シャーロック・ホームズの思い出

白銀号事件
 競馬界の名馬、白銀号が失踪。
 出走するたびに賞金をさらって行く素晴らしい馬で、失踪は多くの人の利害関係に関るものとなるのですが、失踪時には馬の調教師が殺害されていて、殺人事件の調査が始まります。
 殺人の起こる前夜に謎の訪問者があり、死んだ調教師がその手に訪問者が付けていたのと同じ、赤と黒の絹の蝶ネクタイを握っていたことから、警察はネクタイの持ち主を探し始めます。
 しかしホームズは、様々な証拠から意外な犯人を馬主に提示してみせます。
 なぜ、犬が吼えなかったのか?吼えなかったことがむしろ奇妙なのだという点に着目したホームズは、見事に事件を解明するのです。
  ちなみに作者のドイルは後に、競馬には詳しくないと告白しているそうで、おかしな点を批判されてもいる作品らしいです。
 
黄色い顔
 ホームズの失敗譚。
 シャーロック・ホームズが反省する謙虚さを持つ人間だと分かる一本。
 さてお話のほうはといえば、グラント・マンローという青年が、3年前に娶った妻で、非常に愛しているエフィについて相談しに来たことから始まります。エフィはアメリカ帰りの未亡人で、アメリカ時代に夫と子供を黄熱病で亡くした過去を持っています。その遺産を充分に持っていた彼女ですが、結婚時、そのお金をマンローに全て預けてしまいます。マンローにしても、入用なときにはすぐに言うように、自分のことは銀行だと思えばいいと言っていましたが、さて、近所の別荘に借り手が付いた頃から、エフィは自分のお金を少し出して欲しいと頼むようになります。さらに妻は、別荘に出入りしているようでもあります。
 妻との間に生じた秘密、別荘から覗く不気味な黄色い顔・・・。ホームズが導き出す応えは間違ったものではありましたが、とても温かい結末の用意されたお話です。書かれた年代を考えても、マンローが素敵な青年であることがうかがえます。
株式仲買人  
 
さて、この事件の頃のワトソンは、『四つの署名』事件で知り合ったメアリ・モースタンと結婚して開業医をしています。なかなかホームズと会うこともなく過ごしていたある日、ホームズが訪ねてきて、事件を知ることとなります。開業医を始めて3カ月という時期ですが、ワトソンは代診を頼んでホームズと同行します。
 依頼人はパイクロフトという青年で、働いていた会社が潰れてしばらくブラブラとしていたもののお金に困り始めて、就職活動を開始したところ巻き込まれた事柄の相談でした。大きな株式仲買社への内定を掴み取り、しかも給料も良い条件で喜んでいたパイクロフトのところへ、ピナーという男が現れます。
 ピナーは、採用の決まった会社ではなく、ぜひとも自分たちの勧める会社へ来て欲しいと、好条件を持ちだして熱心にパイクロフトに勧め、彼もそれを受けます。しかしどうもピナーと、ピナーの兄として会ったものの、どうもピナーの変装だと思われる男に騙されているのではと感じて、ホームズに相談したのです。
 ホームズとワトソンがパイクロフトと一緒に、失業者のふりをしてピナーのところへ行きますが、ピナーな自殺を企てようとするのでした。果たして、事件の真相は?
 
