|
「あっ、賢くんじゃない!」 デジタルワールドを歩いていたら、不意に声を掛けられた。 あまり聞き慣れない声に警戒しつつ振り向くと、そこには桜色の髪をした少女。 「あ…」 確か…、と賢は記憶の糸を手繰り寄せた。 見るたびに別人のように外見を変えている彼女は、覚えにくいと言うよりは寧ろ印象的であったし、ついこの間もゴーレモンの件で会っていたので思い出すことは容易かった。 「……太刀川…ミミ、さん?」 「ピンポーン!」 肯定の言葉に振りまで付けて、上機嫌に笑う。 その満面の笑顔に、賢は圧倒された。 「大輔くん達は、一緒じゃないの?」 その問いに、賢は顔を曇らせる。 「…僕は、彼らと行動を共にしているわけではありませんから」 そんなこと、出来る訳が無い。 それは操られていたとかいなかったとか、彼らが許してくれるとかくれないとか、そういう問題ではなくて。 これは、自分一人で決着をつけるべきことなのだ。 自分の犯した罪は、決して消えはしないのだから。 「そっか」 ミミは少し残念そうな、哀しそうな顔をした。 それを見て、賢は彼女に問いかける。 「あなたは、僕が本宮くん達と共に戦うことを望んでいるんですか?だから、あの時も僕にメールをくれたんですか?」 あの時、自分を呼んだのは彼女だった。 そして、それによって「彼ら」との関係も大分改善されたように思う。 だが、一人で戦うことを決めた自分にとって、それは苦痛でしかないのだ。 ずっと憎まれていた方が、どれだけ楽か知れないのに。 自分を「仲間」として頼らないで欲しい。 少しだけ責めの感情も加えながら、賢はミミの答えを待った。 そんな賢を、ワームモンが哀しそうに見つめる。 「…違うわ」 ミミは、彼女にしては神妙な面持ちで話し始めた。 「確かに、賢くんと皆が仲良くなれたらいいって思ってる。でも、あの時呼んだ理由は違うわ」 そこまで言うと、急にまたいつもの顔に戻って 「ね、ずっと立ってて疲れちゃった。その辺で座らない?」 「はっ?」 ずっと…って、会ってからまだ5分と経っていないではないか。 そう思ったが口には出さず、賢はワームモンとミミの後へついて行った。 |
|
「あっ、ここ気持ち良さそう♪」 少し歩くと見晴らしのいい場所があり、ミミはそこに座り込んだ。 賢も、少し離れて隣に座る。 少しの間、心地よい風に当たった後、ミミがまた先程のような神妙な面持ちで賢を見た。 「ねえ、もしも、もしもよ。あの時、あのデジモンがダークタワーの化身じゃなかったら、賢くんはどうしてた?」 「は…?」 彼女の質問の意図がよく判らず、賢は困惑した。 「あのね、私にとっては、あのデジモンがダークタワーでも、そうじゃなくても、関係無かったの」 賢はまだミミの話がよく判らず、黙って先を聞く。 「京ちゃんはデジモンを殺したくないって言ってたけど。私だって、デジモンを傷つけたくないけど。でも、あのままだったら、沢山のユキミボタモン達が死んでた!」 ミミは俯き、苦しそうに、哀しそうに顔を歪めた。 「私も3年前に冒険してた時、そうだったわ。誰も傷つけたくなくて、戦うことを拒否してた。でも、それじゃダメだったの。戦わなきゃ、守れないものもあるの」 ミミは俯いていた顔を上げ、今度は優しい微笑みで賢を見つめた。 「賢くんのこと、皆からのメールで色々聞いてたわ。あなたなら、判るって思ったの」 「何を…ですか?」 賢はミミの言葉に困惑し、またその笑顔に圧倒されながらも、そう聞き返した。 ミミはその笑顔のまま、答える。 「命を、守ること」 「命?」 「何かを守ろうと思ったら、何かを犠牲にしなきゃならないことだってあるわ。それを賢くんなら判ってくれるって思ったの。