SCENE8
「ここですね」
コウの言葉に対しキザワは、無言でうなずいた。
「蟻達はどうしたんでしょうね?追ってこないのも逆に不安になります」
「あのまま追ってこなかったといことは、進むことは危険と感じたのだろう」
「そうですね。昆虫はもともと危険察知能力が優れていますからね」
「特に、蟻は嵐がくることを事前に予想して、巣の周りに土などで防波堤を作るという話を聞いたことがある」
「ということは、ここが危険な場所と判断したわけですね」
「そういうことになるな」
2人がトンネルを抜けると、そこには巨大な空間が広がっていた。
その空間は、ドームのように半球状の形をしており、地面には人の体ほどある岩が、ごろごろと転がっている。そして、その荒野の中心に小さな施設が存在した。
それは今回の二人の目的地であった。
二人は戦略ミサイル基地の手前に来ている。
この基地は、もともと地上の文明が存在したころある国が、極秘で建造したミサイルの製造・発射を行うための施設であった。地上文明がまだ存在したころ、地下深くにあったこの基地は明るみに出ることはなかったが、地下都市計画が進んでいったころ、もっとも力のある国のトンネル開発の作業員達に発見された。そのときはすでに基地は、運営されておらず、まただれも人もいなかった。もっとも力のある国は、このことを問い詰めようとしたが、その国の指導者はもうおらず、またその基地の開発、運営などにかかわった人間を探すのも、もはや不可能であった。最も力のある国は、この基地がテロリスト達にわたることを恐れ、地下都市計画のトンネルがこの基地へとつながらないようにしたのである。そして、基地の設備はそのままにしたが、基地が再び作動しない措置をとり地図から消した。
二人は、基地から見えない位置の岩陰に隠れている。
「さっきの振動、やはりミサイルが放たれたことを表しているのでしょうか?」
「恐らくな」
「じゃ、一体誰が?何のために?そして、どこを目標に?弾薬は?通常弾頭?まさか核じゃ」
キザワは鼻の上に人差し指をつけ、コウに声を下げるように合図をした。
「まぁ、熱くなるな。とりあえずコントロールまで、行かなくてはわからない」
そのジェッシャーの意味を十分理解したコウは、トーンをさげた。
「どこかの組織が、かかわってきているのでは?」
「だとしたら少し厄介だ。2人で張り合うのは無理だ」
事の重大さを非常に理解ししたキザワは、額にしわを寄せた。真剣そのものといったその表情は、一旦はコウを動揺させたが、すぐに冷静さをとりもどさせた。コウの頭脳は、急速に回転を始めた。さまざまな選択肢が生まれ、それがシミュレートされ有益なもののみが残っていく。数分もかからなかった。コウは、最も安全な選択を提案した。
「一旦会社に連絡しましょう。そして、出直しましょう。今回、僕達の任務は、このミサイル基地の調査だけですよ。深入りはしないほうがよさそうです。会社になんらかの組織が、占拠し使用していると連絡しましょう。会社の戦闘を専門とする特殊部隊が、なんとかしてくれますよ。それに、本当にやばい組織だとしたら、周りの企業と連結してなんとかなりますよ」
コウは背中にしょっていたバックから、横20cm、縦15cm、幅2cmくらいのノートパソコンを取り出した。そして、それを開きながら目の前の地面に置くと、本体の右上にある起動スイッチを押そうとする。
が、そのときキザワがその手を払った。
「まて!ネット通信を使うのはまずい。もし、基地の中にいるやつらが端末送受信信号を、検出する装置を使っていたらどうする。すぐに重装備をした奴らがやってくるぞ」
「ですが……」
「いいかコウ。物事を推測するときは、最悪な場合を考えるんだ」
コウは、キザワのそのすごみのある押し殺した口調に一瞬だじろいだが、やがて納得した顔をするとノートパソコンをバックにしまった。
「さすがに、慎重ですね」
「長生きするためのコツだ」
「なるほど、元特殊部隊らしい言葉ですね」
コウは尊敬の意を込めて言ったつもりだったが、キザワは遠くを見て黙り込んだ。それは誰が見ても明白なことで、触れてほしくないことを触れられたときの態度そのものであった。
それを見たコウは、金縛りにあったように体を硬くして何も言うことができなかった。しかし、そんなコウを気遣ってキザワは微笑みながら言う。
「まぁ昔のことだ。今は、しがない外回りのサラリーマンだ。おもりもしなきゃならんし」
キザワの笑顔とそのおどけた態度は、コウの金縛りを一瞬で解いた。
