あの日、アイツは壇上で多くの人間にこう言葉を送った。
「皆の輝かしい未来に――」
今日の面接も恐らく…。
半屋はまた重苦しい気分でビルを後にした。
高校を卒業して約半年。
職どころか、長続きするバイトすらロクに見付からない。
フラフラと定まらない生き方をしている。
気に入らない人間に、諂って良い顔を出来る人間にはどうしても成長出来ないらしい。
今まではそんな自分を貫き通しても生きてこられたが。
社会に放り出され、何処へ行ってもこの性格は通用しない。
そして、そう感じながら自分に変化を求めているのに。
変われない。
何かが歯止めを掛けている。
駅までの道程が遠い。
人と対峙した後の妙な疲れが体に残っている。
途中あまり客の入らなそうな古ぼけた喫茶店を見付け、少し休む事にした。
コーヒーの味に興味のないオレには、意外とこういう店の方が合っていると最近気が付いた。
人の声がしない。
その静けさに安らぐ気がする。
とりあえずコーヒーを一杯頼み、煙草に火をつける。
エプロンをした若い女が、不慣れな手付きでコーヒーを運んで来た。
その出てくる早さに、本当に味は期待できないな、と何気なく思う。
くゆる煙のその先に、店長らしき人間のやる気の無さそうな横顔が見えた。
あの日、アイツの言葉はオレにも送られていたのだろうか。
「輝かしい未来」
その言葉だけが深く記憶に残っている。
梧桐の最後の言葉。
卒業式の後、オレは何となく待っていた。
いつも座っていた場所で、いつものように。
四天王とか呼ばれていた人間や、生徒会の人間まで、色んなヤツが別れを告げに来た。
オレが動く事をしなくとも。
でも、一番に来るだろうと思われたアイツだけ、最後まで来なかった。
日が翳り、風が冷たくなってきても、ただ座っていた。
それでも。
そして、それっきり。
あの日から一度も梧桐に会う事はなく。
ただ過ぎて行く日々。
まるで梧桐と出会う前の自分に戻ってしまったように。
今、この瞬間に何を思えば良いのかも。
そしてこれからどうすれば良いのかも。
何もかも、分からない。
いつからこんな自分になったのか。
あの日にできた空洞が、毎日じわじわと広がっていく。
その痛みに、どんどん追い込まれる。
認めたくはない。
この苦しみが何なのか。
何をしても塞がらない、傷を隠して生きている。
どうすれば、この苦痛から逃れられる?
「申し訳ございません…。閉店のお時間なのですが……。」
そう女の声が聞こえて顔を上げると、窓から見える外の色がすっかり変わってしまっていた。
腕時計に目をやると、1時間強も時が過ぎている。
「ああ…悪ぃ…。」
目の前に置かれたコーヒーは一度も口を付けられないままに、冷えきっていた。
このまま席を立つのも悪いと感じ、ひんやりとしたカップから一口だけコーヒーを口にする。
砂糖も何も入っていないその液体はただ苦いだけで、オレには不味いだけだった。
それでもその苦味が一瞬思考を停止させる。
昔、ピアスをあけた瞬間と同じような救われた気分。
このまま、記憶が消え失せて、何も考えずにいられれば良いのだが。
忌々しい程はっきりと、アイツの声が聞こえてくる。
どうして、消えない。
どうして、忘れられない。
もう2度と、逢う事の無い人間の面影。
それ以上口に運ばれる事のないカップを、恐々店員は片付ける。
カチャカチャという音が遠くで聞こえる。
このいらない感情も一緒に運び去ってくれれば。
そんな事を思いながら、店員の姿を見送って、自分も立ち上がる。
昔を懐かしむ事などしたくはない。
誰かの力を頼る事も。
それでも思い出されるのは、あの頃の事。
浮かんでは消える、たった一人の姿。
消してほしいと、助けを求めている。
誰でも構わない。
その代償が例え何であろうとも。
