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雑記(ニュースなど) − その他

作成:仲田崇志

更新:2022年09月15日

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日経サイエンス 2022年10月号掲載の生物学関係記事(2022.09.15)

2022年10月号の 日経サイエンス に掲載された生物学に関係する記事の中で, 特に印象に残ったものをいくつか紹介します。

10月号は特集「深海新発見」の記事が中心で,紹介するのはいずれもこの特集の記事になります。 1 本目は「宇宙から見えた発光する海」(ナイハウス, 2022)で,海が広範囲で白く発光する現象について紹介しています。 この現象は半ば伝説上のもので,偶発的な遭遇頼みだった研究ですが,衛星画像を画像を用いた研究が導入され, その発生機構などへの理解が深まる様子が書かれています。海洋に残された研究途上の不思議な現象の一つとして, 興味深い記事でした。

2 本目は「生物から新薬候補続々」(ストーン, 2022)で,海洋生物から新薬候補を探す研究が紹介されています。 生物から新薬候補を探すのは従来から行われてきたことですが,以外にも海の生物を対象にした探査は十分に行われてこなかったそうです。 この記事ではそんな研究の最前線として,実際に抗ウイルス薬や抗がん剤,抗マラリア薬,抗生物質などでの成果に触れると共に, ゲノム情報から有用化合物を探すゲノムマイニングの手法についても解説しています。結局のところ,どんな環境でも探し方が重要, という話のような気もしますが,研究の流行り廃りは世の常なので,しばらく注目してみると面白いかもしれません。

3 本目は「地球の気候を左右する微小動物 夜ごとの大移動」(カレッジ, 2022)で, 動植物プランクトンの日周鉛直移動について解説されています。光合成や被食者・捕食者として, それぞれの生物が最適な位置取りを目指して鉛直移動しているものと思われますが,その実態や最新の研究方法, 炭素循環への影響などの解説です。海中でプランクトンの動態を追うことの難しさは想像に難くなく,研究者には頭が下がります。

その他,いくつかのニュース記事に加え,特集「深海新発見」のその他の記事があります。 「発見!海底の巨大オブジェ」(フィシェッティ, 2022a)では最新の海底地形探査による,サンゴ礁地形などの姿が紹介され, 「世界の海の解剖図」(フィシェッティ 2022b)では,深度に応じて化学組成や温度・光条件・植物プランクトンなどが どう変化するのか,地域ごとに図示されています。「深海探査で変わる生命観」(シャンク, 2022)では,深海探査の歴史が, 生物学研究と絡めて非常にざっくりとまとめられています。記事の隙間では,フォトギャラリーとしてクリオネ・ボウエンギョ ・オウサマペンギンも紹介されています。また特集以外の記事として,「サンゴ礁の健康診断」(Peek, 2022) ではサンゴ礁の現状と将来的な回復の可能性について,「渇きと水分補給」(ウォリス, 2022) では人体に必要な水分摂取量と喉の渇きの関係について,簡単に紹介されています。

カレッジ, K. H. 地球の気候を左右する微小動物 夜ごとの大移動. 日経サイエンス 52(10), 66-71 (2022).

フィシェッティ, M. 発見!海底の巨大オブジェ. 日経サイエンス 52(10), 44-49 (2022a).

フィシェッティ, M. 世界の海の解剖図. 日経サイエンス 52(10), 61-63 (2022b).

ナイハウス, M. 宇宙から見えた発光する海. 日経サイエンス 52(10), 34-41 (2022).

Peek, K. サンゴ礁の健康診断. 日経サイエンス 52(10), 30 (2022).

シャンク, T. 深海探査で変わる生命観. 日経サイエンス 52(10), 72-73 (2022).

ストーン, S. 生物から新薬候補続々:コロナ,がん,マラリア. 日経サイエンス 52(10), 52-60 (2022).

ウォリス, C. 渇きと水分補給. 日経サイエンス 52(10), 105 (2022).

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Newton 2022年10月号掲載の生物学関係記事(2022.08.30)

2022年10月号の Newton に掲載された生物学に関係する記事の中で, 特に印象に残ったものをいくつか紹介します。

1 本目は「新型コロナに有効なアルパカ抗体」(佐藤,2022)です。 ヒトの抗体は L 鎖と H 鎖が結合して複雑な構造を実現していますが,アルパカの抗体(ナノボディ抗体) は H 鎖だけからなり,ヒトの抗体の約 10 分の 1 の大きさだそうです。 そしてアルパカの遺伝子から,オミクロン株を含む SARS-CoV-2 に対する抗体が発見されたことが紹介されています。 大きさが小さいために,ヒト抗体では入り込めないような部位に結合してはたらくとのことで, 2 年後の実用化を目指して動物実験を進めているとのことでした。新たな感染症への幅広い応用も視野に入れているようです。

2 本目は「認知症の最新知識」(西村 2022)です。アルツハイマー病の治療を巡ってはアミロイド β の蓄積を原因として治療の標的とする仮説がありましたが,一方でその効果を疑問視して他の要因, 例えばタウタンパク質の蓄積を原因とする考えもあります。この記事ではこれらの研究の経緯と現状について紹介されており, また目立った症状として表に出てこない病変が,40〜50代の半数に見られるという話題も示されています。 このことは治療の開始を痴呆症状が出るよりかなり前に行う必要性を示唆していて, 将来的には早期診断や治療のあり方が大きく変わりそうです。 40 代以上の健康診断でアルツハイマー病が調べられる日がくるかもしれません。

その他,いくつかのニュース記事に加え,中作(2022)では恐竜の化石・骨格復元などについての簡単な解説とともに, 世界中の博物館に展示されている恐竜の骨格が写真とともに紹介されています。

中作明彦 世界の恐竜博物館.Newton 42(11), 122-133 (2022).

西村尚子 認知症の最新知識.Newton 42(11), 90-99 (2022).

佐藤成美 新型コロナに有効なアルパカ抗体.Newton 42(11), 6-7 (2022).

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日経サイエンス 2022年9月号掲載の生物学関係記事(2022.08.27)

既に次号が出てしまいましたが,2022年9月号の 日経サイエンス に掲載された生物学に関係する記事の中で,特に印象に残ったものをいくつか紹介します。

1 本目は「第 2 の天然痘になるか:広がるサル痘」(出村,2022a)です。 一応,「再来する感染症の脅威」という特集の 1 本で,緩やかに感染が広がってきたサル痘だが, なぜ警戒する必要があるのか,という話。 天然痘は進化の過程でヒトへの感染に特化してきたことが分かっていて, サル痘も放置すれば同様の疾病になりかねない,という背景があるそうです。 また,その他の背景や対策についても紹介されています。

2 本目は「病原タンパク質を狙って分解」(遠藤, 2022a)で,細胞内で異常なタンパク質を分解排除している, プロテアソームを利用して病原タンパク質を分解しようという発想の創薬を解説しています。 細胞内では異常なタンパク質にユビキチンを結合させることにより,そのタンパク質をプロテアソームに認識・分解させます。 そこで病原タンパク質にユビキチンを結合させられれば,そのタンパク質を分解に導くことができるわけです。 様々なタンパク質に応用が利きやすいため,多くの臨床実験も進んでいるそうです。 また,プロテアソームではなくオートファジ−を誘導する手法も研究されており, 例えば異常なミトコンドリアをまとめて分解することなどが検討されています。 なお,この記事は特集「細胞の清掃工場を薬に」の 1 本です。

特集「細胞の清掃工場を薬に」にももう 1 本記事があり,「必須遺伝子の機能を特定:創薬を加速する新手法」(遠藤 2022b) とあります。これは直接の創薬ではなく,標的タンパク質にユビキチンを付けることで速やかな分解を促し, そのタンパク質の分解による影響を調べるという発想です。必須遺伝子の機能解明につながる手法として注目されます。

4 本目,「孤立したピューマたちを救え」(ピットマン, 2022)では, 高速道路に橋を架けることによってピューマの多様性低下を防ごうという試みです。 カリフォルニア州では,高速道路網の整備に伴ってピューマの集団が分断され, サンタモニカ山脈の集団で尾が曲がった異常個体が現れ始めたそうです。このことは近親交配が進んだことを反映しているようで, 近接する集団との交配が可能になるように,高速道路を跨ぐ橋の建設が計画されています。 この背景にはピューマの行動を探る研究や資金集めのための活動なども絡んでいて,総合的な事情が解説されていました。

その他,いくつかのニュース記事に加え,特集「再来する感染症の脅威」のもう 1 本の記事 「先進国で意外な増加:日本脳炎・デング熱・マダニ感染症」(出村, 2022b)では, 温暖化や技術の進歩で問題になってきた表題の感染症が解説されています。 Moskowitz (2022) では皮膚がんの罹患率や死亡率が地域ごとに示されていて,人種による危険の違いなどを示しています。

出村政彬 第 2 の天然痘になるか:広がるサル痘. 日経サイエンス 52(9), 35-40 (2022a).

出村政彬 先進国で意外な増加:日本脳炎・デング熱・マダニ感染症. 日経サイエンス 52(9), 41-47 (2022b).

遠藤智之 病原タンパク質を狙って分解. 日経サイエンス 52(9), 48-55 (2022a).

遠藤智之 必須遺伝子の機能を特定:創薬を加速する新手法. 日経サイエンス 52(9), 56-58 (2022b).

Moskowitz, C. 世界の皮膚がん. 日経サイエンス 52(4), 59 (2022).

ピットマン, C. 孤立したピューマたちを救え:ハイウェイを跨ぐ長大橋計画. 日経サイエンス 52(4), 64-71 (2022).

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Newton 2022年9月号掲載の生物学関係記事(2022.07.28)

2022年9月号の Newton に掲載された生物学に関係する記事の中で, 特に印象に残ったものをいくつか紹介します。

1 本目は「交渉と説得の心理学」(前田,2022)です。心理学の話題としては定番でしょうか。 内容が,ヒトの心理学的な傾向に「つけ込む」方向に偏っているのが気になります。 交渉を建設的にまとめる方針についても書かれてはいますが,心理学的な罠に対してどう対抗するか, といった防衛術についてほとんど触れられていないので,悪用ばかり勧めているような印象を受けてしまいます。 今後はもっと両面からの紹介を意識して頂きたいところです。

2 本目は「現代人のための人体の取扱説明書」(西村 2022)です。 コロナ禍を背景に,人体に生じやすい不調について,その原因や予防をわかりやすくまとめています。 例えば長時間座りっぱなしの作業がどう有害なのか,軸性近視とは何か,歯周病が全身もたらす悪影響, 脂質異常症で何が起こるのか,など気になる話題がたくさんありました。 Newton は高校生くらいを主な読者とした雑誌という印象を持っていましたが, この特集は中年以上に現れがちな不調を多く扱っていて,高めの年齢層に勧めたい記事です。

3 本目は「最新がん治療 2022」です。近年の技術進歩によって登場した様々な治療法が紹介されています。 例えば,がんの遺伝子型に応じた治療,抗体を用いて薬剤をがんの周辺だけに届ける技術,免疫を強化する方法, などなど,すでに手が届くところまで来ている治療法が次々と登場します。 一方でコロナ禍において,新薬の承認に時間差が生じている問題など,課題にも触れられています。

その他,小熊(2022)では小惑星リュウグウから得られた試料に関する最新情報が,今井(2022)では, 頻発化する森林火災により危機に瀕しているオセアニアの動物が,それぞれ紹介されています。

福田伊佐央 最新がん治療 2022.Newton 42(10), 112-121 (2022).

今井明子 危機に瀕するオセアニアの野生動物.Newton 42(10), 122-133 (2022).

小熊みどり リュウグウの砂からアミノ酸を発見.Newton 42(10), 10-11 (2022).

前田武 交渉と説得の心理学.Newton 42(10), 34-43 (2022).

西村尚子 現代人のための人体の取扱説明書.Newton 42(10), 58-87 (2022).

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日経サイエンス 2022年5月号掲載の生物学関係記事(2022.06.02)

恐ろしく遅れてしまいましたが,2022年5月号の 日経サイエンス に掲載された生物学に関係する記事の中で,特に印象に残ったものをいくつか紹介します。

1 本目は特集「辛い!の科学」より「痛みが美味しさに変わるメカニズム」(出村, 2022a)です。 2021年のノーベル賞(カプサイシン受容体と温度受容体の発見など)に関連しての特集ですが, カプサイシンの受容体の発見や温度受容体との関係,辛みを感じる機構,さらにはヒトが辛さを好む理由まで, 要点がきれいにまとめられています。また出村(2022b)ではゲノム情報に基づいて明らかになった, トウガラシ各種の伝搬経路が紹介されています。

2 本目は「なぜ海は消えたのか:金星が歩んだ激動の歴史を探る」です(アンドルーズ, 2022)。 現在,米国で 2 件,ヨーロッパで 1 件の金星探査計画が進められています。 金星は火星と同様に地球とよく似た惑星で,かつては海も存在したそうですが,海が失われた原因はわかっていません。 また地表ではなく雲の中に微生物が存在する可能性もあるようで,これらの課題に迫ることが探査の目的だそうです。 関連して日本の探査機「あかつき」による金星大気の研究に関する記事も載っています(中島, 2022)。

3 本目,「ヒヒは太陽神ラーの使い」(ドミニー, 2022)では,古代エジプトの遺跡から, 生息していなかったはずのマントヒヒのミイラが見つかるという謎について,生物学的な観点から迫っています。 マントヒヒには,朝日に向かって日光浴をする習性があり,これが太陽神信仰と結びつき, 輸入したマントヒヒを大切にしたと考えられているそうです。 マントヒヒの日光浴には体温を上昇させて微生物による植物性食物の消化を促進する意味があり, その腸内には近縁種に比べてセルロース分解性の微生物が多く含まれることからも,その重要性が裏付けられたとしています。 またミイラの出所はプント国とされていましたが,ミイラのストロンチウム同位体を調べることで, これまで判明していなかったプントの正確な位置も特定されたことが紹介されています。

その他,いくつかのニュース記事に加え,連載「Front Runner 挑む」では,小胞体における異常タンパク質の修復・ 分解の仕組みを解明した森和俊教授が紹介されています(滝,2022)。Nemo (2022) では, 植物の種子・果実の多様性を写真で示した新刊書の紹介として,いくつかの写真を載せています。 ウォリス (2022) では米国における様々な鎮痛剤における過剰摂取など不適切な利用について, Peek (2022) では大規模な移動をすることで知られるオオカバマダラの移動の実態を図示して,それぞれ紹介しています。

アンドルーズ, R. G. なぜ海は消えたのか:金星が歩んだ激動の歴史を探る. 日経サイエンス 52(5), 56-66 (2022).

出村政彬 痛みが美味しさに変わるメカニズム. 日経サイエンス 52(5), 28-35 (2022a).

出村政彬 ゲノムが語る食の文化史. 日経サイエンス 52(5), 36-43 (2022b).

ドミニー, N. J. ヒヒは太陽神ラーの使い:霊長類学で古代エジプト世界の謎を解く. 日経サイエンス 52(5), 68-75 (2022).

中島林彦 「あかつき」が解く金星大気の謎. 日経サイエンス 52(5), 67 (2022).

Nemo, L. 花が散った後に. 日経サイエンス 52(5), 76-77 (2022).

Peek, K. オオカバマダラの大旅行. 日経サイエンス 52(5), 102 (2022).

滝順一 森和俊:小胞体の基本機能解明 タンパク質を修復・分解. 日経サイエンス 52(5), 10-13 (2022).

ウォリス, C. 鎮痛剤のリスク. 日経サイエンス 52(5), 88 (2022).

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Newton 2022年5月号掲載の生物学関係記事(2022.04.22)

2022年5月号の Newton に掲載された生物学に関係する記事の中で, 特に印象に残ったものをいくつか紹介します。

1 本目は「合成生物学はここまで来た」(島田, 2022)です。 合成生物学は,生物や生命現象を設計し,生物の合成や改変を進める学問で,その現状を伝えています。 近年はゲノム編集と DNA 合成技術を活用した研究が盛んなようで,人工細胞の合成の実現も近づきつつあるようです。 また遺伝子ドライブという,改変した遺伝子を両方の染色体に反映される技術なども紹介されています。

2 本目,「ヒューマンエラーはなぜおきる」(前田, 2022)では人間が失敗を起こす理由について, 心理学的な観点も絡めて解説しています。失敗を完全になくすことはできませんが, 原因となる「認知バイアス」を理解しておくことは失敗防止のためにも意味がありそうです。

3 本目,「巣―自然界の名建築」(薬袋, 2022)では,そもそも巣の役割とは何かからはじまり, 様々な動物の作る個性的な巣を綺麗な写真で紹介しています。正体不明なクモのつくる「シルクヘンジ」や, シャカイハタオリという鳥の作る「巨大なマンション」など面白い構造がいくつもありました。

その他,小谷(2022)は量子論に関する特集記事で,生物が量子論的な現象を利用している場合も若干紹介されています。 山本(2022)では人体の骨に関して簡単に解説し,様々な骨・関節についてもモデルを用いて簡潔に紹介しています。

小谷太郎 量子論 2022.Newton 42(5), 58-87 (2022).

前田武 ヒューマンエラーはなぜおきる.Newton 42(5), 90-99 (2022).

薬袋摩耶 巣―自然界の名建築.Newton 42(5), 122-133 (2022).

島田祥輔 合成生物学はここまで来た.Newton 42(5), 34-43 (2022).

山本尚恵 ながめて楽しむ骨図鑑.Newton 42(5), 100-111 (2022).

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日経サイエンス 2022年4月号掲載の生物学関係記事(2022.03.29)

2022年4月号の 日経サイエンス に掲載された生物学に関係する記事の中で, 特に印象に残ったものをいくつか紹介します。

1 本目は特集「コロナワクチン 3 回目接種」の 1 本目,「オミクロンにどれだけ効くのか?」(出村,2022)です。 現在,COVID-19 に対する 3 回目のワクチン接種が進んでいますが, 1 回目や 2 回目とは体内の免疫の状態もウイルスの株も変化しています。 特に現在流行しているオミクロン株については多くの変異が蓄積しているため, ワクチンの効果も異なる可能性があります。この記事では公表された情報や論文に基づいて, ワクチンの効果や今後の見通しについて解説しています。例えば,発症を防ぐ免疫(中和抗体)と重症化を防ぐ免疫 (キラー T 細胞)が異なるため,ワクチンの効果が前者については弱く, 後者については十分に得られることなどが説明されています。 自分がワクチンを接種すべきかどうかを考える参考にもなる記事です。

2 本目,同じ特集の「ワクチンが効かない人たち:免疫弱者をコロナから守る」(ルイス,2022)では, 臓器移植などに伴い免疫抑制剤を投与されていたり,病気の影響で免疫が弱っている場合, ワクチンの接種によって十分な抗体が得られないことがあるそうです。 この記事ではそのような患者の実態を紹介すると共に,ワクチンの接種回数や摂取時期(免疫抑制剤の投与前など) を工夫して「免疫弱者」が抗体を得る方法について解説しています。 あまり焦点が当たりにくい問題ですが,例外的な接種法なども必要となるため,注目すべき話題です。

3 本目は,「ブタの心臓異種移植成功」(中内ほか,2022)です。 この記事では遺伝子改変したブタの心臓をヒトに移植した話がわかりやすく解説されています。 動物を利用して不足している移植用臓器を確保しようとする研究が続けられていますが, 遺伝子改変したブタの心臓を緊急性の高い患者に移植する手術が実施されたそうです。 種の壁を越えるのは容易ではなく,拒絶反応を起こす遺伝子を除去し,ヒトに「見せかける」遺伝子を導入し, さらにはブタゲノム中のレトロウイルスを除去する遺伝子改変を行っています。 別の方法として,ヒトの心臓をブタに育てさせる方法も研究されていますが,今回はブタの心臓が用いられました。 記事中では超急性拒絶反応を乗り越えたらしいことまで伝えられていますが, その後の報道によると,この患者は術後 2 ヶ月で亡くなったそうです。死因はまだ明らかになっていません。 今後の臓器移植医療を一変させる可能性のある話題です。

その他,いくつかのニュース記事に加え,Moskowitz (2022) では全世界の鳥の種別個体数について, 詫摩 (2022) では原始内胚葉幹細胞(PrES細胞)の作成について,簡単に紹介されています。

出村政彬 オミクロンにどれだけ効くのか? 日経サイエンス 52(4), 56-59 (2022).

ルイス,T. ワクチンが効かない人たち:免疫弱者をコロナから守る.日経サイエンス 52(4), 60-65 (2022).

Moskowitz, C. 種別に見た鳥の個体数. 日経サイエンス 52(4), 10 (2022).

中内啓光,水谷英二 および 加納麻弓子 ブタの心臓異種移植成功.日経サイエンス 52(4), 66-69 (2022).

詫摩雅子 人工胚をつくる最後の部品完成.日経サイエンス 52(4), 16-17 (2022).

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Newton 2022年4月号掲載の生物学関係記事(2022.03.05)

2022年4月号の Newton に掲載された生物学に関係する記事の中で, 特に印象に残ったものをいくつか紹介します。

1 本目は Focus Plus という 2 頁のニュース解説の,「世界初,脊髄損傷に iPS 細胞を移植」 (山本, 2022)です。脊髄損傷に対してはこれまで有効な治療法がありませんでしたが, ついにヒトでの臨床研究が始まったそうです。現状では,損傷から 2〜4週間以内に治療を行う必要があり, 本人の iPS 細胞を使うことはできないそうですが,将来的には多くの患者を救う技術になるかもしれません。

2 本目,「『やる気』の心理学」(前田, 2022)では, 人間にやる気(モチベーション)を起こさせる要因や逆にやる気を削ぐ要因について, 心理学的な研究に基づいて解説しています。どこかで聞いた内容が多いようですが, その実験的根拠などが紹介されています。主に他者にやる気を起こさせる観点での解説ですが, 自分のやる気を制御する観点でも役に立ちそうな記事です。

3 本目,「LGBTQ の科学知識」(福田, 2022)では, 性のあり方の多様性について,精神医学や発生学,脳科学などの観点から紹介しています。 LGBTQ を巡る社会的環境が近年劇的に変化している中で,現状をおさらいする意味がある記事です。 例えば,これまで「性同一性障害」と呼ばれていた状態が,2022年1月から「性別不合」と呼ぶようになったことや, 性別不合に起因する悩み,最新の治療のあり方などが紹介されています。

その他,薬袋 (2022) では,国際自然保護連合が公開した最新のレッドリストと, 象徴的な動物種がそれぞれ簡単に紹介されています。

福田伊佐央 LGBTQ の科学知識:「心の性の多様性」を正しく理解するために. Newton 42(4), 90-99 (2022).

前田武 「やる気」の心理学:どうすればやる気が出るのか? モチベーションの正体を心理学で探る. Newton 42(4), 34-43 (2022).

薬袋摩耶 最新レッドリストが伝える野生生物の危機:個体数の急激な減少が懸念される動物たち. Newton 42(4), 100-111 (2022).

山本尚恵 世界初,脊髄損傷に iPS 細胞を移植. Newton 42(4), 6-7 (2022).

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日経サイエンス 2022年3月号掲載の生物学関係記事(2022.02.04)

2022年3月号の 日経サイエンス に掲載された生物学に関係する記事の中で, 特に印象に残ったものをいくつか紹介します。

1 本目は Scope というニュース解説の中の,「感染初期に使える経口薬」(北澤, 2022)です。 Covid-19 に対する経口治療薬開発の現状解説で,日本でも特例承認されたばかりのモルヌピラビル (RNA ポリメラーゼ阻害剤)と,欧米諸国で承認され日本で未承認のパクスロビド(プロテアーゼ阻害剤)について, 有効性や副作用について簡単に解説されています。いずれも発症後早期に服用することで入院・死亡の危険を減らせる一方, それぞれに副作用があり,患者によっては服用できないそうです。 なお,作用部位が保存されているため,現在流行中のオミクロン株に対しても有効と期待されています。

また,この号の特集である自己免疫疾患に関する一連の記事も注目されます(フィッシュマン, 2022; コニコヴァ, 2022; ベンダー, 2022; サザーランド, 2022; モイヤー, 2022; ブロードフット, 2022)。 自己免疫疾患は免疫系が自身の体を攻撃する一連の病気で,比較的有名な乾癬・バセドウ病・関節リウマチ・1 型糖尿病 ・円形脱毛症・多発性硬化症・全身性エリテマトーデス(狼瘡)・潰瘍性大腸炎などを含め,80 種程度が知られています。 多くが難病とされていますが,その治療には光明が見えつつあるようです。

各記事を簡単に紹介すると,フィッシュマン (2022) は簡単な導入で,コニコヴァ (2022) では著者自身の体験談が, ベンダー (2022) では既知の自己免疫疾患の一覧が,サザーランド (2022) では標的細胞の関与に関する最新の研究が, モイヤー (2022) では多くの自己免疫疾患患者が女性に偏っている原因に関する研究が, ブロードフット (2022) では治療法の進歩の現状が,それぞれ示されています。

特に,自己免疫疾患が免疫系の問題ではなく,標的細胞の異常が免疫反応を呼び寄せているという説は, 研究途上ながら自己免疫疾患の根本原因に迫る話題として興味深い話です。 また治療法についても,単に免疫を抑制するという副作用の多いこれまでの方法から, 標的を絞った治療への切り替えが試みられているそうで,今後に期待が持てます。 一方で,自己免疫疾患がなぜ発症するのかは依然として不明なままで,根治を目指す治療法の研究には時間がかかりそうです。

ベンダー, M. データで見る自己免疫疾患. 日経サイエンス 52(3), 33-35 (2022).

ブロードフット, M. 反乱を抑える新たな手立て. 日経サイエンス 52(3), 48-54 (2022).

フィッシュマン, J. 反逆する体. 日経サイエンス 52(3), 29 (2022).

北澤京子 感染初期に使える経口薬. 日経サイエンス 52(3), 14-15 (2022).

コニコヴァ, M. 理解されない苦しみ: ある患者の闘い. 日経サイエンス 52(3), 30-32 (2022).

モイヤー, M. W. 女性に多い理由: 腸内細菌,ホルモン,X 染色体が影響. 日経サイエンス 52(3), 42-47 (2022).

サザーランド, S. なぜ自分に牙を剥くのか: 免疫が裏切るメカニズム. 日経サイエンス 52(3), 36-41 (2022).

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Newton 2022年3月号掲載の生物学関係記事(2022.01.29)

2022年3月号の Newton に掲載された生物学に関係する記事の中で, 特に印象に残ったものをいくつか紹介します。

1 本目は Focus Plus という 2 頁のニュース解説の,「新型コロナの『ファクター X』 の一つを解明」(北原, 2022)です。 日本人に多い(日本人の約 6 割が有する)ヒト白血球抗原(HLA)型の HLA-A24 が SARS-CoV-2 との交差免疫に関わっていることが判明し,これが日本において COVID-19 の感染・死者数が相対的に少ない原因だとする説を紹介しています。

2 本目,「忘却の脳科学」(西村, 2022)では, 記憶と忘却の仕組みについて脳や神経の構造なども踏まえて解説しています。 中でも心的外傷後ストレス障害(PTSD)を薬理的に治療する可能性が見えてきた, という話題に興味を引かれました。

3 本目,「スポーツと性別をめぐる最新事情」(福田, 2022)では, 性分化疾患(DSD;かつて両性具有や半陰陽と言われた)についての解説とともに, DSD のスポーツ選手が女性競技に参加することに関する議論が紹介されています。 特に,女性競技にテストステロン値が高い DSD 選手が参加することは不公平とされますが, その妥当性や平等との兼ね合いについても触れられています。 典型的な性と DSD の能力差について,そもそもの研究が進んでいないことが, より問題を複雑にしていることがわかります。なお,2022年2月号の日経サイエンスにも, テストステロン値を基準にすることの是非を解説した記事(ハッキンズ, 2022)があります。

その他,前田および中野 (2022) では,現生人類の歴史が, 主に文明の進歩を中心に解説されています(話題のほとんどは直近数千年)。 小野寺 (2022) では温暖化が北極の環境・生態系に及ぼしている甚大な影響が解説されています。 薬袋 (2022) では,変わったツノが特徴的なツノゼミ(セミの仲間ではない) の生態が紹介されています。

福田伊佐央 スポーツと性別をめぐる最新事情:体の性的な特徴が大多数とはことなる「性分化疾患(DSD)」. Newton 42(3), 90-99 (2022).

ハッキンズ, G. ホルモン量で男女を線引きすべきか?:アスリートの性とジェンダー. 日経サイエンス 52(2), 66-72 (2022).

北原逸美 新型コロナの「ファクター X」の一つを解明. Newton 42(3), 10-11 (2022).

前田武 および 中野太郎 人類の歴史:20万年をダイジェスト. Newton 42(3), 14-33 (2022).

薬袋摩耶 異形の昆虫:ツノゼミ:不思議な体をもつ小さな昆虫の特殊な生態. Newton 42(3), 122-133 (2022).

西村尚子 忘却の脳科学:誰もが「忘れたがる脳」をもっている. Newton 42(3), 34-43 (2022).

小野寺佑紀 限界をこえた北極の崩壊:温暖化で激変した,北極域の氷と生態系. Newton 42(3), 112-121 (2022).

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海の深さで変わる微生物,変わらぬ栄養源(2018.01.29)

海洋の物質循環には原核生物が大きく関わっています。 表層での光合成により合成された有機物は微生物遺骸の沈殿などにより深海にまで供給され,従属栄養微生物の生態を支えています。 しかし海水中には水深ごとに様々な微生物が存在し,利用される有機物の種類や程度についてはよく分かっていませんでした。 そこで Bergauer et al. (2018) は海水中の雑多な微生物(原核生物)のメタプロテオーム解析を通じて, 微生物による有機物利用の実態に迫りました。

溶存有機物は深海ではより少なく,水深ごとに組成も異なるため,微生物による利用も異なっているはずです。 しかし難培養性微生物の生態が十分に理解されていないこと,利用可能な有機物が多岐にわたること, そしてゲノム配列では有機物の取り込みの程度までは分からないこと,などの理由で, 自然環境下における有機物の取り込みを把握することは困難でした。 そこで著者らは微生物の輸送タンパク質に着目し,有機物の細胞内への取り込みを間接的に理解しようとしました。

著者らは大西洋の様々な地点で,100 m の真光層,300〜850 m の中深層,1,475〜1,973 m の上部漸深層, 2,750〜4,050 m の下部漸深層から試料を採取しました。 そして試料のゲノム・プロテオーム解析の結果を既存のデータベースと比較し,合計 1,002 個の輸送タンパク質を同定しました。 この内 4 層全てで確認されたものは 7% のみでしたが, COG(clusters of orthologous groups)に基づく機能分類では, 3 層以上にまたがるものが 55 種類,4 層全てに見られるものが 29 種類(30%)に達していました。 ただし漸深層の輸送タンパク質には輸送基質が未知のものも比較的多かったそうです。

試料のごとのばらつきはあるものの,プロテオーム中に輸送タンパク質の占める割合は,真光層(20% 前後) よりも漸深層(40% 前後)で大きく,種類としては ABC 輸送体(ATP 結合カセット輸送体)がかなりの割合を占めました。 少数派の輸送体としては,三部構成 ATP 非依存性ペリプラズム輸送体(TRAP-T),三部構成トリカルボン酸輸送体(TTT), TonB 依存性輸送体(TBDT)も幅広く見つかっています。輸送体の持ち主では真正細菌が 7 割(プロテオバクテリアだけで全体の 4 割) を占め,古細菌はわずか 2% で,所属不明が 3 割に達しました。

著者らは各 ABC 輸送体の基質の違いや分類群ごとの輸送体の割合にも注目し,水深ごとの詳細な傾向も見ています。 大まかに言えば,それぞれの有機物種に対応する輸送体は水深を問わず存在するが, 持ち主である微生物種や利用する有機物の比率は水深ごとに異なっていた,とまとめられるでしょう。 例えば炭水化物の取り込みは,中深層まではプロテオバクテリアと放線菌やグラム陽性細菌(Firmicutes)が担っているのに対し, 漸深層ではプロテオバクテリアが大部分を占めます。

これらの結果は,どの水深でも程度の差はあれ,有機物粒子からあらゆる有機物が供給されていることを反映しているのでしょう。 そして溶存有機物の存在比に応じて,水深ごとに異なる微生物が優占しているものと思われます。 粒子状有機物の主成分はアミノ酸とのことですが,アミノ酸輸送体は水深が深くなるにつれて増加しており, 著者らは漸深層において粒子状有機物の可溶化と取り込みが,単なる溶存有機物の取り込みより重要になっていると論じています。

残念ながらデータベースに含まれる生物・タンパク質や,輸送タンパク質の理解には偏りがあるため, 今回の議論はあくまでも暫定的なものです。所属不明の輸送体の割合を高いとみるか,低いとみるかは微妙ですが, 海洋の炭素循環の理解には,オミクス研究だけでなく個々の微生物や輸送体タンパク質の研究もまだまだ必要と言えそうです。

Bergauer, L. et al. Organic matter processing by microbial communities throughout the Atlantic water column as revealed by metaproteomics. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 115, E400-E408 (2018).

