赤い星が落ちた日II
〜le myosotis 勿忘草〜
the Spring Equinox 2
(春分)
定刻どおりにカナダのバンクバー国際空港に着いた。
貴緒、志季そして雅の3人は、速やかに入国手続きを済ませ、志季の姉の詩織が来るまで、空港内にあるコーヒーショップで、約8時間ぶりの地上を味わった。
「うううう。美味しいなぁ、地上で飲むコーヒーは」
雅が本日のお勧めのブラックをすすりながら地上の幸せを噛み締める。
「まさか、雅が高所恐怖症だとは」
カフェ・ラテの泡で髭を作りながら志季が言う。
「それをいうなよ〜。ジェットコースター、大好きだし・・・自分自身でびっくりだよ。あの、ぎゅうううううって感覚が怖い〜」
二人の会話に耳を傾けながら、コーヒーショップのテレビを見ていた貴緒がふいに、声を出す。
「あ!」
普段から物静かで物怖じしない貴緒の素っ頓狂な声に志季は驚く。
「な、何?」
貴緒はテレビを指差した。
「雅が昨日、言ってた隕石のニュースだよ」
貴緒の言葉に志季の表情が固くなる。
「貴緒、ただの隕石だよ。なんで、そんなに気にするんだよ」
関わり合うな、気にするなという信号が志季から発せられるのを、貴緒は痛いほど感じた。しかし、貴緒は言葉を続けた。
「君が気づいていないとは言わせない。赤い光が見えているのに、気づいていないとは言わせない。飛行機から見えた赤い光が何を意味しているのか、君には気づいているはずだ」
貴緒の視線が志季の目を捕えようとするが、志季は目を強く閉じ、顔を背けた。
「気づいていたとしても、僕らにはどうすることもできやしないんだ。マリタという殺人兵器が・・・地球上の人類を絶滅させるためにやってきたなんて・・・誰が信じると思う?」
手の中の紙コップが潰れ、志季の手を濡らす。
「そうね、そんな話、信じる人間なんていないわね」
少し変わった訛りのある女性の声が二人の会話を割って入ってきた。驚いた、日本人の3人の少年が同時に声の方へ視線を移すと、そこには青い目をした女性がいた。
「面白そうな話ね。地球上の人類を破滅させるためにやってきた?それ、どういうこと?」
女はくすくすと笑い出す。
「可愛いjapanese boyたち。今時、子供だって思いつきもしないわね」
貴緒は立ち上がり、頭一つ分ほど違う背丈の非礼な女性に向かって言う。
「お言葉ですが、初めてお会いした見知らぬ人にそこまで無礼をはたらかれる筋合いはないと思います」
女性は、膝を曲げ自分の深い青い目を貴緒の目線高さを合わせて微笑んで見せた。その顔は女性というよりも、まだ少女のように幼かった。
「ごめんなさい。あんまりあなたが可愛いから言い過ぎちゃった。詩織が言ってた通りね!日本人って本当に可愛い」
志季は自分の姉の名が少女の口から出てきたことに少し驚く。
「詩織って・・・立花詩織のこと?」
志季の方へ顔を動かすと少女のブロンドがさらさらと音を立てるようにゆれた。
「そうよ!あなたが、詩織の弟ね!はじめまして、わたしはエマ・エリソン。詩織はわたしの日本語の先生なの」
「えええええ?日本語の先生・・・あ、あれがぁ〜?」
「詩織が大学生の時、家にホーム・スティしてからの、わたしの先生なの。さあ、詩織が車で待っているから、急ぎましょう」
そう言うとエマは貴緒に向かって片目を閉じて見せた。雅は目敏くそれを見て貴緒の横腹を肘でつつく。
「すげ〜。うちの学校じゃいない美人だよ」
しかし、雅の目に映った貴緒の表情は、おおよそ、学校で穏やかな男子で人気のある貴緒からは想像できない表情であったのは間違いない。
4人は貴緒の姉の詩織の待つ、青いバンに乗り込んだ。
「本当だ。姉貴の言ったとおり・・・寒すぎる。日本を出る時はこの服装でも汗がでるくらいだったのに・・・」
姉の助手席で少し大袈裟に志季は言う。
「ちゃんと、冬物のジャケット持ってきた?」
「勿論。なあ、二人とも持ってきたろ?」
後部座席の貴緒と雅に向かって志季が聞く。
「持ってきたよ。ホント、さむいっすね〜詩織さん」
バックミラーに映る詩織の笑顔に、締まりのない笑顔を返す雅。
「貴緒くんは?」
声をかけられて無反応の貴緒と雅の間に座っているエマが聞きなおす。
「あなたは?」
「あ・・・?」
間の抜けた返事に詩織は言う。
「長旅で疲れてるので!よ〜し!みんなのために家まで飛ばすぞ!!」
「あ、姉貴〜」
「詩織〜」
詩織の運転するバンで乗客が恐怖の悲鳴を上げる。
貴緒以外の乗客だけが。