太陽風

宇宙科学研究所・向井利典
 

彗星の尾
 

 太陽風というのは、その名の通り太陽から四方八方に吹き出している風のことです。しかし、それは我々の地上の大気の中の風と違って、イオン(主成分:プロトン)と電子から成るプラズマの風です。太陽から何か高エネルギー粒子が外に飛び出しているかもしれないということは、極地方の夜空を駆けめぐるオーロラの活動が太陽黒点数と相関があることで以前から想像はされていたのですが、定常的な太陽風の存在が明らかになったのは人工衛星の直接観測ができるようになった1960年代初頭のことでした。それは、この風はあまりにも稀薄で、その影響が地上観測ではいくら望遠鏡を使っても見えなかったからです。しかし、宇宙時代の始まる前の1952年にその存在を予言した人がいました。Biermann です。その説の根拠となったのは、彗星の尾が2つの方向に分かれている事実です。

図1.ヘール・ボップ彗星の写真
 

 太陽風から話が少し離れますが、彗星の尾にはその光のスペクトルの違いから一つはイオン(CO+, CO2+, CH+, N2+,,,,)が主成分のイオン・テイル(光って見えるのはイオンだけであるが、実際はほぼ同数の電子があり、本当は plasma tail と呼ぶのが正しい)とダストが主成分のダスト・テイルの2種類の尾があることが知られています。彗星の核(固体部分)の大きさは 1~10 km 程度のもの(必ずしも球状ではなく、これまで唯一宇宙探査機が近づいて写真を撮影したハレー彗星の場合は「じゃがいも」のような形をしていた)で、表面は黒く、塵(ダスト)と氷でできています。従って、太陽から遠いときは極めて暗く、近づくにつれて太陽熱であぶられて塵と水蒸気、炭酸ガスなどが蒸発(正確には昇華)するようになります。彗星の重力はダストや昇華したガスをその核の近くに引き寄せて留めておくにはあまりにも小さいので、すぐ周りに広がっていきます。我々の目に見えるのはこの広がったダストやガスが太陽光を散乱して光っている部分で、その大きさは数万 km にも広がっています。その明るさは、太陽熱の吸収による表面温度の上昇と散乱光の元の太陽光の強度、などの積で決まるので、太陽に近づくにつれて急速に明るくなり、尾が形成されるようになります。即ち、尾の元は彗星表面から昇華したダストとガスです。ダストは、太陽光の放射圧のために太陽の径方向に流されますが、彗星の軌道運動のためにやや曲がります(雨の中を走ると、やや前方から雨が降っているのと同様)。一方、ガスは太陽の紫外線を受けて電離し、電子とイオンができます。このような荷電粒子は重力や光圧以外にも電磁気力を感じます。いや、大抵の場合、荷電粒子の運動に一番大きい影響が電磁気力であります。そこで、Biermann は、イオンの尾が彗星の軌道運動に無関係にほぼ太陽から径方向に向いているのは、太陽から荷電粒子の風、つまりプラズマの風が常に吹き出しているからであろうと考えたわけです。実際は、イオンの尾も正確に太陽から径方向に伸びているのではなく、彗星の軌道速度に比例してわずかに傾いており、これからプラズマ流の速度を推定すると、500~1000 km/s もの高速になります。(後で述べるように、その後の人工衛星の直接測定によると、平均速度は約 400 km/s、太陽コロナの状態により 300~700 km/s と変化する。太陽フレアーの際には 1000 km/s 以上の超高速流が吹き出し、地球に磁気嵐を起こすことがある)。
 

光圧(放射圧):振動数 n= l/2p)の光子のエネルギー E E = hn, ここで h = 6.626 x 10-34 J.s: Planck 定数。運動量 p p = hn/c; c = speed of light。(注)m = m0/(1-v2/c2)1/2. v=c m0 = 0.地球近傍の太陽光のエネルギーフラックスは ~1.4 x 103 J/m2 s. 従って、光圧は ~5 x 10-6 Pa. ダストは大体 1 mm 程度のサイズで、比重 1 として、光圧による加速度を計算してみるとよい。
 

太陽風の性質
 

 図2は太陽風の観測データの例です。これを観測したのは約10年程前、宇宙研のハレー探査機「すいせい」(PLANET-A)がハレー彗星に向かう途中のものです。速度は 300~700 km/s のあいだを約27日周期で変動していますが、これは太陽自転によるものです。このような太陽自転による変動が見えるのは、太陽活動が静かなときの特徴です。太陽自転周期は25日ですが、探査機の公転運動があるため27日周期となります。なお、この図には示していませんが、その速度の方向は太陽の径方向です。実際の観測データは、探査機の軌道運動があるため、少し傾きます。(飛翔体の速度は約 30 km/s なので、400 km/s の太陽風は太陽の径方向から約 40 傾いた方向から吹いてくるように見える。このことは、地球にとっても同様。)また、速度と温度の相関がよいことがわかりますが、これは太陽風の一般的な性質です