「おもりって、僕のですか?それに僕達は、外回りのサラリーマンとは違いますよ。僕達は調査団。使われなくなったり古くなった区画に赴いて、その区画の状態、壁の強度や荒廃度、さまざまな観点から、その区画の再利用の可能性を見いだして、少しでも人類の生存に貢献しようとする仕事ですよ。もちろん、僕は企業で外回りをしている方を尊敬しています。企業の利益ために他の企業へと長いトンネルを移動したり、けなされても踏みにじられたも、我慢して、敵性の企業に取引を持ちかけて、殺されそうになったり、監禁されたり、本当に並大抵のことじゃできないことだと思います。で、僕は僕の仕事に今、誇りを感じてますよ。今回なんか本当にえらい目に会っていますが……。なんといか、貢献とかそういうのだけじゃなくて、あ〜、だから〜、なんていえばいいんだ」
「男の仕事っていうやつか?」
「そうそれです。少し古い言葉ですね。でも、近いとしたらそれです。昔の区画に行く時とか、始めてみるところへ行くのは、なんか胸が躍るような気がしませんか?今回も散々な目にあっときながら、わくわくしてますよ。昔のミサイル基地を見れるんだってね」
「なんか、お前らしいな」
キザワは無邪気に話すコウにをみて、少し笑ってしまった。なぜなら、数年前のことを思い出したからだ。
数年前、キザワは特殊部隊の隊員でありながら、戦闘術を教える教員として大学に席を置いていた。企業の経営する大学であったので、卒業したらすぐに企業で役に立つ人間を形成するために、勉学だけでなく、運動などの肉体的な鍛錬もやらされるのである。
コウはそのときの生徒であった。キザワの担当した基礎運動実践の講義で、コウは人より格闘技が劣っていた。そのときキザワは、やられても何度も訓練をつづけるコウに特殊部隊などにはいる場合でなければ、そんなに熱心に取り組む必要はないと言った。コウは体を使うのは得意ではなく、むしろそれは苦手なくらいで、頭を使ったことの方が得意であったからだ。そんなわけで、将来は頭を使う分野で活躍するだろうし、無理にやりすぎて体を壊してしまったのでは、意味がないと思ったからだ。適度でよいと思っていたのだ。
しかし、コウは決して手を抜こうとはしなかった。あるとき、自虐とも言えるくらいに、うちこむコウにその理由を聞いた。そのとき、コウはキザワに自分の夢を語った。そして、自分には体も使うことも必要なのだといった。キザワは、その珍しい、ある意味奇妙な、そして純粋な若者の言葉に心を打たれた。そして、熱心に粘り強く指導した。
コウの辛抱強さも支えとなって大学を卒業するころには、そこそこに体も出来上がり、一般的な人よりいくぶんか格闘技に長けた人間になった。
コウが、うれしそうに自分の夢を語っていたときの顔を思い出してしまった。あの頃とまったく変わっていない顔だった。
コウは、その数年後に念願の今の部署に配属されることになる。そこで2人は再開する。そこから、今のこの関係が続いている。
コウは、隣でディジタルカメラの機能を持ち合わせたスコープを使って、施設の様子を窺っていた。
「お、あれが入り口かな。ん、あれは、あ、排気のパイプだな。なるほど、なるほど。アンテナがないところをみると、ケーブルで通信を行っていたのかな?」
コウは、施設の特徴的なものをみつけると、丁度右手の人差し指付近にあるシャッターを押す。小さな機械音は、メモリにデータが保存されたことを告げた。
「周りに見回りがいませんね」
施設の端から端までを観察したコウは、カメラの倍率をさげながら言った。
「組織的なことではないということか?組織的な行動であれば見回りが、必ずいるはずだ。コウ、あの施設を起動させるのに、最低何人が必要だ?」
「そうですね。資料によると、あの施設のさらに地下に小型の原子炉があって、それで理論的には永久に活動できる施設ですから、起動させるのはそんなに大変なことではないはずですよ。基地のオペレーションをできる人が20人、いや、やろうと思えば数人でも可能ですよ」
「じゃ、ミサイルを射出するには?」
「そっちは、もし数人で行なったら、相当かかるでしょうね。システムの起動、使えるミサイルの確認、射出口へのミサイルのセット、入力コードの確証、前もって行なっていた可能性もありますが。しかし、……」
「しかし?」
「もしかするとですよ。いや、可能性がないとはいえないことで、今の時代の進んだ技術なら、数十年も前の施設を操るのに、1人で、しかも短時間で可能かもしれないということです。ここの、存在を知っていたとして、前もってシステムの起動、発射の準備までのプログラムを携帯端末に入れておいて、今、ここでそれを行う」
「それが可能だとしたら、ミサイル発射のためのコードを見つけるのも簡単にできるだろうしな」
「そうです。コードの発見は、僕でも今、この端末で簡単にできるでしょう」
コウは最近購入した自分のノートパソコンを自慢するように軽く叩いた。その時、アナウンスが流れる。
