようになると,局在が回復します。 ただし,各タンパク質の局在位置は一定の頻度で入れ替わってしまっていました。

その他のことも含めると,MreB はタンパク質を細胞の両極に運ぶ役目を果たしており, 細胞分裂を通じて細胞の極性を決定するのに重要な働きを持っていることがわかったと言えるでしょう。

原核生物の細胞骨格が,細胞極性などの細胞の特性の決定に思った以上に関わっているとすると, 真核生物の細胞骨格の特徴についてももう少し見直す必要があるでしょう。 このような研究から,細胞骨格の普遍的な役割が見えてくると面白いんでしょうね。

Gitai, Z., Dye, N. & Shapiro, L. An actin-like gene can determine cell polarity in bacteria. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 101, 8643-8648 (2004).

Fiebig, A. & Theriot, J. A. Bacteria make tracks to the pole. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 101, 8510-8511 (2004).


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膜輸送の新規因子(2004.05.19)

Nature Cell Biology に原著が載り,同誌と Nature に紹介記事が載りました。

登場するのは FAPP1 と FAPP2 というタンパク質です。 これらのタンパク質は,trans-Golgi network(TGN)から小胞を形成させるのに関わっています。

細胞内に数ある膜系のうち特定の膜系から特定の小胞が形成されるメカニズムは,まだ良く分かっていません。 しかしこの FAPP は,PH (plekstrin homology) ドメインを介してホスファチジルイノシトール 4-リン酸と相互作用し, また ARF という small GTPase とも相互作用します。 TGN に作用するには両方の相互作用が必要なようで,いわばダブルチェックになっています。

また,他の証拠から,FAPP が膜胞のコートタンパク質である可能性も示唆されているそうです。

細胞の形態形成などを考えるときに,膜胞輸送も重要な役割を果たしていそうなので,ちょっと興味深い分野です。

Godi, A. et al. FAPPs control Golgi-to-cell-surface membrane traffic by binding to ARF and PtdIns(4)P. Nature Cell Biol. 6, 393-404 (2004).

Roth, M. New candidates for vesicle coat proteins. Nature Cell Biol. 6, 384-385 (2004).

Itoh, T. & De Camilli, P. Dual-key strategy. Nature 429, 141-142 (2004).


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マウスに干渉してみる(2004.05.12)

レンチウイルスを用いてマウスに RNAi を誘導する系が開発されました。 Tiscornia et al. は、レンチウイルスに RNAi を引き起こすためのヘアピン配列を組み込み ある種のプロモーターにつなぐことで CRE リコンビナーゼによって RNAi が誘導される系を作りました。 この系を用いて GFP や p53、p65 などを in vitro で抑制できることも確認されており、 in vivo でもおそらく機能すると思われます。

Tiscornia, G., Tergaonkar, V., Galmii, F. & Verma, I. CRE recomnbinase-inducible RNA interference mediated by lentiviral vectors. Proc.Natl.Adcd Sci USA 101, 7347-7351 (2004).


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補足:葉緑体の起源に迫るゲノム研究(2004.04.20)(→その他)


RNA を抑える因子を抑えてみる(2004.04.16)

生物が内生的に mRNA を抑制する仕組みとして,RNAi 関連のメカニズムがいくつか知られています。 いずれも標的の mRNA の(部分)配列に相補的な RNA が標的を認識し, その複合体を認識して mRNA を抑制する機構が働いていると考えられています。 miRNA やら siRNA といった RNA が mRNA の認識に働いており, 実際に多くの生物のゲノム中にこのような RNA が大量にコードされていることが知られています。

さて,通常のタンパク質コードの遺伝子であれば,RNAi の仕組みを用いてノックアウトの作成が可能ですが, miRNA や siRNA についてはこのような特異的ノックアウトの方法はありませんでした。

ところが,Hutvágner et al. (2004) では,特殊なオリゴ核酸を用いて siRNA や miRNA の特異的な抑制に成功しています。 彼らはつぶしたい siRNA などに相補的な 2'-O-methyl oligonucleotide を実験動物(ハエ,線虫,ヒト細胞)に与え, これが標的の RNA の機能を不可逆的に抑制することを実証しました。 加えて,線虫の let-7 の系(最初に報告された miRNA の系)を用いて, この系に 2 種の Argonaute タンパク質が関わっているとの予想を証明したそうです。

