平成18年10月1日
たる柿や 故郷のこと 母のこと
私が子供の頃毎年11月12日に行われる「R寺」の御会式は大層な賑わいでした。講中の人たちが万灯を先頭にして団扇太鼓とともにお寺へ繰り込むのです。広い本堂の前に万灯が立てられ、日暮れになるとローソクが灯されて赤い炎がゆらめきながら辺りを、ほんのりと明るくします。
境内には何時の間にか露店商が並び、「アセチレンガス」の匂いと共に火が青く音をたて光ります。たくさんの呼び声が響きだすと、参詣に来た人々はその声に誘われるように、店の間を肩をぶつけて歩きながら買い物をします。
特に此の日は樽柿が名物で、大きな樽から取りだされたみずみずしい柿が、戸板の上に山積みにされています。そんなお店が何軒もでるのです。樽柿は母の好物で、あの焼酎の匂いの中で甘い実を家中で仲良く食べました。
又、「おもちゃ」「綿菓子」「ゼリーフライ」「みかん」等所狭しと並べられ、門前の道路の両脇には、「瀬戸物」「骨董品」「古着屋」等の店が並んでゐました。
本堂では「通夜説教」といって、お上人のお話が一晩中続きます。私の家では本堂の右脇に桟敷を掛け「よしず」でまわりを囲み、幾つかの大火鉢を中に信者さんと一緒に、食べたり、喋ったりしながらお話を聞いて一夜を過ごすのでした。
そんな中、私が一番覚えてゐるのは「樽柿」の匂いとあの柿の色、そしてもう一つ、それは「新粉細工」です。(新粉とは団子を作る上新粉のことです)
小父さんが小さな台を前にして「何つくる」と聞きます。手に握った1銭玉が幾つあるかを数えなおして小父さんに渡します。猫、犬、チューリップ、自動車などを頼むと、小父さんは台の下の引き出しから色のついた新粉を指先でとりだし、小さな「ダルマ鋏」を使って素早く注文したものをつくり、小さく切った折箱の板にのせて、最後にトロリとした黒蜜をチューリップなら花の中、動物なら餌入れに注いでくれます、あの頃(70年前)はきっと水道が流行り始めだったのでしょう。「水道」は高く2銭でした。「水道」って頼むと水道の柱が立って、水道管から蛇口に通じ、下に「バケツ」があり黒蜜が満たされています。管から蛇口を通ってバケツに落ちる黒蜜をこぼさないようにそっと持ち上げ柱から蛇口、そして最後に蜜の入った直径2糎位のバケツを口に入れ満足するのでした。
何十年も前に逝った母のくつろいだ姿は樽柿と共に、私の中に生き続け、幼い日の懐かしい思い出が蘇る今日此項です。