赤い星が落ちた日II

 

le myosotis 勿忘草〜

 

Afar Off 8

(はるか遠くに)

 

 

「悪いが貴緒と同様、消えてもらうよ」

志季は全身全霊をかけて自分の胸に埋まっていこうとするマリタ・シーターの腕を掴む。

「そうはさせないさ・・・・」

「うっ」

マリタ・シーターは自分の身体が志季から流れてくる得体の知れない超能力(ちから)によって感電するような痛みを覚えた。

「マリタ・シーター。もう、やめなさい。マスターの計画が全てだと思わないで。自分で考えるのよ。自分が何をして判断すべきかと」

志季を介してマリタの意思がマリタ・シーターに送り込まれてきたのであった。

「自分で判断?」

「そうよ・・・」

「自分で判断はできない。マスターの命令が全てだから」

マリタ・シーターの赤い髪が逆立った。

「あぁ、可愛そうなもう一人の私・・・。私は私の愛するべき人々を守る為なら、自分自身も殺せるわ。あなたの大事なマスターが私の愛すべきものを傷つけようとしたから、この世界から消したのよ。あなたも、私の大事なものを傷つけようとしている、だから、私はあなたを殺せるわ。マリタ・シーター!」

「うぅぅっ!」

マリタ・シーターは自分の目を疑った。それは、目の前の少年がいつのまにか自分と赤い髪と目を持った少女に姿を変えていたからだ。

一怯んでいるマリタ・シーターの強張った腕を、自分の胸に埋まった腕からマリタは引き抜き、その手首を捻り込み彼女の背中に回す。

「ごめんね・・・マリタ・・・」

マリタの頬に暖かな涙が伝う。

「さようなら・・・志季」

ビロードのように柔らかな赤い光がスルスルと志季の身体から離れ、その赤い光がマリタ・シーターを包んだ。

ほんの一瞬だけ二人の少女の身体が赤く燃え上がり、その後、空から落ちてくる流星群のようにきらきらと深い青い海に降り注いでゆく。

仰向けになったままゆっくりと空中を浮かんだ志季は消えてゆく星の欠片たちを見つめていた。

「マリタ・・・」

 

 

海底から見上げた、水面に揺れる波と光から創り出された海上の世界は、貴緒の目にはそれは美しく愛おしい世界に映っていた。

「僕は、また君に助けられたようだね・・・」

貴緒は傷ひとつない自分の身体を確認すると、近くに恐る恐るよってきた小さな魚たちの群れに視線を移す。

さっき、マリタ・シーターに襲われたときに一緒に海に落ちたマリタ・リギルが貴緒の生命を救ってくれたのであろう。

マリタからもらった超能力(ちから)はマリタ・シーターの強力な敵意と超能力(ちから)によって殆ど使い果たししてしまっていた貴緒であった。マリタ・シーターに心臓を掴まれ息も絶え絶えに戦っていた彼の体力も精神力も既に事切れそうになっていたが、マリタ・リギルが彼に自分の超能力(ちから)を与えてくれたのだ。マリタ・リギルは大事なマリタの為に自らの命を絶ち、マリタの愛する“もの”に生命を譲り渡したのである。

その時、生命の力と彼女の強い超能力(ちから)も同時に彼は受け与えられた。

「ごめんよ。君たちの大事な睡眠時間を邪魔してしまって」

貴緒は海底から自分の身体を出す事に気を集中させてみた。

精神で願うことはいともた易く貴緒には実行できた。

それは、この先、貴緒がこの世界から生命の淵にたどり着くまで続く超能力(ちから)であり、そして、貴緒がこれから先、生きて行くにあたり大きな重荷になるに違いない。

人と違う超能力(ちから)を持って生まれてしまったばかりに残酷で悲しい運命の糸に搦め捕られるしまった少女の苦悩と苦しみを、貴緒は生命と引き換えに手に入れた。

貴緒にとってそれが大きな代償ではなかった。

なぜなら、彼自身、守るべきものはすべて守れたのだから。

貴緒の生まれ育った広大な銀河の中の小さな星、地球と、そして。

 

そして、満天の星の下にいる志季の目の前に貴緒は瞬間で移動した。

 

 



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