#1「まじょのくすりやさん」
『キューティーハニーF』の後番組として登場した『みぃファぷー』。フォーマット自体も、3作品の三本立てという、80年代の『藤子不二雄ワイド』を思わせる(もっとも『藤子不二雄〜』は1時間枠だったが)コンピレーション型に変更してのスタート。
本作は、その中でのメインとして位置づけられており、もっとも長尺となっている。脚本・小中千昭、キャラデザ・伊藤郁子、ヒロインぽぷり役に小西寛子と、なにやらOVA『魔法使いTai!』がスライドしてきたようなスタッフ構成である。TV作品では落ち着いた感じの役が多かった小西寛子だが、ぽぷりは『魔法使いTai!』のヒロイン・沢野口沙絵ゆずりのハツラツとしたキャラクター(しかもお子さま!)で、魅力サクレツ!
この第1話でのぽぷりの台詞回しをみる限り、沙絵でみせた独特のちょっとしどろもどろなダイアログは、小中氏のセンスであったことがうかがえる。
#2「まほうのこびん」
第2話にして、玩具展開を予想させるアイテム「魔法の小瓶」(アルデルの小瓶という名称は今回はでてこない)が登場。この中にさまざまな色や形の結晶(?)を入れ、混ぜ合われることで魔法が「生まれる」というアイデアは、従来の「魔法少女」のイメージを覆すスグレモノ。この「調合」という感覚は、ふきこが薬屋であるという設定に基づくものと思われるが、ちょっと「魔女」っぽくてその辺がまた、本作の絵本的な世界観と絶妙なバランスでマッチしている。
OPにも登場している風の魔法ピンチィは、空を飛んだり物体を浮遊させたりするだけでなく、風を取り込んでサイズを自在に変えることもできる。
#3「はちみつどろぼう」
2話に引き続きピンチィ登場。学習能力があるのか、今回はぽぷりの言うことをきいてくれる。適当に魔法のたねを混ぜているにもかかわらず、再度ピンチィが現れたということは、実は魔法には処方があるのではないかと匂わせるものがある。また、ふきこが魔法のほうきで降りてくるのに際して、ほうきを垂直にして降下してくるという、ちょっとガジェット的なニクイ描写がなされている。
なお『みぃファーぷー』の予告は各作品の持ち回り制で、今回が最初のぽぷりの番。予告ナレーションによれば「ぽぷり」はあだ名ということだが、本名は果たして……?
#4「ぽぷりのさかなやさん」
ハイレベルな作画陣を擁する本作ではあるが、今回はぽぷりのかなりギャグっぽい崩し顔(魚の木箱を持ち上げようとするシーン)をみることが出来る。加えてねじりはちまきするシーンもまことにキュート! 伊藤郁子班の面目躍如というところか。
新登場の水の魔法シブは、水を自在に操るだけでなく、自身の体そのものが液状の不定形体(普段は魚の形をしている)という、ちょっとスタンドのようなヤツ。
ところで本編とは関係ないが、セーラームーン時代よりのマーチャン商品Asahiジャパン女児用スニーカー「ファーマーシィー・シューズ」が、今回の中CM枠で初オンエア。ついに小西寛子はCFデビューを果たしたのであった(祝杯)。
#5「ふきこさんのおかいもの」
ミュージカル仕立てのふきことぽぷりの買い物シーンは、絵本的なセンスに溢れた好演出をみせている。劇中歌・にこにこ銀座でお買い物での松島みのりの歌声がなかなかに若々しく、『ハニーハニー』ファンの僕としては、感ひとしお。
近視眼的なポプリの行動パターンも(表情がくるくる変わるのも含めて)、子供ならではの展開である。ぽぷりのナゾなネーミングセンス(「グリム」や「ピンチィ」)も、実はこの子供ならではの脈絡のない直感的な感性の現れでは?……とも思うのだが。
さらに今回、魔法のたねが鉱物から生成されるという化学的な設定が明らかになり、この辺りもかなり興味深いところだ。
なお、新アイテムのオルゴール箱が登場するが、今回は顔見せだけ。
#6「ゆきだるまがふってきた」
魔法少女の定番ネタの一つである「雪だるまモノ」だが、僕の知る限り、唯一ポジティブな結末をむかえるのが、本エピソードだ。多くの場合「雪」=「溶けて消える儚いもの」の比喩として使われるために、雪だるまは熱や光で溶けて消えるという悲劇がまっている。ところが、ここでは風邪をひいた雪だるまは光の精霊・リックの発する「春の陽ざし」によって、活力を得て空へと帰って行く。それは、光を反射して輝く雪の結晶が「雪にとって美しい姿」であるからだ。熱では溶けそうになってしまうシーンもあり、この関係の対比は抜群。雪が風邪をひくというシチュエーションもさることながら、その解決法はまさにTセンスオブワンダーUだ。
それにしても、三石琴乃の久々のあっけらか〜んとしたリックの演技(といっても「ニッカ、ニッカ、ニ」だけだが)はおいしいゾ!
