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それから私達は夜にみんなが寝静まった後、色々なことを話した。自分のこと、自分の考えたこと。
出合ったばかりの頃、彼女は暗い無口な人と思っていたけど決してそうじゃなかった。本当はとても明くて、一旦話し出すとよく話す人だった。髪の毛で顔が隠れていたけれど、よくみるとすごくかわいいんだよ。目が子犬のようクリクリってしてて、とても愛嬌のある顔をしてた。栗色の髪の毛もさらさらしてきれいだった。私もあんなきれいな髪ならよかったな。私より何歳か年上だって言ってたよ。でも、可愛いからぜんぜんそんな風に思えなかった。
相変わらず暴力は止まなかったけど、前より全然ましだった。気持ちの問題だね。私が傷ついていると彼女が励ましてくれたり、一緒に悲しんでくれたり、逆もあったし、お互いが傷ついているとお互いでなぐさめあった。
彼女は色々な言葉で私を勇気づけてくれたんだ。
そうだ、それで彼女が決して暴力をふるう人達の前では泣かない理由。それは暴力を振るう人達への反抗。思い通りにならないことでその人達へ反抗になるんだって。私には絶対にまねできなかったけど、すごいと思った。昔にそんなような考え方を持った人がいたんだって。私達と同じように理不尽に暴力をふるわれても、決してその人達の言いなりにはならないし、抵抗もしない。彼女の考え方とは少し違うけど、彼女はその人のことを尊敬しているんだって。
私は時間がたつにつれて彼女を好きになっていった。彼女を知れば知るほどに、私の世界は広がっていくような気がした。彼女はすごい物知りだった。世界の事、科学の事、料理の事、歴史の事、哲学の事、本当に色々なことを知っていた。だから、私は興味のあることを聞いた。本当に色々なことを教えてもらったよ。
中でも一番すごいと思ったのは、人間の事。人間を殺すこと。
ある時、暴力を振るった人間に復讐をする方法を、教えてほしいって彼女に言ったんだ。そうしたら、彼女はたくさんの方法を教えてくれた。刃物を使って殺す方法、爆弾を使って殺す方法、手だけで殺す方法、薬を使って殺す方法。
最初は怖くなったよ。だって、彼女の話はとてもリアリティがあって、生々しかったから。想像すると気分が悪くなってしまうんだ。
どうしてそんなことを知っているのって、聞きたかったけど止めておいた。そういう話になると彼女は、なぜかとても悲しい顔をするんだ。あんまり話したくないのだと思った。私は彼女を悲しませたくなかったから、聞かないのが一番なんだって判断したんだ。
けど、それから少ししてなぜ彼女がたくさんの人を殺す方法を知っているのかがわかったんだ。
彼女は人を殺したことがあったんだ。それもたくさん。
ある日、私はベッドで泣いてた。
私はベッドの上でシーツを頭からかぶって何時間も泣いていたと思う。その時はご飯を食べなかった。お風呂にもはいらなかった。何もしたくなかったんだ。それだけ強烈だった。
実はね。私は屋敷に好きな男の人がいたんだよ。その人は私に暴力を振るう人達とは違って、やさしくてまじめで落ち着きがあって、頭のよい人だった。私が暴力を受けているときに、仲介して暴力を止めてくれた時もあった。それでね、仕事が終わると、必ずお菓子をくれたんだ。
彼女以外に私を理解してくれている人だった。いつかはこの人と一緒に外にでたいと思っていたんだよ。
でも、その想いは簡単に打ち砕かれた。
その日、私はある集団に取り囲まれて暴力を振るわれた。そして、その中に彼がいた。彼は押さえつけられて抵抗できない私を何度も何度も叩いた。とても、清々しい顔をしていたよ。
彼女はそんな私を見て慰めにきてくれた。でも、いくら彼女が優しくしてくれても、自分の感情を落ち着かせることは出来なかった。落ち着かせようと思えば思うほど、とげはより深く沈んでいった。
その日のことは今でも覚えてる。痛くて泣いてたんじゃないんだ。悔しくて泣いてたんだ。
中々泣き止まない私の耳元で彼女は小さく言ったんだ。
傷つけた相手を殺してあげようか?
