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雑記(ニュースなど) − 医学

作成:仲田崇志

更新:2015年11月04日

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古細菌が認知症を引き起こす?(2015.11.04)

人間に害を及ぼす病原体は,ウイルスや真正細菌,真菌類,原生生物(原虫類) など様々な系統から知られているにもかかわらず,病原性の古細菌は未だに確たるものが知られていません (ただし 歯周病と古細菌 など疑惑はある)。 しかし Sakiyama et al. (2015) は未知の脳脊髄炎の原因が古細菌の感染である可能性を指摘し, 併せて治療法を提示しています。

著者らは 2005 年から 2012 年にかけて,進行性の認知症の患者 4 名を処置しました。 患者はいずれも九州の一角(半径 20 km 以内の,いずれも港町)で生活しているか,そこに帰省先があり, 進行性の認知症や舌の不随意運動など共通の症状を呈していました。MRI では側頭葉を中心とした病変が見られ, 脳脊髄液の白血球数やタンパク質にも上昇が認められたため,感染症や自己免疫疾患が疑われました。 そして脳の組織検査からは細胞外やマクロファージの細胞質中に直径 2〜7 μm の球形から卵形の小体が見つかり, これが病原体であることが疑われました。 電子顕微鏡観察によると,問題の小体は核も細胞壁も持っていなかったそうです。

著者らは微生物汚染を避けて採取した患者 2 名の脳組織試料から,ポリメラーゼ連鎖反応により病原体の 16S/18S rRNA 遺伝子の増幅を試みましたが,これは失敗に終わります。 そこでさらに次世代シーケンサーを用いた配列解読を行い,各患者から 30 万または 700 万以上の断片配列を獲得しました。このうちそれぞれ 4,126 と 130 断片は, 高度好塩性古細菌の仲間であるハロバクテリウム科の配列と高い相同性を示し, 特に Halorubrum などとの類縁が示唆されました。 ちなみに対照として調べられた乳頭状髄膜腫,血管内リンパ腫,および膠芽腫の脳組織からは, それぞれ 500 万断片程度が解読されたにもかかわらず古細菌の配列は見つかりませんでした。 このことから著者らは,病原体の候補である無壁の小体は高度好塩性古細菌の一種であると疑っています。

なお,著者らは(高度好塩性細菌と想定して)15% または 20% の塩化ナトリウムを含んだ培地での分離培養を試みましたが,培養には成功していません。 著者らは試料の凍結によって病原体が死滅した可能性を疑っていますが, 本種がより低塩濃度に適応した,あるいは寄生に特化した未知の種の可能性もあるでしょう。

治療には抗生物質と抗炎症剤の併用が試みられましたが, アンピシリンやストレプトマイシンなどいくつかの抗生物質では効果が見られず, 最終的にトリメトプリムとスルファメトキサゾール(いずれも葉酸代謝経路を阻害する抗生物質), そしてプレドニゾロン(副腎皮質ステロイド)を併用することで症状を改善することができました。 ただし 40〜50 代の患者(2 名)は高用量の投与で治療できましたが, 70 代の患者(2 名)の場合は肝障害が出たため後に低用量に切り換えられ, 1 名は症状が改善し,1 名は亡くなったそうです。

この研究は,今まで知られていなかった進行性の認知症を発見し,治療の道を開いた点に大きな意義があります。 さらに,病変部に見つかった小体が実際に病原体であり,しかも古細菌であることが証明されれば, 初の病原性古細菌として注目に値するでしょう。4 名の患者は互いに直接接触した形跡はなく, おそらくは独立に感染したと見られています。 また半径 20 km の範囲で病原体に接触したのが 4 名だけとは考えづらいことから, 比較的感染性が低いものと推測されています。

著者らは,病原性の証明のためには天然宿主や感染経路の特定や発症機序の解明が必要としています。 またこの病気が九州の一角に固有の風土病なのか,他の認知症に紛れているだけでより広範囲に存在しているのか, などさらに疑問が湧いてくるため,今後の研究が期待されます。

Sakiyama, Y. et al. New type of encephalomyelitis responsive to trimethoprim/sulfamethoxazole treatment in Japan. Neurol. Neuroimmunol. Neuroinflamm. 2, e143 (2015).

過去の関連記事:
歯周病と古細菌

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世にも稀なる病原性藻類(2010.08.11)(→藻類学)


極小生命伝説の真相(2008.05.09)

近年,直径 0.5 μm 以下の極小の "ナノバクテリア" の存在と病原性への関わりが指摘され, その実在を巡って議論が行われています。Martel & Young (2008) はヒトの血中から報告されていた "ナノバクテリア" を検証し, その正体が非生物的な物質であるとの結論に至っています。

生物は,あるいは細胞はどこまで小さくなれるのか,という疑問は,生物の定義や細胞の成り立ち, あるいは地球外生命の話題まで含めてちょっとした問題になっていました。それと同時に "ナノバクテリア" が種々の病気, 胆嚢結石,腎結石,多発性嚢胞腎,関節リウマチ,HIV との重感染,卵巣癌,鼻咽腔癌,アルツハイマー病,慢性前立腺炎, などの病気に関与していることが指摘されています。ヒトの "ナノバクテリア" は 80-500 nm の大きさで, 0.2 μm のフィルターも通過するそうです。このような構造は体内によく見つかるそうで, ヒドロキシアパタイトの核形成に関与しているようです。

そこで "ナノバクテリア" の正体は何か,ということになると,最小の細胞であるとか,原始的な生命であるとか, 複数の仮説が存在し,他の "ナノバクテリア" の報告と合わせて真偽が議論されています。 "ナノバクテリア" が生物であるとの根拠としては,細胞培養液中での増殖(ただし遅い),特定の抗体への反応, そして細菌のような外見(分裂しているように見える)などが挙げられています。しかしながらヒトの "ナノバクテリア" からは信頼できるリボソーム RNA 配列は得られておらず,生物であるとの主張には疑問の声もありました。 そこで著者らは今回,"ナノバクテリア" が生物か否かを多角的に検証しています。

まず著者らは "ナノバクテリア" の判断基準として,電子顕微鏡下での細菌様の外見,約 3 日の倍加時間(遅い), ハイドロキシアパタイトの検出,そしてナノバクテリアへの抗体とされるもので染色されるもの, という 4 点を採用しました。次に 5 日間培養した血清に白い沈殿が生じているのを認め,これを詳細に調べました。 この沈殿中には走査電子顕微鏡で見るとナノバクテリア様の構造が存在し,分裂中に見える構造もあったそうです。 またハイドロキシアパタイトも含まれているものの,形態的には純粋なハイドロキシアパタイトの結晶ではないそうです。 ただ,血餅の液体画分から培養されたナノバクテリア様構造はハイドロキシアパタイトを含まないことも確認していて, ナノバクテリア様構造が少なくともハイドロキシアパタイトの結晶そのものではないことも指摘しています。

著者らはここで炭酸カルシウム(CaCO3)をナノバクテリア様構造の正体の候補として検証します。 炭酸カルシウムの沈殿の形成条件を色々と調べた結果,炭酸アンモニウム((NH4)2CO3) と塩化カルシウム(CaCl2)から炭酸カルシウムを生成する反応を DMEM(培地)中や血清中で行った場合に, 炭酸カルシウムの結晶とはまるで異なる球形の構造が得られました。球形の構造は "ナノバクテリア" とよく似ており, さらに分裂中の "ナノバクテリア" に見えるものもあったそうです。球形構造の形成にはタンパク質かマグネシウムイオン (Mg2+)のような二価陽イオンが働いていると見られています。

著者らは "ナノバクテリア" の培養下での増殖を化学的に説明できることも指摘しており,DMEM 中では生成しない沈殿が, DMEM と血清を混ぜ,二酸化炭素を添加することで生成することを確かめています。ここでは血中のカルシウムイオン (Ca2+)と炭酸イオン(CO32-) の反応で炭酸カルシウムが生成していると考えられました。

さて,おそらく最も重要な検証はナノバクテリアを特異的に認識するとされる抗体の検証です。この抗体は牛由来の "ナノバクテリア" を摂取されたマウスの細胞から得られたもので,Nanobac Oy という会社から購入できます。 著者らがその内の 8D10 と 5/3 を調べた結果,どうやらこれらの抗体は血清アルブミンを認識していることがわかりました。 そしてアルブミンが炭酸カルシウムの結晶化を抑えて球形の構造の生成に関わっているとすれば, これらの抗体がナノバクテリア様構造に反応することも理解できます。