#7「まほうはすてき」
たとえ15分番組であっても、ローテーションの「穴」はあるようだ。作監の進藤満尾は『あずきちゃん』からのスライドなのだが、あまり少女アニメは得意でないように思われる。
今回でようやくOPにも登場するパラソル・ピンチィがお目見え。おそらく、今後ぽぷりはメリーポピンズのように、このパラソルで空を飛ぶことになるのだろう。またふきこが初めて白衣姿以外にもなるのも注目。ストーリー的には、ぽぷりが魔法の本質や使い方などを意識するようになる、結構重要なエピソードである。
ところで、デジタル撮影を生かした、ぽぷりに迫ってくる森の木々が無機質なモザイク状のタイリングでアップになる演出は、新感覚の不気味さをかもし出していて、なかなかポイントが高い。
#8「にこにこぎんざのおはなみ」
今回もアイデア勝利のエピソードだ。春を告げる目覚まし時計というアイデアは抜群で、春の精の移動(北上)が桜前線であるという拡大解釈も容易にできる、優れたセンスには脱帽もの(ふきこが持っていた古い目覚まし時計で代替えできてしまうというのは、少々ご都合気味だが……)。
グリムは相変わらず額面通りにしか言葉を理解できないようで、桜の樹に巨大な花を咲かせるという「ボケ」ぶりを発揮している(しかも、その花の重みで枝が垂れ下がってしまう!)。BGMをミュートさせるタイミングといい、ユーモアたっぷりの五十嵐卓哉の演出が冴えている。冒頭で、ぽぷりが#5の劇中歌を口ずさんでいるのも注目だ。
なお、これまでトリであった本作だが、今回からトップでオンエアされるようになる。また、中CMで待望の玩具商品「アルデルの小瓶」(魔法の小瓶)のCFも初オンエアされた。
#9「パンのまほう」
必殺のT化学オチUをみせる好編だ。イーストの発酵しない原因が砂糖の分量の違いであるという、「大人」にとっては常識的な理屈も「こどもの視点」に立てば魔法のなせる技というスタンスがバツグン! このメルヘンにおけるサイエンスの絶妙な同居こそ本作の魅力であり、既存の「魔法少女モノ」と、T魔法Uのあり方を決定的に異にする重要なファクターにもなっているのだ。また、ぽぷりがラルゥの力でイーストと心をかわすシーンでの、彼女の体全体にかかったガウスぼかしと照明効果というデジタルならではの処理が、透過光とは一線を画したファンタジックな味わいを出している。各場面での3DCGアニメは、ラストカットのイーストはいい感じだが、冒頭の電車は今ひとつ。もう一考の余地有りというトコロだ。
なお今回、クラスメートのくるみちゃんが初登場。またぽぷりの本名が「西野かおり」であることもわかる。
#10「くしゃみのひみつ」
98年春期の今沢哲男は少女アニメづいているようだ。本作の他にも、2度目のリメイクとなる『ひみつのアッコちゃん』(アッコちゃんas山崎和佳奈がサイコー!)にも参加している。#6に続いてぽぷりがパジャマ姿を披露するのは、またしても今沢演出の回だ。これは今沢氏のシュミなのかそれともシナリオ段階からの描写なのか、ちょっと興味を惹かれるトコロ。
作画は進藤プロなので今ひとつであるが、演出的に付加されたぽぷりの表情が豊かで、その辺のポイントは高い。例えば、ニッケに魔法を誉められて思わず照れつつも、まんざらではないという辺りがそうだ。また魔法を生み出すシーンがDNでない(使用されているBGMも違う!)のにも注目。
ちなみにオンエア時にはエアチェッカー泣かせの地震情報が流れている。
#11「おさんぽニボシ」
「絵本的」という雰囲気が特色の本シリーズだが、その骨子は限りなく理詰めであるだけに、今回のような「本当にメルヘン」な内容はいささか疑問が残る。金魚のキン太が鯉のぼりに触発されて「空を泳ぎたい」という発想そのものは良いのだが、飼い主であるタバコ屋のおじさんも、鯉のぼりとなったキン太に納得してしまうという部分がいただけない。かといって、前半のニボシの散歩シーンが上手く機能しているかというと、そうでもないので、全体的に少々中途半端な仕上がりになってしまった。どちらかにもっとフォーカスさせて、掘り下げたほうが良かったのではないだろうか。
しかし、ニボシの五感が居眠り中のふきことシンクロしている(あるいは思想転移?もしかするとニボシが本体なのか?)らしいという興味深いシーンもある。
#12「カメラのきもち」
まさに、「泣き!」のエピソード。カメラ屋の主人の切ない想い出を、ファンタスティックな要素たっぷりに仕上げている。「写真はウソをつかない」とよく言うが、実は人の心も含めてのことなのだ、というテーマが見事に結実するラストも出色で、この立場をぽぷりが貫き通せるのが、彼女が無意識レベルで、子供(ピュア)だからというスタンスも気が利いている。またクライマックスでのカメラ屋の主人との台詞のかけひきは、二人の立場が明確なコントラストを放っていて、見応え充分。
本作における「魔法」の本当の素は、人の心そのものなのだ、といわんばかりの好編である。
なお、今回放送分より#14まで「魔法の精霊コンテスト」が告知され、オンエア時予告編はカットされている。(やっぱし、ヒゲの精霊・メソ(爆笑)とか、ナルトの精霊・ジェフとかじゃダメなんだろうナァ〜)
#13「くろいたねのまほう」
ほとんど『サンダ対ガイラ』(笑)な娯楽編。『ウルトラマンティガ』の構成も担当していた小中千昭ではあるが、まさかこの作品で、こうした「怪獣モノ」のようなストーリーで来るとは思わなかった! 80年代にメカアクション作品を多く手がけていた今沢哲男ならではの演出も光っており、空中を浮遊するガルを追うぽぷりのシーンなどは、まさに特撮の合成アングルというレイアウトだ。またクライマックスでのグリムとガルの一騎打ちの緊迫感もバツグン。それでいてラストは、ぽぷりが空に舞い上がって電柱のカラスの巣に挨拶するという、本作らしいしっとりしたもって行き方もポイントの高いところだ。
ところで今回も、ぽぷりのクラスメートの女の子が数人登場するが、子供の目でみてもぽぷりはユニークな女の子であるらしい。……まぁ、いきなり電柱を登っちゃうくらいだし(その辺が確かにぽぷりらしいんだけどね)。
#14「こんにちはなつみちゃん」
2クール目に突入しての、新レギュラーキャラ登場編。電気屋さんの女の子・なつみとぽぷりが出会ってから友達になるまでの、それだけのエピソードだが、ハートフルな仕上がりとなっている。活発なぽぷりが、おとなしいなつみとどうしたらおしゃべりが出来るのか真剣に悩む姿が、とても微笑ましい。鏡を見ての百面相など、コミカルな見せ方もナイスだ。またぽぷりが、なつみのおばあさんに「お姉さん」と言われて、思わず照れてしまう辺りも心憎い! 魔法が直接的にストーリーに絡んでこない展開である点も見逃せない。
ところで、ラストの「こんどは晴れた日に長靴をはいてみよう! みんなもっと驚くよ」というぽぷりの台詞が、「ユニーク」であることが「ワンアンドオンリー」であるという彼女のキャラクター性を如実に物語っていると言えよう。
#15「まほうのルーペ」
普通では見えない魔法を可視化するニューアイテム「タビスのルーペ」が初登場。レンズをのぞくと魔法が見えるというシチュエーションは、オールド特撮ファンにとっては、なにやら『シルバー仮面』を思い出させるものがある(笑)。しかもプカを追うシーンでの、レンズをカメラフレームにあわせたハンディを意識したコンテ割りなど、気の利いた演出がポイント。加えて、ファーマシィーに詰めかけた商店街の人々にニコニコ顔で驚くふきこのコマ落としによる引きや、マネキンがぽぷりと対峙(?)しつつ迫ってくるシーンなど、ちょっとシュールでユーモラスな演出も続出。さらに、ぽぷりが行く先々で人々が目薬をさしていたり(その「ぽちょん」というカットチェンジに合わせたSE演出も芸コマ!)と、ストーリー自体はオーソドックスな展開ながら、『ウ○ナ』を担当していた五十嵐卓哉の面目躍如というところだ。
まったく関係ないが、同日放送分の『こっちむいてみい子』で、松島みのりが小学生の女の子の声をアテていて、ちょっと感激!
