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単系統、側系統、多系統

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作成:仲田崇志

更新:2006年10月13日

目次




本文

「単系統」(monophyly)あるいは「単系統群」(monophyletic group)という用語と側系統・ 多系統など関連する用語は,系統解析や分類学などの論文・文章などでしばしば用いられます。しかし専門外の方には「単系統」 という用語を正しく理解していない人も多いようです。そこで系統学にとって最も基本的な概念である「単系統」 という用語について少し解説を試みてみます。なお,「単系統」という用語の定義にも研究者によって違いがあります (Ashlock, 1971; Farris, 1991; 三中, 1997)。ここではワイリー ほか (1992) の単系統群の定義を基本に紹介し, 側系統群の定義については Farris (1974) や Farris (1991) を踏まえた見直しも行っています。

まず,一般的に用いられている「単系統群」は、「ある祖先とその子孫すべてを含む種の集合体」と定義されます (ワイリー ほか, 1992)。またそのような系統を「単系統」といいます。 「単系統群」と同義で、しばしば用いられる用語に「分岐群」clade「クレード」と字訳されることも多い)という用語もあり、併せて覚えておくとよいでしょう。

おそらく文字だけでは理解しにくいと思われますので、図 1 に示した系統樹を使って解説しましょう。

図 1

この図では各アルファベットは生物の種を表すものとします(A 〜 E は現生種、P 〜 S は絶滅した祖先種)。 このとき A + B + Q は単系統です。なぜならば祖先 Q とその子孫すべてを含んでいるからです (現生種のみを扱う場合は A + B は単系統と言ってもよい)。同様に、C + D + E + R + S(図 1b)も D + E + S も、 さらに図中のすべての種を合わせても単系統になります。 逆に、図 1 にはこれ以外の単系統群は存在しません。

A 〜 E を分類する方法は、これ以外にも存在します。 例えば何らかの形質に基づいて A 〜 D をまとめた分類群 α(図 1c;すべての種から E を除いた分類群) が提唱されたとします。「分類群」taxon;複数形は taxa。しばしば「タクソン」「タクサ」と字訳される)とは「名称の与えられた生物群」(ワイリー ほか, 1992)のことです。 分類群 α の共通の祖先は P です。ところが α には祖先 P の子孫のうち E を含んでいませんから、 単系統群とは言えません。同様に A と E だけをまとめた分類群も(図 1d)、祖先 P やその子孫の一部である B 〜 D、Q 〜 S を含んでいませんので、単系統群ではありません。

単系統群でない分類群は、非単系統群(non-monophyletic group)としてまとめられ、側系統群(paraphyletic group; 偽系統群と訳されることもある)多系統群(polyphyletic group)に分けられることがあります。 側系統群と多系統群という用語の定義については議論が分かれることもあるので、 まずはワイリー ほか (1992) で使われている比較的一般的な用法を紹介します(側系統群にまつわる論争は三中, 1997 に詳しい)。 側系統群は、「ある祖先から生まれた子孫を構成要素とするグループから、一つもしくは複数の子孫が取り除かれ」 たグループです。一方で多系統群は、「共通祖先が別の分類群に位置づけられる」グループです。

しかしこの定義は必ずしも適切ではありません。それは「水生脊椎動物」というまとまりを考えればわかると思います。 脊椎動物は水生の脊索動物が脊椎を獲得して誕生したと考えられます。つまり「水生脊椎動物」は共通祖先を含んでいます。 一方で、その子孫のうち我々を始めとしてほとんどの四足動物が含まれないのですから、 「水生脊椎動物」は先の定義では側系統群になります。

図 2

ところが「水生脊椎動物」に含まれるクジラやアザラシなど、 いくつかの水生動物は二次的に陸生四足動物が水生に戻ったものです。 魚類とクジラの間には何らの直接的な進化的つながりはなく、その意味では多系統群と変わりません。 魚類とクジラの関係を考えるときに、両者が水生の共通祖先を持っていたかどうかは全く関係ありませんから、 それをもって「水生脊椎動物」が側系統群か多系統群かを区別することは無意味と言っていいでしょう。

