SCENE10



 鼓膜を破るほどの音量と共に、ロックされていた扉が吹き飛んだ。
 二人は体を本能的に屈めた。吹き飛ばされた扉の破片と煙が、視界を完全に消し、二人はその場に留まることしかできなかった。そして、唯一外の情報を捉えることができた耳というセンサーは、たくさんの足音があわただしく鳴り響くのを聞いた。
 コウが次の動作を起こそうとした瞬間。
 自分の体が中に浮いた感覚を得て、次の瞬間、下に叩きつけられ、鈍い音とおもに体中に痛みが走った。
 コウは低い声を漏らした。
 気が付くと、目の前に黒い物体がたくさん並んでいた。ピントがあうと、それが何なのかすぐにわかった。銃であった。それも、連射性のあるマシンガンタイプの銃達であった。おもわず、両手をあげるコウ。そして、今自分が壁に背をつけて座らせているのを気づいた。その横にLが、同じ体勢で銃を突きつけられていた。
 コウに3人、Lにも3人づつ銃を突きつけている人間がいた。黒いブーツに赤と茶色の迷彩服、頭にヘルメットとゴーグルという戦闘をすることを前提としたいでたちから、その人間達が戦闘員であるということは明らかだった。その6人の後ろにも2人同じ格好の人間が立っていた。
 2人の内の一人がコウにゆっくりと近づいてきた。右肩にmist companyとロゴが入っていた。
 それを見てコウは、一つ思い出した。ミストは、医療事業を中心に業績を伸ばしている企業であるといこと。コウの所属する宮浦とは敵性というわけでもなければ、友好というわけでもない位置の企業だった。
(ミサイル発射を聞きつけて、ミストが原因を確かめに来たんだな。なんとか助かった)
 コウは安堵の息を漏らすと、はっきりとした口調で切り出した。
「あの、僕達は」
 だが、コウの言葉は即座に打ち消された。
「お前達二人を、テロリストとして連行する」
 まったく予想していなかった言葉にコウは、ぽかんと口をあけた。コウがその言葉の意味を理解しようと考えをめぐらせていると、扉から違う男がやって来て興奮気味に言った。
「ありました。確かにその女が発射ボタンを押しています。コントロールルームの記録用ビデオにはっきりと写っています」
「女のDNA鑑定は?」
「いま行なっております」
 別の男がはっきりと答える。
 Lの方を見ると、それとは別の男がLの血を採取して、持ってきたパソコンで解析を始めた。コウは自分達がミサイルを使ったものと思われているのを感じた。そして、大声を上げて反論した。
「まってください!僕は宮浦の調査員です。IDもちゃんと持っています。この施設を調査に来ただけです。その途中でミサイルが発射されているのがわかって、慌ててここに駆けつけたんです。それで、ここに来る途中で、武装した集団に殺されそうになりました。いきなり発砲してきて、見かけませんでしたか?だから」
 必死なコウを無視して、男が口をはさむ。
「その男が、基地のシステムを立ち上げている映像も記録に残っています」
 Lの血を調べていた男が言う。
「照合が、完了しました。遺伝子レベルで一致しました」
「ここに基地を操作した端末を発見しました」
 そういうとコウのノートパソコンを指差す。
「証拠がでそろったな」
「我々はミストの緊急時特別作戦部隊である。お前達を、宮浦攻撃の主犯として逮捕する」
 その言葉を聞いて、コウは自分の耳を疑った。が、確かにその男はそう言った。宮浦攻撃の主犯と。
「な、なんだって、宮浦が……攻撃された?ミサイルに?」
 コウは体の熱が急に発散していき、自身の体が金属のように冷たく固まっていく感覚を得た。
「ちょっと、待ってください!宮浦が、僕の企業がミサイル攻撃に、放せ、話をきけ!」
 話をまったく聞こうとしないミストの隊員達にコウは、必死に抵抗した。Lは3人に囲まれ腕を押さえつけられると、それに静かに従った。
 冷静に状況を判断して、一時的に言うとおりにしたわけではなかった。それは、深い絶望からくるものであった。
(まただ、いつも、そうだ。また、だまされた)
 Lは、下唇を力いっぱい噛み付けた。となりでは、コウが必死に抗議している。
(私がいてもいい場所、いても何も言われない場所、私を気にしてくれる人、幻想だった)
 Lの体が悔しさと絶望感で震えた。
(私は、やさしさという餌に、何も疑問を抱かずに食いついてしまった)
 Lに唇から血が流れた。
(わかっていたはずなのに、わかっていたはずだったのに、でも)
 抵抗するコウに対して、ミストの兵士は銃で殴りつけた。
(今度こそ、本当に、信じてみてもいいと思っていた)
 銃は、コウの顔の柔らかい部分の肉をさいた。コウの目の下から鮮やかな色の血が滴り落ちた。
(いつも、同じだ、今度は、今度こそは、と思ってもいつも結果は同じ)
 その瞬間、Lが突然暴れだす。
「返せ!返せ!私に返せ!」
 不意をつかれた男達はLの攻撃を食らってしまったが、他の男達がいっせいに銃で殴りかかった。もちろん、Lはかなうわけはなく、その場に崩れるのだった。