#16「にじいろかたつむり」
本作では定番化しつつある、季節の変化をテーマにしたエピソードだ。今回はいわば「梅雨編」で、時間の狭間に取り残されたぽぷりが、奇妙な紳士・ケルピーロックスミス(ロックスミス〈Locksmith〉とは英語で錠前屋の意味)と出会うストーリーだ。どこかとぼけたような感じといい、名前を間違えて呼ばれる度に名刺を差し出すところなど、ケルピーはなんともユーモラスなキャラクターだ。また彼が、ぽぷりの魔法を見て「科学」と断言してしまったり、シブと話が出来たりする点も興味深い。
「にこにこ銀座の不思議な力に引き寄せられる」というふきこの台詞が、本作のバックボーンを見事に表しているといえよう。──ぽぷりがこの街へやってきたのも必然だったということか?
今回は、冒頭の雨だれやケルピーの名刺をはじめとして、随所に散りばめられたCG処理のエフェクトが非常に高い効果をあげている。
なお、オンエア時は予告編に主題歌CDのプレゼント告知が加えられ、その告知ナレーションを小西寛子(ぽぷり)が担当した。
#17「はしるはなよめさん」
今回は天候&伝承ネタだが、またしてもきれいなオチのつくエピソードだ。ほぼ全編ぽぷりが不思議な花嫁を追いかけるというシチュエーションで構成されたストーリーは、小気味よくテンポのよい展開だ。消えかかった虹の橋をふきこのアイシャドーと口紅から描く(!)というクライマックスも、ファンシーで心憎い(決して、ふきこが厚化粧だなどと言ってはいけない(笑))。ラストで、引き出物としてお稲荷さんが送られて来るというのも、本作らしい気の利いたところだ。
また今回、雨に降られたぽぷりが初めて上着のフードをかぶるシーンがあるが、これがまたなんともラブリー! 冒頭のブランコのシーンとともに、爲我井作画サクレツだ!
なお今沢演出は、のんすけ(時折画面の端々に姿を見せる男の子)を積極的にインサートするのが特徴だが、今回も他の演出マンよりも印象的かつ象徴的に登場させている。
#18「こわいふるほんやさん」
幼い頃、誰しも大切にしていた本が一冊や二冊はあるものだ。小さい子供は、そうした「大切な」本を飽きることなく繰り返し読み、どこへでももって歩くのでボロボロになってしまう。それは大人がいうところの、いわゆる「大切」とは違った概念である。その異なる概念を受け入れない(忘れてしまった)すべての大人に向けられたエピソードだ。このぽぷりと古本屋の主人の立場の対比という構成は、基本的には#12と同一である。だが、「古本」=「不要なもの」という比喩が、老いた主人のかたくなに閉ざした心(子供嫌いや虫干しを否定してしまう等)に正当性を与えており、そのため今回、ぽぷりは魔法では彼の心を開くことはできない。主人とぽぷりの心をふれあわせるものは、一冊の絵本「森のくまさん」だ。そらんじるぽぷりに思わず主人も声を合わせてしまう、なんともジンとくるハートフルな描写には言葉もない!
僕らを含めた大人たちに、何かを思い出させてくれる、そんなストーリーである。
それにしても、本編中に小西寛子の歌う「もりのくまさん」が、殺人的にラブリー!
#19「においがきえた」
にこにこ銀座からすべての香りが消滅してしまう危機と、その謎解きを中心に展開されるなかなかサスペンシブなストーリーだ。その原因や解決方法は、本作には珍しく架空の植物(ニオイケシ草の葉とカオリモドシ草の花粉)によるものであるが、このファンタジックなシチュエーションからすれば妥当なところだろう。それよりも、その草を焙じた上、知らずに街中に散布してしまうという、事件の拡がり方がポイントだ。また「香りが消えてしまう」という「無個性化」のメタファーの巧みさも見事で、なるほど、ぽぷりが匂いに敏感(鼻をひくひくさせる描写がカワユイ)であるというのもうなずける。
ぽぷりが魔法を生み出すシーンでのBGMが違っていることも注目だ。
なお、今回より各コーナータイトル〜サブタイトルのパターンが、全作品とも一新された。
#20「ぽぷりのぼうけん」
#7に続く空中散歩のお話だが、まず「雲上スキー」(そこで、雲の中にぽぷりが入ってしまい、「(雲の性質が)理科で習ったとおりだわ」と残念がるところもニクイ!)に代表される、空の散歩を楽しむぽぷりの姿は本当に楽しそうだ。続く、大気流の柱へ突入するシーンも含め、ピンチィの飛行速度の違いを体感させる演出も効果バツグン。
こうしたリラックスした展開から一転して、オカリナを思わせる浮遊島(島の穴を吹き抜ける風によって、音が発生しているというぽぷりの台詞もある)の後半は、五十嵐卓哉ならではのテクニカルな演出で、ぽぷりの危機感や絶望感を高めてくれる。島から見える、流れる雲と大気の渦は、既知的なランドスケープではなく、不安感をあおるが如きだ。また、ぽぷりの台詞の途中で挿入される泉のほとりに転がったパラソルのカットは、孤絶した世界をアピールしている。それだけに、懐中時計の発見がぽぷりを勇気づけてくれるのだ。このシーンは、蝶の使い方などなにやら伏線めいた構成で、興味津々である。
ところで今回、ふきこが空き瓶から風の魔法(パンチ)を生み出すシーンがある。魔法のタネの調合は、アルデルの小瓶でなくても構わないようだ。
#21「ケーキがいっぱい」
伊藤郁子班による、いつにも増して表情豊かなぽぷりが堪能できる今回は、なかなかグルメな娯楽編だ。嗜好を凝らしたケーキよりも、ぽぷりの作ったラズベリーと生クリームを添えたホットケーキの方が注目されるというオチが、「シンプルイズベスト」を体現していてOK。
ぽぷりが好きなケーキを列挙して行く台詞で、「あれ(苺のショートケーキ)はもう卒業ね」と、根拠なくショートケーキを「幼稚」と糾弾してしまうところも、らしくてよいよい! しかも本心は、ショートケーキが一番好きなのだ(夢に出てくる巨大なショートケーキの上で、クリームを鼻に付けたまま飛び回る描写も抜群!)というお子さまらしい葛藤(笑)も、微笑ましい限り。また、プカがコンテストに出品されたケーキを全部平らげてしまうラストも、コミカルで気が利いている。プカがケーキを食べる(普通の人には消滅して行くように見える)のを、のんすけがずっと目撃しているコンテが、いかにも今沢演出らしい。また、コンテストと苺さがしの場面を交互に置き、チェンジの度に台詞を先にかぶせることで、同時性を巧く表現している。ところで今沢演出といえば、ぽぷりのパジャマ姿だが、今回もバッチリ登場している。