結局,"ナノバクテリア" の正体は生物ではなくタンパク質を含んだ炭酸カルシウムの沈殿である可能性がでてきました。 著者らは "ナノバクテリア" が生物なのかどうかの検証として,強い(30 kGy)ガンマ線照射も行いましたが, "ナノバクテリア" の出現には影響なかったそうです。加えてナノバクテリア様構造は目が 0.1 μm 径のフィルターを通した血清からも得られており,生物だとすれば直径 100 nm 以下ということになります。 しかし細胞内に DNA 複製装置などの構造が必要と考えれば,径 200 nm 以下の細胞は考えにくいとされているとのことで, これもナノバクテリア様構造が生物である可能性を否定します。

ナノバクテリア様構造は健康なヒトの血清からも生成したことから,病原性との関連も否定され, 病原性のナノバクテリアという概念はどうやら大きな間違いだったようです。既知の生物とは本質的に異なる生命, というロマンがしぼんでしまうのは残念ですが,"ナノバクテリア" の存在は理解に苦しむところもあったので, 半ばほっとするところもあります。しかし血中での炭酸カルシウムやハイドロキシアパタイトの沈着自体は起こりうるわけで, その医学上の意義自体は今後独立に調べられていくのかも知れません。 なお最後に,直径がおよそ 200 nm の確かな最小の生物が知られていることは付記しておきましょう (最小の生物はちょっとシャイ?)。

Martel, J. & Young, J. D.-E. Purported nanobacteria in human blood as calcium carbonate nanoparticles. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 105, 5549-5554 (2008).

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死に至る兆候と猫(2007.08.20)

アメリカロードアイランド(Rhode Island)の病院にいる猫は,間もなく亡くなる患者を識別するそうです。 正式な論文ではありませんが,メジャーな医学誌に掲載された Perspecitve において Dosa (2007) が紹介しています。

養護・リハビリセンターで飼われている Oscar と名付けられた猫は,進行性認知症の患者の病棟を歩き回り, 患者の様子をうかがいます。そして匂いをかぐような仕草をした後に,立ち去るか,または患者のそばで丸くなるかを決めているようです。 Oscar がそばで丸くなった場合,その患者は間もなく(文章から判断する限り,数時間以内。遅くともその日中)亡くなるそうです。 これまでに Oscar は 25 人の患者が亡くなるのを「予知」しており, 逆に Oscar が立ち去った場合には患者は亡くなっていないそうです(記事中では末期癌の患者であっても, その日中に亡くなるような場合でない限り Oscar はとどまらないとされています)。Oscar が患者のそばにとどまった場合, 病院では家族や牧師を呼ぶようにしているとのことで,患者が息を引き取ると Oscar はそっと立ち去るとされています。

Oscar が何を基準に患者の生き死にを判断しているのかが興味を引かれる点ですが, 少なくとも著者は何か匂いの可能性を考えているように見えます(あえて猫が匂いをかぐ描写をしていますし)。 患者が亡くなったときに Oscar が立ち去ることからも,何か呼気の成分を認識している可能性が想像されます。 生き物,特に人間が死ぬ際に体内でどのような現象が起こっているのかは研究が難しいでしょうから, この謎は容易には解けないでしょうし,あるいは単なる思いこみかもしれません(特にデータを示した論文というわけではないですし)。 しかしこのような現象から何か新しい発見があっても面白いですね。

Dosa, D. M. A day in the life of Oscar the cat. N. Engl. J. Med. 357, 328-329 (2007).

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アピコプラストが背負った責任(2007.06.04)(→分子細胞学)

ヒトで機能する植物ホルモン(2007.04.26)

動物のホルモンと植物ホルモンは進化的にも由来が異なり,また定義も異なる別物と考えられています。 しかしながら Bruzzone et al. (2007) は植物ホルモンの一種であるアブシジン酸(ABA)がヒト(Homo sapiens) の果粒球(白血球の一種)を刺激するシグナルとして働いていることを調べています。

アブシジン酸は高等植物では一般的な植物ホルモンで,温度や乾燥など環境的なストレスに応答して分泌され, 種子の休眠や発芽,気孔の開閉などの制御に関わっています。 最近になって,海綿や腔腸動物でも外部ストレスに応答してアブシジン酸が合成され,機能していることが示されたそうです。 著者らはヒトにおいて環境刺激や病原体に応答している果粒球において,アブシジン酸の機能解析を行いました。

アブシジン酸のシグナル伝達系に存在すると予想された因子について,アブシジン酸や阻害剤,拮抗体の投与に対する応答 (濃度変化)が調べられました。著者らは多くの実験を行うことで,果粒球におけるシグナル伝達系をほぼ明らかにしています。 アブシジン酸の投与は,最終的には細胞外から細胞内への Ca2+ の取り込みを促進しました。 途中の経路は幾つかに分かれている部分もあるようですが,主な経路では cADPR(サイクリック ADP リボース) の上昇が介在していました。この他,経路の詳細も推定されています(著者らの図を元に作図)。

果粒球におけるアブシジン酸(ABA)のシグナル伝達経路

実験では外部からアブシジン酸を与えているわけですが,果粒球からも直接アブシジン酸が検出されており, アブシジン酸は内生的にも合成・蓄積されているようです。

このようにして Ca2+ の濃度上昇が起こり,果粒球が活性化されます。具体的には食作用の活性化,活性酸素種 (ROS)や一酸化窒素(NO)の生成,走化性,化学運動性など,主として外敵への攻撃に関与する機能が刺激されていました。 このような機能推定に基づいて,著者らはアブシジン酸が新規の炎症性サイトカインであると主張しています (ただしサイトカインは一般的に細胞間のシグナル伝達を行うタンパク質かペプチドとされているのに対して, アブシジン酸はテルペノイド)。

アブシジン酸の構造

さて,炎症反応の新規因子が見つかったことにはそれだけで大きな意義がありますが, より興味深いのはそれが植物ホルモンと同じ物質であるという事実です。 今回明らかになった経路や海綿や腔腸動物からの部分的な情報からは, 植物におけるアブシジン酸のシグナル経路の一つと動物の経路はよく似ていることが指摘されています。 植物でも G タンパク質とリンクした受容体が PLC を活性化し,cADPR の上昇を経て細胞内 Ca2+ 濃度の上昇へと至る経路が知られています(注:アブシジン酸受容体をまず一つ で紹介した経路とは別)。植物ホルモンは多細胞の植物に独自の仕組みと考えられていましたが, 実際には単細胞生物を含めた真核生物に広く用いられている仕組みなのかもしれません。

今回の研究ではシグナル経路が大まかに推定されました。これ自体大きな研究ですが,各ステップの確証や詳細, 特に関与する具体的なタンパク質や遺伝子が全て明らかになっているわけではありませんので, 今後は提出された仮説の裏付けを行うことが必要でしょう。そこから先, 植物では分からなかったことが動物の研究から明らかになってくるようなことがあれば面白いですね。

Bruzzone, S. et al. Abscisic acid is an endogenous cytokine in human granulocytes with cyclic ADP-ribose as second messenger. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 104, 5759-5764 (2007).