そもそも側系統群と多系統群の標準的な定義は、形質の進化がどのようにして起こったのかを区別するために出てきました。 側系統群を定義づけるような形質は、共通祖先で獲得された原始的な形質であって、後に一部の系統で失われた形質です。 一方で多系統群を定義づける形質は収斂進化した形質になります。

このことは図 1c の側系統群は一つの囲みで示せているのに対して、図 1d の多系統群では系統群が互いにつながらない、 二つの囲みに分けられてしまっていることからも理解できるかと思います。 その意味で、複数の囲みでしか表せない「水生脊椎動物」という概念はより多系統群の考え方に近い、と言えます(図 2)。 このことは、実際に「水生」形質が収斂進化したものであることと対応しています。

今まさに議論したように、「囲みの数」で側系統群と多系統群を区別するのが、 直感的には側系統群と多系統群のイメージと良く一致します。 そこで「系統樹上で連続しているが単系統ではない分類群」「側系統群」であって、 「系統樹上で連続しない分類群」「多系統群」だと再定義したいと思います(図 3)。

図 3

系統樹上での連続、不連続は次のように言い換えることが出来ます。すなわち「単系統群から単数、 または複数の単系統群を除いて構成される非単系統群」は系統樹上で連続しています。 当然ながらそれ以外の非単系統群は系統樹上では連続していないことになります。

「水生脊椎動物」の例で考えてみましょう。この集合には例えばクジラの祖先の陸生動物が含まれていません。 ところがクジラの陸生祖先を含んだ単系統群には定義上、必ずクジラが含まれます。 ですから「水生脊椎動物」は、脊椎動物という単系統群からどんなに多くの単系統群を除いても表現できず、 「水生脊椎動物」が「多系統」であると言えます。 「水生脊椎動物」が系統樹上で連続していないことからも、水生脊椎動物の「多系統」性が納得できるでしょう。

では、ここまでの定義を整理しておきましょう。

  • 単系統群(monophyletic group):含まれる全ての生物の共通祖先と、その全ての子孫を含んだ生物の集合
  • 非単系統群(non-monophyletic group):単系統でない生物の集合
  • 側系統群(paraphyletic group):ある単系統群から一つまたは複数の単系統群を除いて構成される非単系統群
  • 多系統群(polyphyletic group):側系統群でない非単系統群

なお,この定義では絶滅した祖先群までを含んでいることに注意してください。分岐学の立場からは、 末端についてのみ系統群を議論することもあります。そのような考え方に基づいて、Farris (1974) や Farris (1991) は機械的に側系統群を定義する方法を示しており、現在広く用いられています。ただし実用的には、 この定義はここで示した定義とさほど変わらない結果をもたらします。

蛇足ながら、古典的な定義には、「ある単系統群から一つの単系統群を除いて構成される非単系統群」 を側系統群としたような定義もあります(Nelson, 1971)。これは指し示す範囲が狭すぎて定義としては不適当ですが、 この定義に当てはまる系統群はほとんどの側系統群の定義を満たす、ということは覚えておいてもいいでしょう。

系統学の分野では綿密な議論や定義が飛び交っていたようですが(三中, 1997)、単系統群、 あるいは側系統群の中で共通している形質は、 その群の祖先形質と考えられるのに対して、 多系統群にのみ共通している形質は収斂形質と考えられるということが最も重視されていることには変わりないでしょう。


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参考文献

Ashlock, P. D. Monophyly and associated terms. Syst. Zool. 20, 63-69 (1971).

Farris, J. S. Formal definitions of paraphyly and polyphyly. Syst. Zool. 23, 548-554 (1974).

Farris, J. S. Hennig defined paraphyly. Cladistics 7, 297-304 (1991).

三中信宏 生物系統学 (東京大学出版会, 東京, 1997).

Nelson, G. J. Paraphyly and polyphyly: Redefinitions. Syst. Zool. 20, 471-472 (1971).

ワイリー, E. O., シーゲル-カウジー, D., ブルックス, D. R. & ファンク, V. A. 系統分類学入門 (文一総合出版, 東京, 1992).


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