解説記事:
Kirchman, D. L. Microbial proteins for organic material degradation in the deep ocean. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 115, 445-447 (2018).

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亜硝酸古細菌は深く潜れず

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波が砕けてヌクレオシド合成(2018.01.06)

近年,波しぶきなどの形成する微小滴(microdroplet)が, 生命の起源以前に重要な化学反応の場であった可能性が議論されています。 実際に糖類のリン酸化が起こることなどが示されていましたが(波が砕けてリン酸化), Nam et al. (2018) はさらに,リボヌクレオシドの合成反応全般が微小滴中で促進されることを示しました。

波が砕けてリン酸化で紹介した研究(Nam et al., 2017)では, 微小滴中でリボースのリン酸化に加えて,ウラシルとの結合によるウリジン合成が起こることが示されました。 そこで著者らはこの延長として,ウラシル以外の核酸塩基とリボースの結合が微小滴中で起こるのかどうか調べました。

ウラシル以外の RNA の塩基のうち,グアニンは水に難溶性で微小滴を用いた実験に供することができませんでしたが, 代わりにシトシンとも塩基対形成できるヒポキサンチン(リボースと結合してイノシンになる)が使用されました。 基本的には Nam et al. (2017) と同様の条件で,D-リボース,リン酸,核酸塩基(アデニン,シトシン, ヒポキサンチンのいずれか),Mg2+(触媒。原始海洋にも普通に存在したと考えられる)を含んだ微小滴を作製し, 微小滴中でヌクレオシド生成が進むことが確認されました。なお,Mg2+ を含まない場合, ヌクレオシドの生成は確認されず,この点でウリジンの生成(Mg2+ を必要としない)とは異なっていました。

熱力学的な考察によると,リボース-1-リン酸を経由した反応は,水塊中ではギブス自由エネルギーが増大するため, 特にリボース-1-リン酸の自由エネルギーが高いため,自発的には起こらないものと考えられました。 一方で微小滴中ではリボースへのリン酸基の結合においてもリン酸基と核酸塩基の交換においても自由エネルギーが減少するため, 自発的に起こるものと考えられました。ただし反応速度が必ずしも速くないため,現実的には反応を加速する触媒が必要なようです。 著者らは Mg2+,Ca2+,Fe2+ を触媒候補として検討し,微小滴中では 3 mM の Mg2+ が最適であることを見出したそうです。

著者らの系はかなり単純化されていて, 現時点では原始海洋の条件を模倣することよりも微小滴での化学反応の基本的性質を理解することを目指しているようです。 従って,触媒としての Mg2+ の重要性を新たに示した点などが特に重要な成果と言えるかもしれません。 ただ,単純化した条件ではうまく進む化学反応が,複雑な条件では抑制されることも無い話ではありません。 実際の原始海洋で微小滴が果たした役割を証明するためには, 多種の無機イオンや 4 種の核酸塩基が共存する微小滴でも同様に反応が進むのか確認する必要があるでしょう。

Nam, I., Nam, H. G. & Zare, R. N. Abiotic synthesis of purine and pyrimidine ribonucleosides in aqueous microdroplets. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 115, 36-40 (2018).

Nam, I., Lee, J. K., Nam, H. G. & Zare, R. N. Abiotic production of sugar phosphates and uridine ribonucleoside in aqueous microdroplets. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 114, 12396-12400 (2017).

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波が砕けてリン酸化

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波が砕けてリン酸化(2017.11.27)

リン酸化物質は,核酸や代謝物質,膜脂質など様々な生体分子に見られます。 しかしリン酸と糖などの結合は脱水反応であり水中では自発的に起こりません。 そのため生命誕生以前の原始地球において,どのようにリン酸化反応が起こったのかについては一つの謎となっています。 Nam et al. (2017) は,様々な化学反応を促進することが知られている水の微小滴(microdroplet)に着目し, 水塊中では起こらないリン酸化反応が微小滴中では自発的に起こることを発見しました。

紹介記事(Vaida, 2017)によれば,数 μm の微小滴が波しぶきによって形成され,あるいは雲の中などに存在するそうです。 微小滴は体積に比べて表面積が大きいことが特徴で,自然界の微小滴の表面積合計は海洋表面よりも桁違いに広く, 表面の 90% 以上が海洋に覆われていた初期地球ではさらに広かったとされています。 水の表面では分子が配向しやすく,pH や電荷なども偏りが生じます。また水の蒸発により濃縮も起こりやすく, 様々な化学反応が促進されるものと考えられます。そこで著者らは,微小滴中ではリン酸化反応も促進されると予想しました。

著者らは反応液を N2 を用いて霧化(径 1〜50 μm 程度の微小滴を形成)し, 質量分析計の取り込み口に吹き付けて反応を測定しました。この際,取り込み口までの距離を変えることで反応時間を調節しています。 最初に D-リボース,L-リボース,D-グルコース,D-ガラクトース,D-フルクトースとリン酸を混ぜた反応液を用いて, 反応距離 25 mm(反応時間は約 300 μ秒)で測定したところ,反応液には含まれていないリン酸化された糖が検出されました。 生体反応ではリボースは 1 位と 5 位が,グルコース,ガラクトース,フルクトースでは 1 位と 6 位がリン酸化されますが, 微小滴中の反応ではいずれも 1 位がリン酸化されていました。反応距離を変えた実験からは, 200 μ秒で反応が平衡に達していたこともわかりました。なお,この程度の反応時間では蒸発による濃縮は無視できるそうです。

著者らはまた,反応温度を変えた実験から熱力学的特徴を調べ, 微小滴中の反応ではギブス自由エネルギー変化とエンタルピー変化が負の値を,エントロピー変化が正の値をとることを示しました。 この場合,反応は温度にかかわらず自発的に進みます。 これは水塊中で同じ反応のギブス自由エネルギー変化が正の値をとり,従って自発的には進まないことと対照的です。

さらに,D-リボースとリン酸にウラシルも加えた反応液で実験が行われ,ヌクレオシド(ウリジン)の生成も確認されました。 この反応はリン酸を抜くと起こらなかったため,リボース-1-リン酸のリン酸基がウラシルと置換したものと見られています。

著者らは微小滴におけるリン酸化反応が,生命の起源においても重要な役割を果たした可能性を示唆しています。 しかしこれは必ずしも自明ではないでしょう。例えば波しぶきなどで生成される微小滴は遠からず海洋に戻るはずです。 海洋中ではリン酸基は加水分解で外れる方向に反応が進むはずなので,リン酸化糖が十分量蓄積するにはさらに条件が必要でしょう。 また生体では 5 位がリン酸化されたヌクレオチドが RNA の原料となるため,リン酸基の位置が 1 位に限られている点も問題です。 生命が誕生した場所では,原料の生成や蓄積,重合など様々な現象が起こらなければならず, 微小滴がその大部分の条件を満たすのか,今後とも検証が必要でしょう。実際に微小滴が生命の起源とは無関係な可能性もありますが, 水と空気の(あるいは疎水的な)界面が反応促進に重要であるという点は手がかりになりそうです。

Nam, I., Lee, J. K., Nam, H. G. & Zare, R. N. Abiotic production of sugar phosphates and uridine ribonucleoside in aqueous microdroplets. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 114, 12396-12400 (2017).

Vaida, V. Prebiotic phosphorylation enabled by microdroplets. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 114, 12359-12361 (2017).

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逆に考えてパンダの性フェロモンを探す(2017.11.24)

ジャイアントパンダ(Ailuropoda melanoleuca)は近年まで絶滅危惧種とされ, 保全状況が改善した現在でも危急種と見なされています。ジャイアントパンダは肉食動物の様な消化器官を持ちながら草食(竹食) をするため消化の効率が悪く,これが緩慢な行動や長時間の休息,低い繁殖力(通常二年に一度)の原因と言われています。 Zhu et al. (2017) は本種の保全のためには食性や繁殖への理解を深める必要があるとして, 嗅覚に関連するタンパク質の解析から感じ取る食物の匂いや性フェロモンの正体解明に挑みました。

従来の化学生態学的研究では,候補物質に対する対象の行動変化などからフェロモンなどを特定していました。 しかし希少動物の場合,大量の生体試料から候補物質を探すことも,それを用いて行動学的な研究を行うことも制限されます (Leal, 2017)。そこで著者らは匂い物質ではなく,これが結合するであろうタンパク質に着目しました。

著者らはまず,フェロモンなど疎水性の情報化学物質と結合して可溶化するタンパク質, OBP(odorant-binding protein)をゲノム情報から洗い出しました。見つかった計 6 個の OBP(AimelOBP1〜6)は, お互いよりも他の哺乳類(特に同じ食肉目)の OBP に近縁で,AimelOBP3 はイノシシの性フェロモンの担体タンパク質などに, AimelOBP4 は涙や唾液に含まれる静菌作用に関連するタンパク質に,AimelOBP5 はヒトの鼻の OBP1 に,それぞれ近縁でした。 次にプロテオーム解析により鼻の粘液と唾液における発現が調べられ,AimelOBP1 と 2 以外の 4 種の発現が確認されました。

主に鼻から検出され,他の哺乳類でもフェロモン受容への関与や鼻での発現が知られていることから, 著者らは AimelOBP3 と 5 に絞って結合相手(リガンド)の探索を進めました。植物性の揮発性物質と, 性フェロモンの候補である長鎖アルデヒド・脂肪酸やその派生物質を候補として各タンパク質との結合能を調べた結果, AimelOBP3 は竹にも含まれる種々の植物性のテルペノイド(新鮮な竹の葉に含まれる,シトラール,サフラナール, ファルネソール,β-イオノン,セドロールなど)や,長鎖不飽和アルデヒドと高い結合性を示しました。 一方で AimelOBP5 はこれらの物質とは結合せず,脂肪酸と結合することがわかりました。

さらに性フェロモンの候補を絞り込むため,著者らはそれぞれ結晶構造の解析と相同タンパク質の立体構造からの推定により AimelOBP3 と AimelOBP5 の立体構造を解明し,リガンドとの結合部位を予想しました。 次いで結合に関与しそうなアミノ酸を一つずつ置換した組換えタンパク質でも結合能を調べ, AimelOBP3 におけるリガンドとの結合部位を特定しました。その結果,性フェロモン候補の中で結合部位に最も良く当てはまるのは Z11-ヘキサデセナール(Z11-16:Ald)であるとわかりました。

AimelOBP5 については結合部位との比較は行っていませんが,Z11-ヘキサデセナールの酸化産物である脂肪酸と結合し, AimelOBP3 と共同して性フェロモンの新鮮さを測るのに関与していると著者らは推測しています。 また AimelOBP3 は春の竹の葉に豊富に含まれるセドロールと結合することから, ジャイアントパンダの発情期(春)との関連性も考えているようです。

今回の「逆」化学生態学的な手法だけでジャイアントパンダの性フェロモンが確定したわけではありませんが (行動学的な裏付けが必要),この手法は絶滅危惧種の研究に広く使えるものと期待されています (Zhu et al., 2017;Leal, 2017)。今回の研究では,事前の予測や根拠の薄い当て推量に基づく部分も大きく見えますが, より高精度な立体構造推定や,立体構造に基づくリガンド探索が計算機上で効率よくできるようになれば, 逆化学生態学的手法はより強力で幅広く使える手法になっていくかもしれません。

Zhu, J. et al. Reverse chemical ecology: Olfactory proteins from the giant panda and their interactions with putative pheromones and bamboo volatiles. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 114, E9802-E9810 (2017).

Leal, W. S. Reverse chemical ecology at the service of conservation biology. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 114, 12094-12096 (2017).

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亜硝酸古細菌の培養株ゲノム(2010.08.25)

古細菌の中で海洋に広く分布するタウモアーケオタ門(Marine Group I 系統群とも呼ばれる)は, 唯一純粋培養が成功している "Nitrosopumilus maritimus" に基づき亜硝酸菌(アンモニアを酸化する化学合成菌) のグループと考えられています。古細菌の中では他に亜硝酸菌は知られていないため Nitrosopumilus は重要な研究材料であり, この度 Walker et al. (2010) により全ゲノムが解読されました。

タウモアーケオタの研究は "Nitrosopumilus" の純粋培養株と,海綿と共培養されている "Cenarchaeum symbiosum" を用いてなされてきました。"Cenarchaeum" についてはすでにゲノム解読が行われており, "Nitrosopumilus" と同様に亜硝酸古細菌であると推測されています(海を統べる古細菌のゲノム)。 しかし生理学的な実験研究には純粋培養株の使用が不可欠で,"Nitrosopumilus" のゲノム情報が待たれていました。 そこで著者らは 1,645,259 塩基対の単一の染色体からなる全ゲノムを解読し, そこから推測されるアンモニア酸化の仕組みなどについて議論しています。

"Nitrosopumilus" のゲノムは "Cenarchaeum"(約 200 万塩基対)と比較して小さく,GC 含量が少ない ("Nitrosopumilus" は 34.2%,"Cenarchaeum" は 57.7%)などの目立った違いがありました。 一方で遺伝子数はさほど変わらず(ORF はそれぞれ 1,997 個と 2,066 個),1,267 遺伝子が共通に存在していました。 また様々な海域から得られた海洋性古細菌のゲノム断片には "Nitrosopumilus" と類似したものが多く含まれており, 本種が海洋性古細菌のモデル生物とみなせることが裏付けられました。

アンモニア酸化の機構を調べるために,研究が進んでいる亜硝酸細菌との比較が行われましたが, 亜硝酸細菌で電子伝達に用いている HAO(hemi-rich hydroxylamine oxidoreductase)複合体やシトクロム c が "Nitrosopumilus" のゲノムには見つからず,異なる機構を用いていることが示唆されました。 アンモニア酸化の反応に関わる遺伝子には亜硝酸細菌と相同なものもあるようですが,アンモニア酸化の機構を全体としてみると, 亜硝酸古細菌と亜硝酸細菌では一部の遺伝子を水平遺伝子移動で交換していたとしても, 全体的には独自に代謝系を進化させたように思われます。炭素同化の経路もやはり亜硝酸細菌とは異なっていました。 亜硝酸細菌は RubisCO を用いてカルビン回路で炭酸固定を行いますが,"Nitrosopumilus" は RubisCO の遺伝子を持たず, おそらく3-ヒドロキシプロピオン酸/4-ヒドロキシ酪酸回路(他の古細菌からも知られている炭素固定回路; 古細菌から見つかった第 6 の同化経路も参照)を用いていると見られました。

細胞分裂の機構についても "Nitrosopumilus" は興味深いそうです。古細菌は FtsZ か Cdv のいずれかのタンパク質 (複合体)を中核とする細胞分裂装置を用いているとされていました。しかし "Nitrosopumilus" と "Cenarchaeum" のゲノムには ftsZcdvABC 遺伝子の両者がコードされていました。"Nitrosopumilus" の純粋培養株を用いて, これらの分裂機構がどのように働いているのかが調べられれば,古細菌における分裂機構の進化や祖先型が見えてくるかもしれません。

著者らはこれらのゲノム情報を総合して,海洋性亜硝酸古細菌の生態についても軽く議論しています。 "Nitrosopumilus" の炭素固定経路である3-ヒドロキシプロピオン酸/4-ヒドロキシ酪酸回路はエネルギー効率が良いそうで, 本種が混合栄養生活も独立栄養生活も可能なことと合わせて,貧栄養な外洋での生態に適応していることが示唆されています。 また著者らは電子伝達系などに銅を含んだ酵素が用いられていると推測しており,これも鉄が不足した外洋での生態適応とみています。

今回のゲノム解読により,亜硝酸古細菌について研究すべき事柄が次々と示されましたが,実際の知見としては "Cenarchaeum" のゲノム情報からわかる範囲を大きく超えてはいないようです。本種のゲノムが解読された本当の意義は, 純粋培養株を用いた実験研究に向けての土台が出来たことにあるでしょう。

Walker, C. B. Nitrosopumilus maritimus genome reveals unique mechanisms for nitrification and autotrophy in globally distributed marine crenarchaea. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 107, 8818-8823 (2010).

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訃報 Harry Whittington 博士死去(2010.08.09)

Harry Blackmore Whittington 博士は(1916-2010)カンブリア紀のバージェス動物群の研究で知られ, また三葉虫の研究でも多くの業績を残した古生物学者です。 博士は 90 代になってなお古生物学の論文を出していましたが,去る 6 月 20 日に 94 歳で亡くなったそうです (Briggs, 2010)。

バージェス動物群はカナダ・ロッキー山脈のバージェス山付近に産出するカンブリア時代の動物群のことで, 現生の動物門の起源に近い生物や,奇妙な姿をした独自の動物を含むことで知られています。 バージェス動物群の発見は 1909 年に Charles Walcott によってなされましたが,彼の研究は予備的なもので, 本格的な研究を始めたのが Whittington 博士とその弟子達でした(追悼文著者の Derek E. G. Briggs も含む)。 博士らの緻密な研究によりバージェス動物群の実態が明らかになり, カンブリア紀の爆発的な進化が研究者のみならず一般の注目も浴びるようになりました。 博士はその業績などから国際生物学賞(第 17 回)も受賞しています。

また博士は三葉虫の研究においても著しい業績を上げてきました。 1938 年に,北ウェールズにおいて腕足動物や三葉虫を用いて地層の年代を決定する研究で博士号を取得し, 1960 年代には三葉虫の研究の権威として知られるようになったそうです。 2009 年にも "The Corynexochina (Trilobita): A Poorly Understood Suborder" と題する三葉虫に関する論文が Journal of Paleontology 誌に掲載されていて, このことからも三葉虫の研究が博士の一生の仕事であったことが窺えます。

カンブリア紀の動物群の研究はバージェス以外でも中国の澄江,グリーンランドのシリウス・パセットなど, 複数の化石産地に広がりを見せています。Whittington 博士の遺した業績はその後継者と共に 今後も古生物学に影響を及ぼし続けることでしょう。

Briggs, D. E. G. Harry Whittington (1916-2010). Nature 466, 706 (2010).

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訃報 Armen Leonovich Takhtajan 博士死去(2010.04.27)

Armen Leonovich Takhtajan 博士は 1950 年代より被子植物の分類体系を発表し続けてきた, アルメニア人の植物学者です。昨年の 9 月には被子植物全体の分類をまとめ上げた書籍が出版されましたが, その直後となる 11 月 13 日に 99 歳で亡くなったそうです(Thorne, 2010)。

Takhtajan 博士は Rolf Dahlgren,Arthur Cronquist,そして追悼記事の著者である Robert Thorne と共に, 植物系統分類学者の "Big Four" に数えられていたそうです(Thorne 以外は故人)。 Takhtajan (2009) はおそらく彼の遺作となりますが,本書においては被子植物の独自の分類体系が紹介されています。 ここでは単に被子植物の分類群が並べられているだけではなく, 被子植物全体にわたって分類群ごとの解説が与えられていて,著者の幅広い知識を読み取ることが出来ます。 この体系では依然として被子植物が双子葉植物(モクレン綱)と単子葉植物(ユリ綱)に二分されていますが, 今後は APG III に基づく分類体系にあるように, 被子植物を多数の上位分類群に分ける体系に移行していく可能性もあり (被子植物の分類体系再編 II), この変革を Takhtajan 博士がどう見るのかは気になるところでした。

被子植物の分類体系にとって,今は時代の変わり目かもしれませんが, このような時期に深い見識を有した巨人が亡くなったことは非常に残念です。 ご冥福をお祈り申し上げます。

Thorne, R. Armen Leonovich Takhtajan. Taxon 59, 317 (2010).

Takhtajan, A. Flowering Plants, 2nd Edn. (Springer, 2009).

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自己複製するリボザイム(2009.11.10)

生物の最大の特徴はやはり自己複製することでしょう。そして RNA ワールド仮説では自己複製する RNA こそが生命の起源となったと考えられており,そのような RNA 分子の合成が試みられてきました。 Lincoln & Joyce (2009) はそんな研究の中から合成された自己複製する RNA とその挙動を報告しています。

自己複製する分子を合成することは生命の起源研究の一つの目標でしたが,試験管内で RNA 分子に変異を加え, 求める特性を持った RNA 分子を選抜する試験管内進化の手法によって自己複製する RNA が開発されていました (Paul & Joyce, 2002)。この R3C リガーゼは 2 分子の RNA を連結して自己と同一配列の RNA を合成する能力を持ちました (基質となる RNA 分子は別に合成する必要があるため,完全に自律的な自己複製は出来ない)。 さらに R3C リガーゼは 2 種類の配列が互いを複製し合う"交差複製"(cross replication) が可能になるよう改変されていましたが,自己複製型の R3C リガーゼも交差複製型の R3C リガーゼも, 自己複製能力は不完全で指数関数的な増殖能力は持たなかったそうです。 そこで著者らは交差複製型の R3C リガーゼにさらなる試験管内進化を施し,自己複製の効率を改善しました。

交差複製型の R3C リガーゼはプラス鎖(E)とマイナス鎖(E')の 2 種類の配列があり, それぞれ基質となる A と B,あるいは A' と B' の 2 分子の RNA から合成されます。基質 A' と B' はリボザイム E が鋳型となって結合し,基質 A と B はリボザイム E' が鋳型となって結合します。著者らは A(または A') 部分に変異を入れ,指数関数的な増殖を示すリボザイムを得ました。

交差複製するリボザイム(実際には逆反応も起こる)

著者らはさらにリボザイムと基質,あるいはリボザイム内部の塩基対部分を改変し,12 対のリボザイムを作成しました (E と E' があるのでリボザイムは 24 種類。基質は 48 種類)。最高の増殖を示したのは E1 と E1' の対で, 5 時間で 20 倍の増殖を示したそうです。他のリボザイムでも 5 時間で大体 5-10 倍以上の増殖を示したそうです。 次に著者らは複数のリボザイムと基質を混ぜた状態での挙動を調べました。 実験の際には一定時間ごとに希釈して基質を追加し,継続的に増殖できるようになっています。 この実験では対合相手の異なる基質が結合した雑種のリボザイムも生成し, 雑種のリボザイムは雑種同士で交差複製を行いました。

さて,理論的に 1025 以上の増殖に相当する 100 時間の増殖実験の後には, ほとんど(90% 以上)のリボザイムが雑種になっていました。好まれた基質にも大きく偏りが出来ており, A5 と対合相手の B5',あるいは B3 と対合相手の A3' がもっとも好まれていたそうです。一方で元々最も性能のよかった E1 と E1' の基質が必ずしも好まれていない点が注目されています。これは複数のリボザイムが混在する中では, 他の基質との競合や相互の阻害などによって増殖速度が変化するためと考えられています。

R3C リボザイムには基質との対合に関わらない部分が多いため,ランダムに合成された基質では自己複製反応は進みません。 そのため今回の実験は直接生命の起源に関わる分子を合成したものとは言えません。 しかし生物の起源においても仮に核酸分子の合成が短鎖の核酸の連結によって長鎖の核酸が合成されていたのであれば, 今回の実験結果で見られたような基質の奪い合いや相互の阻害などが起こったと考えられます。 R3C リボザイムを用いた研究は,極端ではありますが生命の初期進化の一つの実験モデルとして今後も注目されるでしょう。

Lincoln, T. A. & Joyce, G. F. Self-sustained replication of an RNA enzyme. Science 323, 1229-1232 (2009).

Paul, N. & Joyce, G. F. A self-replicating ligase ribozyme. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 99, 12733-12740 (2002).

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コウモリレーダーを妨害せよ!(2009.09.01)

コウモリの仲間は反響定位(echolocation)を行い,餌である昆虫などを捕獲することがう有名ですが, ヒトリガ科(Arctiidae)に属する蛾はコウモリの発する超音波を妨害することでコウモリから逃れていることがわかりました (Corcoran et al., 2009)。

超音波を発してその反射から障害物や餌の位置を特定することを反響定位と呼び, 小翼手類を中心とするコウモリで知られています。一方で被食者である蛾の仲間も対抗策を持っているようで, ヒトリガの仲間がコウモリの攻撃に対して超音波のクリック音を発することが知られていました。 クリック音の役割として,コウモリを驚かすこと,警告音(食用に不適な種が常に同じ音を発していれば, 捕食者はその音を出す個体の捕食を避けるようになる),そして反響定位の妨害,の 3 つが考えられてきましたが, それぞれの真偽は明らかにされてきませんでした。そこで著者らは特に妨害音を発している可能性の高いヒトリガ科の 1 種 Bersoldia trigona とオオクビワコウモリ(Eptesicus fuscus;北米〜南米北部に分布) を用いて仮説の真偽を検証しました。

著者らは室内でコウモリの捕食行動を観察しました。3 つの仮説のうち,驚かしが正しければ, 最初はコウモリに対して効果があっても,やがてコウモリが慣れて効果が薄れると考えられます。 逆に警告音であれば,コウモリは初めガの味を知らないため効果がなく,次第に警告音を発するガを忌避するはずです。 そして妨害としての役割があるならば常にコウモリの捕食の成功率は下がるはずです。 そこで著者らはヒトリガの捕食経験のないオオクビワコウモリの幼体 3 匹(うち 1 匹はヒトリガを捕食せず除外) と成体 1 体の捕食成功率を 1 週間にわたって観察しました。餌には対照としてクリック音を発さないヤガ科の蛾や, 実験前に与えていたハチノスツヅリガ(Galleria mellonella)を用いています。 また,発声器官(tymbal)を切除したヒトリガとの比較も行っています。

観察の結果,クリック音を発するヒトリガへの捕食(接触)の成功率は,対照としたヤガへの成功率の 1/4 以下でした。 ただし発声器官を切除したヒトリガへの捕食成功率は 100% だったそうです。ヒトリガへの捕食成功率の低下は, 幼体や成体,あるいは観察期間を通じて変化せず,このことはクリック音が妨害音として働いていることを支持しています。 コウモリの発する超音波と蛾のクリック音,さらにコウモリの行動の詳細な対比からも, コウモリがヒトリガへの攻撃を途中で何度もやり直している様子が観察されています。 これもヒトリガのクリック音がコウモリの反響定位を妨害している傍証と考えられます。

著者らは今回証拠が得られた妨害音の起源は警告音ではないかと考えています。 警告音に必要な発声器官はヒトリガ科に広く知られているため,これは妥当な推測でしょう (反響定位の妨害には,さらに特殊化した発声器官が必要と見られる)。 進化の上では様々な現象が起こることは理解できますが, それでもレーダーのジャミングのような高度な空中戦が行われていることは驚きです。 また論文からは,著者らがこの仮説の立証に苦心した様子が窺えます。 用いられたコウモリがわずか数匹という点が歯がゆくもありますが, 多数の個体を用いて同じ研究を行うのはいかにも困難そうです。 この研究を受けて,より綿密な研究が進展することに期待したいところです。

Corcoran, A. J., Barber, J. R. & Conner, W. E. Tiger moth jams bat sonar. Science 325, 325-327 (2009).

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特濃溶液が鏡像体を統一する?(2009.07.21)

単一の光学異性体(鏡像体)のみからなる環境が生物の出現には必要だったとされますが, 自然発生するアミノ酸やヌクレオシドは双方の光学異性体をほぼ等量含んでいた(ラセミ体だった)と考えられます。 しかし特定の条件を満たした化合物は,飽和溶液中で光学異性体の偏りを増幅することが知られていました。 そこで Breslow & Cheng (2009) はヌクレオシドについて,光学異性体の偏りが増幅されるのか調べています。

生物は光学異性体のうち L アミノ酸をタンパク質に,D-リボース(D 型ヌクレオシド)を核酸に用いるため, これらの異性体が前生物的に濃縮されていたと考えられました(ラセミ体のタンパク質や核酸は正常な構造がとれない)。 これまでの研究で,隕石中のアミノ酸にはわずかに L 型アミノ酸が多く含まれ, これが糖類の光学活性にも影響したことが指摘されていました(空から降って来た対称性の崩れ; なお隕石中での光学異性体の偏りは,中性子星から太陽系近傍に降り注ぐ右旋光が D 型アミノ酸を分解するために起こるとのこと)。 このわずかな光学異性体の偏りは何らかの仕組みで増幅されたと考えられますが, ホモキラルな(単一の光学異性体からなる)結晶がラセミ体の結晶よりも溶解しやすい場合, 飽和溶液中で光学異性体の偏りが増幅されるそうです。アミノ酸についてはこの現象が確認されており, 著者らはリボースやリボヌクレオシドについてこの現象を確認しようとしています。

まずリボースについてはホモキラルな結晶とラセミ体の結晶で溶けやすさの差がないことが示唆されたため, 著者らはヌクレオシドに注目しました。4 種類のヌクレオシドのうち, ウリジン,アデノシン,シチジンについてはホモキラル体の方がラセミ体の結晶よりも溶解しやすく, 初めにわずかでも光学異性体の偏りがあれば,理論的には 108/1〜250/1 まで偏りが増幅されると推定されました。 実験からも片方の光学異性体が 96〜99.5% まで増幅されることが示され, ヌクレオシドの飽和溶液において確かに光学異性体の偏りが増幅されることが示されました。

ただし,グアノシンについてはラセミ体の方が溶解しやすく, 条件を満たさないことから光学異性体の偏りが増幅されないと推定されました。 しかし最近の研究ではリボースと核酸塩基の結合を経由せずにピリミジンヌクレオシドが生成した可能性が指摘されており (RNA に至る迂回路),リボースやグアノシンの光学異性体の増幅はそもそも必要なく, D 体が濃縮されたピリミジンヌクレオシドからグアノシンなどが派生したと考えることもできるでしょう。

結晶化による光学異性体の選別は近年注目されているようで(砕いて崩れる対称性), 確かに光学異性体の選別が実証されている点で説得力もあります。しかし果たしてこれは生物の起源に適した条件なのか, 疑問も湧いてきます。生物が誕生する前の環境に高濃度の有機物が生成したとは考えられていません。 仮に飽和溶液が生成するとしたら,干潟など,水分の蒸発による濃縮が起こる場所が考えられますが, そのような過酷な環境が生物の出現に適していたのかどうかは議論の余地があるでしょう。 光学異性体の偏りを増幅する他の機構がないのか,また干潟での生命の発生が妥当なのかどうか, さらなる研究が必要でしょう。

Breslow, R. & Cheng, Z.-L. On the origin of terrestrial homochirality for nucleotides and amino acids. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 106, 9144-9146 (2009).

