赤い星が落ちた日II
〜le myosotis 勿忘草〜
the Spring Equinox 1
(春分)
ようやく、寒さも和らぎ昼と夜の長さがほぼ等しくなる頃、学生達は短い3学期を終え、春からはじまる新しい戦場へ行く前の短い休息の時間を向かえた。暖かくなった気候は冒険心を刺激する芳香を放ち誰もが目に見えない力で新しいことをしたいと思う原動力を発動させる。
彼らも春の魔力に取り付かれたもの達の仲間であった。
濃紺のタートルネックの上に春物のスタンドカラーのジャケットにジーンズといういでたちで浦沢貴緒は駅の東口にあるバスターミナルのサービスカウンターの横に設置してある長椅子に腰をおろし“海外旅行の英会話”をぼんやりと眺めていた。
「ちゃんと勉強してる?」
軽く頭を小突かれ振り返る貴緒の後ろに中学生からの悪友、立花志季がいた。彼はジージャンを羽織った下からグレイのスウェットパーカのフードを出し履きなれたジーンズ姿でいた。
「志季こそ勉強した?」
「貴緒君。英語は君の得意分野でしょう?ぼくがなんで勉強しようか!」
大げさに両手を空へ掲げながらおどけた調子の志季に貴緒は肩をすくめる。
「平気、平気。空港まで行けば詩織姉貴が迎えに来てくれてんだからさ。リラックスしようよ、貴緒」
「テンション高いよ、志季」
生まれて始めての海外旅行とあって立花志季はいつも以上に浮かれ気味であった。
それもそのはずである。彼らはこの日のために高校生になり、すぐにアルバイトをはじめたのだから。しかし、浮かれ気味の志季よりも一生懸命だったのは貴緒のほうだったかもしれない。
貴緒はテストが始まる10日前以外は1日たりとも休まずにアルバイトと自分の輝ける夢のために英会話やフランス語を習いながら働いていたのだ。
「なんせ、飛行機に乗るのも始めてだから」
無邪気な志季にくすりと笑う貴緒。
「志季らしいや」
「そ、そう?あ、貴緒。雅だ!」
自動ドアから180センチ近くはある大柄な広瀬雅が入ってきたところだった。赤いアノラックの襟元から新品の白のTシャツをみせ、カーゴパンツという彼もまたカジュアルな服装での登場である。
「貴緒、志季、ごめん遅かった?」
志季は首を横に振った。
「ニュースを見てたら遅くなっちゃってさ」
「ニュース?」
首を立てに大きく振る雅。
「俺たちの行くカナダに大きな隕石が落ちたって」
「カナダのどこ?」
旅行ガイドの最初の見開きのページの地図を開きながら志季が雅に聞く。
「う〜ん。カナダっていっても、カナダ海域・・・太平洋側だって」
「太平洋って事は西部・・・。シアトルマリナーズのある方だよな?」
地図を見ながら志季が二人の顔を見る。
「そう」
雅は大きく頷いた。
「で、その隕石って大きいの?海沿いで何か影響がでるようなぐらいとか」
貴緒が雅に訊く。
「そんな大きなものじゃないよ。事件じゃなくてどっちかっていうと話題ぐらい」
雅が答える。
「そういう話は後にして、取り合えず空港行きのバスに乗ろう」
志季がG-SHOCKに目をやると、3人の乗るバスの乗車の時間になっていた。
「はい。チケット」
一番最初に来ていた貴緒は二人に乗車券を渡し、それぞれのスーツケースを引き摺りながら乗車所へと向かった。