梧桐の全てを、オレの中から消し去ってくれるのなら。
携帯を、まだ持っているのは恐らく未練だろう。
女々しい自分に呆れてしまう。
こんな物、使いもしないのに。
1週間前、携帯に1通のメールが届いた。
この携帯のメールアドレスなど、一人しか知る人間はいない。
高校時代に「教えて」とせがまれて教えた、御幸だけだった。
オレはうっとおしくて、携帯が鳴ってもほとんど出ない。
そして、卒業してからも送ってくれている御幸からのメールにも、あまり返事は返していない。
その内、何かがあったらしく御幸から悲しそうなメールが届いたきり連絡は途絶え、オレの携帯は使われなくなった。
そんな携帯をオレは何故か常に持ち歩いている。
こまめに充電までして、しっかり料金まで払って。
馬鹿馬鹿しいと思いながら。
1週間前、久し振りに届いたメール。
自分の認めたくない痛みを感じた。
広がりきっていた傷を、更に抉られたような酷い痛み。
そんな痛みを感じない人間になっていたかったのに。
1年経っても、何も変わっていなかった。
悲しみなんて、感じたくなかった。
オレは家を出る事にした。
いくら探してもまともな職に就けない。
この歳になって、ただ家に居座っているだけ。
そんな情けない立場に、絶えられなくなった。
「住み込みの良いバイトを見付けたから一人で生活できる。」
そう家族には説明をした。
嘘ではなかった。
確かに寝るには困らない。
金も入る。
一人で生きていける。
ただ毎日、男に抱かれれば良い。
夜の街で声を掛けられた。
その男の話にオレは乗った。
この店の店長だった。
オレにとって、悪くない話だった。
昼間は何もしなくて良い。
職場での人付き合いもない。
毎晩指名されたら、客のSEXの相手をすればいい。
給料は出来高制(指名率制)だが、「きっと人気が出るから儲かる」と言われた。
男とSEXをした事は勿論なく、やり方も分からなかったが、嫌悪も感じなかった。
客の言われた通りにすれば良いだけで、特に自分からサービスをする必要もないらしい。
女の様に妊娠の心配もないし、気楽だと感じた。
そして、今、一人の男がオレの前にいる。
店に写真を貼った途端、指名が入ったそうだ。
「人気が出る」という店長の言葉も、あながち嘘ではなかったらしい。
全体的に赤く統一された薄暗い部屋の、想像していたより清潔感のあるベットに座っていると、暫くして客が部屋に入ってきた。
見た目は割と真面目そうな、サラリーマン風の男だった。
歳も30代くらいで、予想に反して気持ち悪くはなかった。
だが、外見に反して常連客ではあるらしい。
「今日初めてでしょう?優しくするから安心して。」
そう言って、本当に優しそうに微笑んだ。
じっと服を脱がす男の手を目で追っている。
「緊張してるの?」と男は楽しそうに笑った。
胸元が開くと、男の視線はやはり刺青に注がれた。
だが、意外にも恐がる事はなかった。
「いつ?」と聞かれ、質問の内容を理解したオレが「15」と答えると、「可哀相にね」と言った。
そんな事を言われたのは初めてだった。
オレが言葉の意味を理解しかねていると気が付いた男が、「自分の身体を傷付けたくなるような事が、何かあったんだね」と言った。
オレは男を突き飛ばした。
男はそれでも怒る事なく再び近付いてくる。
痛かったはずなのに、不思議な程穏やかに。
オレは急にその男に抱かれる事が恐くなった。
気が付いた。
男の手から目が離せなかった理由にも、今。
この男の中に、オレは梧桐を探している。
自分よりも大きく少し日に焼けたその手にも。
オレの内面を見透かしたようなその言葉にも。
梧桐を感じる。
急に沸き上がってきた恐怖をどうする事も出来なかった。
「止めろ」と抵抗すると、男は更に楽しそうな顔をした。