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アフリカからの旅のお供はピロリ菌(2007.03.03)(→人類学)

マラリア原虫が緑に見えた背景(2007.02.23)(→進化・分類学)

ヤツメウナギのつぎはぎ免疫(2007.02.12)(→分子細胞学)


アーケゾア仮説の幕引きはトリコモナスゲノムから(2007.01.24)(→その他)

続報:AIDS のグラウンド・ゼロ(2006.11.13)

HIV の由来は HIV-1 がチンパンジーの,HIV-2 がマカク属のサルのウイルスに由来するとされてきました。 さらに HIV-1 のグループの由来も HIV-1 M と N については示され,残る HIV-1 O の由来だけが不明でした (AIDS のグラウンド・ゼロ)。 Van Heuverswyn et al. (2006) はゴリラで初めて SIV の感染を確認し,これが HIV-1 O に近縁と推定しています。

HIV-1 には幾つかのグループが含まれており,HIV-1 M と HIV-1 N に近縁なウイルスは, いずれもカメルーン南西部から発見されていました。しかし HIV-1 O はチンパンジーの, チンパンジー亜種とヒガシチンパンジー亜種のウイルスの間に分岐した独自の系統に位置し,どこからヒトに渡ったのかは謎でした。 著者らはカメルーンでチンパンジーとゴリラの糞のサンプルを収集し(それぞれ 378 と 213 サンプル), SIV への感染状況を調べました。

チンパンジーの感染状況は過去の研究と同様でしたが(チンパンジー亜種で 40/323 の感染。ナイジェリアチンパンジーで 0/55), ゴリラでも HIV 抗体に陽性を示すサンプルが 6 サンプル見つかりました。チンパンジー以外の霊長類ではこれまで HIV-1 に近縁なウイルスの感染は知られていませんでしたので,これは驚くべき発見でした。さらに系統解析の結果から, SIVgor と名付けられたこれらのウイルスは HIV-1 O に近縁であると推定されました。

400 km も離れたサンプルから SIVgor が発見されたことから,SIVgor はゴリラに固有のウイルスと見られています。 ゴリラに SIVgor が感染した経路は不明ですが(ゴリラはチンパンジーと違って肉食せず,チンパンジーとの接触も少ないはずとのこと), ヒトがゴリラを食用にするために狩る例が知られており,また医療用に利用されることもあるため,これがヒトの HIV-1 O の起源になった可能性があるそうです。

サンプル範囲がカメルーンに限られているために,アフリカの類人猿における SIV の進化・ 伝播過程が明らかになったとは言い難いですが,今回の発見により HIV-1 の起源が大分明らかになったと言えるでしょう。 言い方を変えれば SIVgor の存在はこれまで見落とされていたわけで,さらなる調査によって SIV の新しい系統や宿主が見つかることもあるかもしれません。

Van Heuverswyn, F. et al. SIV infection in wild gorillas. Nature 444, 164 (2006).

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マラリア原虫が我が子に贈る mRNA(2006.08.08)(→分子細胞学)


AIDS のグラウンド・ゼロ(2006.08.03)

AIDS(後天性免疫不全症候群)の病原体である HIV(ヒト免疫不全ウイルス)は、 チンパンジーのウイルスである SIVcpz に由来したと考えられていました。 しかし野生のチンパンジーにおける SIVcpz の感染状況や HIV との関係も調べられていませんでした。 Keele et al. (2006) はチンパンジーの糞から SIVcpz を検出する方法を開発し、 その遺伝子配列からカメルーン南東部の個体群に感染した SIVcpz が一部の HIV と近縁であることを示しました。

HIV にはいくつかのタイプが知られており、例えば HIV-2 はマカク属(Macaca) のサルの SIV に由来したと考えられています。HIV-1 は SIVcpz に由来すると考えられていましたが、 具体的にどの地域の系統群(個体群)から由来したのかは知られていませんでした。 チンパンジーは無闇に採集してサンプリングできないため、著者らは糞便から抗体を用いてウイルスを検出し、 核酸配列を調べてウイルスの遺伝情報と、宿主の個体・系統識別をする技術を確立していました。

この方法を用いて著者らはカメルーンの各地の野生チンパンジーから初めて SIVcpz を検出することに成功しました。 チンパンジーには 4 つの亜種(チンパンジー:Pan troglodytes troglodytes、ナイジェリアチンパンジー: P. t. vellerosus、ヒガシチンパンジー:P. t. schweinfurthii、ニシチンパンジー:P. t. verus) が知られており、カメルーンにはこの内チンパンジーとナイジェリアチンパンジーが分布しています (論文の Supplement の図を見ると、チンパンジーとヒガシチンパンジーの独立性は怪しいですね。 逆に分布の接しているチンパンジーとナイジェリアチンパンジーは明確に系統が違うようです)。 SIVcpz の感染が知られているのはチンパンジーとヒガシチンパンジーだけで、 実際に今回の研究でもナイジェリアチンパンジーからは SIVcpz は検出されていません。

さて、幾つかの遺伝子が調べられた結果、野生のチンパンジーの SIVcpz は地域ごとに異なる系統群で、 つまり地域分化が進んでいることが示されました。そしてカメルーン南西部の 2 地域の SIVcpz がそれぞれ HIV-1 M (汎発性 HIV-1)と HIV-1 N(非汎発性 HIV-1)に近縁であることがわかりました。また HIV-1 O はチンパンジーの SIVcpz とヒガシチンパンジーの SIVcpz の中間的な系統的位置を占める、独自の系統でした。 つまり、HIV-1 は少なくとも 3 回チンパンジーからヒトに渡ったことが明らかになりました。

場所によっては 3 割を超える個体が SIVcpz に感染していたそうで、チンパンジーが野生状態で SIVcpz の保有動物であることが示されました。残念ながら HIV-1 O の由来についてはわかりませんでしたが、 今回用いられた方法が有効であったことから、カメルーン以外の地域において野生チンパンジー(特にヒガシチンパンジー) の感染状況を詳細に調べることが出来れば、他の HIV-1 についてもヒトに伝播した地域が特定できるかもしれません。そして、 HIV に近縁な SIVcpz を持った野生チンパンジーの疫学が、ヒトにおける AIDS の治療に何か役立つことがあればいいですね。

Keele, B. F. et al. Chimpanzee reservoirs of pandemic and nonpandemic HIV-1. Science 313, 523-526 (2006).


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ES 細胞研究に黄信号(2006.01.14)

残念なお知らせです。ヒト・クローン胚から ES 細胞 で紹介した論文(Hwang et al., 2004)が捏造であることがソウル大学の調査委員会の最終報告により示されました。 これを受けて Science 誌は,ヒト・クローン胚から ES 細胞株を樹立したとする論文の撤回を正式決定しています (Kennedy, 2006)。

ソウル大のサイト最終報告書(報告書はハングル) の要約が英文で掲載されており( Summary of the final report on Hwang's research allegation),これによると Hwang et al. (2004) で報告された株は DNA を調べた結果クローンではなく,卵の単為発生によって樹立された可能性が指摘されています。 また,複数の患者に対する幹細胞株を樹立したとした Hwang et al. (2005) についても, これがデータの水増しと捏造の産物であり,彼らがクローン胚(この作成自体は世界初で,おそらく信頼できる) から ES 細胞株を樹立した証拠は一切なくなりました。

またこれらに関連して,彼らが世界で初めて成功したとしているクローン犬 (遂に成功した犬のクローン;Lee et al., 2005)についても捏造が疑われましたが, これについてはミトコンドリア DNA(卵の細胞質のマーカ)と核 DNA (クローン作成時に導入したもの) の解析から保証されており,10 日のうちに Lee et al. (2005) の当該論文の結果を Nature 誌が確認しています (正式なレポートは不明。ニュース記事:Cyranoski, 2006)。

細かい経緯は,折を見て紹介したいところですが,現在も議論が終わってはいないので, どうなることやら,です。今回の事件をきっかけに,韓国国内で科学者に対して強い倫理観を求める向きが高まるでしょうし, そこから韓国の科学のレベルが発展することを願っています。

Kennedy, D. Editorial retraction. Science published online 12 January 2006;10.1126/science.1124926

Science 本誌にも掲載され,ページ数もつきましたので,一応,引用を追加しておきます。 ちなみに Donald Kennedy は Science の編集長です。(2006年01月23日)
Kennedy, D. Editorial retraction. Science 311, 335 (2006).

Cyranoski, D. Verdict: Hwang's human stem cells were all fakes. Nature 439, 122-123 (2006).

Hwang, W.-S. et al. Evidence of a pluripotent human embryonic stem cell line derived from a cloned blastocyst. Science 303, 1669-1674 (2004).

Hwang, W.-S. et al. Patient-specif embryonic stem cells derived from humn SCNT blastocysts. Science 308, 1777-1783 (2005).

Lee, B. C. et al. Dogs cloned from adult somatic cells. Nature 436, 641 (2005).