#22〈三作合体夏休み特別ミステリー ふしぎな箱の物語〉
夏休みスペシャルという一種の企画編で、同日オンエア分の「ヘリタコぷーちゃん」「こっちむいてみぃ子」とも、不思議な金色の小箱がストーリーのポイントとなるようになっている。しかし「三作合体」と銘打ってはいるが、基本的には通常通りの独立した形になっており、むしろ「お題拝借」というべきだろう。また、今回に限り初期の放送順(『ぷーちゃん』『みぃ子』『ファーマシィー』の順)でオンエアされている。
ぽぷりの中にある(人間の誰もが持っている)ダークサイドな部分が、不思議な箱を拾ったことを契機に、突然表面化してしまい戸惑い、自己嫌悪に陥るという一種の不条理ストーリーだ。その箱の中には、「真実の自分」が封じ込められており、箱を開けた途端、ぽぷりの主観が「箱の中の自分」に移るところが興味深い。このいわば自分自身を見つめる展開は、少々苦めな印象を残している。この辺の「抜かりのなさ」が、良質なファンタジーとして本シリーズを成立させているところでもあり、魅力にもなっている。こうした自分自身の「隠れた二面性への戸惑いと不安」を、小中千昭は『lain』でもサイバーホラーという形で描いている。
#23「プールがたいへん」
珍しくぽぷりが、露骨にぽぷりが私利私欲のために魔法を使ってしまうエピソードだ。そのために大事件になってしまい、慌てるぽぷりが、何とかしようとすればするほど、破天荒に傷口が拡がってしまうスラップスティックな展開が楽しい。特に、暴走してしまう魔法を止めようと、次々に他の魔法を生み出すときのぽぷりの表情がバツグン! また、タイトルが示すように、今回はぽぷりをはじめ、くるみたち御学友トリオも水着姿を披露してくれる。ぽぷりの普段着と同一のコーディネーションの水着やそのキャンディの包み紙のような水泳キャップもポイント高いが、御学友トリオも、それぞれ異なる水着を着用している辺りは、サービス満点のコダワリだ。「サービス」といえば、初めて一つのエピソードですべての魔法が登場するのも見逃せない。
ぽぷりが魔法に頼ったことを反省して、自分の力で泳ぎの練習を始めるラストは、少々「道徳」臭いオチではあるが、それを感じさせないポップな展開が、逆にぽぷりの「自主性」に説得力を与えている。
#24「あけてはいけないドア」
本作の謎の一端に迫るエピソードだ。ファーマシィーが「こちらの世界」と「あちらの世界」との実は接点になぅっていることが明らかにされるのだ。とはいっても、話の展開は至って変わらずというトコロが、いかにも本作らしいところ。
ぽぷりの持つ、ふきこやファーマシィーそのものへの「ギモン」は、シリーズの出発点でもあり、こうした話をさりげなく加える辺りは、シリーズ全体を見るとなかなか気が利いている。
細かい部分でのキャラクターのコミカルな動き(冒頭の、段ボールのはこの間をすり抜けて現れるぽぷりや、ふきこが三階のドアを開けてはいけないと念を押すシーンでの引きの動きなど)が、これまた小気味よいアクセントとなっている。また、異世界(?)の海岸で、ぽぷりとふきこがボートでレモネードを酌み交わすラストシーンは、情緒溢れる憎い仕上がりになっている。
なお、このオンエア時には本編とEDの間にぽぷりによる魔法の精霊の紹介と、公募していた精霊コンテストの発表が挿入された。
#25「さびしいつちクジラ」
まるで実相寺昭雄監督の『D坂の殺人事件』のOPを思わせる(笑)、ぽぷりの紙工作シーンで幕を開ける今回は、小中千昭の「怪獣観」の片鱗をうかがえるファンタジック・ストーリーだ。生態系的なバックボーンを喚起させるつちクジラの設定は、ほとんどSFといってしまって良いだろう。確かに「青空の広がる地底世界」や「星のかけらを集めた太陽」などは絵本的かもしれない(だが、このまとめかたが実にファンシーでいい感じなのだ!)が、それは作品の方向性からすれば当然のことだ。だが、視点と解釈を変えれば、つちクジラは「特殊な星間物質エネルギーを必要とする地底怪獣」とも捉えることが可能であり、あたかも『ティガ』や『ダイナ』を彷彿とさせるものがある。
細かいところでは、クジラに乗ってぽぷりが地中を文字通り「潜行」するシーンでのCGエフェクト処理が抜群にセンス・オブ・ワンダーだ。また、今沢演出以外で、初めてぽぷりがパジャマ姿になるのも注目である。また今回は三度ぽぷりが歌を唄う(心の数え歌)が、小西寛子にとってはキーが低めで、ちょっと苦しい感じだ。
#26「にこにこぎんざのぼんおどり」
同日オンエアの『みぃ子』同様の縁日・盆踊りを題材にした季節ネタ。『ファーマシィー』らしい絵本的な展開のエピソードだ。しかし、年中直立不動の街灯達がストレッチ代わりに年に一度盆踊りをする、という辺りがなにやら妙にリアリティがあっておもしろい。
グリム自身が、破れた太鼓の皮の代役を務めると、翌朝太鼓に木の芽が生えているというラストも、本作らしい心憎いオチだ。
さらに今回は、ぽぷりをはじめなつみや御学友トリオのかわいい浴衣姿が拝めるのもポイントの高いところ(カンコちゃんファン的には『みぃ子』での、ゆかちゃんの浴衣姿も嬉しい限りだ)。
#27「まじょのアマネ」
3クール目に突入して、ぽぷりのライバル的なキャラクター・アマネが今回初登場。まさに彼女の紹介編というストーリーだが、そのこまっしゃくれた(笑)へこまない性格と相まって、抱腹絶倒度の高い展開となっている。特にアマネ役・三石琴乃の久々となるポップな演技が、その魅力を倍増させている! 今後もセミレギュラー化して、ポタモスよろしく(!)トラブルメーカーぶりを発揮して欲しいところだ。
初対面で、彼女を前にしてのぽぷりの表情がまたケッサク。互いに魔法の自慢をし合うという、子供っぽい対抗意識まるだしの「魔法対決」も楽しいかぎり。対決でのアマネの魔法が、自信満々な言葉とは裏腹に、ことごとくチマチマしたものというのも、笑わせてくれる。さらにぽぷりが出した魔法がリックという、三石嬢のシャドウボクシング(笑)もサービス・サービスぅだ! 加えて、マネを連れてきてくれたペットショップのお兄さんを見て、アマネが顔を真っ赤にしてしまったりと、ぽぷりよりもちょっとおしゃまさんなところもかいま見せてくれる。この辺も今後のエピソードに活かして欲しいところ。
こうした全編コミカルな展開をみせながらも、ラストは互いを「魔女」と認めあうような構成は定番的ではありながら、微笑ましいきれいな仕上がりだ。