この人工オリゴ核酸を用いた miRNA などの抑制法は,ゲノムスケールで RNA の機能解析をするために, 非常に有力なツールになることが期待できます。 ちなみに,これまでに機能が実証されている動物の miRNA はわずかに 4 種類だけだそうです。 これから先,どのような制御に miRNA が関わっているのか次々と解ってくるかと思うと楽しみですね。

Hutvágner, G., Simard, M. J., Mello, C. C. & Zamore, P. D. Sequence-specific inhibition of small RNA function. PLoS Biol. 2, 465-475 (2004).

なお,同じ号の 412-413 に解説が載ってます。


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細胞の中に住むということ(2004.04.12)(→進化・分類学)


葉緑体の起源に迫るゲノム研究(2004.04.08)(→その他)


小さな RNA は時を越えて(2004.04.02)(→植物学)


RNAi が広げる世界(2004.03.30)

哺乳類を対象にした、大規模な RNAi のスクリーニングの仕事が登場しました。 RNAi は標的遺伝子の配列を持った 2 本鎖 RNA を細胞に与えることによって遺伝子発現を抑える機構で、 遺伝子のノックアウトを通じて機能解析を行うことに利用されます。

哺乳類では長鎖の 2 本鎖 RNA(dsRNA)がウイルス応答を引き起こしてしまうため、 RNAi の適用が遅れていましたが、短いヘアピン型の RNA(shRNA)を用いる方法の開発により、 RNAi を大規模スクリーニングに用いることができるようになりました。

といってもまだマイナーな問題は残っていたようで、著者らはそれぞれ工夫を凝らしています。 詳細は原論文をご参照ください。

さて、2 グループの研究が同時に掲載されましたが、Paddison et al. (2004) は shRNA の発現ライブラリを作り、その有効性をプロテアソーム系を調べることで検証しています。 Berns et al. (2004) は、同様のスクリーニングから、ノックアウトによって p53 (ガン抑制遺伝子)がらみの表現形を示す遺伝子を新たに 2 つ同定しています。

Paddison, P. J. et al. A resource for large-scale RNA-interference-based screens in mammals. Nature 428, 427-431 (2004).

Berns, K. et al. A large-scale RNAi screen in human cells identifies new components of the p53 pathway. Nature 428, 431-437 (2004).

Fraser, A. Human genes hit the big screen. Nature 428, 375-378 (2004).


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なお,この mRNA は自動的に消滅する(2004.03.22)

触媒機能を持った RNA,リボザイムの存在は有名ですが, それが代謝の制御に関わっている興味深い例です。

枯草菌(Bacillus subtilis)の糖代謝の系に Glucosamine-6-phosphate(GlcN6P)の生成に関わる酵素, GlmS というタンパク質があります。 GlmS の mRNA は,反応産物である GlcN6P によって負のフィードバック制御を受けているのですが, なんとその過程にタンパク質が介在しません。

GlcN6P が十分に合成されると,この分子が GlmS の mRNA に結合します。 その結果,mRNA のコンフォメーションが変化し,自分自身を切断するリボザイム活性を持ちます。 こうして mRNA の一部が切断されると,コード領域が削られ,mRNA 全体も不安定化するそうです。

繰り返しますが,このフィードバック制御にはタンパク質が介在せず,RNA と産物だけが関わるごくシンプルな制御です。 著者らによると,この,リボザイムによるフィードバック制御の仕組みは RNA ワールド時代 (RNA が遺伝子と触媒を兼ねていた生物の初期,あるいは前段階)の名残ではないかと想像しています。

ただ,ここには明らかに飛躍があり,私としてはより新しい時代に進化した機構だと思います。 なぜならば,この系は不可逆的な RNA の切断を含むため,他に遺伝子(例えば DNA) が存在しない限り維持できないからです。

ともあれ,これからの研究者は RNA が単なる情報分子ではなく, 機能分子であると同時に情報分子であると認識する必要があるでしょう。

なお,DNA は今のところ専属的な情報分子と考えられています。 機能分子として働く例は効きませんし,機能分子として多様な構造をとることは, 保存用の情報分子としての働きと矛盾するためです。一方でタンパク質は,鋳型依存的な複製の仕組みが知られていないため, (配列情報を担う)情報分子には向かないと考えられます。

Winkler, W. C. et al. Control of gene expression by a natural metabolite-responsive ribozyme. Nature 428, 281-286 (2004).