沢山の命を奪ってしまったあなただからこそ、本当に命を守るというのはどういうことかって」 やっとミミの話の内容と意図を呑み込めた賢は、考えを巡らせた。 確かに、自分の大切な「何か」を守る為には、時には「命」を奪わなければならないことだってある。 もし、ワームモンが命の危険にさらされたら、自分は相手の命を奪っても守ろうとするだろうし、きっとワームモンも自分が危機にさらされた時はそうしてくれると思う。 …そして、彼女が言ったように、きっとあの時、ゴーレモンが本当のデジモンでも、自分はきっと。 「京ちゃんや伊織くんは、デジモンを殺したら昔のあなたと同じになってしまうんじゃないかって言ってたけど、でも違うでしょ?判ってる筈なのに、皆迷ってた。でも、迷ってる時間は無かったの。だから、あなたを呼んだの。きっと助けに来てくれるって信じてたから。ユキミボタモン達を守る為に戦ってくれるって信じてたから」 言い終えて、ミミは満面の笑顔を見せた。 彼女の言葉とその笑顔が、自分の中の何かを少し溶かしたような気がして。 そういえば、彼女といることを苦痛に感じていない自分に気付く。 だが、大輔と違ってあまり面識の無い彼女が、何故そんなに自分を信じてくれたのか。 「どうして、そんなに純粋に信じられるんですか?僕が本当に改心したかも判らないのに。…もしかしたら、ゴーレモンの方についてしまうかもしれないじゃないですか」 ミミは、賢を見て目をぱちくりさせた。 「そんなこと、考えてもみなかったわ」 今度は、賢が目をぱちくりさせた。 そして誰にも判らない程、微かな表情で苦笑した。 きっと、彼女が誰かを信じるのに理由など無いのだろう。 だからこそ、こんなにも純粋に人を信じることが出来て。 信じられた方もまた、彼女を信じてしまうのだ。 きっと、今の自分も…彼女には適わない。 「あの、太刀川さん」 「ミミでいいわ」 そう即答されて、少したじろぐ。 「えっと、…ミミさん」 「なあに?」 賢は意を決したように、力強く言った。 「僕はまだ、本宮くん達と共に戦うことは出来ません。ですが、もしあなたに僕の力が必要になった時は、いつでも呼んで下さい。きっと、助けに行きますから」 それを聞いたミミは、本当に嬉しそうに、心からの笑顔を見せた。 その笑顔は、今まで見た中で一番綺麗に思えた。 「うん、有難う!約束ねっ。私も、私じゃあんまり役に立てないかもしれないけど、アメリカにいる時でも相談くらいにはのれるから、いつでもメール頂戴ね!」 「はい」 賢も、つられて笑顔になる。 「あ、笑った!」 「えっ?」 嬉しそうに声を上げて自分を指差すミミに、賢は戸惑う。 「賢くん、笑った方がずっといいわ。私、笑顔って大好き!だから、賢くんの笑顔も大好きよ」 「は、はあ…」 自分の表情のこととはいえ、面と向かって好きだと言われてなんだか恥ずかしい。 賢は少しだけ、頬を赤くした。 この人は、なんて突拍子も無いことを言うのだろう。 「あの…僕も、ミミさんの笑顔は…好き…です」 「本当?ありがと♪」 彼女といると、自分が自分じゃないみたいだ。 なんだか素直な、優しい気持ちになれた。 |
|
ミミと別れてから、賢は彼女と会う前とは打って変わって、穏やかな面持ちで歩いていた。 ワームモンも、にこにこと並んで歩いている。 「賢ちゃん、またミミに会えるといいね」 「うん、そうだね」 自分がこれまで奪ってきた命。 皆の死を、決して無駄にはしない。 それによって学んだことを、これから精一杯役立てて、敵を倒し、命を守ること。 きっとそれが、自分に出来る最高の償いなのだ。 今度は、彼女に負けないくらいの満面の笑みで会えるように。 もらったメールアドレスのメモをポケットの中で握り締め、彼はそう決意した。 |