SCENE6



  
 暗い空間。
 どの方向を見ても目に入ってくるのは黒い色のみ。
 耳を澄ましてみるが、何も聞こえない。
 とりあえずまっすぐ歩いてみる。
 何も存在しない。
 突然、目の前に何者かが現れる。
 それは人であるようだ。しかし、見覚えがない。
 座っている。
 ひざを曲げ、両手でそれを抱え、顔をももに当てていて顔が良く見えない。
 黒い光沢のある長い髪が、肩や背中を伝って、床についている。
 そっと、その子に手を差し伸べようとする。 
 反応がない。
 そうではない。
 手を伸ばしているのだが、その子に届いていない。
 何度も手を伸ばしてみる。
 しかし、届かなかった。
 その手を止めてその子を見ていると、後ろから声が聞えた。悲しそうな声であった。
「無理よ」
 後ろを振り返ると年齢が6〜7歳くらいの少女が立っていた。この少女にも見覚えが無い。少女は悲しみに満ちた茶色い瞳をゆっくりと閉じて、左右に首を振りながら言った。
「その子にはかまわないほうがいいよ」
 少女は、目と同じ色の短くしなやかな髪に、軽く手をやると表情を変えた。母親が、子供に与える温かくて安らかなそれであった。
「ねぇ、私といっしょにいよう。いままで、つらかったでしょう?」
 少女は微笑みながら両手を広げる。
 引かれるようにその子に近づいていく。
 こちらも少女にむかって手を伸ばそうとする。
 手と手が触れ合おうとするその瞬間。
 衝撃がはしる。
「キャッ」
 その子が叫んだ。
 すると、その少女との距離がだんだん離れていく。
「あっ、まっていかないで!いっしょにいようよ。まって、まってよ」
 その子の声がだんだん小さくなっていく。



 やがて
 Lは、ぞくっとする感覚と共に目を覚ました。
 体に、鈍い痛みと気だるい熱を感じた。
 体が上手く動かない。
 もがいてみる。 
 そこで初めて、Lは体を横たえていたことに気づいた。
 Lは、ゆっくりと上半身を起こした。
「ここは?」
 そこには、まったく見慣れない景色が広がっていた。
 四方を壁で囲まれた小さな部屋であり、そこには物という物が何も存在しなかった。唯一確認できたものは、四方の壁の一面に存在する扉だけだった。Lは、楽な姿勢になり少しこれまでのことを考えてみる。
(私はここでなにをしているの?……任務中?)
「何の?」
(今私は何をしなければならない?誰を殺さなくてはならないの?思い出せない……まずい。思い出せない。資料もない。何をすればいいの?)
 Lは、もう一度記憶をさかのぼった。そして、重大なことを思い出した。
(違う!私は自由になったんだ。あの企業から抜け出せたんだ)
(じゃ、ここはどこ?なんでこんなところに?そうだ!私は養子になるはずだった。確か、車に乗った。男が運転していた。とても、優しい話し方をする男だった。私が話さないで黙っていると、私を貰ってくれる人達のことを話していた)
 Lの脳裏に、アンドレイと名乗った優しそうな初老の男の顔が思い浮かんだ。
(やさしい人達といっていた。他には私が来ることを楽しみにしているといっていた。おいしい食べ物を用意しているともいっていた。でも、私はどんな言葉で返せばいいのかわからなかった。だから黙っていた)
(そうだ。そして、飲み物はどうかと聞いてきた)
(他に話すことがないので、私は、はいと言った)
(その後は?)
(わからない。寝ていたの?)
 Lはとりあえず立ちあがると、吸い込まれるように扉の方向へ歩いていった。
(もしかして、もう着いたの?でも、まさかこんな場所ではないはず)
 扉に近づくと扉は自動で開いた。
 

 そこは広い部屋であった。
 ちょっとした劇場くらいの広さである。
 まず目に付いたのが、たくさんの薄型ディスプレイだった。Lが両手を広げてもおおい切れないくらいの大きなものから、どこにでもあるような小さなものまでが、壁のいたるところに存在している。
 それらには電力が供給されており、それぞれが何かの表示を行っている。Lにはそれらが何を表示しているのか、まったくわからなかった。大きな薄型ディスプレイの一つに、地図のようなものが確認できた。それは、大陸であり、つまりそれは地上の世界を表しているものだった。もちろん、Lにはその大陸の名が何で、どこに存在するのかなんてわかるはずがない。
 なぜなら、この時代に大陸を示した地図など存在しない。現在の地下世界で地図といえば、企業の存在場所と連絡通路がどこがどういう風につながっているか記した地図になっている。
 また、その部屋にはたくさんの横長のディスクが規則正しく並べてある。そして、そのディスク上にはたくさんのコンピュータが置かれていた。それらの形状はLは初めてみるが、いままで見たことのあるどのコンピュータよりずいぶん旧型に見えた。それらはすべて起動していて何か動作をしているようであった。
 Lは、次にその変わった部屋の構造に気づいた。それは扇方のような形をして、扇の中心方向に向かって足場が高くなっていく。Lはこの構造に似た部屋を見たことがあった。それは、シャトルの管制室である。それは、Lの唯一の趣味である火星のパンフレット集めのおかげで、すぐに思い浮かんだ。中央の大きな薄型ディスプレイに巨大なシャトルが映し出され、それを打ち上げるため忙しく作業を行う人々。人が存在しないという点を覗けば、その場所はシャトルの管制室とかなり酷似していた。
 だが、シャトルの管制室とはどこか違った。どこがどのように違うのかという明確な答えは、Lにはすぐには用意できなかった。
 情報を伝えるたくさんのディスプレイ、それらの情報を管理し操作するためのたくさんのコンピュータ、指揮をとりやすいように作られた部屋の構造、それらからLはここが何かの司令部のように思えた。
(ここが、もし司令部だとすると一体何をするための司令部なの?ディスプレイを見ると、上の世界の地図がうつしだされている)
 Lは、あるディスプレイ中の地図に×印がついているのを発見した。その場所が、どこなのかわからないので、気に留める必要は無いと思った。
 しかし、その印をよくみると、その印から線が伸びていた。その瞬間、その印とその線の意味が直感的に浮かんできた。
(まさか、この印は攻撃のポイントを表しているの?そして、この線は何かを飛ばした軌跡?)
 攻撃と軌跡という二つのキーワードから普通の人ならあるものを連想する。
「ミサイル?」
 Lの背筋に冷たい汗が流れた。突然、その部屋にアナウンスが流れた。
「現在、第2攻撃の準備中。完了まで後10分。完了後自動的に攻撃を開始します」
「攻撃?」
(ここは一体どこなの?攻撃の準備中?まさか、以前の世界にあった戦争をするための基地?)
 突然、横の自動扉が開いた。  


BACK/NEXT



TOP