ところで、今回魔女とお供(?)の動物の関係について言及されるのも見逃せない。
#28「くちべにつけた」
魔法少女の基本(!)ともいうべき「大人に変身」(大人への憧れ)の変形シチュエーション。魔法の口紅で大人に変身とは、なんだか『魔法のルージュりっぷすてぃっく』みたいだなどと言ってはイケナイ(笑)。
視聴者側には徹底的にぽぷりの主観で見せているため、残念ながらアダルト・タッチのぽぷりはズバリ画面には登場しない(ラストシーン、写真屋さんが撮ったスナップで大人ぽぷりの後ろ姿だけチラリと拝める。この構成が、写真屋さんの「誰だったかなぁ?」という台詞とともにニヤリである)が、それがこのストーリーでは結構重要な意味を持っている。自分は自分であるにもかかわらず、まわりの誰からも分かってもらえないという「不安」と「恐怖」がひしひしと伝わってくる。これがもし、実際に大人になったぽぷりの姿をより具体的に見ている側に見せていたなら、もっと「アリガチ」な雰囲気になってしまったかも知れない。……まぁ、下世話な部分ではそれでも見たかった、という気分もあるけれど(笑)。また、「他人に見てもらいたい」という内面的な心理の変化こそが化粧の本質であるという、ふきこの台詞も説得力がある。
#29「ちていたんけん」
二度目となる30分スペシャルバージョンは、通常とは異なる30分一本立だ。
『魔法使いサリー(新)』や『セーラームーン』を彷彿させるハイライトアバン(アバンのみの3DCGによるつち猫のインサートカットが、本編への期待を高める絶妙な効果を見せている)といい、前回のスペシャル版でも使用された、各精霊をぽぷりが指さすごとに登場させる(これ自体、コーナータイトル部分のセルフパロディだ)アイキャッチといい、OPとEDが本作専用でない以外は、ほぼ一本の番組としてのフォーマットを持った構成となっている。ちなみにコーナータイトルは旧バージョンが使用されている。
単純明快なアドベンチャーストーリーである本エピソードは、コンテ以上に付加された作画の遊びも楽しい。その好例が、ぽぷりの崩し顔だ。これまでもニコ目顔は多いぽぷりだが、今回ほど崩れた表情を見せるのは珍しい。ふたのなくなったアルデルの小瓶で魔法を生み出そうとしてみるシーンや、つち猫の巣の奥でふきこを見つけたときのウルウル目など、傑作な作画が続出だ! またふきこに、「私を捜しに来てくれたんですのね」と言われ、思わず「もちろんよ!」と見栄を張ってしまうぽぷりの表情も、小西寛子の演技と相まって、まさにナイス! ぽぷりの母親が氷砂糖を一袋(しかも2キロ!)持たせてしまう辺りも、気の利いたワンポイント・ギャグとしてオイシイ。このアイテムが「勝利の鍵」(笑)になることはバレバレだが、意表を突く最高の登場シーンだ!(ここでは母親のぽぷりに宛てたメモが画面に見えるが、それには「ポプリ」と表記されている)
ところでつち猫は、頭部にアンコウのような提灯を持つデザインといい、輝くものを集める習性といい、#25に登場したつちクジラに似た生態系を思わせるものがある。
#30「どきどきまほう」
ぽぷりがコンビニのお姉さんと花屋のお兄さんの恋(#28での、二人の間にぽぷりが割ってはいる場面を引っ張るようなシチュエーションだ)を成就させようと、魔法でお節介を焼いてしまうという、「子供っぽさ」がポイントとなるエピソードだ。興味本位でのぽぷりの行動が微笑ましく、楽しい限りだ。鼻の穴を膨らましてふきこに二人の話をするぽぷりの表情もケッサク。全体にコミカルな雰囲気をただよわせる五十嵐卓哉の演出が、効果バツグンだ。殊に、お姉さんが照れ隠しにほうきで掃きながら、コンビニに隠れてしまうシーンや、ぽぷりが、見つめ合ったままでいる二人の様子を看板に隠れて見ているシーンで見せる、五十嵐氏が得意とする引きによる動きが、今回も絶好調にヘン過ぎ(笑)!
また、恋を成就させるには、心を伝えるだけではなく言葉に出さなくてはいけない、というふきこの台詞が仲々にリアルだ。魔法で成就できる恋愛など「本物の恋」ではないというスタンスとともに、今回のストーリーに深みを与えている。さらにぽぷりのお節介な行動も、実は二人のきっかけ作りとして功を奏していた、というオチもニヤリである。
#31「ノームのおにわ」
自然の営みの不思議さを、おなじみの季節ネタを絡めて描いた巧みなエピソードだ。
特に、マツヨイグサの開花を目の当たりにしたぽぷりの感激と驚きがとてもイイ! 単純に生物学的に語り尽くすことのできない、自然の神秘さ──植物の開花現象は、まさに「魔法」としか言い様のない物だからだ。こうした、ある意味で当たり前の現象を、新鮮にかつビビットに捉え、素直に感動する。これぞ本作の重要なスタンスでもあり、作品としてのアイデンティティにもなっているのだ!
また、冒頭で登場するおばあさんが、実は秋の精であるというオチも見事で、見ている側も「あっ」と驚く展開には脱帽だ。ちなみに、この秋の精のおばあさんは他の季節の精たち(今回の夏の精のおじさんや梅雨のケルピー氏など)と異なり、ぽぷりに驚かないところもポイントで、「秋」の持つある種奥ゆかしさを象徴しているとも言えよう。
#32「うしろのしょうめん」
「かごめかごめ」や旧街道の祠など、どこか民間伝承を思わせるシチュエーションのお話だが、実は味付け程度である。どちらかといえば、ぽぷりが歌った「かごめかごめ」に惹きつけられた祠の精霊と、ぽぷり自身との関わりに焦点が絞られた形になっている。妙に小難しくしないストーリーテリングが、いかにも『ファンファン』らしい。
前半から中盤かけてのちょっぴりホラータッチな演出も、なかなか冴えており、これも民間伝承風なムードを高めているのであった。
また今回は、ぽぷりの「子供特有の〈大人意識〉」──大人であると見られたいという子供っぽさ(お茶屋のおじいさんに幼稚園時代が「ついこの前」といわれて口をとがらせてしまったり、怖さに耐えかねママと一緒に寝てしまったことを恥じるモノローグなど)が散りばめられているところも見逃せない。
#33「こころのわすれもの」
