シャーロックホームズの事件簿

高名な依頼人
 十年間に十回くらいも、物語の公表をホームズに頼み続けて、やっと発表を許されたのだという事件です。
 ちなみに「高名な依頼人」自身は物語に登場せずに、代理人がやってきたので、ホームズは一度は依頼を断りかけますが、結局は「高名な依頼人」にとって大切な親友、ド・メルヴィル将軍の娘が、悪人のグルーナー男爵に騙されて婚約した件を解消して欲しい、というものを、引き受けることになります。グルーナー男爵は外国で女性がらみの悪事を数多く犯しているばかりでなく、オーストリアで殺人も犯しています。
 グルーナー男爵が、自ら悪事を書きとめたノートがあるという情報を入手したホームズは、そのノートを手に入れようとしたのですが、暴漢に襲われてしまいます。ワトソンはそれを新聞売子が広げていた新聞の見出し、『シャーロック・ホームズ氏暴漢の襲撃を受ける』というのを目にして知り、その場に立ち尽くし引っ手繰るように新聞を買い、代金を払い忘れて売り子に怒られてもどかしく金を払い、というような経緯で知ったのですが、急いで駆けつけるとホームズは、新聞にあるほどの重症ではありませんでした。
 しかしワトソンはホームズに、今にも死にそうな重症だと言いふらすように頼まれ、調査も頼まれます。
 ワトソンの活躍もあって、事件は解決するのでした。
白面の兵士
 ホームズの一人称によって語られる二編のうちの一編で、ワトソンが登場しない話でもあります。
 ホームズはこの中でワトソンについて、「私が今日まで多くのつまらない事件にこの古い友人であり伝記作家でもある男と行動を共にしてきたのは、感傷や気まぐれからではない。ワトソンにはワトソンなりに著しい美点があるからであって、彼は謙譲な性格から、私の実績を誇張して評価するあまり、自分のことにはあまり思いいたらないのである。自分で結論を出したり、これからの行動を予見したりするような男と行動を共にするのはつねに危険であるが、事件の展開するごとに眼をみはるような男、先のことは何一つわからない男こそは、じつに理想的な協力者というべきである」と書いています。
 事件が起きた時、しかしワトソンはいません。「当時ワトソンは私を置き去りに結婚していたが、知り合ってからあとにも先にも、これがただ一度の自分本位な行動であった。私は一人ぼっちだったのである」とホームズが記していて、意外と寂しがり屋なのかも知れぬ素顔をのぞかせています。
 さて、1903年3月1日、ベーカー街にジェームズ・M・ドットが事件の依頼に来ます。二年前のボーア戦争で仲良くなったゴドフリー・エムズオースを訪ねたところ、家にはいるらしいのに出て来てはくれず、窓から自分をこっそりとのぞき見ていた顔は真っ白だった、何が起こったのか突きとめて欲しい、という依頼でした。
 ほぼ解決を得てとある人物も伴ってエムズオース邸を訪れたホームズは、ある匂いから自分の推理の正しさを確信します。
マザリンの宝石
 これは、三人称で描かれる物語です。ワトソンが久々にベーカー街を訪れる場面から始まります。
 ここには給仕の少年ビリーも登場し、ホームズの助手を務めてもいます。
 ちなみにウィキペディアによれば、この事件を本当には起こらなかったものと捉えている人も多いのだそうです。偶然に頼りすぎる点と、ベーカー街の下宿の間取りが他のものとはかなり違うから、ということです。
 それはともかく、この時代にはまだ最新機器だったあるものを使用する事で、素晴らしい宝石をホームズが見事に取り戻します。
三破風館
 ベーカー街の下宿へ、黒人の巨漢が乱入するところから話が始まります。ハーロウ・ウィールドの事件から手を引け、という脅しを掛け手来る用に頼まれたギャングです。
 ハ−ロウ・ウィールド事件というのは、メアリー・メーバリーという老婦人の送ってきた手紙の用件で、ホームズはワトソンを伴って、老婦人の住む三破風館へと向います。とても感じのよい老婦人で、ダグラス・メーバリーという、女性は勿論のこと男にまで騒がれる快活な息子がいて、ホームズもその名を知っていましたが、彼が最近、大使館勤めで行っていた先のローマで亡くなったことを聞きます。
