赤い星が落ちた日II
〜le myosotis 勿忘草〜
Spring haze 1
(春霞)
10年前
桜花高校では春休みになると、星空教室が開催される。近くにある宇宙生物研究所でその年に入った所員の研修の一貫として開かれていた。
その年の新しい所員は3人。河上、紅一点の高田そして真柴宇宙生物研究所、所長の一人息子である真柴孝治であった。
真柴孝治は27歳という若さであったが、理工学部を卒業した後、アメリカの宇宙生物研究所で研究員として席を置いていたが、父である真柴浩一郎が心筋梗塞で倒れたことがきっかけで日本に帰国した。
新しい所員とは言っても河上や高田のような初々しさや親しみ易さは、真柴孝治にはなかった。
しかし、若干17歳という若さの高校生、立花詩織には同級生にはない輝きを彼から見出していたのである。
真柴の目から発せられる自身という光が詩織にはとても魅力的に感じられた。
春とはいえ、まだ夜は冷え込む。
しかし、5階建ての桜花高校の屋上には天文学に興味をもつもの、星座の神話に思いを馳せるもの、そして、星の輝きに魅了されたもの、そんな学生達が集まっていた。
研究所の新人の教育係を担当するベテランの大江が、集まった高校生達にいつものように挨拶と簡単な自己紹介後、桜花高校の天文部の顧問の教師、岡本が生徒達にいくつかの注意事項を述べる。
「2年生、3年生は知っているかもしれませんが、本日は特別に校舎を借りての星空教室です。危険な事をしたり、屋上以外の場所へは行かないようにしてください。もし、この最低限のルールが守れない場合は、来年からこの教室が中止になりってしまいます。みなさん、よく心得て行動してくださいね。それでは、好きな星空の方角へ行ってください」
岡本がやんわりとした口調で言うと生徒たちは、東西南北に置かれた天体望遠鏡へ思い思いに散っていく。
詩織は、クラスメイトの岸田紗江子と東に設置された天体望遠鏡の方へ向かう。
「はじめまして。真柴さん。わたし、ここの2年生の立花詩織といいます。今夜はよろしくお願いします」
真柴孝治は少し驚いたようであったが、笑顔で右手を差し伸べる詩織に微笑み返した。
「こちらこそよろしく、立花さん」
触れた手に柔らかい電気が通り抜けるような感覚を詩織も真柴も感じた。
こうして、二人は週末の夜になると静かに夜の星空を見るようになったのである。
二人は永遠に一緒に、澄んだ星空を見上げることを願っていた。
真柴は10歳という年の差を忘れるほど詩織に恋し、詩織も高校を卒業後、真柴とともに永遠に星の美しさと謎を共有するために理工学部へと進学しようとしていた。
しかし、詩織と真柴のガラスのように透き通った関係は続くことはなかった。
そう、あの夜の出来事がガラスを撓ませ、静かな亀裂を生みそれは流れ星が落ちてゆくさまよりも早く脆く壊れた。
桜の森に落ちた赤い星が全てを狂わせたのである。
詩織と真柴が出会ったその年の夏休みの出来事であった。
赤い流れ星が桜の森に落ちてゆくのを詩織の弟の志季とその親友の貴緒は偶然、目の当たりにした。
少年達は流れ星を追って桜の森へ、そして、そこで人間と同じ姿し、流れ星と同じ色をした髪と目をもった異星人と遭遇したのである。
滅び行く故郷の星を捨て新たな大地を求め異性人は、遥か遠くの銀河系の星のひとつ地球を見つけた。
そして、そこに存在する邪魔な生物である人類を排除するために使者を送ったのである。
それが、少年達が出会った異性人の少女マリタ。
彼女は生まれもっての超能力の為に、政府の軍事機関に両親を殺害され、新しい武器開発の実験と研究の為に幽閉される。
そして、最高の武器として生まれたのが彼女、マリタ自身であった。
軍事機関はマリタという超能力者を多く保有するために、マリタを脳死させ、マリタの細胞を使い多くの兵器を造りあげた。
そのうちの一体が志季と貴緒の出会ったマリタである。
しかし、マリタの細胞は、細胞の記憶にはないはずの、記憶をクローンのマリタの中に目覚めさせてしまう。
それがオリジナルのマリタの精神の強さだったのか、それとも少年達との出会いがきっかけで目覚めたものかは分からない。
だが、不時着し怪我をしたマリタを助けた少年達の優しさがマリタを地球人を地球から排除するという任務から開放したのは間違いなかったと思われた。
自分自身の生命と引き換えにマリタは地球を守った。
守ることが出来たのである。
マリタと分かれた志季と貴緒はマリタの死を悲しむまもなく、真柴宇宙生物研究所の職員達に、政府との繋がりのある研究所に連れて行かれ、彼らはマリタとの事、赤い星から発生した赤い光、それらが人体に及ぼす影響力などを調査された。
その時、志季と貴緒を連れて行ったのが、あの真柴孝治であった。
詩織は弟を帰して欲しい、実験材料に使わないで欲しいと夏休み中、志季と貴緒が戻ってくるまで毎日、真柴宇宙生物研究所へ通ったがその間、一度もあの優しかった真柴は顔を出さなかった。
あの時、詩織は研究者である真柴の本性を垣間見たのである。
夏休みが終わる頃、志季と貴緒は帰って来た。
二人とも研究所で何をされたかは語ることはなかった。
そして、詩織が真柴孝治とも2度と出会うことはなかったのである。
探るようなアメリアの宝石のように光る視線が詩織には痛かった。
「孝治はあなたとの事をすべて話してここへ行くようにといったの」
「彼の中で、まだあの赤い星の研究は続いているのね・・・」
詩織はアメリアの視線を見据える。
「マリタという超能力をもった少女のクローンは、彼らが出会った1体だけではないのよ」
「だからって・・・弟達にはもう関係のないことなのに・・・」
「ここまでの筋書きは、彼らがカナダに来る前から出来ていたのよ。関係ない分けないじゃない」
詩織の表情が凍りつく。
「カナダに落ちたこの赤い星。これがここに落ちるのは某宇宙科学研究所の情報で半年前から大体予測されていたの。そこで、志季くんたちの学校の担任に少しばかり協力して頂いたのよ」
志季たちの担任は確か、あの天文部の顧問大江であった。そういえば、大江があの桜花高校に来てから星空教室がはじまったというのを聞いたことがある。そして大江は真柴孝治の理工学部の先輩でもあった。
「すべて・・・あのマッド・サイエンティストの筋書き通りになっているのよ。詩織さん」
そう言ったアメリア表情が、詩織にはとても悲しげに映った。