本作の一つのテーマに迫る、重要なエピソードだ。しずえが子供の頃に友達だった「精霊」ミコールの出会いと別れを、ぽぷりが、しずえの描く絵の中で追体験するという、ファンタジックなシチュエーションだ。ある意味に置いて、子供と精霊との関係が、必ずしもぽぷりだけの特別なものではない、というスタンスもポイントである。だが、ここで語られるしずえとミコールの物語はあまりに儚い。「子供でなければミコールは見えないの!」と嘆く中学生くらいのしずえに、ぽぷりは激しく動揺する。そう、子供時代は永遠には続かないのだ。子供はおそらく誰しも、この状態が普遍的に存続すると、無意識的に思っている部分があるだけに──ぽぷりにとっては、それが精霊たちとの永続的な関係を意味する──、いつかは別れるときが来る、という事実は、それだけで衝撃的だ。
だが、別れても決して「忘却」にはつながらない、想い出は永続的なものであり(ぽぷりがふきこに、「記憶」についてたずねるシーンでのふきこの答えでも明白だ)、それ故に(ここでは精霊たちとの)関係は消滅はしないのだ、という反語的な展開を見せて今回のストーリーは幕を閉じる。
貝澤監督(詩人)の、独特の幻想的な雰囲気が全編に漂う、詩的でハートウォームな傑作だ。
#34「おそばがたべたくなるまほう」
久しぶり(?)に、ぽぷりとにこにこ銀座の人との出会いを描いたスタンダードなエピソードだ。#21に続くグルメ・ネタで、タイトルにもあるとおり蕎麦を題材にしている。
ママの「ぽぷりっておそば好きだっけ?」という台詞に象徴されるように、おそらく今の子供たちにとって、蕎麦は数ある麺類の中で、もっとも縁遠い「未体験ゾーン」ではないだろうか。それがひょんなことから蕎麦に興味を示して、すっかりファンになってしまったぽぷりが(「蕎麦のおいしさ」は彼女にとって「驚くほど新鮮」だったに違いない)、そのおいしさを街の人たちにも伝えたい、という行動原理は、それだけで説得力充分。しかも見ているこちらも、蕎麦を食べたくなってしまうこの演出はどうだ! 加えて、蕎麦作りの行程を見せるだけでなく、そば屋の主人がぽぷりに最初の一口をつゆにつけずに食べるよう勧めたり、#18の古本屋の主人も再登場して蕎麦がきを食べるなど、まるで「グルメ」番組のようなエデュケーションぶりも心憎いばかりだ。
#35「にこにこぎんざがあぶない」
ほとんど『ウルトラマン』! 短絡的に言ってしまえば、『ウルトラ作戦第一号』+『姿なき侵略者』だが、単にそうした暴走オマージュ作品に終わらないところが、さすがは平成ウルトラの小中千昭だ。そんなことを知らなくても、充分に楽しめる(通常の『ファンファン』からすれば、イレギュラーではあるが)サスペンシブな仕上がりとなっている。それは子供番組としての「言語」を、きちんと踏襲しているからだ。ウイルバー撃退のため、ガルで電気エネルギーを吸収するという理詰めなアイデアもSF的でニヤリ。
五十嵐卓哉の演出も『セーラームーン』バリの、アクション指向が顕著に顕れた見事なレイアウトを続出させている。例えば、ヒトシがキャプチャー・デバイスをガンモードにして構えるカット(ビームの閃光が、これまたそれっぽい!)や、タビスのルーペを照準器のように覗いてウイルバーを狙い撃つシーン、あるいはにこにこ銀座目前に迫った怪獣に立ち向かうときのヒトシ・ぽぷりの前にガルがスライド・インしてくるレイアウトなどだ。
また、前半のヒトシとぽぷりが出会うくだりもユーモラスで(実はこれがラストに大きくものをいってくるのだ!)、こうした緩急織り交ぜた展開も、本エピソードによりメリハリを与えている。そしてラスト、去ってしまったヒトシにぽぷりが見せる涙!(シルエットの演出がまたグッとくる) いつの間にかヒトシに惹かれていた彼女の、淡い想いをかいま見せる、あまりにも淋しく切ない幕切れだ。果たしてこのストーリーから誰が、このオチを予想し得ただろう!
#36「ぽぷりの新魔法 ジルムとジルモ」
二回目となる30分一本立てスペシャル版。今回は、公募による魔法アイデアコンテストでグランプリを受賞した精霊・ジルムとジルモが登場するエピソードだ。
久しぶりにぽぷりが私利私欲(笑)のために魔法を使う展開で、予想に違わずその結果、にこにこ銀座が大混乱を来してしまう。魔法のたねの材料として必要な砂時計を、即席ででっち上げるくだりがなんともユーモラスで楽しい。ここでぽぷりが、多少の不安を覚えつつも、勢いにまかせてしまうところが「らしい」のだ。また、「(今日は)来週よりも昨日の方が近い」という相対的な時間の観念を発想してしまうのもぽぷりならでは(なおみちゃんの苦笑した反応もニクイ)。
ぽぷり以外の人々が、精霊によって狂った時間に翻弄されるクライマックスはかなり悪夢的なシチュエーションで、ぽぷりの焦りをダイレクトに感じさせてくれる仕上がりだ。しかもジルムとジルモによって、昼夜が同一時間にスプリットして存在しまうこの感覚の凄さ! ただそれに続く、時間流が混乱して過去と未来が錯綜してしまうシーンは、ちょっと単純すぎる印象を与えてしまうのが残念なところだ。もう少しシュールに、狂った時間に翻弄される人々にぽぷりが戦慄するような方向でも、悪くはなかったのでは?
ところで、今回のもう一つのポイントは、ぽぷりのパパが初登場することだ。しかし、画面には顔も出てこなければ台詞もないという辺りが、これまた意味深である。ぽぷりの夢の中で、クマのぬいぐるみを後ろから動かしている彼の姿が、娘との関係を巧みに表現していてグッド! 二段ベッドの上に置かれた多数のぬいぐるみは、パパさんのおみやげであろうと受け取れる。それにしても、出張続きのパパさんの職業とは? これまた気になるところだ。
#37「ねこになったぽぷり」
魔法少女の定番、ヒロインの動物への変身をストーリーの柱にした今回は、グッと絵本的なセンスが光る一本だ。にこにこ銀座の路地裏の小さな空き地にぽつんと置き去りにされた招き猫。その不思議な空間は、動物(猫)たちのにこにこ銀座だったのかも知れない(本編中できちんと説明しないところが良いのデス!)。
香炉の不思議な薫りによって、ぽぷりが猫に変身してしまうのが本作ならでは。「薫りもある種の魔法である」というふきことの会話も、ある種の説得性を与えている。猫に変身してからのぽぷりの目線を、非常に気にしたアングルでストーリーが進行するのも、リアリティあふれる演出だ。また些末な部分ではあるが、猫ぽぷりがニボシと会話できないというのは、「動物に変身すれば、動物語も当然理解できる」という魔法少女物のご都合主義な暗黙の了解を、根本的に否定したセンセーショナルな出来事である。
ところで個人的には、ペットショップでエサを与えられ、ぽぷりがプライドを傷つけられる(笑)シーンでの小西嬢の拗ねた演技が、ピンクボンっぽくてグー!