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RNA に至る迂回路(2009.06.24)

地球上の生命は,無生物的な化学反応によって合成された有機物が原料となったと考えられています。 しかし RNA の単位であるヌクレオチド(核酸塩基,リボース,リン酸の化合物)は, 核酸塩基とリボースの反応からはほとんど合成されないと言われてきました。そんな中 Powner et al. (2009) は核酸塩基とリボースからの合成ではなく,別経路の合成によってヌクレオチドが自然発生しうることを示しています。

様々な化学進化実験から,単純な有機物やタンパク質様の物質が原始地球上で生成したことが示されていましたが, RNA の単位となるヌクレオチドの合成は困難とされていました。生物の細胞内では,4 種の核酸塩基(アデニン, グアニン,ウラシル,シトシン)とリボース,リン酸からヌクレオチドが合成されていますが, シアノアセチレン,シアナミド,グリコールアルデヒド,グリセルアルデヒドを初期物質とした化学進化実験では, 核酸塩基やリボースが生成することが示されていました(図左)。 そこで両者の結合とリン酸化によってヌクレオチドが生成したと推測されましたが,この脱水縮合は水中では困難で, 特にピリミジン塩基(ウラシル,シトシン)のヌクレオチドは高収率では生成しませんでした。 これに対して著者らは,最初にシアナミドとグリコールアルデヒドが反応し, 核酸塩基もリボースも経由しない合成経路を想定しました(図右)。

ヌクレオチド合成の経路

著者らが想定した経路では,一部反応の進行が困難であったり反応産物が多様化して, 最終産物の収率が下がるおそれがありました。例えばシアナミドとグリコールアルデヒドから 2-アミノオキサゾールが生成する最初の過程は強いアルカリ条件が必要で, アルカリに弱いグリセルアルデヒド(次の反応基質)と同時には成立しないと見られていました。 これらの問題の解決策として,著者らはリン酸が触媒や緩衝剤として働いた可能性を検証しました。 まず,リン酸が触媒として働けば最初の反応が中性溶液でも効率よく起こることが示されました。 さらにアラビノースアミノオキサゾンとシアノアセチレンの反応では, 緩衝剤が存在しない場合,β-アラビノシチジン(β-arabinocytidine)が主に生成するにもかかわらず, 緩衝剤としてのリン酸が存在すれば 90% 以上の収率で目的のアンヒドロアラビノヌクレオシドが生成したそうです。

リン酸は火山ガス中などに含まれますが,現在の海洋中には必ずしも多く含まれません (リンは全元素中約 17 位の存在量; Millero, 2006)。にもかかわらず核酸を中心に生体内には多く含まれており, リボヌクレオチドもヌクレオシドのリン酸化によって得られます。今回の研究からもリン酸の重要性が強調されたことで, 生命の起源におけるリン酸の役割は一層注目されることでしょう。

著者らはまた,ヌクレオチド合成における紫外線の役割にも言及しています。紫外線の照射によって, 生成した β-リボシチジン-2',3'-環状リン酸から β-リボウリジン-2'.3'-環状リン酸 (ウラシルのヌクレオチド)が得られ,同時にそれ以外の副産物が分解されました。 つまり,紫外線が当たる環境では,RNA の原料こそ一番生成しやすい分子だった可能性があるわけです。

今回の研究ではプリン塩基のヌクレオチドについては調べられておらず, またグリコールアルデヒドとグリセルアルデヒドは別々に添加されています。 全ての初期物質やリン酸が同時に存在し,また紫外線照射があった場合の反応については, 今後様々な条件を検討しながら調べる必要があるでしょう。 ともあれリボヌクレオチド生成の合理的な経路が発見されたことは大きな進展であり, RNA ワールド仮説などの RNA の成立後の生命起源の仮説についても影響を与えることでしょう。

Powner, M. W., Gerland, B. & Sutherland, J. D. Synthesis of activated pyrimidine ribonucleotides in prebiotically plausible conditions. Nature 459, 239-242 (2009).

Szostak, J. W. Systems chemistry on early Earth. Nature 459, 171-172 (2009).

Millero, F. J. Chemical Oceanography, 3rd ed. (Taylor & Francis, Boca Raton, 2006).

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惑星の「軌道化石」(2009.03.06)

冥王代と始生代境界にあたる 40〜38 億年前,大規模な天体衝突が地球や月を襲ったと言われています。 これは後期重爆撃(LHB: Late Heavy Bombardment)とも呼ばれ,生物の起源や初期進化にも影響したと見られます。 Minton & Malhotra (2009) は小惑星帯(main asteroid belt)の軌道の分布をシミュレーションの結果と比較することで, LHB が木星や土星を初めとする大型惑星の軌道変化によって引き起こされたことを示しました。

太陽系は約 46 億年前に形成されたと考えられています。地球は数千万年ほど遅れて成立しましたが, 40 億年前より古い地層はほとんど知られていません。しかし現在では月面のクレーターの研究から,40〜38 億年前に LHB が起こったと考えられています。太陽系の形成から 6 億年もたった時に天体衝突が激化したのは不可思議ですが, 理論的な研究からは,木星や土星を初めとする大型惑星の軌道変化が小惑星帯(火星と木星の間に存在) に影響を及ぼした結果と考えられています(惑星の玉突きと生命の起源)。 しかしこれまで大型惑星の軌道変化がどの程度小惑星帯に影響を与えたのかは明らかになっていませんでした。 そこで著者らは小惑星帯の軌道長半径(軌道は楕円形なので,その長径の半分) の分布をシミュレーションの結果と比較しました。

そもそも小惑星帯の天体分布は木星や土星との軌道共鳴に大きな影響を受けています。 例えば公転周期が木星と整数関係にある場合,周期的に木星の重力の影響を受けるため,軌道が影響を受けやすくなります。 その結果,木星との公転周期比が 3:1,5:2,7:3,2:1 などになる軌道上の小惑星は軌道を乱され, 相対的に天体の少ないカークウッドの空隙(Kirkwood gaps)と呼ばれる領域が形成されています。 著者らは初めに各惑星が元々現在の軌道に存在していたと仮定し,均等に分布していた小惑星の分布が 40 億年間でどう変化するのかをシミュレーションしました。この場合,カークウッドの空隙は確かに再現されましたが, 軌道長半径が 2.21-2.72 AU(AU は天文単位。1 AU がほぼ太陽と地球の距離に相当),2.81-3.11 AU, 3.34-3.47 AU の小惑星の数が観測値とずれていました(観測される天体の方が推定値よりも少ない)。

次に著者らはその原因を 40 億年前に起こった木星や土星の軌道変化であると考え, これを仮定して改めてシミュレーションを行いました。 その結果,今度は 2.81 AU よりも外側の軌道長半径を持つ小惑星の頻度分布をきれいに再現することに成功しました。 これは 40 億年前の惑星移動の強い証拠と考えられます。しかし一方で 2.15-2.81 AU の軌道長半径を持つ小惑星については, 計算値の方が少なくなってしまいました。これは土星の軌道変化の速度を低く見積もった結果と見られており, 今後詳細な比較を行うことで,惑星の軌道変化の速度を絞り込める可能性が言及されています。

さて,今回の研究は LHB の実体を明らかにする上でも重要です。 LHB は既に出現していたかも知れない地球上の初期生命を脅かしただけでなく,大量の有機物を供給した可能性もあります。 そして供給された有機物の量や種類を明らかにするためには LHB の実体, 特に地球に衝突した天体の種類を明らかにする必要があります。今回,惑星の軌道変化によって多数の小惑星の軌道が乱され, LHB の原因となった可能性が支持されました。既に惑星の軌道変化によって太陽系外部の微惑星の軌道が乱され, LHB を引き起こした可能性が指摘されていましたが(惑星の玉突きと生命の起源), 由来の異なる様々な天体が地球に衝突した可能性もあるかもしれません。 ともあれ,惑星移動や LHB のような天文学における重要な出来事は生命の初期進化にとっても重要であり, 今後も研究の行方に注目したいところです。

Minton, D. A. & Malhotra, R. A record of planet migration in the main asteroid belt. Nature 457, 1109-1111 (2009).

Walsh, K. J. When planets migrate. Nature 457, 1091-1093 (2009).

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コウモリ殺戮の犯人(2009.01.14)

2006 年から北米のコウモリが大量死していることが知られています。 コウモリの死因は「白い鼻症候群(WNS: white-nose syndrome)」と呼ばれる奇病で,この奇病の原因が追及されています。 そんな中,Blehert et al. (2009) は WNS で死んだコウモリの体表から, 病原体と思われる未知のカビを分離し,報告しています。

WNS に罹ったコウモリは冬眠した状態で鼻口部や耳,皮膜などが白いカビに覆われます。 そこで著者らは WNS の広まっている地域で 100 個体余りのコウモリ遺骸(主にトビイロホオヒゲコウモリ: Myotis lucifugus)を採集し,解剖学的な観察を進めました。

多くの遺骸ではカビの菌糸が皮膚を冒していて,毛胞や皮脂腺,汗腺などを埋めていたそうです。 さらに約半数の個体では冬眠に不可欠な脂肪の蓄積がほとんど見られなかったそうで, カビがコウモリの脂肪を吸収したために,コウモリが冬眠に耐えられなくなったのが死因なのかも知れません。

さて,著者らはこのカビの分離・培養にも成功しています。このカビの大きな特徴は生育温度が低いことで, 3-20℃ の範囲で増殖し,最適温度が 5-10℃ 程度と見られています。 この温度であれば冬眠中のコウモリに感染することも納得できます(コウモリの冬眠場所は年間を通じて 2-14℃ とのこと)。 また分子系統解析などから,このカビは Pseudogymnoascus のアナモルフ世代である Geomyces の未記載種であることが明らかになったそうです。

WNS によるコウモリの減少は実に 75% にも達すると見られます。コウモリは大量の昆虫を補食するため, コウモリの減少により陸上生態系に深刻な影響が及ぶ可能性が懸念されています。 WNS の原因を突き止めることは生態系を維持するためには緊急の課題であると考えられますが, 残念ながら今回の研究では Geomyces の一種が WNS の原因となった決定的な証拠は示されていません。 また仮に病原体が同定されたとしても,当面はコウモリを WNS から守る有効な手だては見つからないかもしれません。 それでもまずは WNS の病原体が Geomyces sp. であるかどうかは早期に解明する必要があるでしょう。

Blehert, D. S. et al. Bat white-nose syndrome: An emerging fungal pathogen? Science 323, 227 (2009).

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クシクラゲあれこれ(2009.01.08)

有櫛動物門と呼ばれる動物群が知られています。一見するとクラゲに似た動物で, 櫛板と呼ばれる繊毛の列を持つことが特徴とされています。 有櫛動物門は最近になって,多細胞動物の中で最初に分岐した可能性が指摘され,俄に注目を集めています。 Pang & Martindale (2008) はそんな有櫛動物の生物学を簡単に紹介しています。

有櫛動物は別名をクシクラゲ類とも呼ばれ,クラゲ(刺胞動物門)によく似た姿をしています。 しかし両者が似ているのは見かけ上だけであって,実際には刺胞動物が筋肉で運動しているのに対して, 有櫛動物は櫛板の繊毛が主な移動手段です。ただし有櫛動物は中胚葉起源の筋肉細胞を持つ点では刺胞動物より複雑です。 また刺胞動物がイソギンチャクのような底棲性のポリプからプラヌラ幼生を経て発生するのに対して, 有櫛動物は直接発生するそうです。

有櫛動物は極めて脆弱で,無傷のまま採集することが難しいといわれていますが, ある種の有櫛動物(Mnemiopsis leidyi)は増殖が特に早く, 黒海やカスピ海では移入種として問題になっているそうです。 このことも有櫛動物の系統的重要性とあわせて有櫛動物の研究課題になっているそうです。

しかし現在の最大の問題は何といっても有櫛動物の系統的位置です。 動物の系統樹の中で有櫛動物が最初に分岐したとの結果は,有櫛動物が神経系や複雑な筋肉系を持つこととあわせると, 理解に苦しむ結果でした(動物系統を大量データで解析)。 現状では有櫛動物のゲノムデータが不足していますので, 他の原始的な多細胞動物のゲノムデータと共に早期の解読が望まれますが,もしこの系統的位置が裏付けられた場合には, 多細胞動物の祖先形質を推測するために有櫛動物の研究が一段と重要になってくるかもしれません。

Pang, K. & Martindale, M. Q. Ctenophores. Curr. Biol. 18, R1119-R1120 (2008).

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続報:ゲノム解読で深まる平板動物の謎(2008.12.19)(→進化・分類学)


亜硝酸古細菌は深く潜れず(2008.12.17)

古細菌の一群であるタウモアーケオタ門は深海の微生物相に大きな割合を占める生物群です。 培養株などの研究からはこの門がアンモニアを酸化する化学合成菌(亜硝酸菌)を含むことが示されていますが (大洋に広がる古細菌の新グループ), Agogué et al. (2008) は,大西洋の低緯度地域,200m 以深では大多数のタウモアーケオタ類が アンモニア酸化能も炭素固定能も持たないことを示唆しています。

タウモアーケオタ類はBrochier-Armanet et al. (2008) により独立の門とされましたが, 元々はクレンアーケオタ門の非好熱性の難培養性の系統群として認識されました(今回の著者らもこの立場)。 初めての純粋培養株である "Nitrosopumilus" は亜硝酸菌であることが示され,アンモニア酸化に関わる amoA 遺伝子も見つかっています。さらに,海綿と共生する "Cenarchaeum" のゲノム解読からも amoA 遺伝子もが見つかり,タウモアーケオタ類が一般に亜硝酸菌である可能性が考えられました。 これまで亜硝酸菌はプロテオバクテリア門の一部でしか知られていなかったため, この可能性が事実であれば海洋における窒素や炭素の循環を大きく見直す必要が出てきます。 そこで著者らはタウモアーケオタ類の 16S rRNA 配列と amoA 配列の分布を海域や深度ごとに比較しました。

北大西洋における研究では表層(-200m),中深層(200-1,000m),漸深層(1,000-4,000m)において, タウモアーケオタ類の数(16S rRNA のコピー数)は中深層で最大でしたが, amoA のコピー数は表層で最大となっていました。 これは中深層以深ではタウモアーケオタ類の大部分がアンモニア酸化能を持たないことを示唆しています。 比率で見ると,海洋表層ではほぼ全てのタウモアーケオタ類が亜硝酸菌と見られるのに対し, 中深層以深では亜硝酸菌の割合は 1/10 以下と見られ,しかも低緯度地域に向かって一層割合が下がっていました。

北大西洋では北部で海流が深層に沈み込み,そこから南半球に向かって南下しています。 そこで深海においては高緯度地域ほど海水が沈み込んでからの期間が短く,アンモニア濃度が高いそうです。 つまりアンモニア濃度が低い海水中には亜硝酸菌も少ないことが示唆されたとも言えます。 さらに炭酸固定量も古細菌の amoA コピー数と相関していることが確認され, 深海性のタウモアーケオタ類は炭酸固定能も持たない従属栄養生物と予想されました。

タウモアーケオタ門は非常に多様な系統群なので,従属栄養性の古細菌が含まれていても不自然ではありません。 亜硝酸菌の分布がアンモニア濃度が十分ある場所に限られていることも自然な結論です。 しかしアンモニア濃度の低いところにいるタウモアーケオタ類が特殊な amoA 遺伝子を持ち, 検出されなかった可能性も否定はできません。これも結局の所,培養株が得られない限り確かなことは言えませんが, 深海性のタウモアーケオタ類が窒素循環や炭素循環に関与している程度が低いのは確かでしょう。

培養に成功していない生物はタウモアーケオタ類以外にも様々な系統に存在しています。 そのような生物の物質循環への貢献を明らかにすることは,地球環境を理解するためには必須であると言えます。 これからは今回のような,遺伝子ベースで未知の生物の生態や代謝様式に迫る研究も盛んになってくるかも知れません。

Agogué, H., Brink, M., Dinasquet, J. & Herndl, G. J. Major gradients in putatively nitrifying and non-nitrifying Archaea in the deep North Atlantic. Nature 456, 788-791 (2008).

Schleper, C. Metabolism of the deep. Nature 456, 712-714 (2008).

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原初の地球を訪ねてみれば(2008.12.12)

地球上における生命の起源を求めて,現在でも様々な研究が行われています。 しかしその土台となる地球環境については決して十分には理解されていません。 地球表層の様子,大気や海洋の状態を巡っての研究も進んでいますが, そのような研究や議論をまとめた総説が出版されました(Tajika, 2008)。

地球が形成されてから約 6 億年の間(約 40-46 億年前)は冥王代と呼ばれ,岩石の記録がほとんど残されていません。 わずかに残されたジルコン粒子(極めて安定な鉱物)に含まれる元素の同位体記録から, 冥王代にも海洋や大陸地殻が存在したと推定されていますが,その規模や海洋の安定性などはわかっていません。 そこで著者は,物的証拠ではなく理論的検証により冥王代の地球環境を推定する方法を議論しています。

まず第一に議論されたのが天体衝突が地球環境に与えた影響です。月のクレーターの記録から, 冥王代には活発な天体衝突があり,特に約 39 億年前に最後の大規模な天体衝突が起こったと言われています (後期重爆撃:Late Heavy Bombardment)。ただし本当にこの時期に天体衝突が急増していたのか, 実際には 39 億年前にかけてむしろ天体衝突数が漸減していたのかは定かではないそうです。

地球の内部では地球の形成時に溶融したマントルがまだ固まっておらず,激しく対流していたと考えられるそうです (現在のマントルは固化した岩石からなるが,弱い流動性がある)。これは活発なプレート活動や火山活動を引き起こし, 同時に生命誕生の場とも言われる熱水噴出口も大量に生み出していたことでしょう。

著者は次に大気の組成についても議論しています。まず,地球が自らの重力で獲得した一次大気の大部分は, おそらく天体衝突か原始太陽からの強い X 線や極紫外線の影響で散逸したものと考えられています。 その後,マグマや衝突した天体などの中の揮発成分から還元的な二次大気が形成されたと考えられますが, 酸化還元状態については水素分子の宇宙空間への散逸速度などによっても変化してくるため正確にはわかっていません。 ただし最近の計算では水素を大量に含んでいたとの推定も出ており(生命を産んだ原始大気), この研究についても言及されていました。

最後に,原始地球の気象の変遷について,炭素循環の変化に着目して議論されています。 地球の気候は温室効果ガスの種類や量によって大きく影響されたと考えられています。 月の形成(地球の形成直後の巨大な天体衝突による)の数百万年後,地表が冷えて海洋が形成されると, 温室効果ガスとしては二酸化炭素が主要な役割を果たすようになります。 著者によると二酸化炭素は火山から供給される一方で,岩石の風化に伴って炭酸塩の沈殿になって失われていました。 天体衝突の結果舞い上がった噴出物などは化学的に風化されやすく,二酸化炭素の減少を促進したと見られています。

温室効果ガスの減少が進むと,今度は海洋表層が凍結するまで気温が低下した可能性があるそうです。 地球の海洋表層全体が凍結するような状態を「雪玉地球(snowball Earth)」と呼びますが, 著者は冥王代〜始生代初期に雪玉地球状態が実現していたことは,将来太陽系外惑星の中に 「雪玉惑星(snowball planet)」が見つかれば裏付けられるだろうとしています。

生物の誕生の場については,凍結する前の海洋,氷上,氷の下の海洋,火山活動や天体衝突で氷が融けた海洋, あるいは熱水噴出口,など様々な可能性が考えられます。 しかし著者らがまとめたように初期地球の環境を決定する要因はかなりの部分が明らかになっていますので, 新しい冥王代の物的証拠が見つかれば,初期地球の環境や生物誕生の場が絞り込めるかも知れません。

Tajika, E. Theoretical constraints on early Earth's environment. Viva Orig. 36, 55-60 (2008).

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ミラー死すとも成果は死せず(2008.10.31)

生物の起源に関する研究を初めて実験的に検討したのは Stanley L. Miller だと言われています。 Miller 博士は残念ながら昨年 5 月に亡くなられましたが訃報 ミラー博士死去, 彼は実験の試料を遺していました。Johnson et al. (2008) は Miller による実験産物を再解析し, 生物の起源における火山ガスの役割を新たに指摘しています。

著者らは Miller の死後,乾燥試料を含んだ幾つかの瓶を見つけました。 実験記録などからこれらの試料は 1953 年から 1954 年にかけての実験の産物であることがわかりました。 これらの実験は幾つかの想定された原始大気への放電実験で,原始大気から有機物が自然生成することを示したものです。 しかしながら当時の実験では有機物の検出方法に限界があり,わずかな有機物の存在しか示されていませんでした。 そこで著者らはこれらの試料を高速液体クロマトグラフィーと 液体クロマトグラフ−飛行時間質量分析計を用いて再解析しました。

調べられた 3 種類の実験結果のうち,最も検出されたアミノ酸の多様性が高かったのは, 放電中の容器に水蒸気とガスを吹き込んだ実験でした。これは放電の起こっている火山の噴気と似ているそうです。 Miller は 5 種のアミノ酸を同定しましたが,著者らは同じ試料から 22 種のアミノ酸の検出に成功しています。

現在では,原始地球の大気は Miller が当初想定していたような強還元的なものだったとは考えられておらず (ただし生命を産んだ原始大気続報),Miller の実験の異議についても評価が分かれます。そんな中で火山の噴気口が有機物合成の場となったとする, 今回新たに指摘された可能性は重要です。さすがに 50 年前の実験のみで議論を進めるには限界があるでしょうから, 改めて実験系を組み直し,火山の噴気からどのような有機物が,どの程度生成するかを検証し, 火山の噴気口で生成される有機物が生物の起源に果たした役割を見直すことが望まれます。

Johnson, A. P. et al. The Miller volcanic spark discharge experiment. Science 322, 404 (2008).

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ウイルスにもファージ(2008.09.12)

動物,植物,細菌,などあらゆる生物にウイルスは寄生します。 そして遂に,最大のウイルスとされる mimivirus の仲間に寄生するウイルスが報告されました (La Scola et al., 2008)。

ウイルスは自律的な代謝や増殖ができません。そこで宿主の細胞の機構を利用して自己増殖を行います。 同時にウイルス自身のタンパク質も自己増殖に働いています。しかしサテライトウイルスと呼ばれる一部のウイルスは, 単独では宿主を利用することができず,同じ宿主細胞に感染している他のウイルスの自己増殖に便乗して増殖します。 既知のサテライトウイルスは他のウイルスには無害であると考えられていましたが, 著者らが調べた新規のウイルスは「宿主」のウイルスにとって害をなしていました。

著者らは最大のウイルスとされる mimivirus の新しい株(従来株よりやや大きく,mamavirus と呼ばれている) をパリにある冷却塔の水から分離しました。この mamavirus に感染したアカントアメーバ(Acanthamoeba castellanii)の細胞中には巨大なウイルスの合成領域が形成されますが,この領域中に約 50 nm の大きさの, 未知の 20 面体のウイルス粒子が見つかりました。このウイルスは Sputnik(「旅の連れ」,「衛星」 などの意味のロシア語由来。なお,世界初の人工衛星の名称でもある)と名付けられ,詳細が調べられました。

まず,Sputnik は mamavirus に感染していない A. castellanii 中では増殖できず,mamavirus または mimivirus と共感染した時にのみ増殖できたそうです。この点では Sputnik はサテライトウイルスと思われますが, Sputnik と共感染している mamavirus には高頻度(約 11%)で形態異常が生じ,感染能が 70% も低下したそうです。 A. castellanii の生存率は逆に増加し,Sputnik が mamavirus に有害な「寄生体」 であることを示しています。Sputnik は mamavirus と同じ領域で合成されるので,合成中の mamavirus に, やはり合成中の Sputnik が干渉して異常な形態の原因になっているのでしょう。

著者らはさらに Sputnik のゲノムを解読し,これが 18,343 塩基対の環状 2 本鎖の DNA からなり, 21 のタンパク質コード遺伝子を含むことを明らかにしました。このゲノムを mimivirus のゲノムを含むデータベース中の遺伝子や,新たに解読した mamavirus のゲノム(約 120 万塩基対。未発表) と比較したところ,幾つかの遺伝子については既知の配列と相同性が認められたそうです。

Sputnik のゲノム中,3 遺伝子は mamavirus や mimivirus の遺伝子と相同で, 共感染した状態で水平移動したものと思われます。古細菌のファージ遺伝子に相同な遺伝子も 1 遺伝子あり, 真核生物と古細菌が分かれる以前から引き継いだのか,水平遺伝子移動で獲得されたものと見られています。 一方で 6 遺伝子については海洋の環境配列(Global Ocean Survey:GOS のデータ)と高い相同性を示し, Sputnik の仲間が広く分布していることが示唆されました。

著者らは Sputnik が mamavirus に害をなす「寄生体」であることを強調して,「ウイロファージ(virophage)」 という用語を提唱しています。しかし既知のサテライトウイルスとの違いが, 共感染したウイルスに害をなすかどうかだけなので,全く新しいものとまでは言えないような気もします。 Sputnik がどの程度まで mamavirus を利用しているのかは今後の研究課題ですが, あまり効率よく利用できていないようには見えます。 Mamavirus に便乗して感染を拡大するためには高頻度で mamavirus に異常を引き起こすのは無駄ですし, また Sputnik の粒子は一部の mamavirus の粒子中にしか見つからなかったとのことで, mamavirus への取り込み機構も発達していないようです。あるいは Sputnik は元々 mamavirus とは独立のウイルスで, 比較的最近になって mamavirus に依存するようになったのかも知れません。

La Scola, B. et al. The virophage as a unique parasite of the giant mimivirus. Nature 455, 100-104 (2008).

解説記事:
Ogata, H. & Claverie, J.-M. How to infect a mimivirus. Science 321, 1305-1306 (2008).

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ゲノム解読で深まる平板動物の謎(2008.09.03)

動物の初期進化において運動性,神経系,そして細胞の多様性の獲得過程については 多くの研究者が注目するところです。そこで原始的な動物のゲノム研究も進められていますが, 今回,運動性を持つ中で最も単純な動物であるセンモウヒラムシ(Trichoplax adhaerens;平板動物門) のゲノムが解読され,予想外に複雑な遺伝子組成を持つことがわかりました(Srivastava et al., 2008)。

センモウヒラムシは 19 世紀の後半に発見され,後に平板動物門という現在まで 1 種のみを含む門に分類されました。 この動物は小型(1-2 mm)の円盤状の体を持ち,全身が繊毛で覆われています。背腹の区別はありますが, 前後左右の区別はなく,這うようにして移動します。また 4 種類の細胞のみが知られていて,神経,感覚器官,筋肉, 消化管などは知られていません。そのため平板動物が原始的な形態を留めた動物なのか,それとも退化した動物 (例えば刺胞動物)なのかが問題にもなっていました。しかしミトコンドリアゲノムの研究では不可解な結果が得られ (遺伝子いっぱい平板動物のミトコンドリア海綿のミトコンドリアゲノム追加),他の研究でも系統的位置は解決していません (今日この頃の動物の樹動物系統を大量データで解析)。 そこで平板動物のゲノム情報から系統的位置や単純な体制の背景にある遺伝子組成が調べられました。

現時点では約 9800 万塩基対のドラフトゲノムが発表され,全ゲノムの 98% 程度に相当すると見られています。 タンパク質をコードする遺伝子は 11,514 個推定され,単一コピーで比較的進化速度の遅い 104 遺伝子を用いて系統解析がなされました。平板動物は左右相称動物と刺胞動物が作る単系統群と姉妹群になり, 普通海綿がその外側に位置しました。しかしこの系統樹には少数の動物しか含まれていない上, 石灰海綿や有櫛動物など,同様に系統的位置が決まっていない動物が含まれていません。 さらに平板動物が動物の根元で分岐した可能性も棄却されないそうで,系統的位置は解決したとはいえないようです。

          -------刺胞動物門(2 OTUs)
       -------|
   -------|   -------左右相称動物(3 OTUs)
   |   |
------|   --------------センモウヒラムシ(平板動物門)
   |
   ---------------------普通海綿

さて,センモウヒラムシのゲノムからは様々な発生関連の遺伝子が見つかっています。 遺伝子のみならず,Wnt や TGF-β のシグナル経路も全ての関連遺伝子が見つかっていて, 実際に左右相称動物と同様に,発生に関与している可能性が考えられます。ホメオボックス遺伝子の Trox-2Not 遺伝子はセンモウヒラムシの周縁部に発現することが既に知られていました。 また左右相称動物で細胞分化に関わる遺伝子も多数見つかり, シナプス部位で神経伝達に働く遺伝子まで一通り見つかりました。 センモウヒラムシでは神経細胞は知られていませんので,これは驚きの結果です。

センモウヒラムシの単純な形態を踏まえると,これらの多様な発生,細胞分化関連の遺伝子は, 左右相称動物とは異なる機能を持つのか,あるいは形態的には区別できない,機能的には多様な細胞が存在していたり, そもそも未知の形態に変態する可能性も考えられます。特にセンモウヒラムシは通常,体全体が分裂して増殖し, 有性生殖の確かな証拠が知られていません。ところが今回生殖系列を区別する遺伝子も見つかり, 卵細胞様の構造の報告もあります。従って,未発見の胚発生の過程で多様な遺伝子が働いている可能性があります。

結局,ゲノム情報からもセンモウヒラムシの系統や体制の起源は明らかにはなりませんでした。 次は発生,細胞分化関連の遺伝子の発現を刺胞動物や左右相称動物と比較する必要が出てくるでしょう。 もちろん比較のためには石灰海綿や有櫛動物のゲノム情報も早く解読して欲しいところです。

Srivastava, M. et al. The Trichoplax genome and the nature of placozoans. Nature 454, 955-960 (2008).

解説記事:
Pennisi, E. 'Simple' animal's genome proves unexpectedly complex. Science 321, 1028-1029 (2008).

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動物誕生遺伝子いっぱい平板動物のミトコンドリア今日この頃の動物の樹海綿のミトコンドリアゲノム追加動物系統を大量データで解析

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深海微生物で耐熱記録を更新(2008.08.25)

深海に棲む好熱性の微生物の中にはメタンを発生する古細菌が多数含まれています。 しかし深海の高圧を再現した培養・実験系を確立することは難しく,実際に深海でどのように生きているのか, その生理学はほとんど知られていませんでした。Takai et al. (2008) は新しい培養法を開発し, 深海から得られた Methanopyrus kandleri の新規株の圧力に対する応答を調べました。

これまでにも好熱性古細菌の研究は行われており,生物の増殖できる最高温度としては 121ºC という温度が,耐えられる最高温度としては 130ºC が知られていました (オートクレーブの中で生きる)。しかし自然界での環境に似せた高圧条件下での研究は少なく, 著者らは密閉したシリンジとピストンを高圧を与える容器に入れ, この系全体を高温の乾燥機内に置くことで高圧下での簡便な培養を実現しました。

この培養法を用いて,著者らはインド洋中央海嶺にある「かいれい熱水フィールド(Kairei hydrothermal field)」 (水深 2,420-2,450m)の微生物を調べました。そしてここから Methanopyrus kandleri と同定された新規株 (strain 116)の分離培養に成功しました。なお M. kandleri のタイプ株(AV19)は 84-110ºC で生育するとされますが(Huber & Stetter, 2001),strain 116 は非高圧条件下で最高 116ºC での生育を示した点で異なっています。

さて,低圧条件下(0.4 MPa,水深約 40m に相当)で strain 116 の至適温度は 100ºC,最高温度は 116ºC でしたが,興味深いことにこれらの値は高圧下で高温側に変化したそうです。具体的には,20-30 MPa (水深約 2,000-3,000 m に相当)では至適温度が 105ºC になっていました。特に 40 MPa の高圧下では最高 122ºC で増殖が認められたそうで,これまでの生物の増殖最高温度であった 121ºC (オートクレーブの中で生きる)を更新しました。また高温下(121ºC または 130ºC) での生存時間(ほぼ増殖が終わった培養を用いている)も高圧条件下では延びることが確認されました。 つまり耐熱性も高圧条件下では上がったと言えます。

もう一つの発見はより重要かも知れません。メタン菌のメタン生成とこれに伴う炭素固定では, 炭素同位体の分別が起こることが知られていました。安定同位体である 12C と 13C のうち, 特に 12C が取り込まれやすいとされています。 ところが高圧下ではメタン生成における同位体の分別が起こりにくいことが明らかになりました (炭素固定においてはさほどの変化はなかった)。 その原因としては,高圧下ではメタン生成の基質である水素の溶解度が増すことが考えられています。

これまで同位体比は,得られた有機物やメタンが非生物的に作られたのか, メタン生成菌によって作られたのかを区別するための証拠として用いられてきました。 ところが今回,深海の高圧下でのメタン生成菌がより 13C の割合の多いメタンを合成することが示され, このメタンは非生物的に合成されたメタンと区別が困難であることがわかりました。 このことから,これまでの研究結果には見直しが求められることになるでしょう。 深海の熱水系には Methaopyrus 以外にもメタノコックス目(Methaococcales) のメタン生成菌なども多数存在しており,今後は同様に高圧下でのメタン生成の実態が調べられる必要があります。 そのためにも著者らによる簡便な高温高圧の培養系は極めて大きな意義があると言えます。 また新しい培養技術は,全く新しい微生物の培養・記載にも繋がる可能性がありますので, 研究の進展から目が離せなくなりますね。

Takai, K. et al. Cell proliferation at 122ºC and isotopically heavy CH4 production by a hyperthermophilic methanogen under high-pressure cultivation. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 105, 10949-10954 (2008).