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ヒト ES 細胞制作者への疑惑(2005.12.09)

これまでヒトのクローン性 ES 細胞の作成にまつわる倫理上の問題について紹介してきましたが (ヒト・クローン胚から ES 細胞ヒト・クローン胚作成の暗部?続報), Science にも Hwang 氏が研究に問題があったことを認めた会見が紹介されていました(Holden, 2005)。 この記事では少なくとも科学的成果については問題がなかったんですが, Nature 誌の記事では研究結果についても問題が浮上していることが紹介されています(Cyranoski, 2005)。

このサイトでは紹介していませんでしたが(見落としてました), Hwang らは今年の 5 月に ES 細胞のラインを計 11 作る事に成功したとの論文を発表しています (Hwang et al., 2005)。これも重要な進歩だったわけですが, 最近になってその科学的信頼性に疑問符が打たれているそうです。

まず韓国の Munhwa Broadcasting Company(MBC)なるテレビ局が Hwang らのサンプルについて DNA 配列の検証を行う番組を放送し,調べた 5 サンプルの内一つにおいて幹細胞と対応する組織片の DNA が一致しなかったそうです。これは Hwang らの研究に問題があった可能性を示唆するものです。 もっとも,他のサンプルについては DNA が単離出来なかったそうで,MBC の検証能力にも疑問が残ります。

別に浮上している問題としては,Hwang ら自身が,5 月の論文について 2 つの訂正を出していることです。 まずは全ての細胞ラインが様々な種類の細胞に分化したとする表を訂正し, 実際にそれが確認できたのが 3 ラインに過ぎなかったとしているそうです。 さらに遅れて,別の細胞ラインから得られたとしてた写真が実際に同一株の複製であったとの訂正も出したそうです。

こうなると Hwang らの研究については道義的問題以前に科学的な成果にすら疑いを抱かざるを得ません。 実際には必ずしも全ての科学者が彼らの研究を否定しているわけではありませんが, 独立した研究チームが Hwang らの研究の追試を得ない限りこの成果は全面的に受け入れられないのではないでしょうか。

何だか聞いていて愉快な話ではないので,新たな研究成果が出るまで,関連記事の紹介は控えようかとも思ってます。

Holden, C. Korean cloner admits lying about oocyte donations. Science 310, 1402-1403 (2005)

Cyranoski, D. TV tests call into question cloner's stem-cell success. Science 310, 718 (2005).

Hwang, W. S. Patient-specific embryonic stem cells derived from human SCNT blastocysts. Science 308, 1777-1783 (2005).


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死のウイルスの母胎(2005.12.03)

致死率が 90 % に達するエボラ出血熱を引き起こすエボラウイルスは, アフリカにおいて幾度も感染爆発を起こし,その度に数百人の命を奪ってきました。 しかしその感染源,本来の宿主は 1976 年にウイルスが発見されて以来ずっと謎に包まれていました。 それが今回,国際チームによる徹底的な研究の結果, 現地に生息するコウモリがエボラウイルスの宿主である可能性が有力になってきました。

エボラ出血熱は感染性こそ控えめではあるものの(感染者との接触なしには通常は感染しない), 致死率,症状ともに最悪の病気であるといっていいでしょう。 しかしその霊長類に対する致死率が余りに高すぎるために,自然界での本来の宿主は他の生物であると考えられてきました。 当然ながら,エボラ出血熱を防ぐためにこの宿主の正体が追求されてきましたが, 中々エボラウイルスを持った動物は見つかりませんでした。

2001 〜 2005 年にエボラ出血熱はガボンとコンゴ共和国(コンゴ民主共和国=旧ザイール,とは別の国) の国境付近で幾度も発生しています。 研究チームはこの地域で 1000 を超える小動物のサンプルを採集し,エボラウイルスを探索しました。 その結果,3 種のコウモリからエボラウイルスの抗体や DNA 配列が採集されました。

感染が見つかったのは,ウマヅラコウモリ(Hypsignathus monstrosus),フランケオナシケンショウコウモリ (Epomops franqueti)およびコクビワフルーツコウモリ(Myonycteris torquata)の 3 種で, いずれもエボラの主な発生地であるアフリカ中西部を中心に分布しています。

エボラウイルスの DNA が見つかった場合にも,一回の PCR 反応では検出できないほど微量な様で, つまりウイルスの量が微量なためにウイルス本体が見つかってこなかったと考えられます。 ちなみに今回見つかったのはエボラウイルスの中でも最も致死率が高い系統として知られるザイール株の系統でした。

アフリカのエボラ出血熱の感染地域では,コウモリを食用にする習慣があるようで, これがエボラ出血熱の感染源となっている可能性があります。逆に言えば,コウモリを食用にすることを制限できれば, エボラ出血熱の発生を防ぐことも可能になるかもしれません。

Leroy, E. M. et al. Fruit bats as reservoirs of Ebola virus. Nature 438, 575-576 (2005).

エボラ出血熱については以下のノンフィクションが有名です。
プレストン, R. ホット・ゾーン ―新装版 (飛鳥新社, 東京, 1995).


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続報:ヒト・クローン胚作成の暗部?(2005.11.26)

昨年、韓国のチームが世界で始めてヒトのクローン胚作成に成功し、大きな話題となりました (ヒト・クローン胚から ES 細胞)。ところがこの成功の影に、 不正な手段が用いられていた可能性が指摘されていました(ヒト・クローン胚作成の暗部?)。 そして今月、当事者たちが実験に用いた卵子が不適切な手段により用いられたことを認め、不正が裏付けられました (Cyranoski, 2005)。

まず使用された卵子の内,20 人から採取した 20 個の卵子が有償で得られたものであることを, 共著者の一人が会見で認めたのです。論文には卵子はボランティアより提供されたと記してあり, 論文と利害関係がないとされていました。このことは明らかに論文での宣言に反しており, 生命倫理の観点からも大きな問題をはらんでいます。卵子の採取にはリスクが伴なうと考えられますが, ボランティアでないために,逆に危険性の説明が不十分なまま金銭で「騙した」可能性すら考えられます。

さらに,この研究に筆頭著者(Woo Suk Hwang)の研究室の女性研究員から卵子提供があったという話も出ていました。 これまで本人,筆頭著者ともにその事実を否定してきていましたが,今月 24 日, 遂に筆頭著者が研究員から卵子提供を受けた事実を認め,「世界幹細胞ハブ」なる ES 細胞バンクの責任者の地位を辞したそうです。

ただでさえ微妙な問題を抱え,倫理的な問題が議論されることの多い分野において, 明確な不正が行われていたことは研究分野の発展のためにも悪影響を与えたといわざるを得ません。 特に研究員に一度発言した内容を取り消させるなどの「口止め」が行われた節もあり, 例え実験結果が素晴らしいものであっても,科学者としての姿勢は糾弾されてしかるべきでしょう。

研究分野が微妙な問題をはらんでいるほど,そして研究成果が大きいものであればあるほど, 研究者には社会的責任が付随することを自覚して欲しいものです。

Cyranoski, D. Korean stem-cell crisis deepens. Nature 438, 405 (2005).


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ほどほどが最悪なプリオン(2005.11.25)

伝染性海綿状脳症(Transmissible Spongiform Encephalopathy: TSE)、 俗に言う狂牛病ですが、これは異常型のプリオン(PrPres)が脳に蓄積することで発症すると考えられています。 脳に蓄積するタンパク質は,巨大な繊維状の重合体をとっている場合も,短い重合体の場合もあり, 病原性との関係が問題になっていました。Silveira et al. (2005) はプリオンを重さに応じて仕分けすることにより, 比較的短い長さのプリオンの重合体で,病原性が最も高くなることを見出しました。

PrPres を感染させたハムスターの脳から抽出したプリオンを,flow field-flow fractionation(FlFFF) なる方法でサイズに応じて仕分けしたところ,この中の第 12 分画付近で感染性が最も高くなるというのが, 彼らの主要な発見になります。8 番目以前の分画ではほとんど感染性がなく, 逆に 14 番目以降の分画でも感染性が低くなっています。

第 12 番目の分画は分子量にして約 300 kDa 程度と見積もられ,他の証拠も併せると, サイズも 8.5 nm 程度とわかっています。プリオンの数で考えると,少なくとも 5 個よりはずっと多く, 14〜28 個程度に相当するようです。一方で,電子顕微鏡観察からは繊維状になるほどの個数には達していないようです。 ただし,この複合体にはプリオンタンパク質以外の因子も含まれている可能性があるため, 正確な病原性の由来や,病原性に必要な PrPres の重合数はわかりません。 今後,TSE の治療薬の開発を考える際には,単に重合したタンパク質を分解するという発想だけではなく, 特定の長さの重合体を減らすことを考えなければならないということでしょう。

Silveira, J. R. et al. The most infectious prion protein particles. Nature 437, 257-261 (2005).