News & Views(著者の Cech はリボザイムの発見によるノーベル賞受賞者)
Cech, T. R. RNA finds a simpler way. Nature 428, 263-264 (2004).


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減数分裂に関わっている分子(2004.02.27)

しばらく前に,減数分裂の間に相同染色体の対合を保持させる, Shugoshin というタンパク質を紹介しました。 そして今度は,同じような働きをする遺伝子をゲノムワイドに探索したと言う論文です。

実際には酵母の変異体のスクリーニングをしたそうで,Shugoshin(Sgo1)もちゃんと取れています。 この他に,Chl4 と Iml3 という遺伝子が重要な役割を果たしているそうです。

真核生物の起源と減数分裂の起源は密接に関わっているはずなので,大進化の観点からも注目したい分野です。

Marston, A. L.. Tham, W.-H., Shah, H. & Amon, A. A genome-wide screen identifies genes required for centromeric cohesion. Science 303, 1367-1370 (2004).


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致死的な編集ミス(2004.02.27)(→医学)


微小管分解の機構(2004.02.24)

普通、キネシンと言えば微小管の上を走るモータータンパク質ですが、 ある種のキネシン(M type kinesins)は微小管を両端から分解する(不安定化する)のに働いているそうです、 その機構についてはこれまでも様々な研究がありましたが,今回,このキネシンの三次元構造が判明し、 微小管の不安定化の機構に関する知見が大きく進展しました。

調べられたのはマウスの KIF2C というタンパク質です。 この構造と、in silico で微小管にくっつけた(?)結果から、微小管不安定化のメカニズムが類推されています。 まず、微小管の長軸方向の溝に腕を差し込んで定位し、微小管の端に移動します。 この作業は、同時に微小管の protofilament 間の相互作用も抑えると考えられています。 そして、対になっている α- および β チューブリンをつまむようにして、 チューブリン対の曲がった状態を安定化し、微小管構造を壊します。 この過程に ATP もエネルギー源として消費されます。

原論文の Figure 6 を見ると、そのメカニズムが図解されています。

構造を解明したことにより、微小管の分解のメカニズムが納得できる形で示されていて、中々面白そうでした。

なお、より正確な情報を得るには、微小管と KIF2C が結合した状態の三次元解析が必要ですから, 現段階では上記のストーリーは、最も確からしい仮説、ということになるでしょう。

Ogawa. T., Nitta, R., Okada, Y. & Hirokawa, N. A common mechanism for microtubule destabilizers - M type kinesins stabilize curling of the protofilament using the class-specific neck and loops. Cell 116, 591-602 (2004).

Previews
Ems-McClung, S. C. & Walczak, C. E. Catastrophic kinesins: Piecing together their mechanism by 3D reconstruction. Cell 116, 485-486 (2004).


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生命の起源関連(2004.02.23)(→その他)


RNA ポリメラーゼの構造(2004.02.10)

T7 RNA ポリメラーゼ(T7 RNAP)の構造解析の論文が出ています。 NTP と dNTP の区別の機構であるとか, 核酸を 1 塩基分先へ進める機構であるとかがわかった(または予想された)そうです。 核酸の translocation に関しては,多数派のモデルとは異なる見解を示しているようです。

この研究から,DNA 依存的な RNA 合成の機構の詳細がより見えてきたと言えるでしょうが, 用いているのが T7 RNAP なのが気になります。 Preview を読むと,普通の生物の RNAP は複数のサブユニットからなっているのに対して, T7(ファージ)の RNAP は単一のユニットからなっています。 これはむしろ,DNA ポリメラーゼや逆転写酵素と類縁性があるかも知れず, 必ずしも RNAP 一般のモデルとして適切なのかどうかがよくわかりません。 細菌や酵母の RNAP の活性部位との比較などもしているようですから, ある程度は使えるんでしょうけど,RNAP 一般について語るためには, 通常の生物の RNAP で構造解析するしかないような気がします。

基質の選択について
Temiakov, D. et al. Structural basis for substrate selection by T7 RNA polymerase. Cell 116, 381-391 (2004).

