「ねえねえ知ってる?松田くんの好きな人。樹莉のことなんだって〜」 「…ふうん」 どのクラスにも一つはある、誰に聞いたのかも判らないような根も葉も無いウワサ。 皆、好きよね。そういうの。 そういう私も好きだけど…さ。 でもね、それは本当にデマってやつよ。 私が啓人くんを、なら合ってるけど…ね。 だって、啓人くんには私なんかよりずっと仲良しな女の子がいる。 見てると、本当に仲いいなって思う。 『留姫』 そう、確か啓人くんはあの子のことそうやって名前で呼んでた。 すごく、羨ましかったな。 「はあ〜あ…」 机に頬杖をついて、もう何度目かの溜め息をついた。 今日は朝から変なウワサを聞かされたせいで、何だかユウウツ。 だってそのせいで啓人くんへの想いと、その望み薄さを思い出しちゃったんだもん。 あ〜あ、本当にウワサ通りだったらいいのになあ…。 「お、おはよう!加藤さん」 あ…この声。 「おはよ、啓人くん」 私は頬杖をついたまま、振り向きもしないで答えた。 嫌な子だなあ、私って。でも、今啓人くんの顔を見たらもっと嫌な子になっちゃうかもしれないじゃない。 席についた彼をちらっと盗み見たら、いつものように塩田くんや北川くん達と楽しそうに話してる。 あ〜〜もう、いっそのこと男の子になりたい! …って、意味無いけど。 「はあ…」 きっとこの日の私は、一日の溜め息の数の自己新記録を出したと思う。 いつの間にか学校が終わって、家に帰るなり用事をいいつけられた。 「樹莉、パン買いに行って来てくれる?」 「……はあ〜い」 最近はお店に言っても啓人くんはいないことが多いし、今日も多分そうよね。 今日は、なんだかダメ。平気な顔して話せないの。学校でも、ほとんど話さなかったし。 んもう、あんなウワサを聞かされたせいなんだから。 「ぅわん!」 大事なワンちゃんで気合を入れて、私は松田ベーカリーへ向かった。 深呼吸して、店の中に入る。 「いらっしゃいま…あ、加藤さん」 入るなり、聞こえてきたその声。 …いつもはいないクセにぃ〜〜 「おつかい?」 「…うん」 私はまた、啓人くんの方を見もしない。 「そ、そう」 啓人くんはそれだけ言って、お店の手伝いに戻っていった。 …早く帰ろう。 「樹莉ちゃん、お母さんに宜しくね」 「はい」 いつものパンを買って、いつもの挨拶をして。 でも、お店を出る時いつもする啓人くんへの挨拶はしなかった。啓人くんも、私に声を掛けなかった。 嫌われたかな…当然よね、無視したんだもん。 でも、どうせなら嫌われちゃった方がいいよね…。 そうよ、中途半端に仲がいいからダメなのよ。 大々的に嫌われちゃった方が、諦めもつくってもんだわ。 私は決意した。たまたま進行方向だった、夕陽に向かって。 |
次の日から、私は啓人くんを徹底的に避けた。 挨拶されたら返すし、話しかけられたら返事もするけど、自分からは絶対に話しかけたりしなかったし、目も合わせないようにしてた。 本当、私って嫌な子。いいの、自覚してるから。 塩田くんとかが何か言ってきたりもしたけど、私はしらを切りとおした。 …でも、何日経っても啓人くんの私への態度は変わらなかった。 普通、人にあんな態度を取られたら怒って話しかけなくなったりすると思うけど。 たとえ一日話をしなくても、朝と帰りの挨拶は必ずしてくれる。 なんで? …わかんない。 でも、私も、啓人くんにあんな態度を取るのはもう限界。 だって、啓人くんが好きな気持ちは全然変わらなくて。 本当に嫌われちゃっても、諦めなんかつく筈が無いって今頃気付いたりして。 ……バッカみたい。 「加藤さん!!」 学校の帰り道、友達と別れて一人で歩いていたら大きな声で呼び止められた。 顔を見なくたって誰だか判るけど、昨日までだったら無視してたかもしれないけど、私は振り向いた。 「啓人くん…」 彼の名前を呼ぶのも、何日か振り。 「…なあに?」 そして、こうして声をかけるのも。 走って来た啓人くんは息を切らしながら、また何日か振りに正面からみる笑顔で「あ、話してくれた…」って。 