図2 太陽風パラメターの2ヶ月間のデータサマリー。矢印は重粒子イオンが明眇に観測されたときを示す
重粒子イオンの同定

太陽風イオンの「E/q-angleダイアグラム」表現の例

 図2にあるように、太陽風は我々が住んでいる地球大気にくらべると極めて稀薄で、かつ高温です。主成分はプロトン(m = 1.67 x 10-27 kg)で、T = 105 K として音速 (gkT/m)1/2 を計算してみると、約 37 km/s となります(g = ratio of specific heat ~ 5/3, k = Boltzman constant = 1.38 x 10-23 J/K)。平均の流速は約 400 km/s ですから、太陽風はマッハ10以上の超音速流となります。また、粒子同士が衝突する確率は極めて低く、平均自由行程は 1 AU(太陽・地球間の距離 = 1.5 x 108 km)にもなります。したがって、電子とプロトンが再結合して水素原子に戻ることはほとんどありえません。このような完全電離気体(プラズマ)は、電子やイオンは磁力線方向には自由に移動できるので、磁力線は同電位で電気伝導度や熱伝導が極めてよい導体でと考えることができます。磁力線に直角方向の電場は、観測者と磁場の相対速度によって決まり、次式で表されます(付録参照)。
 

E = -V x B
 

ここで、E は電場ベクトル、B は磁束密度ベクトル。太陽風はこのように極めて稀薄な電離気体ですが、ある程度以上のスケールで見た場合、全体としては流体とみなすことができます。このようなプラズマの流れ(電磁流体)を扱う学問を電磁流体力学といいます。電磁流体力学における重要な概念として「磁力線凍結(frozen-in)の定理」というのがあります。これはノーベル賞物理学者アルベーン(Alfven)が提唱した考えで、磁力線は電磁流体の運動を通じて常に1本の磁力線として保たれ流体とともに運動するというものです。すなわち、電磁流体内の磁力線は流体と一体となって運動する実在の線とみなすことが可能であるということです。これまで、惑星間空間には磁場があることを前提にしてきましたが、その磁場の起源は frozen-in によって太陽風プラズマが一緒に連れてきた太陽磁場なのです。このばあい太陽が自転していなければ、太陽風の流出に伴い太陽磁場の磁力線は放射状に引き出されるはずですが、自転のために磁力線は次第に巻き込まれてスパイラル状になります。ここで誤解のないように繰り返しますが、太陽風は太陽から放射状に流れていることです。この状況はしばしば回転しながら散水するスプリンクラーに例えられます。スプリンクラーから飛び出した水滴は放射状に飛んでいるのですが、パターンとしてはスパイラル状に見えます。磁力線はプラズマを数珠繋ぎにしているので、このスパイラルになぞった構造を持つことになるわけです。地球近傍では、図3に示すようにこのスパイラル構造は太陽と地球を結ぶ線から約45゜傾くこと(経度角φが135 または -45゜)が予想されます。

図3.惑星間空間磁場のスパイラル構造

 

彗星と太陽風の相互作用

 

国際ハレー探査機船団が観測した衝撃波の位置

 

”すいせい”が観測したプラズマの流速

 

ハレー彗星近傍の磁場強度の空間分布
 

太陽風の源:太陽コロナ
 

 では、なぜ、太陽からいつもこんな高速のプラズマ流が吹き出しているのでしょうか。実はその理由は未だよく判っていなくて、これは宇宙プラズマ物理学の大きな問題の一つです。しかし、これではなんのことかよく判りませんから、何が判らないのかを説明することにしましょう。太陽風の元は太陽周辺の高温ガス(コロナ)であります。コロナの温度は紫外線やX線の観測から 100~200 万度もの高温になっています。周知のように光球表面の温度は 60000 K ですから、コロナはとてつもなく高温に熱せられています。その熱源はもちろん光球から熱輸送によるもの以外には考えられませんが(実はその実態は未だ不明で、この問題に対する観測証拠を得ようとするのが、宇宙研の次期太陽観測衛星計画 SOLAR-B)、まあ、下層からの熱輸送が十分であれば、コロナ大気は低密度のために放射冷却が下層よりもはるかに少ないので、熱が十分に貯えられて高温に保たれることになります。ところで、太陽コロナは密度は低いのですが、熱伝導はとてもよく、太陽表面から離れても温度がほぼ一定に保たれています。一方、重力ポテンシャル(GMs/r)は 1/r に比例して減少していきます。したがって、太陽表面の近くではコロナのガスは重力によってとらえられていても、遠方にいくにつれてガスの熱エネルギーが重力エネルギーにうちかって自由に脱出することができるようになると考えられます。しかも、このとき太陽重力はちょうどロケットのラバルノズルの喉のような働きをして超音速のガスが放出されるであろうと考えたのが Parker (1958) でした。図4のような形のラバル・ノズルの管内を気体が通過すると、その断面積が減少するにつれて速度が増大して音速に近づき、流れがノズルの喉を過ぎるとそこから低圧の外界に噴出することになるので、そのとき流れは超音速に変わるというのがその原理です。
 


