赤い星が落ちた日II

 

le myosotis 勿忘草〜

 

Afar Off 1

(はるか遠くに)

 

ふと我に返ると貴緒は自分自身が望む場所へ一瞬に移動できることを覚えていた。

これも、あの赤い髪の少女の力を譲り受けたせいであるのだろう。

少女と出会ったのがはるか昔のように思える。なぜなら、あまりにもこの不思議な力が自然に自分のものになっていたからだ。

少女を助けられた自分の生命。

これは、すでに自分自身のためのものではない。貴緒は自分の力に気づいてからそう思っていた。

時々、聞こえる少女マリタの声は“地球を守って”と言っていた。

しかし、貴緒は気づいていた。

少女の守って欲しいものが何であるか。

大きな宇宙の小さな暗殺者の小さな夢。

貴緒は少女の夢を守ってあげたいと思った。

だが、その少女の夢を守るということは、あの少女と同じ容姿と細胞をもつ少女を自分自身の手で抹殺しなければならないということであった。

しかし、貴緒には躊躇い。

「マリタ!」

叫ぶ貴緒。

その森で一番背の高い切っ先のように細くなった樅の木の先端に燃えるような赤い髪の少女が軽やかに立ちはだっている。

「きみのオリジナルのマリタが何を望んでいるのか分からないのかい?きみはマリタと同じ細胞を持っているのにそこに記憶はないの?」

髪の毛と同様燃えるような唇が動く。

「わたしの母体がマリタであろうと、あれはわたしに生を与えてくれた源というだけ。わたしはマスターの支持に従うのみ」

貴緒の目に映る少女の姿は炎のように揺れていた。

「きみがそう言うなら・・・それがきみの生き方なんだろうね」

貴緒は念じた。

そう、念じれば望むことが叶う。

それができる超能力(ちから)がマリタが生まれて得た力であり、マリタからすべてのものを奪った力なのだ。

望むだけで出来る超能力(ちから)なんて誰もが欲しい。

しかし、それをこの世でただ一人だけ所有すれば、誰もが妬みそして恐れる。

ヨーロッパの中世に魔女狩りがあったという。それは、人が持たない力を所持した者への恐れそして妬みからきた愚行であった。

生き延びるチャンスさえ手に入れられなかった魔女達はマリタたちそのものではないか。

貴緒の口元が緩んだ。

「そうさ・・・きみらは生き延びるために、自分自身の存在を消さないために愚かな星の人身御供になったのだから・・・きみたちが得たたった一つの生きるチャンス。それを生かせるなら、それが正しい生き方なんだ。」

マリタの赤い光が貴緒の鳩尾にぶつけられた。

「一人で何を言っている?何故そんな目で見る?その目はあれと同じ目だ!人を哀れんで自分というものを誇示している目だ!」

鳩尾の痛みに怯む貴緒に赤い髪の少女が叫ぶ。

2度目のマリタの攻撃が貴緒を襲うが、貴緒はそれを上手く交わす。

「あれはわたしと同じ顔をして、わたしの運命を哀れんでいる・・・。わたしは、自分の母星のために、わたしの行為を誇りに思っているのに・・・あれはわたしに反発する」

マリタの赤い矢が貴緒に向かって発せられる。

それをよけた貴緒は体制を崩ししりもちをつく。

その刹那。

それは光の筈なのに鋭い切っ先が貴緒の細い身体を突き抜けた。

「あっっ!」

貴緒の悲鳴にも似た叫びが深い闇に響く。

肩越しに自分の背中を確認する貴緒は身体の力が抜けてゆくのを感じた。

「あははははっ!地球人にはわたしの髪と同じ色の体液があるんだ!!とても綺麗よ!もっと、その色に染まるがいい!!」

貴緒は“死”を感じていた。

腹部から背中へと突き抜けていった光の矢は跡形も無く夢か幻のような出来事に感じられたが月明かりに照らされた地面の赤い模様は現実であった。

「今度は内側から破壊してあげようか?」

貴緒は頭を垂れ自分の穴の開いた身体を見つめていた。

「聞こえないの?もう、おしまい?それで、わたしと同じ力を得た人間だといえて?」

「お・・・なじ?」

同じ力。

「あぁ・・・そうだった。いいことを思い出させてくれたね。ぼくはきみと同じ力をもっているんだったよ」

貴緒はゆらりと立ち上がる。

「一度、失くした生命。それを再びくれたのがきみを生んだマリタの力だった。ぼくはマリタからもらった生命でこの星を守らなくてはならない義務があるんだ。たとえきみを哀れんでいようと・・・ぼくはその意思を殺してきみを殺さなくてはならない」

マリタはくすりと笑った。

「戦う気になったようね。でも、もうそんな身体では手遅れではない?」

マリタは笑っていた。

そして、貴緒の心臓を目掛けて白い光を伸ばした。

「わたしの邪魔をするような奴は苦しんで消えるがいい!」

 



  Next →