オレが初めてだと知っているこの男には、この抵抗が初々しい反応に映っているのだろう。
処女を強姦するような興奮に酔っている。
そういう趣向であったからこそ、オレを指名したのだろうから。
男は慣れた手つきで抵抗するオレを抑え込み、妙な薬を嗅がせた。
「大丈夫だよ。害のない薬だから。」
そんな事を平然と言ってのける。
オレは自分の身体から力が抜けていくのを感じた。
抵抗できなくなったオレはそのまま男に抱かれるしかなかった。
オレはせめて男の手が見えないようにと、顔を逸らした。
怯えていると思ったらしく、男はオレの頭をゆっくりと撫でる。
子供をあやす様に優しく。
そして再び服を脱がせにかかる。
思った通り、裸にされたり触れられたりする事には、さほど嫌悪を感じなかった。
後生大事に守ろうと思うほど、自分を大切だと思っていない。
だが、男の手が様々な場所に伸ばされるうち、自分の身体が感じやすい性質なのだと知る。
身体が熱く変化していく度に、信じ難い声が上がり、考えたくない事ばかりが頭を支配する。
自身をコントロールできない。
それがこんなに辛い事だとは思わなかった。
「く…っ……。」
男の手が背後に回り、そのまま下へ伸ばされる。
初めて触れられる部分に身体が勝手に強張る。
指の入ってくる異物感は想像以上に不快なものだった。
怪我の痛みとは違う慣れない痛みに涙が滲む。
それでも丁寧に慣らそうとする男の指に次第に身体が変化していく。
熱く慣らされた内を更に男は掻き回す。
妙な感覚が下から上って来る度に思考は掻き乱されて、自分でいる事が難しくなる。
ただ分かる事は、もう逃れられないという事。
それならばいっそ…。
その後の記憶は、オレにはない。
行為に没頭した。
感覚を素直に受け入れて、堪える事なく反応を返した。
正気に戻れば耐え難い行為だが、この際そんな事どうでもいい。
オレは気が狂っている。
見知らぬ男に抱かれていても、梧桐の声が聞えてくるのだ。
意識が微かにでも残っている限り、その中には梧桐がいて。
オレを追い詰める。
そんな気違いじみた自分を捨てられるのなら、それがどんなに汚らわしい行為でも構わない。
その一時だけでも、楽になれるのなら。
オレは男に抱かれて、奇声だって上げる。
行為の跡の残る部屋で、オレは脱がされたジャケットを探す。
その中から出したものを、思い切り壁に投げ付けた。
派手な音を立てて、床に落ちる。
それでも粉々に砕けはしない。
拾い上げてボタンを押すと、その画面は暗い部屋を青く照らした。
画面に、一つ二つ。
水滴が落ちては青く染まる。
滲む視界。
文字など全く見えないのに、内容は分かる。
焼き付いて離れない、最後の言葉。
「オレは日本を発つ。幸せに暮らせ。」
初めて男に抱かれたその日。
誰もいない部屋、オレは訳も分からず大声で泣いた。
男とのSEXに身体が慣れてしまった。
触れられれば、すぐに火が点く。
そして、その炎に焼かれる。
思考や、理性や、プライドや。
そういったオレを形成するもの。
全てが、燃えて無くなっていく。
毎日のように、その熱さにオレは狂わされて。
自分が誰なのかも分からなくなる。
記憶も、薄れてきた気がする。
もう何が悲しかったのか、思い出せない。
オレの中から支配者は消えて。
自由になれた。
なれたはずだった。
この夜が、来るまでは。
よくもこれほど、変態がいるものだと思う。
性欲を露にする大人。
この世界に入るまでは、そんな大人達を知らずにいた。
毎日のように、代わる代わる男がオレを抱く。
優しいやつもいれば、乱暴なやつもいる。
オレはどちらが相手でも構わなかった。
快楽で狂おうが、苦痛で狂おうが。
何かに夢中になれれば、それで良い。
初めて男に抱かれた日。
もうダメだと思った。
こんな事は続けられない。
そう、店長の男に訴えた。