Huber, R. & Stetter, K. O. in Bergey's Manual of Systematic Bacteriology, 2nd Edn. Vol. 1. (eds. Boone, D. R., Castenholz, R. W. & Garrity, G. M.) 354-355 (Springer, New York, 2001).

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オートクレーブの中で生きる酸っぱくしたら培養できた深海性古細菌

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甲殻類。キーワードは多様性(2008.08.21)

甲殻類はエビやカニなど食卓で接する動物から家の周りに住むダンゴムシ, 池の水を顕微鏡で覗くと観察できるミジンコまで含み,昆虫類すら甲殻類の一系統であるとも言えます。 この,節足動物中でも特に多様な生物群についての短い総説記事が最近出版されました(VanHook & Patel, 2008)。

この総説は甲殻類の多様性を中心に書かれています。甲殻類の体は頭部と胸部,腹部からなり, 多様な付属肢を持ちます。しかしフジツボの仲間のように極端に異なる外見のものも珍しくありません。 著者らは囲み記事に主要な群を羅列していますが,鰓脚類(branchiopods),ムカデエビ類(remipedes), カシラエビ類(cephalocarids),カイアシ類(copepods),貝形虫類(Ostracods),短尾類(Branchiurans), ヒメヤドリエビ類(tantulocarids),鞘甲類(フジツボ類:thecostracans),ヒゲエビ類(mystacocarids), 軟甲類(malacostracans),そして昆虫類(insects),と 11 群にも及んでおり,覚えるのも一苦労です。

著者らによれば,甲殻類はカンブリア紀(5 億年前頃)には既に地球上に姿を現し,ペルム紀(3 億年近く前) に硬い殻を持った十脚類(エビ・カニなど)が多様化したことで豊富な化石記録を残すようになったそうです。 なお,ほとんどの甲殻類はキチン質の外骨格を持つため比較的柔らかく, 十脚類のみ炭酸カルシウムを含む硬い殻を持つそうです。甲殻類の主立った系統群の間の系統関係については, 現在も研究中とのことですが,やはり強調されるのが甲殻類と昆虫類(六脚類)の関係です。 淡水へ!陸上へ!そして昆虫へとその補足 でも紹介したとおり,海産の甲殻類から淡水産の甲殻類が進化し,その中から昆虫類が進化してきたとする説を巡って, 激しい論争があります。昆虫類も含めた甲殻類の系統は汎甲殻類(Pancrustaceans)とも呼ばれますが, その中で淡水性の群が昆虫類に近いのか,それとも別の群(軟甲類など)が近いのかは決着がついていないそうです。

生活史に関する章では,陸上への進出が複数回起こっている点が述べられています。さらに生態系,生殖戦略, 発生などもことごとく多様である点が強調されています。特に変態を行う群では幼生と生態の形態差が著しいものも多く, 両者の対応が長年つかない場合もあるとのことで興味深い話です(DNA 配列で対応づけられる)。

最近の研究としては,意外にも新種の記載という古典的な分類学が未だに重要な位置を占めていて, 深海や探査困難な場所からの報告が相次いでいるそうです。新しく研究が進められている分野としては, 発生学や分子生物学で,いずれも以前からの生理学的,解剖学的研究が土台になっています。 さらにゲノム解読もようやく進展し,まずはミジンコ(Daphnia pulex)で解読が完了し, 他の甲殻類でもプロジェクトが始まっているようです。

最後に甲殻類と人間との関係が議論されています。甲殻類はもちろん水産上重要な生物ですが, 一方で人間による甲殻類の持ち込みが原因となって他の甲殻類が絶滅に追い込まれている現状もあるそうです。 甲殻類はあらゆる水生環境で観察されるだけにしぶとい生物のような印象を受けますが, 実は絶滅に瀕する種もいるという話はなにやら衝撃的でもあります。

多様性,という観点では極めて重要な甲殻類ですが,モデル生物としてあまり有名なものを含まないためか, 分子生物学の表舞台で目にする機会はあまりありません。しかしこの総説ではその研究の面白さ, 解決すべき課題などが指摘されており,改めて関心が湧いてきました。 甲殻類については節足動物の最新の教科書が日本語で出ていますので(石川ら, 2008), 併せて参考になるかと思います。

VanHook, A. M. & Patel, N. H. Crustaceans. Curr. Biol. 18, R547-R550 (2008).

石川良輔 編 バイオディバーシティ・シリーズ 6:節足動物の多様性と系統 (裳華房, 東京, 2008).

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淡水へ!陸上へ!そして昆虫へ補足

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深窓の古細菌にゲノムのメスを(2008.06.18)

環境中から直接 DNA を抽出し,その配列を解読する手法が開発された頃, 配列のみが知られる未知の古細菌の「界」として "コルアーケオタ界(Korarchaeota)"(以下コルアーケア類) が提唱されました。その後も純粋培養が実現しておらず,コルアーケア類に関する知見はほとんど蓄積していませんでした。 しかし Elkins et al. (2008) は粗培養株を上手く精製することでゲノム配列の決定に成功しました。

これまでに正式記載された全ての古細菌は,ユリアーケオタ界(または門)とクレンアーケオタ界(または門)に属します。 ところがコルアーケア類は初期の系統解析ではユリアーケオタ界とクレンアーケオタ界が分岐するより以前に分かれた, 第 3 の系統と考えられました(Barns et al., 1996)。 近年はクレンアーケオタ界との類縁性も指摘されていますが(Robertson et al., 2005), いずれにせよ系統樹の根元に近い古細菌として特徴付けが望まれていました。著者らは最初にコルアーケア類の配列 (pJP27 と pJP78)が記録されたイエローストーン国立公園の Obsidian Pool ("Jim's Black Pool")と呼ばれる温泉を再訪し,得られた微生物群集を 85°C の嫌気条件で 4 年近くに渡って粗培養することに成功しました。粗培養の方法自体は 1997 年に既に報告されていますが (Burggraf et al., 1997),著者らはこの粗培養からコルアーケア類を精製する方法も開発しました。

著者らの粗培養中には pJP27 と相同性の高い(99%)配列を持った古細菌が含まれており, SSU rRNA の配列を利用して細胞が標識された結果,この古細菌は太さ 0.16-0.18 μm,平均 15 μm(〜100 μm) の極めて細長い細胞を持っていることが示されました(Burggraf et al., 1997 の培養では太さ 0.5 μm, 長さ 5-10 μm の桿菌とされた)。さらに,高濃度の界面活性剤でも細胞が壊れにくいことから, 著者らは界面活性剤処理と 0.45-μm 径のフィルターでほぼコルアーケア類のみを濾しとることに成功しました。 そしてこれを用いて約 160 万塩基対のゲノム配列を解読しています。

さて,このコルアーケア類(今回解析された種類は Candidatus Korarchaeum cryptofilum と命名された; "Candidatus" は純粋培養ができず,正式記載されていない種であることを意味する)のゲノム情報から, 初めて生理学的特徴が推測されました。本種はペプチドやアミノ酸を炭素源,エネルギー源として従属栄養的に生育し, おそらく偏性嫌気性と考えられました。中央代謝系としては解糖系と部分的なクエン酸回路を保持しているそうです。 またプリンヌクレオチドや複数の補酵素の合成系を欠いているとのことで,これらの分子を他の生物に依存し, そのために純粋培養ができない可能性が示唆されました(著者も純粋培養に挑戦,失敗しているとのこと)。

興味深いことにセントラルドグマや分裂に関わる遺伝子にユリアーケオタとクレンアーケオタに それぞれ固有とされたものが混じっており,例えばユリアーケオタ固有とされた DNA ポリメラーゼ II と細胞分裂に関わる FtsZ がある一方で,クレンアーケオタ固有とされたいくつかのリボソームタンパク質や RNA ポリメラーゼのサブユニットがあったそうです。このような両者の中間的なゲノム組成を裏付けるように, 幾つかの遺伝子や遺伝子セットの系統解析から,Ca. K. cryptofilum はクレンアーケオタ類の根元で分岐した系統群であることが示されています。 ただしクレンアーケオタ門の基部分岐とも独立の門(Thaumarchaeota)とも言われる "Cenarchaeum" (海を統べる古細菌のゲノム)と近縁になる可能性は残されています。 "Cenarchaeum" もやはりユリアーケオタとクレンアーケオタの中間的なゲノム組成を持つようで, コルアーケア類と共に,古細菌の 2 界の分岐過程を明らかにする鍵となる系統群であると言えるでしょう。

今回の研究では,ユリアーケオタ型あるいはクレンアーケオタ型とされた個々の遺伝子の系統解析は行われておらず, 各遺伝子が祖先から引き継がれてきたのか,水平遺伝子移動によってコルアーケア類に入ってきたのかは不明です。 これが明らかになれば,古細菌の祖先がどのようなゲノムを持っていたのかを推定できるようになるかも知れません。 古細菌の根元近くから分岐したと見られる系統群には他にも SSU rRNA 配列のみから知られる群が存在し, これらの配列を持つ生物を今後も次々とゲノム解読していくことができれば, 古細菌の起源と進化について全く新しい見方ができる可能性すらあるでしょう。 特に古細菌の中でどの群が真核生物と近縁なのか,あるいは古細菌が単系統なのかは未解決の問題であり, コルアーケア類など基盤的な古細菌を含めた再検証が期待されます。

Elkins, J. G. et al. A korarchaeal genome reveals insights into the evolution of the Archaea. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 105, 8102-8107 (2008).

Barns, S. M., Delwiche, C. F., Palmer, J. F. & Pace, N. R. Perspectives on archaeal diversity, thermophily and monophyly from environmental rRNA sequences. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 93, 9188-9193 (1996).

Burggraf, S., Heyder, P. & Eis, N. A pivotal Archaea group. Nature 385, 780 (1997).

Robertson, C. E., Harris, J. K., Spear, J. R. & Pace, N. R. Phylogenetic diversity and ecology of environmental Archaea. Curr. Opin. Microbiol. 8, 638-642 (2005).

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大洋に広がる古細菌の新グループゲノムを片手に古細菌の進化を探る海を統べる古細菌のゲノム

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深淵の生命体(2008.06.04)

地球の生物量のかなりの割合が地底の微生物によって占められていると考えられています。 しかし実際に地中の生物量を計数するのは困難であり,正確な推計はなされていませんでした。 Roussel et al. (2008) は海底掘削の結果から,少なくとも海底から 1,626 m の深さにまで生物が存在していることを報告しています。

この研究は Newfoundland margin での掘削の成果とのことで,海底下 860〜1,626 m の堆積物中の細胞数が報告されています。 最深部の 1,626 m の地点は温度が 100 ℃程度に達し,堆積してから 1 億 1100 万年が経過していると見られています。 また観察された細胞には分裂中の者もあり,実際にその場で生育していると考えられました。 堆積物中ではメタンが蓄積した層があり,このような場所では嫌気的メタン酸化古細菌が優先していたそうです。 ただし 1,626 m 地点ではメタン酸化古細菌の生育温度の限界を超えているのか,他の超好熱性古細菌しか見つからなかったそうです。 実際に 100 ℃以上の温度で生育できる生物は限られているので,メタン酸化菌が見つからないのは道理ではあります。

論文中では古細菌の 16S rRNA の検出についてしか触れられていませんが,真正細菌の配列も存在したと思われますし, 古細菌と真正細菌の共生関係(特にメタン酸化細菌の)にも興味が湧きますから,その有無も含めて続報が期待されます。 地球の深い場所には未知の生物がまだ残されているのではないかという想像もされていますが, 今回の試料からそんな未知のドメインや界に属する生物が発見されればなお面白いですね。

Roussel, E. G. et al. Extending the sub-sea-floor biosphere. Science 320, 1046 (2008).

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難培養メタン菌は逆境にだけ強かった(2008.04.25)(→進化・分類学)


混沌の国のプランクトン(2008.04.23)

地球環境への関心が強まってきた昨今,水圏の生態系の成り立ちについても一層の理解が求められています。 ところが生態系の底辺にあるプランクトンの変動パターンについてはほとんど知られていません。 Benincà et al. (2008) は長期にわたる実験から,外的な要因が変動しなくてもプランクトン群集の個体数の増減が カオス状に変動することを示しました。

生態系における個体数の変動について,理論的な立場からは簡単な系であってもカオスが生じることが指摘されていましたが, これを実際の生態系で確認することは容易ではありませんでした。というのも自然界では気象や生物の移出入も決して規則的ではなく, このような動的要因を排除することが難しいためです。そこで著者らはバルト海から採取したプランクトン群集を経時的に観察しました。 観察は何と 8 年以上に渡り,プランクトンは(簡単のために)10 のカテゴリーに分けてカウントされました。 栄養素についても窒素とリンが測定されました。解析に用いられたのは 2,319 日間のうちの 690 のデータだそうです。

さてその成果ですが,第 1 に各種の個体頻度は劇的な変動を示し,一部は捕食・被食関係によると見られる 30 日程度の周期的な変動を示しました。第 2 にカテゴリーごとに増減が正の相関や負の相関を示していることが観察され, 食物網のモデルから推測される競合関係や「敵の敵は味方」のような関係が確認されました。

第 3 に(ここからが肝心ですが)カオス性の指標となる「予測性」が調べられました。 決定論的な非カオスのモデルでは予測性は時間が経っても一定ですが,カオスな系では時間が経つと予測性が落ちるそうです。 実際にこの実験系でも予測性の低下が認められ,非線形のモデルで予測性が上がることも示されたそうです。 ちなみに予測可能な期間は 15〜30 日と天気予報(約 2 週間)をわずかの上回る程度だそうです。 第 4 に非線形系におけるカオスの指標という Lyapunov exponent という値があるそうですが, この値もカオスを意味する正の値を有意に示したそうです。なお Lyapunov exponent は生物ごとにばらつきがあり, 世代の長さも反映されているとのことです。

ともあれプランクトンの群集が外部要因の変化がなくても全く混沌とした変動を示すことが実証されたわけです。 プランクトンの系はより大型の生物の生態系のモデルとも言えるため,著者らは生態系一般にも同様のカオスが生じると推測しています。 しかしより直接的で重要なのは,複数の種からなるプランクトン群集の維持や管理を安定的に行うのが非常に困難だと言うことです。 外部環境を一定にしても,勝手に個体頻度が変動してしまうわけですから,環境制御を試みるにしても, 産業的に複数のプランクトンを含んだ培養を長期間行うにしても,安定した結果を得るためには相当な工夫が必要というわけです。 定期的に制御を行うとするならば,今回の得られた 15〜30 日という予測可能期間の値が一つの目安になるのではないでしょうか。

Benincà,E. et al. Chaos in a long-term experiment with a plankton community. Nature 451, 822-825 (2008).

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砕いて崩れる対称性(2008.04.11)

生物の起源において如何にして対称性が偏った化合物が用意されたのかは解決していない難問の一つと言えます。 これまでにも対称性が揃った状態から対称性が偏った状態に移行する仕組みは知られていましたが,この程 Noorduin et al. (2008) は,生成した結晶を破砕することが対称性の偏りを増幅することをアミノ酸の誘導体を用いた実験から立証しました。

多くの生体分子,特に情報を担う高分子は特定の鏡像異性体のみを含んでいます。例えばタンパク質のアミノ酸は L 体のみ, DNA のデオキシリボースは D 体のみに限られており,異なる鏡像異性体の分子が混ざることはありません。 そして生物が地球上で産まれたときに,この異性体の組み合わせは決まっていたと推測されています。 しかし無生物的に有機物が合成される場合,両方の鏡像異性体はほぼ平等に合成されることから, 原始地球においてどのようにして鏡像異性体の選別が起きたのかはよく分かっていませんでした。

Frank (1953) は 2 種類の鏡像異性体が互いに互いを分解する場合,あるいは一方が生成することで他方が生成しにくくなるような場合, わずかな量の偏りが増幅され,やがて片方の鏡像異性体のみに絞られることを理論的に証明しました。 自然環境においては,結晶の生成が前述の条件を満たす現象として知られています。結晶中では鏡像異性体の変換が起こらなくなるため, 片方の異性体の結晶が生成すると,もう片方の異性体の総量が減少することになるためです。 実験的な検証は塩素酸ナトリウム溶液を用いて行われました。当初は偏った対称性の結晶が形成されるためには極めて高濃度の溶液が 必要と見られていましたが,形成した結晶が砕かれるようにした場合,より低濃度でも対称性の選別が生じることも解っていました。

そんな中,Noorduin et al. (2008) は同様の現象が生体分子に近いアミノ酸の誘導体においても起こることを示しました。 実は塩素酸ナトリウムは溶液中では鏡像異性体を持たず,結晶になるときだけ鏡像関係にある 2 種類の構造を示します。 すなわち塩素酸ナトリウムの系では「結晶の構造」が選別されるわけですが,アミノ酸などの場合には分子自体に鏡像異性体が存在するため 「分子の形」そのものが変換される必要があるわけです。

Noorduin et al. (2008) は下図の化合物 1(2-methyl-benzaldehyde と phenylglycinamide のイミン) について実験を行いました。この化合物は溶液中,特定の条件の下(塩基の存在下)で鏡像異性体の変換が起こるそうです。

実験に用いられた化合物

ガラスビーズと共に攪拌した場合(結晶を破砕する場合),初めに存在する結晶にわずか 2-3% でも鏡像体の偏りがあれば,その偏りが増幅されて結晶が単一の鏡像体のみになったそうです。一方でガラスビーズを加えなければ, 鏡像体の割合は変化しなかったそうです。さらに初めに存在する鏡像異性体が等量であっても,わずかに非対称な物質を加えるだけで, 破砕による鏡像体の選別が進むことも示されています。著者らはわずか 0.1 mol % のフェニルグリシンの鏡像異性体を添加するだけで, 化合物 1 の鏡像体の偏りを引き起こすことができることも示しました。

では何故破砕することが重要なのでしょうか。実はこの仕組みについてはまだよく分かっていないそうです。 ただし重要な要素として,一度形成された大きな結晶は溶解しにくく,小さな結晶は再度溶解しやすいという事実が指摘されています。 破砕することで小さな結晶が増えれば,溶解と再結晶が起こりやすくなります。 溶解と再結晶が促進されれば平衡状態にも近づくでしょうし,Frank (1953) が想定した状況も実現されるのではないでしょうか。

破砕による鏡像体の偏りの進行

その仕組みがいかなるものであれ,結晶の破砕によってわずかな鏡像異性体の偏りが増幅されるというのは極めて興味深いことです。 鏡像異性体のわずかな偏りが生じる仕組みは幾つか知られていますし,実際に隕石などに含まれる有機物には わずかな異性体の偏りが知られています(空から降って来た対称性の崩れも参照)。 原始地球においては,砂浜の砂が波の力で動かされて結晶を破砕し,鏡像異性体の偏りを増幅したのかも知れません(McBride & Tully, 2008)。しかし生物の材料となるアミノ酸や核酸塩基,糖などの有機物が結晶化するほどの量形成されたと考えるのは やや無理がある気もします。有機物の生成場所や生成量まで含めた議論がこれから始まるかも知れません。

Noorduin, W. L. et al. Emergence of a single solid chiral state from a nearly racemic amino acid derivative. J. Am. Chem. Soc. 130, 1158-1159 (2008).

Frank, F. C. On spontaneous asymmetric synthesis. Biochim. Biophys. Acta 11, 459-463 (1953).

McBride, J. M. & Tully, J. C. Did life grind to a start? Nature 452, 161-162 (2008).

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続報:ヨウスコウカワイルカ科の絶滅(2007.12.28)

ヨウスコウカワイルカ(Lipotes vexillifer)が国際チームによる大規模調査の結果 1 個体たりとも発見されず, 絶滅したと考えられる,との報道を以前に紹介しました(ヨウスコウカワイルカ科の絶滅)。 この調査の結果が論文として公表されています(Turvey et al., 2007)。

ヨウスコウカワイルカは元々分布が揚子江の中流から下流にかけてと隣接する銭塘江(Qiantang River)からのみ知られ, さらに銭塘江からは 1950 年代から目撃されていないそうです。揚子江においても個体群の減少は知られており, その原因としてはダム建設なども考えられますが,特に不法な漁法による混獲(by-catch)が主要な原因と指摘されています。 そんな中,著者らはヨウスコウカワイルカの保全のため,揚子江にて現地調査を行いました。

調査範囲は揚子江河口の上海から三峡ダムのある宜昌(Yichang)まで1669 km の範囲で, 揚子江と繋がる洞庭湖(Dongting Lake)や鄱陽湖(Poyang Lake)を除くヨウスコウカワイルカの分布域を網羅しています (洞庭湖と鄱陽湖では水生生物研究所による 3 ヶ月ごとの調査があり,1970 年以降観察例がないそうです)。

調査の結果は単純で,1 個体のヨウスコウカワイルカも見つからなかった,というもので,仮に見逃した個体がいたとしても, 揚子江の環境悪化に改善の見込みがない以上,絶滅は避けられないと見られています。 ヨウスコウカワイルカはヨウスコウカワイルカ科の唯一の現生種でもあり,2000 万年以上続いた系統が途絶えてしまったことにもなるそうです。 哺乳類において「科」の絶滅は西暦 1500 年以降 4 例目で 100 kg 以上の大型動物の絶滅としても 1950 年代のカリブモンクアザラシ (Monachus tropicalis)に次ぐほぼ 50 年ぶりの出来事となります。人間の活動によるクジラ類の絶滅は初めてのことで, 捕鯨よりも混獲の方がクジラ類にとっては深刻な問題だったと言うことかも知れません。

経済活動と保全の関係は政治的にも難しいものがあるのでしょうが(とは言っても,ヨウスコウカワイルカの絶滅は違法な漁法が原因), 生物の 1 種 1 種が世界中にとっての財産であるという認識が広がることで防げる絶滅もあったのではないでしょうか。

Turvey, S. T. et al. First human-caused extinction of a cetacean species? Biol. Lett. 3, 537-540 (2007).

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生物の原材料の濃縮装置(2007.06.19)

生物の起源において「濃度」の問題は一つの難問となっていました。生物が誕生するためにはアミノ酸,脂質,核酸塩基, 糖,リン酸などが高濃度で存在する必要があったと考えられますが,これら全ての物質が高濃度で生成するような条件は知られていません。 Baaske et al. (2007) は熱水系に沈着した多孔質の鉱物の細い孔が,複雑な有機物を捕まえて濃縮することを指摘して, 濃度の問題に解決の糸口を示しています。

海底から熱水の湧く熱水噴出口は,現在でも深海などで観察され様々な鉱物が沈着する特殊な環境として知られています。 このような場所では 100℃ を超える熱水と低温の海水が接しているなどの条件から有機物が生成しやすいと見られており, 生物誕生の場の有力な候補とされていました。特に熱水噴出口の周辺に沈着する硫化鉄などは有機物を合成する触媒としても働き, また多孔質の鉱物は個々の微細な穴が細胞の代替物として働いたとも考えられています(Martin & Russel, 2002 など)。 生命が誕生した頃には現在よりも火山活動が活発で,熱水系も豊富にあったことも注目する必要があるでしょう。

さて現在の熱水系の観察からは,噴出口周辺の鉱物の沈着に微細な孔(<1mm)が無数に存在することが知られています。 これらの孔は,熱水と周囲の低温の海水との温度勾配の中にさらされていて,内部で興味深い循環が起こっているそうです。 一つは熱対流で,高温側で上昇流が,低温側で下降流が起こります。そしてもう一つ,熱泳動と呼ばれる現象があります。 微小な粒子が温度勾配の中にある時,高温側からは溶媒分子が激しく衝突するのに対して低温側からは弱い衝突しか起こらないため, 粒子は低温側に押し出されます。この現象を熱泳動と呼び,熱水噴出口周辺の微細孔の内部でも起こっていると考えられました(図)。

熱水系の微小孔における粒子の移動と蓄積

熱対流と熱泳動の結果,大きな分子は孔の底に蓄積すると予想されますが,著者らはシミュレーションによってこのことを立証しています。 温度勾配は 30K が仮定されていて,モノマーの場合は 145μm 程度直径の孔で最も効率が良く, 孔の長さは長いほど指数関数的に濃縮率があがるそうです。ヌクレオチドのモノマーよりもポリマー(RNA や DNA)の方が濃縮率が高く, それもポリマーが長いほどよく濃縮されるそうです。孔の形状は濃縮率にあまり影響せず, おそらく環境に存在する様々な形状の孔で濃縮が起こったと考えられます。このような濃縮は数分から数十時間という短時間で起こり, 数億から数百億倍の濃縮が達成されます。

この濃縮機構は非常にシンプルで,また熱水系では実際にアミノ酸などの合成や重合も起こっているようなので (RNA のでき方,タンパク質のでき方海の底のアミノ酸工場), 現実の有機物濃縮機構として説得力があります。熱水系に沈着する硫化鉄は有機物を合成する触媒としても機能しますし, 微細な孔は細胞の前身としても有力です(Martin & Russel, 2002)。しかし熱水噴出口には寿命があります。 現在の熱水系では 30,000 年以上続いている例もあるようですが,生命が誕生するためにこの期間を十分と考えるか短いと考えるかは微妙です。 また,ヌクレオチドがどうやって合成されたのかは明らかではないため,本当にヌクレオチドが蓄積したのかはわかりません。 しかし濃度の問題が解決できるのは重要で,生命の熱水系起源を大きく支持するものと言えるでしょう。

Baaske, P. et al. Extreme accumulation of nucleotides in simulated hydrothermal pore systems. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 104, 9346-9351 (2007).

参考:
Koonin, E. V. An RNA-making reactor for the origin of life. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 104, 9105-9106 (2007).

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訃報 ミラー博士死去(2007.06.02)

ミラーの実験で有名な Stanley L. Miller 博士が 2007年5月20日,77 歳で亡くなったそうです。 生命の起源の研究が検証可能な学問になったのは,原始大気のもとで有機物(アミノ酸) が自然生成することを示したミラーの実験がきっかけです。

彼の論文が出版されたのは1953年で,奇しくも DNA の構造が決定されたのと同じ年でした。 ミラー博士はその後も生命の起源研究を続け,この分野の発展に長らく貢献してきました。 ミラーの実験についてはその後,原始大気の組成について批判されており, 現在の学問に直接貢献するものではありませんが,学問分野を創造した実験としての価値は計り知れないものがあります。 その貢献はノーベル賞にも値するように思われましたが,残念ながら受賞されることもなく亡くなられました。

私が「生物の起源」についてレポートをまとめた最初のきっかけは,ミラー博士の講演のビデオでした。 来日した際に,ミラー博士は一般講演を行いました。この録画が放送大学で放送され, 確か小学生か中学生の頃に,意味もよくわからないまま録画した覚えがあります。 後になってこのビデオを繰り返し見返し,その要約をまとめたことから,この分野に興味を持ちました。 結局,私は生命の起源の研究に直接進むことはありませんでしたが,この分野への興味は未だに尽きることなく, 本サイトの「生物の起源」へと繋がっています。

折しも「生物の起源」が一通りの完成を見たタイミングでこの訃報に接し,残念でなりません。 ご冥福をお祈り申し上げます。

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生命の定義という難問(2007.02.21)

生命の起源の研究分野においても,また宇宙生物学の議論においても,何を持って「生命」("life") と呼ぶのかが問題になります。しかし「生命」の定義は多くの研究者が試みているにもかかわらず,未だに定着したものがありません。 Oliver & Perry (2006) はこれまでの定義をレビューし,問題点と解決のための方向性を議論しています。

本サイトでも生物の起源の中で,「生命」や「生物」の定義について議論しています (生物とは何か)。生命の定義が困難である理由としては, 生命が非生命から出現したと考えられていることがあります。仮に最初の生命が存在したとして, その由来となった非生命は最初の生命とはごく僅かにしか異なっていなかったと考えられます。 両者を区別できるような定義を作ることが困難であることが,科学の側面からの問題であるとされています。

別の側面として,特に著者らが詳細に議論しているのは生命の定義の言語学的な側面です。 そもそも定義の定義に一致した見解がないそうで,著者らは 6 通りの「定義」を紹介しています。 そのうちで生命の定義に関わりのあるものとしては,理論的定義(theoretical definition),規約的定義(stipulative definition), 操作的定義(operational definition)の 3 種類があるとされています。

理論的定義の下では,何らかの理論的背景に基づいてその言葉の指す内容を記述します。 しかしそのためには現象を理解するための理論が必要であり,生命を記述する理論が成熟していないかぎり, 安定した定義を作ることはできません。地球外生命などを含めた理論的枠組みは未だにできていませんから, 現状では生命を理論的定義で記述するのは無理があるでしょう。

規約的定義では,「**は〜というものである」,と決めます。この場合,こういうものだ,といってしまえばいいのですから, 理論の成熟具合などは無関係です。しかし通常は定義した人間の目的に応じて範囲が変わりますから, よほどうまく構成されていない限り広く用いられることはないでしょう。

操作的定義は規約的定義の一種で,言葉の指す対象を特定するための条件を指定するものとされています。 「〜な条件を満たすものが**である」といった形で記述できると言えますが,やはり一般性のある定義は作りにくいと言われます。

これらを踏まえ,著者らは良い定義の条件として,「必要十分であること」,「一般性があること」(地球の生物に限らないなど), 「本質を捉えていること」,「曖昧な場合に決着がつけられること」(ウイルスは生命か否か,など)の 4 点を挙げています。 そしてこれまでのいくつかの定義を評した上で,一つの定義を試みています。彼らの定義を以下に引用します。

Life is the sum total of events which allows an autonomous system to respond to external and internal changes and to renew itself from which in such a way as to promote its own continuation.

(生命とは,外的および内的変化に応答し, 自己の存続を推進するような方法で自己を更新する自律系を可能にするような事象の総和である。)

著者ら自身も認めているように,これは最終的な定義となるわけではありません。これは実用的な側面を考えると抽象的すぎる気もします。 生命の定義を考える際には,著者らがまとめているように,作ろうとしている定義がどのような立脚点に立っているのか, そして良い定義のための基準をどこまで満たしているのかを検討する必要があるでしょう。 著者らは物理的,化学的,熱力学的,数学的に使われている記述を全て満たすことがもしもできれば, 生命を明確に定義できるかもしれないとしています。

しかし本当にそのような総合的な定義が必要なのかどうかは疑問でもあります。定義づけは手段であって目的ではないでしょうから, 各分野ごとに明確で一致した定義ができればそれで十分な気もします。そして背景とする学問分野の違いが, 生命の定義にどのような差異をもたらすのか,ということこそ注目に値すると思います。

Oliver, J. D. & Perry, R. S. Definitely life but not definitively. Orig. Life Evol. Biosph. 36. 515-521 (2006).