 Lとコウは、抵抗もできずに施設の外にだされた。
 施設のすぐ外には、装甲車が3台止まっていた。装甲車の側面には、大きくMISTとう文字が描かれており、いつでも行動できるようにエンジンは稼動していた。コウとキザワの通ってきた方から来ているようだ。
 コウはここで、戦闘が行なわれたことを言い張ろうとした。岩にある弾痕や、手榴弾の痕などを材料にして。しかし、コウとキザワが施設に突入する際に通ってきたところに、装甲車が岩を砕いて通った痕があった。コウは唖然とした。そして、一つの思いつきが生じた。
 このミストの兵士たちが、さっきの敵なのでは?しかし、それを証明する方法など考えつかなかった。さらに、さっき襲われた集団の姿をはっきりと見たわけではなかった。
 2人は背中に銃を付きつけられ装甲車の後方部につれていかれた。男達は「のれ」というと、背中を銃で軽く叩いた。コウが荷台に片足を乗せようとした瞬間、装甲車が急にバックをした。
 2人を押さえつけていた男が、跳ね飛ばされる。コウも少し痛かったが、取り巻きが倒れた。
「コウ!早くのれ」
 装甲車の運転席にいたのはキザワであった。2人は急いで、荷台に乗る。そして、装甲車はうるさいくらいのエンジン音を立てると暴走した野獣のように走り出した。この装甲車は軍事兵器を中心とした事業をしているソニックユニット社の装甲車であり、主に人員輸送を行なう目的で使われている。特徴は、水中を除くあらゆる地形を走れるように設計されたゴムのような新素材を利用して作られたキャタピラである。そのために、戦車などと比べられないほど、速く走れる。しかし、戦車なみのパワーを兼ね備えている。また、でこぼこした地形でも、地面に沿って可変するのキャタピラで問題なく進める。そして、何もない平坦な道では最高時速115キロを出したというセールス文句もついている。旧世界のイギリスの兵員輸送車MCV−80をモチーフに作られたその装甲車は、主砲こそないが、ほぼ全方位を砲撃できる30mm機関砲を2門取り付けていて、その装甲の強度は驚くような値である。乗員は3名(運転手×1、砲撃手×2)、輸送可能人数は8人という合計11人が乗れる収納能力も魅力的である。
 装甲車は岩のごろごろした荒野を、肉食獣がうなるような轟音で走っていた。ときどき、岩にぶつかり大きな衝撃をうけるが、順調に進んでいる。
「先生、後ろにつけられました」
 荷台の窓から後ろを見て、車内無線で運転席にいるキザワに連絡をとる。
「何かに、つかまってるんだ!」
 装甲車が急に右に曲がる。その時、荷台の扉からカンカンカンという無数の甲高い音が発せられた。発砲された弾が当たったのだった。しかし、装甲は厚く、並みの砲撃ではその装甲を貫くことはできない。
 キザワは、コウと分かれてから、一旦施設の外に出て、来た道以外の抜け道を探していたのだった。そこに今車を走らせている。施設に戻る途中にミストの兵隊を発見したが、何か違和感を感じ、接触をしなかった。そして、違う入り口から入り、様子をうかがうと、コウと知らない女の子がテロリストとして連行されているのをみて、違和感が確信に変わったのだった。2人は身代わりにされているのだと。そして、早く外に出て、装甲車を頂戴したのだった。装甲車の周りに3人見張りがいたそうだが、さすがは元特殊部隊といったところか。瞬く間に、3人を気絶させると、岩陰に隠しておいたそうだ。
 Lは、荷台の端っこに座っていた。コウがその前まで行き
「大丈夫。逃げられるよ」
 と言った。その時、目が合う。しかし、Lは何も言わずに、そっぽを向いてしまう。コウはばつの悪そうにし、車内無線で再びキザワと連絡をとる。
「先生。宮浦が、僕達の企業が……」
「あぁ、奴らが話しているのを聞いた」
「僕達はどうすれば」
「友好企業のチェインカンパニーに行こう。話せばきっとわかってくれる。これが、何かの策略だってことを」
「そうですね。それが一番いいでしょうね」
「で、さっきの子は?」
「エルです。エルもいっしょに連れて行きます。エルも僕と同じように濡れ衣を着せられそうになったんです。いっしょに証言をしてくれれば助かります」
「そうだな。その方がいいだろう」
 Lにはその会話が聞こえていたが、興味がないといった様子で下を向いている。
「よし、あと少しだ。止まったらすぐ降りるんだ」
 コウは、扉付近にあるレバーに手をやると、荷台の扉をすぐにでも開けられる準備をした。Lもすぐにおりられるよう立ち上がった。金属的なブレーキ音と共に装甲車が止まる。
 コウとLはすぐに降りる。
 運転席からから、右手の方向にあった立方形をした小さな建物を指差す。
「コウ!あれがミサイルサイトだ。先に行ってくれ」
 二人は、その建物の方に走り出す。後ろを振り返るとキザワがなかなか降りてこない。それどころか、装甲車はUターンして、追ってきた2台の方へ向かっていく。
 コウの頭に嫌な光景が思い浮かんだ。
「先生?まさか?冗談でしょ?」
 キザワの乗った装甲車は、さらに加速すると、追ってきた2台に向けて突進していった。
「止めてください」
 コウは、力いっぱい叫んだ。すると、搭乗口からひょっこり人がでてきて、飛び降りた。キザワであった。
「あれ?先生」
 キザワは二人の元へと走ってきた。
 キザワの放った無人の装甲車は、追ってくる先頭の装甲車の右前をヒットした。ぶつけられた装甲車は走行をとめた。だが、キザワの放った装甲車は、まだ活動を止めていなかった。その後も勢いを止めずその後ろから追ってくる装甲車の方向へ上手い具合に向かっていく。
 だが、寸前のところで左にかわされた。しかし、よけた方向に停車中の装甲車があった。そこまでの距離はあまりに短く、装甲車のように小回りの効かない車両では回避は不可能だった。
 キザワは、結果を見るまでも無く会心の笑みを浮かべた。
 
  



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