赤い星が落ちた日II

 

le myosotis 勿忘草〜

 

Spring haze 5

(春霞)

 

志季の掌が貴緒の頬を掠めた。

「志季・・・」

獲物を仕留め損なった手を見つめながら志季は頭を横に振る。

「おれは、身勝手な奴だ・・・今の俺じゃあ、マリタを守るどころか止めることもできないのに」

貴緒は震える志季の身体を引き寄せた。

「大丈夫。できるよ。マリタの心を開かせることを。いいや、マリタの心を開かせることが出来るのは君しかいない、志季」

貴緒は志季から離れ暗くなった空を仰ぐ。

「ここは・・・何処だろう?」

どういうことだろうか、肌にちくちくと異質な空気を感じる、今まで感じたことの無い感触が貴緒を襲う。

その瞬間、背中に強い衝撃を受けた。

「あっ」

衝撃に絶えられず貴緒は前のめりなる。

「逃げられたと思ったら間違いよ」

ふんわりと天使のように赤い髪の少女が降りて来る。

志季は倒れた貴緒をかばいながら、赤い髪の少女に叫ぶ。

「マリタ!」

「私はマリタ・シーター。マリタはわたしのオリジナルだ。マリタは母体であり私ではない」

「く・・・」

歯がゆさが志季を襲う。

同じマリタというオリジナルの細胞から生まれているのにも関わらず心は全く違う人格で作られている。そう、どんなに志季が赤い髪の少女を救いたいと思っていようとも、彼女の心が否定すればどうすることもできないのだ。

しかし、3年前に志季と貴緒が出会った少女マリタはオリジナルの少女の記憶を細胞に刻印のように刻み込んでいた。

3年前。

志季と貴緒の住む街で赤い髪の少女とであった。

少女は、地球という星を自分の生まれた滅ゆく母星の代わりとなる、新天地を手に入れるためにやってきた侵略者だった。しかしその侵略者も故郷の星の政府によって造られた、マリタという少女の超能力(ちから)を持ったクローンでしかなかったのである。

その超能力を持ったクローン達のオリジナルとなる少女は、超能力を持っているが故に両親を殺害され、自らの意思に反して精神と身体の機能をすべて停止させられ、彼女の超能力を欲する者たちに利用される為だけの母体となった。

しかし、その幾つものクローンの一体が乗った宇宙船が地球に不時着した。

その時起きた事故の原因でなのか、マリタの殺された精神の奥底に眠る力がそうさせたのかは不明ではあるが、そのクローンはマリタの悲しい記憶を持っていたのである。

そう幼い志季の出会った赤い髪の少女は。

まだ、志季が両親と一緒に引っ越してきたばかりの頃、新興住宅地の近くにあった桜の森で迷子になった出来事が昨日のように思い出される。

 

「どうしよう。まよっちゃったあ!」

まだ小学生の男の子であった志季は緑の生い茂る森の中で一人さ迷っていた。

「暗くなってきちゃったよ」

弱音を吐いた一瞬、真っ赤な閃光が彼の目を襲う。幼いとはいえ、強烈な光に目が見えなくなるという恐怖から頭を抱えその場にしゃがみ込んだ。しかし、その光はほんの僅かな時間で消え去り、また直ぐに日が落ちる寸前の悲しい静けさが志季の周りを包み込む。

志季は静かに顔を上げると。

「これって・・・うちゅうせん?」

目の前に赤く光る宇宙船。

テレビ映画でよく見るお皿の様な形ではなかったが、幼い子供にも明らかに地球の物とは違うということが理解できた。

つるりとしたビー玉のような丸い継ぎ目の無い物体。

しかし、それは卵の殻のように欠けていた。

そんな壊れかけた宇宙船から人影が出てくる。細いぴかぴか光る階段から人影がゆっくりと降りて着た。

その人影は地球に足が触れたとたん音も無く崩れた。

倒れた人影に駆け寄る志季。

「だいじょうぶ?けがしたの?」

志季は自分と同じ身体を持つ宇宙人の頬を掌で包みこむ。

手の中に納まった小さな青白い顔の周りには燃えるような赤い髪が絡みついていた。

「どこかいたいの?」

志季の目から心配と不安のせいで涙がこぼれる。

「おねえさん大きいからぼくたすけられないよ!」

志季の手に少女の手が重なる。

「・・・だい・・・じょうぶ」

「え・・・」

少女はにっこりと志季に微笑む。

「言葉を間違っているのかしら?」

志季は地球人の言葉、いいや日本語を話す宇宙船から降りてきた少女を驚きの眼差しで見つめた。

「間違っていないようね・・・大丈夫・・・ありがとう。もう少しすれば傷も治るから」

志季は少女の笑顔を見ると嬉しくなった。

「じゃあ・・・直るまで一緒にいるから安心して」

「志季は心の中がなんてやわらかいの?」

少女は起き上がった。

「もう、だいじょうぶ?」

「大丈夫」

志季が泣き出した。

「心配してくれてありがとう」

少女は顔をぐちゃぐちゃにして泣く志季の手を握った。

「じゃあ、今度はわたしがあなたを助けてあげる」

 少女は立ち上がり志季の手を握ると、一瞬にして桜の森の前を通る私道に出た。

「ここで、いいわね」

微笑む少女。

「ありがとう・・・おねえちゃん・・・あの・・・」

「わたしの名前はマリタよ、志季」

「マリタ!あの、また会えるかな?」

志季の顔が輝いた。

「志季が地球にいるかぎり・・・わたしが志季のいる地球を守るから」

「え?」

志季が振り返った時にはもうマリタの姿はなかった。

 

志季は不躾にマリタ・シーターに近付くやいなや、彼女の両手を掴みとる。

「君が、マリタの記憶を持っていなくてもマリタには変わりない。今度は俺がマリタ、君達を守る番だ」

 

 

 

 

 

(*クローン:clone:1個の細胞または生物から無性生殖的に増殖した生物の1群。または、遺伝子組成が完全に等しい遺伝子・細胞または生物の集団 for 広辞苑)

(回想シーン:aka3より)

 



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