赤い星が落ちた日II

 

le myosotis 勿忘草〜

 

Spring breeze 2

(春風)

 

一見冷静そうに見えるアメリアの目が潤んでいるのを詩織は見逃さなかった。

「そう・・・お気の毒に」

驚いたことに詩織の胸は“孝治の死”によって痛むことはなかったのである。それどころか、あまりにも哀れな真柴孝治の最後に同情せずにはいられなくなった。

詩織は無意識にアメリアの方へ歩み寄り彼女の肩に手をのせていた。

「・・・さっき、わたしに力があるって・・・言ったわよね」

誰を見るともなくアメリアが言う。

「孝治が亡くなった今、この真柴宇宙生物研究所は日本の企業に来年の春には買収される事になっている。買収の条件の中に、今までの研究結果、材料はすべて残していかなくてはならないのよ。そうなると、志季や貴緒の身に起きた事も彼らに知られることになるでしょう・・・」

「え?」

詩織を見上げたアメリアの額に皺が入る。

「わたしは、二人の情報をすべて、焼いてしまったの・・・人類滅亡の鍵になるかもしれない情報を。たった二人の少年の未来を、人生を守るために。どういうことだと思う?“声”がそうさせたのよ」

アメリアは頭を垂れた。

「浦沢貴緒の声が・・・わたしにそうさせたのよ。彼は孝治が死んだことを知っているのよ。“赤い隕石”によって化け物にされた少年・・・。彼はカナダに何があるか分かって来たのよ」

「た、貴緒くんが・・・ば・・・」

詩織は自分の手で自然に口を塞いだ。

「そんな!!貴緒くんは孝治さんに“地球の危機”を知らせたのよ!!」

ガラス張りの部屋に響く詩織の声。

「じゃぁ!どうして自分と志季の身を守るために私に“宇宙人と遭遇した少年たち”の情報を私の手で消したの?それは、貴緒が宇宙からの侵略を手引きするのに邪魔な情報だったからじゃないの?」

詩織の声に対し抑揚のない声でアメリアが言葉を返す。

「わかったわ・・・」

大きく深呼吸をして気を落ち着かせた詩織が答える。

「わかったわ。とにかく、貴緒くんの真意を知る為にも早く二人を見つけないと・・・でも、どうやって見つけるの?二人が何処に浚われたかなんて皆目検討もつかないのよ」

「実験・・・したの。貴緒の中に存在した未知の遺伝子をマウスに注入をしたら・・・信じられないと思うけど、瞬間移動が出来るようになったのよ」

雅とエマが目を丸くする。“瞬間移動”という言葉、全く聞かない言葉ではないが、それは小説や映画の中の事で、普通の会話での事ではない。

「テレポーテーションって・・・アメリアさん!そんなことSF漫画や映画の世界の話じゃないですか?!わっ!」

あまりにも非現実的な言葉に雅は興奮してソファから落ちる。

「あなたの言うとおりよ。でも、マウスは未知の遺伝子を注入されて、わたしと孝治の見ている目の前で風のように消えたわ」

「まって!」

詩織が雅とアメリアの会話を遮る。

「その瞬間移動と貴緒くんたちの居場所・・・関係があるの?」

アメリアは頷いた。

「波に浚われる時に、瞬間移動を使っていれば問題なく二人は生きている。そして、その瞬間移動が貴緒の力によって行われているとすれば、彼の知っている場所、過去に行った場所に移っている率が高いわ。無意識でも知っている場所ならありえる」

詩織は肩を落とし、首を横に振った。

「いいえ。貴緒くんはカナダに来たのははじめてよ・・・」

打った腰を撫でながら雅が二人の会話に口を挟む。

「アメリアさん。さっき、あなたはわたしたちに協力すれば志季や貴緒を見つける事なんか簡単だみたいなことを言っていたけど。あれって、嘘だったわけ?冗談じゃないよ!俺達はあなたと違って、二人は大事な存在なんだ!!あんたの旦那かなんだか知らないような奴の与太話に付き合っている暇はない!!例え、貴緒が悪魔の使者だとしても、あいつは俺の・・・大事な友達なんだ!!」

雅の言葉で空気が一瞬止まる。

「あ・・・し、詩織さん・・・俺・・・」

雅の顔は赤いバラの花びらのようになっていた。

「大丈夫よ・・・わたしがアメリアにちゃんと伝えるから」

興奮と恥ずかしさで赤くなった雅の肩をエマが抱く。

「雅、わたしには分かったわ。今の言葉が英語でなくても・・・雅にとって、貴緒や志季がとっても大事な友達だって事・・・・」

覚えたての日本語の単語から織り成された雅の言葉はエマにとってどんな吟遊詩人が諳んじ飾り立てられた詩よりも心をふるわせた。

 



  next→