平成28年4月1日
妙心寺教会
敬母心蓮院日祥大法尼を偲んで(10)
老尼のお話の部屋

【日蓮大聖人御報恩御会式】
 
 何時頃から、あの賑わいがなくなってしまったのか分かりません。第二次世界大戦が起きたのでなくなったので
はないかと思われます。終戦後からは正顕結社で行う「御報恩御会式」となりました。万灯を作り、五色の餅柱を
立てて荘厳された御宝前で法要が行われました。また、身延や埼玉県内のお上人方に来ていただいて「御説教」
をしていただきました。そして参詣の皆様には接待をいたしました。そして、料理は黒塗りの一人ずつの御膳で出
すようなりました。母は
「御会式は、大聖人にお礼を申し上げる心の表れだからね。」
と考えて、黒塗りの御膳を揃えたそうです。
 このように正顕結社の「御報恩御会式」は行われていました。料理も決まっていて、味にうるさい母の声が台所ま
でよく聞こえてきました。
 現在は後継者の姉「妙真法尼」も遷化され、正顕結社は解散されました。私がこの妙心教会を創立したのは、母
の遷化後7年経ってからです。とても母には及びませんが、母の志を継いで精進いたす覚悟でおります。
【正顕結社の御会式】
【当時の万灯】
 正顕結社の御会式は、毎年11月18日に奉行されていたと記憶しています。
 御会式が近づくと、まず始めるのが万灯の紙花作りです。今では簡単に作れるようになりましたが、昔は全部手作りでした。まず桜紙を染めて花を折り、紙こよりで芯を作り、緑色の紙テープを葉に見立てて、竹で作られた枝に花を取り付けます。こうして出来た枝を何本も3mほどの竿の先に飾り付けていきます。出来上がった万灯2本を信徒さんが持ち、蓮華寺に奉納しました。万灯を先頭にして、後を信徒が太鼓を叩き、練り行列をして街中を歩いて蓮華寺まで行くのです。蓮華寺には他
の講社方々の万灯も奉納され、本堂の両脇は華やかに彩られています。この本堂から張り出しの座敷が作られ、正顕結社の人々は火鉢を囲んで本堂のお上人方の御説教を聞いたり、談笑したりして一夜を明かすのです。
 境内には沢山の露天商が店を開き、参詣の人々はその間を縫うようにして歩きました。戸板に樽柿を載せた売店は、この日の名物です。何軒かの店からは口上を述べて人を集める声が賑やかに聞こえます。門前の参道にまで露店が出ています。珍しいのは骨董店で、地面に茣蓙を敷いて様々な品物を並べていました。年配のおじさん達が腰を曲げて品物を手に取り、店主と話をしていたのが思い出されます。


 正顕結社の大切な行事の一つに「日蓮大聖人御報恩御会式」があります。御会式(おえしき)とは、日蓮大聖人が
入滅された日(一般には御命日)に奉行する法要です。御入滅の地である池上の本門寺の御会式は昔から知られ
ています。万灯の練り行列があり、毎年盛大に奉行されています。