#38「やおひちさんのプレゼント」
八百ひち夫妻の夫婦喧嘩にぽぷりが責任を感じてなんとか仲裁しようと奔走する、それだけのストーリーだが、こうしたにこにこ銀座の人々を等身大に描くエピソードが、作品の舞台を形骸化させない「安全弁」として機能している。と同時に、これが本作の基本スタンスの一つでもあることを忘れてはいけない。さてこの#38は、五十嵐卓哉の重要な持ち味の一つである、コメディ指向炸裂のお話だ。「夫婦喧嘩は犬も食わない」という諺から、作中の随所に子犬が登場する(ストーリーそのものとはまったく関係ない!)確信犯的な直喩演出は、ユーモラスを通り越してシュール・ギャグの域だ。しかも一見無意味に見えて、実は台詞のやりとりにあわせて画面を横切るテクニカルぶり! あるいはアップショットの切り返しによるテンポのよさが生み出すコミカルな雰囲気もバツグンだ。そしてグリムが巨大化させた野菜を八百ひち夫妻が売りまくるクライマックスは、「にこにこ銀座でお買い物」のオケBGMの効果も巧みな、鳥肌もののカタルシスを見せてくれる。カラッとした展開が魅力の一本である。
なお、翌週放送分の『みい子』も夫婦喧嘩ネタなのだが、同一週にバッティングさせない配慮が心憎い。
#39「なにかがみちをやってくる」
レイ・ブラッドベリの悪夢的ファンタジーの題名を冠する今回だが、内容的には「お題拝借」といった具合だ。おなじみの民間伝承ネタかと思わせておいて(しかも、ご丁寧に現れた人影もなにやら水木しげるの描く妖怪みたいだ)、「枯れ尾花」オチというどんでん返し。のみならず、さらに踏み込んで、シリーズ中何度か言及されるにこにこ銀座が「不思議な場」であるという部分にスポットを当てる展開には脱帽だ。にこにこ銀座への来訪が、「必然たり得ない偶然はない」といったニュアンスを喚起させ、見ている側にも独特の不思議感を与えてくれる。しかもそれが、「ごんまやせ」の理詰めな説明にもなっているなんて!
なお今回の演出は、東映ヒロインアニメの雄・大ベテランの葛西治が担当。トラディッショナルな雰囲気を持たせつつ、ぽぷりがごんまやせを想像するシーンはポップに、あるいはぽぷりが謎のシルエットを追跡するシーン(CGによる背景動画がスゴイ)はアクティブにと、全体にメリハリの利いた構成となっている。ちなみに#33に続き、今回も全編の原画を伊藤郁子が一人で描いている。
#40「世界の魔女が大集合! まじょかいぎ」
30分一本立てスペシャルも、今回で3度目。すっかり月イチのペースだ。
本作にしては珍しく、にこにこ銀座から舞台を移してのストーリーである。全世界に散らばっている魔女のコンベンションで起こった事件を、ぽぷりとアマネが解決するという、展開そのものはオーソドックスなものだ。しかし、ぽぷりとアマネの凸凹コンビの会話が全編に散りばめられ、それだけで俄然ポップな雰囲気になっている。
今回のゲストである意地悪な魔女・リリエルの心を、なんとかして開こうとするぽぷりだが、魔女たちから疎外されている彼女の言い分は筋が通っており(元々の非は自分にあるとはいえ)、ぽぷりは困惑することになる。それだけにリリエルが心を開くことで、はじめて世界平和の樹が出来上がるラストは感動的だ。「みんなが心を一つにあわせる」ことで平和が生まれるのだ、という性善説的なテーマは、とてもグローバルで説得力にあふれている。
ところで今回は、魔女と使い魔の関係が具体的に示唆されている。どうやら一種の触媒として機能しているようだ。また、箒で長距離を移動する際にはジェット気流に乗るという辺りも、本作らしいところだ。さらに、ぽぷりが、シブやピンチィとコミュニケーションできることに、魔女たちが驚きを示すシーンも見逃せない。
#41「みずうみのひみつ」
エレキングならぬ(笑)、人魚が登場するファンタスティックなお話だ。#32・#37に続き(今回も含めていずれも演出は小坂春女!)、ぽぷりと、精霊とは微妙に異なる不可思議なものとのふれあい──コミュニケーションを描いてゆくが、今回はその究極的なシチュエーションだ。湖の底で、ぽぷりが出会った人魚は、これまでとは違って人語を解さず、手と手をふれあうことでコミュニケーションを成立させるのだ(ラルゥを使わないのもミソ!)。また、人魚の正体うんぬんよりも、ぽぷりとの関わりそのものにウエイトが置かれたストーリーが、不思議な余韻を残している。人魚の存在を普通の人たちが気がつかなくても、「スケートが上手くなる」のは、人魚と知らないうちに関わっているからだ、という解釈がこれまた巧みだ。
ところで、今回は久方ぶりにくるみたち御学友トリオが大フィーチャーされ、#23同様三者三様のスケート・ウエアを披露してくれる。併せてぽぷりも、コートに帽子というスタイルになる。さらに#23と同じ小坂・爲我井コンビということで、プールでみせたのとまったく同じ準備体操シーンが挿入されている。遊び心も満点の一本だ。
#42「サーカスがやってきた」
落ち目の魔術師をふきこやぽぷりが手助けする、魔法少女物としてはトラディッショナルなシチュエーションである。だが、ぽぷりの魔法が直接事件を解決しない展開が、いかにも『ファンファン』だ。葛西治の演出は、奇をてらわずオーソドックスにまとめ上げているが、そのスタンダードさが重要なのだ。ある意味、凡庸ともとれるわけだが、こうしたにこにこ銀座のストーリーこそが本作の基本であることを、スタッフが忘れていない証だからだ。そんな今回の最大のポイントは、舞台をしくじり気落ちする魔術師氏をぽぷりが励ますシーンにある。リックを見ることができない魔術師氏に、ぽぷりは一瞬ガッカリしつつもこういうのだ。「人を楽しませることが大好きなら、あなたはやっぱり魔法使いよ」。本作の“魔法”を見事に言い表した、なんと心憎い台詞だろう! また、魔術師氏がにこにこ銀座で喫茶店を開くという結末は、彼がにこにこ銀座という場に「呼ばれた」人なのだといったニュアンスを感じさせるものとなっている。
#40〜#42ストーリー
#43「ほんのなかのぼうけん」
三度のアマネ共演編でもある、シリーズ最後の30分スペシャル。おなじみの伊藤郁子班の面々に加え、完甘美也子、芹田明雄など、『みい子』班の作画マンも加えてのオールスターな布陣である。加えて五十嵐卓哉・演出ならではの、コミカル&シュールなシーンも続出の、まさにスペシャルなスペシャルだ。
本の物語世界に迷い込んだぽぷりとアマネの不思議な冒険諢だが、ぽぷりが手にした本は、「物語世界」(異世界)への「扉」という雰囲気が強い。同じ本を読むことで「共有される物語」のメタファーが、構造的にストーリーに組み込まれている感じだ。本の妖精・ワムに頼まれて、ぽぷりたちは物語の世界のいろいろな生き物と出会い、彼らとコミュニケーションを図ることで、それぞれが失っていたものを取り戻して行く展開がミソ。いわゆる『青い鳥』オチと思わせて、『オズの魔法使い』だったのだ。ぽぷりとアマネが大好きな魔法が、どちらも光の精霊だったというのもおもしろい(二人の心がシンクロしていたということかな?)。