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アーケゾア仮説の幕引きはトリコモナスゲノムから(2007.01.24)

ミトコンドリアは細菌の一種が真核生物に細胞内共生することで誕生したと考えられています。 副基体類はミトコンドリアを持たず,ミトコンドリアを獲得する前の生物と言われたこともありましたが, この生物の持つヒドロゲノソームという細胞内小器官がミトコンドリアに由来したとの考えも出ています。 最近では後者の考えが支持されており(トリコモナスは "ミトコンドリア" を持っているのか?), さらに膣トリコモナス(Trichomonas vaginalis)のゲノム配列の概要の解析からも有力な証拠が得られています (Carlton et al., 2007)。

「アーケゾア仮説」では,ディプロモナス類や副基体類のようなミトコンドリアを持たない原生生物こそが, 最初期の真核生物の姿であると考えられました。しかし,ディプロモナス類にはミトコンドリアの痕跡が発見され, 副基体類のヒドロゲノソームがミトコンドリアに由来すると推測され,彼らが原始的な真核生物であるとする根拠は弱まってきました。 トリコモナスのゲノム解読は,アーケゾア仮説の観点からも,また性病であるトリコモナス症の原因微生物としても, 重要な意味を持っていました。

腟トリコモナスのゲノムには大量の(65% 以上!)繰り返し配列が存在するため,ゲノム構造を決定することは出来なかったそうです。 推定されたゲノムサイズは約 1 億 6000 万塩基対で,遺伝子数は 60,000 程度(ただし確かな証拠に基づく遺伝子は約 26,000), イントロンは 65 遺伝子にしか見つからず,約 250 個のリボソーム DNA は 6 本ある染色体の内の 1 本にのみ存在していました。

ゲノム配列から推定された幾つかの情報としては,RNAi の機構がおそらく存在し,従って RNAi を用いた遺伝子発現の制御の可能性が示唆されたことや,有性生殖関連遺伝子を持っていること(有性生殖は未知), また種分化のレベルでゲノムサイズの目だった増大があったこと,などが挙げられます。さらに代謝系や, 人への感染に関連した遺伝子も調べられており,今後の性病の治療へも貢献しそうです。

アーケゾア仮説に関連して興味が持たれるのは,ミトコンドリアのものと相同な輸送体,タンパク質輸送装置, 可溶性タンパクなどがいくつか見つかっていて,さらに合わせて 138 の遺伝子にシグナル配列らしき配列が認められました (エネルギー代謝や電子伝達系のタンパク質を含む)。このことはトリコモナスがミトコンドリアと相同な構造を持っていることを示唆しており, ヒドロゲノソームとミトコンドリアの関連を支持しています。またヒドロゲノソームの機能として, これまで知られていた鉄-硫黄クラスターの合成系に加えて,新たにアミノ酸代謝にも役立っている可能性が示唆されたそうです。

ヒドロゲノソームが退化したミトコンドリアであるとの仮説は有力な仮説と見なされていますが, 反論もないわけではありませんでした(例えば Dyall et al., 2004 などではヒドロゲノソームのタンパク質に, 系統的にはミトコンドリアと異なるものが含まれていることが指摘されている)。しかし今回のゲノム解析からは, ミトコンドリアとヒドロゲノソームの関連が支持されることはあっても,否定的な証拠がまとまって見つかることはありませんでした。 従って,もはやヒドロゲノソームがミトコンドリアとは別の細胞内共生によって誕生したとする仮説は,根拠が失われていると思います。

今後はヒドロゲノソームがミトコンドリアに関連する構造なのかどうかの議論よりも, どのような過程でミトコンドリアが退化したのかの研究が注目されるようになっていくでしょう。

Carlton, J. M. Draft genome sequence of the sexually transmitted pathogen Trichomonas vaginalis. Science 315, 207-212 (2007).

Dyall, S. D. et al. Non-mitochondrial complex I proteins in a hydrogenosomal oxidoreductase complex. Nature 431, 1103-1107 (2004).

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海を統べる古細菌のゲノム(2007.01.04)

古細菌の二大グループの一つ,クレンアーケオタの基部で分かれた海洋に広く見つかる系統群は, 生態系でも重要な役割を果たしていると考えられていますが,ごく最近まで純粋培養がなされていませんでした。 この系統群に含まれる "Cenarchaeum symbiosum" は海綿に共生する古細菌として知られおり, 最も研究が進んだ種の一つです。Hallam et al. (2006) は海綿と共培養した試料を基に,本種のゲノム解読に成功しました。

"Cenarchaeum symbiosum"(クレンアーケオタ門センアーケウム目。この学名は正式記載されていない) は海綿(Axinella mexicana)との共培養で維持できるため,海洋性古細菌の研究の中心になっていました。 最近,近縁な海洋性古細菌の "Nitrosopumilus" が純粋培養され,その正体が「亜硝酸古細菌」 (アンモニアを酸化,亜硝酸を合成してエネルギーを得る化学合成細菌)であることが示唆されました (大洋に広がる古細菌の新グループ)。しかし "Nitrosopumilus" の研究はまだ始まったばかりです。著者らは "Cenarchaeum" のゲノムを解読することで,海洋性古細菌の正体に迫りました。

"Cenarchaeum" は Axinella に共生する唯一の古細菌で,微生物の 65% を占めているそうです。 しかし "Cenarchaeum" にも 2 つの幾分(種レベルで)異なる 18S rRNA 配列を持った生物が含まれており, 得られた配列断片を仕分ける必要がありました。この研究では,a タイプと呼ばれる方に由来すると推定された配列をつなげて, 一つの「ゲノム配列」を得ています。

さて,"Nitrosopumilus" が近縁であることを踏まえると,"Cenarchaeum" も亜硝酸古細菌であると疑われますが, 今回のゲノム解読によってもこの仮説は支持されたそうです。 アンモニア酸化に関わる遺伝子は海洋の環境配列からも広く見つかっており, "Cenarchaeum" のゲノム情報は海洋性古細菌のモデルとして特に有用になるでしょう。

一方で,"Cenarchaeum" には環境配列から見つかるものとは異なる特異的な配列も得えられており, その中には海綿との共生に働く遺伝子も含まれていると見られます。実際に細胞表面のタンパク質,防御機構に関わるタンパク質, など共生に役割を果たしそうな遺伝子が見つかっており,微生物と海綿の共生研究にも成果がありそうです。

海洋性古細菌は,初めに報告されてから約 10 年の間,全く謎に包まれた生物でしたが, ようやくゲノム解読にまでたどり着いたわけです。しかも既に純粋培養の道も開かれていることから, 古細菌の中では最も研究の進展が期待できる一群かもしれません。 そしてこれは海洋の微生物生態系の研究にも大きな影響があるでしょう。

Hallam, S. J. et al. Genomic analysis of the uncultivated marine crenarchaeote Cenarchaeum symbiosum. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 103, 18296-18301 (2006).

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ヨウスコウカワイルカ科の絶滅(2006.12.25)

ヨウスコウカワイルカ(Lipotes vexillifer:通称 beijii) は最も絶滅が心配されている大型水生動物で,保護プロジェクトが進められていました。 しかしプロジェクトの主体である baiji.org Foundation は,6 週間にわたる熱心な調査の結果, 1 体のヨウスコウカワイルカも見つけることが出来ず,本種が事実上絶滅した,もしくは絶滅が不可避である,と発表しました。

ヨウスコウカワイルカは鯨偶蹄目ヨウスコウカワイルカ科に属する唯一の動物で,揚子江にのみ生息していました。 カワイルカと呼ばれるクジラ類は他にも何種か存在しますが,いずれも独立に海から川へと進出しており, ヨウスコウカワイルカは独自の系統として進化上も重要な位置を占めていました。しかし中国の経済発展に伴う揚子江の汚染や, 混獲などによって絶滅の危機に追い込まれていました。

中国,ヨーロッパ,アメリカ,日本などの研究者からなるチームは,既に絶滅に瀕していたヨウスコウカワイルカを捕獲し, より安全な天鵝洲の保護区へ移動することを計画していました。ところが揚子江の全域 3,500 km の徹底的な調査によっても, ただ 1 頭のヨウスコウカワイルカも見つけることが出来なかったそうです。このことから現存している個体数は多くても 10 頭程度と考えられ,既に絶滅している可能性も十分にあります。仮に 10 頭程度が現存しているとしても, 絶滅は免れないと言われています。

現在,絶滅の危機に瀕している野生動物は数多くありますが,実際に絶滅した哺乳類はまだ多くはありません。 大型の水生哺乳類としては,ここ 3 世紀の間にステラーカイギュウ(Hydrodamalis gigas),カリブカイモンクアザラシ (Monachus tropicalis),ニホンアシカ(Zalophus californianus japonicus)が絶滅しています。 ヨウスコウカワイルカはこれに続く 4 例目の絶滅種にして,クジラ類としては初めての絶滅種になると見られています。

今後も,規模は縮小されつつもヨウスコウカワイルカの探索は続けられます。また,揚子江に生息するもう一種のクジラ類, スナメリの 1 亜種(Neophocaena phocaenoides asiaorientalis)も絶滅が危惧されており, ヨウスコウカワイルカの二の舞にならないように保護が急務とされています。

ヨウスコウカワイルカの絶滅は科のレベルでの絶滅を意味します。カワイルカという特殊な生態の進化にも関わる話であり, 絶滅したとなれば非常に残念な話です。おそらく大型哺乳類の絶滅はこれで最後にはならないでしょう。 また,種の絶滅だけではなく個体群の減少や地域個体群の絶滅も同様に深刻な問題です。 せめて今世紀のうちに歯止めをかけたいものです。

Science に掲載されたニュース記事
Guo, J. River dolphins down for the count, and perhaps out. Science 314, 1860 (2006).

関連リンク
baiji.org Foundation
今回の探索の報告

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星のかけらを捕まえた(2006.12.21)

太陽系の産声を聞いた粒子でも紹介したように, 生物の起源に関与した地球外天体の地球外天体の有機物に注目が集まっています。 ところが原始的な状態を留めた天体とも言われる彗星については,これまで資料が得られていませんでした。 今回,NASA の Stardust Discovery Mission によって初めて彗星の物質を地球上に持ち帰ることに成功し, 様々な研究の一環として有機物の存在についても調べられました(Sandford et al., 2006)。

太陽系形成初期の状態を留めている天体としては,炭素質コンドライト(隕石の一種),星間塵,そして彗星が挙げられます。 中でも太陽系の中で原始的な物質を含むとされる彗星は,個々のサイズも大きいことから生物の起源への影響も大きかったでしょう。 しかし彗星は主として氷で出来ていることから地上に落下しても残骸が見つかることはなく, 地球からの観察によって有機物の存在を推測するしかありませんでした。

Stardust Discovery Mission では 81P/Wild 2 という直径 5.5 km の彗星の周辺の塵を採集し,地球に持ち帰りました (探査機は 1999 年 2 月に打ち上げ,2004 年 1 月に彗星に再接近,2006 年 1 月に帰還)。 この計画ではまず,適切な軌道を計画することにより探査機を低速で彗星に接近させました(といっても秒速 6 km)。 そして,エアロゲルと呼ばれる特殊な素材で塵を受け止め,そのまま地球に持ち帰りました。 エアロゲルは,多孔質に泡立たせたシリカで,空気と同じくらいの密度しかない,言わばガラスで出来た綿飴のような物質です。 これがクッションとなり,微細な塵を最小限の変成で受け止めることが出来るという仕組みです。

彗星に由来する塵(採集されたのは直径 5〜300 μm の粒子,約 1000 個)はエアロゲルの中を貫きながら減速・静止します。 従って,エアロゲルには粒子の通過した穴と,その先端に粒子(一部は壊れて穴の壁に残る)が止まった形で保存されます。 著者らはいくつかの粒子を,最新の複数の最新技術を駆使して研究しました。

有機物としては,多様な多環芳香族炭化水素(polycyclic aromatic hydrocarbons: PAHs)が確認されたほか, エチルアミン,メチルアミンに加えて,アミノ酸の一種であるグリシンも検出されています。 グリシンについては彗星由来であるとの断定は避けられていますが,今後他のアミノ酸が見つかり光学異性体の比率が調べられれば, 生物に由来する汚染かどうかが明らかになるでしょう。

総じて,調べられた粒子は極めて不均質で,成分が加熱などの影響で混合する前の状態を維持していると考えられました。 すなわち,Wild 2 は他の原始的な天体,隕石や星間塵に比べてもより原始的な状態を留めていると言えるようです。

最新の技術を用いればほとんど資料を消費することなく様々な研究が可能だそうですが, それでも得られた資料が微量であることを考えれば,含まれる有機物の詳細な成分を示すには困難があるでしょう。 Wild 2 の資料からどこまでが明らかになるのかは未知数ですが,唯一の貴重な彗星の実物資料としての活躍を期待しましょう。

ただし,彗星も一種類ではありません。大きく分けても,海王星付近から冥王星の外側に軌道が広がるカイパーベルト天体に由来するものと, さらにその外側,遠いところでは隣の恒星(アルファ・ケンタウリ)との中間地点にまで広がるオールトの雲に由来する彗星があり, 前者の中でも観察から多様な形態,表面構造が明らかにされています。ですから Wild 2 の特徴が一般的なものであるという保証はなく, 別の彗星の資料との比較を行うことも将来の課題となるでしょう。

Sandford, S. A. et al. Organics captured from comet 81P/Wild 2 by the Stardust spacecraft. Science 314, 1720-1724 (2006).

Stardust Discovery Mission に関する紹介記事
Baker, J. Look into the seeds of time. Science 314, 1707 (2006).

A'Hearn, M. F. Whence comets? Science 314, 1708-1709 (2006).

Burnett, D. S. NASA returns rocks from a comet. Science 314, 1709-1710 (2006).

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太陽系の産声を聞いた粒子(2006.12.09)

生物の起源には,隕石や彗星など地球外天体から供給された有機物が大きな役割を果たしたと言われています。 しかし太陽系の初期の状態を残した隕石は現在ではほとんどありませんでした。Nakamura-Messenger et al. (2006) によると,カナダの Tagish Lake に落下した隕石中に含まれる中空の粒子が,太陽系の初期に形成されたことが示されたそうです。

タギッシュ湖隕石(Tagish Lake meteorite)は 2000 年 1 月 18 日に多くの目撃情報を伴って落下した隕石です。 この隕石は氷の張ったタギッシュ湖の上に落下し,同年の 1 月 25 日に回収されたため, ほとんど地上の微生物などによる汚染を受けていない貴重な資料になっています。 しかも当初から CM2 コンドライトと CI コンドライトといういずれも原始的な隕石の中間型にあたる特殊な隕石と見られ, 注目されていました(Brown et al., 2000)。

タギッシュ湖隕石には炭素質で中空の粒子が含まれており,これらがどのような起源を持つのかが問題になっていました。 隕石の母天体,原始太陽系星雲,低温分子雲,星周辺の環境などでの化学反応が候補でしたが, 著者らは様々な手法で隕石の超薄切片を調べることで由来を絞り込みました。

問題の粒子は 15N/14N の値や重水素に富み隕石の基質とは区別されたことから, タギッシュ湖隕石の母天体で変成を受けてできたとは考えにくいそうです。むしろ,極低温下(絶対温度 10〜50) で宇宙線によって化学反応が進められ,同位体の分別が起こったと見られます。 特に原始太陽系円盤の外周部のカイパーベルトか,太陽系ができる前の低温の分子雲で形成されたと見られ, 太陽系形成の初期からわずかな変成しか受けていないものと推定されました。

氷中でも宇宙線・紫外線による有機物の形成は起こルことが知られており, タギッシュ湖隕石に含まれる有機物もそのように生成した可能性があります。 このような有機物は初期の太陽系に豊富に存在し,地球に降り注いで生物の起源に貢献したと思われます。 具体的にタギッシュ湖隕石どのような有機物を含んでいたのかについては未だわかりませんが, 太陽系の進化や生物の起源の研究にとって貴重な情報を与えてくれることでしょう。

Nakamura-Messenger, K., Messenger, S., Keller, L. P., Clemett, S. J. & Zolensky, M. E. Organic globules in the Tagish Lake meteorite: Remnants of the protosolar disk. Science 314, 1439-1442 (2006).

Brown, P. G. et al. The fall, recovery, orbit, and composition of the Tagish Lake meteorite: A new type of carbonaceous chondrite. Science 290, 320-325 (2000).

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粘土こそ RNA ワールドの土台(2006.11.11)

生物の起源において RNA のような高分子が如何にして発生したのかは一つの重要な問題です。 粘土鉱物のモンモリロナイトこそ,ヌクレオチドをつなげて RNA になる反応を触媒していたとする仮説が有力ですが, この分野の第一人者である Ferris (2006) がレビューを行っています。

活性化されたヌクレオチドが原始地球でどのように生成したのかについては議論があります。未だその過程は十分には説明されておらず, RNA とは別の高分子(例えばペプチド核酸(PNA)と呼ばれる分子)が生物の起源に関わったとする仮説もあります。 しかしそれがどのような分子であっても,生物の誕生には遺伝情報を保持できる高分子が必要だったと考えられています。 ヌクレオチドの RNA への重合を研究することは,様々な高分子の生成を考えるモデル系といえるでしょう。

ヌクレオチドの重合反応についてもこれまで多数の研究がありますが,著者は粘土鉱物が触媒として働いた可能性を強調しています。 モンモリロナイトは粘土鉱物の一種で火山灰の風化によって生じるため,火山活動の豊富だった原始地球にも存在したと推定されています。 著者らの研究から,これまでにモンモリロナイトを触媒としてヌクレオチドの重合が促進されることが示されています。 様々な条件検討の結果,最大で 30-50 量体のオリゴマーが生成しており,これが RNA ワールドの端緒となったのかも知れません。

著者らは触媒の重要性について,化合物を吸着して局所的に濃度を上げること,比較的均一な重合産物を生成できること (普通に重合した場合,無数の異性体が出来てしまう),などを挙げています。後者については,特定の高分子の構造, リン酸の結合部位や光学異性体の組み合わせなどが選別される傾向が認められています。

一方で他の触媒の候補としては金属イオンが挙げられています。ウラニルイオン(UO22-)や鉛イオン (Pb2+)が候補としてあげられており,条件次第では 10〜16, 17 量体の RNA オリゴマーを生成できるそうです。 しかし例えばウラニルイオンの場合,生物の用いる 3',5'-結合の RNA ではなく,2',5'-結合がより多く生成するなど問題もあるようです。 もっとも鋳型となる RNA 分子が存在する場合には数十量体の RNA の生成まで触媒するようで, 生物の起源への関与もあながち否定はできません。

生成した RNA オリゴマーの中に,オリゴマー同士を結合させるリガーゼや,複製酵素の様なものがあれば, ここから RNA ワールド(RNA が遺伝子と触媒を兼ねていた世界)が始まったかも知れません。 さらに先の過程が例えば膜胞中で起こったのか(モンモリロナイトは膜胞の形成も触媒するらしい),鉱物表面で起こったのか, などについてはさらに別の話になるでしょう。

生物の起源の研究は未だに進展の遅い分野ではありますが,一歩ずつでも重要な過程が明らかにされつつあるように感じます。 RNA の生成についても著者らの研究だけでは説明が不十分と指摘せざるを得ませんが, モンモリロナイトの関与についてはかなり説得力がありますし,いずれよい反応条件や基質が明らかになれば, 十分な量と長さの RNA,あるいは類似した高分子の生成実験にも成功する日が来るのではないでしょうか。

ちなみに今回紹介した論文が掲載された Phil. Trans. R. Soc. B. の号には, 生物の起源に関する多数のレビューが掲載されていますので,興味のある方は調べてみることをお薦めします。

Ferris, J. P. Montmorillonite-catalysed formation of RNA oligomers: The possible role of catalysis in the origins of life. Phil. Trans. R. Soc. B. 361, 1777-1786 (2006).

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海の底のアミノ酸工場(2006.11.07)

生物の原材料がどのようにして原始地球に出現したのかについては幾通りもの経路が提唱されています。 その中で生物の出現に関わった可能性が高いとされているものの一つに,海底の熱水噴出孔における有機物の合成があります。 Huber & Wächtershäuser (2006) は冥王代の熱水系の条件を模して,アミノ酸やヒドロキシ酸の合成過程を調べました。

著者らは,生物の起源は触媒鉱物による代謝に始まり,化学合成生物が最初期の生物であるとする学説で有名です。 今回は熱水系による炭素固定が調べられており,一酸化炭素(CO)と青酸イオン(CN-)を炭素源として, その他の金属イオンや水酸化物イオン(OH-)と共に 80〜120 ℃の熱水中で 20 時間から 10 日間反応が行われました。

実験の結果,確かに単純なヒドロキシ酸やアミノ酸が生成しています(グリコール酸,乳酸,グリシン,アラニン,セリンなど)。 著者らはこの化学反応の様式についても詳細に議論・研究しており,水中でのアミノ酸合成について重要な研究となっています (これまでよく調べられていたのは気相や氷中での合成過程)。一酸化炭素や青酸イオン, 他の金属イオンなども冥王代の熱水系には存在したと考えられ, 従って今回の研究から生物の熱水起源に新たな根拠が加わったことになります。

このような有機物合成(代謝)が始めにあった,というのは確かに一つの見方だと思います。 しかし遺伝情報の獲得も生物の起源にとって極めて大きな一歩だったはずです。 この著者らの研究と遺伝子の獲得の間にはまだ大きな溝があり,まだまだ一つのストーリーに組み上がるところまでは来ていません。 とは言え冥王代の地球を直接観察できない以上,このような地道な基礎研究を積み上げていくことが 結局のところ生物の起源に迫る一番の近道なのかも知れません。

Huber, C. & Wächtershäuser, G. α-hydroxy and α-amino acids under possible Hadean, volcanic origin-of-life conditions. Science 314, 630-632 (2006).

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細胞内共生細菌のなれの果て 2 〜究極のニート(2006.10.16)

細胞内共生細菌の話が続きますが,Buchnera aphidicola BCc のゲノムが報告されました(Pérez-Brocal et al., 2006)。この細菌はゲノムが解読された中では,細胞内共生細菌のなれの果て 1 〜オルガネラと生物の狭間 で紹介した Carsonella に次いで小さなゲノムを持っています。しかし共生菌としての働きが十分に出来なくなっており, このままでは昆虫から排除される末路を辿ると推測されています。

B. aphidicola BCc のゲノムサイズは 422,434 塩基対と,Carsonella の優に 2 倍以上あります(416,380 塩基対の環状染色体と,ロイシン生合成に関わる 6045 塩基対のプラスミド)。タンパク質をコードする遺伝子は 362 個で, 遺伝子の欠失がゲノムサイズの縮小の主要な原因と見られています(遺伝子間領域が減ったのではなく)。

遺伝子欠失の影響から,B. aphidicola BCc もやはり様々な機能を宿主に依存していることが明らかで, さらにトリプトファンの生合成系を欠いていることが注目されています。Buchnera はアブラムシに共生していますが (B. aphidicola BCc は Cinara cedri に共生),アブラムシは他の動物と同様に 10 種のアミノ酸(必須アミノ酸) を自ら合成できず餌からも十分に摂取できないため,共生細菌に頼る必要があります。

近縁な Cinara tujafilinaB. aphidicola BCt の組み合わせでは,後者がトリプトファンの生合成能を持ち, 宿主に供給していると考えられています。C. cedriB. aphidicola BCc の場合はBuchnera がトリプトファンを供給できない以上,別の由来に頼る必要があります。C. cedri はもう一種,"Serratia symbiotica" という細菌を共生させています。"S. symbiotica" も bacteriocyte という特殊化した細胞に飼われており,Buchnera を保持している bacteriocyte と接するように存在しているそうです。また,"S. symbiotica" はトリプトファン合成系を持つことが確認されており,宿主と Buchnera のトリプトファンの供給源と考えられます。

つまるところ B. aphidicola BCc は C. cedri にとって,共生細菌としては役に立たなくなっている可能性があります (注:"S. symbiotica" に合成できないアミノ酸を B. aphidicola BCc が供給している可能性もある)。 B. aphidicola BCc は DNA を保護するタンパク質や修復タンパク質を欠いており,今後もゲノムが壊れていくと思われます。 もし本当に C. cedri にとって Buchnera が必要なくなっているとしたら,いずれ C. cedri の集団から排除される末路を辿ることでしょう(Andersson, 2006 も参照)。

細胞内共生細菌のなれの果て 1 〜オルガネラと生物の狭間で紹介した Carsonella はオルガネラへの道を辿っているように見えましたが,B. aphidicola BCc の場合は逆に排除されてしまいそうです。 ミトコンドリアの起源においても,このような複数の道の中からオルガネラへの道が選択されたのかも知れませんね。

Pérez-Brocal, V. et al. A small microbial genome: The end of a long symbiotic relationship? Science 314, 312-313 (2006).

Andersson, S. G. E. The bacterial world gets smaller. Science 314, 259-260 (2006).

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細胞内共生細菌のなれの果て 1 〜オルガネラと生物の狭間(2006.10.14)

最小のゲノムを持った生物はこれまで昆虫に細胞内共生し,40〜50 万塩基対のゲノムを持つ Buchnera というガンマプロテオバクテリアの一種とされていました。ところが同じ昆虫の共生細菌である "Carsonella ruddii"(やはりガンマプロテオバクテリア)の Pv 株のゲノムサイズは 16 万塩基対弱という破格の小ささでした(Nakabachi et al., 2006)。

著者らによって "Carsonella"(正式記載された学名ではないので注意)のゲノムが解読された結果, 全ゲノムの塩基数は 159,662 塩基対とされました。ゲノムサイズが極端に小さいのに加えて,GC 含量も極めて低く, 16.5% しかありませんでした。推定された遺伝子数(正確には ORF の数)も僅かに 182 しかなく, しかもその 9 割が近接する遺伝子とオーバーラップするほど密に詰め込まれていたそうです。

少ない遺伝子の半分以上は,翻訳もしくはアミノ酸の代謝に関わる遺伝子だったそうで,一方で細胞膜の生合成や塩基, 脂質の代謝に関わる遺伝子は失われていたそうです。"Carsonella" は多くの遺伝子を失っている中で, 必須アミノ酸の生合成に関わる遺伝子を多数持っています。宿主であるキジラミは樹液だけを吸って生きています。 樹液中には必須アミノ酸が乏しいため,共生細菌は必須アミノ酸の供給に働いていると考えられており (bacteriocytes という,特殊化した細胞の中で飼われています), そのため "Carsonella" にもアミノ酸合生系の遺伝子が残っていると推定されます。

"Carsonella" は生存に必須の多くの遺伝子を宿主に依存しているようでした。他の共生細菌が "Carsonella" の生存に必要なタンパク質を供給している可能性も考えられましたが,調べられたキジラミ (Pachypsylla venusta)には他の共生細菌は見つからなかったそうです。著者らは別の可能性として, 重要な遺伝子がミトコンドリアなどの場合と同様に,宿主の細胞核へと移行している可能性を提案しています。 そう考えると,"Carsonella" はアミノ酸の生合成オルガネラへとまさに進化しつつあるのかも知れません。

オルガネラと生物の境界にここまで近づいた生物はこれまでに知られておらず,共生由来のオルガネラ (ミトコンドリアなど)の起源を考える際の一つのモデルになるでしょう。 また,ゲノムが退化していく過程でどのような遺伝子が最後まで残るのか,そのような順番で消えるのかを知ることによって, 逆に生物の起源において最初期のゲノムがどのような遺伝子を持っていたのかを想像することが出来るかも知れません。 もっとも,具体的にどのような研究に繋がるのかを考えると,一筋縄ではいかないような気もしますが。

なお,同じ号に別の細胞内共生細菌のゲノムの論文が出ていますが,これは別に紹介したいと思います。

Nakabachi, A. et al. The 160-kilobase genome of the bacterial endosymbiont Carsonella. Science 313, 267 (2006).

Andersson, S. G. E. The bacterial world gets smaller. Science 314, 259-260 (2006).

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卵菌類のゲノムに潜む藻類の影(2006.10.10)

Phytophthora(卵菌門卵菌綱ツユカビ目)は植物の病原菌として農業上重要な生物です。 また卵菌類は二次共生藻類であるオクロ植物門(不等毛藻類)とも近縁で,二次共生の起源を探る研究上も注目されています。 そんな Phytophthora の 2 種についてゲノム解析され,光合成に関連する遺伝子を持っていることが示されました (Tyler et al., 2006)。

ゲノムのドラフトが解析されたのはダイズ茎疫病菌(Phytophthora sojae)とカシ突然枯死病菌(Phytophthora ramorum) です。前者はダイズ産業に毎年数百万ドルの被害を出し,後者はカリフォルニアにおいて生態系に重要な複数の樹木に打撃を与えています。 ゲノムの解析からは植物病原性に関わる因子が見つかることなどが期待でき,また,かつて色素体を持っていたとすれば, その痕跡がゲノム中に残っていることも期待されました。

ゲノムサイズはそれぞれ P. sojae で 95 Mb,P. ramorum で 65 Mb で,遺伝子数はそれぞれ 19,027,および 15,743 個で,両者に共通している遺伝子が 9,800 弱あったそうです。

推定された遺伝子の中で特に着目されたのは,系統樹からシアノバクテリアまたは紅藻に由来すると推定された遺伝子です。 彼らはそのような遺伝子を 855 個見つけており,かつての二次共生の痕跡であると推測されました。 また,2 種の間で分泌性のタンパク質の進化が,他のタンパク質に比べて特に早いことが観察され,植物への感染に関わっている遺伝子に, 強い淘汰圧がかかっていることが示唆されました。

卵菌類が二次共生藻に由来したのかどうかは二次共生が系統樹上のどこで,何回起こったのか,という問題において重要な意味を持ちます。 卵菌類や不等毛藻類を含んだストラメノパイル類(Stramenopiles)は,アルベオラータ類(Alveolates)という系統群と近縁であると考えられ, 併せてクロモアルベオラータ(Chromalveolata)と呼ばれます。前者には不等毛藻類が,後者には渦鞭毛藻類(二次共生藻) が含まれることから,クロモアルベオラータの祖先で二次共生色素体(紅藻由来とされる)の獲得が起こり, それが不等毛藻類や渦鞭毛藻類に引き継がれたとの仮説が広く議論されています (紅藻由来の二次共生葉緑体の進化繰り返された真核共生)。

この仮説には弱点もあり,ストラメノパイル類もアルベオラータ類も色素体を持つグループが系統樹上の末端に見られることから, 二次共生色素体が古い時代に起源したとすると多数の葉緑体の喪失を仮定しなければなりませんでした。そこでこの証拠が探索されていますが, 今回卵菌類に色素体関連の遺伝子が見つかったことは,色素体の獲得が古い時代に起こったことを支持するように見えます。

ただしここで注意しなければならないことがあります。まず著者らが示している系統樹の解像度があまり高くないという点です。 従って,彼らが色素体起源としたものには,単に系統解析の問題の結果そう見えるものが含まれているかも知れません。 彼らが示した真核生物全体の系統樹はモデル図のようですが根拠が示されておらず(引用されている文献の系統樹と違う), クロモアルベオラータ仮説に読者を誘導しようとしているように見受けられます。

また,卵菌類はストラメノパイル類の中にあって,特に不等毛藻類と近縁と予想されています(例えば Cavalier-Smith & Chao, 2006)。 従って卵菌類が過去に二次共生葉緑体をもっていたとしても,ストラメノパイル類の中, 卵菌類と不等毛藻類の共通祖先で二次共生が起こった可能性も考えなければならないでしょう。

二次共生の起源を明らかにするには,ラビリンチュラ類やオパリナ類など 他のストラメノパイル類の色素体関連遺伝子の有無も調べる必要があるでしょう。

なお,ジャガイモ疫病菌(P. infestans)のゲノムプロジェクトも進行中で,ゲノムの半分程度が公開されているそうです。

Tyler, B. M. et al. Phytophthora genome sequences uncover evolutionary origins and mechanisms of pathogenesis. Science 313, 1261-1266 (2006).