 しかし老婦人の話は息子の死とは関係がなく、三破風館に住んで一年余り、近所ともたいした交流なく過ごしてきたけれども、三日前に急に、屋敷と家具全てを言い値で買い取りたいという申し出を受けた、しかし弁護士に相談すると、身の回りの品も持ちだせなさそうだったので、世界一周旅行が出来るかも、とは思ったけれども取りやめた、それにしてもおかしな話だから調べて欲しい、というものでした。
 その話を立ち聞きする女中のスーザンとの会話で、事件の黒幕は女だと直感したホームズは、屋敷の話と息子の死に関連性を見出します。危険があるかもしれないと弁護士に家に泊まってもらう事を勧めて帰りますが、翌朝、三破風館で押し込み強盗が発生したという知らせを受けます。
 強盗が残して行った盗み損ねた紙切れ一枚から事件を解決したホームズは、息子をなくした不幸な老婦人のために、悪人から世界一周のお金をせしめるのでした。
サセックスの吸血鬼
 モリスン・モリスン・アンド・ドッド商会というところから、吸血鬼について調べて欲しいと言いだしたロバート・ファーガスンという顧客へホームズを紹介した、という手紙が舞い込みます。ロバート・ファーガスンからも手紙が来ていて、友人が異国の美しい後妻を娶りそのあいだに健康で愛らしい男の子を儲けたけれども、後妻が赤ん坊の血を吸っているようだ、繊細との間に儲けた、小さな頃の不慮の事故で身体が不自由な15歳になる長男のジャックを、激しく叩いたりもした、というものでした。ファーガスンは学生時代のワトソンが見知っていたラグビー選手でもあります。
 友人のために心を痛めるファーガスンに感心するワトソンへ、これは手紙を書いた本人の事件なのだ、とホームズは指摘します。翌日に会ったファーガスンは、友人のことではなく自分の事件であることを認め、ファーガスンの屋敷へ行くこととなります。
 屋敷には後妻の祖国、ペルーの民芸品が沢山置かれており、急に足が麻痺してしまったという犬もいます。
 ホームズたちが出会ったジャックは、父親を溺愛する美しい少年でした。どうも年齢よりも幼さを残しています。しかも、少年でありながらシャーロック・ホームズに敵意を持ったような目つきをして見せます。
 父親が後妻との間の赤ん坊をあやす様子を眺める少年の表情、犬のマヒ、赤ん坊の血を吸った母親についてを考え合わせたホームズは、真相に辿り着きます。
 心理が大きく関係する話です。
 
三人ガリデブ
 ネーサン・ガリデブは、ジョン・ガリデブというアメリカからやってきた自分と同じ変わった苗字を持つ男から、あとひとりガリデブを見つけることが出来れば莫大な遺産をその三人で山分け出来るという遺言がある、という話をもち掛けられて、ホームズへ相談の手紙を出します。ガリデブについて話題にしていると、そこへネーサンへ話を持ちかけたジョン・ガリデブがやってきます。ネーサンがホームズへ話を持ち込んだことを断りたい様子でした。ホームズは、アメリカからやってきたばかりだと言いながら、一目でイギリス暮らしの長さが分かるジョンに不信感を抱きます。話す内容も、嘘ばかりなのです。
 ホームズは依頼主のネーサンのところへワトソンと一緒に行きますが、コイン収集家で人の良さそうな60代でした。その訪問中に、ジョンが「ハワード・ガリデブ」なる人物が見付かったと、ハワードの出した新聞広告の載った新聞を手にやってきます。ホームズはその記事を読んで、ハワードの記事はアメリカ語が随所に出てきてジョンの偽造だと見抜きます。
 このお話では、悪漢に傷つけられたワトソンに対して、ホームズが非常に深い思いやりを見せ、ワトソンもまた、そんなに深く感動したら、余程普段のホームズが冷たいみたいじゃないかというほどに感動してみせます。 
ソア橋
 金鉱王で百万長者のニール・ギブスンという男が娶った異国の情熱的な妻が殺されます。
