レディオ湘南で放送した原稿です。

今日は訳のわからない病気についてお話ししようと思います。

世の中にはまだまだ訳のわからない病気が沢山あります。

その中でも、代表的な病気と思いますが、これからお話しいたします。

我々人間の頭は大部分が脳によって占められています。

脳は一種のコンピュータのような物と考えてください。

ここでは多くの情報が適切に処理されています。

その中で、物を考える筋道という物が想定できます。

例えば、一足す一は二であります。二足す三は五ですね。これは例えですが、

我々は一足す一は二、三足す四は七と言う世界に住んでいます。

これは我々が幼い頃からそれが正しい答えであると信じて造り上げてきた

思考回路であります。そして多くの人がこのことに関しては納得してくれる判断なのです。

一種の常識と言いますか。コンセンサスとでも言うものでしょうね。

この思考回路は絶縁体のようなカバーで覆われていて、滅多なことではショートしません。

ところが、ある年齢に達すると物の考えの筋道がショートしてしまうような、

そのような病気があるんです。思考回路の絶縁体が薄くなってきて

他の回路に入り込んでしまうようなんです。

普通電気がショートするとすべては止まってしまうのですが、これは違います。

思考回路がショートしますと本来流れてゆくはずの回路から違う回路に入っていってしまうんです。

例えば、一足す一が三になったり、二足す四が八になったりしはじめます。

一足す一は二の回路がショートして三という答えを出してしまうんですね。これは困ります。

こうなりますと我々、二足す二は四という世界に住んでいる者とは話が違ってきてしまいます。

なにが本当なのかさえわからなくなってしまい、混乱してきてしまいます。

誰もいないのに自分に話しかけてくる、あるいは命令してくる声が聞こえてきたり、

人が自分のことをあれこれ中傷していたり、誰かが絶えず自分のことを見張っていたり、

自分の考えがそのまま人に筒抜けになっていたり、インターネットで自分のことを

みんなが言っていたり、部屋の天井に盗聴器が仕掛けられているに違いないと

考えてしまったりと言うことになるんです。これは困ります。

自分はなにで、どうしたら良いかがわからなくなってしまいます。

自分の境界が不鮮明になってしまうんです。

こうなってきますと、この病気にかかっている人の認識している現実と

我々の認識している現実の間にはどんどん開きがでてきてしまいます。

とても困ることになるんです。

世の中にはこういう病気があるのだと言うことを是非頭に入れておいて下さい。

でも、最近ではとても良い薬が出来てきました。薬で治療できるようになってきたのです。

この治療薬を飲みますと、あたかもスプレーで絶縁体を吹き付けるように、思考回路の

ショートをくい止めてくれるんです。そうすると思考回路の流れが整って、

一足す二は三の世界に戻ってきてくれるわけです。これはご本人にとっても

同じ世界に住んでいる我々にとってもとても助かります。

一昔前まではこの絶縁体だけを厚くしてくれるような薬がありませんでしたので

脳の働き全体を押さえてしまうような薬で治療していました。

そうしますと寝てしまったり、やたらにボーッとしてしまったり、表情が無くなって

動きが止まってしまったり、涎が流れ出たりと副作用ばかりが目立ってしまうような状態でした。

薬によっては副作用で、身体の動きが不自由になって、ギクシャクしたり、

居ても立ってもいられなくなったり、舌が口から突き出てしまったり、

目が上を向きっぱなしになってしまったりしたこともありました。

もっと昔は精神病院に入院させて、ただ経過を観察していた時代もあります。

でも、今は違います。治療も日進月歩です。早期発見・早期治療で我々の住んでいる世界から

そんなに離れてしまわないうちにちゃんと引き戻せるような治療が出来るようになりました。

これは素晴らしいことです。治療の可能性がグンと膨らんできたわけですから。

如何でしょう、もしもこのような病気に心当たりがありましたなら

お早めに我々精神科、神経科のクリニックにご相談下さい。きっとお役に立てると思います。

何とかちゃんと治療して、患者さんの情報処理システムの錯誤・漏出を防止して、

同じコンセンサスの世の中で一緒に生活して行けるよう努力して行こうではありませんか。

これはとりもなおさず患者さんのアイデンティティーを守ることになります。