私が調べた数冊の漢和辞典には、御遺文のような事は書かれていませんでした。私は日蓮大聖人が、四菩薩についてなぜこのように説かれたのかを知りたくなりました。何故ならば、
「涌唱会の修行の一つである撃鼓行脚頭陀行は四菩薩の中の無辺行菩薩の行法ではないか。」
と、このところの行脚修行で感じるようになったからなのです。

 何日も資料を調べていく中でようやく思い至ったのは、
「日蓮大聖人は『輔正記(法華天台文句輔正記)』を読まれて、四菩薩についてお説きになったのではないのだろうか。」
という事でした。新聞記事の
「風神が各地に出かけていって、その土地独自のしきたりや習わしを生んだと伝えられている」とも対応しています。

「風が魂になるとはどういう事なのだろうか。」
と考え続けていましたが、こうして私なりに納得する事が出来たのです。

拙文を御高覧いただきまして、御教示をいただければ幸甚でございます。
 この記事を読んですぐに思い浮かんだのは、法華経の従地涌出品(じゅうじゆじゅっぽん)です。この経には釈尊が自身の真意を説き表すための前段として地下から菩薩方が出現なさったことが説かれています。
 「是の菩薩衆の中に四導師あり。一を上行と名づけ、二を無辺行と名づけ、三を浄行と名づけ、四を安立行と名づく」
 この四菩薩について、日蓮大聖人は御遺文に以下のように説かれています。
・火は焼き照らすを以て行と為す。(上行菩薩)
・水は垢穢(くえ)を浄めるを以て行と為す。(浄行菩薩)
・風は塵埃(じんあい)を払うを以て行と為し、人畜草木の為に魂となるを以て行と為す。(無辺行菩薩)
・大地は草木を生ずるを以て行と為す。(安立行菩薩)
・天は潤すを以て行と為す。
平成28年12月1日
妙心寺教会
老尼のお話の部屋
風の行

【一日の始まり】
  毎日新聞で次のような記事を見ました。
「風」という漢字は大きな鳥の形で、大昔の中国では「風は鳥のような形をした神」と思われていた。漢文学者の白川静の「常用字解」によると、「風神が各地に出かけていって、その土地独自のしきたりや習わしを生んだと伝えられている。「風土」・「風俗」「風物」などの言葉の起源である。その風が人々の性情に深く染み入ったところに風格が生まれる」とありました。