「ただいま、サイトの冷却中、第2攻撃の準備完了まであと20分。係りのものは持ち場で待機してください」
そのアナウンスの女性の声は、機械により作られたものであったが、軽やかな癒しの歌のように、やさしく透通ったものであった。その内容は、それとは正反対であったのだが。
「第2攻撃?あと20分?」
辛うじて声を出すことができたコウの隣で、キザワが叫んだ。
「コウ!もう見つかってもなんでもいい。企業に連絡しろ」
「はいっ」
短く返事をしたコウは、ノートパソコンを取り出し起動スイッチを入れる。ハードディスクの軽やかな囁きの数秒後に、軽快なメロディーと共にディスプレイにオペレーティングシステムが、立ち上がったことを示す画面が現れた。コウは慣れた手つきで、2台のパソコンが電波によってつながれているアイコンをクリックし、アプリケーションが立ち上がったのを確認するとconnectというボタンをクリックする。
「つながれ、つながれ」
画面の下部のタスクバーに端末と端末の間を電波のようなものが、行き来しているアニメーションが現れ、その下に小さくnow connectingと表示されている。
「少し遅いな。やっぱり、距離があるからな」
この端末の通信方法は、地下都市計画化の最中に、発案されたもので、企業間のトンネルに数100m間隔に、アンテナの役割をもつ受信、送信をかねた通信端末を設置して、地上文明でいう電波通信方式に酷似している。その利用可能圏外では、自分の今いる場所から一番近い装置を探して接続をする。そのために今時間がかかっている。
コウはパソコンから出ている20cm位のアンテナの位置を来た道の方へ向けた。このようなことをしても、理論的にはその転送速度は変わることはない。そんなことを知りつつもそれを行うコウから、あせりの色は容易に読み取れた。
「お、来たッ」
端末間の電波の画像が、二つのパソコンをつなぐケーブルの画像に変わる。しかし、その瞬間、警告音と共に新しいウインドウが現れた。そのウインドウにはdisconnectの文字が並んでいた。
「おかしいぞ。もう一回」
コウは再び同じ作業を行う。が、結果は同じであった。
「……だめだ」
「どうした?」
「つながりません。企業につながりません」
コウは、泣き出しそうな声で言った。
「電波がとどかないんじゃないのか?」
「いや、それはないですよ。もし、そうなら、違う表示がされます。考えられるのは、えぇ〜と、端末が正常に作動しているということは、ジャミングではないし、パソコンの設定が違うってのも考えられないし。う〜ん、会社のサーバーが調子が悪いのかな?」
「じゃ、コウ。友好企業のチェインカンパニーに連絡をしてみたらどうだ」
「わかりました。やってみます」
コウは、アドレスを打ち直す。そのとき、キザワはコウの頭の後ろに、円軌道を描くように漂っている赤い点を発見した。キザワには、それが何であるのかすぐにわかった。特殊部隊として、戦場に何度も赴いたことのあるキザワにとって、それは珍しいものではなかった。
レーザーサイトである。
キザワは声を出すより先に、コウを横に押しのけた。その瞬間、ピッシュというという短い音が、目の前の岩で生じた。弾がコウの頭からそれて、通過したのだった。
キザワは、コウを無理やり起こすと、近場の岩陰に隠れた。キザワは、弾の軌道から大体の敵の位置を理解した。前を見ると、岩がごろごろとしていて、それが基地の入り口まで続いている。
キザワは、あわただしく移動する足音を聞いた。そして、経験からそれが慣れた者の行動であることがわかった。
「3人……囲むように移動中。ご丁寧にサイレンサーつきか」
キザワは苦笑いしながら言った。
「コウ、後ろから、何者かが来ている。確認しないで、いきなり撃って来たといことは、つまりそういうことだ」
「ミサイルを使った奴らということですか?」
「恐らく。コウ、今、第2攻撃を阻止できるのは、俺達以外いない」
「えぇ〜」
キザワは、ジャンバーを脱ぐと、小さく丸めた。そして、コウの耳元まで顔を近づけて小さく言った。
「とにかく、コントロールまでいくしかない。あの入り口まで走るぞ。常に岩が背中にある状態にしておくんだ」
そういと、キザワは脱いだジャンバーを数メール先の岩の方へ投げた。すると、すぐにジャンバーに無数の穴が開いた。
「コウ!」
コウは、その瞬間にとびだした。コウは言葉にならない声を漏らしながら、必死に駆け出す。近くの岩に弾の着弾した音がする。
コウは、時間がゆっくりと流れているような錯覚に陥った。
(いやだ、いやだ)
「コウ、右の岩だ!」
(右、右)
また、近くで弾が着弾した音がした。
(今度こそ、弾があたったんじゃ?あったたよ、もうだめだ)
岩陰にコウは倒れこむ。
(死んじゃうの?)