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首の骨の由来(2005.09.07)(→発生学)


成人女性からの卵子分化誘導(2005.06.20)

つい最近まで、哺乳類では卵胞形成は胎児の時期に終了し、 後は減る一方だと考えられてきました。ところが昨年の Johnson et al. (2004) によって、 マウスの成体でも卵巣内の幹細胞から卵胞が形成されていることが示唆されました。 成体における卵胞形成を確かに立証するためには、その幹細胞から卵胞を誘導する研究が必要でした。 これをヒトにおいて証明したとする研究が、Bukovsky et al. (2005) によって出版されました。

Bukovsky et al. (2005) は 39 〜 52 歳までの 5 人の女性の卵巣表面のサンプルを研究に用いました。 そして、エストロゲン(女性ホルモン)の刺激により卵巣表層上皮 (OSE: Ovarian Surface Epithelium)から卵母細胞が、エストロゲン刺激が無い場合には顆粒膜細胞などに、 それぞれ分化することを見出しました。実際に卵母細胞が誘導されたことは、卵核胞崩壊、極体放出、 透明体タンパク質の発現、などにより確認されています。

この研究は将来、高齢者への生殖医療や、あるいは卵子の代わりに卵巣表皮を保存する、 などといった方法で生殖医療の現場にも還元されるかもしれません。

ただ,この仕事がメジャー誌ではなく,まだ出来て間もない雑誌に掲載されたことには, 少し引っ掛かるところがあります(ちなみに本論分は無料でアクセス可能)。 この論文へのコメント中には写真の質を初めとして,幾つかの問題点が指摘されています。 従って,Bukovsky et al. (2005) の結果は必ずしも受け入れられていないのかもしれません。 彼らのデータ自体に問題がなかったとしても,観察された細胞が卵母細胞であるとの証拠は, 実は決定的なものではありません。異常な培養条件下では遺伝子発現などが乱れて, 卵母細胞に似た性質を持つ細胞が現れても不思議ではありません。 しかし,ある細胞が卵母細胞であることを証明するには実際に受精能があることまで示されなければなりません (これはヒトより前に,マウスあたりで調べられる事になるのでしょうが)。

ともあれ,昨年の Johnson et al. (2004) による衝撃的な論文の後, これに基いた研究や論文がこれから次々と出てくるのではないでしょうか。

参考: 母親から祖母になるということ 〜 メカニズムと進化的意義 〜(前編)補足

Bukovsky, A., Svetlikova, M. & Caudle, M. R. Oogenesis in cultures derived from adult human ovaries. Reprod. Biol. Endocrinol. 3, 17 (2005).

Johnson, J. et al. Germline stem cells and follicular renewal in the postnatal mammalian ovary. Nature 428, 145-150 (2004).


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精子と卵子の縁結び(2005.03.13)(→発生学)


骨髄の横やりが胃癌を招く?(2004.12.02)

胃癌は依然として発展途上国などで死亡率の高い癌だそうです。 一昔前の研究で,ピロリ菌(Helicobacter pylori) が引き起こす慢性的な胃潰瘍が胃癌の原因である事が示されました。 今回,ピロリ菌が胃癌を引き起こす過程で骨髄からくる幹細胞が関与している可能性が浮上しました。

Houghton et al. (2004) はマウスにピロリ菌に近縁な H. felis を感染させ, 胃癌を誘導する実験を行いました。その結果,慢性的な炎症によって骨髄から細胞が胃へと誘導され (おそらくは組織の修復のため),これが化生, 異形成と呼ばれる段階を経て癌へと変化する事がわかりました。

Houghton et al. (2004) の実験から,骨髄幹細胞がダメージを受けた異へと誘導され, そこで慢性的な炎症にさらされて段階的に癌になる,というモデルが考えられます。 しかしながら,Houghton et al. (2004) は骨髄細胞にマーカーを発現させ, その分布で骨髄細胞の移動,変化を追いかけようとしています。 しかしながら,骨髄細胞が他の細胞と融合してマーカーが移行する可能性も十分に考えられ, 一部の研究者は,彼らの研究ではその可能性が十分に排除できていないとしています(Marx, 2004)。 融合の可能性については今後検証が行われていくでしょうし, もし Houghton et al. (2004) の結論が正しければ,その後の胃癌の研究, さらには炎症に起因する他の癌の研究にも大きな影響を与える事になるでしょう。

Houghton, J. et al. Gastric cancer originating from bone marrow-derived cells. Science 306, 1568-1571 (2004).

Marx, J. Bone marrow cells: the source of gastric cancer. Science 306, 1455-1457 (2004).


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心臓への導き手(2004.11.29)

心臓はダメージを受けると、中々回復しにくいことが知られています。 心筋梗塞などで一部の細胞が壊死すると、その損傷は回復することなく、 むしろ周囲に広がっていくそうです。 そこで医療の立場では、心臓の傷をいかにして癒すかが課題になります。 一つには組織培養の技術を応用する方法が試みられており、Cohen & Leor (2004) に解説があります。 もう一つ、薬剤を用いて生物自身に心臓を修復させる可能性が、 Bock-Marquette et al. (2004) により現実味を帯びてきました。

Bock-Marquette et al. (2004) はアクチンの重合を制御する分泌性のシグナル因子、 thymosin β4 が心臓の細胞の移動や生存、そして心臓の修復を促進することを示しました。 この働きは培養細胞に対しても、またマウスにおいても効果が示されています。 また、thymosin β4 は細胞骨格の PINCH と integrin-linked kinase(ILK)に作用し、 Akt キナーゼを活性化することで細胞の生存を促進することが示されています。

Thymosin β4 の注入により、マウスの心臓の回復が促進されたことは、 将来の人間への応用に期待が膨らみます。 心臓移植や組織培養の応用(特殊なポリマーを傷に埋め込み、細胞を誘導する方法など)に比べると、 生物の生来の仕組みを活性化する方法ですから、安全性や副作用も少ないかもしれません。 実際の応用はまだまだ先の話になるのでしょうが、心臓の治療への道が見えて来たのではないでしょうか。

Bock-Marquette, I., Saxena, A., White, M. D., Michael DiMaio, J. & Srivastava, D. Thymosin β4 activates integrin-linked kinase and promotes cardiac cell migration, survival and cardiac repair. Nature 432, 466-472 (2004).

Schneider, M. D. Prometheus unbound. Nature 432, 451-453 (2004).


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悪性腫瘍の枢軸(2004.11.22)

近年,癌にも幹細胞(cancer stem cells: CSC)が存在する可能性が指摘されるようになって来ました。 存在が証明されているのは,ヒトの白血病と乳癌の場合だけだそうですが, 今回新たに脳腫瘍においても CSC の存在が示されました。

Singh et al. (2004) は脳内の幹細胞のマーカーである CD133 を持った腫瘍細胞 (CD133+)を調べました。その結果,CD133+ の腫瘍細胞は,わずか 100 細胞程度を移植しただけで,もとの腫瘍と同様の腫瘍を形成するのに対して, CD133 を持たない(CD133-)細胞の場合,万からの細胞を移植しても, 定着はするものの,癌として成長はしない事が分かりました。

このことから,脳腫瘍の起源は,CD133+ の神経幹細胞か,そこから分化途中の細胞が, 分化能を失ったことによるのではないかと推察されます(Clarke, 2004)。

本当に脳腫瘍の成長が CSC の分裂のみによるのだとすれば, これを標的にした薬を開発できれば,かなり効率よく治療ができると思われます。 また,乳癌,脳腫瘍,と CSC の存在が示された事により, 他の固形癌での CSC の探索も活性化することが期待できるのではないでしょうか。

Singh, S. K. Identification of human brain tumour initiating cells. Nature 432, 396-401 (2004).

Clarke, M. F. At the root of brain cancer. Nature 432, 281-282 (2004).


