赤い星が落ちた日II
〜le myosotis 勿忘草〜
Afar Off 7
(はるか遠くに)
地上に真っ逆さまに落ちてゆく貴緒の身体を捕まえたマリタ・リギルの顔は貴緒の暖かい血によって赤く染められた。
「貴緒!」
マリタ・シーターの炎の攻撃が貴緒の動かなくなった身体を強く抱きしめたマリタ・リギルを容赦なく攻撃を続ける。
「マリタ・シーター!わたしたちはもう戦う必要はない!!もう、わたしたちは・・・」
マリタ・リギルはあらんばかりの声で叫んだ。
「わたしたちの存在すら必要なくなったんだ!」
「どうして、嘘をつく!!騙されない!」
貴緒を抱き抱えているマリタ・リギルに向かってマリタ・シーターの悲痛な叫びと同時に放たれた光の矢は躊躇うことなく二人を貫く。
光は一瞬にして形を消したが捕らえられた二人の身体には空洞が残されていた。
二つの影が深い色をした海へと消えて行く。
「さようなら・・・リギル・・・マスターの命令を背くからこんなことになるのよ」
影が静かに海に沈んでゆくのを見届けているマリタ・シーターの背後から声がする。
「マリタ・シーター」
声のするほうに顔だけ向けたマリタ・シーターは驚く。
「誰?」
「忘れたかい?おれも貴緒と君が会ったあの洞窟にいたんだけどな」
声はゆっくりとマリタ・シーターに近付き、表情が見えるぐらいの距離に近付いた。
「おまえは・・・地球人のはずなのに。どうして、力を感じる?」
「それは君のオリジナルの力がこの身体に存在するからだよ」
マリタ・シーターに近付いてきながら彼は言う。
「君は地球人を滅ぼす必要がなくなったのは分かっているはずなのにどうして無駄な事を続けようとするんだ?」
後退るマリタ・シーターの腕を志季は掴む。
「貴緒は・・・」
マリタ・シーターの赤い唇の端がゆっくりとあがる。
「マリタは教えてくれないの?あなたのオトモダチがこの世界から消えたことを」
「どうして、貴緒を殺す?あいつを殺して君に何の得があるんだ?」
志季の声が震える。
マリタから伝わってくる情報の一つ一つが志季の全身を熱くしていた。
「地球人を殲滅させるにはあれは邪魔だったからよ。いいこと!」
志季の腕を振り払いマリタ・シーターは微笑む。
「マスターが滅びようと、マスターの出した命令は絶対なのよ。それを守れないマリタが消えてしまうべきなのよ。そうよ、わたしたちは失敗も許されなければ、途中で手を引くことも許されないのに。貴緒はそれを邪魔したのよ。だから許さない」
冷たい笑い声が暗くなった空に響く。
「おまえも消えるがいい!」
マリタ・シーターは志季に向かって超能力を放った。
その超能力が及ばない研ぎ澄まされた超能力が志季の身体を一瞬にして別の場所へ移動させる。
「さすがは、オリジナルね。貴緒とは違うわ。でも、超能力でわたしを倒すということは、地上を海に沈めるという事になるわね」
不敵な笑いを浮かべたマリタ・シーターの顔は志季の知っているマリタたちとは全く異なっていた。
醜く笑う少女はマリタではなかったのだ。
超能力に超能力を当てれば大きな熱で北極の海水の温度が上がり氷山が溶け、地上が海へと沈むことになるとマスターの言葉を疑うことなく信じている純粋な心のマリタ・シーターをマリタの魂を抱いた志季の心は痛むばかりであった。
「マリタ・シーター。もう、誰かを傷つけるのは無意味だということを分かって欲しい。君も感じているはずだ、マリタが人を殺す君を思って悲しんでいることを」
離れていたマリタ・シーターの愁いを帯びた顔が一瞬にして志季の目の前に現れた。
「!」
僅かな時間に志季の左胸にマリタ・シーターの細い手首が埋まっていた。
「悪いが貴緒と同様、消えてもらうよ」
志季は全身全霊をかけて自分の胸に埋まっていこうとするマリタ・シーターの腕を掴む。
「そうはさせないさ・・・・」
「うっ」
マリタ・シーターは自分の身体が志季から流れてくる得体の知れない超能力によって感電するような痛みを覚えた。
「マリタ・シーター。もう、やめなさい。マスターの計画が全てだと思わないで。自分で考えるのよ。自分が何をし判断すべきかと」
志季を介してマリタの意思がマリタ・シーターに送り込まれてきたのであった。
「自分で判断?」
「そうよ・・・」
「自分で判断はできない。マスターの命令が全てだから」
マリタ・シーターの赤い髪が逆立った。