妙心寺教会

平成21年4月1日

老尼のお話の部屋

知っておきたい死後の忌日(最終回)

【 「三周忌」 五道輪転王(本地:釈迦如来) 】

 大王の御前に引き出された亡者、王に向かって、
「大王様のお慈悲にてどうぞ召人(めしうど:使用人)にお使いください。今までの王の御前でも、召人が多くおりました。誠に羨ましく思っております。これまでの苦しみは、量り知るべくもありません。これからは、どのような道に赴くのでしょうか。」

 このように、次々に重苦があり、最も下には「無間地獄」
があります。この場所は、「阿鼻城」といいます。この城の獄
卒の姿は、頭は羅刹(地下や海底に棲み、絶えず闘争を好
む鬼神)口は夜叉(飛行自在で、人を傷害し、食う悪鬼)の
如し、64の目があり、上に向かってで長い牙が生え、その先
より、猛火を出します。

 また、黒く肥えた蛇が亡者にまとわりつき、足の甲から食っていく事もあります。これら一つ一つの苦の相を言い尽くすことは出来ず、もし、人がこの地獄の有様をつぶさに聞かされたら、血を吐いて、たちまちに死ぬであろうと言われています。

大王、亡者に向かい、
「汝は、今、地獄の話を聞いただけで、そのように恐れているではないか。地獄の火に焼かれるということは、火が亡者を焼くことにあらず、亡者の悪業を焼く事なり。火の焼くは消すべし。悪業の焼くは消すべからず。このような重苦を受けることも、ただ汝が心の持ち方一つより起きたことなのだ。」

「頼まんとても、頼み少なきは妻子の善根なり。その上、没後の追善は、7分が1こそ受けられ、たとえ、追善をされたとしても、浮かぶ程は弔わじ。今に至って後悔すれども、何の及ぶ所あらん。」

 とて、即ち地獄へ、遣わされるなり。
もし、また追善をなし、菩提を能くよく
祈れば成佛せしめ、あるいは人天界等
に、遣わされるなり。

 「十王讃歎鈔」について、簡略にお話
いたしました。はじめにも申しあげました
ように、この「十王讃歎鈔」は、「十王裁
断経」を原典として日蓮大聖人が著述さ
れたものです。

 本鈔は、大聖人が鎌倉伝導の初期の
作であり、一般市民になじみ解りやすく
佛道修行の大切さをお説きなされたもの、
と言われております。

大王は
「彼の召人達は、皆各王の預かるべき結縁のある者達。
汝は左様の縁もなければ召人にはなれぬ。但し、娑婆
から追善があれば、善処に遣わすべし。もし、また弔う
ことなければ、今より渡す所は地獄である。不便である
が、自業自得の理(ことわり)なれば、力及ばず。地獄に
落ちてからの今までの苦労比べれば、今までの苦は大
海の1滴の如し。地獄の有様あらあら聞かすべし。」
と仰せになりました。

 地獄には、「八大地獄」と言って、次の八つの地獄があります。

 人の死後、「初七日」から「第三年」に至る間の冥府の十王と亡者との関係、亡者が生前に為した「悪行・為邪」の結果として、死後に様々な呵責や苦痛を受けることを述べています。また娑婆における、亡者の肉親・縁者が法事などの善根をなし、亡者に回向する事によって、亡者が減刑・赦免されることを説き、その功徳を讃歎し給う事にあります。

 たとえ、文の通りの事実がないとしても、私たち人間の生き方に対し、滅悪生善の貴重な教えと受け取るべきであると考えます。

合掌

(1)等活(とうかつ) (2)黒縄(こくじょう) (3)衆合(しゅうごう) (4)叫喚(きょうかん)
(5)大叫喚    (6)焦熱(しょうねつ) (7)大焦熱     (8)無間(むげん)
 等活地獄から下に行くほど重苦となり、無間地獄は最も下になります。

 まず初めの等活地獄とは、地下千由旬という深い所にあります。その中で亡者たちは互いに害心を抱き、出会った時は狩人が獣にあったような心になります。各々が鋭く曲がった長い爪で、相手をつかみ、切り裂きます。共に血や肉は既になくなり、骨だけになるまで争うのです。
また亡者は、煮えたぎる銅の湯の中で、煮豆のように身を沈められます。ようやく浮かび上がったときは、手を挙げて、泣き叫ぶのです。
 あるいは、大きな鉄の串で体を貫かれ、打ち返して火にあぶられます。その火の熱さは、人間界の火が、雪のように思えるほどです。