ジョン・クリーズ(John Cleese)

珊塔が見ているソロ映画・TV

『フォルティ・タワーズ』(TV/75年/日本での放映は79年にテレ東で)
『ワンダとダイヤと優しい奴ら』(88年)
『危険な動物たち』(97年)
『ラットレース』(01年)
『チャーリーズ・エンジェル/フルスロットル』(03年)

『ハリー・ポッター』
管理人は最初の2作を持っているものの、1作しか見てません。ほとんど首なしニック役。1作目を見る限り、それほどでては来ないです。
『007』
ジョンが出ているのは「ワールド・イズ・ノット・イナフ」から。Qの後継者Rとして出て来ましたが、次作までのあいだにQ役の方が亡くなったので、今はジョンがQの位置に。

(輸入版:「Mr.Toad's Wild Ride」はテリー・ジョーンズの項,、「Splitting Heirs」はエリック・アイドルの項)

 身長196センチと、メンバー1大柄。
 子供の頃から大きく、12歳で180cm以上だったそうで、そのせいでからかわれることもあり、処世術として笑いのセンスを身につけていったそうです。サッカー好きな少年だったとのこと。
 大きな身体を生かして繰り出す、「シリー・ウォーク」スケッチは圧巻。
 権威的な役柄も、背の高さと風貌にピッタリです。

 パブリックスクール時代は、家の経済的事情などから寮には入らずに通学していたそうです。16歳で入学許可は得たものの、戦後、大学進学者が増えて待つことになり、2年間、小学校の教師をしてから、ケンブリッジ大学へ入ります。法律を専攻。

 ケンブリッジ大の有名コメディ・サークル、フットライツで出会ったグレアム・チャップマンとは、その頃からコンビを組んでいました。フット・ライツ入部後すぐに才覚を表したジョンは、業界の仕事もするようになって、法律専攻を生かす就職もあったというのに(しかもそのレールに乗れば政治家になれるような!)、それを蹴ってお笑いになった人。BBCのほうが初任給が良かったからと、ジョンは言っています。

 TVシリーズは第3シリーズで抜けました。第2シリーズ時から番組のマンネリ化を感じはじめていたジョンは、TVシリーズにも時々出演していた最初の奥さん、コニー・ブースと組んで脚本を書き、「フォルティー・タワーズ」で最初にソロ活動で成功しました。 

 ジョンはなんでもない一言どころか、コンマをどこに打つべきか、台本から削るか残すかというだけで、丸一日考えるような人なので、『フォルティ・タワーズ』の台本は、コニー・ブースと共に長時間をかけて練りこんでいったそうです。言葉の使用法だけでなく、何に関してもきっちりとした彼は、待ち合わせの時間なども予告した丁度の時間に現れる几帳面さで、「コントロール好きの知性派」とは、テリー・Gの言葉。そのせいで情熱的なテリー・Jとしばしば衝突したのだろうとも、テリー・Gは考えています。
 ジョン自身も、自分とテリー・Jがグループ内で最も強烈な性格をしていた、と思っています。彼はグループを、兄弟のような関係、と喩えています。 

 ジョンはアル中だったグレアムの相方であるという点で、「問題を抱えている」と感じてもいましたが、元々、あまり積極的に動くことをしないけれども突然のひらめきを起こすグレアムのやり方にはなんの文句もなかったようです。

 今は三番目の奥さんと連れ添っていて、精神科医である奥さんと本を共作しています。
 大学で教鞭をとることもあるそうです
 脚本・出演をした『ワンダとダイヤと優しい奴ら』(1988年)では、コメディでは珍しいアカデミー賞主要三部門ノミネートをされ、この映画からコメディ進出したケビン・クラインが助演男優賞を受賞しています。 

 最近では『ハリー・ポッター』のほとんど首無しニックや、『007シリーズ』でQの後継者R役、『チャーリーズ・エンジェル・フルスロットル』で、東洋人のルーシー・リュー演じるアレックスの父親役(!)などの、大作娯楽のアクセント的役柄もしています。

 ちなみに、もしも自分の作品が失われるようなことが合った時になにを救いだしますか?、と問われたジョンは、気に入っているものを上げながらも、「全部燃やしてしまう。私は過去を振り返るタイプではない」と答えています。

参考資料
「モンティ・パイソン大全」
「モンティ・パイソン・スピークス!」
「パイソン・ナイト」
「テリーギリアム映像大全」  など