赤い星が落ちた日II
〜le myosotis 勿忘草〜
Spring haze 3
(春霞)
貴緒は言葉を失った。
機体の光を浴びて燃えるような赤い髪の少女は、確かにあの死んだはずの少女であったのだから。
「マリタ」
赤い髪が一陣風ともに燃え上がってみえた。目の前にいる少女は、間違いなく“マリタ”である。
しかし、確かに外見は“マリタ”なのだが、それはただの“皮”を着た別のものを貴緒は感じた。
「おまえも、そう呼ぶのか?」
マリタに似た少女の口角があがる。
少女の髪と同じ色の閃光が貴緒と志季へ向かって濡れた地を破壊しながら襲ってくる。
二人は右と左に飛び退けた。
「貴緒!大丈夫か?」
「大丈夫だよ。あっ!!」
閃光の力で受けた地盤の衝撃が洞窟全体を揺るがし、天井から下がるつららじょうの鍾乳石が落てくる。
「逃げないと!」
叫ぶ貴緒をよそに志季は少女を目掛けて走り出す。
「志季!」
目の前に瓦礫と化した鍾乳石が落ちてくるのを貴緒は掻い潜り、志季に追いつこうと走ったが、大きな落石がそれを阻んだ。
「志季!だめだ!それに近づいちゃ!」
叫ぶ貴緒の上に剣の切っ先のように鋭い鍾乳石が落ちてくる。
「あ!」
間に合わなかった、貴緒自身もうダメだと思った。
しかし、貴緒の上に落ちてきた鍾乳石は、彼の目の前で粉砕されきらきらと砂の城のように脆く崩れていったのだ。
「!」
一瞬、貴緒の時間が止まる。
そして、自分の目の前で起きた事の要因が何であるかを悟った。驚くことはなかった、少なくとも以前からその兆候は見られていたのだから。
ただ、これほどまでの能力があるとは想像もしていなかった。
「マリタ!」
志季は少女の細い手首を掴んだ。
「な、何をする」
志季に掴まれた手首から今まで感じたことが無いような戦慄に似た恐怖が少女を支配した。
少女は自分の力が萎えてゆくのを感じた。
「どうして!お前は私に触れる?」
「それは、僕が君を知っているからだよ。友達だったから・・・」
囚われた両手首から、流れ込んでくる抹殺すべき“知的生命”の熱い感情が少女の胸を締め付ける。苦しさの余り少女は両方の目から涙を流しながら、力なく志季の胸に顔を埋めた。
「君の細胞の中にマリタがいるはずだから。君はマリタと同じ精神を持っているんだ・・・だから、地球人を全て消し去ろうとしても君には出来ない」
志季は少女の手首を離しそのまま抱きしめる。
「何故?私の名前を知っている?私の名前を知っているのはマスターだけだ。私に指令をだす人間だけだ。お前も私のマスターなのか?・・・同じ精神ってなんだ?」
少女の中で細胞がざわめく。これは、今までに感じたことの無い精神の高ぶり。
「苦しい。お前と会うまでこんな苦しい事は起きなかった。お前はどうしてそんなに私を苦しめる?」
一瞬の出来事であった。
志季は背中に強い痛みを受けた。
「う・・・」
少女は手にも触れずに自分より大きな少年の身体を跳ね飛ばしたのだ。
そう、それが彼女の超能力の一つであった。
「お前はマスターなんかじゃない!マスターの精神はもっと冷たい!私を苦しめたりしない!」
生暖かな赤い血が、志季の声の代わりに声帯からあふれ出してくる。このままだと気を失いそうであった。
このまま気を失いマリタに殺され、永遠に別離れてしまうのだろうかそんな思いが脳裏を支配する。
(だめだ・・・。マリタを守らなくては・・・)
もし、自分がここで死んでしまえば、マリタは永久に心を持たない、殺人兵器として生きていかなければならなくなるではないか。
そして、2度もマリタを失うことになる。
「マリタ・・・止めるんだ。君を殺人兵器にしたくない・・・」
だが、少女の燃えるような赤い目がさらに赤く炎が燻り、獲物を捕えた猛禽類のような光を宿していた。
標的の獲物が傷つき苦しんでいるのをいたぶろうとしているかのように。
「お前達のような“生命体”は我々の新天地たる星には必要ない。必要なのはこの星だ!」
動くことの出来ない志季に向かって少女が精神を集中させる。
「死ぬがいい!」
霞んでゆく視界の中にマリタの赤く燃え上がる影が揺れたその刹那。
志季の目の前に貴緒が立ちはかると同時に雷のような光が飛び散った。
「た、貴緒・・・?」
「志季!大丈夫?」
肩越しに振り返る貴緒。
「なに?」
自分の超能力をかわされた少女は意表を衝く貴緒の能力に思わず後込みをする。
「驚かなくてもいいよ。これは死んだマリタが僕に置いていった置き土産なんだから」
貴緒はそういうと志季を抱きしめた。
「今は逃げるよ。でも、君に・・・いいや君の星の人間にこの地球は渡さない!」
貴緒は使い慣れない能力で志季を連れてその場から消え去った。
赤い髪の少女を一人残し。