春は牡丹

秋は萩

  私達のご先祖様は「春分の日、秋分の日」を中心とした一週間を善行を致し、俗欲を
離れ、平静な心で日常生活を反省し、佛の教えに素直に耳を傾け、真の心の平安を持
てるよう精進するという日として設け、それを彼岸という行事に残されました。この風習は
太陽が真東から出て真西に入り昼夜の時間が同じという日本のみにある佛教行事です。

 「彼岸」とは彼(か)の岸、つまり向こう岸のこと、佛さまの御教えに導かれて安らかな
生活を送ることの出来る世界を言い、それに対して、此方側の岸「此岸(しがん)」は迷い
と苦しみに満ちた今私達の生きてゐる世界をいいます。

 インドの古い言葉、サンスクリット語の「パラミータ」が中国で音写(おんしゃ)され「波羅
蜜(はらみつ)」となり、これを訳すと「到彼岸(とうひがん)」又は「完成」という意味になり
ます。「到彼岸」とはその安らかな世界へ渡ることを意味し、
 一、布施・・・見返りを期待することなく他人のために尽くす行いのこと。
 二、持戒・・・自分勝手な行動を慎み、規律を守ること。
 三、忍辱・・・他人から受ける辱めに負けず、苦しみや悲しみを乗り越えること。
 四、精進・・・何事にも精一杯つくし、真の人生を求めて怠らぬこと。
 五、禅定・・・どんな事が起きても心を静め、落ち着いて物事を見究めること。
 六、智慧・・・佛の教えを学び、教えに随い正しく判断する心を持つこと。
以上の六項目を実行することによって彼岸へ渡ることが出来、真の幸せが得られると教
えられています。



 一口に六つの行いといってもこれらを私達が本当に実行するということは、大変難しいと
されてをります。ただ法華経には「いまだ六波羅蜜を修行することを得ずと雖も六波羅蜜自
然(じねん)に在前せん」とあり、法華経を修行すればこれら六波羅蜜を一々修行しようとし
なくても自然に行えるようになる、と説かれております。日蓮聖人は、これを
「南無妙法蓮華経」と唱える一行に表わされ私ども万民に教え伝えてくださいました。これを
唱題修行といいます。この修行を信じ行うと現実の生活の中に自然に「六波羅蜜」の行が実
践されてゐるということを私は肌で感じております。
 
 御先祖様は子孫の幸せを願い、私共に彼岸という行事を残されました。私は皆様と共に
御先祖様の心を後の世に伝えることが今の世にこそ大事と思ってをります。

 表題の「春は牡丹、秋は萩」とは佛壇にお供えする「おはぎ」の別名です。この呼び名に
は古人の優雅な心が偲ばれ心が豊かになります。又小豆に含まれる栄養価は春は衰えた
身体に活力を与え秋は、これから来る冬に向かって健康を保つと言う古人の智慧から生ま
れたと言われてをれます。「おはぎ」を佛壇にお供え致し一緒にいただきながら「彼岸」のこ
と「お萩」のことなど家族で話し合っていただけたらどんなにか嬉しいことであります。


      野はみどり  赫々と燃ゆ  彼岸花        浄蓮

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