Cavalier-Smith, T. & Chao, E. E.-Y. Phylogeny and megasystematics of phagotrophic heterokonts (kingdom Chromista). J. Mol. Evol. 62, 388-420 (2006).

ニュース記事
Stokstad, E. Genomes highlight plant pathogens' powerful arsenal. Science 313, 1217 (2006).

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続報:植物もメタンを出していた!(2006.09.02)

メタンは特に強い温室効果ガスとして知られ,地球温暖化への影響が懸念されています。 今年になって植物がメタンを発生しているという全く予想外の研究が発表され(植物もメタンを出していた!), 多くの研究者がその検証などに追われています。Schiermeier (2006) はその後の展開を紹介しています。

まず生きた植物がメタンを発生しているのかどうかについて,見解が分かれています。最近発表された研究から, 熱帯サバンナにて大量のメタン発生が認められたそうです。この結果が植物のメタン発生と整合性を持ち,肯定的な傍証になっています。 他方で当初の研究の証拠が不十分であるとする見方もあるそうです。熱帯林がメタンの大きな発生源となっている場合, 大気中のメタン量の変化(1980 年代に頭打ちになっている)が熱帯林の現象で説明できるという利点もあります。

しかしメタン発生の推定量の問題があります。当初の予想は年間 6200 万〜 2 億 3600 万トンと幅広く見積もられていました。 その後メタンを出す植物の組織が限られているとした場合は 1000 万〜 6000 万トンと少なく予想されるとの批判や, 南極の氷中の証拠から最大で 4600 万トンだとするデータも出ているそうです。その一方で大気中のメタン移動のシミュレーション研究から, 植物が 1 億 2500 万トンのメタンを発生しているとの研究もあるそうです。植物ごとにメタン発生量が 4000 倍も異なっているという情報もあり,どうやら植物のメタン発生量を調べるには時期尚早なのかもしれません。

植物によるメタン発生が事実であれば,これまでのメタン発生量のデータに誤り(見落とし)があったことになり, 場合によっては環境政策にも影響を及ぼしかねません。そのためさらに詳細かつ正確な研究が求められるわけです。 メタン発生の定量も色々と行われており,宇宙からの観測で熱帯雨林からの大量のメタン発生が観察されています。 しかし植物から発生しているのかどうかは未だ不明で,現地で直接測定することが今後行われると見られています。

どうやら植物がメタンを発生しているとの説は決していい加減なものではなく,充分有力な仮説になっているようでした。 以前にも書きましたが,熱帯雨林の保存は必ずしも温暖化防止のためだけではなく,生物多様性の保全,土砂災害の防止, など多面的な問題が絡んでいますので,メタンの発生源としての側面だけで評価すべきではありませんが, これまでのように無条件に森林保全を主張できなくなる可能性はあります。いずれにせよ地球環境が維持されている仕組みについて, あまりにも分かっていないことは確かです。そのような状況では環境を改変するあらゆる施策は (それが改善だと信じられていたとしても)慎重に行われなければならないと言えるでしょう。 メタンが熱帯雨林で発生しているからといって森林伐採を一気に進めることも,逆に緑化を無計画に進めることも, 同様に危険なのかもしれません。

Schiermeier, Q. The methane mystery. Nature 442, 730-731 (2006).


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DNA 分子を直接解読(2006.08.18)

DNA の塩基配列解読の技術は年々進歩しています。それでもゲノムプロジェクトなどの現場においては, まだまだ解析速度が何桁か上がって欲しいと思っていることでしょう。次世代の技術として考えられているのは, 一分子の DNA の配列を直接読む,というアイデアです。これにも幾つかの手法が提唱されていますが,新たに,RNA ポリメラーゼ(RNAP)の挙動を測定して単分子の DNA 配列を決定する方法が提唱・実践されました(Greenleaf & Block, 2006)。

原理は意外にシンプルです。まず,RNAP と DNA をそれぞれビーズに結合させ,両者を光ピンセットで固定し, 両者の間の距離を 1 塩基レベルで測定します。これを十分な量の NTP(ヌクレオチド三リン酸)の溶液に入れれば, RNAP は RNA を合成しながらなめらかに DNA 上を移動します。ところが,アデニン(A),グアニン(G),ウラシル(U), シトシン(C)のいずれかのヌクレオチド三リン酸が低濃度でしか入っていない溶液中では,不足している塩基の部分で RNAP の動きが一時的に止まります。これを測定することで RNAP が結合している DNA の塩基配列が推定できるということです。

実際には一種類の溶液中では一種類の塩基の出現パターンしか分かりません。 例えば AGGCTACCAAGAATTAGA(T: チミン)という配列の相補鎖の解読を考えてみましょう。アデニンが不足した反応液中では, アデニンのところでだけ反応が止まりますから,そのパターンから A????A??AA?AA??A?A というデータが得られます。 同様に同じ配列を 4 種類の反応液で調べたデータを並べるとします(以下参照)。

A????A??AA?AA??A?A
?GG???????G?????G?
????U????????UU???
???C??CC??????????

AGGCUACCAAGAAUUAGA

(RNA の配列で読めてくるので,チミンはウラシルになります)

このデータを合わせると,元の塩基配列を予想できることになります。しかしもちろん,ここまでのデータを示すには最低でも 4 分子を調べなければなりません。さらに各配列を並べるためには,プライマーに相当する既知の配列が両端に必要です(片側でも良い?)。 つまり,全く別の分子を独立に読むわけですから,相同な領域を読んでいることを確証するためには, それぞれの塩基の配列の現れ方が既知の部分を使って配列同士を並べるしかないのです。

著者らは実際に 32 塩基の領域をこの方法で解読しました。4 分子の情報を合わせて,30 塩基は正しい配列を得ています。 観察時間は合わせて 3 分程度だったそうです。この精度は低すぎますが,さらに多くの分子を調べることで精度を上げられるとしています。 原理的には 1000〜2000 塩基程度まで読めるとのことですが,RNAP の性質上,配列によっては限界もあるようです。

この技術を用いた最初の論文なので色々問題があるのは仕方ないのかもしれませんが,将来どこまで実用化できるのかは疑問です。 DNA 配列を直接読むという技術は様々な方法がしのぎを削っている状態ですから,あるいはこの技術もいずれ実用化されるかもしれませんが。 何はともあれ,高速でコストのかからない DNA シーケンサーが実用化されれば,分類研究のためにゲノム解読, などという夢物語も現実味を帯びてくるので楽しみではあります。 以前に紹介した研究者に優しいハイブリッド・ゲノム解読に出てくる技術も将来性がありそうですし。

Greenleaf, W. J. & Block, S. M. Single-molecule, motion-based DNA sequencing using RNA polymerase. Science 313, 801 (2006).


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研究者に優しいハイブリッド・ゲノム解読(2006.07.28)

DNA の配列の解読は,サンガー法が事実上唯一の方法となっていました。ところが昨年,ピロシーケンス (pyrosequencing)と呼ばれる方法を用いた DNA シーケンサーが実用化され,新たなツールとして注目されています。 Goldberg et al. (2006) はピロシーケンスを従来のシーケンス技術と併用することで,双方の長所を活かしつつ, 効率よく海洋細菌のゲノム解読ができることを示しています。

ピロシーケンスを実用化したのは 454 社のシステムで,著者らは 454 GS20 sequencing platform と従来の 3730xl シーケンサー(Applied Biosystems 社)と比較,併用することで海洋性細菌 6 種のゲノム解読を試しています。 6 種の細菌はいくつかの点でゲノムの構造に特徴があり,サンガー法と 454 シーケンサーの違いを見るために選ばれました。

454 シーケンサーの特徴としてはクローニングが必要なく,1 ランで大量の配列が解読できること(従来の 100 倍速い), 一方で読めてくる配列の長さが 100 塩基対程度と短く,読んだ配列の表裏の対応がつかないこと(lack of paired end read), 正確性がサンガー法より劣ること,などが挙げられます。しかし短期間で大量の配列を解読できることとコストの安さは魅力的で, サンガー法との合わせ技でどの程度有用なのかの見極めは興味深いものがあります。

3730xl シーケンサーで読んだゲノムの 5.3x 〜 8.0x の配列データ(ゲノム量の 5.3 倍から 8.0 倍に相当するデータ) を 454 シーケンサーで補完する比較を行っています。 3730xl であれ 454 であれ単独ではゲノムを読み切るのは難しく,多少なりとも解読済みの領域にギャップが出来てしまいます。 しかし両者を併用することにより(454 は 1, 2 ラン),3730xl を単独で用いたときに比べて,ギャップの数が優に 8 割以上, 時にゼロにすることができたそうです。 のみならず,単独の時には解読の精度が低かった部分についても精度を上げることができたそうです。

細かくは,ギャップの内,核酸が二重構造をとりやすいためにサンガー法が苦手とする "hard gap" と呼ばれるものや, 大腸菌などへのクローニングが出来ないために読めなかった部分などは 454 によって上手く読まれたそうです。 一方で読みにくい配列が大規模にある場合,繰り返し配列や物理的なギャップ(physical gap)は 454 によるデータを加えても目だって改善せず,むしろサンガー法のデータを増やした方が効率がよかったそうです。

このように 454 と 3730xl は互いに長所と短所が異なっているため,現時点では両者の併用が最も効率的 (費用・手間の双方で)であるとのことです。著者らは,新規にゲノム解読を行う場合は,まずサンガー法によってゲノムサイズの 5x 程度の配列を解読し,このデータを見てさらに 3x 分サンガー法の解読を続行するか,454 による解読(2 ランが標準) に移るかを選択すると良い,としています。なお,参照となるゲノムデータ(同種,あるいはごく近縁種のデータ)がある場合には, 最初から 454 で 2 ラン分の解読を行うことを勧めています。

454 シーケンサーの購入費を考えなければ,今回示されたサンガー法とピロシーケンス法のハイブリッド法は, コスト的にも効率的にも大きな改善となり,ますますゲノム解読を進める原動力になりそうです。さらに将来的には, ピロシーケンス法の弱点である読めてくる配列の長さや精度の問題,そして相補鎖同士の情報が対応付けられない, という欠点も解決することが期待できるため,その時にはゲノムの解読にさらなる革命が起こることでしょう。

なお,今回は原核生物のゲノム解読において威力が検証されましたが,ゲノムサイズが大きく, 繰り返し配列を多く含む真核生物の場合にはここまでうまくは行かないことが予想されます。今後の検証を待つべきでしょう。

Goldberg, S. M. D. et al. A Sanger/pyrosequencing hybrid approach for the generation of high-quality draft assemblies of marine microbial genomes. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 103, 11240-11245 (2006).


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地球を暖める古細菌 II(2006.07.24)

地球を暖める古細菌 I は酸性泥炭地に生息するメタン生成菌の純粋培養の話でしたが, 同様に主要なメタン発生源となっているのは水田です。イネの根圏に共生するメタン生成菌も温室効果ガスの発生源として重要ですが, やはり培養に成功していないグループがあります。Erkel et al. (2006) は Rice Cluster I 古細菌(RC-I) と呼ばれる生き物を複数の真正細菌の共存下で維持し,そのゲノム解読に成功しました。

微生物の詳細な研究には純粋培養が不可欠です。しかし技術的に純粋培養株が確立できない場合もあり, そのような場合にまずゲノムを解読する,ということが近年可能になってきました(ショットガンの威力)。 著者らは数種の真正細菌(Thermoanaerobacteriaceae や Clostridiaceae の系統)と古細菌としては RC-I のみを含む状態で, MRE50 という培養系を数年に渡って維持しており(Erkel et al., 2005),これを用いてゲノムの解読を行いました。

ゲノムサイズは 3,179,916 塩基対で,3103 の遺伝子が推定されています。RC-I は水素と二酸化炭素のみからメタンを生成する 古細菌と推定されていましたが,遺伝子情報からも裏付けられたようです。この他,他のメタン生成菌には見られない特徴や, あるいは近縁と考えられるメタノサルシナ目と類似した特徴などが色々と報告されています。

また根圏に生息する事への適応としては,硫酸塩を同化に関わる酵素が見つかりました。他のほとんどのメタン生成菌は亜硫酸塩, 硫化物,そして硫黄を含んだアミノ酸を取り込むことで硫黄を得ています。根圏は比較的酸化的な環境であるため, 他の硫黄種に比べて硫酸塩が多く含まれると考えられ,RC-I はこれに適応していると思われます。 また,酸化的な環境ではメタン生成を行うのは困難のですが,RC-I は複数の抗酸化酵素や真正細菌タイプの DNA 修復酵素を持っており, これによって酸化的な環境での生息が可能になったと考えられました。

なお系統解析についてはあまり触れられていませんが,16S rRNA の系統解析からはメタノサルシナ目の姉妹群にあたる, 独立の目に相当するような系統であることが知られていました(Erkel et al., 2005; Erkel et al., 2006)。 遠からずゲノム情報を用いた複数の遺伝子の結合系統樹も描かれるでしょうから,系統関係もより明確に解けるようになるでしょう。

ゲノムを読んだことにより,純粋培養が出来なかった生物の生態に迫ることが出来たことは, まだまだ未培養の微生物が多い中では大きな意義を持つでしょう。特に RC-I のように地球温暖化など重要な問題に関わる生物であれば, 効率の良い方法なのかもしれません。しかし具体的な生理学は,純粋培養株を用いてしか明らかに出来ないのもまた事実です。 また MRE50 培養系は,数年間の培養の間に古細菌の組成が変化した結果,1 種類の RC-I に絞られた事が確認されています(Erkel et al., 2005)。これは培養系が不安定であることも示唆しており,やはり複数の生物種が混在する培養系は, 株の恒久的な維持には適していない可能性があります。 今回のゲノム情報に基づき培養条件の検討が進み,もし純粋培養株を確立することが出来れば, ゲノムの解読が培養方法の確立のための新しい戦略になっていくかもしれません。

Erkel, C., Kube, M., Reinhardt, R. & Liesack, W. Genome of Rice Cluster I arcaea - the key methane producers in the rice rhizosphere. Science 313, 370-372 (2006).

Erkel, C. et al. Retrieval of first genome data for rice cluster I methanogens by a combination of cultivation and molecular techniques. FEMS Microbiol. Ecol. 53, 187-204 (2005).


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地球を暖める古細菌 I(2006.07.22)

古細菌の中にはメタンを発生するメタン生成菌が含まれます。メタンは温室効果ガスとして注目されており, その発生源であるメタン生成菌の研究も進められています。メタン生成菌の中には培養に成功していないものも少なからずありますが, Bräuer et al. (2006) は酸性泥炭地に生息する,知られた中で最も酸性に強いメタン生成菌の単離に成功しました。

酸性泥炭地はメタンの主要な発生地として知られており,ここに生息するメタン生成菌の特性を理解することは 地球温暖化などの問題を考える上でも重要であると言えます。微生物の性状を調べるには目的の微生物を純粋培養が不可欠ですが, 多くの場合これは簡単なことではありません。事実,酸性泥炭地に生息するメタン生成菌も,16S rRNA の配列以外の情報はこれまで得られていませんでした。なお,16S rRNA の系統樹からは酸性泥炭地に, メタノミクロビウム目の未知の系統(R10 group,the fen cluster,E1/E2 cluster などと呼ばれる) が豊富に含まれることがわかっていました。

著者らはニューヨーク州の McLean Bog 泥炭地より得たサンプルを抗生物質(rifampicin)で処理し, 競合する真正細菌の増殖を抑えて目的の古細菌を増やすことに成功しました。この粗培養に基づいて開発されたのが PM1 という培地で, イオン強度が低いのが特徴で,pH を 5 に合わせてメタン生成菌を培養できたそうです。

次にこの培地で粗培養のサンプルを 10-8 に希釈して,6A8 という株を得ています。この株には細い桿菌と, 不定形の球菌が含まれていました。しかし,16S rRNA のプローブを用いた染色や詳細な観察の結果,そして 16S rRNA,ITS, 23S rRNA の部分配列の証拠などから,球形の細胞は培養下で生じた異常な,死にかけの細胞であると推定されました。

さて,こうして R10 group の古細菌の性状が初めて調べられるようになったわけですが,これまでのところ 6A8 株は水素/二酸化炭素をメタン生成に用いることが示されました(これはこれまでも予想されていた結果)。 さらに 6A8 株は pH 5.0 付近で最もよくメタンを発生し,4.0〜5.8 の範囲でメタン生成を行えることがわかりました。 これまで知られていた中で最も酸性を好むメタン生成菌は Methanobacterium espanolae(メタノバクテリア目)だそうで, pH 4.7〜6.0 の範囲でメタン生成し,pH 5.5 付近が最適だったそうです。 つまり 6A8 株は最も酸性泥炭地に適応したメタン生成菌と言えるでしょう(自然のサンプル中の古細菌はより幅広い条件で, より多くのメタンを生成していることも示唆されています)。

6A8 株は系統的には科のレベルで他のメタノミクロビウム目の古細菌とは異なっているとみられ,予備的に "Methanoregula boonei" という名称が提唱されています。今後,この株を用いてさらに詳細な研究が進めば, この名前が正式なものとして登録される事になるでしょう。

ともあれ微生物,特に形態に特徴の少ない原核生物の場合は,純粋培養に成功するかどうかが研究の鍵です。 その意味で今回の研究は泥炭地に生息するメタン生成菌の生態を理解する大きな進歩と言えるでしょう。

Bräuer, S., Cadillo-Quiroz, H., Yashiro, E., Yavitt, J. B. & Zinder, S. H. Isolation of a novel acidiphilic methanogen from an acidic peat bog. Nature 442, 192-194 (2006).


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帰ってきた火星生命?(2006.04.06)

近年の探査機の調査によって,過去の火星に大量の水が存在した証拠が見つかってきています。 これに伴い,火星にはかつて生命も存在したのではないか,と言われることがあります。 10 年前,火星由来の隕石中に生命の痕跡が見つかったとの論文が発表され,一時期は大きく取り上げられましたが, これについては現在否定的な見解が大勢を占めています。 ところが最近になって別の火星隕石からも新たな生命の証拠が見つかったとの報告が出てきているそうです (Kerr, 2006 による学会報告)。

「火星に生命が存在した」という考えが科学的に検証されるようになったのは,おそらく McKay et al. (1996) が出版されて以降のことでしょう。彼らは ALH84001 という隕石を詳細に検討し,「化石」と呼ばれた構造を初めとして, 生命が存在したとする複数の状況証拠を見い出しました。これらを総合的に考えて,McKay et al. (1996) は ALH84001 にはもともと生命が含まれていた,と主張しました。ところが McKay et al. (1996) の提示したそれぞれの証拠については立て続けに反論が提出され(小出, 1998 や Schopf, 1999 に詳しい), 現在では生命の証拠とは言えないと考えられています。

ところが今年の 3 月に開かれた Lunar and Planetary Science Conference(月・惑星科学学会)において McKay らのグループが別の隕石から生命の証拠を得たと報告したそうです。 ナクラ(Nakhla)隕石という,1911 年にエジプトに落下した隕石の微小な管状の隙間や細孔に複雑な有機物が詰まっているのを確認し, 生命が作った可能性を考えているそうです。

さらに Fisk ら別のグループは Astrobiology という雑誌に, やはりナクラ隕石中の生命の可能性ついて投稿しているそうです。 もともと現在の地球上の海底の岩石中などで,細い管状構造を生物が作っていることが調べられてきました。 これとよく似た構造がナクラ隕石に見つかったというのです。 McKay らが有機物を発見した構造と,今回新たに調べられた構造は互いによく似ているともことで, いずれも生命が作った可能性があるのかもしれません。

しかしこれらの有機物の起源については地球上で紛れ込んだ可能性も否定できません。 特にナクラ隕石については落下時にイヌを一匹殺しているくらいで,有機物の汚染について特に心配されます。 またそもそも複雑な有機物が無生物的に出来ないと断言できるわけでもありません。

この手の議論をするときに一番問題になるのが,生命の定義をどのようなものにするかということと, 生命の存在を示すためにはどのような証拠があれば十分か,ということでしょう。 未だにこの点についてはコンセンサスが得られておらず,地球上の最古の化石をどう判定するかについても, どうようの混乱が残っています。 これから先に実現するかもしれない火星への有人飛行などによって,より多くの火星のサンプルが得られるようになれば, 火星に生命が存在したのかどうか,より確かなことが言えるようになるかもしれません。

参考までに,ALH84001 隕石が火星から飛び出したのは約 14 億年前,ナクラ隕石は約 12 億年前だそうです (小出, 1998)。

Kerr, R. A. New signs of ancient life in another martian metorite? Science 311, 1858-1859 (2006).

小出良幸 生命の起源 - 宇宙生物学へのアプローチ. 神奈川県立博物館研究報告(自然科学) 27, 1-30 (1998).

McKay, D. S. et al. Search for past life on Mars: Possible relic biogenic activity in martian metorite ALH84001. Science 273, 924-930 (1996).

Schopf, J. W. Cradle of Life: The Discovery of Earth's Earliest Fossils (Prinston University Press, New Jersey, 1999).


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文献検索の新時代(2006.03.03)

無料の文献検索システムとして最近作られた Google Scholar に著者,雑誌,年などを絞り込める Advanced Scholar Search の機能が加えられました。

文献の検索を行う場合,従来であれば PubMed などが無料のサイトとして活用されてきました。しかしフリーのサイトでは被引用文献(関心のある文献「を」引用している文献) を調べることができなかったため,大学などが契約している有用のシステムを利用するしかありませんでした。 Google Scholar では検索で見つかってきた論文に,"Cited by ---(数字)" として被引用文献のリストへのリンクがついています。

これまではキーワードと著者での絞込みしかできませんでしたが,雑誌と年が絞り込めることで, 例えばある著者の最新の論文を探したり,あるいは雑誌と著者は覚えているけれども,検索に適したキーワードが見つからないときなど, 様々な場面で役に立つと思われます。

Google Scholar は多くの雑誌について論文全文を踏まえてキーワードを検索しているため, この点でも PubMed などの摘要のみに依存した検索システムよりも優れていると言えます。 Google 同様ロボット検索をベースにしているため,多少の癖はあるわけですが, インターネットに接続できる限りにおいては誰でも平等に利用できる文献検索システムが存在し, なおかつこれが大筋において既存の検索システムより多くの点で優れているとなれば, 今後,多くのアマチュアや研究者による文献調査において,Google Scholar は中心的役割を果たすことでしょう。 と,同時に Google Scholar の検索に載るように,学術雑誌の電子化の重要性も増すでしょう。

なお現在までのところ Beta 版なので,正規版になるまでにさらなる機能の増強もあるかも知れません。


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ウナギはどこの泥から沸いて出るか(2006.02.27)

ウナギは外洋域で産卵し,川に戻ってきて成体になります。 そのため日本産のウナギ(Anguilla japonica)の産卵場所は長いこと不明のままでした。 Tsukamoto (2006) は長年に渡るウナギの幼生の採集場所から絞り込まれた海域をよく調べることによって, グアム沖の Suruga 海山の付近が産卵場所であることを突き止めました。

Tsukamoto (2006) は東京大学海洋研究所の白鳳丸による調査の結果, Suruga 海山の西側で生後 2 〜 5 日程度の幼生が採集されました(6 月の新月の日)。 数十年に渡るこれまでの調査でも,これ程生まれてから間もない幼生が得られた例はなく, また周辺の海域でも,幼生が得られないかより成長したレプトセファルス幼生しか得られておらず, ウナギの産卵が Suruga 海山のごく近くに限られることが示されました。

これより場所がずれると,幼生が日本沿岸に通じる黒潮に乗ることができず, ウナギの採られていない南方へ通じるミンダナオ海流に乗ってしまうため, Suruga 海山で産卵する理由があるようです。

今回は産卵の瞬間を直接見たわけではありませんので,それは今後の課題になるのでしょう。 しかし資源の保全という観点からは,産卵場所が絞り込めたことに大きな価値が認められるようです。 一応,広域に渡って幼生の分布が追いかけられていますので,産卵場所が限られているのは確かだと思われますが, 近傍の他の海山などでまったく産卵が行われていないのか,特に単に今回の採集日には Suruga 海山で産卵していたが, 別の日には隣の海山でも産卵していた,などという可能性もないとは言えないように見えます。 これからも調査は継続されることでしょうから,今度は同じ場所での経年観察から, ウナギの生活史の詳細に迫っていくことになるでしょう。

Tsukamoto, K. Spawning of eels near a seamount. Nature 439, 929 (2006).

News & Views より
Cotter, R. Spawning spot. Nature 439, 926 (2006).


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植物もメタンを出していた!(2006.01.19)

メタンは温室効果ガスとして,二酸化炭素と共に重要視されている気体です。 メタンの放出量を制御することは地球温暖化対策の一環として各国の政策の一部にもなっています。 そんな中,普通の植物がメタンの大きな供給源であるという予想外の報告が出されました(Keppler et al., 2006)。

メタンの発生源として現在注目されているのは,主として生物的な発生源です。 嫌気性のメタン生成古細菌が主犯とされており,嫌気的になりやすい水田の泥や,胃の中にメタン生成菌を飼っている反芻獣が, 特に問題視されています(ウシのゲップが温暖化の一因と言われるのもこのためです)。 ところが近年,熱帯雨林から大量のメタンが放出されているなど,定説に反するデータも提出されていました。

一方,植物がオゾン層を破壊する物質であるクロロメタンを放出していることを報告したグループは, あるいは植物はメタンも放出しているかもしれないと考え,その仮説を検証するための実験を行いました。 その結果,植物遺骸がメタンを放出しており, さらにその 10 倍,100 倍の量のメタンを生きた植物が放出していることを見出しました。 もちろん,メタン生成菌が共在していた可能性も検証されており,例えばガンマ線滅菌しても, 水耕栽培しても同様のメタン生成と炭素同位体の変化が認められたことから,植物自身がメタンを生成していると考えられます。 ちなみに,このメタン生成は温度の上昇に伴なって増加し,光によってメタン生成が促進されるというデータも出ています。

植物がメタンを発生するメカニズムについては全く不明ですが,メタンの様な還元的な物質が, 充分な酸素がある条件で合成されること自体が不思議だそうです。 一応,植物の含有するペクチンがメタン生成に関与している可能性が示唆されていますが, それ以上のことはわからないそうです。

さて,問題は植物の出しているメタンの分量がどの程度か,ということです。 地球規模での発生量を見積もるにはもちろん充分なデータが存在していませんが,一応の試算が行われています。 それによると推定される年間のメタン発生量のうち 10% 〜数十 % が植物によるものとなっています。 もちろんこれは地球規模のメタン放出,吸収の推定とは整合性がとれるものではなく, 何か重大な見落としがあることも示唆しています。熱帯雨林で発生しているメタンを説明できることなどから, 今回の研究自体を間違いとするのも難しいかもしれません。

温暖化対策として,緑化と森林伐採の抑制が訴えられることも多いですが,植物がメタンを発生しているとすれば, そのような対策も見直しが求められるかもしれません。もちろん,生物の多様性保全や砂漠化の防止などの観点もあるので, 短絡的に植物が敵視されるわけではありませんが,例えば人工的な砂漠の緑化に際して,あるいは農作物を選ぶ際に, メタンをあまり発生しない種類を選ぶなどの展開が考えられます。 当面は,多くの研究者が植物によるメタン発生の実体と機構の解明に取り組み, さらには植物種ごとの発生量の違いなどを調べることになるものと想像します。

Keppler, F., Hamilton, J. T. G., Braß, M. & Röckmann, T. Methane emissions from terrestrial plants under aerobic conditions. Nature 439, 187-191 (2006).

News & Views より
Lowe, D. C. A green source of surprise. Nature 439, 148-149 (2006).

News 記事より
Stokstad, E. Plants may be hidden methane source. Science 311, 159 (2006).


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続報:生命を産んだ原始大気(2006.01.09)

原始地球の大気組成は生物の起源の研究の上で最も重要な問題の一つです。 その組成(主として酸化的だったか還元的であったか)によって地球上での有機物のできが変わってくるためです。 ここしばらくは弱還元的で,有機物が出来にくい大気だと考えられてきましたが,昨年 Tian et al. (2005) により原始大気が水素を大量に含んでいた(=強還元的だった)可能性が指摘され(生命を産んだ原始大気 ),どうやら論争が始まったようです(Catling, 2006; Tian et al., 2006)。

Tian et al. (2005) の主な仮定は当時の熱圏(Thermosphere: 電離層の付近らしい)が冷えていたことにあります。 しかし Catling (2006) は Tian et al. (2005) の仮定が単純化しすぎだとして, 実際には水素の大気圏外への飛散が激しかったと主張しています。特に,キセノン(重い希ガス元素) が飛散した証拠があることから,より軽い水素も失われたはずだと主張しています。

Tian et al. (2006) はこれに細かく反論しています。キセノンの証拠については, これは一次大気が失われた証拠であって,後に火山ガスとして放出された二次大気の水素とは無関係だと反論しています。 しかし総じて,両者とも理論的な背景に基づく議論であるため,どちらが正しいのかは素人には判断がつきかねます。 大気については直接・間接の証拠が残りにくいため,今後も議論が続くと思われますが, Tian et al. (2006) の考える水素に富んだ原始大気は,有機物が豊富に出来るという観点からも魅力的で, これが正しかった場合,どのようなことが起こりえたのかを研究することは重要な研究テーマとなることでしょう。 また,この論争を機に原始大気の組成にまつわる議論が活発になることに期待したいです。

Tian, F., Toon, O. B., Pavlov, A. A. & De Sterck, H. A hydrogen-rich early Earth atmosphere. Science 308, 1014-1017 (2005).

Catling, D. C. Comment on "a hydrogen-rich early Earth atmosphere. Science 311, 38a (2006).

Tian, F., Toon, O. B. & Pavlov, A. A. Response to comment on "a hydrogen-rich early Earth atmosphere". Science 311, 38b (2006).


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イヌゲノムが人を救う(2005.12.14)

最近イヌゲノムのドラフト配列が発表され(Lindblad-Toh et al., 2005), マスコミなどでも紹介されているようですが,イヌの遺伝子を決定することの意義とは一体何なのでしょうか?

