赤い星が落ちた日II

 

le myosotis 勿忘草〜

 

Afar Off 2

(はるか遠くに)

 

そして、貴緒の心臓を目掛けて白い光を放つと、炎のように揺れる赤い髪を掻き揚げならが人を傷つけることに陶酔にも似た微笑みをマリタ浮かべていた。

貴緒はその不気味なぐらい綺麗な微笑を見て“絶望”を感じた。

たった一人の少女から作り上げられた少女、しかしそれに関わらずマリタは個々に人格を所有していた。

貴緒たちがはじめて出逢った心優しいそして貴緒と同じように大切なものを守ろうと命を懸けた赤い髪の少女マリタとは違うマリタがここに存在し、そして、彼女と同じ赤い唇が殺意を吐き出している。

「わたしの邪魔をするような奴は苦しんで消えるがいい!」

心臓が鷲掴みにされているような激痛が貴緒を襲う。痛みに耐え切れなくなり貴緒は地面に膝を着いた。

「大丈夫・・・そう簡単には死なせはしない。ゆっくりといたぶってあげるから」

貴緒は痛みで血の気の失せた顔をマリタに向けた。

「一思いに殺さないと後悔するよ」

貴緒の言葉にマリタはニッコリと微笑んだ。

「一思いに殺されないと後悔するのはあなたのほうでしょう?」

ふんわりと身体を中に浮かせたマリタが赤い炎のように揺らめく。

「あぁ〜!」

緑色の凶器が風に乗って貴緒の頬を切り裂いた。

「おまえは、わたしを殺さなくてはならないと感じながら、殺せない。もし、おまえがわたしを殺せたとしても、おまえは残りの人生を一生後悔して生きるのよ・・・だから、わたしを殺せない。でも・・・」

瑞々しい新緑の葉が群れを成して貴緒を取り囲む。

「そのおまえの気持ちの悪いくらい美しい魂が理性を失ったとき、おまえはわたしと同じように“兵器”に生まれ変われるんだよ」

いつの間にか、マリタの顔が貴緒に顔に触れるぐらい近づいていた。

「地球人を滅ぼすのはわたしではなく、おまえなんだよ」

「そんなこと!絶対にしない!」

貴緒は喘ぎながら後退りする。

「とても綺麗ね。苦しむ顔が」

マリタの青白い手が貴緒の血で赤く染まった頬に伸び、血を拭う。

「わたしと同じ色・・・。この色は殺戮の色。マリタの持つ苦悩と憎しみの色と同じ色・・・とても綺麗ね」

指に着いた赤い貴緒の血に唇を押し当てながらマリタは微笑んだ。

「ふふふ・・・」

マリタが貴緒から離れたその瞬間。

貴緒ははるか後方に身体を吹き飛ばされ、巨木に激突する。

「あぅ!」

背中に強い衝動を受け貴緒は気を失いそうになるが、マリタの言ったことが事実であれば貴緒は気を失い自分を失うわけにはいかなかった。

もし、マリタが言うように、理性を失ったら自分が本当に殺人兵器に変貌するのであれば、そうなる前に自ら死を選ばなくてはならないのではないのだろうか?自ら生命を絶つという行為が貴緒の脳裏を掠めた。

「がんばるわね。これはどうかしら?」

光の矢が貴緒の両肩に放たれた。

「!!」

マリタの力は肉体を切り裂くこともできたのだ。

「わたしのようになればいいのよ!!いい!憎しみなさい!苦しみなさい!そうすればおまえは人の心を捨てられる!あの人間に情けをかけたマリタのようにむざむざと死ぬことはないでしょう!!」

血が腕を伝い指先に流れて行くのを貴緒は皮膚で感じとれた。切りつけられた両肩の痛みが貴緒の意識をクリアーにしてゆく。

「きみが思うほど・・・ぼくはやわにはできていない。ぼくは、憎しみと苦しみだけで生きていない。ぼくは・・・希望と未来に恋焦がれて生きている!たとえ、ぼくの生命がマリタからもらったものだとしても!マリタの意思で地球を守るという義務を植えつけられているとしても。ぼくの心はぼくだけのものだ!マリタの思いとぼくの思いが同じだから・・・」

そう言い掛けた時であった、貴緒は腹部に鈍い痛みを感じた。

貴緒はおそるおそる頭を下げ視線をその感じた部分に注いだ。自分の腕よりも太い枝がそこに刺さっていたのだ。そして、それは恐らく身体を貫通し背中から顔を出している様がまざまざと想像できた。

苦痛と憎しみに耐えられなかったのは貴緒ではなくマリタのほうであった。

マリタは貴緒の強い意志に負けたのだ。

しかし、止めを刺すはずの刃は急所を外していた。

「殺してやる!おまえ!嫌だ!嫌いだ!おまえを殺してから地球人を滅ぼしてやる!マスターたちにこの星を受け渡すのがわたしの役割だ!邪魔させない!!」

「・・・きみは・・・何も気づいていないんだね・・・」

貴緒の口から迸る赤い血。

「きみが・・・地球を欲するのは・・・マスターという存在が・・・そうさせているだけ・・・なんだ・・・きみは・・・誰にも憎しみなんか抱いていなし・・・苦しんでもいない・・・」

ふんわりと貴緒の身体が宙に浮き、マリタと同じ高さまであがった。

「ぼくにきみが殺せないと本当に思っているの?」



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