赤い星が落ちた日II

 

le myosotis 勿忘草〜

 

Spring breeze 4

(春風)

 

「わたしはマリタ、あの子たちの母体」

志季の耳元に人の温度がやんわりと感じられた。

しかし、人の気配は感じない。

「マリタ・・・会いたかった・・・」

「わたしも」

生命の息吹すら感じない相手から志季は温もりを感じ取ることが出来た。

「こうして君を感じているのに、君の姿がおれには見えない・・・おれの君への思いはこの程度だったのだろうか」

マリタの姿が見えないという事実が、理解っている自分がいるのにも関わらず、その原因が自分のセイであって欲しいと願う気持ちが口からこぼれてゆく。

本当の事が“何”を意味するのか志季は認めたくないのだ。

「志季・・・、ごめんね。こんな“かたち”であなたと出会うことになるなんて・・・」

志季は横に首を振った。

「姿が見えないのに君がないているのがおれには解るよ」

「志季・・・」

「マリタ・・・。こ、こんな時に、何も出来ないおれってダメだな。貴緒だったら・・・もっと・・・気の利いた言葉のひとつでも・・・」

熱いものが志季の頬を伝っていく。

「志季・・・わたしは、わたしと同じ細胞を持つあの子たちを助けてくれただけでも言葉に出来ないくらい感謝しているの。あの子たちがたとえ心のない兵器であっても、あなたはあの子たちに優しさをくれた。だから、わたしのために何も出来ないなんて思わないで」

マリタは存在しない両手を伸ばし、志季の頬を包む。

「志季・・・聞いて。マリタ・アルファはわたしにとって一番大事な家族だったの。彼女はガラスケースの中で、動かなくなった身体のわたしのために・・・わたしのしたい事をしてくれた。

わたしは彼女のおかげで勉強も出来たし、自分の身の回りで起きている事も手に取るように知ることが出来た。

でも、わたし達の力を利用しようとする者たちは、その事に気づき・・・マリタ・アルファの脳からわたし自身の記憶、彼女自身の体験を削除した。

そして彼らは滅び行く故郷の替わりとなる星を見つけ出し、そこに住む自分達にとって邪魔になる存在である“知的生命体”を殲滅する為にやってきたマリタ・アルファを送り込んだ。

そこで、彼女は・・・。志季、あなたと出逢った」

志季には、あなたと出逢ったという言葉が魔法の呪文のように聞こえた。

「そして、削除されたはずのマリタ・アルファの記憶が、あなたと貴緒の暖かい気持ちで取り戻すことができたの。

だから彼女は、わたしにこの星での出来事をすべてわたしの記憶として知識として体験として送ることができたの。

地球でのあなたとの出逢いが・・・彼女を変え、わたしの心も変えてくれた。

マリタ・アルファもわたしも・・・心がこんなにも温かくなったのははじめてだったの・・・」

志季は頬が熱くなるを感じていた。

「マリタ・・・」

自分の頬に手を当ててみると、志季はそこに自分の肌以外のものを感じ取ることができた。

「あなたはわたしたちに・・・沢山のものをくれた・・・だから、今度はわたしがあなたとあなたの住む星を、そして、貴緒を守る番なの」

志季は震えた。

いいや、震えていたのは赤い髪の少女であった。

気付くと実態のなかったはずの少女が少年の胸の中で震えていたのだ。

震える少女の身体を志季は優しく抱きしめる。

少女は少年の胸の中でゆっくりと顔をあげた。

潤んだ目が志季を見つめる。

「わたしは自分の星に住む仲間に対する憎しみで、自分の星を吹き飛ばしてしまった。

沢山の仲間を消し去ってしまったの。

でも、後悔していない。

あなたを失うぐらいなら・・・」

燃えるような熱い唇が志季の唇に触れる。

それは、ほんの一瞬の出来事であった。

「マリタ・・・頼む・・・君の気持ちと同様・・・おれも貴緒を守りたい・・・。君や貴緒のように、あの赤い髪の少女と戦える力はないけれど」

志季にとって役に立たないことは十分に分かっていたが、どうしてもマリタと貴緒を守りたかった。

「マリタ・・・おれは君たち二人を失いたくないんだ・・・君が、もし身体を失い精神だけの存在であっても。君をもう二度とこの手から失いたくない!」

すでに消えてしまっているマリタの腕を志季は掴む。

「頼む!貴緒ともう一人のマリタのところへ一緒に連れて行ってくれ」

何も無いはずの肉体を掴まれたマリタは志季の真摯な心に息が苦しくなるのを感じた。

あるはずもない肺、あるはずもない胸が痛い。

マリタは悟った。

存在をしないはずの自分が存在している理由が。

志季によって自分というものが存在しているのだと、マリタは悟ったのだ。

「行きましょう・・・二人のところへ。そして、志季、あなたはわたしの最期を・・・」

生まれて初めて“贅沢”な思いがマリタの中で生まれた。

志季が最期まで一緒にいてくれるなら。

「最期まで一緒にいて・・・志季」

志季はもう一度、マリタの心を胸に抱いた。

「あぁ・・・」

マリタがマリタと戦うということは、どういうことなのか志季にも理解できた。

 

 



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