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  1   初めまして!
 
たった一人の病院で、”院長先生”と言うのも気恥ずかしいのですが、こんな名前のコラムを作ってもらったので、日々感じた事や、病院を開業するまでのエピソードなどを、少しづつ書いていきたいと思います。
まずは、病院の”シャンテ”という名前の由来について、お話していこうと考えています。
では、お楽しみに!

  2   シャンテの由来
 
病院の名前にシャンテなんて聞き慣れないカタカナがついていて、みょーだな、と思った方も多いかと思います。でも、この名前は、わたしが獣医師になろうと誓った時から、心に決めていたものだったのです。
 シャンテは今ではあまりはやらない、日本白色種の白うさぎです。結婚する前の年の12月に、赤羽の小さなペットやさんで見つけて我が家へつれて帰りました。
 
 その時はもう一羽、アミちゃんというダッチうさぎ模様の子も一緒でした。2羽ともやっと離乳を終えたばかりの小さな小さなうさぎでした。元気の塊みたいで、ちっともじっとしていない子に、その頃気に入っていた歌のタイトルから、シャンテと名づけ、人なつこく、いつもひざに飛び乗ってくる子には、シャンテのお友達の意で、アミちゃんと名づけました。でも、アミちゃんはその後1週間でこの世を去ってしまったのでした。

  3   2羽のしらさぎ
 
2羽のうさぎが来てから1週間。小さい2羽のうさぎがいる、ほんわかした空気になじんできた頃、突然アミちゃんの具合が悪くなってしまいました。元気も食欲もなくなり、そのうちに後足が麻痺して歩けなくなってしまったのです。昨日まで普段と変わりなかったのに、何が起こっただろうと、ただ弱っていくアミちゃんに寄り添うしかできませんでした。その日のうちにアミちゃんは亡くなってしまいました。
 
 翌朝、今度はなんとシャンテまで具合が悪くなっていました。アミちゃんの時と同じように元気なくごはんも食べません。おまけに後ろ足もひきずりはじめて・・・。
ああ、きっとシャンテも死んじゃうんだ。たった1週間しか私たちとはすごせなかったけど、小さいアミちゃんが天国で寂しい思いをしなくてすむね、と悲しい覚悟をきめました。
 
 その日、夫と、アミちゃんを埋葬しに行こうと約束していた場所に、シャンテも連れて行くことにしました。多分、移動中にシャンテも亡くなってしまうのだろうな、と思いつつ。
 
アミちゃんのお墓に選んだのは、夫とわたしがよくバードウォッチングにでかけた
川のほとりでした。その場所に着いた時、シャンテは朝より具合悪そうに見えました。
飼われて1週間、ずっと部屋の中にばかりいたので、最期くらい自然を味あわせてあげようと、草のあるところにそっと、置きました。シャンテはうしろ足をひきずりながら
草のにおいをかいで、一口つまみました。そして、その後も何口も草を食べ始めたのです。
 
その時、川面を2羽の白鷺が仲良く川下に向かい飛んゆきました。そのうちの1羽が急に向きを変え、こちらに飛んできて、川上の方へ飛び去りました。
私たちは、戻ってきたしらさぎの姿に、シャンテは助かるかも知れないと、希望を託しました。
 
アミちゃんを埋葬し、帰途につく間も、シャンテはよろよろしながらも草をはんでいました。その後シャンテは次第に回復し、数日のうちに元通り、元気なシャンテにもどりました。
単なる偶然かもしれませんが、あの象徴的な2羽のしらさぎの事は、シャンテの思い出の中で、強く記憶に残っている出来事です。

  4   シャンテのいた頃
 
ここまで読んだ方は、お気づきの事と思いますが、シャンテが私たちと過ごしたのは、まだ私が獣医師になろうと決めるより以前のことなのです。わたしが獣医師になろうときめたのは、シャンテが亡くなった後のことなんです。それで、シャンテとの思い出の中の私はうさぎの病気の事や飼育管理の基礎知識のまったくない、ドシロウトなのです。
 
文章の流れを壊したくないので、医学的な事は時々まとめて別枠で書いていきたいと思っています。
 
今から思えば、アミちゃんとシャンテのこの時の状態は、栄養失調からきたものと思われます。ペットやさんで買ったときに、エサとして渡されたのが鳥のムキエ(ひえや粟)で、これだけで育ちますよと言われたのを真面目に実行していたのですから。
 
この食事がまちがっているのに気づいたのは、さらに2週間ほどしてある事件が起きた時だったのです

  5   公園デビュー?
 
その日は朝から風もなく暖かい冬の日でした。あみちゃんを送った日以来、シャンテの体調は次第に回復し、毎日元気に部屋中を所狭しと駆け回っていました。お天気もいいし、近くの公園にでも連れて行こうと思い立ちだっこをして出かけました。
 
 幸い他に人影もなく、おまけにその公園はバッティング練習用なのか、四方がネットで囲まれていて、入り口のドアを閉めてしまえばネコなども侵入できないようになっていたのです。これなら存分に走れるし、シャンテも大喜び!と思いきや、シャンテはわたしの近くから離れず、へっぴり腰で偵察に行くくらいしか動きません。そこで、彼がシャンテを追いかけて走らせてあげることにしました。(シャンテにしたらいい迷惑!!草食動物であるうさちゃんにとって、空の見渡せるだだっ広い空き地なんて、本能的に恐ろしく落ち着いてなんていられない最悪の環境です。)
 
 人間に追っかけられ、必死に走っていた時、突然シャンテはハコウしてしまいました。(後足を引きずって走れなくなってしまったのです。)驚いて、近くの動物病院に
連れて行ってレントゲンをとってもらいました。運良く骨には異常なかったのですが、先生曰く、何を食べさせているの?この子は骨が異常に細いので、いつ骨折してもおかしくないよ。とのことでした。
 
 そこで初めて私たちはうさぎは小鳥のえさでは育てられないのだと知りました。
アミちゃんももう少し早くうさぎのごはんをあげ始めていれば助かったかもしれません。
では、なぜシャンテは同じ食餌でも生き残ったのでしょうか。もちろん、本人の持っている強い運命もあったのでしょうが、実はシャンテは私たちの食べ物をいつも欲しがったので、しょっちゅうパンやごはんやお菓子、時にはおかずまで食べていたのです。(皆さんは決してこんな事してはいけませんよ!!本当は獣医師としてこんな恥ずかしい過去を書きたくはないのですが・・・)
 
 この後、ラビットフードがシャンテの主食になったのですが、小さい時に変なものの味を知ってしまったシャンテは、なかなか主食としては認識してくれず、困りました。


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