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糖尿病にも関与する RNA(2004.11.17)

microRNA(miRNA)と呼ばれる一連の RNA が、RNAi と同様の(?)機構を用いて 特定の遺伝子の制御に関わっていることが近年明らかになってきています。

Poy et al. (2004) は、膵臓のランゲルハンス島特異的な miRNA(miR-375)が、 グルコース依存性のインシュリン分泌に関与していることを見つけました。 miR-375Myotrophin を標的にしていると見られており、 miR-375 の過剰発現によりインシュリンの分泌が抑えられ、 miR-375 を抑えるとインシュリンの分泌が促進されるそうです。

これが一部の糖尿病に関わっているとすれば、新たな治療法につながるかもしれません。

Poy, M. N. et al. A pancreatic islet-specific microRNA regulates insulin secretion. Nature 432, 226-230 (2004).


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アイの壁を乗り越えて(2004.11.16)

RNAi という技術があります。要は、抑えたい配列を含んだ二本鎖の RNA を細胞に与えて、 生物に内生の機構を使って目的の RNA が翻訳されるのを抑え込む方法です。 RNAi は、特定の遺伝子を潰すことにより、生物の分子メカニズムを探るために利用されますが、 疾患の原因となるタンパク質を抑えるなど、医療方面での応用も考えられてきました。

ところが、二本鎖の RNA を効率よく体内に取り込ませる方法が確立されておらず、 RNAi を用いた創薬はまだ実現していません。 しかしここに来て、静脈注射によって RNAi を引き起こす技術が登場しました。

Soutschek et al. (2004) は、マウスを用いて実験を行い、 短い二本鎖の RNA(siRNA)をコレステロールで修飾することにより、 コレステロール代謝に関わる遺伝子を抑えることに成功したそうです。 (コレステロールで修飾することと、RNAi の標的がコレステロール代謝の 遺伝子であることには関連はないようです)

RNAi を用いた医療には前例がありませんから、副作用をはじめとして、 まだまだ検討しなければならない問題はたくさんあるようです(Rossi, 2004)。 そもそもがこれまでの創薬とはまるで異なる方法論なわけですから、 臨床試験のありかたなども変わってくるかもしれません。 (標的が高度に特異的なわけですから、RNAi 一般にまつわる副作用が回避できれば、 個別の遺伝子の臨床試験はより小規模で済むかもしれません。 これは患者数の少ない難病の治療薬を作るためには非常に有利だと思います)

ともあれ、一つの壁を乗り越えたことにより、 RNAi 医療の実現へ一歩近づいた事は喜ばしいことです。

Soutschek, J. et al. Therapeutic silencing of an endogenous gene by systemic administration of modified siRNAs. Nature 432, 173-178 (2004).

Rossi, J. J. A cholesterol connection in RNAi. Nature 432, 155-156 (2004).

なお、この研究は Alnylam(発音は "al-NIGH-lam" とのこと) という会社のチームによって行われましたが、RNAi 創薬や Alnylam に関する話題が 先月の Scientific American に載っていました。 日経サイエンスに翻訳されるかどうかは微妙ですが、あわせて読んでみると面白いと思います。

Stix, G. Hitting the genetic OFF switch. Sci. Am. 291 (4), 68-71 (2004).


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歯周病と古細菌(2004.05.18)

古細菌は生物の原核生物にあって,真核生物に近縁な生物の1ドメインです。 代謝,生活の様式や生息環境など非常に多岐に渡っていますが,なぜかこれまで病原性のものは知られていません。

今回,メタン生成古細菌の 1 種が,歯周病に何らかの形で関わっている可能性が示唆されました。 Lepp et al. (2004) では歯周病患者の口からサンプルを採集し, PCR やハイブリダイゼーション法を用いて真正細菌と古細菌の量を定量しました。 その結果,歯周病が重篤であればあるほど古細菌の量が増加しており,治療に伴って減少することが示されました。 ただし,古細菌が検出されない患者も存在します。

古細菌が単独で歯周病を引き起こすとは考えにくいのですが, 他の細菌類と共生することによってコロニーを安定にする役割を果たしている可能性が考えられています。

なお,検出された古細菌は 2 タイプ存在し,いずれも Methanobrevibacter oralis という既知の古細菌 (ヒトの口より分離された)と種のレベルで近縁でした。 この種は絶対嫌気性で,酸素があると生育できないので, 歯周病の進行でできた嫌気的な環境で増殖しているのでしょう。

Lepp, P.W. et al. Methanogenic Archaea and human periodontal disease. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 101, 6176-6181 (2004).


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ヒト・クローン胚作成の暗部?(2004.05.09)

世界で始めて,ヒト・クローン胚から胚性幹細胞(ES 細胞) を作成したという報告が 3 月に出版されました。 この,Hwang et al. (2004) の研究は非常に画期的なものであり, 著者ら(主にソウル大学)は韓国では英雄扱いだそうです。

ところが,この研究に対する倫理的な問題が指摘されてきています。 そもそも,ES 細胞の作成は受精卵から発生した胚の破壊を伴うため, 倫理的な立場から批判されることが多いのですが, 今回の指摘はそういうことではなく,卵細胞の入手過程に疑惑が持たれています。

Hwang らは 16 人のボランティアから合計 242 個の卵細胞を得ています。 これは他国の研究者から見ると異常な数(多い!)だそうです。 卵細胞の提供者は精神的な苦痛のみならず,薬の副作用など健康上のリスクも負いますし, 本人が希望していても,実験に適しているとは限りません。 そこで,彼らが何か不適切な手段によって卵細胞を得た可能性が疑われているのです。

もちろん,韓国の道徳観念や愛国心(Hwang らの成果は韓国の名誉でもあるわけです)は 他国とは異なっているわけですから,本当に多くの提供希望者がいたとしても不思議はありませんが, 韓国国内においても人権団体などが 研究グループに卵細胞の入手過程に関する情報提供を求める活動を起こしているそうです。

疑惑はそれだけではありません。 Nature のインタビューに対して,著者らの一人である PhD の学生(Ja Min Koo)が, 何と,自分も卵細胞の提供を行ったと証言したのです (さらに研究室内にもう一人提供者がいるとも発言したそうです)。 彼女は後に英語力の不足を理由に,自分の発言を撤回していますが, 卵細胞を採取された病院の名前や提供した際の心境を述べていたとも言われています。

もし仮に,Koo さんが卵子提供者に含まれていたとすると, 少なくとも「卵子提供者もその家族・親類も,この研究によって利益を受けることはない」, という(論文に付けられた)宣言には反しているといえます。 そればかりか,もし研究チームの中から卵子提供をすることが公然と認められると, 研究室内で卵子提供をめぐる「強制」が働く可能性が生まれるため,極めて問題であるといえます。

この問題がどう片付くのはわかりませんが, 改めて生殖医療に絡む微妙な問題が浮き彫りになったことは注目に値するでしょう。 著者らは情報開示をせざるを得なくなるのではないでしょうか。 ただ韓国国内では,疑惑を追及する動きの他に,韓国の科学の発展のために英雄を求める向きも強いそうで, 問題が封印されてしまう可能性も否定はできません。 (共著者には,実験自体には関与していない,大統領の科学技術顧問も含まれているそうで, 彼女の共著者への参加についても疑問の声が出ています)

生殖医療という,元来微妙な問題を含んだ分野に携わる以上, 著者らにはよりいっそうの倫理観と情報の透明性を求めたいものです。

Hwang, W. S. et al. Evidence of a pluripotent human embryonic stem cell line derived from a cloned blastocyst. Science 303, 1669-1674 (2004).

Cyranoski, D. Korea's stem-cell stars dogged by suspicion of ethical breach. Nature 429, 3 (2004).

Cyranoski, D. Crunch time for Korea's cloners. Nature 429, 12-14 (2004).


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胎児に耳あり、幼児にメモリー(2004.04.11)(→その他)


眠り姫にはオレキシンの口付けを(2004.04.02)

ナルコレプシーという病気が存在します。 この病気はダニエル・キイスの「眠り姫」という小説により一般に知られるようになりました。 ナルコレプシーの患者は日中でも強い眠気に襲われ、突然眠り込んでしまうような症状を示します。 (例えば、自動車の運転中、スポーツの試合中、上司との会話中にすら眠り込んでしまうことがあるそうです。 また、意識を保ったまま体に力が入らなくなり、動けなくなるような発作など、幾つかの症状が見られるそうです) この病気は日本人では 600 人に一人発病するとも言われ、意外にメジャーな病気です。

さて、ナルコレプシーの原因としては近年オレキシンと呼ばれる神経伝達物質の欠如である可能性が示されました。 この物質がナルコレプシーの治療に期待されていましたが、 今回、マウスによる実験でその有効性が実証されました。

Mieda et al. (2004) はオレキシンニューロンを欠いたマウス(ナルコレプシー様の症状を示す) に対して、オレキシン遺伝子を脳で外生的に発現させた場合も、 オレキシン A を脳内に投与した場合にも症状の大きな改善が認められたそうです。 従って、オレキシン受容体を標的にした薬剤がナルコレプシーの治療に大いに期待されます。

なお、この記事のタイトルにあるような経口投与は難しいかもしれません(笑)

Mieda, M. et al. Orexin peptides prevent cataplexy and improve wakefulness in an orexin neuron-ablated model of narcolepsy in mice. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 101, 4649-4654 (2004).

