SENSITIVE
TEARS 3
バリーが車を暫く走らせると、三人の密猟者達にフィリアスが電磁石式のハンドカフ(手錠)とフェター(足かせ)をはめ終えていたところであった。
「バリー、早かったですね」
バリーの到着に、引きつった笑顔のような表情をしたフィリアスが言う。
「ここは、ディアのように渋滞がないから・・・」
ちょっとした故郷のディアを引き合いにした言葉を吐いてからバリーはいつも後悔する。なぜなら、フィリアス自身も地球もしくはディアの出身のはずにもかかわらず、彼らハード・アートにはそういった記憶が何もないからだ。同じ人間なのに何の因果で彼らは、限りある生命を無理矢理に目覚めさせられこんな危険な仕事をしなくてはならないのか。
「バリー、密猟者の車はどうしますか?」
フィリアスの声にバリーは我に返える。
「あ、あ・・・君が運転をしてくれ」
拘束された密猟者を見てバリーは目を細めた。3人の密猟者の一人がサングラスもマスクも着用してなかったのである。
「フィリアス」
「はい?」
密猟者の一人が嫌らしく笑いながら言う。
「あ〜あ、やだね。今、お天道様が真上にあったらこいつの顔が二目と見られなくなったんじゃないの?あいつが殴ったら遮光マスクがとんだんだよねぇ。ハード・アートがガサツだと裁判も耐えないじゃないか?」
そう言うか言い終わらないうちにバリーの手が口達者な密猟者の襟ぐりを捕える。
「火傷が怖かったらここで密猟なんか、2度とするな」
真っ黒なサングラスに表情が隠されているにも関わらず、バリーの殺気が密猟者の薄ら笑いを押さえ込む。
「早く、二人とも車に乗れ!フィリアス、マスクのない奴に水をかけるんだ!」
フィリアスはバリーの言われるままにマスクのない男の顔に飲料タンクから伸びたホースから水を出しかけた。
確かにハード・アートは優秀だが巨大な企業をバックアップにもった密猟者達との裁判沙汰が減ったわけではない。ただ、この惑星オアシスでの密猟を生業とする者は減っていているのは確実であった。
だがそれは、生身の密猟者が狙っているのは“動物”や“センシティブ・ティアーズ”ではなく、この惑星の環境に適した身体を持ったハード・アートに変わってきているように思われた。
その兆候はすでにハード・アートのペース・メーカーの保護官達は感じ取っていた。
1ヶ月ほど前に密猟者が出現している知らせを受けた保護官とハード・アートが出動した後、連絡を受けた応援部隊が見つけたのは虫の息となった保護官とパンクをしたジープのみ。
自分の意思を持たないハード・アートは容易く密猟者達に“捕獲”されてしまったようであった。
おそらく、ハード・アートを上手く操り“野生動物”や幻の“センシティブ・ティアーズ”を捕えようという魂胆であるのは間違いない。
だが、未だに誘拐されたハード・アートが密猟に使われた形跡はなかった。
「これでいいですか?バリー」
フィリアスがバリーを振り返る。
「いいだろう。それでは、帰るとしよう」
バリーは救急箱から火傷用の湿布をずぶ濡れの男の顔に乗せ、運転席に腰をおろした。
バリーの乗ったハード・クロス社のジープが発車すると、フィリアスも密猟者達の車をスタートさせた。
2台のジープが惑星オアシス開発総合センター内にある動物保護の本部に着いた時には日が暮れていた。
搬送された3人の密猟者達を係りの人間が2人を監獄に連れ、火傷こそ負っていなかったが顔に日光を受けた一人を医務室へ運んでいった。
それを見届けるとバリーは、ふと空腹なことに気づく。
「食事に行こう。フィリアス」
「はい。バリー」
センターと所員の住居専用のビルを繋ぐガラス張りの通路を抜けると、やはりガラス張りのラウンジがあり、そこで食事がとれるようになっている。センター内では家族で入れる職員用の移住スペースもあり、時々、子連れの所員もやってくる。家族専用のスペースには保育園、小学校から大学まであり、その他にも病院、スーパーなどの生活で必要なものがすべて備わっていた。
現在、惑星オアシスに住んでいるのは殆どがハード・クロスの社員と惑星ディアで下層階級から転身を考えた若者だ。
そして、観光リゾート開発センターのドームが西側にありそこにも、ハード・クロスのリゾート計画の為に働いている社員が住んでいる。
総合センターもリゾートセンターも、自然と調和のとれた美しい建築の建物であった。
バリーは真っ青な青空の見えるこの180度ガラス張りのラウンジが好きであった。
夜更けに仕事を終えて帰ってくるとこのラウンジで熱いカプチーノを飲みながら満天の星空を眺めて1日の疲れをとるのだった。
今日はちょうど夕食時間が終わりラウンジは静かであった。バリーとフィリアスは熱い夕食をトレイにのせガラス越し並ぶカウンター席に肩を並べて座る。
「フィリアス。お疲れ様」
バリーは熱いビーフシチューをスプーンでかき混ぜながら言う。
「疲れてはいませんよ。バリー」
フィリアスの青白い顔は疲れているようにバリーには見えた。
「相変わらずだな、フィリアス」
一口、ビーフシチューを運びバリーは幸せを感じた。彼はこの食事の喜びを感じないのだろうか?熱いビーフシチューを無防備に口に運んでゆくフィリアスを見てふと、バリーは不安を感じた。
「熱くないのか?」
「熱い?あぁ。確かに咽喉を通る時に熱かったような気がします」
平然と言うフィリアスにバリーは、自分の父親が子供の頃によく聞いた口調で言う。
「そんな食べ方をしたら火傷するぞ」
「あぁ。火傷ですね」
「フィリアス・・・」
バリーはフィリアスの無頓着な行動を見て今日の密猟者の台詞を思い出す。
「ガサツか・・・」
「何か?バリー」
「あ、いや、なんでもない」
バリーは空の胃を満足させるまで暫くの間、黙々と食事に没頭することにしたのだが、フィリアスの方はトレイの食べ物に殆ど手をつけずに立ち上がった。
「バリー。わたしは部屋に戻ります」
驚いたバリーは食事の手を止めた。
「口に合わなかったのか?」
バリーは嫌な予感がした。フィリアスには、しばらくなかった神経症が出たのかと。
「いいえ」
「じゃあ、食事をした方がいい」
ハード・アートは完全な機械でないのだから、生命を維持するためにはある程度の食事や栄養が必要だ。
「大丈夫です。仕事に支障は出しません」
「フィリアス。どこか調子が悪いのでは?」
フィリアスは首を横に振った。
「悪くありません」
バリーため息をつきながらフィリアスの腕から手を離す。
「後で、部屋にドクターを行かせる」
フィリアスは頷くと住居スペースに向かった。
「センシティブか・・・。何も感じていないはずなのにどうしてあんな表情をすんだろう」
会社の一部の上層部の人間と動物保護官長官天津焔だけが秘密を握っているといわれる“センシティブ・ティアーズ”の謎がハード・アートと関係がある事をバリー・ワーツは不本意ながら知ることになる。