とにかく全編見どころといっても過言ではない今回だが、中でも最大のトピックは、#20の浮遊島と、この物語世界が何らかのつながりを持っているという事実だ(ペニーファージに乗った老人の台詞に、浮遊島の大気流のカットがインサートされ、「オオ!」とさせられる)。ラストで老人が失った「時」=懐中時計を浮遊島で手にするシーンは、なんとも感無量だ。また、大平原にぽつんとファーマシィーが現れるシーンも、#24を喚起させるものがあり、一種の集大成的な部分もあるストーリーとなっている。
なお今回もぽぷりが、精霊とのコミュニケーションを望んでいる台詞が、さりげなくあるのも見逃せない。
#44「ひとりぼっちのかげぼうし」
実に三ヶ月ぶりとなる、貝澤幸男監督自ら演出の#44。
自分の影が盗まれる、というちょっとホラータッチのシチュエーションだが、近視眼的に影の行方を追うぽぷりのリアルタイムな行動を、ポップに描いてゆく。このエピソードではこの「近視眼的」な展開がポイントで、ぽぷりは謎の影法師から「一方的に」影を取り戻そうとする。相手(影)の想いは、ぽぷりの意志に反して生まれたラルゥによって、はじめて知るのだ。その想いを知ったとき、ぽぷりの影は元に戻っていたというラストは、またしてもコミュニケーションを言及したものといえよう。
細かい部分だが、ぽぷりが地面にあぐらをかいてしまったり、ギャグっぽい崩し顔がチラホラあったりと、今回は貝澤コンテならではのアクティブさ溢れるぽぷりも堪能できる。またクライマックスとなる、ぽぷりが影の世界(二次元世界!)に入り込んだシーンは、これまた貝澤・演出サクレツのファンタスティックな仕上がりで、ポイントが高い。
#45「かぜにのって」
今回より、いよいよシリーズのクライマックスへとストーリーが展開し始める。ぽぷりが、少なくなった魔法のたねを机に拡げるカットがあるが、なにやら残り話数の少なさに重ね合わせているようでもある。この場面では、たねがあたかも意志を持っているかの如き描写を見せ、ぽぷりはシリーズ中初めて(同時に最後でもあるところがミソ)「自身の要求」ではない形で魔法を生み出す。この段階でぽぷりは、すでに魔法とコミュニケートしていたのだ。このように、このエピソードでは、全編に渡り、ぽぷりと精霊とのコミュニケーションにフォーカスしたものとなっている。そして、ついに今回のラストでピンチィがぽぷりに話しかけてくる! ここでのピンチィのしゃべり方がたどたどしく、会話が「言語変換」によって成立していることを思わせる。また今沢氏の演出を意識してか、のんすけがぽぷりの魔法を直接的に目撃するシーンがあるのも見逃せない。だが、のんすけは特に驚きの表情を見せず、いつもと変わらない辺りもポイントだ。
ところで今回は、寒い北風の流れが実は多くの風の精霊たちの「越冬」によって引き起こされる現象であるという、本作らしい解釈が登場している。
#46「ぽぷりのポケット」
これまでまったく語られることのなかった、ぽぷりのバックボーン設定がかたられる今回。ぽぷりのスカートにたくさんついているポケットの意味を通して、彼女が季節や薫りに敏感である理由や、大切な人といつも一緒にいたいという想いが語られて行く。同時に貝澤監督の、ぽぷり=「大切な人からつけてもらった大切な名前」という意向を汲んだ、まさに「謎解き編」(笑)。ファーマシィーに薬を買いに来た少年・冬太郎に、ぽぷりが自分のニックネームの由来を話して聞かせるという構成だ。ぽぷりが冬太郎をパパに見立てての、いわゆるTごっこU遊びの形なのだが、それを拡大解釈したあたかも舞台劇を思わせる演出となっているところがおもしろい。特に、全編ほぼぽぷりと冬太郎のツーショットであることが、また芝居がかった面をさらに強調している。
エピソードそのものも、冬太郎が春とか桜といったキーワードを理解できないのが冬の精の息子である点や、父親が風邪をひいてしまった(これが、ファンファン流の小春日和の解釈だ!)ために、ふきこのところへやってきたことが明かされるラストなど、全体にトリッキーである。
#45・#46ストーリー
#47「ながれぼしにおねがい」
#48「にこにこぎんざにさようなら」
いよいよ最終回である。前後編という形だが、実質的には30分サイズのAパートが#47、#48がBパートという趣だ。
ぽぷりにとって「大切で大好きな」パパと一緒に住むことが出来ることが、「仲良しで大好きな」にこにこ銀座の人々との別離を意味する皮肉なシチュエーションにぽぷりが翻弄されるストーリーだ。そのため、#47でぽぷりはアルデルの小瓶をふきこに返してしまった上に、魔法そのものも忘れようとしてしまうのだ。だがにこにこ銀座の人々や精霊たちと別れても、思い出(絆)は変わらないことに、ぽぷりが自ら気がつくポジティブな展開が──ここでもピンチィとの会話がきっかけになっているのがミソ──なんとも素晴らしい。さらに、商店街の人たちがぽぷりに別れの挨拶を一言ずつ言って行く場面は、回想シーンではないにもかかわらず、見ている側に自然とこれまでのエピソードをイメージさせる、涙腺熱い演出はどうだ! しかも、このテーマ(友達や仲の良い人たちとの、大切な絆)が『みいファぷー』最終回の3作すべてに共通しているという、オムニバススタイルのプログラムとは思えない、統一感の高い構成になっている。数多くスペシャル版があった『ファンファン』だが、最終回が通常のレギュラーサイズでのラストというのも納得である。
#48エピローグ・パートでのなつみがふきこの正体(笑)を知るという、第1話と呼応したシンメトリックな構成は、白眉にして珠玉!(この呼応パターンの最終回には、死ぬほど弱いのです) 原作へ続くという拡大解釈もできる辺りも、心憎い限りだ。しかも、#47ではなつみがチラリとピンチィを目撃するシーンが伏線として挿入されてるのだ。「女の子なら誰でも魔女になれる」というふきこのセリフが見事に生きているではないか。
最終回の原画マンは、シリーズで作監を務めていた方がほぼ揃い踏み(『守護月天』のために抜けてしまった上野ケンも復活という快挙!)で、OVA並のクオリティの作画を披露してくれている。個人的には、爲我井克美が『神風怪盗ジャンヌ』のために原画参加をしなかったことが惜しい限りだ。
ほとんどパーフェクトな最終回2部作なのだが、あえて欲を言うならば、『ファンファン』#48は、一番最後にオンエアされればもっと良かったかな……、というところか。なんたって番組最後のセリフが、ぷーちゃんの「う〜、マンボ!」だもんねぇ(苦笑)。