核酸の translocation について
Yin, Y. W. & Steitz, T. A. The structural mechanism of translocation and helicase activity in T7 RNA polymerase. Cell 116, 393-404 (2004).

Previews より
Landick, R. Active-site dynamics in RNA polymerases. Cell 116, 351-353 (2004).


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インテグリン発、ラフト経由、細胞骨格行き(2004.02.09)

先週末の Science からです。 2 つのグループが,細胞接着の機構に関する研究を発表しています。

細胞接着には、インテグリンという分子が関わっています。 インテグリンは細胞外マトリックスと結合する膜タンパクであると同時に、 small GTPases などを介して細胞骨格(微小管)を安定化させるシグナルも出します。 このシグナル経路にラフトが関わっていることなどが今回示されました。

インテグリンからのシグナルは、他の分子を介してラフトに作用します。 ラフトとは細胞膜状の脂質の特殊な塊で、コレステロールやスフィンゴ脂質などに富んだ構造体です。 上記のシグナルは、ラフトが細胞内に移動するのを妨げることが今回わかったそうです。

ラフトが膜上に局在すると、small GTPases (Rac、Rho)がラフトに結合して、 他の膜タンパクを活性化できるようになります。 その結果、シグナルが微小管につながり,細胞骨格の安定化へと至ります。

興味深いと感じたのは、シグナルの伝達にラフトという、 高分子より高次でオルガネラより低次の構造が、 その局在変化という手段で関わっていることが示された点です。

現時点ではシグナルの経路の全てが分かったわけではありませんが、 細胞が周辺環境(この場合細胞外マトリックスとの接着の有無)を認識してから, 細胞骨格の再編を経て細胞運動の変化(休止)にいたるまでが解明できそうな雰囲気になってきましたね。

Palazzo, A. F. et al. Localized stabilization of microtubules by integrin- and FAK-facilitated Rho signaling. Science 303, 836-839 (2004).

del Pozo, M. A. et al. Integrins regulate Rac targeting by internalization of membrane domains. Science 303, 839-842 (2004).

Perspectives
Guan, J.-L. Integrins, rafts, Rac, and Rho. Science 303, 773-774 (2004).


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今度は酵母の相互作用マップ(2004.02.06)(→その他)


減数分裂時の染色体の分配 〜守護神〜(2004.02.05)

細胞分裂の時には,姉妹染色体同士は cohesin と言うタンパク質によって連結されています。 体細胞分裂においては,中期まで姉妹染色体は繋がれたままですが, 後期になると cohesin が分解されて染色体の分配が起こります。

ところが減数第 1 分裂の際には,cohesin は姉妹染色体同士の結合のみならず, 相同染色体の対合にも関わっています。 具体的には,中期までは染色体の全域に cohesin が付いていて,後期に腕の部分の cohesin のみが分解されます。 その結果,セントロメアには cohesin が残り, 姉妹染色体同士はペアを維持したまま相同染色体の対合が解けます。

今回,セントロメアにのみ cohesin が残るメカニズムについての研究が出ました。 分裂酵母で得られた shugoshin(守護神:Sgo1)というタンパク質は, 減数第 1 分裂の後期までセントロメアの cohesin に結合し,cohesin の分解を防ぎます。 そして Sgo1 は,相同染色体の分配が終わった終期には分解され, 第 2 分裂の際に cohesin が分解されるようになります。

分裂酵母にはこのほかにも Sgo2 というパラログが存在し,体細胞分裂に関わっているようです。 shugosin タンパク質は真核生物に広く保存されているとのことで, Sgo1 と Sgo2 が減数分裂の,すなわち真核生物における性の起源に深く関わっていることが想像されます。

Kitajima, T. S., Kawashima, S. A. & Watanabe, Y. The conserved kinetochore protein shugosin protects centromeric cohesion during meiosis. Nature 427, 510-517 (2004).

News & Views
Allshire, R. Guardian spirit blesses meiosis. Nature 427, 495-497 (2004).