甘くない世界だとは分かっていたが、それでも耐えられそうになかったから。
案の定、この店から出る事は出来なかった。
だから。
オレは条件を出した。
梧桐の特徴に適うような、そういう客は通すな、と。
何故か店長はオレに甘い。
何点か挙げた特徴がどれも当てはまらない客だけを相手にさせるようになった。
抱かれてみて、改めて知る。
梧桐でなければ、誰が相手でも構わないのだと。
似通った部分の全くない男達。
何をされようと、何処に触れられようと。
あの日のような苦痛は感じない。
目を閉じれば男も女もない。
感じるのは、快楽だけ。
SEXにだけ夢中になれば良い。
そうして多数の男の相手をする内、オレは梧桐を忘れた。
名前くらいは覚えている。
でも、その存在感は相当薄れた。
もう思い出せない。
あれだけ見慣れていた顔や、声や。
触れられたくなかった、あの手や。
知りすぎていた梧桐の全てを。
オレは忘れられた。
今日の客も、いつもと同じような奴だった。
弱々しい細身の身体。
茶色く染められた短い髪。
サラリーマンらしく日にも焼けていない。
少しいやらしそうな、そんな印象は受けたが、ここに来る人間なんて大体そんなものだ。
そう安心しかけた時に、小さな不安が沸いた。
声が。
少し似ているかもしれない。
低くて深みのある声は嫌いだ、と店長にいった。
梧桐の声。
それほどオレを狂わせていたものはなかったから。
今日の男の声は、確かに深みはない。
ただ、普通に話している時には高いが、その気になると少し低くなるらしい。
しかも耳元でいやらしい言葉を吐きはじめる。
辛い。
今日は、苦しい仕事になるかもしれない。
そう覚悟をした、その時。
突き付けられる。
最悪な要求。
地獄の言葉。
「オレの名前、後藤って言うんだ。名前呼べよ。」
「ご…とう…?」
途端に目の前が赤く染まる。
頭に、大量の血が流れこんだように。
ドクドクと脈打つ。
息が、出来ない。
その衝撃による苦しさで、オレは中で蠢いていた男の指を締めつけてしまう。
痛む頭、快感に痺れる下肢。
どちらにも、狂いそうになる。
男は、にやりと笑った。
そのまま指を2本目に増やす。
オレの身体なんて丁寧に慣らさなくても入るのに、そうやってじわじわと相手を感じさせるのがその男の趣向らしい。
増やした指で中を掻き回しながら、耳元に口を寄せる。
「随分と感じるな。この名前に何かあるのか?」
オレは必死で首を横に振る。
そうやってむきになって否定すれば肯定と取られる事など、その時は考えられなかった。
とにかく、逃げたかった。
思い出させないでくれ。
その名前が持つ意味を。
「おい、もう一回名前呼べよ。」
動かす指をそのままに、男は更に要求する。
オレには首を横に振る事しか出来ない。
言う事を聞かない事への苛立ちからか、男の指が乱暴に奥へと進む。
内壁を傷つけられる神経質な痛みと、それを上回って伝わる快感。
この部屋では完全にオレは金を払った客のもので。
逆らう事は許されない。
それでも。
例えこの場で殺されても構わないから。
言いたくない。
「客の言う事聞けよ。」
そうキレた様子で男はオレの中から指を抜く。
そのまま、先へ進もうとしない。
オレが言うまで、待つつもりらしい。
このままだと、終わらない。
仕事が。
この客の相手が。
この夜が。
オレは、また。
梧桐に支配されるしかないのか。
オレは与えられない絶頂に震える声で。
「その引出しの中の……瓶を取ってくれ…。」
そう、男に頼んだ。
一度、客に飲まされた事のある、その薬を自ら口にする。
もう二度と飲みたくないと思っていた。
大嫌いな薬。
即効性だ。
どんどんそれまで以上に身体が熱くなる。
中が疼いて、もうその欲が満たされる事しか考えられなくなる。
自分で自分を貶める。
