赤い星が落ちた日II
〜le myosotis 勿忘草〜
Spring haze 4
(春霞)
「待ちなさい!」
少女は声を荒立てて叫ぶ。
しかし、二人の少年は目の前から音も無く消え去っていった。
少女の赤い髪が、彼女の自身の超能力によって造られた風でまるで揺らめく炎のようであった。
「マリタ・・・」
少女は一度だけ、見たことがあるもう一人の自分の姿を思い出した。鏡に映し出された姿よりも、より自分に似ていたのである。
少女の身体は痩せ細り、自分自身で動くという行為をまるで拒否しているかのように、無機質なガラス張りの隔離部屋の白いベッドに四肢を伸ばしていた。
「あれが、おまえのオリジナルだ」
マスターが言った。
「ワタシハ、マリタ・・・」
だがしかし、あの時マスターの発する言葉よりも先にあれは少女の心に侵入してきたのである。
「ワタシヲコロシテ」
マリタは少女から目を離さなかった。
いいや、目は閉じられていた、しかしマリタと名乗った、生きる屍のような少女は突き刺さるような意思で彼女の胸の奥を捕えるのであった。
「オネガイ」
その言葉と同時に少女とマリタの間を阻むガラスが粉々に散った破片は砂のように細かくさらさらと少女の目の前で床に落ちてゆく。
「マリタ・シーター、何をした?」
マスターの言葉は白いベッドに横たわるマリタよりも突き刺さるような感じがする。
「何もしてません」
左胸の鼓動を押さえ込むように右手を胸にあて、荒れる呼吸を整えながらマリタ・シーターは頭を横に振る。
「なら、どうしてこれが割れた」
「あ、あ、あの人がしました」
マリタ・シーターは震えながらベッドに横たわる深い寝息を規則正しく行いながら眠っているマリタを指差す。
「あれは、そんなことはできない。もう、あれは死んだも同然。あれには、お前達を生み出す能力しかない」
そういうとマスターはマリタ・シーターの手首を掴みマリタの眠る地下から出るためのエレベーターに乗せる。
「もう、お前は自分のオリジナルの顔を見ることは一生無いだろう。いよいよ、お前の任務が決まった」
「任務?」
「地球という星に降りたマリタ・アルファがどうやら任務をしくじったらしい。次はお前がいって地球の知的生命を絶滅させる番だ」
「アルファが・・・?!じゃあ、アルファは?アルファはここには戻ってこないのですか?」
エレベーターの扉が目的の階へ辿り着くと同時に開く。
「恐らく。シーター、お前もそうなりたくなければ早く地球の知的生命体を絶滅させてここへ戻ることだな」
マスターの指示通りに、永い宇宙の旅に備えてコールドスリープに入り、宇宙船に乗って旅立った。
目覚めた時には、この星にいたのである。
怖いぐらいに呼吸器官を清浄させる地球の気体はマリタ・シーターを苦しくしめつける。
どうして、こんなに清清しいのにも関わらず自分は苦しいのだろうか?マリタ・シーターは考えた。
「わからない・・・。わたしは任務を速やかに遂行するだけという事しか分からない」
マリタ・シーターは研ぎ澄まされた触手のような感応力を広げてみる。
さっき逃げたあの地球の知的生命を捕えようと集中する。
「そう、わたしは任務を遂行すればいい」
貴緒は志季を抱えたままそこにいた。
「ここは、どこだろう?なんとか地上に出たみたいだけど」
気を失ったままの志季を静かに草の上に横たえる。
「志季・・・」
穏やかな風のような貴緒の声に志季は目を開く。
「貴緒・・・俺達・・・」
貴緒はにっこりと微笑む。
「どうにか逃げることが出来たみたいだよ」
志季は起き上がると周りを見渡す。
「マリタは?」
眉根に皺を入れた貴緒の目が悲しげに細くなる。
「ごめん・・・マリタは、おいて来た」
志季の手が貴緒の襟首を掴む。
「マリタをおいてきたって?あんなに暗くて寒い洞窟に?たった一人で?」
志季の右手が貴緒の左頬を目掛けて空を切った。