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リズムに乗る酵母のゲノム(2004.02.04)

酵母には日周リズム(circadian rhythm)の他に、 約 40 分周期の呼吸パターンの変動、ultradian rhythm が知られています。 今回、ultradian rhythm に合わせた遺伝子発現の経時変化がマイクロアレイで調べられました。 その結果、ほとんどの遺伝子が ultradian rhythm に沿った発現変動をしていたそうです。

さらに、酵母の分裂周期は 8 〜 10 時間ですが、これにもより短い ultradian rhythm が影響していることがわかりました。 すなわち、DNA 合成期が ultradian rhythm の特定の時期(reductive phase)に限られるとのことです。

ultradian rhythm 自体は動植物では知られていないようですが、 細胞内のリズムが、単に体内時計関連の遺伝子のみの問題ではなく、 ゲノムレベルの発現変動という、ダイナミックな問題であるとの問題提起が興味深く思えました。

Klevecz, R. R., Bolen, J., Forrest, G. & Murray, D. B. A genomewide oscillation in transcription gates DNA replication and cell cycle. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 101, 1200-1205 (2004).

Commentary
Young, M. W. An ultradian clock shapes genome expression in yeast. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 101, 1118-1119 (2004).


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キネシンは尺取虫にあらず(2004.02.02)

キネシンの歩き方を蛍光ラベルして調べた研究です。 キネシンの動き方には,"hand-over-hand" モデルと "inchworm" モデルがあり, 論争があったそうです。

キネシンのヘッドの部分をそれぞれ右足と左足に例えると, "hand-over-hand" モデルでは右足と左足を交互に前へ出していると考えます(つまり人間の普通の歩き方と同じ)。 対して "inchworm"(尺取虫)モデルでは,右足を出した後,左足は右足のところまで引き寄せて止め, 次にまた右足を出すと考えます(つまり人間がびっこを引いている感じ)。 (この説明で解らなかった方には,原論文の図 1 を見ることをお勧めします)

これらのモデルでは,ATP 分解 1 ステップで片足の動く距離が異なってくるため, キネシンの片足だけをラベルすることにより検証することが出来ます。 その結果は,"hand-over-hand" モデルを支持するものだったとしています。

Yildiz, A., Tomishige, M., Vale, R. D. & Selvin, P. R. Kinesin walks hand-over-hand. Science 303, 676-678 (2004).


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非コード領域の見つけ方(2004.01.30)

遺伝子制御領域をゲノムワイドに探索した研究です。 DNase に感受性の高いサイトをピックアップすることで、遺伝子制御領域が推定できるんだそうです。

この論文ではそれをゲノムワイドに調べるプロトコルを作ったのが凄いみたいです。 実際には、ヒトの CD4+ T 細胞からおよそ 5600 の候補を得ています。 これらの候補中には、制御領域が持っていると予想される特徴を持ったものが有意に多く、 彼らのプロトコルが機能しうることが示されています。 今後、彼らの言うように、 発生の段階や細胞種ごとに働いている遺伝子制御領域のリストが比較できると面白そうです。

Crawford, G. E. et al. Identifying regulatory elements by genome-wide recovery of DNase hypersensitive sites. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 101, 992-997 (2004).


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mRNA という モルフォゲン(2004.01.29)(→発生学)


線虫の相互作用マップ(2004.01.26)(→その他)


共生由来のオルガネラの分裂に関するレビュー(2003.12.05-12)

最近ホットな分野の一つです,植物学大講座の旧黒岩研の主要テーマの一つでもあります。 黒岩研の撮った写真もでてます。

比較的分かりやすくまとまっていました。 電顕で見える分裂リングと、変異体から得られる関連遺伝子について解説されていますが、 両者はまだ関連付けられていないものが多いようでした。 これまでは、分裂リングやら関連遺伝子の発見の時代でしたが、 これからは両者の関連付けと、分裂リングの力学を解明する時代が来る気がしました。

Osteryoung, K. W. The division of endosymbiotic organelles. Science 302, 1698-1704 (2003).