この仕事ではメスのボクサー種のイヌのゲノムのドラフトを解読しています(メスなので Y 染色体はなし)。 これに加えて 11 の犬種について一塩基多型(SNP。「すにっぷ」と読む)を探索し,250 万以上の SNP を得たそうです。 イヌは少なくとも 15,000 年以上昔から家畜化され,品種改良の結果数百の犬種が開発されてきました。 これらの犬種は外見から行動パターン,特定の病気あるいは障害のリスクなど,様々な特徴を反映しています。 見方を変えると,各犬種は人間にとって(ひいては研究者にとっても) 興味のある形質についての変異体のコレクションでもあり,また様々な遺伝病の情報源でもあるわけです。 多くの犬種について純系が存在することもこの価値を高めています。

一部の遺伝病についてはヒトとイヌで対応するものが発見されており(例えばナルコレプシーなどは有名), イヌにおける研究成果がヒトの遺伝病の原因遺伝子特定や治療法の開発に応用できる可能性があるのです。 そのため,イヌゲノムの解読と SNP のリストアップはイヌの研究のためだけではなく (イヌは愛玩動物でもありますから,イヌの病気の治療のためにも役立つわけですが), ヒトの遺伝病や哺乳類の形態の成り立ちの理解など,様々な研究に有用と考えられるのです。

もっと広い視点で考えると,イヌは系統的にもヒトの比較ゲノム研究に有用と言えます。 哺乳類ではこれまでヒト,マウス,ラット,チンパンジーでゲノムレベルの配列が解読されてきました。 ところがこれらの 4 種は有胎盤哺乳類全体をから見ると,同じグループに属していることが知られています。 有胎盤類は分子系統から Afrotheria,Xenarthra,Euarchontoglires,Laurasiatheria の 4 グループに分けられます。 霊長類もげっ歯類も Euarchontoglires に含まれ,その意味では互いに近縁であるといえます。 哺乳類全体のゲノム進化を議論するのであれば,狭い範囲の生き物だけを扱っていても見えてこないことがあります。 そんな中でイヌは Laurasiatheria に含まれるため, そのゲノム解読は哺乳類のゲノム構造の理解を大きく広げることでしょう。 例えばヒトゲノムとイヌゲノムに保存された領域を調べることで,哺乳類にとって重要な遺伝子の発見などが出来るはずです。 今後,残りの系統,Afrotheria や Xenarthra の動物のゲノムが解読される日が来るのも楽しみになります。 現在はゾウ(Afrotheria)とアルマジロ(Xenarthra)でゲノム解読が進行中とのことなので, その日がくるのもそう遠い将来ではないでしょう。

Lindblad-Toh, K. et al. Genome sequence, comparative analysis and haplotype structure of the domestic dog. Nature 438, 804-819 (2005).

News & views より
Ellegren, H. The dog has its day. Nature 438, 745-746 (2005).


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続報 3:最尤法か最節約法か(2005.11.24)(→進化・分類学)


続報 2:最尤法か最節約法か(2005.11.14)(→進化・分類学)


スパイダーマン対ヴァンパイア(2005.11.03)

タイトルとは微妙に違いますが,蚊を食べるクモの話です。 Jackson et al. (2005) の研究から,ある種のクモが血を吸った蚊を選んで食べることがわかりました。

フィールド調査などから,ヴィクトリア湖周辺に住むクモの一種,Evarcha culicivora が 血を吸った蚊を好んでいるように観察されていたそうです。 そこで Jackson et al. (2005) はこの E. culicivora について詳細な実験研究を行いました。

クモが 2 種類の獲物から視覚条件だけ,あるいは嗅覚条件だけに基づいて餌を選べるような実験系が組まれました。 その系で,血を吸った蚊(基本的には Anopheles gambiae:雌しか血は吸わない) と他の同様のサイズの昆虫を獲物として提示した結果,対立候補(別種の節足動物,血を吸ってない雌雄の蚊など) に比べて大体いつも 4 倍以上好まれていたようです。 また,クモは餌のサイズに好みがあるようで,小さい個体は小さい餌を,大きい個体は大きい餌を好む傾向があったようです。 ところが血を吸った雌の蚊と比べると,サイズの好みには関係なく,血を吸った蚊の方を選んだとのことです。 面白いのは,視覚だけ,あるいは嗅覚だけを頼りに餌をえり好みすることが出来るという点で, これはおそらく遺伝的なものであって,経験的なものではないとされています。

血は非常に栄養分に富んでいるので,脊椎動物の血を間接的に得ることには大きな利益があるはずです。 また血を貯め込んだ蚊は動きが遅くなるため,捕まえやすいという利点も指摘されています。 こういう研究は高度な実験設備などを必要とせず,しかし地道で長大な努力が必要な研究なので, これで結果を出すことは素晴らしいと思います。

しかし血を吸った蚊と吸ってない蚊を匂いで見分けるなんて,本当に凄いですね ちなみに,全ての実験で血を吸った蚊を選んだ個体が平均すると約 80% 程度になっていたのは, クモにとって餌は「血を吸った蚊」と「それ以外」のニパターンしかないということなのでしょうか? これも気になるところです。

Jackson, R. R., Nelson, X. J. & Sune, G. O. A spider that feeds indirectly on vertebrate blood by choosing female mosquitoes as prey. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 102, 15155-15160 (2005).


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続報:最尤法か最節約法か(2005.10.29)(→進化・分類学)


ヒトを作るネットワークの解明へ向けて(2005.10.24)

細胞内で最も機能の多様性に富んだ分子は恐らくタンパク質ではないかと思います。 タンパク質は酵素,すなわち化学反応の触媒として働く他に, 互いに情報をやり取りし制御しあう制御因子としての側面もあります。 このタンパク質の情報ネットワークを明らかにすることは,細胞の化学反応の全容を理解する過程で不可欠といえます。 Rual et al. (2005) は 8,000 余りのヒトのタンパク質について相互作用を調べ, 相互作用のマップを構築しました。

ヒトゲノムプロジェクトの完了を受けて,今後は全タンパク質の解析(プロ手オーム解析)などが話題になっていますが, その中の一分野ともいえると思います。今回の研究ではヒトゲノム中の遺伝子候補のうち約 8,100 について, two-hybrid 系により相互作用の有無を調べています。結果,約 2,800 の相互作用が検出され, 病原性との関連のあるタンパク質との相互作用なども多数発見したそうです。

まだまだ効率も調べられた遺伝子の割合も 100% には遠い状況ですが, このようなデータベースが細胞の仕組みを真に理解するためには欠かせないでしょう。 ただ,two-hybrid 系には限界や問題点もあると思われるので, そういうデータベースとして一歩距離を置いて見る必要はあるでしょう。 今後別の方法論での検証も必要でしょうし。

何はともあれ,実は要旨しか読んでいませんので,興味のある方は原論文をどうぞ。

Rual, J. F. et al. Towards a proteome-scale map of the human protein-protein interaction network. Nature 437, 1173-1178 (2005).

参考:
ハエのタンパク質の相互作用マップ線虫の相互作用マップ今度は酵母の相互作用マップ


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赤い口紅で魚を誘惑(2005.07.09)

深海には色々な目的で光っている生き物がいます。 その中に赤い光を発して餌となるを誘引するクダクラゲが発見されました(Haddock et al., 2005)。

クダクラゲの仲間は脆く,中々生きた状態で観察することが難しかったそうです。 Haddock et al. (2005) は Erenna 属の一種を観察し,触手に発光する器官を確認しました。 成熟するとこの器官は赤い蛍光物質に囲まれ,生きた状態ではオレンジ〜赤に光って見えるそうです。 スペクトルの解析から赤色の蛍光物質はポルフィリン類の一種と見られています。

発光する触手の動かし方と,この種が魚を食べていることから(クダクラゲは普通甲殻類を食べるとのこと), 赤色の発光器官は魚を誘引するルアーの役割を果たしていると考えられています。 水中では赤い光は透過しにくいのですが,一部の深海生物が赤色光を受容することが最近知られており, 今後,深海において赤色光の果たす役割にも注目する価値があると示唆されています。

深海は人類にとって最後のフロンティアとも呼ばれる場所です。 これから先もこれまでの常識に反するような,新しい生物が見つかってくることでしょう。 今回のような,深海での生物の生態に関する研究も,少しずつ進展していくと期待されます。

Haddock, S. H. D., Dunn, C. W., Pugh, P. R. & Schnitzler, C. E. Bioluminescent and red-fluorescent lures in a deep-sea siphonophore. Science 309, 263 (2005).


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バクテリアの島嶼生態学(2005.06.28)

生態学において,ある空間(例えば島)で見つかる生物の種数が, 島の面積が増えるにつれ,指数法則にのっとって増加することが知られています。 これはマクロな生物において見つかった現象で,バクテリアなどの微生物には適用できないと見られていました。 ところが実際にはバクテリアにおいても同じ法則が成立することが Bell et al. (2005) によって示されました。

これまでの研究では,連続した環境内の一定の面積に住むバクテリアの多様性が調べられ, その結果,面積の増加に伴なう多様性の増加が,マクロな生物に比べて低いことが示されていました。 しかし,これは多くのバクテリアが広範囲に分布する傾向が強いことに原因があるようです。 Bell et al. (2005) は連続した環境ではなく,制限のある環境における多様性の増減を調べました。

これはマクロな生物の場合は島などが該当しますが, Bell et al. (2005) ではバクテリアの対応するモデルとして,樹の穴(treeholes)に着目しました。 それぞれの穴の中の水の体積(ml)と,バクテリアの遺伝的多様性が比較された結果, 体積の増加に伴なって遺伝的多様性が増し,しかもその増加の程度がマクロな生物で知られている量と一致したそうです。

マクロな生物の場合,多様性を決める要因としては移入や絶滅,環境の多様性などがあげられます。 これが微生物にもそのまま当てはめられるのかは今後の課題となりますが, 「島」のような空間における生態学が微生物とマクロな生物で,統一的に理解できるのかも知れません。

Bell, T. et al. Larger islands house more bacterial taxa. Science 308, 1884 (2005).


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惑星の玉突きと生命の起源(2005.05.29)

生物学とはほとんど離れていますが,ちょっと生物の起源に関わる面白い話です。 太陽系の外側にある惑星(土星〜)は軌道がより楕円形に歪んでいて, 公転面も太陽系の面からずれています。 これを説明するモデルが Tsiganis et al. (2005) によって提出されました。 このモデルを拡張することで,生物の起源のころに地球を襲ったと言われる, 大規模な天体衝突(Late Heavy Bombardment: LHB)をも説明できるというお話です (Gomes et al., 2005)。

Tsiganis et al. (2005) は,太陽系の惑星の軌道が, 初めは現在の位置にはなく,後に移動したものであると考えました。 天王星や海王星の軌道は円に近く,現在よりも遥かに内側にあり, また,木星と土星の公転周期の比も現在の 1:2.5 ではなく,1:2 だったと仮定して, シミュレーションを走らせました。

その結果,太陽系と共に形成されていた微惑星との相互作用から, ある時点で木星と土星の公転周期が乱れて,1:2.5 に近づきます。 この時,土星の軌道変化の影響で天王星と海王星の軌道が大きく外側に弾かれます。 天王星と海王星の軌道(外側か内側か)が入れ替わる可能性もかなりあるそうです。 この結果,外部惑星の軌道が現在の歪んだ状態になることが示されています。

外側に弾かれた海王星は,そこに広がっていた微惑星のディスクを撹乱します。 その結果,無数の微惑星が太陽系の内外に飛び交うようになり, これが一時的な天体衝突の嵐を太陽系の全域にもたらします。

Gomes et al. (2005) は原始太陽系星雲の塵が晴れるまでは, 惑星の軌道変化が起こらなかったとする仮定を加えてモデルを修正しました。 その結果,惑星の軌道変化が数億年ほど遅れて起こることが予想され, LHB が起こった時期(太陽系の形成から 6 〜 7 億年後)が再現されました。 LHB は存在したかもしれない初期生物の生存を脅かす一方で, 生物の材料物質を地球にもたらしたという点で,生物の起源に重要な意味を持っています。

今回の研究はシミュレーションに基づく研究ですから, この結果が太陽系の初期の最終的なモデルとなるわけではありません(Hahn, 2005)。 観測に基づくの検証や,モデルの修正や精密化によっても結果が維持されるのかは, 今後の課題でしょう。ただ,一つのモデルから太陽系の成り立ちに関する謎をまとめて解決できるのは, とても魅力的です(Morbidelli et al., 2005 では, 同じモデルで木星のトロイ小惑星群の生成も説明しています)。

Tsiganis, K., Gomes, R., Morbidelli, A. & Levison, H. F. Origin of the orbital architecture of the giant planets of the Solar System. Nature 435, 459-461 (2005).

Morbidelli, A., Levison, H. F., Tsiganis, K. & Gomes, R. Chaotic capture of Jupiter's Trojan asteroids in the early Solar System. Nature 435, 462-465 (2005).

Gomes, R., Levison, H. F., Tsiganis, K. & Morbidelli, A. Origin of the cataclysmic Late Heavy Bombardment period of the terrestrial planets. Nature 435, 466-469 (2005).

News & Views
Hahn, J. When giants roamed. Nature 435, 432-433 (2005).


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生命を産んだ原始大気(2005.05.20)

生命の起源についての最初の科学的な研究は,Miller (1953) による有名な放電実験でしょう。この実験ではメタン,アンモニア,水蒸気, 水素を含んだ原始大気のモデルに数日の間放電を加え, 何種類ものアミノ酸が生成することを証明しました。 ところが,近年の原始大気のモデルでは原始大気にはメタンやアンモニアはおろか, 水素などの還元的な物質は存在しなかったと考えられています(例えば Kasting, 1993)。 このような大気からはアミノ酸は効率よく生成せず(Schlesinger & Miller, 1983), 地球外からの天体落下や(Chyba & Sagan, 1992),大気上層での宇宙線照射など (Miyakawa et al., 2002)が重要なアミノ酸の供給源となったと考えられていました。

しかしながら,多くの研究者が受け入れていたこの考え方が, 再度覆される可能性が出てきました。Tian et al. (2005) は, 原始大気からの水素の脱出速度を新しいモデルで検証しました。 その結果,原始大気における水素の脱出速度は現在に比べて遥かに遅く, 火山などから供給された水素は予想以上の濃度(30% 以上)に蓄積したと予想されました。 これはこれまで原始大気中の主成分だと考えられていた二酸化炭素の濃度を凌ぎ, 原始大気がより還元的であったことを意味しています。

このような水素に富んだ原始大気からは多様で大量のアミノ酸が生成したと考えられ, おそらくは地球外からのアミノ酸の供給量を大きく上回っていたようです。

モデルの検証が今後,活発に行われるかもしれませんが, もしこの結論が正しいとするなら,原始の海洋は,Miller が当初創造したような 「有機物のスープ」だったのかもしれません。

Tian, F., Toon, O. B., Pavlov, A. A. & De Sterck, H. A hydrogen-rich early Earth atmosphere. Science 308, 1014-1017 (2005).

Perspectives
Chyba, C. F. Rethinking Earth's early atmosphere. Science 308, 962-963 (2005).

Chyba, C. & Sagan, C. Endogenous production, exogenous delivery and impact-shock synthesis of organic molecules: An inventory for the origins of life. Nature 355, 125-132 (1992).

Kasting, J. F. Earth's early atmosphere. Science 259, 920-926 (1993).

Miller, S. L. A production of amino acid under possible primitive Earth conditions. Science 117, 528-529 (1953).

Miyakawa, S., Yamanashi, H., Kobayashi, K., Cleaves, H. J. & Miller, S. L. Prebiotic synthesis from CO atmospheres: Implications for the origins of life. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 99, 14628-14631 (2002).

Schlesinger, G. & Miller, S. L. Prebiotic synthesis in atmospheres containing CH4, CO, and CO2 I. Amino acids. J. Mol. Evol. 19, 376-382 (1983).


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粘菌ゲノムから掘り起こす情報(2005.05.07)

遂に,待ちに待った細胞性粘菌のゲノム配列が報告されました。 細胞性粘菌はわずかに先を越された Entamoeba と同じアメーバ動物の仲間です。 中でも細胞性粘菌は細胞が集合して 1 個の個体として行動し, 子実体を形成するため,社会性のアメーバと言われています。

今回ゲノムが解読されたのは,モデル生物としてよく研究されている, キイロタマホコリカビ(Dictyostelium discoideum)です。 (日本では野外からはめったに取れない種類らしいです) ゲノム中の AT 含量が高かったため,技術的にも苦労があったようです。

結局,染色体領域の 95% 以上が解読でき, 遺伝子という意味では 99% 以上が取られたと見られています。 リピート構造が多いことや,染色体外 rDNA が関わった特徴的なテロメア構造など, 色々な情報も得られています。

また,アメーバ動物がオピストコンタ類(動物+菌類+襟鞭毛虫など)と バイコンタ類(植物+残りの原生生物)のいずれに近いのかはよく分かっていませんでした。 ゲノム情報を元に描かれた系統樹からは, 細胞性粘菌はオピストコンタ類により近いという結果が出ていますが, この系統樹には多くの欠陥があり,あまり確かな結論ではなさそうです。 しろ,動物と共通する遺伝子を多く持っているということが興味深い話です。

今回のゲノムから,多細胞化という現象の単純なモデルに一歩近づくことができますし, また,Entamoeba など病原性のアメーバとの比較研究などにも有益でしょう。 アメーバ動物で最初にゲノムが読まれた Entamoeba が寄生性で, 特殊化した遺伝子組成を持っているであろうことを考えると, 今回の粘菌ゲノムは真核生物の 3 大グループのゲノム研究の重要なピースを埋めるものともいえます。 いずれにせよ,真核生物のゲノム配列も大分充実してきましたし, 今後は進化的に重要な生物のゲノム解読や,ポストゲノム研究の充実など, ゲノム生物学も新しい段階に移っていくような気がします。

粘菌ゲノム関係のウェブリンク
dictyBase
Dictyostelium discoideum GeneDB

Eichinger, L. et al. The genome of the social amoeba Dictyostelium discoideum Nature 435, 43-57 (2005).


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区分けされた人工細胞(2005.05.01)

細胞内は様々なやり方で区画化されています。 生体膜で囲まれた細胞小器官はもちろんのこと, それ以外にも物質が細胞内で局在しています。 このモデル系を人工的な膜胞内で構築した研究があります。

Long et al. (2005) はポリエチレングリコール(PEG)と デキストランを脂質の膜胞に閉じ込め, 膜胞内にニ相の液体を分離させることに成功しました。

さらに,この系にタンパク質を共存させると, PEG とデキストランの相のいずれかに局在することもあるそうです。 (といっても数倍のオーダーまで)。

この系は温度や浸透圧に応じて一相の状態と, ニ相の状態を可逆的に変換するため, 外部から区分化の状態を制御することもできます。

細胞内の区分化の研究は難しいものがありましたが, このモデル系を用いて研究が進むかもしれません。 また,細胞内の区分化は,人工的に生命を合成するためにも重要な課題であり, これから先,研究の発展が期待されます。

Long, M. S., Jones, C. D., Helfrich, M. R., Mangeney-Slavin, L. K. & Keating, C. D. Dynamic microcompartmentation in synthetic cells. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 102, 5920-5925 (2005).

Pielak, G. J. A model of intracellular organization. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 102, 5901-5902 (2005).


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真核生物第 3 のグループのゲノム解読(2005.02.26)

寄生性でミトコンドリアを持たないアメーバ,エントアメーバ(Entamoeba) のゲノムが解読されました。エントアメーバは発展途上国などで致死性の病状をもたらすことから, 治療薬の開発のため,代謝系を明らかにして創薬のターゲットを洗い出す目的でゲノムが調べられたようです。

しかしながら,エントアメーバのゲノムが明らかになったことには全く別の意義が存在します。 近年,Stechmann & Cavalier-Smith (2002) や Nozaki et al. (2003) などの研究から, 真核生物が大きく 3 つのグループに分けられることが示されつつあります。 一つは Opisthokonta 類。これは動物・真菌類,そして襟鞭毛虫(とその仲間)を含むグループで, 遊走細胞が後方に鞭毛を持つという特徴があります(動物の精子が有名です)。 Bikonta 類は,遊走細胞の前か側面に 2 本の鞭毛を持つものが多いことが特徴で(例外は多数あり), 植物,藻類,ほとんどの原生動物が含まれます。

そして最後のグループが Amoebozoa 類です。このグループはべろっとした葉状偽足を持つのが特徴で, 変形菌や細胞性粘菌,多くの寄生性アメーバや自由生活性のアメーバを含みます(Amoeba という学名の生物もいます)。

これまで,Opisthokonta 類では動物,酵母などで,Bikonta 類では陸上植物,紅藻,マラリア原虫,珪藻などで, それぞれゲノム解読が終了しています。ところが Amoebozoa 類についてはこれまでゲノムが解読された生物はいませんでした。それが,今回エントアメーバのゲノム解読により, 初めて Amoebozoa 類のゲノムを他の真核生物と比較できるようになったのです。(細胞性粘菌のゲノム計画は進行中で, 一部の染色体は解読が終了しています。)

真核生物のゲノム構造や遺伝子の進化を考えるためには,Opisthokonta,Bikonta,Amoebozoa の 3 グループの比較が非常に重要な意味を持ちます。今回のエントアメーバのゲノム解読は, 単に一病原体への特効薬の開発に役立つのみならず(いや,これも非常に重要ですが), 真核生物という大系統群の全貌,正体を理解するためにも大きなインパクトを持つことでしょう。 残念ながら真核生物の 3 大グループに関する理解は浸透していませんが,これからの比較ゲノム研究においては, エントアメーバ,そして将来解読されるであろう他の Amoebozoa のゲノムを含めることは不可欠になっていくでしょう。

Loftus, B. et al. The genome of the protist parasite Entamoeba histolytica. Nature 433, 865-868 (2005).

Stechmann, A. & Cavalier-Smith, T. Rooting the eukaryote tree by using a derived gene fusion. Science 297, 89-91 (2002).

Nozaki, H. et al. The phylogenetic position of red algae revealed by multiple nuclear genes from mitochondria-containing eukaryotes and an alternative hypothesis on the origin of plastids. J. Mol. Evol. 56, 485-497 (2003).


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モスラゲノム!?(2004.12.13)

ニワトリに続いてカイコガのゲノムドラフトが出たそうです(Biology analysis group, 2004)。 中国のグループの仕事で,やはり whole-genome shotgun 法で解読したそうです。 カイコガもニワトリ同様,産業上も遺伝学上も重要な動物ですから,ゲノム解析の対象になったようです。

ゲノム上のどれくらいをカバーしているのかはよく分かりませんが, 既知の遺伝子の 91% が同定されたとのことで,そこそこ,と言ったところでしょうか。 推定遺伝子数は 18,000 を超えており,ショウジョウバエの 13,000 個と比べるとかなり遺伝子数が多いようです。 ショウジョウバエ,カ(マラリア蚊でゲノムが出てます),クモ,チョウなどと比較を行っています。

なお,彼らとは独立したグループも既にドラフトを出していました(Mita et al., 2004)。

Biology analysis group A draft sequence for the genome of the domesticated silkworm (Bombyx mori). Science 306, 1937-1940 (2004).

Mita, K. et al. The genome sequence of silkworm, Bombyx mori. DNA Res. 11, 27-35 (2004).


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恐竜の子孫のゲノム解読(2004.12.13)

ニワトリのゲノム・ドラフトが出ました。 先週の Nature に関連論文が 3 本,解説が 1 本載っています。 鳥類で初のゲノム解読となります。また,広く食用にされる動物のゲノムが読まれたのも初めてです。

色々と興味深いことが発見されていますが,詳細は原著に当たっていただくとして (International Chicken Genome Sequencing Consortium, 2004), ここでは特に目に付いた点だけ触れておきます。

鳥類は microchromosome と呼ばれる 500 万〜 2000 万塩基対程度の染色体を多数持っています。 これは哺乳類では一般的ではないため,このような染色体の起源や進化についての知見が期待されます。 また,ニワトリのゲノムサイズは哺乳類の三分の一程度ですが, これが遺伝子や配列のコピー数の少なさで説明できる事が分かったそうです。 ヒトゲノムの研究との関連では,鳥類は哺乳類よりそこそこ系統が離れているので, 重要でない配列はほとんど保存されていない事が期待されます。 そこで,ヒトとニワトリに共通して見られる配列を探す事で,機能的な塩基配列が推定できます。 そうして見つかった配列の多くが,遺伝子間領域にあったそうで, それらの配列がどのように働いているのか,についての研究がこれから熱心に行われるでしょう。 実用的な側面としては,ニワトリの育種への応用が利きます。 ゲノムのほとんどが決まった事により,詳細な連鎖地図が描けます。 これにより期待する遺伝子のかけあわせや,逆に遺伝子のポジショニングが楽になるでしょう。

同時に出版された論文では,ニワトリ 3 品種の間に見られた一塩基多型が報告されています (International Chicken Polymorphism Map Consortium, 2004)。 280 万もの座位が見つかったそうで,これも育種などに大きく役立つでしょう。

もう 1 本の論文では,ゲノムのマッピングについて報告しています(Wallis et al., 2004)。 このゲノムプロジェクトでは,whole-genome shotgun(WGS)法と,BAC を用いた階層的な手法が併用されているそうです。 すなわち,WGS で得られた配列を BAC クローン上にマッピングしているようです。

こうしてみると,ニワトリゲノムの解読は,これまでのゲノムプロジェクトと比べて, 特に実用性が高いような印象を受けます。 もちろん,純粋科学としての面白さも埋もれているので,今後の解析が楽しみでもあります。

International Chicken Genome Sequencing Consortium Sequence and comparative analysis of the chicken genome provide unique perspectives on vertebrate evolution. Nature 432, 695-716 (2004).

International Chicken Polymorphism Map Consortium A genetic variation map for chicken with 2.8 million single-nucleotide polymorphisms. Nature 432, 717-722 (2004).

Wallis, J. W. et al. A physical map of the chicken genome. Nature 432, 761-764 (2004).

Schmutz, J. & Grimwood, J. Fowl sequence. Nature 432, 679-680 (2004).


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クリプトスポリジウム原虫のゲノム(2004.10.29)

マラリア原虫と同じアピコンプレクサ類に属する, Cryptosporidium hominis のゲノムが出版されました。 これも病原性を持っているため,ゲノム研究が早かったようです。とりあえず紹介だけ。

Xu, P. et al. The genome of Cryptosporidium hominis. Nature 431, 1107-1112 (2004).


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最尤法か最節約法か(2004.10.27)

現在,系統樹を描く方法は多数知られています。 よく見かけるものは,近隣結合法(NJ法),最節約法(MP法), 最尤法(ML法),ベイズ法(Bayesian Method)などがあります。

近隣結合法は簡便な方法としてよく用いられますが, 本格的な系統解析には,最尤法やベイズ法が使われることが多いようです。 最節約法については,以前は良く用いられたのですが,近年,進化速度(塩基またはアミノ酸の置換頻度)が 異なる生物がいた場合に,間違った系統樹を描きやすい(最尤法に比べて)という議論があり, 最尤法に主役を譲っていました。

ところが今回,大方の常識を破って,最節約法の方が有効な方法であること議論されました。 系統解析法の有効性,正確性などは,通常シミュレーションによって調べられます。 すなわち,コンピュータ上で仮想の配列を特定の系統樹(「正しい系統樹」に従って進化させ, この配列を解析して「正しい系統樹」と同じ系統樹が再現できるかを調べるわけです。

従来は,生物ごとに進化速度が異なる可能性は考慮されていたのですが, 配列の座位ごとに進化速度が異なる可能性は考慮されてきませんでした。 Kolaczkowski & Thornton (2004) では,この可能性を考慮に入れて, 最節約法と最尤法(およびベイズ法)を比較しました。 その結果,多くのケースで最節約法の方が最尤法より正しい系統樹を得る可能性が高いことが示されました。 その理由についての議論は省略しますが,この結果は,最尤法が最節約法に比べて優れている, と言う常識を覆すもので,今後の系統推定の研究に大きな影響をもたらすでしょう。

どのような場合に座位ごとの進化速度が変化するのか, それを検出する方法はあるのか,などはまだわかりませんが, これから系統解析をする場合には,最節約法と最尤法(あるいはベイズ法)を併用する必要があるでしょう。

なお,論文中では最節約法よりも優れた方法の可能性についても調べていますが, コンピュータの能力を考えると,現時点ではまだ実用的ではないそうです。 皆さんも系統解析をすることがあると思いますが,解析方法は常に複数用いるようにしましょう。 私としては,近隣結合法,最節約法,最尤法の3つの併用が現在最も望ましいと思います。 (もちろんケース・バイ・ケースではありますが)

Kolaczkowski, B. & Thornton, J. W. Performance of maximum parsimony and likelihood phylogenetics when evolution is heterogeneous. Nature 431, 980-984 (2004).


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ガラス職人のゲノム(2004.10.12)

珪藻のゲノム(ドラフト)がしばらく前に出ました。 扱われた珪藻は,Thalassiosira pseudonana という海産の種類で, 円盤型で放射相称の形をした珪藻の仲間(中心目)です。

真核生物に由来する葉緑体を獲得した二次共生藻としては,初めてのゲノム解読になります。 (光合成能力を失ったマラリア原虫を除く)
ゲノム情報からは,二次共生の過程などの真核生物の進化に関わる情報や, 珪藻の生活史に関連した情報(例えばガラスに近い成分からなる殻の形成, 光合成や貯蔵の方法など)も得られています。

珪藻はハプト藻と共に海洋の一次生産の大半を占めており,海洋の生態系の議論には不可欠です。 特に珪素の循環には重要で,何でも海洋に流入したケイ酸は, 海底に沈殿する前に通常 40 回ほど珪藻の殻の成分になるんだとか・・・
このゲノム情報は進化・生態の両面から今後活用されていくと思われます。

Armbrust, E. V. et al. The genome of the diatom Thalassiosira pseudonana: ecology, evolution metabolism. Science 306, 79-86 (2004).

Pennisi, E. DNA reveals diatom's complexity. Science 306, 31 (2004).


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光る RNA(2004.08.26)

緑色蛍光タンパク質,すなわち GFP は細胞生物学の進歩に大きな貢献をしています。 これに匹敵するかもしれない技術として,蛍光を発する RNA のプローブが開発されています。

もともと,特定の低分子に結合するアプタマー(aptamer)と呼ばれる RNA を合成する技術が存在しました。 これを応用することで,目的の分子に結合したときにのみ蛍光を発する RNA が開発されました。

この分子は,低分子のリガンドを認識する detector module と, リガンドの結合によりコンフォメーションの変化が起きる communication module, そして communication module の変化によって malachite green (MG) なる色素を結合する reporter domain から成ります。

MG は培地などから細胞に取り込ませる必要がありますが,RNA 部分は遺伝子導入すればよいので, 細胞へのダメージがほとんどないままリガンドの局在を調べられるのが特徴です。

現時点では ATP,theophylline,FMN などに対するアプタマーで試作品(?) が作られたという段階ですが,今後この技術が洗練されれば, 様々な低分子の細胞局在を見るための強力な道具になっていくかもしれません。

Stojanovic, M. N. & Kolpashchikov, D. M. Modular aptameric sensors. J. Am. Chem. Soc. 126, 9266-9270 (2004).

Famulok, M. Green fluorescent RNA. Nature 430, 976-977 (2004).


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全ての始まりを示す 1 個の石(2004.06.25)

1969 年にオーストラリアに落下した 1 個の隕石は,その後の生物学に重大な影響を与えました。 マーチソン隕石は炭素質コンドライトと呼ばれる種類の隕石で, 太陽系が出来た当時の状態を維持した,いわば隕石の化石でした。 しかもこの隕石は落下がすぐに,ほとんど汚染がない状態で回収されたことも特徴的です。

この隕石からは後にアミノ酸,核酸塩基,糖,膜の材料になる両親媒性分子,などなど様々な有機分子が見付かっており, このような隕石から生物の材料が原始地球に供給されたと考えられています。

そのマーチソン隕石から,今度はジアミノ酸が新たに発見されました。 ジアミノ酸はアミノ基を 2 個持つアミノ酸ですが,これまでマーチソン隕石からは見付かっていませんでした。 ジアミノ酸は RNA の先駆体として想定されている,ペプチド核酸(PNA)の原料にもなり, 生物の起源に影響を与えた可能性が考えられました。 ほんの一個の石(と言ってもマーチソン隕石は 100 kg 以上あるそうですが)からでも無数の重要な発見が出てくるものです。 (注:他の隕石ももちろん研究されていますが,一番成果が多いのはやはりマーチソン隕石でしょう。 ちなみにマーチソン隕石はグラムあたり 7000 円だそうです)

Meierhenrich, U. J., Muñoz Caro, G. M., Bredehöft, J. H., Jessberger, E. K. & Thiemann, W. H.-P. Identification of diamino acids in the Murchison meteorite. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 101, 9182-9186 (2004).


