Moonlight step
5話
寒い夜の出来事5
「こんな事をしていたら、きみは不幸になる」
「ふ、不幸ですって?私は誰よりも幸福よ!地位も愛もすべて手入れているわ!もし・・・もし、私が不幸だとしたら、それは今ここであなたがそうさせたのよ!」
少女の見据えた刑事の穏やか過ぎるその目は、彼女の知っている輝きによく似ていた。
「・・・わたしには確かに兄がいたわ。母親殺しの・・・。そうよ、母親殺しのよ!パパとママが二人きりで私の本当の家族の話しているのを偶然に聞いたことがあるのよ。血の繋がった人殺しの兄がいるということを。」
興奮しきった少女は細い方を不規則に上下に揺らしながら、長くおろした髪の毛を振り乱しハンドバックの中からシグのコンパクトオートマッチックを取り出し、すかさず刑事に銃口を向ける。
「どいて!私、パーティにもどるんだから!」
長いドレスのスリットから時々見える白く弱々しい足を大股に開いながら少女は扉の方へ歩いて行く。
「動いたら撃つから・・・」
金色のドアノブを銃を持たない左手で開け、そのまま早足で少女は部屋から飛び出した。
「あ!」
外へ出るやいなや少女は域を呑んだ。
そこには婚約者の若く美しい男が立っていたからだ。
「おいで」
男は少女の肩を優しく抱くと少女の隣の自分の部屋へと導き入れた。
「さあ、お座り」
男は少女をソファーに座らせ、自分はその前で立ったまま少女の小さい顔を覗きこむ。
「おまえが刑事の妹だとは・・・」
「違うわ!私はあんな男知らないわ!」
少女が反論しようと口を開いたとたん婚約者はその花びらのような唇を自分の冷たい唇で塞ぐ。
「大丈夫。たとえ君が神の娘だとしても僕は君を奪うよ」
男の腕の中で少女の大きく見開かれた目から大粒の涙が零れ落ちてゆく。
「誰にも君を渡さない・・・たとえ、君が僕の命を狙う悪魔だとしてもね」
男の腕の中で少女は身体を強張らせた。
「し・・・知っていたの?」
「僕はこう見えても世故に長けているんだよ。君が僕に近づいたのは、僕が君の養父を自殺に追いやり・・・残された養母の遺産を奪い取ったからだ」
男はそう言うともう一度キスをしようと少女の顔を覗きこんだ。
「ふ・・・」
自分の鼻先にシグの銃口を突きつけられた男は思わず簡単の声をあげた。
「私たちの仲もこれまでということだね?」
「それも・・・とてもドラマティックにね。嫌いじゃないでしょう?」
男はガラスに映る街の景色と少女を交互に見比べた。
「このホテルの最上階は最高に見晴らしがいいと思わないかい?」
男の部屋は現実と夢を隔てる扉がある壁以外は全てガラス張りになっており町中が見渡せるのであった。
男はガラスに視線を滑らせながら時々、自分に向かって小銃を構える少女を一瞥する。
「撃てるかい?」
「撃てるわ」
男は含み笑いをするとガラスを背にした少女にゆっくりと近づく。
「シグか・・・それじゃあもっと近づかないと人は殺せないよ」
「こんな時でも、やさしいのね」
耳元で自分の心臓の音が鳴り響く。
「でも・・・それ以上、近づかないで」
しかし、すでに時は遅かった。
少女が気づいた時には男はキスが出来るぐらい近くにいたのである。
少女は男から逃れようと無意識に後退りをしていたために、いつの間にかひんやりとした冷たいガラスと背中合わせになっていた。
「月が・・・月が綺麗だ」
「いや!」
男が少女の肩に触れようとした時だった。
少女の手にしたシグから弾丸が飛び出し男の肩を掠めた、その刹那、もう一つの銃声が響き渡る。
ガラスの割れる柔らかい音。
それは美しいメロディーのように響いた。
そして、その音のように柔らかな輝きをたたえた星の雫たちが少女の身体を包み込んだ。
「これは正当防衛だよ。お姫様」
男は眩いばかりの星の輝きを従えて夜の静寂に落ちてゆく天使の姿を見つめた。
刑事は少女が出て行くのを黙って見つめていた。
少女の言った通り、不幸とは自分の存在ではないのかと自問自答が脳裏を奪っていた。
妹のためによかれとしていたことはすべて裏目に出ている。
母親を奪い、今度は妹の幸せな生活を奪い去ろうとしている自分は、妹を苦しめているだけの存在でしかないのだろうか。
だが、刑事を縛り付けていた呪縛も銃声によって解かれた。
「銃声・・・」
刑事はホルスターからグロックを抜き出すと、妹の部屋から飛び出し隣のドアノブを撃ち抜き蹴り開ける。
「!」
強い風が刑事の視野を塞ぐ。
「ようこそ刑事さん」
風のカーテンの置くから若い男の声がしてきた。
「今の銃声は?」
天井から床まで一枚のガラスからできていたはずの割れた窓の方に佇む一人の影に刑事は恐ろしいくらいの恐怖に囚われた。
「尋問ですか?刑事さん」
男はほくそ笑みながら話を続ける。
「なあに。簡単な処刑ですよ、刑事さん。自分に不必要なものや裏切り者を消すのは当然のことでしょう?今、殺したのは僕の愛を裏切った女。復讐の為に僕に近づき僕を殺そうとした女ですよ。僕の肩を見てくださいよ」
若い男は白いタキシードに覆われた赤く染まった肩を刑事に見せる。
「正当防衛ってやつですよ。おまけに・・・その女ときたら刑事の兄がいるなんて・・・」
幼さの残る男の顔に冷ややかな笑みをたたえて、刑事の方に45口径の銃口を向けた。
「何を言っても無駄?のようですね」
刑事も大型オートを男に向ける。
銃声。