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ハエのタンパク質の相互作用マップ(2003.12.05-12)

Two-hybrid を利用して, プロテオームレベルでタンパク質の相互作用をしらみつぶした研究のようです。 これって,ハエ屋さん以外にも使い出がありそうですね。

図が・・・
凄いです・・・

原論文の最後に,データベースのアクセス先が羅列してあります。 この仕事は,CuraGen Corpration というところがメインに行っており, 同社のページに解説データベースがあります。

論文中では,以下のデータベースが参照されています。違いはよく分からないので, 興味のある方は確認してみてください。

FlyBase
GRID
BIND
DIP

ちなみに,この仕事はTwo-hybrid を用いて機械的に相互作用を集めた論文なので, 全ての相互作用が捕らえられているわけでも, 捕らえられた相互作用の全てが in vivo で意味を持つわけでもないことは注意する必要があると思います。 この点に関しては,論文中の評価基準を理解しておくべきでしょう。

扱われたタンパク質の数やデータをもとに作られたマップを見ると、 その迫力に圧倒されそうになりますが、データの取捨選択の基準が多分に機械的で、 データの利用には慎重さが要求されそうです。

Giot, L. et al. A protein interaction map of Drosophila melanogaster. Science 302, 1727-1736 (2003).


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バクテリアの needle の長さの調節(2003.12.05-12)

ある種のバクテリアの持ってる突起の長さを, molecular ruler というものが調節しているとの話です。

バクテリアの分泌突起の長さを調節しているタンパク質を特定した研究ですが、調節の仕方が凄いです。 突起の長さ(数十〜100nm)が、そのタンパク分子のアミノ酸残基数に依存しているのです。 おそらく、分子の両端が突起の基部と先端にそれぞれくっついて、 突起の長さがタンパク分子の全長を超えないように制御していると予想されています ([Supporting Online Material]で図が見れます)。 タンパク質の長さがそのまま細胞構造の長さになるというのは、シンプルながら驚くべき仕組みです。

Journet, L., Agrain, C., Broz, P. & Cornelis, G. R. The needle length of bacterial injectisomes is determined by a molecular ruler. Science 302, 1757-1760 (2003).


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未だ見ぬゲノム(2003.12.01)

Scientific American 誌に、"The Unseen Genome" というタイトルの記事が 2 号連続で掲載されています。

11月号ではジャンクと言われた非コード領域に隠れていた遺伝情報について特集し、 12 月号ではエピジェネティクスが特集されています。

11 月号には、葉の形態形成と miRNA の話題や、リボスイッチの話題など、 この掲示板でも紹介された最新の話題まで取り扱っていて、非コード RNA に関する分かりやすいまとめになっています。

大衆向けの記事なので Reference は充実していないのが残念ではあります。 一応、面白そうな話題としては、マウスの生存に必須の「偽」遺伝子の研究などが紹介されていました。 (これの Reference は最後につけときます)

こういう記事を読むと、今の研究者には想像もつかないシステムが、 まだまだゲノム中に隠れていることが確信できる気がします。

Gibbs, W. W. The unseen genome: gems among the junk. Sci. Am. 289 (5), 26-33 (2003).

Gibbs, W. W. The unseen genome: beyond DNA. Sci. Am. 289 (6), 78-85 (2003).

Hirotsune, S. et al. An expressed pseudogene regulates the messenger-RNA stability of its homologous coding gene. Science 423, 91-100 (2003).


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補足:RNA のスイッチ(2003.09.21)

Nature の news feature にこの研究が取り上げられていました。 その中で、元の記事にあるような,低分子を認識して構造変換するような RNA を リボスイッチ("riboswitches")と呼んでいました。

リボスイッチは配列の比較から、植物や菌類においても存在が予測されています。 現時点ではごく一部の生物で確認・あるいは予測されている現象に過ぎませんが、 特定の遺伝子を扱う際には、その mRNA がリボスイッチである可能性も 心に留め置く必要があるでしょう。

おそらく、二次配列の予測プログラムなどを用いれば、 簡単な予測はできるのではないでしょうか。 基質の種類まではわからないにしても。

Knight, J. Switched on to RNA. Nature 425, 232-233 (2003).