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ヒトゲノムの「完成」に向けて(2004.06.17)

ヒトゲノムプロジェクトはドラフトが公表された時点で,あたかも完了したかのように言われています。 世間ではポストゲノムの時代だと思われているようですが,実際にはゲノム解読の時代は終わっていないと思います。 精度の問題を置いても,現在公表されている配列はまだ十分な価値がありません。 というのも,どこに遺伝子があり,推定された遺伝子についても機能がはっきりしていないものが山のようにあります。

さて,このほど大きな進展があったのは,ゲノムの annotation(注釈)についてです。 日本人を中心とした国際チーム(総勢 158 人)は,世界中6箇所のシーケンシングセンターから入手できる完全長 cDNA の配列 41118 個をひたすらひたすら解析し,ヒトゲノムの配列とつき合わせて annotation を大量に行ったそうです。

この結果,21037 の遺伝子を同定し,新たに 5000 以上の新規の遺伝子候補を明らかにしています。 さらに公開されているゲノムの 4 %(何を規準にしているかは要旨からはわかりませんでした)に誤りを発見し, 数千の配列の変異(連鎖解析などに使える)を発見したそうです。

今回の大規模な annotation でヒトゲノムのクオリティがかなり高められたことになりそうです。

この研究の成果はデータベースとして以下のサイトから利用できるそうです。皆様ぜひご活用ください。 http://www.h-invitational.jp/

論文は こちら ( 解説記事も見てみてください)

PLoS Biol. のトップはこちら

Imanishi, T. et al. Integrative annotation of 21,037 human genes validated by full-length cDNA clones. PLoS Biol. 2, 856-875 (2004).


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珊瑚と褐虫藻の自由恋愛(2004.06.09)

珊瑚礁を構成する造礁サンゴは,褐虫藻と呼ばれる渦鞭毛虫類を共生させています。 近年の温暖化などの影響で褐虫藻とサンゴの共生関係が切れると(褐虫藻がサンゴから離れると)サンゴの白化が起こります。 これは珊瑚礁の豊かな生態系に重大なダメージを与えるもので,環境保護の観点から注目されていました。

さて,一部の珊瑚礁ではサンゴが白化から回復したことが確認されていたそうですが, どのような過程でサンゴが共生を回復させていたのかはわかっていませんでした。

Lewis & Coffroth (2004) は,白化したサンゴが外部の褐虫藻を取り込んでいることを示しました。 この研究は,珊瑚礁の回復の方策を与えるものになるかもしれません。

これと同時に出版された別のグループの論文(Little et al., 2004)ではさらに興味深い現象が報告されています。 サンゴによる褐虫藻の取り込みは,非特異的で可塑性が高いものだということです。 共生藻の種類・割合は時間と共に変動するそうです。 また,宿主の成長速度が共生藻の種類によって変わってくるというのも興味深い知見です。

サンゴと褐虫藻の共生の動態が明らかになってきたことは,珊瑚礁保護の観点からも, 生態学の観点からも,そして共生を通じた進化を考える側面からも興味深い話だと思います。

Lewis, C. L. & Coffroth, M. A. The acquisition of exogenous algal symbionts by an octocoral after bleaching. Science 304, 1490-1492 (2004).

Little, A. F., van Oppen, M. J. H. & Willis, B. L. Flexibility in algal endosymbioses shapes growth in reef corals. Science 304, 1492-1494 (2004).


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カンガルー・ゲノムプロジェクト(2004.06.09)

をはじめるそうです。ヒトゲノムとの比較が目的のようですが,こんな生物まで・・・

米国立ヒトゲノム研究所 オーストラリアの研究所が共同で行うとのことです。 有袋類では既にオポッサムのゲノムプロジェクトも動いていて,カンガルーは2種類目になります。

比較研究から得られる医学的な知見と言うのは確かに多いのでしょうが, ここまでくると,好奇心が原動力になっている気がしてきますね。 どんどんシーケンスのコストが低下しているのがわかるようです。

もう一歩,技術革新があれば現在の1遺伝子のシーケンスの感覚で, 興味のある生物のゲノムを読むような時代が来るかもしれません。


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チンパンジーと私の違い(2004.06.06)

チンパンジーの22番染色体の塩基配列が高精度で決定されたそうです。 この染色体はヒトでは21番染色体に相当するそうですが,この結果から初めて両者の細かい比較が出来るようになったそうです。 というのも,精度が低い配列を比較しても,1塩基の違いが両種の正しい違いを見ているのか, それとも塩基配列の読み違いを見ているのか分からなかったためです。

今回,チンパンジーとヒトの染色体を初めて比較してみると,非コード領域以外に, アミノ酸に違いをもたらすような塩基置換が相当数見付かりました。 具体的には 83% ものタンパク質が異なっている計算になるそうです。 今までは,塩基置換だけを考えて,チンパンジーとヒトの違いは少ないようにいわれてきましたが, 必ずしもそうではないのかもしれません。

ちなみに,塩基置換がチンパンジーで起こったのかヒトで起こったのかを決めるには, ゴリラのような近縁な第3者のゲノムを読まなければなりません。 欲を言えばきりがないといったところですが,技術が進歩して, ゲノムがさっくり読めるようになれば,決して夢物語ではないはずです。 まあ,簡便にはチンパンジーとヒトで違いが見られたところだけピンポイントで読むという手もあるんでしょうけど。

The International Chimpanzee Chromosome 22 Consortium. DNA sequence and comparative analysis of chimpanzee chromosome 22. Nature 429, 382-388 (2004).

Weissenbach, J. Differences with the relatives. Nature 429, 353-355 (2004).


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補足:葉緑体の起源に迫るゲノム研究(2004.04.20)

シゾンゲノムの論文をきちんと読んだので,改めて感想を。

論文の内容は以前に書き込んだ通りですが, 実際に読んでみるとシゾンを原始的な真核生物と見るのは間違いのように思えます。

シゾンのゲノムは,退縮・特殊化の傾向が激しく,とても通常の真核生物と比較できる気がしません。 また,近縁種の Cyanidium caldarium と比べてすら明らかな退化が認められるので, シゾンは紅藻の中ですら退化的であるといえるでしょう。

真核藻類の必須遺伝子を調べたり, 分裂装置などの主要素を調べるにはシンプルで便利な系であることが実証されたともいえます。 しかし,紅藻や植物界の進化を考える際に,シゾンを紅藻の代表として見るのは難しいことも同時に解ります。 シゾンゲノムのプロジェクトがらみで,いくつか進化系統の仕事もでていますが, その結果は大きくバイアスのかかったものであり,他の普通の紅藻を用いた検証が必要だと思います。

いずれにせよ,分裂装置の研究,大進化の研究の発展に向けた大きな一歩であることには変わりなく, 特に,葉緑体の一次共生が一回起源であることの立証は非常に大きな仕事だと思います。


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胎児に耳あり,幼児にメモリー(2004.04.11)

三島由紀夫は産湯につかった記憶があるとの話ですが, 人によっては胎児のときの記憶があると主張する人もいます。 半信半疑に聞いている方が大部分だと思われますが, Kawai et al. (2004) は,胎児期の記憶が出生後にも残る可能性を提示しています。

チンパンジーを用いた研究なのですが,チンパンジーの胎児に 2 種類の音刺激と, その片方に結び付けられた振動刺激を繰り返し与えると,条件反射が出生後少なくとも 2 ヶ月は保持されるんだそうです。条件反射といわゆる記憶はちょっと違うような気もしますが, 「胎教」の事などを考えると興味深い結果です。

と,持ち上げつつも,この研究結果を人間に当てはめるには非常に大きな問題があります。 人間の子供はチンパンジーに比べてかなり未成熟な段階で生まれて来るといわれています。これは, 人間は頭が大型化したために頭部が未発達な状態で生まれないと安全な出産が出来ないためと説明されています。 この考えに従うと,チンパンジーの胎児期の後半は人間の出生後数ヶ月に相当する可能性があります。 言い換えると,人間では条件反射の成立が出生後に限られていても不思議ではないということです。

さて,真実は如何に。

Kawai, N., Morokuma, S., Tomonaga, M., Horimoto, N. & Tanaka, M. Associative learning and memory in a chimpanzee fetus: Learning and long-lasting memory before birth. Dev. Psychobiol. 44, 116-122 (2004).


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葉緑体の起源に迫るゲノム研究(2004.04.08)

単細胞紅藻(Cyanidioschyzon merolae,以下シゾン)のゲノムが解読されました。 シゾンは葉緑体の分裂装置の実験生物で,ゲノムサイズも著しく小さいことから,研究が行われました。

解読されたゲノムから分かったこととしては,イントロンや rRNA 遺伝子のコピー数がごく小さく, 5000 余りの遺伝子の 85% 以上が発現しており,ゲノムの強い縮退が示唆されること, 光合成暗反応のカルビンサイクルの遺伝子の構造が緑色植物と同じパターンをしていること, 細胞分裂の関連遺伝子がほとんどなく,単純な仕組みで分裂が行われていると予想されること, などがあります。

特に注目したいのは,カルビンサイクルの遺伝子の話です。 紅色植物の葉緑体と緑色植物の葉緑体が同一のシアノバクテリアの共生に由来したのか, 別々の細胞内共生があったのかは長い間にわたっての問題でした。 直感的には葉緑体は一回起源と思われていたのですが,決定的な証拠がなく, また,矛盾する遺伝子のデータがしばしば提出されていたため, 葉緑体の起源をはっきりさせることは一つの大きな課題でした。 今回のシゾンのデータは,緑色植物の葉緑体と紅色植物の葉緑体が同一起源であることを疑いなく示しており, これまでの葉緑体研究の基礎を(ようやく!)保障する仕事として, そして今後の研究の方向を絞り込むものとして大きな価値があると思います。

Matsuzaki, M. Genome sequence of the ultrasmall unicellular red alga Cyanidioschyzon merolae 10D. Nature 428, 653-657 (2004).


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遺伝子に満ちた海(2004.04.05)

Venter らの論文に関する Perspective と summary を読みました。 遺伝子としての価値,データベースの拡大,今後の研究の方向付け,など様々な価値のある研究ですが, 興味のある点についてコメントします。

ま,手当たりしだい頑張ったな〜,という感じですが, 恐ろしいことに,サンプリングした地域の生物のゲノムを知るにはまだまだ不十分としか言いようがありません。 1800 種ほどの生物(サンプリングのサイズから考えて原核生物)から遺伝子を取っているようですが, 個体密度の低い生物はまだまだいるはずなので,実施の生物多様性は想像するだに恐ろしいものがあります。 (真核生物の多様性は遥かに低いはずなので,まだ救いがあるでしょう)

正直に言って,現在のストラテジーで原核生物の種のリストを作ることは,まず不可能と言わざるを得ないようです。 あらたな手法と概念が必要になってくるかもしれません。

一方で,これだけのサンプリングをしたにもかかわらず,新門と思しき原核生物の数はさほど多くはなく, Summary を読む限りでは,真正細菌にも古細菌にも真核生物にも属さないような第 4 の生物は得られていないようです。 すなわち海洋表層に関する限り,生物を三つのドメイン(真正細菌,古細菌,真核生物)にわける分類体系は, 必要十分であると言っていいでしょう。(地底生物圏に関してはまだ解りませんが)

Venter, J. C. et al. Environmental genome shotgun sequencing of the Sargasso Sea. Science 304, 66-74 (2004).

Falkowski, P. G. & de Vargas, C. Shotgun sequencing in the Sea: A blast from the past? Science 394, 58-60 (2004).


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ヒトゲノムの進展(2004.04.01)

ヒトゲノムの 13 番と 19 番染色体の解読もニュースですね。 13 番からは 105 個の非コード RNA 配列が見つかったとか。 19 番は最も遺伝子密度の高い染色体(平均の 2 倍)とのことで,染色体進化の観点からも面白そうです。

Dunham, A. et al. The DNA sequence and analysis of human chromosome 13. Nature 428, 522-528 (2004).

Grimwood, J. et al. The DNA sequence and biology of human chromosome 19. Nature 428, 529-535 (2004).


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細菌に訊ねるパターン形成の妙(2004.03.24)

トップ記事では有りませんが,PNAS に面白そうな記事があったので紹介します。

粘液細菌(Myxobacteria; グラム陰性細菌類,プロテオバクテリア門)という変わったバクテリアがいます。 このグループの細菌は,栄養飢餓状態におちいるとまるで粘菌のように集合して子実体を形成します。 子実体形成が知られている原核生物は,私の知る限り粘液細菌類だけです。

さて,粘液細菌は子実体形成に先立って集合します(滑走運動を行います)。 この集合のメカニズムは,細胞外シグナルによって凝集する細胞性粘菌(これも細胞集合→子実体形成を行う) とは異なっていて,細胞間同士の接触によって情報伝達を行うそうです (分子メカニズムも分かってきているようです)。

粘液細菌は集合に伴って波状のパターンや,らせん状の細胞の流れなど,固有のパターンを形成し, 子実体の配置なども種によって異なっているそうです。

今回,Igoshin et al. (2004) は粘液細菌のパターン形成を数学的モデルで検証しました。 細かい数学的議論は理解できたらその内解説したいと思いますが, 7 つの仮定に基づき,粘液細菌の集合パターン,子実体の配置などをかなり良く説明しています。

パターン形成には,チューリングの拡散反応モデルが有名ですが, 今回の論文では,要旨・イントロ・結論のいずれにも拡散反応モデルは出てきません。 (他はまだ読んでないので分かりません(笑))

細胞移動と,細胞間の接触による情報伝達から導かれるパターン形成のシミュレーション研究として, ちょっと面白いのではないでしょうか?

なお著者らは,動物の形態形成においても細胞接触による情報伝達が関わっているので, そのアナログとしての価値にも言及しています。

Igoshin, O. A., Welch, R., Kaiser, D. & Oster, G. Waves and aggregation patterns in myxobacteria. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 101, 4256-4261 (2004).


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好中球は大食漢の漁師さん? それとも特攻隊?(2004.03.06)

白血球の一種である好中球(neutrophil)は, 体内に侵入してきた細菌を貪食または殺菌することが知られています。 好中球の貪食作用についてはこれまでよく調べられてきたとの事ですが, 今回,好中球の殺菌作用について興味深い研究が出版されました。

Brinkmann et al. (2004) により,好中球が微生物によって活性化され, 細胞外に繊維状の物質を放出し,微生物を捕獲,殺菌することが報告されました。 この,neutrophil extracellular traps(NETs)は,驚くべきことにクロマチン(DNA +ヒストン) および顆粒タンパク質(granule proteins)からなり,細菌を捕らえるそうです。

この NET を放出する仕組みについてはこれからの課題ですが,幾つかの可能性が検討されています。 一つは,アポトーシスにより,核内物質を放出している可能性。しかし NET の放出がアポトーシスにしては早すぎることや, アポトーシスを遅らせる処理をしても効果がないため否定されています。

次に,ネクローシスによる可能性が有ります。これについては,NET 中にアクチンなどの細胞質タンパクが見付からないため,あまりもっともらしくないそうです。

最後に,未知の機構によって,好中球が原形を保ったまま核内物質を出している可能性があります。 これは,原形を留めつつ核内物質のなくなった(減った)ような好中球が見付かれば実証できるでしょう。

いずれにせよ,このようなダイナミックなメカニズムがこれまで知られていなかったというのが不思議ですね。

Brinkmann, V. et al. Neutrophil extracellular traps kill bacteria. Science 303, 1532-1535 (2004).

Perspectives より
Lee, W. L. & Grinstein, S. The tangled webs that neutrophils weave. Science 303, 1477-1478 (2004).


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ショットガンの威力(2004.03.04)

全ゲノム・ショットガン法は,セレラ社がヒトゲノムを解読するのに用いた方法で有名ですが, 未培養の微生物のゲノムを解読するのにも威力を発揮しました。

生態学の立場からも,進化学の立場からも, 重要ながら培養が出来ないために研究が進まない微生物というのは多数あります。 しかし培養せずとも,ショットガン法を用いれば微生物のゲノムを解読できることが実証されました。

微生物の塊りからまとめて DNA を抽出し,これにショットガン法を適用します。 得られた配列の断片を繋げていくと,少数の contig に落ち着いていき, これがその環境にいる微生物のゲノム配列になるという仕組みです。

この研究では,高度に酸性(pH 0.5 程度)の環境から採集された微生物の塊(バイオフィルム)が解析されました。 このような環境では種の多様性が低いことから,ゲノム解析がうまくいったようです。

結局,真正細菌(Leptospirillum sp.)と古細菌(Ferroplasma sp.) のほぼ完全なゲノムが得られています。このゲノムは,複数(無数)の個体に由来していますから, 当然多型も含んでいて,それも議論されています。

また,ゲノム情報から極限環境での生態についていくつかの示唆が得られています。

今回の解析対象は培養された近縁種の存在する生物ですが,今後,同様の手法を用いて, まったく正体不明な微生物のゲノムが読まれる日も遠くはないでしょう。 そこから生物の初期進化への理解,そして現在の地球生態系への理解がより広まっていくことが期待できます。

Tyson, G. W. et al. Community structure and metabolism through reconstruction of microbial genomes from the environment. Nature 428, 37-43 (2004).

News & Views
DeLong, E. F. Reconstructing the wild types. Nature 428, 25-26 (2004).


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火星は水の星だった(2004.03.03)

NASA が発表しました。 オポチュニティ,スピリットの集めた証拠から,過去の火星に水が存在した事がかなり確かになってきました。 詳しい地質学的な話は良く分かりませんが,硫酸塩の存在,jarosite という硫酸鉄の水和物からなる鉱物, 岩にあいた多数の細かい孔,岩石中に含まれる球形の粒子,球形粒子表面の縞模様, などから水の存在が言えるようです。

ただ,これが最終結論ではなく,あくまで有力な証拠に留まるようですが。 また,生命の存在に関する証拠は得られていません。

いずれにせよ,火星に水が存在したのであれば,生命が存在した可能性は十分有りますから, 今後,どのような研究で生命の存在を立証していくのかが大きな課題になりそうです。

NASA は ALH84001 という火星由来の隕石中に生物の証拠を発見したと主張した経緯が有ります (McKay et al., 1996)。この報告が今回の火星探査につながったんですが, 生命の発見自体は状況証拠の寄せ集めに過ぎず,現在では受け入れられていません。

NASA のサイト
Mars Rover Scientists Wring Water Story from Rocks
Opportunity Rover Finds Strong Evidence Meridiani Planum Was Wet

火星の隕石中の「生命」の論文
McKay, D. S. et al. Search for past life on Mars: Possible relic biogenic activity in Martian meteorite ALH84001. Science 273, 924-930 (2004).

反論は山のようにありますが,比較的新しいものとしては以下のものが有ります。 詳細は当該論文の引用文献を見てください。 特に Schopf の本は分かりやすくまとまっています。

Barber, D. J. & Scott, E. R. D. Origin of supporsedly biogenic magnetite in the Martian meteorite Allan Hills 84001. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 99, 6556-6561 (2002).

Schopf, J. W. Cradle of life: the discovery of earth's earliest fossils (Princeton University Press, Princeton, 1999).


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生命の起源関連(2004.02.23)

最近はやってるようで,Nature, Science などに記事が立て続けにでてました。 と言っても研究ではなくニュース・レビューの記事です。

Rasmussen et al. (2004) はワークショップの報告で,人工生命の話に焦点が置かれています。 ボトムアップ式のアイデアでは,膜胞に重点を置いた擬似生物や,代謝反応に重点を置いた化学反応のチップまで, 生物を模したものから生物とはかけ離れたものまで様々なアイデアがある様子が伺えます。 一方でトップダウン式の方法では,マイコプラズマ(ゲノムサイズが最小クラスの生物) を改変する方法などが考えられているようです。 総じて,有用な人工生命はそのうちできるだろうが,いつになるやらわからない,とのことです。

Whitfield (2004) では,生物の最後の共通祖先の姿に焦点が当てられています。 通称 LUCA(Last Universal Common Ancestor)とも呼ばれますが,未だにその正体は論争の的です。 好熱菌だったのか,常温性の原核生物だったのかは,系統樹の解釈・解析法を含めて解決していません。 最近はゲノムレベルの比較(主として真正細菌と古細菌の)がしばしば行われますが, これでも,わからんものはわからん,というのが現状のようです。 もう一つ興味深い論争は,LUCA が一つの生物としてのアイデンティティーを持っていたのか,ということです。 Woese が中心となって唱えているアイデアでは,LUCA は一匹の個体ではなく, 互いに遺伝子が混ざり合った集団的生物でだったとされています。 ごちゃごちゃに混ざり合った生物がやがて,個体という境界を獲得し, 初めてダーウィン進化の時代が始まったと考えています。 しかし,これについては数学的反論などもあり,広く受け入れられているわけではありません。

また,生命の定義を試みた論文も出ています(珍しくはありませんが)。 Ruiz-Mirazo (2004) では,どのようなものが生命と呼びうるか, そのために満たすべき要件は何か,などをそこそこのページ数で詳述しています。 定義の問題も中々解決しない難題ではありますが,さてこの論文の位置づけはどうなることでしょうか。

生命の起源は極めて基礎的な分野ですが,科学者の興味はまだまだ尽きないようです。

Rasmussen, S. et al Transitions from nonliving to living matter. Science 303, 963-965 (2004).

Whitfield, J. Born in a watery commune. Nature 427, 674-676 (2004).

Ruiz-Mizaro, K., Peretó, J. & Moreno, A. A universal definition of life: autonomy and open-ended evolution. Orig. Life Evol. Biosph. 34, 323-346 (2004).


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空から降って来た対称性の崩れ(2004.02.20)

生物が利用するアミノ酸や糖の光学異性は決まっています。 もし,光学異性が逆のヌクレオチドが核酸に混じれば,その複製能は大きく損なわれます。

従って,生物が誕生する時には,特定の光学異性体だけが濃縮された環境が必要だったと考えられています。 このような対称性の崩れが起こったきっかけとして現在有力視されているのが, 地球外から供給される有機物です。

1997 年に,Cronin & Pizzarello は炭素質コンドライト中に含まれるアミノ酸の光学異性体が L 型に偏っていることを証明しました。 このことから,天体から供給されたアミノ酸が,アミノ酸の光学異性体頻度を L 型に偏らせたことが推測されました。

そして今回,Pizzarello & Weber (2004) によって, アミノ酸の光学活性が糖類の光学活性を引き起こすことが発見されました。 簡単に言うと,光学異性体頻度に偏りのあるアミノ酸を糖類の合成反応の溶液に入れておくと, 生成してくる糖の光学異性体頻度も偏ってくるということです。

具体的には,隕石中に多く含まれ 15% にも及ぶ光学異性体の偏りが観察されているイソバリンが, 最も有力な触媒だったと推定されています。

しばらく前までは,最初の光学対称性の崩れを単なる偶然で説明する向きがありましたが, 天体中の光学対称性の崩れが生物誕生の引き金となった可能性が, 俄然,真実味を帯びてきたと言えるでしょう。

Pizzarello, S. & Weber, A. L. Prebiotic amino acids as asymmetric catalysts. Science 303, 1151 (2004).

参考
Cronin, J. R. & Pizzarello, S. Enantiometric excesses in meteoritic amino acids. Science 275, 951-955 (1997).


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ハエの遺伝子の機能推定(2004.02.06)

全遺伝子の 90 %以上について RNAi を行い,遺伝子の機能推定を行ったようです。 438 の必須遺伝子が認められたとか。 その他,細胞の生存率を定量的に比較して,何か議論しているみたいです。

Boutros, M. Genome-wide RNAi analysis of growth and viability in Drosophila cells. Science 303, 832-835 (2004).


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今度は酵母の相互作用マップ(2004.02.06)

遺伝子相互作用のマップが酵母で出たようです。 データの供託先はこちらだそうです。

SGD
MIPS
GRID
BIND

Accession numbers は,BIND ID の 45901-49939 だそうです。

はてさてどの程度使えるんでしょうか。

Tong, A. H. Y. et al. Global mapping of the yeast genetic interaction network. Science 303, 808-813 (2004).


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モグラは進むよどこまでも(2004.01.28)

モグラの仲間がどのようにして自分の進んでいる経路を認識しているかを調べているみたいです。 長距離の移動には必ず参照となる外部情報が必要ですが(内部情報だけでは進むにつれ誤差がたまります), モグラの場合,地磁気を感じて進行方向を補正しているんだそうです。

Kimchi, T., Etienne, A. S. & Terkel, J. A subterranean mammal uses the magnetic compass for pathz integration. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 101, 1105-1109 (2004).


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線虫の相互作用マップ(2004.01.26)

ショウジョウバエで以前紹介したものが線虫でも出たようです。 よく読みこんでいないので,情報がおいてあるデータベース全てはわかりませんが, とりあえず,
WormGRID (HOME)
WormBase
あたりに情報があるかと思います。

Li, S. et al. A map of the interactome network of the metazoan C. elegans. Science 303, 540-543 (2004).


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リボースはどこから来たのか(2004.01.18)

生物の起源がらみのお話です。 初期生命の遺伝子は RNA だったとする RNA ワールド仮説は有名ですが, この仮説が解決しなければならない問題として,リボースの由来が有りました。 糖類はグリコールアルデヒドとホルムアルデヒド(いずれも原始地球に存在していた) を反応させると生成するのですが, 糖類は異性体が多く,生成物中の五単糖(リボースを含む)の割合は極めて少量で, しかもリボース自体不安定でした。

リボースの特異的生成に関しては,リン酸化が重要であったとする仮設は有りましたが, 新たな仮説ではホウ酸が重要であったとしています。反応液にホウ酸が共存すると, 五単糖の生成が促進され,生成物が安定化するそうです。

原始地球にホウ酸が存在したことも疑いないため, リボースも存在しただろうと著者らは結論付けています。

ただし,どのような環境にリボースの原料物質やホウ酸が高濃度で存在したのかについては, さらに地質学の立場からの議論が必要でしょう。 そのような環境に他の有機物が存在したか,RNA の合成まで起こり得るのか, ということを議論して初めて,リボースの起源を説明できたことになると思います。

Ricardo, A., Carrigan, M. A., Olcott, A. N. & Benner, S. A. Borate minerals stabilize ribose. Science 303, 196 (2004).


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ハエのタンパク質の相互作用マップ(2003.12.05-12)(→分子細胞学)


線虫の比較ゲノム学(2003.11.20)

PLoS Biology という,ネット上のフリー雑誌上で,Caenorhabditis briggsae という C. elegans の同属別種のゲノムのドラフトが発表されています。

線虫2種の比較から,保存的な遺伝子が明らかになったり, ほとんどの機能的な RNA が保存されていることがわかったりしています。 注目すべき成果としては,C. briggsae との比較により, C. elegans の遺伝子が新たに 1,300 も見つかったことがあります。

ゲノムの比較というのも意外に成果があるものですね。

Lincoln, D. et al. The genome sequence of Caenorhabditis briggsae: A platform for comparative genomics. PLoS Biology 1, 166-192 (2003).


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オートクレーブの中で生きる(2003.08.18)

超好熱性生物の最高生育温度の記録が塗り替えられました。 これまでの記録保持者は,古細菌の一種の Pyrolobus fumarii で, 113 度で生育することが知られていました。

今回,Science に乗った短報では,121 度で生育できる古細菌が報告されており, 大幅に記録が塗り替えられました。この古細菌は,PyrodictiumPyrobaculum といった好熱性古細菌に近縁とのことですが,まだ正式な記載・命名はされていません。 論文中では Strain 121 と呼称されていました。

とりあえず凄いところは,オートクレーブで 121 度に 24 時間おいても,滅菌されるどころか数が倍に増殖し, 130 度でも死ななかった(103 度に戻したら増殖が再開された)という点でしょう。

研究室の近くには置いて欲しくない生物です。

Kashefi, K. & Lovley, D. R. Extending the upper temperature limit for life. Science 301, 934 (2003).


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生きるために必要なもの(2003.04.18)

枯草菌(Bacillus subtilis)の必須遺伝子を網羅的に探索した論文がでました。 枯草菌のゲノムから予想される遺伝子全 4105 のうち,技術的に解析の出来なかった 4 個を除き, 全ての遺伝子の中から必須遺伝子を洗い出しています。

実際には挿入が入ったときに生きられない遺伝子を探しており,その他の研究とも合わせて, 計 271 個の必須遺伝子があることがわかりました。 この数字はトランスポゾンを利用したマイコプラズマにおける推定必須遺伝子の数とも近く, 生物が生きていくために必要な遺伝子の数に近い数字かも知れません。

ただ,枯草菌の必須遺伝子が全ての生物にとって必須とは限りませんし, この解析方法ではゲノム中にコピーが複数ある重要遺伝子は釣れてきません。 などなど,生物の機能が最低何個の遺伝子によって果たせるのかをしるためには, まだまだ困難が多いようです(実際に生物を作ってしまうのも一つの方法ですが・・・)。

なお,論文中では必須遺伝子を複数のカテゴリーに分類し,それぞれについて,何故必須遺伝子なのか, あるいは何故既知の重要な遺伝子が必須遺伝子とならなかったのかを考察していて, あたかも分子生物学の教科書の(かなり大雑把な)要約を読んでいる気になってきました。

Kobayashi, K. et al. Essential Bacillus subtilis genes. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 100, 4678-4683 (2003).


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補足:未来生物学?(2003.02.03)

流し読みしていたら,未来の粘菌の図も発見。 木の枝から垂れて鳥様の生き物を捕食するのって…

ありですか?


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未来生物学?(2003.01.31)

"The Future is Wild" という本を amazon で買いました。今日到着しました。

で,どんな本かといいますと,未来の生物の姿を科学的に推測して CG で描き出すという代物です。 北米のテレビ番組企画と連動しているようで,専門書というより一般向けの科学啓蒙書(あるいは SF) といった感じです。値段もお手ごろで,Amazon だとこんな値段です。

本の構成は 4 つに分かれていて,初めの章では大陸移動などの予想される地球の変化と, 生物進化の基本原理の簡単な紹介があります。続く 3 章では,5 百万年後,1 億年後,2 億年後の生物 (ほとんど動物)を丁寧に解説しています。

何でも,5 百万年後は氷河期の真っ只中で,1 億年後には哺乳類がほぼ絶滅しています。 さらに 2 億年後には現在の大陸が一つになって第二のパンゲア Pangaea II が誕生しているとの事。 (パンゲアは,古生代の三畳紀に実在した超大陸で,現在の大陸はこのときすべて集合していました。 パンゲアが分裂して出来たのが現在の大陸で,今は再集合の途中と考えられています)

2 億年後の地球では魚(の子孫)が空を飛び,巨大なイカが 8 本足で地上(!!)を歩き回っているとの事。 笑えるところもあり,ケチをつけたくなるところもあり (でもちゃんとした科学者がアドバイザーについているので, 学部生の浅い知恵で的を得たケチがつけられるかは疑問),科学者の想像力に驚くところもあり, と盛り沢山な本なので是非買ってみるといいと思います。

また読んでから書き込みます。でも,英語だから時間かかるかも…


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海洋性ウイルス!?の研究(2002.11.07)

これ,タイトルを見て正直意味がわかりませんでした。何せ 「未培養の海洋性ウイルスのゲノム解析」ですよ。いったいどうやったんでしょうか, と思って読んでみました。要は,海水をいっぱいろ過して,遠心して,ウイルスを濃縮した後, ショットガン法を用いてウイルス DNA をクローニング・解読したそうです。 その結果,色んなウイルスのゲノム断片が得らています。 そこから,一箇所のサンプルにつき 374 〜7114 種くらいの多様なウイルスがいるだろうとの予測をしています。 しかし,この誤差範囲はいかがなものかと・・・(色々なモデルで予測した結果の下限と上限らしい) まあ,未培養のウイルスを調べる方法を開発したという点は,非常に面白いので,細かい所は気にしない でおきましょう.

Breitbart, M. et al. Genomic analysis of uncultured marine viral communities. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 99, 14250-14255 (2002).


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