SENSITIVE
TEARS 2
惑星オアシスに広がる草原は地球のサバンナを思い出す。しかし、思い出すといわれても、実際、今生きている者達が実物を見てそう感じるのではなく、遠い過去の記録を見てそう思うだけのことであった。
地球から遥か遠くにある第3銀河系の中に生まれた水の星、惑星オアシスはその名の通り、長い惑星探査の末に見つけた“支配者不在”の水と酸素を懐に抱いた青い星。
青い惑星、オアシスには“支配者”となる“人類”の要素を持った生物は生息せず、かつて地球上の大自然の中で生活を営んでいた生物達が生命を育んでいた。
まるで、人間を乗せずして旅立ったノアの箱舟があるかのように。
ハード・クロスのロゴの入ったジープは乾いた大地を蹴って走っていた。
それは、この星の宝ともいえる、生物を密猟する輩から守るためである。
「フィリアス、奴ら、この近くだ」
車に備え付けられた金属探知機のレーダーが赤く反応している。
「これ以上、車で近づけば見つかる」
助手席の男にそう言われるとフィリアス・フォスターは車を止めると、ジープから飛び降りた。
「バリー、ここで待機しててください」
そう言われて、バリー・ワーツは助手席から運転席に移る。
「油断するなよ」
シグの収まったレッグホルスターを装備しているフィリアスにバリーは言う。
「行って来る」
優雅でしなやかな体躯を翻しジープから遠ざかって行くフィリアスの姿はまるで牙を持った肉食獣のようであった。バリーはフィリアスのそんな姿にいつも感心せざる得ない。
彼が来てから、密猟者の引致が容易になっている。
しかも、今までバリーのような一介の動物保護官が危険に晒されるような事も無くなったのも、フィリアスのような生体機能の一部を人工的なものに差し替えた人間“・ハード・アート”が出てきたせいであった。
これも、この星を地球から買い取ったハード・クロスの研究成果ともいえよう。ハード・クロスは地球では繊維会社では大手の企業であったが、惑星ディアに拠点を移してから、人間が移住する環境に適した“惑星”を探すのではなく、人間が“惑星”の環境に合わせる為の研究に力を入れていた。
特にオアシスを地球政府から購入してからは“人工皮膚”に力を入れていのだ。
その、研究の成果として、この星の生物保護官として人工皮膚の他にもいくつかの移植をされた数人の人間“ハード・アート”が、ハード・クロス社から送られてきた。
彼らの活躍は素晴らしく、特に“センシティブ・ティアーズ”の噂が流れてから急増した密猟者を次から次へと捕えていったのである。
この異常な紫外線を持つ惑星オアシスに適した身体を持つ彼らに、いつかバリー達、普通の人間の仕事が奪われる日も近いと思われていたが、移植を受けた人間には幾つかの欠点を持っていた。
まず、彼らは感情が希薄であり、神経症を持っていた。手術の後遺症と人工皮膚を維持するための投薬が原因であった。そのため、発作が出た時にバリーのような“普通”の人間がペースメーカーとして必要だったのである。
オアシスの生物を守る保護官という仕事を誇りにしていたバリーにとって、このペースメーカーという仕事を上官から命をうけたときは、仕事を辞めディアに帰る事を考えた。
しかし、ディアに帰るにはそれなりの旅費と、そしてディアに帰ってからの仕事の事を考えると“誇り”だけでは安易な振る舞いはできなかったのである。
バリーのように下層労働者の生まれのディア人は、ディアでの出世は望むことが出来ない。
なぜなら地球からのディアへの移住の際に、地球で中流家庭だった人間がディアへ移住できるようなお金を稼ぐことはできない。しかし、移住の出来る人間には労働者が必要としていた。その為、地球では普通の生活を営んでいた人間を“移住費を負う”という売り文句で労働者として連れてきたのである。
バリーの両親も地球を出るために労働者になった人間の一部であった。
そして、新しい星での生活は“労働者”として来た者にとって、そこから抜け出るための術を見つけるのは、寿命で朽ちてゆく地球から出る事よりも困難であったのだ。
バリーの両親は父は警備員、母はコックとしてハード・クロス社の重役の家で働いていた。
“労働者”として移住してきた人間の中では、仕事的には恵まれていた方で、父の屈強な体躯と精神をかっていた雇い主である見澤聖は友人としてバリーの父を慕っていた。
バリーは父親の血を引き継いだ、そんな彼を見澤は惑星オアシスの生物保護官の仕事に抜擢したのである。
こうして、バリーの人生は順調に運んでいった。
オアシスの生物保護官の仕事は、バリーには適任であった。
移植を受けたハード・アートたちが来るまで、バリーの活躍は上官たちから評価が高く、彼自身も誇りと自身に溢れていた。
その一線から退き保護官としては素人の半機械半人間に仕事を譲り、それらの“お守り”を命じられた時はバリーは悩んだ。
しかし、階級のないこの星での生活をみすみす捨てる気にはなれずいた。
後戻りは出来ない。
バリーは決心をした。
そうして、彼はフィリアス・フォスターと仕事を組むことになる。
「バリー、捕まえた。来てください」
無線からフィリアスがバリーを呼ぶ。
「今、行く」
バリーは返事を返すと金属探知機のディスプレイで赤く揺れるX印を目指して車のエンジンをかけた。