シャーロック・ホームズの冒険

ボヘミアの醜聞
 シャーロック・ホームズが「あの女(ひと)」と呼び、生涯ただ一人の忘れがたき女性となったアイリーン・アドラーが出てくる物語。
 美しく聡明なアイリーンはアメリカ・ニュージャージー生まれ。ワルシャワでオペラのプリマドンナをした後引退してロンドンに暮らしています。そのアイリーンが、若き日に恋愛関係となったボヘミアの王様を、昔一緒にとった写真で脅迫をします。
 国王はもうすぐ、スカンジナヴィアの王所との結婚を控えており、ホームズのところへ自ら相談にやってきます。
 ホームズは写真を取り返すことが出来るのか? というお話。
 子供心にも、一体、それはどんな写真なんだ、と思わずにいられませんでしたが、昔のことだから一緒に写真を写すだけでも不潔な感じだったのでしょうか。
 シャーロック・ホームズの物語を初めて読んだ時に、こんなに理想的な人はいないと思った小学生の頃からずっと、心の片隅でいつでも「理想の人」なので、もちろんアイリーン・アドラーにも、そんな女性になってみたいものだという憧れを持ち続けています。
赤毛組合
 燃えるような赤毛で心身共に健全な男子であれば組合員になる資格があるという不思議な慈善組合、赤毛組合に高い倍率の中勝ち残って入ることの叶った質屋のウィルスンが依頼人。
 ウィルスンのところで、通常よりも安い給金で働いてくれるスポールディングから、アメリカ人の大富豪が作った赤毛組合に一人欠員が出来たので応募してみろと勧められて、ペンとインキと吸い取り紙は自前で用意するとはいえ、4時間の拘束時間中、事務所からは絶対に外へ出ないという条件で、大英百科事典を書き写すだけで週に4ポンドになる仕事を得たのでした。
 しかしある日、事務所に顔を出すと、「赤毛組合は解散した」という張り紙がドアに貼られていて、ホームズのところへ相談に来るのです。すでに32ポンドもの金を組合から得ていたウィルソンでしたが、いたずらにしては金が掛かりすぎているし、一体なぜ、こんな事が起こったのかを知りたかったからです。
 シャーロック・ホームズの見つけた解答は?
 随分なお人良しもいるものだと、ウィルスンのことを子供時代には思いましたが、大人になって自分で稼ぐ段になってみれば、まあ、騙されてしまうこともあるかもね、なんて。 
花婿失踪事件
 メアリー・サザーランドは、とりとめなく喋るぼんやりした、顔立ちまでどこか抜けたところのあるタイピストの女性。
 金持ちではないものの叔父からの遺産で自由になるお金が年に100ポンド、タイピストとしての収入があり、それらを家にいる間だけは家族に迷惑を掛けたくないからと、母親とその再婚相手に遺産のほうは渡し、自らの収入で生活しています。
 ガス職人の舞踏会で出会ったホズマー・エンジェルという男性と恋に落ちた彼女は、その後もこっそりと付き合いを続けて、ついに結婚、ということとなり、結婚に反対するであろう義父の留守に式を上げることにしたのですが。教会へ行く途中、ホズマーが謎の失踪をしてしまいます。
 メアリーの愛する人の行方は?
 ちょっと物悲しい物語。とはいえ、ホームズの処理は賢明なのだろうな、と。
ボスコム谷の惨劇
 ハザリー農場に住むチャールズ・マッカーシーがボスコム沼のほとりで殺されます。
 死体が発見される少し前に、チャールズが息子のジェームズと激しい言い争いをする場面を、14歳の狩猟番の娘が目撃し、慌てて親へ報告へ行くのですが、報告が終わるか終わらないかというところへジェームズ自身が駆け込んできて、父が死んだから手を貸してくれと駆け込んできます。死体の脇には息子のピストルが転がっており、息子は逮捕されます。
 息子は、ハザリー農場の持ち主である地主の娘アリスと愛し合っていますが、そのことで父親と口論を繰り返していました。全ての状況が息子にとって不利でしたが、シャーロック・ホームズは現場をくまなく調べ、真犯人を探し当てます。
 シャーロック・ホームズは正義一辺倒ではなく融通の利く男だということも分かる一編。
オレンジの種五つ
 ジョン・オープンショウは、自分には身に覚えのない先代からの影響で、恐ろしい脅迫者の影に脅える生活を送っています。
 k.k.k.と書かれた封筒にオレンジの種の入ったものを受け取った叔父が変死を遂げてから、さらに父までもが同じ経緯で変死を遂げるのですが、とうとうジョンのところにも同じ封筒が来てしまうのです。
 叔父は若い頃をアメリカで過ごした人ですが、アメリカが黒人に権利を与えたことを嫌って帰国した人物。
 この物語は数少ないホームズの失敗談でもあります。
唇の捩れた男
 阿片に溺れたさる貴族の妻に頼まれて、阿片窟から連れ帰りに行ったワトソンは、そこで変装したホームズと出会います。阿片窟から忽然と姿を消した新聞記者のセントクレア氏の妻の依頼で、潜入捜査をしていたのです。
 ある月曜日、夫が仕事へ出かけたあとに、小包を受け取るためにとある汽船会社へ向ったセントクレア夫人は、とある建物の二階に夫の姿を見かけます。妻を見て驚いた夫は窓の中に身を引っ込めますが、なぜかカラーやネクタイをしておらず、夫のみに間違いが合ったらしいと感じた夫人は、急いで阿片窟である建物に向い、夫の見えた部屋へ向います。