 現場近くで目撃された上に部屋からピストルが発見された、住み込みの家庭教師であるダンバー嬢が容疑者と目されますが、ダンバーは犯人ではないと主張する、ギブスンから依頼を受けます。
 さて、依頼人の使用人たちは異国人だった妻を良く思っている一方で、なんでも自分の思い通りに勧めようとするギブスンを嫌っています。
 男の我侭と、それでもなお深すぎた情熱的な愛情が引き起こした事件でした。
這う男
 これはホームズ物語の中では異質な、SF的でもある一編。
 ちなみにホームズが自らワトソンへ書く事を勧めた2編のうちの一編でもあります。
 この冒頭で、すでにベーカー街を出ていたワトソンはホームズに呼び出されるのですが、自分のことを「ホームズの習慣のひとつ」と呼び、刻み煙草やパイプ、ヴァイオリンと変わるところがなく、自分に話掛けることはベッドに話掛けるようなものだけれども、時々挟む感想等で、ホームズの思考の砥石、刺激剤になれるのだと、ちょっと卑下しているようないないような具合なのが、なんとなく微笑ましいです。
 物語の最後にホームズは、「崇高な人間は、さっさと高みに上ることを厭わない」ので、世俗的な人間が世の中に残って汚水溜めのようになってしまうと、事件の鍵を握る「あるもの」について語ります。
ライオンのたてがみ
 ホームズ自身が書き記した、二編のうちの一編です。
 「このころワトソンは私の身辺からはほとんど姿を消していて、週末などにたまに訪れるくらいなものである。そこでこの事件も私が自ら筆を取らねばならないことになった。ああ、あの男さえいてくれたら、どんなに過去の事件を面白おかしく書きまくり、あらゆる困難に打ち勝って私が究極の勝利とやらを得た次第を吹聴してくれるだろうに!」と綴っています。
 すでに引退して養蜂をしながら著作もしていた頃に起こった事件です。南イングランドの英仏海峡を見下ろす場所に、年取った家政婦と蜜蜂と共に暮らしています。
 ある日、ホームズが近所で学校を営むスタクハースト氏と海岸沿いで話をしていると、水浴びをしに行くマクファースンという科学の教師と出会います。が、しばらくスタクハーストと話をしていると、マクファースンがよろめきながら姿を現し、悲鳴を上げて倒れてしまいました。最後に、「ライオンのたてがみ」という謎の言葉を残して。
 マクファースンには美しい婚約者がいますが、その朝、マクファースンが生徒を連れずに一人で水浴びへ行かねばならなくなった原因を作った数学教師、マードックも、彼女に思いを寄せていたことが分かりますが、ホームズとスタクハーストがマクファーソンの死体を調べているところにも、マードックは現れています。
 マードックは暴力的な部分も持つ男であり、警察は犯人と目しますが、ホームズはそれは違うと考えています。
 そこへ当のマードックも、瀕死の重傷をおってホームズの家に入ってくるのです。ホームズは真相を警察に語ります。
覆面の下宿人
 年配で優しそうな小太りのメリロウ夫人が、醜い顔を隠すために覆面をしているのだというロンダーという女性が悩んでおり、死ぬ前にどうしても打ち明けておきたい話があるというので、ホームズを紹介したので来て欲しい、といいます。メリロウ夫人はロンダー夫人のことをほとんど知っていませんが、ホームズのところへ行く際に、自分が猛獣使いのロンダーの家内であることと、アバス・パルヴァという名前を伝えるようにと言われてきていました。
 サーカスで生まれ育ち、年頃になって猛獣使いと意に染まぬ結婚をすることとなった、今や覆面の下宿人のユージニア・ロンダーは、かつては誰もが眼をみはる素晴らしい美人でしたが、ある夜、夫とライオンに餌を挙げに行った際にライオンが逃げ出し、夫は死亡、妻は顔を食いちぎられたのです。それでもなお、ホームズとワトソンが見た覆面から覗く口許や顎の線、姿形は、かつての美しさを充分に想像させるほどでした。
 これは、ホームズの推理は出て来ません。女性の語る意外な事件の真相と、女性の悲しい人生へホームズが示した深い同情や理解が語られます。