太陽の謎

地図は北を上に描くのが暗黙の約束で、コンパスの絵を入れて北を示す場合もある。この習慣を逆手にとって、南半球のニュージーランドやオーストラリアでは南を北にした珍しい“上下逆さ”の世界地図を観光土産に売っている。  磁石にN極とS極があるのは、ご承知の通り。棒磁石を下に置いた下敷きに砂鉄をまいて、磁力線を視覚化してみる実験を学校の理科で行ったことを覚えておいでの方も多いであろう。コンパスがいつも南北を指すことから分かるように,地球は北極付近がS極、南極付近がN極の、いわば大きな棒磁石である。地球はコンパスで北と南を区別できるのだ。

では太陽はどうか。  大陸や人口が北半球に偏在する地球と異なり、太陽は南北半球ほぼ対称に見える。地球の場合と同じように、自転軸を右ネジに見立てて、自転によってねじが進む方向を北として緯度を定義すると、黒点は両半球とも5〜35度くらいの低中緯度帯に出現し、南北の出現頻度もほぼ等しい。

夕方の後の空に架かる虹は、雨滴がプリズムの役目をして、太陽の光をスペクトル分解して見せてくれる現象である。19世紀初めのこと、プリズムを使ってガラス素材の屈折率を測ろうと太陽光のスペクトルを見ていた光学技術者が、スペクトル中に黒い線が何本も見えることに気づいた。これら「スペクトル線」は、太陽大気中の元素によって特定の波長の光が吸収された結果だ。

19世紀も末になって、強い磁場中に光源を置くと、磁場がないときには1本出会ったスペクトル線が2本ないし3本に分裂することが発見された。そして、20世紀に入り、太陽の黒点からの光のスペクトル線が2本に分裂していることが見つかった。およそ、90年前のことである。スペクトル線からは、黒点の温度が周りより2千度も低い約4千度であることも分かる。黒点は局所的に磁場が強いために、温度が低く黒く見える領域なのである。

黒点での強い磁場の発見からさらにしばらく経って、太陽全体に地球と同じ様な南北の磁石構造があることが分かった。磁場の強さをガウスという単位で表すと、黒点が飛びぬけて強くて数千ガウス、太陽全体の南北磁場は数ガウス、地球の磁場は、0.1ガウスである。太陽でも、やはりコンパスで南北の区別がつきそうである。

黒点の多くの場合、太陽面のほぼ東西方向に対や群になって現れ、しかもその対は磁場極性がN極とS極に分かれている。たとえば北半球では、東側の黒点がN極、西側がS極という具合にそろっており、南半球では反対になっている。黒点の出現頻度はおよそ11年周期で変動するが黒点の磁場極性の東西関係はその11年間、変わらない。ところが、次の周期では極性が入れ替わる。驚くべきことに、太陽全体の南北磁場の極性も11年周期ごとに反転する。極性の変化をも考慮すると、太陽黒点の周期は11年ではなく22年ということになる。

もし太陽の上をコンパスを頼りに探検できたとしても、N極の指す方角が11年ごとに、北から南へ、南から北へとかわるのだからややこしい。(東京大学教授 柴橋 博資)

 【2000年8月13日 日本経済新聞掲載】