快楽の為なら何でもする。
淫乱な身体に。
「ごと……う………。」
何も考えられなくなった頭で、その名前を口にすると。
意識も飛びそうなほどなのに身体は過敏に反応した。
この名を口にするのも、どれくらい振りだろう。
頭に蘇ってくる。
過去に支配していた、憎い男の声。
男は満足したように、オレにその欲望を突き入れる。
度を越した快感に、涙が流れた。
その水の伝う感触に、あの日を思い出してしまう。
一人、この赤い部屋で、オレは梧桐を思って泣いた。
涙は止めど無く流れる。
抑える事など到底出来ない叫ぶような嬌声。
「呼べよ、何度でも…。すげぇ締まって良いぜ、お前。」
楽しそうにオレを揺さぶる男。
体位を変えて、オレを自分の上に乗せる。
笑いながら、見ている。
オレは戸惑いも無く、自ら感じるように動いた。
「やぁ…ご…とう……ごと…っ!」
気が狂いそうな快楽の中。
もう男は行為に没頭していて強要されてもいないのに。
自然と名前を呼んでいた。
救いを求める声。
早く終わりたい。
早く果てたい。
その望みが叶えられない苦しさの中。
オレは。
梧桐の名を叫んだ。
「ご…と………は…あぁっ…!」
その名前を呼べば呼ぶほど。
涙が流れた。
どうして、没頭できなかったのか。
薬が回ると、理性が飛んで。
狂ってしまえると思ったのに。
いつものように自分でなくなって。
梧桐の事など思い出さずに。
ただ名前を口に出来ると思った。
それなのに。
どれだけ強い快楽に襲われても。
オレは正気で。
梧桐の名を呼んだ。
高ぶった荒い息遣いも。
揶揄するように笑った、その声も。
簡単にはイカないようにオレのものを強く戒めたその手の感触も。
目を閉じれば。
梧桐のもののようで。
信じられない程。
身体が高揚するのを感じた。
梧桐に抱かれているのだという陶酔で。
オレは独り、堕ちた。
満足そうに去った客の背中を、横になったまま見送る。
オレはいつものように、そのまま意識を失いたかった。
何も考えたくない。
何も知りたくない。
自分が望んだものなど、忘れたい。
もう絶対に、手に入らないものなのだから。
目を閉じても、不思議なほど眠れない。
体力は限界まで酷使されて。
ひどく疲れているのに。
薬で高められた身体も。
十分に与えられた快楽で満足したはずなのに。
苦しい。
望むものが与えられなかった事への。
失望感。
いつまでも涙は止まらない。
この感情を振り払いたくて。
オレは何ヶ月ぶりかにその店内から外へ出た。
「必ず戻るから」とそう言うと。
店長はあっさりと信じた。
そんな約束など、簡単に破れるのに。
疲れていたのが嘘のように。
オレはそのネオンの街を走り抜けた。
行き場所など存在しない。
何処へも向えない。
それでも、走る。
オレは、全てから逃げ出してしまいたかった。
夜の街から逃れ、更に走る。
その内に、静かな公園へと辿り着いた。
深夜の公園。
さすがにこの時間では誰もいないその公園に。
オレは立ち入って、古そうなベンチに腰を降ろす。
風で乾いた涙の跡。
その上を更に、涙は伝った。
止まらない。
枯れることのない、溢れるもの。
ああ、そうか。
止まらないのは。
止めてくれる存在が、いないから。
いないから、なのか。
目を閉じると。
久しぶりに甦ってくる。
「半屋。」
そう、オレを呼ぶ声。
気違いな行為の中。
オレはその声が返ってくる事を望んでいた。
「梧桐」と呼び続けて。
自分の名が、呼び返される事を。
この冷たい風の中。
眠ってしまえば。
死ねるだろうか。
オレが、死んだら。
梧桐は。
どう思うのだろう。
梧桐は。
今のオレのように。
涙を流してくれるのだろうか。
そんな事を何処か期待するかのように。
オレはやっと浮かんできた眠気に、そのまま構わず自分を委ねた。