私は即座にお願いした。彼の名前を彼女に告げたんだ。
だけど、その時は本当にすると思ってなかった。ただ、悔しくて悲しくて突発的に、お願いって言ったの。
次の日、彼は死んでいた。寝ている間に刃物を体に刺されたんだって。部屋の同居人が朝に気づいたんだ。
人だかりから少し離れたところで、彼女は自分がやったと私だけに言った。黙っててとも言った。私はもちろん黙ってた。
蒼白くなった彼の顔を見たとき、私の中で何かがはじけた。
それから、私は私を傷つけた人を殺すように彼女に頼んだんだ。彼女は快く引き受けてくれた。彼女は私のために何人も殺してくれた。
本当にすごいと思った。いつも手が違うんだよ。ある時は刃物、ある時はロープ、ある時は水、ある時は毒。しかも、そのことを誰にも気づかれたことがないんだよ。屋敷に警察が来て調査をしたけれど、彼女がやったことはわからなかったみたいだった。
彼女は一人でそれをするんだ。一度も私を同行させることは無かった。一度、私がとどめをさしたいって彼女に頼んだんだ。でも、きっぱりと断られた。私がやると、ばれる可能性があるんだって。彼女が言ったから私は納得したよ。だって、彼女はそうやってばれないようにやり続けたんだからね。
だけど、私はどうしても満たされなかった。殺してやりたいほど憎んだ人が、苦しんで死んでいく様子を見たかった。
だから、一回彼女に人が死ぬ瞬間ってどんな感じか聞いてみたんだよ。だけど、彼女は知らないほうがいいって言った。いくら聞いても教えてくれなかった。じゃ、人を殺す時どんな風に思うの? って聞いたんだ。そうしたら、あなたならどう思うって聞き返された。
私は人を殺したことは無かったから、よくわからなかった。けど、よく考えると人を殺すことは、よくないかもしれないと思ったよ。いくら憎くてもね。いつか彼女に身をもって教えられたことを思い出した。人を傷つけた時に、生まれる感情のことだよ。人を傷つけることは気持ちが晴れると思っていたけど、全然そうじゃなくて、むしろよけいにくもった。だから、程度の差はあるけど、人を殺す時の気持ちは、やっぱりいいものじゃないって考えた。だから、それを彼女にさせている私は、とてもずるい人間だと思った。
そのことを彼女に言ってみたんだ。
そうしたら、少し違うって言われた。人を傷つけることと、人を殺すことはまったくの別物だと彼女は言った。もちろん、そのことが正しいのか違うのかは、私にはわからないけどね。
彼女はこれまでにたくさんの人を殺したことがあると言った。最初に殺した時は、寒気と震えに襲われて、何回も吐いたって言ってた。だけど、ある時から変わっていったらしい。人を殺すこと、その人の無限の未来を奪うことへ快感を感じるようになったんだって。でも、そうなってしまうと、人はもう人ではなくなってしまうんだって。彼女は私にそうなってほしくないって言ってた。そうならないでって約束したんだ。手を汚すのは私だけでいいって。
だから、殺すことは彼女に任せたよ。彼女もよろこんでやってくれるから、私の気持ちに変化は無かったよ。
けれども、私の気持ちと反対に、屋敷の雰囲気は大きく変わっていったよ。やっぱり屋敷で何人も死んでると、みんなは怖がって私達をかまっているどころじゃなくなった。屋敷内に存在する見えない悪魔にみんな怯えてた。みんな自分を守ることでいっぱいだった。
死んじゃった人には悪いけど、その出来事は私たちにポジティブな結果をもたらしてくれたんだ。
私達に対する暴力がなくなったんだ。
今まで休み時間になると誰にも見つからないように二人で隠れていたのに、そうする必要がなくなった。
私はその時になって初めて気づいたんだよ。その屋敷がとても美しい場所だったってことにね。屋敷の正門から玄関まで、綺麗な庭が広がっているんだ。その庭の真ん中には、大きな噴水があって、正面に立っている女神様の像は見る人の心を和ませてくれた。その周りに規則正しく並べられている木々は、季節によってさまざまな色を見せてくれたんだよ。
私達はその庭が好きだった。お昼休みとか仕事が終わると、二人してそのきれいな庭に寝そべって、おしゃべりをしたり、本を読んだり、昼寝したり、本当に楽しかったよ。誰も私達がいることを気にしてないみたいだった。
あの時間こそ私の人生の中で、充実した時間だったかもしれないな。私は彼女が存在してくれたことを心から喜んだんだ。
あの時、二人が一番夢中だったのは読書だった。屋敷には大きな図書室があって、そこで本を借りてきて晴れた日は庭で、雨の日は自分達の部屋で読んだんだ。
彼女は恋愛小説が好きだった。読みながら涙を流していることもあった。
その後、大抵彼女はその本の内容と感想を話してくれるんだ。泣きながら笑うように。私はその彼女に作り出す空間が大好きだった。そこがいつもの薄暗い部屋だとしても、その時だけは別の世界へ変わるんだよ。その温かくて優しい世界こそが、本当の彼女の心なんだなって思うよ。
私が消えたら、あそこに行けたらいいのに……。
私は特に好きなジャンルが無かったから、彼女が薦めたくれた本を読んだ。彼女が薦めてくれた本は、読みやすくてとても感動する本が多かった。恋愛小説だけでなくて、色んなジャンルの本を薦めてくれたよ。彼女は本のこともたくさん知っていたよ。
やっぱり本はいいよね。自分が知らない世界を教えてくれるし、色々な興味をうえつけてくれる。そんな話を彼女とよくしてたと思う。
ある時、私は冒険記を読んだんだ。二人の若い冒険者が広い世界を旅して、たくさんの物を見たり、たくさんの人に出会って、時には絶望や挫折をして、そして成長していく話。
その本にとても感動した私は彼女に外に出たいなって何気なく言ってみたんだ。本当に何気なくね。そうしたら、彼女はじゃすぐに出ようって言った。でも、壁は上れないし正門は機械で監視されているし、どうするのって聞いたんだ。彼女は笑ってあなたは心配しないでいいよって言うんだ。
その日の夜から彼女は部屋で一生懸命何かを作り出したんだ。
爆弾だった。
爆発すると、衝撃と炎をまき散らす強力な爆弾だった。
火薬を屋敷の地下室からこっそりと盗んできて、自分の部屋で他の薬品と調合していた。屋敷中にたくさん爆弾をしかけて同時に爆発させて、混乱している隙に逃げ出そうって計画だった。彼女はわずか一週間でたくさんの爆弾をつくって、誰にも気づかれないようにそれを仕掛けた。
爆弾を作ることに私は何も手伝わなかったけど、逃げ出すに日は私も手伝わなくてはならなかった。ただ、導火線に火をつけるだけだったけどね。簡単なことだけだった。
屋敷を出た後は、彼女と色んな世界を見てまわろうって話してた。彼女が爆弾を作っている横で、私が世界の地図を広げて色々な地名を口ずさんでいた。楽しい気持ちだけが広がっていった。あれ食べようね、あそこに行ってみよう、あれを見てみたいね。そんな話を夜遅くまでしていたと思う。
でも
かなわなかった。
だって、
私のせいで
彼女は死んでしまった。
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