赤い星が落ちた日II
〜le myosotis 勿忘草〜
the Spring Equinox 4
(春分)
勇気の塊のような雅がスライド式の扉に手をかけた時。
「ん・・・?」
目の前にあるはずの、ミルク色の煙のようなものがないのだ。雅は自分の目を疑った。
「し、詩織さん」
シート越しの詩織に向かった声は動揺を含んでいながら、安堵のため息にも聞こえた。
「これは・・・いったい。どういうことなの?」
橋から見えるイングリッシュ・ベイは穏やかな青色に揺れていた。その青から青い空が続いているようにさらに海が広く感じられる。
「!そうだ!志季と貴緒は?」
雅は叫びながら扉を開けると車の外へ飛び出す。
「志季!貴緒!!」
周りの景色は、さっきと何も変わっていないのに、志季と貴緒の姿だけは見つからない。
しかし、雅と同様に車に乗っていた多くの人間が橋の上に出て、狐に詰まれたかのように焦点の定まらない表情で、うろうろとしながら、互いに見知らぬ同士で、現実を確かめようと声をかけ合う。
「何があったんだ?」
「さあ・・・」
「あれ、見ましたよね?」
「何だったんだ?」
異口同音を音にし、人に確認することによって人々は混乱状態を回避していた。そう、確かに今起きた出来事は誰もが確信がもてなかったのである。
橋を襲った大波が一瞬にして消えたのだから。
そんな渦中に人々の間を縫って行く長身の雅の姿があった。
「志季!貴緒!なんで、あいつらだけ波にさらわれたんだよ!」
海に向かって叫ぶ雅に流暢な英語で、気品のある女性が声をかけてきた。
「あい どんと すぴーく いんぐりっしゅ」
雅は慌てて女性に向かって自分が英語が話せないことを告げると、ピンクのルージュを注した女性の唇が微笑む。
「ごめんなさい。もしかして、さっきあの、“波”にさらわれた少年達のお友達かしら?」
女性の発してきた言葉が英語だけでなく日本語も流暢だったので、雅は驚いた。
「あ、挨拶も無しで失礼しました。わたしはアメリア・真柴といいます。日本で真柴宇宙生物学研究所で研究員をしています。イングリッシュ・ベイに落ちた隕石の調査に来たんですが・・・まさか、目の前であのようなものが見られるとは・・・」
アメリアは海外のSFドラマから出てきたような“クール”という言葉が当てはまる女性だった。
「真柴宇宙生物研究所って・・・あ、真柴孝治博士の研究所!俺達の学校の卒業生の」
差し出された白く透き通るような手に、雅は手を躊躇なく伸ばす。
「真柴博士は俺達・・・あ!そうだ、あいつらがさらわれたんだ!」
雅は、アメリアの風貌に魅入られてしまい、一瞬、自分のしていことを忘れていたのである。
「二人の少年!まさか、真柴の故郷の近くの森で赤い隕石が落ちた事件があったと聞いたんだけど。その時、研究所で“保護”をした少年では?」
雅はアメリアのエメラルドグリーンの目を凝視した。
「な・・・」
「わたしから、目をそらさないで・・・。わたしの話を聞いて、そして協力してもらえれば、あなたの消えたお友達を探す手がかりが見つかるかもしれないわ・・・。あなたのお友達、“赤い星”に引き込まれてカナダまで来たようね」
「お願い!」
アメリアの背後から詩織の声が言う。
「お願い。二人を見つけて・・・」
「し、詩織さん・・・」
振り返った雅に映った詩織の表情は懇願していた。
「本当なら、真柴なんかに頼みたくない・・・でも、あなたの言っている事には一理あるかもしれない。わたしもあの赤い隕石が落ちた次の日に、弟達が来る・・・不安がなかったわけじゃないもの」
アメリアは自分よりも背の低い詩織の前に歩み寄って、微笑んだ。
「立花志季、浦沢貴緒・・・そしてあなた立花詩織。あなたが、孝治の10歳はなれた恋人って」