初午まつり

(三月十一日は旧初午の日です)

ハーアー、春がくるくる ヤッチョマカセ(ヨンヤサ)
春がくるくる初午まつり トコヨンヤサノサ
幼馴染みの掛あんどん 幼馴染みの掛あんどん(ソレ)
ヨイヨイヨンヤサノ サットコセ
ヨイヨイヨンヤサノ サットコセ

 この歌は私の住む街行田に今から七十年程前に出来た「行田音頭」の一節です。その頃の行田は足袋縫製が盛んで街の隅々まで「ミシン」を踏む音が響き、街そのものが活気に満ち隆盛を誇ってをりました。
 私が七、八歳の頃の行田の街には、お稲荷様が数多く祀られ初午の日には「正一位稲荷大明神」「豊川稲荷大明神」とか書かれた赤い布の旗竿物が宮の前に立てられ、ハタハタと風に鳴り、道端には、洒落た文句と絵が張られた掛行灯が並び、それ等を見て廻るのが楽しく、又夕方になるとロウソクの灯が赤くゆらぎ、小父さん達がお酒を飲んでなにか大声で話をし、祭太鼓を叩いていて何時か私は一緒に居たりしました。
 それからもう一つの楽しみは「飾りもの」と言われ、初午の日に大きな足袋屋さんが飾る人形を見て歩くことです。一寸した小屋が造られ、そこには歌舞伎芝居などの演目にある等身大の人形が飾られ、それらが生きてゐる人のように動くのが不思議で面白くいつまでも見とれていました。
 今でも覚えてゐるのは「三すくみ」と言って、蛇に負ける蛙、蛙に負けるなめくじ、なめくじに負ける蛇が人間の姿に化け、蟇(がま)の「児雷也(じらいや)」なめくじの「綱手姫(つなでひめ)」蛇の「大蛇丸(おろちまる)」が妖術を競うのがあり、蟇に乗った「児雷也」が印を結んで煙りと共にせり上がり、美しい衣装の綱手姫がからみ、刀を振りかざす「大蛇丸」の姿、それらが裸電球に照らしだされるのですが何とも不思議な世界に魅せられ何時までも何時までも見ていて、ふっと我にかえり大急ぎで家路につく道なかは「飾りもの」を見物に来た人達のさんざめきが、まだ肌寒い夜の街を通り抜けるように伝わってくるのでした。

 先日久しぶりに水上公園にある「行田音頭」の碑を訪ねました。碑には昭和九年九月四日忍町公会堂に於いて発表会、作詞 西條八十  作曲 中山晋平  歌手 小唄勝太郎、三島一声 埼玉県に於いては最初の音頭であると刻まれてありました。曲は十番まであり行田の名所、名産の足袋、古い歴史が歌いこまれ、音頭に合わせて踊った昔を思い出しました。

 終わりに「初午」だけに食べる料理「すみつかれ」を紹介します。現在では「しもつかれ」が通り名のようです。材料は大根の粗おろしに、油揚げ、人参等の野菜を加え節分の時残してをいた煎り豆が入り醤油で煮込んだものです。この豆を食べると雷様が落ちないと言い伝えられ、丼に一杯あるのを皆して食べたものでした。

 つい昨日のように思ってゐた事が、指折り数えてみるとあまりにも遠くなり驚いてしまいます。多事、多難の今の世を見るにつけ、あの頃のつつましやかな幸福を振り返り真の平和な世界が一日も早く来ることを私は願わずにはいられません。                                         合掌

 

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