グロリア・スコット号
 ホームズが大学生だった頃のお話。
 ホームズが初めて手掛けた事件でもあり、ある冬の夜、ホームズがワトソンに語って聞かせるのです。
 社交的ではないホームズが、大学時代に唯一親友だったヴィクター・トレヴァの家に遊びに行った時に起こった事件を解決するのです。ちなみにトレヴァと友人になったきっかけは、ある朝、チャペルへ行こうとしたホームズのくるぶしに、トレヴァの飼っていたブルテリアが噛み付いたからで、ホームズ曰く、「散文的な友達のなりかたさ」。犬に咬まれたことで一週間ほど寝込んだホームズを、トレヴァは細かく見舞い、次第に仲良くなって行ったのです。
 トレヴァの父親は、たいした教養はなさそうなものの、無教養なりに精神も肉体も力強さのある男性で、評判の良い治安判事。しかし心臓に持病があります。
 ホームズ滞在時のある日、ハドソンという男がトレヴァ判事を訪ねてきたことで、家の中の様子が変ってしまいます。ホームズはその翌日にいとまを告げますが、しかしその2カ月後に会ったトレヴァから、ハドソンのせいで父親が死んだと教えられ、ホームズの力で真相を暴いて欲しいと言われるのです。
 初めて解決した、とはいっても、ホームズ自身の推理はトレヴァ判事との出会いの場面で発揮されるばかりで、ほとんどはトレヴァ判事の残した文章で判明するのですが、若き日のホームズの様子を知ることが出来る一編。
マスグレーヴ家の儀式
 これまた若き日のホームズが関った事件で、大学時代に同じカレッジにいた顔見知りのレジナルド・マスグレーヴが、モンタギュー街で探偵を開業していたホームズの元に持ち込んだものです。
 マスグレーヴ家には代々伝わる文章があります。それを、執事でいるだけではもったいないと思われている優秀な、しかもハンサムでもあるブラントンが盗み見て、怒って解雇を言い渡したことから事件が始まります。時間的猶予を与えられての解雇でしたが、ブライトンは荷物も持たずに失踪してしまいました。
 マスグレーヴがたいして重要だとは考えていない古い文章には、実は重大な秘密が隠されていました。女たらしが玉に瑕だった執事と付き合っていた女中のレーチェルの失踪、ブラントンの失踪の謎、代々のマスグレーヴ家の当主が解けなかった文章の謎を、ホームズが解き明かします。
 この物語をワトソンへ語る時の経緯が、ホームズの茶目っ気のある部分をかもし出してもいます。
 ちなみに有名な、部屋の壁に拳銃で「VR」(ヴィクトリア・レジーナ[ヴィクトリア女王])と撃ち込んだことや、返事が必要な手紙を壁にナイフで止めておくことなども、この作品冒頭で語られます。
 ホームズの日常の生活態度のだらしのなさを「異常な点」として嘆きながらも、ホームズは情熱を爆発させて事件を解決しているか、事件解決後の時間は冬眠状態で過ごしているので片付けの時間がないのだと言い、片付けをしたらどうだと言い出すときにもちょっと控えめなワトソンに、微笑ましさを感じます。
 
背の曲がった男
 ワトソンが結婚後2〜3カ月、開業医になってホームズの元を離れていたときの事件。
 ある仕事の忙しかった日の夜、ふいに訪ねてきてワトソン宅に泊めて欲しいと言うホームズは、「かつて人類の頭を悩ませた問題のうちでもっとも奇怪なと言うべき問題」というものを持って来て、ワトソンにも是非同行して欲しいと言います。もちろんワトソンは喜んで、代診を頼むからと翌日にホームズと出掛けます。
 事件は、オルダーショットのロイヤル・マロウズ連隊のジェームズ・バークレイ大佐殺し。大佐には30年連れ添った、美しく貞節のある婦人がいますが、おしどり夫婦のはずの二人が密室で言い争うのを御者が聞いた直後に、大佐は死亡、夫人は気絶しているのを発見されます。言い争いの時に、夫人が大佐を「デヴィッド」と呼んだのはなぜか、朝は仲の良かった夫妻が急に仲たがいした原因は何なのか?
 ホームズは謎を解明し、かつ、聖書の知識も披露してみせます。
入院患者
 10月の鬱陶しい雨の日、ホームズに誘われてワトソンは一緒に散歩へ出掛けますが、帰宅すると下宿前にタクシー馬車が止まっていて、ホームズの推理によれば、それはワトソンの同業者。ワトソン自身もホームズの推理の方法をある程度掴んでいるのでその過程を辿って、同業者が来ていることを知ります。
 依頼主のパーシイ・トリヴェリヤンは賞も貰っている優秀な神経科の医者ですが、資金がなくて開業できずにいるところへブレッシントンという裕福な男がやってきて、自分がそこへ入院をするかわりに、場所も設備も全て整えてやる場所で開業をしないかと申し出、それを受けたトリヴェリヤンは開業を始めて成功しています。
 ところが、近くの界隈で泥棒騒ぎがあったころから、元々少々変わっていたブレッシントンがさらに変った様子をみせ始めます。同じ頃、トリヴェリヤンもところに、類癇の発作を持つ父親についてロシアの青年が手紙を出して来て、診療を受けに来ます。親子の不審な動き、翌日の親子来訪後に、部屋に誰かが入ったと騒ぐプレッシントン、あまりにも取り乱すブレッシントンを鎮めようと、ホームズの元へ来たのです。
 しかしホームズに、真実を包み隠して相談しようとするブレッシントンをあとに、ホームズは帰宅。ところがブレッシントンが自殺して呼び戻されます。
 これは自殺ではないと推理したホームズが、事件を解明します。
 
