赤い星が落ちた日II

 

le myosotis 勿忘草〜

 

Spring breeze 1

(春風)

 

 

真柴宇宙生物研究所はバンクーバーのダウンタウンからライオンズ・ゲイトブリッジを渡ったウエスト・バンクーバーの太平洋を望む場所にあった。美しい自然の緑と青と調和のとれたログハウス風の研究所には、日本からの研究員の住居にもなっている。

立花詩織と広瀬雅そしてエマ・エリソンが海に面したガラス張りの部屋に通され、座り心地の良い3人がけのソファに身を沈めていた。

高所恐怖症で飛行機で一睡も出来なかった雅はソファと同じ素材で出来たクッションを抱きしめ転寝をしているのを見ながら、アメリア・真柴は3人の向かいで上品なカップに入ったアールグレイの香りを深く吸い込む。

「ここへ着いてそうそう、いろいろな事があって疲れているのは分かるけど、緊張感というものがないのかしら?彼は」

「そんな言い方って!こんな所へ連れてきておいて!!」

アメリアの言い草にエマは立ち上がって非難する。

「お嬢さん。あの赤い隕石がただの隕石だと思っているからそんな事を言えるのよ。そうでしょう?詩織」

寒色の色の目が詩織を見つめる。

「“波”が二人だけを浚ったということがどういうことか、あなたは知っているのでは?」

詩織は横に首を振った。

「二人だけって・・・あの時、車から降りていたのは志季たちだけだったからだと、わたしは思ったわ」

挑むような詩織の態度にアメリアはため息をつく。

「そんな話の仕方では、二人が浚われた理由はおろか、探し出すこともできないわ。ここへ隕石の調査に来る前に孝治から聞いたのだけど。浦沢貴緒、彼は人間以外の遺伝子を所有していたらしいわ。どういうことかしら?あなたは、聞いていない?あの桜の森で起きた事件の事を」

詩織は自分の前にあるティーカップに手を伸ばす。

「いい香りね。・・・あの事件の事は聞いてないわ」

アメリアの強い視線に詩織の口の中はからからになってきた。

「そう・・・。それでは、真実が分かるまであなたたちはここから出られないでしょう」

「そんなことできる分けないは!」

エマが二人の会話に割って入り込む。

「知ったような口をきいてここまでわたしたちを連れてきたくせに!本当は何も知らないじゃないの!!」

今にもアメリアに飛びつきそうなエマの腕を掴み制す。

「エマ、興奮しても何も解決しないわ」

エマは背中越しに詩織を睨む。

「詩織さん!詩織さんも変よ!本当に二人を助けたいなら知っていることをこの人に言うべきですよ!この人がどんなに嫌なやつでもこれだけの施設で大きな顔している人だから力は、あるはずです!」

エマの大きな声に雅が目を覚ます。

「あ・・・喧嘩ですか?」

エマは雅の耳を掴み怒鳴る。

「あ〜!もう、何、呑気なことを言っているの?あなたの友達の捜索をしなくちゃいけないのよ!!」

「いたぁ!分かったよ、エマ。ごめん、俺、寝いてた」

騒がしい二人を尻目にアメリアが口を開く。

「彼女の言うとおりよ。お互い、けん制しあっていても何も解決しないわ。とにかく、一度、落ち着いて」

「情報提供をし合うって事?」

詩織を見て頷くアメリア。

「でも、わたしは何も聞いていないのよ。心の優しい宇宙人と出会ったということしか・・・そう、しかも宇宙人は人間と同じ姿形をしていて、二人の出会った宇宙人は少女の姿をしていたということだけ」

「人の姿・・・」

詩織がため息交じりの言葉にアメリアの表情が変わる。

「人の姿・・・って。孝治の話ではそこまでは聞いていないわ。彼が分かっていることといえば、宇宙人に浚われたもしくは遭遇した二人の少年の血液や細胞の検査で浦沢貴緒の検査結果しか聞いていない」

「貴緒君の遺伝子の事ね。それはいったいどういうことなの?彼が人間ではなかったってことなの?」

アメリアは首を横に振った。

「浦沢貴緒の検査を始めたとき、彼の細胞の大半は死んでいたの。・・・もし、この世にゾンビが存在するとしたら彼のような状態のことを言うのかも・・・。彼自身も自分が死んでいるなんて思ってもいなかったでしょう。しかも、検査後、彼の細胞は半日もしないうちに正常に活動をはじめたわ・・・普通なら実験するには絶好の身体を孝治は何の疑問も持たずに手放した・・・。信じられる?あの、研究にだけ情熱をもやす彼が。そう・・・彼の“精神”に“手を出すな”という声が聞こえたと言っていた。そして、“関わりあう”ことを拒絶するように仕向けられたと」

アメリアの手が震えている。

「じゃあ、どうして隕石の調査をあなたに頼んだの?」

詩織が聞く。

「浦沢貴緒が隕石の落ちることを、孝治に知らせたのよ」

「ど、どういう事なの?」

「地球を守る手助けをして欲しいと・・・彼の“精神”に言ったらしいの・・・。孝治は浦沢貴緒の“声”で半年前からノイローゼぎみになり・・・」

アメリアは冷めた紅茶を口元に運び一呼吸おく。

「孝治は常に研究熱心な学者でしかなかったの。地球人の危機の話なんて彼に耐えられると思う?彼は1ヶ月前に自殺をしたわ」

詩織の顔が歪む。

「迫ってきた地球の危機に耐え切れなくなったということね」

アメリアは頷いた。

「そして、その使命の重圧に彼は耐え切れなくなったのよ。孝治は・・・弱い人間だったの・・・」

 

 



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