「コウ。起きろ!」
(先生。無理だよ。だって、打たれたんだから)
「コウ。起きろ!次が来るぞ」
「あ、先生。もうだめだ。死にたくない」
コウは、命の灯火が消える寸前のような声をだした。
「何を言っているんだ。あと、少しだ」
(先生。そんなこと言ったって、傷が痛くて……)
コウは弱弱しく、はらのあたりを手でおさえた。
「腹がどうかしたのか?」
(先生。見てよ。この手、腹から、血が出て……ほら……って、血がでてない)
「傷が……ない?」
「どうした、どこかに弾があたったのか?」
「えっ、おなかに。あれっ」
(もしかして、当たってなかったの?当たったつもりになってたのか)
「いえ、大丈夫です」
コウが安心できたのは数秒のことだった。コツという音と共に、二人は足元に何かが落ちてきたのを感じた。野球ボールくらいの緑色の物体。手榴弾だった。
コウはそれがなんであるのかわかると、今まで熱かった全身の血液が一瞬にして凍り付き、一気に足元まで落ちていくような感覚に襲われた。そして、それは足を踏み出させるのを妨害した。コウは終焉を予感した。
だが、この出来事を異なる風にとらえた人物が、すぐとなりにいたのだ。キザワは、その瞬間を見逃さなかった。キザワは頭の中で敵と自分達の位置をマッピングし、さらに敵の次の行動をもシミュレートをした。それは一瞬のうちであった。次の瞬間、コウを引きつれ爆風に巻き込まれない位置を確保すると、爆発と同時にその場所に、スタングレネードを置いた。そして、爆煙にまぎれて、一気に進んだ。
数秒後、二人を追っっている人間達は、爆風に乗じて一気に詰め寄ってきた。しかし、そこには人影はなく炸裂直前のスタングレネードだけがあった。それに気づいたときはすでに遅かった。濃縮された光と音は、そこにいた者達の視界を奪うには、十分過ぎる強度を持っていた。
2人の背後で複数のうめき声が聞えた。
二人は施設の入り口まで一気に流れ込んだ。外見だけでは、決してミサイル発射施設だと思えないような地味な建物は、入り口もまた地味であった。どこにでもあるような簡単なつくりの自動扉は、二人が近づくとすぐに開いた。
少し広いホールであった。
上へのらせん状の階段が右手の方向に見え、外壁にいくつかの鉄の扉が存在した。
入り口のすぐ左に受け付けらしきカウンターがあった。そして、キザワはその背面にかけてあった地図をはぎとると、声を張り上げた。
「ここが、コントロールルームだ。急ぐぞ!」
「敵は?」
らせん状の階段を駆けあがっている途中、コウが息を切らしながら言った。
「侵入者がいるのに、何もないのはおかしいですね?」
「しかし、足音がしない。追ってくる物がいない。……どうも、いやな予感がする」
「勘ですか?」
「いや、経験からだ」
キザワはそう言うと、再び施設の地図に目をやり低い声で言葉を発した。
「右の一番奥の部屋だ」
二人は音をできるだけ立てないよう、そして、素早く、スキップをするように扉に近づいていく。
すると、その場内にアナウンスが流れた。
「現在、第2攻撃の準備中。完了まで後10分。完了後自動的に攻撃を開始します」
二人はそのアナウンスが終わる前に、自動扉をあけ突入した。
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