ナルコレプシーについては、以下の文献を参照。 また、インターネットで検索しても平易な解説が多数見付かります。

シーゲル, J. M. 突然眠りに襲われるナルコレプシー. 日経サイエンス 30(4), 22-29 (2000).


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男と女の性と脳(2004.04.01)(→神経科学)


一アミノ酸残基がエイズウイルスの運命を握る(2004.03.19)

エイズウイルスの仲間は,霊長類に広く分布しますが,ヒトに感染するものは HIV, その他のサルに感染するものは SIV と総称されます。 これらのウイルスには宿主の選択性があり,宿主からの攻撃を回避する手段が絡んでいることが示されました。

Schröfelbauer et al. (2004) および Bogerd et al. (2004) は, アフリカミドリザルのエイズウイルス(SIVagm),あるいは HIV-1 の Vif タンパク質と, 宿主側の攻撃因子である APOBEC3G タンパク質との相互作用について比較しています。

APOBEC3G は,RNA の塩基を攻撃することによってウイルスを阻害する因子です。 これに対してウイルス側は,Vif タンパク質によって APOBEC3G を分解に導くことにより対抗しています。

ところが,HIV-1 はアフリカミドリザルの,SIVagm はヒトの APOBEC3G を阻害することが出来ず, 従ってこれらのウイルスは宿主を超えて感染することが出来ません。 今回解ったのは,この宿主特異性を決めているのは,APOBEC3G のたった 1 個のアミノ酸残基であるということです。

128 番目の残基がアスパラギン酸である場合(ヒト),SIVagm の攻撃を逃れることが出来, リジンの場合(アフリカミドリザル)は HIV の攻撃に耐性を持ちます。 さらに,それぞれの野生型の APOBEC3G の 128 番目のアミノ酸を入れ替えた場合, ウイルスとの相互作用が逆転することも示され, 標的特異性が 1 アミノ酸のみによって決定されていることが示されました。

リジンとアスパラギン酸では電荷が逆であるため,両タンパク質の結合が阻害されているものと思われます。

Bogerd et al. (2004) はこの結果を元に,SIV のヒトへの感染を妨げている生物学的障壁は, 極めて脆弱であるとしています。しかし,この発見はサル型の APOBEC3G を導入することで, エイズの遺伝子治療が出来る可能性を提示しているようにも読めました。

Bogerd, H. P., Doehle, B. P., Wiegand, H. L. & Cullen, B. R. A single amino acid difference in the host APOBEC3G protein controls the primate species specificity of HIV type 1 virion infectivity factor. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 101, 3770-3774 (2004).

Schröfelbauer, B., Chen, D. & Landau, N. R. A single amino acid of APOBEC3G controls its species-specific interaction with virion infectivity factor (Vif). Proc. Natl. Acad. Sci. USA 101, 3927-3932 (2004).

これらの論文に対する Commentary
Kaiser, S. M. & Emerman, M. Controlling lentiviruses: Single amino acid changes can determine specificity. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 101, 3725-3726 (2004).


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卵巣組織の凍結保存(2004.03.16)

図らずも、卵関係の話が続いてしまいました。これまた生殖医療の話です。 癌などの病気で、薬物治療や放射線治療を行うと、 卵細胞が死に(あるいは幹細胞が死に)不妊になる可能性があります。

男性の場合、精子の凍結保存が可能なのでそれを元に人工授精が可能ですが、 女性の場合、卵胞の凍結保存にはこれまで成功していませんでした。

しかし漸く先週末の医学系雑誌の Lancet にて、卵巣組織の凍結保存と、 それに基づく人工授精の例が報告されました。

この例では、乳ガンの治療で不妊になった 30 代の女性に、治療前に採取された卵巣組織を移植しています。 保存期間は 6 年にも及んでいますが、移植により卵巣の機能が回復したそうです。 また、得られた卵細胞に人工授精を行い、4 細胞の胚にまで成長したとのことですが、 妊娠・出産にまではこぎつけていないようです。

また、First author の Oktay は前出の Science の記事にもコメントを寄せており、 得られた卵細胞が、移植前の観察から予想されたよりも多かったことについて、 卵胞以外に幹細胞も保存されていて、そこから新たに卵胞が供給されたとも解釈できると見ているようです。

Oktay, K. et al. Embryo development after heterotopic transplantation of cryopreserved ovarian tissue. Lancet 363, 837-840 (2004).

Science の記事
Couzin, J. Textbook rewrite? Adult mammals may produce eggs after all. Science 303, 1593 (2004).


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ヒト・クローン胚から ES 細胞(2004.03.15)(→発生学)


補足:母親から祖母になるということ(2004.03.12)(→発生学)


母親から祖母になるということ 〜 メカニズムと進化的意義 〜(後編) (2004.03.12)(→進化・分類学)


母親から祖母になるということ 〜 メカニズムと進化的意義 〜(前編) (2004.03.12)(→発生学)


癌と染色体の因果関係(2004.03.04)

癌細胞においては,しばしば染色体が不安定化することが知られており, 癌化との因果関係が議論されています。

今回,hCDC4 遺伝子の異常が染色体の不安定化を引き起こすことが示されました。 これは癌とは独立に起こるので,hCDC の異常が癌化の一因となる可能性もあります。

Rajagopalan, H. et al. Inactivation of hCDC4 can cause chromosomal instability. Nature 428, 77-81 (2004).


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猿真似で AIDS に罹らない?(2004.03.02)

HIV ウイルスの感染を防御するタンパク質が,アカゲザルで同定されました。

もともと,人間以外の霊長類は HIV-1 に耐性があると言うことが知られていました。 今回,アカゲザルの cDNA ライブラリのスクリーニングから, TRIM5α というタンパク質がこの機構に関与していることがわかりました。

このタンパクが HIV-1 を抑える機構は未知ですが,ウイルスのキャプシドの修飾を阻害する可能性や, ウイルス粒子の分解を誘導する可能性など,いくつかの可能性が挙げられています(N & V)。

このタンパク質が AIDS 治療に有用であればいいのですが…
タンパク質を投与する形になるのか,遺伝子治療になるのかも問題ですね。

Stremlau, M. et al. The cytoplasmic body component TRIM5α restricts HIV-1 infection in Old World monkeys. Nature 427, 848-853 (2004).

News & Views
Goff, S. P. Replication trimmed back. Nature 427, 791-793 (2004).


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致死的な編集ミス(2004.02.27)

筋萎縮性側索硬化症(ALS)という難病があります。運動性ニューロンが細胞死を起こし、 筋肉の移植を引き起こす病気です。 物理学者のホーキング博士が最も有名な患者ですが、一年間に 10 万人に一人の割合で発症するそうです。

ALS には遺伝性と孤発性が存在します。この孤発性の ALS の発生メカニズムはほとんど分かっていませんが、 新たな研究から、RNA 編集の失敗が発症に関わっていることが示唆されました。

AMPA 受容体の GluR2 サブユニットには、グルタミンとしてコードされ、 RNA 編集を受けてアルギニンになる座位があります。 そして、ALS 患者の運動ニューロンの GluR2 mRNA が調べられた結果、 この RNA 編集の効率が著しく落ちていることが分かりました。

ALS の患者においても、プルキンエ細胞(小脳の神経細胞。運動に関わる)の RNA 編集の効率は 100% であることから、 この RNA 編集の異常は患者の運動ニューロン特異的に起こっているようです。

この研究で ALS 発症のメカニズムの一端が分かったことで、 今後、より詳細なメカニズムや治療法の開発につながるかもしれません。

もう一つ、RNA 編集の異常が組織特異的に起こるというのもちょっと興味深いですね。

Kawahara, Y. et al. RNA editing and death of motor neurons. Nature 427, 801 (2004).