 しかしそこにはインド人の水夫と唇の捩れた男の二人がいるだけで、夫は忽然と姿を消したのでした。
 ホームズの見事な変装術が役に立つ一編。 
青いガーネット
 クリスマスの二日後。
 ワトソンがホームズを訪ねて行くと、ホームズは粗末な帽子を前に思案中。帽子は、近所の正直な守衛、ピータースンという男が拾って持ち込んだものですが、クリスマスの早朝、丸々と太った立派な鵞鳥を持った男が、数人の与太者に襲われているところに出くわしたピーターソンは加勢しようと駆け寄ったのですが、まるで警官のような格好をしたピーターソンの存在に驚いた男と与太者は、その場からいなくなってしまいます。
 残された男の帽子と鵞鳥を持って、ホームズに相談に来た次第。誰のものかを付き止めようとしたものの容易ではなく、鵞鳥のほうはピーターソン一家へ渡し、帽子を検討していたのです。
 そこへ、大慌ててピーターソンがやって来ます。手にしていたのは青いガーネット。鵞鳥から出てきたのです。モーカー伯爵夫人から盗まれて、千ポンドの懸賞が掛かっていた宝石でした。
 クリスマスの寛容の季節に起こった、唯一の事件。 
まだらの紐
 もうすぐ結婚を控えたヘレン・ストーナーが、シャーロック・ホームズを訪ねてきます。
 彼女には双子の姉がいましたが、二年前に謎の死を遂げています。「まだらの紐」という言葉を残して。
 ヘレンは父を早くになくしており、義父は二歳の頃にやってきた、イングランドでも一番古いサクソン系の家柄のロイロット。母親は八年前に死んでいます。義父は野蛮で乱暴な男で、庭に肉食動物を離し飼いにしており、村人たちからも恐れられている男です。ヘレン自身も暴力的な扱いを受けています。
 さて、ヘレンが義父と住む屋敷が修繕されることとなり、姉が亡くなった寝室で眠ることを余儀なくされたヘレンは、姉が死ぬ頃に言っていた低い口笛の音を耳にするようになります。恐ろしくなってホームズを訪ねたのです。
 ヘレンを付けていたロイロットの脅しを受けながらも、ホームズは事件を解決します。
 ホームズの力強さも見られる一編。ドイル自身もお気に入りとして挙げている作品です。
花嫁失踪事件
 ロバート・セント・サイモン卿という公爵の次男が、アメリカ人の美しい女性、ハーティ・ドーランと結婚します。
 しかし花嫁が、挙式後の披露宴で姿を消してしまいまい、卿はホームズに依頼をします。
 アメリカを旅行中にハーティと出会った卿は、自然からたくさんのことを学び取った野育ちの自由さ、火山のような気性や気高さを気に入り、ハーティとの交際を楽しんでいましたが、その時には帰国。ハーティがロンドンにやってきたのを期に再び交際するようになり、結婚に至ったのです。
 不審な点はといえば、挙式中にハーティがブーケを取り落としたのを、あけてあった教会に入り込んでいた男が拾って渡したこと、その後、ハーティとアメリカから付いて来た女中のアリスとなにやらひそひそと話をしていたことなどがありました。
 一方、卿が付きあっていたことのある踊り子上がりのフローラ・ミラーがハーティと連れ立って歩くところを目撃したと言う証言があり、警察はフローらを最有力容疑者と見ています。しかし卿は、フローラは虫も殺せないと考えています。
 果たして花嫁はどこに?
 ちなみに何かの本で読んだところによると、ドイルが友人に宛てて「この物語はリストの下のほう」というようなことを書いていた、そうですが、結構、面白いですけれども。
ぶな屋敷
 ヴァイオレット・ハンターは、家庭教師として勤めていた先の家族がカナダへ行ってしまったために職を失いましたが、ある有名な家庭教師紹介所へ職探しに行った際、家庭教師を探しに来ていたルーカッスルという男に見込まれて、気味の悪いほど好条件で雇う約束をされます。
 ハンプシャーのウィンチェスターから5マイル先のぶな屋敷に暮らすルーカッスルには、アメリカへ行っているという娘のアリスと、6歳になる癇癪持ちの息子がいますが、6歳の息子の面倒を見てもらいたい、というものでしたが、来る前に髪の毛を切って欲しいという風変わりな要求をされ、ヴァイオレットは一旦は話を断ってしまいます。
 しかし家に帰ってもお金も食べ物もなく話を受けなければならないと思っていたところへ、ルーカッスルからさらに家に来て欲しいという手紙が来たので、きちんと契約してしまう前にホームズに相談をしに来たのです。
 ホームズは、困ったことがあったらすぐに知らせるように、知らせがあればすぐ力になると約束し、ヴァイオレットはルーカッスルのところへと行きます。ルーカッスル家でしばらく働き、不穏なものを感じた彼女は、ホームズに電報を打って助けを求めます。
 ルーカッスルの家でヴァイオレットは不信な出来事にいろいろと巡り合いますが、ある日、切ってトランクへ入れてきた自分の髪の毛と全く同じものを、タンスの中に見つけたのです。
 屋敷の中の不信な出来事は、一体、何を示しているのか? ホームズの推理によって、非情な陰謀が暴かれます。