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RNA レベルの調節(2003.07.19)

短鎖の RNA が mRNA の安定性や翻訳の調節に関わっていることが 近年明らかになりつつあり、分子生物学で非常にホットな分野になっています。 短い RNA が自分と相補的な配列を持つ RNA をコントロールするという仕組みは、 生物が多様な発現制御を行うために重要な役割を果たしていると予想されています。 特定の配列を識別するタンパク質と RNA のどちらが単純で、多様な制御に応用可能かを想像すれば、 その重要性がわかる気がします。

さて、今まさにフロンティアとなっているこの分野ですが、最新の Science に簡単な(3ページ弱) レビューが載りました。これから分子生物学に携わる人は、是非知っておきたい分野なので、 まだご存じない方や最新の情報を把握しておきたい方は、これを気に一読しておくことをお勧めします。

Carrington, J. C. & Ambros, V. Role of microRNAs in plant and animal development. Science 301, 336-338 (2003).


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葉緑体の分裂(2003.04.08)

以前に書き込みした「ミトコンドリアの分裂」に関連したお話です。 ミトコンドリアの分裂の際には,ダイナミンと言うタンパク質がミトコンドリアを外側(細胞質側) から縊り切ることが,原始紅藻の観察などから知られていました。今度は, 別の種類のダイナミンが葉緑体の分裂にも関わっていることがシロイヌナズナの研究からわかりました。 ARC5 と呼ばれるこのタンパク質は,やはり葉緑体の分裂リングの外側に局在するそうです。

ミトコンドリアと葉緑体は,いずれも真核細胞に細菌が共生して誕生したと考えられていることから, 両者の分裂を同じタンパクファミリ−が制御していることは,とても興味深い事実です。

なお,ダイナミンは共生細菌に由来するタンパクではなく, 真核細胞がもともと持っていたタンパク質に由来すると考えられています。 このことが何を意味するかは,Gao et al. (2003) や Commentary を呼んでみて下さい。

Gao, H., Kadirjan-Kalbach, D., Froehlich, J. E. & Osteryoung, K. W. ARC5, a cytosolic dynamin-like protein from plants, is part of the chloroplast division machinery. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 100, 4328-4333 (2003).

Commentary
McFadden, G. I. & Ralph, S. A. Dynamin: The endosymbiosis ring of power. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 100, 3557-3559 (2003).


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ミトコンドリアの分裂(2003.03.03)

ミトコンドリアの分裂には、複数の分裂装置が関与します。 特に、FtsZ リングや MD リングと呼ばれるリング構造は、 ミトコンドリアの分裂面を囲んでミトコンドリアを絞ります。

今回、絞り込まれてダンベル型になったミトコンドリアを ダイナミンと呼ばれるタンパク質のリングが縊り切る様子が、原始的な紅藻において観察されました。 詳細は省きますが、このダイナミンと呼ばれるタンパク質は、 エンドサイトーシスの際に細胞膜から小胞を縊り切る時に関与することが知られており、 ミトコンドリアの共生起源とよく一致する結果ともいえます。

Nishida, K. et al. Dynamic recruitment of dynamin for final mitochondrial severance in a primitive red alga. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 100, 2146-2151 (2003).


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RNA のスイッチ(2002.11.05)

特定の低分子を直接認識して翻訳を制御する mRNA が発見されました。 この mRNA は、チアミンピロリン酸(ThiPP)の合成に関わる遺伝子をコードしており、 最終産物の ThiPP がたまると、これが mRNA に直接結合してタンパク質の翻訳を抑えます。

アロステリックなタンパク質が翻訳を制御しているのではなく、 mRNA 自身が低分子を識別し、構造変換を起こすという点が新しいわけです。

なお、試験管内進化の研究から特定の低分子に結合する RNA(aptamer)は人工合成されていました。 それが実際に生体内で利用されていた(この場合は、ThiPP に結合する aptamer) という点も興味深いところです。

生物はおよそ利用できるものはすべて利用しているということでしょうか。 または、生物の起源のころ、RNA スイッチとしてこの仕組みが使われていたという考えもあります。

Winkler, W., Nahvi, A. & Breaker, R. R. Thiamine derivatives bind messenger RNAs directly to regulate bacterial gene expression. Nature 419, 952-956 (2002).

News & Views
Szostak, J. W. RNA gets a grip on translation. Nature 419, 890-891 (2002).


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