Moonlight step
6話
寒い夜の出来事6
刑事はエレベーターボーイに地下へ頼むと告げた。
この時、はじめて悪意の無い人間に銃口を向けた。
エレベーターは止まることなく地下へと男を導いた行く。
それは、まるで落ちる所まで落ちてゆく自分の人生の象徴であるかのように。
男はエレベーターを降りると地下の駐車場に止めてある自分のシルバーのフォードのセダンに乗り込む。
その時だった。
何台かの黒い車がきりきりとヒステリックな音を立てて出て行った。
彼がクィーンズホテルから少し離れた街の中心を流れるセンターリヴァーの橋にさしかかったときであった。
バックミラーに映る高層ホテルから赤い炎が立ち昇るを見たのは。
男はそれを他所にアクセルを踏んだ。
男は警察署には戻らなかった。
彼は自分のアパートメントにもどり、熱いシャワーを浴びた後、そのまま静かにベッドの上に仰向けになった。
別段、眠いわけでもなく何かを考えるのでもなく、彼はブラインドの隙間からぼんやりと浮ぶ月を見ながらただ足場を失い茫然としているのであった。
そんな時、呼び鈴のブザーが狭い部屋に鳴り響いた。
「先輩!先輩!」
ドアの向こう側から聞き覚えのある声がする。
男は頭の中で身体に起きろと何度も命令をしたが身体はいうことをきかない。
「開けてください!」
「あ・・・今、今行くよ」
男はブリキのおもちゃのようになった身体をようやく起こすと寝巻きを脱ぎ、黒のタートルネックのセーターと洗いざらしのジーンズを着てから、ホルスターに納められたグロックをダークグレイのコートで覆い隠す。
「待たせた・・・」
扉を開けると自分の鼻先に突きつけられた見馴れた紙きれに面食らった。
「逮捕状・・・」
逮捕状を突きつけた警部補の後ろで若い刑事が申しわけなさそうに頷く。
「・・・他に・・・誰か・・・」
男は若い刑事の後ろに誰か他にいるか確認すると、静かに笑った。
「そうか。お前と警部補だけか。どうやらまだ逃げるチャンスがあるわけだ」
若い刑事は目を丸くして首を横に振る。
「とんでもない!これ以上、あなたを信頼している我々を困らせないでください!」
「信頼・・・」
太って鈍そうな警部補は若い刑事に逮捕状を渡すと、ぎらぎらと光る手錠を今度は男に突きつけた。
「そうとも、仲間の信頼を裏切った代償は大きいぞ」
中年の男はにやけた顔で元刑事を一瞥すると若い刑事の方を見る。
「所持品を調べろ。まだ銃を持っているはずだ」
「え・・・」
戸惑う刑事に警部補は呆れ顔で言う。
「待て。俺が見てやる」
警部補は刑事をどけると容疑者の前に立ちはだかり、身体に触れようと手を伸ばす。
「なんだ?その目は?俺に触られるのがそんなに嫌か?」
警部補はまるまるとした分厚い手の平で無抵抗の男の頬を殴った。
殴られた男の唇が切れ赤い血が滲む。
「おやおやハンサムが台無しだ」
そう言うともう一方の頬も叩く。
「やめてください!警部補!」
若い刑事が慌てて二人の仲を割って入ってきたが、上司が部下の身体を押しのけ今度は元同僚の足を蹴飛ばす。
「警部補!」
蹴飛ばされた男はバランスを崩しそのまま階段から転げ落ちていった。
「だ、大丈夫ですか!」
男は階段から落ちたものの素早く身を起こし立ち上がる。
「逃げたら撃つ!」
肥満ぎみの警部補が男に銃をかまえた。
「やめてください!」
容疑者と自分の間に立ちはだかる部下に気を取られている間に元刑事も自分の懐から銃を取り出していた。
「先輩!」
若い刑事を挟んだ形で2人は狭い階段で銃を向け合う。
「上の方が有利だな」
警部補は勝ち誇ったように照準を元同僚の眉間に合わせる。
「ぱぱあ」
声と同時に警部補の足に何かが絡みついてきた。
2人の刑事が小さな生命体に気を取られているすきに男は階段を降りようと踵を返す。
「し、しまった!」
警部補は自分の足に纏わりつく子供を振り払うと男を追う。
3人の背中から子供の泣き声だけが残った。
「車で逃げられる」
アパートメントの近くに止めた刑事たちの車まで数メートル、しかし、男の車がある駐車場までは数十メートルあった。
2人の刑事は男の後姿を捕らえた。
「とまれ!とまらないと撃つ!」
しかし警部補は言葉と裏腹に我慢ができなくなり男に向かって発砲。
逃亡者は足を止めて、二人を振り返ると同時に元上司を狙った。
「やめてください!」
若い刑事は上司の前に飛び出し、銃弾を肩にうけてしまう。
「ばかが!相手は爆弾魔だぞ!」
警部補が2度目の発砲をしようとした時はすでに遅く、男はシルバーの車に乗り込んでいた。
男は車を飛ばした。
寒い夜の出来事 おわり