図4.ラバルノズルのモデル(大林辰蔵著、「宇宙空間物理学」1−2図より転載)
この場合、ふつうのラバル・ノズルは出たあと速度が変わるのではなく、温度が下がって超音速になるのですが、太陽コロナの場合には重力の影響のために粒子密度は距離と共に急激に減少していくので、流量の保存のために速度が減少する必然性があります。これが Parker の太陽風理論です。 前述のように、Parker の理論が出てまもなく(3年後)衛星観測によって太陽風が定常的に存在することが証明されました。そして、Parker の理論を適当な太陽大気のモデルに適用して(実は、この「適当な太陽大気のモデル」が妥当であるためには下層から特別の熱輸送が必要で、そこに問題がある)計算した結果が観測された太陽風の密度と速度に見事な一致を示しました(大林辰蔵著、「宇宙空間物理学」)。太陽風の速度と温度が正の相関を示すこと(図2参照)もこのモデルから予想されることでした。これで、太陽風の加速の話は決着をみたかに思われましたが、1974年のスカイラブから観測されたX写真と太陽風観測結果を比較が Parker の理論に衝撃的打撃を与えました。即ち、Parker の理論から予想されるのは、コロナの温度が高い場所から出た太陽風がより高速になることを予言していますが、スカイラブのX線写真で見ると暗いところから高速の太陽風が出ていることが判ったからです。このコロナの暗い部分をコロナホール(Coronal hole)といいますが、その暗い理由は密度・温度が低いからと考えられています。

図5「新しい太陽」(桜井邦朋訳、朝倉書店)より転載
約2日置きに撮影された長靴形のコロナ・ホールの軟エツクス線写真
(1−4)の順に,太陽と一緒に回転している.この6日間におけるもっとも明白な変化は,全体の動きから生ずる.スカイラブのデータは,コロナ・ホールが,太陽から惑星間空間へと飛びだす,電子、陽子、あるいは原子核などの太陽風内の高速流の源泉である事を示すのに役立った.(2)におけるように,コロナ・ホールが太陽の中心付近にある時,このスブリンクラーは地球の方に向いている.太陽風のこれら高速流は,地球磁場を歪ませ,地球の上層大気を乱す.


図6.太陽磁場の磁力線(太陽活動極大期のもの)

 

 ここまでの太陽風加速の話は、プラズマ流であることをほとんど使っていません。プラズマはほぼ同数の電子とイオンからなる電離気体ですので、その運動は電場と磁場に大きく影響されます。実際、太陽には強い磁場があります。図6は、約1週間のあいだ地球から見た磁力線の構造を連続的に描いたもので、太陽の自転とともに地球を向く面が変化しています。磁力線のこのような構造はもちろん目に見えるものではなく、ゼーマン効果に基づいて得られた光球面磁場の観測データを処理して計算機に描かせたものです。それにしても複雑な構造をしていますが、その後にわかったことはコロナホールのところは開いた磁力線の領域だということです。すなわち、高速の太陽風は開いた磁力線の領域から出てきているわけです。荷電粒子の運動は磁場に束縛されていますから、これはある程度うなづけます。この場合、もはや Parker の古典論はそのままでは適用できませんが、磁場が重力に代わる役割を果たしているという磁気ラバルノズルというモデルが直ちに提唱されました。しかし、その観測証拠は未だなく、また、閉じた磁力線の領域から太陽風が流れ出せないとすると、常に太陽風が太陽系に吹き流れているのかは依然として謎のままです。前に述べたように、太陽風の平均速度は約 400 km/s で、300~800 km/s のあいだを変化します。ということは、遅い速度の方が圧倒的に多く、コロナホールのところから偶に速い太陽風が流れ出しているということなのです。普通の遅い太陽風はどこから出てきているのでしょうか。(実は、この「普通の」遅い太陽風というのは地球や惑星が公転している黄道面付近の低緯度だけのことで、磁力線が開いている高緯度や極では平均 700 km/s という高速の太陽風が吹いている。)その他にも太陽風加速のメカニズムには多くの謎が残されています。これを打破するには、これまでにない観測が必要です。その一つが、太陽半径の4倍まで近づいて観測しようという Solar Probe 計画です。

図7.Solar Probe の計画軌道

 

付録は岩波講座 地球惑星科学 「地球連続体力学」第3章 電磁流体の力学 (寺沢敏夫著)を参照すること。