それがあんまり嬉しそうだったから、私が話した位でそんな顔してくれるのは嬉しかったけど、でも同時に、彼に酷いことしてたんだって改めて思った。 急に友達に無視されたりしたら、私だったら泣いちゃうかもしれないのに。 …ごめんね。啓人くん、ごめんね。 「えっ、か、加藤さん?」 「う…ひっく、ごめんね…ごめんね」 今の自分は大嫌いだった。凄く悲しかった。 啓人くんは泣いちゃった私を見ておろおろして、でも私は涙を止められなくてどうしようもなくて。 「と、とりあえず、あっち行こう?」 そこは人通りが多かったから、啓人くんは私を裏道の方へ連れてってくれた。 「…ごめんね……」 やっと泣き止んだ私は、啓人くんにしてしまったことと、迷惑をかけてしまったことの二つの意味を込めて、また謝った。 「ううん」 啓人くんは首を振って、いつもの顔をしてる。 少し二人で黙った後、「でも…」と啓人くんが口を開いた。 「どうして?僕、何か悪いことしちゃった?」 俯いて、哀しそうな顔。 「違う、違うの!」 私は首を大きく横に振った。 「啓人くんは何にも悪くない。私が、悪いんだもん」 私は、少し離れたところに立っている啓人くんに近付いて、ほとんど睨むように見つめた。 「な、何?」 「啓人くんて、好きな人いるの?」 「ええっ?!」 目の前のその顔は凄く驚いてた。急に何の話?って顔もしてた。 でも、彼は答えた。 「…い、いる…よ」 そっか。いるんだ、やっぱり。 私は少し離れて意地悪っぽく言った。 「それって、あの子でしょ?デジモンクイーンとかいう」 「えっ?る、留姫のこと?」 そうよ。あなたが唯一名前で呼ぶ女の子。 「そう。その『留姫』ちゃん」 「ち、違うよっ!」 啓人くんは、手と首を大きく振って、これでもかってくらい力強く否定した。 でも、こういう場合はほとんどの人が「違う」って言うのが相場だもんね。 「ウソ」 「本当!」 「ウソ!」 「本当!!」 「ウソ〜〜〜!!」 「本当〜〜〜〜〜!!!」 しんとした住宅街の外れに、私と啓人くんの声が響いた。 もう認めちゃえばいいのに。 それとも、本当に違うっていうの? 「それじゃあ、誰?」 「えええっ?!」 考えてみたら、啓人くんの好きな子がその子でもそうじゃなくても、同じ事よね。 こうなったら、全部聞いてやるわ。 啓人くんは真っ赤な顔してもじもじしながら、小さい声で言った。 「そ、その話は…今は関係無いじゃないか…」 ところが、大アリなのよ。 「関係あるの!」 「へっ?」 「…あのね、私がイライラしてたのは」 えっ?言うの? 「啓人くんに好きな人がいるって聞いたから」 言っちゃうの? 「私…」 やだ、顔があっつい。きっと今、私真っ赤だ。 啓人くんも真っ赤な顔のまま、黙って聞いてる。 「私…」 わたしはすぐさまワンちゃんを手にはめて、啓人くんから私の顔が見えないようにワンちゃんを啓人くんに思いっきり近付けて、…言った。 「あのね、樹莉ちゃんはね、キミのことが、す、好き…なんだワン!」 「………………」 「………………」 「………………」 「………………」 沈黙。 そおっとワンちゃんをどかしたら、やっぱり真っ赤な顔をしたままの啓人くんが、口をぱくぱくさせて、私を見てた。 私は、視線を逸らして俯く。 あ〜あ…。言っ…ちゃった……。 明日から、学校でどうしよう。 「ほ、本当に?!」 「えっ?」 急に大きな声で聞かれて、ビックリして啓人くんを見たらなんだか泣きそうな顔してて、それはどういう意味の顔なの?って思った。 「本当に!」 私は少しヤケになって答えた。 「ぼ、ぼぼ僕も」 …は? 「僕も、その、か、加藤さんのこと……す、好きだよ」 「…………!」 な… 「な…」 なあぁ〜〜〜〜んだあ………。 ウワサは、本当だったんだ…。 私、その場にへたりこんじゃった。 すごく嬉しくて、すごく恥ずかしくて、すごく安心して。 「あ、加藤さん?大丈夫っ?」 「ねえ、啓人くん、お願いがあるんだけど…」 「え?何?」 私は啓人くんを見上げて、とっておきの笑顔で言った。 「今日から、私のこと名前で呼んで欲しいな」 |