ギリシャ語通訳
 この事件までワトソンは、あまりに自分のことを語らぬホームズを孤児なのではないかと思い込んでいますが、兄のマイクロフト・ホームズを知ることとなります。この時、ホームズが高名なフランスの画家、ヴェルネ(実在します。クロード=ジョゼフ・ヴェルネ)の妹の血を引くことも知ります。
 ホームズ曰く、ホームズよりも優秀な7歳年上の外務省に勤めるマイクロフト・ホームズに、クラブ内での会話やクラブ員がクラブ員に関心を持つことを禁じた、社交嫌いのためのクラブ、ディオゲネス・クラブへホームズはワトソンを連れて行きますが、そこで兄から興味深い事件を聞きます。
 マイクロフトの上階に住むギリシャ語通訳のメラス氏がある日、非常に奇妙な形で通訳を頼まれます。眼隠しをされて付いた先では、男性が監禁されていて明かに犯罪が行われていましたが、メラス氏には悪人の目を欺いてギリシャ語で少し様子を聞くことが出来ただけでしたが、さらに女性も監禁されている気配でした。
 一体、どんな陰謀が行われているのか、ホームズが推理に乗りだす中、メラス氏が誘拐されます。
 
海軍条約文章事件
 ワトソンの結婚直後の7月に起きた事件。ワトソンの学校時代の旧友、オタマジャクシとあだ名されていた、頭は非常に優秀なのに他の点ではイマイチ使えないパーシイ・フェルプスからの手紙で事件は始まります。ワトソンに懇願する調子の手紙を書いてきたことを気の毒に思い、ホームズの所へ事件を持ち込むのです。
 すぐに事件に乗りだしたホームズと共にフェルプスを訪ねると、英国とイタリアの海軍条約文章を盗まれてしまったとのことで、婚約者に付き添われて臥せっているような状態でした。
 ホームズが話を聞いて帰ったその後、さらにフェルプスの部屋に泥棒が入るなどということまでも起こります。
 無事に文章を取り戻したホームズの茶目っ気のある演出が見られます。
 
最後の事件
 かの有名な、シャーロック・ホームズが、長いこと世の中から姿を消してしまった事件。
 悪の帝王で数学者のモリアーティ教授とスイスのライヘンバッハの滝で対決することとなります。
 ドイル自身はこれでホームズものとはお別れだと思っていたようですが、ホームズの氏を悼む人々や、なによりドイルの母に復活を望まれて、この8年後、『最後の事件』以前の話ではありますが、長編『バスカヴィル家の犬』で再びホームズを復活させます。
 ドイルは、「例え私が実在の人物を殺したとしても、これほどたくさんの悪意に満ちた手紙が届くことはなかっただろう」と言っているそうです。