赤い星が落ちた日II
〜le myosotis 勿忘草〜
Spring haze 2
(春霞)
冷たい白色の美しい釣鐘のような鍾乳石の先から零れ落ちる雨水は、石灰岩の割れ目を通過し、炭酸カルシウムを溶かして流れ、滴り落ちる時に出来た自然の芸術である。それは人一人の人生よりも長く切ないほどに時間をかけて成長してゆく。
最初に目にしたものは、それだった。
どうやら、自分の乗った惑星探査船は不時着をし、地球に飲み込まれたらしい。
見上げた天井は壊れており、そこから白色のきらきら光る鍾乳石が顔を出している。
起き上がろうとすると、重力の重さで身体がすぐ動かなかった。ここは自分の住んでいた惑星よりも重力が重く圧し掛かってくる。
もう一度、筋肉どころか脂肪もついていない細い両腕に力を込める。
次は、難なく起き上がることが出来た。
“生命反応”を感知するために全神経を集中させてみる。
“生命反応”が感じられた。それは、“知的生命”のようではないようだ。
“下等動物”の仲間。
ここには、“知的生命”が存在しないのか。
もし、そうであれば自分の役目はここまでだ。
そうであれば、少なくとも“消去”をする手間が省け、左胸に感じる熱い焼けるような痛みも感じなくてすむ。
取り合えず、耐熱繊維で出来たスーツを脱ぐ。この服はいつ着ても窮屈で苦手だったが、惑星探査船に乗るときは必ずこれを着用することを命じられている。
「ふー」
柔らかい生地にジャケットを羽織り、ため息をつく。
軽い。
もう一度、“生命反応”を感応してみる。
とても柔らかい心地の良い気流が、胸に流れ込んできた。
そうだ、ここから出てみよう。
扉は墜落時に撓んだため、開かなくなっていたが、壊れた天井から容易に外に出れた。
白い鍾乳石に覆われた洞窟は、宇宙船によって破壊された部分から外からの光を受け入れているせいか、やけに輝いて見えた。
それは“美しい”風景であった。
その景色は生命の流れを感じさせた。
ふと、冷たい頬に暖かい水滴が流れてゆく。そして、身体が“消去”の行為よりも熱く火照るのを感じた。
“何故”
壊れた機体に背中を押し付け、両目を両手で覆う。
“壊れそうだ”
“何が?自分自身が”
頭を振り、我を取り戻そうと深く息を吸い込む。
「マリタ・・・」
脳裏で声がする。
“命令”の声とは違う。
「マリタ!」
その声は近づいてきた。
熱くなっている自分の身体よりも暖かいものが自分を包み込むのを感じた。それは、とても懐かしく、切なくそして、左胸が燃え尽きるぐらい痛かった。
「マリタ!あ・・・生きていたんだ」
志季は燃えるような長い髪の少女を抱きしめていた。
触れられた身体から“言語”を“修得”できた。これは、この惑星の“危険”要素である“知的生命”だ。
“能力”を使って“知的生命”である“人間”の身体から一気に離れた。
「おまえは誰だ?何故、私をそう呼ぶ?」
志季の右肩に衝撃が走る。そこには、鎌いたちを思わす、何もぶつかった様子もないのに出来上がった切傷があった。
「志季!なにやってるんだ?」
右肩の痛みに顔を歪めながら志季は貴緒に嬉しそうに言う。
「貴緒・・・マリタだ・・・」
「何・・・志季、何を言っているの?マリタは死んだんだよ」
志季は横に首を振った。
「あそこに・・・マリタが」
志季の指差した方には、以前に見たことがある宇宙船と同じものが、静かに横たわっていた。
そして、そこには地上からの光を受けて銀色に光る機体に赤い髪の少女がいたのである。