赤い星が落ちた日II
〜le myosotis 勿忘草〜
Afar Off 4
(はるか遠くに)
「わたしはマリタ・リギル。他のマリタと同様、この美しい星をあなたたち地球人から奪うためにやってきた」
マリタ・リギルと名乗る少女は一瞬にして雅の目の前から消え、詩織に寄生したせん滅者の前にいた。
「残念ね・・・もう、あんたの役目はおしまいよ。マリタといい・・・あんたといい・・・みんな役立たずばかり。マリタの母体のお陰でマスターなんかわたし達の母星とともに宇宙の塵になっちゃたんだから」
詩織の口から赤い液体がぼとぼとと零れ落ちる。
「詩織さん!!」
雅とエマが叫ぶ。
「おまえ〜!!」
雅はマリタ・リギルに飛びかかろうとするが、その行為はマリタの力によって阻まれ、彼の身体は空中に浮びばたばたと四肢を溺れているかのように動かしていた。
「慌てないでよ、坊や。あれが名も無きせん滅者よ」
詩織の口から零れた真っ赤なアメーバーは、マリタ・リギルに怯えているかのように震えていた。
「もう、終わりよ。マスターも帰る星も無いんだから。わたしが楽にしてあげるわね」
その言葉が終わるか終わらない間に赤い不定形のせん滅者は煙のように消えた。
「仲間を殺すなんて・・・」
雅は倒れている詩織に走りよりながら言う。
「せっかく助けてあげたのに批判するの?まったく」
青白い詩織の顔に触れながら雅はマリタ・リギルを睨む。
「その人の生命を助けたのに。お礼のひとつでも欲しいわね。だいたい、あなたたちのような何の超能力の無い人間がわたしたちに勝てると思っているの?」
マリタ・リギルはソファの袖に腰をかけてエマと雅に微笑んだ。
「大丈夫よ。あなたたちを取って食べようなんて思っていないから。わたしは母体のマリタの為に動く傀儡のようなものだから。マリタは自分が、自分自身と同じ遺伝子から出来たマリタたちが見知らぬ星の生息者たちを殺すのを酷く嫌っていたの。わたしはマリタのそんな強い嫌悪から出来た存在らしいのよ。本当なら他のマリタたちと同様、マスターたちの住む星を奪うために戦わなくてはならないはずなのにね。わたしは自分と同じ遺伝子から出来たマリタを沢山殺したわ。そして、マリタ・シーターを倒しにきたの」
雅は立ち上がりマリタと向かい合った。
「坊や・・・いい子ね。わたしに対してさっきまで敵意をむき出しにしていながら、どうしてそんな目でみつめるの?」
「坊やっていうな!おまえ達はいつも戦うことしか考えていないみたいだな!仲良くなってみんなで地球暮らそうとか考えないのか?」
マリタ・リギルは熱い雅の視線から目を逸らす。
「マリタがこの星を守りたいという気持ちがよくわかったわ」
マリタ・リギルはそこだけ時間が止まったかのように動かなくなった男達を指差しながら言う。
「あなたたちが、あの連中のように私利私欲のためだけに動いてくれれば・・・わたしたちの星もマスターもマリタたちも・・・何も失わなかったのでしょうね・・・さぁ、早くこの女性を連れてここから去って。この研究所を破壊してからわたしはマリタ・シーターと戦いに行くから。地球上にわたし達の作った傷跡は残さない・・・」
雅はマリタ・リギルの細い腕を掴んだ。
「貴緒や志季は?」
「この星のものすべて・・・傷つけたくない」
潤んだ声だけを残し雅の手の中の存在が一瞬にして消えた。
「エマ。急いでここから出よう」
ふんわりと貴緒の身体が宙に浮き、マリタと同じ高さまであがった。
「ぼくにきみが殺せないと本当に思っているの?」
「出来るわけ無いじゃない!」
貴緒の身体から生えている太い枝をマリタ・シーターは掴む。
「今のおまえなら力なんか使わなくても殺せるのよ!」
その刹那、貴緒の身体から枝が引き抜かれた。
「うっ」
気が遠くなるような痛みが貴緒を襲う。
「どう?これでも減らず口が叩ける?」
首をうな垂れた貴緒から青い光が放たれると、それは何の迷いも無くマリタ・シーターの頭部を直撃した。
「あぅ!!」
マリタ・シーターは仰け反った。
「ぼくの超能力は地球を守るために得た力だ!きみになんかに殺されない!」
青い炎が貴緒を取り巻きそれはまるで猛禽類の翼のように大きく揺れた。
「あははは!やれるものならやってみなさい!」
マリタ・シーターから放たれた赤い光が貴緒の心臓を目掛けてきたが、貴緒はそれを青い炎で弾き飛ばす。
弾き飛ばされた赤い光は四方に広がりそれを放ったマリタ・シーター本人に向かって飛んでくる。
「あっ!」
一瞬、怯んだマリタ・シーターに貴緒はたたみかけるように青い炎で包む。
「いや〜!!」
叫ぶマリタ・シーターから再び炎のように熱く燃える光が放たれ、その光は貴緒を襲い、それは四肢を捕らえ銛で刺された獲物のように力なく地面に叩きつけられた。
「あはは!これで終りね!どうしようかしら?止めを刺す?それともあなたを化け物に造り返えた方が面白いかしら?地球人が地球人を滅ぼすなんて綺麗じゃない?」
地面に四肢を釘付けられてしまった貴緒の上でマリタ・シーターが笑う。
「マリタ・・・ぼくは地球人を滅ぼさない。そして、君にも地球人を滅ぼさせない・・・刺し違えてもぼくは守るつもりだ」
「まだ、そんなことを言っているの?だってもう、おまえの身体はぼろぼろじゃない?」
マリタ・シーターは貴緒の額に手をおいた。
「お楽しみはもうお終いよ。その正義感も義務感もここからすべてわたしが引き抜いてあげるから」
マリタ・シーターは微笑んでいた。