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脳は治せるか(2004.02.19)

Nature の表紙からです。 再生医療の文脈では,神経幹細胞からニューロンを分化させることができれば, これを移植して脳の損傷を直せるのでは?と言うことが議論されます。

Sanai et al (2004) では,神経幹細胞がどこにあって, どういう状態でいるのかが明らかにされています。 具体的には,側脳室内側に帯状に並んでいる SVZ アストロサイトなる細胞群が, in vivo で増殖し,in vitro で分化能を持つことが示されたそうです。

また,げっ歯類ではこれらの幹細胞が嗅球に列を成して移動するのは知られていたのですが, ヒトではそのような幹細胞の移動は起こらないことがわかりました。

これらのことから,ヒトにおいては(少なくとも脳の一部では)新たにニューロンができても, それが脳神経のネットワークに参加できるとは限らないと言えるでしょう。 (海馬においては神経細胞の turnover が知られているようです)

今回,幹細胞の挙動や分布がわかったことで再生医療が進歩したともいえますが, 同時に,単にニューロンを移植するだけで脳神経の障害が改善するとは限らない, という新たな問題が浮き彫りになったとも言えるでしょう。

Sanai, N. et al. Unique astrocyte ribbon in adult human brain contains neural stem cells but lacks chain migration. Nature 427, 740-744 (2004).

News & Views
Rakic, P. Immigration denied. Nature 427, 685-686 (2004).


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続・ヒト・クローン胚から ES 細胞(2004.02.16)(→発生学)


ヒト・クローン胚から ES 細胞(2004.02.13)(→発生学)


ハンセン病とパーキンソン病の関係(2004.02.12)

ハンセン病は Mycobacterium leprae が原因の感染症ですが, 遺伝性の危険因子が存在することがしられていました。 今回この遺伝子が特定され,パーキンソン病関連遺伝子の PARK2PACRG の調節領域であることがわかりました。

ハンセン病やらこれらの遺伝子のことは私にはよくわかりませんが, 有名な 2 種の病気が共通の遺伝子と関係しているというのが不思議ですね。

Mira, M. T. et al. Susceptibility to leprosy is associated with PARK2 and PACRG. Nature 427, 636-640 (2004).


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カエルさん。このリセプター,ちょっと試してもらえます? (2004.02.11)

PNAS の表紙からです。 アルツハイマー病患者の脳の神経受容体などを,膜ごとカエルの卵に移植した実験です。 この論文ではアルツハイマー病の研究に重点を置いているようですが, 他の病気の研究にも応用できるのは間違いないでしょう。

あまり知られていませんが,シビレエイやラットの膜をカエル卵に移植する実験は前例があったそうです。 今回,それが人間でも有用であることが実証された形になるでしょう。

実験ではアルツハイマー病患者の遺体の脳から,Xenopus の卵細胞に膜を移植し, 神経伝達物質受容体や電位依存性のチャンネルが機能し続けることを確認しています。 数年間凍結保存された脳組織からでも可能だそうです。

Miledi, R. et al. Microtransplantation of functional receptors and channels from the Alzheimer's brain to frog oocytes. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 101, 1760-1763 (2004).


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謎だった血液凝固の制御因子(2004.02.05)

血液の凝固に必要な因子として,Vitamin K が知られています。 Vitamin K は還元型で働き,酸化されます。 酸化型の Vitamin K は Vitamin K epoxide reductase(VKOR)によって還元され,再利用されます。 これが行かなくなると,血液凝固が阻害されます。

また,VKOR の阻害剤として,warfarin という物質が知られていて,これは血栓予防に用いられます。

しかしながら,VKOR の実態はこれまで長い間,未知のままでした。 ところが,今号の Nature で 2 つのグループが VKOR の遺伝子を特定し, クローニングに成功しました(表紙)。

Rost et al. (2004) はヒト,ラット,マウスの遺伝学を駆使して遺伝子を特定し, VKOR 異常の原因遺伝子が小型の 1 回膜貫通型タンパクであることを突き止め, 複合体の一部だと考え,VKORC1VKOR complex subunit 1)遺伝子と名付けました。

Li et al. (2004) は,これまでに特定されていた原因遺伝子の候補領域 (100 以上の遺伝子を含む)の中から,膜貫通型の遺伝子 13 個を絞り込んで調べました。 彼らはこれらの遺伝子に対する siRNA をそれぞれ作成し,VKOR 活性を抑えるものを選び出しました。 その結果,やはり VKORC1 に相当する遺伝子に(独立に)辿り着きました。

Li et al. (2004) はさらに,この遺伝子を昆虫の細胞に導入し, 単独で VKOR 活性を持つことを示しました(つまり複合体で働くわけではないことを示したわけです)。

これらの研究により,長年不明であった VKOR の実態が明らかとなり, 今後の抗血栓薬の開発などの進展が期待されます。 また,Li et al. (2004) の用いた siRNA による遺伝子同定法は, 他の遺伝子のクローニングにも非常に有用だろうと評されています。

Rost, S. et al. Mutations in VKORC1 cause warfarin resistance and multiple coagulation factor deficiency type 2. Nature 427, 537-541 (2004).

Li, T. et al. Identification of the gene for vitamin K epoxide reductase. Nature 427, 541-544 (2004).

News & Views
Sadler, J. E. K is for koagulation. Nature 427, 493-494 (2004).


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病原性プリオンの同定法(2004.02.04)

プリオンには正常型(PrPC)と異常型 (スクレイピープリオンタンパク質:PrPSc)がありますが, 狂牛病(BSE)・クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)の診断や予防のためには,PrPSc の同定が鍵になります。 しかし,これまでの抗体では PrPC と PrPSc を効率的に区別できなかったようです。

ところで,最近になって,PrPSc が核酸と複合体を作っている可能性が示唆されています。 そこで,PrPSc と関わる DNA を検出する方法が調べられ, 間接的に PrPSc を同定する技術が開発されました。

この仕事では,抗 DNA 抗体などをスクリーニングした結果,OCD4 と言う抗体と, gene 5 protein という DNA 結合タンパクが,PrPSc を効率的に同定できることが示されています。

OCD4 で釣れてくる PrP のほとんどがプロテアーゼ耐性を持ち(つまり PrPSc の conformation をとっており), 従来の 10 倍以上の効率で PrPSc を PrPC から区別できるそうです。

この技術により,BSE や CJD の診断がより簡便に早くできることが期待できる上, プリオン病の研究自体の進展にも寄与するのではないでしょうか。

もっとも,PrPSc と DNA の複合体がどのような働きをしているのかが明らかにならないといけないんでしょうけど。

Zou, W.-Q. et al. Antibody to DNA detects scrapie but not normal prion protein. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 101, 1380-1385 (2004).


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アルツハイマー病の遺伝子治療へ向けて(2004.01.30)

アルツハイマー病の主犯は β-アミロイドと目されていますが, これを遺伝子導入で減らすことに成功したそうです。

Aβ(amyloid-β peptide)を蓄積するような変異マウスに対して Neprilysin(Aβ の分解酵素)の遺伝子を, アデノウイルスをベクターとして導入したところ,Aβ の増加が抑えられたとしています。 うまくいけば,この方法を応用してアルツハイマー病の進行を抑えられるようになるかもしれません。

Iwata, N. et al. Presynaptic localization of neprilysin contributes to efficient clearance of amyloid-β peptide in mouse brain. J. Neurosci. 24, 991-998 (2004).


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発ガン機構の謎(2003.08.01)

Scientific American の 7 月号の記事からです。 従来、発ガンはガン原遺伝子の変異と、ガン抑制遺伝子の変異が共に起こることがきっかけとされてきました。 (この際、転移の問題などは置いておきましょう) ところが、ほとんどのガン細胞に染色体異常が見つかることなどを考えて、 染色体異常や、ゲノム安定性の異常の方が先に起こり、 ガンを引き起こすとする考えが勃興してきているそうです。 旧来の説に限界があるのは確かなようですが、新しい考え(記事では3つの仮説にまとめられている)が 浸透するかどうかは今後の研究次第でしょう。 なお、この記事は、来月か再来月の日経サイエンスに翻訳が掲載されると思います。

Gibbs, W. W. Untangling the roots of cancer. Sci. Am. 289 (1), 48-57 (2003).


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